2026年07月05日

刑事コロンボ「黄金のバックル」美術館館長の女性が犯人。コロンボとの不思議な心の交流と、結末の人間ドラマが際立つ佳作

(ルースとコロンボ)
ルースとコロンボ.jpg
c 1976 Universal City Studios LLLP. All Rights Reserved.
美術館の館長を務めるルースは、理事である弟のエドワードが財政難の美術館を売ろうとしていることを知る。美術館一筋で生きてきた彼女は弟の殺害を決意。まず、借金を抱えている警備員の男を「多額の保険金がかけられた展示品を盗んでくれれば逃亡費用と旅券を渡す」とそそのかす。その夜、美術館に忍び込んできた男を射殺し、そこに現れたエドワードを、今度は男の銃で撃ち殺す。

NHK放送予定 〜午後5:10

hulu配信「黄金のバックル」
名門一族に生まれながら、家族の身勝手に人生をすりつぶされた女性の押し殺した思いと、コロンボの彼女へのまなざしが心に残る異色作。

ルースのお茶をいただくコロンボの人懐こい表情 - コピー.jpg


愁いを帯びたクラシック調の音楽と見事な舞台美術、そしてジョイス・ヴァン・パタンの圧巻の演技力は、単なる推理物ではなく、悲劇が重なって殺人に至った人物の人生のドラマとして観ると、その凄みがまるで違ってくる。

(重厚な屋敷に飾られた、若き日のルースの肖像画、コロンボはその笑顔に「幸せ」を感じる。それが失われた過去の出来事が、殺人事件の奥に秘められている)
ルースの肖像画を見つけたコロンボ (2) - コピー.jpg

ルースの肖像画を見つめるコロンボ.png


結末部、約三分間、証拠を突き付けられながら、ほかの人々の視線と言葉の中で沈黙を守り、視線だけで、その瞳の奥に渦巻く感情を視聴者の脳に叩き込んだシーンは見事の一言。

コロンボの言葉を聴き始めるルース - コピー.jpg

決定的証拠を突き付けるコロンボ - コピー.jpg

コロンボの言葉を聞き終わったルース - コピー.jpg

それを受けたコロンボとルースの幕切れの、最後の意外な攻防、物悲しい余韻、コロンボシリーズの中の隠れた宝石だ。



【当ブログ関連記事】※動画あり

ミスに気付いたサンティーニ - コピー.jpg
(「黄金のバックル」と同じく、名優ジャック・キャシディ表情の演技が見どころの名作)


若いころの写真を飾っているグレース - コピー.jpg
(過去の記憶から抜け出せない女性が犯人。ルース同様、彼女の若いころの姿が飾られている)

エクトールを待つモントーヤ - コピー.jpg
(無言の結末が伝説となった、リカルド・モンタルバンの名演技)

祝砲の挽歌 パトリック・マクグーハン - コピー.jpg
(冷徹な軍人が一瞬垣間見せた人間味。コロンボの盟友ともいえる、シリーズで繰り返し犯人を演じたパトリック・マクグーハンの傑作)


別れのワイン エイドリアン・カッシーニ - - -.jpg
(コロンボシリーズの最高傑作とも言われている作品。人生をささげて愛したワイナリーを兄弟につぶされそうになって犯行に及ぶという動機が「黄金のバックル」と共通している)



【参照】
(動画)英語音声
ルースたちに事情聴取をはじめるコロンボ


posted by pawlu at 20:54| 刑事コロンボ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2026年06月03日

刑事コロンボ「魔術師の幻想」過去を隠すマジシャン役のジャック・キャシディの完璧な演技とヘンリー・マンシーニの音楽が交錯する名作

(コロンボとサンティーニ)

コロンボとサンティーニ - コピー.jpg

c 1975 Universal City Studios LLLP. All Rights Reserved.

【「魔術師の幻想」あらすじ】

元ナチス親衛隊員だった過去を持つマジシャンのサンティーニは、彼の正体を知るマジッククラブのオーナー、ジェロームに興行収入の半分をゆすり取られていた。正当な収入を要求するも決裂し、ジェロームの移民局への密告を予期したサンティーニは、犯行時刻にはクラブのショーで、水槽の中に沈められた箱に入り、脱出マジックを披露していたという、鉄壁のアリバイを作り上げてジェロームを射殺する。

 コロンボは、サンティーニの虚実入り混じる空気に翻弄されながらも、この不可能犯罪が可能だったのはマジックの達人の彼しかいないという確信を強めていく。

 「構想の死角」「第三の終章」に続き、これが三作目の出演となった、コロンボシリーズの功労者、名優ジャック・キャシディの「エレガントな尊大さが最高に舞台映えする」(※)存在感が、マジシャンという役どころにピタリとはまり、その優美な所作と底知れない表情に目を奪われる。(※「刑事コロンボ完全捜査ブック」p.104)

ジャック・キャシディの優雅な仕草2 - コピー.jpg

また、刑事コロンボの音楽を手掛けた名匠ヘンリー・マンシーニ自身の代表作映画「シャレード」(1963年 オードリー・ヘップバーン主演)のテーマ曲が作中で効果的に使われて、隠された意味が浮かび上がってくる瞬間は、コロンボシリーズの中でも最高の名場面だ。

NHK放送日時:2026年6月6日(土)午後6:00〜午後7:30


ジャック・キャシディの名演技

ジャックキャシディが演じるサンティーニは、強制収容所所属のナチス親衛隊員(ステファン・ミュラー軍曹)だったという過去を持ち、暴露されればイスラエルでの終身刑レベルの運命が待っている。

(英語版には「自分は当時21歳(まだ善悪の区別がつかない若さ)だった」という台詞があるが、その年齢で軍曹になっていた事実が、収容所内で、持ち前の知能で出世のために積極的に立ち回っていたことをうかがわせる)

決して正体が知られてはいけないため、彼はマジッククラブの人々には紳士的にふるまい、その完璧な擬態と、マジックの才能で周囲からは慕われている。

(サンティーニを歓迎するジェロームの経営パートナーのハリー)

サンティーニを歓迎するハリー - コピー.jpg

舞台俳優として歌やダンスでも活躍したキャシディの磨き抜かれた演技はそのほかの二作品でも、煙草を持つ手、椅子に腰かける仕草まで洗練されているが、ことに、この高級クラブの豪華でミステリアスな内装の中で、マジックを披露し、変装をしてジェロームのところに向かう姿はどこまでもスマートだ。

【参照動画】
ジャック・キャシディが「サンドオブミュージック」のジュリーアンドリュースとコメディ俳優ケン・ベリーとともに見せたダンスと歌のパフォーマンス動画
キャシディとジュリーアンドリュース - コピー.jpg
1:50からはキャシディの美声が聴ける。コメディチックなのに郷愁を誘う三人の「グリーンスリーブス」のパート(3:27)も素晴らしい

一方のジェロームは、利益至上主義で、現場責任者のハリーが繁盛しているのだから人手を増やしてほしいと言ってもはねつけたことをはじめとして、極めて横暴で、舞台スタッフがサンティーニに「ジェロームさんを(マジックで)消してください」とジョークを言うほど、彼を知る全員から嫌われている。

(ジェロームを見るハリーの表情)

ジェロームをにらむハリー - コピー.jpg

歴史上最悪の犯罪に加担し、殺人の英才教育を受けた人間を恐喝し、こともあろうにサンティーニから「悪党め」とののしられても、俺は実業家だ、と強気にはねつけるジェローム。

実業家だ - コピー.jpg

しかし、その利益のためなら、法の裁きをよそに、悪魔も檻に閉じ込めて搾り取れるだけ搾り取ろうという金への執着が、「厨房にいる人間に臨時派遣が多すぎて、誰が紛れ込んでもわからない」という、大金を扱う自分の事務所につながるセキュリティに、ありえないほど大きな穴を生んでいた。

サンティーニはそこを突いた。

犯行 - コピー.jpg

強欲なビジネスマンが、金で支配できる範囲でどれだけ強引にふるまっても、知能が高く暴力に躊躇がない悪人を敵に回せば、金などなんの意味もなく、隙だらけであっさりと敗北するという社会の縮図のようだ。


かすかにクモの巣が張った悪魔(「ファウスト」のメフィストフェレスだろうか)の像の下の空洞から銃を取り出すサンティーニ。サンティーニの内側からかつて人殺しが日常だった悪魔(ミュラー)が蘇る。

悪魔の像 - コピー.jpg

銃を取り出すサンティーニ - コピー.jpg




緊迫の対決 手錠抜け(コロンボとサンティーニの表情に注目)

捜査に乗り出したコロンボは、事務所にいたジェロームが正面から撃たれ、遺体が入口ドアから距離があったことから、犯人は自力で鍵をピッキング技術で開けて侵入してきたことを見抜く。

しかしその鍵は、窃盗対策として(実際にはサンティーニをゆするための証拠書類を盗み出されそうになったために)、つい最近ジェロームがより強固な型に変えたばかりだった。

絶対に開けられないはずの鍵を開けられたのは誰か。

コロンボの目はただ一人に向けられる。

マジックショーの時にサンティーニの助手役を務める観客として舞台に上がったコロンボは、サンティーニの鮮やかなカードマジックに目を丸くしたが、それだけでは終わらせなかった。

「一つ挑戦したいんです」

コロンボは「凶悪犯用の、鍵なしでは絶対に外せない極めつけの手錠」をサンティーニに渡し、

「無理かもしれませんが、一つ、外せるかどうかやってみてくださいませんか」

サンティーニはスマートにその申し出を受けると、舞台脇の楽団に言った。

「ドラムをお願いしますよ」

ドラムロールの中、手錠のはまった両手を掲げたサンティーニは、両手脇を合わせ、しばらくかすかに手首を動かすと、鮮やかに手錠を外してコロンボに渡した。

「いかが?」

観客たちの驚きの喝采。

コロンボも笑顔だった。だがそれは驚きではなく、答え合わせが済んだという笑みだった。コロンボは、ドラムが鳴っている間中、じっとサンティーニの手錠を凝視していた、あのまなざしのままだった。

「思った通りでした」

手錠抜けを見届けるコロンボ - コピー.jpg

コロンボのかすかなウィンクに、自分が何を証明してしまったかに気付いてサンティーニはゆっくりと目を伏せ、顔をそむけた。

ミスに気付いたサンティーニ - コピー.jpg

この、ドラムロールの中で、「サンティーニなら開けられない鍵は無い」と確認できる瞬間を微笑の奥で凝視するコロンボと、コロンボの表情にかすかに違和感を覚えながらも、「不可能は無い自分」を披露するために優美に手錠を外してしまう瞬間は、ピーター・フォークとジャック・キャシディという、今まで繰り返し共演し、演技力で火花を散らした名優同士が、ただアップの顔と視線だけで互いの思惑を雄弁に物語る、スリリングな名場面だ。

手錠抜けの成功は殺人犯の自分にとっては大きな失敗だったと気付いて顔をそむけるサンティーニの横顔を、ステージのライトが複雑な光と影で縁取る。


(名場面 手錠抜け)二人の視線が交錯するクライマックスは3:40から。

Columbo Challenges The Great Santini | Columbo

老いた曲芸師の部屋

コロンボが犯人はサンティーニだと確信したあのショーの最中、ドラマに痛切な深みを添えた一人の人物が登場する。

かつて兄弟で活躍し、ヨーロッパ随一と称えられた曲芸師、マイケル・ラリー。

彼と兄がスターだったとき、サンティーニはまだほんの前座だった。

サンティーニはいつもの完璧な紳士ぶりでクラブを訪れた彼の肩を抱き、バーテンダーに声をかけて、かつての大先輩にスマートに一杯ごちそうする。

コロンボが挑んだ手錠抜けを、サンティーニが成功させた時も、ただ笑顔で拍手を送っていたマイケル。

手品を楽しむマイケル・ラリー - コピー.jpg

コロンボは自身がサンティーニに感じていた「彼はイタリア人に見えない」という違和感を確認するため、ラリーを翌日訪問する。

クラブを訪れたときは髪を撫でつけ、ネクタイを締め、清潔感のあるスーツに身を包み、豪華ではないけれどこざっぱりと場に溶け込んでいたラリーは、老人向けの家具付きアパートで、ぼさぼさの髪に、ガウン姿で、古びたベッドから起き上がりもせずにコロンボに応対した。

部屋で寝ているラリー - コピー.jpg

あのクラブでの姿は、人前に立つ人生だった彼が精一杯の明るさを振り絞ったもので、今はあの華やぎに、観客として参加していた楽しさにさえ、疲れてしまったかのように。

それでもラリーは、訪ねてきたコロンボに、今の彼には何よりの楽しみであろうビールを、ためらいもなく勧める。

彼のこのドラマでの役割は、サンティーニは昔イギリス風の名で強いドイツなまりのある英語を話していて、誰の声真似でもできたとコロンボに教えること。

そして、たとえ兄とともにヨーロッパ中を沸かせた曲芸師でも、年老いた今は、たった一人、泥棒が盗みに入っても損するような貧しさゆえにドアを開け放し、古びた少しばかりの家具だけで暮らし、自炊し、共用のシャワートイレの住宅で生きている姿を見せること。それだけ。

だが、ベッドサイドにたくさんのサーカス時代の写真とポスターを飾り、それを見つめながらビールを飲み、訪ねてきた人にも自然にビールを勧めるラリーの姿には、ただ、人生の眩しかった日々は去り、今はその続きの季節が来たということを、抗わずに受け入れている人の静けさがある。

目を見張るばかりの美術品に囲まれたジェロームが(サンティーニのセリフから、彼がピカソやレンブラントすら所有していることがわかる)、目の前にある美から何も学べず、それでもまだ足りないとばかりに、悪魔からも搾取しようとして、ついには、金で手に入れられる限り最高の鍵まで突破されて殺害されたという因果は、ラリーの開け放しの質素な部屋や、彼の静かな生き方と対をなしている。

ラリーの質素な部屋 - コピー.jpg

ジェロームの豪華な部屋 - コピー.jpg



魔術師の幻想(※結末部)


サンティーニが呼び出されてマジッククラブに訪れると、ジェロームの跡をついでマジッククラブのオーナーになったハリーが、メニュー台の前で確認をしていた。

コロンボたちが二階にいて、事件が解決したと言っている。そうハリーから聞いたサンティーニが「なんで私を呼び出したんだ?」と尋ねると、ハリーは言った。

「聞いてないな、じゃあ私はこれで」

パタンとメニューを閉じて、サンティーニを一瞥すると、ハリーはその場を離れた。

(この時のハリーの顔が今までとうってかわって非常に冷ややかで、すでに彼はコロンボからサンティーニの正体を聞かされていたことがうかがえる)

ハリーの冷ややかな視線 - コピー.jpg

二階に行ったサンティーニの耳に、コロンボたちがついにサンティーニの過去に気付いたという話声が漏れ聞こえてきた。踵を返し、速やかに階段を下りてダイニングエリアから逃亡しようとするが……。

サンティーニがジェローム殺害のアリバイ作りで使った仕掛けで、サンティーニを追い詰めたコロンボと部下ウィルソン。

そして彼の過去を示す決定的な「証拠」が突き付けられた。

敗北とかすかな涙 - コピー.jpg

魔術師としての彼の生命を絶つ裁きの刃のように、喉元にまっすぐ伸びた、彼の罪を示す「証拠」。

うっすらと瞳に光るものをたたえ、敗北を受け入れたサンティーニは、うわごとのようにつぶやいた。

「わたしには自信があった。完全犯罪の」

「完全犯罪⁉そんなものはないんですよ。それこそあなたの幻想ですよ」

魔術で人々を幻想に包んでいた自分は、罪を犯しても魔法のように逃げ切れると思っていた。昔のもっと大きな、比べ物にならないほどおぞましい罪からも。

そんなものは幻想だった。

サンティーニの灰色の大きな瞳が苦いものを飲み込むようにコロンボを映し、やがてゆっくりと沈んでいった。

「……たのむよ」

コロンボの言葉に、中年の警官がサンティーニの肩に手をかけた。

サンティーニは鋭く振り向いた。軍人が身体に触れられた時の反射の名残のように。

舞台は自ら降りるという、魔術師の最後のプライドのように。

肩に置かれた手を見るサンティーニ - コピー.jpg

警官は黙って肩から手を離し、先に立って歩きだした。

足を踏み出す前、サンティーニはわずかに瞳を巡らせた。

ダイニングの上のシャンデリア、客を待つ布張りの椅子とカウンター、美しく整えられたテーブル、これからも自分が立つつもりだった場所。

スーツのボタンをしめ、歩き出した彼の目は、入り口の看板に引かれるように向けられた。

豪華な額縁の中、こうこうと明かりに照らされ、自分のモノクロームの笑顔があった。

赤い大きな字で「THE GREAT SANTINI(大魔術師サンティーニ)」と記されていた。



 (サンティーニの敗北)

Perfect Murder, Sir? | Columbo


名曲「シャレード」の意味

この結末で、敗北したサンティーニを幕切れに連れていくようにひっそりと流れる音楽は、「刑事コロンボ」のテーマソングも手掛けたヘンリー・マンシーニの名曲「シャレード」。

オードリー・ヘップバーンとケーリー・グラントが主演した映画のサウンドラックで、「シャレード」とは欧米のジェスチャーゲーム(与えられた題に沿って、身振り手振りで相手に題を当てさせる遊び)のことだ。

このタイトルは、映画に登場する人物たちの、本心を隠し、偽りの姿(ジェスチャー)を見せて周囲を騙そうしている姿を象徴している。

この映画同様、コロンボでも、サンティーニが元ナチス親衛隊員ステファン・ミュラーだった過去を隠し、マジシャンのサンティーニとして偽りの姿を演じている。

ただ曲がかかるだけではなく、クラブの歌手(サンティーニの娘の恋人)が歌うシーンで、歌詞もドラマの中に流れ、視聴者は結末のささやくようなメロディに、黙って舞台を降りるサンティーニの思いがここにあると、かすかに気づく。


(「シャレード」歌詞)

私たちが「シャレード」をしていたとき
背伸びした子供たちのように ゲームに夢中だった、
互いの名前を演じ 互いの役を当てて遊んでいた

ああ、大成功だ
私たちは最高の見せ場で舞台に立ち

最高のスターで、最高の恋人だった
愛が仮面舞踏会から去ってしまうまでは

運命が糸を引いたかのように
振り返ると、あなたは消えていた
薄暗い舞台袖で オルゴールはまだ鳴っていたのに

悲しく小さなセレナーデ
胸の鼓動が奏でる歌
今でも聞こえる、これからもずっと
最高のショーだった、あのシャレードは

(※ブログ筆者意訳)


サンティーニにとって、紳士的で親し気なふるまいは過去を隠すための擬態だった。

だが、その擬態とマジックを披露しているうちに、自分の技と偽りの姿に魅了されて、たくさんの人たちが集まってきた。

クラブの店員たち、彼のマジックに楽し気に伴奏するバンドマンたち。

拍手する店員 - コピー.jpg

バンドマンたち - コピー.jpg

そして着飾って集まり、笑いさざめきながら彼のマジックに素直に感嘆し、惜しみない拍手を送る観客。

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沸き立つ観客たち - コピー.jpg

いつまでも「大魔術王サンティーニ」の舞台に立っていたかった。

だが、そのために犯した殺人で、すべて終わった。

そして、人々の笑顔と拍手、薄暗いダイニングの中のスポットライト、「最高のショーだった、あのシャレード」が彼から永遠に去っていった。


これは戦犯を美化した結末ではない。

敗北したサンティーニの哀愁は、強制収容所という歴史上最悪の場所で、巧妙に立ち回り、若くして軍曹にまでなった男にも、ただ人々の温かい喝采を浴びる自分でいたいという、誰でも当たり前に抱く思いがあったことを私たちに教えている。

「悪魔」だった男は「人間」だった。

いつの時代のどこの国の誰であっても、選択を誤れば「人間」は「悪魔」になる。

そしてまだ選択肢のあるうちに自ら進んで「悪魔」になって、罪のない人を殺せば、もう「人間」には戻れない。

どれほど才能があっても、完璧にふるまっても、戻りたいと願っても、殺された人々の苦しみが、「死」という永遠に姿を変えて、不当に与えられた苦しみを返すために追いかけてくる。

この結末は、そのことを私たちに教えている。


【参照動画】
アンディ・ウィリアムスが歌う「シャレード」

ヘンリー・マンシーニシャレード演奏動画サムネ - コピー.jpg
これは本当に素晴らしいのでぜひ聴いていただきたい。演奏開始は0:26から、1:54からの、マンシーニのピアノの、追憶とともにこぼれ落ちるため息のようなタッチと、オーケストラの、胸の高まりのような音の広がりの響き合いがことに美しい。


この「魔術師の幻想」に大きな影響を与えたであろう作品がある。

天才脚本家ロッド・サーリングが手掛けた「四次元への正体(The Night Gallery)」シリーズの一作「絵になった男(The Escape Route)」(1969)。

南米に逃亡した元強制収容所所長の男が、一枚の美しい湖と釣り人の絵に心を奪われる物語だ。

絵の中の世界に憧れるシュトローベ - コピー.jpg

(「あの絵の中に行きたい」と夢見る男シュトローぺを演じたのは、コロンボの「権力の墓穴」で犯人を演じたリチャード・カイリー)

サンティーニと同じく、自分が焼いた人々への呵責よりも、裁きから逃げ切ることに必死な男に下る運命の審判には、彼が我々と同じ、命を惜しみ、質素でも静かな生活を願う「人間」の心があったとわかるだけに血が凍る。

「魔術師の幻想」を名作と思う方なら、併せて観る価値が間違いなくある傑作だ

【ドラマ配信情報】
FOD「(字幕版)四次元への招待」※カラー作品(単品レンタル48時間300コイン/330円)



【当ブログ関連記事】
ロッドサーリングとアイズの肖像画 - コピー.jpg


2つの監獄実験 人は簡単に悪魔になるのか(NHK「ダークサイドミステリー」番組情報と実験のもとになったハンナ・アーレントの考察とミルグラムの実験について)

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(元ナチス親衛隊アイヒマンの裁判証言〈映画『ハンナ・アーレント』で使われた実際の裁判映像〉)(Image Credit:Youtube)

1962年に戦犯として処刑されたアイヒマンの裁判を傍聴したユダヤ人哲学者ハンナ・アーレントが解いたアイヒマンの「悪の陳腐さ」について、心理学から検証しようとした「ミルグラム実験」「スタンフォード大学監獄実験」などについてご紹介した記事



【参照】
(動画)英語音声
水槽脱出と犯行のシーン

コロンボとウィルソン刑事が現場でサンティーニの動機探しをするシーン
posted by pawlu at 23:02| 刑事コロンボ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2026年05月15日

刑事コロンボ「闘牛士の栄光」メキシコの国民的俳優リカルド・モンタルバンの気品と結末の余韻は必見


(犯人モントーヤ(リカルド・モンタルバン)とコロンボ)
モントーヤとコロンボ - コピー.jpg
c 1975 Universal City Studios LLLP. All Rights Reserved.


刑事コロンボ「闘牛士の栄光('A Matter of Honor)」(1976)は、メキシコの英雄的闘牛士ルイス・モントーヤが、元闘牛のベテラン助手だった男を、牛に襲われる事故に装って殺害するストーリー。

メキシコの元闘牛士で国の英雄でもあるモントーヤの牧場で、かつての相棒エクトールの息子が牛に立ち向かい負傷する事件が発生。エクトールと共に助けに向かったモントーヤは、突然、麻酔銃を彼に発砲し、荒くれ牛を放った。その後エクトールは牛に襲われ死亡する。モントーヤの動機とは?休暇でメキシコを訪れていたコロンボは、地元の警部に請われ、捜査に加わることに



殺害方法は序盤で明かされるが、なぜ高潔なモントーヤが、相棒のエクトールを殺害したかは謎に包まれたまま、コロンボは地元の英雄の名声と、外国という二つの壁に阻まれながら地元の警部サンチェスとともに捜査を進めることになる。


(ちょっとちゃっかりしているけどコロンボと息ぴったりのサンチェス警部)
コロンボとサンチェス刑事 - コピー.jpg

(ちなみにサンチェス警部の奥さんすごい美人。少ししか映らなくて残念)
サンチェス刑事と奥さん - コピー.jpg




見どころは、メキシコの俳優のイメージをラテン男のステレオタイプから脱却させた、名優リカルド・モンタルバンの存在感。

エクトールを待つモントーヤ - コピー.jpg
眼光と立ち姿だけで気品と凄みが放射される演技は必見だ。


ちなみに、この作品の中の、モントーヤが闘牛の試合中の事故で片足が不自由になったという設定は、リカルド・モンタルバン本人が1951年、西部劇撮影時の落馬事故で背中に重傷を負ったという事実と重なっている。(※)

モンタルバンはその事実をあまり語らず、むしろ、当たり役の1982年の「スタートレック/カーンの逆襲」ではその肉体美は薬物使用で作られたのではと噂されるほど、ストイックに自身を鍛え上げていた。

(後年背中の痛みに悩まされだしてから、それが落馬事故の後遺症であることが明らかにされた)


モンタルバンは1940年代にはダンスの名手として活躍していたが(そのとき身に着けた美しい立ち居振る舞いは、コロンボの演技でも随所で見ることができる)、落馬事故後は片足に障害を抱えていたという指摘がある。

若き日のリカルド・モンタルバンのダンスシーン
Fantastic Duo! - Cyd Charisse and Ricardo Montalban

演技の時にはそれを気づかせないようにふるまい、決して弱音を吐かなかった名優にとって、このモントーヤの設定は、かなり出演に覚悟が必要だっただろう。


モントーヤが若き日の自分の闘牛の映像にかすかに寂しげな表情を浮かべ、また過去の華やかな思い出を語るシーンは、モンタルバン自身の思いでもあるのかもしれない。

(若いころのモントーヤの闘牛士としての映像)
若き日の闘牛の試合の映像 - コピー.jpg

(最後の戦いと人々の喝采の思い出をコロンボに語るモントーヤ)
思い出を語るモントーヤの瞳 - コピー.jpg

そして結末部、コロンボとモントーヤが一言も言葉を交わさないシーンは、コロンボファンから最高のラストとして、熱狂的に支持されている。

モントーヤの行動に驚くコロンボ - コピー.jpg

敗北を認めるモントーヤ - コピー.jpg

沈黙に耐えられずに情報で埋め尽くすタイプのドラマと比べると、機器の故障にすら見えるかもしれないが、これこそが名優同士の演技のぶつかり合いとして、歴史に永遠に刻まれた名場面。

この結末、初期シナリオではもっとモントーヤの動揺が強調されていたそうだ。(※『刑事コロンボ完全捜査ブック』p.102より)
リカルド・モンタルバンの品格に合わせて脚本が練り直され、それは見事に成功した。

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【作品動画】

エクトールの遺体が運び出されるシーン。血に弱いコロンボは闘牛のパワーの恐ろしさに蒼白になる。一方で、現場にはいくつか奇妙な点があった。
“The Bull Was The Murder Weapon, Sir, Like a Gun” | Columbo



コロンボの車に追突され、首の骨が折れたと車でぐったりする被害者と、集まってくる人々に困り果てるコロンボ。
1970年代当時のメキシコのエネルギッシュで愛嬌たっぷりな街の情景が垣間見える。
Columbo's Holidays in Mexico | Columbo

(コロンボの警察手帳が見えて、彼の上の名前が「フランク」であることがわかる貴重なシーンでもある)
フルネーム拡大 - コピー.jpg




エクトールの事故死に納得が行かないコロンボ。モントーヤの邸宅に繰り返し訪れ、モントーヤは次第に苛立っていく。
Columbo’s Questions Drives Montoya Crazy | Columbo




【注、結末部】
伝説の「沈黙のラスト」は動画4:30から
The Finale of 'A Matter of Honor' | Columbo

【参照】
By Lorenza Muñoz Jan. 15, 2009 12 AM PT  Los Angeles Times


posted by pawlu at 19:37| 刑事コロンボ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年08月03日

刑事コロンボ「溶ける糸」コロンボと婚活迷走中の看護師マーシャのコミカルなワンシーン

(くしゃみが止まらないコロンボに、半強制的にくしゃみ止めの水を飲ませる看護師マーシャ)
コロンボに問答無用で水を飲ませるマーシャ - コピー.jpg
c 1972 Universal City Studios LLLP. All Rights Reserved.

刑事コロンボの「溶ける糸(原題:A Stitch in Crime〈1973年2月〉)」は、心臓外科医メイフィールドが犯人。共同研究者であるハイデマン博士を手術中の細工で亡き者にしようとした際、それに気づいた看護師シャロンをも口封じで殺害する。
※2025年8月現在、動画配信サイトhuluで、新旧「刑事コロンボ」シリーズが視聴可能

まるで手術のように、人の命そのものをこの世から切り離してしまうメイフィールドを、名優レナード・ニモイが演じ、非常に知的で洗練された空気をまとう犯人像が、冷酷な犯行を不気味に際立たせている。

(無表情でシャロンを撲殺するメイフィールド)
殺人の瞬間の表情 - コピー - コピー.jpg

(ハイデマン博士への犯行の隠ぺい工作として、薬を入れ替える姿にもまったく動揺が見られない)
薬に細工をするメイフィールド - コピー.jpg

このシリーズ屈指の名作、メイフィールドの底知れない存在感とは真逆の、ずいぶんコミカルなシーンが、効果的に挿入されている。


・被害者シャロンのルームメイト、マーシャ

マーシャに困惑するコロンボ - コピー.jpg

捜査でシャロンの自宅に行ったコロンボ。シャロンは同じく看護師のマーシャとルームシェアをしていたので事情を尋ねてみたが、どうもマーシャの話は、親友が死んで動揺しているということを除いても、相当わかりにくかった。


シャロンに人に恨まれるような事情があったかという意味で、シャロンの性格を聞いてみたのだけれど、

「私は内部思考型でシャロンは外部思考型だったのよ。わかるでしょ?」
マーシャとシャロンの違いの分析1 - コピー.jpg

「私は職業上の必要から、彼女は他人の願望によって…わかる?私は利己的な目的を持ち、シャロンは人間性に献身してたの、わかる?」

「ええ、どうやらわかりかけてはきたようですが…」
マーシャの言葉を理解しようと努めるコロンボ2 - コピー.jpg
(そんなにはわかっていなさそうなコロンボ)

「ええ、でもシャロンは治療に全力を注いで病院に勤め続け、私はビバリーヒルズの美容整形病院に移ったの、上流社会の中にいることに利己的な喜びを見出したの…!でも私の勤め先じゃ独身の男性に出会うことなんて…!」

婚活用の自己分析が煮詰まりすぎて、こんなしゃべり方になったのかなというところで、どうにかマーシャの脱線を食い止めたコロンボは、とにかくシャロンは人に恨まれるような人ではなかったという証言を得る。


一方コロンボの疑いの目が自分に向いていることに気づいていたメイフィールドは、マーシャを呼び出し、シャロンが以前交際していたベトナム帰還兵のハリーの存在を、コロンボに話すように彼女を誘導して、疑惑の目をハリーに向けさせようとする。

メイフィールドが自分の親友を殺したと知らないマーシャの目に映る彼は、「評判の高い心臓外科医、高身長、高収入、スマートな容姿」と諸々そろった「ウルトラ超絶優良物件」にしか見えないので、なんとかその後の展開につなげようとするが、ハリーのことをコロンボに話すという結論に到達した(させられた)時点で、メイフィールドにすみやかに家に送り返されてしまう。

(メイフィールドの邸宅の一部。プールがあり眺めもよく、数十人単位のパーティを自宅で開ける広さがある)
メイフィールドの邸宅、プールと景観 - コピー.jpg

メイフィールドの言葉にがっかりするマーシャ - コピー.jpg

不発に終わったアプローチにモヤモヤしていたところにコロンボが待ち構えていて、聞き込みをしようとしたものの、メイフィールドの邸宅パーティで食べた高級オードブルが体質に合わなかったのか花粉症なのか、くしゃみが止まらなくなってしまう。

コロンボをアパートに招き入れたマーシャは、「秘伝のくしゃみ止めがあるの」とコロンボに水を渡す。

「7口飲んで息を4秒止める」という「水飲み息止めくしゃみ止めメソッド」を「さあはじめてごらんなさい!」と、コロンボの遠慮を押し切ってスタート。
水の飲み方の指導3 - コピー.jpg

逆らえずに水を飲み始めたコロンボに、ちゃんとごっくんするようにコップの底を押さえて、数を数えて、と、問答無用ながらテキパキ処置したマーシャ。

飲み終わって、まだくしゃみをしそうになったコロンボに、ハンドバッグからティッシュを差し出してあげたが。それは不要だった。
ティッシュを渡すマーシャ - コピー.jpg

「ぴったり治った。奇跡のごとしだ……」

コロンボの様子をじっと見ていたマーシャは、くしゃみが止まったのを確認してから、お礼の言葉ににっこり笑った。
コロンボのお礼とマーシャの笑顔 - コピー.jpg

入り組んだ心理学的自己分析とか、「優良物件探し」に血眼になるのではなく、そういうあったかい笑顔と面倒見のいいところでシンプルに勝負したら、コロンボみたいな実のある男性といいご縁があるから、そうしたほうがいいですよと言いたくなる。

この「コロンボがくしゃみ止めの水を問答無用で飲まされる」場面は、事件の捜査にはほとんど関係がないのに、とても丁寧に描かれていて、登場時はなんだかめんどくさいキャラだったマーシャの、濃すぎるお化粧の奥の人柄の良さがよくわかる。

コロンボのくしゃみが止まって笑顔になるマーシャ2.jpg

マーシャを演じたニタ・タルボットのコメディ演技の見せ場であるだけでなく、コロンボが彼女に勝てずに、小さい子のようにおとなしく水を飲まされたり、ティッシュをもらおうとするほほえましいシーンは、ストーリーの重い展開を効果的に和らげている。

この後、ベトナム帰還兵でトラウマから一度麻薬中毒になった過去があるハリーがメイフィールドに襲撃され、ハイデマン博士の死も迫ってくる。コロンボはこの事態にメイフィールドに強い怒りを見せて宣戦布告する。

コロンボの激昂 - コピー.jpg

被害者が「殺人を阻止しようとした女性」、「ベトナム帰還兵」、「犯人を信頼している人格温厚な患者」であり、犯人のメイフィールドはなんら良心の呵責を感じていないという状況を、そのまま見続けていると、いくらニモイの洗練された演技に魅力があるといっても、観る側の感情まで麻痺して無機質になってしまう。
そして、視聴者の心が、血の通った人間の温度を失ってしまったら、ドラマの繊細な奥行に気づけなくなる(そうなるとスリルとショッキングな展開にしか目が行かなくなるかもしれない)

しかし、この後のドラマ最高の見せ場である、コロンボとメイフィールドの手術中の静かな対決は、メイフィールドは手術室、コロンボは見学エリアに居る状況で、窓に隔てられ、セリフの応酬がまったく無いので、その迫力を目に焼き付けるには、視聴者側も、感情を研ぎ澄ませた状態で臨む必要があるのだ。

コロンボに見張られながら手術 - コピー.jpg
(ハイデマン博士の手術をするメイフィールドを見張るコロンボ。本来は血を見るのが苦手なコロンボが、メイフィールドの犯罪を暴くべく、手術の一挙一動を凝視している。その突き刺さるような視線を知りつつも、メイフィールドは依然として冷静に「死の仕掛け」を解除していく)



こうした緊迫した展開の前に、コロンボとマーシャのコミカルで温かみのあるシーンが視聴者に一息つかせ、その後のコロンボの激昂の凄みや最後の対決の迫力も際立たせる役割を果たしている。

コロンボもマーシャもそれぞれカワイイし、それだけでなく、視聴者に人間味のある感情を維持させたまま、ドラマに惹き付ける役割を果たした、陰の名場面と言えるだろう。

※2025年8月現在、動画配信サイトhuluで、新旧「刑事コロンボ」シリーズが視聴可能

c 1972 Universal City Studios LLLP. All Rights Reserved.


【当ブログ関連記事】
コロンボの推理を笑うメイフィールド - コピー.jpg

二つの顔 料理ショー - コピー.jpg
コロンボが捜査中、容疑者の一人で料理研究家のデクスターと料理番組に出演するコミカルなシーンもご紹介、今回のくしゃみ止めのように巧みにドラマに緩急をつけている。

c 1972 Universal City Studios LLLP. All Rights Reserved.


【参照動画】※英語音声

(メイフィールドのシャロン殺害シーン)
A Doctor's Ingenious Plan For Murder | Columbo

(メイフィールドの邸宅が映るシーン)
Columbo - "Everyone's A Suspect In My Eyes" | Columbo

(「溶ける糸」12分間のあらすじ動画)※結末部ネタバレ
'A Stitch in Crime' in 12 Minutes | Recap - S02 EP06 | Columbo



posted by pawlu at 10:28| 刑事コロンボ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2025年07月31日

刑事コロンボ「意識の下の映像」行動心理学博士が犯人。トリックの欠陥がドラマの魅力を際立たせる異色の名作

(コロンボと犯人ケプル博士。ケプルがスーパーマーケットで顧客を観察している現場に訪ねていく場面)
スーパーで話すコロンボとケプル博士 - コピー.jpg
c 1973 Universal City Studios LLLP. All Rights Reserved.

刑事コロンボ「意識の下の映像」(第21話 1973年12月、原題:Double Exposure)は、行動心理学研究所を主宰するケプル博士が犯人。クライアントのノリス社長に、自身の脅迫行為を告発されそうになったためにノリスを殺害する。

※2025年7月現在、動画配信サイトhuluでも、新旧「刑事コロンボ」シリーズが配信中
(NHK HP内あらすじ)
自らが主宰する研究所で、意識調査の研究を行っているケプル博士。野心家の彼は研究所拡大のため、クライアントのノリスをキャンペーンガールに誘惑させ、その現場をとった写真をネタにゆすっていた。だが地方検事局に真実を調べさせるというノリスを恐れたケプルは、人間の潜在意識に訴えかけるサブリミナル効果を利用してノリスを殺害。凶器として使用した銃にも一工夫こらし、鑑識の目をくぐり抜ける。
犯人役は、刑事コロンボで3回犯人役を演じたロバート・カルプ。(犯人の名前「バート・ケプル」は彼の名前のパロディ)
意識の下の映像 映像編集シーン ロバートカルプ - コピー - コピー - コピー.jpg
(犯行に使用するフィルムに細工をするケプル博士)

「指輪の爪あと」「アリバイのダイヤル」でも、都会的なインテリの名犯人を演じ、「洗練された社会的成功者である犯人と冴えない一般庶民のコロンボの対決」というシリーズの魅力を決定づけた功労者の一人だ。
フィルムについて話すコロンボとケプル博士 - コピー.jpg

(ノリス社長を射殺するケプル)
犯行シーン - コピー.jpg

(撃たれて崩れ落ちる被害者の側を通り過ぎていく。アリバイ作りが時間との戦いだったためとはいえ、恐ろしく冷静な犯行シーン)
死体の側を歩くケプル - コピー.jpg


ケプル博士が用いたトリックの「サブリミナル効果」は、現代では効果が疑問視されているという、推理ドラマとしては致命的な点があるにも関わらず、「仕組まれた性的スキャンダルの罠」や「広告戦略と心理学研究の発達により、観察され操作される人々」など、50年後の現在にも完全に一致する社会問題を描いてて見ごたえがある。

(性的スキャンダルのネガで脅迫してきたケプルに激怒する被害者ノリス)
ノリス社長のネガ - コピー.jpg
(キャンペーンガールの女性とのスキャンダルを仕掛け、クライアントたちの弱みを握って財を成したとケプルをなじる)
ハニートラップで財をなしたとなじるノリス - コピー.jpg



(顧客リサーチの一環としてスーパーマーケットの監視カメラで撮影されているコロンボ)
監視カメラに映るコロンボ - コピー.jpg

(監視カメラの角度を調整するケプル)
監視カメラの位置を調整するケプル博士 - コピー.jpg
(知らないうちに撮影されていたことに驚くコロンボ)
怖い世の中 - コピー.jpg

(コロンボが読み込んでいるケプルの著書のひとつ『心の糸とその引き方(The Mindstring and How to Pull it)』というタイトルには、今でも不穏なものを感じずにはいられない)

ロバート・カルプの演じる名犯人に共通する「理知的な成功者が張り巡らした企みが破綻したときの哀れ」が結末に光り、心理学研究が進んで明らかになった「トリックの脆弱さ」が逆に「コロンボシリーズの魅力は鉄壁のトリックではなく、俳優の演技力と、普遍的な社会や人間の描写」ということを証明した。

欠陥がありながら迫力を失わず「50年生き残る名作ドラマに必要なものは何か」を問いかけてくる異色の名作だ。

席を立つケプル - コピー.jpg

c 1973 Universal City Studios LLLP. All Rights Reserved.

【当ブログ関連記事】
指輪の爪あと ロバートカルプ - コピー - コピー - コピー - コピー.jpg
c 1971 Universal City Studios LLLP. All Rights Reserved.



【「意識の下の映像」の一部が観られる動画】※英語音声

(「サブリミナル効果」」を含む映像を研究所で見せてもらうコロンボ)
Are You Feeling Hungry Now? | Columbo

(第二の犯行が起こり、ケプル博士と現場に向かうコロンボ、この時点でケプルはコロンボに疑われていることに気づいていて、互いの会話に含みがある)
“Can’t Win Them All” | Columbo


【参照】
【心理学】サブリミナル効果とは? 事例でわかりやすく解説 (マイナビウーマン)桑野量(心理カウンセラー) 更新: 2021.12.16





posted by pawlu at 17:12| 刑事コロンボ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年01月06日

新刑事コロンボ「復讐を抱いて眠れ」(悪徳葬儀屋を名優パトリック・マクグーハンが演じたブラックユーモアが光る作品)

(コロンボと葬儀会社社長で犯人のエリック〈パトリック・マクグーハン〉)
二人でお茶を コロンボとエリック - コピー - コピー.jpg
(Image Credit:Youtube)(C) 1998 Universal City Studios, Inc. All Rights Reserved.

 新刑事コロンボ「復讐を抱いて眠れ」(1998年)は、葬儀会社の社長が、自分のスキャンダルを暴露しようとした元愛人の芸能ゴシップレポーターを殺害するストーリー。

 犯人役は、コロンボシリーズに4回登場したパトリック・マクグーハン。今回は、ピーター・フォークとともに、製作総指揮と演出も手掛けている。

 旧シリーズ「祝砲の挽歌」(1974年)では、陸軍幼年学校の校長ラムフォードを演じ、冷徹と孤独の入り混じる名犯人像で強烈な印象を残した名優だ。
コロンボとラムフォード - コピー.jpg
(Image Credid:Youtube (C) 1974 Universal City Studios LLLP. All Rights Reserved.)


 今回は、良心のかけらもない役だが、際立った長身と洗練されたしぐさが醸す風格が、悪どい所業とのギャップを生み出している。

 俗っぽい犯人や生々しい展開の多い「新」シリーズの中で、むしろ「俗」を極めてブラックユーモアに仕立てたことで、成功した作品でもある。

NHKBS 放送情報 2023年1月7日(土)午後4:30  〜6:00

※2023年1月現在、動画配信サイトhuluでも、新旧「刑事コロンボ」シリーズが配信中


 『刑事コロンボ 完全捜査ブック』でも、「ミステリとしての脚本の上手さや、個々の演出の見事さ以前に特筆しておかねばならないのは、本作で、本当にようやく、「刑事コロンボ」らしい品格がシリーズに戻ってきたことだろう(p.188)」と高く評価されているこのドラマ。

 ただし、その「品格」はキャラクターたちのものではない。

 むしろ、犯人エリックはもちろん、それ以外の主要キャラクターも「どうかと思う」ところがある。

 遺体を探ることで、故人が文字通り「墓場まで持っていこうとした」秘密を暴き、それをマスコミに売り渡していた葬儀業者。

 自分を捨てた男を破滅させるためには手段を選ばず、復讐のあとで暴露祝いパーティーまで開くつもりだったゴシップレポーター。

 夫の葬式後、一晩も喪に服せず、葬儀業者にしなだれかかる未亡人(いつも酔っている)。
(こういう未亡人たちを「お慰め」したことも、エリックの「成功の秘訣」だった)

  マクグーハンとともに、ベテランの名女優二人が、こういう「どうかと思う」主要キャラクターを演じている。

 (犯人エリックと、エリックに「よろめく未亡人」ヒューストン夫人(サリー・ケラーマン)(左)被害者のゴシップレポーター、ヴェリティ〈ルー・マクラナハン〉(右)。「ついていけない」感じの人々に囲まれ、「やれやれ」とお手上げ状態のコロンボ)
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(Image Credit:trakt.tv) 

 ほかにも、不仲だった夫の葬式代をケチって、裕福なのに段ボールの棺を使おうとする妻や、スムーズに式を進めるために、ストップウォッチでタイムを計られながら弔辞を組み立てる牧師など、葬儀の「実際にある話なのだろうけれど、知りたくなかった」一面も、容赦なく登場する。

 被害者すら「因果応報」感が漂い、「俗物」の人口密度が高いドラマだが、それでもこの作品は確かに品格がある。

 こういう人間模様を、殺伐としたリアルではなく、軽妙な「ブラックユーモア」、観る人が苦笑いするべきものとして描いているからだ。


 この作品が、あくまで「ブラックユーモア」であることを示している、短いが重要な場面がある。

 往年の名ダンサーの葬儀で、銀髪の紳士が、棺の前でタップダンスを踊るシーン。

Sending Them Away In Style | Columbo

 踵に羽の生えているような軽やかなタップはもちろん、人々に壇上へと送り出される背中、チャーミングな微笑、シルクハットのつばを整える指先の動きまで、暖かなエレガンス漂うこの人物は、アメリカタップダンス界のレジェンド、アーサー・ダンカン氏。
アーサーダンカンIMBD - コピー.jpg
(Image Credit:IDMB) 

「素晴らしい、実に素晴らしい……」

 彼のダンスにコロンボが見惚れるこのシーンにだけ、敬愛する人を見送る「葬い」の本当の思いやりがあり、彼だけが、ほかの主要人物には著しく欠けている優しい気品を持っている。

タップダンスとエリックとコロンボリサイズ - コピー.jpg
(Image Credit:IDMB)

 エリックとコロンボが話しているその真ん中で、ステンドグラスを背景に、踊りながら光に浮かび上がる姿は、二人の対決の天秤がどちらに傾くかを見守っている、運命の天使のようだ。
(コロンボの良作には、こうした一枚絵のようにぴたりと「決まっている」シーンがある。)


 この美しいダンスがキラリと閃くことで、ドラマの中の俗物模様は、人間の「スタンダード」ではなく、「コメディ」だとはっきりわかるのだ。

(タップの音色そのものまで、軽やかで心地よく、どこか、天使のくすくす笑いのようにも聞こえる)


 エンディングテーマは、彼が踊った「二人でお茶を」。

 コロンボとエリック(そして、常に「名犯人」であったマクグーハンが演じたキャラクターたち)の、ある意味で「息の合った」関係を暗示させながら、「葬式泥棒」を繰り返した男自身の「葬式」というエンディングを、悪残りさせずに軽やかに幕引きしている。

 「こんな立派な葬儀で送られたら気分いいでしょうねえ」

 天使のようなダンスを見つめるエリックに、去り際のコロンボがそっと言い残した言葉を、観る人に思い出させながら。

 時代が変わり、視聴者の嗜好が変わり、悪人すら、凄みや憐れがあった、かつての名犯人を登場させることができなかった(と判断してしまっていた)コロンボシリーズに、違う形ででも品格を呼び戻すため、実力者たちが「笑い」を演じ、美しいダンスが、犯人エリックには持たせられない「気品」をドラマの中に含ませた。

 アメリカを代表するドラマシリーズだった「コロンボ」の意地を感じさせる、新シリーズトップクラスの名作だ。




(画像引用動画)

Tea for Two | Columbo


(参照)


・Ashes to Ashes(IMDb)

https://www.imdb.com/title/tt0144141/

・Columbo: Ashes to Ashes 1999

posted by pawlu at 13:04| 刑事コロンボ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年09月10日

刑事コロンボ「だまされたコロンボ」成人男性誌オーナーが犯人の「新シリーズベスト」作品

(コロンボと成人男性誌オーナーで犯人のブラントリー〈イアン・ブキャナン〉)
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(Image Credit:Youtube)(C) 1989 Universal City Studios, Inc. All Rights Reserved.

(ブラントリーとモデル美女たちのリムジンでの「買いまくり」に同行するコロンボ)
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(Image Credit:Youtube) 

「だまされたコロンボ」(1990公開)は、男性誌オーナーのブラントリーが、共同経営者のダイアンを殺害した容疑をかけられるストーリー。

 最初に犯行が明らかにされる「倒叙」形式が多いコロンボのなかでは異色で、視聴者にも、被害者とされる人物の行方と生死がわからない展開になっている。

 『刑事コロンボ完全捜査ブック』では「手がかりの美しさ」「鮮やかな幕切れ」を併せ持つ、「新シリーズのベストを争う一作」と評価されている。(p.156〜157)

 NHKBS 放送情報 9月10日(土)午後4:25 〜6:00

※2022年9月現在、動画配信サイトhuluでも、新旧「刑事コロンボ」シリーズが配信中


(あらすじ)

 人気男性誌「バチュラーズワールド」のオーナー、ブラントリーは、邸宅に美人モデルたちを集め、派手な生活を楽しんでいた。

 彼の共同経営者で恋人でもあったダイアンは、彼との関係を断つために、イギリスのメディア王に自身の持ち株を売却しようとする。


(ダイアン)

ダイアン - コピー.jpg
(Image Credit:Youtube) 

 そうなれば『バチュラーズワールド』の実権を失うことになるブラントリーは、ダイアンと激しく口論、ダイアンはロンドンへ出発したが、空港での目撃情報を最後に行方不明となる。

 イギリス側の依頼をうけて捜査に乗り出したコロンボは、ブラントリーがダイアンを殺害し、遺体を隠したと推理する。


(見どころ1)犯人ブラントリーのモデル

 ブラントリーの仕事と生活は、おそらく雑誌『プレイボーイ』の発刊者、ヒュー・ヘフナー(1926〜2017)がモデル。

Hugh_Hefner_Glamourcon_2010 - コピー.jpg
画像出典:ウィキペディア

 雑誌名『バチュラーズワールド(直訳:独身男の世界)』も『プレイボーイ』のパロディになっているし、ブラントリーの豪邸「シャトー」のように、ヘフナーも「プレイボーイマンション」で美女たちと生活したことで知られている。

(「プレイボーイマンション」のプール)

プレイボーイマンションプール - コピー.jpg

(Image Credit:Youtube) 

 また、「シャトー」のラマやトナカイなどたくさんの動物と同様、ヘフナーも邸内に150頭以上の動物を飼育し、動物園資格を所有するほどだった。(※Youtube動画より)

 ブラントリーがテレビのインタビューで、同席した雑誌のモデル、ティーナと婚約予定であると話すシーンは、ドラマ公開の前年にあたる1989年、ヘフナーが彼のフィアンセ(「プレイボーイ」のトップモデル)と同席したインタビュー映像に似ている。


(コロンボの聞き込みに答えるブラントリーとフィアンセのティーナ)

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ブラントリーに聞き込みをするコロンボ - コピー.jpg

(1989年、インタビューに答えるヒュー・ヘフナーとフィアンセで後の妻のキンバリー・コンラッド)

インタビューに答えるヘフナーと婚約者 - コピー.jpg

(Image Credit:Youtube)

 つまりドラマ制作当時、世間の注目を集めていた人物を、詳細な部分までモデルにして犯人像を作り上げている、かなりきわどい作品なのだ。


(見どころ2)マスコミの寵児ブラントリーの戦略

 ブラントリーが、美女たちを引き連れ、高級ショッピングモールで繰り広げるイベント「買いまくり(Shop speer)」。

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(Image Credit:Youtube)

 時間内に、好きなものを好きなだけ買っていいと言われた美女たちが店に飛び込む姿を、マスコミが追いかけている。

買いまくりを取材させるブラントリー - コピー.jpg

(Image Credit:Youtube)

 人々の嫉妬と羨望をかきたてる生活を披露して、世間の興味を惹きつけるブラントリー。

(これもおそらくヘフナーをモデルにしているのだろう)

 金と美女を手に入れた成功者としての自分自身をブランドに、より大きなビジネス展開を企てる彼の生き様は、現代の、ネットとマスコミを巧みに操り、成功をつかむ人々の戦略に通じるものがある。

マスコミを利用するブラントリー - コピー.jpg

(Image Credit:Youtube)

 彼を追うために、列車のように長いリムジンに無理やり乗り込み、「買いまくり」に向かう美女たちに囲まれるコロンボ。

豪華リムジン - コピー.jpg

(Image Credit:Youtube)


 一見役得だが、よれよれのレインコートで、美女たちとマスコミにもまれながら、フラッシュを浴びるコロンボは、シリーズ内で一番状況に翻弄されているようにも見える。

 1980年代末、アメリカが経済的繁栄を迎え、より鮮烈で刺激的であることが求められた時代(日本もバブル経済の頃)。

 コロンボが「だまされた」事件の犯人は、そのキャラクターと、あの時代の潮流そのもののような狂騒でも、コロンボをかく乱している。



(見どころ3)ブラントリーのキャラクターと、イアン・ブキャナンの演技力(結末部ネタバレご注意)

ブラントリーの笑顔 - コピー.jpg
コロンボの推理を聞くブラントリー - コピー.jpg
(Image Credit:Youtube)

 設定上、「目線がチラチラして」(※)しまうシーンが多いが、がんばって集中して観てみると、実はブラントリーのシンボルのような、ハンサムだが「とってつけたような愛想笑い」の狭間に、ビジネスパーソンとしての抜け目のなさや、人を人とも思わない尊大な冷酷さが、ナイフの光のように閃いている。

(※「自縛の紐」で、水着の美女相手にしどろもどろになったときのコロンボの台詞)

 吹き替えの中尾隆聖さん(バイキンマン、ドラゴンボールZのフリーザ役でも知られる)の声も、人々を平然と操る成功者の余裕を見事に漂わせているし、ブキャナン本人の「いかにもあの時代のハンサムなプレイボーイ」の声も面白い。

 ブラントリーは、悪人であれ、同情の余地があれ、重厚な風格があった旧シリーズの典型的な名犯人たちとは正反対のキャラクターだ。

しかし、彼は享楽的な生活をしながら、それに溺れず、緻密な計算をして、成人男性誌を文化と巨大ビジネスにまで高めた。

(最初にコロンボが捜査に来た時、パーティーの大音量へのクレームを伝えに来たのかと思ったブラントリーは、「(あの派手なパーティーは)『ビジネス』だからやめる気はない」と、宣言している。)

快楽主義もここまで極めれば、軽薄を通り越して迫力がある。

 重厚ではないが、「大物」ではあり、コロンボの対決相手にふさわしい。


(以下、結末部ネタバレ)



 成功と快楽への飽くなき情熱、それを実現するための冷静な知能。

それが表に見える範囲の彼。

しかし、ブラントリーには、深層にもう一つの姿が秘められていた。


 ブラントリーの衝撃的な犯行シーン。

 雑誌と華麗な生活を奪われそうになった瞬間に現れた、秘められていた彼の姿、どの犯人たちよりもストレートな凶暴さが、あの犯行に現れている。


 そんな危険な迷路のような内面を持つブラントリーが、コロンボの最後の推理を聴くシーンは見事だった。

彼に惑わされ続けてきたコロンボが、「美しい手がかり」によって、ついに彼を捕らえたとき、彼はもう笑わない。そしてマスコミを操った巧みな言葉ももう発しない。

いかにもあの時代らしい、キャッチ―でゴージャスなイメージのBGMを身にまとい、時代を踊らせていた男が、制止する。

暗く沈んでいくような音楽に覆われ、ただ、自分の罪を瞳に映して沈黙する。

ブラントリーの沈黙 - コピー.jpg
(Image Credit:Youtube)

 ブラントリーは、その華麗さが「はぎとられた」沈黙の瞬間、新シリーズで最も印象的な名犯人となった。


ブラントリーの沈黙(英語音声)(※ドラマ結末部ネタバレ注意)
Solving A Crime That Never Happened | Columbo



(見どころ4)「だまされたコロンボ」独自の「対決」

新聞を楽しむブラントリーとティーナ - コピー.jpg
(Image Credit:Youtube)

 旧「刑事コロンボ」シリーズ(1968〜1978)では、犯人とコロンボの、真意を秘めた台詞の応酬が、「対決」の醍醐味となっていた。

 「だまされたコロンボ」では、犯行の全貌が明かされていないし、美女たちの肢体と嬌声、マスコミの騒々しさにかき消され、犯人とコロンボの、一対一の静かな対決は見られない。


 だが、ブラントリーとコロンボが、別の形で「対決」している瞬間がある。

 婚約者の美人モデル、ティーナとともに、新聞や雑誌を広げ、ダイアン失踪を伝えるテレビを観ながら、自分たちが世間の注目を集めていることを喜んでいるブラントリー。

 そこにコロンボが訪れ、二人が共謀してダイアンを殺害したのではないかと問いかける。

「ナンセンスだ。ぼくたちに容疑がかかったのは、ぼくたちみたいな不道徳な人種は、殺人も含めてあらゆる罪を犯しかねないという偏見のせいだ」

ブラントリーとティーナ - コピー.jpg

(Image Credit:Youtube)

ブラントリーはティーナを腕に抱いたまま、コロンボに事件を掲載した新聞や雑誌を投げつける。

「(シャトーを捜索してダイアンの遺体を見つけたいなら)やれよ、マスコミは大喜びさ。この雑誌も大喜びだ。さあ、やってくれ!ハッピーにしてくれ!」

されるがまま、笑みのむこうで、つくづく呆れているような、苛立ちを押し殺しているようなコロンボ。

新聞を投げつけられるコロンボ - コピー.jpg

(Image Credit:Youtube)


 ブラントリーは、コロンボの存在に、旧世代の「中産階級の一般人」が持つ道徳の、硬直した偽善を見ている。

そして、それを嘲笑し、殺人容疑にすらひるまずに、強烈に挑発する。

自分たちの力の象徴である、マスコミの産物たちを投げつけて。

新聞を投げるブラントリー - コピー.jpg
(Image Credit:Youtube)

 (コロンボとブラントリーの対決シーン)

An Identical Blonde | Columbo

 この事件では、ブラントリー個人だけでなく、彼を取り巻く美女たちや、事件を追い回すマスコミ(さらにはそれを気にする上司たち)もコロンボを翻弄する。


 このとき、コロンボがかつてないほど苦戦しながら「対決」し、ブラントリーの沈黙という形で、かろうじて勝利したのは、繁栄と欲望の華麗な狂乱が支配した、「あの時代」そのものだったのかもしれない。

リムジン内のブラントリーとコロンボ - コピー.jpg

(Image Credit:Youtube)

新聞投げつけられるコロンボ2 - コピー.jpg

新聞を投げつけらられるコロンボ3 - コピー.jpg
(Image Credit:Youtube)



(C) 1989 Universal City Studios, Inc. All Rights Reserved.


※2022年9月現在、動画配信サイトhuluで、新旧「刑事コロンボ」シリーズが配信中





(参考文献)

この作品の推理ドラマとして秀逸な点が詳細に解説されている。

シリーズの全作品について、制作事情から、日本の吹き替え声優陣の情報まで網羅され、挿絵も素晴らしい、コロンボファン必携の名著。



【画像引用動画(英語音声)】

The Switch | Columbo


As You Can See, I Have Better Things To Do | Columbo


(ヒュー・ヘフナーの「プレイボーイマンション」を紹介したニュース動画。※性的な映像を含む)
Inside the Legendary Playboy Mansion: 12 Bedrooms, 21 Bathrooms and All the History


The Double | Columbo

Columbo Goes on a Shopping Spree | Columbo


An Identical Blonde | Columbo

(※結末部)
Solving A Crime That Never Happened | Columbo
posted by pawlu at 12:20| 刑事コロンボ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年09月02日

刑事コロンボ「殺意のキャンバス」コロンボの肖像画(ハリウッドの舞台美術家ヤロスラフ・ゲブル氏について)

(コロンボと、犯人の画家バーシーニ〈パトリック・ボーショー〉)

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(Image Credit:Youtube)(C) 1988 Universal City Studios, Inc. All Rights Reserved.


 「殺意のキャンバス」(1988年)は、前妻、現在の妻、若いモデルの三人と複雑な愛情生活を送る画家バーシーニが、彼のもとを去ろうとした前妻を、溺死に見せかけて殺害するストーリー。


 コロンボシリーズの名脇役ヴィト・スコッティとコロンボの愛犬ドッグが登場するほか、バーシーニの描く絵画の数々が見どころだ。

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(Image Credit:Youtube)

殺意のキャンバス コロンボとドッグ - コピー.jpg

(Image Credit:Youtube)

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(Image Credit:Youtube)


❝(NHK HP内あらすじ)

何度見ても新しい!ミステリードラマの金字塔。豪邸で3人の女性に囲まれて暮らす天才画家バーシーニの声は、数々の作品の吹き替えなどで活躍した森山周一郎。 海辺の豪邸で3人の女性に囲まれて暮らす画家のバーシーニは、となりに住む前妻のルイーズから、再婚することを告げられる。彼女だけが知るバーシーニの重大な秘密がもれることを恐れた彼は、浜辺にいたルイーズを失神させ、溺死に見せかけた。だが遺体のある状況から、コロンボはバーシーニに接触する。ルイーズが悩まされていた悪夢の断片に隠されていた天才画家の秘密とは?

NHK放送予定:BSプレミアム 9月3日(土)午後4:28 〜


(以下、結末部ネタバレ注意)




コロンボの肖像画について



 いきなり結末部を明かしてしまって申し訳ないが、この作品について、ぜひご紹介したい方がいる。

 一度ドラマをご覧になった方は、バーシーニの描くコロンボの肖像画の出来栄えに驚かれただろう。

コロンボの肖像画と本人 - コピー.jpg

(Image Credit:Youtube)


 この肖像画を実際に描いたのは、長年、舞台美術家としてハリウッドで活躍したヤロスラフ・ゲブル(Jaroslav Gebr)(1926〜2013)という人物だ。

ヤロスラフ・ゲブラ氏写真 - コピー.jpg

(Image Credit:Hollywood (gebrart.com))


 1926年チェコで生まれたヤロスラフ氏は、1949年、クーデター勃発後に祖国から亡命し、1950年代にアメリカに移住した。

 その後、ハリウッドで、「サウンドオブミュージック」、「マイフェアレディ」、「スティング」などから「24」まで、数々のドラマ、映画の舞台美術を手掛け、オーソン・ウェルズ、キム・ノヴァク、ジュリー・アンドリュースら、名優たちの肖像画も描いた。

 ハリウッドスターの中にはヤロスラフ氏に、自身の所有する高額な絵画コレクションの複製を依頼し、真作は安全な場所に保管しながら、壁には彼の複製画をかけて楽しんだ人々もいた(そして誰も彼の複製と真作の違いがわからなかった)という。(※ヤロスラフ氏訃報記事より)

 様々な時代、作風の絵を自在に描き分ける彼の才能は、犯罪者に目をつけられたら、そそのかされたり監禁されたりして、凄腕の贋作師にされてしまいそうだが、彼は舞台美術家という自分の才能を最大限に活かせる仕事で、50年間アメリカの映像作品を支えた。

 大きな眼鏡の似合う知的な風貌も、そのミステリアスな才能も、どこかコロンボの名犯人を思わせてファンの心をくすぐる(この方のドキュメンタリーがあったらぜひ観てみたい)。


 「殺意のキャンバス」も、彼の絵の力がなければ成立しない作品だ。

 前妻ルイーズを捨てて再婚しながら、彼女に執着して隣の家に越し、若いモデルとも同棲しているバーシーニ。

 挙句、ルイーズが彼の秘密を彼女の再婚相手(心理学者)に暴露するかもしれないと思い、殺害。

 その後、現在の妻と若いモデルとの間に勃発した修羅場に悩まされ、自分が殺したルイーズの、穏やかな聡明さを、天を仰いで懐かしんでいる。

 コロンボシリーズの犯人中、最も自業自得感の強いバーシーニは、控えめに言ってもクズ野郎だ。

 しかし、そんな彼が、画家としては、やはり見事な才能の持ち主だったいうのが、このドラマのポイント。

 そして、それぞれ知性もプライドもある魅力的な三人の女性が、「三人の中の一人」に甘んじてでも、バーシーニとの関係を断ち切れなかった理由も、絵の力がなければ表現しきれない。

 人間としてはクズでも、画家としては天才で、彼女たちは、その才能に魅了されてしまった。

 女性たちが彼の名声や金にしがみついているだけなら、ただの味気ない愛憎劇だが、バーシーニの、ヤロスラフ氏の絵が、彼女たちの人物像にも深みを与えているのだ。

 ドラマのエンドクレジットは、コロンボの素晴らしい肖像画を背景に流れ、最後に、「Painted by Jaroslav Gebr」とヤロスラフ氏の名前が出て締めくくられる。

(NHK版だとカットされているかもしれないが、hulu配信では観ることができる)


 実は、ヤロスラフ氏の絵は、すでにコロンボシリーズに何度も登場している。

 (「二枚のドガの絵」に登場する現代画家の絵と、「忘れられたスター」の犯人グレースの肖像画〈おそらくほかにも使われている〉)


(「二枚のドガの絵」内の作品)

二枚のドガの絵の中の作品 - コピー.jpg

(Image Credit:Youtube)

(「殺意のキャンバス」内の作品〈コロンボがすごくじっと観てる〉)

ヌード絵画とコロンボ - コピー.jpg

(Image Credit:Youtube)


 「殺意のキャンバス」、とくにそのエンドクレジットは、長年、コロンボシリーズとハリウッドに貢献してきたヤロスラフ氏の実力を、映像で「展示」している。

 それは、自身も絵を愛するピーター・フォークと、コロンボシリーズ制作陣の、ヤロスラフ氏への感謝のしるしなのかもしれない。


 ピーター・フォーク自身も画家として活動し、本人役で登場した名作映画「ベルリン天使の詩」(1987年)(註)には、彼がスケッチをしているシーンがある。

絵を描くピーターフォーク - コピー.jpg
(Image Credit:Youtube)

ベルリン天使の詩でスケッチをするピーターフォーク - コピー.jpg
(Image Credit:Youtube)

 ヤロスラフ氏のコロンボ肖像画のオリジナルは、現在「ピーター・フォーク財団」が所有している。

 (ヤロスラフ氏のHPより)





(あともう一つだけ)「四次元への招待(Night Gallery)」 


(「四次元への招待」「復讐の絵画」の主人公ジェレミー(ロディ・マクドウォール)とヤロスラフ氏作の絵画)

NightGallery_201910_12 - コピー.jpg

(画像出典:映画ナタリー記事)


 ヤロスラフ氏の絵画が重要な役割を果たした傑作として、ホラーオムニバス「四次元への招待(原題:Night Gallery)」がある。

四次元への招待 -日本語吹替音声収録コレクターズ・エディション- [DVD] - ロディ・マクドウォール, ジョーン・クロフォード, ラリー・ハグマン, ジョセフ・ワイズマン, ダイアン・キートン, バージェス・メレディス, ヘンリー・シルヴァ, ウィリアム・ウィンダム, ダイアン・ベイカー, ロッド・サーリング
四次元への招待 -日本語吹替音声収録コレクターズ・エディション- [DVD] 


 一枚の絵画にまつわる不気味な物語を描いた作品で、映画「猿の惑星」の脚本家として知られるロッド・サーリング脚本、彼が物語の案内人も務めている。(世にも奇妙な物語のタモリさんのような役割)

 ヤロスラフ氏はこのシリーズのパイロット版(シリーズ化される前の作品)三作(1969年制作)の絵画を手掛けていて、彼の絵により、作品の重厚な不吉さに、凄みが増している。

(「四次元への招待」パイロット版トレイラー)

Night Gallery (1969) Pilot Trailer

 パイロット版三作のうちの二作に、コロンボの犯人役の俳優が主演(「死の方程式」のロディ・マクドウォールと、「権力の墓穴」のリチャード・カイリー)、のこりの一作はスティーブン・スピルバーグが監督しているので(コロンボの「構想の死角」担当)、コロンボファンに特におすすめだ。


 個人的な思い出だが、子供のころにこのパイロット版第一話「復讐の絵画」を観て、夜うなされた。

(ヤロスラフ氏の絵が怖かったから)

 うなされたのに、もう一度観たいと、ずっと探していた。

 恐怖作品の中には、大人になったら「トラウマ」から「引力」、そして「圧倒」に変わる作品がある。

それは、恐怖を通じて、人間の愚かさや、怒り、悲しみといった、真実を突いた名作なのだ。



※2022年8月現在、動画配信サイトhuluで、新旧「刑事コロンボ」シリーズが配信中

(C) 1988 Universal City Studios, Inc. All Rights Reserved.

 





【画像引用動画(英語音声※ドラマの重要シーンや他の回の内容を含む)】

Nightmares | Columbo
All the Characters Played by Vito Scotti | Columbo


Celebrate National Love Your Pet Day!


Peter Falk On Columbo's Success | Columbo



Columbo's Portrait Act I | Columbo


Columbo's Portrait Act II | Columbo


Columbo's Portrait Act III | Columbo

The Artist and the Detective | Columbo

(※結末部)
A Portrait of a Lieutenant | Columbo

註

「ベルリン天使の詩」(1987年)ヴィム・ヴェンダース監督

 まだ東西に壁で分断されていた時代のドイツ、ベルリンを舞台の抒情的な映画。
 ひっそりと人々の心の声を聴き、彼らの魂を温めようとする天使たちのうちの一人、ダミエル(ブルーノ・ガンツ)が美しい空中ブランコ乗りの女性に恋をする。
 ピーター・フォークはベルリンに撮影に来た本人として登場する。


 Wings of Desire (1987) Original Trailer [FHD]



(参照書籍・ディスク)




(参照URL)
ヤロスラフ・ゲブル氏のIMDb紹介ページ

ヤロスラフ氏の訃報ページ

ヤロスラフ・ゲブル氏HPトップ

上記HP内、コロンボの肖像画、ほか氏の作品が観られるページ


海外の「刑事コロンボ」解説サイト

同サイト「殺意のキャンバス」の解説ページ


ラベル:美術
posted by pawlu at 22:22| 刑事コロンボ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

刑事コロンボ「殺意のキャンバス」森山周一郎さんの名吹き替え

(「殺意のキャンバス」の犯人バーシーニ〈パトリック・ボーショー〉)
バーシーニ役パトリックボーショー - コピー.jpg
(Image Credit:Youtube)(C) 1988 Universal City Studios, Inc. All Rights Reserved.

(バーシーニの吹き替えを担当した森山周一郎さん)
森山周一郎さん - コピー.jpg
画像出典:ウィキペディア

「殺意のキャンバス」(1988年)は、天才画家画家バーシーニが、彼の前妻を、溺死に見せかけて殺害するストーリー。

 三人の女を同時に愛し、利用する男バーシーニの吹き替えは「刑事コジャック」のコジャック、「紅の豚」のポルコ・ロッソなど数々の役を演じた森山周一郎さん。




(映画「紅の豚」トレイラー、ポルコ(森山さん)の「飛ばねえ豚はただの豚だ」という台詞が有名)
Porco Rosso - Official Trailer

 実は、森山さん唯一無二の、渋く低い、男らしいしゃがれ声は、バーシーニ役のパトリック・ボーショーとはかなり異なっている。

 ボーショー自身の声と話し方は、エレガントで歌うように軽やか(そして軽薄)だ。

(バーシーニ〈ボーショー〉の声が聴ける動画)
All of Columbo's Real Wife Appearances in Columbo | Columbo

 ハンサムで、その魅力を自覚しながら、言葉巧みに自分を愛する女性を操るキャラクターは、むしろ「美食の報酬」(1978年)の犯人ポール(ルイ・ジュールダン)に近いものがある。(ポールの声は上の動画の8:54で聴くことができる)

(ポールとコロンボ)
美食の報酬の犯人ポール - コピー.jpg
(Image Credit:Youtube)



 ちなみに、バーシーニとポール、それぞれに愛情を利用される女性を、同じ女優シェラ・デニス(ピーター・フォークの妻)が演じている。

バーシーニとヴァネッサ - コピー.jpg
(Image Credit:Youtube)

美食の報酬ポールとイヴ - コピー.jpg
(Image Credit:Youtube)

(彼女が犯人の不誠実さに愛想をつかしたことがきっかけで、犯人が窮地に陥る展開も似ている)

 他人の愛情も命の重みもわからない、コロンボ流に言えば、「あなたの才能は尊敬しますが、あとはてんでいけませんなぁ……」な性格も同じ。(「美食の報酬」より)



 だが、元の声に似ていないのに、森山さんの声は、吹き替えとして素晴らしい。

 バーシーニは、彼の最初の妻で隣人だったルイーズを殺したあと、彼にとって思いもかけない事態に陥る。

 彼が「決して手放そうとしない人生の一部」で、まだ成功者でなかったころに連れ添ったルイーズ。

 彼女は、現在の妻、ヴァネッサにも、彼の愛人で若いモデルのジュリーにも、穏やかに接し、食事のときには、美味しい手料理をみんなにふるまっていた。

 ルイーズが死に、ヴァネッサとジュリーが、好感を抱き、一目置かざるを得なかった存在がいなくなったことで、均衡が崩れ「二人のうちどちらが」バーシーニのただ一人のパートナーになるかをめぐり、露骨にいがみあう。

 バーシーニがいくら言い聞かせても、彼女たちはつかみかからんばかりの争いをやめない。

【補足】
バーシーニの複数の女性をはべらせる生活はおそらくピカソをモデルにしている。
(『刑事コロンボ完全捜査ブック』p.154より)

ドラマ後半でドラマの中で女性たちがバーシーニのもとを去り、彼が「別れるなんてあり得ないことだ。許さん!」というほどプライドがへし折られる展開は、「ピカソを捨てた唯一の女」と言われた芸術家フランソワ・ジローとの愛憎劇がモデルなのかもしれない。

また、

「男に一人の女と暮らせと言うのは実に不当と思わんか。完璧を求める男には全く不当だ。「心優しい母親」「官能的な伴侶」そして「人生のマネージャー」。女に対しても不当だ!全部こなせる女は無いからな!」

という(森山さんのいい声で聞いても実にひどい)セリフは、人妻との恋に走り、もとの妻を捨てた建築家フランク・ロイド・ライトの
「芸術的な精神を持つ男には二人の女性が必要だ。一人は子供の母親、もう一人は精神的な伴侶であり、インスピレーションの源であり、魂の伴侶だ」(※)
の言葉から透ける「天才には複数の女性が分業奉仕すべきだ」という強烈なエゴも踏襲しているのかもしれない。
(バーシーニは女性が3人なので、ライトの二人から「一人増えてる」のち「そして誰もいなくなった」展開だが)

犯人の品格が足りない「新刑事コロンボ」シリーズの中で、(名優パトリック・マクグーハンそのものが品格を確保した「復讐を抱いて眠れ」は別格として)、数少ない見ごたえがある作品としてこの「殺意のキャンバス」と「だまされたコロンボ(犯人のモデルが『プレイボーイ誌』創業者ヒュー・ヘフナー)」が挙げられるが、この二作は、品格の代わりに、ピカソやへフナーという超大物をモデルにすることで、強烈な実人生からにじむドラマや社会風刺を犯人と作品にまとわせ、リアルな迫力を与えていた。

 このバーシーニの自業自得として、当然のごとく勃発した女性たちの修羅場に、バーシーニが、森山さんの「男らしさ」の頂点のような声で憤っているのを聴くと、ルイーズが彼らの間を補っていた、もの柔らかな思慮深さ、バーシーニに本人には、才能と引き換えに完全に欠けているものを、失ったことが、よりはっきりと伝わる。

 「ああ…ルイーズ……」

 「男には思いやりを求める権利があるんだ」

 自分で殺しておいて、ルイーズを懐かしむバーシーニは身勝手以外の何物でもないが、森山さんの声が魅力的であればあるほど、「男らしさ」ではどうにもできない、そしてもはや取り返しのつかない状況に直面したバーシーニの、みじめな苦渋がにじみ出るのだ。

 バーシーニの声を森山さんに依頼したのは、当時『刑事コロンボ』日本語版演出を担当した左近充洋(さこんじゅう・ひろし)さんの「ほぼ趣味」だったそうだ。

 左近充さんが、『刑事コジャック』も担当していたつながりで決まったことらしいが、刑事コロンボ吹き替え版と、日本の素晴らしい声優の歴史を示す好例だと思う。

(※『刑事コロンボ完全捜査ブック 』日本語版『刑事コロンボ』演出、壷井正 吉田啓介インタビューp.212より)

 軽薄なエレガントさが、突然エゴイスティックな激情に変わる不気味なボーショー版バーシーニと、男性的魅力に溢れ、才能と「男らしさ」以外のものを、彼を愛する女性たちから平然と搾取する、あるいは搾取するしかない森山版バーシーニ。

 声によってバーシーニのキャラクターが変わるので、聞き比べてみていただきたい。


 『刑事コロンボ完全捜査ブック』と、左近充さんとの名コンビで、翻訳を担当した額田やえ子さんの『アテレコあれこれ』では、今も語り継がれるコロンボの名吹き替えについて知ることができる。







※2022年8月現在、動画配信サイトhuluで、新旧「刑事コロンボ」シリーズが配信中

(C) 1988 Universal City Studios, Inc. All Rights Reserved.



【画像引用動画(英語音声)】

How Did the Poison Get Into the Wine? | Columbo

Columbo's Portrait Act II | Columbo

All of Columbo's Real Wife Appearances in Columbo | Columbo
posted by pawlu at 15:47| 刑事コロンボ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

刑事コロンボ「殺意のキャンバス」ホッパーとワイエスとの関係

(犯人の画家バーシーニの絵を観察するコロンボ)
画像 ヌードとヴィトの店の絵2 - コピー.jpg
(Image Credit:Youtube)(C) 1988 Universal City Studios, Inc. All Rights Reserved.


 「殺意のキャンバス」(1988年)は、天才画家画家バーシーニが、彼の前妻を、溺死に見せかけて殺害するストーリー。

  NHK放送予定:BSプレミアム 9月3日(土)午後4:28 〜
 前妻の隣の家に住み、現在の妻と若いモデルと同棲するバーシーニのキャラクターは、多くの愛人を持ったピカソがモデルと考えられている。(※)

 だが、作中に登場する彼の(捨てた前妻に依存しながら彼女を殺すという酷い人間性と裏腹の)美しい絵は、おそらくアメリカの国民画家、エドワード・ホッパーとアンドリュー・ワイエスの作品がモデルとなっている。

 (※)「刑事コロンボ 完全捜査ブック」p.154 「episode50 殺意のキャンバス」解説


 バーシーニの「ヴィトのバー」の絵と、エドワード・ホッパー作「ナイトホークス(Nighthawks)」


 バーシーニは前妻ルイーズ殺害のアリバイ作りのために、昔なじみのヴィトのバーに行く。

「二階の部屋(元はバーシーニとルイーズが住んでいた場所)に一日こもって、店の絵を描いてやる」

 今は売れっ子のバーシーニにそう言われたヴィトは大喜びで、店を一日バーシーニの貸し切りにする。


 当日、バーシーニが持ち込んだ純白のキャンバス。

しかし、実はそれは二重になっていて、すでに完成したバーの絵が隠れていた。

 二階の部屋を抜け出し、ルイーズを殺して戻ってきたバーシーニ。

 利用されたと知らないヴィトは、絵を見て狂喜乱舞する。

「素晴らしい!傑作だよバーシーニ!!」


 長いカウンターごしに話し込む客と店の主人、閑散とした空間に際立つ鮮やかな赤、独特の遠近感と、どこか哀愁漂う光と影。

画像 絵を見せるヴィト拡大2 - -.jpg
(Image Credit:Youtube)

 それはエドワード・ホッパーの「ナイトホークス(「夜更かしする人々」の意味)」を思い出させる。


 ホッパーは、都会、または郊外の寂寥感漂う情景を描いた作品で知られ、「ナイトホークス」はアメリカ近代絵画でもっとも有名な作品のひとつだ。



 ホッパーの作品は、誰もいない屋外の風景を描いたときには孤高の静けさがあり、むしろ、「ナイトホークス」のような、人間が描かれている都会の絵ほど寂しさが漂う。

 「ヴィトのバー」の絵は、そんなホッパーのテイストを巧みに取り入れている。

(ヴィトはとてもにぎやかで陽気なので、彼がいるとあまりホッパー風ではないのだが)

 このヴィトのバーの絵は、のちにコロンボの捜査の重要な手掛かりになる。



 バーシーニとアンドリュー・ワイエスのヌードの絵


コロンボとヌード画 拡大 - コピー.jpg
(Image Credit:Youtube)

 バーシーニが描く、美しいヌード。

 「ヴィトのバー」の風景画とは全く違う、写実的で緻密な描写と、肌を透かして内側からにじむような光、少し沈んだ色使い。

 この作風は、ホッパーと並ぶ、アメリカの国民画家、アンドリュー・ワイエスがモデルになっているのかもしれない。

 アンドリュー・ワイエスは、ヘルガというドイツ系女性をモデルに、優れた裸体画を描いた。

(アンドリュー・ワイエス作「溢れる(Overflow))」(1977年)
ワイエスoverflowヘルガ -  -.jpg
画像出典:「アンドリュー・ワイエス展」カタログ(企画 愛知県立美術館/中日新聞社 1995)p.159

 しかし、その作品が、ワイエスの妻にも長年隠されていたため、1985年、マスコミがヘルガの絵の存在をセンセーショナルにとりあげた。

 彼女を描いた絵の多くがヌードであったために、世間はワイエスとヘルガの間に男女関係があったのではないかと疑ったが、二人はそれをともに否定した。
(※『アンドリュー・ワイエス作品集』高橋秀治p.68〜71「ヘルガ――画家とモデルの揺るぎない関係」東京美術)

 ワイエスはヘルガの存在と、自分との関係をこう語っている。

❝ 
彼女は私の完璧なモデルであった。彼女が完璧でありえたのは、一生懸命に良いモデルになろうとしていたからだ。画家とモデルの間には、ある関係が成立していなければならない。それは性的な関係ではなく、一緒のキブ・アンド・テイクの関係だ。モデルが冷たくて、自分がしていることに興味を示さない場合は悲劇だ。あるいは、モデルが自分のやっていることを仕事だと思っている場合も、だめだ。(中略)ヘルガは休みなしにポーズをとってくれた、かえって、私のほうがくたびれてしまうと、「何を言っているの、私はまだ疲れていないんだから、もっと続けましょうよ」と言うのだ。

 (「アンドリュー・ワイエス展」カタログ 1995 p.156「83 ローデン・コート」ワイエスによる自作解説)

 「殺意のキャンバス」は、このマスコミの騒ぎから約3年後の作品なので、ワイエスの絵とヘルガのエピソードを知っている人なら、バーシーニの描くヌードと、それらを重ね合わせたかもしれない。

 ただし、バーシーニのモデルのジュリーは、若く美しいが、良くも悪くも正直で、冒頭からポーズをとりつつも「おなかがすいた」「体が痛い」と文句タラタラだし、バーシーニと露骨に愛人関係にあって、現在の妻ヴァネッサは自分の立場をあやうくすると思って彼女をとても嫌っている。

 ドラマは、ワイエスのゴシップを最大限俗っぽく解釈し、ジュリーをヘルガとは真逆のキャラクターにし、ワイエスの絵の空気は取り入れたのかもしれない。

(これでジュリーの絵が美しくないと殺伐としたドラマになってしまうが、舞台美術家ヤロスラフ・ゲブル(Jaroslav Gebr)氏の画力が作品を支えている)

 ところで、ワイエスはバーシーニとは(全然)違って静かな人物で「少年時代からその生活を変えることなく、アメリカの地方で暮らす人々とその周りの自然を見つめ、自分の描きたいもの、心動かされたものだけをひたすら描き続け」た。(※同『作品集』p.187「あとがき」)

 その、超絶技巧が描き出した、物思いにふけるような、清澄でしんとした静けさの漂う作品は、『ピーナッツ(スヌーピー)』の作者チャールズ・シュルツ氏や、イギリスのコメディグループ「モンティパイソン」のメンバー、マイケル・ペイリンなど、すぐれたアーティストたちにも深く愛されている。


❝
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(『完全版 ピーナッツ全集 9』p.299 1968年11月25日発表)

※2022年8月現在、動画配信サイトhuluで、新旧「刑事コロンボ」シリーズが配信中

(C) 1988 Universal City Studios, Inc. All Rights Reserved.



(ナイトホークスの解説動画)


(アンドリュー・ワイエスの解説動画)
アンドリュー・ワイエスがどのように絵を描いたか


【画像引用動画(英語音声)】



Columbo's Portrait Act I | Columbo


(参考文献・資料)





Wikipedia

posted by pawlu at 09:26| 刑事コロンボ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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