(コロンボとサンティーニ)

c 1975 Universal City Studios LLLP. All Rights Reserved.
【「魔術師の幻想」あらすじ】
元ナチス親衛隊員だった過去を持つマジシャンのサンティーニは、彼の正体を知るマジッククラブのオーナー、ジェロームに興行収入の半分をゆすり取られていた。正当な収入を要求するも決裂し、ジェロームの移民局への密告を予期したサンティーニは、犯行時刻にはクラブのショーで、水槽の中に沈められた箱に入り、脱出マジックを披露していたという、鉄壁のアリバイを作り上げてジェロームを射殺する。
コロンボは、サンティーニの虚実入り混じる空気に翻弄されながらも、この不可能犯罪が可能だったのはマジックの達人の彼しかいないという確信を強めていく。
「構想の死角」「第三の終章」に続き、これが三作目の出演となった、コロンボシリーズの功労者、名優ジャック・キャシディの「エレガントな尊大さが最高に舞台映えする」(※)存在感が、マジシャンという役どころにピタリとはまり、その優美な所作と底知れない表情に目を奪われる。(※「刑事コロンボ完全捜査ブック」p.104)

また、刑事コロンボの音楽を手掛けた名匠ヘンリー・マンシーニ自身の代表作映画「シャレード」(1963年 オードリー・ヘップバーン主演)のテーマ曲が作中で効果的に使われて、隠された意味が浮かび上がってくる瞬間は、コロンボシリーズの中でも最高の名場面だ。
NHK放送日時:2026年6月6日(土)午後6:00〜午後7:30
ジャック・キャシディの名演技
ジャックキャシディが演じるサンティーニは、強制収容所所属のナチス親衛隊員(ステファン・ミュラー軍曹)だったという過去を持ち、暴露されればイスラエルでの終身刑レベルの運命が待っている。
(英語版には「自分は当時21歳(まだ善悪の区別がつかない若さ)だった」という台詞があるが、その年齢で軍曹になっていた事実が、収容所内で、持ち前の知能で出世のために積極的に立ち回っていたことをうかがわせる)
決して正体が知られてはいけないため、彼はマジッククラブの人々には紳士的にふるまい、その完璧な擬態と、マジックの才能で周囲からは慕われている。
(サンティーニを歓迎するジェロームの経営パートナーのハリー)

舞台俳優として歌やダンスでも活躍したキャシディの磨き抜かれた演技はそのほかの二作品でも、煙草を持つ手、椅子に腰かける仕草まで洗練されているが、ことに、この高級クラブの豪華でミステリアスな内装の中で、マジックを披露し、変装をしてジェロームのところに向かう姿はどこまでもスマートだ。
【参照動画】
ジャック・キャシディが「サンドオブミュージック」のジュリーアンドリュースとコメディ俳優ケン・ベリーとともに見せたダンスと歌のパフォーマンス動画
1:50からはキャシディの美声が聴ける。コメディチックなのに郷愁を誘う三人の「グリーンスリーブス」のパート(3:27)も素晴らしい
一方のジェロームは、利益至上主義で、現場責任者のハリーが繁盛しているのだから人手を増やしてほしいと言ってもはねつけたことをはじめとして、極めて横暴で、舞台スタッフがサンティーニに「ジェロームさんを(マジックで)消してください」とジョークを言うほど、彼を知る全員から嫌われている。
(ジェロームを見るハリーの表情)
歴史上最悪の犯罪に加担し、殺人の英才教育を受けた人間を恐喝し、こともあろうにサンティーニから「悪党め」とののしられても、俺は実業家だ、と強気にはねつけるジェローム。
しかし、その利益のためなら、法の裁きをよそに、悪魔も檻に閉じ込めて搾り取れるだけ搾り取ろうという金への執着が、「厨房にいる人間に臨時派遣が多すぎて、誰が紛れ込んでもわからない」という、大金を扱う自分の事務所につながるセキュリティに、ありえないほど大きな穴を生んでいた。
サンティーニはそこを突いた。
強欲なビジネスマンが、金で支配できる範囲でどれだけ強引にふるまっても、知能が高く暴力に躊躇がない悪人を敵に回せば、金などなんの意味もなく、隙だらけであっさりと敗北するという社会の縮図のようだ。
かすかにクモの巣が張った悪魔(「ファウスト」のメフィストフェレスだろうか)の像の下の空洞から銃を取り出すサンティーニ。サンティーニの内側からかつて人殺しが日常だった悪魔(ミュラー)が蘇る。
緊迫の対決 手錠抜け(コロンボとサンティーニの表情に注目)
捜査に乗り出したコロンボは、事務所にいたジェロームが正面から撃たれ、遺体が入口ドアから距離があったことから、犯人は自力で鍵をピッキング技術で開けて侵入してきたことを見抜く。
しかしその鍵は、窃盗対策として(実際にはサンティーニをゆするための証拠書類を盗み出されそうになったために)、つい最近ジェロームがより強固な型に変えたばかりだった。
絶対に開けられないはずの鍵を開けられたのは誰か。
コロンボの目はただ一人に向けられる。
マジックショーの時にサンティーニの助手役を務める観客として舞台に上がったコロンボは、サンティーニの鮮やかなカードマジックに目を丸くしたが、それだけでは終わらせなかった。
「一つ挑戦したいんです」
コロンボは「凶悪犯用の、鍵なしでは絶対に外せない極めつけの手錠」をサンティーニに渡し、
「無理かもしれませんが、一つ、外せるかどうかやってみてくださいませんか」
サンティーニはスマートにその申し出を受けると、舞台脇の楽団に言った。
「ドラムをお願いしますよ」
ドラムロールの中、手錠のはまった両手を掲げたサンティーニは、両手脇を合わせ、しばらくかすかに手首を動かすと、鮮やかに手錠を外してコロンボに渡した。
「いかが?」
観客たちの驚きの喝采。
コロンボも笑顔だった。だがそれは驚きではなく、答え合わせが済んだという笑みだった。コロンボは、ドラムが鳴っている間中、じっとサンティーニの手錠を凝視していた、あのまなざしのままだった。
「思った通りでした」

コロンボのかすかなウィンクに、自分が何を証明してしまったかに気付いてサンティーニはゆっくりと目を伏せ、顔をそむけた。

この、ドラムロールの中で、「サンティーニなら開けられない鍵は無い」と確認できる瞬間を微笑の奥で凝視するコロンボと、コロンボの表情にかすかに違和感を覚えながらも、「不可能は無い自分」を披露するために優美に手錠を外してしまう瞬間は、ピーター・フォークとジャック・キャシディという、今まで繰り返し共演し、演技力で火花を散らした名優同士が、ただアップの顔と視線だけで互いの思惑を雄弁に物語る、スリリングな名場面だ。
手錠抜けの成功は殺人犯の自分にとっては大きな失敗だったと気付いて顔をそむけるサンティーニの横顔を、ステージのライトが複雑な光と影で縁取る。
(名場面 手錠抜け)二人の視線が交錯するクライマックスは3:40から。
Columbo Challenges The Great Santini | Columbo
老いた曲芸師の部屋
コロンボが犯人はサンティーニだと確信したあのショーの最中、ドラマに痛切な深みを添えた一人の人物が登場する。
かつて兄弟で活躍し、ヨーロッパ随一と称えられた曲芸師、マイケル・ラリー。
彼と兄がスターだったとき、サンティーニはまだほんの前座だった。
サンティーニはいつもの完璧な紳士ぶりでクラブを訪れた彼の肩を抱き、バーテンダーに声をかけて、かつての大先輩にスマートに一杯ごちそうする。
コロンボが挑んだ手錠抜けを、サンティーニが成功させた時も、ただ笑顔で拍手を送っていたマイケル。

コロンボは自身がサンティーニに感じていた「彼はイタリア人に見えない」という違和感を確認するため、ラリーを翌日訪問する。
クラブを訪れたときは髪を撫でつけ、ネクタイを締め、清潔感のあるスーツに身を包み、豪華ではないけれどこざっぱりと場に溶け込んでいたラリーは、老人向けの家具付きアパートで、ぼさぼさの髪に、ガウン姿で、古びたベッドから起き上がりもせずにコロンボに応対した。

あのクラブでの姿は、人前に立つ人生だった彼が精一杯の明るさを振り絞ったもので、今はあの華やぎに、観客として参加していた楽しさにさえ、疲れてしまったかのように。
それでもラリーは、訪ねてきたコロンボに、今の彼には何よりの楽しみであろうビールを、ためらいもなく勧める。
彼のこのドラマでの役割は、サンティーニは昔イギリス風の名で強いドイツなまりのある英語を話していて、誰の声真似でもできたとコロンボに教えること。
そして、たとえ兄とともにヨーロッパ中を沸かせた曲芸師でも、年老いた今は、たった一人、泥棒が盗みに入っても損するような貧しさゆえにドアを開け放し、古びた少しばかりの家具だけで暮らし、自炊し、共用のシャワートイレの住宅で生きている姿を見せること。それだけ。
だが、ベッドサイドにたくさんのサーカス時代の写真とポスターを飾り、それを見つめながらビールを飲み、訪ねてきた人にも自然にビールを勧めるラリーの姿には、ただ、人生の眩しかった日々は去り、今はその続きの季節が来たということを、抗わずに受け入れている人の静けさがある。
目を見張るばかりの美術品に囲まれたジェロームが(サンティーニのセリフから、彼がピカソやレンブラントすら所有していることがわかる)、目の前にある美から何も学べず、それでもまだ足りないとばかりに、悪魔からも搾取しようとして、ついには、金で手に入れられる限り最高の鍵まで突破されて殺害されたという因果は、ラリーの開け放しの質素な部屋や、彼の静かな生き方と対をなしている。

魔術師の幻想(※結末部)
サンティーニが呼び出されてマジッククラブに訪れると、ジェロームの跡をついでマジッククラブのオーナーになったハリーが、メニュー台の前で確認をしていた。
コロンボたちが二階にいて、事件が解決したと言っている。そうハリーから聞いたサンティーニが「なんで私を呼び出したんだ?」と尋ねると、ハリーは言った。
「聞いてないな、じゃあ私はこれで」
パタンとメニューを閉じて、サンティーニを一瞥すると、ハリーはその場を離れた。
(この時のハリーの顔が今までとうってかわって非常に冷ややかで、すでに彼はコロンボからサンティーニの正体を聞かされていたことがうかがえる)
二階に行ったサンティーニの耳に、コロンボたちがついにサンティーニの過去に気付いたという話声が漏れ聞こえてきた。踵を返し、速やかに階段を下りてダイニングエリアから逃亡しようとするが……。
サンティーニがジェローム殺害のアリバイ作りで使った仕掛けで、サンティーニを追い詰めたコロンボと部下ウィルソン。
そして彼の過去を示す決定的な「証拠」が突き付けられた。

魔術師としての彼の生命を絶つ裁きの刃のように、喉元にまっすぐ伸びた、彼の罪を示す「証拠」。
うっすらと瞳に光るものをたたえ、敗北を受け入れたサンティーニは、うわごとのようにつぶやいた。
「わたしには自信があった。完全犯罪の」
「完全犯罪⁉そんなものはないんですよ。それこそあなたの幻想ですよ」
魔術で人々を幻想に包んでいた自分は、罪を犯しても魔法のように逃げ切れると思っていた。昔のもっと大きな、比べ物にならないほどおぞましい罪からも。
そんなものは幻想だった。
サンティーニの灰色の大きな瞳が苦いものを飲み込むようにコロンボを映し、やがてゆっくりと沈んでいった。
「……たのむよ」
コロンボの言葉に、中年の警官がサンティーニの肩に手をかけた。
サンティーニは鋭く振り向いた。軍人が身体に触れられた時の反射の名残のように。
舞台は自ら降りるという、魔術師の最後のプライドのように。

警官は黙って肩から手を離し、先に立って歩きだした。
足を踏み出す前、サンティーニはわずかに瞳を巡らせた。
ダイニングの上のシャンデリア、客を待つ布張りの椅子とカウンター、美しく整えられたテーブル、これからも自分が立つつもりだった場所。
スーツのボタンをしめ、歩き出した彼の目は、入り口の看板に引かれるように向けられた。
豪華な額縁の中、こうこうと明かりに照らされ、自分のモノクロームの笑顔があった。
赤い大きな字で「THE GREAT SANTINI(大魔術師サンティーニ)」と記されていた。
(サンティーニの敗北)
Perfect Murder, Sir? | Columbo
名曲「シャレード」の意味
この結末で、敗北したサンティーニを幕切れに連れていくようにひっそりと流れる音楽は、「刑事コロンボ」のテーマソングも手掛けたヘンリー・マンシーニの名曲「シャレード」。
オードリー・ヘップバーンとケーリー・グラントが主演した映画のサウンドラックで、「シャレード」とは欧米のジェスチャーゲーム(与えられた題に沿って、身振り手振りで相手に題を当てさせる遊び)のことだ。
このタイトルは、映画に登場する人物たちの、本心を隠し、偽りの姿(ジェスチャー)を見せて周囲を騙そうしている姿を象徴している。
この映画同様、コロンボでも、サンティーニが元ナチス親衛隊員ステファン・ミュラーだった過去を隠し、マジシャンのサンティーニとして偽りの姿を演じている。
ただ曲がかかるだけではなく、クラブの歌手(サンティーニの娘の恋人)が歌うシーンで、歌詞もドラマの中に流れ、視聴者は結末のささやくようなメロディに、黙って舞台を降りるサンティーニの思いがここにあると、かすかに気づく。
(「シャレード」歌詞)
私たちが「シャレード」をしていたとき
背伸びした子供たちのように ゲームに夢中だった、
互いの名前を演じ 互いの役を当てて遊んでいた
ああ、大成功だ
私たちは最高の見せ場で舞台に立ち
最高のスターで、最高の恋人だった
愛が仮面舞踏会から去ってしまうまでは
運命が糸を引いたかのように
振り返ると、あなたは消えていた
薄暗い舞台袖で オルゴールはまだ鳴っていたのに
悲しく小さなセレナーデ
胸の鼓動が奏でる歌
今でも聞こえる、これからもずっと
最高のショーだった、あのシャレードは
(※ブログ筆者意訳)
サンティーニにとって、紳士的で親し気なふるまいは過去を隠すための擬態だった。
だが、その擬態とマジックを披露しているうちに、自分の技と偽りの姿に魅了されて、たくさんの人たちが集まってきた。
クラブの店員たち、彼のマジックに楽し気に伴奏するバンドマンたち。


そして着飾って集まり、笑いさざめきながら彼のマジックに素直に感嘆し、惜しみない拍手を送る観客。


いつまでも「大魔術王サンティーニ」の舞台に立っていたかった。
だが、そのために犯した殺人で、すべて終わった。
そして、人々の笑顔と拍手、薄暗いダイニングの中のスポットライト、「最高のショーだった、あのシャレード」が彼から永遠に去っていった。
これは戦犯を美化した結末ではない。
敗北したサンティーニの哀愁は、強制収容所という歴史上最悪の場所で、巧妙に立ち回り、若くして軍曹にまでなった男にも、ただ人々の温かい喝采を浴びる自分でいたいという、誰でも当たり前に抱く思いがあったことを私たちに教えている。
「悪魔」だった男は「人間」だった。
いつの時代のどこの国の誰であっても、選択を誤れば「人間」は「悪魔」になる。
そしてまだ選択肢のあるうちに自ら進んで「悪魔」になって、罪のない人を殺せば、もう「人間」には戻れない。
どれほど才能があっても、完璧にふるまっても、戻りたいと願っても、殺された人々の苦しみが、「死」という永遠に姿を変えて、不当に与えられた苦しみを返すために追いかけてくる。
この結末は、そのことを私たちに教えている。
【参照動画】
アンディ・ウィリアムスが歌う「シャレード」
これは本当に素晴らしいのでぜひ聴いていただきたい。演奏開始は0:26から、1:54からの、マンシーニのピアノの、追憶とともにこぼれ落ちるため息のようなタッチと、オーケストラの、胸の高まりのような音の広がりの響き合いがことに美しい。
この「魔術師の幻想」に大きな影響を与えたであろう作品がある。
天才脚本家ロッド・サーリングが手掛けた「四次元への正体(The Night Gallery)」シリーズの一作「絵になった男(The Escape Route)」(1969)。
南米に逃亡した元強制収容所所長の男が、一枚の美しい湖と釣り人の絵に心を奪われる物語だ。

(「あの絵の中に行きたい」と夢見る男シュトローぺを演じたのは、コロンボの「権力の墓穴」で犯人を演じたリチャード・カイリー)
サンティーニと同じく、自分が焼いた人々への呵責よりも、裁きから逃げ切ることに必死な男に下る運命の審判には、彼が我々と同じ、命を惜しみ、質素でも静かな生活を願う「人間」の心があったとわかるだけに血が凍る。
「魔術師の幻想」を名作と思う方なら、併せて観る価値が間違いなくある傑作だ