放送情報「エデンの東」で一躍注目されたジェームズ・ディーンの主演2作目となる青春映画の傑作。名匠ニコラス・レイ監督が原案も手がけ、愛に飢える若者たちの、孤独で傷つきやすい心を繊細に描く。問題を起こしては転校を繰り返す17歳の少年ジム。新たな転校先でも不良グループに目をつけられ、崖に向かって車を疾走させる“チキンレース”で対決することになるが…。ディーンは本作の公開前、24歳の若さでこの世を去った。
このときのジェームズ・ディーンの赤いジャケットとジーンズというファッションや、危険な車のレースに命知らずに挑む姿が、実人生の事故死と重なって、彼のイメージを決定づけ、当時の若者の心に焼き付いた。
ここで描かれた「力強く導いてくれる大人がいない若者の不安と怒り」は、1950年代以降、ますます拡大し、今は、もう、そのせいで自分が苦しんでいると気づけないほどに、一般的日常になってしまった。
これは「物はあっても飢えている心」の問題に気づきはじめ、それを映画で真剣に描こうとした時代の作品で、その明確な問題意識と、それを警告メッセージの羅列では終わらせない繊細な心理描写が、今の時代に鮮烈に映る。
そして、今となると、ジェームズ・ディーンの容姿やファッションより、優しさと苛立ちの狭間で苦しむ主人公ジムの、痛々しさと物悲しさのほうが、心に残る。
(酔って道に捨てられた猿のおもちゃを見つめるジム)
あらすじ
ジムはどこの学校に行っても問題を起こしてしまう若者。そのたびに家族(父、母、祖母)は引っ越すことで解決しようとする。
しかし、ジムは行動を改めることができない。
なぜなら、ジムが荒れてしまう原因は、物わかりがいいようで、非常に優柔不断な父フランクと、父の鼻面をいいように引きまわす、口うるさい母親キャロルにあるから。
ジムが飲酒と暴力沙汰で補導された夜、奇しくもそれぞれに家族、とくに父親との関係に問題を抱えた若者も警察にいる。
一緒に暮らしながらも、成長とともに、父親に距離を置かれるようになったと感じているジュディ。
父は別居し、母も不在がちで、裕福ながら孤独な環境のプラトン。
(作品序盤8分間の映像)※英語音声
ジムは新しい高校で、すぐに不良グループに目をつけられてしまい、プラネタリウム見学のあとに彼らのボスであるバズとナイフで決闘、だが途中で守衛に止められたため、バズはジムに「チキン・ラン」という車での度胸試しの勝負を持ちかける。
しかし、これが思わぬ事態に発展してしまう。
父親への怒りと愛情
ジェームズ・ディーンの最高傑作「エデンの東」と同じく、主人公の青年と父親との確執が重要なテーマとなっている。
「エデンの東」の名士で厳格な父アダムと違い、この父親は妻にまったく頭が上がらず、それが主人公の苛立ちにつながっている。
象徴的なのは、母キャロルに運ぶ食事を落としてしまい、床に這って拾っている父フランクを、ジムが見てしまう場面。
フランクが本当はこの仕事に納得していないのは、スーツの上にキャロルの花柄レースのエプロンという、まさしく「お仕着せ」のちぐはぐな格好にあらわれている。
ジムは笑い泣きの表情を浮かべたあと、まるで胸ぐらの様にレースのエプロンのひもをつかんで「立って」とつぶやく。
当時は家事をやる夫が少なかったのもあるが、それよりも、母に言われるままに動く父の心の弱さが、ジムにはぶざまにも哀れにも見え、そして父に対してそういう感情が湧いてしまうことが、辛かったのだろう。
キャロルがフランクにきつくあたる背景には、口うるさい姑との不和があり、その仲裁ができないフランクへの苛立ちを、命令することで解消しているらしい。
(そしてジムは本当の問題が祖母と母の間にあることに気づいている。後半で、家を飛び出そうとしたとき、出口に裏返しに立てかけてあった祖母の肖像画〈おそらくキャロルがそうした〉を、思い切り蹴破るシーンがある)
一方、なぜフランクがこんなに卑屈な人なのかは、はっきりしない。ただ、もしかしたら、第二次大戦の心の傷が影響しているのかもしれない。
17歳のジムの父ならおそらく40代〈父フランクを演じたジム・バッカスの実年齢は42歳〉、約15年前なら20代で、徴兵に関わって来る世代だ。
実際、プラトンは自分の音信不通の父を、「太平洋で戦死した英雄」だったと嘘をついている(父親が軍人だったのは事実で、プラトンの母の寝室に軍服姿の父親の写真が飾られている)。
(プラトンがいなくなって警察と話し合うメイドの女性〈左隅に父親の写真がある〉、非常事態になってもプラトンの家には両親ともいない)
ジュディの父も、息子におもちゃの銃を向けられて「The Atmic Age!(核兵器時代(日本語字幕では「原子銃」となっている)」と言われたとき、おもちゃの銃声を浴びながら、重苦しく顔をそむけている。(母親が急いで銃をとりあげている)
(また、守衛の男性が、彼の制帽をふざけてかぶった若者たちが、演説するヒットラーの真似をした瞬間、帽子を取り上げるシーンもあった)
当時は、戦場の記憶に苦しむ人だけでなく、戦いに行かなかったことに後ろめたさを感じて悩む人がいた。
この時代の父と子の問題の遠因に、戦争のトラウマを抱えた父親が、自分の感情のコントロールに精一杯で、「物があっても飢えている」思春期の子供の、複雑な心とうまく向き合えなかったというのがあるのかもしれない。
養育費の小切手しか送らないプラトンの父はともかく、ジムの父のフランクと、ジュディの父は、いい加減な人間なわけではなく、彼らのぎこちなさに、なにか原因があるのかもしれないと思わされる。
しかし、ジム、ジュディ、プラトンの三人には、なぜ父親が、自分の願うような親になってくれないのかがわからずに苛立ち、わきあがり続ける苛立ちの出口をもとめて反抗を繰り返す。
彼らの行動は、「理由なき反抗」ではない、「親」が必要だという、とてもはっきりした理由がある。
あるいはジムと対立するバズも、同じような背景があったのかもしれない。
彼も芯から粗暴なわけではない。「チキン・ラン」の直前、崖の淵で二人だけで話す場面で、バズはジムと煙草を分け合って吸い、本当はお前を気に入っていると言う。
(おそらくジムの度胸や狡さの無いところを)
その時の表情には、腰ぎんちゃくのような友人たちとつるんでいるときより、はるかに彼の心が見える。
(ジムに煙草を渡すバズ)
それなのに度胸試しを「しなきゃらならない」と言う。ジムが憎くないのに、なにかが彼を危険に走らずにはいられない人間にした。
フランクは、何不自由なくさせているし、世話もしているのに何が不満だとジムに聞くが、ジムの願う「父親」は、「自分を強く教え導き、時には叱ってくれる、自分より大きな存在」で、財布兼世話係ではない。
ジムが「強い大人」を求めているのは、少年補導課の刑事レイへの態度からわかる。
(家の問題にいらだつジムの話に耳をかたむけるレイ)
レイは「素直にならないと承知しないぞ」と言い、ジムをとり抑える身のこなしを見せる「強い大人」だ。
さらに、ジムの荒れた気持ちを発散させるために机を殴らせて、その後、彼の話を静かに聞いている。
ジムはレイを信頼し、その後トラブルが起きた時に、彼を名指しして相談しようとする。
フランクがレイのような「父親」になってくれる期待を捨てられなかったジムは、「チキン・ラン」に行く前、フランクに「危険だとわかっていても行かなければ名誉にかかわることがあるとき、どうしたらいい?」と、ほのめかしだが相談さえしている。
しかし、フランクは例のお仕着せの花柄レースのエプロンをつけたまま「物分かりが良いようで自分は何も責任を負わない言葉」しか言わなかったために、ジムは度胸試しに向かってしまう。
そして、それが大きな悲劇を引き起こした。
チキン・ランに「行くな」と言わなかったフランクに、家に帰ってきたジムはもう一度だけ頼む。
警察への自首を止めようとする母をいさめて、ジムの味方になってほしい。
「ぼくのために立ち上がってくれ」
しかし、フランクはうなだれて頭を抱えるだけだった。
「立てよ!!」
ジムはフランクに掴みかかり、首を締めあげた後、絶望して家を飛び出していく。
この場面がジェームズ・ディーンの反逆児のイメージとなったのだが、これが反逆だろうか。
「自分の罪を認める味方になってほしかったのに、親が正しいことをしろと言ってくれなかった怒り」だ。「カッコいい不良が大人を締めあげる胸のすくシーン」ではない。悲しい場面だと思う。
この作品は、公開当時若者たちに熱狂的に支持されたけれど、本当は親世代が、真剣に観るべきものだったのかもしれない。
(警察に行こうとするジムを止める両親)
Rebel Without a Cause (1955) - Stand Up For Me! Scene (8/10) | Movieclips
この後、レイが署に不在で、相談ができなかったジムは、ジュディとプラトンとともに豪邸の廃屋に向かう。
そこで、新居を探す夫婦(ジムとジュディ)と、物件を案内する不動産業者(プラトン)の「ごっこ遊び」をする3人。
James Dean Ultimate Collector's Edition | Rebel Without a Cause - House | Warner Bros. Entertainment
強く頼もしいジムと、美しく優しいジュディのカップルを見つめて、とても嬉しそうなプラトン。
「親」が存在しないなら、同じ痛みを抱えた者同士で一緒にいたい。
三人の、廃屋を照らすろうそくの灯の中の、「ままごと」のように拙いが、温かく幸福な時間は、しかし、その灯の様に、はかなかった。
動作や小道具などに、登場人物の深層心理の暗示があり、タイトルとはうらはらに、若者たちだけでなく、親たちの行動まで、「理由」があることがわかる。
(当時研究が進んでいた心理学を、物語に積極的に取り入れているのかもしれない、この理屈が強い感じは、評価が分かれるかもしれないが、繰り返し観ると、いろいろな場面の意味に気づかされる)。
物があっても、「親」あるいは「大人」がいない若者たちの心の飢えと、なにかの理由(おそらくは心の傷)で、そういう若者に真正面から向き合えない親たちの葛藤という、現代に通じる問題、それでも苦しみながら問題を乗り越えようとする人々を描いた、誠実な作品だ。
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