「だまされたコロンボ」(1990公開)は、男性誌オーナーのブラントリーが、共同経営者のダイアンを殺害した容疑をかけられるストーリー。
最初に犯行が明らかにされる「倒叙」形式が多いコロンボのなかでは異色で、視聴者にも、被害者とされる人物の行方と生死がわからない展開になっている。
『刑事コロンボ完全捜査ブック』では「手がかりの美しさ」「鮮やかな幕切れ」を併せ持つ、「新シリーズのベストを争う一作」と評価されている。(p.156〜157)
NHKBS 放送情報 9月10日(土)午後4:25 〜6:00
※2022年9月現在、動画配信サイトhuluでも、新旧「刑事コロンボ」シリーズが配信中
(あらすじ)
人気男性誌「バチュラーズワールド」のオーナー、ブラントリーは、邸宅に美人モデルたちを集め、派手な生活を楽しんでいた。
彼の共同経営者で恋人でもあったダイアンは、彼との関係を断つために、イギリスのメディア王に自身の持ち株を売却しようとする。
(ダイアン)
そうなれば『バチュラーズワールド』の実権を失うことになるブラントリーは、ダイアンと激しく口論、ダイアンはロンドンへ出発したが、空港での目撃情報を最後に行方不明となる。
イギリス側の依頼をうけて捜査に乗り出したコロンボは、ブラントリーがダイアンを殺害し、遺体を隠したと推理する。
(見どころ1)犯人ブラントリーのモデル
ブラントリーの仕事と生活は、おそらく雑誌『プレイボーイ』の発刊者、ヒュー・ヘフナー(1926〜2017)がモデル。
雑誌名『バチュラーズワールド(直訳:独身男の世界)』も『プレイボーイ』のパロディになっているし、ブラントリーの豪邸「シャトー」のように、ヘフナーも「プレイボーイマンション」で美女たちと生活したことで知られている。
(「プレイボーイマンション」のプール)
(Image Credit:Youtube)
また、「シャトー」のラマやトナカイなどたくさんの動物と同様、ヘフナーも邸内に150頭以上の動物を飼育し、動物園資格を所有するほどだった。(※Youtube動画より)
ブラントリーがテレビのインタビューで、同席した雑誌のモデル、ティーナと婚約予定であると話すシーンは、ドラマ公開の前年にあたる1989年、ヘフナーが彼のフィアンセ(「プレイボーイ」のトップモデル)と同席したインタビュー映像に似ている。
(コロンボの聞き込みに答えるブラントリーとフィアンセのティーナ)
(1989年、インタビューに答えるヒュー・ヘフナーとフィアンセで後の妻のキンバリー・コンラッド)
(Image Credit:Youtube)
つまりドラマ制作当時、世間の注目を集めていた人物を、詳細な部分までモデルにして犯人像を作り上げている、かなりきわどい作品なのだ。
(見どころ2)マスコミの寵児ブラントリーの戦略
ブラントリーが、美女たちを引き連れ、高級ショッピングモールで繰り広げるイベント「買いまくり(Shop speer)」。
(Image Credit:Youtube)
時間内に、好きなものを好きなだけ買っていいと言われた美女たちが店に飛び込む姿を、マスコミが追いかけている。
(Image Credit:Youtube)
人々の嫉妬と羨望をかきたてる生活を披露して、世間の興味を惹きつけるブラントリー。
(これもおそらくヘフナーをモデルにしているのだろう)
金と美女を手に入れた成功者としての自分自身をブランドに、より大きなビジネス展開を企てる彼の生き様は、現代の、ネットとマスコミを巧みに操り、成功をつかむ人々の戦略に通じるものがある。
(Image Credit:Youtube)
彼を追うために、列車のように長いリムジンに無理やり乗り込み、「買いまくり」に向かう美女たちに囲まれるコロンボ。
(Image Credit:Youtube)
一見役得だが、よれよれのレインコートで、美女たちとマスコミにもまれながら、フラッシュを浴びるコロンボは、シリーズ内で一番状況に翻弄されているようにも見える。
1980年代末、アメリカが経済的繁栄を迎え、より鮮烈で刺激的であることが求められた時代(日本もバブル経済の頃)。
コロンボが「だまされた」事件の犯人は、そのキャラクターと、あの時代の潮流そのもののような狂騒でも、コロンボをかく乱している。
(見どころ3)ブラントリーのキャラクターと、イアン・ブキャナンの演技力(結末部ネタバレご注意)
設定上、「目線がチラチラして」(※)しまうシーンが多いが、がんばって集中して観てみると、実はブラントリーのシンボルのような、ハンサムだが「とってつけたような愛想笑い」の狭間に、ビジネスパーソンとしての抜け目のなさや、人を人とも思わない尊大な冷酷さが、ナイフの光のように閃いている。
(※「自縛の紐」で、水着の美女相手にしどろもどろになったときのコロンボの台詞)
吹き替えの中尾隆聖さん(バイキンマン、ドラゴンボールZのフリーザ役でも知られる)の声も、人々を平然と操る成功者の余裕を見事に漂わせているし、ブキャナン本人の「いかにもあの時代のハンサムなプレイボーイ」の声も面白い。
ブラントリーは、悪人であれ、同情の余地があれ、重厚な風格があった旧シリーズの典型的な名犯人たちとは正反対のキャラクターだ。
しかし、彼は享楽的な生活をしながら、それに溺れず、緻密な計算をして、成人男性誌を文化と巨大ビジネスにまで高めた。
(最初にコロンボが捜査に来た時、パーティーの大音量へのクレームを伝えに来たのかと思ったブラントリーは、「(あの派手なパーティーは)『ビジネス』だからやめる気はない」と、宣言している。)
快楽主義もここまで極めれば、軽薄を通り越して迫力がある。
重厚ではないが、「大物」ではあり、コロンボの対決相手にふさわしい。
(以下、結末部ネタバレ)
成功と快楽への飽くなき情熱、それを実現するための冷静な知能。
それが表に見える範囲の彼。
しかし、ブラントリーには、深層にもう一つの姿が秘められていた。
ブラントリーの衝撃的な犯行シーン。
雑誌と華麗な生活を奪われそうになった瞬間に現れた、秘められていた彼の姿、どの犯人たちよりもストレートな凶暴さが、あの犯行に現れている。
そんな危険な迷路のような内面を持つブラントリーが、コロンボの最後の推理を聴くシーンは見事だった。
彼に惑わされ続けてきたコロンボが、「美しい手がかり」によって、ついに彼を捕らえたとき、彼はもう笑わない。そしてマスコミを操った巧みな言葉ももう発しない。
いかにもあの時代らしい、キャッチ―でゴージャスなイメージのBGMを身にまとい、時代を踊らせていた男が、制止する。
暗く沈んでいくような音楽に覆われ、ただ、自分の罪を瞳に映して沈黙する。
ブラントリーは、その華麗さが「はぎとられた」沈黙の瞬間、新シリーズで最も印象的な名犯人となった。
ブラントリーの沈黙(英語音声)(※ドラマ結末部ネタバレ注意)Solving A Crime That Never Happened | Columbo
(見どころ4)「だまされたコロンボ」独自の「対決」
旧「刑事コロンボ」シリーズ(1968〜1978)では、犯人とコロンボの、真意を秘めた台詞の応酬が、「対決」の醍醐味となっていた。
「だまされたコロンボ」では、犯行の全貌が明かされていないし、美女たちの肢体と嬌声、マスコミの騒々しさにかき消され、犯人とコロンボの、一対一の静かな対決は見られない。
だが、ブラントリーとコロンボが、別の形で「対決」している瞬間がある。
婚約者の美人モデル、ティーナとともに、新聞や雑誌を広げ、ダイアン失踪を伝えるテレビを観ながら、自分たちが世間の注目を集めていることを喜んでいるブラントリー。
そこにコロンボが訪れ、二人が共謀してダイアンを殺害したのではないかと問いかける。
「ナンセンスだ。ぼくたちに容疑がかかったのは、ぼくたちみたいな不道徳な人種は、殺人も含めてあらゆる罪を犯しかねないという偏見のせいだ」
(Image Credit:Youtube)
ブラントリーはティーナを腕に抱いたまま、コロンボに事件を掲載した新聞や雑誌を投げつける。
「(シャトーを捜索してダイアンの遺体を見つけたいなら)やれよ、マスコミは大喜びさ。この雑誌も大喜びだ。さあ、やってくれ!ハッピーにしてくれ!」
されるがまま、笑みのむこうで、つくづく呆れているような、苛立ちを押し殺しているようなコロンボ。
(Image Credit:Youtube)
ブラントリーは、コロンボの存在に、旧世代の「中産階級の一般人」が持つ道徳の、硬直した偽善を見ている。
そして、それを嘲笑し、殺人容疑にすらひるまずに、強烈に挑発する。
自分たちの力の象徴である、マスコミの産物たちを投げつけて。
(コロンボとブラントリーの対決シーン)
An Identical Blonde | Columbo
この事件では、ブラントリー個人だけでなく、彼を取り巻く美女たちや、事件を追い回すマスコミ(さらにはそれを気にする上司たち)もコロンボを翻弄する。
このとき、コロンボがかつてないほど苦戦しながら「対決」し、ブラントリーの沈黙という形で、かろうじて勝利したのは、繁栄と欲望の華麗な狂乱が支配した、「あの時代」そのものだったのかもしれない。
(Image Credit:Youtube)
この作品の推理ドラマとして秀逸な点が詳細に解説されている。
シリーズの全作品について、制作事情から、日本の吹き替え声優陣の情報まで網羅され、挿絵も素晴らしい、コロンボファン必携の名著。
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