「策謀の結末」(1978年5月)はアイルランド出身の詩人で、ひそかにIRA(アイルランド共和国軍)の闘士として活動していたジョー・デヴリンが、武器の密輸資金をだまし取ろうとした銃の仲買人を殺害するストーリー。
シェイクスピア演劇から、「スター・ウォーズ」の声優まで幅広く活躍している個性派名優クライヴ・レヴィルが、犯人デヴリンを演じた。
アイリッシュウィスキーをこよなく愛し、バンジョー(アイルランド音楽でよく使われる弦楽器)をかき鳴らして温かな声で歌う陽気さと、少年時代からテロ活動に参加し、顔色一つひとつ変えずに裏切り者を「処刑」する冷酷さの、どちらもが彼自身である、底知れない男デヴリン。
アイルランドの豊かな文化と、苦難の歴史が透けて見えるこの名犯人は、ドラマのキャラクターとしては魅力的だったコロンボの犯人たちの集大成のような存在だ。
「刑事コロンボ」では、コロンボと犯人が、「罪を隠す者」と「暴く者」の静かな頭脳戦を繰り広げる一方で、互いに人間としては一目おく、不思議な交流が生まれることがある。
捜査に協力するふりをするデヴリンは、シリーズ中でも一番距離が近く、隣り合ったベッドに並んで横たわって話合ったり、アイリッシュウィスキーを傾けながら掛け合いをしたりする姿は、もはや旧知の友のように見える。
(いい加減なようで大変な切れ者なデヴリンは、全犯人中一番コロンボに似てもいる)
かつてコロンボは、姪を事故死に見せかけて殺害した男に復讐した小説家アビゲイル(ルース・ゴードン)の講演会で、(内心すでに彼女を疑いながら)こんなことを話している。(「死者のメッセージ」より)
❝わたくしは人間が大好きです。
今まで会った殺人犯の何人かさえ、好きになったほどで。
時には、好意を持ち、尊敬さえしました。
やったことにじゃありません。殺しは悪いに決まっています。
しかし犯人の知性の豊かさや、ユーモア、人柄にです。
誰にでもいいところはあるんです。
ほんのちょっとでもね。
これは刑事が言うんだから間違いがありません。
(壇上で話すコロンボと見つめる犯人アビゲイル)※英語音声Sometimes I Even Like The Murderers | Columbo
おそらくデヴリンも、コロンボにそう思わせた人物であり、デヴリンもまた、そう思っていたはずだ。
(アビゲイルとデヴリンは、金銭欲や保身以外の理由で犯行に及んだ点が共通している)
言葉通り、コロンボは誰に対しても「やったこと」は「悪いに決まってる」と、絶対に追及の手を緩めないが、彼らの「人間」を「犯罪」とひとくくりにして切り捨てたりもしない。
そして犯人も、対決の中でそういうコロンボの人柄に気づいていく。
思惑を隠した言葉を交わしながら、「敵ながらあっぱれ」という目で好敵手を見つめるコロンボと名犯人。それがこの作品の奥深い魅力だった。
決着がついても、笑顔のままのコロンボとデヴリンの姿は粋であり、旧「刑事コロンボ」シリーズの結末にふさわしい。(エンドクレジットの陽気なアイルランド音楽と、デヴリンの歌声も余情がある)
(※以下、結末部ネタバレご注意)
ドラマの結末、コロンボにアイリッシュウィスキーを勧めるデヴリン。
それに応じたコロンボは、ウィスキーボトルに爪で線を引いたあと、デヴリンを見て、こうつぶやく。
(Image Credit:Youtube)
「ここまで、ここを過ぎず(This far, and no farther)」
前にデヴリンとコロンボが酒を酌み交わした時、デヴリンが飲んでも良い量の目盛りとしてウィスキーボトルに印をつけ、酔いすぎないよう自分を戒めて言った台詞。
コロンボの言葉と爪でつけた線は、そのときの、刑事と犯人とは思えないような親し気なやりとりをふまえている。
それは、同時に、人としては魅力的だったデヴリンと、自分との心の距離について、彼に好感は抱いていても、境界線はしっかり引くことを、デヴリンと自分自身に示すものだったのではないだろうか。
コロンボは、デヴリンにただちに手錠をかけて連行したりはしない。
「どう、一緒にやらないかね」
(Image Credit:Youtube)
彼から、そうボトルを向けられれば、笑顔で受ける。
デヴリンが、負けを認めれば、暴れて逃げたりしないことはわかっている。
一緒に酒を飲める男であることも。
でも、自分を失うほど酔うつもりもない。
刑事として、犯人を見逃すつもりも。
「ここまで、ここを過ぎず」
ボトルに印をつけて、デヴリンをじっと見る。
(Image Credit:Youtube)
コロンボの、人懐こく、だが、抜け目ない表情は、(デヴリンの複雑な人物像とともに)ドラマ「刑事コロンボ」の魅力を象徴している。
(さらに、このドラマシリーズは「ここまで」という意味も含んでいる)
ところで、このコロンボの正面からの映像は、向かい合って座るデヴリンの視点とも重なる。
きっとデヴリンもコロンボの言葉としぐさの意味がわかっているし、それを不快だとも(酔わせて隙を見て逃げるなど)目論見が外れたとも思っていない(自分を負かした男が、そんなに甘くはないことくらいわかっている)。
コロンボの笑顔を見つめるデヴリンもまた、ウィスキーを勧めたときのままの笑みを浮かべているだろう。
(Image Credit:Youtube)
そういう二人の、絶妙の心の距離感を、観る者に想像させてくれる結末だ。
(結末)ウィスキーを勧めるデヴリンと受けるコロンボ※英語音声
※2022年7月現在、動画配信サイトhuluで、新旧「刑事コロンボ」シリーズが視聴可能
NHK BSプレミアム 放送予定
2022年7月30日(土)午後4:23〜午後6:00
https://www.nhk.jp/p/columbo/ts/G9L4P3ZXJP/
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