2016年07月26日

夏向き癒しの犬動画2作(「ゴールデンレトリバー、フロート(大型の浮具)を盗む」&「ドッグスパ」)


今日はYoutubeより夏にぴったりの犬動画を2作品ご紹介させていただきます。
(イルカ動画編はコチラ

一つ目のタイトルは「Golden Retriever steals pool float」



https://www.youtube.com/watch?v=0wNcMcTV_4k

昼下がり、個人宅と思われるプールで、女の子二人がフロートに寝そべりくつろいでいます。そして、二人の間で、最初は水色のフロートにつかまらせてもらっている、ゴールデンレトリバーのミロ。

ところが、もう一人の女の子の白いフロートにつかまろうとしたとたん、一人と一匹の重みでずぶずぶと沈みかけます。(でも離さないミロ)

水色のフロートに乗っていた女の子が気を聞かせて、「(ミロがそれを使いたいみたいだから)こっちに移ってあげたら?」と、ピンクのフロートを彼女に渡します。「んもー(笑)」みたいな感じで女の子が離れると同時に白いフロートによじのぼり、独り占めできたミロ。(譲ってくれた女の子にフロートを押されて、しっぽを半分水に浸して、ツーと独りただよう姿が可愛い)

再び静かな昼下がり……と思いきや、んじーっと女の子が移ったフロートを見つめていたミロは、白いフロートからすぐにおりてしまい、さぱさぱさぱ……と、ピンクのフロート、そして水色のフロートの間をさまよいます。

そして白いフロートをゆずってくれた女の子が乗るピンクのフロートに泳ぎ着くと、しばらく女の子と向かい合ってフロートにつかまってましたが、やがてのしのしよじのぼり、フロートを占拠してしまいます。

苦笑した女の子が再びミロにフロートをゆずって(やさしい)、白いフロートを使い始めると、「あっ、おねえちゃん……」みたいに見送っていたミロは少し眠たげながらも、また、そちらをんじーっと見つめていました……。

なにがしたいんだよ……とつっこみたくなる、けど、「だが許す(岸辺露伴「だが断る」風に※)」とそのカワイサで全犬好きをねじふせる光景です。

(※)ジョジョの奇妙な冒険第四部に登場する漫画家、仕事にかける情熱と問題のある性格が魅力の(←?)名脇役

女の子たちは、「人のが欲しいのかしら」というようなことをつぶやいていますが、コメント欄には、「He just wants to share a floatie---not his own. LOL What a lucky dog、一緒にフロートを使いたいんだよね、独りでじゃなく(大笑)、すごくラッキーな犬だ(←率直)」という意見が寄せられています。

レトリバーと、優しい女の子たちと、昼下がりの静かなプール……、という、涼と癒しのある画像です。

ちなみに、ミロの白いフロートを女の子二人が支えてくれて、みんなで川の字にプカプカしている動画もありました。女の子たちに挟まれ、フロートの上でおもちゃをしゃぶしゃぶして、
「この世をば わが世とぞ思ふ 望月の 欠けたることも なしと思へば(※)」状態のミロ。本当にラッキーだなオイ。

(※平安時代栄華を極めた藤原道長の和歌)


https://www.youtube.com/watch?v=lasRk5rqkJU

※動画説明に「Milo and his best buds floating around the pool.」とあり、この場合の「bud」は「芽、蕾」ではなく、「buddy(相棒)」の略のようです。(参照Weblio辞書)なので「ミロと彼の大親友たちがプールで浮いてます」みたいなニュアンスかと。

ところで、ゴールデンレトリバー、ラブラドールレトリバーはもともと水鳥専門の猟犬で、湖などで飼い主が撃った獲物を、泳いでとりに行くのが仕事でした。こういう遺伝を継いだ犬種を英語ではまんま「Water dog」というそうです。
「Water Dog」Wikipedia情報
https://en.wikipedia.org/wiki/Water_dog

このため、犬の中では非常に水好きで、いやっほーうい♪とばかりに水に飛び込み、スイスイ泳ぐ動画が数多く見られ(まるいおでことつぶらな瞳だから、アザラシっぽくなる)、今はその特性を利用して水難救助犬としても活躍しています。

(ちなみに我が愛犬は、水とは無縁の犬種らしく、当初、バスタブに入れてシャワーをひねると、殺される寸前のごとく、ずだだどすばた!と派手に浴槽を鳴らして抵抗し、慣れてすらこの世の終わりのような悲痛な面持ちで、頭も耳も尾も、とにかく全身全霊ぐったりとうなだれてシャワーから目をそむけ、ひたすら時が過ぎ去るのを待っていた。態度悪い。〈だが許す2〉)

併せて、水好きの犬(犬種書いてないけどゴールデンレトリバーっぽい)の癒し動画をご紹介させていただきます。

タイトルは「Dog Spa」
(すみません、一度中国っぽいと書いてしまいましたが、投稿者さんいわく、かかっている曲はタイの歌手Pai Pongsathonの「ความฮัก(読めない……〈汗〉)」とあるので、タイの動画みたいです。)



https://www.youtube.com/watch?v=EubuphQ79z4 (参考http://grapee.jp/16407)

歌謡曲がどこからともなくゆるく流れる屋外、おおきなタライ(ちょっとへにょってるから多分ゴム製)の泡風呂にあおむけに身をゆだねるゴールデンレトリバー。

ラフないでたちのおじさんが自分の手をこすりあわせてきめこまやかに泡立てたシャンプーでしゃわしゃわと長毛の毛並みを洗っています。

目を閉じ、お腹をおっぴろげに、おじさんに前脚をみよみよーんと伸ばされても、後脚をわしゃわしゃかきまぜられても、うっとりとろーんとなすがまま。

そんなおじさんのゴットハンドに夢心地な犬のそばをうろうろするゴールデンがもう一頭(兄弟?)。
実にうらやましげにじとっと覗き込むもう一頭に対し、どこまでも慣れた手つきで、しゃぐしゃぐしゃぐ……と犬の毛足を洗いながら、おじさんは「まーて!(順番だよ)」みたいなことを言ってます。

常に朗らかで忠実というイメージの犬が、逆に人に気を許しきっているがために、なにもしない姿というのも、また非常に味わい深いのですが、犬界でも特に聡明で献身的と名高いレトリバー犬(その性質ゆえに、家庭内で小さな子供の面倒をみてくれたり、セラピードッグとして福祉施設で働いていたりする)が、おじさんがせっせと泡立ててくれたシルキー泡にとろけるばかりでろってる姿はいっそうギャップ萌えです。大らかな歌謡曲も平和な生活感を漂わせて泣かせる。

この動画にはこんなコメントが寄せられています。(意訳)
「I want in SO BAD. I'm not sure I've ever felt that good in my entire life!(ものすごーくまざりたい。自分の全人生を通じてこんな(この洗ってもらっている犬級の)良い気分を味わったことがあるかどうかわからないよ)」

この犬の信頼とくつろぎに満ち溢れた顔を見るとつくづくそう思います。

今後もおススメしたい世界の動物動画をご紹介させていただきますので、よろしければご覧ください。
読んでくださってありがとうございました。

posted by Palum at 02:16| おすすめ動画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月31日

「ポーの一族」続篇掲載『月刊フラワーズ7月号』、現在在庫切れ

月刊flowers(フラワーズ) 2016年 07 月号 [雑誌] -
月刊flowers(フラワーズ) 2016年 07 月号 [雑誌] -

(今回は、ひたすら愚痴と自責です。)
 楽しみにしていたのに、なぜおれは買いに行くのを4日も遅らせてしまったんだろう……。
 別にそこまでせっぱつまった用事があったわけじゃないじゃないか。そもそも4月から発売のことは知っていたじゃないか……。
 28日に時間を見つけて本屋に行けばよかったのに、いや、ファンを自称するならさっさと予約しておけばよかったのに……。
 バカッバカッ、ミノルのバカッおれはほんとにバカな男さ。(『ちびまる子ちゃん』内の脇役キャラミノル風)

ミノルのバカッ(『ちびまる子ちゃん』5巻より).png

リボンマスコットコミックス5巻「みんなでフランス料理を食べにいく」より。まる子一家の隣席にいたデート中の男が、「洋風弁当」なる珍しいメニューを頼んでしまったせいで、まる子に大注目されてしまい、ムードぶち壊しのチョイスをしてしまったことを嘆く一コマ。)

(ミノルのインパクトのあるルックスも手伝い、私の周辺で、このシーンにハマる人が続出、「ミノルのバカッ」フレーズは大流行を通り越して十年越しのロングランヒットを飛ばし、以後、自分の迂闊さに身悶える際の決まり文句として、ごく自然に用いられるようになった。〈なんでだよ〉)

 ……ミノルの説明が長くなってしまいましたが、今、本気でがっかりしています。ひさびさにミノルのことを鮮明に思い出すくらいに。

 前回記事で、萩尾望都さんの『ポーの一族』40年ぶり続篇発表についてご紹介させていただきましたが、その掲載誌「月刊フラワーズ」(七月号)をまんまと買い逃しました。(恥)

 あー、今日(発売日28日)は本屋に寄るには遅くなっちゃったなあ、週明けに大きな書店の近くに行くからそんとき買おう。
 と、デートで「洋風弁当」を頼む以上の見通しの甘さで出遅れてしまった(ことに気づいていなかった)今日5月31日。

 ちょっとモジモジしながら(普段少女漫画雑誌買わないんで)ミノル(誰)は「月刊フラワーズ」を探したのですが、棚に無い、店員さんに聞いても無い。

 しかも、その聞かれたときの店員さん反応がすごく早い。
「ありますか「在庫切れです、再入荷についてはわかりません」みたいな手馴れたお返事。
 もー同じことを散々返答した後、みたいな空気が漂う。

 急激に嫌な予感がして、近場にもう何軒か書店があったので、足を延ばしてみたのですが、同じ感じの反応、駅ナカ本屋さんに至るまで全滅。

 なんでも、発売元の小学館に在庫がもう無い状態だそうです……。

 わらにもすがる思いでAmazonで検索をかけてみたら(自分のブログ記事にリンクはっておいたからそれ使いましたよアハハ〈乾笑〉)新本在庫切れどころか、既に3倍以上のプレミアつきで、古本(というか新品未読品)として売りに出ていました。(通常価格560円で、今売値2000円前後)

 なんかすごく自分が情けないです……本当に好きだったのに、萩尾望都さんと「ポーの一族」の人気をよくわかっていなかった…そしていつもの先送りクセでぐずぐずしている間に、その価値がちゃんとわかっている人々はすみやかに予約してわが物にしていたし、マーケットは動いていた……。

 (冗談抜きで、最近「先送りをやめる方法」みたいなのを模索して本屋さんで関連書籍探したりしていたんですが、それを先送りにして、その場で予約しておけばよかったんじゃんと思うとしみじみと情けない。)

 萩尾さんと山岸涼子さん(※1)との対談掲載や、傑作短編「訪問者」(※2)が付録につくと知った時点で、これは早めに買わなければいけないとは思っていたんですけどね……。
 (※1)山岸涼子……代表作「日出処の天子(若き日の聖徳太子を描いた歴史ファンタジー漫画)」ほか、歴史漫画、バレエ漫画、ホラー漫画等多彩な作品を描く。萩尾さんと同じ「24年組(※3)」の一人。

日出処の天子 第1巻 完全版 (MFコミックス) -
日出処の天子 第1巻 完全版 (MFコミックス) -

(※2)「訪問者」……1980年発表の短編。不仲な父母の両方を愛しながらも、家庭に違和感と居場所の無さを感じていた少年オスカーが母の死をきっかけに、父と放浪の旅に出る。旅の中で、父はオスカーの出生と妻の死について大きな苦悩を抱えていたことが明らかになってくる。
(オスカーは、萩尾作品の代表作の一つである「トーマの心臓」の主要登場人物で、物語もスピンオフとなっている。)

訪問者 (小学館文庫) -
訪問者 (小学館文庫) -

トーマの心臓 (小学館文庫) -
トーマの心臓 (小学館文庫) -

(※3)「24年組」……1970年代に活躍した昭和24年生まれの女性漫画家たちの総称。お二人のほか、竹宮恵子、大島弓子等、少女漫画に心理描写や歴史性・社会性を盛り込み、革命を起こした人々が集う。(参照「ウィキペディア」)

 なんか今回は本格的に反省しました。もっとフットワークよく生きようと思います。

 そんなわけで残念ながら私が40年ぶりの「ポーの一族」続篇「春の夢」の全貌を知ることができるのは、単行本発売以降になってしまうかもしれません。
(前後編で、後編掲載は冬を予定しているそうですのでもっと後ってことですね〈泣〉)

 無性にくやしいので、せめて以後しばらく、可能な限りの速度で、萩尾作品の傑作についてブログでご紹介させていただこうと思います。(我ながらよくわかんないけど、自分なりの反省の仕方)

 近々、今回付録になっている「訪問者」について、少し書かせていただきますのでよろしければご覧ください。
 読んで下さってありがとうございました。(byミノル〈だから誰〉)

posted by Palum at 22:51| おすすめ漫画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年05月28日

(ネタバレ)「ポーの一族」(1972年)あらすじご紹介(『ポーの一族』40年ぶりの続篇発表によせて)

お久しぶりです。

今日は少女漫画界の不朽の傑作漫画についてご紹介させていただきます。

萩尾望都作『ポーの一族』

ポーの一族(1) (フラワーコミックス) -
ポーの一族(1) (フラワーコミックス) -
吸血鬼となった少年エドガーと、彼と共に永い時間を生き続ける吸血鬼「ポー」の一族、そして彼らが出会った人々のドラマを描いた作品です。

 詩的な画面と台詞、人生や時代に対する深い洞察が、余情となって心に焼付き、数ある萩尾望都作品のなかでも、いや、古今の漫画のなかでも屈指の名作と言って過言では無いでしょう。

 この「ポーの一族」の続篇が、2016年7月号(5月28日頃発売)で、40年ぶりに発表されました。
(色々な本屋さんで懐かしい「ポーの一族」の単行本があらためて置かれているので目にされた方も多いかと。)

月刊flowers(フラワーズ) 2016年 07 月号 [雑誌] -
月刊flowers(フラワーズ) 2016年 07 月号 [雑誌] -

 続篇は、第二次大戦の戦火を逃れたエドガーと、彼と共に旅をする友アランが、ドイツ人の少女と出会うという内容だそうです。(紹介記事はコチラ〈マイナビニュースより〉)

 当記事では、エドガーとアランの出会いと、二人の長い旅の始まりを描いた中編「ポーの一族」(※)についてご紹介します。
(※)この作品はエドガーたちを描いた連作短編となっていて、シリーズ名と同じこの中編の他にも「ポーの村」「グレンスミスの日記」「小鳥の巣」等、別のタイトルの作品が存在し、それらを総括して『ポーの一族』と呼ばれています。
 中編「ポーの一族」が一部試し読みできるページはコチラです。
(色々な電子書籍で読めますが、今回は一番長く閲覧できるところを引用させていただきました。)

 以下より、作品の内容について、書かせていただきます。(思い入れがありすぎて、長くなっています……あとネタバレなので、その点あらかじめご了承ください。)


 薔薇の咲くポーの村に暮らす兄妹、エドガーとメリーベルは、ある日、愛する村を離れ、彼らの養父母ポーツネル男爵夫妻と共に、ある海辺の新興都市へとやってくる。

ポーの一族 画像1.png

 その土地の人間たちの中から選び取った者を自分たちと同じ吸血鬼(バンパネラ)とし、彼ら「ポーの一族」に迎え入れるため。

ポーの一族 画像2.png

 町のレストランにあらわれたエドガーたちに、人々は感嘆のため息をもらした。
 美しい家族。まるで一枚の完璧な絵だ!
 ひそかに賛辞をおくる人々の中に、町の医師カスターと彼の教え子、美男のクリフォードがいた。
 彼の目をことにとらえたのは、美しいシーラ夫人。
 食事中に貧血でメリーベルが倒れてしまったことをきっかけに、クリフォードたちと知り合いになるポーツネル一家。

ポーの一族 画像3.png

 エドガーはクリフォードのシーラに対する態度を嫌悪するが、ポーツネル夫妻は、彼を一族に加えることを考えはじめていた。

 一方、エドガーは偶然出会った(外見上は自分と同じ年頃の)少年、アラン・トワイライトを一族に加えたいと思うようになる。

ポーの一族 画像4.png

 アランの通う学校の名を知ったエドガーは、(彼のことは伏せて)ポーツネル男爵に学校に通いたいと頼む。話を聞いていた男爵は、エドガーの姿が窓にうつっていないことに気づいて、強い口調で注意した。
 胸にクイをうち込まれたくなかったら、人間であるふりを忘れてはいけない。
 息があるふり、脈のあるふり、鏡に写るふり、ドアに指をはさまれたら痛がるふり
 それくらいできる。やってみせるよ。
 窓に姿を映したエドガーはそう答えた。 

 一方、町一番の貿易商トワイライト家の一人息子だったアランは、転入早々、自分に親しげに近づいてきても、決して他の同級生たちのように服従しようとしなかったエドガーに苛立ち、手下となっている少年たちを使ってエドガーに嫌がらせを仕掛けるが、それをきっかけとした乱闘騒ぎでエドガーに怪我を負わせてしまう。

 この事件をきっかけに、エドガーがアランと交流を持とうとしているのを知ったポーツネル男爵は彼を厳しく叱責した。
 男爵の威圧的な態度に、エドガーはとげのある声で答えた。
「わかっているよ、一族にくわえるには、成人でなけりゃだめだってことはね。ぼくたちを連れてるおかげで父さまたちは同じ土地に二年続けていられない」
 大人になる前に吸血鬼になった者は、成長しないことをあやしまれ、人間の住む土地に長くいることはできない。
(その暗黙の掟がありながら、14歳と13歳で吸血鬼となって人間の時を止めたエドガーとメリーベルには、それぞれに理由があった。)
 父さまたちの考えは、十分わかっている。
 でもぼくがどんなに孤独か、あなたがたにはわかるまい……!

 永遠に少年のままである孤独に常に苛まれていたエドガーは、同じような悲しみを抱えるであろうメリーベルのためにも、アランを一族に加えることを諦めようとはしなかった。

 そして、アランもまた、尊大さの奥に深い孤独をかかえる少年だった。

 名家ではあるものの、父を早く亡くし、愛する母は病弱、そして、財産目当てに屋敷に居つく父方の伯父夫婦からは、従姉妹との愛の無い結婚を強制されようとしている……。
 知っているのは自分を利用しようとする人間か、こびへつらう人間だけだったアランは、自分と対等な友人になろうとしていたエドガーのことが気にかかるようになっていく。
「あんなやつ、はじめてだ……」

 アランはきっと自分を訪ねてくる。

 人とは異なる回復力を持ち、とうに怪我の治っていたエドガーだったが、療養中と称して学校を休み、アランを待っていた。
 しかし、やって来たのはアランに命じられて様子を探りに来た同級生たちだった。
 彼らを追い帰して、トワイライト家に赴くことにしたエドガー。

 道すがらの森の中で、ふいに背後から聞こえた、弱弱しい妹の声。
 メリーベルが、エドガーを追いかけてきていた。強い日差しに青ざめてふらつく妹を木陰に休ませ、エドガーは、すぐに戻るから動かないようにと、彼女に言い聞かせる。
(メリーベルは不老ではあるが体が弱く、湿気や陽の光など些細な理由で倒れてしまう体質だった。)

 同じころ、伯父一家と激しい口論になって屋敷を飛び出したアランが、エドガーに出くわす。

 アランを連れてメリーベルのところに戻ってきたエドガー、兄の姿を見て一瞬微笑んだメリーベルが彼の腕にくずおれた。
「水を、アラン!」
 貧血なんだ、早く!エドガーの鋭い声にわけもわからず駆けていくアラン。

 二人きりになってから、エドガーは妹の首に口づけ、自分の血をわけ与える。
 目を覚まし、面倒をかけたことを詫びるメリーベルに、エドガーは哀しい目をしてつぶやく。
 「君は僕を許しちゃくれない」
 憎んでも、殺しても良い。メリーベルがこんな呪われた身で生きるようになったのは、自分のせいなのだから……。
 エドガーの苦しげな言葉を制止し、彼を抱きしめるメリーベル。
「兄さんだけよ!いつもわたしのそばにいて、いつもわたしのこと考えてくれるの。ずっと小さなころから、そうよ」
 遠い昔、二人が人間だったころから。

 メリーベルは気づいていた。
 メリーベルの療養のためにしばらく村を離れる。
 吸血鬼だけが住むポーの村を出て、この町に来た理由を、エドガーと養父母はメリーベルにそう教えていた。
 しかし、本当の目的は、新たに人間を吸血鬼の仲間に加えること。
 そしてそれはメリーベルのため。
 新しい仲間の、新しい血。それが、一族で際立って弱いメリーベルには必要だったから。
 兄はこの町の少年の一人から、友達として信頼を得、それを裏切り、人としての生を奪おうとしている。
 でも、それはメリーベルのため、そして、自分と同じに、大人になることができないエドガー自身の孤独のため。
 メリーベルはわかっていた。
「君は……それでいいの……?」
 言葉をしぼりだすエドガーを見つめる大きな瞳から、ただ、一筋の涙が流れた。

 そのとき、水を手に駆け戻ってきたアランが、メリーベルを見て、目を見張った。
 彼女は、幼い頃のアランの婚約者で、たった七歳で事故によって命を落とした少女ロゼッティに生き写しだった。

ポーの一族 画像5.png

 この日を境に、メリーベルに惹かれる一方、エドガーにも心を許していくアラン。

 エドガーとアランの友情に気づいたポーツネル男爵は、先手を打つべく、クリフォード医師へと接近し始める。

 彼の恩師カスター医師の招待に応じ、ディナーへと赴くポーツネル夫妻。(二人ともシーラに対するクリフォードの好意に気づいているが、彼を一族にするために、その気持ちを利用するつもりでいる)

 カスター家に同居していたクリフォードは、準備にいそしむ婚約者のジェイン(カスターの娘)に目もくれず、シーラの到着を待ちわびていたが、偶然、カスターの書斎入口の真向かいにかかる鏡を見ていた彼の目が奇妙な一瞬をとらえた。

 ドアを開けて入ってくるジェイン。
 誰かを招き入れる仕草をするジェインと誰もいない廊下。そして閉じられたドア。
 振り向くと、すぐそこにポーツネル夫妻が立っていた。
 驚いて目を戻した鏡に、何事もなかったように写っている美しいシーラ。

 つつがなく流れる和やかな晩餐のひととき。
 だが、クリフォードはシーラの気を引くことも忘れ、先ほど目にしたはずの光景について考え続けていた。
 鏡に写らなかった……ドアだけが閉じて、鏡に写らなかった……!

 ディナーの間中、押し黙るクリフォードを見て、彼がシーラ夫人の美しさにうわの空になっているのだと誤解する婚約者ジェイン。
 クリフォードは恩師である父への義理立てで自分と婚約しただけで、地味で目立たない私など愛してはいない……。
 肩を震わせるジェイン。

 一方、カスター宅を後にしたシーラは、おどおどと頬をそめてうつむくばかりだった彼女を思い出し、こんなことを夫につぶやいた。
「あのジェインという娘……わたしとても気に入りましたわ」

 一方、クリフォードは、友人から、その夜の彼のジェインに対する態度を叱責されていた。
 それに少しも耳を貸さずに、クリフォードは呟く。
「人間が…… 鏡に写らないとしたらそれはなんだろう?」
「知るか、そりゃバンパネラだ!」
 では人間ではないことになる。まさか。
 自分の考えのバカバカしさに笑うクリフォード。
 激怒して部屋を出ていく友人をよそに、クリフォードはもう一度自分に言い聞かせる。
 錯覚だ……バカバカしい。もう二十年もすれば二十世紀がくるというこの科学時代に……。

 日曜日、アランはエドガーを誘って断崖の砦跡に出かける。
 強い海風に髪を散らしながら、ようやく本心を口にするアラン。
「君と知りあって良かった。」
 エドガーは今までむらがってきた奴らとは違う、何でも話せる友達になってくれそうだ。
 その言葉を耳にして、エドガーの心によぎる重苦しい影。
 このアランを、自分はバンパネラ一族に加えようとしている。
 メリーベルにそうしたように。

 靄混じりの帰路、エドガーは彼の計画を実行する。

 二人きりの淋しい道、言葉を交わすアランの隙を突いて、耳の下に唇を寄せるエドガー。
 異変を感じ、アランは激しくエドガーを突き飛ばした。押さえた耳の下に残る、ただならぬ感触。
 唇をぬぐう指、その指の陰に垣間見える真紅。冷静に笑う青い目が、靄の中で光る。

ポーの一族 画像7.png

「アラン、おどろかないで。なんでもないんだ」
 エドガーがゆっくりと近づいてくる。
 アランのこわばった唇から、とぎれとぎれに言葉がもれた。
「もろもろの…天は神の栄光をあらわし…大空は御手の……わざをしめす……」
 アランに伸びた手が止まる。
 この日、ことばをかの日につたえ、この夜、知識をかの世に送る……語らず、言わずその声聞こえざるに……そのひびきは全土にあまねく……
 凍り付いた時間に響く聖書の言葉。
 靄に遠ざかっていくエドガーの足音。

 正体がばれてしまった。すぐにここを出よう。
 屋敷に戻ってきたエドガーから状況を確認したポーツネル男爵は、この土地を捨てるには及ばないと言い聞かせる。
 近代化が進み、信仰が篤いわけでもなく、バンパネラ伝説を信じない人々、良い土地だ。
 バンパネラにとって真に恐ろしいのは異端を認めない信仰の心。
 聖句や教会や十字架は象徴に過ぎず、それ自体への恐怖は克服することができる。
 疑惑など打ち壊せ!信じさせるな!

 翌朝、学校に姿を現すエドガー。
 声をかけられたたアランは、青ざめたまま、何かを握り締めた手を差し出す。
 エドガーの手に、鎖とともに零れ落ちた、細い十字架。
 一瞬のこわばりをすぐに笑みに変え、くれるの?じゃ、きのうのこと怒っていないんだね、と、エドガーは十字架をしっかりと握りしめた。
 からかってキスをしようとしたけれど、怒らせてしまったかと思っていた。メリーベルも待っているから、今度はうちに遊びにおいでよ。
 エドガーの屈託の無い様子に、アランは戸惑うが、それは母の容体急変の知らせに断ち切られた。
 なんとか持ち直したものの、処置を終えたクリフォードから教えられた事実は過酷なものだった。
 とても心臓が弱っている、次に大きな発作が起きれば……。
 母との別れの日が迫っている。でもこの苦しみに寄り添ってくれる人は、この屋敷のどこにもいない……。

 翌日、伯父夫婦から、母が生きているうちに従姉妹と結婚することを持ちかけられ、アランは声を荒げて拒絶する。
 部屋の外で言い争いを耳にしていた年上の従姉妹マーゴットは、アランに冷ややかに言い放った。
 アランのことは何ともおもっていないが、やさしくしてやってもいい。かわいそうなお金持ちのみなしごになるのだから。
 耐え切れずに飛び出していったアラン、どしゃぶりの中、その足はエドガーたちの住む岬の屋敷へと向かっていた。

 ずぶぬれでやって来たアランを、メリーベルが驚きながら迎え入れた。
 彼女を引き寄せ、アランは静かに問いかけた。
「ぼくがプロポーズしたら怒る?」
 目をみはるメリーベルに、アランは彼女の華奢な両手をにぎりしめてひざまずいた。
 本気だ、約束だけ今してほしい。もっと後、君が大人になったら……。
 「それは……ムリよ……」
 なぜと聞かれても、ただ首を振る、メリーベルの苦しそうな瞳に涙が浮かんでいた。
 アランは立ち上がり、硝子戸に手をかけて、もう一度彼女を見た。
 困らせてごめん、でも君を好きなのは本当だ。好きだ……。
 出て行こうとしたアランに、メリーベルが駆け寄った。
「アラン!わたしたちと一緒に遠くへ行く?」
 ……ときをこえて……遠くへ行く?

ポーの一族 画像8.png

 吹き込む強い風に巻き毛を乱し、アランに問いかけるメリーベル。
 謎めいた問いかけ、だが、投げかけられたその声、そのまなざしがアランの胸に焼付いた。
『ときをこえて』……?
 冷え切った体で屋敷に帰りついたアランは、そのまま倒れ込んでしまう。

 心配ない、ただの風邪です。往診したクリフォードが伯母にそう説明している間、アランは夢の中にいた。
『わたしたちと一緒にときをこえて行く?アラン』
 メリーベルの声、自分をとりまく冷たくわずらわしい人間関係、エドガー、君はバンパネラだ。いつも、いやなことを忘れるために、砦跡の崖から、身を投げ出すようにして見ていた波の渦。
 いこう、いこう、メリーベル。……どこへ行くって?

 目を開くと、枕元にエドガーが立っていた。見舞いに来たという彼のほかに誰も部屋にいない。
 たいしたことはない、と話すアランの喉元に、いつのまにか伸びたエドガーの手。
 薄く微笑む青い瞳に、得体のしれない沈黙。
 開かれた扉の向こうで、黒く尖った悪魔の羽を広げたエドガーが、アランに刃を振り上げた。
 クリフォードは思わず声を上げた。アランの寝室に入ろうとしたとき、自分がそのような光景を目にした気がして。
 実際に目の前にいたのは、落ち着いた様子で自分に挨拶をするエドガーと、ただ横たわっているアラン。
 それでも、クリフォードの体は、エドガーが去ったその部屋で、まだ総毛だっていた。
 部屋に異様な冷気が漂っている。
 「……伝説を信じます?」
 アランの唐突な問いかけが沈黙を破った。
 たとえば、バンパネラは実在したと思います? 
 クリフォードは言葉を失ったが、少し笑って首を横に振った。ただ、その顔色にまだ血の気はもどっていなかった。

「あら!おひさしぶり、ジェイン!」
 帽子屋の前で、シーラがジェインに声をかけた。連れていたメリーベルを紹介し、一緒に店に入ることを誘う。
 まるで引き立て役だと恥ずかしく思うジェインをじっと見つめたシーラが、ふいに言った。
 髪を結いあげて、緑より青があなたには似合うわ。
 何を着たって私ではみっともなくて……ジェインの言葉をシーラが押しとどめた。
 みっともない若い娘なんていやしません。髪は少し古風に結い上げて、でも娘らしく細い流行の、もちろん青いドレスを着て、あなたに似合いそうな青い帽子を持っているので、是非合わせてあげたいわ。目にうかぶでしょう?とても素敵になったあなた。
「母さま……」
 シーラは言葉を切った。青ざめたメリーベルが、ふらつく体を寄せてきていた。
 うちが近いので少しお休みになっては?と提案するジェイン。
 それでは、娘がお世話になっている間に、あの、あなたに似合う青い帽子をとってきます、と、シーラはジェインの呼び止めをふりきって踵を返す。
 親しげな方!ジェインは、シーラの思いがけない温かな態度に驚いていた。

 実は、シーラ達がカスター家の近くにある帽子屋にやってきたのは、ジェインの様子をうかがうためだった。
 クリフォードを愛しているジェインも、一族に加えて村に連れ帰れば良い。そのために彼女の信頼を勝ち得たい。シーラは屋敷へと急いだ。

「ひと雨くるな……」
 浜辺に響くかすかな雷鳴、顔を上げたクリフォードは、屋敷へと向かうシーラに気づいた。
 強くなりかけた海風にドレスをなびかせ、明るくクリフォードに声をかけたシーラ。
 その笑みが、雲間からの一瞬の稲光に消えた。
 悲鳴を上げて激しく怯えるシーラの手を引き、クリフォードは目に入った農家の倉庫で彼女を雨宿りさせることにした。

「雷がこわいんですか」
「ええ……まるで私に向かって走ってきそうで……!」
 小屋の中で、震えながらクリフォードにすがりつくシーラに、まるで、罪人のようなことをおっしゃる、とクリフォードは苦笑いをした。落雷は神の怒りで、罪人はこれに撃たれて命を落とすという言い伝えを思い出しながら。
 気をまぎらわせようと、今日、ジェインに会ったことを話すシーラ。 
 腕の中のシーラの、青ざめた美しさがあらためてクリフォードの心をとらえた。なぜこの人を、一瞬でも魔性だなどとうたがったのか。
 無言で彼女の顔を引き寄せ、クリフォードはシーラに口づけた。
 しかし、次の瞬間、シーラの首筋に指先をあてていたクリフォードの全身に、電流のような衝撃が駆け抜けた。
 脈がない……!
 すべての血脈が死んでいる……これは人間ではない!!
 今もまだ彼に身を寄せているシーラ。
 クリフォードの目の隅に、小屋に置かれた干し草用のフォークが写った。クリフォードはかすかに呟く。
「あなたは現実のものではない……打ち砕かねば……これがわたしのつとめだ」 
 このまぼろし……!
 シーラを払いのけ、クリフォードはフォークを振り上げた。
 切っ先から伝わる手ごたえと共に、激しく吹き込んだ風雨。
 視界を奪われたすきに、シーラの姿が消えていた。

 日が落ち、暗くなった屋敷で打つ雨音に耳をかたむけていたエドガーが、ドアの動くかすかな物音に気付いた。
「とうさま!!」
 扉を開けたエドガーに、深手を負ったシーラが倒れ込んできた。

 夫の手当てをうけながら、朦朧としたまま、シーラは告げた。クリフォードに気づかれたと。
 すぐに町をでようと支度をするポーツネル男爵、今、母さまを動かしたら助からないというエドガーに、今逃げなければ終わりだ!と声を荒げる。
 10万人の市民がここに押し寄せてきたら?吸血鬼を滅ぼそうとする人間たちの群れ。いくどもそういう光景を見てきた、お前も覚えているだろう?
 そのとき、エドガーの顔色が変わった。
 メリーベルは。
「母さま、メリーベルはどこ!?」

 落雷に怯えるメリーベルを抱きしめて落ち着かせているジェイン。ふわりとしたきれいな巻き毛に触れ、あなたもシーラに似て美しい婦人になるのでしょうね、と、つぶやく。
 メリーベルははじめて自分の話をした。
 シーラは自分の本当の母親ではない、メリーベルにそっくりだったという実の母は自分を生んですぐに死んでしまった。
「ジェイン、シーラが好き?」
 シーラは美しい大人の女性。でも、ときが立てば、ジェインも大人になるわ。メリーベルはやわらかく微笑む。

 激しい音を立てて、扉が開け放たれた。
「ジェイン、はなれろ!!」
 すぶぬれのクリフォードが叫んだ。
 一体何が、と彼に駆け寄ったジェインに、クリフォードは告げた。
 シーラを殺した。
 目をみはるジェイン。メリーベルの体がこわばる。
 戸棚から、銀の弾をこめた魔除けの銃を取り出したクリフォード、彼を落ち着かせようとするジェインに、クリフォードは叫ぶ。
 岬の家に住んでいるのは悪魔の一家だ!!ちがうというのなら、これで十字を切ってみろ!
 メリーベルは、投げつけられた十字架のネックレスに短く悲鳴を上げた。
 雷鳴の中、小さな細い十字架が、メリーベルに向かって組み合わされた巨大な刃のように光を放つ。
 なにをしているの、十字架を拾って!
 ジェインの声。メリーベルにはできない。
 壁にすがり、メリーベルは叫んだ。
「エドガー!エドガー!」

 漂うようにゆっくりと崩れ落ちるメリーベルの体。
 閉じ行く瞳の奥で、いくつかの思い出が、波紋のように現れては溶けていく。
 幼かった自分、いつも優しかったエドガー。
 孤児だった自分を最初に育ててくれた老婆。
 木々の間から木漏れ日のように現れた金色の髪の少年。はじめての恋……。
 その体が倒れ落ちる前に、メリーベルの淡く伸べられた細い腕が、全身の輪郭が、風の中の光る砂のように散り、そして、あとかたもなく、消えた。
 壁の前に、流れ落ちた一掴みの灰のような跡、拾われることのなかった十字架。
 銃の硝煙の向こうに、それを見たジェインは、クリフォードに振り向きかけて気をうしなってしまう。

 銃声に駆けつけたカスターと、クリフォードの友人。
 ジェインも見ました!あの一家は悪魔だ!十字架をかかげて、打ち砕け、悪魔を!
 興奮して叫ぶクリフォード。ジェインを介抱する二人に、まず着替えてから、話を聞かせろと言われ、ねがってもない!ジェインも見たんだから、と足早に自分の部屋に戻る。

 あれも神がつくりたもうたものか?なんのために? 
 部屋に戻り、繰り返し光る空に目を向けたクリフォード。
 隣の部屋から小さな物音がした。
「メリーベルの悲鳴が外まで聞こえた。……ぼくは、まにあわなかった……」
 はためくカーテンの向こう、開け放たれた大窓に、エドガーが立っていた。
「これは、あなたがメリーベルを撃った銃だ」
 クリフォードに向けられた銃口。
「悪霊……!消えろ……!お前たちは実在しない!」
 実在している、あなたがたよりはずっと長い時間を。……なにかいいのこすことは?
「消えろ!おまえたちはなんのためにそこにいる!」
 なぜ生きてそこにいるのだ、この悪魔!
 クリフォードの憎悪に満ちた叫びと、ひときわ激しい落雷が、銃声を覆い隠した。

 なぜ生きているのかって?それがわかれば!
 創るものもなく、生み出すものもなく、うつる次の世代にたくす遺産もなく、長いときを、なぜ、こうして生きているのか。
 ……すくなくともぼくは、ああ、すくなくともぼくは……

 同じころ、夫にささえられて馬車に乗り込もうとしていたシーラが、力尽きて塵となって消えた。
 驚愕する御者を一撃して馬車を奪い取り、ポーツネル男爵は馬に激しいむちをくれ、一気に馬車を走らせた。
 急坂を転がるように駆け下りたとき、彼をよけきれずに迫りくるもう一台の馬車を目前にして、ポーツネル男爵は胸の内で愛する者たちに別れを告げた。

 割れた街灯、大破した二台の馬車、生き残った馬のいななきと、駆け付ける人々。
 一人、馬車の下敷きになったのを確かに見た。いや、誰もいない。救助に向かう男たちの声。
 混乱の中、かけつけたエドガーの足元に、ポーツネル男爵の帽子が、転がってきた。
 帽子を拾い上げ、何が起こったかを理解したエドガーから、やがて、嗚咽まじりの笑い声がもれた。
 幕だ、すべてはおわった!ぼくは自由、ぼくはこの世でただひとり、もうメリーベルのために、あの子をまもるために、生きる必要もない。
 生きる必要も、ない……。
 
 「アラン様、お起きになってもよろしいのですか」
 ああ、熱はないんだよ。老執事にそう告げたあと、母の部屋を尋ねていくアラン。ドアの隙間から、伯父の話す声が聞こえてくる。覗き込んだアランは息をのんだ。
 伯父の手はベッドで身を起こした母の肩を抱き、母の手は腰かける叔父の膝に置かれ、互いに寄り添う二人。
 母を「おまえ」と夫のように呼んで、アランに結婚を承諾させてほしい頼む伯父に、彼女は言った。
「いいわよ、話しておくわよ、あなた」
 震える手でドアを閉じるアラン。その物音に伯父が彼を追った。

 階段を駆け上るアランを呼び止めて手をかける伯父、振り向きざまに激しくその手をふりほどいた瞬間、伯父の体がバランスを崩して大きくのけぞって階段を転げ落ちていった。
 飛び出してくる執事たちと伯母たち。
 人殺し!
 繰り返し響く従姉妹の悲鳴に、アランは踵をかえして部屋に飛び込んだ。
 
 追ってきた老執事が、鍵のかかった扉越しに声をかけた。「そこにいらっしゃるんですよ!」
すぐに先生を……。執事の声はほとんど耳に入らなかった。震えながら膝をつき、何度も叫んだ。メリーベル、メリーベル、たすけて……メリーベル!
「メリーベルはもういないよ」
 エドガーが窓辺に訪れていた。

ポーの一族 画像9.png

「メリーベルはどこ?」
「知ってる?きみは人が生まれる前にどこからくるか」
 知らない、そう答えたアランに、エドガーは言った。
「ぼくも知らない、だからメリーベルがどこへいったかわからない」
 ……生まれるまえに……?
 向かい合う二人によぎる、心から愛していた少女の姿。
 ぼくは行くけど…君はどうする?……くるかい?
 開かれた窓。雨は止み、夜の少し強い風が二人の髪をなでる。
 エドガーはアランに手を差し伸べた。
「おいでよ……」
 きみもおいでよ、ひとりではさみしすぎる……。
 その青い目に、もう、あの魔性の光、凍り付いた沈黙はなかった。
 そこにたたえられていたのは、ただ、アランと同じ悲しみ。
 エドガーの瞳に魅入られるように、アランは、エドガーの手をとった。

 伯父の無事を告げながら、老執事がアラン部屋の鍵を開けた。
 だが、そこにもう彼の姿は無く、カーテンを激しく乱す夜風にまじり、どこかから、長く響く少年の笑い声。
 老執事は茫然とつぶやいた。
 風につれていかれた……?

 地球儀に置かれた教師の手。
 来るべき、人が宇宙へと旅立てる未来について話していた教師が授業を終え、少年たちが元気に教室を飛び出してくる。
 お気に入りのレコードや、家族への電話について話していた彼らは、やがて門の前にいる人影に気づいて窓辺に集まってくる。
 転入生かな?どこから来たんだろう?

 彼らの視線の先に、エドガーとアランが立っていた。
                                     (おわり)



 これが、エドガーとアランの出会い、そしてメリーベルの死を描いた中編「ポーの一族」の物語です。
 もっとコンパクトにまとめたかったのですが、130ページに満たない、流れるように展開する中編ながら、様々な人間の疑惑と思惑が交錯して、いざ手を付けてみたら、思いのほかはしょるできませんでした……。
 (おまけに、この時期の萩尾望都作品特有の、独特で印象的な台詞をどうしてもきちんと引用したかったので余計長くなってしまいました〈汗〉。)

 ここでは紹介しきれなかった、後の作品につながる伏線や、登場人物たちの表情や美しさ、漫画ならではのすぐれた間合い表現などがあるので、是非本編をお読みになってみてください。

 これからしばらくは、萩尾さんの名作群についてご紹介させていただきたいと思います。よろしければまたいらしてください。

 読んでくださってありがとうございました。


posted by Palum at 22:40| おすすめ漫画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月02日

本郷VS力石、見逃せない直接対決!(そして今野魯粛……)「食の軍師・焼肉の軍師編」(ドラマ)

東京MXテレビで毎週水曜23時30分から放映されているドラマ、「食の軍師」についてご紹介させていただきます。
過去の当ブログご紹介記事はコチラ。
ドラマの公式HPはコチラです。
「食の軍師」。
http://s.mxtv.jp/gunshi/episode.php

原作はドラマ化もされた「孤独のグルメ」で有名な久住昌之氏原作、和泉晴紀の漫画です。
食の軍師 1 -
食の軍師 1 -
主人公本郷が、脳内に住まう食の軍師諸葛亮孔明の策に従い、名城を攻略していく(=美味しい店でかっこよく食べる)ことを目指すも、たいていフラリと同じ店に入ってくる謎の青年力石の、無為自然にして洗練された所作に完膚なきまでに敗北するという筋立てです。

名城攻略のために己に禁欲すら課す(例、焼肉に行くと決めたら、一カ月を肉断ちする)本郷のいじらしさと、その本郷渾身の陣立て(食べ方)を眼中にすら置かずに易々と超えていく、力石のモーツァルトのごとき天才がそれぞれに味わい深い……。

と、この基本的構図は漫画もドラマも同じなのですが、(特に力石にしてやられたときの本郷がカウンターから足だけのぞかせピクピクとずっこける姿は驚異の再現率)実は力石のキャラ設定が原作とドラマでは異なります。

ドラマではほとんど本郷を言葉を交わすことが無く、独り我が道を行く品を醸していた力石ですが、漫画では結構自分から話しかけています。そしてそのほとんどが「余計なお世話にして極めて的を得ている」というコンニャロな感じ。

でも、なぜかその鮮やかな戦略や発言に本郷と一緒にドバッサリ切られるのがキモチよかったりするんです。いいわ、いいわその手があったのねハアハア(変態か。)

いや真面目な話、若いのに金持ちそうで、気負わずハードル高い店でサラリとうまいもん食って、年上の本郷にも物怖じせずにいらんこと言うという、ちょっと聞き死ねこのやろう的なキャラが不思議とカッコよく、原作でも、力石の登場回数が少ない2巻では「力石がいない!!」という嘆きの読者レビューが続出しています。(私もその一人)
食の軍師 2 -
食の軍師 2 -

ちなみにそんな「悪気はなくてセンスはいいけど感じが良くない」原作力石語録の最高傑作は「とんかつの軍師」の回。
揚げたてのトンカツを前に、精魂込めて一口一口味付けを変えて食べ進めていた本郷の前に現れた力石。席には座らず、予約しておいたお持ち帰り弁当を手に。
「今日は天気がいいからこれ持って釣りに行くんだ。川で食べるこの寝かせた(※)とんかつ弁当とビールがこたえられないんだ」
(※ソースを衣にしみこませてしばらく置いておくこと。本郷も最後の一口はソレと決めて大切にとっていたが、力石はハナからそれだけを目当てに持ち帰るという大技に出た。)
じゃね。ガラガラピシャッ(←引き戸を閉める音)
と去っていく力石に、本郷は「天候を味方に外の国に進出していくとは!」と取り残されて歯噛みをします。

これまでドラマ版ではこの手の発言はなく、孤高の力石を勝手に目の敵にしている本郷という構図が際立っていたのですが、今回の「焼肉の軍師」では、混んでいるために顔見知りの本郷を力石が相席に誘うという展開で、ドラマ内の二人がはじめてまともに言葉を交わしています。

原作の名言
「(一杯目は酒を飲まず)まずはこいつ(無料で美味しい麦茶)で喉を開いてから酒に行こうかなと思って」や、
「ホルモンが歌い出したぜ(※)」(焼ける音で食べごろを見極めるという巧者の発言)
などが聞ける上に、ハラミについて
「内臓の中でもハラミは別格で昔は『ソフトカルビ』って言われてたくらいだから」
と、ドヤ顔で講釈をたれる本郷に対し、笑顔で
「でも、その『ソフトカルビ』って呼び方ダサいッスね」
と、やっぱりコイツ毒舌だったか、とわかる一言も飛び出しています。(本郷ビールバフー)
孤高の力石もカッコイイけど、やっぱりドラマでもたまにはこうやってバサーッと斬ってくれる展開が観られるといいなあ。

ところで、今回の焼肉の軍師後編、もう一つの見どころは、本郷の脳内軍師諸葛亮孔明のもとに現れる新たな軍師魯粛の存在です。(※三国志呉国の軍師)
次週予告観て、「キャア今野さんだわッ(愛)」と乙女のごとく胸が高鳴りました。
キングオブコメディ今野浩喜さん。
個性的な風貌と威風堂々たる声での大理不尽発言で、他の追随を許さない爆発力を誇る芸人さんです。
彼にふりまわされながらも、その暴走の一つ一つに、大人の胸に染み入る味わい深い突っ込みを入れる高橋さん(容姿は西島秀俊風味)とのコントは必見。

(「キングオブコント」優勝時の演技)


放映前からの期待を裏切らない、いかにも時代物が似合う端正さと重厚な演技力でこれまでもドラマをいっそうバカバカしくしてくださった(何?)篠井孔明の隣でどのような活躍をみせてくださるか、超楽しみです。てか何度も出てほしい!

本日は以上になります。この話題でまだ追記したいので、よろしかったらまたいらしてください。

読んでくださってありがとうございました。
posted by Palum at 07:52| 番外編・おすすめテレビ番組 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年04月01日

ドラマ放送開始!「食の軍師」(食べ物漫画)

すごく好きな漫画が今日(2015年4月1日23:30〜 東京MXテレビ)からドラマ放映されるとのことなのでご紹介させていただきます。(ネット配信もアリ)

「食の軍師」。


食の軍師
ドラマ化もされた「孤独のグルメ」で有名な久住昌之氏原作、和泉晴紀氏作画。(泉昌之名義)

孤独のグルメ 新装版

食を戦と心得、三国志の軍師諸葛亮孔明のごとく緻密な策のもとに、店(名城)を攻め落とす男、本郷と、彼の狙った店に何故か高確率で現れる謎の青年、力石の手に汗握る頭脳戦(?)を描いた作品です。

ドラマの公式HPはコチラ(このページ、原作ファンからみてもかなり良いカンジです。期待大!)
http://s.mxtv.jp/gunshi/

……要は、本郷が単においしいお店でいかにカッコ良く美味しく食べて帰るかについて、一人でこだわっているだけなんですが。(そして力石はマイペースに食事を楽しんでいるだけ。)
中年男が一人で食事をするといえば、久住氏のヒット作「孤独のグルメ」の設定と重なりますが、味わいが全然違います。そしてそこがこの作品の魅力。
なにげなく立ち寄った店で淡々と食事する「孤独のグルメ」の五郎と違い、本郷は超気合入れて入店し、熱意と妄想全開で食事(=戦)に臨む(そしてちょいちょい空回りする)愛すべきおバカキャラです。
もちろん美味しそうな料理とお店の個性も見どころ。
 一話完結でどこからでも読めるので是非お手に取ってみてください。

 登場人物について簡単に説明させていただきます。
(ドラマ公式HPの「キャスト」ページは以下の通り、漫画のキャラ画像も見られます。)
http://s.mxtv.jp/gunshi/cast.php
 
本郷
 主人公。食べることに人並み外れた情熱を燃やし、名城を落とす(=美味しいお店に行ってスマートに美味しく食べて店を出る)ことに心血を注ぐ中年男性。職業は不明だがなんらかの個人事業を営んでいる。(このため常に一人で入店、サラリーマンのランチタイムなどを外して比較的ゆったり食事をしていることが多い。)
 食事の時に綿密に策を練り、事前にすきっ腹を作って最高のコンディションで入店、「○○の計」「○○の陣」と脳内で名付けた食べ進め方や注文方法をとる。
 この策については脳内に住まう自分と似た目鼻立ちの軍師「諸葛亮孔明(※)」の采配に従っているが、策を練りすぎるあまり、計算が外れたときは結構初歩的なミスをする(無駄に食べ過ぎるとか)。
 高級店や大規模チェーン店以外の店に入ることを好み、そこの店に合った振る舞いをすることにこだわる。(そしてできないととても落ち込む。)料理が非常に美味しい時、あるいは自分が食べ方に失敗した時は、カウンターから足だけ出してズッこけるという、平成が始まるよりだいぶ以前にすたれた大技を披露する。
かなりの酒飲みで午前中からチューハイ1リットルとカラにしたりするが、酒癖はイマイチで、脳内から流出した妄想を口にして隣席の力石(口述)を困惑させたりする。
 (※)ドラマでは孔明が本郷とは別人格のようで、端正かつ曲者演技の出来る巧者篠井英介さんが演じています。楽しみルンルン。

 力石
 本郷永遠の宿敵(と本郷に勝手に思われている青年)。屋台のおでん、ひとり焼肉、寿司のカウンターなど、あらゆる局面で粋に楽しめる食のオールラウンダー。
 本郷より数歳若い模様だが、常に本郷の緻密な戦略の一、二段上を行き(=より美味しそうな食べ方をして)、本郷に「キー!くやしー!」的な思いをさせるニクイ奴。(ただし本人はほとんど本郷の対抗心に気づいていない。)彼が店に現れると、動揺のあまり本郷はよく飲み物を派手に吹き出す(そしてお店の人に迷惑をかける。)
トレンチコートに帽子でキマッたファッションの本郷と対照的に、常にフードつきのパーカー姿(寿司屋に行ってもそれ)で、着席と同時にフードをとるのが決めポーズ。職業は本郷以上に謎だがおそらくは自由業(そしていっちゃあなんだが軍資金も結構潤沢な模様。)登場時のテーマソングは「ズンチャーカズンズンチャッカ♪」「ジャカジャーン♪」など(本郷の脳内限定で鳴り響く)。埼玉出身。

以上、取り急ぎご紹介させていただきました。

引き続いてドラマ放映期間はこの作品の名場面や「孤独のグルメ」との比較などをご紹介させていただきたいと思います。よろしければまたいらしてください。
読んでくださってありがとうございました。
posted by Palum at 07:48| 番外編 おすすめ映画・漫画・本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年01月04日

たかぎなおこさん思い出のフレンチトースト(漫画「浮き草デイズ」と「はらぺこ万歳!」)

元旦早々流血記事を書いてしまったので、今回は別系統の話題をご紹介させていただきます。

大人気エッセイコミック作家たかぎなおこさんの最新作「はらぺこ万歳!」に出てくるフレンチトーストについて。

はらぺこ万歳! 家ごはん、外ごはん、ときどき旅ごはん -
はらぺこ万歳! 家ごはん、外ごはん、ときどき旅ごはん -

たかぎなおこさんは、ご本人の温かな人柄がにじみでたほんわかした作風で、女性のひとりぐらしや、旅、趣味のマラソン、そしてご自分の上京物語などを描いている作家さんです。

ひとりぐらしも5年め -
ひとりぐらしも5年め -

ひとりたび1年生 -
ひとりたび1年生 -

マラソン1年生 -


上京はしたけれど。 -
上京はしたけれど。 -

また、カラフルで可愛らしい絵で描かれた食べ物の絵がとっても美味しそうなのも魅力のひとつ。

ご本人の自炊風景も旅ごはんも見ているだけでワクワクします。

そんな彼女が描いてきた食べ物エピソードの中でも、ファンの間で名高いのが『浮き草デイズ』2巻の「モモセさんのフレンチトースト」。

浮き草デイズ〈2〉 -
浮き草デイズ〈2〉 -

三重のご実家からたかぎさんが上京してきたとき、イラストレーターとしての仕事がまったくとれずに、ホテルの朝食係としてバイトしていたときのお話です。

ギリギリ生活のたかぎさんにとって、このバイトでのまかないは貴重な栄養源。

そのなかでも、顔は怖いけれど、実は優しいホテルのシェフ「モモセさん(どろぼうひげで目つきが厳しい)」のおいしくて量の多い朝ごはんを、たかぎさんはとても楽しみにしていました。

 (例)実は優しいモモセさん、凄味のある顔で「お前パパイヤって、食ったことあるか?(ギロ…)」と、たかぎさんに余ったパパイヤを渡す(笑)。

浮き草デイズ パパイヤ1.png

浮き草デイズ パパイヤ2.png

モモセさんの大盛りカレーや、前日から仕込んだスープとチャーシューで作ったラーメン。

なかでもたかぎさん憧れの一皿はフレンチトーストでした。

「ふわふわで黄金色でめちゃめちゃおいしそう」

と、お客様に運ぶときから羨望のまなざしで見ていたフレンチトースト。

ついに、
「今日のまかないはフレンチトーストだ!!」(だん!〈怖い顔〉)←このコマ好き(笑)

浮き草デイズ フレンチトースト.png

と、出てきた黄金色ふわふわフレンチトーストを、たかぎさんたちはうまうまーと感激しきりで食べていました。



イラストレーターになるという難しい夢を抱きながら、どこかあぶなっかしいたかぎさんを、「めしはちゃんと食ってんのか?」「変なバイトしてないだろうな?」と、怖い顔でちょいちょい心配してくれていた「モモセさん」。

たかぎさんはこの人のことをひそかに「東京の母」と慕っていましたが(笑)、自身も上京者だった「モモセさん」は地元青森に店を出すという夢をかなえるべく、やがて東京を去りました。

「まったくよ〜、どうなるんだろうな、おめ〜のこれからの東京生活はよ〜」
(ホテルの厨房で卵を割りながらためいきをつくモモセさん。)
「まあ…メシくらいはちゃんと食えよ」
そんな言葉をたかぎさんに残して。

これがたかぎさんの上京物語「浮き草デイズ」のエピソードですが、月日は流れ、いまや売れっ子コミックエッセイストとなったたかぎさんが、「モモセさん」のモデルとなったシェフ「ハヤセさん」の姿をネットで見つけ、13年ぶりの再会を果たすというエピソードが最新刊「はらぺこ万歳!」に登場します。

「モモセさん」ことハヤセさん、現在は「海坊厨(うみぼうず)」という地元の人気店を経営、青森駅から徒歩6分というナイスな立地で、ランチ1380円、夜のおまかせコースは2730円で華やかなデザートまでついた素敵な創作料理を提供しているそうです。

「ぐるなび」内「海坊厨」紹介ページ
http://r.gnavi.co.jp/t672500/

(ちなみにたかぎさんが見つけたのと同じページを拝見したらば、当時より20kg御痩せになったハヤセさんは、お笑いコンビ「バイきんぐ」の小峠さんをがっちりさせたと言えなくもない感じだった。)
「あなたもきっと海坊厨(うみぼうず)の虜に」(青森2722の魅力 No.850)※この記事の住所は旧店舗のものです。

そんなわけでひさびさの再会を果たした二人。

このときの感慨を、たかぎさんは、
「思えば絵で仕事がしたいと思いつつバイトに明け暮れていた当時の私は……厨房で働くハヤセさんを見て、手に職があるっていいなぁ〜とうらやましく思ってましたが……ハヤセさんはハヤセさんでいつかは店を持ちたいというさらなる夢があったようで……それがイラストレーターとして、そしてレストラン店主として再会できるなんて……時がたつというのも素敵なもんだなぁ〜と思いました」
……と語っていらっしゃいました。

さて、フレンチトーストですが、たかぎさんの訪問をきっかけにメニューにのることとなり(前日仕込みが必要なので要予約)、しっかりぐるなびで「たかぎなおこ著、浮き草デイズに登場しております」という一言とともに宣伝されております(笑)。
http://r.gnavi.co.jp/t672500/kodawari/

二回目の訪問で泣きながらフレンチトーストを食べるたかぎさん。(今回はハヤセさんお得意の素晴らしい飴細工つき)


はらぺこ万歳!フレンチトースト.png


たかぎさんのイラストおよび数々の写真を観るに、本当に創意工夫が行き届いて、おいしそうで、しかもその華やかさや食材の良さのわりに価格も相当リーズナブル、なんとかして取り急ぎ青森に行けないもんかとすら思いますが、今のところ無理です。うーむ……。(ラーメン者〈誰?〉としては、同じくたかぎさんのまかない思い出話をきっかけにメニュー入りしたという具だくさんラーメンも超気になる。)

ともあれ、このせちがらい世の中で、「才能があり、真面目に努力した人柄のよい人がそれぞれに成功し、片方がそのときの相手の優しさを忘れずに義理堅く訪ねて行った。(そして今もそれぞれの夢の仕事で輝いている)」という事実に心温まります。

 この名エピソード「フレンチトースト」以外にも、たかぎなおこさん作品は読むとほんわかしますので(食べ物がおいしそうすぎて空腹時にはおすすめできませんが……)男性女性を問わずとてもおススメです。ぜひお手にとってみてください。

 「はらぺこ万歳」「浮き草デイズ」のWEB特設ページは以下の通りです。(試し読みつき)

「はらぺこ万歳」
http://hon.bunshun.jp/sp/harapeko
「浮き草デイズ」
http://books.bunshun.jp/ud/book/num/9784163712703

読んでくださってありがとうございました。
posted by Palum at 00:07| 番外編 おすすめ映画・漫画・本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年01月01日

(のこり90日)「100日間」リベンジ 今年の抱負

 新年あけましておめでとうございます。本年もなにとぞよろしくお願いいたします。

 今年が皆様にとって実り多い年でありますように。

 さて、元旦ですので、個人的な話ですが、本年の抱負を報告させていただきたいと思います。

「インターネットを断つ」(今ブログ書いてるのに?)

 厳密に申しますと、「必要のないインターネット接続を断つ」です。

 実は私と無駄ネットとの戦いの歴史は非常に長く泥沼化しており、かれこれ数年、「もうやめる!」と誓い、ありとあらゆる手を尽くしていながら挫折の繰り返しです。

 日常生活に差し支えるレベルではギリ無いのですが……しかしいともたやすく数時間無駄にするので、他にしたいことがあっても時間をひねりだせないのです。(特に休日蝕み度が酷い。)

 認めるのはつらいのですが、前回の100日チャレンジ挫折の最大の理由でもありました。
(ダラダラネット観た後、どうにかして課題をこなそうとして寝不足が続いて最終的に体調崩した。〈虚〉)
 
 ちなみに、何にハマっているかというと、ゲームでもSNSでもなく、なんというか、ゴシップとか対人トラブルとか、人間関係のドロドロを扱う幾つかのサイト閲覧がやめられなかった……。

 普段その手の話題を口にすることも無く、そして観てもちっとも楽しくないのに、です。

 自分自身や環境にストレスがたまると見たくなるというか、気づいたら見ていて、とめられなくなっているのです。(呪いか。)
 
 ストレス解消ならもっと楽しいものや綺麗なものに接した方が後味はずっと良いのも自分でわかっていたのに、なんかそれを求められずに、うわあ嫌だなあ怖いなあと思いつつ見続けている。

 このまさしく中毒症状としか言えない現象を自分なりに分析してみたところ、どうも「自分のストレスを、もっと強烈なストレスを感じているであろう他人の話で塗り込めて思考回路を麻痺させる」という行動に出ているようだと気づきました。

 この心理を自覚した後、思い出したのは伝説的ギャグ漫画『お父さんは心配性』の中のこんなくだりです。

お父さんは心配症 (3) (りぼんマスコットコミックス (405)) -
お父さんは心配症 (3) (りぼんマスコットコミックス (405)) -

 主人公の佐々木光太郎(通称パピイ、彼に全く似ていない常識人で可愛い娘を溺愛している。)が、お見合い交際中のナース安井さんに会いたいがために医者に変装して病院を徘徊するうち、本物の医者と間違われて手術をしなければならなくなる。(りぼんコミックス3巻収録「病院は大パニック!」内)

 で、その筋の方らしき患者が、ピストルで撃たれた腹を押さえて
「先生…腹が…腹が痛えよ!なんとかしてくれよ」
と訴えてきたときのこと……。(画像参照)

佐々木光太郎なりのオペ.png

 困り果てた佐々木パピイ、「わ、わかりました」と言ったかと思うと、そのヤクザ屋さんの腕にメスをまっすぐ「ぶすっ」と……。

 当然悲鳴をあげる患者に対し、佐々木パピイ。

「新たな傷の痛さでお腹の痛さを忘れることができます。」
「バカヤロー今度は腕が痛いよ!」
「それでは腕の痛さを忘れるために新たな傷を……」
(鎌〈どっから持ってきたんだ〉をふりかざして看護師たちに止められるパピイ。)

 ……「人のストレスで自分のストレスを忘れることができます。」というカラクリで時間を湯水のように浪費し、そして本当にストレスを無くすために必要な努力は怠っているというのは、「それではストレスを忘れるために新たな傷を……」と自らグサグサやっているも同然だよなとつくづく痛感したのです。

 ここまで反省しても、ときおり無駄ネット閲覧にのめりこんでいるのが現状なので、今色々手を講じています。こうしてブログで懺悔宣誓するのもそのひとつです。(『新しい自分に生まれ変わる「やめる」習慣』という本に書いてあった手法〈怠惰なりに必死〉)

新しい自分に生まれ変わる 「やめる」習慣 -
新しい自分に生まれ変わる 「やめる」習慣 -


 なんとか佐々木パピイ的「今ある傷の痛みを忘れるために新しい傷を増やす」系統の処置はやめて、いや、少なくとも徐々に減らして、まっとうに自分を良くしていきたいです。

 新年いきなり流血シーンからスタートしてしまいましたが、そんな決意を込めて、皆様に時折、ネット離脱のためにしている工夫や状況報告をお伝えしていきたいと思います。

 しかしこれで元旦記事を終わらせるのもなんなので、もうひとつご紹介。

 超短編の名手、星新一の作品「大黒様」(『妄想銀行』収録)で、ある男に福をもたらすべく現れた大黒様がこんなお言葉をかけるシーンがあります。

妄想銀行 (新潮文庫) -
妄想銀行 (新潮文庫) -

「福とはその障害になっているものを取り除けば簡単に手に入る。」

 まあ、星新一ワールドは往々にしてぷちブラックなので、オチとしては、せっかく大黒様にいらしていただいたのに、「悪いところをとりのぞいて幸せに導く」のが仕事だというお話を皆まで聞かずに、持ち前の「あわてもので欲深」という「悪いところ」を発揮した男が、大黒様の大きな袋を奪い取った挙句、ほうぼうから回収してきた袋一杯の「悪いところ」を吸い込んでしまう……というものなのですが。

 ともあれ、私は大黒様のお言葉を胸に刻んで、自分の中にある壁をけずりとるようにしてでも減らしていく、今年はそういう挑戦の一年にしたいと思います。

 いいご報告ができるように頑張ります。

 そして今回ご紹介した『お父さんは心配性』と『妄想銀行』、ジャンルは違えど(ホントだいぶ違う)、どちらも稀有な才能に圧倒される名著中の名著なので、是非お手に取ってみてください。

 読んでくださってありがとうございました。

posted by Palum at 23:44| 「100日間」リベンジ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年12月22日

「朔旦冬至(さくたんとうじ)」に「100日間」リベンジ

忘れてない
あきらめてない
「100日間」

おひさしぶりです。
以前、当ブログで「100日頑張ったら人はどのくらい変われるか自分人体実験してみたい」と書いた者です。(間が開きすぎて自己紹介から入っている。)

あの時頑張りたいと思ってたこと(100日間のうちに、1「英語毎日勉強する」2「痩せる」3「ブログ記事毎日書く」)は繰り返しつんのめり、長い言い訳をはしょって結論にだけ申し上げますと、事態はあんまり変わっていません。

いや、「痩せる」「ブログ記事を毎日書く」に至っては、事態は大きく後退しております。

 もともと100日ダイエットで目覚ましい肉体改造を遂げたKAZUさんに憧れての計画でした。



が、途中で、「僕の場合、そもそも100日努力できる人に成長できるよう努力するところからスタートせねばならない」ということに気づき、しかし、その「努力できるようにするための努力」の仕方がさっぱりわからず、右往左往している間にはや年末です。

 でもその間、自責の念だけは止まず、どうにかこうにか、こうして机に戻ってきました(どこに行っていたんだ)。

 このまま暗く寒い冬を過ごし、除夜の鐘を聞くのだけは避けたい……(クリスマス予定無)。

 というわけなので、ハードルを下げ「努力できる人になるための試行錯誤を100日続けてみる。できる範囲で」ということからはじめようと思います。(下げたねえ……。)

 きっと僕の自己観察記録は人様をイラッとさせるほどヌルいでしょうが、それでも「頑張るための参考資料」として名著を色々読んでおりますので、その情報だけは少しお役に立つかと存じます。
 その顛末は毎日アップします!100日後には、バイリンガルで、細マッチョです!!とか書くとどうなるかは既に当ブログでくどいほど実証済ですので、そしてそんな自分に「生まれてすみません(太宰治)」感をつのらせた後、ビジュアル系(?)ジャイアンのパネルを撮影せねばならなくなったドラえもん並みに「いい、いい、どうでもいい!」とおのれの全身全霊を投げ遣りたくなるので、まずとにかく、やれる範囲ではじめたいと思います。

いい、いい、どうでもいい.png

 ちなみに本日(12月22日)は冬至と新月が重なる19年に1度の「朔旦冬至」。太陽と月が復活する日とされ、ものごとをはじめるのに最適な日だそうです。(参考資料『grape』「今日は19年に1度の『朔旦冬至(さくたんとうじ)』 太陽と月が復活する日」)
 http://grapee.jp/25042

「今日こそは100日を復活させる」と思って居たら偶然そんな話をうかがってうれしかったので、今度こそ頑張りたいと思います。やれる範囲で(さっきも書いた)
つぎの100日後は2015年3月31日、きりがいいです。(起算日を含めた場合。含めないとエイプリルフールになってしまう〈汗〉)
今日できたこと「机に戻ってきた」。
……ちょっとずつ積み重ねたいと思います。よろしければこの魂の迷走をときおり見守ってやってください。

読んでくださってありがとうございました。
posted by Palum at 23:27| 「100日間」リベンジ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月25日

夏の音(筝曲家宮城道雄の随筆「春の海」より)

本日は夏にちなんだ文章をご紹介いたします。

筝曲家(そうきょくか)宮城道雄(1894〜1956)。

Michio_Miyagi.jpg(ウィキペディアより)


盲目の天才奏者にして作曲家。

この方の作曲した「春の海」を聴けば、全日本人100人中120人がお正月を思い出すというほどメジャーです。
「国会図書館デジタル図書館」内「春の海」(宮城道雄演奏)音源は以下のとおりです。
http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1319027

 実は名文家でもあり、その類まれな鋭さと繊細さを併せ持つ感覚でとらえた独自の世界観の随筆をいくつか世に送り出しています。

 食卓に置く音で、その器の大きさや厚み、形状を感じ取れたとか、部屋に入った時の空気感で広さや洋室か和室かを測れたとか、やってくる靴音で性別やおおよその立場(職業)を当てることができたなどのエピソードが記されていますが、そうした怖いほどの達人の感性の中に、夏ならではの音についての名文がありました。

 『「春の海」宮城道雄随筆集』(岩波文庫)内「四季の趣」という作品の一節です。

新編 春の海―宮城道雄随筆集 (岩波文庫) -
新編 春の海―宮城道雄随筆集 (岩波文庫) -


 (以下引用)

 夏は、朝早いのも気持ちが良いが、何といっても、夜がよい。蚊遣り(かやり)のにおいや、団扇(うちわ)をしなやかに使っておる物音などは、よいものである。夏になると、部屋を明け(開け)広げるせいか、近所が非常に近くなって、私の耳に響いてくる。横笛の音などは夏にふさわしいものだと思う。蚊に刺されるのは嫌だけれど、二、三匹よって、プーンと立てている音は、篳篥(ひちりき※)のような音がしてなかなか捨てがたいものである。
(※補:)篳篥……雅楽などで用いられる小型のたて笛

 ……『枕草子』「はるはあけぼの」を思わせる名調子です。

 窓を開けたら笛の音が聞こえてくるなどというのは、昔だからか、宮城さんがお住まいなくらいだから芸事が盛んな土地柄だったのかはわかりませんが、いかにも風流です。

 しかし、蚊の羽音すらも「篳篥のような音がする」とはさすが芸術家です。

 私なら「ギャー!一匹ならずいる!!(怒)」とベープ仕掛けてキンチョール持ってキンカン待機で、その音源を目ェ吊り上げて、ドタバタと追いかけまわすでしょう。

 篳篥の音が聴ける動画があったので添付させていただきます。(単独で音が聴けるのは1分38秒頃)



……なるほど似てなくもありません。

 絶対に刺されない、刺されてもカユクないという前提なら、あの羽音はもしかして美しいものなのかもしれません。

 私は凡人なので、宮城さんのように、どこからでも美を抽出できるほど人間が出来上がっておりませんが。

 蚊は「うーむさすが、たしかに、でも……(カユイし憎たらしいし……)」みたいな感じで読みましたが、個人的に以下のくだりには非常に共感いたしました。

 (以下引用)
 扇風機のあのうなる音をじっと聴いていると、どこか広い海の沖の方で、夕日が射していて、波の音が聞こえるように思われる。一人ぼっちで、放っておかれたような感じがする。なんとなく淋しいような、悲しいような気持ちになって、大きなセンチメンタルな感じがするのである。時々私は、扇風機の音にじいっと聴き入っていることがある。

 ……これを読んで、急に、子供の頃、夏休みにおそらく親戚の家に泊まりにいったとき、一人で目が覚めてしまった時のなんとも言えない気持ちを思い出しました。

 近くに身内は寝ているのだけれども、寝静まった今、誰とも話すことができなくて、心細く、退屈で、自分の側でゆっくりと首を振っている扇風機の音だけが響き。

 聴くでもなく耳にしていると、それは確かに波の音に似ていたのです。

 私には、浜辺に打ち寄せた波が引いていくときの音に聞こえ、暗くて淋しい中、ただ、海にいる気持ちになって自分を慰めながら、やがて、うとうとと眠りに落ちた。

 あの時間を思い出しました。

 蒸し暑い中かすかに涼しい、淋しいけれど静かな、独特の長い時間。

 朝までの時間を待つことも、音楽ではなく音をじっと聴くことも、せわしなく生きる今となっては遠い感覚です。

 このくだりを読んで以来、扇風機の音の奥に、寄せては返す波を感じるとともに、そういう、心細く寂しいけれども、今とは違う感覚で生きていた幼い頃への郷愁もよぎるようになりました。

 そして、それとは別に、この穏やかなたたずまいの天才奏者が扇風機の側に座り、つくづくと耳を傾け、そこに海を思っているという、その姿それ自体に美とやさしい趣を感じます。
 

 宮城道雄は琴を教えたのがきっかけで、随筆家内田百(うちだひゃっけん)と親しくなったそうです。

(内田百閨@ウィキペディア記事より)
内田百.jpg

 とおりいっぺんの付き合いではなく、互いに尊敬しあい、思いやり、心を許した本当の友人でした。(宮城道雄の文章は内田百閧フ紹介で、口述筆記によってなされたそうです。)

 この二人の交友を知る前、漱石ファンの私は、漱石の病床まで借金を頼みに来て、その帰りの交通費まで借りたという百閧ヘ、才能豊かとはいえずいぶんキョーレツなキャラだったのだなあという印象を持っていたのですが(あと漱石の鼻毛収集家だったという逸話もある〈あの鋭敏すぎる感性を持つ端正な面立ちの明治の文豪には、原稿用紙に抜いた鼻毛を植え付けるという奇癖があり、それを百閧ェ謹んで頂戴した〉、このあたり、あいまいな記憶で申し訳ありませんが、『私の「漱石」と「龍之介」』【ちくま文庫】)に所収されているようです)、宮城道雄の文章から、歯に衣着せぬ態度ながら、茶目っ気のある温かな人柄のよき友であったことが伝わってきました。

 ここから先は孫引きで申し訳ないのですが、宮城道雄と内田百閧フ間にはこんなやりとりがあったそうです。

(「百鬼園の図書館」という内田百闃ヨ連のHP内「宮城道雄側からの百閨vより引用させていただきました)
 参照URL http://www.biwa.ne.jp/~tamu4433/miyagi.html
 両隣が近く、琴の稽古の音がうるさいのではないかと気を使う宮城道雄に、百閧ヘこう言います。

(以下引用、現代仮名遣いに改めてあります)

百閨u(家の境の)板壁に、蓆(むしろ)いっぱいに打ち付けて、ぶらさげておけばよろしい」
道雄「そうすると、どうなりますか」
百閨uそうすると、お稽古の音が蓆にぶつかります」
道雄「それで」
百閨uそれで夕方お稽古のすんだ後で、蓆を外してはたきますと、一日中溜まっていた音がみんな落ちますから、それを掃きよせて捨てればよろしい」
道雄「本当かと思ひました」


……内田百閧フ「明暗交友録」という作品集に収録されているそうです。

 お恥ずかしい話ですが、これを最初に読んだとき「蓆(むしろ)」を「簾(すだれ)」と読み間違えまして、勝手に、
「簾の隙間に、宮城さんの奏でた美しい音が、ガラスや蜘蛛の糸のように透き通って、いくつも絡まっている」
という図を思い浮かべ、簾だからそれはやはり夏で、夕暮れにはたくと、音の余韻がさらさらと涼しい音を立てて落ちるのだろう……
と、ひとり想像たくましくしてウットリしていました。

「あ……ムシロ……か……あの松本清張や横溝正史ドラマなんかで、発見された死体にかけられているあれか……(なんだその偏ったイメージは)」
と、後に気づいて、勝手に無い話でウットリしていたことを恥ずかしく思ったものです。

 しかし、それでもやはり、琴の音が絡まってはらえば落ちるというウィットと風流は素敵だと思いました。そしてそれを「本当かと思いました」と答える宮城道雄の物やわらかな返答も。

 思い出すと、その話の中の季節はやはり夏で、琴の音は細くしなやかに光って透き通り、払い落とされるとき夕暮れに涼しく硬質な余韻を奏でているような気がするのです。

 読んでくださってありがとうございました。

posted by Palum at 19:20| 番外編 おすすめ映画・漫画・本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月24日

「星の旅人たち」(マーティン・シーン主演 アメリカ映画)

 イマジカBSチャンネルがご覧になれる方限定ですが、2014年8月25日21時から、大変素敵な映画が放映されるのでご紹介させていただきます。

 「星の旅人たち」(2010年アメリカ映画)

星の旅人たち


 巡礼の途中で事故死した息子ダニエルに代わって、旅を続けようとする初老の父親トムと、彼が旅の途中で出会った人々の物語です。

 イマジカBSの公式紹介ページはコチラ


 主演は演技派で知られるマーティン・シーン(チャーリー・シーンの父)。
 監督は彼の長男エミリオ・エステヴェス。
 監督は映画の中で息子ダニエルも演じており、父子共演となっています。

 スペインのサンティアゴ・デ・コンポステラ(聖ヤコブ大聖堂)へと続く巡礼路の、厳しくも雄大な風景と、道を歩む人々、その地に生きる人々、それぞれの思い、そして父と息子の絆が描かれています。

「シューキョーモノはちょっと」などと食わず嫌いせずに是非ごらんください。「何教を信じるように」的な押し付けはどこにもありません。

 人生を生きる私たちは皆旅人であり、痛みや願いを抱えて歩き続けている。この人たちもまたそういう旅の途中なのだ。

 ただ、それだけ思ってご覧になれば、誰の心にも届く良さを持った作品です。

【序盤あらすじ】

 カリフォルニアの眼科医トムのもとに、一人息子のダニエルの訃報が届く。

 ダニエルはサンティアゴ巡礼をする予定だったが、旅のはじまり、フランスのピレネー山脈で嵐に遭い、事故死したのだった。

 スペインに駆けつけたトムは、ダニエルの遺体と対面し、遺品のアルバムを見つける。

世界各国を旅する息子の姿に涙するトム。

 
約束されたエリートコースから外れ、旅に生きていたダニエル。

トムはそんな息子の生き方を認めることができず、二人の間には溝が生まれていた。

 互いに愛していたのに、彼が何を思ってサンティアゴ巡礼をしようとしたのか、何を見たかったのかが今の自分にはわからない。

 トムは、ダニエルの遺灰とともに、自分が巡礼の旅に出ることを決意する。

 トムにダニエルの死を知らせたフランス人の警官は、トムの旅を止めようとする。
 若くは無く、長距離(約800〜900q、徒歩で約1ヶ月の道のり)を歩く訓練もしていない、装備も無い、とても無理だと。

 しかし、トムは首を横に振る。息子の装備を使う。必ずたどりついて見せる。

 警官は、トムの決意が固いことを見て取ると、彼に巡礼についてのアドバイスをした。

「あなたも巡礼に出たことが?」
「あります」

 私も息子を亡くしました。
 トムと同年代の警官は、静かにそう言って、トムの目を見た。

  銀色の箱にダニエルの遺灰を詰め、宿を出たトムは、つぶやく。
 「さあ、行こう」

 夕日に染まる山道にさしかかったトムは、ある場所で足を止める。

 ここでダニエルは命を落としたのだ。

 ダニエルの亡き骸が見つかった場所ははっきりとわかった。

 そこには、花と、枝で作った小さな十字架が無数に置かれていたのだ。

 見知らぬ巡礼者たちのとむらいの側に膝をつき、トムはその場所に、少しだけ遺灰をさらさらとまいた。

 顔を上げたトム。

 その目に、巡礼路に立つダニエルの姿が見えた。

 自分の面差しを継いだ息子が、笑顔でトムに手を振り、やがて先に立って道を歩き出す。

 立ち上がったトムは、誰もいない道を、ダニエルのいる道を、またゆっくりと歩きだした。


【見どころ@】マーティン・シーンの演技力

 若い頃はやや華奢で、精悍な顔立ちに憂いのある大きなまなざしが魅力的だったマーティン・シーン。
(刑事コロンボ「毒のある花」の被害者役で、短いながら愛憎入り混じる巧みかつ色気漂う演技をしていました。犯人役の美女ヴェラ・マイルズともども、実に絵になっていたんで「コロンボ史上最もセクシーな被害者」と銘打って過去記事書かせていただきました。)

 すっかり貫録がついて、銀髪も皺も味わい深い、素晴らしいベテラン俳優さんになられました。

 彼の演技、表情を長時間丁寧に映像に収めている、それだけでも非常に意義深い作品です。

 以前映画「優しい嘘と贈り物」の記事でも書かせていただきましたが、ますます演技に磨きがかかった熟年以降の名優を主役に据えた作品が、残念なことに昨今滅多に出てこないからです。

やさしい嘘と贈り物 スペシャル・エディション


(日本のがロコツにそうだけど、若くてキレイな人が主役じゃないとお客さんの数は呼び込めないという潮流がありますからね……)

 マーティン・シーンはエミリオ・エステヴェスに「自分のキャリアの中でも貴重な作品になる」と感謝を述べたそうですが、それは「パパのお世辞」ではなく、実際エミリオ監督は、マーティン・シーンの実力と人柄の魅力を最大限に発揮できる作品に仕上げています。
 


【見どころA】マーティン・シーンとエミリオ・エステヴェスの父子共演

 この二人、びっくりするほど顔立ちが似ています。

 マーティン・シーンのほうが年をとっても男性的で、かつて美青年で評判だったエミリオはだいぶ雰囲気がまるくなって、温厚そうですが……。

 劇中でダニエルが黄色い登山ウェア着ているのは、父との見分けをつけやすくするためではと思うほどです。
 
 旅のおりおりに、トムは亡きダニエルの姿を見つけますが、このいかにも父子の顔をした二人が見つめ合い、既にこの世にいない息子は明るく温かく笑いかけ、遺された父は遠いまなざしをする……。

 それが、どんな展開よりも台詞回しよりも心に焼付きます。

【見どころB】脇役の力

 とにかく出ている人みんな味がある。

 トムは旅の途中で3人の巡礼者と行動を共にするようになります。

 ダイエット目的で巡礼中(笑)のオランダ人ヨルト。
(しかし痩せる気あんのかというほど各地で郷土料理に舌鼓を打ってお酒ガブ飲みしてる。基本人が良いけれど、とてもおしゃべり)

 なぜか男性を目の敵にし、とげのある発言ばかりするカナダ人サラ。(のちにその理由が明らかになります。)

 エキセントリックな言動の旅行ライター、アイルランド人ジャック。(トムの巡礼の理由を知り、「ダントツに感動的なエピソード」と記事にしようとして〈しかもそのまんまの台詞をトムに言ってしまい【汗】〉トムの怒りを買う〈あたり前〉)

 最初はたまたま一緒に歩いているだけといった感じの4人でしたが、旅の中で、それぞれの事情が垣間見え、思いやりと結束が生まれていきます。

 そして、彼ら同行者だけでなく、宿の人たちや、道すがらほんの一瞬言葉を交わすその他の巡礼者たちにいたるまで、台詞も表情も味わい深い。
 

 個人的におすすめなのは、トムを送り出してくれる物静かなフランス人警官。
 

 そして、ダニエルの遺灰を持ってくる初老の男性です。

 後者は台詞がまったくと言っていいほど無いのですが、トムの側に来るとき、そして去る時、そっと彼を見つめるそのまなざしに、いたましく思う気持ちと同情がにじみでています。
 一瞬なのですが見事な演技なのでご注目ください。

【見どころC】風景と音楽

 地平線、乾燥し、果てなく、青を通り越して黒いほどの空、石造りの時の止まったような村々といった、美しい景色が堪能できます。また、息を飲むほど壮麗なサンティアゴ大聖堂の威容も必見。

 音楽も、異国情緒と郷愁のいりまじるような、温もりのあるものが多くお勧めです。

 特に幕開け、女性の声で何かを抱きしめるように静かに歌われている曲がとても美しかったです。

 以上になります。9月になっても何度か再放送されるようなので、機会をとらえてご覧になってみてください。
イマジカBS放送予定は以下の通りです。
 08月25日(月) 21:00〜23:15
 09月02日(火) 16:30〜18:45
 09月11日(木) 05:00〜07:15
 09月21日(日) 07:45〜10:00



 その時期には、この作品の結末部についてももう少し書かせていただけたらと思っております。

 読んでくださってありがとうございました。
posted by Palum at 11:35| おすすめ映画(英米) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年08月23日

War horseウォーホース(戦火の馬)日本公演 感想3 結末部(ネタバレ注意)

 いよいよ2014年8月24日千秋楽となってしまいましたが、今回も東京シアターオーブで上演中の舞台「War horse ウォーホース(戦火の馬)」について、今回は最大の見どころを書かせていただきます。
シアターオーブの公式情報はコチラです。


 第一次大戦期、軍馬(ウォーホース)としてイギリスからフランスへと徴用された馬ジョーイと、彼を追って戦場へ向かった少年アルバートを中心に描かれる、戦争に翻弄された人と馬の物語です。



ロンドン公演のものですが、あらすじ等の情報はよろしければ以下過去記事をご参照ください。
ロンドンの舞台「War horse」@ あらすじと見どころご紹介
ロンドンの舞台「War horse」A ある名場面と、その他のおすすめ作品

最大の見どころ=結末部ネタバレなので、今後日本でも他国でも観に行こうと思って居る人は絶っっっ対に!!!お読みにならないでください。勿体ないから。

(「だいじょーぶ、映画観たから終わり方知っている」と思われるかもしれませんが、映画と舞台は相当味が違います。)

 この場面も、原作小説、映画、舞台それぞれ少しずつ描き方が違っていて、私は舞台版が一番好きです。

 






……では、既にご覧になった方のみ以下概要をどうぞ。(おおまかな場面描写なので、あらかじめご了承ください)

【見どころシーンその@】ジョーイが鉄条網に脚をとられる場面

イギリス軍の軍馬としてフランスに渡ったジョーイ、しかし、戦局の中で、彼と相棒の黒馬トプソンはドイツ軍の所有となり、大砲やけが人を運ぶために過酷な労働を強いられる。

その後、イギリス軍戦車からの攻撃を受け、孤立したジョーイは、銃弾飛び交い、ぬかるむ戦地をやみくもに走り、馬にとって最大の脅威である鉄条網に突っ込んでしまう。

鉄条網から逃れようと暴れ、からみついたとげを歯ではがそうとするジョーイ。しかし、もがけばもがくほど、鉄条網はジョーイに食い込んでいく。

 繰り返される悲鳴のいななき。
 やがて、ジョーイは力尽きて、どうっとその場膝を降り、倒れこんでしまう。
 全身を襲う激しい疲労と痛み。
 もう、動けない。
 動けない。
 荒かった鼻息も次第に小さくなっていく……。

【舞台としての見どころ】
 美しい等身大のパペットジョーイが、恐怖におびえるいななきと激しい息をつき(パペット操作の役者が声帯模写)激しい砲弾音と音楽と光の中、舞台を駆け回ります。

 このとき、数名の役者が鉄条網を手に舞台に駆け出てきて、暴れまわるジョーイに鉄条網を絡め、後ろ足で立ち上がるジョーイを中心に、銀色のとげが、舞台四隅に、大きなXの形に広がります。(ジョーイが鉄条網にとらわれてしまったという表現)

「上演中に人間が舞台装置を運ぶ」、「音楽のクライマックスと共に舞台全体を一枚絵のように固定する」という表現方法は、ともに歌舞伎によく観られるものです。
(舞台装置を運ぶ人間を「黒子」と呼び、この一枚絵のような瞬間、役者は音に合せて「見栄(大きくポーズをとること)」を切り、舞台の構図を完成させます。)
 この舞台の文楽の影響は明言されていますが、歌舞伎も参考にされているのかもしれません。
 痛切ながら視界に焼付く表現でした。

【見どころシーンそのA】倒れたジョーイを見つけたイギリス兵とドイツ兵のやりとり

 鉄条網に絡め取られ、動かなくなったジョーイを、塹壕に潜んでいたイギリス軍兵士が見つける。

 「中立地帯に馬が……」

 時を同じくして、中立地帯を挟んだ先のドイツ軍側もジョーイに気づく。
 
 汚れた白い布を巻き付け、一時停戦の合図の旗としてひらひらと振ると、両軍から兵士が一人ずつおそるおそる這い出してくる。

 状況を知らない兵がドイツ側に発砲、撃ち合いを避けるために、イギリス兵が叫ぶ。
「やめろ!」

 まだ息のあったジョーイを、イギリス兵もドイツ兵も「よしよし、いい子だ。」と互いの言葉でなだめ、ジョーイの脚を持ち、巻き付いた鉄条網を切っていく。
 
「医者に見せないと」
「出血がひどい」
 両軍の兵はそれぞれに呟きつつ、やがてどうにか鉄条網を外す。

 戦争において馬は大切な動力だ。放っておいて敵側に渡すわけにはいかない。

 そう思って塹壕を這い出てきたのだが、お互い身振り手振りで共同作業をすることになってしまった二人の間に、さて、ことが済むと、なんとも言えない沈黙が流れる。

「……この馬はこちらでもらう」
「我が軍の陣地にいたのだから(そう?)こっちのものだ」
 と、声高に主張し合っても、いかんせん言葉が通じない。

 らちが明かないので、ドイツ兵が硬貨を取り出す。
「コイントスで決めよう。表(頭)か裏(尾)か選べ(※)」
(※コインの「裏か表」を、「頭か尾か」と呼ぶ)
「……何?」
「だから!」
 ドイツ兵は自分のヘルメットを叩き、ドイツ語で、
「頭!(Kopf)」
 それから、イギリス兵に突き出したお尻をペチペチ叩き、
「尾!(Zahl)」
「あっ、『Head or tail』か!」

「この皇帝の顔が描いてあるのが『尾(裏)』だ。で、逆が『頭(表)』」
 イギリス兵にコインの裏表の図柄を確認させた後、ドイツ兵の投げたコインが宙を舞う。
 イギリス兵は「頭!」とコールする。
 ドイツ兵は抑えたコインを抑えた手のひらを開くと、イギリス兵にそれを見せた。
 仏頂面で、イギリス兵にジョーイの手綱を渡すドイツ兵。
 と、同時に、への字口のまま、ばっ!と突きつけるように差し出された、ドイツ兵の右手。
 あっけにとられ、一瞬ためらったが、イギリス兵はそれを握りしめ、互いに、不器用だが固い握手を交わし、二人は互いの陣地へと戻っていった……。

【舞台としての見どころ】
 名場面中の名場面です。

 過去記事で、「映画『西部戦線異状なし』主人公(ドイツ兵)と彼が刺したフランス兵とが一対一で塹壕に取り残される場面」や「大岡昇平作『俘虜記』で日本兵の『私』が部隊からはぐれた際に、若いアメリカ兵を発見し、しかし、彼のあまりの無防備さと若さに撃つことができなかった場面」を思い出させる、と、書かせていただきましたが、この「War horse」の兵士二人は、言葉の違う敵同士ながら、身ぶり手ぶりを加えてなんとか相手とコミュニケーションをとろうとしています。

 しかもさっきまで互いに撃ちあっていたのに、ジョーイを助けた後に流れる「……ええっと……」みたいなビミョーな空気感や、「ワタシエイゴワカリマセン!(憮然)」や、お尻ペチペチ。

 この(言葉はほとんど通じていないけれど)対話と、ユーモアは、傑作の誉れ高い上記2作にすら描かれていない、「War horse」だけが到達した高みです。

 戦局の変化でジョーイと行動をともにすることとなったドイツ兵フリードリヒが、主人公アルバートと双璧をなすほどに丁寧に描かれている点と、このジョーイを助けるためにイギリス兵とドイツ兵が協力する場面があること。

 それを、「馬」という国を超えた存在を中心に据えることで自然に表現したこと。

 それがこの舞台「War horse」の最も偉大なところだと思います。

 以前も書かせていただきましたが、この場面、小説ではドイツ兵が片言ながらかなりの英語を話します(児童向け小説にドイツ語が出てきても、単なる嫌がらせになってしまうので小説表現としてはこれでいいのでしょうが)。

 また映画版でも若いインテリ風のドイツ兵士が出てきて、やはり主たるやりとりは英語です。

 お尻ペチペチとぶっきらぼうな握手の味わいは舞台版だけのもので、「笑いながら胸が熱くなる」というとても不思議な感動があります。
 

 以下、いよいよ究極のネタバレとなってしまいますが、書かせていただきます。


【見どころシーンそのB】ジョーイとアルバートの再会

 負傷したジョーイが連れてこられた病院。

 そこには、毒ガスで一時的に目が見えなくなっていたアルバートも運び込まれていた。

 地獄のような戦闘の中、無二の親友デイビットを失い、もはやジョーイも生きてはいまいと無気力に座り込んだアルバート。

 その近くで、治療を受けるジョーイ、しかし、傷は思いのほか深く、この場で完治させることは不可能と判断されたジョーイは、安楽死させられることになる。

 「助からない馬が銃殺される」
 今までに何度もそんな場面にでくわしてきた。
 アルバートは肩を落としたまま、ジョーイの思い出をかみしめる。
 そして、両手を口で覆う独特の口笛をそっと吹く。
 フクロウの鳴き声のような音。
 幼いころからジョーイに聴かせてきた。
「この音を聴いたら、それは僕だ。僕のところに来てくれ」
 そう言って。そしてジョーイはいつも嬉しそうに駆け寄ってきてくれていた。
 
 アルバートの背後が騒がしくなる。

 傷ついて大人しかった馬が急に暴れている。それを聞いたアルバートは激しい胸騒ぎを覚える。
 まさか………。
「ジョーイ、お前なのか?」
 周囲の制止を振り切ってジョーイのもとに駆けつけるアルバート。
「待ってください!」
 抑えられながらも身をよじっていななく馬に、もう一度力の限りあの口笛を吹くアルバート。
 やがて、膝をついて息を飲むアルバートに、よろよろと近づいてくる足音。
 立ち止まる蹄の音。
 アルバートは、おそるおそる、その鼻面に「ふうーっ」と息を吹きかけた。
 その馬は首を少しひっこめた後、アルバートにそっと顔を近づけ、「ふうーっ」と鼻息を返した。
 ジョーイの挨拶。
 それは、お互いのために生まれてきたジョーイとアルバートが、長年お互いだけで交わしてきたやりとりだった……。

【舞台としてのみどころ】
 この再会シーン、小説版でも映画版でも、「泥にまみれたジョーイを奇麗にすると、ジョーイの額にあった星の模様が出てきてジョーイだとわかる」という展開なのですが、クローズアップができない舞台上では、代わりに口笛が使われています。
 
 ロンドン初演版では、口笛を吹くアルバートに、人の手を離れたジョーイがいななきながら駆け寄って、鼻ヅラでドチーンとぶつかるというちょっと荒っぽい再会シーンでした。

 そして今回はひっそりと優しい鼻息語。

 どっちもいいですねえ、味が違うけれど甲乙つけがたい。

 というのも、家族との再会のときには大喜びでわりとブレーキかけずにぶつかっていく、のも鼻息を言葉代わりにするというのも、我が愛犬がよくやっていたもので……(個人的感慨〈前者は勢い良すぎて目から星が出た〉)
 
 人を愛する哺乳動物の情の濃さや感情表現の豊かさが良く出た名場面した。

 以上、ネタバレ編でした。ご覧になった方たちが舞台を振り返る一助になれば幸いです。

当ブログ「ウォーホース」関連の記事は以下の通りです。
ロンドンの舞台「War horse(ウォーホース)戦火の馬)」@ あらすじと見どころご紹介
ロンドンの舞台「War horse(ウォーホース)戦火の馬)」A ある名場面と、その他のおすすめ作品。
「War horse(ウォーホース)戦火の馬」 日本公演決定
「War horse(ウォーホース)戦火の馬)」日本公演 感想1見どころとお客さんの反応
「War horse(ウォーホース)戦火の馬)」日本公演 感想2ロンドン初演版との違い
「War horse(ウォーホース)戦火の馬)」日本公演 感想3結末部(ネタバレ注意)
「史実 戦火の馬」(ドキュメンタリー番組)

 読んでくださってありがとうございました。
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2014年08月22日

War horseウォーホース(戦火の馬)日本公演 感想2 ロンドン初演版との違い

 残念ながら公演日も残りわずかとなってしまいましたが(2014年8月24日千秋楽)、今回も東京シアターオーブで上演中の舞台「War horse ウォーホース(戦火の馬)」について、感想を簡単に書かせていただきます。

シアターオーブの公式情報はコチラです。


 第一次大戦期、軍馬(ウォーホース)としてイギリスからフランスへと徴用された馬ジョーイと、彼を追って戦場へ向かった少年アルバートを中心に描かれる、戦争に翻弄された人と馬の物語です。



ロンドン公演のものですが、あらすじ等の情報はよろしければ以下過去記事をご参照ください。
ロンドンの舞台「War horse」@ あらすじと見どころご紹介
ロンドンの舞台「War horse」A ある名場面と、その他のおすすめ作品
今回は、私が初演時にロンドンで観たヴァージョン(およびスピルバーグ監督の映画「戦火の馬」)と今回の日本版の違いについて書かせていただきます。

戦火の馬(Blu−ray Disc)

ただ、この公演観に行くたびに場面が少しずつ変わっているので(超好き、自分史上屈指に感動した舞台なんで何度も観に行っています。)、その改変が日本公演を意識して変えたものなのか、今はロンドン版もこうなのかはちょっとわかりません、推測で分析してしまうのでその点予めご了承ください。あと観に行ったのは数年前、かつ僕のリスニングなんで記憶違いもありえますのでその点もご容赦ください(汗)。

あ、あと、結構ネタバレです。書いといてなんですが、これから観に行く方は後で読んでいただきたいです……。

@主人公アルバートと父テッドの確執

初演版では、ジョーイを魂の片割れとして深く愛するアルバートと、裕福な兄アーサーにコンプレックスを抱き、ジョーイを金銭に換算しようとするテッドとの確執がかなりはっきり描かれていましたが、今回の公演ではそこが少しゆるやかになっていました。

ただ兄アーサーへの対抗心から、農耕馬としての訓練を受けていない(ジョーイはハンターという競走馬の血を半分引いていて、体格的にそういう作業に向いていない)ジョーイに鋤(すき)を引かせるという無茶な駆けをしてしまったテッドが、言うことを聞かないジョーイにつらくあたったシーンで、アルバートが、「今度ジョーイにあんな真似をしたら許さない」というニュアンスの発言をして、「そんなことをしたらあたしがあんたを許さない」と母ローズに厳しく叱責されるという場面が、ロンドン初演版ではあったと思うのですが、そこはカットされていました。

この父と思春期の息子の対立、さらにそれを押しとどめようとする母の、夫と息子に対する大きな愛が描かれている場面が印象的だったのですが、もし、これが日本版用の改変だとすると、スピルバーグ監督の映画版「戦火の馬」を観て舞台に来た方に対する配慮だと思います。

映画では父テッドとアルバートの対立はだいぶゆるやかで、テッドがジョーイを軍馬として売り渡すのも、嵐で作物が駄目になり、借金を返せなければ路頭に迷う……というやむにやまれぬ状況ゆえであり、それをわかっていたアルバートは父にそれほど反発していません。(ロンドン初演版だと結構シンプルに、酔った勢いと大金目当て。)

え……映画あの父子の関係泣けたのに、舞台だと仲悪い……(ドン引)とならないためかな……と。

私は別に、親子だからというただそれだけの理由で無条件になにがなんでもわかりあわないとダメとは思わないので(特に父と息子には成長につれ、根底に愛があったとしても、大きな断絶があっても不思議ではないと思う)、ロンドン初演版の関係性でも不満はなかったのですが。

 この他に、記憶違いかもしれませんが、ロンドン初演版では今回日本公演で明言されている「テッドが兄と自分の農地を守るためにボーア戦争に行かなかった」という設定がなかった気がします。(映画版では戦争に行っていますし、それが同じく戦地に赴いたアルバートが父に歩み寄るきっかけとなっています。)

 Aアルバートの従兄弟ビリーの徴兵時の様子
 ロンドン初演版にではビリーを含め、村の男たちが、第一次大戦の知らせを聞いて、日本人の目からは驚くほどに、意気揚々と従軍志願をしていました。

 しかし、今回の日本公演版では、ビリーがはっきりと父アーサーに「行きたくない」と躊躇と不安を漏らしています。

 結局アーサーに、祖父も自分も従軍経験がある、お前も一族の男なら行って来いと諭され、お守りとして祖父の代からのナイフを渡されて、志願の列に加わりますが、そうやって息子を戦地に送りだしてしまったアーサーも、後に、第一次大戦からはじめて戦争に登場したマシンガンの存在を知り、息子がどれほどの危険にさらされているかを思い知らされます。

 おそらく初演版のほうが、当時のイギリス志願兵たちの感覚に近かったのではないかと思います。

 マシンガンや戦車、毒ガスや鉄条網などが登場する以前、とても極端な言い方をすれば、従軍は「危機を潜り抜けて国に貢献し、男を見せてくる」という機会としてとらえられていた部分があったのではないでしょうか(でなければ、自身も従軍経験のある人間が、訓練をしている生粋の軍人一族でもないのに我が子を率先して送り出さないと思います)。

 (※)このような「戦況を知らなかったために、率先して従軍してしまい、想像を絶する事態に直面する」という悲劇をドイツ側から描いたのが、映画『西部戦線異状なし』です。大人たちに「英雄たれ」と煽られて、理想に燃えて戦いに赴いた若者たちが生命や魂を失っていく姿が痛ましい。

西部戦線異状なし(Blu−ray Disc) 

 前回記事でも描かせていただきましたが、「自分は生きて帰れる」と信じて疑わなかった人が多かった、しかし、近代戦が幕を開けてしまったあとの現実はそうではなかった、という恐ろしさが、ロンドン初演版のほうが浮き出ていたと思います。

 もしこれが日本版に向けての改変だとすると、日本の観客のほとんどが、第二次大戦時の赤紙徴兵と、その後の戦地での地獄というイメージを持っており、あの進んで従軍する姿に違和感を覚えるだろうという配慮があったのではないかと思います。

 Bドイツ兵フリードリヒとフランス人少女エミリーとの関係

 私がこの舞台版「War horse(ウォーホース)」を是非観ていただきたいと再三再四猛プッシュするのは、舞台版でのみ、このドイツ兵フリードリヒというキャラクターが、主人公アルバート級にクローズアップされているからです。この設定は小説にも映画にも無い。というか、私の知る限り、これほど対立する国同士の人間を公平に描いた作品がそもそも無い(なんで舞台後に作られた映画版でもフリードリヒを削ったんだということについては非常に残念に思っています。あの偉大な存在を……)

 このフリードリヒは、国に妻子を持つ、既に若くはない兵士で、偶然ドイツ軍の所有となったジョーイと、ジョーイの友で、歴戦を潜り抜けてきた名馬トプソンをとても丁重に扱います。

 そして、戦地フランスでエミリーを見つけたとき、自分の娘を思い出して愛情を注ぎます。

 舞台版でのエミリーもまた、なんらかの理由で父親が不在で、フリードリヒに次第に心を許していきます。

 まず、映画版と舞台版の違いですが、映画版のエミリーは祖父と暮らしており、この祖父が結末部で重要な役割を果たしますが、舞台版の彼女は母親と暮らしています。

 次に、ロンドン初演版と日本公演版との違いですが、ロンドン初演版では、フリードリヒが、仲間の遺体から写真を見つけ出し、その兵士の子どもの数を数えて涙を流すという場面がありました。

 今回はそのシーンの代わりに、エミリーと出会ったときのフリードリヒが、怯えるエミリーを落ち着かせようと、自分の懐から娘の写真を取り出して見せ、一生懸命彼女を傷つける気はないことを伝えようとする場面がありました。

 この「エミリーの祖父の不在」さらに「フリードリヒが娘の写真を見せる」という場面で、日本公演版では、フリードリヒの「父性」がより強調されています。(さらに言ってしまえば、映画版にあるようなアルバートとテッドの和解を描かないこともまた、フリードリヒの父としての温かみを際立たせる効果を生み出しています。)

 イギリスと敵対しているドイツにも優しい父親がいて、彼もまた、望んでいないのに戦争に来なければならなかった。
 
 この戦争の悲劇、そして確かな現実を、舞台版の「War horse」だけが明確にしているのです。
この舞台版「War horse」はドイツのベルリンでも上演されているのですが、フリードリヒの存在と内面描写なくしては決して実現しなかったことだと思います(芸術の偉大さを象徴するエピソードだとつくづく思います。この作品を作ったイギリスの人々も、ドイツで上演しようとした人々も素晴らしい。)。

 日本公演版のフリードリヒは、特にエミリーたちからの信頼が厚く、彼が戦線から逃亡して、エミリーたちの農場でつかの間の平和をかみしめていたときに、エミリーの母ポーレットに促され、馬や彼女たちと一緒に戦火の及ばない地まで避難しようとします。

 Cドイツ語、フランス語の省略

 ロンドン初演版「War horse」では、かなりの部分でドイツ語とフランス語はそのまま使われていました(ドイツ兵同士のやりとりは基本ドイツ語ですし、フリードリヒとエミリーも、互いにほとんど自国の言葉でしゃべっている。〈というわけで、ある意味びっくりするくらいわかりにくい舞台でした〉)が、日本版では、大部分英語に統一されています。

 これは、日本人の観客の耳からすれば、どれもみんな外国語で、3ヶ国語を混在させてもややこしくなるだけだからでしょう。

 その結果、ロンドン版であったこの2つの場面は削られることとなりました。
 1,フリードリヒがジョーイたちにわかるようにと英語で話しかけ、それを味方に苦々しく思われる場面。
 2,エミリーがフリードリヒに教わった「Calm down(落ち着いて)」という英語で、ジョーイとトプソンの興奮を鎮める場面。

 ロンドン公演版では、この、「フリードリヒがイギリスの馬のために英語を使う、そしてそれをフランス人であるエミリーにも教えてあげる」という優しさが仇となり、ドイツ兵がエミリーたちの農場に来た際、エミリーが口走った「Calm down」という単語によって、かつての部下にフリードリヒの身元が割れてしまいます。

 日本公演版では、フリードリヒと一緒に避難しようとしていたエミリーが、ドイツ兵との遭遇時に思わず彼の名前を読んでしまうという展開に変更されていました。

 しかし、舞台版「War horse」で最も大切な場面では、日本公演版でも「ドイツ人はほとんど英語を話せない」ということがとても重要な役割を果たします。小説版にも映画版にも無い部分で、そこは多少わかりにくかろうとも英語に直さないでいてくれたことを私は心から感謝しています。(この場面については回をあらためさせていただきます)

 次回記事では、ネタバレとなりますが結末部の見どころについて書かせていただきます。
 今もし週末あの舞台を観に行こうかどうか検討していらっしゃるなら、保証します、間違いなく名作ですから是非ご覧になってみてください。

 その後で、次回のネタバレ編を読んで余韻にひたっていただければこの上ない光栄です。

当ブログ「ウォーホース」関連の記事は以下の通りです。
ロンドンの舞台「War horse(ウォーホース)戦火の馬)」@ あらすじと見どころご紹介
ロンドンの舞台「War horse(ウォーホース)戦火の馬)」A ある名場面と、その他のおすすめ作品。
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「War horse(ウォーホース)戦火の馬)」日本公演 感想1見どころとお客さんの反応
「War horse(ウォーホース)戦火の馬)」日本公演 感想2ロンドン初演版との違い
「War horse(ウォーホース)戦火の馬)」日本公演 感想3結末部(ネタバレ注意)
「史実 戦火の馬」(ドキュメンタリー番組)


 読んでくださってありがとうございました。
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2014年08月20日

War horse ウォーホース(戦火の馬)日本公演 感想1 見どころとお客さんの反応


 残念ながら公演日も残りわずかとなってしまいましたが、東京シアターオーブで上演中の舞台「War horse(戦火の馬)」について、感想を簡単に書かせていただきます。
シアターオーブの公式情報はコチラです。
 第一次大戦期、軍馬としてイギリスからフランスへと徴用された馬ジョーイと、彼を追って戦場へ向かった少年アルバートを中心に描かれる、戦争に翻弄された人と馬の物語です。



ロンドン公演のものですが、あらすじ等の情報はよろしければ以下過去記事をご参照ください。
ロンドンの舞台「War horse」@ あらすじと見どころご紹介
ロンドンの舞台「War horse」A ある名場面と、その他のおすすめ作品

日本公演についてですが、わざわざ外国まで来たからか、約1か月と期限があるためか、役者さんが非常に気合を入れて演じてくれているのがわかって、練れた感じのロンドン公演(ロンドンではもう何年間も上演している作品なので)とは別の熱気があって非常に良かったです。

ロンドン版も勿論熱演ですが、既に高い評価を受けている地元でコンスタントに演じ続けるロンドン版の安定感に比べ、日本版は「とどけこの思い!!一球入魂!!おりゃあああ!!」的な気迫があった

今回はフンパツして良い席で観たので、出て来たときと挨拶のときの役者さんたちの顔がとても晴れがましい感じだったところからもそれを感じました。

ちなみにあまり混まないであろう時期のものに行ったのですが、席はみっちり埋まっていました。そして、お客さんの反応も笑って泣いての波がちゃんとあってやはりこの作品の感動は万国共通で伝わるのだと再認識しました。

あえて少しだけ難を挙げると、舞台両脇に出る台詞の字幕がたまに一部省略されたりタイミングが遅かったときがありましたね。あれがお客さんが読める速度に合わせたぎりぎりの線だったのかもしれませんが……。

それから、この作品、第一部がすごい緊迫感のある場面(ジョーイたちが銃撃を受けながら、敵陣へ突っ込んでいく)で終わるのですが、その直後に休憩のアナウンスが入って突如現実に引き戻されてしまうところがあったので、もう少し間が欲しかったです。静かに明るくなってしばらくしてから……くらいがキボウ。

あとは、この作品音楽が哀切胸に染みる感じで非常に!素晴らしいのですが(大好き、聴いているだけで泣けてくる。勿論持ってますが僕的宝物CDベスト3に入る)、輸入盤そのままで、劇場で売っているCDに日本語訳がついていないのが残念でした。上演中はちゃんと字幕が出ていたのであれをつけてもらえるとありがたかったです。

しかしまあ、そんなのは全て些細なことで、もしかしたら日本人にわかりやすいように工夫しているのかなと思わせる場面も多々あり(この作品、観るたびに細かい場面や台詞が違います。今はロンドン版もそうなのかな……とにかく最初に観たのよりわかりやすくなっていました。好き好きたと思いますが)、トータルでは大変すばらしかったです。私だけでなく終演で明るくなった際にはたくさんの人がしっとりしたハンカチ握りしめてましたよ。(どこが違ったのかは追って次回記事で書かせていただきます。)

最後に印象的だった瞬間をひとつ。

というわけで、役者さんの気合と日本のお客さんの感動が相まって、その日の舞台は大成功。カーテンコールでは役者さんたちが、ロンドン公演時の劇場の3倍はあろうかという客席を埋め尽くす人々の拍手を浴びて「うんうん」みたいな満足げな笑顔であいさつをしていました。

そしてみんなが舞台袖にもどったときのことです。

カラになった舞台に向けて拍手が降り注ぎ続けました。

駆け戻ってきたアルバートとジョーイ役(3人でパペットを動かしている)の二人、それに続いてばらばらと役者さんが集まり、もう一度、少し驚いた、しかし嬉しそうな顔で深々と頭を下げました。

あの、「時間差戻り」と役者さんたちの一連の表情について考えてみるに、おそらくあのとき、役者さんたちはお客さんの感動度合を「とりあえず日本のお客さんにも十分気に入ってもらえたようだ」くらいに思っていたのではないでしょうか。だから最初の笑顔にはなんとなく「安堵」がただよっていました。

というのも「ブラボー!!」とか口笛とかスタンディングオベーションとかがあるロンドンや欧米の反応と比べると、「拍手だけ」というのはそんなに「アツイ」反応に見えないからです。
でも日本人の、特にああいう一般的な舞台に来るお客さんはまだそういう派手なアクションをとる習慣が無いので、拍手をやめないことでなんとか自分たちが受けた「いやもう『気に入った』レベルじゃなくって、とぉっても良かったですって!!」という感動を表そうとした。

それに気づいてまず二人、慌てて戻ってきて、みんなも「おい!行こう!」となったんじゃないかなと思います。

 あの止まない拍手と、駆け戻ってきた役者さんたちの驚いたような嬉しそうな笑顔は、「確かにこの作品が、文化の違う日本でも大きな感動を与えたのだ」という事実を象徴しているようで、舞台そのものとはまた別のすがすがしい感動がありました。

 心に染みるストーリーと、美しい音楽、パペットの馬の圧倒的な質感と勇壮な美。

 どれをとってもイギリス舞台芸術の至宝と呼ぶべき名作ですので、もし迷っている方は今からでもご検討下さい。(十分混んでると思ったけど、一応チケット入手できる回もある模様)

 よくぞ来てくださった。そして、日本にまた戻ってきて欲しい。心からそう思わされる素晴らしい舞台です。
当ブログ「ウォーホース」関連の記事は以下の通りです。
ロンドンの舞台「War horse(ウォーホース)戦火の馬)」@ あらすじと見どころご紹介
ロンドンの舞台「War horse(ウォーホース)戦火の馬)」A ある名場面と、その他のおすすめ作品。
「War horse(ウォーホース)戦火の馬」 日本公演決定
「War horse(ウォーホース)戦火の馬)」日本公演 感想1見どころとお客さんの反応
「War horse(ウォーホース)戦火の馬)」日本公演 感想2ロンドン初演版との違い
「War horse(ウォーホース)戦火の馬)」日本公演 感想3結末部(ネタバレ注意)
「史実 戦火の馬」(ドキュメンタリー番組)

 次回、もう少しこの日本公演について追記いたします。

読んでくださってありがとうございました。
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2014年06月19日

太宰治「花吹雪」(太宰治短編ご紹介2 「桜桃忌」によせて)

 6月19日は作家太宰治の命日「桜桃忌」です。

 人間への恐怖から破滅した青年の生涯を綴った『人間失格』の作者で、自身も破滅的な生涯を送り女性と心中した作家。

 ……というイメージが強く、実際そうでもあるのですが、私は『人間失格』も非常に優れていると思いつつ(夏目漱石の『こころ』の次に染みる作品です)、太宰治の短編小説家としての手腕とユーモアセンスが好きなので、今回はそういう作品のひとつをご紹介させていただきます。

 「花吹雪」

 「黄村先生(おうそんせんせい)」という大学の教師(しかし世間的知略でいうと、むしろ不器用でとんちんかんなところが多い)がいらして、ときおり物書きの「私」や学生たちを自宅に招集して持論を披露するのだが(大迷惑)、この回では「男子たる者、腕っぷしが強くなければならぬ。腕に覚えさえあれば、知的な仕事にも自然と風格が出るものだ」という論説をぶり、その説にのっとって、普段自分を馬鹿にする近所の同年代の画家をぶんなぐろうとする……という話です。

 太宰と言えば「生まれてすみません」とか、「恥の多い生涯を送ってまいりました」というフレーズで有名ですが、こんな話もあるのです。

 この「黄村先生」は三部作になっていて、あるときは「オオサンショウウオ」の美にうたれて、飼いたい買いたいと騒ぎ出し、あるときは茶の湯に凝って強制的に茶会を催す(……といっても別にわびた茶釜も器も持っていない)、というように、大体、先生が突如熱情に浮かされて「私」たちを巻き込んで行動に移すけれど、御気の毒ながらうまくいかない(けど懲りない)というパターンです。(作品名、順に「黄村先生言行録」と「不審庵」)

 三作ともそれぞれ面白いのですが、とくに「花吹雪」で興味深いのは、まず
「男たるもの腕っぷしが強くあれ、あれば作物に重みが出る」
というお説それ自体です。

 語り手の「私」も「大山椒魚こそ古代の美やまとの美ほしいほしいよう」みたいなのに付き合わされた時は、とてもうんざりした感じだったのですが(先生が水族館で大山椒魚にひとめぼれしたとき「さかな、いやおっとせいの仲間」とか口走って、その愛がいかにも即席だったから)、この説には感じ入るところがあり、反省したりしています。
以下黄村先生お説原文

文学と武術とは、甚だ縁の遠いもので、青白く、細長い顔こそ文学者に似つかわしいと思っているらしい人もあるようだが、とんでもない。柔道七段にでもなって見なさい。諸君の作品の悪口を言うものは、ひとりも無くなります。あとで殴られる事を恐れて悪口を言わないのではない。諸君の作品が立派だからである。そこにいらっしゃる先生(と、またもや、ぐいと速記者(補、語り手「私」のこと)のほうを顎でしゃくって、)その先生の作品などは、時たま新聞の文芸欄で、愚痴といやみだけじゃないか、と嘲笑せられているようで、お気の毒に思っていますが、それもまたやむを得ない事で、今まで三十何年間、武術を怠り、精神に確固たる自信が無く、きょうは左あすは右、ふらりふらりと千鳥足の生活から、どんな文芸が生れるかおよそわかり切っている事です。

 そして「私」のような文学者の対極として明治の文豪森鷗外と夏目漱石の武勇伝が紹介されます。これが第二の見どころ。

 森鷗外(代表作『舞姫』)といえば、軍医でもあり、実際に戦地に赴任していますから、考えてみれば何の心得もないわけはありませんが、50歳を目前にした時期に、彼に宴席で嫌味を言った記者と取っ組み合いの大立ち回りを繰り広げたことがあったそうです。

 聞こえよがしに鷗外にけちをつけてきたその男に対し、鷗外は「何故今遣(や)らないのか(補、「俺と闘って決着をつけないのか」の意)」とたんかを切り、「うむ、遣る」と言った記者と組み合って庭まで転げ落ち、周囲があわてて引き離したという話があったとか。

 「あのひとなどは、さすがに武術のたしなみがあったので、その文章にも凜乎(りんこ)たる気韻がありましたね」とは黄村先生の評ですが、「何故、今やらないのか」という発言は、確かにそれなりに鍛錬した人間でなければ、なかなか出てこない台詞です。

 一方「私」は、かつて酔っぱらった学生に喧嘩を売られたときに、こんな対応をしていまい、鷗外とわが身を比べてかなしくなりました。(以下引用)

私はその時、高下駄をはいていたのであるが、黙って立っていてもその高下駄がカタカタカタと鳴るのである。正直に白状するより他は無いと思った。
「わからんか。僕はこんなに震えているのだ。高下駄がこんなにカタカタと鳴っているのが、君にはわからんか。」
 大学生もこれには張合いが抜けた様子で、「君、すまないが、火を貸してくれ。」と言って私の煙草から彼の煙草に火を移して、そのまま立去ったのである。けれども流石に、それから二、三日、私は面白くなかった。私が柔道五段か何かであったなら、あんな無礼者は、ゆるして置かんのだが、としきりに口惜しく思ったものだ。
(中略)
私は、おのれの意気地の無い日常をかえりみて、つくづく恥ずかしく淋しく思った。かなわぬまでも、やってみたらどうだ。お前にも憎い敵が二人や三人あった筈ではないか。しかるに、お前はいつも泣き寝入りだ。敢然とやったらどうだ。右の頬を打たれたなら左の頬を、というのは、あれは勝ち得べき腕力を持っていても忍んで左の頬を差出せ、という意味のようでもあるが、お前の場合は、まるで、へどもどして、どうか右も左も思うぞんぶん、えへへ、それでお気がすみます事ならどうか、あ、いてえ、痛え、と財布だけは、しっかり握って、左右の頬をさんざん殴らせているような図と似ているではないか。そうして、ひとりで、ぶつぶつ言いながら泣き寝入りだ。キリストだって、いざという時には、やったのだ。「われ地に平和を投ぜんために来れりと思うな、平和にあらず、反って剣を投ぜん為に来れり。」とさえ言っているではないか。あるいは剣術の心得のあった人かも知れない。怒った時には、縄切を振りまわしてエルサレムの宮の商人たちを打擲(ちょうちゃく)したほどの人である。決して、色白の、やさ男ではない。やさ男どころか、或る神学者の説に依ると、筋骨たくましく堂々たる偉丈夫だったそうではないか。


……確かにイエス・キリストは生家が大工で30歳ごろまでその生業で働いていたようなので(参考資料「聖☆おにいさん」〈←?〉)、鷗外同様、体を鍛えていないという事はなさそうです。

 「私」はさらに、鷗外と並び称せられる文豪夏目漱石も腕に覚えがあったに違いない、として、次のようなエピソードを紹介しています。
(以下引用)

漱石だって銭湯で、無礼な職人をつかまえて、馬鹿野郎! と呶鳴って、その職人にあやまらせた事があるそうだ。なんでも、その職人が、うっかり水だか湯だかを漱石にひっかけたので、漱石は霹靂(へきれき)の如き一喝を浴びせたのだそうである。まっぱだかで呶鳴ったのである。全裸で戦うのは、よほど腕力に自信のある人でなければ出来る芸当でない。漱石には、いささか武術の心得があったのだと断じても、あながち軽忽(けいこつ)の罪に当る事がないようにも思われる。漱石は、その己の銭湯の逸事を龍之介に語り、龍之介は、おそれおののいて之(これ)を世間に公表したようであるが、龍之介は漱石の晩年の弟子であるから、この銭湯の一件も、漱石がよっぽど、いいとしをしてからの逸事らしい。立派な口髭をはやしていたのだ。


 ……「全裸で戦うのは、よほど腕力に自信のある人でなければ出来る芸当でない」という分析は、なるほどなあと思わされます。相撲だってまわしいっちょうのなのも、取り組みの前に両手を広げるのも「武器を持っていません」というアピールだと聞きましたし(参考資料「パタリロ」)。

 ちなみに漱石というと胃が弱くて痩せて怒ってばかりというイメージが一般的でしょうが、学生時代はボートに器械体操に野球に……とスポーツ万能で、実はひととおり体を鍛えていた人なのです。

 持ち前の癇癪で後先考えずに怒鳴りつけた可能性も否定できませんが、喧嘩で勝つかどうかは別として、人より身体能力に覚えがあったのは確かでしょう。

 そして、確かにあの明治の二大文豪の文章には、まさしく「凜乎たる気韻(うまい表現です。さすが太宰。これよりふさわしい表現は無い)」と呼ぶべき、何やら独特の侵しがたい硬質な質感と品があります。

 もちろん言葉づかいが古いからなんとなくカッコイく見える……というのもあるだろうし、鷗外も漱石もそれぞれドイツ語と英語が抜群に出来て、鷗外は医学を修め、漱石は漢詩・俳句も一流、と、ちょっと特異体質と言ってもいいほどの頭脳の持ち主なので、別に文が良いのが腕っぷし由来とは限らないじゃないかと言われればそうなのですが……。

 しかし、この二人の文豪のエピソードと共に思い出される話があります。

 明治の七宝作家、並河靖之
 昨今話題の超絶技巧の明治工芸の達人の中でも最も評価の高い作家です。そしてこれからもっと内外での評価が上がるでしょう。日本を代表する美の作り手として。
 私はこの人の作品を見るたびに、その清澄な静けさの奥から醸される、絶対的な存在感に圧倒されてきましたが、(並河作品を観たら、「きれいねえ」を通り越してオーラに気圧される人は多い。日本画家平松礼二氏はNHKの極上美の饗宴の中で、「本当に…心臓が…どきどきする…」といい、イギリスの某紳士は「気絶しそうになった」といい、私は「鼻血を噴きそうになる」と形容して知人の失笑を買った〈何故前の方たちのように言えなかったのか〉)ともあれ、その「澄み静かながら完璧さゆえに人を圧倒する美」のたたずまいは漱石の文章に似ているとつねづね思っていました。

 そしてこの並河靖之、元々馬術の名人で、その腕を見込まれて宮家の方々にてほどきをしたという話が残っています。七宝を手掛け出したのは実はそれより後のこと(物心ついたころから「七宝バカ一代」みたいな生き方をしていないとあんな作品はとうていできないと思っていたのですが、実は結構遅咲き)。

 鷗外、漱石の文、そして並河靖之の作品に共通する「凛呼たる気韻」と、彼らがそれぞれ何らかの形で鍛錬していたというエピソードをつなぎあわせてみると、その美の根っこのひとつは確かに「日々精進し、実際に体をきしませ、意思と技術の力でわが身を操ることができる」という能力のような気がするのです。

 その身体的な実感と自負が、いわゆる腹の座りとも、観察眼とも他者に対する説得力ともなり、彼らの作物に、どうにも馬鹿に出来ない重みと品を与えている。これはどうも事実なのではないでしょうか。

 別にそれが無ければなんにもできないということはない、違う才能でなければたどり着けない高みもあるのですが(実際鷗外には絶対に『人間失格』を物にできないでしょう、漱石もあの題材では太宰にかなわないと思います)、明治以後の人間が明治の人間に対し、どうもけむったいというか、かなわないような気がしてしまうのは、この「いざというときのためにそれなりにわが身を鍛えておけ、その上で物を言え」という凄味が無い時代に暮らし、頭だけで、我が頭にのみぶんぶんと振り回されて生きているようなところがあるからのような気がします。

精神に確固たる自信が無く、きょうは左あすは右、ふらりふらりと千鳥足の生活から、どんな文芸が生れるかおよそわかり切っている事です。

 ……痛い!痛い!耳が痛い!!
 ただし、この警句を見出し、読者の耳が痛むほどのフレーズにできたのは、太宰だけの才能です。(なんか棚に上げてないか。)

 ……ともあれ、このとおり、語り手「私」も読者もうなだれつつも染みるところのある黄村先生のお説でしたが、それにのっとって行動した結果、黄村先生はいつも通り災難に見舞われます。

 言ったからには老骨にムチ売ってでも体を鍛えねばと思った黄村先生、弓道を習いに行って、自ら引き絞った弓の弦で頬をしたたかはじいて(初心者はよくやるらしい。「こち亀」にも似た話があった)泣くほど痛い思いをしたりしたのですが、それでもその精神はある程度会得したと思い、武者震いしている最中に、普段から折り合いの悪かった同年代の画伯に屋台飲んでる最中に嫌味を言われます。

 いつもならそれこそ「右の頬をなぐられたら、さからってはならぬ、お金をとられないように、左の頬もさしだせ」と間違ったキリスト精神で泣き寝入りしていたはずですが、弓道で(数時間程度)鍛えた先生は、老画伯を敢然と呼び止めて、決着をつけようとします。
 
 ……その心意気は良かったのですが、相手に殴りかえされたときに備えて、うっかりたんかを切る前に入れ歯を外してしまい(壊されたら困るから、高いから)、その売り言葉も文字通りはなはだ歯切れの悪いものとなってしまいましたが、それでもひるまず画伯の顔を張り倒しました。

 これで溜飲を下げたと意気揚々と立ち去ろうとしたのですが、季節は春、先生が外して地面に置いた入れ歯は絶え間なく散る桜の花吹雪に埋もれ、所在がわからなくなってしまいます。

 いきなり殴られて茫然としていた画伯ですが、黄村先生のうろたえはいずる様子を見て、一緒に入れ歯を探し始めます。

 (以下引用)
老生(補、黄村先生)と共に四つ這いになり、たしかに、この辺なのですか、三百円(補、作品発表当時1940年代で1円=270円という説があるので現在の貨幣価値で10万円近辺かと思われます)とは、高いものですね、などと言いつつ桜の花びらの吹溜りのここかしこに手をつっこみ、素直にお捜し下さる次第と相成申候。ありがとうございます、という老生の声は、獣の呻き声にも似て憂愁やるかた無く、あの入歯を失わば、われはまた二箇月間、歯医者に通い、その間、一物も噛む事かなわず、わずかにお粥をすすって生きのび、またわが面貌も歯の無き時はいたく面変りてさらに二十年も老け込み、笑顔の醜怪なる事無類なり、ああ、明日よりの我が人生は地獄の如し、と泣くにも泣けぬせつない気持になり申候いき。杉田老画伯は心利きたる人なれば、やがて屋台店より一本の小さき箒を借り来り、尚も間断なく散り乱れ積る花びらを、この辺ですか、この辺ですか、と言いつつさっさっと左右に掃きわけ、突如、あ! ありましたあ! と歓喜の声を上げ申候。たったいま己の頬をパンパンパンと三つも殴った男の入歯が見つかったとて、邪念無くしんから喜んで下さる老画伯の心意気の程が、老生には何にもまして嬉しく有難く、入歯なんかどうでもいいというような気持にさえ相成り、然れども入歯もまた見つかってわるい筈は無之、老生は二重にも三重にも嬉しく、杉田老画伯よりその入歯を受取り直ちに口中に含み申候いしが、入歯には桜の花びらおびただしく附着致し居る様子にて、噛みしめると幽かに渋い味が感ぜられ申候。杉田さん、どうか老生を殴って下さい、と笑いながら頬を差出申候ところ、老画伯もさるもの、よし来た、と言い掌に唾して、ぐゎんと老生の左の頬を撃ちのめし、意気揚々と引上げ行き申候。も少し加減してくれるかと思いのほか、かの松の木の怪腕の力の限りを発揮して殴りつけたるものの如く、老生の両眼より小さき星あまた飛散致し、一時、失神の思いに御座候。かれもまた、なかなかの馬鹿者に候。 

 ……殴った相手に箒で花びらを掃きわけ見つけてもらった入れ歯。「ありましたあ!」と素直に喜ぶ心意気を嬉しく思いながらはめた入れ歯は桜の花びらが入ってほろ苦かったけれども、お詫びに殴り返してくださいと頼んだら、その殴られても邪心なく入れ歯を一緒に探してくれる単純さゆえに、案外手加減なく殴り倒され、目から星が出る心地がした……という顛末です。
 体を鍛えておくことはやはり大切だけれども、その拳は同胞に向けるべきものではありませんね……という実感を「私」に書き送って、黄村先生のお話は結ばれています。

 腕に覚えがあればその作物に重みが出るものだ、という発想。
 鷗外、漱石のいい加減重鎮となってからの武勇伝。
 そして、桜の花びらがたえまなく散る中で、さっきまで互いにいけすかない奴だと思っていたいい年の男同士が、殴った男の入れ歯を花びらをかき分け一生懸命探す姿と、「あ、ありましたあ!」という殴られた男の素直な歓声。
 きまり悪さと嬉しさの中で口中に広がる、入れ歯に挟まったほろにがい桜の花びらの味、ぶん殴られて飛ぶ星。

 思いっきりのユーモアの中にえもいわれぬ、それこそアンパンの上の桜の花の塩漬けのような、不思議な、しかしそれがあるがゆえに、末永く突出する妙味を持つ作品です。

 太宰の文に鷗外や漱石のたたずまいはありませんが、この真理を巧みにすくう感性と複雑な味わいは他の誰にもない太宰だけが持つ魅力です。

 青空文庫でも読めますが、太宰の名短編を多く集めた「津軽通信」(新潮文庫)にも収録されていますので、よろしければお手に取ってみてください。

津軽通信 (新潮文庫) -
津軽通信 (新潮文庫) -

当ブログ太宰治関連記事は以下の通りです。併せてお読みいただければ幸いです。
「黄金風景」(太宰治短編ご紹介1)
「花吹雪」(太宰治短編ご紹介2)
「哀蚊(あわれが)」(太宰治短編ご紹介3)

読んでくださってありがとうございました。

参照URL
青空文庫 「花吹雪」 http://www.aozora.gr.jp/cards/000035/files/1582_15079.html
posted by Palum at 20:53| 太宰治 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月18日

フィールドオブドリームス(1989年アメリカ映画)

取り急ぎご連絡まで。
NHKBSがご覧になれる方限定ですが、明日5月19日(月)午後9:00〜10:47  BSプレミアムで、ケビン・コスナー主演の映画「フィールドオブドリームス」が放送されます。
番組紹介ページ
http://www.nhk.or.jp/bs/t_cinema/calendar.html#d20140519_1
MOVIE CLIPS動画


 ある日の黄昏時、自分のトウモロコシ畑で謎の声を聞いた農夫レイ(ケビン・コスナー)。
「それを作れば、彼はやってくる」
 声の正体は?
 それとは?
 彼とは?
 戸惑っていたレイだが、やがて心に浮かんできたものを現実にしようと動き出す。
 それは、トウモロコシ畑の中の野球場。
 そこに立つ往年の名選手、シューレス・ジョー。
 八百長騒動に巻き込まれて野球ができなくなった悲運の名選手。
 もうこの世にいない。

 この途方もない夢をかなえるために大事なトウモロコシ畑の一部を潰す決断をするレイ。
 「あなたがそうしたいと思うならそうするべきよ」
 妻アニーのその言葉に背中を押されて。
 みんなに頭がどうかしたのではと言われながら野球場を作るレイ。
 そして、「彼」がやってくる日を心待ちにするが……。

 美しく果てしなく広がり風に揺れるトウモロコシ畑の緑、アメリカと共にありつづけた野球と人々の魂の底からの結びつき。夫婦、親子の情愛と絆。

 当ブログで「1980年後半から1990年代のアメリカ映像芸術がぬくもりとせつなさがあり最高」としょっちゅう書かせていただいておりますが、これもそれです。
 個人的な思い出としては、私が映像を観て泣いた二番目の作品で、「趣味、映画鑑賞」と言い出した最初の作品でもあります。人生最良の映画ベスト3に入るな……。
 登場人物がみんなとても魅力的で、演技も素晴らしいですが、中でも必見は「ムーンライト・グラハム(一瞬しか出場できずに現役を去った選手)」のその後を演じた往年の名優バート・ランカスターです。(代表作「大列車作戦」「山猫」など)



 かつての夢を心に秘めながら、積み重ねてきた日々を愛する穏やかな銀髪紳士の微笑。
 人の表情というものにあんなに心を動かされたのはあれがはじめてでした。
 音楽も美しいですし、名場面だらけというか名場面しかないような素晴らしい作品です。
 是非ご覧になってみてください。
 いずれこちらのブログでこの作品についてもう少し詳しく書かせていただきたいと思います。
 読んでくださってありがとうございました。
posted by Palum at 21:44| おすすめ映画(英米) | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月11日

「ギャレス・マローンの職場で歌おう(原題:The Choir Sing While You Work) 」(BBCドキュメンタリー番組)

 取り急ぎご連絡まで。

 NHKのBS1がご覧になれる方限定ですが、イギリスのカリスマ合唱団指揮者ギャレス・マローンさんの新シリーズ「ギャレス・マローンの職場で歌おう(原題:The Choir Sing While You Work )」が明日月曜深夜(2014年5月12日0:00)から全6回にわたり放映されます。

 NHKの番組紹介ページURL
http://www.nhk.or.jp/wdoc-blog/100/187496.html
第一回
http://www.nhk.or.jp/wdoc/backnumber/detail/140512.html
第二回
http://www.nhk.or.jp/wdoc/backnumber/detail/140513.html
第三回
http://www.nhk.or.jp/wdoc/backnumber/detail/140514.html
第四回
http://www.nhk.or.jp/wdoc/backnumber/detail/140515.html
第五回
http://www.nhk.or.jp/wdoc/backnumber/detail/140519.html
第六回
http://www.nhk.or.jp/wdoc/backnumber/detail/140520.html


 BBC2の予告編動画はコチラ


 このいかにも頭も品も人柄も良さそうなハンサム眼鏡男子(日本人の目から見ても非常に童顔ですが既に38歳、欧米人の目から見たら10代に見えるらしい。高校生が「年下みたい」と言っていた場面も〈笑〉)がギャレス・マローン(Gareth Malone)氏。

 見た目によらず果敢なキャラクターで、「合唱は人々の心をつなぐ」という信念のもと、それまで音楽と縁のなかったコミュニティに飛び込んで合唱団を結成するというプロジェクトを続けています。
 ギャレス・マローンさんの公式HPのURL
http://www.garethmalone.com/


 映画「天使にラブソングを」(ウーピー・ゴールドバーグ主演、ある事件の目撃者として修道院に保護されたクラブ歌手デロリスが合唱団を立て直す。)や、「アンコール」(テレンス・スタンプ主演、見た目通り気難しい性格の70男アーサーが病に侵された最愛の妻を送り迎えしていたことがきっかけで、妻の所属する合唱団に加わる。)が好きな人ならきっとお気に召すであろう名シリーズです。(というか「アンコール」のほうはギャレスさんのシリーズを受けて作られたのではとすら思いますが。〈当ブログ「アンコール」ご紹介記事はコチラ〉ギャレスさんの動画も併せてご紹介しております。)

楽譜 天使にラブソングを   1


アンコール!!


 今回は病院や水道局、郵便局などで合唱団を結成し、歌声を競うという構成とのことで、イギリスで働く人々の現場も垣間見られるのではないかと期待しております。

 このシリーズ、既に去年の冬に第二シリーズが放映されており、また、ギャレスさんがあらたに結成した合唱団がイギリスをまさにこれからツアーを開始するとのことです。(メンバーはこの職場合唱団なのでしょうか?)



 BBC第二シリーズ情報URL(1部動画が観られます)
http://www.bbc.co.uk/programmes/b03hhsyt

ツアー情報URL。
http://www.garethmalone.com/tour
(ちなみにいい加減風貌に貫録をつけたいからか髭ギャレスさんになっておいででした〈笑〉) 

 まだまだギャレスさんの活躍が観られそうですね。

 当ブログ、ギャレス・マローンさん関連の記事は以下の通りです。

「地球ドラマチック『町中みんなで合唱団!〜イギリス 涙と笑いの猛特訓〜』」 (BBC原題「The choir :Unsung town」)
合唱団(クワイア)を作ろう(ギャレスさん再び)
ギャレス マローンさん(イギリス合唱団指揮者)について。補足。
ギャレス マローンさんの番組から見えたこと。
ギャレス マローンさん番組再放送!
ギャレス・マローンさんのその他のプロジェクトについて
ギャレス マローンさん再々登場!「ギャレス先生 ユース・オペラに挑戦!」
ギャレス・マローン先生週間!!
地球ドラマチック「町中みんなで合唱団!」大聖堂への道
ギャレス・マローンと“軍人の妻”合唱団!

 読んでくださってありがとうございました。


posted by Palum at 20:21| 日本の海外テレビ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月08日

「超絶技巧!明治工芸の粋(すい)‐村田コレクション一挙公開‐」おススメ作品(七宝編2 濤川惣助作品「藤図花瓶」)

 東京日本橋の三井記念美術館で、「超絶技巧!明治工芸の粋」が開催されています。
 公式HPのURL
 http://www.mitsui-museum.jp/exhibition/
 明治時代、主に海外に向けて作られた工芸品の数々を集めた「村田コレクション」が、見られる展覧会です。

 今回も観てきた中で個人的に特に素敵だと思った作品群についてご紹介させていただきます。

 ●「藤図花瓶」
以下チラシURLページ内4ページ目、「七宝」部上から二番目の作品
 http://www.mitsui-museum.jp/pdf/pressrelease140419.pdf
 高さ約30p、縦長グレー地の花瓶に、青と白の藤の花房が垂れ下がる図案。「無線七宝」の名手、濤川惣助の作品。

 濤川惣助ウィキペディア記事URL
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%BF%A4%E5%B7%9D%E6%83%A3%E5%8A%A9

 青の花房は有線七宝で細い輪郭が描かれた中に水色から群青までのグラデーション、いくつかの花は花弁の内側が黄色く、涼しい色合いの中にうっすらと明るさがさす。

 背後の白い花房は無線七宝でグレー地に溶け込む雪のような淡さ。青地の花房の後ろで幻想的な奥行きを醸している。

 ……とか書かせていただいたところで、実は私、「有線七宝」「無線七宝」と聞いたときに、昔のラジオのメーカーか何かかとすら思っておりました。(だってそもそも「『シッポウ』って何」状態だったから)

 何工程にも分かれる、根気のいる緻密な作業を申し訳ないほどにかいつまんでしまうと、地に金属の枠で図案の線を作り、その枠部にガラス質の釉薬を流し込んでから焼くというのが「七宝」の原理だそうです。

 で、この金属の枠がある状態で仕上げるのが「有線七宝」。(前回記事でもご紹介した清水三年坂の七宝解説をご参照ください。)
http://www.sannenzaka-museum.co.jp/jyosetu2.html#sipo

 そして、最後の焼成前、完全に釉薬が枠と地に定着する前の、釉薬がフルフルした状態の時に、地にめぐらした枠を引っこ抜いてしまい(こう書くとなんかお菓子作りみたいですが、おそらくはピンセットで一本一本とりのぞくものすごい集中力を要する作業)、それから焼成するのが「無線七宝」
 
 結果、地に釉薬がぼやんと少しだけにじみ、パステルと水彩のあわいのような優しい味わいを醸す作品に仕上がります。

 濤川惣助はこの「無線七宝」の開発者として、「有線七宝」の並河靖之と人気を二分し、「東京の濤川、京都の並河」と並び称されたそうです。
(ちなみに別に親戚でもなんでもないらしい。)

 彼の代表作は東京赤坂にある迎賓館「花鳥の間」の壁を飾る七宝額『七宝花鳥図三十額』
 「花鳥の間」画像URL(壁の中ほどにある丸い額が惣助の作品)
http://www8.cao.go.jp/geihinkan/img/akasaka/big/bgei09-11.html
 額の一つ「矮鶏(チャボ)」
http://www8.cao.go.jp/geihinkan/img/akasaka/big/bgei09-12.html
 
 ウィキペディア記事によると靖之もこの額を手掛ける候補にあがっていたそうですが、無線七宝の味が部屋全体の雰囲気に調和するとの理由で惣助が選ばれたそうです。 
  
 確かに、靖之の作品がその緻密さと端正さで空間を凝縮したような迫力があるのに対し、惣助の作品は無線七宝のぼやけやにじみだけでなく、地の色の優しさも含めてふんわりと周囲に広がる感じで、「その他の意匠と調和しながら部屋全体を彩る」という点では向いている気がします。

 脱線が長くなってしまいましたが、「藤図花瓶」では惣助作品の典型ともいえる優しい色合いと、有線無線二つの七宝技法の味わいの違いを見ることができます。

 しかし「青の花房や葉や蔓は有線」といっても、近くで見ないとわからないほど糸のように細い線(線といっても描いているわけじゃなくその一筋一筋が金属の枠ですからね)で、おっとりと清楚な風情の中に、どうやって作ったんだ?という驚くべき技巧が秘められたミステリアスな名品です。

 当ブログ明治工芸関連記事は以下の通りです。よろしければ併せてお読みください。

極上美の饗宴 並河靖之の七宝
極上 美の饗宴 「極上美の饗宴シリーズ“世界が驚嘆した日本”七宝 幻の赤を追う」
「超絶技巧!明治工芸の粋(すい)‐村田コレクション一挙公開‐」 展覧会概要ご紹介
「超絶技巧!明治工芸の粋(すい)‐村田コレクション一挙公開‐」おススメ作品(七宝編1 並河靖之作品)


 また回を改めて展覧会の作品や明治工芸についてご紹介させていただきます。

 読んでくださってありがとうございました。

※今回の七宝ご説明については、展覧会図録「超絶技巧!明治工芸の粋」と、NHKの極上美の饗宴「色彩めぐる小宇宙 七宝家・並河靖之」を参照させていただきました。

(靖之の最高傑作「四季花鳥図花瓶」の一部を現在の職人さんが復元を試みるところとかもっそい面白かったです。ほかの回もとっても良かったんで再放送してほしい!!)。
posted by Palum at 01:43| 美術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月07日

史実「戦火の馬」(ドキュメンタリー番組)

ロンドンのハイドパークにある、戦没動物たちの慰霊碑「Animals in War Memorial」馬、犬、象、ラクダ、ロバ、鳩など、人と共に戦場に赴き、犠牲となった動物たちを弔っている。
Animals_in_War_Memorial,_Hyde_Park,_London.jpg

Animals_in_War_north.jpg
http://en.wikipedia.org/wiki/Animals_in_War_Memorial (慰霊碑のウィキペディアURL)
 
 この夏、イギリスの舞台「戦火の馬(ウォーホース War horse)」が来日します。
来日舞台公式HPのURL
 http://warhorse.jp/



 第一次大戦時、軍馬としてフランスへ渡ったジョーイと、彼を連れ帰るべく戦場に向かった少年アルバート、そして、戦場でジョーイに出会ったドイツ兵フリードリヒら、戦争に翻弄された人と馬の悲劇と情愛を描いた感動作です。

 ものすごい名作なので、迷っている方には行く価値があると力強くお勧め致しますが、明日2014年5月8日木曜深夜[金曜午前 0時00分〜0時50分]BS1でこの第一次大戦時の軍馬の史実を追ったイギリスのドキュメンタリー「史実 戦火の馬」が再放送されるとのことなので、併せて番組内容を簡単にご紹介させていただきます。
 
番組紹介ページURL
http://www.nhk.or.jp/wdoc/backnumber/detail/120823.html

 イギリスでは第一次世界大戦時、100万頭もの馬を戦地に送りました。

 元は騎兵隊用の馬でしたが、機関銃、塹壕や鉄条網など、この戦争から始まった近代戦の前に苦戦を強いられます。

 このとき戦場に連れて行かれた馬の多くは、ジョーイのように、元は農場で働くなどしており、軍馬として訓練された馬ではなかったため砲撃の音に足がすくんでしまったことも、被害を大きくしました。

 それ以後、馬は騎兵隊用だけでなく、砲台や物資、負傷兵を運ぶなどの役割を担うことになりましたが、敵の攻撃だけでなく、足を取られるぬかるみや、寒さ、蹄をつらぬくために敷かれた罠、疲労や病気によって多くの馬が戦地で動けなくなり、兵士らの手で射殺されました。

 この行為は馬だけでなく、それまで世話をし、生死を共にしてきた兵士たちにとっても非常に残酷な出来事でした。

(番組では過酷な戦地での、馬と人との心の通い合いを象徴する絵や写真も出てきます。)

 BBCが動物愛護団体「ブルークロス(Blue cross)」所蔵の軍馬の絵や写真について紹介した記事URL 
(※愛馬を失って涙ながらに別れを告げる若い兵士の有名な絵画「Good bye old man」も見ることができます。)
http://www.bbc.co.uk/news/uk-england-oxfordshire-16550273
 
 多くの犠牲を払って、文字通り泥沼の戦争が終わりを迎えたとき、しかし、地獄を生き延びた馬たちに、なおも過酷な運命が待ちかまえていました。

 弱った馬の多くは食料として殺処分されたのです。

 それでも何割かの馬は幸運にもフランスの農家に買い取られ、荒廃した地を新たに耕すという生活を送ることができましたが、しかし、二度と故郷に帰ることはかないませんでした。

 このドキュメンタリーの中では、ウォリアーという、天性の勇猛果敢さを持ち、砲撃音を恐れず、主人である将軍ジャック・シーリーを慕い共に戦い、戦地の象徴ともなった伝説的名馬についても紹介しています。
「ミラー」誌のウォリアー紹介記事URL
http://www.mirror.co.uk/news/uk-news/the-real-war-horse-brough-scott-158362
 ウォリアーは無事シーリー将軍に連れ帰られ、故郷の美しいワイト島で緑の野を駆ける余生を送ることができましたが、勇敢に忠実に働こうとも、このような結末を迎えることができた馬は本当に少なかったのです。

 戦争の悲劇と馬の献身、人との絆を描いていて、これ自体非常に考えさせられる内容ですし、その内容や場面の多くが、舞台「ウォーホース」と重なっているので、是非ご覧になってみてください。

当ブログ「ウォーホース」関連の記事は以下の通りです。
ロンドンの舞台「War horse(ウォーホース)戦火の馬)」@ あらすじと見どころご紹介
ロンドンの舞台「War horse(ウォーホース)戦火の馬)」A ある名場面と、その他のおすすめ作品。
「War horse(ウォーホース)戦火の馬」 日本公演決定
「War horse(ウォーホース)戦火の馬)」日本公演 感想1見どころとお客さんの反応
「War horse(ウォーホース)戦火の馬)」日本公演 感想2ロンドン初演版との違い
「War horse(ウォーホース)戦火の馬)」日本公演 感想3結末部(ネタバレ注意)
「史実 戦火の馬」(ドキュメンタリー番組)

読んでくださってありがとうございました。
posted by Palum at 20:04| 日本の海外テレビ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月06日

「超絶技巧!明治工芸の粋(すい)‐村田コレクション一挙公開‐」おススメ作品(七宝編1 並河靖之作品)

 東京日本橋の三井記念美術館で、「超絶技巧!明治工芸の粋」が開催されています。
 明治時代、主に海外に向けて作られた工芸品の数々を集めた「村田コレクション」が、見られる展覧会です。

 ・公式HPのURL
http://www.mitsui-museum.jp/exhibition/index.html

 ・プレスリリースPDF(チラシ)URL
http://www.mitsui-museum.jp/pdf/pressrelease140419.pdf
 ・当ブログ過去記事はコチラ


 今回から数回に分けて、観てきた中で個人的に特に素敵だと思った作品群についてご紹介させていただきます。(一応Web上で画像を見られるものについてはURLを貼らせていただきました。)

 1,桜蝶図平皿(おうちょうずひらざら)
 緑地に桜と蝶の舞う皿。(展覧会チラシ左)

 日本の七宝の美を世界に轟かせた達人、並河靖之の作品。

 彼の作品の中で最も有名なのは黒地に写実的な花鳥の図の壺ですが、この作品のような独特の緑と大胆な装飾的構図もまた彼の持ち味でした。

 生で見ると抹茶ソーダというかなんというか、ちいさな粒子の一杯浮かんだ奥深くも華やかな緑の中に、赤茶、ターコイズ、黄色、黒などこまかな配色の羽を広げた蝶々たち、そして、つぼみの先や花びらの根もとのほんのりそまった桜の花びらと、緑から黄、赤へと色を変えるやわらかな葉があでやかに配されています。
 正直もう一さじ加減間違えば変だと思ってしまうような色合わせなんですが、感性のミリ単位の着地点をあやまたず……とでもいうか、ぴたりと色も構図もおさめてあります。現代人の頭一つ上を行く大胆さに脳が刺激されて面白い。

 ちなみに、画像では見られないんですが、「すごい色彩感覚と絶妙な装飾的構図」という点では「蝶に花の丸唐草文花瓶」という作品も素敵です。

 ほっそりしたシルエットの瓶に、黒枠でふちどられて縦長に均等に配されたモスグリーン、青、モカブラウン、クリーム(いやホワイトチョコレート色かな)の地。

 その上に紋章のような丸枠を土台に花々がぽんぽんとはみだして咲き、唐草が空間をくるくる走っています。

 隣り合った色をつなぐように散らされた蝶や花のオレンジや黄色が眼に心地よいアクセントとなっている。

 令嬢が大振袖を翻したような、はっとするほど華のある作品です。女性なら「かわいい!!」と叫ぶでしょう。
 
 個人的には今回の展覧会でどちらかというとこういう並河靖之の装飾的な作品が見られたのが面白かったです。「黒地リアル花鳥」のイメージが強かったので。

 残念ながらこの「蝶に花の丸唐草文花瓶」はチラシにも三年坂美術館にも画像が無かったので(なんでだろう……コレ絶対今回の展覧会で、蝶のお皿と並んで女性人気集めますよ。飾り映えするから三年坂でもポストカードになさればいいのに)、取材許可を得て撮影をしたという方の、画像入り展覧会記事URLを貼らせていただきます。
http://tourdefrance.blog62.fc2.com/blog-entry-2340.html

 このほか、装飾的名作というと、おそらく村田さんご自慢の品であろう(よくテレビで映る〉「蝶図瓢形花瓶」も見られます。ぽてっとした瓢箪型の花瓶に大きな蝶が舞っている作品。可愛らしい形と、地の漆黒、蝶の羽の山吹色や群青などの色合いのシックさというギャップが魅力。
(並河作品に蝶が多いのは家紋が蝶だったからだとか。)

 三年坂美術館のポストカード画像URL
http://www.sannenzaka-museum.co.jp/cart/shop.cgi?order=&class=all&keyword=%95%C0%89%CD&FF=10&price_sort=&mode=p_wide&id=6&superkey=1&popup=yes

 ちなみに展覧会内、並河「リアル花鳥」作品群のなかで、個人的に一番のおススメは「鳥に秋草図対花瓶」(画像が無いので拙文でご想像ください……)

 目録解説を見ると深い茶色だそうですが、非常に黒っぽく見える、口から底までぬめるようにしっとりとした地の細身の壺に、か細いながらも強弱のついた金線銀線でふちどられたススキ、おみなえし、牡丹、桔梗、萩などが伸び、そこに瑠璃色の羽に薄黄色いお腹のルリビタキという可愛らしい小鳥が飛んでいる、二組一対の作品。

 圧巻はススキ、暗い地に金色に細く長くついと伸び、小鳥が身をよじってその茎に留まっているので、そのささやかな重みに揺れて糸のような穂先が光っている……ように見える。

 この、しんとした暗闇の中の余韻が絶品です。

 並河の黒の最高傑作、「四季花鳥図花瓶(皇室所蔵)」が持つ魅力に一脈通じると思いました。

 日本人はなぜか描かれていない「間」にコーフンする性癖があるので、(理由はわかりませんが、自分を含めて、絵でも文学でも上述の「余韻」とか「ほのめかし」に弱い人が多いと思う)この並河の暗い地の中の花鳥はいかにも日本的な美といえます。

 清水三年坂美術館のHP内に並河靖之も手掛けた「有線七宝」の工程解説と動画がありましたので、併せてご覧になってみてください。
http://www.sannenzaka-museum.co.jp/jyosetu2.html#sipo

当ブログの明治工芸に関する記事(今回の物を含む)は以下の通りです。よろしければ併せてご覧ください

極上美の饗宴 並河靖之の七宝
極上 美の饗宴 「極上美の饗宴シリーズ“世界が驚嘆した日本”七宝 幻の赤を追う」
「超絶技巧!明治工芸の粋(すい)‐村田コレクション一挙公開‐」 展覧会概要ご紹介
「超絶技巧!明治工芸の粋(すい)‐村田コレクション一挙公開‐」おススメ作品(七宝編1 並河靖之作品)

 また何回かこちらの展覧会作品ご紹介や明治工芸にまつわる話題を書かせていただきたいと思います。

 読んでくださってありがとうございました。
posted by Palum at 11:21| 美術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月03日

「超絶技巧!明治工芸の粋(すい)‐村田コレクション一挙公開‐」 展覧会概要ご紹介

 東京日本橋の三井記念美術館で、「超絶技巧!明治工芸の粋」が開催されています。
 (公式ホームページURL……http://www.mitsui-museum.jp/exhibition/index.html
 「村田コレクション」とは電子部品で有名な村田製作所の元役員村田理如(まさゆき)氏が収集した約一万点の明治工芸コレクションのことです。

 普段は村田氏が館長を勤める京都の清水三年坂美術館にあるそれらの作品の一部(約160点)が、今回東京で見られることとなりました。
(清水三年坂美術館公式ホームページURL……http://www.sannenzaka-museum.co.jp/

 明治時代、幕末まで培ってきた高い美意識と技術が、怒涛のごとく押し寄せてきた西洋化の波とぶつかり合い、工芸のあらゆるジャンルにおいて、前代未聞の精緻な作品群が生まれました。

 主に海外への贈答品として制作されたために、名作のほとんどが日本から流出していた状況だったのですが、今その偉大さが見直されています。
 
 この展覧会では、以下のような作家たちの作品を見ることができます。

並河靖之(明治七宝の巨人、漆黒の地に花鳥を描いた端正な作品で有名)

濤川惣助(金属線を枠として色彩を流し込む七宝制作の工程の途中で、金属の枠を取り去る「無線七宝」を手掛けた。靖之と対照的に、淡い色彩の地に、やわらかな輪郭の作品が有名)

正阿弥勝義(しょうあみかつよし)、海野勝a(うんのしょうみん)、加納夏雄(かのうなつお)(日本近代金工の三羽烏と呼ばれた名手)
(※加納夏雄と海野勝aについての清水三年坂美術館の紹介ページURL http://www.sannenzaka-museum.co.jp/kikaku_13_2_22.html

安藤禄山(あんどうろくざん)(象牙で実物と見紛う野菜や果物を作り上げた謎の牙彫(げちょう)師)

高村光雲(たかむらこううん)(「老猿」で有名な木彫家、息子は「レモン哀歌」で知られる詩人で彫刻家の高村光太郎)

・錦光山(きんこうざん)、藪名山(やぶめいざん)(京都、大阪で技を競い合った薩摩焼の陶家。象牙色の地に金と多彩な色彩で、ときに肉眼では判別困難なほどに繊細な図案の作品を作り上げた。)

 このほか、漆芸、刺繍画、自在(金属部品を細かく組み合わせて作られた、繊細に動かすことのできる細工置物、甲冑制作技術を生かして作られた)などの作品が展示され、明治の手仕事の偉大さを総括して目の当たりにすることができます。

 ……なんか今回人名と漢字ばっかりの文になってしまいましたが、ひらたく言うと明治工芸、すごすぎて息ができなかったり逆に笑えてきたりします。

 かつてあるイギリスの方とお話した時、明治工芸を評して「生で見たとき気絶しそうになった」と極めて真顔でおっしゃっていましたが、僭越ながらわかる気がします……。

(ちなみにその方を気絶させかけたのは皇室所蔵の並河靖之作「黒地四季花鳥図花瓶」、闇の奥に小さな花や木々がさらさらと揺れて浮かび上がるような衝撃の逸品です。〈この作品について少しご紹介させていただいた当ブログ過去記事はコチラ〉)

物を見て「綺麗、ステキ」を超えてそういう感覚になるというのはなかなか無いことなので、美術鑑賞とかそういう堅苦しいことではなく、五感の体験としてお勧めしたいです。

 ちなみに、この三井記念美術館そのものの内装がクラシカルで、エレベーターの金属板とかに至るまでぬくもりのある感じでとても素敵です。当然日本橋そのものが素敵な町ですし。

 そんなわけなのでこの連休中にお出かけになってみてはいかがでしょうか。

 当ブログのこの展覧会、および明治工芸に関する記事は以下の通りです。よろしければ併せてご覧ください
極上美の饗宴 並河靖之の七宝
極上 美の饗宴 「極上美の饗宴シリーズ“世界が驚嘆した日本”七宝 幻の赤を追う」
「超絶技巧!明治工芸の粋(すい)‐村田コレクション一挙公開‐」 展覧会概要ご紹介(※今回記事)
「超絶技巧!明治工芸の粋(すい)‐村田コレクション一挙公開‐」おススメ作品(七宝編1 並河靖之作品)
 読んでくださってありがとうございました。
posted by Palum at 23:27| 美術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする