2017年08月26日

ジャコメッティ展

2017年9月4日まで、六本木の新国立美術館で、「ジャコメッティ展」が開催されています。
・展覧会公式HP(TBS)
 http://www.tbs.co.jp/giacometti2017/

 展覧会のTBS公式動画


 https://www.youtube.com/watch?v=XxdyAL6IAsE


 細長い人体の彫刻で有名な、20世紀を代表する彫刻家ジャコメッティ。

 その、不思議な造形は、意外にも、ジャコメッティの「見えるものを見えたままに」作り上げるという執念の果てに生まれたものでした。

 展覧会では、彼の、現実と人間に対する飽くなき探求心がわかる、彫刻や絵画など、大小135点を見ることができます。


 難解なようですが、実際に向き合うと、「人間の本質」や「見ること」について、新しい実感を与えてくれる作品であり、彼の執念を忍耐強く支えた、周囲の人間たちの存在を含め、ジャコメッティという人物と、作品の双方に感銘を受けました。




インターネットミュージアム」の特集動画

 1章「初期・キュビスム・シュルレアリスム」


 2章〜12章

https://www.youtube.com/watch?v=7KAEeSxuxLI

13章「ヴェネツィアの女」、14章「チェース・マンハッタン銀行のプロジェクト」

https://www.youtube.com/watch?v=VALejy9oHAE
 (※14章の展示室、3体の作品が撮影可能)


 〇ジャコメッティと、その作品

 アルベルト・ジャコメッティ(1901-1966年)は、スイスの自然豊かな村、スタンパに生まれ、画家である父の影響を受け、早くから芸術の道を歩み始めました。

 (彼の弟たちも芸術家であり、彼の制作をサポートしました。展覧会では、弟ディエゴ〈ジャコメッティによく似ている〉をモデルとした作品を見ることができます。)

 20歳でパリに出たジャコメッティは、当初キュビズムや、古代、民俗学的彫刻、シュルレアリスムなど、様々な芸術の影響を受けました。

 やがて、彼の生涯のテーマである「見えるものを見えるままに」作ることを目指したジャコメッティは、モデルと対峙する制作方法に転換しました。

 ジャコメッティにとって、「見えるものを見えるままに作る」、というのは、現実に存在する人や物の形をそっくりそのままコピーするという意味ではありませんでした。

 ジャコメッティの視覚が捕らえた、映像の中の対象、ジャコメッティの洞察が捕らえた、対象の内側に宿る本質を、作品化するということだったのです。



 ジャコメッティの「見える」という意味の独自性がよくわかる作例の一つが、指先にも満たない小さな人物像です。

 彼は一時期、制作に集中すればするほど、作品が削られて小さくなってゆくという悩みを抱えていました。

 これは、ジャコメッティが、作者自身と対象との間にある「距離」を、作品に含めたために起きた現象で(たとえ実際には長身の人物であっても、距離を隔てて見た場合、その姿は小さく見える)、戦時中、ジュネーブに逃れ、記憶を頼りに制作せざるをえなくなったとき、時間の経過による心理的距離も発生したのか、彼の彫刻はますます小さくなり、彼がパリに戻ってきたとき、持ち帰れた彫刻は、「マッチ箱に入るほどの小さな6体の彫像のみ」(※1)だったそうです。
(※1)カッコ部、ジャコメッティ展図録52ページより引用。

 実際に展覧会に行って、彼の小さな彫刻群を見、会場のあちこちに立つ観客の人々に目を移すと、確かに人が様々な大きさに見えて、不思議な感覚に陥ります。



 もう一つ、ジャコメッティにとっての「見える」の意味が垣間見える作品として、「猫」が挙げられます。
 
 人体彫刻同様、針金のような四肢に、頭だけが丸くボリュームを持っているこの作品は、弟ディエゴの猫が、正面からジャコメッティのベッドに向かってくる姿を形にしたものです。

 ジャコメッティは頭部だけが大きく見えるという、自分から見た猫を、そのまま作ったために、この姿になったそうです。


 ジャコメッティ「猫」、横から見た姿(展覧会公式Twitterより)
https://twitter.com/giacometti2017/status/876017377607008256

 ジャコメッティ「猫」、正面に近い角度から見た姿(展覧会公式Twitterより)
https://twitter.com/giacometti2017/status/897988619599724544

 このように、ジャコメッティの作品は、見る角度によって、大きく姿も意味も変貌し、観客の側が実際に動き回って鑑賞すると、作品が持つ力がよくわかります。



 ジャコメッティはさらに、対象の内面を見ることを追求しました。

 肉体が内包する本質を現すため、輪郭は次第に削り落とされ、結果、あたかも肉をそぎ落とした骨だけのような姿が現れてきました。

 (そこに、各個人が持つ魂のゆらぎのように、複雑な起伏で陰影がつけられています。)

 この作風が、ジャコメッティの個性を決定づけました。

 ちなみに、死者と生者を分かつものとして、「まなざし」を発見し、それに焦点を置いた作品のいくつか(弟ディエゴの胸像群など)は、ジャコメッティ作品の中では比較的、体積と具体的容姿を持ち、それは確かに、本人の個性を、単に形をそのまま写し取る以上の鮮烈さで表しています。

(ジャコメッティによく似た、そして、彼の制作を支え、忍耐強いモデルの一人であったディエゴの鋭い目の光が、現代芸術に馴染んでいない私にも見て取ることができました。)

 展覧会図録(90p.)には、ディエゴがジャコメッティ作の胸像と同じ角度で座る、魅力的な写真が掲載されています。

 それでも、真正面から見た場合、頭蓋が、現実にはあり得ない幅の狭さなのですが、少し角度を変えると、奥行きによって厚みが加わり、また別の表情(像の視線)が見えてくるので、少し動いて、「現れる」瞬間を捉える妙味が強い作品です。



 自分と対象との距離(空間)、対象を見る者の視点(対象と自身の角度)、対象の肉体が内包する本質、対象のまなざし。

 こうした多様な要素を「見て」、彫刻にしようとしたジャコメッティ。

(余談ですが、ジャコメッティは、絵ではしばしば等身大の人間の質感を表現しています。平面の、限られたサイズの中では、そこまで多様な要素を作品に盛り込もうとしなかったのかもしれません。)

 このため、一見抽象的と思われる作品であっても、実在のモデルは不可欠であり、彼らは、長時間、身動きせずに、画家に「見られる」自分を、題材として提供する必要がありました。

 モデルとしてポーズをとる時間があまりに長く、何日間にも及び、しかもジャコメッティがほんの少しの身動きも許さなかったため、彼の作品のモデルの大半は、彼の理解者だった弟たち、妻アネット、ジャコメッティと親密な関係にあった女性たち、そして友人たちといった、身近な人々に限られていたそうです。



 そうした、ジャコメッティの制作への没頭と才能に魅了され、献身的にポーズをとった友人の中に、日本人哲学者、矢内原伊作がいました。

 仏像のような細い瞳に、筋の通った鼻、細い顎を持ち、どこか古い時代の貴族にも似た、印象的な風貌の矢内原は、その容姿と知性、ジャコメッティの目指すものに対する理解の深さから、ジャコメッティの創作意欲を強く刺激し、求めに応じて、帰国の日をずらしてまで、彼の制作に協力しました。

 その期間は実に72日間。
(このときのことを、矢内原は、著作『ジャコメッティ』(みすず書房)に記しています)
ジャコメッティ -
ジャコメッティ -


 しかし、ジャコメッティはその後も矢内原をパリに繰り返し招待し、彼の姿を描き、彫刻を彫り上げたそうです。

 今回の展覧会では、ジャコメッティがありとあらゆる機会に矢内原を描いたことがわかる、紙ナプキンや新聞の紙面へのデッサンが展示されていましたが、彫刻もディエゴの胸像同様に、モデルの深淵を捉えた素晴らしい作品です。

「Japan Times」内のジャコメッティと矢内原を紹介した記事で、彼の頭部彫刻画像をみることができます。(※今回の展示作品ではありません。)
出典:「Sculptor’s immobile muse helped him see inner man」
(C.B. LIDDELL 著)
https://www.japantimes.co.jp/culture/2006/06/15/arts/sculptors-immobile-muse-helped-him-see-inner-man/




  〇ジャコメッティと、贋作事件

 最後に、少し個人的な話を付け加えさせていただきます。

 私が、ジャコメッティについて知りたいと思ったのは、彼が日本人である矢内原伊作をモデルにしていたということのほかに、こんなエピソードを読んだことがあったからです。

 1986年から95年にかけて、イギリスで発生した大規模な贋作事件。

 ジョン・ドリューという人物が、生活苦の中にあった、画家、ジョン・マイアットを引き入れ、約200点あまりの贋作を制作販売、名だたる美術館やオークション会社をも欺き、業界を大混乱に陥れました。

 美術館の資料室に侵入し、贋作の出どころが由緒あるものであることを示す偽の書類を紛れ込ませるという手口で、真贋鑑定の大切な手掛かりとなる資料を偽造したことで、多くの専門家たちが惑わされましたが、そのとき、送られてきた作品画像だけで、すぐに作品(「立つ裸婦」の絵)が贋作であることを見抜いたのが、「ジャコメッティ協会」の秘書である女性でした。

 彼女は、ジャコメッティの妻アネット(協会の理事)と、家族のように結束し、来歴に惑わされずに一瞬で真贋を見抜く鑑定眼を持っており、アネット同様のジャコメッティ作品に対する情熱から、その疑わしい作品たちが、ジャコメッティが心血を注いだ作品群に混じることを決して許さず、周囲と意見が対立しても、断固流通を阻止したそうです。

(この出来事については事件を描いたノンフィクション『偽りの来歴』〈レニー・ソールズベリ/アリー・スジョ著〉で読むことができます。それ以外のエピソードも非常に興味深い本です。〈当ブログでこの贋作事件の概要について書いた記事はコチラです。〉)

偽りの来歴 ─ 20世紀最大の絵画詐欺事件 -
偽りの来歴 ─ 20世紀最大の絵画詐欺事件 -


 なお、ヴィクトリア&アルバート美術館のHPに、贋作発覚の発端となった作品「立つ裸婦」と、偽造資料の画像が見られる記事があります。

 http://www.vam.ac.uk/blog/national-art-library/from-artifice-to-artefact
 (拡大画像)

 この話を読んだとき、ジャコメッティについて、ただ、「難解だがどこか印象的な細長い彫刻を作る人(矢内原伊作がお気に入り)」とだけ思っていた私は、正直「専門家とはいえ、なんで現物も見ずに一瞬でわかったのか(一流画廊の人間が傑作と思い込むほどの出来だったのに)」と、不思議に思いました。

 贋作師は現代美術を題材にすることを好むそうです。

 画材の調達が容易であり、丹念にリアルに(写真のように)描き込まれた古い絵画より、比較的模倣しやすいためだと思われます。

 しかし、世間一般の「リアル」とは、ほど遠いジャコメッティ作品が、贋作を暴いた。

 難解で(正直、最初、あの細長い作品は、ものすごく長い時間モデルを見ながら作ったものだ、と知ったときには、「なんで?」とすら思いました。〈ごめんなさい〉)、自分の殻に閉じこもっているようにも見える彼の作品には、実際には、なにか、作品と波長を合わせた人間には、瞬時にはっきりと見て取れる「芯」のようなものがあるのではないか。と、この話を読んで、思わされました。

 その「芯」を、少しでも感じてみたくて、ほとんど知らない現代芸術の展覧会に行ってみたのですが、実際に見てみて、その「芯」を形成しているであろう、ジャコメッティ独自の「見る」ということの深い意味と、危ういとすらとれる、作品とモデルに対する真摯な没頭、そして、労力を惜しまず彼に協力した周辺の人々の、彼と作品に対する敬意に、触れることができたような気がします。

 東京での会期は残りわずかとなりましたが、気になる方は、是非、足を運んでみてください。

 後日、当ブログで『偽りの来歴』の中にあった、ジャコメッティに関する記述を、少し引用ご紹介させていただく予定です。よろしければ併せてごらんください。

 読んでくださってありがとうございます。


(補足)当ブログジャコメッティ関連記事
展覧会グッズ情報
ジャコメッティ贋作事件

(参照URL)
ジャコメッティ展 ジュニアガイドPDF
http://www.nact.jp/exhibition_special/2017/giacometti2017/pdf/20170621_a_1.pdf

雑誌『ELLE』ジャコメッティ特集記事「魅惑の彫刻家を5つのエピソードでひも解く! エル的ジャコメッティ入門ガイド」
http://www.elle.co.jp/culture/feature/giacometti17_0612/1



(参考文献)
「ジャコメッティ展 2017」(※展覧会図録)
【関連する記事】
posted by Palum. at 14:31| 美術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

大岡昇平作『野火』あらすじご紹介(※結末部あり)

 現在(2017年8月)、NHKの名作本紹介番組「100分de名著」で、大岡昇平作『野火』がとりあげられています。

野火 (新潮文庫) -
野火 (新潮文庫) -

大岡昇平『野火』 2017年8月 (100分 de 名著) -
大岡昇平『野火』 2017年8月 (100分 de 名著) -

【次回放送時間】
 2017年8月28日(月)午後10時25分〜10時50分/Eテレ
【再放送】
 2017年8月30日(水)午前5時30分〜5時55分/Eテレ
 2017年8月30日(水)午後0時00分〜0時25分/Eテレ

 NHKの番組紹介ページはコチラ

http://www.nhk.or.jp/meicho/famousbook/68_nobi/index.html


 第二次大戦時、敗戦を目前としたフィリピンの地で、病のために孤立した兵士田村が、飢餓の中で、兵士たちが互いを食うため殺し合うという、極限状態に直面する物語です。

 目を覆う惨状を題材としながら、極限状態でも「思考する人」であり続ける田村を通じて描かれる世界は、独特の静けさと重厚さを持ち、「人間を食べない自分」を保とうとする田村の葛藤や、彼が偶然出会った瀕死の日本兵の、彼に対する赦しの言葉が、人間に残された最後の魂の力を感じさせます。

 最初に読んだときは、その惨禍に衝撃を受けましたが、思考することをやめず、状況に抗い、他者からの赦しを忘れられない一人の人間のありようが描かれていることに気づいてから、光景への恐怖よりも、その心の動きに胸を打たれました。

 以下、あらすじをご紹介させていただきます。

(結末部まで書かせていただいていますので、あらかじめご了承ください。また、一部現代には不適切な表現がありますが、作中の言葉を使用させていただいています。)



 第二次大戦時、日本の敗北が決定的となったフィリピン戦線で、「私」田村一等兵は、肺を病みながら、数本の芋だけを食料として渡され、隊から追放される。

 入院しろ、断られたら、手持ちの手榴弾で死ね。

 それが、隊長からの命令だった。

 病院の外には、「私」と同じように栄養失調で消耗しながら、物資不足と患者の多さから、入院を断られ、死を待つしかない人々が大勢いた。


 病院がアメリカ軍に攻撃されたので、「私」は熱帯の山の中に逃げ込んだ。

 自分の死を確信しながら、「私」が逃げたのは、死が決まっている自分の、孤独と絶望を見極めようという、暗い好奇心のためだった。



 独り、山をさまよっていた「私」は、自分が生きているのか死んでいるのか、時折わからなくなったが、現地の住人の畑を見つけ、そこで、つかの間、食料に不自由しない日々を過ごす。

 畑近くの海を見に行った「私」は、林の向こうに教会の十字架を見つけた。

 そこへ行ってみたいという気持ちをおさえられなかった「私」は、村人に見つかる危険を承知で、十字架のある場所へ行った。

 村は既に無人で、食料を奪おうとして殺されたのであろう日本兵たちの朽ち果てた死体だけが残されていた。

 教会に入り、イエスの処刑の絵と、十字架上のキリスト像を見た「私」は泣いた。

 救いを求めて教会まで来た自分の見たものは、日本兵の死体と出来の悪いキリストの絵だった。

 少年時代に教わった、聖書の言葉が口をついて出たが、答えは無かった。

 自分の救いを呼ぶ声に応える者は無い、と、あきらめた「私」は、この時、自分と外界の関係が断ち切られたのを感じた。



 村に残された食料を探していた「私」は、塩をとりに戻ってきた若い男女に出くわし、騒がれたので、女を撃ってしまった。男は逃げた。

 「私」は、銃を持っていたために反射的に女を撃ったが、銃は、国家が兵士としての「私」に持たせたものであり、もはや、兵士として用の無い人間になった自分が、罪の無い人を撃つために持つべきものではない。そう気づいた「私」は、銃を捨てた。



 畑に戻った「私」は、退却中の日本兵たちに会った。彼らの中には、病院の外で話した日本兵たちも混じっていた。

 彼らとともにパロンポンまで退却できれば、軍に戻り、生き延びられる可能性がある。

 「私」は再び銃を支給され、彼らとともにジャングルを進んだ。

 ゲリラの攻撃、食糧難など、その道のりは非常に過酷なものであり、アメリカ兵に降伏したくても、それは上官によって固く禁じられていた。

 その途中、「私」は、仲間の一人が、過去に別の戦場で、食料が無かった時に、人の肉を食べたらしいといううわさを聞く。

 アメリカ軍の攻撃を受け、隊からはぐれ、再び銃も失くしてしまった「私」は、アメリカ兵を見つけ、いっそ降伏しようかと考えたが、彼の隣にいたフィリピン人の女が、自分が村で殺した女に似ていたため、降伏をためらう。

 その間に別の日本兵が降伏しようと出て行ったが、彼は女に撃ち殺された。

 「私」は、村の女を殺した自分は、やはり誰かに救われることは無いのだと思って、その場を引き返す。



 持っていた食料も塩も無くなり、本格的な飢えが「私」を襲い始めた。

 日本兵の死体はいたるところに転がっている。

 いっそ、話に聞いたように、自分も人を……という考えが浮かんだが、「私」には、人類の歴史で、厳しく禁じられているその行為をすることは、どうしてもためらわれた。

 その時から、「私」は、死体を見るたびに、自分が「見られている」という意識にとらわれるようになる。

 その意識が、「私」の行動を支配し、「私」は、日本兵の死体に手をかけることができなかった。



 飢えもいよいよ限界となった「私」は、死にかけている一人の将校を見つける。

 丘の頂上の木にもたれかかって座り、空を仰いでいる彼は、栄養失調から重い病気にかかり、意識ももうろうとして、「私」にもほとんど気づかないように、あるときは笑い、あるときは「俺は仏だ」、「日本に帰りたい」と、うわごとを言い続けていた。

 「私」は、彼のそばに座り、彼が眠っていた間も、「待っていた」。

 夜明けがきたとき、ふいに彼ははっきりとした意識を取り戻した。

 そして、警官のような澄んだ目で、「私」を見つめて、言った。

「何だ、お前まだいたのかい。可哀そうに。俺が死んだら、ここを食べてもいいよ」

 彼は、左手で右腕を叩いて示した。



 「私」は、息をひきとったその将校の死体を、草木に覆われた陰に運んだ。

 そこでようやく、誰にも見られていない、と、思うことができたが、「私」は、瀕死の将校を見つけたときから計画していた、彼を食うという行為を、どうしても実行できなかった。

 「食べてもいいよ」

 あの、死の間際の、恩寵的な許可が、却って「私」を縛っていた。

 将校が食べることを許した腕に、あの村で見た、十字架上のキリストの腕が重なった。

 自分は罪の無い人間を既に殺していて、もう、人間の世界に帰ることはできない。

 だが、この将校は病のために死んだのであって、自分には責任がない。そして、死んでしまえば、残された体は、「食べてもいいよ」と言った魂とは別のものである。

 そう考えた「私」は、彼の腕にナイフを突き立てようとしたが、そのとき、「私」のナイフを持った右手を、左手が掴んで止めた。

 「汝の右手のなすことを、左手をして知らしむるなかれ」

 「私」には、そう言う声が聞こえた。

 「起(た)てよ、いざ起て……」

 「私」は、死体を置いて、その場を離れた。

 死体から離れるとともに、右手を抑える左手の指が、一本ずつ離れていった。

 歩く「私」を、雨上がりの野の万物が見ていた。「私」は、故郷で見た谷に酷似した場所へやってきた。「帰りつつある」という感覚が「私」の中に育っていった。

 花びらを広げかけた南の花が、ふいに、「私」に言った。

 「あたし、食べてもいいわよ」

 「私」は飢えに気づいたが、また、左手が右手を掴んだ。手だけではなく、右半身と左半身が別物のように感じられた。飢えは、右半身だけが感じていた。

 左半身は理解した。今まで、生きている植物や動物を食べてきたが、それは、死んだ人間よりも食べてはいけなかった。

 「私」の目には、空からも、同じ花が光りながら降ってくるのが見えた。

 野の百合は何もせずとも生き、神によって華やかに彩られる。人間は野の百合以上に、神から必要なものは与えられている。

 そんな聖書の教えが、花の上に声となって立ち上っていた。「私」は、これが神であると思ったが、祈りの言葉を発せなかった。体が二つに分かれていることが、それを阻んだ。

 「私」は、自分の体が変わらなければいけないと思った。


 ある日、「私」は、白鷺が飛び立つのを見て、自分の魂も、一緒に飛び去るのを感じた。分かたれた右半身の自由を感じ、飢えながら駆けていった「私」は、将校に出会った窪地で、再び「彼」を見た。

 彼は巨人となっていた。

 腐敗して膨れ上がった彼は、もはや食えなかった。

 神が、飢えた「私」がここに来る前に、彼を変えていた。

 彼は神に愛されていた。おそらくまた「私」も。



 餓死が迫り、ただ、河原で横たわっていた「私」は、人の足が一本、そこに転がっているのに気づいた。

 この足は「彼」のものではない、切ったのは「私」ではない。

 そう思っている「私」に、足が近づいてきた。

 自分が足に向かって這っている。そう気づいたとき、「私」は、また、誰かが見ている。と感じた。

 「私」は力を込めて、自分の体を繰り返し転がし、足から遠ざかろうとした。

 そのとき、「私」は、実際に自分を見ている目と、向けられていた銃口に気づいた。

 目の主は「田村じゃないか」と「私」を呼んだ。

 病院に入れずにいたときに、言葉を交わしたことのあった若い日本兵、永松だった。

 永松は、動けない「私」に水を与え、何かの干し肉を口に押し込んだ。

 「私」は、己に禁じたはずの肉を口にした自分に悲しみを覚えながら、同時に、分かたれた左右の体が、一つに戻っていくのを感じた。

 「猿」の肉だ。

 撃った奴を、干しておいた。永松は横を向いてそう言った。

 永松は、病院で親しくなった、安田という年上の兵士と、今も行動を共にしていた。

 「私」を寝起きする場所に迎えた二人は、なぜか離れて寝ていた。安田は銃を失くしており、永松は、その銃を安田にとられることを恐れていた。「私」は、自分も永松に気をつけなければいけないような気がしたが、何に気を付けなければいけないのか、よくわからなかった。

 しばらく続いた雨がようやく止んだある日、永松は、食料が尽きたからと猿を撃ちに行った。

 病気で足が不自由になったという安田とともに、残された「私」は、自分は銃を失くしたが、まだ手榴弾を持っていることを口にする。

 安田は手榴弾がまだ使い物になるか見てやる、と、言ってそれを手にした後、「私」にそれを返さなかった。返せ、と、手を伸ばすと、剣を抜かれた。「私」には、安田がそんなことをする理由がわからなかった。

 銃声が響き、安田が「やった」と叫んだ。

 「私」が、銃声の方角に走ると、弾から逃れて駆けてゆく日本兵が見えた。

 これが「猿」だった。

 「私」は、それを予期していた。

 「私」が、かつて足首を見た場所に行くと、いくつもの足首や、体の様々な部分が、捨てられていた。

 「私」は、驚かなかった。神を感じていた。ただ、自分の体が変わらなければいけなかった。

 永松が「私」を銃で狙っていた。

 永松は、「猿」を見た「私」を、お前も食べたんだ、と言った。「私」は、「知っていた」と答えた。

 永松は、「私」が、安田に手榴弾を盗られたことを知ると、安田に殺される前に、二人で安田を殺し、彼を食料にして、投降できる場所まで行こう、と、持ちかけた。

 「私」は、助かろうとは思っていないことを告げたが、永松とともに、安田のいる林へ向かった。

 永松の呼ぶ声を聴いた安田は、確かに手榴弾を投げてきた。「私」は破片で飛ばされた、自分の肩の肉を食べた。

 その後、三日間、「私」たちは安田を見つけられなかったが、水場で待ち伏せていた時、安田が姿を現した。

 永松は安田を撃ち、彼の両手足首を素早く切り落とした。

 「私」は、その光景を予期していたが、それを目の当たりにしたとき、吐いた。そして怒りを感じた。

 人が飢えた果てに食い合う生き物なら、吐き、怒ることができる自分は、天使だ。ならば、神の怒りを代行しなければいけない。

 「私」は、永松が銃を置いた場所まで走り、「私」を笑いながら追ってきた永松に銃を向けた。

 「私」の記憶はそこで途切れた。

 撃ったかどうかは思い出せない。しかし、確かに食べなかった。



 あれから6年後、「私」は東京郊外の精神病院にいた。

 戦場で記憶を失っている間、「私」は後頭部を何者かに殴られ、アメリカ軍の野戦病院に収容され、やがて日本に帰ってきた。

 フィリピンの野戦病院にいる間「私」は、与えられた、かつて生きていた食物に、頭を下げて詫びるという行為をし続けた。それは、「私」以外の力がそうさせていた。

 日本に戻った「私」は、妻と再会したが、戦場で経験したことの記憶が、彼女と自分を隔て、愛情を感じることができなくなっていた。

 「私」は孤独を求めるようになり、一度は止まった、食べ物に詫びるという行為は、やがて、あらゆる食物を食べないという事態に至った。

 こうして精神病院に収容された「私」は、医者の勧めで、自分に起きたことを振り返る手記を書いている。

 世間は、再び戦争に向けて動き出しているようにも見える。

 かつてのように、戦争を操る少数の人間たちに騙された者たちは、「私」のような目に遭うしかない。戦争を知らない人間は、半分は子供である。

 妻は、「私」を見舞うことをやめた後も、「私」を担当する医師と関係を持っている。

 その医師は、「私」の手記を、「大変よく書けている」と言って、媚びるように笑う。

 「私」の感情はそのどちらにも動かされなかった。



 「私」の中で、記憶の空白が蘇り始めた。

 あの日、「私」は、草やもみ殻を焼く、野火の煙の立ち上るのを見て、そこへ向かって行った。

 そこには、神を苦しめる人間たちがいるはずだった。

 だが、天使であるはずの「私」は、悲しみと、何かを間違えているかもしれないという不安と恐怖を感じていた。

 野火の側に、確かに人間がいた。「私」はそれを撃った。

 弾は外れ、人間は逃げて行った。

 ほかの人間たちの姿を見て、「私」は再び狙いを定めた。

 この時、「私」の後頭部を誰かが打った。



 そうして、「私」は今、東京の病院にいる。

 あの打撃で、自分は死んだと「私」は思う。

 夢と現実の狭間で、「私」は死者の世界に行き、「私」が殺したフィリピン人の女や、永松や安田が「私」に近づいてきた。

 彼らは「私」に向かって笑っていた。それは、恐ろしい笑いであったが、笑っていた。

 「私」は思い出した。彼らが笑っているのは、「私」が彼らを食べなかったからだ。

 戦争や、神や、偶然といった、「私」以外の力が作用して「私」は彼らを殺したが、「私」の意志では食べなかった。だから今こうして、共に死者の国にいられる。



 しかし、もしかしたら、野火に向かって人間を探しに行った「私」は、天使として人間を裁くつもりで、本当は彼らを食べたかったのかもしれなかった。

 もしも、「私」が傲慢によって、その罪を犯す前に、誰かが「私」を打って止めたのなら、そして、その何者かが、自分を食べてもいいと言った、あの巨人となった日本兵で、彼が「私」のために、神から遣わされた、キリストの化身であるなら。

「私」は、思う。

「神に栄えあれ」



  (完)




 以上が、「野火」のあらすじです。

「野火」の印象に残る場面や、作者、大岡昇平のこぼれ話などを、後日、また改めてご紹介させていただく予定です。

読んでくださって、ありがとうございました。


(補足)
以前、当ブログで、戦争を題材にした舞台「War Horse」と併せて、大岡昇平の『俘虜記』を一部ご紹介させていただいた記事はコチラです。
「ロンドンの舞台「War horse」A ある名場面と、その他のおすすめ作品。」
http://enmi19.seesaa.net/article/161691606.html?1503687271

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2017年08月06日

(※ネタバレあり)漫画、こうの史代作『夕凪の街 桜の国』ご紹介

『夕凪の街 桜の国』は『この世界の片隅に』で、日本中に感動を与えた、こうの史代さんの、戦争にまつまるもうひとつの傑作漫画です。

夕凪の街 桜の国 (アクションコミックス) -
夕凪の街 桜の国 (アクションコミックス) -

この世界の片隅に 上 (アクションコミックス) -
この世界の片隅に 上 (アクションコミックス) -

 この作品は、原爆投下から10年後の広島に住む皆美を描いた「夕凪の街」と、皆美の姪、七波から見た、家族たちの人生を描いた「桜の国」の、二部構成になっています。

 今回は前半の「夕凪の街」について少しご紹介させていただきます。
(ネタバレですので、あらかじめご了承ください。)





(「夕凪の街」あらすじ)

夕凪の街1.png

 「あの日」から10年後、皆美は、原爆で父、妹、姉を失い、母と二人で暮らしていた。
 
 皆美の家は、原爆で家を失った人たちが身を寄せ合って暮らす粗末な小屋だが、10年の月日を経て、皆美もまわりの人々も、かつてのように仕事や暮らしに勤しみ、日常を取り戻したかのように見えた。



 だが、皆美には、今でもわからない。

 「あれ」は、いったい何だったのか。

 確かなことは、誰かに自分が「死ねばいい」と思われたこと。

 そして、「あの日」以来、自分がそう思われても仕方の無い人間になったと、自分で思うようになってしまったこと。

 「あの日」、惨状の中で、がれきに押しつぶされた級友や、助けを求める人たちを数えきれないほど見殺しにし、死体に心を麻痺させて生き延びた自分。

 働き、家事をすることはできても、美しい服を自分のために縫い上げること、同僚の男性、打越の優しい手をとること、幸せになることが、皆美にはできなかった。


 10年前にあったことを話させて下さい。うちはこの世におってええんじゃと教えて下さい。

 打越の好意を受け止められないでいる皆美は、打越にそう、胸の内を話した。

 自身は原爆の被害には遭わなかったが、伯母を亡くしていた打越は、皆美の心に沈む思いをすでに感じ取っていた。

 「生きとってくれてありがとうな」

 皆美とつないだ打越の手を、皆美はやっと笑顔で見つめることができた。



 皆美が心の重荷をおろした日の晩、体に力が入らなくなった。

 医者に見せても原因がわからないまま、どんどん全身がだるくなっていく。

 横になったまま、皆美は姉を思い出した。

 姉は、火に焼かれて死んだのではない。

 あの日から二か月後、倒れて寝込み、紫の染みを体に散らして、皆美に殴りかかったり、叫んだりしながら死んでいった。

 皆美が倒れてから、母は姉の話をしなくなった……。



(結末部の画面とセリフ)
 
 次第に衰弱していく皆美は、やがて視力を失い、そこから先は、真っ白なコマと、皆美の心の中の独白だけになってゆきます。


夕凪の街2.png


 自分の喉から吐き出されるものは、もう、たぶん血ではなく、内臓の破片。

 髪が抜けているのかもしれないけれど、触れて確かめる力もない。



 真っ白な空間に、ぽつりと落ちた言葉。

 「嬉しい?」

 「10年経ったけれど、原爆を落とした人はわたしを見て、『やった!また一人殺せた』とちゃんと思うてくれとる?」


 「ひどいなあ、てっきりわたしは死なずに済んだ人かと思ったのに」




 作者のこうのさんは、『この世界の片隅に』で、呉を舞台に、広島で起きたことを描きました。

 『この世界の片隅に』でも『夕凪の街 桜の国』でも、読者の視界を惨状で覆うことはせず、セリフや間接的な描写で、読者の胸の内に当事者の思いを託すという表現方法がとられています。

 そうして、「戦争という遠い昔の悲劇」ではなく、そこに生きた人々の思いを、身近なものとして、読者の心に永く息づかせている。



 この場面描写力に加え、「夕凪の街」で、強く心に残るのは、原爆の後遺症に突如襲われた、皆美の思いです。

「10年経ったけれど、原爆を落とした人はわたしを見て、『やった!また一人殺せた』とちゃんと思うてくれとる?」

 この言葉は、原爆という兵器の持つ残酷さを、今までにない角度でえぐり出しています。

 一瞬でそこにいたあらゆる人々を炎に包み、そして、生き残り、敗戦の中で新しい人生を歩もうとしていた人たちまで、後遺症で蝕まれてゆく。

 「そんなつもりはなかった」という言葉すらかけられず、自分の顔も死も知られないまま、殺されていく。

 それまでに無い、戦争、そして原爆だから起こった残酷と、それに巻き込まれた人の無念がにじみ出た言葉です。



 原爆投下の判断を下した人々は、一体、この後遺症についてどこまで理解していたのか。

 深くは知らなかったのか。

 知った上で、それでも投下するべきだと思ったのか。

 このことについて、我々はほとんど事実を知らされていません。

 しかし、皆美のように、周囲の人の死や、葛藤の中でもがきながら、ようやく生きる意味を見出したときに、なぜ死ななければならないかもわからずに、命を落としていった人がいるということを、この作品を通じて心に刻み付ける必要があると思います。



 「夕凪の街」は、抑制された語りながら、やはり重いものが残りますが、「桜の国」は、その後の人々の、苦しみの中から芽生えた愛情を描き、心に灯のともるような読後感の作品です。

 どちらも名作であり、一つの家族の物語として、併せて読むことにより、いっそう互いの深みが増す構成になっているので、是非ご覧ください。

 

 読んでくださってありがとうございました。


(補足)
 当ブログ こうの史代作品関連記事。
(※ネタバレあり)この世界の片隅に 映画で語られなかった場面(1)ノートの切れ端とリンドウのお茶碗
(※ネタバレあり)「この世界の片隅に」映画で語られなかった場面(2) 雪に描かれた絵と、桜の花びらの舞い降りた紅
(※ネタバレあり)漫画、こうの史代作『夕凪の街 桜の国』ご紹介


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2017年07月30日

(一部ネタバレあり)わたなべぽんさん 『もっと、やめてみた。』ご紹介 


 今日は35kgのダイエットで話題となった漫画家わたなべ ぽんさんの最新エッセイ漫画、『もっと、やめてみた。』をご紹介させていただきます。

もっと、やめてみた。 「こうあるべき」に囚われなくなる 暮らし方・考え方 (幻冬舎単行本) -
もっと、やめてみた。 「こうあるべき」に囚われなくなる 暮らし方・考え方 (幻冬舎単行本) -


 (※一部ネタバレありなのでご注意ください)


 昨年発売の『やめてみた』同様、ぽんさんがなんとなく続けてきたけれど、実は今の自分には合わなくなっていた生活習慣や、物の考え方を、やめてみた、というお話です。

やめてみた。 本当に必要なものが見えてくる暮らし方・考え方 -
やめてみた。 本当に必要なものが見えてくる暮らし方・考え方 -

 幻冬舎PlusのHPで一話試し読みができます。(コチラ

 「もっと、やめてみた」の内容は次のようなものです。(目次より引用、カッコ内筆者補)
 
 ・ビニール傘の巻
  (ついつい増えてしまう出先で買う傘のお話〈ワカル!!〉)
 ・プチプラアクセの巻
  (※500円くらいで買えるアクセサリーについて)
 ・観葉植物の巻
  (大好きだけどお世話が得意じゃなかったそうです)
 ・髪型の巻
 ・ボディソープの巻
 ・居酒屋の巻
  (深夜、多忙な時、つい飲みに行ってしまうこと)
 ・友達作りの巻
 ・イベントブルーの巻
  (イベントが近づくと、当日の自分の振る舞いに不安を感じて、気乗りしなくなってしまうというクセ)
 ・人見知りの巻
 ・センスの問題の巻
  (自分のセンスに自信が持てない……と、思うこと)
 ・いつから旅行好きに?の巻
  (大好きな旅行で感じる解放感から気づいた、日常の思い癖)
 ・生まれ直しの巻
  (3年にわたる歯科治療が終わったときに見えてきたこと)

 前作『やめてみた』もそうですが、今作も「今のぽんさんの気持ちや暮らしに合わなかったからやめてみた」ものの紹介です。(ご自身でもそう前置きされています。)

 また、大きな話題となった「スリ真似(スリム美人のメンタルや生活習慣を真似する)」ダイエット本三作や、汚部屋脱出本「ダメな自分を認めたら、部屋がキレイになりました」(コンプレックスから物を増やしてしまい、そんな自分を納得させて減らしていくまでの心理を描き切った名著)に比べると、習慣を変えることの苦労や、そのためのコツの描写は少なめです。

スリム美人の生活習慣を真似したら 1年間で30キロ痩せました (メディアファクトリーのコミックエッセイ) -
スリム美人の生活習慣を真似したら 1年間で30キロ痩せました (メディアファクトリーのコミックエッセイ) -

ダメな自分を認めたら 部屋がキレイになりました (コミックエッセイ) -
ダメな自分を認めたら 部屋がキレイになりました (コミックエッセイ) -

 今回の見どころは、前回の「やめてみた」でも描かれていた
 「この習慣は、こういう理由で、自分には合わないと思った」
 「やめたら、こういう暮らしや気持ちの変化があった」
 という要素に加え

 「やめてみたから、新しく楽しいことや素敵な物をとりいれられた」
 という一面が紹介されているところです。
 (ぽんさん曰く「やめてみたら始まったこと」。)

 (例)
 肌に合わない、洗浄力の強すぎるボディーソープをやめてみた。
       ↓
 思い切って、手作り石鹸にチャレンジしてみたら、肌質に合っていたし、作るのも楽しかった。

 というわけで、丁寧に居心地よく暮らし始めた人の和やかなお話……のようにも読めるのですが、随所に、「それまで自分の苦手に気づけなかった、あるいは悪い癖をやめられなかった理由」も描かれています。

 人柄が良くて、今はお仕事も順調、優しい夫さんと、良いお友達に恵まれ、おまけにダイエットと片付けに成功して美部屋美人、な、はずのぽんさんですが、子供のころから、体重を含めた身の回りのケアや、人付き合いに多くの苦手をかかえて、コンプレックスに苦しんでいらっしゃったようです。
(クリエイターさんなのに、自分のセンスに自信を持てないでいた、とか、気配りにいそしむ裏で、周囲が抱く印象を非常におそれていたという箇所などから、それが読み取れます。)



 ぽんさんの苦しかった気持ちが一番はっきりあらわれているのが、「生まれ直しの巻」です。
※以下ネタバレになります。)


 内容は、子供のころから30代後半にいたるまで、まともに治療していなかった歯を、3年の通院で完治させたというものですが、この回では、そこまで歯を放置してしまった経緯として、

 「ぽんさんが幼いころ、お母さんが歯磨きのしつけを丁寧にできず、代わりに時々ぽんさんの虫歯を力づくで磨くので、以来、歯のことを親に隠すようになってしまった」

 という出来事が描かれています。

 前作『やめてみた』でも、整理整頓やスケジュール管理が苦手だった子供のころのぽんさんが、失敗するたびに、おかあさんに厳しく叱られるので、ますます自信を喪失してしまったというエピソードがあり、この時期、ぽんさん母子の間にわだかまりがあったことがうかがえます。

(今ならネットや本で、日常生活の苦手と付き合っていくコツをたくさん情報収集できますが〈ぽんさんの本自体がそういうものですし〉、当時は「本人がなまけてる」か、「親のしつけがなってない」でひとくくりにされてしまいがちでしたから、お互い大変だったと思います……。)

 「子供時代、家族との間にあったトラウマが今に悪影響を及ぼしている」という分析は、昨今数多く見られます。

もっと、やめてみた。1.png


 ですが、この作品はそうした分析で話を終わらせず、さらに「トラウマとの別れ」を描いており、そこが、この本一番の名場面でした。



 大人になって、とうとう歯の痛みが気絶するほど強くなってしまったぽんさんは、ようやく病院に駆け込み、症状の重さに驚いたお医者さんから、「どうしてここまでほったらかしたんですか!?」と、言われてしまいました。

 子供のころの歯にまつわるお母さんの思い出や、一人暮らしをはじめても、お金がなくて治療ができなかったことなど、つらい記憶が、歯の痛みとともに蘇ってきて、胸がいっぱいになってしまったぽんさんは、思わず、

「母が歯みがきのしつけをちゃんとしてくれなかったんです。」

 と、漏らしてしまいます。

 しかし、それを聞いた、歯医者さんは、

「なーに言ってんのそんな昔のこと。おかあさんはどうあれ、今のあなたは自分でなんでもできる立派な大人じゃないの」

 と、笑顔で、さばさばと言いました。

もっと、やめてみた。2.png

 この言葉に、

 「すっかり母のせいにして、自分でできることすらほったらかしにしていたのかも(中略)いい歳して、人前ですごく幼稚な言い訳をしてしまった」

 と、猛烈に恥ずかしくなったぽんさんは、

 「もう、誰かのせいにしてなまけたり、自分を正当化するのはやめるんだ」

と、決意して、この歯医者さんに通って完治を目指すことにします。
 
もっと、やめてみた。3.png



 ……ぽんさん本の大きな魅力は、人の言葉を素直に受け取るぽんさんのお人柄だ、と、前々から思っていましたが、この、歯医者さんの言葉に一瞬で猛烈に反省するシーンは、彼女のキャラクターの長所が最もくっきり表れています。

 「大人で、病気で体が動かないわけではないんだから、自分の口の中は自分で面倒見るべき」と、いうのは、動作の手間から言えばまったく正論なのですが、心に傷を抱えている人からすれば、そんなに簡単な話ではありません。

 「するべきなのはわかっているけれど、どうしてもそういう気持ちになれない、健康なはずの体も動かせない」

 痛む歯すらそのままにしてしまうほど、気持ちのあちこちにおもりがついている。そして、そのおもりは、昔のつらい記憶が姿を変えたもので、なかなか振り払うことができない……。

 そんな経緯があると、「前向きな正論」が素直に受け入れられないことがあると思います。

(たとえば「こっちの事情も知らないで!!」と怒ってしまう、とか。)



 でも、ぽんさんは、歯医者さんの言葉を、自分のつらい記憶は脇に置いて正面から受け止め、自分に足りなかった部分を反省している。

 なかなかできないことだと思います。

 先生の言い方がさっぱりとあたたかかったのも良かったのでしょうね。

 (良いお医者さんって、こんなふうに、変に深刻にならずに、苦しかった気持ちまで含めて軽やかにしてくれますよね。)

 怒るどころか、このお医者さんについていくことにしたというのも心温まります。

 ぽんさんもお医者さんも素敵な方だと思いました。



 余談ですが、過去本と見比べてみると、この歯医者さんとのやりとりは、部屋の掃除を終わらせ、ダイエットを開始している頃と前後している出来事と思われます。
(ダイエット本の中で「ダイエットと並行して歯を治したい」と、目標を書いていらした。)

 すでにぽんさん自身の中で、もっと前向きに暮らしていきたいという、その他の頑張りも進められていた時期だからこそ、素直に先生の言葉を受け止められたのかもしれません。



 そして、夫さんに歯の完治を報告したぽんさん。

 歯がキレイになったのは嬉しいけれど、もっと早くに気持ちを入れ替えてケアをしていれば、時間もお金も使わずに済んだのだけれど……、と、残念に思うぽんさんに、夫さんは、うーん、と考えこんでから言います。

「それはそうだけど、できなかったんだから仕方がないじゃない」

 考えを変えるのは、きっとそれくらい時間が必要だったんだよ。その分これからはうんと歯を大切にすればいいさ。

もっと、やめてみた。4.png

もっと、やめてみた。5.png

良いこと言うなぁ……。

 読んでてすごく染みました。

 ぽんさんの夫さんって、苦手の多かった過去のぽんさんを責めるわけでもなく、でも、自分が余計な重荷を背負うでもない、それでいてぽんさんの努力の成果を一緒に喜んでくれる、というキャラクターで、パートナーとしての距離感が絶妙だと思っていましたが、(全作通じて、夫さんがぽんさんを叱ったのは、ぽんさんの良い性格がネットゴシップ閲覧で損ねられたときだけ。〈『やめてみた』より〉)これは夫さんの数々の味わい深いお言葉の中でもとくに名セリフです。

 現実的だけど穏やかで優しい。

 こういう言葉を誰か(とくに自分にとって大切な人)に言ってもらえると、わだかまっていた気持ちがはやくほどけていくと思います。



 「自分が生きやすいように、楽しく丁寧に暮らす」という、読んで気持ちが軽やかになれるテーマの奥に、心の傷と向き合うという深いテーマや、人との良い出会いが描かれた素敵な一冊でした。是非お手にとってみてください。

 読んでくださってありがとうございました。

(補足)
・ 幻冬舎HPに、前作『やめてみた』の太っ腹試し読みページがあるので貼らせていただきます。併せてごらんください。

http://www.gentosha.jp/category/yametemita

・当ブログ、わたなべぽんさん作品ご紹介記事は以下のとおりです。
「やめてみた」(わたなべ ぽん作 コミックエッセイ)ご紹介
『ダメな自分を認めたら部屋がきれいになりました』(わたなべぽんさん作 お片付けコミックエッセイ)
減酒への道 (わたなべぽんさん「やめてみた」参照)
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2017年07月21日

清水三年坂美術館の村田理如館長と、ロンドンの大富豪ナセル・ハリリ氏(明治工芸の名コレクターたち)

 京都の清水寺近くに、日本が誇る明治工芸の殿堂、清水三年坂美術館があります。

 先日(2017年6月末〜7月初旬)BS7の『極上お宝サロン』で、4週にわたり、京都清水三年坂美術館が特集され、その素晴らしい収蔵品の数々が紹介されました。

・番組内、清水三年坂美術館と村田館長についての記事はコチラです。


 清水三年坂美術館は、村田製作所の役員だった村田理如(まさゆき)氏が、明治工芸の美に魅せられ、1980年代後半から、20数年かけて収集したものです。(※)

 村田理如館長の、美術館設立にまつわるお話がよめるページはコチラです。
 http://www.sannenzaka-museum.co.jp/abut.html

(村田理如館長の著作の一部)
清水三年坂美術館 村田理如コレクション 明治工芸入門 -
清水三年坂美術館 村田理如コレクション 明治工芸入門 -

幕末・明治の工芸―世界を魅了した日本の技と美 -
幕末・明治の工芸―世界を魅了した日本の技と美 -

 もともと主に海外への輸出品として作られ、世界中に散逸していた明治工芸の作品群を買い集めて、里帰りさせてくださった、村田さん。


 この方無くしては、現在「超絶技巧」と讃えられ、もはや再現不可能とすら言われる圧巻の美が、国内で再評価されることは無かったかもしれません。

(※)この「村田コレクション」は、京都のほか、他美術館にも貸し出しされ、現在、北海道函館美術館で8月20日まで、東京では三井記念美術館で、今年9月16日〜12月3日にかけて観ることができるそうです。



 そんな日本明治工芸界の大功労者の村田館長ですが、村田館長よりも初期に、恐るべき質量の明治工芸を収集した、もう一人の名コレクターがいらっしゃいます。

David_portrait.jpg


 ナセル・D・ハリリ氏。(Nasser Khalili)
(画像出典:Wikipedia 提供者:Malkalior )



 ロンドン在住のイラン系大富豪であるこの人物は、巨万の富と審美眼を武器に、明治工芸の一大コレクションを築き上げました。


 かつてNHKのドキュメンタリー番組の中で、「(ハリリ氏より収集が)10年遅かった……」と、村田さんの温厚なお顔を実に悔しそうに曇らせ、唇を噛ませた人物です。


 ナセル・D・ハリリ氏は彼がまだ20代だった1970年代から、イスラム系の美術品や細密画(細やかに装飾された文字や挿絵の入った絵画や文書)を収集し始め、やがて、同じく高い技術と細やかな装飾性を持つ明治美術に目を向けます。


 当時、明治工芸は、海外への土産物として量産された粗悪品が多い、というイメージで、江戸美術よりはるかに劣るものとされていました。

(実際、細かいけどゴテゴテしているだけでオーラが無い作品がある。)


 しかし、こと明治初期には、ウィーン万国博覧会(1873年)をはじめとして、ヨーロッパの富裕層を瞠目させた、数多くの名作があり、ハリリ氏は己の美意識を信じて次々とそれらを収集しました。

2017年秋、ハリリコレクションの展覧会「beyond imagination」がロシアで開催されたときの動画です。

逆上するほど美しい。(真顔)



https://www.youtube.com/watch?v=kzR8OG00gGo

 NHKのドキュメンタリー番組に出演されたときのお話によると、子供のときから既に「ほしいものを手に入れるためなら昼食代を犠牲にした(確か切手収集)」そうで、物心つくなり己の美意識と執念を磨きぬいた、「天才コレクター」とも形容すべき人物です。

(日本では忘れ去られていた作品を一気に収集し、価値の再発見への道をつないだという点では、今や大スターとなった伊藤若冲のコレクター、ジョー・プライス氏を彷彿とさせます。日本美術界の恩人と呼ぶべき方だと思います。<村田さん的には火花バチバチのライバルでしょうけれど。>)



 このハリリ氏は、過去NHKの番組に何度か出演し、その圧巻の逸品を垣間見させてくださっています。


 「七宝、幻の赤を追え」で、ハリリ氏のオフィスに飾ってあった実に見事な安藤重兵衛の赤七宝の壺を手に取り、チュッとキスしていたのがすごく印象的でした。


 あと、いかにも「抜け目ない知的なビジネスマンにして紳士」という感じなのに、優れた作品を前にすると、ニタアッと笑っていたのが面白かった。


 先述の村田さんのホントに悔しそうな顔と並び、名士たちなのに「マニアの熱」がある。

 この方たちの審美眼と執念、そしてわかりやすい表情と物に対する熱愛は、人気漫画「へうげもの」で、名物(美術品)を我が手にと奔走した武人、茶人たちを思い出させます。

へうげもの(1) (モーニングコミックス) -
へうげもの(1) (モーニングコミックス) -

 ハリリ氏のコレクションは、残念ながらまだ来日したことが無いようです(本当に残念……)が、彼の作品は、書籍『ハリリ・コレクション』ほか、公式HP(英文)でも高画質で観ることができます。

ナセル・D・ハリリコレクション―海を渡った日本の美術 (第1巻) -
http://www.khalilicollections.org/all-collections/japanese-art-of-the-meiji-period/

(※下部「LOAD MORE」をクリックすると次の作品群が表示され、画像をクリックすると拡大写真と説明が表示されます。)

(明治工芸がネットで観られるページとして、今まで、清水三年坂美術館、ヴィクトリア&アルバート美術館、ウィキペディア<主にロサンゼルスの美術館lacmaの所蔵品>を見つけましたが、画質の良さと掲載品数はこちらのページが一番だと思います。<一方、清水三年坂は工程動画があるので勉強になります。>)

 過去NHKの番組で紹介された作品の一つはおそらくコチラです。
象の香炉)


 個人的に素敵だと思った作品はコチラです。

対の七宝花瓶(赤坂迎賓館の壁面装飾を担当した明治七宝の名手、濤川惣助作)

 ・飾り棚(一部、濤川惣助作と考えられる品)


 ハリリ氏は明治工芸、イスラム美術ほか、日本の着物やスペインの工芸品など、8部門のコレクションをしており(計約3万点〈ぴんとこない……〉)それらも一部HP上で公開されていますが、いずれも逸品そろい。本当に卓越したセンスです。

 是非ご覧になってみてください。

 公式HP内、8部門のコレクション目次ページはこちらです。
 http://www.nasserdkhalili.com/the-eight-collections/

 ハリリ氏ご本人が先述のロシア(クレムリン美術館)での展覧会会場で、お話されている動画はこちらです。
(「字幕」で英語表示が可能だと思いますのでお試しください。※動画画面右側にカーソルを合わせると表示が出てきます〈歯車マークの左側〉)



https://www.youtube.com/watch?v=822NtfP_958



 読んでくださってありがとうございました。


posted by Palum. at 06:17| 美術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月20日

イギリスの名庭園、ダルメインへの交通アクセス(ロンドン発の場合)

 今回は、イギリス湖水地方の名庭園、ダルメインへのロンドンからの行き方についてご紹介させていただきます。
(※2017年5月時点、筆者が知る限りの情報です。イギリスの電車情報はめまぐるしく変わるので、必ずご自身で公式情報をご確認ください。)

庭から見たダルメインの邸宅.jpg

 当ブログ、ダルメインについての記事は、コチラコチラをご参照ください。

ダルメイン公式HPのアクセス情報はこちらです。(道路情報とペンリス駅、アルス湖〈Ullswater〉との位置関係が見られます。)
 https://www.dalemain.com/how-to-find-us/

 Rome2rioという交通アクセス情報ページで検索したルートは以下のとおりです。
 https://www.rome2rio.com/s/London/Dalemain

なお、NHKのスタッフの方は「車で約6時間」と書かれています

 初心者なので、「ロンドンユーストン駅より電車で約3〜4時間でペンリス駅に行き、そこからタクシーで約20分」というルートを選びました。

 ところで、さきほどのrome2rioでは「Penrith駅から6分ほどバスに乗り、Station Town End Farmから30分ほど歩く」という案が出ていましたが、

 1,バスは1日四回のみ
 2,郊外の道は歩道が無いことも多く、どの車も歩行者などこの世に存在しないかのようにスピード出している

 ……という難点があるので、慣れていないと危険かもしれません。


今回は「電車+タクシー」ルートを一例としてご説明させていただきます。



(チケット購入方法)

ロンドンユーストン駅→ペンリス駅は、グラスゴーセントラル方面の電車に乗り、直通、または一回乗り換えです。
(乗り換えの有無、途中停車駅の数などで乗車時間がだいぶ変わります。)

当日、駅で切符を買うこともできますが、イギリスは「出発時間(通勤時間帯かそうでないか)」や「時間が決まっている切符か当日何時でも乗れる切符か」、「予約時期」、「往復か片道か」など様々な条件で、切符の価格が大きく変動します。
(到着が一時間遅いのに値段が数千円高いとかありえます。)

スケジュールが確定した時点で、すぐにネット予約をすると割引価格になるかもしれません。

(スゴイ例だと、3倍以上になることもあるのですが、2カ月先の安い時間帯を予約した場合、往復大人料金で70〜100ポンド程度のようです。※約3ヶ月前からネット予約できるようです。)

チケットはVirgin train〈ロンドンユーストン↔ペンリス間の列車を運行している企業〉、または、Nationalrail〈英国鉄道〉HPから予約できます。


 筆者が使ったチケットのおおまかな入手手順は以下のとおりです。

1,英国鉄道HP「nationalrail.co.uk」にアクセス
(またはVirgin train社HPに直接アクセス)

2,出発駅、到着駅、行き先、日時、人数、普通車、一等車などを選択(往復の場合は「return」にチェックを入れてこちらも日時入力)

3,候補の経路を選ぶ
※「change(chg)0」と書いてあれば乗り換え不要。「change 1」とあれば一回乗り換えです。
(ロンドン↔ペンリス間で乗り換えがある場合、「Preston」という駅での乗り換えが多いようです。)

※ここで他の時間帯の乗車時間と価格を比較してみることをお勧めします。「Earlier train(より早い時間の列車)」「Later train(より遅い時間帯列車)」をそれぞれクリックすると情報が出てきます。

4,この路線はVirgin train社担当だったので、Virgin train HPで氏名、チケット情報を受信するメールアドレスなどの情報登録
※クレジットカード情報保存の有無、メールマガジン送付希望の有無などにお気を付けください。

5,席の希望を入力
(進行方向向きの席か、通路側か窓側か、電源つきか、テーブル席かなどを選べます。 )

6,チケット取得方法のうち「Eチケットをメールで受け取り、プリントアウトして持参」する方法を選択してカードで購入

※駅で受け取るとか、端末に保存するとか、ほかにも方法があったようなのですが、当日一番アタフタしない方法にしました。

7,「登録のお知らせ(welcome to virgin train)」「予約確認(your booking confirmation)」というメールの後に「Your e-ticket to Penrith」という添付ファイルつきメールが届いたので、ダウンロードして印刷
(往復で予約した場合 、「行き」「帰り」×人数分のファイルが届くので全て印刷する)

 このとおり、チケットを選ぶのも買うのもかなりメンドクサイです。

(イギリスの鉄道事情のややこしさは、問題になっており、労働党は「鉄道を再度国有化し、システムを簡略化する」というマニフェストを掲げているそうです。)

 でも、タクシーを使うしかなかったので、ここで執念を燃やして少しでも安いチケットをとってタクシー代に回しました……。



(ロンドン・ユーストン駅での乗車)

イギリスの電車は到着ホームが出発30分前くらいに表示されることが多いです。
(事前にうかがっても「待ってれば出てくるから」みたいな返事しかもらえなかったです。)

駅中央に電光掲示板があるので、表示を待ちます。
 (さらに、電光掲示板左奥には、待合室があり、ここのテレビでも表示を見られます。)
ロンドンユーストン駅.png


駅構内にVirgin trainの専用カウンターがあり、案内係のスタッフさんも待機していらしたので、そのほかのわからないことは、ここでうかがうと良いと思います。
(ファーストクラスだとVirgin専用のラウンジがあるそうなので、ここで場所を確認されては。)

チケットを準備したあと、表示が出たら、ホームに行きます。

ユーストン駅2.jpg

 ホーム前にいる駅員さんに、チケットを提示してください。
(ボールペンでくるりんと印をつけられました。)

 乗車後も、何度か車内検札があるので、チケットはすぐに出るところにしまっておいてください。

 (補足)Virigin Trainの列車、乗り心地はとてもよかったのですが、荷物置きが小さめでした。急いで場所を確保し、後のお客さんとの兼ね合いを考えて荷物を積むことをお勧めします。



(ペンリス駅)

ペンリス駅.jpg

 ロンドンより4度ほど寒いです。(交通情報じゃない。)

 5月なのに、曇りだったせいもあって、着いて早々「寒い!!」と叫びました。

 5月で12度ほどだったでしょうか。でも風が冷たかった。空気がきれいなのも影響しているかもしれません。

 なので、涼しい時期には一枚羽織れるように準備しておいたほうがいいと思います。

 駅を出てすぐの場所がタクシーの発着地点となっています。

(ただ何台も待機している感じではなく、少し待ちました。それでも比較的すぐに車が来てくれたのですが、運が良かったかもしれません。)

 ペンリス駅から、ダルメインに直行した場合、料金は片道で約12〜13ポンドです。
(タクシー料金の概算を検索できるサイトがあったのでご確認ください。https://yourtaximeter.com/

 なお、帰りもバスなどはないので、帰る時間をお伝えして、戻ってきてもらうように事前に交渉したほうがいいかもしれません。

(我々がお願いした運転手さんは、幸い、待機時間の料金は取らずにいてくださったので、往復の距離運賃だけでした。)

 ダルメインの滞在時間は少なく見積もっても3〜4時間は必要だと思います。
 
(邸内見学ツアーと庭の散策でそれぞれ1時間強、ティールームでお茶40分くらい。〈ティールームは込み合うこともあり、また周辺の道や村もきれいなので、そこも歩きたければもっと時間が必要〉)

  ダルメインのある、アルスウォーター(Ullswater)周辺は、「イギリスで最も美しい」と称えられたアルス湖があり、蒸気船で湖を遊覧できるほか、周辺の谷川の散策も楽しめ、山と湖を背負う野原のあちこちに羊たちがくつろいでいるという、大変風光明媚なところです。

アルス湖 - コピー.jpg


(イギリス人の英語の先生から、湖水地方に行くならあそこだと勧められた。〈そしてダルメインに近いので即決した。〉あと、住んでいる方たちが総じて穏やかで、ご飯がおいしくて、なぜか犬をよく見かけるところも個人的にはポイント高かったです。)

 お時間の許す方は、是非宿泊をして、ダルメイン以外のところにも足を延ばしてみてください。
(いずれ、ダルメイン以外のアルス湖周辺の様子もご紹介させていただきます。)


 以上、ダルメイン交通情報でした。

 読んでくださってありがとうございます。


(補足)
(当ブログダルメイン関係記事)
ダルメイン訪問記1 (NHK BSプレミアム「魔法の庭・ダルメイン〜イギリス湖水地方の田園ライフ・秋冬そして春」によせて。)
「魔法の庭 ダルメイン」(NHK BSプレミアム)続編と再放送のお知らせ

(NHKダルメイン紹介番組記事)
 ・http://www4.nhk.or.jp/P4110/x/2017-05-31/10/22670/2393129/
 (魔法の庭 ダルメイン〜秋冬 そして 春〜)※続編番組情報
 ・http://www.nhk.or.jp/docudocu/program/92393/2393099/
 (もっとNHKドキュメンタリー「魔法の庭 ダルメイン」)※初回番組情報

(The Dalemain Estateのホームページ)
 ・http://www.dalemain.com/index.php
 ・https://www.dalemain.com/japanese
 ・https://www.dalemain.com/日本語/
 (同HP日本語紹介ページ〈二種類〉)
 ・https://www.dalemain.com/house-and-garden/whats-in-flower/
(同HPガーデン情報ホームページ)

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2017年07月19日

おそうじ漫画『ネコちゃんのスパルタおそうじ塾』

 可愛いおそうじ漫画があったのでご紹介させていただきます。

『ネコちゃんのスパルタおそうじ塾』。

ネコちゃんのスパルタおそうじ塾 -
ネコちゃんのスパルタおそうじ塾 -

 現在もブログやウェブ連載で大人気の飼い猫エッセイ漫画、「うちの猫がまた変なことしている」の作者卵山玉子さんが作画をご担当した、「汚部屋(※)ではないけどどうも散らかっている……。」レベルの人向けのお掃除指南漫画です。

うちの猫がまた変なことしてる。 (コミックエッセイ) -
うちの猫がまた変なことしてる。 (コミックエッセイ) -

(※汚部屋……ゴミが散乱し、足の踏み場も無いほど散らかった部屋のこと。こちらの脱出本としては、「片付けられない女の、今度こそ片付ける技術!」(池田暁子さん著)や、「まさか汚部屋を脱出できるとは」(ブロガー、ややこさん著)などがあります。)

片づけられない女のためのこんどこそ!片づける技術 -
片づけられない女のためのこんどこそ!片づける技術 -

まさか、汚部屋を卒業できるとは。 -
まさか、汚部屋を卒業できるとは。 -

 アドバイザーとコラムご担当は、伊藤勇司先生。

 コミック『部屋は心を映す鏡でした』でもアドバイザーをなさっており、部屋が散らかる原因とその解決策を、住人の心理分析とともに説明されています。

部屋は自分の心を映す鏡でした。 -
部屋は自分の心を映す鏡でした。 -


(あらすじ)

 トモエさんは、優しい夫のケンスケさんと、飼い猫の「ネコちゃん」と暮らす、お掃除がちょっと苦手な女性。

 床や収納がどうもスッキリしないことは気になっているけれど、どうすればいいのかよくわからない……。

 そんなふうに思っていたとき、膝の上のネコちゃんが一言。

 「まずは視界に入る物品数を減らしてみてはどうかな(人語)」。

 トモエさんを見かねて、Eテレで人語を学んだ(←笑)ネコちゃんによる、「インテリア雑誌に出るほどじゃないけれど片付いた部屋」を目指す、熱血スパルタ猫の手貸し指導がはじまります。



 (見どころ)

 とにかくネコちゃんがカワイイ……。

 卵山さん特有の、もっちりふっくら丸っこい線で描かれたつぶらな瞳のネコちゃん。

 癒やし系な外見に似合わず、指導者としては某昭和のラグビー部先生級に厳しく、怠惰なトモエさんの性根を、時に鉄拳制裁でたたき直します。

 もぺーん!(ビンタ音)

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 「痛いかッ!ネコちゃんのココロはもっといたいぞ!」

 「いや……肉球がプニプニだった……。」

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 ……羨ましさしかない……。
 (あとスパルタなのに自分を「ネコちゃん」って呼ぶところがもう……)

 別バージョンではトモエさんがネコちゃんヒップアタックを食らってましたが、こちらも、「いや……お尻がモフモフだった……」とのことでした。

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 本屋でこの本に出会ったとき、特に掃除に悩んでいたわけではなかったのですが、この「もぺーん!」に勝てずに気づいたら購入していました……。
 
 よく子供向け学習漫画にドラえもんやコナン君が登場して、勉強に対する心理的ハードルを下げていますが、この本も、大人の掃除めんどくさい心をネコちゃんの可愛さで強制的に和らげる嬉し卑怯な構成になっています。


 ……というか、掃除終わっても、ウヒョヒョムヒョヒョと読んじゃう……。

 この素敵なキャラクターデザインは、浴室の赤カビ「ロドトルラ」にまで及んでいます(RPGのモンスターみたいな名前だからとトモエさんがイメージした姿)。

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 ピンクのフンワリしたフォルムに角が生えた姿で、ネコちゃん同様のぷっくりと可愛い目鼻立ち、むしろ栽培して、末永く一緒に住もうと言いたくなる。

 あとがきの、ネコちゃんとご夫婦が挨拶しているコマにもさりげなくロドトルラが紛れ込んでいたので、卵山さん的にもお気に入りのキャラと思われます。

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(掃除のポイント)

 「リビング」「キッチン」「浴室」など、エリア別にお掃除が進んでいきますが、どこも次のような流れで片付けられていきます。

「いらないものを手放す」
「物を収納場所に収める」
「乱雑に配置された物を整える」
「ホコリ・汚れを落とす」

 「いらないものを手放す」については、「断捨離」「ミニマリスト」など、徹底した不要品の処分を目指す本も数多く出ていますが、この本は、そこまで厳密ではありません。
(伊藤先生は、「捨てない片付け」も提案されている方なので。)

片づけは「捨てない」ほうがうまくいく -
片づけは「捨てない」ほうがうまくいく -


 この本の中で「ものを手放す」のは、あくまで普段使う物の「帰る場所(収納スペース)」を確保するためです。

 ただし、収納や掃除を阻害する量の物については情け容赦ありません。
(ネコちゃんのバイオレンスは主にトモエさんが不要品をとっておこうとしたときに発動。)

 なお、トモエさんがとっておこうとする品は、「逆にアート」「みうらじゅん氏にさしあげたら、大事にしていただけるのでは」と思わされる、斬新なセンスに満ちあふれています。

 (例)ネコちゃんが「これけっこう好きだよ」と救い出したマッチョベア。
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 いらないような魅惑的なような品々(特におっさんヒヨコが気になる)。

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 不用品を選り分けた後には、しまう場所や、今後お掃除しやすい仕組み作り(コード配線をまとめる、小物は箱に入れておく、など)をします。

 そして、仕上げに汚れ落とし。
(この作業描写が「ドアノブや取っ手も拭く」など細部に及んでいて実用的)

 「一応汚部屋ではない」というレベルを想定しているので、掃除用洗剤は、重曹とクエン酸といった、毎日使っても肌にも環境にも優しいものを主に使用しています。

 個人的に目からウロコだったのは、「お風呂の天井は(持ち手を短くした)フロアワイパーで拭く」でした。

 今までしたたる水滴と戦いながらブラシとペーパーでやってた(ゴーグルつけたりしてた)から、その手があったかと……。

 その他「ベッドマットの掃除機のかけ方」や、「ベランダ掃除法(しめらせてちぎった新聞紙をまいて掃き、細かい砂埃を吸着するのだそう)」など、家のあちこちのお掃除方法が紹介されています。

 ネコちゃんに萌えながら、一通り片付けたい、という方にピッタリの名作。とてもオススメです。

(先述の、ネコちゃんのむしろ羨ましい肉球制裁とか、トモエさんの私物のセンスとか、ロドトルラとか、全体的に淡くて優しい色使いとか、漫画として読んでて幸せになる作品。)


 ネコちゃんには逆らえねえ的勢いで作業が進められた後には、伊藤先生の心理カウンセリング的分析コラムをご覧ください。

 伊藤先生のあとがきには、「片付けの本質は部屋を改善していくことではなく。「部屋が片付かなくなる状況を招いた“自分”を改善すること」」と、書かれていました。

 よくお掃除をすると運気が上がると言いますが、つまりこうして冷静に自己分析をして、より謙虚で積極的に動ける自分になることで、良い流れを自らつかみ取っていけるようになるのだと思います。



 このほかにも、結構な数のお掃除本を読破してきたので(おかげでまあ、一応、清潔度普通)、以後もお世話になってきたお勧め本を今後もご紹介させていただきたいと思います。

 よろしければお立ち寄りください。

 読んでくださってありがとうございました。

posted by Palum. at 08:46| おすすめ漫画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月31日

ダルメイン訪問記1 (NHK BSプレミアム「魔法の庭・ダルメイン〜イギリス湖水地方の田園ライフ・秋冬そして春」によせて。)

今日(2017年5月31日)、21時〜22時半、BSプレミアムで「魔法の庭・ダルメイン〜イギリス湖水地方の田園ライフ・秋冬そして春」が放送されました。

番組URL http://www4.nhk.or.jp/P4110/x/2017-05-31/10/22670/2393129/
ダルメイン公式URL http://www.dalemain.com/index.php

(この他の番組、ダルメインの公式HPのURLを引用させていただいた前回記事はコチラです。アクセス情報はコチラです。)
2016年に放送された番組の続編なのですが、本日は、私がこの番組に感動して、今年、ダルメインにお邪魔した際の出来事を書かせていただきます。


その日はあいにくの小雨だったのですが、番組でも紹介されていたマーマレードが食べたくて、ティールームに行きました。

 ティールームは石を積み重ねた壁に、鉄製の重厚な照明、木彫りの家具も時代を感じさせ、中世の居間のような雰囲気。

 磨き抜かれたレジ台には、カバー付きのお皿にのったいかにも手作り風のお菓子の数々、棚にはマーマレードが一杯。

 肌寒かったので、暖炉に火がともり、薪の燃えるシュワシュワという音と外のいぶされた匂いが良い風情。

家族と、憧れの!マーマレードスコーン、ナッツごろごろクリームチーズのせキャロットケーキ、卵サンドをシェアしました。

全部すごく美味しかったです。特に苦みと酸味がほどよく効いたマーマレードの奥深い甘さと、にんじんケーキのしっとりと香ばしさのハーモニーは忘れられません。


あいにくのお天気なのに、この味と雰囲気を求めてなのか、お客さんが次々と入ってきて、売り場前はかなりの混み具合。

食べ終わったので、人をすりぬけるようにしてドアに向かうと、黒ジャンパーにジーンズ姿の女性がドアを開けてくださいました。

ここの職員さんは皆さん丁寧で親切な方ばかりだなあと思いながら、サンキューと、顔をあげると、笑顔でハローと挨拶してくださった女性。

聡明さのにじみでた、淡く透き通った大きな瞳と丸い額、柔らかいグレイブラウンの、ふんわりと結い上げて、後れ毛をたゆたわせた、独特のまとめ髪。

…………(←目の前の情報と、テレビの記憶が一致するまでの空白。)

ダルメインのご当主夫人で、庭造りをなさっているジェーン・ヘイゼル・マコッシュさんご本人(が、ドアを開けてくださっている)!!

  あ…あ…!(←声にならないアタフタ)

「こ、こんにちは!お、お会いできて光栄です」

「ようこそ(Nice to meet you.)」
ジェーンさんから手を差し出され、私たちに握手をしてくださいました。

 以下、もともと怪しい語学力なのと、舞い上がりすぎで、聞き間違えもあるかもしれませんが、ジェーンさんのお言葉(の、おおよその意味〈汗〉)を書きこませていただきます。

(いやあ、「はあ、なんて素敵なお庭と暮らしぶり、センスもお人柄も素敵なお人だ……」とぽわ〜んとテレビで観ていた方が、急に目の前にいらしたら、ホント、テンパってしまいました。)

「お天気があいにくで残念です。5月31日にNHKの続編でこの庭のクリスマスの模様が放送されるのでよろしければご覧くださいね。」

(この番組ですね、たぶんここで私が〈頭の中花火になりながら〉「前回の番組を観て、伺いました。たくさんの日本の方たちが、『このお庭に感動した』、とNHKのホームページに感想を寄せています」と〈ものすごいカタコトで〉お伝えしました。)

「NHKの方たちは本当に丁寧に取材をしてくださって。しかもなぜかいつも晴れだったので良かったです。」
 (ジャンパーにジーンズ、長靴という、完全作業仕様のお姿でも、微笑から漂う気品。)

  ここで、「お急ぎではないですか?日本語のパンフレットができたので、よろしければ差し上げます」と、急いで奥に取りに行ってくださるジェーンさん。

 うわわ……となっているうちに、ジェーンさんが戻ってきて、パンフレットを手渡してくださいました。

「もしお時間があるようでしたら、ここの裏から、デイカー村というところに行く道を歩くのもお勧めです。ヘイゼル家ゆかりの教会とステンドグラスが観られます」

 そう言いながら、ジェーンさんは、小雨の降る中、外に出て、デイカー村への方角を指し示してくださり、さらに、大きな中庭の向こうにある、敷地内最古の建物「Barn House」を指さし、

「あそこには、テレビにも出ていたツバメの巣があります。ジミー(敷地内にお住まいの職員さん、手からツバメにエサをあげるという絵本の中の人のようなことをなさる)を見かけたら遠慮なく声をかけてくださいね。」
と、教えてくださいました。

「ありがとうございます!あ、私はハリネズミの場面も大好きです(的なカタコト)」

 (前編で、夫でご当主のロバートさんが、ハリネズミを見つけて、葉につく害虫を食べてもらうべく、だっこして別の場所へ連れて行かれるという場面があった。上品な紳士に丁寧に両手で抱えられ、なんとなくおねむねむそうなはりねずみが完全無抵抗で運ばれてゆく〈その前をスラリとした白黒ぶちワンコが嬉しそうに一緒に歩いて行く〉という、これまた現実の光景なのかというほどの、ほのぼの映像でした。)

「あれはミラクルでした。しばらくハリネズミを見かけなかったのだけれど、取材中に出てきてくれたので。夫はテレビに映って、少し照れくさかったみたいですが(笑)」

そう語るジェーンさんの声には、黄昏時の小鳥のさえずりのような、独特のほろほろとした優美さと落ち着いた余韻があり、この声と、控えめながら熱意と気品のある話し方が、楽しく美しい話の内容をいっそう引き立てていました。

この感動をうまくお伝えできないのがもどかしかったのですが、とにかく一生懸命お礼を申し上げて、見送ってくださるジェーンさんにお別れしました。
いただいたパンフレットは記念に大切に持っています(前回記事で一部抜粋引用をさせていただきました)。

ダルメインの庭は、自然の力を活かすことにより、あの沸き上がるような、とりどりの美が生まれ育っている。

その生き生きとして伸びやかな姿に心打たれて、あの場所を訪ねましたが、そこには、その自然を愛し、日々本当に丁寧に、手間暇をかけてこの場所を守る方たちがいる。
(みなさんそれぞれの持ち場でせっせと動き、目が合えば笑顔、話しかけると色々教えてくださる。)

ジェーンさんとお話する前から、そのことを感じていましたが、その方々のリーダーであるジェーンさんら、ヘイゼル家の方たちも、実際に作業に携わり、こまやかに目配りをして、訪れた人々にも暖かく接してくださいました。

(想像なのですが、ティールームが混雑していたので、様子を見にいらしたのではないかと思います。)

本当に尊敬を集めて、上に立つ人の凄さを目の当たりにしたと思います。

庭と邸宅とともに、こうした人々の誠実な熱意が、訪れる人を感動させる。それがダルメインという場所でした。

  もしも、テレビをご覧になって「行こうかな」と思われたのなら(交通アクセスがちょっと大変ですが)、行く価値は間違いなくあります。
(あの地域自体がまた素晴らしいのです。)

当ブログでも引き続き、情報を紹介させていただきますので、よろしければご覧ください。

読んでくださってありがとうございました。
posted by Palum. at 22:11| 日本の海外テレビ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月28日

「魔法の庭ダルメイン」関連記事加筆修正のお知らせ。

以前書かせて頂いたBSプレミアムのイギリス湖水地方の名庭園を紹介したドキュメンタリー、「魔法の庭ダルメイン」についての記事を大幅に加筆修正いたしました。コチラです

5月30日 再放送、31日に続編放送があるそうなのでどうぞお見逃しなく。
(番組情 URL)
http://www4.nhk.or.jp/P4110/x/2017-05-31/10/22670/2393129/
http://www.nhk.or.jp/docudocu/program/92393/2393099/

当ブログでも、実際にお邪魔したダルメインの魅力をお伝えする記事をしばらく書かせていただく予定です。よろしければ併せてお読みください。
posted by Palum. at 04:32| 日本の海外テレビ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月17日

漫画「へうげもの」ご紹介(展覧会「茶の湯」と「茶碗の中の宇宙」によせて)

2017年4月11日から、上野の国立博物館で「特別展 茶の湯展」が開かれています。
(公式HP http://chanoyu2017.jp/


(動画)【日本ニュース】あすから「茶の湯」の名品集め特別展 上野・国立博物館(2017/04/10)


https://www.youtube.com/watch?v=JC7UFcSVyZs

 既に3月から、竹橋の東京国立近代美術館で、千利休が愛した楽焼の名椀が見られる展覧会「茶碗の中の宇宙 樂家一子相伝の芸術」が開かれており、茶道具の名品が都内に集結する貴重な機会となっています。
(公式HP http://raku2016-17.jp/

 これにちなみ、今回は、二つの展覧会の茶道具が登場する人気漫画「へうげもの」についてご紹介させていただきます。

へうげもの(1) (モーニングコミックス) -
へうげもの(1) (モーニングコミックス) -

 「へうげもの(ひょうげもの)」とは「ひょうげ(剽げ)」た者のことで、「おどけた者、ひょうきんな者」というような意味で、この作品では、戦国から江戸時代の幕開けを生きた主人公、古田織部(ふるたおりべ)のことです。


(古田織部)
『へうげもの』古田織部.png


 茶道具を熱愛し、自身もすぐれた作品を作り上げようと、悪戦苦闘する古田織部と、彼の師であり、越え難い壁ともなった、天才茶人、千利休。そして信長、秀吉、家康ら、名だたる戦国武将たちを描き、重厚な人間ドラマと奇抜な笑いの入り混じる異色の歴史漫画です。

 『へうげもの』公式ビデオクリップ 〜MEGYUWAZO〜


 https://www.youtube.com/watch?v=E38EzmTB4Sc

 『へうげもの』公式ビデオクリップ 〜ISETOYAN〜


 https://www.youtube.com/watch?v=d28ZWTqZeR4

 【概要】
  戦国時代、武人たちにとって、優れた茶道具は、ときに城一つにも匹敵する価値を持ち、「大名物(おおめいぶつ)」と呼ばれる稀有な来歴を持つ美しい茶道具は、それを手にする者の絶大な富と権力の象徴となっていた。
 
 織田信長に仕えていた古田織部(左介)は、数奇の道(美や趣)に心を奪われながらも、武人として武功でのしあがるか、新しい美を世に送り出す数奇者となるかを模索していたが、大茶人、千利休に出会い、次第に茶人として頭角を表し、茶器や庭建物まで、独自の美を切り開いていく。

 一方、数奇を求める武人たちの間で崇敬を集める千利休は、己の美である「わび」を極めようとしていた。

(千利休)
『へうげもの』千利休.png


 黒を最上のものとし、簡素静寂を求める「わび」の世界。

 それは、自身もその美意識も圧倒的絢爛豪華である織田信長と完全に対立していた。

(織田信長)
『へうげもの』織田信長.png


 「数奇」と「武力」、茶人と武人、それぞれの理想と欲望は、戦乱の世で、ときに面白く、ときに残酷に、ぶつかり合うことになる。


【見所】

  茶道具や、「わび」「数奇」といった、敷居の高そうな世界を、主人公、古田織部をはじめとする、非常に個性豊かな登場人物たちの人間ドラマに絡め、わかりやすく、しかも、かつてないインパクトで描いている作品です。

 古田織部は、「織部焼」と呼ばれる、現代まで愛される、独自の歪みと味を持つ焼き物を作り出した人物です。

 傑出した才人であり、作中でも利休の後継者として、周囲の尊敬を集めることとなるのですが、愛妻家で、常に茶器の収集や製作の資金繰りに四苦八苦するという、平凡な一面も描かれています。

 しかし、「へうげもの」の古田織部最大の特徴は、優れた茶道具を見ると、コマ一杯に変顔をして、ときに股間まで反応させるというところです。

(お茶碗見てこの表情……)
『へうげもの』古田織部2.png

 実写版なら若き日のカトちゃんが良いのではという顔で、茶道具の名や賛辞を叫ぶのが作品の定番。

(織部ほど頻繁ではないものの、他の登場人物も表情が濃ゆく、普段重々しい分、利休の驚愕顔が最もパンチが効いている。)

 今回の二つの展覧会は、「へうげもの」ファンなら、「あの場面のあれもこれも来ている!」というくらいの豪華ラインナップなのですが、作品上特に重要な役割を果たした茶道具としては、「肩衝茶入 初花(かたつきちゃいれ はつはな)」と「黒楽(くろらく)茶碗の数々」が必見です

 〇「肩衝茶入 初花」

 「初花」は、一見地味な色調の小さな蓋付の壺(茶入)ですが、作中では、「大名物」と言われる神品で、特別展「茶の湯」の目玉作品の一つです。


 特別展「茶の湯」作品リスト

http://www.tnm.jp/modules/r_exhibition/index.php?controller=item&id=4959#1


『へうげもの』三肩衝.png


 「初花」「新田」「楢柴」の三肩衝を掌握した者こそが、天下人となる。


 天皇家の皇位継承に必要な「三種の神器」のような威力を持つ品として位置付けられているのです。


 作中では、この三肩衝の行方が、持ち主の運命とともに目まぐるしく動いて行きます。



 〇「黒楽茶碗」


『へうげもの』利休と黒茶碗.png


 それまで、中国、朝鮮の陶工たちの作品を最上のものとしてきた茶碗の世界で、千利休が新しい、頂点の美として世に放ったのが、黒の茶碗でした。


 楽家の名工、長次郎と協力して作り上げた、夜を練り上げたような茶碗。


 黒一色で、飾り気の無い作品ですが、実は微妙な色合いや形が異なり、織部ら武人だけでなく、数奇を好むあらゆる人々の羨望の的となりました。


 東京国立近代美術館の「茶碗の中の宇宙」展で、初代楽長次郎の黒茶碗の数々を観ることができます。
「茶碗の中の宇宙」見どころ ページ


 作中で「世のあらゆる物にすぐれています」と、黒茶碗を讃えた利休は、この「わび数奇の美」で世を覆おうとしますが、彼の壮絶な業(ごう)が信長、秀吉、そして利休自身の運命も狂わせていきます。


(豊臣秀吉)

『へうげもの』豊臣秀吉.png

 


 一方、利休というあまりにも大きな師を持った織部は、時に手痛い失敗を繰り返しながらも、やがて独自の美意識をつくりあげていきます。


 「へうげもの」は2017年4月現在も連載中ですが、いよいよ物語は完結に向けて動きだしている模様です。


 展覧会で漫画に登場する茶道具をじかに眺め、その美しさを通じ、これらを作り、愛した人々の息吹や、戦国から江戸にかけての時代のうねりに思いを馳せてみてはいかがでしょうか。


 次回は「へうげもの」の名場面と、展覧会で観ることのできる名品についてご紹介させていただきます。



 読んでくださってありがとうございました。


posted by Palum. at 00:36| おすすめ漫画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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