2017年02月24日

明治工芸とアールデコ邸宅の競演、「『並河靖之七宝展 明治七宝の誘惑―透明な黒の感性』」開催中

 東京白金台の東京都庭園美術館で、2016年1月19日〜4月9日まで、明治七宝作家、並河靖之の展覧会が開かれています。

 公式HP URLはコチラhttp://www.teien-art-museum.ne.jp/exhibition/170114-0409_namikawa.html

 並河靖之(1845〜1927年)は、近代化の波が押し寄せる明治期、皇族(久邇宮朝彦親王)に仕えていましたが、新たに収入を得るために、七宝業に乗り出したという異色の経歴の持ち主です。

 当初は、技術が不十分であるとして、契約が打ち切られるという憂き目にも遭ったものの、工房に集められた優れた技術者たちとともに、緻密かつ美しい作品を生み出すことに成功し、それらの多くは主に海外へと輸出されました。

 中でも漆黒の地に花鳥など自然の美を写実的に描いた作品は、その色彩の透明感と繊細な美しさから、並河作品の真骨頂とされています。

 作品例(ウィキペディアより、※展示作品ではありません)

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ロサンゼルスカウンティ美術館所蔵


 高い美意識を感じさせるデザインと、作品の奥行きを醸す多種多様な色彩美、そして表情豊かな描線。

 七宝の釉薬を流し込むために作られた金属の枠は、丁寧に叩かれることで厚みが調整され、筆の描線の強弱のような味わいを見せています。

(七宝の制作過程例、中央列下段に釉薬を流し込む前の金属枠が見えます。)(ウィキペディアより、※展示作品ではありません)

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 (ロサンゼルスカウンティ美術館所蔵

 今回の展覧会では、ロンドンのヴィクトリアアルバートミュージアム、清水三年坂美術館、並河靖之記念館などから美しい品々が集結していますが、最大の目玉は皇室所蔵の至宝「四季花鳥図花瓶」(展示は3月7日まで)でしょう。

 宮内庁HP内画像が見られるURLはコチラ 
 bitecho[ビテチョー]展覧会紹介記事はコチラ(四季花鳥図花瓶ほかの大きくて鮮明な画像を観ることができます)
 

 「紅葉と桜を基調とした四季折々の花草や花々が、黒地の艶やかな背景地によって浮かび上がるように配されている。本作は、並河がそれまでの文様調の構成から、写実性の高い絵画調の作風へと変貌を遂げた意欲作であり、日本画の筆意を表そうと植線に肥痩をつけるなど、新しい意匠や技術に挑んだ新機軸の作品といえる。植線には金線が用いられ、微妙に異なる多数の釉薬の使い分けによって色鮮やかな風景が広がっている(中略)1900年のパリ万国博覧会に出品され、金賞を受賞した。」
(展覧会図録「並河靖之七宝」より)

 濡れたように光る艶の奥の純粋な黒、そこにのびやかに集う、現実にはあり得ない、四季の花木と小鳥たち。

 「神の夜の庭」とでも言いたいほどの、完璧かつ神秘的な気配を漂わせています。

 並河作品はどれも非常にハイレベルなのですが、彼の作品群の中では比較的大ぶりのこの作品、その描線と色彩の豊かさ、背景の黒の純粋さゆえに、特に金色の光を帯びた桜と紅葉の枝の部分がふんわりと浮きあがり、その細かな葉がさらさらと風に揺れているように見えるのです。そして、本当に静けさの中から、花びらと葉のさざめきや、小鳥たちのさえずりや羽ばたきが聞こえてくる気がする。

 以前、NHKの番組「極上美の競演」(NHK BSプレミアム、2011年5月16日放送)の中で、現代のベテラン七宝工芸家たちが、この花瓶の一部(緑の紅葉とよりそう小鳥二羽)を拡大して再現する、という試みをしていましたが、どうしても色や描線の深みが及ばないとおっしゃっていました。

 この技術は今となっては再現不可能とすら考えられているそうです。

(非常にテレビ映えする作品で、照明をあててゆっくりと回り込んで撮られた映像は、黒から葉や桜が溢れ出してくるかのようでした。)

 個人的な思い出なのですが、イギリスで明治工芸にお詳しい方(上品な紳士)と偶然お話しした際、「皇室所蔵の七宝の花瓶を観てあまりにも素晴らしいので気絶しかけた」と、わりと真顔でおっしゃっていたのですが、間違いなくこれがその「人を気絶させる花瓶」だったのだろうと思います。冗談抜きで、並河作品にはそういう人を逆上させるほどの突出した美があります。

 今回の展示で特に面白かったのは、この至宝「四季花鳥図花瓶」と彼の初期の作品「鳳凰文食籠(ほうおうもんじきろう)」とだけが展示された部屋でした。

 「泥七宝」と呼ばれる技法で作られた「鳳凰文食籠」は、描線に真面目さや品を感じさせるものの、どうもその名のマイナスイメージどおり色全体に濁りやくすみがあり、あの「神の庭」「人を気絶させる花瓶」とは、同じ人物が手がけたとは思えないほどに全てにおいて開きがあります。

 実際、初期作品の質については、陶磁器の技術指導のために来日していたドイツ人ワグネルから、「器の質が悪く雑で、色彩も鈍く、図柄も七宝に適しておらず、京都の刺繍裁縫などを模範に勉強すべきだ」とまで言われていたそうです。(ウィキペディアより)

 ボロカスでお気の毒ですが、今回の展覧会で「おそらく並河の初期作品」とされている「菊梅図花瓶」に至っては荒んだ錆があちこちに飛んでいるようで正直きたな……(自粛)。

 ところで、この「鳳凰文食籠」、彼が最初に完成させた作品として、仕えていた久邇宮朝彦親王に献上、後に思い出の品であるため、ほかの作品と取り換えていただいたといういわくがあるそうです。

 さらに今回展覧会会場となった、東京都庭園美術館は、元々久邇宮朝彦親王の第8王子、朝香宮鳩彦王が建てられた邸宅でした。

 今回の展覧会でも、父久邇宮に仕えた並河に朝香宮が下賜された、馬の描かれた煙草入れが、ひっそりと飾られていました。
(並河は元々馬術の達人で、宮家にも手ほどきをしていたそうです。)

 東京都庭園美術館は、それ自体アール・デコ様式と朝香宮ご本人の磨き抜かれた美意識の結晶ともいえる、和洋折衷の穏やかな美しさを持つ傑作芸術です。
ルネ・ラリックのガラスレリーフ扉に始まり、暖炉や壁紙、手すりにいたるまで、どこを見回しても、品とぬくもりが調和した素晴らしい邸宅。豪邸ながらなぜか人を威圧するところがまったくなく、逆にほっとさせる優しい気配があります)

 その美しい一室(大広間)に、「鳳凰文食籠」を手前、「四季花鳥図花瓶」を奥に、一直線上に展示することで(真正面に立つと、食籠から花瓶が立ち上るような配置)、久邇宮朝彦親王によってつながる並河と朝香宮家とのゆかりとともに、あの神品にいたるまでの、並河の苦闘の道のりと、その驚くべき、絢爛たる開花を表現しているのだと思います。

(なぜ、もとは馬術の名手という、工芸とは全く関係の無い経歴を持っていた並河が、スタッフに恵まれたとはいえ、遅咲きでここまでの領域に達したかということについては、いまだ謎が多いそうです。)

 名品と名室を使って、美と運命の数奇を表現した空間、これは、この東京都庭園美術館でしか見られないものです。

 「名展覧会」と呼ぶべき優れたイベントなので、是非足を運んでみてください。

 読んでくださってありがとうございました。




(参照)
・東京都庭園美術館HP
 http://www.teien-art-museum.ne.jp/
・収蔵作品詳細 宮内庁HP「四季花鳥図花瓶(しきかちょうずかびん)」
 http://www.kunaicho.go.jp/culture/sannomaru/syuzou-18.html
・これぞ最高峰! 東京都庭園美術館で見る「並河靖之七宝」の美 bitecho[ビテチョー]
http://bitecho.me/2017/01/14_1469.html
・『並河靖之七宝展 明治七宝の誘惑 透明な黒の感性』(展覧会図録)
・Wikipedia「並河靖之
・作品リストPDF(展覧会HPより)
 http://www.teien-art-museum.ne.jp/exhibition/list_namikawa.pdf

posted by Palum. at 08:23| 美術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月19日

ミュージカル 「SINGIN' IN THE RAIN 〜雨に唄えば〜」アダム・クーパー特別来日 日本公演 情報



 1950年代の名作映画「雨に唄えば」でもおなじみの傑作ミュージカルが今年の春に東京の東急シアターオーブ(渋谷ヒカリエ11階)に帰ってきます。
[上演期間:2017/4/3(月)〜4/30(日)]


(LION presents「SINGIN' IN THE RAIN〜雨に唄えば〜」2017年4月日本特別公演決定!)

https://www.youtube.com/watch?v=IGPX6EO3A2A

 公式HP情報はコチラ
 ・http://www.singinintherain.jp/(ミュージカル情報) 
 ・http://theatre-orb.com/lineup/17_rain/(劇場情報)

 1920年代、映画がサイレント(無声)からトーキー(有声)へと移り変わるときに映画業界に起きた騒動と、それを解決しようと試行錯誤する映画人たちの奔走、そして彼らの恋や友情を軽やかに描いた作品です。

 見せ場の一つは、恋に落ちた映画スター、ドンが降りしきる雨の中、水しぶきをまき散らしてエレガントかつダイナミックに歌い踊るシーン。


 (2011年イギリスの「ロイヤルバラエティーパフォーマンス」より>)

 https://www.youtube.com/watch?v=-f-CqwYsyQc

 国際的バレエ・ダンサー、アダム・クーパーが2014年来日時に引き続いて主役を務めるこの舞台。
 
 私は2014年版を観に行ったのですが、アダム・クーパー演じるドン、彼が恋に落ちる新人映画女優キャシー、ドンの親友コズモの三人で歌い踊る「Good Morning」の場面では、ダンスが終わって三人が倒れこんだ時、観客の拍手があまりにも長い間鳴りやまず、アダム・クーパーが寝転がったままクスクスと笑いだすという一コマもありました。


(LION presents「SINGIN' IN THE RAIN〜雨に唄えば〜」アダム・クーパー コメントmovie)


https://www.youtube.com/watch?v=c-vDuuvm05U

 

 なお、このアダム・クーパーという方は、イギリスの名作映画(本当に名作!!)「リトル・ダンサー(原題:Billy Elliot)」の心揺さぶるラストシーンにも登場。

リトル・ダンサー [DVD] -
リトル・ダンサー [DVD] -

 彼の姿が映るのはほんの数分なのですが、その鍛え上げられた肉体と仕草がストーリーの盛り上がりと完璧に調和し、「なんという美しい人類だ…」と、何度でも感動させられます。

 (なお、2017年夏には日本版「Billy Elliot」が上演されるそうなので、そちらにご興味がある方も、映画と舞台で彼の名演をご覧になってみてはいかがでしょうか。)

 「SINGIN' IN THE RAIN 〜雨に唄えば〜」関連のテレビ番組情報は以下の通りです。

 
 ◆3月4日(土)午後3時30分から TBSにて放送 
 「天海祐希が嫉妬した12トンの雨が降る!?ミュージカル「雨に唄えば」公開直前SP」

 ◆2月19日(日)午後2時30分から BS-TBSにて放送 大ヒットミュージカル!
「雨に唄えば」の魅力 舞台裏徹底レポート

 ◆TBS「アカデミーナイトG」放送予定 2月21日(火)深夜3時09分から

 読んでくださってありがとうございました。
posted by Palum. at 15:17| 舞台 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月31日

(※ネタバレあり)この世界の片隅に 映画で語られなかった場面(1)ノートの切れ端とリンドウのお茶碗

 アニメ映画「この世界の片隅に」が高い評価を受け(※)、各地で上演が拡大されているそうです。

 (同じくアニメ映画の「君の名は」が歴史的メガヒットを飛ばした中ですから、この地道な作りの戦争映画がここまで支持されているのは大変な偉業と言っていいのではないでしょうか。)

 (※)『キネマ旬報』2016年日本映画作品賞受賞
(参照:ハフィントンポスト記事 URL http://www.huffingtonpost.jp/2017/01/10/konosekai_n_14074146.html

 映画「この世界の片隅に」公式HP URL http://konosekai.jp/


 戦時中、広島から呉に嫁いだ、絵を描くほかは不器用だけれど、素直な人柄の女性、すずさん。彼女の夫になった周作さんや二人の家族、そして、すずさんの友人となった遊郭の女性リンさんたちの物語です。

 原作はこうの史代さんの同名漫画。

この世界の片隅に 上 (アクションコミックス) -
この世界の片隅に 上 (アクションコミックス) -

この世界の片隅に 中 (アクションコミックス) -
この世界の片隅に 中 (アクションコミックス) -

この世界の片隅に 下 (アクションコミックス) -
この世界の片隅に 下 (アクションコミックス) -

 戦争の被害のみを描くのではなく、当時の人々の暮らしが、こうのさん独特のぬくもりある絵柄で丁寧に描かれています。

 映画も、原作を丁寧に踏襲し、また、膨大な資料から、呉や広島の街並み、すずさんの故郷である江波の海辺の景色などが、さらに色彩豊かで広がりのある画面で再現されています。

 (観にいってきたのですが、映画の幕開け、柔らかい音楽とともに、この街並みと海の景色が姿を現したとき、もう、わけのわからない涙が目の奥にツンときました。ああ、きれいだな、と思い、たしかに人がここに暮らしていたんだなと思い、だけど、ここに爆弾は落ちたんだなと思ったのかもしれません。)

 ちなみに声優初挑戦というのんさん(能年玲奈さん)の声はおっとりとして可愛らしく、ちょっと天然なすずさんによく合っていました。(個人的には周作さんの声も、イメージまんまでびっくりしました。)

 原作ファンとしても、映画に感動しましたし、是非できるだけ多くの人に観ていただきたいと思います。
(色が付き、日々の暮らしにも爆撃にも音があり、等身大のように思わされる大画面だからこそ伝わる空気感がある。)

 ですが、一方で、色々な事情で映画では描かれなかった名場面が原作にあるので、今回から何回かに分けてその場面について書かせていただきます。

(注)かなりネタバレなので、先に原作をお読みの上、ご覧ください。この場面以外にも映画とは別の良さがあり、コマの隅々まで行き届いた傑作中の傑作です。

 漫画にあって、映画ではほとんど触れられていないもの、それは、遊郭の女性リンさんの存在です。



 すずさんは闇市に行った帰りに、遊郭が立ち並ぶ界隈に迷い込んでしまいます。

 お白粉の匂いのする女性たちの誰に聞いても道がわからず、途方に暮れてしゃがみこんで絵を描いていたすずさんを、店前の掃除に出てきた美しい女性、リンさんが助けてくれました。

すずさんとリンさん.png

 皆が道を知らないのは、よそからきた(売られた)後は、ここ(遊郭内)からめったに出ないから。リンさんにそう聞かされて、ようやく事情のわかったすずさんは、リンさんに頼まれ、彼女の好きな食べ物(アイスクリームや果物など)をお礼に描いてあげる約束をしました。

 ここまでが映画でも描かれている部分です。そして、ここからが原作にだけ存在するお話。

(※)以下ネタバレになります。

 客になりそうな男を追うために、絵を描いてもらう途中で、別れを告げたリンさん。

 すずさんは彼女にお礼をするため、後日、絵を仕上げてリンさんを訪ねていきます。

 スイカ、はっか糖、わらび餅、アイスクリーム。

 すずさんは描いた物に名前を書き添えていましたが、貧しさのため小学校を途中でやめたリンさんは、ほとんど字が読めませんでした。

 それじゃ、名札を書くのもヤネコイ(困る)でしょう、そう聞いたすずさんに、リンさんは、そりゃ大丈夫、と、胸元から首に下げた小さな袋を出して、中の紙切れを見せます。

 それは大学ノートの裏表紙の切れ端に書かれた、彼女の名前と住所。

リンさんの身許票.png

 「白木リン 二葉館従業員 呉市朝日町朝日遊郭内 A型』

 漢字一字一字に、丁寧にカタカナでフリガナをふってあるその紙をすずさんに見せ、「ええお客さんが書いてくれんさった、これ写しゃええん」と、リンさんは笑います。

 では、自分も自己紹介を、と、すずさんは、道に絵を描きます。
 「鳴くフクロウ(ホー)」「鍵(ジョー)」「鈴(スズ)」
 
 謎かけ絵をといたリンさんは、「ありがとうすずさん」と、貰った絵を嬉しそうに胸元の袋にしまいます。

 そんな彼女にふと打ち明け話をしたくなったすずさん。

 今日は、妊娠したかと思って病院にいった帰りだったのだけれど、ただ、栄養不足で月のものが止まっただけだった、と、つぶやきます。

 羨ましいわー、と、生理用品の不足をあっけらかんと嘆くリンさんに、たしかに……と口ごもったすずさんは、でも、周作さんも楽しみにしていたのに、と、やはりしょんぼりします。

 「……周作さん……?」

 夫です。

 それを聞いたあとの、リンさんのしばしの沈黙に、すずさんは気づきませんでした。

 やがて、口を開いたリンさん。

 産み、生まれれば、母にも子にも、人生ままならないことがある。そして子を産んで育てる以外にも、生きていく道はある。

 リンさんの、かすかに今までの人生を感じさせる言葉。

 「子供でも売られてもそれなりに生きとる。誰でも何かが足らんくらいで、この世界に居場所はそうそう無くなりゃせんよ。すずさん。」
 そう、リンさんは彼女を励まします。

リンさんの言葉.png

 この言葉は後々まですずさんの支えになりますが、深々と頭を下げて戻るすずさんを、笑って見送ったあと、リンさんはゆるくまとめた黒髪を風になびかせ、「いいお客さん」の描いた名札と、すずさんの絵の入った小さな袋を、そっと握りしめ、胸元に押し当てます。

 自分の心臓に言い聞かせるように。



 それから一月後、周作さんの伯母夫婦が、家の家財を空襲から守るために、すずさんたちの家を頼って尋ねてきます。

 伯母夫婦の家財をおさめるために、納屋を整理していたすずさんは、その片隅に、布にくるまれ無造作に転がされていたお茶碗を見つけます。

 リンドウの花が描かれたきれいなお茶碗。

 誰のものか、縁側で小休止していた、姑、義姉、伯母に聞いてもわからず、むしろ、すずさんのお嫁道具のひとつでは?と言われて、自分のぼんやりをはにかみ笑うすずさんを見て、周作さんの伯母は、すずさんは明るくてええ嫁じゃね、と、ほめたあと、こんな言葉を漏らします。

 「好き嫌いと、合う合わんは別じゃけえね、一時の気の迷いで、変な子に決めんでほんまに良かった」

 姑も、ふだん、すずさんにすかさず憎まれ口を言う義姉も、なぜか黙り込みます。

 しかし、すずさんはこの沈黙にも気づかず、照れながら、屋根に干した布団を裏返しに上がります。

 そこに周作さんがいました。

 自分の話をされていると気づいて、降りられなくなった。

 そう語る周作さんは、その茶碗がリンドウの柄であることを確かめると、それは嫁に来てくれる人にあげようと思って自分が買ったものだから、すずさんにやる、と、彼女の顔を見ずに言います。

 勿体ないみたいだからしまっておいていいですか?そう聞いたすずさんに、周作さんは、そうしてくれ、と、屋根の上に寝そべります。
 「どうも見るにたえん」



 それからしばらくしたある日、すずさんは義理の姪の晴美さんと一緒に、竹を切りに行きます。

 藪のすみにひっそりと咲いたリンドウを、きれいなねえ、と見とれながら、鉈で小枝を落とす、すずさん。

 リンさんの着物のすそにも、名前にちなんでか、リンドウの柄が咲いていたことを思い出します。

 そして、この間、周作さんからもらった、お茶碗にも。

 嫁に来てくれる人にやろうと思って、昔、買った。

 リンさんの懐に入っていた、「いいお客さん」がノートの切れ端に書いた彼女の名札。

 周作さんが忘れたノートを仕事場に届けに行った日、橋からの風景を見ながら、周作さんが言っていたこと。

 「過ぎたこと、選ばんかった道」

 身を起こし、カバンからノートを取り出す、若い男の背中。

 彼のぬくもりが残る床の中で肘をつき、そのしぐさを淡く微笑んで見つめるリンさん。

 ノートの裏表紙に、何かを書こうとして止まった手が、きつく鉛筆をにぎりしめ、毛入りの紙に、字より先に、ぽつりと落ちた、涙。

 「みな、醒めた夢と変わりやせんな」

 橋のたもとに足をかけ、そう言っていたときの周作さんの、少し遠い目。

 晴美さんが手をのばすと、ふっと空へ飛び去って行くとんぼ。

 『白木リン 二葉館従業員 呉市朝日町朝日遊郭内 A型』
 
 リンさんの手元にのこされた、ノートの裏表紙のきれはし。

 すずさんの、竹を切る手が止まります。

 ばらばらの記憶が一つになり、現れた、事実の姿。

 家に戻り、そっと、周作さんの机の引き出しをあけると、中にあったのは、すずさんが周作さんにとどけたあのノート。

 裏表紙の片隅の、切り取られた。

周作さんのノート.png

 すずさんは、ノートを手に、ぼうぜんと立ちすくみました。



 「…………そりゃあ、もともと知らん人じゃし、四つも上じゃし、色々あってもおかしゅうない。ほいでもなんで、知らんでええことかどうかは、知ってしまうまで判らんのかね」

 自分は周作さんを好きで、周作さんはすずさんを大切にしてしてくれ、過去はもう取り返しがつかない。

 わかっていても、苦い。リンさんの美しさや人柄を知っているから、なおさら。



 ……これが、映画では語られることのなかった場面の一つです。

 この場面では「絵」と「コマ割り」という、漫画の表現形式の特色を活かし、縦横に12等分に配置された正方形の中で、「すずさんが見た周作さんとリンさんの回想」、「すずさんは見ていないけれど想像しうる過去の出来事」に挟まれる形で、「現在労働をするすずさん」の姿が展開していきます。

この世界の片隅に りんどうのお茶碗.png

 そして、すずさんが、ノートの裏表紙に身許票が書かれたときを想像し、ノートの切れ端に書かれたリンさんの身許票と、周作さんのノートの欠けが指し示す事実に気づいた瞬間。

この世界の片隅に 身許表.png

 横に三分割されたコマに描かれた「涙の落ちたノートの裏表紙(想像しうる過去)」、「飛び去るとんぼ(現在〈そして掴めなかった過去の隠喩〉)」、「リンさんの身許票(回想)」が、横長ひとつのコマの中の、手を止め、眼を見開いたすずさんの姿に収束します。

 日本の漫画は、コマ割りの仕方によって、原則右から左、上から下に展開し、どちらに読み進めるべきかは、コマ割りの大小や配置によって作者によって誘導されますが、このシーンでは、コマを均等に割ることで、意図的にその誘導があいまいなものにされており、さらに、どう読み進めるかがはっきりしないために、読者の視点がコマだけでなく、ページ全体に広がっていく構成になっています。

 一場面を例にとると、

 (右から左に読み進めた場合)

りんどうの茶碗 横.png

 「リンドウのお茶碗」→「竹を切るすずさん」→「身許票を懐から出すリンさん」、



 (上から下に読み進めた場合)

りんどうのお茶碗 縦4コマ.png
 「リンドウのお茶碗」
   ↓
 「茶碗を未来の妻のために真面目な顔で手にする周作さん」
   ↓
 「すずさんが持ってきたノートを笑顔でカバンにしまう周作さん(橋のたもとで周作さんがつぶやいた「過ぎたこと」というセリフが重なる)」
   ↓
 「屋根の上に寝そべっていた真顔で空を見ていた周作さん」

(ページ全体の印象)
 「(右端縦4コマ)周作さん」「(中央縦4コマ)すずさん」「(左端4コマ)リンさん」
 (つながりあった三人の関係性)

 ……という印象を与える画面構成になっています。

 しかも、この均等なコマ割り、上記のような効果を含みつつ、同時に、どう読み進めるべきかがあいまいであるために、「働きながら、リンドウをきっかけに、とりとめなく回想や想像をしている」というすずさんの思考の流れのあいまいさや、「もはや未来へ積み重なることはできずに、リンさんと周作さんの過去は、ただ、過去として、つかみどころなくたゆたっている」といった空気感も醸しています。

 そしてそれゆえに、際立つ、すずさんが二人の過去に気づいた時の表情(上3コマを明確に受け止めて広がる横長のコマ)への動き。

二人の過去に気づいたすずさん.png

 あいまいにさまよっていた読者の視点がこのコマに着地するという流れと、回想や想像が過去を浮かび上がらせるというすずさんの思考の流れが一致して、読者にすずさんの動揺を追体験させる構成になっています。

 この作品には、数々の名場面がありますが、漫画という表現形式を極限まで活かしたという点では、この見開きの二ページが圧巻だと思います。

 そして内容それ自体も印象的です。

 リンさんは「ええお客さんが書いてくれんさった」と、さらりと見せている身許票。

 周作さんがそれを書いているとき、どんな思いだったか。

 『二葉館従業員 呉市朝日町朝日遊郭内』

 そう記したとき、周作さんは、リンさんを妻にして、ともに暮らすことができないという失恋の痛みと、貧しさゆえに売られ、娼婦となった彼女を、愛する人を、遊郭から連れ出すことができないという、二重の無念を抱えていたことでしょう。

 彼を責めることなく、ただ微笑んで、身許票を書く周作さんを見つめているリンさん。

 しかし、ただ、きっと周作さんの若い熱情が周囲の人間から許されることはないだろうと、諦めていただけではなく、彼女もまた、そういう周作さんを愛していたことは、すずさんを見送った後、身許票をじっとにぎりしめるしぐさにあらわれています。

リンさん.png

 映画ではほとんど描かれることのなかった要素(※)ですが、この漫画を傑作とした重要な場面のひとつなので、是非原作も改めてご鑑賞いただきたいと思います。

(※)映画でも周作さんのノートの裏表紙が欠けていることと、リンさんの幼い頃から娼婦としての生活が描かれています(後者はエンドロールの一部として展開)。

 おそらくは「娼婦であるために、周囲に反対されて周作さんの妻になれなかった」という要素が、青少年向けでなかったために削らざるをえなかったのでしょうが、映画としてのわかりやすさを犠牲にしても、これらを盛り込んだことに、原作と原作ファンに対する誠意を感じました。リンさんの登場シーンが少ないのは残念ですが、こういう誠実さが作品作りの根底にあるからこそ、映画もまた、これほど多くの人の心をゆさぶったのだと思います。

 次回も、この漫画の重要な場面について、ご紹介させていただく予定ですので、よろしければまたご覧ください。

 読んでくださってありがとうございました。


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2016年12月03日

没後100年、NHK漱石関連番組一覧

取り急ぎご連絡まで

夏目漱石の命日と没後100年にちなんで、NHKEテレと BSプレミアムで漱石関連の番組がいくつか放送されるので、見つけた範囲でネット情報をご紹介させていただきます。
(Eテレ)
・2016年12月3日 午後11時00分〜 午前0時30分(10日0時〜再放送
 ETV特集「漱石が見つめた近代〜没後100年 姜尚中がゆく〜」
http://www4.nhk.or.jp/etv21c/x/2016-12-03/31/1576/2259555/

 漱石を深く敬愛する政治学者姜尚中さんが、新発見の資料をもとに、ロンドンから韓国までの都市をめぐり、漱石の見据えた近代の姿を読み解いていく作品です。

(ご本人の、あの象徴性を感じさせる静かな語りと言葉選び、深奥を探すようなまっすぐな視線は、漱石作品の登場人物によく似ていらっしゃると思います。)

 姜さんが漱石を思い入れ深く分析した著書がいくつか存在し、いずれも読みごたえがありましたので、併せてお手にとってみてはいかがでしょうか。

漱石のことば (集英社新書) -
漱石のことば (集英社新書) -

悩む力 (集英社新書 444C) -
悩む力 (集英社新書 444C) -

(BSプレミアム)
・2016年12月6日 午前9時00分〜 午前10時26分
「プレミアムカフェ ロンドン 1900年 漱石“霧の街”見聞録」
http://www4.nhk.or.jp/pcafe/x/2016-12-06/10/3248/2315706/
 漱石が留学したころのロンドンを紹介する番組です。

・同12月7日 午前9時00分〜 午前11時01分
「プレミアムカフェ シリーズ恋物語 “虞美人草”殺人事件 漱石 百年の恋物語」
 http://www4.nhk.or.jp/pcafe/x/2016-12-07/10/3675/2315709/
三角関係を描き、当時熱狂的反響を巻き起こした小説『虞美人草』について、「ヒロインの死を巡る三角関係の謎を徹底議論する」番組だそうです。

・同12月8日 午前9時00分〜 午前11時10分
「食は文学にあり 漱石と鴎外▽猫を愛した芸術家の物語 夏目漱石」
 http://www4.nhk.or.jp/pcafe/x/2016-12-08/10/4411/2315714/
 胃弱なのに食い意地の非常に張っていた漱石と、彼と並び称される明治の文豪森鴎外の食をテーマとした「食は文学にあり 漱石と鴎外・文豪の食卓」と、「吾輩は猫である」に代表される、漱石と猫の関わりをテーマとした「おまえなしでは生きていけない〜猫を愛した芸術家の物語〜夏目漱石 吾輩は福猫である」の二作品を一挙放送。

 ※ちなみに、漱石は猫をテーマに大いに名声を博しましたが、本人はどちらかというと犬派らしいということがわかる資料が残されているので、近々ご紹介させていただきます。

・同12月10日 後7:30〜9:00
スーパープレミアム「漱石悶々(もんもん)」
 http://www6.nhk.or.jp/nhkpr/post/original.html?i=07831
 ※祇園の茶屋の女将、磯田多佳と漱石の書簡を基にしたドラマです。豊川悦司、宮沢りえ主演。

 以上になります。次の記事では、「虞美人草殺人事件」にちなんで、小説『虞美人草』の私的おススメポイントをご紹介させていただきますので、よろしければまたお立ち寄りください。

 読んでくださってありがとうございました。

posted by Palum. at 09:44| 夏目漱石 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月02日

おすすめ漫画『ごはんのおとも』(たな 作)ご紹介その2


前回、食べ物とそれを食べる人々の日常を描いた漫画『ごはんのおとも』についてご紹介させていただきました。

ごはんのおとも -
ごはんのおとも -

ごはんのおとも 2 -
ごはんのおとも 2 -
前回は一話ずつ単独で読んだときの見どころについて触れましたが、今回はこの本の最大の特色「一冊読みとおしたときに良さが増す仕掛け」についてご紹介させていただきます。
※ややネタバレなのであらかじめご了承ください。

前回記事「おススメ漫画『ごはんのおとも』(たな 作)ご紹介1はコチラ



 各巻第一話が試し読みができるページはコチラです。
http://j-nbooks.jp/comic/original.php?oKey=20&iKey=123(第一巻)
http://j-nbooks.jp/comic/original.php?oKey=20&iKey=585(第二巻)
 
仕掛け1 繰り返し現れる登場人物たちと情景

 この作品、一話ごとに短編として起承転結があるのですが、そこに出てきた人たちが、別の話で主人公になったり、逆に通りすがりだったりと、何度も姿を現します。

 そして、ときに、同じ出来事が別の人物の視点から、改めて描かれたりします。

(例)一巻第一話「きみとの出会いは」内、主人公タブチ君がコンビニで女の子と言葉を交わす場面

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 ここで、タブチ君と話した女の子マイちゃんは、二話目「騒がしいことのは」の主人公として登場します。
 そして、二人が出くわす場面が、今度はマイちゃんの視点から描かれます。
(例)上のお菓子のカットが、同じ瞬間であることをさりげなく示しています。

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 心理学では「単純接触効果」と呼ばれる、繰り返し接すると次第にその人に好感を持つようになる現象があるそうですが、この仕掛けによって、読者は、「あ、タブチ君。あ、マイちゃんあのときの女の子だったんか(確かにグリーンのカーディガン着てるわ)」と二人を二度見かけた気になり、彼らに対し、一話完結のキャラとは異なる印象がついていきます。

 さらに、この、繰り返しの登場は、リレーのように他のキャラクターにも広がっていきます。

(例)二話目、「騒がしいことのは」でマイちゃんのバイト先に顔を出しているお得意さんの青年。この後「一膳分のあまやかし」の主人公として登場、二話ではナイショだった事実も出てきます(笑)。

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 この、「別の話の脇役が、後で主人公になる」という仕掛けが一番活きていたのが、一話目でタブチ君の上司として登場したトウドウさんのが主役の回「ずうっと」。

 第一話にトウドウさんがタブチ君にお土産買ってきてくれる場面などがあり、面倒見のいい優しい人だというイメージがもうついていたから、本人が主役の回が染みました。

 トウドウさん
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 逆に、前の回で主人公だった人が、別の話でエキストラ的に出てくるシーンもあるのですが、こういうところでは、その人の人間関係や状況が、進展しているのが垣間見えてこれまた面白い。

 こういうとおりすがり的な使い方は、特に漫画の長所を活かしていると思いました。

「すぐ見直せる(映像だと『録って巻き戻して』という作業が必要)」
「気づいても気づかなくても本編の理解には支障がないくらいさりげなく存在を見せられる(文章だと、たとえば通りすがりのあの人は実はマイちゃんだ、とわからせるために、本編の展開に関係無い描写をある程度書き込まなければいけない)」
というのは漫画ならではだと思います。

 各巻最終話でそれまでの登場人物たちが集合し、皆さんそれぞれの物語を経て、自分や周りの人との関係がどう変化したかがほのめかされています。これもなんとなく、いままでそっと見守っていた先を見るような心地がしてほほえましい。

 仕掛け2 ページの隅から隅まで行き届いた描写

 登場人物や場面だけではなく、ページの使い方にも、「短編集でありながら、連続性がある」と感じさせる工夫がなされています。

 小学生すずちゃんがとても美味しそうに給食をほおばっているという可愛らしい幕開けが目次の見開きページへとつながってゆき(その見開きページは目次と同時に、物語の一部でもある)、さらに、この幕開けのお話が、短編と短編の間に挟まる見返しのページで、さりげなく続いてゆきます。
目次
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見返しのページ
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 そして、みんなが集合している最終話「ごはんのあいず」の回で、再び見開きページ、キャラクターたちに重なるように、著者たなさんをはじめとする、出版社や製作者の情報が映画のエンドロールのように出て、おしまい……。

 ……最近の映画ってエンドロールの最後の最後に素敵なオマケがついていますよね……。

 と、いうわけで、最後の一ページまで、きっちりめくってください!すごく良かったし、そこが二巻で屈指の名作への幕開けへと続いていきます。

 正直、一巻が一冊の本としてあまりにもきれいにまとまっていたので、これで完結なのではと思っていたのですが、二巻も勝るとも劣らない魅力があります。というか二巻を読んで、ますますこの仕掛けにハマり、さらにこの人たちのことが好きになってしまいました。

 丁寧に創り上げられた素晴らしい名作、本当におススメなのでご覧になってみてください。

 読んでくださってありがとうございました。


 参照:日経トレンディネット「ヒットの芽」「“たまごの黄身のしょうゆづけ×独身男子”などレシピを描いた漫画が売れている」(2015年04月27日)
http://trendy.nikkeibp.co.jp/article/column/20150424/1064009/?rt=nocnt
※実業之日本社の編集さんが、この本が出来上がるまでの経緯や、工夫について丁寧に説明してくださっています。
posted by Palum. at 23:34| おすすめ漫画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月01日

おすすめ漫画「ごはんのおとも」(たな 作)ご紹介1

最近「孤独のグルメ」をはじめとして、食にまつわる面白いマンガが、数多く発表されています。

そのひとつが、「ごはんのおとも」。

ごはんのおとも -
ごはんのおとも -

少し懐かしい風情を漂わせる町に住む人々と、彼らが集うお店を、食べ物と共に描いた作品です。

 最近この作品の第二巻が発売され、相変わらずの見事な面白さだったので、ご購入を考えている方のために、一巻について少し書かせていただきます。

ごはんのおとも 2 -
ごはんのおとも 2 -
 各巻第一話が試し読みができるページはコチラです。
http://j-nbooks.jp/comic/original.php?oKey=20&iKey=123(第一巻)
http://j-nbooks.jp/comic/original.php?oKey=20&iKey=585(第二巻)
 
 第一巻の一話目は、ぽっちゃり青年タブチ君のマイペースな日常が、コンビニでの「ある出会い」によって変化する、というお話です。

 このお話でタブチ君の職場の人々や、行きつけのカフェ、飲み屋の店主と常連たちが登場していますが、実はこの人たち全員、後で何度も作品内に姿を現します。(とおりすがりだったり、別の作品の主人公だったり。)

 一話ごとにしゃれて温かみのある起承転結がついていて、素朴なごはんのおともメニューとそれを食べながら日常のこもごもを生きる人々の姿にほのぼのしたり、しんみりしたりできます。オールカラーでノスタルジックな色使いと、すみずみまで工夫を凝らしたページも美しい。

ちなみに、登場する料理とレシピそのものはとてもシンプルなのですが、アレンジが載っているところが便利です。
(この後、セロリとじゃこの炒め物&ツナとひじきの煮物が我が家の定番になりました。あとなめたけのアレンジレシピでパスタにのせるというのがあり、美味しかったです。)

 本当に全話外れ無しなのですが、個人的に一冊目の好きなお話を少しだけ並べさせていただきます。

・「たったひとこと」
 昆布が大好きという渋い味覚の幼稚園児アキちゃんのお話。

 その味覚がきっかけで、誤解とはいえ女心を傷つけられ、行きつけ(お母さん同行)の「カフェ・ノンブル」の店主ノブさん(オネエ男子)に、そのことを打ち明けに行きます。 

・「魔法みたいに」
 路地裏の小さな料理屋「ひとくちや」が舞台。

 お客さんたちがその日食べたいものを、魔法のようにさりげなく出してくれる不思議な店主クマさんの少年時代のお話。


・「ずうっと」
 「ひとくちや」の常連のひとり、トウドウさん(第一話タブチ君の上司)のお話。
 タッパーの片隅に残る、冷凍したきんぴらごぼうを、ただじっと見つめている理由とは……。
 
 登場する人みんな魅力的なのですが、もの柔らかなオネエ男子のカフェ店主ノブさんと、アキちゃんの関係がイチオシ。
(「アキ」「ノブ」と名前で呼び合い、アキちゃんが相談事をしたり、それを受けたノブさんがアキちゃんを子供扱いせずに丁寧に接しているところがイイ。)

 アキちゃんとノブさん。

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(ちなみにカフェの名前は「カフェ・ノンブル(※)」、「ひとくちや」と並んで町の人々の憩いの場)
 (※)「nombre」フランス語で「ページ番号(をうつ)」という意味と、ノブさんの名前をかけている模様。

 このように、各話独立した短編集として読んでも十分楽しめる作品です。

 しかし、この作品は丸一冊読みとおしたときに魅力が増す仕掛けが隠されています。

 次回記事では、この作品の「一冊読み通し、読み返したときに気づく愉しみ」について、ご紹介させていただきます。

 読んでくださってありがとうございました。

posted by Palum. at 22:55| おすすめ漫画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月30日

再放送のお知らせ「スリーパーズ 眠れる名画を探せ」

本日は取り急ぎお勧め番組再放送のお知らせです。

2016年12月2日(金)午前9時〜10時55分より、BSプレミアムで、NHKプレミアムカフェ選「スリーパーズ 眠れる名画を探せ」という番組が再放送されます。(3日午前2時45分より再度放送あり)
番組情報は以下の通りです。
http://www4.nhk.or.jp/pcafe/x/2016-12-02/10/317/2315531/(番組HP)
http://www.nhk.or.jp/docudocu/program/3599/2315531/(放送情報)

 高い価値がありながら、さまざまな理由でそのことが忘れ去られ、うずもれていった「スリーパー」と呼ばれる名画を探し出し、その真価を明らかにする画商たち。

 その中でも優れた目利きで、「美術界のシャーロック・ホームズ」と呼ばれるフィリップ・モウルド(Philip Mould)氏の活動と、スリーパーとなった絵画の数奇な運命を紹介した番組です。(日本では2004年に初回放送)

 フィリップ・モウルド氏はイギリスの美術番組では非常に有名な人物で(日本の中島誠之助さんポジション)、「なんでも鑑定団」のモデルになったと思われるイギリスの長寿番組「Antique Road Show」の鑑定師の一人として登場したり、絵画の真贋鑑定をめぐるスリリングなドキュメンタリー(本当に面白い!!)「Fake or Fortune?」のメインプレゼンターの一人としても活躍しています。

「Fake or Fortune?」トレーラーのモウルド氏


https://www.youtube.com/watch?v=oT7d9Mnsn-U


 安値で売りに出された絵が、実は歴史的価値のある名画で、価値が大きく膨れ上がるという展開も、数々のくすんだ絵から、豊富な知識と第六感で、それを見つけ出すという画商たちの鑑定眼にも惹きつけられますが、そうしたドラマに絡む、美術界と絵画の歴史の裏事情も非常に面白いです。

 彼が書いた「スリーパー 眠れる名画を競り落とせ」にも、こうした逸話が紹介されていました。

眠れる名画―スリーパーを競り落とせ! -
眠れる名画―スリーパーを競り落とせ! -

 とりあえず本の中のモウルドさんのお話しで個人的に「そうなの!?」と思ったのはこんなエピソード。
(いくつかはテレビの中でも紹介されると思います。)

 1、オークション前に展示される絵のうち、時代を経てほこりなどで汚れてしまった作品のオリジナルの色をみるために、指につばをつけて目立たない場所をこすることが黙認されている。

→ものによっては数百年の月日の間に醤油で煮しめたんかというほど汚れる作品もある。つばでこすると、濡れている間だけ、レンズの役割を果たし、もとの色彩が垣間見えるそうです。
このため、もしやこの絵は名画なのでは?と思わせる作品ほど、複数のオークション参加者がこっそり文字通り「つばをつけて」確認する事があるそうです。

2、名門オークション会社(サザビーズ、クリスティーズなど)といえども、数多く寄せられる作品が、本当に名のある作者のものかを、オークション開始前に見極められるとは限らない。

→ゆえに価値があいまいな作品の説明には「〜とされる(Attributed to)」とか「〜派の(School of)」「〜工房の(〜 Studio)」などというぼやかした表現が使われ、ときには、作者の名前の一部をイニシャルにすることで、それが確実ではないことを示すそうです。(オークション会社の説明書きで「ジョン・コンスタブル作」と書いてあれば確実性が高く、「J・コンスタブル作」だとそれより確率が下がるんだとか。わからんがな)

3、昔の人はけっこう平気で絵をいじりたおす。

 →これぞ「スリーパー」が生まれる原因の一つ。我々の感覚では完成した絵画はもはや第三者が手を加えてはならない存在ですが、飾るにあたってサイズが大きすぎるとか、もっと好みの絵にしたいとかいう理由で、わりと気軽に絵を切ったり継ぎ足したり、上から違う背景や衣装を描いたりしたそうです。(ヒイイ……)

4、オークション会社は、オークションで作品が落札された後、その会社の見立てと実際の絵の出自が大きく異なることが判明した場合、作品の出品者の申し立てを受け、ある程度の補償金を支払うことがある。

 →オークション会社が「名もなき絵画」と鑑定し、そうした評価で安値で売りさばいた絵が、モウルド氏のような人物によって、改めて分析され、スリーパーとして莫大な利益をもたらしたとき、このようなやりとりがありうるんだとか。
(でも短時間に大量の絵画を鑑定する中で、お醤油煮みたいな絵画を精査するのは物理的に難しいから、このリスクは避けられないとのことです。)

 5、絵の汚れや後世の書き足しを「洗浄」してオリジナルの姿を取り戻す際に用いる薬品の中には、兵器レベルの毒性を持つものがある。

 →修復士がその薬品を使ったがために、(防毒マスクをしていたのに)後日アレルギー性の皮膚の腫れに何日も悩まされたということがあったそうです。

 このように「スリーパー」の真の姿を見出すまでには、多くの手間と時間を費やし、しかも結果たいしたものが出てこなかった場合、書き足しがあった元の絵以下の価値に成り下がるのですから、いろいろな意味で危険があるといえます。
(そんなことをする手間は省けないからオークション会社は絵の価値を追求しきれないのでしょう。)

 モウルドさんたちは己の見立てを信じて絵を競り落として持ち帰り、数々の調査や洗浄作業で時間とお金を費やすというリスクを冒して、賭けに出るわけです。

 歴史の流れと大金に翻弄されながら、真の姿を現す名画と、それを追う人々の姿を知ることができる番組です。是非ご覧になってみてください。

 読んでくださってありがとうございました。

posted by Palum. at 21:36| 日本の海外テレビ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月05日

(ネタバレ)イギリスの怪物番組Dad’s Army、「Ring Dem Bells」あらすじご紹介(メンバーがナチスの軍服を着て大暴走……の回)

Dad's Army - The Complete Sixth Series [1973] [DVD] [2006] by Arthur Lowe -
Dad's Army - The Complete Sixth Series [1973] [DVD] [2006] by Arthur Lowe -

本日は第二次大戦下の地元防衛チーム(若い男性は徴兵されているためシルバー世代率高し)を描いたイギリスの大人気コメディ「Dad’s Army」より、「Ring Dem Bells」(※)のあらすじをご紹介させていただきます。(1975年製作、第八シリーズ、第67エピソード)

(※)「Ring Dem Bells」……「鐘を鳴らせ」の意味。「Dem」は「Them」の口語。1930年にヒットしたデューク・エリントンの同名曲が由来。


最近欅坂47がナチスを想起させる衣装を着たとして問題になりました(※)が、こちらは想起ではなくそのままナチスの軍服を着たメンバーたちが大騒動を起こすという結構な過激回です。
(そもそも第二次大戦下をコメディにする時点で過激ですが。)

(※)参照:ハフィントンポスト11月1日記事「欅坂46の衣装が「ナチスそっくり」 Twitter炎上、英紙も報道」


 ちなみにこのドラマシリーズのオープニングソングはこんな感じ。
(ナチスの進攻におびえる戦況を軽やかに歌うという絶句ノリ)



 エンドクレジットはこんな感じ(ほほえましい)。




 以下あらすじです。結末までネタバレ+あくまで私の語学力を通過した、意訳どころか「間違ってるかもだけど多分こんなニュアンス訳」で構成されているのであらかじめご了承ください……。


 拠点としている教会に集合している、ホームガードの面々。

 数少ない若手メンバーであるパイク青年はウキウキしている。
「映画に出られるなんて」
 髭でも生やそうかしらと浮かれるパイクに対し、フレイザー氏(スコットランド出身、葬儀社経営)は冷ややか。
「くだらない。映画ったってただの訓練用フィルムだよ」

 しかし、実は執務室にいるマインワリング隊長(村の銀行支店長)もイソイソと、自分の「キメ角度」をご検討中。
(帽子をとったほうがいいかな、と、とって、頭部の艶やかな光沢を見て静かに戻してみたりしている。)

 しかし、そんな男心も知らず、部屋に入ってきたウィルソン軍曹(同銀行副支店長)は、マインワリング隊長に「どっち向きの角度がいいと思う?」と聞かれ、「別に左右でどっちが良いとかない……どちらも悪くなりようはないです」とやんわりと否定する。

 そうこうしているうちに、大佐と制作スタッフが到着。
 (それを告げに来たパイクはさっそく髭を書いていたが、マインワリング隊長に汚れてるから拭けと言われてむくれる。)

 スタッフの一人である女性が衣装係と知らされ、「この(ホーム・ガードの)制服がありますが……?」と大佐に尋ねるマインワリング隊長。
「ああ、いや、君たちはホーム・ガードではなく、ナチス軍の役なんだ」

 なんですと!?不快感をあらわにするマインワリング隊長。

いやまあ、遠くから撮るだけで、皆さん映ってもせいぜいこのくらいですから。と、スタッフに卵大の大きさを示され、しぶしぶ承諾するも、ここで新たな問題が。

 「あぁらまあ……」
マインワリング隊長のサイズを測りながら繰り返しつぶやく衣装係のおねえさん(失礼)。

 隊長が着られるナチス将校の制服が無いとのことで、サイズの合うウィルソン軍曹とパイクが急きょ将校役に抜擢されることに。
 隊の中でカッコイイ方担当であるウィルソン軍曹(悪意なき毒舌が散見されるものの、外見はロマンスグレー)に対し、
「きっと素敵な将校になるわ」
と、笑顔でなんか問題発言をする衣装係のおねえさん。

 度重なる屈辱に耐えかねたマインワリング隊長、一般兵を演じることだけは拒否し、隊の引率に終始することに。

 拒否権の無かったほかの人々は、この世の終わりのような顔をして、ナチス一兵卒の制服に身を包み、黒いヘルメットを被ることに。

 我ながらバカみたいだ、一人だけ逃げてマイワリング隊長ズルいセコい!と、愚痴るフレイザー氏に対し、バカみたいなんてことはありませんよ、そのヘルメットを被っていらっしゃると鷹のようです、と無茶な慰め方をするゴッドフリー氏(チーム最年長、温厚)、こんな鉄鍋を被ったみたいな敵兵姿を、亡くなった将軍が見たら墓の中でびっくりしてひっくり返るだろうと嘆くジョーンズ氏(軍隊経験者、肉屋経営)。

 一方、将校の衣装をまとったウィルソン軍曹とパイク。

 グレーのかっちりと仕立てられた服は、翼を広げた鷲の紋章やモールで彩られ、幅広のパンツの裾を細身のブーツで絞ったデザイン。制帽は黒い硬質なつばよりも天井部がせりだした独特のフォルム。

 「実に洗練された制服だな(These uniforms are awfully smart aren’t they?)」
ウットリ鏡を見つめるウィルソン軍曹の大爆弾発言。

 パイクの暴走ぶりはそれ以上で、頼まれてもいないのに、「っぽく見える」鎖付き片眼鏡を、ちょいちょい落としながら無理やりかけた姿で現れたかと思うと、ドイツ語アクセントらしき英語で高圧的に喋り、マインワリング隊長の椅子にふんぞりかえって机に両足を乗っける始末。

 将校役楽しい♪(おい)と、足をまっすぐに上げる軍隊式行進の歩き方(「ガチョウ足行進(Goose‐step)」)の練習までしているところをマインワリング隊長に見つかり、当然叱られるも、衣装の魔力はすさまじく、指揮官マインドのまま反省しない二人。

 この姿を見られて、一般の人たちに誤解されては大変だから、と、暑い日にも関わらず、運転役のマインワリング隊長を除き、全員バン(ジョーンズ肉店の車)に詰め込まれて、撮影場所の郊外まで移動することに。

 しかし、到着するや否や、役者たちのスケジュール変更で撮影延期となり、抗議もむなしくすぐにバンに戻ることになった面々。

(帰りの道すがらも、バンの天窓から身を乗り出しパレードよろしく「ハイル・ヒットラー」ポーズをやりつづけて隊長に叱られるパイク。)

 司令部に連絡をするために電話ボックスの前で停車したマインワリング隊長。

 皆に姿を見せないようにと厳命したものの、暑さで具合が悪くなってきた面々は、こっそり後部ドアを全開にしてしまう。

 その目に飛び込んできたパブ。(ビール等を提供するイギリス独特の飲み屋)

「一杯やりたいな……」
 パイクをたしなめるウィルソン軍曹。
「マインワリング隊長から外に出るなと言われたろう」
「……隊長なんて一介のホームガードの責任者でしょ。僕らはドイツ軍将校だ」(違う)
「……そうだな……」(違う2)

 かくしてこっそりゾロゾロパブにもぐりこむナチス軍姿の面々(計16名)。
 
 「いけません、軍曹」 
ただひとり命令に忠実なジョーンズ氏が、ウィルソン軍曹を止めようとした。
「何にする?」
「ビールで」(←「命令に忠実な」……)

 「いらっしゃい、なにになさいますか?」
 店の奥から出てきた愛想の良いご主人、一同の姿を見て目をむいて凍り付く(そりゃそうだ)。

 よせばいいのに、例によって調子に乗ってるパイクが「オヤジ、飲み物を持ってこい!」的な横柄な口調のドイツアクセントで話すのが追い打ちとなり、わが村に敵軍が!!と思い込んだご主人は、店の奥にいた従業員に大至急警察に連絡するようにと耳打ちする。

 一方マインワリング隊長が電話を終えて戻ってくると、バンはもぬけの殻。
「やると思った……」

 パブに駆け込むと、全員がなごやかに一杯やってる最中。

 騒ぎを大きくしたくないと思うあまり、「誤解なんです」程度の大雑把な説明で早々に退散しようとしたのが仇となり、ご主人は「ホームガード一同=本物のナチス軍、マインワリング隊長=売国奴(Quisling※)」と思い込み、バンが怒れる村人たちに取り囲まれる結果に。

 (※)元はノルウェーの政治家の姓、ナチスに協力的だったことから、「裏切者」「売国奴」の意味を持つようになった。

  駆け付けた警官に詰問され、マインワリング隊長が「彼らは本物のナチス軍ではなく……」と説明している最中も、バンの天窓から顔を出して将校演技を続けてぶち壊すパイク(ド空気読めない子)。

 というわけで、「この裏切り者!!」とおばあちゃんに杖で殴られた(強い)マインワリング隊長、慌ててバンに乗り込み、村を逃げ出す。

 怒れる村人たちは、危機を知らせるべく、隣村(マインワリング隊長たちの村)に、ナチス軍の侵攻を知らせる電話をする。

 マインワリング隊長の留守中、教会にいた空襲監視員ホッジズ氏、司祭、聖堂番イェットマン氏の3人(ホームガードと建物を共用しているが、普段からあまり隊長と仲が良くない)が、パブのご主人より「イギリス人の隊長に先導されナチス軍がそちらに向かっている」との知らせを受ける。

 酔ってんの?的な感じで、本気にしていなかった3人だが、マインワリング隊長が整列するナチス兵(まずいことに全員背中を向けている)に指示をしているのを見て、奴が売国奴か!!と震撼する。

 急いで鐘楼のカギをかけ、緊急事態を告げる鐘を鳴らす3人。
 (3人の様子がわかるBBCの画像はコチラ。) 

「ナチス軍襲来だ!慌てるな、慌てるな!!(Don’t panic!)」
 鐘の音にナチス軍姿でパニックを起こすジョーンズ氏をよそに、誰かが我々を見て勘違いしたんだ、と、慌てて鐘楼に向かう一同。

 違うんだ、鐘を止めてくれ!!とドアを叩くも、力の限り鐘の紐を引いている3人には聞こえず、ドアの鍵を銃で撃ち壊して入ることにしたマインワリング隊長。

 中の3人に弾が当たらないように警告の紙を差し入れようとするジョーンズ氏。
「避難しなさい……銃で鍵を壊します……敬具……ジョ…」
「早く入れろ!!」
 ドアに立ちはだかるフレイザー氏
「弁償させられるのでは!?」
「どけ!!」

 マインワリング隊長が鍵を撃った次の瞬間、別の入り口から入ったウィルソン軍曹に招き入れられた一同。
頭上には、ホッジス氏ら三人が、避難のために鐘の紐におさるのように並んでぶら下がっていた。

 隊長が三人の大ブーイングを浴びる中、状況説明の電話を司令部にかけていたパイクが戻ってきて、
「海岸周辺の町全部に一時的に非常事態宣言が発令されてしまって、准将が『どこの底抜けバカの仕業だ』とカンカンでしたアハハ」
 と軽いノリで言った後、
「隊長に話があるから月曜日朝に来るようにとのことです」
 と付け加えると、マインワリング隊長、パイクをまじまじと見つめたながら、苦々しげに一言。
「馬鹿者が……(You, stupid boy.)」

 聞こえているのかいないのか、いそいそ片眼鏡をかけなおしているパイク(まだやってる)。 

(完)

「Stupid boy(馬鹿な少年)」は、マインワリング隊長がパイクに憤慨したとき(頻度高)つぶやく、言うなれば決め台詞です。

 地方の小さな村で、あまり周辺の情報が流れてこなかったせいか、ナチスの制服を、デザインだけ見て「洗練されている」とこともあろうに称賛しながら着た挙句、気分が高揚してマインワリング隊長の言うことをちっとも聞かなくなるという展開。

(別の話でも、パイクがナチス軍の制服デザインを褒めて隊長に叱られているエピソードがありました。物資不足で服も限られていた分、デザイン性の高いものに飢えていたのかもしれませんね……。)
 
 ウィルソン軍曹がイソイソ行進の練習をしていたり、パブでご主人が固まっている中、パイクが将校演技をやめなかったり、「ドイツ軍将校は(?)ホームガード隊長の言うことなんか聞かないで良い」と訳の分からない理屈で命令違反をするシーンなどには笑わされてしまいますが、一方で、人間が恰好や架空の立場などに一瞬にして強烈に洗脳されるという現実の危険性(※)を、笑いの中にさりげなく織り込んだ、奥深い作品でもあります。
(パイクはアホの子だからやらかすのわかるが、普段落ち着いているウィルソン軍曹まで命令違反するのは結構怖い。)

(※)こうした現象についてご興味のある方は、当ブログ「スタンフォード大学監獄実験」をご参照ください。
 心理学実験のため、囚人服、看守服を着せられ、その役を演じることとなった被験者たちが激変したという1971年に起きた実際の事件についてご紹介しています。

 個人的にこのドラマシリーズが非常に好きなのは、こういう「笑えるけれど深い、ときに深いを通り越して怖い(でも笑える)」という味わいがあり、それは、同じく40年以上不動の人気を誇る、わが日本の宝、「ドラえもん」の魅力にも相通じるものがあると思います。

 題材上、日本での放送は難しそうですが、イギリスでは、日本でいうところのドラえもん、サザエさん、寅さん級の不朽の名作として現在も圧倒的支持を集める名作ドラマです。

 (イギリスで販売中のコンプリートDVD‐BOX(700件を超えるレビューが全て4〜5の好意的意見で占められているという驚異の愛され度合)。イギリスのDVDの視聴が可能な環境をお持ちの方ならおすすめです。私も愛蔵しております。)

Dad's Army - The Complete Collection [DVD] [1968] by Arthur Lowe -
Dad's Army - The Complete Collection [DVD] [1968] by Arthur Lowe -

 

 ウィキペディアの「Ring Dem Bells」あらすじ紹介記事はコチラです。
https://en.wikipedia.org/wiki/Ring_Dem_Bells
(詳細なあらすじページがある辺りイギリスでの愛され度合がわかるのですが、他国の知名度は〈アメリカですら〉低いという謎のドラマなのです。)

 当ブログDad's Army関連記事は以下のとおりです。今後も時々この作品のあらすじをご紹介させていただきますのでよろしければお立ち寄りください。

 ・イギリスの怪物番組 『Dad's Army』
 ・「Dad’s Army」のボタン

 読んでくださってありがとうございました。
posted by Palum. at 11:09| イギリスのテレビ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月19日

「贋作師ベルトラッチ」再放送のお知らせ

 取り急ぎご連絡まで。
 NHKBS1、BS世界のドキュメンタリーで、10月20日17:00より「贋作師ベルトラッチ 超一級のニセモノ」が再放送されます。


(番組トレーラー映像)

https://www.youtube.com/watch?v=TS6a3XochQU

 現代アートの精巧な贋作を次々と売りさばき、被害総額45億円以上とも言われる贋作師ベルトラッチが、服役直前に自らの贋作人生と製作風景を明かした異色のドキュメンタリーです。


 数奇な実話と編集の妙により、スタイリッシュな犯罪映画のようにしあげられた作品です。


番組公式HP情報はこちらです。
 


 当ブログでも、贋作・鑑定にまつわる記事をいくつか書かせていただいていますので、よろしければ併せてご覧ください。

「贋作師 ベルトラッチ 〜超一級のニセモノ〜 (NHK BS世界のドキュメンタリー)」 番組情報ご紹介

(※ネタバレ)「贋作師ベルトラッチ 〜超一級のニセモノ」あらすじと感想(NHK BS世界のドキュメンタリー)

イギリスの贋作師ジョン・マイアット(NHK BS世界のドキュメンタリー 「贋作師 ベルトラッチ 〜超一級のニセモノ〜」によせて) 

放送熱望!イギリス絵画鑑定番組「Fake or Fortune」


(※ネタバレ)ドラえもん「王冠コレクション」

 毎日記事更新が目標だったのですが、最近諸事情でめっきり更新が滞ってしまっていました。以後は極力頻度をあげていきたいと思っていますので、よろしければまたお立ち寄りください。
posted by Palum. at 04:11| 美術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月09日

(おすすめ映画)イル・ポスティーノ


 イマジカTVがご覧になれる方に、オススメ映画のお知らせです。

 2016年10月10日(月)深夜 3:00〜5:00(※日付は火曜)放送「イル・ポスティーノ」(イタリア・1994)。

イル・ポスティーノ オリジナル完全版 [Blu-ray] -
イル・ポスティーノ オリジナル完全版 [Blu-ray] -

 イタリアの小さな島に、チリの国民的詩人で外交官のパブロ・ネルーダが亡命してきたという史実をもとに、彼と、島の若者マリオとの友情を描いた作品です。

 

公式HP情報はこちらです。
http://www.imagica-bs.com/program/episode.php?prg_cd=CIID165061&episode_cd=0001&epg_ver_cd=06&epi_one_flg=index.php

(あらすじ)
 鮮やかな紺碧の海に浮かぶ小さな島に暮らす青年マリオは、成人したものの、父のあとをついで漁師になるでもなく、ぼんやりと日々を過ごしていた。

 ある日、退屈な島が大きなニュースに沸き立つ。チリの大詩人パブロ・ネルーダが、彼の所属する共産党への弾圧から逃れ、この島に亡命してくることになった。

 しかし、「人民の詩人」と呼ばれるネルーダの世界的名声にも無頓着なマリオは、ニュース映画を見ても、彼が美しい女性たちに熱狂されているのに気をとられる始末。

 島に滞在するネルーダのもとには、世界中から手紙が届けられ、マリオは彼のためだけに臨時で郵便配達人となる。

 ある日、ネルーダの詩を読んでみたマリオは、不思議な喜びを感じた。
 
 それは、明るい詩ではなかったけれど、マリオが感じていながら、形にできなかった思いが言葉になってそこにあったから。

 思いきって詩の意味をネルーダに訪ねてみたマリオ。

 このことをきっかけに、マリオの単調な日常に、ネルーダとの友情とともに、「詩の言葉」という新しい世界が少しずつ広がって行く。

 こうして、言葉の世界に足を踏み入れたマリオは、美しい娘ベアトリーチェと出会い、一瞬で恋に落ちる。

 マリオは、ネルーダに彼女への恋心を打ち明け、自分なりの詩の言葉で彼女の心をつかもうとする。

(みどころ)
 美しい風景と音楽の他は非常に落ち着いた展開の作品です。しかし、現実と同じように、人生をうつろう光と影が流れていきます。 

 パブロ・ネルーダは「ニュー・シネマ・パラダイス」で映像技師アルフレードを演じたフランスの名優フィリップ・ノワレ。

 マリオを演じ、脚本にも携わったマッシモ・トロイージはこのとき病に冒されていましたが、執念で作品を作り上げ、映画の完成12時間後に41才の若さで世を去りました。

 映画を観終わったあとだと、「all chinema」紹介記事の「悔しくも彼はこの作品のクランクアップ直後に他界してしまったが、ここにその足跡はしかと刻まれた。」という一文に目頭が熱くなります。
 
 作品の作り手として、演者として、人生を捧げる意味がある作品だと思われたのでしょう。まさしくそういう映画です。

 個人的に「生涯ベスト映画10」に入る勢いで好きな作品です。(いずれもう少し感想の詳細を書かせていただけたらと思います。)

 ぜひご覧になってみてください。

 読んでくださってありがとうございました。


 参照「all chinema」「イル・ポスティーノ」
http://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=28682
posted by Palum. at 11:36| 番外編 おすすめ映画・漫画・本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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