2018年03月14日

(おすすめ動画)穴に落ちた象の赤ちゃんを助けた人々が見た心温まる瞬間(インド)


(穴の中で身動きがとれなくなっている象の赤ちゃんと、それを助け出そうとするショベルカー)
ショベルカーでの救出 .png
 (画像出典:Youtube:https://www.youtube.com/watch?time_continue=4&v=IfAAVmESmIs

 本日は、インドで撮影された、象と人との心温まる瞬間をとらえた動画をご紹介させていただきます。

 インド南部ケララ州の村はずれで、群れと一緒に川を渡ろうとしていた象の赤ちゃんが穴に落ちてしまいました。

 穴の底はひどくぬかるんでいて、いくらもがいても自力では脱出できずにいた仔象を、周囲の人々が発見、仔象を助けるために、森林局職員と近くの村人たちが協力し、穴の周囲を崩すことにしました。

 仔象が埋もれてしまわないように、慎重に、さらさらと周囲を崩していくショベルカー。

 5時間にわたる作業の後、ついに仔象が穴から這い上がり、川べりに向かうと、向こう岸から、大きないななきとともに、数頭の象が水しぶきをあげて、一斉に川を渡ってきました。

仔象、穴から脱出 -png

迎えに来た大人象たち - コピー.png


 良かった良かった、というように、仔象に駆け寄り、その小さな体に、まるで人が肩を抱くように鼻を摺り寄せてとり囲む大人象たちと、歓声を上げる人々。

仔象を囲む大人象たち .png

 と、そのまま向こう岸に去っていくかと思われた象のうち、まっさきに仔象のもとに走ってきた一頭(おそらくは仔象の母親)がふいに振り返りました。

 そして、ふわりと上がった鼻。

鼻を上げる象1.png

 その動きに気付いた人々のいるほうに、また、もっと大きく鼻を反らせて、ふわり。

鼻を上げる象2 .png

 最後にもう一度向き直って、ふわり。

鼻を上げる象3 png

 まるで、お礼を言っているように見えるしぐさに、人々はさらに大きな歓声や口笛で喝さいを返しました。

(公式チャンネルYahoo!映像トピックスの動画「ゾウを助けた後の展開が超アメージング」)

https://www.youtube.com/watch?v=DmPUKbc-pJs



 象の鼻はとても器用で、人の手のように鼻先で物をつかんだり、優しく相手に巻き付けたりすることができます。

 仔象を助けたくても、自分たちではどうすることもできず途方に暮れていた象たちは、集まった人々が仔象を助け出すために手を尽くす姿を、向こう岸からじっと見ていたのでしょう。


 這い上がれた仔象めがけて一目散に駆け寄る姿や、この鼻の動きを見ると、象の愛情深く義理堅い心が伝わります。

 そして、それに気づいて喜んでいる人々。

 言葉は通じなくても、確かに心が通い合っている瞬間が、そこにありました。

 当ブログでは、今後も、いくつか象にまつわるお話をご紹介させていただく予定です。よろしければまたお立ち寄りください。

 読んでくださってありがとうございました。




(補足)当ブログの象にまつわる記事

 ・(※ネタバレ)ドラえもん「ぞうとおじさん」

 ・(おすすめ動画)穴に落ちた象の赤ちゃんを助けた人々が見た心温まる瞬間(インド)
 ・ 象のインディラと落合さん(中川志郎作『もどれ インディラ!」より ※結末部あり)



 
 情報出典:
・公式チャンネルYahoo!映像トピックス「ゾウを助けた後の展開が超アメージング」
 https://www.youtube.com/watch?v=DmPUKbc-pJs
・カラパイア「助けてくれてありがとう!子どもを救ってくれた人間に対し、感謝の気持ちを表すゾウ(インド)」http://karapaia.com/archives/52250056.html
・Newsweek「HELPLESS BABY ELEPHANT TRAPPED IN WELL RESCUED BY INDIAN VILLAGE IN HEARTWARMING VIDEO」
http://www.newsweek.com/helpless-baby-elephant-trapped-well-rescued-indian-village-heartwarming-video-725080
・Laughing Squid「A Relieved Elephant Raises Her Trunk to Thank the Workers Who Rescued Her Baby from a Mud Hole」
https://laughingsquid.com/elephant-thanks-workers-who-rescued-her-baby/
【関連する記事】
posted by Palum. at 19:39| おすすめ動画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月13日

(おすすめ動画)ロシアのフクロウ、トラックの運転手さんと運命の出会い

(フクロウのソニアとエフゲニーさん)
フクロウのソニア1エフゲニーさんと.png

画像出典:Youtube https://www.youtube.com/watch?v=IbEfkyh_okU


 本日は、ロシアのフクロウにまつわる不思議なお話をご紹介させていただきます。

 (情報出典:カラパイア http://karapaia.com/archives/52167679.html)

 長距離トラックの運転手エフゲニー・ゾロツーキンさんは、運転中、道にうずくまるフクロウを見つけて急ブレーキをかけました。
 
 そのフクロウは羽にケガをしていたため、エフゲニーさんはフクロウを隣町まで連れていき、生の鶏肉を食べさせてあげました。

 エフゲニーさんは、ソニアと名付けたそのフクロウを、地元に連れ帰り、ノボシビルスク動物園に預けることにしました。

 ところが、ケガは回復していたにも関わらず、ソニアは動物園の飼育員からエサを食べることを拒否したのです。

 一週間経ってもソニアがエサを食べようとしなかったため、動物園からエフゲニーさんに連絡が行き、エフゲニーさんが動物園に駆けつけたところ、ソニアはようやく、エフゲニーさんの手からエサを食べました。

 エフゲニーさんはソニアを引き取ることにし、ソニアに生肉を食べさせてあげられるよう、トラックに小型冷蔵庫を積み込みました。

 その後、ソニアはエフゲニーさんの長距離ドライブの良き相棒として、エフゲニーさんにぴったりと寄り添い、長旅をともにしているそうです。
 
 (ソニアとエフゲニーさんを取材したニュース映像1)



 (ニュース映像2)

https://www.youtube.com/watch?v=NmGP60c3Lr4

 野生動物は基本的に人に懐かないものですが、エサがとれない、危険から逃げられないという、自然界ならただ死を待つしかない状態のときに救われると、その人に熱烈な愛情を注ぐことがあるようです。

 しかし、このソニアのように、生存本能を超え、救ってくれた人に再会するまでハンストするというケースは、さすがに滅多にないと思います。
 
 (あるいは、置いていかれたと思い、ショックで食事が喉を通らなかったのかもしれませんが。いずれにしても、我が身を命の危険にさらし、自分の救ってくれた人への思い出に殉じています。)

 優しそうなほほえみのエフゲニーさんに、ぴったり寄り添うソニア。

 メスとのことなので、もはや妻の気持ちなのか、あるいは自分にとっての神に忠誠を誓う思いなのか。

 いずれにしても、ソニアにとってエフゲニーさんは運命の存在で、その大きな丸い瞳に第二の生活への迷いはみじんもなく、エフゲニーさんの手からエサを食べたり、スポイトから水をもらうときの表情は実に幸せそうです。

(ハンドルに留まり、エフゲニーさんと一緒に前方確認しているソニア)
フクロウのソニア2ハンドルに留まる.png

(エフゲニーさんにお肉をもらって笑顔になるソニア)
フクロウのソニア3笑顔.png
(画像出典:Youtube https://www.youtube.com/watch?v=NmGP60c3Lr4

 フクロウは聡明で、知恵の象徴とも言われているそうですが、さらにこんなにも情熱的で、命をかけ、運命の人との暮らしを取り戻した鳥もいるという不思議なお話でした。


情報出典:
・カラパイア「フクロウを助けたらすっかり懐いてしまい、預けた動物園から「手に負えぬ、引き取ってくれ。」 と言われたトラック運転手(ロシア)」
http://karapaia.com/archives/52167679.html

・CDL Life news「Russian Truck Driver Saves Owl, Acquires Loyal Pet」
https://cdllife.com/2014/russian-truck-driver-saves-owl-acquires-loyal-pet/
posted by Palum. at 18:48| おすすめ動画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月03日

(おすすめ動画)撫でられたい動物たち

 人の手には癒し効果があるという説があります。
   
  その科学的効果はまだはっきりと証明されていませんが、昨今ネットで、人に撫でられることをこよなく愛する世界中の動物たちの動画を観ることができます。

  ネット用語では、「毛の長い生き物を撫でること」を「モフる(※「フワフワ」の俗語「モフモフ」から派生)」と形容し、生き物自ら人に撫でられたがることを「モフを要求する」とも言います(かわいい)。

 本日はそんな「モフを要求する」様々な動物たちの動画をまとめてご紹介させていただきます。



 (猫編)

 飼い主らしきお姉さんに、前脚でモシモシして撫でてくれるようお願いする猫たち。
 
 お姉さんが手をとめるとまたモシモシ。
 
 どちらもいたいけな瞳と控えめなモシモシ加減がいじらしい。

 (動画のコメントの中には、美人のお姉さんに撫でられている猫のほうをうらやましがる意見も。)

 ・「Cat politely asking to get patted」 (撫でてくれるよう礼儀正しくお願いする猫)

 https://www.youtube.com/watch?v=Y2T4caGlK80

 ・「Pat the cat」(猫を撫でる)

https://www.youtube.com/watch?v=8fwXeBCMrT4



(小鳥編)

「Parrot furiously squawks when owner stops petting her」(飼い主が撫でるのをやめると怒ってやかましく鳴くインコ)

 https://www.youtube.com/watch?v=-gNpJ0Mpucw

 仰向けになってくつろぐという、自然界にいたら生涯しなさそうなポーズで、飼い主さんの掌に乗り、ほっぺや首まわりをイイコイイコしてもらう黄色いインコのトィーティー(かわいい名前)。

 「ムケウケ、プケフケ……」と嬉しそうに笑いながら(?)うっとり目を閉じていたのに、飼い主さんが手を止めるとサンゴ色のくちばしをカッと開き「フゲー!!」と強く抗議して再開させています。

 くつろいだ姿の可愛さと「モフられ欲」の激しさのギャップが魅力。



(アザラシ編)

 「Wild seal pups play with divers」(ダイバーたちと遊ぶ野生の子アザラシたち)

 https://www.youtube.com/watch?v=QKhXu6A9cWg

 イギリスのファーン諸島の海に潜ったダイバーたちがとらえた一コマ。
 
 人が飛び込むなり、驚くべき人懐こさでダイバーに寄って来るアザラシたち。

 手袋ごしながら、ツヤツヤのお腹や鼻づらを撫でてもらい満足げな様子。
 (手元にカメラをつけているため、アザラシの顔のドアップが観られます。)
 
 くりくりした目で人をチラ見しながら側を泳ぐ姿は、もはや、「ものすごく泳ぎのうまい犬(ラブラドール系風)」状態。

 これだから潜るのをやめられない!とでも言いたげな、ダイバーの男性のうれしそうなテンションにもほのぼのします。

 アザラシ動画をもうひとつ。

 シシリー諸島に潜ったダイバーのゲイリーさんが出会ったアザラシは、お腹を見せて撫でてもらいながら、その手を前脚で捕まえています。

「Gary and the seal in the Scilly Isles」(ゲイリーとアザラシ、シシリー諸島にて)
 
https://www.youtube.com/watch?v=Oz5pjXQMhiE

 (ゲイリーさんの手の上で前脚をぺちぺち動かしているので、あるいはお礼に撫で返してくれているのかもしれません。)

 相当大きなアザラシですが、きゅっと握手する様子や、うっとりと細められた目が愛らしい。
 
 「手」の発達しない水辺の動物は、ナデナデの繊細な動きに、ことに心惹かれるのかもしれません。



(バク編)

 「Why you should not never work with Tapir」(絶対にバクと一緒に働かないほうがいい理由)
 
https://www.youtube.com/watch?v=TIEvzRye6AY

 イギリスの「ダートムーア動物園」に暮らすバクたちと飼育員らしき男性の一コマ。
 
 象のような穏やかな瞳と、くるりと口元に曲がった鼻づらが表情に富むバクたち。

 この「かわいすぎる」バクたちは、自分たちの魅力をよくわかっており、人にいつまでも喉もとやお腹をナデナデさせて、瞳を細めています。

 しかも穏やかそうな容姿のわりに可愛がられることに貪欲で、撫でに心を籠めることを求め、一頭が撫でられていたらもう一頭もドチーン!と脚を投げ出して横たわり、撫でてもらうおうとする。

 (腕を伸ばしても二頭いっぺんには撫でられず、男性を苦戦させるが、バクたちは気にしない。)

 人の持ち物に興味を示して遊び、自分が注目されることが大好きなバクたち。

 だから一緒には働かないほうがいい(心を盗まれちゃうから)。

 バクってこんなに人に懐くのか、という驚きとともに、ボリューミーな動物独特のたっぷりぽってりとした撫でごたえが伝わってきます。

(情報出典:マランダーHP「バク、お前もか。甘えん坊のバクはモフが大好きだった」http://marandr.com/17956373



 (シカ編)

「Spoiled Deer」(甘やかされた鹿)
 
 https://www.youtube.com/watch?v=wIrnrnkajPM

 電線工事に行った作業員の人々が、木々の間で身動きできなくなっていた小鹿を保護したときの映像。

 助けたあとも、おびえて震えているので、お腹を撫でて落ち着かせたものの、降ろそうとすると「メー!!」と鳴いて拒否。
(後ろ脚をピーンと伸ばし、前脚を丁寧に折り畳んだ綺麗な撫でられ姿と、「ヤダー!」という気持ちがまっすぐ伝わる鳴き声が愛くるしい。)


 Youtube投稿者の説明によると、この後も小鹿は彼ら作業員の人々のあとを子犬のようについて歩いていましたが、投稿者が、離れたところで小鹿を見ている母親らしき雌鹿を見つけ、小鹿を途中まで連れて行ったところ、小鹿は雌鹿に駆け寄り、二頭は無事に森の中に去っていったそうです。

 なお、コメント欄には、小鹿の可愛らしさと彼らの優しさを称える言葉の間に、「動物に優しい男性を観るほどときめくことはない」など、先ほどの「美人お姉さんと猫」の動画同様、違う賛辞が混じっています。

 
 (フェレット編)

 「Ferret shows human her babies」(人間に赤ちゃんを見せるフェレット)

 
https://www.youtube.com/watch?v=OcCRZkeqFY8

 家の中で飼われているフェレットが、男性の指をくわえ、ぐいぐいと引っ張っていきます。

 テーブルの上にはタオルを敷いたフェレットの巣箱。

 男性がタオルの中に手を入れると「プミャー!ピミャー!」と賑やかな鳴き声。

 中にはまだ目も開かない、産毛のフェレットの赤ちゃんたち。

 男性が持ち上げた赤ちゃんを、そっとくわえてタオルの中に戻す母フェレット。

 男性の手が、「よく頑張ったね」というように母フェレットと赤ん坊を撫でて遠ざかろうとすると、母フェレットは手に駆け寄り、またぐいぐいとその手を巣箱に引っ張って、赤ちゃんたちを撫でさせようとします。

 男性の手に自分と赤ちゃんを撫でられて、非常に満足そうな母フェレット。

 ひとしきり撫でた後、男性の手が離れたら、再び急いで呼び戻そうとしていました。

 赤ん坊が生まれたばかりの動物の母親は、子供を守ろうとして気が立っているから、そっとしておいたほうがいい(怒って混乱した母親が子供を傷つけてしまう危険がある)という話を聞いたことがありますが、まれに、このフェレットのように、飼い主に赤ん坊を見てほしいと思うタイプの母親もいるようです。

 普段からよほど自分も撫でられるのが好きなのか、どうしても、赤ちゃんを撫で続けてほしい様子のフェレット。

 敬愛する人物から祝福を頂こうと、赤子を見せに来る母親の姿を彷彿とさせます。
  
 (イメージ)ニコラース・マース作・幼子たちを祝福するキリスト(イギリス・ナショナルギャラリー蔵)

Nicolaes_Maes_-_Christ_Blessing_the_Children_-_WGA13814 - コピー.jpg
(画像出典:ウィキペディア 画像提供:Web Gallery of Art)

 あらゆる動物たちを幸せな気持ちにする人の手のぬくもり。

 皆様も、その手で大切な誰かを癒してあげてはいかがでしょうか。

 読んでくださってありがとうございました。
posted by Palum. at 12:39| おすすめ動画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月17日

「面倒くさがりの自分を認めたら部屋がもっとキレイになりました(三日坊主の後回し虫退治術)」(わたなべぽん 作) 掃除以外でも後回し癖がある方におススメ!

 先日(2018年2月16日)、わたなべぽんさんのエッセイマンガ『面倒くさがりの自分を認めたら、部屋がもっとキレイになりました』が発売されました。

面倒くさがりの自分を認めたら部屋がもっとキレイになりました 三日坊主の後回し虫退治術 (メディアファクトリーのコミックエッセイ) -
面倒くさがりの自分を認めたら部屋がもっとキレイになりました 三日坊主の後回し虫退治術 (メディアファクトリーのコミックエッセイ) -

 以前、汚部屋の大掃除、35kgの減量に成功したわたなべぽんさん。
ダメな自分を認めたら、部屋がキレイになりました (メディアファクトリーのコミックエッセイ) -
ダメな自分を認めたら、部屋がキレイになりました (メディアファクトリーのコミックエッセイ) -

スリム美人の生活習慣を真似したら 1年間で30キロ痩せました (メディアファクトリーのコミックエッセイ) -
スリム美人の生活習慣を真似したら 1年間で30キロ痩せました (メディアファクトリーのコミックエッセイ) -

 今回は、「せっかくキレイになった部屋が何故か少しずつ散らかっていく」現象を通じて、自身の「面倒くさがり」「三日坊主」という問題に気づいたぽんさんが、「そうじや片づけを楽に楽しく続ける方法」を探すお話です。

 現在作品の一部が「コミックエッセイ劇場」HPで公開されています。
 
 ・作品概要紹介、一部内容公開ページURL:
  http://www.comic-essay.com/episode/204/
 

 (見どころ)

 「汚部屋脱出」や「大幅減量」のようなインパクトある題材ではありませんが、その分いろいろな人が思い当たるであろうエピソードがちりばめられています。

 「ゴミ出しし損ねた段ボール」

 「しばしシンクに放置される洗い物」

 「未確認のダイレクトメールの束」

 「なぜかソファーのまわりにたまるバッグ」

 「畳まれていない洗濯物」

 「不潔とまではいかないけれど、うすく水垢がついた水回り」

 ……などなど、「今すぐやらなくてもいい」という理由でつい先送りしてしまう用事たち。

 それが、見て見ぬ振りをしても、じわじわと視界と罪悪感を圧迫し、時間とやる気を奪い取って行く……という、一見地味だけれどものすごくリアルな恐怖を克服していくための試行錯誤が描かれています。

(ため込んだが最後、全部片づけるまでに実は何時間もかかる恐怖の空間の図)
面倒くさがりの自分を認めたら2 - コピー.png

 うずうずとつきまとう「後回し虫」「面倒くさい虫」(見た目はかわいいが人の充実した人生を蝕む恐ろしい奴)のささやきに負け、色々なことをやらずに一日を終えてしまうことに悩むぽんさん。

面倒くさがりの自分を認めたら1 - コピー.png


 子供の頃から根気がないから、所詮無理なのではと弱気になっていたものの、好きなことは長期間毎日欠かさず続いていることに気づき、今おっくうに思っている用事を、気持ちや体調に左右されずにこなすにはどうすればいいのかを模索し始めます。

 掃除と片づけに焦点をあてた作品ですが、ぽんさんが編み出した工夫の原理(心理的ハードルの下げ方)は、仕事やその他気乗りしない用事など、あらゆる場面に応用でき、「すぐやる」「続ける」ができずに困っている人全員におススメしたい作品です。

 解決方法自体は地道なものが多いけれど、「見やすい絵のまんが」で読めることにも大きな意味がある。 


 「苦手を克服したい本人が、専門用語ではなく体感した言葉で書いてくれている」のもわかりやすいです。

 何度も読み返すうちに、次第に効果が増していく作品だと思います。

 個人的な感想ですが、既に「後回し防止」にはどうすればいいかを知るためにしこたまハウツー本を買い込んだ私の経験から言わせていただくと(それを読んでいるうちにやればいいじゃないという理屈は脳が全力で拒む〈なんでだ〉)後回し気分に捕まってしまったときは、まめな人、あるいは朝のすっきりした頭の自分ですら、なんでこんなことができないんだと思うことができなくなってしまいます。

 「お風呂に入る」などの、ごくあたりまえの習慣でも、文の前に「山奥の秘湯場に行って、自分でシャベルで掘って」がついているかのごとく重労働に感じられて動けなくなってしまう。

 (個人的には「(脳の)ブレーカーが落ちる」と呼んでます。)

(ぽんさんいわく「何もかも面倒な時期」の状態)
面倒くさがりの自分を認めたら4 - コピー.png

 こういうとき、なんとか行動しようと救いを求めて字だけの本を開いても、頭が嫌なフィルターにどんよりずっしりくるまれているようで、文章の羅列はただの縞模様に見えてしまうので、具体的な視覚イメージが必須です。

 (さらに、「すっきりとした絵柄」「ある程度太さのある線」「安定したタッチ」だと脳に届きやすい。その点ぽんさんの絵は理想的です。)


 軽作業を、すぐ終わる等身大の作業として視覚で教えてくれる、「よーし!これくらいなら今やっちゃおう!」という一覧イラストも便利。
(例:シャンプーの詰め替え、PC・スマホのデータ整理、など)

面倒くさがりの自分を認めたら5 - コピー.png
 
 これは、読む人の立場・仕事ごとに思い当たる作業があると思うので、作中の図のように、「今やっちゃおう!」というギザギザフキダシをイメージしながら、自分なりにピックアップしていくといいと思います。

 明るい色使いのオールカラーで過去作以上に見やすいのもうれしい。

 勿論、お掃除本単体としても優秀です。

 前作「駄目な自分を認めたら…」から、さらに美しくなったぽんさんのお部屋もカラー写真で公開されていてわかりやすいですし、個人的には、第十章の「大掃除作業一覧」と「予定表」を、もうそのまま無心に我が家に取り入れたい。
 
面倒くさがりの自分を認めたら6 - コピー.png

 掃除片づけは自分の担当じゃないから……という方も、その他の行動に応用できますし、誰かに作業を手伝ってもらうときの頼み方、掃除を手伝うメリットなど、他にも参考になることが多いので(シリーズを通じていい味出してる夫さんが相変わらずお優しい)是非ご覧になってみてください。
 
 読んでくださってありがとうございました。


(補足)当ブログ わたなべぽんさん作品ご紹介記事

 ・「やめてみた」(わたなべ ぽん作 コミックエッセイ)ご紹介


 ・『ダメな自分を認めたら部屋がきれいになりました』(わたなべぽんさん作 お片付けコミックエッセイ)


 ・(一部ネタバレあり)わたなべぽんさん 『もっと、やめてみた。』ご紹介 


posted by Palum. at 22:22| おすすめ漫画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月16日

ジェームス・ディーンの傑作映画「エデンの東」

エデンの東 [Blu-ray] -
エデンの東 [Blu-ray] -

 BSプレミアムシネマで2018年2月19日(月)午後1:00〜午後3:00に、アメリカ映画「エデンの東」(1955)が放送されます。

 (「NHKネットクラブ」番組情報はコチラ

 第一次大戦期のアメリカで、厳格な父に反発しつつ、愛されようともがく青年キャルの葛藤を描いた物語です。

(映画トレイラー動画)

https://www.youtube.com/watch?v=IqVoIQ5UsT8

(このトレイラーはトラブルシーンをクローズアップしていますが、本編はもっと静かな印象の作品です。)

 主演はジェームス・ディーン

 初主演を果たしたこの映画で一躍スターダムにのしがりましたが、同年、自動車事故で、わずか24歳で世を去り、
後に、マリリン・モンローと並び、アメリカの象徴的存在となりました。



(あらすじ)

 1917年、第一次大戦中のカリフォルニアに住むキャルは、町の名士である父親アダムと、双子の兄アロンとともに暮らしていた。

 アロンは父に従順で品行方正だったため、父の愛はアロンにばかり向けられ、生まれながらに奔放な魂の持ち主であるキャルは、父を愛しつつも、疎外感からますます反抗的な態度をとるという悪循環から抜け出せずにいた。

 そんな日々の中、キャルは、彼ら兄弟を生んですぐに死んでしまったと聞かされていた母が、実は別の町で生きているという噂を耳にする。

 母ケートは、アダムと正反対、そしてキャルによく似た奔放な性格で、アダムが自分を支配しようとしていると感じ、子供たちを残して家を出てしまっていた。

 今は娼館を営んでいるケート。キャルはケートの居場所を突き止めた後、父から真実を聞き出そうとする。 
 しかし、アダムは、妻との離婚は認めても、その居場所は知らないと言った。

(キャルとアダムの会話の場面)※二人の不安定な関係を象徴するように斜めにかしいだカメラワークが用いられている。



 時期を同じくして、アロンはアブラという女性を婚約者として連れてきた。

 キャルは、アブラと話をするうち、彼女にも父に愛されていないと思い孤独だった時期があったことを知り、彼女にそれまで女性に感じたことのない親近感を抱く。

 その頃、アダムが販売する予定だった野菜が、雪崩で運送列車が止まったために全て駄目になり、アダムは大きな負債を抱えてしまう。

 父の窮状を救いたいと考えたキャルは、戦争で高騰するであろう豆に投資するべく、資金集めに奔走する。

 金を儲けて父を救えば、今度こそ父は、自分を愛してくれるはずだ。

 しかし、キャルの切なる願いは、この後一家を揺るがす事件へとつながっていく。



(見どころ)

 映画音楽の傑作として今も愛される美しいテーマとともに、
すれ違う家族の悲哀が丁寧に描かれています。




https://www.youtube.com/watch?v=Bh7iF0BxuNo

 実人生でも父親と縁が薄かったジェームス・ディーンの、魂の奥底から絞り出されるような迫真の演技は必見。

(ジェームスの父は、ジェームスが9歳の時、彼の母の病死と共に、幼いジェームスを親戚に預けた。ジェームス成長後も、彼の役者への夢を反対するなど、生涯良好な関係を築けなかった。)

 口ごもるようなしゃべり方と、曇天の向こうの不愉快な光に目を細めるような、鬱屈と寂しさを秘めた若者独特の表情、人々の隙間をふわりとすり抜けていくしぐさは、演技達者な役者陣の中でも異彩を放っています。

 それでいて時折見せる笑みは無垢そのもの。

 映画内のキャルは未成年と思われますが、既に24歳になっていたジェームス・ディーンが、愛に飢えたまま成長したキャルの少年のような魂を見事に表現しています。

 キャルが、父への感情をあらわにするある場面は、アメリカ映画の一つの頂点とも言うべき名シーンです。
(この場面は、ジェームス・ディーンがアドリブで演じ、父親役のレイモン・マッセイの動揺がそのままカメラにおさめられています。)

 また、母ケートの、「善良さ」「貞淑さ」に閉じこめられることを嫌うあまり子供たちを捨てて出奔した激しさと、キャルに対する複雑な思い、兄の婚約者アブラの、孤独を克服した者としての強さと、キャルを包み込む深い優しさも印象的です。
(アブラは結末部で非常に重要な役割を演じます。)

 個人的には「キャルとアブラとアロンの三角関係」や、「平穏からは切り離されてしまうほどの強い愛」、「どこにも悪人はいないのに、それぞれの譲れない『我』が、すれ違いと悲劇を招く」という部分が、夏目漱石の作品に似ていると思います。
(印象的な台詞まわしや登場人物の心理をほのめかす情景描写も似ている。)
 
 一見地味な展開ですが、深く激しい人間の愛情ともの悲しさをたたえた傑作です。

 是非ごらんになってみてください。

 読んでくださってありがとうございました。



(補足)当ブログ、ジェームス・ディーン関連記事
・「理由なき反抗」ジェームス・ディーン主演映画

(参照)ウィキペディア「ジェームス・ディーン

posted by Palum. at 21:23| おすすめ映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月14日

「ポカリ=百円」(「イシャ料しはらい機」でジャイアンから取り立て)


ポカリ=百円2.png

 今回は漫画『ドラえもん』の名作、「ポカリ=百円」(てんとうむしコミックス28巻)のあらすじをご紹介させていただきます。

ドラえもん (28) (てんとう虫コミックス) -
ドラえもん (28) (てんとう虫コミックス) -

(ネタバレですので、未読の方は先にコミックをお読みください。)  

 
日頃ジャイアンの暴力に泣かされているのび太たちが、「イシャ料(慰謝料)しはらい機」を使い、ジャイアンからお金を取り立てようとするお話です。


 (あらすじ)※セリフ部、一部仮名遣いを改めています。

 頭にタンコブをのせ、力なく部屋に帰ってきたのび太。

 ジャイアンにぶたれた。

 泣きべそで報告するのび太に、ドラえもんは一言。

 「あ、そう。」

 内容が非常に気になる本、『ドラヤキ百科』から目も上げません。

 「ぼくがなぐられても平気なの!?」

 「しょっちゅうだもの。いちいち気にしてられないよ!」(シビア)
 
 「それもそうか」

 泣き言が引っ込んでしまったのび太。寝転がり、これからもずっと殴られ続けるであろう運命をかみしめます。

 さすがに気の毒になったドラえもんが、ポケットから取り出したのは「イシャ料しはらい機」。

ポカリ=百円3.png


 ジャイアンになぐられるたび百円ずつとろう。

 ドラえもんの提案に、のび太は、ジャイアンはお金を持っていないと指摘しますが、ドラえもんは機械を持って、のび太と空き地に向かいます。

 土管に腰掛けるジャイアンにアンテナを向けて、徴収設定完了。

 試しにジャイアンの前に出てみたところ、すぐにジャイアンに呼び止められたのび太。

 「むしゃくしゃしてたとこだ。一発殴らせろ」(ひどい)
 
 ゴツン!! 

 「さっそく殴られた」

 「よかったね」

ポカリ=百円11.png

 とても暖かい笑みを浮かべたドラえもん、「げんこつ一発百円」と慰謝料金額を設定し、被害者であるのび太にボタンを押させます。

 支払い口から百円が出てきて喜ぶのび太。

 あと、二、三百円欲しいので殴られに行こうして、わざとはダメだとドラえもんに引き留められます。

(ちなみに、ジャイアンが現金を持っていなくても、持ち物から百円分何かが消えることで支払われる仕組みです。)



 のび太は、スネ夫たちに、「これからは殴られても損はしないよ」と、支払機の存在を教えてあげます。

 スネ夫たちからの指摘を受け、暴力の強度や種類に応じ、より詳細な料金設定をした上で、のび太の庭に支払機が設置されました。



 含み笑いを浮かべ、さっそく空き地のジャイアンの側にたむろする少年たち。

ポカリ=百円5.png

 不審がるジャイアンに、まず、スネ夫が行動を起こしました。

 「ジャイアン。こないだぼくからとってったまんが返せよ」

 カッしたジャイアン。

 「とったんじゃない。借りたんだぞ。いつ返すかきめてないだけだ。ドロボーみたいに言うなっ!」

ポカリ=百円12.png

 後に読者の間で「ジャイアニズム」(※)という新語を生んだ、ジャイアン本人以外誰も納得できない主張とともに、スネ夫にゲンコツを落とし、空き地を出ていきました。

 殴られてもドヤ顔のスネ夫にやり方を学んだはる夫と安雄(サブキャラとしてよく二人一緒に出てくる少年たち。ぽっちゃりめのほうがはる夫、野球帽をかぶっている方が安雄。)も、ジャイアンを追いかけます。

 「ぼくらのまんがも返せ!」

 「すぐ返せ!」

 「ワ〜〜イ。」 

 青あざとコブを作り、朗らかに去っていく二人。(シュール)

 
 憤慨したまま家に戻ったジャイアン。

 「こういう不愉快な日は、心静かに読書しよう。」

 友人たちに(無許可無期限で)借りた漫画をごっそり押し入れから取り出し、「ムヒョヒョ。ウヒョヒョ」と「読書」を開始。

ポカリ=百円7.png

 一方、殴られたスネ夫はさっそくイシャ料支払機のもとへ。

 「たった七十円」

 殴られ方が弱かったため、「並」の料金しか出ずにガッカリ。

 「やややっ!」

 時を同じくして、「読書」中のジャイアンは、漫画の結末部が突然五分の一ほど消失したのに気づきます。

 さらに、はる夫と安雄がのび太家にやってきて、イシャ料支払機のボタンを押します。

 「ぼくらはうんと殴られたもんね」

 二人合計で1340円の支払い。

 「ム!?」

 まだ読んでない漫画が四冊も消え、ジャイアンは「どうなってんだ!?」と飛び上がりました。


 もっと殴られて儲けようとするスネ夫たちを、「負けてたまるか」と追いかけようとしたのび太でしたが、ママにつかまり勉強させられてしまいます。

 「ぼくがこうしているあいだにもみんなはせっせと殴られて、お金をかせいでいるんだ」
 
 机に向かいつつ、うらやましがるのび太。

 (のび太達を静観しているドラえもんのフラットな表情が味わい深い。)

ポカリ=百円6.png



 「おもしろくない!!誰かぶん殴ってやろう。」

 「読書」を中断して出かけたジャイアンに、もろ手をあげてアピールするスネ夫たち。

 「殴りたければ僕を。」

 「いや、僕を。」

ポカリ=百円1.png


 「ワ〜〜イ」

 再びあざとコブを作って喜んで去っていきます。(シュール2)


 スネ夫たちがイシャ料しはらい機のもとに戻ってくる賑わいを、机に乗って「いいなあ」と、うらやましく見下ろすのび太。

 「だから早く勉強すませな。」

 ドラえもんが冷静にのび太を椅子に戻らせている間、庭のスネ夫は勝手にしはらい機の金額設定ダイヤルをいじっていました。

 「ゲンコツ一発千円にしよう」

 

 「なんで次から次へと……腹立つなあ。」

 その頃、噂を聞きつけた少年たちが、イラつくジャイアンの前にワルイ顔で長蛇の列を作り、笑顔で殴られては去っていっていました。(シュール3)

ポカリ=百円8.png

 「もう殴るの飽きた」

 逃げ出したジャイアンでしたが、急に靴が消えて立ち止まります。

 「お!?お!?……」

 みるみるうちにズボンが短くなり、上着まで消えていきます。

 「ワ、ワワ!!なんだ、なんだ!?」



 「やっと終わった!」

 勉強を済ませ、心置きなくジャイアンに殴られに行こうとしたのび太とドラえもんの前を、全裸で赤面したジャイアンが、両手で前を隠して一目散に走っていきました。

 「ジャイアンが全財産を無くしたらしいから、もうおしまい」
 
 目を丸くしながらも説明するドラえもん。のび太はがっかりして、一糸まとわぬジャイアンを見送りました。

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 「きれいなジャイアン」のような、絵的インパクトは無いものの、ウィットを感じさせる佳作回です。

 「むしゃくしゃしていたところだ、一発殴らせろ」 
 「とったんじゃない。借りたんだぞ。いつ返すかきめてないだけだ。ドロボーみたいにいうなっ!」

 という突っ込みどころの多いジャイアンの台詞や、小遣い稼ぎのために率先して殴られに行く少年たちのシュールな情景(特に殴られようとワルイ顔で列を成すコマが秀逸)、あたかも労働の成果物を受け取るかのように明るくイシャ料支払機の前に集う姿には、今なお大人たちも惹きつけてやまない、『ドラえもん』独自の深みがあります。
(あとやはり『ドラヤキ百科』の芸の細かさも忘れ難い。)

 まったくの余談ですが、「こういう不愉快な日は、心静かに読書しよう。」とジャイアンが友人たちからいつ返すか決めずに借りた(?)漫画を読んでいる「ムヒョヒョ。ウヒョヒョ。」なコマが、私自身が「こういう不愉快な日は、動物の生態を鑑賞してストレスを軽減しよう」とか思ってYouTubeの犬とか猫とかの動画を観ている姿に非常に似ているので、ここも個人的に好きです。

ポカリ=百円10.png

 コミックス28巻は「新種図鑑で有名になろう」(のび太が新種を見つけようとしてモンシロチョウを追いかけたりする)や、「のび太航空」(のび太がドラえもんの懸念をよそに国際線のパイロットを目指す)など、名作が多いので、是非ご覧になってみてください。

 読んでくださってありがとうございました。



(※)
「ジャイアニズム」

「お前の物は俺の物、俺の物も俺の物」というフレーズ(出典:単行本33巻「横取りジャイアンをこらしめよう」)で名高い思想。


ジャイアニズム例.png

ドラえもん (33) (てんとう虫コミックス) -
ドラえもん (33) (てんとう虫コミックス) -

 ウィキペディアの説明が素晴らしかったので一部引用させていただきます。

「ジャイアニズム(和製英語: Gianism)(←笑)または剛田主義(←笑2)」
 (中略)
 「自らの所有物(占有物)については当然に自分の所有権を主張しつつ、他者の所有物に対してさえも全く法的な根拠なしにその他者所有権を否定し、所有権が自分に属することを暴力的に主張するという、極端に利己主義、独占主義的な思想を指す」


 こんな法律書のような格調高き説明文が作成されているのも驚きですが、同ウィキペディア情報によれば、2006年「国語辞典に載せたい言葉」を公募、収録した「みんなで国語辞典!―これも、日本語」にも選ばれるほどその思想は広く浸透している模様。


posted by Palum. at 21:25| ドラえもん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月21日

熊谷守一、サザエさんに登場(?)(漫画『サザエさん』41巻より)

 先日、当ブログで現在開催中の「没後40年 熊谷守一 生きるよろこび」展についてご紹介させていただきました。

(【イベント】没後40年 熊谷守一 生きるよろこび(TV東京))

https://www.youtube.com/watch?v=JbXHMEP1qus

(色と形の科学者 熊谷守一の画業をたどる 日本経済新聞)

https://www.youtube.com/watch?v=YVJ27PWCwmo

 極貧も成功も経験しながら、いつも淡々と身近な物を凝視し、描いた熊谷守一。

独楽―熊谷守一の世界 -
独楽―熊谷守一の世界 -

 この人柄に加え、亡くなるまでの約30年間、ほとんど家と庭で過ごしたという逸話や、ひげを長く蓄えた風貌から「仙人」と呼ばれた人物でした。

 そんな守一を彷彿とさせる画家が漫画『サザエさん』(朝日新聞社文庫版41巻)に登場しています。
 (昭和45年〈1970〉頃の作品、※守一90才頃)

サザエさん (41) -
サザエさん (41) -


サザエさん 熊谷守一風画家1.png


 老画家が、絵を描こうとしていたら、駆け込んでくる画商。

 「センセイ、描かんでください!」

 「また、一号30万円値上がりしました(※)」
(※)号……絵の大きさの単位。号数で値が決まることがある。
 
 (寡作の画家だから、既に描いた絵にプレミアがついて、値段が上がっている今、作品数が増えたら、市場に出ている絵の価値が下がってしまうということ。)

 ノリスケさん(新聞記者)の取材に応じて、画家のもとへ案内する画商。

「なにしろセンセイは寡作で、仙人のような生活でス」
(説明しているときの顔が良い味出してる。)

 鶏のくつろぐ庭先で、背中を丸めて座っているセンセイ。

 ノリスケさんが前に回り込むと、センセイはソロバンでせっせと収入の計算中。
 (画商「あちゃー」顔)

 大きな目に長いひげ、帽子と大きめの毛織物のベストという独特の服装、生き物との暮らし、そして「寡作」「仙人」という評判まで、熊谷守一によく似ています。

 作者、長谷川町子さんも動物好きで、犬猫ニワトリと暮らし、彼らを描いた漫画は傑作揃いです。

 (「可愛いキャラ」化しておらず、人間にひけをとらない個性や、サラリと描かれていてもリアルな体の質感、生き生きとした表情が実に魅力的。)

 現にここに登場している、守一風(?)センセイの側のニワトリも可愛い。

 熊谷守一ご本人の作品や生き方はお好きだったはずと思いますが、「超俗の仙人」と、やたら持ちあげる世間の風潮を少しからかいたくなったのかもしれません。

 以下、この漫画でパロディ化されている、熊谷守一の特徴について、補足情報を書かせていただきます。




 (「仙人」という呼び名について)


 守一本人も、「仙人」と呼ばれることを好まなかったらしく、こんな言葉を残しています。

 「みんなはわたしのことをすぐ仙人、仙人と呼びますが、わたしは仙人なんかじゃない、当たり前の人間です。
 仙人と言われるとき、こっちは少し用心する。
 二科会(美術家団体)にいたときも、都合のいいときだけ「仙人きてくれ。」といわれ、都合の悪い場合は、「仙人はいらない。」といわれて人間扱いされなかった。
 いくら仙人でも、この世に生まれたからには霞ばっかり食っては生きられません。人がわたしに会うとよく仙人とか、画仙とかいいますが、この世に父、母がいて生まれてきた、それじゃ人間で、仙人というわけにはいきません。」
(随筆集『蒼蠅(あおばえ)』p.148)


 仙人扱いは人間扱いされないことと紙一重と見抜いていた守一。

 飄々としているようで、地に足のついた冷静な洞察力の持ち主であることがうかがえる言葉です。

 また、

 「すべてに心がけがわるいのです。なるべく無理をしない、無理をしないとやってきたのです。気に入らぬことがあっても、それに逆らわず、退き退きして生きてきました」
(『蒼蠅』p.22)


と、言い切った守一にとって(普通の人間はあきらめかねて、無理して「気に入らぬこと」と戦おうとしたり、逆に媚びたりするので、これも非常に度胸のいることですが)、「仙人」という呼び名は、勝手に神輿にかつがれるようで居心地が悪かったのかもしれません。



(守一のファッション)


岐阜市HP過去展覧会情報で、長谷川町子さんの守一風(?)センセイそっくりの恰好をしている守一を見ることができます。)

 守一のトレードマークである、長い髭と風変わりな服装は、守一独自のこだわりによって生み出されたものでした。

 守一は自身の服装についてこんな言葉を残しています。

 「メリヤス(綿)のシャツも嫌いです。のどもとや手首、足首を締め付けられるのがどうにもいやなので、着なくてはならないときは、その部分を切り取って着ています。この頃カーディガンをいただいて着ていますが、それも袖を短く切っています。(中略)頭が寒いので帽子はよくかむります。好きな帽子があるのですが、かあちゃん(秀子夫人)が「こんなつぎだらけのものは雑巾にもなりません」といって、かむらせてくれないのです。それかといって捨てもしませんが」
(『蒼蠅』p.11〜12)

「さらしの襦袢(じゅばん=肌着)の上に真綿の入った長襦袢(着物の下着)、これは前がたっぷり合わさるように特に幅広く縫ったやつですが、その上に着物、毛織物の上衣を重ねます。寒い日は襦袢の次にかあちゃんの編んだ袖のゆったりしたカーディガンを着たり、上衣の上に真綿入りのちゃんちゃんこや狸の毛皮を重ねます。
わたしは寒いところにいたから毛皮が好きなんです。」
(『蒼蠅』p.48〜49)


 着心地と温度に非常にこだわった結果、あの服装にたどり着いた守一。

 身近な動物を描くにあたって、よく地面に寝転がっていたので、身綺麗にしていてはやりにくかったという理由もあったようです。

 ある日、守一が、庭にムシロをひいて横になり、アリが通りかかるとそれをスケッチしては、また寝転がる(たのしそう)ということをしていると、日動画廊(銀座の老舗画廊)の長谷川氏が絵をとりにやってきました。

 守一の姿があまりにも心地よさそうなので、私にもやらせてくださいと、隣に寝転がったものの、良い恰好をしていたので落ち着かず、「やっぱりダメです」と、起き上がってしまった、という話があったそうです。
(随筆集『へたも絵のうち』p.135)

 守一の服に対するこだわりは、幼い頃からのもので、お寺に行くときなどに、無理に着物や袴を着せられ、腹が立ったので、橋の上で、ひっくり返った亀のようにのたうちまわって無茶苦茶にしてやったそうです。
(『蒼蠅』p.25)

 守一は裕福ながら複雑な事情を抱える家に育ち、子供時代にあまりいい思い出がなかったようなので、このこだわりには、裏表があり窮屈な富裕層の暮らしに対する反発が含まれていたのかもしれません。

 このほかにも以下のような考えで、一般的な身だしなみから外れること筋金入りでした。

 「ヒゲをのばした理由は別にありません。
 子供のときから床屋に行くのが嫌いだった。
(中略)もう床屋へは行くまいと思って、ヒゲと髪を伸ばしだしたんです。」


 「起きたまんまが髪形になっていれば、これは、毎日新しい。一回でも同じことがないっていうのが、わたしのとっておきのお洒落です。」
(『蒼蠅』p.126〜128)

「歯が痛んだとき焼け火箸を突っ込んで神経を殺したことがありました。おかげで歯がぼろぼろになりました。(中略)四十歳頃は一本しかなかったように思います。」
(『蒼蠅』p.14)



 はっきりとした目鼻立ちで(若い頃は相当な美青年)、整えれば老いてなおダンディだったと思われますが、そういうことにはまったく頓着しない人でした。

 しかし、守一曰くこれは守一流のポリシーだったようで、こんな言葉も残しています。

 「これでなかなか、わたしは見えないところでお洒落なんです。
 いつも何気なく見せるということが、お洒落っていうものの、本当の姿だと思いますが、誰もわたしを見て、お洒落だといってくれる人はありません。」



 確かに、世の潮流からは外れているものの、我が道をとことん貫いた守一の風貌からは独自の味がにじみ出ており、それに魅了された写真家の土門拳と藤森武が、それぞれに彼の姿を写真に残しています。
(土門拳の写真は『蒼蠅」に収録、藤森武の作品は『独楽 ―熊谷守一の世界』にまとめられています。)



(守一とお金)

 サザエさんの中の守一風(?)センセイはソロバンをはじいていますが、実際の守一の金銭感覚はというと、これは本当にそういうことに興味が無い、というか、興味を持てない人だったようです。

 元々、守一の実家は非常に裕福で、彼は父親の妾だった女性の住む、元旅館の邸宅で少年時代を過ごしました。

 90畳の大広間が彼一人の子供部屋という桁外れの環境。

 しかし、実母や彼を可愛がってくれた祖母から引き離され、この邸宅を取り仕切る妾の女性とはそりが合わず、金銭が絡んだ人間の裏表を目の当たりにし……という事情があり、守一は裕福な生活に全く価値を感じない人間になりました。

(守一の生い立ちについては、『へたも絵のうち』にくわしく語られています。)

 それと同時に貧しさにも耐性ができたようで、守一は成功前の貧乏生活を「かあちゃん(秀子夫人)も、わたしも不似合いに大きな家に生まれ、中身のない生活をしてきたから我慢ができた」と振り返っています。
(※『蒼蠅』p.137)

「私はだから、誰が相手にしてくれなくとも、石ころ一つとでも十分暮らせます。石ころをじっとながめているだけで、何日も何月も暮らせます。監獄にはいって、いちばん楽々と生きていける人間は、広い世の中で、この私かもしれません」
(『へたも絵のうち』p.147)


 一見、ユーモラスなこの言葉も、守一がこうした心境にたどり着くまでの人生を思うと、別の重みが感じられます。



 熊谷守一の個性や人生についてより詳しくご覧になりたい方は、彼の随筆集『蒼蠅』と『へたも絵のうち』を是非お手に取ってみてください。守一独自の人生観が垣間見られて、絵に負けず劣らず魅力的です。

(真面目な話、気が塞いだときに読むと、発想とスケールが違いすぎて、脳の風通しになる。)

 当ブログでも、またこの二随筆について、見どころをご紹介させていただく予定ですので、よろしければお立ち寄りください。

 読んでくださってありがとうございました。



(当ブログ 熊谷守一関連記事)
「生きるよろこび 熊谷守一」展

(参考文献)
『新装改訂版 蒼蠅』熊谷守一(撮影土門拳) 求龍堂 2004年12月発行
蒼蝿 -
蒼蝿 -

『へたも絵のうち』 日本経済新聞社 1971年11月発行
へたも絵のうち (平凡社ライブラリー) -
へたも絵のうち (平凡社ライブラリー) -

『別冊 太陽 気ままに絵のみち 熊谷守一』 平凡社 2005年7月発行
別冊太陽 気ままに絵のみち 熊谷守一 -
別冊太陽 気ままに絵のみち 熊谷守一 -
(参照URL)
・「メディアコスモス新春美術館 没後40年 熊谷守一展」を開催しました!!」(岐阜市HP)
http://www.city.gifu.lg.jp/28339.htm


posted by Palum. at 09:35| 美術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月14日

(おすすめ動画)カモ、落ち込んでいる犬を慰める(あるいは「カモ・天使の詩(うた)」)

 不思議な動画をご紹介させていただきます。

(こちらから情報をいただきました。コモンポストムービー「元気がない犬を必死に慰める世話焼きなカモが優しすぎる!!」 投稿日: 2017年12月19日 作成者: キルロイ http://commonpost.boo.jp/?p=84228

「Duck comforts Sad Dog - 976821」RM Videos


 片隅で伏せている犬の頭に、ぐるりと長い首を添わせてじっとしているカモ。

 犬が頭をあげると、小さめの声でグワグワ言いながら、カカカ…と、くちばしを小刻みに動かして犬に毛づくろいをします。

 犬の顎下にぐいぐいくちばしを潜り込ませたり、唇のまわりまで、優しくついばむ様子は、まるで、

 「ほら、顔上げて、笑って」

 と、言っているようです。

 それでもまだ犬が元気のない目をしていると、また、犬のおでこに首を回し、顔をのせてじっとするカモ。

 長い首を器用に動かしての、犬の頭をスリスリと撫でるような動きと、その静かな「首ハグ」を交互に繰り返して、犬を元気づけていました。



 水鳥は、首をまるで人の掌や腕のように使って愛情を示すということを、この動画で初めて知りました。

 この犬とカモがどういう間柄なのかは情報がありませんが、普段からよほど信頼関係があるのでしょう。

 おそらく犬はピットブル。顔があどけなく、この犬種としては小柄なので、まだ子供と思われますが、元闘犬だった種類で、鋭い牙と戦闘力を秘めています。

 その犬の口元をぐにぐについばんで、思い切り喉笛をさらして鼻づらに首を巻き付けている。

 仲が良くなければできないことだと思います。

 過去記事でも、「一緒に暮らしていた犬を亡くしてふさぎ込む犬のもとに、謎の迷いアヒルがやってきて友達になった」という話をご紹介させていただきましたが、このカモも犬がしょんぼりしているのを感じ取り、元気づけたいと思っているようです。

 丁寧な毛づくろいも控えめなグワグワも、このカモの気立ての良さを感じさせますが、何より滲みるのは、犬の頭に首を回してじっとするしぐさです。

 ぴったりと身を寄せることで、気持ちを温めてあげようとしているのか、痛みを吸い取ってあげようとしているのか、わかりませんが、その優しい沈黙は、映画「ベルリン・天使の詩」の天使たちを思い出させます。

ベルリン・天使の詩 コレクターズ・エディション(初回生産限定) [Blu-ray] -
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 「ベルリン・天使の詩(Wings of Desire)」は、人々の悲しみをやわらげるために生きる、天使たちの物語です。

 未だ「ベルリンの壁」が東西を隔てていたころのベルリンに、悲しみを知る目をした中年男性の姿の天使たちが舞い降り、人々の心の声を聴きながらさまよいます。

 大人たちには彼らの姿は見えませんが、天使たちは苦しんでいる人を見つけると、側に来て、その心を癒そうとします。

 やがて天使の一人が、美しい空中ブランコ乗りの女性に恋をし、彼の運命は移り変わってゆきます。

 映像詩に近い静かな作品で、モノクロームの世界の中、独り悲しみ苦しむ人の心の呟きをとらえた天使たちが、彼らに頭を寄せ、心の呟きから痛みが消えるまで、黙って寄り添う姿が、印象的でした。

 (余談ですが、「刑事コロンボ」のピーター・フォークが意外な役どころで出ています。)
 
 (NYタイムズの映画評 1:03〜1:18頃に、天使たちが人々を癒そうとする姿が出てきます。〈※2:00以降結末部のネタバレ映像があるのでご注意ください
 

 持つ力は万能ではないけれど、相手の痛みを感じ取り、少しでも心が軽くなるように寄り添う。
 
 そうした天使たちの姿に、あの、首を回してじっとしているカモの姿が重なりました。

 近日中にも、動物関連のおすすめ動画をご紹介させていただく予定ですので、よろしければまたお立ち寄りください。
 
 読んでくださってありがとうございました。
posted by Palum. at 23:00| おすすめ動画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月13日

「生きるよろこび 熊谷守一」展

(熊谷守一自伝 表紙は守一の代表作「猫」とても面白い本でした。)
へたも絵のうち (平凡社ライブラリー) -
へたも絵のうち (平凡社ライブラリー) -


 只今(2017年12月1日〜2018年3月21日)、東京国立近代美術館で「生きるよろこび 熊谷守一」展が開かれています。

 公式HP:http://kumagai2017.exhn.jp/
 開催概要・チケット情報:http://kumagai2017.exhn.jp/outline/

(【イベント】没後40年 熊谷守一 生きるよろこび(TV東京))


https://www.youtube.com/watch?v=JbXHMEP1qus

(色と形の科学者 熊谷守一の画業をたどる 日本経済新聞)




 身近な生き物や草花、水の動きなどを、くっきりとした独特の色づかいと輪郭線でシンプルに描いた作品で親しまれている熊谷守一。
(公式HP内「作品解説」)


(仏像写真家 藤森武氏が熊谷守一を撮影した作品集)
独楽―熊谷守一の世界 -
独楽―熊谷守一の世界 -


 97才で没するまでの約30年間は自宅からほとんど出ずに、家と庭の中のものを描いたという風変わりな生活と、長く髭をたくわえた独特の風貌で、「仙人」と呼ばれた人物でした。

 描けない時は、どれだけ貧乏をしても絵を描かず、逆に評価が高まっても、人が集まりすぎて奥さんが忙しくなるのは困るからと、文化勲章すら辞退した守一。

 とことん我が道を貫いた守一の、若い頃から晩年に至るまでの作品が一堂に会した展覧会です。

 観る者の心を和ませる素朴な絵に到達するまでに経た、暗く重苦しい色使いの時代の絵画、そこからの劇的な脱皮も目の当たりにすることができます。

 部屋を進むうちに、変色もあって目をこらさなければ見えないほど暗く茫洋とした作品群が、みるみるうちに明快になっていく様は、まるでトンネルをぬけていくようで、いわゆる「守一作品」に埋め尽くされた部屋にたどり着いた時は天窓まで開いたような解放感がありました。

(公式HP内、作風の変遷解説「展覧会の構成」http://kumagai2017.exhn.jp/exhibition/

 一人の画家人生が結集したからこそのパワー。生の作品群に囲まれる意味を実感できる展覧会です。

 守一の作品でも人気の高い猫を描いた作品が集結していているので、猫好きには特におススメ。


(※ 守一の絵の猫グッズも多数売られていて、チケットが無くても購入エリアに入場できます。)

 守一の作品と人柄にほれ込んだ俳優の山崎努さん(自身が守一を演じた映画「モリのいる世界」が2018年5月に公開)は、俗世を超越した仙人と呼ばれた守一を「激しい人だったんじゃないかな、内面は」と語っていました。
(テレビ東京「美の巨人たち」2017年12月9日放送内インタビューより)

  確かに複雑な生い立ちや戦争に翻弄されても、貧しさの中で我が子が病に倒れ、亡くなっても、お金や地位を求めなかった守一は、好き好んで仙人と呼ばれる超越した心理になったわけではなく、ただ、どうしても他の人生を選べなかった、強烈な「己」の持ち主だとも考えられます。

 そして、彼の一見シンプルで愛らしいような絵を見ていると、彼の身じろぎしないまなざしを追体験し、一般人がさらされている社会の不協和音から隔絶した感覚を得ることができます。

 ある種、瞑想のような絵。

 展覧会では、守一が凝視した世界を描くにあたり、彼がむしろ科学者のように冷静に画風を追求したことについても解説がなされており、それまでの「和む絵を描く、仙人のような好々爺」というイメージを超えた守一について知ることができます。

 実際に足を運ぶ価値が高い展覧会でした。お近くの方は是非ご覧になってみてください。

 当ブログでは、熊谷守一の言葉や逸話について、もう少し紹介させていただく予定です。よろしければまたお立ち寄りください。

 読んでくださってありがとうございました。
 


参照URL:テレビ東京「美の巨人たち」雨滴
http://www.tv-tokyo.co.jp/kyojin/data/100130/ 


参考文献:『別冊太陽 気ままに絵の道 熊谷守一』 守一の絵と人物についてわかりやすくまとめられています。
別冊太陽 気ままに絵のみち 熊谷守一 -
別冊太陽 気ままに絵のみち 熊谷守一 -
posted by Palum. at 23:42| 美術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月12日

(おすすめ本)幕末維新懐古談4 高村光雲と石川光明の出会い

清水三年坂美術館の特別展図録「高村光雲と石川光明」※表紙作品は高村光雲作「聖観音像」

高村光雲と石川光明.jpg

 本日は、昨年に引き続き、明治木彫工芸の達人、高村光雲の名著、『幕末維新懐古談』の一部あらすじを、ご紹介させていただきます。

『高村光雲・高村光太郎全集・112作品⇒1冊』 -
『高村光雲・高村光太郎全集・112作品⇒1冊』 -

幕末維新懐古談 (岩波文庫) -
幕末維新懐古談 (岩波文庫) -


 名仏師東雲の片腕として修行したのち、独立して仕事場を構えた光雲でしたが、廃仏毀釈(はいぶつきしゃく=明治初期に起こった、神道と仏教を分離し、寺院や仏像を破壊する運動)のあおりを受け、仏師としての注文が激減、さらに、木彫それ自体が、牙彫(げちょう=象牙彫刻)に圧倒され、仕事が全くない状態に陥ってしまいました。


 達人の腕を持ちながら、不遇の日々を送る光雲。

 しかし、この時期、のちに光雲と並び称される彫刻家、石川光明(いしかわこうめい)と出会うことになりました。

 今回はこの光雲の苦難と、二人の友情について書かれた箇所をご紹介させていただきます。


(木彫衰退の理由と光雲の意地)


 幕末維新懐古談「象牙彫り全盛の話」によると、木彫り衰退の最大の理由は、顧客の変化にありました。

 かつての注文主であった日本の富裕層(武家、商人、寺院など)は、木彫の仏像などを好んで注文しましたが、先述の世相の変動もあってこうした注文が減り、代わって工芸品は海外への輸出品として発展することになりました。

 外国人は、信仰の対象や縁起物ではなく、装飾品となる作品を求めたため、美麗、新奇な題材に合う、美しい色を持ち、精工な細工ができる象牙がもてはやされることとなりました。

 「彫刻の世界は象牙で真っ白になってしまった」

 取り残された光雲は、当時の世相をそう形容しました。

 明治十四年になると、博覧会に出品された彫刻は全部象牙。

 「象牙にあらずんば彫刻にあらず」というほどの勢いの中、木彫の名人たちも牙彫に流れていきました。

 牙彫の世界では旭玉山(あさひぎょくざん〈皇室所蔵の「官女置物」や骸骨の彫刻で有名〉)などが多くの弟子を持ち、作品が飛ぶように売れていく。

 それに引き換え、木彫に固執しているのは、東京では、ほぼ自分独りという有様。

(※後に東京の彫刻家たちが「東京彫工会」を結成した際、光雲のほかは全員牙彫師だったため、当初は会名に「牙」の字を入れる案があったのを、光雲が阻止したというエピソードがあるほどです。〈「会の名のことなど」より〉)

 象牙が優れた材であることはわかっているけれど、自分は、師匠から受け継いだ木彫の道を捨てる気にはどうしてもなれない。

 旧知の貿易商が、木彫では売れず、腕前に見合った手間賃をお支払いできないからと、わざわざ立派な象牙を一本持ち込んで、差し上げるから試し彫りにでも使ってくださいと勧めたことさえありましたが、その気持ちに感謝しつつも、光雲は木彫に拘り続けました。
(「牙彫りを廃し木彫りに固執したはなし」より)

 「木で彫るものならなんでも彫る」

 この覚悟の下、頼まれれば傘の柄まで手掛けて、生計を立てていた光雲。

 (息子で詩人の光太郎によれば、日用品の注文はとぎれなかったものの、光雲は全く手抜きのできない性格で、時間をかけてしまうので、やはりあまり儲からなかったそうです。)


 しかし、そんな日々にようやく新しい風が吹き込んできました。

 往来に面した場所にささやかな工房を構え、仕事にいそしんでいた光雲は、ある日、道に立つ一人の紳士が、自分の仕事をじっと見つめていることに気がつきました。

 「その人というのは小柄な人で、ひげをちょいと生やし、うち見たところお医師(いしゃ)か、詩人か、そうでなければ書家画家といったような風体で、至極人品のよい人である。格子の外から熱心に覗いて見ている。私も熱心に仕事をしているのだが、どうかしてちょっと頭を上げてその人の方を見ると、その人は面伏(おもぶせ:恥ずかしがって顔を伏せること)のような顔をしてふいと去ってしまう。」

 そういうことが何度も続き、時には朝晩二回いることもあるので、光雲もその人の顔を覚えてしまいました。

 風采から察するに風流人で、彫刻を見るのが珍しいのだろう。

 そう思っていた光雲でしたが、ある夏、知人の鋳物師(いものし:金属を溶かして作品を作る作家)である牧光弘氏から、こんな話を聞かされました。

 「高村さん、あなたに大変こがれている人があるんだが、一つその人に逢ってやりませんか。先方では是非一度逢いたいもんだといって大変逢いたがっているんですよ」

 すっかり少数派となった木彫作家の自分にわざわざ会いたいと言ってくる人がいるとは、と、珍しく思った光雲が、相手の名前を聞いたところ、牧氏は、その人は石川光明という牙彫家だと教えてくれました。

 石川光明といえば、牙彫の名人として有名で、光雲も博覧会で彼の作品を目にしたときから「今の世にどうも恐ろしい人があるもんだ」とその腕前に深く感じ入っていた人物でした。

 石川さんなら、こちらからお目にかかりに行きたい。案内してくれますか。と、牧氏に頼んだところ、向こうが引き合わせてくれと頼んできたんだから、私がお宅にお連れするのが順序というものです、と言った牧氏は、恐縮する光雲を残して、近所だという光明の家に、彼を呼びに行きました。

 戻ってきた牧氏が連れてきた人物。

 それは、あの、熱心に光雲の仕事を見つめては、顔を伏せて去っていった紳士でした。

 「あなたでしたか」

 「ええ、どうも……」

 互いにほほえみ合った二人。

 目が合うときまり悪くて、その場を離れてしまったけれど、本当はきちんとお会いしたかったという光明と、いつもお見舞いしてくだされた方が、かねてよりお仕事を拝見して、さぞ立派な方であろうと思っていたあなただったとは光栄です、と、喜んだ光雲は、たちまち打ち解けて、話し込みました。

 石川光明は、既に流行作家で、邸宅を構え、何人も弟子を抱えていましたが、言葉遣い、物腰の謙虚な、おごり高ぶりのない人物でした。

 実は光明は、光雲が師匠の店で働いていたころから、自身の仕事場へ通う道すがら、店の前を通って光雲の仕事ぶりを見ていたそうで、あの時のあなたは西行法師(平安時代の歌人)を一週間ほどで彫り上げていらした、と、言われた光雲は、光明の真面目な観察力に驚きました。

 これ以後、二人は「兄弟もただならぬ仲」になり、同じ「光」の字を持っていたこともあり、他の人からも兄弟弟子と勘違いされるほど、親しく行き来するようになったそうです。

 自身も木彫りをやってみたくて仕方がなかったという光明は、光雲が美術協会に入会できるよう口利きをしたり、展覧会への出品を強く勧めたりして、光雲の名が広まるよう尽力しました。

 東京の彫刻界で孤立していた光雲が、後に木彫の名工として、東京芸術大学の教授にまで選ばれたのは、自身の努力のほか、こうした光明の橋渡しがあったためと思われます。

 二人の友情が見て取れる作品があります。

 (高村光雲 石川光明 合作 木彫狗児図円額 出典:東京文化財研究所データベース

高村光雲石川光明 木彫狗児図円額.png

 丸山応挙の絵を彷彿とさせる、ふっくらコロコロとした日本犬の子犬が、片方は前を向き、片方はお尻と小さな巻き尾を見せて、ちょこんと座っています。

 (よく見ると左右にそれぞれ四角く銘らしきものが彫られており、光雲と光明のどちらが正面犬とお尻犬を彫ったかを示しているようです。)

 うーん、かわいい(私情)。
高村光雲石川光明 木彫狗児図円額拡大.png


 (光明の作品について)

 2017年10月〜11月下旬、東京芸術大学で、「皇室の彩」展が開催され、高村光雲と石川光明の作品が、同じ部屋に並ぶことになりました。

 つがいの鹿を彫った光雲作「鹿置物」の神々しくもむつまじげな風情は、木彫彫刻の究極と思われましたが、その側にあった、光明作「軍鶏(しゃも)置物」の、身をひねって立ち、トカゲを踏みつける、その立ち姿と眼光の迫力は、「鳥の祖先は恐竜」という話を思い出させるほどで、こちらも圧巻の傑作でした。

 (おそらく、同作品と思われる作品の画像が東京文化財研究所HP内の画像データベースで公開されていたので貼付させていただきます。)

石川光明 木彫鶤雉置物.png

 重なり合う鋭い羽先の隙間までも彫りこまれ、そこから軍鶏の全身にみなぎる力が噴出してくるような姿。

 そのとき展覧会会場にいらした観客の誰かが呟いた「どうしてこんなことができるんだ?」という感想に深く同意いたします。



(補足:光明の顔)

 光雲が、きわめて人品が良いと称えた光明の容姿。
 
 写真はほとんど出回っていないようですが、幕末の画家、河鍋暁斉の「暁斉絵日記」(すごく面白い〈私情2〉)に、彼の姿が残されていました。
(暁斎の息子が光明のもとで修行していたという縁があったようです。)

河鍋暁斎絵日記: 江戸っ子絵師の活写生活 (コロナ・ブックス) -
河鍋暁斎絵日記: 江戸っ子絵師の活写生活 (コロナ・ブックス) -

 「石川光明先生が「ヨウカン」を持って、やってくる。」

 という文のそばに描かれた、ヨウカンを差し出して正座する、髭を生やした紳士。
河鍋暁斎画 石川光明.png

 単純化された線ながら、優しい笑顔、頭を低くし、膝にきちんと両手を揃えて正座する様子から、光明の人柄がほのぼのとうかがえます。

(※古書くまねこ堂さんのブログ情報を参照させていただきました。https://www.kumanekodou.com/tayori/24122/「河鍋暁斎が残した絵日記」)

 また、東京芸大キャンパスには、ブロンズ彫刻の名手、朝倉文夫が手掛けた石川光明の胸像があるそうです。
芸大マップに画像がありました。(※Mの胸像、拡大ができます。ちなみにNは光太郎作の光雲像)
https://www.geidai.ac.jp/wp-content/uploads/2013/10/10_P12-13.pdf

 彫りの深い顔立ち、強い意志とともに品と穏やかさが漂うまなざしは、確かに光雲が語ったとおりの紳士です。
  
 不遇にあっても、愚直に我が道を貫いた光明。
 
 成功に奢らず、木彫りに憧れ、光雲に敬意を払った光明。

 こつこつと作品を彫り進める光雲と、それを控えめながら真剣に見つめていた光明の姿から、二人の彫刻に対する情熱がうかがい知れ、『幕末維新懐古談』の中でも、最も感動的な場面です。

 是非、原文の素晴らしい語りで、天才たちの出会いをご覧ください。


 今回ご紹介したエピソードが読める「青空文庫」ページは以下のとおりです。

 ・「象牙彫り全盛時代のはなし」
 ・「牙彫りを廃し木彫りに固執したはなし」
 ・「石川光明氏と心安くなったはなし」


 当ブログでは今年も「幕末維新懐古談」の名場面をご紹介させていただく予定です。よろしければまたお立ち寄りください。

 読んでくださってありがとうございました。


 (補足)当ブログ「幕末維新懐古談」関連記事
 ・幕末維新懐古談1 祖父と父の人生、仏師になったきっかけ、浅草の大火
 ・幕末維新懐古談2 修行時代のエピソード(猫と鼠のはなし)
 ・幕末維新回顧談3 観音像を救い出したときのこと
 ・幕末維新懐古談4 高村光雲と石川光明の出会い

(参考文献)「高村光雲と石川光明」清水三年坂美術館 (意外と少ない二人の作品集。価格も比較的リーズナブルで非常に美しくお勧めです。)
posted by Palum. at 23:39| 美術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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