2018年02月14日

「ポカリ=百円」(「イシャ料しはらい機」でジャイアンから取り立て)


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 今回は漫画『ドラえもん』の名作、「ポカリ=百円」(てんとうむしコミックス28巻)のあらすじをご紹介させていただきます。

ドラえもん (28) (てんとう虫コミックス) -
ドラえもん (28) (てんとう虫コミックス) -

(ネタバレですので、未読の方は先にコミックをお読みください。)  

 
日頃ジャイアンの暴力に泣かされているのび太たちが、「イシャ料(慰謝料)しはらい機」を使い、ジャイアンからお金を取り立てようとするお話です。


 (あらすじ)※セリフ部、一部仮名遣いを改めています。

 頭にタンコブをのせ、力なく部屋に帰ってきたのび太。

 ジャイアンにぶたれた。

 泣きべそで報告するのび太に、ドラえもんは一言。

 「あ、そう。」

 内容が非常に気になる本、『ドラヤキ百科』から目も上げません。

 「ぼくがなぐられても平気なの!?」

 「しょっちゅうだもの。いちいち気にしてられないよ!」(シビア)
 
 「それもそうか」

 泣き言が引っ込んでしまったのび太。寝転がり、これからもずっと殴られ続けるであろう運命をかみしめます。

 さすがに気の毒になったドラえもんが、ポケットから取り出したのは「イシャ料しはらい機」。

ポカリ=百円3.png


 ジャイアンになぐられるたび百円ずつとろう。

 ドラえもんの提案に、のび太は、ジャイアンはお金を持っていないと指摘しますが、ドラえもんは機械を持って、のび太と空き地に向かいます。

 土管に腰掛けるジャイアンにアンテナを向けて、徴収設定完了。

 試しにジャイアンの前に出てみたところ、すぐにジャイアンに呼び止められたのび太。

 「むしゃくしゃしてたとこだ。一発殴らせろ」(ひどい)
 
 ゴツン!! 

 「さっそく殴られた」

 「よかったね」

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 とても暖かい笑みを浮かべたドラえもん、「げんこつ一発百円」と慰謝料金額を設定し、被害者であるのび太にボタンを押させます。

 支払い口から百円が出てきて喜ぶのび太。

 あと、二、三百円欲しいので殴られに行こうして、わざとはダメだとドラえもんに引き留められます。

(ちなみに、ジャイアンが現金を持っていなくても、持ち物から百円分何かが消えることで支払われる仕組みです。)



 のび太は、スネ夫たちに、「これからは殴られても損はしないよ」と、支払機の存在を教えてあげます。

 スネ夫たちからの指摘を受け、暴力の強度や種類に応じ、より詳細な料金設定をした上で、のび太の庭に支払機が設置されました。



 含み笑いを浮かべ、さっそく空き地のジャイアンの側にたむろする少年たち。

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 不審がるジャイアンに、まず、スネ夫が行動を起こしました。

 「ジャイアン。こないだぼくからとってったまんが返せよ」

 カッしたジャイアン。

 「とったんじゃない。借りたんだぞ。いつ返すかきめてないだけだ。ドロボーみたいに言うなっ!」

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 後に読者の間で「ジャイアニズム」(※)という新語を生んだ、ジャイアン本人以外誰も納得できない主張とともに、スネ夫にゲンコツを落とし、空き地を出ていきました。

 殴られてもドヤ顔のスネ夫にやり方を学んだはる夫と安雄(サブキャラとしてよく二人一緒に出てくる少年たち。ぽっちゃりめのほうがはる夫、野球帽をかぶっている方が安雄。)も、ジャイアンを追いかけます。

 「ぼくらのまんがも返せ!」

 「すぐ返せ!」

 「ワ〜〜イ。」 

 青あざとコブを作り、朗らかに去っていく二人。(シュール)

 
 憤慨したまま家に戻ったジャイアン。

 「こういう不愉快な日は、心静かに読書しよう。」

 友人たちに(無許可無期限で)借りた漫画をごっそり押し入れから取り出し、「ムヒョヒョ。ウヒョヒョ」と「読書」を開始。

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 一方、殴られたスネ夫はさっそくイシャ料支払機のもとへ。

 「たった七十円」

 殴られ方が弱かったため、「並」の料金しか出ずにガッカリ。

 「やややっ!」

 時を同じくして、「読書」中のジャイアンは、漫画の結末部が突然五分の一ほど消失したのに気づきます。

 さらに、はる夫と安雄がのび太家にやってきて、イシャ料支払機のボタンを押します。

 「ぼくらはうんと殴られたもんね」

 二人合計で1340円の支払い。

 「ム!?」

 まだ読んでない漫画が四冊も消え、ジャイアンは「どうなってんだ!?」と飛び上がりました。


 もっと殴られて儲けようとするスネ夫たちを、「負けてたまるか」と追いかけようとしたのび太でしたが、ママにつかまり勉強させられてしまいます。

 「ぼくがこうしているあいだにもみんなはせっせと殴られて、お金をかせいでいるんだ」
 
 机に向かいつつ、うらやましがるのび太。

 (のび太達を静観しているドラえもんのフラットな表情が味わい深い。)

ポカリ=百円6.png



 「おもしろくない!!誰かぶん殴ってやろう。」

 「読書」を中断して出かけたジャイアンに、もろ手をあげてアピールするスネ夫たち。

 「殴りたければ僕を。」

 「いや、僕を。」

ポカリ=百円1.png


 「ワ〜〜イ」

 再びあざとコブを作って喜んで去っていきます。(シュール2)


 スネ夫たちがイシャ料しはらい機のもとに戻ってくる賑わいを、机に乗って「いいなあ」と、うらやましく見下ろすのび太。

 「だから早く勉強すませな。」

 ドラえもんが冷静にのび太を椅子に戻らせている間、庭のスネ夫は勝手にしはらい機の金額設定ダイヤルをいじっていました。

 「ゲンコツ一発千円にしよう」

 

 「なんで次から次へと……腹立つなあ。」

 その頃、噂を聞きつけた少年たちが、イラつくジャイアンの前にワルイ顔で長蛇の列を作り、笑顔で殴られては去っていっていました。(シュール3)

ポカリ=百円8.png

 「もう殴るの飽きた」

 逃げ出したジャイアンでしたが、急に靴が消えて立ち止まります。

 「お!?お!?……」

 みるみるうちにズボンが短くなり、上着まで消えていきます。

 「ワ、ワワ!!なんだ、なんだ!?」



 「やっと終わった!」

 勉強を済ませ、心置きなくジャイアンに殴られに行こうとしたのび太とドラえもんの前を、全裸で赤面したジャイアンが、両手で前を隠して一目散に走っていきました。

 「ジャイアンが全財産を無くしたらしいから、もうおしまい」
 
 目を丸くしながらも説明するドラえもん。のび太はがっかりして、一糸まとわぬジャイアンを見送りました。

ポカリ=百円9.png


 「きれいなジャイアン」のような、絵的インパクトは無いものの、ウィットを感じさせる佳作回です。

 「むしゃくしゃしていたところだ、一発殴らせろ」 
 「とったんじゃない。借りたんだぞ。いつ返すかきめてないだけだ。ドロボーみたいにいうなっ!」

 という突っ込みどころの多いジャイアンの台詞や、小遣い稼ぎのために率先して殴られに行く少年たちのシュールな情景(特に殴られようとワルイ顔で列を成すコマが秀逸)、あたかも労働の成果物を受け取るかのように明るくイシャ料支払機の前に集う姿には、今なお大人たちも惹きつけてやまない、『ドラえもん』独自の深みがあります。
(あとやはり『ドラヤキ百科』の芸の細かさも忘れ難い。)

 まったくの余談ですが、「こういう不愉快な日は、心静かに読書しよう。」とジャイアンが友人たちからいつ返すか決めずに借りた(?)漫画を読んでいる「ムヒョヒョ。ウヒョヒョ。」なコマが、私自身が「こういう不愉快な日は、動物の生態を鑑賞してストレスを軽減しよう」とか思ってYouTubeの犬とか猫とかの動画を観ている姿に非常に似ているので、ここも個人的に好きです。

ポカリ=百円10.png

 コミックス28巻は「新種図鑑で有名になろう」(のび太が新種を見つけようとしてモンシロチョウを追いかけたりする)や、「のび太航空」(のび太がドラえもんの懸念をよそに国際線のパイロットを目指す)など、名作が多いので、是非ご覧になってみてください。

 読んでくださってありがとうございました。



(※)
「ジャイアニズム」

「お前の物は俺の物、俺の物も俺の物」というフレーズ(出典:単行本33巻「横取りジャイアンをこらしめよう」)で名高い思想。


ジャイアニズム例.png

ドラえもん (33) (てんとう虫コミックス) -
ドラえもん (33) (てんとう虫コミックス) -

 ウィキペディアの説明が素晴らしかったので一部引用させていただきます。

「ジャイアニズム(和製英語: Gianism)(←笑)または剛田主義(←笑2)」
 (中略)
 「自らの所有物(占有物)については当然に自分の所有権を主張しつつ、他者の所有物に対してさえも全く法的な根拠なしにその他者所有権を否定し、所有権が自分に属することを暴力的に主張するという、極端に利己主義、独占主義的な思想を指す」


 こんな法律書のような格調高き説明文が作成されているのも驚きですが、同ウィキペディア情報によれば、2006年「国語辞典に載せたい言葉」を公募、収録した「みんなで国語辞典!―これも、日本語」にも選ばれるほどその思想は広く浸透している模様。


【関連する記事】
posted by Palum. at 21:25| ドラえもん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月21日

熊谷守一、サザエさんに登場(?)(漫画『サザエさん』41巻より)

 先日、当ブログで現在開催中の「没後40年 熊谷守一 生きるよろこび」展についてご紹介させていただきました。

(【イベント】没後40年 熊谷守一 生きるよろこび(TV東京))

https://www.youtube.com/watch?v=JbXHMEP1qus

(色と形の科学者 熊谷守一の画業をたどる 日本経済新聞)

https://www.youtube.com/watch?v=YVJ27PWCwmo

 極貧も成功も経験しながら、いつも淡々と身近な物を凝視し、描いた熊谷守一。

独楽―熊谷守一の世界 -
独楽―熊谷守一の世界 -

 この人柄に加え、亡くなるまでの約30年間、ほとんど家と庭で過ごしたという逸話や、ひげを長く蓄えた風貌から「仙人」と呼ばれた人物でした。

 そんな守一を彷彿とさせる画家が漫画『サザエさん』(朝日新聞社文庫版41巻)に登場しています。
 (昭和45年〈1970〉頃の作品、※守一90才頃)

サザエさん (41) -
サザエさん (41) -


サザエさん 熊谷守一風画家1.png


 老画家が、絵を描こうとしていたら、駆け込んでくる画商。

 「センセイ、描かんでください!」

 「また、一号30万円値上がりしました(※)」
(※)号……絵の大きさの単位。号数で値が決まることがある。
 
 (寡作の画家だから、既に描いた絵にプレミアがついて、値段が上がっている今、作品数が増えたら、市場に出ている絵の価値が下がってしまうということ。)

 ノリスケさん(新聞記者)の取材に応じて、画家のもとへ案内する画商。

「なにしろセンセイは寡作で、仙人のような生活でス」
(説明しているときの顔が良い味出してる。)

 鶏のくつろぐ庭先で、背中を丸めて座っているセンセイ。

 ノリスケさんが前に回り込むと、センセイはソロバンでせっせと収入の計算中。
 (画商「あちゃー」顔)

 大きな目に長いひげ、帽子と大きめの毛織物のベストという独特の服装、生き物との暮らし、そして「寡作」「仙人」という評判まで、熊谷守一によく似ています。

 作者、長谷川町子さんも動物好きで、犬猫ニワトリと暮らし、彼らを描いた漫画は傑作揃いです。

 (「可愛いキャラ」化しておらず、人間にひけをとらない個性や、サラリと描かれていてもリアルな体の質感、生き生きとした表情が実に魅力的。)

 現にここに登場している、守一風(?)センセイの側のニワトリも可愛い。

 熊谷守一ご本人の作品や生き方はお好きだったはずと思いますが、「超俗の仙人」と、やたら持ちあげる世間の風潮を少しからかいたくなったのかもしれません。

 以下、この漫画でパロディ化されている、熊谷守一の特徴について、補足情報を書かせていただきます。




 (「仙人」という呼び名について)


 守一本人も、「仙人」と呼ばれることを好まなかったらしく、こんな言葉を残しています。

 「みんなはわたしのことをすぐ仙人、仙人と呼びますが、わたしは仙人なんかじゃない、当たり前の人間です。
 仙人と言われるとき、こっちは少し用心する。
 二科会(美術家団体)にいたときも、都合のいいときだけ「仙人きてくれ。」といわれ、都合の悪い場合は、「仙人はいらない。」といわれて人間扱いされなかった。
 いくら仙人でも、この世に生まれたからには霞ばっかり食っては生きられません。人がわたしに会うとよく仙人とか、画仙とかいいますが、この世に父、母がいて生まれてきた、それじゃ人間で、仙人というわけにはいきません。」
(随筆集『蒼蠅(あおばえ)』p.148)


 仙人扱いは人間扱いされないことと紙一重と見抜いていた守一。

 飄々としているようで、地に足のついた冷静な洞察力の持ち主であることがうかがえる言葉です。

 また、

 「すべてに心がけがわるいのです。なるべく無理をしない、無理をしないとやってきたのです。気に入らぬことがあっても、それに逆らわず、退き退きして生きてきました」
(『蒼蠅』p.22)


と、言い切った守一にとって(普通の人間はあきらめかねて、無理して「気に入らぬこと」と戦おうとしたり、逆に媚びたりするので、これも非常に度胸のいることですが)、「仙人」という呼び名は、勝手に神輿にかつがれるようで居心地が悪かったのかもしれません。



(守一のファッション)


岐阜市HP過去展覧会情報で、長谷川町子さんの守一風(?)センセイそっくりの恰好をしている守一を見ることができます。)

 守一のトレードマークである、長い髭と風変わりな服装は、守一独自のこだわりによって生み出されたものでした。

 守一は自身の服装についてこんな言葉を残しています。

 「メリヤス(綿)のシャツも嫌いです。のどもとや手首、足首を締め付けられるのがどうにもいやなので、着なくてはならないときは、その部分を切り取って着ています。この頃カーディガンをいただいて着ていますが、それも袖を短く切っています。(中略)頭が寒いので帽子はよくかむります。好きな帽子があるのですが、かあちゃん(秀子夫人)が「こんなつぎだらけのものは雑巾にもなりません」といって、かむらせてくれないのです。それかといって捨てもしませんが」
(『蒼蠅』p.11〜12)

「さらしの襦袢(じゅばん=肌着)の上に真綿の入った長襦袢(着物の下着)、これは前がたっぷり合わさるように特に幅広く縫ったやつですが、その上に着物、毛織物の上衣を重ねます。寒い日は襦袢の次にかあちゃんの編んだ袖のゆったりしたカーディガンを着たり、上衣の上に真綿入りのちゃんちゃんこや狸の毛皮を重ねます。
わたしは寒いところにいたから毛皮が好きなんです。」
(『蒼蠅』p.48〜49)


 着心地と温度に非常にこだわった結果、あの服装にたどり着いた守一。

 身近な動物を描くにあたって、よく地面に寝転がっていたので、身綺麗にしていてはやりにくかったという理由もあったようです。

 ある日、守一が、庭にムシロをひいて横になり、アリが通りかかるとそれをスケッチしては、また寝転がる(たのしそう)ということをしていると、日動画廊(銀座の老舗画廊)の長谷川氏が絵をとりにやってきました。

 守一の姿があまりにも心地よさそうなので、私にもやらせてくださいと、隣に寝転がったものの、良い恰好をしていたので落ち着かず、「やっぱりダメです」と、起き上がってしまった、という話があったそうです。
(随筆集『へたも絵のうち』p.135)

 守一の服に対するこだわりは、幼い頃からのもので、お寺に行くときなどに、無理に着物や袴を着せられ、腹が立ったので、橋の上で、ひっくり返った亀のようにのたうちまわって無茶苦茶にしてやったそうです。
(『蒼蠅』p.25)

 守一は裕福ながら複雑な事情を抱える家に育ち、子供時代にあまりいい思い出がなかったようなので、このこだわりには、裏表があり窮屈な富裕層の暮らしに対する反発が含まれていたのかもしれません。

 このほかにも以下のような考えで、一般的な身だしなみから外れること筋金入りでした。

 「ヒゲをのばした理由は別にありません。
 子供のときから床屋に行くのが嫌いだった。
(中略)もう床屋へは行くまいと思って、ヒゲと髪を伸ばしだしたんです。」


 「起きたまんまが髪形になっていれば、これは、毎日新しい。一回でも同じことがないっていうのが、わたしのとっておきのお洒落です。」
(『蒼蠅』p.126〜128)

「歯が痛んだとき焼け火箸を突っ込んで神経を殺したことがありました。おかげで歯がぼろぼろになりました。(中略)四十歳頃は一本しかなかったように思います。」
(『蒼蠅』p.14)



 はっきりとした目鼻立ちで(若い頃は相当な美青年)、整えれば老いてなおダンディだったと思われますが、そういうことにはまったく頓着しない人でした。

 しかし、守一曰くこれは守一流のポリシーだったようで、こんな言葉も残しています。

 「これでなかなか、わたしは見えないところでお洒落なんです。
 いつも何気なく見せるということが、お洒落っていうものの、本当の姿だと思いますが、誰もわたしを見て、お洒落だといってくれる人はありません。」



 確かに、世の潮流からは外れているものの、我が道をとことん貫いた守一の風貌からは独自の味がにじみ出ており、それに魅了された写真家の土門拳と藤森武が、それぞれに彼の姿を写真に残しています。
(土門拳の写真は『蒼蠅」に収録、藤森武の作品は『独楽 ―熊谷守一の世界』にまとめられています。)



(守一とお金)

 サザエさんの中の守一風(?)センセイはソロバンをはじいていますが、実際の守一の金銭感覚はというと、これは本当にそういうことに興味が無い、というか、興味を持てない人だったようです。

 元々、守一の実家は非常に裕福で、彼は父親の妾だった女性の住む、元旅館の邸宅で少年時代を過ごしました。

 90畳の大広間が彼一人の子供部屋という桁外れの環境。

 しかし、実母や彼を可愛がってくれた祖母から引き離され、この邸宅を取り仕切る妾の女性とはそりが合わず、金銭が絡んだ人間の裏表を目の当たりにし……という事情があり、守一は裕福な生活に全く価値を感じない人間になりました。

(守一の生い立ちについては、『へたも絵のうち』にくわしく語られています。)

 それと同時に貧しさにも耐性ができたようで、守一は成功前の貧乏生活を「かあちゃん(秀子夫人)も、わたしも不似合いに大きな家に生まれ、中身のない生活をしてきたから我慢ができた」と振り返っています。
(※『蒼蠅』p.137)

「私はだから、誰が相手にしてくれなくとも、石ころ一つとでも十分暮らせます。石ころをじっとながめているだけで、何日も何月も暮らせます。監獄にはいって、いちばん楽々と生きていける人間は、広い世の中で、この私かもしれません」
(『へたも絵のうち』p.147)


 一見、ユーモラスなこの言葉も、守一がこうした心境にたどり着くまでの人生を思うと、別の重みが感じられます。



 熊谷守一の個性や人生についてより詳しくご覧になりたい方は、彼の随筆集『蒼蠅』と『へたも絵のうち』を是非お手に取ってみてください。守一独自の人生観が垣間見られて、絵に負けず劣らず魅力的です。

(真面目な話、気が塞いだときに読むと、発想とスケールが違いすぎて、脳の風通しになる。)

 当ブログでも、またこの二随筆について、見どころをご紹介させていただく予定ですので、よろしければお立ち寄りください。

 読んでくださってありがとうございました。



(当ブログ 熊谷守一関連記事)
「生きるよろこび 熊谷守一」展

(参考文献)
『新装改訂版 蒼蠅』熊谷守一(撮影土門拳) 求龍堂 2004年12月発行
蒼蝿 -
蒼蝿 -

『へたも絵のうち』 日本経済新聞社 1971年11月発行
へたも絵のうち (平凡社ライブラリー) -
へたも絵のうち (平凡社ライブラリー) -

『別冊 太陽 気ままに絵のみち 熊谷守一』 平凡社 2005年7月発行
別冊太陽 気ままに絵のみち 熊谷守一 -
別冊太陽 気ままに絵のみち 熊谷守一 -
(参照URL)
・「メディアコスモス新春美術館 没後40年 熊谷守一展」を開催しました!!」(岐阜市HP)
http://www.city.gifu.lg.jp/28339.htm


posted by Palum. at 09:35| 美術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月14日

(おすすめ動画)カモ、落ち込んでいる犬を慰める(あるいは「カモ・天使の詩(うた)」)

 不思議な動画をご紹介させていただきます。

(こちらから情報をいただきました。コモンポストムービー「元気がない犬を必死に慰める世話焼きなカモが優しすぎる!!」 投稿日: 2017年12月19日 作成者: キルロイ http://commonpost.boo.jp/?p=84228

「Duck comforts Sad Dog - 976821」RM Videos


 片隅で伏せている犬の頭に、ぐるりと長い首を添わせてじっとしているカモ。

 犬が頭をあげると、小さめの声でグワグワ言いながら、カカカ…と、くちばしを小刻みに動かして犬に毛づくろいをします。

 犬の顎下にぐいぐいくちばしを潜り込ませたり、唇のまわりまで、優しくついばむ様子は、まるで、

 「ほら、顔上げて、笑って」

 と、言っているようです。

 それでもまだ犬が元気のない目をしていると、また、犬のおでこに首を回し、顔をのせてじっとするカモ。

 長い首を器用に動かしての、犬の頭をスリスリと撫でるような動きと、その静かな「首ハグ」を交互に繰り返して、犬を元気づけていました。



 水鳥は、首をまるで人の掌や腕のように使って愛情を示すということを、この動画で初めて知りました。

 この犬とカモがどういう間柄なのかは情報がありませんが、普段からよほど信頼関係があるのでしょう。

 おそらく犬はピットブル。顔があどけなく、この犬種としては小柄なので、まだ子供と思われますが、元闘犬だった種類で、鋭い牙と戦闘力を秘めています。

 その犬の口元をぐにぐについばんで、思い切り喉笛をさらして鼻づらに首を巻き付けている。

 仲が良くなければできないことだと思います。

 過去記事でも、「一緒に暮らしていた犬を亡くしてふさぎ込む犬のもとに、謎の迷いアヒルがやってきて友達になった」という話をご紹介させていただきましたが、このカモも犬がしょんぼりしているのを感じ取り、元気づけたいと思っているようです。

 丁寧な毛づくろいも控えめなグワグワも、このカモの気立ての良さを感じさせますが、何より滲みるのは、犬の頭に首を回してじっとするしぐさです。

 ぴったりと身を寄せることで、気持ちを温めてあげようとしているのか、痛みを吸い取ってあげようとしているのか、わかりませんが、その優しい沈黙は、映画「ベルリン・天使の詩」の天使たちを思い出させます。

ベルリン・天使の詩 コレクターズ・エディション(初回生産限定) [Blu-ray] -
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 「ベルリン・天使の詩(Wings of Desire)」は、人々の悲しみをやわらげるために生きる、天使たちの物語です。

 未だ「ベルリンの壁」が東西を隔てていたころのベルリンに、悲しみを知る目をした中年男性の姿の天使たちが舞い降り、人々の心の声を聴きながらさまよいます。

 大人たちには彼らの姿は見えませんが、天使たちは苦しんでいる人を見つけると、側に来て、その心を癒そうとします。

 やがて天使の一人が、美しい空中ブランコ乗りの女性に恋をし、彼の運命は移り変わってゆきます。

 映像詩に近い静かな作品で、モノクロームの世界の中、独り悲しみ苦しむ人の心の呟きをとらえた天使たちが、彼らに頭を寄せ、心の呟きから痛みが消えるまで、黙って寄り添う姿が、印象的でした。

 (余談ですが、「刑事コロンボ」のピーター・フォークが意外な役どころで出ています。)
 
 (NYタイムズの映画評 1:03〜1:18頃に、天使たちが人々を癒そうとする姿が出てきます。〈※2:00以降結末部のネタバレ映像があるのでご注意ください
 

 持つ力は万能ではないけれど、相手の痛みを感じ取り、少しでも心が軽くなるように寄り添う。
 
 そうした天使たちの姿に、あの、首を回してじっとしているカモの姿が重なりました。

 近日中にも、動物関連のおすすめ動画をご紹介させていただく予定ですので、よろしければまたお立ち寄りください。
 
 読んでくださってありがとうございました。
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2018年01月13日

「生きるよろこび 熊谷守一」展

(熊谷守一自伝 表紙は守一の代表作「猫」とても面白い本でした。)
へたも絵のうち (平凡社ライブラリー) -
へたも絵のうち (平凡社ライブラリー) -


 只今(2017年12月1日〜2018年3月21日)、東京国立近代美術館で「生きるよろこび 熊谷守一」展が開かれています。

 公式HP:http://kumagai2017.exhn.jp/
 開催概要・チケット情報:http://kumagai2017.exhn.jp/outline/

(【イベント】没後40年 熊谷守一 生きるよろこび(TV東京))


https://www.youtube.com/watch?v=JbXHMEP1qus

(色と形の科学者 熊谷守一の画業をたどる 日本経済新聞)




 身近な生き物や草花、水の動きなどを、くっきりとした独特の色づかいと輪郭線でシンプルに描いた作品で親しまれている熊谷守一。
(公式HP内「作品解説」)


(仏像写真家 藤森武氏が熊谷守一を撮影した作品集)
独楽―熊谷守一の世界 -
独楽―熊谷守一の世界 -


 97才で没するまでの約30年間は自宅からほとんど出ずに、家と庭の中のものを描いたという風変わりな生活と、長く髭をたくわえた独特の風貌で、「仙人」と呼ばれた人物でした。

 描けない時は、どれだけ貧乏をしても絵を描かず、逆に評価が高まっても、人が集まりすぎて奥さんが忙しくなるのは困るからと、文化勲章すら辞退した守一。

 とことん我が道を貫いた守一の、若い頃から晩年に至るまでの作品が一堂に会した展覧会です。

 観る者の心を和ませる素朴な絵に到達するまでに経た、暗く重苦しい色使いの時代の絵画、そこからの劇的な脱皮も目の当たりにすることができます。

 部屋を進むうちに、変色もあって目をこらさなければ見えないほど暗く茫洋とした作品群が、みるみるうちに明快になっていく様は、まるでトンネルをぬけていくようで、いわゆる「守一作品」に埋め尽くされた部屋にたどり着いた時は天窓まで開いたような解放感がありました。

(公式HP内、作風の変遷解説「展覧会の構成」http://kumagai2017.exhn.jp/exhibition/

 一人の画家人生が結集したからこそのパワー。生の作品群に囲まれる意味を実感できる展覧会です。

 守一の作品でも人気の高い猫を描いた作品が集結していているので、猫好きには特におススメ。


(※ 守一の絵の猫グッズも多数売られていて、チケットが無くても購入エリアに入場できます。)

 守一の作品と人柄にほれ込んだ俳優の山崎努さん(自身が守一を演じた映画「モリのいる世界」が2018年5月に公開)は、俗世を超越した仙人と呼ばれた守一を「激しい人だったんじゃないかな、内面は」と語っていました。
(テレビ東京「美の巨人たち」2017年12月9日放送内インタビューより)

  確かに複雑な生い立ちや戦争に翻弄されても、貧しさの中で我が子が病に倒れ、亡くなっても、お金や地位を求めなかった守一は、好き好んで仙人と呼ばれる超越した心理になったわけではなく、ただ、どうしても他の人生を選べなかった、強烈な「己」の持ち主だとも考えられます。

 そして、彼の一見シンプルで愛らしいような絵を見ていると、彼の身じろぎしないまなざしを追体験し、一般人がさらされている社会の不協和音から隔絶した感覚を得ることができます。

 ある種、瞑想のような絵。

 展覧会では、守一が凝視した世界を描くにあたり、彼がむしろ科学者のように冷静に画風を追求したことについても解説がなされており、それまでの「和む絵を描く、仙人のような好々爺」というイメージを超えた守一について知ることができます。

 実際に足を運ぶ価値が高い展覧会でした。お近くの方は是非ご覧になってみてください。

 当ブログでは、熊谷守一の言葉や逸話について、もう少し紹介させていただく予定です。よろしければまたお立ち寄りください。

 読んでくださってありがとうございました。
 


参照URL:テレビ東京「美の巨人たち」雨滴
http://www.tv-tokyo.co.jp/kyojin/data/100130/ 


参考文献:『別冊太陽 気ままに絵の道 熊谷守一』 守一の絵と人物についてわかりやすくまとめられています。
別冊太陽 気ままに絵のみち 熊谷守一 -
別冊太陽 気ままに絵のみち 熊谷守一 -
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2018年01月12日

(おすすめ本)幕末維新懐古談4 高村光雲と石川光明の出会い

清水三年坂美術館の特別展図録「高村光雲と石川光明」※表紙作品は高村光雲作「聖観音像」

高村光雲と石川光明.jpg

 本日は、昨年に引き続き、明治木彫工芸の達人、高村光雲の名著、『幕末維新懐古談』の一部あらすじを、ご紹介させていただきます。

『高村光雲・高村光太郎全集・112作品⇒1冊』 -
『高村光雲・高村光太郎全集・112作品⇒1冊』 -

幕末維新懐古談 (岩波文庫) -
幕末維新懐古談 (岩波文庫) -


 名仏師東雲の片腕として修行したのち、独立して仕事場を構えた光雲でしたが、廃仏毀釈(はいぶつきしゃく=明治初期に起こった、神道と仏教を分離し、寺院や仏像を破壊する運動)のあおりを受け、仏師としての注文が激減、さらに、木彫それ自体が、牙彫(げちょう=象牙彫刻)に圧倒され、仕事が全くない状態に陥ってしまいました。


 達人の腕を持ちながら、不遇の日々を送る光雲。

 しかし、この時期、のちに光雲と並び称される彫刻家、石川光明(いしかわこうめい)と出会うことになりました。

 今回はこの光雲の苦難と、二人の友情について書かれた箇所をご紹介させていただきます。


(木彫衰退の理由と光雲の意地)


 幕末維新懐古談「象牙彫り全盛の話」によると、木彫り衰退の最大の理由は、顧客の変化にありました。

 かつての注文主であった日本の富裕層(武家、商人、寺院など)は、木彫の仏像などを好んで注文しましたが、先述の世相の変動もあってこうした注文が減り、代わって工芸品は海外への輸出品として発展することになりました。

 外国人は、信仰の対象や縁起物ではなく、装飾品となる作品を求めたため、美麗、新奇な題材に合う、美しい色を持ち、精工な細工ができる象牙がもてはやされることとなりました。

 「彫刻の世界は象牙で真っ白になってしまった」

 取り残された光雲は、当時の世相をそう形容しました。

 明治十四年になると、博覧会に出品された彫刻は全部象牙。

 「象牙にあらずんば彫刻にあらず」というほどの勢いの中、木彫の名人たちも牙彫に流れていきました。

 牙彫の世界では旭玉山(あさひぎょくざん〈皇室所蔵の「官女置物」や骸骨の彫刻で有名〉)などが多くの弟子を持ち、作品が飛ぶように売れていく。

 それに引き換え、木彫に固執しているのは、東京では、ほぼ自分独りという有様。

(※後に東京の彫刻家たちが「東京彫工会」を結成した際、光雲のほかは全員牙彫師だったため、当初は会名に「牙」の字を入れる案があったのを、光雲が阻止したというエピソードがあるほどです。〈「会の名のことなど」より〉)

 象牙が優れた材であることはわかっているけれど、自分は、師匠から受け継いだ木彫の道を捨てる気にはどうしてもなれない。

 旧知の貿易商が、木彫では売れず、腕前に見合った手間賃をお支払いできないからと、わざわざ立派な象牙を一本持ち込んで、差し上げるから試し彫りにでも使ってくださいと勧めたことさえありましたが、その気持ちに感謝しつつも、光雲は木彫に拘り続けました。
(「牙彫りを廃し木彫りに固執したはなし」より)

 「木で彫るものならなんでも彫る」

 この覚悟の下、頼まれれば傘の柄まで手掛けて、生計を立てていた光雲。

 (息子で詩人の光太郎によれば、日用品の注文はとぎれなかったものの、光雲は全く手抜きのできない性格で、時間をかけてしまうので、やはりあまり儲からなかったそうです。)


 しかし、そんな日々にようやく新しい風が吹き込んできました。

 往来に面した場所にささやかな工房を構え、仕事にいそしんでいた光雲は、ある日、道に立つ一人の紳士が、自分の仕事をじっと見つめていることに気がつきました。

 「その人というのは小柄な人で、ひげをちょいと生やし、うち見たところお医師(いしゃ)か、詩人か、そうでなければ書家画家といったような風体で、至極人品のよい人である。格子の外から熱心に覗いて見ている。私も熱心に仕事をしているのだが、どうかしてちょっと頭を上げてその人の方を見ると、その人は面伏(おもぶせ:恥ずかしがって顔を伏せること)のような顔をしてふいと去ってしまう。」

 そういうことが何度も続き、時には朝晩二回いることもあるので、光雲もその人の顔を覚えてしまいました。

 風采から察するに風流人で、彫刻を見るのが珍しいのだろう。

 そう思っていた光雲でしたが、ある夏、知人の鋳物師(いものし:金属を溶かして作品を作る作家)である牧光弘氏から、こんな話を聞かされました。

 「高村さん、あなたに大変こがれている人があるんだが、一つその人に逢ってやりませんか。先方では是非一度逢いたいもんだといって大変逢いたがっているんですよ」

 すっかり少数派となった木彫作家の自分にわざわざ会いたいと言ってくる人がいるとは、と、珍しく思った光雲が、相手の名前を聞いたところ、牧氏は、その人は石川光明という牙彫家だと教えてくれました。

 石川光明といえば、牙彫の名人として有名で、光雲も博覧会で彼の作品を目にしたときから「今の世にどうも恐ろしい人があるもんだ」とその腕前に深く感じ入っていた人物でした。

 石川さんなら、こちらからお目にかかりに行きたい。案内してくれますか。と、牧氏に頼んだところ、向こうが引き合わせてくれと頼んできたんだから、私がお宅にお連れするのが順序というものです、と言った牧氏は、恐縮する光雲を残して、近所だという光明の家に、彼を呼びに行きました。

 戻ってきた牧氏が連れてきた人物。

 それは、あの、熱心に光雲の仕事を見つめては、顔を伏せて去っていった紳士でした。

 「あなたでしたか」

 「ええ、どうも……」

 互いにほほえみ合った二人。

 目が合うときまり悪くて、その場を離れてしまったけれど、本当はきちんとお会いしたかったという光明と、いつもお見舞いしてくだされた方が、かねてよりお仕事を拝見して、さぞ立派な方であろうと思っていたあなただったとは光栄です、と、喜んだ光雲は、たちまち打ち解けて、話し込みました。

 石川光明は、既に流行作家で、邸宅を構え、何人も弟子を抱えていましたが、言葉遣い、物腰の謙虚な、おごり高ぶりのない人物でした。

 実は光明は、光雲が師匠の店で働いていたころから、自身の仕事場へ通う道すがら、店の前を通って光雲の仕事ぶりを見ていたそうで、あの時のあなたは西行法師(平安時代の歌人)を一週間ほどで彫り上げていらした、と、言われた光雲は、光明の真面目な観察力に驚きました。

 これ以後、二人は「兄弟もただならぬ仲」になり、同じ「光」の字を持っていたこともあり、他の人からも兄弟弟子と勘違いされるほど、親しく行き来するようになったそうです。

 自身も木彫りをやってみたくて仕方がなかったという光明は、光雲が美術協会に入会できるよう口利きをしたり、展覧会への出品を強く勧めたりして、光雲の名が広まるよう尽力しました。

 東京の彫刻界で孤立していた光雲が、後に木彫の名工として、東京芸術大学の教授にまで選ばれたのは、自身の努力のほか、こうした光明の橋渡しがあったためと思われます。

 二人の友情が見て取れる作品があります。

 (高村光雲 石川光明 合作 木彫狗児図円額 出典:東京文化財研究所データベース

高村光雲石川光明 木彫狗児図円額.png

 丸山応挙の絵を彷彿とさせる、ふっくらコロコロとした日本犬の子犬が、片方は前を向き、片方はお尻と小さな巻き尾を見せて、ちょこんと座っています。

 (よく見ると左右にそれぞれ四角く銘らしきものが彫られており、光雲と光明のどちらが正面犬とお尻犬を彫ったかを示しているようです。)

 うーん、かわいい(私情)。
高村光雲石川光明 木彫狗児図円額拡大.png


 (光明の作品について)

 2017年10月〜11月下旬、東京芸術大学で、「皇室の彩」展が開催され、高村光雲と石川光明の作品が、同じ部屋に並ぶことになりました。

 つがいの鹿を彫った光雲作「鹿置物」の神々しくもむつまじげな風情は、木彫彫刻の究極と思われましたが、その側にあった、光明作「軍鶏(しゃも)置物」の、身をひねって立ち、トカゲを踏みつける、その立ち姿と眼光の迫力は、「鳥の祖先は恐竜」という話を思い出させるほどで、こちらも圧巻の傑作でした。

 (おそらく、同作品と思われる作品の画像が東京文化財研究所HP内の画像データベースで公開されていたので貼付させていただきます。)

石川光明 木彫鶤雉置物.png

 重なり合う鋭い羽先の隙間までも彫りこまれ、そこから軍鶏の全身にみなぎる力が噴出してくるような姿。

 そのとき展覧会会場にいらした観客の誰かが呟いた「どうしてこんなことができるんだ?」という感想に深く同意いたします。



(補足:光明の顔)

 光雲が、きわめて人品が良いと称えた光明の容姿。
 
 写真はほとんど出回っていないようですが、幕末の画家、河鍋暁斉の「暁斉絵日記」(すごく面白い〈私情2〉)に、彼の姿が残されていました。
(暁斎の息子が光明のもとで修行していたという縁があったようです。)

河鍋暁斎絵日記: 江戸っ子絵師の活写生活 (コロナ・ブックス) -
河鍋暁斎絵日記: 江戸っ子絵師の活写生活 (コロナ・ブックス) -

 「石川光明先生が「ヨウカン」を持って、やってくる。」

 という文のそばに描かれた、ヨウカンを差し出して正座する、髭を生やした紳士。
河鍋暁斎画 石川光明.png

 単純化された線ながら、優しい笑顔、頭を低くし、膝にきちんと両手を揃えて正座する様子から、光明の人柄がほのぼのとうかがえます。

(※古書くまねこ堂さんのブログ情報を参照させていただきました。https://www.kumanekodou.com/tayori/24122/「河鍋暁斎が残した絵日記」)

 また、東京芸大キャンパスには、ブロンズ彫刻の名手、朝倉文夫が手掛けた石川光明の胸像があるそうです。
芸大マップに画像がありました。(※Mの胸像、拡大ができます。ちなみにNは光太郎作の光雲像)
https://www.geidai.ac.jp/wp-content/uploads/2013/10/10_P12-13.pdf

 彫りの深い顔立ち、強い意志とともに品と穏やかさが漂うまなざしは、確かに光雲が語ったとおりの紳士です。
  
 不遇にあっても、愚直に我が道を貫いた光明。
 
 成功に奢らず、木彫りに憧れ、光雲に敬意を払った光明。

 こつこつと作品を彫り進める光雲と、それを控えめながら真剣に見つめていた光明の姿から、二人の彫刻に対する情熱がうかがい知れ、『幕末維新懐古談』の中でも、最も感動的な場面です。

 是非、原文の素晴らしい語りで、天才たちの出会いをご覧ください。


 今回ご紹介したエピソードが読める「青空文庫」ページは以下のとおりです。

 ・「象牙彫り全盛時代のはなし」
 ・「牙彫りを廃し木彫りに固執したはなし」
 ・「石川光明氏と心安くなったはなし」


 当ブログでは今年も「幕末維新懐古談」の名場面をご紹介させていただく予定です。よろしければまたお立ち寄りください。

 読んでくださってありがとうございました。


 (補足)当ブログ「幕末維新懐古談」関連記事
 ・幕末維新懐古談1 祖父と父の人生、仏師になったきっかけ、浅草の大火
 ・幕末維新懐古談2 修行時代のエピソード(猫と鼠のはなし)
 ・幕末維新回顧談3 観音像を救い出したときのこと
 ・幕末維新懐古談4 高村光雲と石川光明の出会い

(参考文献)「高村光雲と石川光明」清水三年坂美術館 (意外と少ない二人の作品集。価格も比較的リーズナブルで非常に美しくお勧めです。)
posted by Palum. at 23:39| 美術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月11日

「恋は雨上がりのように」アニメ放送開始 

恋は雨上がりのように(1) (ビッグコミックス) -
恋は雨上がりのように(1) (ビッグコミックス) -

 取り急ぎお知らせまで。

 本日(2018年1月11日)深夜24:55からフジテレビで、「恋は雨上がりのように」のアニメが放送されます。
 公式HP:http://www.koiame-anime.com/
 オンエア、ネット配信情報
  http://news.noitamina.tv/after-the-rain/onair/
 

 本予告PV


https://www.youtube.com/watch?v=3FvIUcLGOsI

 女子高生橘あきらと、彼女が片思いする45才のファミレス店長近藤。

 二人の微妙な距離感と、それぞれが抱える諦めきれない夢への思いが描かれた作品です。

 透明感溢れる絵と、古き良き文学の世界を彷彿とさせる、ゆったりとした時間の流れや、心の動きと連動するこまやかな情景描写。

 現在9巻まで出ていますが、あきらと近藤のほか、彼らをとりまく登場人物たちの恋や友情の、暖かくもどかしい人間模様も織りなされ、派手な事件は少ないものの、読者の心を惹きつけ続けています。

 予告編動画を観たところ、絵、声優さんの演技、主題歌、すべて、原作に誠実に作り上げられた良作のようです。

 是非、アニメと原作どちらもご覧になってみてください。

 読んでくださってありがとうございました。


恋は雨上がりのように(2) (ビッグコミックス) -
恋は雨上がりのように(2) (ビッグコミックス) -

恋は雨上がりのように(3) (ビッグコミックス) -
恋は雨上がりのように(3) (ビッグコミックス) -

恋は雨上がりのように(4) (ビッグコミックス) -
恋は雨上がりのように(4) (ビッグコミックス) -

恋は雨上がりのように(5) (ビッグコミックス) -
恋は雨上がりのように(5) (ビッグコミックス) -

恋は雨上がりのように(6) (ビッグコミックス) -
恋は雨上がりのように(6) (ビッグコミックス) -

恋は雨上がりのように(7) (ビッグコミックス) -
恋は雨上がりのように(7) (ビッグコミックス) -

恋は雨上がりのように(8) (ビッグコミックス) -
恋は雨上がりのように(8) (ビッグコミックス) -

恋は雨上がりのように(9) (ビッグコミックス) -
恋は雨上がりのように(9) (ビッグコミックス) -
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2018年01月10日

デイビッド・アッテンボローさん、鳥に邪魔される

 イギリスBBCのレジェンド、自然番組プロデューサーにして、動物学者で名ナレーターのデイビッド・アッテンボローさん。

 ニューギニアに住むオオフウチョウ(「ゴクラクチョウ」の通称でも知られる熱帯の鳥の一種)を前にして、いつもの生き生きとした語りで、この鳥の解説をしようとしたところ、何を思ったか、アッテンボローさんがしゃべるたびに、鳥がテンション高く歌い踊り、何回もNGを出させてしまうという珍事がありました。


https://www.youtube.com/watch?time_continue=9&v=2TJaNDBI87s

 金色フワフワの尾羽を立て、両羽を広げた気合満点ポーズで、枝をぴょんぴょん飛び、「クワクワクワクワ!!オー!オー!」とか「フェフェ、フェフェ」などの不思議な声を上げるゴクラクチョウ。

 アッテンボローさんに「ホホー、ホホー」と言う鳥に、口をすぼめて、「ホホー、ホホー」と返したり、枝にかけたアッテンボローさんの手の周りで歌い踊り続ける鳥に「Very Well(素晴らしい〈歌とダンス〉)」と、言ってあげるアッテンボローさん。(やさしい。)

 鳴き声の激しさは威嚇のようにも思えますが、この鳥は途中、アッテンボローさんの手に留まったり、お腹をこちょこちょされたりしてもおとなしくしているので、怒っているわけではなさそうです。

 むしろ、南国の鳥がメスに自分の魅力をアピールするときに見せる歌とダンスに近い。


 この微笑ましい動画が、各地の動物情報を紹介するページ、「マランダー」(非常に癒されるので凹んだ時におすすめ)に掲載され、こんなコメントが寄せられていました。

「完全に同族と思われて求愛されてるwwww」
「歓迎のダンスwww」
「ヘイ、ハニー俺のダンスを見て歌を聞いておくれ!」

 私も皆さまの「アッテンボローさんに熱烈アッピール!説」に一票です。

(「遠方からの客人に捧ぐ歓迎の舞」か、「ヘイ、ハニー」かは、ちょっとわからないけれど。)


(出典:「えっと、どうしたら喋らせてもらえるのかな」鳥に解説の邪魔をされるアッテンボローさん http://marandr.com/23221147 edited by ruichan 2018年01月02日)

 より詳しい動画解説自体は、「マランダー」内の楽しい文章にお任せするとして、少し補足情報を書かせていただきます。



 (英名「Bird-of-paradise」の名前の由来)

 アッテンボローさんの(邪魔されながらの)解説でも言及されていますが、16世紀、フウチョウの剥製がパプアニューギニアからヨーロッパに送られてきたとき、長期保存のため足は切り落とされた状態でした。

 このため、もともと脚の無い鳥と誤解され、「Paradisaea apoda(楽園の脚の無い鳥〈bird paradise without legs〉)」と名付けられたそうです。

(当時の絵)
ゴクラクチョウの絵.jpg
The dried skin of a lesser bird of paradise | Joris or Jacob Hoefnagel, c.1600 | National Library of Austria, Vienna

 (参照、画像出典:Painting paradise: Art meets nature in Papua New Guinea http://www.bbc.co.uk/programmes/articles/4kHd24tndfhtq7MJw48gtYj/painting-paradise-art-meets-nature-in-papua-new-guinea

 「脚の無い鳥」の伝説は、「欲望という名の電車」でも知られる、アメリカの戯曲家テネシー・ウィリアムスのインスピレーションを刺激し、「地獄のオルフェウス」で、台詞として取り上げられました。

 さらに、この台詞を元にした独り語りが、香港映画の巨匠ウォン・カーウァイ監督作「欲望の翼」で、象徴的に登場します。(参照:ウィキペディア

 欲望の翼 [DVD] -
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 脚のない鳥がいるそうだ。
 脚のない鳥は飛び続け、
 疲れたら風の中で眠り、
 一生に一度だけ地上に降りる。
 それが最後の時。

 この映画は、愛を信じられない者と、その者を愛し、愛を得られない者たちの寂寥感が漂う群像劇で、「脚の無い鳥」は、愛に安らげずにさすらう登場人物を象徴しています。

 私が、最初に「脚の無い鳥」という言葉を聞いたのは、この「欲望の翼」で、物語の世界観とともに、幻の、もの哀しい生き物だという印象を持ちました。

 まさか自然番組を観ている最中に、その話が生まれたいわれを知り、伝説の元となった鳥が、アッテンボローさんに我が魅力をアピールするべく、ぴょんぴょん跳ねて激しく歌い踊る姿を見るとは思わなかった。

 元気そうで何よりです。



(デイビッド・アッテンボローさんについて)

 デイビッド・アッテンボローさんは、自然番組プロデューサーとして、キャリア60年の大ベテラン、この番組は、2015年のものなので、およそ88才ごろの映像のようです。

 アッテンボローさん90歳のお誕生日を祝うBBCニュース映像。
(お若い頃も素敵。マツコさん風に言うと「あら、いい男」〈何故マツコさん風〉)

https://www.youtube.com/watch?v=JSy9X1FrLgg

 力強い声の響きと、少年のような瞳の輝きは今も健在で、2017年12月には、ヨーロッパの動物園に初めてやってきた象「ジャンボ(※ディズニー映画「ダンボ」のモデル)」の波乱に満ちた生涯についてのドキュメンタリー「Attenborough and Giant Elephant」で、各地を飛び回っていらっしゃいました。

https://www.youtube.com/watch?v=reULMrZWp8w

 一度、肉眼でこの方を観たことがあるのですが、「ナレーションの上手い人」という雑な予備知識でサイン会にまぎれこんだ当時の私ですら、あまりのオーラに自動的に眼がうるんでしまいました。(本当)

 勘の鋭い野生動物なら、このオーラと良い声に惹かれて歌い踊りたくなるわけです。

 聖者フランチェスコが語ると、小鳥が集まってきて耳を傾けたという伝説すら彷彿とさせる。

(ジオット作「小鳥への説教」(部分))
ジオット作 「小鳥への説教」(部分).png

 アッテンボローさんが「動物に好かれるエピソード」は他にもあって、ゴリラの側で声を潜めて解説をしていたはずが、気を許されて、いつのまにやら大人ゴリラと子供ゴリラに挟まれて横たわっている動画も有名です。


https://www.youtube.com/watch?v=NeaAZ1On-w8


 この方の番組は、よくNHKで放送されるので、是非チェックしてみてください。

 このブログでもまた、この方の番組についてご紹介させていただく予定です。よろしければお立ち寄りください。

 読んでくださってありがとうございました。


 (当ブログ、ディビッド・アッテンボローさん関連記事)
 アッテンボローさんのサイン会

 (参照URL)「Attenborough’s Paradise Birds」番組ページ
 http://www.bbc.co.uk/programmes/p023wbh0

posted by Palum. at 21:01| おすすめ動画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月03日

(※閲覧注意)ホラー漫画の鬼才、伊藤潤二アニメ「コレクション」放送開始


伊藤潤二『コレクション』 完全版DVD 上巻 -
伊藤潤二『コレクション』 完全版DVD 上巻 -

 本日2018年1月7日(日)22時より、東京MXテレビで、ホラー漫画家伊藤潤二の短編アニメシリーズ「コレクション」がはじまります。(全8話)

【公式】TVアニメ「伊藤潤二『コレクション』」PV【2018年1月より放送開始】(smiral animation)



 公式HP(※かなりエグイです、大画面で淵さん〈※〉のドアップが見られてしまう。)

 ・http://itojunji-anime.com/

(※)淵……ファッションモデル。人間離れした容姿、サメのような歯を持つ。
 冨樫義博作『HUNTER×HUNTER』の人気キャラ「ヒソカ」のパロディシーンでも有名。
 
HUNTER×HUNTER モノクロ版 4 (ジャンプコミックスDIGITAL) -
HUNTER×HUNTER モノクロ版 4 (ジャンプコミックスDIGITAL) -

 なお、以下のチャンネルでも視聴できます。
 ・WOWWOW 1月12日22時〜
  http://www.wowow.co.jp/detail/112040

 ・AT-X 1月10日23時30分〜
  http://www.at-x.com/program/detail/9204

 ・その他、ネット配信情報
  http://itojunji-anime.com/onair/

 ホラー漫画界の鬼才として、あらゆるタイプの恐怖作品を世に送り出している伊藤潤二先生。

伊藤潤二傑作集(1) 富江(上) (朝日コミックス) -
伊藤潤二傑作集(1) 富江(上) (朝日コミックス) -

伊藤潤二傑作集 3 双一の勝手な呪い (ASAHI COMICS) -
伊藤潤二傑作集 3 双一の勝手な呪い (ASAHI COMICS) -

伊藤潤二傑作集 7 首のない彫刻 (ASAHI COMICS) -
伊藤潤二傑作集 7 首のない彫刻 (ASAHI COMICS) -
 
 不条理な世界を巧みな構成と高い画力で紡ぎ出し、現在も太宰治の『人間失格』を独自の解釈で描くなど、活躍を続け、海外でも高い評価を得ています。

人間失格
人間失格(1) (ビッグコミックス) -
人間失格(1) (ビッグコミックス) -

 そんな、伊藤先生の傑作の数々が、アニメ化、今回選ばれた作品のほとんどが、約20年前に発表されたものです。その魅力はまさに不滅。

 実はホラーが苦手なのですが、友人に勧められて読んで以来、恐怖を超えたあまりの作品の完成度の高さにくぎ付けになり、以来、目が離せません。

(でも、アニメ化でカラー&動くとなると、最後まで観られないかもしれません。〈どっちだ〉)

 「朝日ソノラマ」のHPで、一部短編の試し読みができます。正統派ホラーから笑いまで網羅するストーリーの多様性や、不気味な世界に佇む登場人物たちの美しさ(※除「十人並み」の双一)をご覧になってみてください。

 ソノラマPlus「伊藤潤二傑作集」
 http://sonorama.asahi.com/series/ito-junji.html

 その他傑作の魅力についても、当ブログでご紹介させていただく予定です。よろしければお立ち寄りください。

 読んでくださってありがとうございました。





posted by Palum. at 21:57| おすすめ漫画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「猫年の女房」(女優、沢村貞子著『私の浅草』より)

 新年あけましておめでとうございます。

 お正月なので、今回は干支にちなんだお話をご紹介させていただきます。

 黒柳徹子さんに「かあさん」と慕われた名脇役女優、沢村貞子さん。
わたしの脇役人生 (ちくま文庫) -
わたしの脇役人生 (ちくま文庫) -


 エッセイストとしても活躍した彼女が、自身の生まれ育った浅草の思い出をつづった『私の浅草』の中に、こんなお話がありました。

 私の浅草 (暮しの手帖エッセイライブラリー) -
私の浅草 (暮しの手帖エッセイライブラリー) -


 沢村さんが16才ごろのこと、近所に「おすがさん」という女性が住んでいました。

 沢村さんよりひとまわり年上の、申年(さるどし)の28才。

 やせ型で、髪を無造作にひっつめて結い上げ、地味な着物に化粧ッ気のない顔。

 大きな目と形の良い口元で、沢村さんのお母さんに言わせれば十人並みの器量でしたが、その年齢まで浮いた話がまったくない人でした。

 というのも、おすがさんの父親が、浅草男の悪い癖で、さんざん遊んで家族を泣かせた挙句に早死、母親もあとを追うように死んでしまい、まだ十五、六のおすがさんが、弟二人の面倒を見ることになったからでした。

 同情した沢村さんのお母さんのつてで、お母さんの姉が営む仕立て屋の仕事につき、弟たちの仕事の目途もついた頃には、当時の婚期を過ぎていました。

 もう今更お嫁に行く気なんてありません。一生仕立て物をして暮らしていきます。

 不運と戦ってきたために、そんなふうに言い切る表情にも口調にも愛想が無く、男たちの間で話題にもならないおすがさん。

 沢村さんのお母さんは、どうにかいいご縁を見つけられないものかとはがゆがっていました。

 「まあ、無理だな。年齢もなんだが、あの子は色気がなさすぎるよ。年中ギクシャクして、うっかりさわると、カランカランと音がしそうだ。」

 いい男だと芸者衆にもてはやされ、おすがさんの父より輪をかけて道楽者の沢村さんのお父さんは、女を見る目には自信があるとばかりにばっさりと切り捨てていました。



 ところが、ある日、お父さんは、ほおずき市で、おすがさんと大工の仁吉さんが寄り添って歩いていたのを見かけ、目を丸くしました。

 「……はじめは人違いかと思ったよ。銀杏返し(いちょうがえし:日本髪の一種)に結っちゃって……。声をかけたら振り向いて真っ赤になって、仁吉のかげにかくれたりして……色気があるんだよ、これが、――どうなってるんだい。」

 夕飯時のお父さんのそんな噂話に、お母さんは真面目な顔で向き直りました。

 仁吉さんは、無口だけど気のいい働き者で、栗の実のような丸顔と小さな目が人懐っこく、親方からも可愛がられている人でした。



 仁吉さんをおすがさんに引き合わせたのはお母さんでした。

 沢村家の台所の修繕に来ていた仁吉さんと、たまたま家に訪ねてきたおすがさんに、一緒にお茶を飲んでいくように勧めたお母さん。

 弟と同じ年頃、同じ大工という仁吉さんに、おすがさんも珍しく気を許し、仁吉さんの仕事話を熱心に聞き入っていました。

 仁吉さんは、その場でおすがさんに浴衣の仕立てをお願いし、それを仁吉さんの家に届けにいったおすがさんが、震災で身寄りを失くし、一人暮らしだった仁吉さんの部屋を掃除してあげたことから、仁吉さんの好意が深まったようでした。

 「あんまり汚いんで見かねたんでしょう。優しい人ですね。年令は……私より二つ三つ上ですかね。」

 台所修繕の合間に、おすがさんの話をする仁吉さんに、五つ上と言いだしかねて、お母さんは、さあね、いくつになったかしらと空とぼけていました。



 「ちょっとお話が……」

 ほおずき市のすぐ後、見違えるほど優しい風情になったおすがさんが、しかし、思いつめた様子で、沢村さん母娘を訪ねてきました。

 「……仁吉さんのことかい?」

 うつむいてもじもじしているおすがさんに、お母さんがそう促すと、

 「……実は、あの人と一緒になりたいんですけど……」

 消え入りそうに絞り出した声にも、それまでにない甘さがありました。

 「けっこうじゃないか。あの子は働き者で人間もしっかりしてる。お前さんさえその気なら、いくらでも力を貸すよ」

 おすがさんは急に顔を上げました。

 「おかみさん。お願いですから、あの人にきかれても、私の本当のとしを言わないでください。お貞ちゃんより、ひとまわり上の申だなんて――」

 一緒になろうと申し込まれたとき、仁吉さんに、つい「あなたより一つ上の子(ね)年なのに、それでもいいの」と、言ってしまい、今更引っ込みがつかなくなってしまったそうです。

 あんたの弟さんも子年なのに……。そもそも仁吉さんは、年上なのは承知なのだから、そんなに気にしなくても……。と、お母さんがいくらなだめすかしても、

 「五つも年上だなんてわかったら、あの人がっかりします。私だってきまりがわるくて――そんなこと知れたら死んでしまう……」

 果ては、泣き出してしまいました。

 仕方がないので、弟さんにも二つさばをよんで、寅年ということしてもらおう、ということに。

 でも、区役所の届でわかってしまう。

 はっとしたお母さんに、届なんか出さなくったっていい、子供も産みませんと、きっぱり言い切るところに、昔のおすがさんの名残が見えました。

 そのくせ、お願いです、このことは言わないで……と、女っぽいしぐさで、沢村さんたちをおがみ、おすがさんは帰っていきました。



 約10日後、仁吉さんが、あいさつに来ました。

 式の前に届を出してくると聞いて、お母さんは慌てましたが、仁吉さんはその様子に気付き、笑って首をすくめました。

 「あの人がいくつだっていいんです。わたしは学もないし、ああいうしっかりした姉さん女房が好きなんです。ねずみだの申だのってオタオタ言ってるから、いっそのこと、猫年の女房ってことにしようって、ゆうべよく言いましたから……」


 秋になり、赤ちゃんができたらしい、と、報告に来たおすがさん。

 若妻らしく、丸髷(まるまげ:既婚女性の結う日本髪)に結い上げた髪を、淡い桃色の手絡(てがら:結った髪に添える布)で飾り、

 「でも、五つ上っていっても、私は十二月末だし、うちの人は一月の十日だもの、正味、四つと十五日しか違わないんですよ」

 明るく笑うおすがさんの、口元にもっていった左手の薬指に、指輪が光っていました。


(完)


 ちょうど、先日再放送していた大ヒットドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」で、主人公みくりの叔母、「百合ちゃん(石田ゆり子)」と、十七歳下(※)の風見さん(大谷亮平)の恋の行方が話題になりました。
(※原作漫画では二十五歳差)
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※原作の「百合ちゃん」
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 今も年上女性が、好きな人にアプローチされても引け目を感じるという話があるわけですが、沢村さんが少女時代(戦前、1920年代半ば)は、もっと厳しかったようで、今の読者からすれば、そこまで気がねしなくてもと思う状況でも、本人は泣くほど悩んでいます。

(伊藤左千夫の小説「野菊の墓」〈1906年〉では、女性が二才上という理由で、想い合う従姉弟同士が、血縁者たちに引き裂かれてしまいます。)

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 そんな、今なお女性を閉じ込める、見えない檻から、苦労人の朴訥誠実な青年が「猫年の女房ってことにしよう」と、柔らかく連れ出してくれている、心温まるエピソードです。

 『私の浅草』ではこのほかにも、浅草の人々の暮らしや悲喜こもごもが、歯切れよく情緒ある文で綴られていて、とても魅力的なエッセイ集です。

 (花森安治さん編集の「暮らしの手帖」から刊行されていて、花森さんの温かな挿絵やカラフルな装丁も味わい深いです。)

 是非、お手にとってみてください。
 (このブログでもいずれもう少しこの本の内容や、そのほかの沢村貞子さんのエッセイをご紹介させていただく予定です。)

 読んでくださってありがとうございました。

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2017年12月21日

フィールドオブドリームス(1989年アメリカ映画)


NHKBSプレミアムで、明日12月22日(金)午後1:00〜午後2:47に、ケビン・コスナー主演の映画「フィールドオブドリームス」が放送されます。

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(トレイラー)




〇序盤あらすじ

 ある日の黄昏時、自分のトウモロコシ畑で謎の声を聞いた農夫レイ(ケビン・コスナー)。

「それを作れば、彼はやってくる」

(「謎の声」のシーン)


 声の正体は?

 「それ」とは?

 「彼」とは?

 戸惑っていたレイだが、やがて再び彼の目に浮かんだ光景。

 それは、トウモロコシ畑の中の野球場。そして、そこに佇む、白いユニフォームの男。

 かつて、八百長試合に加担したとして、球界を追われた「シューレス(裸足の)・ジョー」。

 男手一つで自分を育ててくれた、今は亡き父の英雄だった選手。

 自分のトウモロコシ畑に野球場を作れば、あの世からシューレス・ジョーがやってくる。

 そう感じたレイは、自分でもほとんどわけがわからないまま、予感に導かれ、野球場を作る。

 どうかしているという隣人たちの目をよそに、畑を半分潰して作り上げた、空の野球場。

(野球場を作る)




 きっと何か起こる。

 そう信じて待つレイと、彼の願いを聞いて、野球場作りを後押しした妻のアニー。

 しかし、季節が移り替わっても、何も起こらず、収穫が減ったために、レイの農園は経営難に陥る。

 野球場はおろか、家を手放さなければいけなくなるかもしれない。

 ある夜、帳簿を前に苛立つレイに、幼い娘のカレンがふいに声をかけた。

 「野球場に誰かいるわ」 

 窓の向こう、トウモロコシ畑にを背にした野球場に、男が立っていた。

 暗がりにもほの白く光るユニフォームの、シューレス・ジョー。

 興奮を抑え、球場に出ていったレイ。

 ジョーは、レイが彼のために、この野球場を作ったと聞くと、自分と同じように、八百長事件で球界を追われたまま世を去った選手たちを連れてきて、野球の練習をしたいと言った。

 そして、野球場を去るとき、振り向いてレイに言った。

 「ここは天国か?」

 「いいや、アイオワだ」

 レイたちに見送られ、トウモロコシ畑に入って行くシューレス・ジョー。

 その姿が、人よりも背の高い、青々としたトウモロコシの列に透けて、消えていった。

 
 これで、予言を果たした。

 亡き選手たちがトウモロコシ畑の野球場で練習に興じる様に、目を細めていたレイだったが、その彼に、再び「声」が語り掛けてくる。

 「彼の苦痛を癒せ」 

 いったい何のことなのか、「声」に問い返しても、返事は無い。

 レイのなすべきことは、まだ終わっていなかった……。



〇見どころ
※中盤の一部ネタバレ動画が含まれています。
 
 現実を超越した展開の中に、果てしなく広がるトウモロコシ畑の緑、アメリカと共にありつづけた野球の力、夫婦、親子の情愛と絆が織り込まれた、1980年代アメリカ映画の最高傑作です。

 主演のケビン・コスナーが、いつもの男性的な魅力を抑えて、普通の生活を送る中年農夫を好演、また、エイミー・マディガンも、レイの突拍子もない夢を、多くを聞かずに支えるアニーの懐深さを自然に演じています。
(中盤、町の会合に出た彼女が、レイを変人扱いした女性を舌戦で叩きのめす場面は見ものです。)


 さらに、レイが聞いた第二の「声」の後、登場する作家テレンス・マン(『ライ麦畑で捕まえて』のサリンジャーがモデル)役にジェームス・アール・ジョーンズ(※)、たった一イニングしか試合に出られなかった「ムーンライト・グラハム」の、引退後の姿をバート・ランカスターが演じるなど、演技派俳優たちが脇を固めており、その豊かな表現力(そしてそれを丁寧にカメラに収めた構成)が感動を後押しします。

(テレンス・マンとの観戦)


(※)NHKのシネマコラムによると、このアール・ジョーンズはダース・ベイダーの声を演じているそうです。確かに非常に独特の響きで、ある場面での彼の語りは、映画の山場の一つとなっています。

 バート・ランカスターは、当初「ここより永遠(とわ)に」(1953)などの、ワイルドな役で成功をつかみましたが、やがて重厚な演技派へと転身し、ヴィスコンティ監督作の「山猫」では、没落貴族の誇りと悲哀を演じきった伝説的名優です。

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 「フィールド・オブ・ドリームス」は、彼の最後の劇場映画出演作となってしまいましたが、ただ歩き、佇み、微笑み、振り向くだけで、場面に暖かくせつない情感が広がる、その圧倒的魅力と演技力に目を見張ります。

(ムーンライトグラハムとの出会い)



(個人的な思い出なのですが、彼がこの翌年出演したテレビ映画「オペラ座の怪人」での彼の名演技に、はじめて「映画を観て泣く」という体験をし、その後「フィールド・オブ・ドリームス」を観て、完全に「映画好き」になったので、自分にとって特別な存在の役者さんです。)

 生きることの苦さや後悔を知りながら、人生に輝きとぬくもりを見出す、この時期のアメリカ映画特有の世界観が、優れたストーリー展開や、演技、音楽、映像美に結実した名作です。結末部は、「アメリカ映画史上最も心打たれる場面」と言っても過言では無いと思います。ぜひご覧ください。

 読んでくださってありがとうございました。

(参照)NHKシネマコラム「豪華名優が集結!ダース・ベイダーの声の人も! フィールド・オブ・ドリームス」坂本朋彦 
http://www6.nhk.or.jp/nhkpr/post/original.html?i=12743

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