2017年03月18日

「この世界の片隅に」映画と漫画の補足情報(漫画の一コマとクリスマスカード)




 先日、映画も大ヒットした名作漫画「この世界の片隅に」のご紹介記事を書かせていただいたのですが、今日は漫画と映画それぞれの補足情報を書かせていただきます。

 過去記事は以下のとおりです。
 ・(※ネタバレあり)「この世界の片隅に」映画で語られなかった場面(2) 雪に描かれた絵と、桜の花びらの舞い降りた紅
 ・(※ネタバレあり)この世界の片隅に 映画で語られなかった場面(1)ノートの切れ端とリンドウのお茶碗


この世界の片隅に 上 (アクションコミックス) -
この世界の片隅に 上 (アクションコミックス) -

この世界の片隅に 中 (アクションコミックス) -
この世界の片隅に 中 (アクションコミックス) -

この世界の片隅に 下 (アクションコミックス) -
この世界の片隅に 下 (アクションコミックス) -

 1,髪をとかすリンさん(漫画)

 漫画のみの描写なのですが、主要キャラのリンさんが、髪をとかしている絵があります。

この世界の片隅に 髪を梳くリンさん.png

 ストーリーに直結しているコマというより、章のはじまりのカットのような箇所で、長い髪を片手で束にしてまとめて高く持ち上げ、もう片方の手で櫛をかざし、髪をまとめる紐を、微笑む唇に軽くくわえているというポーズです。

 こうの史代さんの描く女性の、比較的大きく描かれた手とほっそりした全身のしぐさの、曲線を成すたおやかさには、大正時代の画家竹久夢二の美人画に似た情緒が感じられるのですが、この絵はそうした女性らしさに加え、大きく上げた腕と長く横に引いた艶やかで豊かな髪から、颯爽とした動きと、しなやかな色気を感じられ、涼しいまなざしにリンさんの個性がうかがえる名作だと思います。

 竹久夢二「秋」(出典:ウィキペディア、「竹久夢二展」図録、毎日新聞社、1992年)(拡大画像はコチラ

TakehisaYumeji-MiddleTaishō-Autumn.png

 なお、長く豊かな髪をすく美しい女性というのは、古くより、ほのかで神秘的な色香を漂わせる画題として愛されており、ラファエル前派の画家ロセッティや、夏目漱石に支持された装丁作家、橋口五葉らも、それぞれに名作を残しています。

 ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ「レディ・リリス」(出典:ウィキペディア、Delaware Art Museum)(拡大画像はコチラ

Lady-Lilith.jpg

 橋口五葉「髪梳ける女」(出典:ウィキペディア、The Trustees of the British Museum The British Museum Images)(拡大画像はコチラ
 
Goyo_Kamisuki.jpg

 物思いにふけるような目でゆるやかに髪を梳く、ロセッティと五葉の絵の静けさと比べ、肌襦袢に細袴(ズボンのような下着)姿で、大きな動きをしているリンさんからは、これから髪を結い、着付けをして、場に出てゆく生身の女性の勢いや生活感が感じられ、既に歴史にその名を刻まれた画家たちの絵に勝るとも劣らない魅力があると思います。

 この後、漫画の展開としては、彼女がこの美しい髪を日本髪に結って、花見に出掛けており、そこは、非常に印象深い名場面となっています。(その場面をご紹介した記事はコチラです。)

 2、「この世界の片隅に」のクリスマスカード

 2016年12月下旬、映画の大ヒットを記念して、来場者に作品の主要キャラクターが描かれたクリスマスカードが配られたそうです。

 クリスマスカードの画像が見られるニュースURLはコチラ
 出典:「この世界の片隅に」第2弾来場者プレゼント12月23日から配布、すずがサンタに」
 (「映画ナタリー」、2016年12月22日http://natalie.mu/eiga/news/214405

 周作さん、すずさん、リンさん、水原さんの4人が、サンタの格好をして並び、前の人の肩に手を置いた電車ごっこのようなポーズでこちらを向いて笑っているというデザインです。

 少しデフォルメされて頭身が縮み、顔もまるっこく、映画の中よりもあどけない感じが可愛らしいのですが、この姿でサンタ服を着ている彼らを見ると、急に、「ああ、そうだ、この人たちまだ20代なんだな……」と思って、(そういう意図でデザインされたのではないでしょうが)急速に切なくなりました。

 今の時代を生きていれば、クリスマスなら、どんなデートをしようとか、プレゼントがほしいとか、そんなことを考えていられる年頃に、戦争に巻き込まれ、リンさんはもっと幼いころに親に売られて苦労して、水原さんは軍人になって……という人生を送っていたのか……と……。

 そして、彼らが今の時代に生きていれば、たぶんこの4人の関係性は変わっていたんだなとも思いました。

 貧しさのあまり親に売られるとか、結婚の自由がないとか、戦争で明日の命もわからないとか、そういう時代でなければ。

 たぶん作品の中でむつまじく生きているすずさんと周作さんは夫婦になることはなく、水原さんとリンさんがそれぞれの伴侶になっていたかもしれない。

 そして、そうなったら、それはそれで、きっと相性の良い幸せな夫婦だっただろうと思います。

 作中の彼らは、それぞれに恋する人や友達に対して暖かく接し、自分の人生を誠実に生きている人たちですが、彼らはそれを「選んで生きた」わけではなかった、時代と戦争が彼らからその他の人生を無言で奪っていたのです。

 現代もせちがらく、先が見えず、快適にはほど遠い世の中だとは思いますが、それでも、彼らが生きていた環境よりは、平和であり、自由であり、そういった意味では、確かに今を生きているということは幸運なのだと、この一枚のほんわかと可愛らしいカードを見ながらしみじみと考えさせられました。




 しばらく記事更新の間隔が開いてしまっていましたが、これからはもう少しペースアップする予定です。よろしければまたお立ち寄りください。

 読んでくださってありがとうございました。
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2017年03月17日

(※ネタバレあり)「この世界の片隅に」映画で語られなかった場面(2) 雪に描かれた絵と、桜の花びらの舞い降りた紅


先日の記事に引き続き、映画「この世界の片隅に」では語られなかった、原作漫画のエピソードをご紹介させていただきます。(ややネタバレなのでご了承ください。)

1, 雪に描かれた南の島の絵

 主人公すずさんの夫、周作さんは、かつて娼婦のリンさんという女性を愛し、真剣に結婚を考えていましたが、おそらくは周囲の反対のために、それがかないませんでした。

 偶然リンさんと知り合ったすずさんは、さまざまなきっかけを経て、リンさんと周作さんがかつて愛し合っていたということに気づいてしまいます。

 すずさんはリンさんのとの過去を、周作さんに問いませんでしたが、自分はりんさんにの代用品のように嫁に来た女なのかという思いはつきまといました。

 それでも、家事をこなす日々や、初恋の男性で、今は海軍兵となった水原さんとの再会という出来事を経て、 自分の人生や、周作さんへの愛情を見つめなおしたすずさん。


 雪のつもったある日、すずさんは、リンドウの柄のお茶碗を持って、リンさんに会いに行きました。

 その美しいお茶碗は、周作さんがかつてリンさんにあげようと思って買ったものであり、すずさんが、周作さんとリンさんの過去に気づくきっかけとなった品でした。

 リンさんを探すすずさんに、リンさんはまだ、泊りの将校さんについている。赤毛の若い女性が、遊郭の窓のむこうから、そう教えてくれました。

 あどけなさの残る素朴な優しい表情で、ふるさとが南であることを感じさせる言葉遣い。

 しかし、その言葉が、ひどくせき込んで途切れたため、すずさんは、お茶碗に雪を盛って彼女に渡します。

 熱っぽい顔で微笑んで、雪を口にふくむ女性に、すずさんはそのまま茶碗を託すことにしました。

「リンさんによう似合うてじゃけえあげます、言うて伝えてください」

 様々な思いを自分なりに消化した様子で、すずさんは、お茶碗を差し出します。

 「よかよ!きれいかお茶碗たい」
 茶碗を受けとってくれた女性の細い両手首には、包帯が巻かれていました。

「好きっちゃ好き、知らんちゃ知らん人」だった若い水兵に手をくくられ、一緒に川に飛び込んだ。

 こともなげにそう話した女性。

 飛び込む前から、あんな小さな川で死ねるわけはないと、うすうすわかっていた。

 やっぱり自分もあの人も死ねなかった。もともと自分は、死にたかったわけでもない。ただ、
 「なんや切羽つまって気の毒やったと」

 せめて夏なら川の水も気持ちよかったのに、暖かな外地に渡ればよかった……。

 そんな話を聞き、すずさんは杖がわりに持ってきた竹槍で、雪に絵を描きました。

 椰子の木のある砂浜、そこをのんびりと歩くカニ。水平線の上の入道雲とカモメ、波間を跳ねるイルカ。

 「ああ!そげん感じ。そげん南の島がよか!」
 
この世界の片隅に 雪の上の絵.png

 さて、夜までに風邪を治さないと、と、気を取り直した女性。

 ほいじゃお大事に、と窓を閉めて立ち去るすずさんの背中越しに、まだ絵を見ている女性の、「よかねー」という楽しげな声が、聞こえてきました。



 雪道の南国の絵に下駄あとを少し残し、遊郭をあとにするすずさん。

 このカーテンの閉じられた建物のどこかで、まだ客とともに過ごしているリンさん。
 
 格子窓の向こうから、すずさんの絵を眺める、好きとも知らぬともつかない男と身をなげた赤毛の人。

 おそらくは売られ、それでも微笑んで日々ここで働いて生きる女性たち。

 (「すず、お前べっぴんになったで。」)

 初恋の水原さんにかけてもらった言葉。

 けれど、いまだに苦い。

「周作さん、うちは何ひとつ、リンさんにかなわん気がするよ」

 降る雪に目を上げ、すずさんはぽつりとつぶやきました。




2、桜の花びらの舞い降りた紅

 満開の桜の頃になり、すずさんは、周作さんと義実家の人々と一緒に、公園に花見に訪れました。

 春のはじめに呉にも空襲があり、誰の心にも、これが最後の花見になるかもしれないという思いがよぎるのか、いつもにもまして人の多い公園。

 周作さんたちと手分けをして場所を探していたすずさんの腕が、ふいと引かれました。

 「ひさしぶり、すずさん」

 リンさんが、立っていました。

 額脇の髪を一筋長くたらした日本髪、リンドウの柄の着物を、胸元をくつろげて着付け、良い帯と、華やかな帯留めで細く締めた立ち姿の、しっとりとした風情。 

 お客さんに連れられて、皆で遊びに来た。そう話してくれているのに、頭から爪先までつくづくと見とれているすずさんに、リンさんは「聞いとるん?」と、顔をのぞきこんできます。

 「あ、あの、うちも家族と来とるん」
 そう、言いかけましたが、リンさんと周作さんが再会したら……と、はっとしたすずさんの頭の中に、そのときの二人の様子がぐるぐると回り、どうしよう……、と、固まってしまいます。

 「すずさんも登って来…、ありゃ、また聞いとらん!」
 頭上から声がして振り向くと、すずさんがぐるぐるしていた間も、「この格好でも細袴を履いているから非常時も木登りも大丈夫」、と、おしゃべりしていたリンさんが、いつのまにか桜の枝に腰をかけていました。

 「お茶碗くれたんすずさんじゃろ、雪に描いた絵見てわかったわ。ありがとうね」

 らんまんと咲き誇り、ほのかなそよぎに花びらをたゆたわせる桜の上、リンさんは、やってきたすずさんに言いました。

 少し言葉を探した後、すずさんはおずおずと口を開きました。
 「お……夫が昔買うたお茶碗なん、あれ……なんかリンさんに似合う気がしたけえ……」

 そう言って、桜の枝ごしに、そっとリンさんの様子をうかがいましたが、白いうなじを見せてうつむくリンさんからは、何の言葉も返ってきません。

 「ほらー、知らん顔されたらいやじゃろ!?」
 にっこり笑って振り向いたリンさんが、ぽん!とすずさんの背中を叩きました。

 それで、それ以上この話をできなくなったすずさんは、お茶碗を預かってくれた、赤毛の女性はどうしているかを尋ねました。

 「ああ、テルちゃんね」

 テルちゃんは死んだよ、あの後肺炎を起こして。
 雪も解けんうちよ。
 ずーっと笑っとったよ。すずさんの絵を見て。

 そう言うと、リンさんは蓋つきの小さな器を取り出しました。
 「会えて良かった。すずさんこれ使うたって」

 テルちゃんの口紅。

 リンさんは、掌の器の紅を、薬指につけると、言葉を失っているすずさんの唇に、塗り始めました。

 皆言うとる、空襲に遭うたら、きれいな死体から早う片付けてもらえるそうな。
 いつのまにか死が珍しいものではなくなってしまった、この町の人々の噂話をして。

 「……ありがとう」
 脳裏に、瓦礫に押し潰され、野ざらしとなっていた人の背中がよぎり、すずさんは、そうつぶやいていました。
 でも、まだ、ほかに伝えたいこと、聞きたいことが、心のどこかをさ迷っている目をして。

 「ねえ、すずさん、人が死んだら、記憶も消えて無うなる」
 長いまつげをふせ、口紅を指でなぞるリンさん。

 「秘密も無かったことになる。」
 すずさんの唇にそっと押し当てられた、紅の染まった白い指。

 すずさんの瞳をのぞきこみ、リンさんは、穏やかに笑っていました。


この世界の片隅に 紅を塗るリンさん.png


 「それはそれでゼイタクなことかも知れんよ。自分専用のお茶碗と同じくらいにね」

 そして、ただ、すずさんの手に紅の器を置くと、リンさんは桜の木を降り、すずさんを見上げました。

「さて、もう、行かんと!逃げた思われるわい」

 すずさんは木の上から、ええ、またね、と、答えました。

 枝の影から垣間見える日本髪のリンさんの後ろ姿。

 開いた器の中の紅。

 病床でも、楽しそうに笑っていた、テルさんの顔。

さらさらと流れてゆく桜の花びら。

 すずさんの掌の紅。

 桜の枝の陰に、遠ざかりつつあったリンドウ柄のすその足元が、ふっと動きを止め。

 すぐそばに、ゲートルを巻いた男の足。

 二人の姿を覆って秘める、満開の桜の花。

 向かい合う足先から、二つ延びた人影。

 すずさんの掌の紅に、流れてきた花びら。

 こちらに向かってくる、男の足先。

 ひとひらの花びらが、紅の中心にふわりと舞い降り。
 
 すずさんは、音もなく漂う花びらの中、目を上げ。

 やがて包み込むように、紅の蓋を閉じました。

 桜を内に秘めたまま。
 


 「すずさん、そこにおったんか」

 周作さんがすずさんを見上げていました。

 友達を見つけたもので。

 そう、はぐれた理由を話したすずさん。

 やっぱり、みんな今生の別れかと思って花見にくるんかのう、と、桜を眺めながら歩き出した周作さん。

 「おかげでわしもさっき知り合いに会うた」

 笑うとったんで安心した。

 「……なんじゃ?」

 すずさんが、周作さんの顔を見つめていました。

 「……うちも、周作さんが笑っとって安心しました」

 そう言うすずさんの目も、やわらかに笑っていました。 



 周作さんが、リンさんを妻にするつもりで買ったお茶碗を、彼女に届けたすずさん。

 すずさんが周作さんの妻であることに、すでに気づいていたリンさん。

 リンさんはお茶碗を受けとりましたが、それ以上何も聞かず、何も話そうとせず、すずさんの唇に、紅を塗るしぐさで、指をあてました。

 人が死んだら記憶も消えて無うなる。
 秘密はなかったことになる。
 それはそれでゼイタクなことかもしれんよ。
 自分専用のお茶碗と同じくらいにね。

 好きだった人に真剣に好かれ、自分だけの物をその人が選んでくれていたこと。
 その記憶を自分だけのものとして、胸に秘めて生きて死んでいくこと。
 それで十分、贅沢だと感じられる。
 だから、好きだった人にも、その人の妻にも、もう、何も話さないし、求めない。
 でも、好きだった人の妻になった人が、自分も好きだと思える人で良かった。
 好きだった人のためにも。自分のためにも。
 
 いつ、町が焼かれるかもしれない時代、貧しさゆえに売られ、娼婦として生きる人生。

 同じ立場にいた人は、他人の死の不安によりそって、死にたいとも思わないうちに死んだ。

 そういう日々を送りながら、それでも、自分の人生を「居場所がある」と思って生きることのできるリンさんは、周作さんがお茶碗を贈りたいと思ってくれたこと、周作さんの妻であるすずさんが、そのお茶碗を届けてくれたことが、お茶碗そのもののように、美しくなめらかな、ぬくもりのあるものに思えたのでしょう。

 そして、すずさんは、周作さんとすずさんのこれからに立ち入ろうとしないリンさんの笑顔を見て、自分も周作さんとリンさんのこれまでを、ただ、二人の秘密として閉じ、それを懐に、周作さんを愛していこうと思えたのでしょう。

 セリフもなく、桜の上にいるすずさんの見つめるものだけで、すずさんが、胸に切なさを感じながらも、周作さんとリンさんの過去を受け入れていく心理を描いているシーンは特に印象的です。


この世界の片隅に 桜の舞い降りた紅.png


 周作さんとリンさんが互いに気づいた瞬間、二人がどんな表情をしたのか、何かを語ったのかは、満開の桜の枝に覆われ、すずさんの位置からは見えません。ただ、垣間見える二人の足元と影が、二人が向き合ったことをほのめかすだけです。

 二人を覆い隠した桜は、その美しさやはかなさとともに、この場面では周作さんとリンさんの「秘密」の象徴となり、すずさんは、行き遭った二人の姿を見ようとせず、逆に視線をあげて、桜の花びらという「秘密」が舞い降りた紅の蓋を、そのまま閉じて、「秘密」を封じ込めます。

 この仕草が、すずさんが二人の過去を「秘密」のまま、二人のどちらにも問わずに自分の心におさめるという思いを表しているのだと思われます。
(蓋を閉じるときの、包み込むような手の動きだけで、それが、自分は触れることができないけれど大切なものだと思っているすずさんの内面を描く、作者こうのさんの画力が見事です。)
 
 そして周作さんの「(リンさんが)笑っとったんで安心した」という言葉。

 リンさんの笑みは桜に隠され、すずさん同様、我々読者にも見えませんが、その笑顔は目に浮かぶような気がします。

 今も周作さんと、彼との思い出を愛し、そして周作さんの妻がすずさんだからこそ、リンさんは笑うことができたのでしょう。


 すずさんにとって、この紅に降りた、「秘密」を意味する桜の花びらは大切な意味を持っていたようで、すずさんはその後も、桜の花びらを収めたまま、その紅を使っています。

 この紅とはなびらは、この年の夏(1945年7月)、すずさんが機銃掃射に狙われたときに、初恋の人、水原さんにもらった水鳥の羽と共に、ずたずたに撃ち抜かれて失われます。

 これより前、すずさんは空襲で落ちた時限爆弾により、心身深く傷ついており、実家の広島に戻ることすら考えているのですが、ここで、羽と花びらの入った紅がすずさんから消えるという展開は、様々なことを読者に想像させます。

 すずさんは周作さんのもとを去る気持ちになっていましたが、この機銃掃射からすずさんを救ったのは、他ならぬ周作さんであり、二人それぞれの恋の過去が飛散する中、すずさんに覆い被さって彼女を守る周作さんの姿は、これより先、すずさんと共に生きていくのはこの人である。あるいは、すずさんにとって周作さんは諦められる人ではないという印象を読者に与えます。

 また一方で、紅と羽が銃弾に吹き飛ばされる姿は、この、呉への徹底的な攻撃があった時期に、水原さんとリンさんが命を落としたことを暗示しているのかもしれません。
(以後、二人は登場せず、水原さんの所属していた戦艦青葉と、リンさんのいた二葉館の戦後の姿が描かれるのみです。) 

 現実には銃弾によって失われてしまった紅でしたが、すずさんの心にはその存在が留まり、物語の後半部では、幻の中で、すずさんの手が、吹き飛ばされたはずの紅から、桜の花びらをそっとよけ、指に染めた紅で、リンさんの語ることのなかった幼い日からの人生、そして、周作さんとの「秘密」をついに描き出します。

 かすれた温かみのある線で描かれて、優しい風情がありますが、リンさんの苦労の多かった人生や、彼女のその後を暗示させる、胸に迫る場面です。

 こうしたリンさんとの関係は映画ではあまり描かれていませんが(紅で描かれた場面は、エンドロールで一部観ることができます。) 特に桜の木の上の場面は、前回ご紹介した、リンドウのお茶碗とノートの切れはしから、すずさんが真相に気づく場面と並んで、多くの感情を秘めながら、抑制で語られた圧巻の名場面だと思います。

(映画には映画の素晴らしさがあるのですが、本当にいい場面だと思うので、これだけ作品がヒットしたのだから、たとえばディスク発売の際に完全版ということで付け加えることはできないのかな……と考えてしまうほどに。)

 このほかあらゆる場面に情緒があり、漫画ならではの多彩な表現も読みごたえがあるので、是非原作もご覧になってください。

 読んでくださってありがとうございました。

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2017年03月07日

英雄になった贋作師ハン・ファン・メーヘレン


 先日(2017年2月26日〈日〉)、テレビ番組「林先生が驚く初耳学」で、贋作師ファン・メーヘレンが紹介されていたので、事件をとりあつかったノン・フィクション「フェルメールになれなかった男」(フランク・ウイン作、ちくま文庫)をもとに、この人物についてご紹介させていただこうと思います。


フェルメールになれなかった男: 20世紀最大の贋作事件 (ちくま文庫) -
フェルメールになれなかった男: 20世紀最大の贋作事件 (ちくま文庫) -

 ハン・ファン・メーヘレン(ウィキペディアより。背後にあるのは、彼が贋作を証明するために描いた「フェルメール風」の作品「神殿で教えを受ける幼いキリスト」)Photographer Koos Raucamp - GaHetNa (Nationaal Archief NL)

VanMeegeren1945.jpg

 ハン・ファン・メーヘレンはオランダの贋作師、第二次世界大戦中に「真珠の耳飾りの少女」などで日本でも人気の画家フェルメールらの贋作を売りさばき、被害総額は約70億円ともいわれています。

 しかし、莫大な被害額よりも、彼と彼の贋作が戦争によりたどった数奇な運命ゆえに、この事件は長く語り継がれています。

 メーヘレンは当初画家を志していましたが、その端正な作風は「古くさい」と当時の美術業界に一蹴されてしまいました。
(このころ、ピカソらによる新しい芸術表現キュビスムが台頭しています。)

 失意の果て、やがて芽生えた復讐心。

 彼は、彼を見下した美術業界への報復を企てます。

 オランダの至宝、フェルメールの絵画の偽物をつかませることで。

 フェルメールは17世紀に活躍した、バロック時代を代表する画家ですが、確認されている限りでは、世界にわずか三十数点しか作品が残されていません。

 メーヘレンは、画家の製作期間の空白に目をつけました。

 「フェルメールが初期に描いた未発見の宗教画」という触れ込みの贋作を産み出したのです。

 フェルメール作品がもっと世に出てくることを渇望していた美術業界は、この発見に飛び付きました。

 メーヘレンの贋作の中でも最高の出来映えとされる、キリストを描いた「エマオの食事」は、最上級の賛辞と争奪戦を経て、ボイマンス美術館に納められることとなりました。 

 「エマオの食事」の画像はこちらです。



 ちなみに、この事件について、当のボイマンス美術館が丁寧な説明動画を作っています(英語字幕つき)。 
 したたかというかオランダ独特のフリーダム感を感じさせる……。



Van Meegeren's Fake Vermeers (Museum Boijmans Van Beuningen )



(https://youtu.be/NnnkuOz08GQ)


 「エマオの食事」を観ようとにつめかける人々、メーヘレンは頻繁に展示室を訪れ、観客の反応を眺めていたそうです。

 大胆にも時には、「こんなものは贋作だ」とつぶやきすらして。

 その顔には、喜びと嘲りの入り交じった笑みが浮かんでいたのでしょうか。

 こうして、「画家にして、時折裕福な知人の所有する古い絵画(実は彼自身の贋作)を売る画商」という立場を手に入れたメーヘレン。

彼の贋フェルメールは、当時オランダを占領していたナチス軍の目にも止まり、ヒトラーの後継者とも目されていたヘルマン・ゲーリング元帥の一大絵画コレクションに加わりました。


 ヘルマン・ゲーリング(ウィキペディアより)Bundesarchiv, Bild 102-13805 / CC-BY-SA 3.0
Bundesarchiv_Bild_102-13805,_Hermann_Göring.jpg

 得た富で、豪華にして自堕落な生活を送っていたメーヘレンでしたが、司法の手は思わぬ方向から彼に伸びてきました。

 終戦後、オーストリアの岩塩坑から、ゲーリングの隠し財産として集められていた絵画が発見されたことをきっかけに、突然逮捕されたメーヘレン。

「『エマオの食事』に匹敵する国宝級のフェルメール作品」を、戦時中にゲーリング元帥に売却した、という容疑をかけられたのです。

 「国家反逆罪」。

 突きつけられた罪状を前に、獄中のメーヘレンは苦悩しました。

 このままでは死刑に処される可能性がある。
 (殺人を犯したわけでもないのに厳しすぎるようですが、戦時下の怨念に加え、終戦時の飢餓で、「チューリップの球根すら食べた」という、当時の国民の、ナチス軍協力者への怒りは非常に激しいものでした。)

 しかし、自分が贋作者であることを告白すれば、今まで売りさばいてきた全ての作品の名誉は失われる。

 常用するアルコールや薬物から切り離された禁断症状の中で、悩み抜き、結局、メーヘレンは、我が身が生き延びる道を選びました。

  ナチスにフェルメールなど売っていない。
  フェルメールなど、なかった。
  あれは、私が、ファン・メーヘレンが描いたのだ。

 衝撃の告白は、しかしにわかには捜査担当者から受け入れられませんでした。
ゲーリングの絵は、名門、ボイマンス美術館にかかる「エマオの食事」らにそっくりだったからです。

 メーヘレンは、それらの絵も自分が描いたと証言しました。

 矢継ぎ早な告白には、冷静な計算が秘められていました。

 ゲーリングはフェルメールの絵を手にいれるため、それまでオランダ国内で入手したその他の絵画約200点を売却、結果として、メーヘレンの贋作1枚が、真作絵画たちの国外流出を防ぎました。

 メーヘレンは、「エマオの食事」らの、フェルメール作品としての末長き栄光と引き換えに、「ナチスからオランダの絵画たちを救った英雄」という新たな名誉を選んだのです。

 それでも、メーヘレンの言葉を信じられずにいた捜査関係者たちに、メーヘレンは贋作を再現してみせることを提案しました。

 メーヘレンの要求に応じて揃えられた、フェルメールの時代に使われていた画材、数百年の経年を装うために絵の具に混ぜこむ薬物、そして、特別に許可された、気分を鎮めるためのモルヒネ。

記録のためのカメラと、監視人たちの前で、「フェルメール風の新作」として、メーヘレンの筆から「神殿で教えを受ける幼いキリスト」の中性的な姿が浮かび上がってきたとき、ついに人々は、メーヘレンの言葉を受け入れました。

 当時の記事によれば、自身最高のコレクションと信じていたフェルメールが贋作であったことを、ニュルンベルグの獄中で知らされたゲーリングは、「世界に悪事があることをまるではじめて知った、という様子だった」そうです。



 美術史史上の大スキャンダルは、しかし、「ゲーリングを手玉にとった男」というフレーズにより、オランダのみならず、国際的な熱狂を巻き起こしました。

 特にアメリカのベストセラー作家で脚本家のアーヴィング・ウォレスはこの話に魅了され、メーヘレンの生涯を脚色とともにラジオやテレビで放送し、それが騒ぎに拍車をかけました。

 1947年、オランダ国民と、世界中の記者がつめかけた裁判で、メーヘレンは、贋作による金銭の詐取と、自作の絵画にフェルメールらの偽りの署名をした罪に問われました。

 しかし、売却から10年が経過していた「エマオの食事」については、すでに時効を迎えており、メーヘレン逮捕のきっかけとなった、ゲーリングへの絵画売却の件も、当のゲーリングが、死刑執行を目前に自殺したために、ほとんど追求されませんでした。

 そして、メーヘレンに欺かれた美術館をはじめとする美術業界関係者も、この事件の調査が長引くこと、ひいては自分達が騙された過程が詳細に暴かれることを望んでいませんでした。

 結局、禁固1年という極めて寛大な判決が下され、それに対するオランダ王室、ウィルヘルミナ女王からの恩赦すら検討されましたが、メーヘレンが刑にも服することも、恩赦に浴することもありませんでした。

 長年のアルコールと薬物依存に蝕まれていたメーヘレンは、判決から数週間後、心臓発作でこの世を去ったのです。
 (彼が贋作に使用していた毒性のある薬品が影響していたという説もあります。)

 58歳の若さでしたが、倒れるより以前から、その風貌はいかにも芸術家らしい魅力がありながら、既に10は老けて見えたそうです。

 もしもメーヘレンが、罪をつぐなって生きながらえていたら、一転英雄となった彼は、フェルメールではなく、ファン・メーヘレン本人の名で、画家として、その後もすぐれた作品を生み、賞賛を浴びることができたかもしれません。

 (実際、彼の「エマオの食事」は、裁判の中ですら、そして現在でも、美しい作品であると評価され、依然、ボイマンス美術館に展示されています〈※ウィキペディア情報〉。)

 また、贋作師は、その高い技術、それにだまされる美術業界にはびこる権威主義、主な被害者が並外れた富裕層であることなどから、その他の犯罪者とは一線を画すとみなされ、服役後には表舞台に戻ってこられることも珍しくありません。

 (今も、ジョン・マイアットウォルフガング・ベルトラッチなどの元贋作師たちが、その経歴と才能を武器に、画家として活躍しています。)

 新たな人生を目前に世を去ったメーヘレンでしたが、残された贋作たちは、今も彼の数奇な運命を物語ります。

 そして、「フェルメールになれなかった男」がイギリスで出版されてから約5年後の2011年、イギリスBBCの人気シリーズ「Fake or Fortune」で、新たに彼の贋作が発見されました。

 作品の調査中、イギリスの有名プレゼンター、フィオナ・ブルースからインタビューを受けたメーヘレンの甥は、いまだにメーヘレンの贋作が世間を騒がせているという事実に対して、こう答えました。

 「叔父はきっと今でもそれを楽しんでいるでしょうね。アートの権威を翻弄して楽しんでいるでしょう。私にはわかります」

 「今でもそれを見て笑っていると?」

 「その通りです。間違いなく笑っているでしょう」

 仕立ての良いスーツを着た銀髪の紳士、メーヘレンの甥は、いたずらっぽく、しかし、なんのためらいもなく、笑みを浮かべ、悠々とうなずいていました。

 メーヘレンの贋作はいまだに真作として暗躍しているかもしれない。

 しかし一方で、身内をはじめとしたオランダの人々にとって、彼はいまだに、理不尽な権力の頭に足を乗せ、燦然と君臨する英雄である。

 そのことを、甥である紳士の、誇りすら感じさせる笑みが物語っていました。



 今回主に参照させていただいた「フェルメールになれなかった男」(フランク・ウィン作)、このほかにもこの事件についてのエピソードがいくつも書かれています。これを原作に映画を作ってほしいというくらい面白かったので、是非お手にとってみてください。

 当ブログでも、近々この本で印象的だった場面を、もう少し書かせていただきますので、よろしければお立ち寄りください。

 読んでくださってありがとうございました。


(主要参照URL)
 ・ウィキペディア記事「ファン・メーヘレン」(日本語)(英語
 ・同上「フェルメール
(当ブログ関連記事)
 ・(※ネタバレ)「贋作師ベルトラッチ 〜超一級のニセモノ」あらすじと感想(NHK BS世界のドキュメンタリー)
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2017年02月24日

明治工芸とアールデコ邸宅の競演、「『並河靖之七宝展 明治七宝の誘惑―透明な黒の感性』」開催中

 東京白金台の東京都庭園美術館で、2016年1月19日〜4月9日まで、明治七宝作家、並河靖之の展覧会が開かれています。

 公式HP URLはコチラhttp://www.teien-art-museum.ne.jp/exhibition/170114-0409_namikawa.html

 並河靖之(1845〜1927年)は、近代化の波が押し寄せる明治期、皇族(久邇宮朝彦親王)に仕えていましたが、新たに収入を得るために、七宝業に乗り出したという異色の経歴の持ち主です。

 当初は、技術が不十分であるとして、契約が打ち切られるという憂き目にも遭ったものの、工房に集められた優れた技術者たちとともに、緻密かつ美しい作品を生み出すことに成功し、それらの多くは主に海外へと輸出されました。

 中でも漆黒の地に花鳥など自然の美を写実的に描いた作品は、その色彩の透明感と繊細な美しさから、並河作品の真骨頂とされています。

 作品例(ウィキペディアより、※展示作品ではありません)

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ロサンゼルスカウンティ美術館所蔵


 高い美意識を感じさせるデザインと、作品の奥行きを醸す多種多様な色彩美、そして表情豊かな描線。

 七宝の釉薬を流し込むために作られた金属の枠は、丁寧に叩かれることで厚みが調整され、筆の描線の強弱のような味わいを見せています。

(七宝の制作過程例、中央列下段に釉薬を流し込む前の金属枠が見えます。)(ウィキペディアより、※展示作品ではありません)

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 (ロサンゼルスカウンティ美術館所蔵

 今回の展覧会では、ロンドンのヴィクトリアアルバートミュージアム、清水三年坂美術館、並河靖之記念館などから美しい品々が集結していますが、最大の目玉は皇室所蔵の至宝「四季花鳥図花瓶」(展示は3月7日まで)でしょう。

 宮内庁HP内画像が見られるURLはコチラ 
 bitecho[ビテチョー]展覧会紹介記事はコチラ(四季花鳥図花瓶ほかの大きくて鮮明な画像を観ることができます)
 

 「紅葉と桜を基調とした四季折々の花草や花々が、黒地の艶やかな背景地によって浮かび上がるように配されている。本作は、並河がそれまでの文様調の構成から、写実性の高い絵画調の作風へと変貌を遂げた意欲作であり、日本画の筆意を表そうと植線に肥痩をつけるなど、新しい意匠や技術に挑んだ新機軸の作品といえる。植線には金線が用いられ、微妙に異なる多数の釉薬の使い分けによって色鮮やかな風景が広がっている(中略)1900年のパリ万国博覧会に出品され、金賞を受賞した。」
(展覧会図録「並河靖之七宝」より)

 濡れたように光る艶の奥の純粋な黒、そこにのびやかに集う、現実にはあり得ない、四季の花木と小鳥たち。

 「神の夜の庭」とでも言いたいほどの、完璧かつ神秘的な気配を漂わせています。

 並河作品はどれも非常にハイレベルなのですが、彼の作品群の中では比較的大ぶりのこの作品、その描線と色彩の豊かさ、背景の黒の純粋さゆえに、特に金色の光を帯びた桜と紅葉の枝の部分がふんわりと浮きあがり、その細かな葉がさらさらと風に揺れているように見えるのです。そして、本当に静けさの中から、花びらと葉のさざめきや、小鳥たちのさえずりや羽ばたきが聞こえてくる気がする。

 以前、NHKの番組「極上美の競演」(NHK BSプレミアム、2011年5月16日放送)の中で、現代のベテラン七宝工芸家たちが、この花瓶の一部(緑の紅葉とよりそう小鳥二羽)を拡大して再現する、という試みをしていましたが、どうしても色や描線の深みが及ばないとおっしゃっていました。

 この技術は今となっては再現不可能とすら考えられているそうです。

(非常にテレビ映えする作品で、照明をあててゆっくりと回り込んで撮られた映像は、黒から葉や桜が溢れ出してくるかのようでした。)

 個人的な思い出なのですが、イギリスで明治工芸にお詳しい方(上品な紳士)と偶然お話しした際、「皇室所蔵の七宝の花瓶を観てあまりにも素晴らしいので気絶しかけた」と、わりと真顔でおっしゃっていたのですが、間違いなくこれがその「人を気絶させる花瓶」だったのだろうと思います。冗談抜きで、並河作品にはそういう人を逆上させるほどの突出した美があります。

 今回の展示で特に面白かったのは、この至宝「四季花鳥図花瓶」と彼の初期の作品「鳳凰文食籠(ほうおうもんじきろう)」とだけが展示された部屋でした。

 「泥七宝」と呼ばれる技法で作られた「鳳凰文食籠」は、描線に真面目さや品を感じさせるものの、どうもその名のマイナスイメージどおり色全体に濁りやくすみがあり、あの「神の庭」「人を気絶させる花瓶」とは、同じ人物が手がけたとは思えないほどに全てにおいて開きがあります。

 実際、初期作品の質については、陶磁器の技術指導のために来日していたドイツ人ワグネルから、「器の質が悪く雑で、色彩も鈍く、図柄も七宝に適しておらず、京都の刺繍裁縫などを模範に勉強すべきだ」とまで言われていたそうです。(ウィキペディアより)

 ボロカスでお気の毒ですが、今回の展覧会で「おそらく並河の初期作品」とされている「菊梅図花瓶」に至っては荒んだ錆があちこちに飛んでいるようで正直きたな……(自粛)。

 ところで、この「鳳凰文食籠」、彼が最初に完成させた作品として、仕えていた久邇宮朝彦親王に献上、後に思い出の品であるため、ほかの作品と取り換えていただいたといういわくがあるそうです。

 さらに今回展覧会会場となった、東京都庭園美術館は、元々久邇宮朝彦親王の第8王子、朝香宮鳩彦王が建てられた邸宅でした。

 今回の展覧会でも、父久邇宮に仕えた並河に朝香宮が下賜された、馬の描かれた煙草入れが、ひっそりと飾られていました。
(並河は元々馬術の達人で、宮家にも手ほどきをしていたそうです。)

 東京都庭園美術館は、それ自体アール・デコ様式と朝香宮ご本人の磨き抜かれた美意識の結晶ともいえる、和洋折衷の穏やかな美しさを持つ傑作芸術です。
ルネ・ラリックのガラスレリーフ扉に始まり、暖炉や壁紙、手すりにいたるまで、どこを見回しても、品とぬくもりが調和した素晴らしい邸宅。豪邸ながらなぜか人を威圧するところがまったくなく、逆にほっとさせる優しい気配があります)

 その美しい一室(大広間)に、「鳳凰文食籠」を手前、「四季花鳥図花瓶」を奥に、一直線上に展示することで(真正面に立つと、食籠から花瓶が立ち上るような配置)、久邇宮朝彦親王によってつながる並河と朝香宮家とのゆかりとともに、あの神品にいたるまでの、並河の苦闘の道のりと、その驚くべき、絢爛たる開花を表現しているのだと思います。

(なぜ、もとは馬術の名手という、工芸とは全く関係の無い経歴を持っていた並河が、スタッフに恵まれたとはいえ、遅咲きでここまでの領域に達したかということについては、いまだ謎が多いそうです。)

 名品と名室を使って、美と運命の数奇を表現した空間、これは、この東京都庭園美術館でしか見られないものです。

 「名展覧会」と呼ぶべき優れたイベントなので、是非足を運んでみてください。

 読んでくださってありがとうございました。




(参照)
・東京都庭園美術館HP
 http://www.teien-art-museum.ne.jp/
・収蔵作品詳細 宮内庁HP「四季花鳥図花瓶(しきかちょうずかびん)」
 http://www.kunaicho.go.jp/culture/sannomaru/syuzou-18.html
・これぞ最高峰! 東京都庭園美術館で見る「並河靖之七宝」の美 bitecho[ビテチョー]
http://bitecho.me/2017/01/14_1469.html
・『並河靖之七宝展 明治七宝の誘惑 透明な黒の感性』(展覧会図録)
・Wikipedia「並河靖之
・作品リストPDF(展覧会HPより)
 http://www.teien-art-museum.ne.jp/exhibition/list_namikawa.pdf

posted by Palum. at 08:23| 美術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月19日

ミュージカル 「SINGIN' IN THE RAIN 〜雨に唄えば〜」アダム・クーパー特別来日 日本公演 情報



 1950年代の名作映画「雨に唄えば」でもおなじみの傑作ミュージカルが今年の春に東京の東急シアターオーブ(渋谷ヒカリエ11階)に帰ってきます。
[上演期間:2017/4/3(月)〜4/30(日)]


(LION presents「SINGIN' IN THE RAIN〜雨に唄えば〜」2017年4月日本特別公演決定!)

https://www.youtube.com/watch?v=IGPX6EO3A2A

 公式HP情報はコチラ
 ・http://www.singinintherain.jp/(ミュージカル情報) 
 ・http://theatre-orb.com/lineup/17_rain/(劇場情報)

 1920年代、映画がサイレント(無声)からトーキー(有声)へと移り変わるときに映画業界に起きた騒動と、それを解決しようと試行錯誤する映画人たちの奔走、そして彼らの恋や友情を軽やかに描いた作品です。

 見せ場の一つは、恋に落ちた映画スター、ドンが降りしきる雨の中、水しぶきをまき散らしてエレガントかつダイナミックに歌い踊るシーン。


 (2011年イギリスの「ロイヤルバラエティーパフォーマンス」より>)

 https://www.youtube.com/watch?v=-f-CqwYsyQc

 国際的バレエ・ダンサー、アダム・クーパーが2014年来日時に引き続いて主役を務めるこの舞台。
 
 私は2014年版を観に行ったのですが、アダム・クーパー演じるドン、彼が恋に落ちる新人映画女優キャシー、ドンの親友コズモの三人で歌い踊る「Good Morning」の場面では、ダンスが終わって三人が倒れこんだ時、観客の拍手があまりにも長い間鳴りやまず、アダム・クーパーが寝転がったままクスクスと笑いだすという一コマもありました。


(LION presents「SINGIN' IN THE RAIN〜雨に唄えば〜」アダム・クーパー コメントmovie)


https://www.youtube.com/watch?v=c-vDuuvm05U

 

 なお、このアダム・クーパーという方は、イギリスの名作映画(本当に名作!!)「リトル・ダンサー(原題:Billy Elliot)」の心揺さぶるラストシーンにも登場。

リトル・ダンサー [DVD] -
リトル・ダンサー [DVD] -

 彼の姿が映るのはほんの数分なのですが、その鍛え上げられた肉体と仕草がストーリーの盛り上がりと完璧に調和し、「なんという美しい人類だ…」と、何度でも感動させられます。

 (なお、2017年夏には日本版「Billy Elliot」が上演されるそうなので、そちらにご興味がある方も、映画と舞台で彼の名演をご覧になってみてはいかがでしょうか。)

 「SINGIN' IN THE RAIN 〜雨に唄えば〜」関連のテレビ番組情報は以下の通りです。

 
 ◆3月4日(土)午後3時30分から TBSにて放送 
 「天海祐希が嫉妬した12トンの雨が降る!?ミュージカル「雨に唄えば」公開直前SP」

 ◆2月19日(日)午後2時30分から BS-TBSにて放送 大ヒットミュージカル!
「雨に唄えば」の魅力 舞台裏徹底レポート

 ◆TBS「アカデミーナイトG」放送予定 2月21日(火)深夜3時09分から

 読んでくださってありがとうございました。
posted by Palum. at 15:17| 舞台 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月31日

(※ネタバレあり)この世界の片隅に 映画で語られなかった場面(1)ノートの切れ端とリンドウのお茶碗

 アニメ映画「この世界の片隅に」が高い評価を受け(※)、各地で上演が拡大されているそうです。

 (同じくアニメ映画の「君の名は」が歴史的メガヒットを飛ばした中ですから、この地道な作りの戦争映画がここまで支持されているのは大変な偉業と言っていいのではないでしょうか。)

 (※)『キネマ旬報』2016年日本映画作品賞受賞
(参照:ハフィントンポスト記事 URL http://www.huffingtonpost.jp/2017/01/10/konosekai_n_14074146.html

 映画「この世界の片隅に」公式HP URL http://konosekai.jp/


 戦時中、広島から呉に嫁いだ、絵を描くほかは不器用だけれど、素直な人柄の女性、すずさん。彼女の夫になった周作さんや二人の家族、そして、すずさんの友人となった遊郭の女性リンさんたちの物語です。

 原作はこうの史代さんの同名漫画。

この世界の片隅に 上 (アクションコミックス) -
この世界の片隅に 上 (アクションコミックス) -

この世界の片隅に 中 (アクションコミックス) -
この世界の片隅に 中 (アクションコミックス) -

この世界の片隅に 下 (アクションコミックス) -
この世界の片隅に 下 (アクションコミックス) -

 戦争の被害のみを描くのではなく、当時の人々の暮らしが、こうのさん独特のぬくもりある絵柄で丁寧に描かれています。

 映画も、原作を丁寧に踏襲し、また、膨大な資料から、呉や広島の街並み、すずさんの故郷である江波の海辺の景色などが、さらに色彩豊かで広がりのある画面で再現されています。

 (観にいってきたのですが、映画の幕開け、柔らかい音楽とともに、この街並みと海の景色が姿を現したとき、もう、わけのわからない涙が目の奥にツンときました。ああ、きれいだな、と思い、たしかに人がここに暮らしていたんだなと思い、だけど、ここに爆弾は落ちたんだなと思ったのかもしれません。)

 ちなみに声優初挑戦というのんさん(能年玲奈さん)の声はおっとりとして可愛らしく、ちょっと天然なすずさんによく合っていました。(個人的には周作さんの声も、イメージまんまでびっくりしました。)

 原作ファンとしても、映画に感動しましたし、是非できるだけ多くの人に観ていただきたいと思います。
(色が付き、日々の暮らしにも爆撃にも音があり、等身大のように思わされる大画面だからこそ伝わる空気感がある。)

 ですが、一方で、色々な事情で映画では描かれなかった名場面が原作にあるので、今回から何回かに分けてその場面について書かせていただきます。

(注)かなりネタバレなので、先に原作をお読みの上、ご覧ください。この場面以外にも映画とは別の良さがあり、コマの隅々まで行き届いた傑作中の傑作です。

 漫画にあって、映画ではほとんど触れられていないもの、それは、遊郭の女性リンさんの存在です。



 すずさんは闇市に行った帰りに、遊郭が立ち並ぶ界隈に迷い込んでしまいます。

 お白粉の匂いのする女性たちの誰に聞いても道がわからず、途方に暮れてしゃがみこんで絵を描いていたすずさんを、店前の掃除に出てきた美しい女性、リンさんが助けてくれました。

すずさんとリンさん.png

 皆が道を知らないのは、よそからきた(売られた)後は、ここ(遊郭内)からめったに出ないから。リンさんにそう聞かされて、ようやく事情のわかったすずさんは、リンさんに頼まれ、彼女の好きな食べ物(アイスクリームや果物など)をお礼に描いてあげる約束をしました。

 ここまでが映画でも描かれている部分です。そして、ここからが原作にだけ存在するお話。

(※)以下ネタバレになります。

 客になりそうな男を追うために、絵を描いてもらう途中で、別れを告げたリンさん。

 すずさんは彼女にお礼をするため、後日、絵を仕上げてリンさんを訪ねていきます。

 スイカ、はっか糖、わらび餅、アイスクリーム。

 すずさんは描いた物に名前を書き添えていましたが、貧しさのため小学校を途中でやめたリンさんは、ほとんど字が読めませんでした。

 それじゃ、名札を書くのもヤネコイ(困る)でしょう、そう聞いたすずさんに、リンさんは、そりゃ大丈夫、と、胸元から首に下げた小さな袋を出して、中の紙切れを見せます。

 それは大学ノートの裏表紙の切れ端に書かれた、彼女の名前と住所。

リンさんの身許票.png

 「白木リン 二葉館従業員 呉市朝日町朝日遊郭内 A型』

 漢字一字一字に、丁寧にカタカナでフリガナをふってあるその紙をすずさんに見せ、「ええお客さんが書いてくれんさった、これ写しゃええん」と、リンさんは笑います。

 では、自分も自己紹介を、と、すずさんは、道に絵を描きます。
 「鳴くフクロウ(ホー)」「鍵(ジョー)」「鈴(スズ)」
 
 謎かけ絵をといたリンさんは、「ありがとうすずさん」と、貰った絵を嬉しそうに胸元の袋にしまいます。

 そんな彼女にふと打ち明け話をしたくなったすずさん。

 今日は、妊娠したかと思って病院にいった帰りだったのだけれど、ただ、栄養不足で月のものが止まっただけだった、と、つぶやきます。

 羨ましいわー、と、生理用品の不足をあっけらかんと嘆くリンさんに、たしかに……と口ごもったすずさんは、でも、周作さんも楽しみにしていたのに、と、やはりしょんぼりします。

 「……周作さん……?」

 夫です。

 それを聞いたあとの、リンさんのしばしの沈黙に、すずさんは気づきませんでした。

 やがて、口を開いたリンさん。

 産み、生まれれば、母にも子にも、人生ままならないことがある。そして子を産んで育てる以外にも、生きていく道はある。

 リンさんの、かすかに今までの人生を感じさせる言葉。

 「子供でも売られてもそれなりに生きとる。誰でも何かが足らんくらいで、この世界に居場所はそうそう無くなりゃせんよ。すずさん。」
 そう、リンさんは彼女を励まします。

リンさんの言葉.png

 この言葉は後々まですずさんの支えになりますが、深々と頭を下げて戻るすずさんを、笑って見送ったあと、リンさんはゆるくまとめた黒髪を風になびかせ、「いいお客さん」の描いた名札と、すずさんの絵の入った小さな袋を、そっと握りしめ、胸元に押し当てます。

 自分の心臓に言い聞かせるように。



 それから一月後、周作さんの伯母夫婦が、家の家財を空襲から守るために、すずさんたちの家を頼って尋ねてきます。

 伯母夫婦の家財をおさめるために、納屋を整理していたすずさんは、その片隅に、布にくるまれ無造作に転がされていたお茶碗を見つけます。

 リンドウの花が描かれたきれいなお茶碗。

 誰のものか、縁側で小休止していた、姑、義姉、伯母に聞いてもわからず、むしろ、すずさんのお嫁道具のひとつでは?と言われて、自分のぼんやりをはにかみ笑うすずさんを見て、周作さんの伯母は、すずさんは明るくてええ嫁じゃね、と、ほめたあと、こんな言葉を漏らします。

 「好き嫌いと、合う合わんは別じゃけえね、一時の気の迷いで、変な子に決めんでほんまに良かった」

 姑も、ふだん、すずさんにすかさず憎まれ口を言う義姉も、なぜか黙り込みます。

 しかし、すずさんはこの沈黙にも気づかず、照れながら、屋根に干した布団を裏返しに上がります。

 そこに周作さんがいました。

 自分の話をされていると気づいて、降りられなくなった。

 そう語る周作さんは、その茶碗がリンドウの柄であることを確かめると、それは嫁に来てくれる人にあげようと思って自分が買ったものだから、すずさんにやる、と、彼女の顔を見ずに言います。

 勿体ないみたいだからしまっておいていいですか?そう聞いたすずさんに、周作さんは、そうしてくれ、と、屋根の上に寝そべります。
 「どうも見るにたえん」



 それからしばらくしたある日、すずさんは義理の姪の晴美さんと一緒に、竹を切りに行きます。

 藪のすみにひっそりと咲いたリンドウを、きれいなねえ、と見とれながら、鉈で小枝を落とす、すずさん。

 リンさんの着物のすそにも、名前にちなんでか、リンドウの柄が咲いていたことを思い出します。

 そして、この間、周作さんからもらった、お茶碗にも。

 嫁に来てくれる人にやろうと思って、昔、買った。

 リンさんの懐に入っていた、「いいお客さん」がノートの切れ端に書いた彼女の名札。

 周作さんが忘れたノートを仕事場に届けに行った日、橋からの風景を見ながら、周作さんが言っていたこと。

 「過ぎたこと、選ばんかった道」

 身を起こし、カバンからノートを取り出す、若い男の背中。

 彼のぬくもりが残る床の中で肘をつき、そのしぐさを淡く微笑んで見つめるリンさん。

 ノートの裏表紙に、何かを書こうとして止まった手が、きつく鉛筆をにぎりしめ、毛入りの紙に、字より先に、ぽつりと落ちた、涙。

 「みな、醒めた夢と変わりやせんな」

 橋のたもとに足をかけ、そう言っていたときの周作さんの、少し遠い目。

 晴美さんが手をのばすと、ふっと空へ飛び去って行くとんぼ。

 『白木リン 二葉館従業員 呉市朝日町朝日遊郭内 A型』
 
 リンさんの手元にのこされた、ノートの裏表紙のきれはし。

 すずさんの、竹を切る手が止まります。

 ばらばらの記憶が一つになり、現れた、事実の姿。

 家に戻り、そっと、周作さんの机の引き出しをあけると、中にあったのは、すずさんが周作さんにとどけたあのノート。

 裏表紙の片隅の、切り取られた。

周作さんのノート.png

 すずさんは、ノートを手に、ぼうぜんと立ちすくみました。



 「…………そりゃあ、もともと知らん人じゃし、四つも上じゃし、色々あってもおかしゅうない。ほいでもなんで、知らんでええことかどうかは、知ってしまうまで判らんのかね」

 自分は周作さんを好きで、周作さんはすずさんを大切にしてしてくれ、過去はもう取り返しがつかない。

 わかっていても、苦い。リンさんの美しさや人柄を知っているから、なおさら。



 ……これが、映画では語られることのなかった場面の一つです。

 この場面では「絵」と「コマ割り」という、漫画の表現形式の特色を活かし、縦横に12等分に配置された正方形の中で、「すずさんが見た周作さんとリンさんの回想」、「すずさんは見ていないけれど想像しうる過去の出来事」に挟まれる形で、「現在労働をするすずさん」の姿が展開していきます。

この世界の片隅に りんどうのお茶碗.png

 そして、すずさんが、ノートの裏表紙に身許票が書かれたときを想像し、ノートの切れ端に書かれたリンさんの身許票と、周作さんのノートの欠けが指し示す事実に気づいた瞬間。

この世界の片隅に 身許表.png

 横に三分割されたコマに描かれた「涙の落ちたノートの裏表紙(想像しうる過去)」、「飛び去るとんぼ(現在〈そして掴めなかった過去の隠喩〉)」、「リンさんの身許票(回想)」が、横長ひとつのコマの中の、手を止め、眼を見開いたすずさんの姿に収束します。

 日本の漫画は、コマ割りの仕方によって、原則右から左、上から下に展開し、どちらに読み進めるべきかは、コマ割りの大小や配置によって作者によって誘導されますが、このシーンでは、コマを均等に割ることで、意図的にその誘導があいまいなものにされており、さらに、どう読み進めるかがはっきりしないために、読者の視点がコマだけでなく、ページ全体に広がっていく構成になっています。

 一場面を例にとると、

 (右から左に読み進めた場合)

りんどうの茶碗 横.png

 「リンドウのお茶碗」→「竹を切るすずさん」→「身許票を懐から出すリンさん」、



 (上から下に読み進めた場合)

りんどうのお茶碗 縦4コマ.png
 「リンドウのお茶碗」
   ↓
 「茶碗を未来の妻のために真面目な顔で手にする周作さん」
   ↓
 「すずさんが持ってきたノートを笑顔でカバンにしまう周作さん(橋のたもとで周作さんがつぶやいた「過ぎたこと」というセリフが重なる)」
   ↓
 「屋根の上に寝そべっていた真顔で空を見ていた周作さん」

(ページ全体の印象)
 「(右端縦4コマ)周作さん」「(中央縦4コマ)すずさん」「(左端4コマ)リンさん」
 (つながりあった三人の関係性)

 ……という印象を与える画面構成になっています。

 しかも、この均等なコマ割り、上記のような効果を含みつつ、同時に、どう読み進めるべきかがあいまいであるために、「働きながら、リンドウをきっかけに、とりとめなく回想や想像をしている」というすずさんの思考の流れのあいまいさや、「もはや未来へ積み重なることはできずに、リンさんと周作さんの過去は、ただ、過去として、つかみどころなくたゆたっている」といった空気感も醸しています。

 そしてそれゆえに、際立つ、すずさんが二人の過去に気づいた時の表情(上3コマを明確に受け止めて広がる横長のコマ)への動き。

二人の過去に気づいたすずさん.png

 あいまいにさまよっていた読者の視点がこのコマに着地するという流れと、回想や想像が過去を浮かび上がらせるというすずさんの思考の流れが一致して、読者にすずさんの動揺を追体験させる構成になっています。

 この作品には、数々の名場面がありますが、漫画という表現形式を極限まで活かしたという点では、この見開きの二ページが圧巻だと思います。

 そして内容それ自体も印象的です。

 リンさんは「ええお客さんが書いてくれんさった」と、さらりと見せている身許票。

 周作さんがそれを書いているとき、どんな思いだったか。

 『二葉館従業員 呉市朝日町朝日遊郭内』

 そう記したとき、周作さんは、リンさんを妻にして、ともに暮らすことができないという失恋の痛みと、貧しさゆえに売られ、娼婦となった彼女を、愛する人を、遊郭から連れ出すことができないという、二重の無念を抱えていたことでしょう。

 彼を責めることなく、ただ微笑んで、身許票を書く周作さんを見つめているリンさん。

 しかし、ただ、きっと周作さんの若い熱情が周囲の人間から許されることはないだろうと、諦めていただけではなく、彼女もまた、そういう周作さんを愛していたことは、すずさんを見送った後、身許票をじっとにぎりしめるしぐさにあらわれています。

リンさん.png

 映画ではほとんど描かれることのなかった要素(※)ですが、この漫画を傑作とした重要な場面のひとつなので、是非原作も改めてご鑑賞いただきたいと思います。

(※)映画でも周作さんのノートの裏表紙が欠けていることと、リンさんの幼い頃から娼婦としての生活が描かれています(後者はエンドロールの一部として展開)。

 おそらくは「娼婦であるために、周囲に反対されて周作さんの妻になれなかった」という要素が、青少年向けでなかったために削らざるをえなかったのでしょうが、映画としてのわかりやすさを犠牲にしても、これらを盛り込んだことに、原作と原作ファンに対する誠意を感じました。リンさんの登場シーンが少ないのは残念ですが、こういう誠実さが作品作りの根底にあるからこそ、映画もまた、これほど多くの人の心をゆさぶったのだと思います。

 次回も、この漫画の重要な場面について、ご紹介させていただく予定ですので、よろしければまたご覧ください。

 読んでくださってありがとうございました。


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2016年12月03日

没後100年、NHK漱石関連番組一覧

取り急ぎご連絡まで

夏目漱石の命日と没後100年にちなんで、NHKEテレと BSプレミアムで漱石関連の番組がいくつか放送されるので、見つけた範囲でネット情報をご紹介させていただきます。
(Eテレ)
・2016年12月3日 午後11時00分〜 午前0時30分(10日0時〜再放送
 ETV特集「漱石が見つめた近代〜没後100年 姜尚中がゆく〜」
http://www4.nhk.or.jp/etv21c/x/2016-12-03/31/1576/2259555/

 漱石を深く敬愛する政治学者姜尚中さんが、新発見の資料をもとに、ロンドンから韓国までの都市をめぐり、漱石の見据えた近代の姿を読み解いていく作品です。

(ご本人の、あの象徴性を感じさせる静かな語りと言葉選び、深奥を探すようなまっすぐな視線は、漱石作品の登場人物によく似ていらっしゃると思います。)

 姜さんが漱石を思い入れ深く分析した著書がいくつか存在し、いずれも読みごたえがありましたので、併せてお手にとってみてはいかがでしょうか。

漱石のことば (集英社新書) -
漱石のことば (集英社新書) -

悩む力 (集英社新書 444C) -
悩む力 (集英社新書 444C) -

(BSプレミアム)
・2016年12月6日 午前9時00分〜 午前10時26分
「プレミアムカフェ ロンドン 1900年 漱石“霧の街”見聞録」
http://www4.nhk.or.jp/pcafe/x/2016-12-06/10/3248/2315706/
 漱石が留学したころのロンドンを紹介する番組です。

・同12月7日 午前9時00分〜 午前11時01分
「プレミアムカフェ シリーズ恋物語 “虞美人草”殺人事件 漱石 百年の恋物語」
 http://www4.nhk.or.jp/pcafe/x/2016-12-07/10/3675/2315709/
三角関係を描き、当時熱狂的反響を巻き起こした小説『虞美人草』について、「ヒロインの死を巡る三角関係の謎を徹底議論する」番組だそうです。

・同12月8日 午前9時00分〜 午前11時10分
「食は文学にあり 漱石と鴎外▽猫を愛した芸術家の物語 夏目漱石」
 http://www4.nhk.or.jp/pcafe/x/2016-12-08/10/4411/2315714/
 胃弱なのに食い意地の非常に張っていた漱石と、彼と並び称される明治の文豪森鴎外の食をテーマとした「食は文学にあり 漱石と鴎外・文豪の食卓」と、「吾輩は猫である」に代表される、漱石と猫の関わりをテーマとした「おまえなしでは生きていけない〜猫を愛した芸術家の物語〜夏目漱石 吾輩は福猫である」の二作品を一挙放送。

 ※ちなみに、漱石は猫をテーマに大いに名声を博しましたが、本人はどちらかというと犬派らしいということがわかる資料が残されているので、近々ご紹介させていただきます。

・同12月10日 後7:30〜9:00
スーパープレミアム「漱石悶々(もんもん)」
 http://www6.nhk.or.jp/nhkpr/post/original.html?i=07831
 ※祇園の茶屋の女将、磯田多佳と漱石の書簡を基にしたドラマです。豊川悦司、宮沢りえ主演。

 以上になります。次の記事では、「虞美人草殺人事件」にちなんで、小説『虞美人草』の私的おススメポイントをご紹介させていただきますので、よろしければまたお立ち寄りください。

 読んでくださってありがとうございました。

posted by Palum. at 09:44| 夏目漱石 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月02日

おすすめ漫画『ごはんのおとも』(たな 作)ご紹介その2


前回、食べ物とそれを食べる人々の日常を描いた漫画『ごはんのおとも』についてご紹介させていただきました。

ごはんのおとも -
ごはんのおとも -

ごはんのおとも 2 -
ごはんのおとも 2 -
前回は一話ずつ単独で読んだときの見どころについて触れましたが、今回はこの本の最大の特色「一冊読みとおしたときに良さが増す仕掛け」についてご紹介させていただきます。
※ややネタバレなのであらかじめご了承ください。

前回記事「おススメ漫画『ごはんのおとも』(たな 作)ご紹介1はコチラ



 各巻第一話が試し読みができるページはコチラです。
http://j-nbooks.jp/comic/original.php?oKey=20&iKey=123(第一巻)
http://j-nbooks.jp/comic/original.php?oKey=20&iKey=585(第二巻)
 
仕掛け1 繰り返し現れる登場人物たちと情景

 この作品、一話ごとに短編として起承転結があるのですが、そこに出てきた人たちが、別の話で主人公になったり、逆に通りすがりだったりと、何度も姿を現します。

 そして、ときに、同じ出来事が別の人物の視点から、改めて描かれたりします。

(例)一巻第一話「きみとの出会いは」内、主人公タブチ君がコンビニで女の子と言葉を交わす場面

ごはんのおとも1.png

 ここで、タブチ君と話した女の子マイちゃんは、二話目「騒がしいことのは」の主人公として登場します。
 そして、二人が出くわす場面が、今度はマイちゃんの視点から描かれます。
(例)上のお菓子のカットが、同じ瞬間であることをさりげなく示しています。

ごはんのおとも2.png

 心理学では「単純接触効果」と呼ばれる、繰り返し接すると次第にその人に好感を持つようになる現象があるそうですが、この仕掛けによって、読者は、「あ、タブチ君。あ、マイちゃんあのときの女の子だったんか(確かにグリーンのカーディガン着てるわ)」と二人を二度見かけた気になり、彼らに対し、一話完結のキャラとは異なる印象がついていきます。

 さらに、この、繰り返しの登場は、リレーのように他のキャラクターにも広がっていきます。

(例)二話目、「騒がしいことのは」でマイちゃんのバイト先に顔を出しているお得意さんの青年。この後「一膳分のあまやかし」の主人公として登場、二話ではナイショだった事実も出てきます(笑)。

 ごはんのおとも4.png

 この、「別の話の脇役が、後で主人公になる」という仕掛けが一番活きていたのが、一話目でタブチ君の上司として登場したトウドウさんのが主役の回「ずうっと」。

 第一話にトウドウさんがタブチ君にお土産買ってきてくれる場面などがあり、面倒見のいい優しい人だというイメージがもうついていたから、本人が主役の回が染みました。

 トウドウさん
ごはんのおとも8.png

 逆に、前の回で主人公だった人が、別の話でエキストラ的に出てくるシーンもあるのですが、こういうところでは、その人の人間関係や状況が、進展しているのが垣間見えてこれまた面白い。

 こういうとおりすがり的な使い方は、特に漫画の長所を活かしていると思いました。

「すぐ見直せる(映像だと『録って巻き戻して』という作業が必要)」
「気づいても気づかなくても本編の理解には支障がないくらいさりげなく存在を見せられる(文章だと、たとえば通りすがりのあの人は実はマイちゃんだ、とわからせるために、本編の展開に関係無い描写をある程度書き込まなければいけない)」
というのは漫画ならではだと思います。

 各巻最終話でそれまでの登場人物たちが集合し、皆さんそれぞれの物語を経て、自分や周りの人との関係がどう変化したかがほのめかされています。これもなんとなく、いままでそっと見守っていた先を見るような心地がしてほほえましい。

 仕掛け2 ページの隅から隅まで行き届いた描写

 登場人物や場面だけではなく、ページの使い方にも、「短編集でありながら、連続性がある」と感じさせる工夫がなされています。

 小学生すずちゃんがとても美味しそうに給食をほおばっているという可愛らしい幕開けが目次の見開きページへとつながってゆき(その見開きページは目次と同時に、物語の一部でもある)、さらに、この幕開けのお話が、短編と短編の間に挟まる見返しのページで、さりげなく続いてゆきます。
目次
ごはんのおとも5.png

見返しのページ
ごはんのおとも6.png

 そして、みんなが集合している最終話「ごはんのあいず」の回で、再び見開きページ、キャラクターたちに重なるように、著者たなさんをはじめとする、出版社や製作者の情報が映画のエンドロールのように出て、おしまい……。

 ……最近の映画ってエンドロールの最後の最後に素敵なオマケがついていますよね……。

 と、いうわけで、最後の一ページまで、きっちりめくってください!すごく良かったし、そこが二巻で屈指の名作への幕開けへと続いていきます。

 正直、一巻が一冊の本としてあまりにもきれいにまとまっていたので、これで完結なのではと思っていたのですが、二巻も勝るとも劣らない魅力があります。というか二巻を読んで、ますますこの仕掛けにハマり、さらにこの人たちのことが好きになってしまいました。

 丁寧に創り上げられた素晴らしい名作、本当におススメなのでご覧になってみてください。

 読んでくださってありがとうございました。


 参照:日経トレンディネット「ヒットの芽」「“たまごの黄身のしょうゆづけ×独身男子”などレシピを描いた漫画が売れている」(2015年04月27日)
http://trendy.nikkeibp.co.jp/article/column/20150424/1064009/?rt=nocnt
※実業之日本社の編集さんが、この本が出来上がるまでの経緯や、工夫について丁寧に説明してくださっています。
posted by Palum. at 23:34| おすすめ漫画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年12月01日

おすすめ漫画「ごはんのおとも」(たな 作)ご紹介1

最近「孤独のグルメ」をはじめとして、食にまつわる面白いマンガが、数多く発表されています。

そのひとつが、「ごはんのおとも」。

ごはんのおとも -
ごはんのおとも -

少し懐かしい風情を漂わせる町に住む人々と、彼らが集うお店を、食べ物と共に描いた作品です。

 最近この作品の第二巻が発売され、相変わらずの見事な面白さだったので、ご購入を考えている方のために、一巻について少し書かせていただきます。

ごはんのおとも 2 -
ごはんのおとも 2 -
 各巻第一話が試し読みができるページはコチラです。
http://j-nbooks.jp/comic/original.php?oKey=20&iKey=123(第一巻)
http://j-nbooks.jp/comic/original.php?oKey=20&iKey=585(第二巻)
 
 第一巻の一話目は、ぽっちゃり青年タブチ君のマイペースな日常が、コンビニでの「ある出会い」によって変化する、というお話です。

 このお話でタブチ君の職場の人々や、行きつけのカフェ、飲み屋の店主と常連たちが登場していますが、実はこの人たち全員、後で何度も作品内に姿を現します。(とおりすがりだったり、別の作品の主人公だったり。)

 一話ごとにしゃれて温かみのある起承転結がついていて、素朴なごはんのおともメニューとそれを食べながら日常のこもごもを生きる人々の姿にほのぼのしたり、しんみりしたりできます。オールカラーでノスタルジックな色使いと、すみずみまで工夫を凝らしたページも美しい。

ちなみに、登場する料理とレシピそのものはとてもシンプルなのですが、アレンジが載っているところが便利です。
(この後、セロリとじゃこの炒め物&ツナとひじきの煮物が我が家の定番になりました。あとなめたけのアレンジレシピでパスタにのせるというのがあり、美味しかったです。)

 本当に全話外れ無しなのですが、個人的に一冊目の好きなお話を少しだけ並べさせていただきます。

・「たったひとこと」
 昆布が大好きという渋い味覚の幼稚園児アキちゃんのお話。

 その味覚がきっかけで、誤解とはいえ女心を傷つけられ、行きつけ(お母さん同行)の「カフェ・ノンブル」の店主ノブさん(オネエ男子)に、そのことを打ち明けに行きます。 

・「魔法みたいに」
 路地裏の小さな料理屋「ひとくちや」が舞台。

 お客さんたちがその日食べたいものを、魔法のようにさりげなく出してくれる不思議な店主クマさんの少年時代のお話。


・「ずうっと」
 「ひとくちや」の常連のひとり、トウドウさん(第一話タブチ君の上司)のお話。
 タッパーの片隅に残る、冷凍したきんぴらごぼうを、ただじっと見つめている理由とは……。
 
 登場する人みんな魅力的なのですが、もの柔らかなオネエ男子のカフェ店主ノブさんと、アキちゃんの関係がイチオシ。
(「アキ」「ノブ」と名前で呼び合い、アキちゃんが相談事をしたり、それを受けたノブさんがアキちゃんを子供扱いせずに丁寧に接しているところがイイ。)

 アキちゃんとノブさん。

ごはんのおとも7.png


(ちなみにカフェの名前は「カフェ・ノンブル(※)」、「ひとくちや」と並んで町の人々の憩いの場)
 (※)「nombre」フランス語で「ページ番号(をうつ)」という意味と、ノブさんの名前をかけている模様。

 このように、各話独立した短編集として読んでも十分楽しめる作品です。

 しかし、この作品は丸一冊読みとおしたときに魅力が増す仕掛けが隠されています。

 次回記事では、この作品の「一冊読み通し、読み返したときに気づく愉しみ」について、ご紹介させていただきます。

 読んでくださってありがとうございました。

posted by Palum. at 22:55| おすすめ漫画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月30日

再放送のお知らせ「スリーパーズ 眠れる名画を探せ」

本日は取り急ぎお勧め番組再放送のお知らせです。

2016年12月2日(金)午前9時〜10時55分より、BSプレミアムで、NHKプレミアムカフェ選「スリーパーズ 眠れる名画を探せ」という番組が再放送されます。(3日午前2時45分より再度放送あり)
番組情報は以下の通りです。
http://www4.nhk.or.jp/pcafe/x/2016-12-02/10/317/2315531/(番組HP)
http://www.nhk.or.jp/docudocu/program/3599/2315531/(放送情報)

 高い価値がありながら、さまざまな理由でそのことが忘れ去られ、うずもれていった「スリーパー」と呼ばれる名画を探し出し、その真価を明らかにする画商たち。

 その中でも優れた目利きで、「美術界のシャーロック・ホームズ」と呼ばれるフィリップ・モウルド(Philip Mould)氏の活動と、スリーパーとなった絵画の数奇な運命を紹介した番組です。(日本では2004年に初回放送)

 フィリップ・モウルド氏はイギリスの美術番組では非常に有名な人物で(日本の中島誠之助さんポジション)、「なんでも鑑定団」のモデルになったと思われるイギリスの長寿番組「Antique Road Show」の鑑定師の一人として登場したり、絵画の真贋鑑定をめぐるスリリングなドキュメンタリー(本当に面白い!!)「Fake or Fortune?」のメインプレゼンターの一人としても活躍しています。

「Fake or Fortune?」トレーラーのモウルド氏


https://www.youtube.com/watch?v=oT7d9Mnsn-U


 安値で売りに出された絵が、実は歴史的価値のある名画で、価値が大きく膨れ上がるという展開も、数々のくすんだ絵から、豊富な知識と第六感で、それを見つけ出すという画商たちの鑑定眼にも惹きつけられますが、そうしたドラマに絡む、美術界と絵画の歴史の裏事情も非常に面白いです。

 彼が書いた「スリーパー 眠れる名画を競り落とせ」にも、こうした逸話が紹介されていました。

眠れる名画―スリーパーを競り落とせ! -
眠れる名画―スリーパーを競り落とせ! -

 とりあえず本の中のモウルドさんのお話しで個人的に「そうなの!?」と思ったのはこんなエピソード。
(いくつかはテレビの中でも紹介されると思います。)

 1、オークション前に展示される絵のうち、時代を経てほこりなどで汚れてしまった作品のオリジナルの色をみるために、指につばをつけて目立たない場所をこすることが黙認されている。

→ものによっては数百年の月日の間に醤油で煮しめたんかというほど汚れる作品もある。つばでこすると、濡れている間だけ、レンズの役割を果たし、もとの色彩が垣間見えるそうです。
このため、もしやこの絵は名画なのでは?と思わせる作品ほど、複数のオークション参加者がこっそり文字通り「つばをつけて」確認する事があるそうです。

2、名門オークション会社(サザビーズ、クリスティーズなど)といえども、数多く寄せられる作品が、本当に名のある作者のものかを、オークション開始前に見極められるとは限らない。

→ゆえに価値があいまいな作品の説明には「〜とされる(Attributed to)」とか「〜派の(School of)」「〜工房の(〜 Studio)」などというぼやかした表現が使われ、ときには、作者の名前の一部をイニシャルにすることで、それが確実ではないことを示すそうです。(オークション会社の説明書きで「ジョン・コンスタブル作」と書いてあれば確実性が高く、「J・コンスタブル作」だとそれより確率が下がるんだとか。わからんがな)

3、昔の人はけっこう平気で絵をいじりたおす。

 →これぞ「スリーパー」が生まれる原因の一つ。我々の感覚では完成した絵画はもはや第三者が手を加えてはならない存在ですが、飾るにあたってサイズが大きすぎるとか、もっと好みの絵にしたいとかいう理由で、わりと気軽に絵を切ったり継ぎ足したり、上から違う背景や衣装を描いたりしたそうです。(ヒイイ……)

4、オークション会社は、オークションで作品が落札された後、その会社の見立てと実際の絵の出自が大きく異なることが判明した場合、作品の出品者の申し立てを受け、ある程度の補償金を支払うことがある。

 →オークション会社が「名もなき絵画」と鑑定し、そうした評価で安値で売りさばいた絵が、モウルド氏のような人物によって、改めて分析され、スリーパーとして莫大な利益をもたらしたとき、このようなやりとりがありうるんだとか。
(でも短時間に大量の絵画を鑑定する中で、お醤油煮みたいな絵画を精査するのは物理的に難しいから、このリスクは避けられないとのことです。)

 5、絵の汚れや後世の書き足しを「洗浄」してオリジナルの姿を取り戻す際に用いる薬品の中には、兵器レベルの毒性を持つものがある。

 →修復士がその薬品を使ったがために、(防毒マスクをしていたのに)後日アレルギー性の皮膚の腫れに何日も悩まされたということがあったそうです。

 このように「スリーパー」の真の姿を見出すまでには、多くの手間と時間を費やし、しかも結果たいしたものが出てこなかった場合、書き足しがあった元の絵以下の価値に成り下がるのですから、いろいろな意味で危険があるといえます。
(そんなことをする手間は省けないからオークション会社は絵の価値を追求しきれないのでしょう。)

 モウルドさんたちは己の見立てを信じて絵を競り落として持ち帰り、数々の調査や洗浄作業で時間とお金を費やすというリスクを冒して、賭けに出るわけです。

 歴史の流れと大金に翻弄されながら、真の姿を現す名画と、それを追う人々の姿を知ることができる番組です。是非ご覧になってみてください。

 読んでくださってありがとうございました。

posted by Palum. at 21:36| 日本の海外テレビ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年11月05日

(ネタバレ)イギリスの怪物番組Dad’s Army、「Ring Dem Bells」あらすじご紹介(メンバーがナチスの軍服を着て大暴走……の回)

Dad's Army - The Complete Sixth Series [1973] [DVD] [2006] by Arthur Lowe -
Dad's Army - The Complete Sixth Series [1973] [DVD] [2006] by Arthur Lowe -

本日は第二次大戦下の地元防衛チーム(若い男性は徴兵されているためシルバー世代率高し)を描いたイギリスの大人気コメディ「Dad’s Army」より、「Ring Dem Bells」(※)のあらすじをご紹介させていただきます。(1975年製作、第八シリーズ、第67エピソード)

(※)「Ring Dem Bells」……「鐘を鳴らせ」の意味。「Dem」は「Them」の口語。1930年にヒットしたデューク・エリントンの同名曲が由来。


最近欅坂47がナチスを想起させる衣装を着たとして問題になりました(※)が、こちらは想起ではなくそのままナチスの軍服を着たメンバーたちが大騒動を起こすという結構な過激回です。
(そもそも第二次大戦下をコメディにする時点で過激ですが。)

(※)参照:ハフィントンポスト11月1日記事「欅坂46の衣装が「ナチスそっくり」 Twitter炎上、英紙も報道」


 ちなみにこのドラマシリーズのオープニングソングはこんな感じ。
(ナチスの進攻におびえる戦況を軽やかに歌うという絶句ノリ)



 エンドクレジットはこんな感じ(ほほえましい)。




 以下あらすじです。結末までネタバレ+あくまで私の語学力を通過した、意訳どころか「間違ってるかもだけど多分こんなニュアンス訳」で構成されているのであらかじめご了承ください……。


 拠点としている教会に集合している、ホームガードの面々。

 数少ない若手メンバーであるパイク青年はウキウキしている。
「映画に出られるなんて」
 髭でも生やそうかしらと浮かれるパイクに対し、フレイザー氏(スコットランド出身、葬儀社経営)は冷ややか。
「くだらない。映画ったってただの訓練用フィルムだよ」

 しかし、実は執務室にいるマインワリング隊長(村の銀行支店長)もイソイソと、自分の「キメ角度」をご検討中。
(帽子をとったほうがいいかな、と、とって、頭部の艶やかな光沢を見て静かに戻してみたりしている。)

 しかし、そんな男心も知らず、部屋に入ってきたウィルソン軍曹(同銀行副支店長)は、マインワリング隊長に「どっち向きの角度がいいと思う?」と聞かれ、「別に左右でどっちが良いとかない……どちらも悪くなりようはないです」とやんわりと否定する。

 そうこうしているうちに、大佐と制作スタッフが到着。
 (それを告げに来たパイクはさっそく髭を書いていたが、マインワリング隊長に汚れてるから拭けと言われてむくれる。)

 スタッフの一人である女性が衣装係と知らされ、「この(ホーム・ガードの)制服がありますが……?」と大佐に尋ねるマインワリング隊長。
「ああ、いや、君たちはホーム・ガードではなく、ナチス軍の役なんだ」

 なんですと!?不快感をあらわにするマインワリング隊長。

いやまあ、遠くから撮るだけで、皆さん映ってもせいぜいこのくらいですから。と、スタッフに卵大の大きさを示され、しぶしぶ承諾するも、ここで新たな問題が。

 「あぁらまあ……」
マインワリング隊長のサイズを測りながら繰り返しつぶやく衣装係のおねえさん(失礼)。

 隊長が着られるナチス将校の制服が無いとのことで、サイズの合うウィルソン軍曹とパイクが急きょ将校役に抜擢されることに。
 隊の中でカッコイイ方担当であるウィルソン軍曹(悪意なき毒舌が散見されるものの、外見はロマンスグレー)に対し、
「きっと素敵な将校になるわ」
と、笑顔でなんか問題発言をする衣装係のおねえさん。

 度重なる屈辱に耐えかねたマインワリング隊長、一般兵を演じることだけは拒否し、隊の引率に終始することに。

 拒否権の無かったほかの人々は、この世の終わりのような顔をして、ナチス一兵卒の制服に身を包み、黒いヘルメットを被ることに。

 我ながらバカみたいだ、一人だけ逃げてマイワリング隊長ズルいセコい!と、愚痴るフレイザー氏に対し、バカみたいなんてことはありませんよ、そのヘルメットを被っていらっしゃると鷹のようです、と無茶な慰め方をするゴッドフリー氏(チーム最年長、温厚)、こんな鉄鍋を被ったみたいな敵兵姿を、亡くなった将軍が見たら墓の中でびっくりしてひっくり返るだろうと嘆くジョーンズ氏(軍隊経験者、肉屋経営)。

 一方、将校の衣装をまとったウィルソン軍曹とパイク。

 グレーのかっちりと仕立てられた服は、翼を広げた鷲の紋章やモールで彩られ、幅広のパンツの裾を細身のブーツで絞ったデザイン。制帽は黒い硬質なつばよりも天井部がせりだした独特のフォルム。

 「実に洗練された制服だな(These uniforms are awfully smart aren’t they?)」
ウットリ鏡を見つめるウィルソン軍曹の大爆弾発言。

 パイクの暴走ぶりはそれ以上で、頼まれてもいないのに、「っぽく見える」鎖付き片眼鏡を、ちょいちょい落としながら無理やりかけた姿で現れたかと思うと、ドイツ語アクセントらしき英語で高圧的に喋り、マインワリング隊長の椅子にふんぞりかえって机に両足を乗っける始末。

 将校役楽しい♪(おい)と、足をまっすぐに上げる軍隊式行進の歩き方(「ガチョウ足行進(Goose‐step)」)の練習までしているところをマインワリング隊長に見つかり、当然叱られるも、衣装の魔力はすさまじく、指揮官マインドのまま反省しない二人。

 この姿を見られて、一般の人たちに誤解されては大変だから、と、暑い日にも関わらず、運転役のマインワリング隊長を除き、全員バン(ジョーンズ肉店の車)に詰め込まれて、撮影場所の郊外まで移動することに。

 しかし、到着するや否や、役者たちのスケジュール変更で撮影延期となり、抗議もむなしくすぐにバンに戻ることになった面々。

(帰りの道すがらも、バンの天窓から身を乗り出しパレードよろしく「ハイル・ヒットラー」ポーズをやりつづけて隊長に叱られるパイク。)

 司令部に連絡をするために電話ボックスの前で停車したマインワリング隊長。

 皆に姿を見せないようにと厳命したものの、暑さで具合が悪くなってきた面々は、こっそり後部ドアを全開にしてしまう。

 その目に飛び込んできたパブ。(ビール等を提供するイギリス独特の飲み屋)

「一杯やりたいな……」
 パイクをたしなめるウィルソン軍曹。
「マインワリング隊長から外に出るなと言われたろう」
「……隊長なんて一介のホームガードの責任者でしょ。僕らはドイツ軍将校だ」(違う)
「……そうだな……」(違う2)

 かくしてこっそりゾロゾロパブにもぐりこむナチス軍姿の面々(計16名)。
 
 「いけません、軍曹」 
ただひとり命令に忠実なジョーンズ氏が、ウィルソン軍曹を止めようとした。
「何にする?」
「ビールで」(←「命令に忠実な」……)

 「いらっしゃい、なにになさいますか?」
 店の奥から出てきた愛想の良いご主人、一同の姿を見て目をむいて凍り付く(そりゃそうだ)。

 よせばいいのに、例によって調子に乗ってるパイクが「オヤジ、飲み物を持ってこい!」的な横柄な口調のドイツアクセントで話すのが追い打ちとなり、わが村に敵軍が!!と思い込んだご主人は、店の奥にいた従業員に大至急警察に連絡するようにと耳打ちする。

 一方マインワリング隊長が電話を終えて戻ってくると、バンはもぬけの殻。
「やると思った……」

 パブに駆け込むと、全員がなごやかに一杯やってる最中。

 騒ぎを大きくしたくないと思うあまり、「誤解なんです」程度の大雑把な説明で早々に退散しようとしたのが仇となり、ご主人は「ホームガード一同=本物のナチス軍、マインワリング隊長=売国奴(Quisling※)」と思い込み、バンが怒れる村人たちに取り囲まれる結果に。

 (※)元はノルウェーの政治家の姓、ナチスに協力的だったことから、「裏切者」「売国奴」の意味を持つようになった。

  駆け付けた警官に詰問され、マインワリング隊長が「彼らは本物のナチス軍ではなく……」と説明している最中も、バンの天窓から顔を出して将校演技を続けてぶち壊すパイク(ド空気読めない子)。

 というわけで、「この裏切り者!!」とおばあちゃんに杖で殴られた(強い)マインワリング隊長、慌ててバンに乗り込み、村を逃げ出す。

 怒れる村人たちは、危機を知らせるべく、隣村(マインワリング隊長たちの村)に、ナチス軍の侵攻を知らせる電話をする。

 マインワリング隊長の留守中、教会にいた空襲監視員ホッジズ氏、司祭、聖堂番イェットマン氏の3人(ホームガードと建物を共用しているが、普段からあまり隊長と仲が良くない)が、パブのご主人より「イギリス人の隊長に先導されナチス軍がそちらに向かっている」との知らせを受ける。

 酔ってんの?的な感じで、本気にしていなかった3人だが、マインワリング隊長が整列するナチス兵(まずいことに全員背中を向けている)に指示をしているのを見て、奴が売国奴か!!と震撼する。

 急いで鐘楼のカギをかけ、緊急事態を告げる鐘を鳴らす3人。
 (3人の様子がわかるBBCの画像はコチラ。) 

「ナチス軍襲来だ!慌てるな、慌てるな!!(Don’t panic!)」
 鐘の音にナチス軍姿でパニックを起こすジョーンズ氏をよそに、誰かが我々を見て勘違いしたんだ、と、慌てて鐘楼に向かう一同。

 違うんだ、鐘を止めてくれ!!とドアを叩くも、力の限り鐘の紐を引いている3人には聞こえず、ドアの鍵を銃で撃ち壊して入ることにしたマインワリング隊長。

 中の3人に弾が当たらないように警告の紙を差し入れようとするジョーンズ氏。
「避難しなさい……銃で鍵を壊します……敬具……ジョ…」
「早く入れろ!!」
 ドアに立ちはだかるフレイザー氏
「弁償させられるのでは!?」
「どけ!!」

 マインワリング隊長が鍵を撃った次の瞬間、別の入り口から入ったウィルソン軍曹に招き入れられた一同。
頭上には、ホッジス氏ら三人が、避難のために鐘の紐におさるのように並んでぶら下がっていた。

 隊長が三人の大ブーイングを浴びる中、状況説明の電話を司令部にかけていたパイクが戻ってきて、
「海岸周辺の町全部に一時的に非常事態宣言が発令されてしまって、准将が『どこの底抜けバカの仕業だ』とカンカンでしたアハハ」
 と軽いノリで言った後、
「隊長に話があるから月曜日朝に来るようにとのことです」
 と付け加えると、マインワリング隊長、パイクをまじまじと見つめたながら、苦々しげに一言。
「馬鹿者が……(You, stupid boy.)」

 聞こえているのかいないのか、いそいそ片眼鏡をかけなおしているパイク(まだやってる)。 

(完)

「Stupid boy(馬鹿な少年)」は、マインワリング隊長がパイクに憤慨したとき(頻度高)つぶやく、言うなれば決め台詞です。

 地方の小さな村で、あまり周辺の情報が流れてこなかったせいか、ナチスの制服を、デザインだけ見て「洗練されている」とこともあろうに称賛しながら着た挙句、気分が高揚してマインワリング隊長の言うことをちっとも聞かなくなるという展開。

(別の話でも、パイクがナチス軍の制服デザインを褒めて隊長に叱られているエピソードがありました。物資不足で服も限られていた分、デザイン性の高いものに飢えていたのかもしれませんね……。)
 
 ウィルソン軍曹がイソイソ行進の練習をしていたり、パブでご主人が固まっている中、パイクが将校演技をやめなかったり、「ドイツ軍将校は(?)ホームガード隊長の言うことなんか聞かないで良い」と訳の分からない理屈で命令違反をするシーンなどには笑わされてしまいますが、一方で、人間が恰好や架空の立場などに一瞬にして強烈に洗脳されるという現実の危険性(※)を、笑いの中にさりげなく織り込んだ、奥深い作品でもあります。
(パイクはアホの子だからやらかすのわかるが、普段落ち着いているウィルソン軍曹まで命令違反するのは結構怖い。)

(※)こうした現象についてご興味のある方は、当ブログ「スタンフォード大学監獄実験」をご参照ください。
 心理学実験のため、囚人服、看守服を着せられ、その役を演じることとなった被験者たちが激変したという1971年に起きた実際の事件についてご紹介しています。

 個人的にこのドラマシリーズが非常に好きなのは、こういう「笑えるけれど深い、ときに深いを通り越して怖い(でも笑える)」という味わいがあり、それは、同じく40年以上不動の人気を誇る、わが日本の宝、「ドラえもん」の魅力にも相通じるものがあると思います。

 題材上、日本での放送は難しそうですが、イギリスでは、日本でいうところのドラえもん、サザエさん、寅さん級の不朽の名作として現在も圧倒的支持を集める名作ドラマです。

 (イギリスで販売中のコンプリートDVD‐BOX(700件を超えるレビューが全て4〜5の好意的意見で占められているという驚異の愛され度合)。イギリスのDVDの視聴が可能な環境をお持ちの方ならおすすめです。私も愛蔵しております。)

Dad's Army - The Complete Collection [DVD] [1968] by Arthur Lowe -
Dad's Army - The Complete Collection [DVD] [1968] by Arthur Lowe -

 

 ウィキペディアの「Ring Dem Bells」あらすじ紹介記事はコチラです。
https://en.wikipedia.org/wiki/Ring_Dem_Bells
(詳細なあらすじページがある辺りイギリスでの愛され度合がわかるのですが、他国の知名度は〈アメリカですら〉低いという謎のドラマなのです。)

 当ブログDad's Army関連記事は以下のとおりです。今後も時々この作品のあらすじをご紹介させていただきますのでよろしければお立ち寄りください。

 ・イギリスの怪物番組 『Dad's Army』
 ・「Dad’s Army」のボタン

 読んでくださってありがとうございました。
posted by Palum. at 11:09| イギリスのテレビ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月19日

「贋作師ベルトラッチ」再放送のお知らせ

 取り急ぎご連絡まで。
 NHKBS1、BS世界のドキュメンタリーで、10月20日17:00より「贋作師ベルトラッチ 超一級のニセモノ」が再放送されます。


(番組トレーラー映像)

https://www.youtube.com/watch?v=TS6a3XochQU

 現代アートの精巧な贋作を次々と売りさばき、被害総額45億円以上とも言われる贋作師ベルトラッチが、服役直前に自らの贋作人生と製作風景を明かした異色のドキュメンタリーです。


 数奇な実話と編集の妙により、スタイリッシュな犯罪映画のようにしあげられた作品です。


番組公式HP情報はこちらです。
 


 当ブログでも、贋作・鑑定にまつわる記事をいくつか書かせていただいていますので、よろしければ併せてご覧ください。

「贋作師 ベルトラッチ 〜超一級のニセモノ〜 (NHK BS世界のドキュメンタリー)」 番組情報ご紹介

(※ネタバレ)「贋作師ベルトラッチ 〜超一級のニセモノ」あらすじと感想(NHK BS世界のドキュメンタリー)

イギリスの贋作師ジョン・マイアット(NHK BS世界のドキュメンタリー 「贋作師 ベルトラッチ 〜超一級のニセモノ〜」によせて) 

放送熱望!イギリス絵画鑑定番組「Fake or Fortune」


(※ネタバレ)ドラえもん「王冠コレクション」

 毎日記事更新が目標だったのですが、最近諸事情でめっきり更新が滞ってしまっていました。以後は極力頻度をあげていきたいと思っていますので、よろしければまたお立ち寄りください。
posted by Palum. at 04:11| 美術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年10月09日

(おすすめ映画)イル・ポスティーノ


 イマジカTVがご覧になれる方に、オススメ映画のお知らせです。

 2016年10月10日(月)深夜 3:00〜5:00(※日付は火曜)放送「イル・ポスティーノ」(イタリア・1994)。

イル・ポスティーノ オリジナル完全版 [Blu-ray] -
イル・ポスティーノ オリジナル完全版 [Blu-ray] -

 イタリアの小さな島に、チリの国民的詩人で外交官のパブロ・ネルーダが亡命してきたという史実をもとに、彼と、島の若者マリオとの友情を描いた作品です。

 

公式HP情報はこちらです。
http://www.imagica-bs.com/program/episode.php?prg_cd=CIID165061&episode_cd=0001&epg_ver_cd=06&epi_one_flg=index.php

(あらすじ)
 鮮やかな紺碧の海に浮かぶ小さな島に暮らす青年マリオは、成人したものの、父のあとをついで漁師になるでもなく、ぼんやりと日々を過ごしていた。

 ある日、退屈な島が大きなニュースに沸き立つ。チリの大詩人パブロ・ネルーダが、彼の所属する共産党への弾圧から逃れ、この島に亡命してくることになった。

 しかし、「人民の詩人」と呼ばれるネルーダの世界的名声にも無頓着なマリオは、ニュース映画を見ても、彼が美しい女性たちに熱狂されているのに気をとられる始末。

 島に滞在するネルーダのもとには、世界中から手紙が届けられ、マリオは彼のためだけに臨時で郵便配達人となる。

 ある日、ネルーダの詩を読んでみたマリオは、不思議な喜びを感じた。
 
 それは、明るい詩ではなかったけれど、マリオが感じていながら、形にできなかった思いが言葉になってそこにあったから。

 思いきって詩の意味をネルーダに訪ねてみたマリオ。

 このことをきっかけに、マリオの単調な日常に、ネルーダとの友情とともに、「詩の言葉」という新しい世界が少しずつ広がって行く。

 こうして、言葉の世界に足を踏み入れたマリオは、美しい娘ベアトリーチェと出会い、一瞬で恋に落ちる。

 マリオは、ネルーダに彼女への恋心を打ち明け、自分なりの詩の言葉で彼女の心をつかもうとする。

(みどころ)
 美しい風景と音楽の他は非常に落ち着いた展開の作品です。しかし、現実と同じように、人生をうつろう光と影が流れていきます。 

 パブロ・ネルーダは「ニュー・シネマ・パラダイス」で映像技師アルフレードを演じたフランスの名優フィリップ・ノワレ。

 マリオを演じ、脚本にも携わったマッシモ・トロイージはこのとき病に冒されていましたが、執念で作品を作り上げ、映画の完成12時間後に41才の若さで世を去りました。

 映画を観終わったあとだと、「all chinema」紹介記事の「悔しくも彼はこの作品のクランクアップ直後に他界してしまったが、ここにその足跡はしかと刻まれた。」という一文に目頭が熱くなります。
 
 作品の作り手として、演者として、人生を捧げる意味がある作品だと思われたのでしょう。まさしくそういう映画です。

 個人的に「生涯ベスト映画10」に入る勢いで好きな作品です。(いずれもう少し感想の詳細を書かせていただけたらと思います。)

 ぜひご覧になってみてください。

 読んでくださってありがとうございました。


 参照「all chinema」「イル・ポスティーノ」
http://www.allcinema.net/prog/show_c.php?num_c=28682
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2016年09月30日

ドラえもん「王冠コレクション」補足情報


 前回ご紹介の「王冠コレクション」(ドラえもんがふざけて「ジュースの王冠のコレクションがはやる」という作用のあるウィルス(ネコシャクシビールス〈笑〉)をばらまいた結果、効き目が強すぎて、大の大人が200万出してでも買おうとする事態になってしまうというお話。)に関連して補足情報(というかこぼれ話)を書かせていただきます。
 

【1】印刷ズレについて
 スネ夫が自分のレア物コレクションとして、王冠のふたからラベルの印刷がずれているものを見せていましたが、これに近いエラー品プレミアというものが実際に切手の世界であるそうです。


王冠コレクション1.png

 「何でも鑑定団」(テレビ東京)でも、印刷ミスの切手が何度か出ていました。
 番組公式HP情報はコチラ。
 ・http://www.tv-tokyo.co.jp/kantei/kaiun_db/otakara/20120807/05.html
 ・http://www.tv-tokyo.co.jp/kantei/kaiun_db/otakara/20150728/03.html(ニ色刷り切手が一色刷りで出回ってしまった珍品で、800万!)

 この他にも、切手の場合だと、パンチ穴が空いていないなどというのが価値のあるものだそうです。
(ウィキペディア記事はコチラ)

 https://ja.wikipedia.org/wiki/エラー切手#.E7.94.A8.E7.B4.99.E3.82.A8.E3.83.A9.E3.83.BC

 【2】王冠コレクションについて

 実際にネットオークション等で出回っているそうです。
 「1日眺めていても飽きないわ(ビールス保菌中のしずかちゃん談)」……とまで思うかはさておき、確かに色もデザインもさまざまで、改めて見てみるとなかなか面白いものなので、売り物になるのわかる気がします。
 コレクターズポイントとして以下のようなものがあるそうです(ちなみに英語では王冠のことをシンプルに「bottle cap」と言っている模様。)

 1、純粋にコインや切手のノリで珍しいものを集める人と、アクセサリーやキーホルダーなど創作品の材料としてまとめ買いする人がいる。
 2、価格は(上記材料としての袋買いを除くと)1個100円〜500円程度。
 3、人気があるのは以下のような条件のもの。
 ・時代が古いもの
 (なかには戦前の飲み物のキャップなどもありました。)
 ・外国の物
 (たとえばメキシコとか、東南アジアとか、購入者のいる国からすると入手が難しい国の飲み物。
  実際カラフルだったり文字がエキゾチックだったりして味があります。)
 ・未使用のもの
 (実際には瓶にとりつけられたことがないままにデッドストックとして市場に出回ったものが
けっこうあるみたいです。当然無傷なので評価が高い)
 ・スターウォーズ、スーパーカーなど、デザイン自体に人気があるもののシリーズをひととおり揃えたもの
  (これはメンコとかミニカーみたいな、わかりやすいノスタルジックな魅力があります。)
 ・くじつきのもの、さらにそれが未開封のもの
  (王冠の裏側に封がされているデザインではがすと、10円分のコインがわりになるとか、キャラクターが描いてあるなどの特典があった。これがさらにはがされていない状態だとそれはそれで評価が高い。)

 のび太が集めていたものはおそらく1970年代初期のものでしょうから、今となるとものによっては1個100円くらいにはなっているかもしれません。
 (数百円台は1960年代以前のものが多いので、たぶんバクゼンと集めていたのび太は持っていない。)
 それでも箱一杯持っているから、立派なへそくりになりそうですね。

 参照URL 
ヤフオク(コカ・コーラグッズ)
http://closedsearch.auctions.yahoo.co.jp/closedsearch/%E3%82%B3%E3%82%AB%E3%82%B3%E3%83%BC%E3%83%A9%E7%8E%8B%E5%86%A0/0/
・E-bey:http://www.ebay.com/sch/Soda-Bottle-Caps/35693/bn_3018786/i.html

 なお、少し違いますが、シャンパンの王冠(ミュズレ)のコレクションはよりメジャーで、こんな専門グッズも販売されています。

 シャンパンミュズレ(王冠) コレクションボード 6250 インテリア その他インテリア [並行輸入品] -
シャンパンミュズレ(王冠) コレクションボード 6250 インテリア その他インテリア [並行輸入品] -
 
 【3】王冠より瓶

 コカ・コーラの空き瓶、あるいは中身入りのものは、王冠以上に高値で取引されています。ものによっては数万円するものも。
 確かにレトロな味があるかんじなので、個人コレクターのほか、お店の人が飾りとして買っていくのかもしれません。

 ・参照 E-beyコカ・コーラボトルオークション情報 

 http://www.ebay.com/sch/Coca-Cola-Bottles/13603/bn_3117489/i.html

 以上、ドラえもん「王冠コレクション」補足情報でした。

 こうやって周辺情報を集めてみると、あの短編の面白いのは、王冠が、「まじまじ見るとコレクションアイテムとして結構そそる」という絶妙なラインを突いていたからかもしれません。スネ夫たちの暴走をなにやってんだかと思う一方で、ちょっと引きずり込まれそうな……。
 そしてこんな感じで実際に似たような売買が成り立っていました(笑)。

 なお、九月になったので、「芸術の秋」ということで、ドラえもん作品の中からアート・鑑定に関わる作品をもう少しご紹介させていただく予定です。よろしければお立ち寄りください。

 読んでくださってありがとうございました。







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2016年09月29日

(※ネタバレ)ドラえもん「王冠コレクション」

王冠コレクション1.png

 本日は「ドラえもん」より、「王冠コレクション」をご紹介させていただきます。

 コミックス9巻収録

ドラえもん (9) (てんとう虫コミックス) -
ドラえもん (9) (てんとう虫コミックス) -

 物の価値について意外とシニカルな目を持つドラえもん。

 周囲のコレクション熱に振り回されるのび太を見て、ちょっとしたいたずらを思いつくというお話です。

 以下あらすじです。結末までネタバレなので、あらかじめご了解ください。
  

「ありがたぁくおがめよ」
 スネ夫の切手用ピンセットの先で燦然と輝くプレミア切手、「月に雁」(※)

(※)歌川広重の浮世絵を元にした800円切手。希少性から切手ブームのこの頃(1970年代)、価格が高騰した(購入価格1万8千円〈スネ夫談〉)。2016年現在でも状態の良いものは1万円近いプレミアがついている。

 目を丸くするのび太たちの前で、
「切手マニアならこの程度のものをひとつくらい持ちたいもんだねえ」
と、自慢を兼ねて感慨にふけるスネ夫。(たまに言動が妙に中年じみる)

 パパは骨董品、ママは宝石。道は違えど、うちの家族に共通しているのは一級品しか相手にしないってことだね。

 それを聞いたしずかちゃんとジャイアンは、それぞれシールとコインのコレクションなら自信がある、と、胸を張りました。

 のび太一人うかない顔をして家に帰り、切手を集めたいとママに資金援助を願い出るが、どうせあきるんだから無駄なことだ(一度挫折しているから)と、見事な正論で却下されてしまいます。
 「こういうわからないことを言うんだよ!」と愚痴るのび太に対し、ママに完全同意するドラえもんでしたが、自慢できるコレクションがなくて肩身がせまい、としょんぼりする姿を見て、君だってすごいコレクション持ってるじゃないの、と、押し入れから談ボール箱を出してきます。

 中にぎっしりはいっていたのは飲み物の王冠。(昔特に意味もなく集めていたモノ)

 こんなもん持ち出して僕をバカにしてるの!?と怒るのび太を笑ってなだめるドラえもん。
「そもそも物のねうちってなんだろう。みんなが欲しがるってことじゃないかな。切手だって宝石だって、みんなが欲しがらなければ、ただの紙切れや石ころにすぎない」(←おおお……〈汗〉)

 おそるべき達観を披露して終わりかと思いきや、「だからなんだっての?」とちっとも納得していない様子ののび太に対し、「ちょっとしたイタズラをやろうっての」と部屋を出ていくドラえもん。

 取り出したのは「流行性ネコシャクシビールス」。

 ウィットに富んだ名を持つこのひみつ道具、流行させたいものをビールスに言い聞かせて培養し、空中散布すると、感染した周辺の人々にブームを巻き起こすことができます。

 ドラえもんが何をしていたか知らないのび太が外出すると、ジャイアン、しずかちゃん、スネ夫が王冠コレクションを見せあっていました。

  中でもスネ夫の1ダースものコレクション (専用ケース入〈笑〉)には、印刷ズレの珍品があり、二人の羨望を集めます。

 なんにするのこんなもん集めて、と、勝手にレア物王冠を手に取り、スネ夫に派手に叱り飛ばされるのび太。
「ピンセットで扱うもんだぞ。錆がついたらどうする!」

 さっぱり状況が飲み込めずにいると、三人が「遅れてる」のび太に口々に説明します。

 切手やコインなんて時代遅れ、この一日眺めていても飽きない形の美しさ、面白さ、王冠コレクションはすぐに世界的ブームになる。  
 
 それを聞いたのび太が、3人に自宅の箱一杯のコレクションを披露すると、三人は「いつのまに!?」と言葉を失います。
「いやあ、たいしたことないよ。諸君とはちょっとばかり目の付け所が違っていただけさ」
 のび太くんは進んでいるからね。と、ブーム仕掛人のドラえもんもさりげなく煽ります。

 完敗を認めるも羨ましくてならない3人は、家に駆け戻り、「3食おやつも全部コーラにして、とママに一生のお願いとして懇願(しずかちゃん)」、「コーラ10本一気のみして、ザブンザブンのお腹を抱え、サイダーを買いに行く(ジャイアン)」、「親のビールを6本一気に開栓(スネ夫)」等の暴走をはじめます。

 町の子供達が数を競う中、悠々と登場した希代の収集家のび太は、数が少ないものにこそ値打ちがあるんだよ、と、「王冠コレクション道」を説きます。

 そしてドラえもんがピンセットで(笑)とりだしたのは、「8月12日三河屋で売れたコラコーラ」。
 この日三河屋で売れたコラコーラはこれ一本!世界中探してもこれしかないんだ。10万円だしても、100万円だしても手に入らないんだよ。と、熱弁をふるうと、素直に瞠目する子供達。

王冠コレクション2.png

 ああおもしろい、と、密かに笑う二人でしたが、ママから、「駅前の切手屋が王冠屋になった」と聞かされたり、パパが「5月7日にスーパーで売れたスポライト」を2000円もしたんだぞ!と、達成感ある笑顔で買って帰ってきたのを見て、ビールスが予想以上に広範囲に広まってしまったことに気づき、にわかに恐怖を覚えます。

 はやく効き目が消えないかな……と、落ち着かない気持ちの二人。

 そこへ、恰幅と身なりのよい紳士が訪ねてきます。

「わたくし、王冠のコレクションをやってるものです」
 のび太に丁重に名刺を差し出した紳士。

王冠コレクション3.png

「素晴らしい王冠をお持ちだとか……是非、8月12日の三河屋の王冠を200万円で売ってください」
 金額にあっけにとられ、あんなもの売るわけには!と言う二人に、どうしてもほしいのです!と札束を差し出して粘る紳士。

「おねがい!おねがい!」
 畳に手をついて懇願する紳士を前に、顔を見合わせる二人。

王冠コレクション5.png

 「いいのかなあ……」
 我が物となった三河屋のコラコーラ王冠をピンセットでとり、歓喜の面持ちで眺めていた紳士。
 しかし、急に「!?」と真顔になると、
「……なんでこんなもん欲しがったんだろう」
 と首をかしげて、王冠をぽい捨て、札束を手に帰っていきます。

 あとには「ビールスのききめが消えたらしい」と、ほっとしたの2割、残念8割みたいな顔をしたのび太とドラえもんがのこされました。

王冠コレクション6.png

(完)


 何とは言いませんが、わからない人間にはまさしく王冠をつまむのび太のごとく「こんなもん集めてどうすんの」と思うものに高値と熱狂的コレクターがつくことがありますよね……。そういう現象を実に巧みに描いています。

 なお、この「流行性ネコシャクシビールス」は、過去にもファッションの流行に一石を投じるというイタズラで登場しており(コミックス6巻)、「ドラえもん」という作品それ自体は圧倒的クオリティと知名度を誇りながら、流行や物の価値評価については一定の距離をおいていることがわかります。

ドラえもん (6) (てんとう虫コミックス) -
ドラえもん (6) (てんとう虫コミックス) -

 こういう奥深い世界観だからこそ、40年経過した今も、流行を超えて伝説として生き延びているのかもしれません。

 先日、贋作師の人々のお話をいくつかご紹介させていただきましたが、ああいう事件は、
「『形の美しさ面白さ』が好きなら、十分ご希望に沿うものを作ってあげたでしょ、だから買ったんでしょ、たしかに『8月12日三河屋でただ一本売れた』という話は嘘だけど、それって作品の美とは関係ないでしょ、え?美じゃないところの価値ってなになにそんなに重要?」というリクツのもとに、あの200万の紳士みたいな人のお財布開かせちゃうんだろうなぁと思い当たったので、書かせていただきました。

 よろしければ当ブログ以下の記事を併せてご覧になってみてください。


「贋作師 ベルトラッチ 〜超一級のニセモノ〜 (NHK BS世界のドキュメンタリー)」 番組情報ご紹介
イギリスの贋作師ジョン・マイアット(NHK BS世界のドキュメンタリー 「贋作師 ベルトラッチ 〜超一級のニセモノ〜」によせて) 
(※ネタバレ)「贋作師ベルトラッチ 〜超一級のニセモノ」あらすじと感想(NHK BS世界のドキュメンタリー)


 読んでくださってありがとうございました。
 
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2016年09月28日

おすすめ映画放送日のお知らせ(「ラストエンペラー」と「世にも怪奇な物語」)

 本日は取り急ぎご連絡まで。

 2016年10月2日(日)おすすめ映画二作品が放送されるので、それぞれ情報ページをご紹介させていただきます。

1,「世にも怪奇な物語」(イマジカTV)※10月31日深夜再放送

世にも怪奇な物語 -HDリマスター版- [Blu-ray] -
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 タモリさんのあの名物番組ではなく、エドガー・アラン・ポーの小説を下敷きにした短編映画3作からなる作品です。

 「黒馬の哭く館(監督:ロジェ・ヴァディム)」はジェーン・フォンダとピーター・フォンダ姉弟、「影を殺した男(監督:ルイ・マル)」はアラン・ドロンとブリジット・バルドー、「悪魔の首飾り(監督:フェデリコ・フェリーニ)」は、テレンス・スタンプと、監督も俳優も驚きの顔ぶれ。

 タイトルはまがまがしそうですが、グロテスク描写はほとんどなく、むしろ幻想的な作品です。ポーを原作としながら、あの重厚な不吉の気配はそのままに、豪華監督たちが奔放に、原作超えな恐怖と映像美を作り出しています。

(ポーの中では面白いとは言えない「悪魔に首をかけるな」を、テレンス・スタンプの壮絶な演技力を生かして、ある映画俳優の破滅的心象風景に作り替えた「悪魔の首飾り」は特に圧巻。)

放送予定公式情報はこちらです。

 http://www.imagica-bs.com/program/episode.php?prg_cd=CIID105126&episode_cd=0001&epg_ver_cd=06&epi_one_flg=index.php

当ブログ内、作品ご紹介記事はこちらです。よろしければ併せてお読みください。

「世にも怪奇な物語」@「悪魔の首飾り(トビーダミット)」(『アンコール!』のテレンス・スタンプ主演)
ポー短編「悪魔に首を賭けるな」(映画『世にも怪奇な物語』「悪魔の首飾り」の補足として)
「フレデリック……」誰かの呼ぶ声(「世にも怪奇な物語」A「黒馬の哭く館」より)
「メッツェンガーシュタイン」(「世にも怪奇な物語」A「黒馬の哭く館」の原作として)※ネタバレ


2,ラストエンペラー(洋画専門チャンネル・ザ・シネマ)※10月14日、17日、22日再放送

ラストエンペラー ディレクターズ・カット  [DVD] -
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 最後の清王朝皇帝、愛新覚羅溥儀の生涯を描いた大作です。
放送予定公式情報はこちらです。


http://www.thecinema.jp/detail/index.php?cinema_id=01314

 幼くして西大后により皇帝に選ばれ、広大な閉鎖空間である紫禁城から出られないまま成人した溥儀は、清王朝の滅亡、日本軍の政治的介入に翻弄されながら清王朝復活を目指そうとし、夢敗れていきます。

 一般的に、困難な人生を送った実在の人物を映画化するのは非常に難しいと思いますが(自他の思惑や歴史的背景などがからみ、綺麗に起承転結がつくものではないから)、この作品は、音楽(坂本龍一担当)や絢爛豪華な映像、溥儀の若き日とその後を交錯させた編集で、長編ながら冗長なところなく、重厚な歴史と人間のドラマに仕上げられた名作です。
(ラストシーンは史実と違うと賛否あったそうですが、あれが一番すぐれた演出だと思います。どんな場面かはぜひご覧になってみてください。)
 
 主演のジョン・ローンは、かつてダウンタウン松ちゃんに「世界三大美男の一人」と称えられた気品あふれる美しさの持ち主で、鋭いまなざし、抑制の利いた繊細な演技力で、この壮麗にして重厚な作品の世界観に説得力を与えています。

(ちなみ松ちゃん選定の残りの二美男はというと、加藤剛と俺と言って浜ちゃんにはたかれ、アラン・ドロンと訂正していたそうなので、この日世界三大美男のうちの二人がみられることになります。)
 
 以上、おすすめ映画情報でした。読んでくださってありがとうございました。



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2016年09月27日

(100日間リベンジ再び)9週目 (ダイエット微減、減酒継続中、運動サボり気味……〈またか〉)


※今回は日記です。

100日間、文書きとか悪習慣断ち(無駄酒、無駄インターネット)とか、ダイエットとか英語とか頑張ります!と宣言させていただいた、その経過とその他つれづれを書かせていただきます。
 これまでの経過一覧はコチラです。

1,ダイエット

 先々週より0.5kg減りました。ダイエットを開始した7月26日より、63日間で2.1kg減です。
 
 ジワジワとしか減っていないのですが、半年ぶりの数値なのでうれしいです。
 (抜群のいやな安定感でちょい減っちゃあ戻っていた。エクセルで日付と体重数値の表をつけているのですが、折れ線グラフにしたら見事なゆるーいさざなみ線となることでしよう……。)
 
 でも相変わらず運動(ウォーキングとストレッチ)をする時間をうまく確保できていないので、今週は頑張ります。(と、三週間言っていると気づけるのが記録のいいところです。〈他人事みたいなとらえ方ヤメロ。〉)
 
 今週減ったのはお酒を減らしたのと、朝晩の炭水化物を少し減らしたおかげかもしれません。
 (あとは夏の終わりで、代謝が少しマシになったのかも。)

 あとは相変わらず野菜スープを続けています。カレー風味にすると、スパイスの風味で脳ストレスがやわらいで、ストレス性食欲(またの名を炭水化物への暴走的欲求)がやわらぐ感じを実感しています。
(カレーの黄色味にかかわる、ターメリック〈ウコン〉が適量なら脳にいいという説があるそうです。)

 出典:「カレーがイヤな記憶を吹き飛ばすという実験結果 ストレス解消、うつ病への効果期待」(セルフドクターズニュースより)
 http://news.selfdoctor.net/2015/01/29/3770/

 カレースパイスの脳ストレスへの効能有無については、諸説あるけれど私は効くと思っています。チャイでもホッとできる。

 でもまだ「カレースープダイエットやってます!!」と言い切れるほど結果出せてないので、もう少し減るまで、楽な範囲で(重要)おいしく作れるレシピを追及しておきます。

 ところで、常々「男性発のダイエット漫画もあればいいのにあんまり見かけないな」と思っていたのですが、ついに見つけました。

 「おつきあい」の壁をのりこえ、48s痩せました(歌川たいじ著)

「おつきあい」の壁を乗り越え48キロやせました -
「おつきあい」の壁を乗り越え48キロやせました -
 
 著者が、職場や営業先での「飲み会、ランチ、お茶」や、ダイエットを阻む人々(人の容姿に対する無神経な発言をする人から悪気ないけれど食べ物勧めてくる人まで)という壁を乗り越え、なんと48sの減量に成功するまでを描いている作品です。

 (以下ややネタバレです。)

 仕事上避けては通れない多様な人間関係、根深い自虐、そしてキープをすることのむずかしさも丁寧に描いていて、大人の心の本として読み応えがありました。

 伴侶ツレさんや、子供のころに出会ったクラスメートのお父さんの素敵な言葉を胸に、自分を卑下しすぎずに地道な努力を重ね、結果を出した歌川さん。

 でも、太りやすい体質はなかなか変えられないともうわかっている。忙しいときは大リバウンドを防ぐのが精一杯だ。

 と腹をくくり、太っている時期の自分も甘やかすという意味ではなく、認めていくつもりという境地にいたるまでを読んだときには、ダイエット成功の有無を超えた感動がありました。

 ダイエットの方法は基本的なものでしたが(ヘルシー自炊と歩数を多くすることがメイン)、生きている以上必ずつきあわなければいけないトラウマやストレスと折り合いをつけて、いつの時代の自分を認めていけるようになるまでという、より大きな視点で描かれている本でした。おすすめです。
  
2,無駄ネット

 ゴシップ記事閲覧禁止継続は順調です。

 「無駄とは言い切れないけど、今読まなきゃダメか?」的部門の「ニュース、Kindle本検索」の閲覧時間についてですが、これも先週より減っています。

 自分がバクゼンと画面を見ていると気づいたときに、閲覧履歴を見るようにすると「うへえ」となれてかなり効くと気づきました。
(どうせバクゼンと見てると気づいた時点で自分で思っている以上に積み重なっている。)

3,減酒

 先週、「『一日おきに、アルコール度数が少ない甘いお酒を半缶くぴ飲み』が依然として残っております」と書きましたが、「半缶」が「三分の一缶」くらいに減りました。

 もう買わなきゃいいじゃんという話なのですが、まだ買い物している最中に、つい手が伸びてしまいます。
 (同じ銘柄でアルコール度数を把握しつつ飲んでいるのがせめてもの良心〈汗〉)

 ただ、そうこうしているうちに、「飲んでもいい日(人と飲む日)」もあまり強いお酒を飲みたいと思わなくなりました。

 単に夏バテでそういう気が起きないだけかもしれませんが、とりあえず先週よりましになったと思います。
 
(まとめ)
 
 ダイエット、ネット、飲酒について、それぞれすこし先週より改善できました。
 「来週は頑張ります」と運動について書き続けているナァというところは自分でも痛感しているので、今週こそは(とも書き続けているので)ましな状況に持っていきます。

 以上、日記でした。
 読んでくださってありがとうございました。
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2016年09月26日

オバマ大統領と絵画(エドワード・ホッパー、二コラ・ド・スタール、ジョルジォ・モランディ作品に注目して)


 先日、オバマ大統領の広島演説の際に、大統領と対面したお二方(坪井直さん森重昭さん)についてご紹介記事を書かせていただきましたが、今日は、オバマ大統領がホワイトハウスに飾るために選んだ絵について書かせていただきます。

 アメリカでは、新しい大統領が就任すると、国内の美術館が、ホワイトハウスに飾る絵や彫刻をレンタルするという慣習があるそうです。

 貸し出された作品の一覧は所蔵美術館名とともに公開され、美術マーケットの熱い注目を集めるとか。
(「オバマ大統領が選んだ画家」とキャッチフレーズがつけられれば、知名度がグンと上がるからですかね。)
 ・「The Guardian」掲載の貸し出し作品リスト

   https://www.theguardian.com/culture/charlottehigginsblog/2009/oct/07/art-barack-obama


 絵のほとんどはアメリカ出身、またはアメリカ国籍を取得した画家から選ばれ、また、画家の性別やルーツ、テーマが全アメリカ国民を配慮した選択であるよう心掛けられるそうです。
(男性だけとか、アメリカ人でも○○系だけ等に偏らないように注意して選ぶ。)

 「The Wall Street Journal」によると、オバマ夫妻は歴代大統領と異なり、現代アートを多く選んだことが話題になったそうです。

・出典URL

 http://www.wsj.com/articles/SB10001424052970203771904574175453455287432


 また、夫妻は、アメリカの歴史や風土がよく伝わる絵や、ルーツを感じさせるアフリカ系アメリカ人画家の絵を好まれたようです。

 ホワイトハウスのブログでは、アメリカモダンアート界の巨人、エドワード・ホッパー(都会でも郊外でも、どこか寂寥感の漂う世界観が特色)の絵が大統領執務室(Oval office)にかけられたことが話題になっていました。
(ホッパーの絵を眺めるオバマ大統領の後ろ姿という味のある写真つき。ちなみに「大統領執務室にかけられた」というステイタスは時に絵の価値を3倍にアップさせることもあったとか。〈前出The Wall Street Journalより〉)

 https://www.whitehouse.gov/blog/2014/02/10/new-additions-oval-office

 ホッパーの作品群を見られる「Wikiart」ページはこちらです
  http://www.wikiart.org/en/edward-hopper/mode/all-paintings

しかし、このような絵画のチョイスの中、二人だけ、アメリカとほとんどゆかりの無い画家の作品が選ばれました。

 一人目は、ニコラ・ド・スタール。選ばれたのは「Nice(ニース)」という作品でした。

 ・「ニューヨークタイムズ」の「Nice」紹介画像(スライドショー12枚中10枚目)

  http://www.nytimes.com/slideshow/2009/10/07/arts/design/20091007BORROW_10.html?_r=0

 二コラ・ド・スタールはロシア出身の画家で、独特の色使いで、抽象と具象のあわいのような絵を描きました。

 「ジョジョの奇妙な冒険」ファンの間では、エキセントリックな天才漫画家、岸辺露伴が、「創作のために全財産を使い果たしてもなお手元に残したのが、このスタールの画集」というエピソードにより一躍有名になりました。
(単行本「岸辺露伴は動かない」より)

岸辺露伴は動かない (ジャンプコミックス) -
岸辺露伴は動かない (ジャンプコミックス) -

 スタールの絵の魅力については、岸辺露伴が、そのとき唯一の財産である画集を開いて、担当編集に絵の説明をしていたときの台詞に尽きると思います。

岸辺露伴は動かない.png


「抽象画でありながら同時に風景画でもあって、そのぎりぎりのせめぎあいをテーマにしている。こんなに簡単な絵なのに光と奥行きがあって泣けるんだ。つまり「絵画」で心の究極に挑戦しているんだ」

 泣ける。

 なぜだかわかりませんが、確かにスタールの絵にはそのような力があります。

 独特の色遣いで厚塗りされた油絵具が、にじむようなしっとりとした質感を醸し、涙の向こうの光景のような、寂しいけれど温もりも感じられる作品です。(モノトーンで描かれた絵すらどこか温度のゆらぎがある。)

 この特異な才能と挑戦的なまなざしを持つ画家は、貧困の果てに成功をつかみましたが、1955年、「コンサート」という名の色鮮やかで伸びやかなタッチの大作を絶筆に、わずか41歳で謎の自死を遂げました。

 スタールの作品群を見られる「Wikiart」ページはこちらです

 http://www.wikiart.org/en/nicolas-de-sta-l

  ※遺作「Le concert」ほか、露伴先生が漫画の中で開いて見せている絵「Agrigente(イタリアの地名)」も観ることができます。

もう一人の外国人画家は、イタリアの抽象画の巨匠、ジョルジォ・モランディ。こちらは二枚の静物画「Still life」が選ばれました。

モランディの作風がわかる動画(The Phillips Collection紹介動画)





 実際にホワイトハウスで選ばれた静物画のひとつはこちらです。

http://www.nga.gov/content/ngaweb/Collection/art-object-page.103748.html

(なぜか貸出元のナショナル・ギャラリーではなく、国立郵便博物館のブログでどの絵か教えてくれていた……。)


 モランディはその生涯を通じイタリアからほとんど出ることがなく、独身を通し、母と妹たちと暮らしながら、主に静物画を描き続けた画家でした。

 「ひとり静かに仕事をさせてくれ」が口癖で、第二次大戦時、国内にファシズムの嵐が吹き荒れる中でも、ただひたすらに己の作風を貫き通した人です。

 アトリエに意図的に埃を積もらせ、彼の所蔵する静物の配置とともにその埃を描くことで、色のくすみや光のゆらぎを描いたという画家の作品は、寄り添うように卓上に集うボトルや箱の姿と空間の中に、物、埃、光、影、すべてを等しく見据える静まり返った心とまなざしを感じさせます。
 
 モランディの作品群が見られる、Wikiartページはこちらです。

http://www.wikiart.org/en/giorgio-morandi

 ホッパー、スタール、モランディ。

 どの絵にも共通するのは、ある対象を見つめる、静かで孤独な心が感じられるということです。
 
 それは、味方がいないという意味ではなく、ただ、他の誰の考えとも関わりなく、独り物思うような心境。
 
 こうした絵を居住エリアや執務室で眺めるために選んだオバマ大統領という方は、アメリカ大統領という、ある意味世界でも屈指の重圧と権謀術策の中に生きなければならない立場の中で、できうる限り、誰の賛辞にも奢らず、思惑にも振り回されずに、一人の人間として、自分の心がどう感じ、思うかということをとても大切にしているのではないでしょうか。

 広島演説の際に、オバマ大統領と言葉を交わした坪井直さんの「真面目な人で、人を思う心が強いのか、話をするたびにどんどん握手が強くなっていった」という印象(※)と、この静かな孤高の絵画たちは、どこか相通じているように思われます。

(※)(時事通信社記事より引用)

 オバマ大統領の政治的手腕や、アメリカの方針については、知識に乏しいため、何も意見を申し上げられないのですが、選ばれた絵の中に通底する気配から、あの方の美意識とともに、何か人としての信念を感じたような気がしたので、ご紹介させていただきました。

 読んでくださってありがとうございました。

 

(参照)
・Smithsonian’s National Postal Museum Blog(02/15/2010 Mark Haimann )
「Philatelic Musings on Art: The Obama's Art Selections on Stamps」
http://postalmuseumblog.si.edu/2010/02/philatelic-musings-on-art-the-obamas-art-selections-on-stamps.html


・The Wall Street Jornal
「Changing the Art on the White House Walls」
By AMY CHOZICK and KELLY CROW
Updated May 22, 2009 12:01 a.m. ET
http://www.wsj.com/articles/SB10001424052970203771904574175453455287432 

・The New York Times
「Whitehouse Art」
http://www.nytimes.com/slideshow/2009/10/07/arts/design/20091007BORROW_10.html?_r=0

・The Whitehouse Blog
「New Additions to the Oval Office」
https://www.whitehouse.gov/blog/2014/02/10/new-additions-oval-office

・時事通信社「Jiji.com」「核廃絶「決意感じた」=被爆者ら高い評価−オバマ氏広島訪問」 http://www.jiji.com/jc/article?k=2016052700939&g=soc

(※)一部モランディの情報については、NHK「日曜美術館」の特集「埃(ほこり)まで描いた男〜不思議な画家・モランディ〜」を参照させていただきました。
http://www4.nhk.or.jp/nichibi/x/2016-05-15/31/2185/1902680/


 
posted by Palum. at 23:57| 美術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月25日

(※ネタバレあり)犬とイルカの友情(ナショナルジオグラフィックチャンネル「動物界の意外なお友達2 犬と野生動物の強い絆」より)

 先日、ナショナルジオグラフィックチャンネルで、素晴らしい番組が放送されていたのでご紹介させていただきます。

「動物界の意外なお友達2(Unlikely animal friends) 犬と野生動物の強い絆」です。

 犬と野生動物の間に生まれた友情を、実際の映像と周囲の証言をもとに紹介している番組です。
(犬たちの行動について、カリスマドッグトレーナー、シーザー・ミランが分析、解説。)

 番組公式情報HPはコチラです。
「動物界の意外なお友達 2(原題:Unlikely Animal Friends 3)」

 http://www.ngcjapan.com/tv/lineup/prgmtop/index/prgm_cd/1017(放送予定)
 http://www.ngcjapan.com/tv/lineup/prgmepisode/index/prgm_cd/1017(各回エピソード)

 ロバ、熊、鹿、キツネといった、犬と種族を超えて友情を築いた動物たちの中に、陸と海の垣根すら超えて、犬と友達になったイルカのお話がありました。

(明日2016年9月26日〈月〉18:00〜19:00のナショナルジオグラフィックチャンネルでは、同シリーズで、「 人間と動物の特別な関係 (Man's Other Best Friend) 」という人と他の野生動物の友情物語が紹介されるそうなので、併せて御覧ください。)

 以下、番組で紹介されていた犬とイルカのお話です。
(結末までネタバレなのでご了承ください。また、10月3日、10月4日放送の「最愛のベストフレンド」という傑作選回で、この二頭のエピソードが再放送される模様です。詳細は上記URLをご覧ください。)

 二頭のエピソードを紹介している「National Geographic」の記事はこちらです。(動画付き)

 http://video.nationalgeographic.com/wild/unlikely-animal-friends/ben-the-dog-and-duggie-the-dolphin?source=relatedvideo

 アイルランドのニュースを扱った「Irish Central」で引用されていた、二頭を取材している動画はこちらです。
 「Tory Island dog swimming with dolphin」(投稿者Franklin Sinclair)
 
https://www.youtube.com/watch?v=l2vU8U0j_4E

http://www.irishcentral.com/news/amazing-footage-of-a-dog-playing-with-a-dolphin-off-the-coast-of-ireland-video-127888298-237406421

 アイルランド、トリー島でホテルを経営するパトリックさんの愛犬ベン(薄茶のラブラドールレトリバー・鼻はピンクがかっており、顔はうっすら鉢割れ模様で、額の中心から鼻先にかけてが少し白い。)と雌のイルカ、ドゥギィの友情が始まったのは2006年のことでした。

 ある日、パトリックさんが購入したばかりの船にイルカがついてくるという出来事がありました。

 そして後日、パトリックさんがベンと埠頭近くを散歩をしていたときに、ベンが急に埠頭に降りてゆき、海に飛び込みました。

 そこへ姿を現したのがドゥギィ。

 彼女はベンの周りを回るように泳ぎ、そこから、この二頭の風変わりな友情は始まりました。

 何度も埠頭に訪れるドゥギィと、それをどうやってか察し、住まいのホテルから数百メートル先の船着き場まで走ってゆくベン。

 海に飛び込むベンと、彼と一緒に泳ぐドゥギィの交流は、島で評判となり、島の人々はその姿を見ようと埠頭に集まりました。
(その中にニコニコしながら二頭を見つめ、アコーディオンを演奏するおじさんがいて、アイルランドらしい風情がありました。)

 イルカは、仲間と遊ぶときに、水中で泡をポコポコと相手に向かって吹きだすことがあるのですが、ドゥギィは、泳ぐベンの体の下にもぐって、体を垂直にし、この泡を吹きだすしぐさを何度もしていました。

 「なんかめずらしーものがいる!」と、寄っていく犬と、「しょうがないわねえ」と、向こう見ずな犬が寄ってきてもとりあえず危害を加えない野生動物、という状況を超えて、ベンとドゥギィは明らかに互いにコミュニケーションをとっていたのです。

 泳ぎの得意なベンはどこまでもドゥギィと一緒に泳ごうとし、ときには3時間も海にいたことがあるそうです。

(レトリバー犬はもともと水鳥専門の狩猟犬なので水を怖がらないことが多いのです。)

 そして、ドゥギィを追って沖に行ってしまい、さすがに疲れてしまったベンに気づくと、ドゥギィは、仲間の疲れたイルカにそうするように、泳ぐベンの下にもぐりこみ、頭でベンの体を支えながら、岸辺まで運んでくれたそうです。

 ベンとドゥギィの友情は約4年続きましたが、2010年から、急にドゥギィが何らかの理由で、埠頭に姿を現さなくなりました。

 島の裏側ではイルカの姿が目撃されていたのですが、埠頭に戻ってくる気配はありません。

 それでもドゥギィを待ち続けるベン。

 パトリックさんは、ベンを船に乗せて、晴れた日の夕暮れ、島の裏側に行ってみました。

 すると岩場近くの波間にイルカの姿が見えました。

 途端に船から身を乗り出して吠えるベン。そわそわと歩き回り、海に飛び込もうとしました。

 パトリックさんはベンを一生懸命おさえました。ベンが泳ぐには波が荒すぎたのです。

 身を乗り出すベンのそばに立ち、ドゥギィの背びれを指さすパトリックさん。その指先を一心に見つめるベン。

 この夕暮れの出会いが、ベンとドゥギィの別れとなりました。

 翌年の冬、ベンは車にひかれてこの世を去ったのです。

 ベンのことを振り返るパトリックさんは、その死について語った後、一度きゅっとくちびるを噛むと、静かな、暖かな声で言葉をつづけました。

 ベンは特別な犬でした。ベンのような犬は、まずいないでしょう。私たちがドゥギィのことを話すと、いつも聞き耳を立てていました。ドゥギィが大好きだったのです、と。

 
 この番組では語られていなかったのですが、なぜドゥギィが埠頭に通うようになったのかについて、島でこんなうわさがあったそうです。

 ドゥギィが来るようになる直前に、島の岸辺近くでイルカの死体が見つかるという出来事があり、もしかしたら、あれは彼女の夫だったのではないか。ドゥギィはその死を悲しみ、彼を探しに来たのではないかと。

(Irish Central記事より)

 ドゥギィが訪れなくなった理由はわからないままですが、埠頭かその途中の道のりが安全でなくなったか、新しい家族ができて、連れていくことはできなかったのかもしれません。

 いずれにせよ、事情を抱えてふいにその場所を訪れた誰かと、その場所の住人が友情をはぐくみ、訪れた側がそこから離れた後も、その場所の住人は深い思いを胸に、相手を待ち続けるという物語が、イタリアの名作映画「イル・ポスティーノ」を思い出させ、単に仲良しの動物同士という構図を超えて心に染みます。


イル・ポスティーノ [DVD] -
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 島の夕暮れ時の金色に染まる海や、パトリックさんの優しさも美しい。
 (ドゥギィを待って芝生に寝そべるベンの黄昏時の姿や、埠頭にたたずむベンが海風をうけて、小さめの耳をひらひらさせているのも妙に胸に迫る。)

 ベンはドゥギィが来るときにはそれを察して何百メートルも歩いて埠頭に向かっていたそうですが、ドゥギィにもこの不思議な力が備わっていたのでしょうか。

 彼女はベンがこの世を去ったことを知っているのでしょうか。

 昔、ドゥギィを追って沖まで泳ぎ続けたベンの下に潜り、頭で彼を支えるようにして岸まで連れて行ってくれたドゥギィ。

 ベンがこの世から彼岸に旅立つとき、ドゥギィが彼の魂を支えて、海の向こうの天国へ連れて行ってくれたのだろうか、そうであってほしい。

 そう、思います。

 ぜひ番組や引用させていただいた記事で、この風変りだけど心温まる、そしてせつない友情のお話をご覧になってみてください。

 読んでくださってありがとうございました。



(参照)
・「Irish Central」
「Amazing footage of a dog playing with a dolphin in Ireland (VIDEO)」
(Cathy Hayes September 09, 2016)
http://www.irishcentral.com/news/amazing-footage-of-a-dog-playing-with-a-dolphin-off-the-coast-of-ireland-video-127888298-237406421

・「National Geographic」
「UNLIKELY ANIMAL FRIENDS Ben the Dog and Duggie the Dolphin」
http://video.nationalgeographic.com/wild/unlikely-animal-friends/ben-the-dog-and-duggie-the-dolphin
posted by Palum. at 14:38| 日本の海外テレビ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月24日

森重昭さんのご活動について (NHKドキュメンタリー「NEXT 未来のために『オバマと会った被爆者』」によせて)


「オバマ米大統領、広島訪問 被爆者とハグ Obama hugs Hiroshima survivor」
AFPBB News (AFP通信日本語ニュースサービス)



https://www.youtube.com/watch?v=D8MtsB636Tg

 
2016年9月27日(火) 午前1時30分より、バラク・オバマ大統領広島訪問時に大統領と言葉を交わした被爆者の一人、坪井直(すなお)さん(91歳・日本原水爆被害者団体協議会代表委員)をご紹介する番組が再放送されます。
 (前出動画内で最初にオバマ大統領と言葉を交わされている方です。)

 番組公式HPはこちらです。
 もっとNHKドキュメンタリー「NEXT 未来のために『オバマと会った被爆者』」

 http://www.nhk.or.jp/docudocu/program/3356/2075058/index.html

 この再放送にちなみ、今回は、坪井さんと一緒にオバマ大統領とお話をされた森重昭(しげあき)さんの、被爆したアメリカ人捕虜の調査活動についてご紹介させていただきます。

 森さんは動画で坪井さんの後にお話をされている方で、涙を浮かべる森さんと、オバマ大統領の抱擁の瞬間は世界中のニュースで大きくとりあげられました。

 オバマ大統領の手は温かかった。

 そう、その瞬間を振り返った森さん。

「夢のようでした。今まで苦労に苦労を重ねた。大変な思いをしたけど、最高のおもてなしを今日はアメリカ側がしてくれた」
(日テレNEWS24記事より)

 その言葉どおり、森さんの活動は困難を極める地道な作業の連続だったそうです。

 森さんが被爆したのは8歳のときでした。

 「爆風で小川に飛ばされ、気が付いたらきのこ雲の中にいたのです。あまりにも暗くて、10センチメートル前の自分の指先を見ようとしても真っ暗で見えないほどでした」
(nippon.com記事より)

 家や木々も爆風で吹き上げられ、自分の側を歩いていた人や、親せきが亡くなるという出来事に遭遇した森さん。
 ご自身が無傷だったのは奇跡だ、そう思われたそうです。

 その後、歴史学の教授になりたいと、会社勤めをしながら、週末に研究を行っていた森さんは、38歳のときに、終戦間際、撃墜されたアメリカの爆撃機2機の乗組員が、捕虜として広島の憲兵隊司令部に連行されたことを知ります。

 被爆者の中にアメリカ人捕虜がいたはずだ。以前よりそう思っていた森さんは、1974年、NHKが視聴者から募集した原爆の絵2000枚の中から、米兵を描いた絵二十数枚を見つけ出し、その絵を描いた被爆者のもとを訪ね、聞き取りをすることから調査を開始しました。

 捕虜となったアメリカ兵は全部で13名。ただ一人、尋問のために後に東京に送られたトーマス・カートライト中尉を除いた12名は、原爆投下により亡くなった。

 調査の末に、この12名の犠牲者の氏名を突き止めた森さんは、遺族を探し出して、彼らのことを伝えたいと考え、国際電話オペレーターの通訳を通じ、犠牲者と同じ姓の人を探すという、気の遠くなるような作業を開始しました。(心臓がお悪かったので、現地に行くことはできず、この方法を選ばれたそうです。)

 「死ぬまでに、何とかご遺族を探し出して、亡くなった米兵捕虜の写真と名前を平和祈念資料館に原爆犠牲者として登録しようと心に決めたのです」。
(nippon.comより)

 終戦直後の混乱で調査ができなかったこともあり、アメリカ人兵士が原爆の犠牲となったことを長年認めなかったアメリカ政府。

 遺族の中には、未だ帰らない家族の状況について「行方不明」としか知らされないままの方たちも多かったそうです。

 しかし、ついに森さんは犠牲となった兵士の兄、フランシス・ライアン氏の連絡先を突き止め、乗組員たちの写真を入手することができました。

 そして、これをきっかけに唯一捕虜の中で生き残った元機長カートライト中尉と手紙でのやりとりがはじまり、カートライト氏が亡くなるまでの20年間、100通以上の手紙を交わしたそうです。

「私は、奇しくも生き残りました。ですから何としても、遺族を探し出して、愛する人の最後についてお伝えしようと、そう心に誓ったのです」。
(nippon.comより)

 森さんの約40年にもわたる調査は実を結び、12名すべての犠牲者の氏名は、原爆による死没者として広島の名簿に登録され、オバマ大統領は演説で、被爆者として、日本、朝鮮半島の方たちとともに「12人の米軍捕虜」の存在について語りました。



 こうして、森さんとオバマ大統領との抱擁という瞬間が訪れたのです。

「被爆死した12人の米兵も天国できっと喜んでいる」
(毎日新聞より)

 あの抱擁の瞬間を、そう感慨深げに振り返っていた森さん。

 今は、長崎の原爆投下で犠牲となったイギリス、オランダ兵捕虜の調査を続けていらっしゃるそうです。

 森さんのこの活動は、亡くなった米兵捕虜の親友を通じて、甥である映画監督、バリー・フレシェット監督に伝わり、感銘を受けたフレシェット監督は、森さんに連絡をとり、2年間かけて、森さんの活動を追ったドキュメンタリー映画「Paper Lanterns(灯篭流し)」を完成させました。



 森さんの執念の調査は、同国のアメリカ人の命も奪った原爆と戦争の恐ろしさを伝え、また、その一方で、幼くして死の恐怖に直面し、地獄のような光景を目の当たりにしながらも、「アメリカのご遺族も同じように原爆で愛する人を失ったのだ」と思い、数十年不屈の調査をすることができる人の心を世界に知らしめました。
 
 葛藤を乗り越え、オバマ大統領に笑顔で「核兵器のない世界、私たちも行きますよ」と伝え、未来の平和へ向かおうとされている坪井直さんのお話とともに、心に刻まれたエピソードだったので、ご紹介させていただきました。
 
 以下に今回の記事作成にあたり、読ませていただいた記事は以下の通りです。より詳しい情報が書かれていますので、ご覧になっていただければ幸いです。 

(参考資料)
 ・ウィキペディア「森重昭」

 https://ja.wikipedia.org/wiki/森重昭

 ・nippon.com「広島被爆米兵の名前を刻んだ日本の歴史家 森重昭さんのライフ・ワークを描いたドキュメンタリー」(筆者:ジュリアン・ライオール  Julian RYALL 2016.05.24)
※非常に詳しく紹介してくださっている記事です。今回の記事の多くの内容は最初にこちらで読ませていただきました。

  http://www.nippon.com/ja/people/e00097/ (日本語版記事)
  http://www.nippon.com/en/people/e00097/ (英語版記事)

 ・山陽新聞digital「被爆米兵捕虜を調査した森重昭さんに聞く 同じ犠牲者追悼したいとの思い」
 (2016年08月05日)http://www.sanyonews.jp/article/393191/1/

 ・日テレNEWS24「被爆者と抱擁も…明かされた大統領との会話」(2016年5月28日)
  http://www.news24.jp/articles/2016/05/28/07331263.html

 ・日本記者クラブ「記者による会見リポート 米兵捕虜12人の被爆死をたった一人で突き止めた森さん
オバマ大統領のハグに隠された意味」(日本記者クラブ顧問 中井 良則)

 http://www.jnpc.or.jp/activities/news/report/2016/06/r00033513/

 ・毎日新聞「米大統領広島訪問 米兵の被爆調査 森さん 抱き合い、涙」
(2016年5月27日【原田悠自、鵜塚健】)

 http://mainichi.jp/articles/20160528/k00/00m/040/141000c

 読んでくださってありがとうございました。
posted by Palum. at 20:37| 番外編・おすすめテレビ番組 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする