2016年09月24日

森重昭さんのご活動について (NHKドキュメンタリー「NEXT 未来のために『オバマと会った被爆者』」によせて)


「オバマ米大統領、広島訪問 被爆者とハグ Obama hugs Hiroshima survivor」
AFPBB News (AFP通信日本語ニュースサービス)



https://www.youtube.com/watch?v=D8MtsB636Tg

 
2016年9月27日(火) 午前1時30分より、バラク・オバマ大統領広島訪問時に大統領と言葉を交わした被爆者の一人、坪井直(すなお)さん(91歳・日本原水爆被害者団体協議会代表委員)をご紹介する番組が再放送されます。
 (前出動画内で最初にオバマ大統領と言葉を交わされている方です。)

 番組公式HPはこちらです。
 もっとNHKドキュメンタリー「NEXT 未来のために『オバマと会った被爆者』」

 http://www.nhk.or.jp/docudocu/program/3356/2075058/index.html

 この再放送にちなみ、今回は、坪井さんと一緒にオバマ大統領とお話をされた森重昭(しげあき)さんの、被爆したアメリカ人捕虜の調査活動についてご紹介させていただきます。

 森さんは動画で坪井さんの後にお話をされている方で、涙を浮かべる森さんと、オバマ大統領の抱擁の瞬間は世界中のニュースで大きくとりあげられました。

 オバマ大統領の手は温かかった。

 そう、その瞬間を振り返った森さん。

「夢のようでした。今まで苦労に苦労を重ねた。大変な思いをしたけど、最高のおもてなしを今日はアメリカ側がしてくれた」
(日テレNEWS24記事より)

 その言葉どおり、森さんの活動は困難を極める地道な作業の連続だったそうです。

 森さんが被爆したのは8歳のときでした。

 「爆風で小川に飛ばされ、気が付いたらきのこ雲の中にいたのです。あまりにも暗くて、10センチメートル前の自分の指先を見ようとしても真っ暗で見えないほどでした」
(nippon.com記事より)

 家や木々も爆風で吹き上げられ、自分の側を歩いていた人や、親せきが亡くなるという出来事に遭遇した森さん。
 ご自身が無傷だったのは奇跡だ、そう思われたそうです。

 その後、歴史学の教授になりたいと、会社勤めをしながら、週末に研究を行っていた森さんは、38歳のときに、終戦間際、撃墜されたアメリカの爆撃機2機の乗組員が、捕虜として広島の憲兵隊司令部に連行されたことを知ります。

 被爆者の中にアメリカ人捕虜がいたはずだ。以前よりそう思っていた森さんは、1974年、NHKが視聴者から募集した原爆の絵2000枚の中から、米兵を描いた絵二十数枚を見つけ出し、その絵を描いた被爆者のもとを訪ね、聞き取りをすることから調査を開始しました。

 捕虜となったアメリカ兵は全部で13名。ただ一人、尋問のために後に東京に送られたトーマス・カートライト中尉を除いた12名は、原爆投下により亡くなった。

 調査の末に、この12名の犠牲者の氏名を突き止めた森さんは、遺族を探し出して、彼らのことを伝えたいと考え、国際電話オペレーターの通訳を通じ、犠牲者と同じ姓の人を探すという、気の遠くなるような作業を開始しました。(心臓がお悪かったので、現地に行くことはできず、この方法を選ばれたそうです。)

 「死ぬまでに、何とかご遺族を探し出して、亡くなった米兵捕虜の写真と名前を平和祈念資料館に原爆犠牲者として登録しようと心に決めたのです」。
(nippon.comより)

 終戦直後の混乱で調査ができなかったこともあり、アメリカ人兵士が原爆の犠牲となったことを長年認めなかったアメリカ政府。

 遺族の中には、未だ帰らない家族の状況について「行方不明」としか知らされないままの方たちも多かったそうです。

 しかし、ついに森さんは犠牲となった兵士の兄、フランシス・ライアン氏の連絡先を突き止め、乗組員たちの写真を入手することができました。

 そして、これをきっかけに唯一捕虜の中で生き残った元機長カートライト中尉と手紙でのやりとりがはじまり、カートライト氏が亡くなるまでの20年間、100通以上の手紙を交わしたそうです。

「私は、奇しくも生き残りました。ですから何としても、遺族を探し出して、愛する人の最後についてお伝えしようと、そう心に誓ったのです」。
(nippon.comより)

 森さんの約40年にもわたる調査は実を結び、12名すべての犠牲者の氏名は、原爆による死没者として広島の名簿に登録され、オバマ大統領は演説で、被爆者として、日本、朝鮮半島の方たちとともに「12人の米軍捕虜」の存在について語りました。



 こうして、森さんとオバマ大統領との抱擁という瞬間が訪れたのです。

「被爆死した12人の米兵も天国できっと喜んでいる」
(毎日新聞より)

 あの抱擁の瞬間を、そう感慨深げに振り返っていた森さん。

 今は、長崎の原爆投下で犠牲となったイギリス、オランダ兵捕虜の調査を続けていらっしゃるそうです。

 森さんのこの活動は、亡くなった米兵捕虜の親友を通じて、甥である映画監督、バリー・フレシェット監督に伝わり、感銘を受けたフレシェット監督は、森さんに連絡をとり、2年間かけて、森さんの活動を追ったドキュメンタリー映画「Paper Lanterns(灯篭流し)」を完成させました。



 森さんの執念の調査は、同国のアメリカ人の命も奪った原爆と戦争の恐ろしさを伝え、また、その一方で、幼くして死の恐怖に直面し、地獄のような光景を目の当たりにしながらも、「アメリカのご遺族も同じように原爆で愛する人を失ったのだ」と思い、数十年不屈の調査をすることができる人の心を世界に知らしめました。
 
 葛藤を乗り越え、オバマ大統領に笑顔で「核兵器のない世界、私たちも行きますよ」と伝え、未来の平和へ向かおうとされている坪井直さんのお話とともに、心に刻まれたエピソードだったので、ご紹介させていただきました。
 
 以下に今回の記事作成にあたり、読ませていただいた記事は以下の通りです。より詳しい情報が書かれていますので、ご覧になっていただければ幸いです。 

(参考資料)
 ・ウィキペディア「森重昭」

 https://ja.wikipedia.org/wiki/森重昭

 ・nippon.com「広島被爆米兵の名前を刻んだ日本の歴史家 森重昭さんのライフ・ワークを描いたドキュメンタリー」(筆者:ジュリアン・ライオール  Julian RYALL 2016.05.24)
※非常に詳しく紹介してくださっている記事です。今回の記事の多くの内容は最初にこちらで読ませていただきました。

  http://www.nippon.com/ja/people/e00097/ (日本語版記事)
  http://www.nippon.com/en/people/e00097/ (英語版記事)

 ・山陽新聞digital「被爆米兵捕虜を調査した森重昭さんに聞く 同じ犠牲者追悼したいとの思い」
 (2016年08月05日)http://www.sanyonews.jp/article/393191/1/

 ・日テレNEWS24「被爆者と抱擁も…明かされた大統領との会話」(2016年5月28日)
  http://www.news24.jp/articles/2016/05/28/07331263.html

 ・日本記者クラブ「記者による会見リポート 米兵捕虜12人の被爆死をたった一人で突き止めた森さん
オバマ大統領のハグに隠された意味」(日本記者クラブ顧問 中井 良則)

 http://www.jnpc.or.jp/activities/news/report/2016/06/r00033513/

 ・毎日新聞「米大統領広島訪問 米兵の被爆調査 森さん 抱き合い、涙」
(2016年5月27日【原田悠自、鵜塚健】)

 http://mainichi.jp/articles/20160528/k00/00m/040/141000c

 読んでくださってありがとうございました。
posted by Palum at 20:37| 番外編・おすすめテレビ番組 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月23日

NHKドキュメンタリー「NEXT 未来のために『オバマと会った被爆者』」再放送のお知らせ(NHK総合)

「オバマ米大統領、広島訪問 被爆者とハグ Obama hugs Hiroshima survivor」
AFPBB News (AFP通信日本語ニュースサービス)



https://www.youtube.com/watch?v=D8MtsB636Tg

 2016年9月27日(火) 午前1時30分より、バラク・オバマ大統領広島訪問時に大統領と言葉を交わした被爆者の一人、坪井直(すなお)さん(91歳・日本原水爆被害者団体協議会代表委員)をご紹介する番組が再放送されます。
 (前出動画内で最初にオバマ大統領と言葉を交わされている方です。)

 番組公式HPはこちらです。
 もっとNHKドキュメンタリー「NEXT 未来のために『オバマと会った被爆者』」

 http://www.nhk.or.jp/docudocu/program/3356/2075058/index.html

 20歳のとき、爆心地から約1.2km地点で被爆、顔や手や背中に大きなやけどを負い、壮絶な光景を目の当たりにした坪井さん。
(大怪我を負い、橋の欄干近くに座り込んで救援を待つ坪井さんの姿が当時の記録写真に残されているそうです。)

 本当は原爆を投下をされたことに対する強い怒りがある。

 それでも、オバマ大統領と対面した坪井さんは、笑みを浮かべ、力強く握手を交わしながらこう伝えました。
「核兵器のない世界、私たちも行きますよ」

 チェコのプラハでやったあなたの「“核兵器のない世界”をつくろう」、そのことは今も私に脈打っていますよ。だからあなたが(来年の)1月に(大統領を)辞められても、広島へ来てください。

 坪井さんのその言葉を手を握り続けながら聞いたオバマ大統領。
 
 広島を訪れてからずっと、張り詰めた真剣な表情を浮かべていた顔に、はじめて笑みが浮かびました。

 「謝って下さい、とか悪いことをしましたとか私は一切いりません」

 そう語る坪井さん。

「憎しみを出しても、わかってもらえなければ意味がない。乗り越えんとね、平和はない。幸せはない」

 被爆の後遺症にも苦しめられながら、その心境に達するまでには、さまざまな葛藤があったはずですが、戦後71年、被爆国である日本でも戦争の記憶が薄れつつある今この時、まず必要なのは、謝罪の言葉の有無ではなく、ともに核兵器の恐ろしさを考え、平和に向かうという未来へ向けた思いであるというお考えが、このご発言になっているのだと思います。

 番組では、坪井さんに密着取材をし、被爆体験、そして怒りや憎しみを乗り越えて、「ここから」の平和への歩みを見据える思いが紹介されるそうです。

 当ブログでは、後日、この番組の内容や、同じく被爆者としてスピーチ後にオバマ大統領と言葉を交わされた、森重昭(しげあき)さん(動画内で坪井さんの後に会話をし、オバマ大統領と抱擁を交わしている方です)のご活動について紹介させていただく予定です。

 よろしければまたいらしてください。

 読んでくださってありがとうございました。


 (参照):
 ・「被爆者と抱擁も…明かされた大統領との会話」
  日テレNEWS24(2016年5月28日)
   http://www.news24.jp/articles/2016/05/28/07331263.html
 ・フジテレビ「ユアタイム」2016年5月27日 放送内容
 ・ウィキペディア記事「坪井直」
https://ja.wikipedia.org/wiki/坪井直
posted by Palum at 01:05| 番外編・おすすめテレビ番組 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月13日

「贋作師 ベルトラッチ 〜超一級のニセモノ〜 (NHK BS世界のドキュメンタリー)」 番組情報ご紹介


 本日は日記の予定でしたが変更してNHK BS世界のドキュメンタリーの放送予定番組についてご紹介させていただきます。

「贋作師ベルトラッチ 〜超一級のニセモノ」(2014年 ドイツ 原題:BELTRACCHI - THE ART OF FORGERY)2016年9月15日(木〈水曜深夜〉)午前0時00分〜0時50分放送。
(番組公式HP url: http://www6.nhk.or.jp/wdoc/backnumber/detail/?pid=160915
 現代アートの贋作を約2000点制作、被害総額は45億円以上にのぼるという贋作師ウォルフガング・ベルトラッチ(Wolfgang Beltracchi)。

 豊富な知識と技術で「巨匠の未発見の作品」と、専門家をも欺き続けたベルトラッチは、当時存在しなかった色を使って贋作を仕上げるというミスを犯すまで、約40年にわたり贋作師として活動をつづけました。

(参照:東京大学大学院文化資源学研究室 小林真理ゼミブログ「一級品のニセモノ(2013年6月2日記事)」http://mari-semi.blogspot.jp/2013/06/blog-post.html


 このドキュメンタリーでは、ベルトラッチとその妻ヘレーネ(贋作制作でもパートナー)本人が登場し、画材の調達から絵画の完成まで、贋作制作の過程を紹介しているそうです。

 ドキュメンタリーフィルム「BELTRACCHI - THE ART OF FORGERY」のトレイラー動画はコチラです。(英語字幕付き、番組解説文があったので、当記事の資料とさせていただきました。)



https://www.youtube.com/watch?v=TS6a3XochQU

 彼にインタビューしている「Channel4 」のニュース動画はコチラです。(英語)



https://www.youtube.com/watch?v=zz6YXjSHFOI

 彼の制作風景を紹介している動画はコチラです(英語)。亡き巨匠の霊を感じながら描いているとか。



https://www.youtube.com/watch?v=6S2HgibGbb0

 以前イギリスBBCで「Fake or Fortune」という巨匠の絵画の真贋を鑑定する激面白番組があるということをご紹介させていただきましたが(放送希望×2!)、こうした真贋鑑定で大きな壁となるのが、ベルトラッチ氏のような、腕利きの贋作師の存在です。
(このような大規模な詐欺を働いた贋作師は、しばしば「Master Forger(贋作の大家)」と形容されます。浦沢直樹先生の名作「マスターキートン」みたいでなんかカッコよさげ……。)

MASTERキートン 1 完全版 (ビッグコミックススペシャル) -
MASTERキートン 1 完全版 (ビッグコミックススペシャル) -

 巨匠と同時代のキャンバスを使い、タッチやサインを完璧に模倣した作品は、専門家でもその真贋の判断が非常に難しいと言われています。

 特に画材調達が比較的たやすく、古典的な作品に見られる制作に時間を要する緻密さよりも、斬新な発想を重視する現代アートは、ベルトラッチのような高い技術を持つ贋作師には模倣しやすく、現在マーケットに出回る現代アートには、多くの贋作が紛れ込んでいると言われています。

(そんな中、タッチも絵の表面に現れる経年変化も再現し、フェルメールの贋作を作ったハン・ファン・メーヘレン〈Han van Meegeren〉は、絵をナチス・ドイツに売りつけたという事実も手伝って、今でも伝説の贋作師として語り継がれています。〈「Fake or Fortune」によれば、彼の経年変化の再現方法は未だ謎に包まれているそうです。〉)

 そんな贋作師たちの制作の秘密それ自体も興味深いですが、もう一つ、日本人の目からはなんとなく意外なのは、足を洗った贋作師が堂々と出演するという海外のテレビ番組事情です。

 既に司法の裁きは終わっているというだけではなく、「高い技術を持った贋作師の絵と真作の本来的な意味での価値の違い」や、「権威主義的な市場や巨万の富を持つ人々を大胆に欺いて泳ぎ渡る」という贋作の側面が、どこか人々を引き付けるのかもしれません。
(「Fake or Fortune」を観ているとそういう贋作をつかまされてしまい落胆する人たちも目にするので、あまり軽く考えることもできないのですが……。)

 このベルトラッチ氏の他にも、イギリスではジョン・マイアット(John Myatt)という有名な元贋作師の方がいて、しばしば贋作技術解説の権威としてテレビに登場しています。
(今は二人ともちゃんとご本人の名で絵が高値で売れているそう。)

 (「Fake or Fortune」でメーヘレン作と疑われる作品の鑑定時に、メーヘレンの謎の制作技法にチャレンジしたのもこの人です。〈ちなみに鑑定対象だった絵は、フェルメールではなく、本物だとしてもそこまで価値のある絵ではなかったので、むしろ「あのメーヘレン」作を美術館のスタッフが期待していたのが印象的でした〈数十年前、美術館が偽物をそれと気づかず所蔵してしまったということなのに〉。さばけている……〉)

 日本でもおなじみの鑑定の世界を裏側から描いた面白そうな作品なので、ご覧になってみてはいかがでしょうか。

 以上、おススメ番組紹介でした。

(この番組について、当ブログで書かせていただいたあらすじと感想記事はこちらです。
 (※ネタバレ)「贋作師ベルトラッチ 〜超一級のニセモノ」あらすじと感想(NHK BS世界のドキュメンタリー)

 
(まったくの余談ですが、この情報をチェックしている最中、当ブログでも繰り返しご紹介させていただいているイギリスの合唱団指揮者ギャレス・マローンさん〈合唱を心から愛する情熱的で礼儀正しい理想的リーダー、メガネ男子〉の番組の再放送について。番組スタッフブログ9月9日分内にこんなコメントがありました。

「なお、多くの方からご投票いただいた「ギャレス・マローンの職場で歌おう!」(全8回)は、
12月に放送を予定しています。詳細が決まり次第、HPにてお知らせいたします。どうぞお楽しみに。(「もう一度見たい!」ラインナップが決まりました。(9月9日記事)」より)

 さすがですギャレスさん……。〈当ブログでもまたこの方について書かせていただく予定です。〉)

 しかしこうなるとホントに「Fake or Fortune」も放送してほしいです。こういう贋作師や、眠れる絵画を探す目利きのディーラーや鑑定士たち、謎多きアートマーケット、鑑定のために科学技術を駆使する調査担当者たち(そしてもちろん所有者)全ての人々の動きが観られて無茶苦茶スリリングで面白いんです!

 こちらの番組についても、今後情報入手できる範囲でご紹介する予定ですので、よろしければまたお立ち寄りください。

 また、イギリスの元贋作師ジョン・マイアット氏についても紹介記事を書かせていただきましたので、こちらもよろしければご覧になってみてください。

 読んでくださってありがとうございました。
posted by Palum at 23:19| 番外編・おすすめテレビ番組 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年08月19日

ロシアの犬風狐たち(50年間の実験で明かされた遺伝の秘密)(NHKドキュメンタリー「オオカミはこうして犬になった」より)

 本日は約50年前からロシアで実施された、風変わりな狐の実験についてご紹介させていただきます。

 NHKドキュメンタリー「オオカミはこうして犬になった」(2011年初回放送)でもとりあげられた、犬の進化の過程を解き明かすための実験です。

 比較的人に警戒心を示さない狐を代々つがいにした結果起こった、驚くべき変化。

 それは、それまで突然変異と思われていた、オオカミから犬への性質や容姿の変化を解き明かすヒントといわれ、遺伝学上の大きな発見でした。

 個人的な話をしますと、正直、理数系は壊滅的な奴なんで、遺伝がどうのと言われてもよくわからないのですが、わが愛する犬という種族がからんでいるのと、可愛いのとで番組ガン見してみたら(細かいことはイマイチよくわからないなりに)とても面白かったです。

 1959年、動物の家畜化、特にオオカミが犬に進化した過程を調べていた遺伝学者ドミートリ・ベリャーエフ氏は、当時、ロシアで毛皮採取用に飼われていた毛皮農場の銀狐たちの中に、野生そのままに人間に強い警戒心を見せる狐と、人間が近寄っても威嚇せずに好奇心を示す狐がいることに注目、狐たちをその性質で二分割して集め、繁殖を開始しました。

 実験の様子がわかる動画はコチラです。

「Dogs evolution contradicts Darwin, Rate My Science」(RateMyScienceチャンネルより)※英語解説付



https://www.youtube.com/watch?v=ZEOjlsUd7j8

 実験中、警戒心が薄い穏やかな狐カップルから何割か両親の資質を引き継いだ穏やかな子ぎつねが生まれ、またその子供たちのうち穏やかな狐同士をつがいにし……ということを繰り返した結果、以下の現象が起こりました。

 1,世代を重ねるごとに、(可愛がられて後天的に、ではなく)生まれながらに人を恐れない狐(研究所では「エリート」と呼ばれる)が生まれる確率が高くなった。
  ※6世代目ではわずか1.8パーセントだったものが、50世代目では85パーセントまで増加

 2,狐たちがただ人を恐れないだけでなく、犬のように尻尾を振る、甘え鳴きをするなど、人に積極的に親愛の情を示すようになった
  ※ヴェリャーエフ氏の弟子で研究の後継者トルート博士によれば、尻尾を振りだしたのは4代目から。

 3,「エリート」狐は野生の狐と異なる形状になっていった。
  (例1)額が広く、鼻面が短くなる
  (例2)たれ耳、巻尾になる
  (例3)白いぶちが生じる、または全身白くなる 
     ※元々は黒地に表面のみ白い毛が覆っている

 そして今。

 おでこの広い、鼻先の丸い(心なしか眼もくりくりしている)狐が「ふめめぇぇぇ!」と、本来赤ちゃんが母親にする甘え鳴きをして、ふさふさ尻尾をばっさばっさ振ってお腹を見せて撫でてアピールをしたり、人を見るとテンション上がってふぐふぐ鼻息をあらくして、口をぱかっと開けた笑顔で、あがが…とさしだされた手を甘噛みしたりするようになりました。


 美しい毛皮とすらりとした端正な姿で、顔と声は赤ちゃんみたいで朗らかで人懐っこい。

 この世にいまだかつてこれほどギャップ萌えな生物がいたでしょうか。

 ウィキペディア記事に画像があったのでご覧ください。(画像提供:Kayfedewa)

「A Russian Domesticated Red Fox with Georgian White fur color」

Georgian_white_Russian_domesticated_Red_Fox.jpg

「A Russian Domesticated Red Fox with classic red fur color」

Red_Color_Russian_domesticated_Red_Fox.jpg

 か、かわいい……鼻が……鼻の先がこう、ぷくっと丸いのが……ぜえはあ(落ち着け)。

 この狐たんたちと一緒に狭い部屋に閉じ込められたら「死因、萌死」で密室殺人が完成してしまいそうです。

 いやしかしホントに可愛いので、NHKで取材に行かれた生物学者の福岡伸一(※)先生も、犬みたいに綱つけてお散歩に行った狐たんが、先生から差し出されたペットボトルを、「ナニコレナニコレ」と、あががと噛んで遊んだり、お腹出してコロコロ転がって先生に撫でてもらったりするもんだから「ちょっと……日本に持って帰りますかね……」と笑顔で悩殺されていました。

(※)前回、記憶の遺伝を扱った阿刀田高氏のエッセイ「遠い記憶」の記事で、最新のネズミの記憶実験について引用させていただきましたが、そのコラムの筆者が福岡先生でした。気づかなかった……。

 ちなみに、今はこのエリート狐の親戚たちが、ペットとしてロシアで飼われているそうです。まあそうなりますよね……。

 こうして、野生動物から人馴れした性質の動物が生まれるまでの過程として、単純な突然変異の産物ではなく、穏やかな性質のカップルを選んで、その子を育てるという方法を繰り返したのではという説が有力視されるようになりました。

 (別の番組で観たのですが、逆に言えば、野生の本能というのは単に幼い頃から可愛がっていればどうにかなるとは限らず、犬と遺伝子上は非常に似通っている狼を、ごく小さい頃から人と同居させても、大きくなるにつれて動作や気象が荒くなり、同じ場所にいることはできなくなる可能性が高いそうです。)

 では、なぜ「エリート」狐たちに形質的変化が出てきたのか(お鼻ぷっくり萌え萌えわんこ顔とかになってきたのか)ということについてですが、これは警戒心の減少により、大人になってもストレスホルモンを分泌する遺伝子が機能せず、野生なら成長した時点で起こる遺伝子の働きによる容姿の変化が無い、言い換えれば子供の姿を残したままで成長するという結果になるからだそうです。

 そして、このように野生の狐と「エリート」狐が同様の遺伝子を持ちながら、「エリート」狐は警戒心が無いために、特定の遺伝子の働くタイミングが野生の個体と異なる、そのタイミングの差異(そしてそれに伴う容姿の変化)すらも、子は受け継ぐということが、この研究で裏付けられたそうです。
(耳や尾の形、体色の違いも、このタイミングの差異が影響を与えたものと考えられています。)


 ……この「顔が野生の狐と違う理由」という話を聞いて我が愛犬を思い出しました。

 鼻面が短く、大きなぷっくり鼻をして、眼も大きく、晩年にいたるまで、なにやらきょとんとした童顔でした。

 そして基本穏やかな犬だったのですが、身内にはテンションが高く、この狐たんたちのようにぐーとかあーとか変な声を出したり、あががと手をくわえる癖がありました。
(※ 現在は甘噛みはしつけで治すのが一般的みたいですが、ほんとにくわえるだけだったので別にやめさせなかったです)

 ずいぶんと苦労をかけてしまったのですが、なぜかあまり容姿が大人化しなかったのは、私ら一家があれだけ頼っても、あの犬が警戒心やストレスを感じないようにしてくれていたからなのだろうかと思うと、ありがたいような、済まないような気がします……。

 元来、人を支えて働く優しい犬種だから、あの犬もその気質を引き継いで頑張ってくれたのかな……。

 すみません、最後は勝手にしんみりしてしまいましたが、以上、不思議なカワイイ狐のお話でした。

 参照したウィキペディア記事はコチラです。
 https://en.wikipedia.org/wiki/Russian_Domesticated_Red_Fox

 近日中に、ロシアではないのですが、同様に非常に人馴れした狐たちのおススメ動画をご紹介させていただきますので(この記事書くんでいろいろ見ていて見つけて鼻血ブーだった)、よろしければまたお立ち寄りください。

 読んでくださってありがとうございました。

posted by Palum at 00:01| 番外編・おすすめテレビ番組 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年07月27日

スタンフォード監獄実験(NHK BSプレミアム「フランケンシュタインの誘惑」放送内容)

明日(2016年7月28日〈木〉)21:00より、BSプレミアムの、科学史の闇を描いたシリーズ「フランケンシュタインの誘惑」で「スタンフォード監獄実験」が紹介されます。(公式情報はコチラ
(再放送7月30日午後6時00分〜 午後7時00分、8月25日午後5時00分〜 午後6時00分)

「スタンフォード監獄実験」
「与えられた役割や立場が人間の行動に与える変化」を調べるため、1971年、アメリカの名門、スタンフォード大学の、架空監獄施設で行われた実験です。

その実験環境の過酷さ、その後の被験者への深刻な影響などから、史上最も残酷な心理実験といわれ、その後、繰り返し映画の題材になりました。

(ドイツ映画「es」、「es」のアメリカ版リメイク「エクスペリメント」、2015年に再び「The Stanford Prison Experiment」として映画化されたそうです)

「The Stanford Prison Experiment」の予告動画



「es」(※実際の事件以上に残虐性が強い内容となっています。)
es[エス] [DVD] -
es[エス] [DVD] -

エクスペリメント [DVD] -
エクスペリメント [DVD] -

この実験は、「囚人役」「看守役」に分けられた一般人たちが、ごく短期間のうちに激変、看守役が囚人役を虐待しはじめ、実験を観察していたはずの学者すらも状況にひきずられて判断力が欠如、実験を中止できなくなるという事態を引き起こしました。

監獄環境の過酷さと看守役からの虐待により、精神に変調をきたす被験者が出ても実験は継続され、危険性に気づいた牧師(実際の刑務所カウンセラーを担当、学者に招かれて実験を見に来た)と被験者の家族により実験開始より六日目で急きょ中止となりましたが、(当初2週間の予定で実施)その際も看守役の被験者は中止に抗議したそうです。
(詳しくはウィキペディア記事をご参照ください。非常に詳しく書かれています。)

人間が普段持ち合わせていると自分でも思っている倫理観や判断力は、環境と立場の変化により(それが架空のものであってすら)たった数日で崩壊する、そしてそれを外部から観察しているだけのつもりだった人間さえも、いつのまにか巻き込まれて、目の前で被害に遭っている人間を見ても(本来自分はそれをやめさせられる立場のはずなのに)事態を変えられなくなる。

実験は、こうした、当初の想定をはるかに超えた人間の心のあやうさをあぶり出し、しかも後遺症をおった被験者たちの心を癒すためには10年の月日を要しました。
(実験を実施した心理学者ジンバルドー本人がカウンセリングを担当、今回の番組でご本人が登場するそうです。)

心理学上の大スキャンダルとなったこの実験は、しかし、「人間は立場と集団によって、一瞬で変貌してしまう」という重要な警告を残しました。

「正義を信じて組織に加わったはずの人間が残虐行為に加担してしまう」
「自分は相手を嫌っていないのに、周囲がその人をいじめているからと、それを止めずに逆に参加してしまう」
など、外部からみたら、なぜそのようなことがおこってしまったのかと思わせる事態も、この人間のあやうさに起因しているのではないでしょうか。
(番組では、併せてその後アメリカ心理学会が「テロとの戦争」の中で犯したスキャンダルについても触れられるそうです。)

実験がもたらした事態の異常性に目がいきがちですが、自分を含めた人間という生き物、そして集団の怖さを思い知らされる、もっと多くの人に警告として広められるべき事件だと思います。

よろしければ、番組をご覧になってみてください。

読んでくださってありがとうございました。
posted by Palum at 04:20| 番外編・おすすめテレビ番組 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2015年06月02日

本郷VS力石、見逃せない直接対決!(そして今野魯粛……)「食の軍師・焼肉の軍師編」(ドラマ)

東京MXテレビで毎週水曜23時30分から放映されているドラマ、「食の軍師」についてご紹介させていただきます。
過去の当ブログご紹介記事はコチラ。
ドラマの公式HPはコチラです。
「食の軍師」。
http://s.mxtv.jp/gunshi/episode.php

原作はドラマ化もされた「孤独のグルメ」で有名な久住昌之氏原作、和泉晴紀の漫画です。
食の軍師 1 -
食の軍師 1 -
主人公本郷が、脳内に住まう食の軍師諸葛亮孔明の策に従い、名城を攻略していく(=美味しい店でかっこよく食べる)ことを目指すも、たいていフラリと同じ店に入ってくる謎の青年力石の、無為自然にして洗練された所作に完膚なきまでに敗北するという筋立てです。

名城攻略のために己に禁欲すら課す(例、焼肉に行くと決めたら、一カ月を肉断ちする)本郷のいじらしさと、その本郷渾身の陣立て(食べ方)を眼中にすら置かずに易々と超えていく、力石のモーツァルトのごとき天才がそれぞれに味わい深い……。

と、この基本的構図は漫画もドラマも同じなのですが、(特に力石にしてやられたときの本郷がカウンターから足だけのぞかせピクピクとずっこける姿は驚異の再現率)実は力石のキャラ設定が原作とドラマでは異なります。

ドラマではほとんど本郷を言葉を交わすことが無く、独り我が道を行く品を醸していた力石ですが、漫画では結構自分から話しかけています。そしてそのほとんどが「余計なお世話にして極めて的を得ている」というコンニャロな感じ。

でも、なぜかその鮮やかな戦略や発言に本郷と一緒にドバッサリ切られるのがキモチよかったりするんです。いいわ、いいわその手があったのねハアハア(変態か。)

いや真面目な話、若いのに金持ちそうで、気負わずハードル高い店でサラリとうまいもん食って、年上の本郷にも物怖じせずにいらんこと言うという、ちょっと聞き死ねこのやろう的なキャラが不思議とカッコよく、原作でも、力石の登場回数が少ない2巻では「力石がいない!!」という嘆きの読者レビューが続出しています。(私もその一人)
食の軍師 2 -
食の軍師 2 -

ちなみにそんな「悪気はなくてセンスはいいけど感じが良くない」原作力石語録の最高傑作は「とんかつの軍師」の回。
揚げたてのトンカツを前に、精魂込めて一口一口味付けを変えて食べ進めていた本郷の前に現れた力石。席には座らず、予約しておいたお持ち帰り弁当を手に。
「今日は天気がいいからこれ持って釣りに行くんだ。川で食べるこの寝かせた(※)とんかつ弁当とビールがこたえられないんだ」
(※ソースを衣にしみこませてしばらく置いておくこと。本郷も最後の一口はソレと決めて大切にとっていたが、力石はハナからそれだけを目当てに持ち帰るという大技に出た。)
じゃね。ガラガラピシャッ(←引き戸を閉める音)
と去っていく力石に、本郷は「天候を味方に外の国に進出していくとは!」と取り残されて歯噛みをします。

これまでドラマ版ではこの手の発言はなく、孤高の力石を勝手に目の敵にしている本郷という構図が際立っていたのですが、今回の「焼肉の軍師」では、混んでいるために顔見知りの本郷を力石が相席に誘うという展開で、ドラマ内の二人がはじめてまともに言葉を交わしています。

原作の名言
「(一杯目は酒を飲まず)まずはこいつ(無料で美味しい麦茶)で喉を開いてから酒に行こうかなと思って」や、
「ホルモンが歌い出したぜ(※)」(焼ける音で食べごろを見極めるという巧者の発言)
などが聞ける上に、ハラミについて
「内臓の中でもハラミは別格で昔は『ソフトカルビ』って言われてたくらいだから」
と、ドヤ顔で講釈をたれる本郷に対し、笑顔で
「でも、その『ソフトカルビ』って呼び方ダサいッスね」
と、やっぱりコイツ毒舌だったか、とわかる一言も飛び出しています。(本郷ビールバフー)
孤高の力石もカッコイイけど、やっぱりドラマでもたまにはこうやってバサーッと斬ってくれる展開が観られるといいなあ。

ところで、今回の焼肉の軍師後編、もう一つの見どころは、本郷の脳内軍師諸葛亮孔明のもとに現れる新たな軍師魯粛の存在です。(※三国志呉国の軍師)
次週予告観て、「キャア今野さんだわッ(愛)」と乙女のごとく胸が高鳴りました。
キングオブコメディ今野浩喜さん。
個性的な風貌と威風堂々たる声での大理不尽発言で、他の追随を許さない爆発力を誇る芸人さんです。
彼にふりまわされながらも、その暴走の一つ一つに、大人の胸に染み入る味わい深い突っ込みを入れる高橋さん(容姿は西島秀俊風味)とのコントは必見。

(「キングオブコント」優勝時の演技)


放映前からの期待を裏切らない、いかにも時代物が似合う端正さと重厚な演技力でこれまでもドラマをいっそうバカバカしくしてくださった(何?)篠井孔明の隣でどのような活躍をみせてくださるか、超楽しみです。てか何度も出てほしい!

本日は以上になります。この話題でまだ追記したいので、よろしかったらまたいらしてください。

読んでくださってありがとうございました。
posted by Palum at 07:52| 番外編・おすすめテレビ番組 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月09日

「ハイビジョン特集 左手のピアニスト 舘野 泉 再びつかんだ音楽」

 BSプレミアムがご覧になれる方限定ですが、良い番組が再放送されるので内容についてご紹介させていただきます。

2014年4月14日(月)午後2時30分BSプレミアムで「ハイビジョン特集 左手のピアニスト 舘野 泉 再びつかんだ音楽」が放映されます。(110分)
 NHKの番組公式情報URLは以下のとおりです。
http://www.nhk.or.jp/archives/premium/next/index.html#friday

 舘野泉さんはフィンランド在住のピアニスト。

 2002年、リサイタル中に脳溢血で倒れた舘野さんは、後遺症で右手が動かなくなってしまいましたが、現在、左手のみの演奏で復帰・活躍されています。

 前回記事で、申し訳ないことに同じく舘野さんを特集した別の番組と間違えて内容をご紹介してしまったので、今回は放送内容について改めて書かせていただきます。

(番組概要)
 BSプレミアムの番組では、舘野さんの幼少時代からフィンランドでの演奏活動、病後「左手のピアニスト」として再起を果たすまでの出来事が、館野さんの両親、奥さんと子供たち、友人たちとのやりとりも含めて描かれていました。

(見どころ1 舘野泉さんという方)
 別の番組を観たときも思ったのですが、舘野さんという方はただ独自の演奏方法で活動なさっているというだけでなく、たたずまいのとても美しい方だなあと思わされます。

 静かな、ゆっくりとした語り口で、胸の奥底からの言葉を、ひとつひとつそっと取り出すように真摯に話される。

 その姿、言葉は舘野さんの奏でる音楽そのものによく似ています。

 画家や音楽家など、ある一道を極めた芸術家は、時に文筆家が使うことのできない言葉の力をもっていらっしゃることがあるのですが、舘野さんもそういう方でした。

 番組の中で舘野さんはいくつも素敵な言葉を聞かせてくださいます。

 (フィンランドの自然に対する愛着を語っていらっしゃる場面、冬と温かくなってからのコントラストが好きだとお話されながら)
 半年の冬っていうものが、ただ、なんにも無くなってしまった、水も凍って動かなくなってしまった、木から葉っぱは落ちてしまった、そういう枯れて何もなくなってしまった、死んだ世界のように思うけれど。そうじゃなくて、その世界というのは、次に咲き出る、萌え出る、輝き出る……そういうのを準備しているわけですよね。その間も、ずうっと命というのは続いているわけです。だから、ある詩人が「夜があるというのは素敵なことだ。夜の間に自然は全てを洗い清めて、朝の光にまた差し出す」と言っていましたが、それを拡大したもののように思うわけですけれどね。

 この言葉など、人生の苦しいときに思い出したくなる力があります。舘野さんのように実際に「冬」を確かに乗り越えた人から聞くとなおのこと。

その言葉、悲しみを乗り越えた優しい微笑。少し涙にうるんでいるような声と瞳。

風雪に耐えて幹を成し葉を茂らせた大きな木の、木漏れ日に光をさらさらとこぼすような、ゆったりとおだやかな輝きが放射されています。

(見どころ2 息子ヤンネさんとの絆)

 右手がピアノを弾くほどには回復せず、失意に沈む舘野さんに、左手での演奏を続けるように励ましたのは息子ヤンネさんでした。
 ヴァイオリニストとして活動していたヤンネさんは、舘野さんに、左手のためのピアノ曲の譜面を渡します。
 「ブリッジの曲は明るくて快活で父の出す響きにぴったりだと思いました(ヤンネさんの言葉)」
 父がピアノから遠ざかるとはとても考えられない。プロとしてでなくても弾き続けてほしい。
 この曲なら気に入ってもらえるだろう。
 そして、ヤンネさんの願い通り、この曲の素晴らしさが、両手で弾くのがピアニストとしての復帰だと思っていた館野さんの視点を切り替えました。
「氷河が溶けて動き出したような感じであった。(中略)ただ、生きかえるようであった。(中略)音が香り、咲き、漂い、はぜ、大きく育って、ひとつの全き姿となって完成する。音楽をするのに、手が一本も二本も、関係はなかった。(舘野泉さんのエッセイ『ひまわりの海』より)」

(見どころ3 2人の作曲家と奏法)

 舘野さんが左手だけでピアノを弾くと決意したのち、二人の作曲家が、彼のために左手のためのピアノ曲を作曲します。

 若き日に舘野さんとの出合ったことがきっかけで、その後多くのピアノの作曲を手掛けるようになったというフィンランドの現代音楽界を代表する作曲家、ペール・ヘンリック・ノルドグレン氏はこう語ります。
「大きな困難に直面した舘野さんへ、最初のピアノ曲の続篇を捧げたかったのです。今、私が作曲をつづけていられるのは舘野さんのおかげなのですから」

 番組内のコンサートでは、このノルドグレン氏が小泉八雲の怪談をイメージして作った曲の一部を聴くことができます。

この曲を視聴できるHPがありましたのでURLを貼らせていただきます。
http://ml.naxos.jp/album/643443226967


 また、日本の作曲家であり、間宮芳夫さんも、舘野さんを「自分の作品を最も理解してくれる演奏家の一人」と思い、この困難に挑戦します。

 実際に舘野さんの演奏を聴いてみるとわかりますが、言われなければ、素人には片手で弾いていらっしゃるとわからないような音です。
 
 ピアノと言う楽器が持つ個性に複雑な音の重なり(和音)があります。

 本来なら両手指分10音を同時に出すことができる。しかし、今演奏に使える指は5本。

 この壁をどう乗り越えるか。

 間宮さんと舘野さんは、海を越えて話し合い、弾きあった結果、「ペダルを踏んで音の余韻を長くし、それを追うように指で音を重ねる」、「指だけではなく、手のひらの一部を使う」などの方法、音の広がりを作り出してゆきます。

 その方が音楽としていいのなら、難しくても意地でも弾く。遠慮せずに作曲する。

 二人のそういう気迫が、今の舘野さんの音楽を作り上げていったのです。

(見どころ4 シベリウスの家にて)

 復帰を果たしたあとの舘野さんは、フィンランドの国民的作曲家シベリウスが妻と共に過ごした家を訪れます。

 静かな森の中の居心地のよい家。シベリウスと妻の墓がある場所。

 ここは舘野さんにとって、敬愛するシベリウスの面影を追うだけではない意味のある場所でした。

 2歳からピアノを弾きはじめた館野さん。

 彼に音楽の素晴らしさを教えてくれたのは、音楽家で、子供たちにピアノを教えていた父弘さんでした。

 彼に厳しい英才教育を施すわけではなく、ただ、音楽に全身全霊を捧げること、音楽を続けていける幸せを教えてくれたお父さん。

 かつて父の訃報を聞いたとき、フィンランドにいた館野さんは、シベリウスの家をたずねました。

 そして、そこに残されていたピアノで、父のためにシベリウスの曲を弾いて捧げました。

 今回再訪した舘野さん。今はもうシベリウスの曲を弾くことはできませんが、代わりに、左手だけでバッハの曲をブラームスがピアノ用に編成した「シャコンヌ」を、力強く情熱的に奏でます。

 弾き終わった舘野さんは、ためいきをついて、長い沈黙のあとに言いました。
「……ありがとうっていう他ないや、ありがとうって、誰にいうんだか知らないけれど……でもすごい、いい気持ちだ。よかった、これ弾けて……」

 舘野さんを観ていると「幸福な人」という言葉が浮かんできます。

 いえ、本当は2歳の頃から何十年も続け、息をすること、生きていることそのものにも等しいピアノを弾くための右手の自由が奪われたのですから、ピアニストである彼にとってこれ以上の不幸はなかったかもしれません。

 しかし、それまでの努力と、誠実で穏やかな人柄で培ってきた家族や友人との絆、そして音楽への鬼気迫る愛で、もう一度ピアノを弾くことに帰ってきた。

 そして今、昔とは違う形でであり、そこにいまだに悲しみはあるのかもしれないけれど、やはり確かに幸せを生きている人なのだ、逆風の中でも、死にものぐるいであたらしい幸せの領域にたどりつき、かじりつくようにしてでも、ふみとどまりつづけている人なのだ。

 そうして音を奏で、微笑んでいるのだという気がします。

 その音色に心打たれ、その生きざまに勇気をもらえる方でした。是非ご覧になってみてください。

舘野泉さんの公式HP、ウィキペディア記事は以下の通りです。
http://www.izumi-tateno.com/(公式HP)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%88%98%E9%87%8E%E6%B3%89(ウィキペディア)

読んでくださってありがとうございました。
posted by Palum at 15:08| 番外編・おすすめテレビ番組 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月05日

「オーレ・エクセルとスウェーデンデザイン」

 またまた英語ともイギリスとも関係ない話なのですが、素敵な番組があったのでご紹介させていただきます。

 Foodies TV(フーディーズTV)というチャンネルがご覧になれる方限定ですが、スウェーデンの巨匠グラフィックデザイナー、オーレ・エクセル氏と、彼の精神を引き継ぐ様々なジャンルのデザイナーたちを紹介する全12回番組です。

 以下関連情報ページURLです

 ・Foodies TV内番組紹介ページ
http://www.foodiestv.jp/program/episode.php?prg_cd=FD00000407&episode_cd=0001&epg_ver_cd=06


 ・オーレ・エクセル氏のイラストをもとに作られたアニメーション「オーレ・エクセル・イン・モーション(Olle Eksell in motion)」の公式HP
 http://aoisora.me/olle_eksell_in_motion/

 巨匠グラフィックデザイナーとか書かせていただいておいてなんですが、私はこの方のこと、番組を観るまで存じ上げませんでした。

 ウチのテレビの番組表「オーレ・エクセル」としか番組名を出してくれず、観るまでフーディーズTVなんでカフェの特集かなんかかとバクゼンと思っていたくらいです。(カフェオレとエクセルシオールカフェを脳内で混ぜてた模様。早朝なんで寝ぼけていたし……)

 さらに申してしまうと、オーレ・エクセル氏ご本人のお仕事についてまだよく存じません……。第一話目のほんとに最後から観だしたので……。

 ですが、早朝(6時台)に半目どころか2割目くらいになっていた私が、彼の絵の色彩感覚やデフォルメのあまりの可愛らしさと洗練に目をカッとみひらいてリモコンお手玉するように慌てて録画したのは事実です。

 いかにも手書きの温かみを生かしたシンプルな線と大胆な色づかい、動物や人のユーモラスな表情。

 比較は良くないかもしれませんが、スヌーピーやムーミンのデフォルメや線の味、絵本「はらぺこあおむし」の色彩感覚、レイモン・ペイネ(フランスのイラストレーター。恋人たちを描いた作品で名高い)の大人可愛いユーモア、パウル・クレーの天使の絵などが好きな方なら、あのセンスに一瞬にして心臓を撃ち抜かれると思います。

 そして、とくにあのシンプルと遊びと色使いは、今ご紹介したクリエイターともまた違う、あざやかな個性です。

 番組いわく、オーレ・エクセル氏は「グッドデザインとは単に美しいだけでなく経済効果を生み出すものだ」と言っていたそうです。 

 「お金が儲かる」というよりは、そのデザインが流通することで便利になる、暮らしやすくなる、という意味合いのようです。

 その言葉どおり、スウェーデンでは、生活に溶け込み、日常を潤し、そして環境に優しいデザインが暮らしのあらゆる場所に行きわたっています。

 私は日本の文化のこともとても誇りに思って居ますが、とくに「日常生活を彩るデザイン」という点ではスウェーデンって本当に凄いんだなと度肝をぬかれました。
 壁紙……生地……食器……家具……階段……建物……というか歩道まで!
 
 おそらくはそうした毎日美しいものを見ることによって育まれるセンスと、豊かな自然、偉大な先人の残した仕事からのインスピレーションゆえに、スウェーデンではスーパーの壁のイラストからオフィスのインテリア、牛乳のパッケージに至るまで、心ときめくほどの魅力があります。特に色がいいなあ……。

 まだいくつかしか観ていないのですが、印象的だった場面を少し紹介させていただきます。

 @テキスタイルデザイナーのサラ・バーナーさん(ユニクロのTシャツデザインもてがけた方)は、動物や植物をモチーフにした作品を手掛けていらっしゃいますが、デザインの参考として日本の水墨画の画集や、着物の図案集をしげしげと眺めて、こんな美しいものを創りたい、とおっしゃっていました。
 
確かに日本の明治〜昭和初期にかけての色彩感覚とデザインはこれまた凄まじいものがあります。色鮮やかで繊細で大胆。(あの着物の美はスウェーデンの日常美と比べると「よそいき・晴れ着」の美しさですが)

イギリスのミュージアムショップで、彼女がめくっているような着物の柄の写真集をよく目にしました。外国の人からみてもとても魅力的なのでしょう。

 そんなわけでサラさんの作品は独創的な線や構図ながら、日本人が親近感を覚えるものとなっていました。


 A陶芸家のリサ・ラーソンさん(まるみをおびた優しい味わいの動物や子供の陶器作品をお作りになっている方)のお言葉。

「良いデザインとは、美しさ、高い技術、良い機能の3つね。でも私は私の作品を好きな人によく言うんです。『私の作品には何の機能も無いわよ』と。すると『人々を幸せにする機能を持っているよ』と言われました。そう思ってもらえるなら本当に幸せです」
 
 素敵な言葉だと思います。

 使いやすさを追求した時にいつのまにかそぎ落とされるようにして生まれ出る美しさもありますが、それとは別に、たとえば家の中で、それが飾られているのを見たときにほっとできるという美。

 それもまた暮らしていく上で大切な役割を果たしてくれているのでしょう。

 そして、そういう機能から何かをもらえる感覚を日々忘れなければ、人生は少し生きやすくなる気もします。

 このようにデザイナーさんたちの作品や制作風景も大変魅力的なのですが、番組の最後に登場する「エクセル・イン・モーション」も必見です。

 私はこれで、第一話「Bird Pencil Love」(籠の鳥の歌を愛し、さまざまなものを描いてあげる鉛筆〈鳥みたいに芯がくちばしっぽくて細い足がついている。〉の愛の物語)を観て、6時台からアワアワ録画しました。

 オーレ・エクセルのカワイイキャラクターに、ときにせつなく温かい、ときに結構シニカルなストーリーをつけ、ジャズで粋に味付けしたとても素敵なアニメーションです。

 見た中でおススメは第1話の「Bird Pencil Love」(ラストの一瞬しか観てないけどひとめぼれ)、第5話の「If I had a cat」(窓辺で「僕が猫を飼っていたら……」とその楽しい日々を夢想する青年のお話。手品を見せてあげてもしらんぷりの猫だけれど、青年が花を片手にテーブルに突っ伏して泣いている〈フラれた模様〉と、猫がテーブルに座って、目を閉じたまま「み」とその顔に手を置いて、さりげなくなぐさめている)第10話「The Strange Mating Rituals of Undiscovered Bird」(架空の風変わりな鳥たちの物語。雌とつがいになるために、さまざまなアピールをする雄たちの奮闘を描いている。たとえば「泣き虫」をアピールする鳥。いじわるそうな顔をした雌〈地顔〉に選ばれ、げし、でげし!と蹴られるとぽろぽろ涙を流し、巣の中の雛たち〈小さくてカワイイが既に女の子はそれなりに目つきが厳しい〉が口をパパパ……と開けてそれを飲む。雨が少ないのでこれが大切な水分になる。文字通り涙ぐましい男の苦労……。)です。

 30分とても楽しめる番組でした。よろしければご覧になってみてください。

 読んでくださってありがとうございました。
posted by Palum at 23:19| 番外編・おすすめテレビ番組 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月04日

(お詫びと訂正)「ハイビジョン特集 左手のピアニスト 舘野 泉 再びつかんだ音楽」について

 本日午前9時BSプレミアムで放送された「ハイビジョン特集 左手のピアニスト 舘野 泉 再びつかんだ音楽」について、4月2日にアップした記事でご紹介、内容について、「舘野さんが音楽家セヴラックの故郷を訪問する話だった気がする」と書かせていただいたのですが、これは別の番組だった模様です。

 調べたところTBSでも「奇跡のピアニスト」というタイトルで舘野さんのドキュメンタリーが放送されていたそうなので、こちらだったのかもしれません。

 今回のBSプレミアムの番組についても、しっかり観させていただいてから感想を書かせていただきます。
 舘野さんのコンサートの模様がかなり長く観られるようですし、私の好きな、小泉八雲にちなんだ曲を舘野さんが弾かれているようなので、こちらも素敵な番組のようで楽しみです。

 しかし、言及させていただいた「舘野さんとセヴラックの番組」について、いずれきちんと確認して、また番組名や内容をご報告させていたします。大変失礼いたしました。
posted by Palum at 19:46| 番外編・おすすめテレビ番組 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年04月02日

(ご紹介編)「左手のピアニスト」舘野 泉さんについて

 BSプレミアムがご覧になれる方限定ですが、とても美しい番組が再放送されるのでご紹介させていただきます。

 明後日(2014年4月4日午前9時)BSプレミアムで「ハイビジョン特集 左手のピアニスト 舘野 泉 再びつかんだ音楽」が放映されます。(110分、再放送は4月14日(月)午後2時30分)
 NHKの番組公式情報URLは以下のとおりです。
http://www.nhk.or.jp/archives/premium/next/index.html#friday

 当ブログ番組内容ご紹介記事はコチラです。

 舘野泉さんはフィンランド在住のピアニスト。

 2002年、リサイタル中に脳溢血で倒れた舘野さんは、後遺症で右手が動かなくなってしまいました。

 失意に沈みながらも、やがて、左手だけで弾ける曲を探し、ゆるやかながら、美しく奥深く音の重なり合う演奏で見事復帰を果たしました。

 ごく最近、大河ドラマ「平清盛」のテーマソングを演奏なさっておいでです。

 今回放送されるものとは違いますが、舘野さんの敬愛する南仏の作曲家セヴラックの故郷のひまわり畑を訪れるという番組を見た記憶があります。

(舘野さん演奏の「ひまわりの海 セヴラック:ピアノ作品集」CDのジャケット〈このCD自体は2001年のものなので、ご病気になる前の演奏です。〉)


ひまわりの海〜セヴラック:ピアノ作品集

 音楽も、風景も、左手しか動かなくなってもなおピアノを奏でようとする舘野さんや、それまで病や戦争で右手の自由を失った人々の音楽への愛も、再起を果たした舘野さんの、絶望を乗りこえた穏やかなたたずまいや語りも、全て、音の波紋の心臓まで優しく奥深く染み入るような感動を与えてくれました。

 漠然とで申し訳ないのですが、そちらの番組の中で、確か舘野さんがこんなことをおっしゃっていた記憶があります。

 右手が動かなくなって、もうだめだと思っていたのに、左手だけでピアノを弾くようになってから、思いもかけない世界が広がっていた。空でも飛んでいけそうな……。

 以下私事になりますが、この番組をみたとき、私は人生で屈指のダメダメ状態で、落ち込んでいるわ、そのわりに解決への努力もできないわ、なんだか色々なものが色あせてしまってつらく、冗談抜きで「さよなら、太陽も海も信ずるに足りない(※)」とは、あれは誰の言葉だっただろうと何度も思い出しているような状態でした。

(※鮎川信夫の詩「死んだ男」の一節。しかし、もっと徹底的な突き刺さるような悲しみを描いた詩なので、平和な時代に生き、見回せば這い上がれる足がかりはいくらもあったのに、代わりによくゴロゴロしていた当時の僕に口ずさまれても作者としては嬉しくないかもしれない。)

 どんだけ荒んでたって、映画「リトル・ダンサー」を観て「わりと良い話」程度にしか思えなかったのです。あれのラストで心揺さぶられない私は私ではない。

 ともあれ、そんなどんよりしていた私の心にすら、舘野さんの音楽とその「空でも飛んで行けそうな」という静かな言葉は響き、今でも余韻のように漠然とですが、その美を覚えています。

 そして、涙のようにほのかに温かい音、聴く人を慰め抱きしめるような曲の中に秘められた、苦難に見舞われようとも音楽を掴んで手放さなかった芸術家の激しく壮絶な執念も。

 本当に素敵な方なので、よろしければご覧になってみてください。

 舘野泉さんの公式HP、ウィキペディア記事は以下の通りです。
http://www.izumi-tateno.com/(公式HP)
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%88%98%E9%87%8E%E6%B3%89(ウィキペディア)

4日放送後に、再放送に向けてまた内容を詳しくご紹介させていただきたいと思います。また、この話を彷彿とさせる江戸川乱歩の秀作短編「指」についても近々書かせていただきますので、ご覧いただけると嬉しいです。

 読んでくださってありがとうございました。
posted by Palum at 22:52| 番外編・おすすめテレビ番組 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年11月13日

極上 美の饗宴 “世界が驚嘆した日本”七宝 幻の赤を追う

すみません、超間際なのですが、2011年11月13日【日】中にこのブログに気づいて下さった犬好きの方にだけお知らせです。NHK Eテレで深夜0時から「地球ドラマチック 犬はこうして進化した」というアメリカのドキュメンタリー番組がやります。友人いわく面白かったそうです。) 
※ 来週11月21日0時(日曜深夜)は後編だそうです。


 今回は明日の美術番組情報をお届けさせていただきます。

 明日(2011年11月14日【月】)21:00〜21:58にNHK BSプレミアム「極上 美の饗宴」
シリーズ“世界が驚嘆した日本”七宝 幻の赤を追う」
という番組が放送されます。
 
 七宝焼きとは銀や銅などの金属の表面にガラス質のうわぐすりを焼き付ける工芸技法のことです。
その作品は透明感と鮮やかさを併せ持ち、明治時代、日本の海外への重要な輸出品でした。
 過去記事でも、明治七宝工芸の巨人、並河靖之について紹介させていただきましたので、よろしければお読みください。(過去記事はコチラです。)
そのとき番組で紹介されたのは皇室所蔵の並河靖之の作品「黒地四季花鳥図花瓶」です。
 永遠に日本の四季の美しさが闇の中でたゆたうような、恐ろしいほどの神品でした。

(桜の枝や木々の緑が花瓶から浮き出て風に揺れているように見えるのですよ……)

(あのときは友人に「あまりの凄さに鼻血を吹きそうになった」とメールしたために、ふざけていると思われたのか、「花瓶で鼻血を吹けるほうが凄いです」と冷静に返されてしまったので、当ブログでもっと上品に宣伝しようと思います【書いちゃってるじゃん】。)

 このブログで明治七宝について紹介させていただくのは、もちろん品物自体が素晴らしいからというのもあるのですが、イギリスと明治工芸品がゆかりの深いものだからです。

 明治の工芸品は主に輸出品だったために、海外にコレクターが多く、V&A(ヴィクトリア&アルバート)ミュージアムでもすぐれたコレクションを見ることができました。

 個人的な話ですが、イギリスに滞在していたからこそ、日本の美術独特の構図や花鳥風月の有様に染みるほど感動したのです。
 なかでも、写実的な幕末から明治にかけてと思われる工芸品は、日本をダイレクトに思い出させて惹きつけられました。

 多分そうでなければ、造詣があるわけでもない私が、ここまで魅了される機会はなかったように思います。
 変な話ですが、これもイギリス滞在の収穫のひとつだったと真面目に考えております。

 郷愁が、私と明治美術工芸品と結び合わせてくれたのです。

 今回番組で紹介される安藤重兵衛のV&Aミュージアム所蔵作品画像はコチラです。赤の七宝ではないのですが。
(enlarge imageと書かれた虫眼鏡のマークをクリックすると作品が拡大表示されます)

ヴィクトリア&アルバートミュージアム所蔵の同作家の工房作品の一覧はコチラです。

 ただ、残念なことに、気前よく作品を画像で披露してくれているV&Aの心意気をもってしても、明治工芸品、とくに花びらの色の濃淡の移り変わりや空の揺らぎまでを表現した七宝の色彩の奥行きというものは、あまりはっきりとは見えません。

 というわけなので、ハイビジョンで透明感や釉薬の染みとおり具合までをつぶさに追った番組というのは大変貴重です。
 
 工程まで現代作家さんの力を借りて再現するというのがまた凄さをわかりやすく伝えてくれます。

 そして、今回の番組のもうひとつの魅力は、イギリスの明治美術工芸品コレクター、ナセル・ハリリさん。
(ハリリ・コレクションというとその道では憧れのラインナップらしいです。日本で里帰り展覧会やってくださらないかなあ……)

 明治美術工芸がまだ江戸に劣るものとしてほとんど評価されていなかったころから(※)、その価値を信じて集めてくださっていた、いわば恩人のような人だそうです。

 若々しい声と上品な物腰で、熱く、しかし敬意を持って明治美術の魅力を語ってくださっているところが日本人としてうれしいところです。

(※)正直言うと、明治の工芸品の中には「エキゾチックジャパン」としてウケたかもしれないけれど、こと日本人の目からはあまり趣味がいいとは言えないものもけっこうあったからのようです。

 なんか色や題材がやたら派手だったり、柄がタタミイワシみたいにひたすらぎうぎうに詰まっているだけとしか思えなかったりというような、「すごいけど……(汗)」的なものですね。

 前回、鋳金家鈴木重吉の回でハリリさんのお言葉が、明治美術工芸の凄みを端的に示してくださっていると思うので、以下に引用させていただきます。

「明治の美術工芸には二つの魅力があります。ひとつはとても強い芸術性、もう一つは信じられない技です。私の知る限り、そうした美術作品はほかにはありません」

 そして、ハリリさんは当時の匠たちの「物づくりの心」についてこのようにもおっしゃっています。

「明治の作家たちは、全身全霊をこめて、技をふるいました。なぜなら、自分たちの名前が残ろうと残るまいと、作品がそのものが語り続けると信じていたからです」

 また、前回のゲストであったゲージツ家篠原勝之さんは、作品を評して、当時の匠は、ひとが見たこともない世界を描き出そうとして、楽しみながら、しかし、ほとんど病気に近いような執着心で物を作り上げたのだろうとその心境を想像していらっしゃいました。

 その執着心は、学びたい。

 それが、同じく物をつくる彼のお気持ちだそうです。

 僭越ながら、私が、帰国後の今でも、明治の美術工芸品に魅了される理由は、ハリリさんと篠原さんがおっしゃっていたことと同じなような気がするのです。

 別に手で物を作る人生ではないのですが、努力によって磨き上げられた高い技と美意識、命を注ぎこむような、執着心という名の熱情。

 生きていくなら、そういうものを何らかの形で獲得していきたい。

 それを実現した人々の生き様が、美しく、そしてある意味、誰が見てもわかるような凄さを持つ作品に結実しているので、こうまで手放しで憧れるのかもしれません。


【補足】 V&Aミュージアムの日本の七宝についての記事(英語)は「日本の七宝の歴史 1871〜現代」はコチラです。よろしければ併せてお読みください。



当ブログの明治工芸に関する記事(今回の物を含む)は以下の通りです。よろしければ併せてご覧ください

極上美の饗宴 並河靖之の七宝
極上 美の饗宴 “世界が驚嘆した日本”七宝 幻の赤を追う
「超絶技巧!明治工芸の粋(すい)‐村田コレクション一挙公開‐」 展覧会概要ご紹介
「超絶技巧!明治工芸の粋(すい)‐村田コレクション一挙公開‐」おススメ作品(七宝編1 並河靖之作品)

読んでくださってありがとうございました。
posted by Palum at 22:27| 番外編・おすすめテレビ番組 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2011年05月22日

極上美の饗宴 並河靖之の七宝


 間際になってしまい申し訳ないのですが、取り急ぎ美術番組情報をお届けさせていただきます。

 本日(2011年5月11日【水】)13:00〜13:58にNHK BSプレミアムで「極上美の饗宴シリーズ“いのち映す超絶工芸”色彩めぐる小宇宙 七宝家 並河靖之」という番組が放送されます。
 繊細にして大胆な技巧と色彩と空間構成で、日本の花鳥風月を作品の中に封じ込めた明治七宝。それは日本ばかりでなく、海外の人々も熱狂させました。

 この番組の貴重と思われるところは、皇室所蔵の並河靖之の作品「黒地四季花鳥図花瓶」が360度から高画質で撮影されているところだと思います。

 春の夜ふけを思わせる艶やかな黒地の中に、緑の繊細なモミジが折り重なり、ぼうと浮かび上がって見える、桜は指の背で撫でれば花吹雪となってさっと散りそうに見える、その中を飛ぶ、ふっくらとして目のかわいらしい小鳥、咲き乱れる色とりどりの花々。

 映像を見たとき、その見事さに、息が出来ないほど感動いたしました。
 
 実は、イギリスにいたときに、日本美術をこよなく愛する紳士とお話する機会があったのですが、そのお方が、
「並河靖之の作品は世界屈指の美しさです、中でも皇室所蔵の作品にはほとんど気絶しそうになる。」
と、大真面目におっしゃっていました。

 あの落ち着いた英国紳士が気絶しかけたというのは、間違いなくコレだなと、わたしも意味のわからぬ逆上をしながら確信いたしました。本当にモミジが浮かんで見えるんですよ。3Dでもないのに、どんな魔法なのかと思いますが、それが日々の自然の観察や地道な研究の果てに出来上がっているのだという点が番組を通して学べます。

 できれば録画をなさってください。すさまじいです。そしてこの優れた文化を生み出した国の人間であることが誇らしくなります。


当ブログの明治工芸に関する記事(今回の物を含む)は以下の通りです。よろしければ併せてご覧ください

極上美の饗宴 並河靖之の七宝
極上 美の饗宴 「極上美の饗宴シリーズ“世界が驚嘆した日本”七宝 幻の赤を追う」
「超絶技巧!明治工芸の粋(すい)‐村田コレクション一挙公開‐」 展覧会概要ご紹介
「超絶技巧!明治工芸の粋(すい)‐村田コレクション一挙公開‐」おススメ作品(七宝編1 並河靖之作品)

読んでくださってありがとうございました。
posted by Palum at 11:39| 番外編・おすすめテレビ番組 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月13日

ピアノレッスン(警部補 古畑任三郎)


 
(要約文)

 本日はBSをご覧になれる方に、取り急ぎご連絡です。

 明日、土曜日(2010年8月14日、20:00〜20:55)BSフジでドラマ「古畑任三郎」の「ピアノレッスン」が放映されます。

 木の実ナナさんが演じる犯人役のピアニストが、田村正和氏の古畑任三郎と繰り広げる火花散るやりとりは、実力者&名作揃いの古畑の中でも屈指の迫力です。
 
 それでいて、結末の情感がなんとも味わい深い……。

 大変お勧めです。よろしければご覧ください。

 BSフジの番組紹介ページはコチラです。 


  (あらすじ)

 音楽学院の前理事長、塩原の葬儀で、レクイエムを弾くことになっていた現理事長の川合が、夜、ステージでのリハーサル中に、スタンガンで殺された。

 犯人は井口馨(木の実ナナ)、学院の理事のひとりで、塩原の長年の愛人と噂されていた人物である。

 塩原の遺族からの圧力で、音楽葬への出席も許されず、海外出張に行かされることになっていた井口だが、川合の死により、急遽、レクイエムを弾くピアニストとして、学院に呼び戻される。

 捜査に来た古畑は、当初、単なる心臓発作と考えられていた川合の死について、いくつかの不審な点に気付き、殺人事件であると断定する。

 また、彼は、生徒や職員たちと井口とのやりとりから、彼女の勝気な性格が、周囲にうとまれていることに気付く。
 
 一方、古畑の執拗な聞き込みをかわしながらも、井口は、川合の殺害時に起きた「あるアクシデント」をひそかに気にかけていた。
 
 やがて、レクイエム演奏の時が迫り、井口は会場に向かおうとするが……。


 (見どころ)

 わたしはよく「刑事コロンボ」の記事を書かせていただいておりますが、コロンボを観だしたきっかけは、「警部補 古畑任三郎」です。
「古畑」は当初「和製コロンボ」と言われていました。理由はおそらく

 @犯人が最初にわかっている、「倒叙物」という形式。
 
 A犯人から見るとすごく「ウザ!」な警察関係者。(どちらも、のらくらとつきまとい、いつのまにか真相をえぐりだす)

という共通点があったからでしょう。

(脚本家の三谷幸喜さんは「刑事コロンボ」ファンを公言していらっしゃいます)

 「古畑」がこんなに面白いんだから「刑事コロンボ」も面白いんだろうとちゃんと見直してハマったので、「古畑」はその意味でも恩作(?)です。

 二作に共通する部分で、オレちょっと変かなあ、と思うくらい好きなのは、「実力者同士の演技合戦」の緊迫感です。

 間合い、表情、セリフの抑揚……どちらも一歩も引かず、犯人と刑事の対決であると同時に、役者と役者としても、一歩も引かずに実力をぶつけあってる(しかし、こちらは「コンニャロ」ではなく、互いの巧さが引き立つ化学反応が起きている)。

「うはあああ……」と、そのカッコ良さに、ゾクゾクのたうってしまいます。(なるほどちょっと変だ。)

 コロンボだと、以前書かせていただいた「祝砲の挽歌」のパトリック・マクグーハン氏(長身でクールな凄みのある名犯人)や、「指輪の爪あと」のロバート・カルプ氏(知的な七変化役者、ひそかな焦燥感の演技に色気がある)、「魔術師の幻想」のジャック・キャシディ氏(古風な風貌で、クセモノぶりに独特の味)などが、今即座に思いつく「火花放つひと」です。

(「祝砲の挽歌」の過去記事はコチラ、後述お二人について書かせていただいた文が含まれている記事はコチラ
です。)

(もちろん、他の作品も名役者ぞろいだし、やりとりの緊迫感より、別の形でドラマを盛り上げたタイプの傑作もあります)

 ちなみにこの三人はコロンボ作品の常連です。その演じ分けがまた面白い……。



 そして、「古畑任三郎」の中でこの「火花」を見た作品のひとつが、今回の「ピアノレッスン」でした。

(実は、既に放映された、堺正章巨匠の「動く死体」も、そういう意味で好きだったのですが……気付かず、ご紹介し損ねてしまいました。)


(以下、ややネタバレです。大丈夫な方だけお読みください。)

 わたしは、常々、木の実ナナさんは魅力的な女優さんだ、と思っていましたが(演技巧者、凛とした声、目の光、ダンサーとしてもエネルギッシュ、いかにも女らしいナイスバディ)、このドラマの彼女は特に素晴らしかったです。

 発言も行動もキツく、威圧的な印象を与えるキャラクターを演じておいでなのですが、そんな井口馨の中にある、音楽と塩原氏への思いも見事にあらわれていて、ラストシーンは本当に見事です。

(普通、もっと饒舌に、犯人、そして女の情念みたいなのを、つらつら吐露するよなというシーンで、ナナさんの演技力と短い台詞に感情を託した、三谷さんの脚本の「寸止め」っぷりがまた憎い……)

 音楽葬のために、黒いゴージャスなドレスを着て(実は、演奏をするつもりで既に準備していたもの)、白くつややかな肩をぴんと引き、さっさっ、と、ドレスのすそを捌いて足早に歩いて行くシーンの彼女は、凄みのある美しさです。

 刑事コロンボは面白い、女性が犯人の名作もいくつもある。しかし、こういう女性の迫力、魅力は「古畑」のナナさんだけだと思います。


(「ややネタバレ部」おわり)

 以上です、よろしければご覧ください。

 次回は、前回書かせていただいたミュージカル「ビリー・エリオット」のご紹介記事の続編を書かせていただきます。できるだけ早い更新を目指しますので、お読みいただけたら幸いです


posted by Palum at 21:59| 番外編・おすすめテレビ番組 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする