先日、子供の頃トラウマだったちびっこ向け図鑑や雑誌のオカルト記事(高い画力で落武者の霊とかをボカシ一切無し超緻密に丹念に描いた見開き挿絵つき)のお話をしましたが、今回は大人になってから見たイギリスのトラウマCMについて書かせていただきます。
誰得情報だよというご指摘がありそうですが、どうしても忘れられないんで……。
以下CMの内容です。
朝、蛍光灯に照らされ薄暗がりで歯磨きをする男。
男の手が一瞬止まる。
洗面台の鏡に映る男の姿、その足元に青いトレーナーを着た少年が倒れている。
上半身は大きくねじれ、両足は背中側に不自然に曲がっている。
鏡の中の少年に視線を落としたあと、歯磨きを続ける男。
電話や書類をめくる音がせわしなく響くオフィス。
仕事をする人々の側のカーペット敷きの通路に、あの少年が倒れている。
同じようにねじれた姿で。
倒れている少年のすぐ横を通りすぎていく男。
エスカレーターで下る男が顔を背ける。
視界の片隅、エスカレーターの降り口の傍らに、あの少年が倒れている。
バスの中。
窓際に座り、力なくこめかみを窓ガラスにもたせかけている男。
窓の外の、人々が行き交う歩道に、あの少年が倒れている。
少年にゆっくりと近づき、通りすぎていくバス。
晴れた日の公園。
芝生に挟まれた遊歩道を歩く男。
芝生でサッカーに興じる人々の間に、あの少年が倒れている。
夜更け、暗がりの中、パソコンに向かう男。
ふと、腰掛けたまま、椅子を引くと、机の下に、あの少年が倒れている。
同じようにねじれた姿で。男の足元に。
少年の青白い顔、半ば閉ざされたまま、凍りついたうつろな目。
うなだれた男は、口元に手をあて、小さく嗚咽する。
ベッドに横たわる男。
苦しげなため息と共に寝返りをうつ。
眠れぬ男の目の先の床に、ドアの下から漏れる薄明かりを受け、あの少年が倒れている。
真っ暗な画面に浮かび上がるメッセージ。
Kill your speed, or live with it.
(減速しなさい。さもなければ「それ」と生きなさい)
It’s 30 for a reason.
(制限速度時速30マイル〈時速48km〉の理由です。)
男は制限速度を守らずに走らせていた車で少年をはね、少年が亡くなった。その過去の記憶が、男の日常を片時もはなれない。
朝から晩まで、何をするときも、いつも、男の心の中には、少年のなきがらが、はねられた姿のまま、横たわり続けている。
これはそういう男の心の中を描いた映像なのだ。
それまで、「これはなんだ……?」と、不自然な姿勢で横たわる少年と、彼を見ないようにする男、少年に無反応なそのほかの人々という奇妙な状況を、一言の台詞も無く、リアルな生活音以外なんの音もしない映像の中で見続け、二行のメッセージによって、謎が、「交通事故による少年の死と加害者である男を苛む記憶」という答えに変わった瞬間、私のつま先からつむじまで、皮膚のよじれるような寒気が、鳥肌とともに駆け抜けました。
制限速度の厳守(市街地では30マイル)を呼びかける政府広報CMだったそうですが、非常に恐ろしかったです。
脳科学者の茂木健一郎先生がしばしば言及する「アハ体験」という言葉があります。
何かがわからず、うずうずした先に答えをみつけた瞬間の脳のひらめきを指すそうですが。40秒近い謎の果てに、メッセージを示して、視聴者自身に「今まで見続けていたあの倒れている少年は死んでいる。ずっと重苦しい顔をしていた男が加害者だ」という回答を悟らせるというこのCMの構成は、まさにこの「アハ体験」を利用したものになっています。
ただし、あの「わかった」瞬間は「アハ」などという生易しいものでなく、「あっ!?……(戦慄絶句)体験」でしたが……。
公式に公開された動画が見つけられなかったので貼り付けられないのですが(あっても怖くて貼れない)、「Kill your speed or live with it」で探してみると、どのようなものかご覧になれるかもしれません。
(ただし、著作権違反をしている物かもしれませんし、本当に怖いし、関連して類似恐怖動画が出てくる可能性が高いので、自己責任でお願いいたします。)
ちなみに、私同様戦慄の鳥肌に見舞われた視聴者は多かったようで、「しばらく悪夢を見た(I had nightmares)」「冗談抜きで机の下に足が入れられなくなり、椅子の上にあぐらをかいてすわるようになってしまった(I now can’t put my feet under my desk and have to sit cross-legged on my chair. I’m not joking.)」という感想が寄せられていました。
いくらなんでも恐ろしすぎると思います(それは事故を起こしたらこの比ではないのはよくわかりますが……)が、「警告を視聴者の印象に強く残す」という目的は完璧に果たしているCMです。
BGMと売り文句がにぎにぎしく繰り広げられるその他のCMに挟んで、この台詞の無い、音も極限までそぎ落とした奇妙な映像は自然と視聴者の関心を引き、謎の答えを視聴者の脳内に立ち昇らせることで、警告をその内面に強く刻み付けました(同時に心に傷が刻まれましたが……)。
イギリス政府広報のこの「スピード減速CMキャンペーン」に関する記事はこちらです。
主に加害者のトラウマに焦点をあてた構成だという説明がなされていました。
http://www.politics.co.uk/news/2009/1/30/kill-your-speed-or-live-with-it
(ぼんやりとですが画像つきなのでご注意ください)
後に、この話を知人にしたところ、昔、日本にも恐ろしい政府公共広告機構(AC)CMがあった、と教えてもらいました。
1980年代初期に放送された、通称「母と子」または「キッチンマザー」と呼ばれる覚せい剤の危険性を訴えたCMです。
白い机に向かって並んで座る、男の子とじっと突っ伏す母親。
子供がはげしくしゃくりあげているのにも気付かない様子で、髪を振り乱し、うつろな目をした母親が顔をあげると、注射器で覚せい剤をうつ。
広い世代に広がりつつある覚せい剤の危険性を警告する、淡々とした男性のナレーション。
徐々に周囲が暗くなり、うつぶせた母親は闇に消え、「ママー!!」と繰り返して泣き叫ぶ男の子の姿も、次第に小さく遠ざかってゆき、最後には完全なる暗闇。
浮かび上がった「覚せい剤を追放しよう」という文字のメッセージに「ママー!!」という子供の声が重なる……。
教えてくれた知人の共感者も多いらしく、ネット上では「最恐」と形容されている作品です。
私は子供の頃非常に怖がりで、ありとあらゆる事象を怖がっていましたが、長ずるにつれ、江戸川乱歩&エドガー・アラン・ポーに美を見出し、伊藤潤二のホラー漫画を愛読するようになり、近頃は、「子供の頃超怖がってたあの子供向けオカルト情報の挿絵ってよく見ると独特のパワーがあるな、なんといっても画力が凄いし」なんて思っていましたが、公共広告CMだけは未だに、本当に駄目です。生理的に無理。
それが、娯楽・芸術ではなく現実の警告だからでしょう……。
イギリスCMの沈黙の恐怖と真逆の、日本的絶叫の恐怖表現ですが、この場合は非常に効果的に視聴者に危険性を訴えています。
このACCM恐怖症、わからない人にはとことんわからないようですが、わかる人にはものすごくわかり(なぜか私の親しい人たちは、強心臓の祖母を除き男女問わず全員アウトだった〈いい年してその手のCMになるとリモコンをお手玉するようにしてアタフタチャンネルを変えていた僕に対する祖母の「何やってんの?」的真顔マナザシが忘れられない。〉)、ゆえにイギリスでも日本でも、いくつかのある種の傑作が今でもネット上で語り草になっている模様です。
いつもと違ってまったくご覧になることをお勧めしませんが、どちらも構成的には観る者の心理を巧みにとらえている(この情報過多時代にどちらもシンプルな表現なところが印象に残る)と思ったので書かせていただきました。
次回は、太宰治の『人間失格』(含漫画バージョン)について書かせていただく予定です。

人間失格 ─まんがで読破─ -
(ついこの間まで勝手にドラえもんご紹介ウィーク繰り広げていたのに、いきなりものすごくダークになってしまいすみません。別に自分が荒んでるとかではないんですが……。)
読んでくださってありがとうございました。