2023年08月10日

(再掲)NHK「アナザーストーリーズ」でスヌーピーの特集番組放送

(『PEANUTS(スヌーピー)』最終回の新聞掲載(NHK「アナザーストーリーズ」より)
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 NHKのドキュメンタリー番組「アナザーストーリーズ」で「スヌーピー最後のメッセージ 〜連載50年 作者の秘めた思い〜」が再放送される。
※2023年2月放送時の「X」(旧Twitter)お知らせ


 (番組HP情報はこちら

2000年2月13日、アメリカの新聞で50年連載されたマンガ「ピーナッツ」が終了した。何をやってもうまくいかないチャーリー・ブラウンと飼い犬のスヌーピーら仲間たち。独特のユーモアあふれる世界はどのように生まれたのか?作者チャールズ・シュルツをよく知る友人やアシスタントが証言。最終回の前の晩、連載終了を見守るように亡くなったシュルツ、その不思議な一致の訳とは?切なくも心温まるアナザーストーリー。

(番組紹介文より)

(スヌーピーの登場する漫画「ピーナッツ(PEANUTS)」の作者、チャールズ・M・シュルツ氏)
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 世界的漫画「ピーナッツ」。
 マイペースな犬のスヌーピーと、優しいけれど不器用な少年チャーリーブラウンらを描き続けた作者、シュルツ氏は、その成功からは想像できないほど、繊細な人物だった。 

世界中で愛されるスヌーピー。スヌーピーは1950年にアメリカの新聞で連載が始まった漫画『ピーナッツ』のキャラクターの一人。主人公は飼い主のチャーリー・ブラウン。他にも一癖ある子供たちがユーモアと深みにあふれる言葉を発する

50年にわたる新聞連載をたった一人で描き上げた『ピーナッツ』の作者、チャールズ・シュルツ。その最終回が印刷されたのは2000年2月13日。そしてまさにその日、連載終了を見届けるかのようにシュルツはこの世を去った。その数奇な偶然を説明する2つの証言とは?

子供の頃に読んだ『ピーナッツ』に魅了され、いつかシュルツのスタジオで働くという夢を叶えた女性、ペイジ・ブラドック。アシスタントを務めたペイジは『ピーナッツ』のキャラクターを描くことを許されている貴重な存在

シュルツの人生最大の挫折は、『ピーナッツ』の連載が決まった時に起きた。連載決定を機に当時好きだった赤毛の女性、ドナ・ジョンソンにプロポーズするが、断られた。チャーリー・ブラウンの片思いの相手として登場する赤毛の女の子。その経験は『ピーナッツ』で共通する「実らない片思い」の話につながる。

(番組紹介文より)


「わたしの漫画になぜこれほど片思いの恋が登場するのか、わかりません。わたしは片思いというものに、とりつかれているとは言わないまでも、魅了されています。サリーはライナスが好きなのに、ライナスの方は彼女が苦手。ルーシーはシュローダーが好きなのに、シュローダーのほうは彼女が苦手。チャーリー・ブラウンは赤毛の女の子が好きなのに、そばにいくことすらできません。

片思いにはどこか滑稽なところがあります。それはきっと、誰でも身に覚えがあるからでしょう。誰でも好きな人に拒絶された経験があるはずです。それはもしかすると人生で一番つらい経験かもしれません。」

(『スヌーピーの50年 世界が愛したコミック『ピーナッツ』』p.266)


 (シュルツさんのスタジオのスタッフ、ペイジ・ブラドックさんの言葉〈シュルツさんにスカウトされ、当初は商品デザインなどを手掛けた。〉)

 ある日「美大も出ていないし、どうして私なの?」とシュルツに問うと、「ペイジは自分に“ノー”と言えるから」という答えが返ってきたという。
「自分は、ありのままの姿で彼と接することができました。私といるときは、彼も自然になれたのではないかな、と思うのです」

雑誌『Pen 特集 完全保存版 みんなのスヌーピー』p.71

 スヌーピーたちとシュルツさんの生き方と言葉には、どんな世代、立場でも経験がある、そして、それを忘れないからこそ「大人」になれるような、人生のやるせなさと奥深さが秘められている。

 病気のために、引退が近づいたシュルツさんが、最終回について語る映像は、悲しいが感動的だ。

チャーリー・ブラウン。ここまで入れ込んで描いた友はいなかった。

最終回の原稿に自分の名前をサインするときには泣いてしまうかもしれない。

チャーリー・ブラウン

ライナス……

もうチャーリー・ブラウンが二度とフットボールを蹴ることはないんだ。

(「アナザーストーリー」内インタビュー映像より)


 話しながらその知的で優しいお顔に泣き笑いが広がる。

 わたしたちが大好きな『ピーナッツ』の仲間たちを、作者のシュルツさんも、心から愛していた。

病める時も健やかなるときも、シュルツの伴侶は漫画だった。死が両者を別つまで。
(公式自伝『スヌーピーと生きる』p.379)




(シュルツ氏の訃報を伝えるアメリカのニュース映像 )
Good grief! The story of Charles Schulz, the creator of Peanuts

(チャーリー・ブラウンのキャラクターについて語るシュルツさん 1977年の映像)
1977: Charles M. Schulz on CHARLIE BROWN | Everyman | Classic Interviews | BBC Archive

(長年翻訳を手掛けた詩人、谷川俊太郎さんのインタビュー)
PEANUTS生誕70年記念 スペシャルインタビュー 谷川俊太郎さんが語るPEANUTSの魅力

(ピーナッツ誕生70周年記念動画)

スヌーピー関連サイト




(シュルツ氏についての当ブログのおもな参考文献)



(2021年3月21日放送時の記事を一部内容を追記し、再掲載させていただきました)
posted by pawlu at 06:40| スヌーピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年04月13日

ルーシーの「心の相談室」4 代診その1 (漫画「ピーナッツ(スヌーピー)」より)

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『完全版 ピーナッツ全集 8』p.89 1965年7月25日発表 チャールズ・M・シュルツ著 谷川俊太郎訳 河出書房新社)(※以下、同全集より画像引用)

 たまに本当に元気が出る手助けをしてくれる、ルーシーの「心の相談室」

その「たまに」を求めて、チャーリー・ブラウンはここの常連になっている。

「たまに」以外は相当酷い目に遭わされる、逆ロシアンルーレット状態なのに、ひるまない。(別の意味ではタフ)

 けれど時々休診のことがあり、そのときは代診が患者対応をしていた。



 「今日は精神分析スタンドに行かないの?」

 どこかへ向かおうとしているルーシーに出くわしたチャーリー・ブラウンは、声をかけた。

 「行かないわ!今日はわたし休診なの…もし相談があるなら、代診に診てもらって…」


 いつもの「心の相談室」スタンドに行ってみたら、もう「代診」が待機していた。

一応患者席に腰かけたチャーリー・ブラウンは、実にしかたなさそうにつぶやいた。

「こいつがぼくの飼い犬でなかったら、もう少しバカバカしくなかっただろうに……」

「代診」として、知的な丸メガネをかけたスヌーピーが、しれっとスタンドに座っていた。 


(かわいい、本当にかわいい。メガネ似合うなあ)

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『完全版 ピーナッツ全集 8』p.76 1965年6月25日発表)



 後日(一ヶ月後)。

「今日は精神分析スタンドに行かないの?ぼく相談があるんだ」

 またスタンドに行こうとしないルーシーについて歩きながら、チャーリー・ブラウンは尋ねた。

(ルーシーのカウンセリングを結構本気であてにしていることがわかるシーン)

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『完全版 ピーナッツ全集 8』p.89 1965年7月25日発表)

 ルーシーは木陰に腰を下ろした。

「ごめんね…今日は休診なの…代診に診てもらって」

オンオフがきっちりしているルーシーは、それだけ言うと、目を閉じた。

 行ってみると、また、インテリ眼鏡スヌーピーが、頬杖をついて待機していた。

 しぶしぶ「代診」に話しはじめるチャーリー・ブラウン

「あの……ぼくの問題は主に不安感でして……自分ではどうにも……」

 チャーリー・ブラウンは言葉を切った。

「グー」

 しれっと目を閉じたまま、スヌーピーが居眠りをしていた。


「ともかくあの代診はいったいなんだい?」

 木陰のルーシーのところに戻って行ったチャーリー・ブラウンは、代診の勤務態度について猛抗議した。

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『完全版 ピーナッツ全集 8』p.89 1965年7月25日発表)


 「なんだい」と言われれば、自分でもこのあいだ呟いていた通り「彼の飼い犬」でもあるので、悩める飼い主を前に居眠りをするスヌーピーの責任を、ルーシーに問うのもなんか違うような気がする。

しかし、ルーシーはプロなので、クレームには真摯に対応した。

「ほんと?まあ、すみません……お詫びします……私でよければ……何が問題です?」

話を促すルーシー。

「つまりぼくが話していたのは不安感についてなんだけど……」

「グー」

幹に身を預けて、ルーシーも居眠りしていた。




 多分、「落ち込むチャーリー・ブラウン」には慣れっこになってしまって、もはやまともに取り合おうとしないスヌーピーとルーシーのマイペースぶりが、チャーリー・ブラウンの終わりなき不安感と対照的で、可笑しくももの哀しい。

 ちなみに人は緑豊かな自然に身を置くと疲れが取れると言われていて、ルーシーが木陰でくつろいでいるのは、理にかなっている。

 居眠りする前に、せめてそれだけでもチャーリー・ブラウンに教えてあげればよかったのに……。



(出典)

完全版 ピーナッツ全集 8: スヌーピー1965~1966 - チャールズ・M・シュルツ, 谷川俊太郎
完全版 ピーナッツ全集 8: スヌーピー1965~1966 - チャールズ・M・シュルツ, 谷川俊太郎

(※単行本版(紙の本形式)と、Kindle版(電子書籍)あり)

※先日誤って全集10巻のリンクを貼付してしまいました。お詫びして訂正させていただきます


(参照)

森林浴とウォーキングが心を癒やす メンタルヘルスの改善効果を確認(保健指導リソースガイド 2015年07月14日 Terahata)

posted by pawlu at 12:04| スヌーピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年04月09日

ルーシーの「心の相談室」3 かわいいアシスタント (漫画「ピーナッツ(スヌーピー)」より)

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『完全版 ピーナッツ全集 10』p. 1970年5月24日発表 チャールズ・M・シュルツ著 谷川俊太郎訳 河出書房新社)(※以下、同全集より画像引用)


 相談に来た人間に暴言暴力をふるってもなお、紹介者たちがいるほど信頼されている、ルーシーの「心の相談室」。

 かわいいアシスタントがカウンセリングに参加したときもあった。




 「こりゃなんだい?」

相談室の常連、チャーリー・ブラウンは、不満げに言った。

ルーシーの隣に、ウッドストックがちんまり座っていた。


(ルーシーと一おそろいの落ち着いた表情をしているのが本当にかわいい)

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『完全版 ピーナッツ全集 10』p. 1970年5月24日発表〈拡大〉)


「ここへ座って、悩みをぜんぶこのヒヨコを相手に話せっていうの?」

「ヒヨッコじゃないわ!」


ルーシーはアシスタントをかばった。


「ワシだっておんなじことさ!鳥を相手に話す気はないよ!」


 珍しく敢然と抗議してそっぽを向くクライアントを見て、ルーシーはウッドストックに語り掛けた。

「悪いわね、でもあなたはいないほうがよさそうね…」

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『完全版 ピーナッツ全集 10』p. 1970年5月24日発表) 


 ウッドストックは納得のいかない様子でしぶしぶ離席した。

「ベエ!」


10 219 19700524心の相談室チャーリーブラウンに怒るウッドストック - コピー.jpg
『完全版 ピーナッツ全集 10』p. 1970年5月24日発表)

 振り向きざま、自分を「ヒヨッコ」扱いをしたクライアントにきっちりアカンベーを残して。


「ときどきなぜここへ来るのかわからなくなる…」

 救いを求めて相談室に行ったのに、なんか自分がわからずやみたいな流れになって、小鳥にこっぴどく怒られたチャーリー・ブラウンは、ぼんやりとつぶやいた。




 悩みを信頼する医師以外には話したくないという気持ちはわからないでもないが、こんなにかわいい小鳥が同席してくれたら、すごく癒されそうなのに、チャーリー・ブラウンには「アニマルセラピー」の概念がなかったらしい。

                                                                                                                         

ウッドストックはルーシーのカウンセリングを受けて元気になったことがあるので、ルーシーを手伝いたいと思ったのかもしれない(そのせつはうっかり代金を払い忘れて飛び去っちゃったし)。)

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『完全版 ピーナッツ全集 10』p.62 1969年5月22日発表)


 精神分析の祖、フロイト(1856〜1939)も、自身がカウンセリングするときには、よく愛犬を同席させていたそうだ。


(ウィーンのオフィスにて、フロイトとチャウチャウ犬のジョフィ)

オフィス写真フロイトとチャウチャウと美術品 - コピー.jpg

 相談者もフロイト本人も、犬がいることで緊張がほどけたのだろう。


 あるいはルーシーも、偉大な先輩に倣って、ウッドストックを雇ったのかもしれない(いや多分違うけど)。

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『完全版 ピーナッツ全集 10』p. 1970年5月24日発表)




(当ブログ関連記事)

・ルーシーの「心の相談室」1 患者への暴言暴力 (漫画「ピーナッツ(スヌーピー)」より)

当ブログ「スヌーピー」関連記事と参考文献一覧はこちら





完全版 ピーナッツ全集 10: スヌーピー1969~1970 - チャールズ・M・シュルツ, 谷川俊太郎
完全版 ピーナッツ全集 10: スヌーピー1969~1970 - チャールズ・M・シュルツ, 谷川俊太郎


(参照)

Dog Complex: Analyzing Freud’s Relationship With His Pets BY LAUREL BRAITMAN Fast Company 

https://www.fastcompany.com/3037493/dog-complex-analyzing-freuds-relationship-with-his-pets

posted by pawlu at 06:59| スヌーピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年04月08日

ルーシーの「心の相談室」2 紹介者たち (漫画「ピーナッツ(スヌーピー)」より)

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『完全版 ピーナッツ全集 10』p.62 1969年5月22日発表 チャールズ・M・シュルツ著 谷川俊太郎訳 河出書房新社)(※以下、同全集より画像引用)


 スヌーピーも登場する、かわいい漫画『ピーナッツ』界の強者、ルーシー。

彼女は医師として好き勝手やっている悩める患者をサポートする、「心の相談室」を経営。

この相談室には、彼女の性格そのままに、毒舌と暴力がはびこっているのだが、なぜか患者が途切れない。


 時には誰かの紹介で患者が来ることもあった。


(ケース1)

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『完全版 ピーナッツ全集 10』p.189 1970年3月15日発表)


 チャーリー・ブラウンには、「凧喰いの木」という恐ろしい敵がいる。


彼が凧揚げをするたびに、この木が凧を奪い取ってムシャムシャと食べてしまうのだ

(少なくともチャーリー・ブラウンは、自分のスキルの低さのせいで木に凧が絡むとは思わず、そう固く信じている。)


 春、凧揚げのシーズンのはじまり。


凧を抱えたチャーリー・ブラウンは、「凧食いの木」の前に立っていた。

「さてさて、薄汚い凧食いの木よ、こんにちは、長い冬だったね?お腹がすいてる様子だな…この凧を食いたいんだろう?」


天敵は枝ぶりいっぱいに「にたぁっ」とずる賢い笑みを浮かべた。

「ぼくはお前が大きらいだよ、飢え死にしちまえばいいんだ!」

今度は、クスン、と、しおらしく鼻(?)をすする凧食いの木。しかしチャーリー・ブラウンは、容赦なくこぶしを振り上げた。

「いくらでも泣けよ!ぼくはぜんぜん同情しないぞ!」


 それを見かけたライナスは、チャーリー・ブラウンに歩み寄ると、黙って彼の腕を掴んだ。

「何をするんだい?腕を放せよ、どうするつもりだい?」


 「さて、確認させてもらうけど……あなたをここに連れてきた人は、あなたが木と話してたって言ってたんだけど……本当?」

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『完全版 ピーナッツ全集 10』p.189 1970年3月15日発表)

 ライナスの紹介を受けたルーシーは、「木と話してた」クライアント(今は何だかやるせなさそうにしている)相手に、ごく冷静にカウンセリングをはじめた。


 チャーリー・ブラウンもライナスも、プライベートでは結構な確率でルーシーにぶちのめされているのだけれど、彼女の「心の相談室」を「プロのアドバイスが必要なとき」に行くべき場所だとは思っているらしい。



(ケース2)

 スヌーピーもふさぎこむウッドストック(スヌーピーの親友の黄色いかわいい小鳥)をルーシーのところに連れて行っている。

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『完全版 ピーナッツ全集 10』p.62 1969年5月22日発表)

(ふさぎこんだ顔もかわいい、あと紹介者のとりなすような笑顔もかわいい)


「小鳥が落ち込んでいるの?」

(心が痛くなるフレーズ)

しかし、ルーシーはプロらしく過度な同情をせず、きっぱりと言った。

「なんであなたが落ち込むのよ?他の鳥とどこも違ってないじゃない…自分を憐れむのはやめなさい」

はっとして顔を上げたウッドストック。

ルーシーは相談者のちぢこまった背中をたたくように、こう付け加えた。

「忘れないで…広大な空を!」

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『完全版 ピーナッツ全集 10』p.62 1969年5月22日発表)

この言葉のおかげで、ウッドストックは元気を取り戻せた。

……のは良かったのだけど。

「チェッ!我々分析医が気をつけなくちゃいけないことのひとつね…あんまり素早く治したんで、支払いをしないで飛んでっちゃったわ…」

 小鳥から5セントをとりっぱぐれたことに憮然とするルーシー。


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『完全版 ピーナッツ全集 10』p.62 1969年5月22日発表)

 その表情はウッドストックを厳しくも温かく励ましたときとほぼ一緒で、せっかくの(非常に珍しい)名カウンセリングが台無しだった。

(ルーシーと一緒に、ウッドストックが飛び去って行ったであろう「広大な空」を見上げている、スヌーピーのフラットな表情も味わい深い〈友達の「無銭相談」の責任はとくに感じてなさそう〉)


 友達が困っていたら、連れていく場所として信頼されている「心の相談室」。

 次回は多忙なルーシーを手伝った、アシスタントや代診者たちのエピソードをご紹介させていただく。





完全版 ピーナッツ全集 10: スヌーピー1969~1970 - チャールズ・M・シュルツ, 谷川俊太郎
完全版 ピーナッツ全集 10: スヌーピー1969~1970 - チャールズ・M・シュルツ, 谷川俊太郎


posted by pawlu at 05:44| スヌーピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年02月15日

中古のバレンタインカード(漫画『ピーナッツ(スヌーピー)』)意外に「熱い」ピアノ少年シュローダー

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『完全版 ピーナッツ全集 7』p.33  1963年3月17日発表 チャールズ・M・シュルツ著 谷川俊太郎訳 河出書房新社 ※以下、同全集より画像引用))

 1963年、スヌーピーの飼い主、チャーリー・ブラウンのバレンタインは、その年も悲劇に終わった。

いいなと思っている子同士で贈り合う「バレンタインカード」の成果はゼロ枚。

友達のフリーダに、無邪気な残酷さで「何枚もらった?」と聞かれ、逆に笑いが止まらないほど悲しかった2月15日。


 でも、その年のバレンタインには、続きがあった。




 チャーリー・ブラウンが友達のシュローダーと一緒にいた時。

ポニーテールがかわいい女の子、ヴァイオレットが、カードを持ってきた。

 「チャーリー・ブラウン、わたしね、今年あなたにバレンタイン・カードをあげなかったのがとてもうしろめたいの…これ、うけとってね」

「ちょっと待って!いったいどういうつもり?自分を何様だと思っているんだい?!」

シュローダーが、険しい顔で立ちはだかった。

「バレンタインの2月14日に、きみはどこにいたんだ?優しさや思いやりはあと出しできるものなのかい?彼の気持ちを考えたらどう?!」

ちなみにその日は3月17日(あと出しにもほどがある)。


(2月14日のヴァイオレット。シャーミーとカード交換をしていた。〈けっこう本命っぽい表情〉)

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『完全版 ピーナッツ全集 7』p.20  1963年2月14日発表)


 「きみやきみの友人たちみたいな思いやりのない連中には会ったことがない!チャーリー・ブラウンのことなんか気にもしてないんだ!後ろめたさがいやなだけなんだ!」

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『完全版 ピーナッツ全集 7』p.33  1963年3月17日発表)


 目をまるくしているヴァイオレットに、シュローダーはさらに詰め寄った。

「ひと月もたってからノコノコやってきて、自分の良心をなだめるために中古のバレンタイン・カードをさしだす神経!言わせてもらうけど…チャーリー・ブラウンはそんなものほしく…」


7 33 19630317シュローダー中古のバレンタインカードなんて-.jpg

『完全版 ピーナッツ全集 7』p.33  1963年3月17日発表)


 「邪魔しないで…ぼくそれもらうよ!」

両手をさしだし、嬉しそうにヴァイオレットに歩み寄るチャーリー・ブラウン。

完膚なきまでに「ばかをみた」シュローダーは、それまで振り上げていた腕をだらりと下げ、げんなり目を閉じ、つくづくあきれていた。

7 33 19630317中古のバレンタインカードを受け取る -.jpg

『完全版 ピーナッツ全集 7』p.33  1963年3月17日発表)



 (完)



 「ブロンドのハンサムなピアニスト」というロマンチックなキャラクターで、女の子にもてるシュローダー。

 しかし、本人は生粋のアーティストで、ピアノとベートーベンに人生を捧げている。


(シュローダーのことが気になっているルーシーとフリーダが、ピアノの前にたむろしてても見向きもしない)

10 192 ルーシーとフリーダに見向きもしない -.jpg

『完全版 ピーナッツ全集 10』p.192  1970年3月22日発表 


 音楽以外には興味がないのかと思いきや、このエピソードで、チャーリー・ブラウンをかばって怒る、熱い一面を見せた。

(「優しさや思いやりはあと出しできるものなのか」「自分の良心をなだめるため」など、小学生とは思えない鋭い分析と言葉選び。日ごろ勝気で舌戦には強いヴァイオレットも、シュローダーの権幕と理路整然とした批判に言葉を失っている)

 「友達思いなんだな」

と、読者を感動させたのに、彼のひたむきさを「邪魔」呼ばわりする、チャーリー・ブラウンの笑顔が情けない(プライド持ってよ)。

 ちなみにアメリカにはホワイトデー(3月14日)の習慣はないので、3月17日は、本当になにひとつバレンタインにかすりもしない日。シュローダーが指摘するとおり、ヴァイオレットは、ただただ自己都合で、カードを持ってきた。

 そして、バレンタインデーには彼女の後ろ姿をあんなにも苦々しく見ていたのに、いそいそ歩み寄るあたり、チャーリー・ブラウンは自分で思っているより、はるかに懲りない……打たれ強いのかもしれない。




 ところで、このエピソードは、後の『ピーナッツ』という作品自体を考える上でも興味深い。

 こののち、「おてんばで、かわいいけれど口が悪い」ヴァイオレットは、『ピーナッツ』界最強の女ルーシーと入れ替わるように登場回数が減っていくし、彼女がカードを渡していた少年シャーミーも同様だ。

 ヴァイオレットとシャーミーは、個性しかないルーシーや、アーティストのシュローダー、毛布をこよなく愛するライナスらに比べると、インパクトが弱かった。


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『完全版 ピーナッツ全集 7』p.93 1963年8月4日発表)

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(『完全版 ピーナッツ全集 6』p.72 1961年6月15日発表)


(チャーリー・ブラウンを追いかけるヴァイオレットとルーシー。よく似た言動の場面でも、迫力の差は歴然〈チャーリー・ブラウンの危機感も〉) 


 比較的「普通」の子供たちが、チャーリー・ブラウンをみじめにさせる展開は、ちょっと「洒落にならない」ところがある。(いわゆる「勝ち組負け組」のにおいが少し漂う)

優劣勝敗ではなく、より洗練された、「強烈なキャラクターたちに振り回される普通の人(チャーリー・ブラウン)」の笑いを作り上げるために、作者のシュルツ氏は、キャラクターを入れ替えていったのだろう。


 「きみやきみの友人たちみたいな思いやりのない連中には会ったことがない!」

目の前にヴァイオレットしかいないのに、シュローダーが彼女の「友人たち」にまで憤るこの台詞は、やがて訪れる、作品の世界観の移り変わりを予言しているのかもしれない。



 当ブログ関連記事:

 ・チャーリー・ブラウンのバレンタイン(漫画『ピーナッツ(スヌーピー)』と作者シュルツさんのことば)

  ・ブログのスヌーピー(漫画『ピーナッツ』)関連記事一覧と主な参考文献



(このエピソードをもとにしたアニメのシーン。アニメではバレンタイン翌日の出来事になっているが、原作はもっと残酷だった)
Snoopy | Be My Valentine - Be My Valentine | Videos for Kids | Movies for Kids

(シュローダーにアプローチするルーシーと、演奏に没頭するシュローダー〈おなじみの光景〉。シュローダーの素晴らしい演奏技術にご注目)
Snoopy | Be My Valentine - The History of Valentine | Videos for Kids | Movies for Kids

(シュローダーのプロフィール)
Profile: Schroeder (Official)



(出典)





(参照)
バイオレット ウィキペディア記事
シャーミー ウィキペディア記事
posted by pawlu at 21:00| スヌーピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年02月14日

チャーリー・ブラウンのバレンタイン(漫画『ピーナッツ(スヌーピー)』と作者シュルツさんのことば)

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『完全版 ピーナッツ全集 7』p.20  1963年2月14日発表 チャールズ・M・シュルツ著 谷川俊太郎訳 河出書房新社 ※以下、同全集より画像引用))


 アメリカの子供たちは、バレンタインの日に、男女どちらからでも、好きな子にカードを贈る習慣がある。

(告白というほどでもない「ちょっと好きだな」と思っている間柄でも渡すようだ)


 スヌーピーの飼い主で、何をやってもうまくいかない男の子、チャーリー・ブラウン。

彼にとってバレンタインは受難の日だ。




1、カードをもらえない悲しみ

 「チェッ!誰もぼくにバレンタイン・カードをくれないのか!」

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『完全版 ピーナッツ全集 7』p.20  1963年2月14日発表)

 カードを贈り合うヴァイオレットとシャーミーを遠目に見ながらため息をつくチャーリー・ブラウン。


 背中をまるめ、ポケットに手をつっこみ、冬の道みち、寂しくつぶやく。

 バレンタイン・デーなんて、なければいいのに。誰にも好かれていないってわかってるんだ。

「どうしてバレンタイン・デーでわざわざダメ押しされなきゃならないんだ?」


 哀しい絶叫の翌日、2月15日。


「昨日ね、バレンタイン・カード30枚もらったの!あなたは何枚もらった、チャーリー・ブラウン」

「ぼく?ぼく?ぼくだって?!」

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『完全版 ピーナッツ全集 7』p.20  1963年2月15日発表)


 巻き毛が自慢の女の子、フリーダからそう聞かれ、チャーリー・ブラウンは声をあげて笑い出した。

「ハ!ハ!ハ!ハ!ハ!ホ!ホ!ホ!ホ!ホ!」 

もらったことが前提で、枚数を聞かれたことが、おかしくてしょうがなかった。

「ヒーヒーヒーヒー ヒーヒーヒーヒー」

「彼、笑いがとまらなくなっちゃった」

 友達のパティに話しかけるフリーダの傍らで、3コマずっと、息の続くかぎり、チャーリー・ブラウンは心底おかしそうに、苦しそうに、笑い続けた。

7 20 19630215バレンタインカードの枚数を聞かれ笑いだす - コピー.jpg

『完全版 ピーナッツ全集 7』p.20  1963年2月15日発表)

(人生で「笑うしかない」事態が来たとき、思い出したい見事な表情。そして、バレンタインデー当日と翌日にこの話を掲載するシビアさが『ピーナッツ』らしい)


 ちなみにスヌーピーはとってももてる。

(かわいくて面白くて積極的だから〈すこし飼い主にコツを教えてあげればいいのに〉)

 カードがほしくて、ポストの前で待機しているチャーリー・ブラウンを踏み台に、分厚いカードの束を回収するスヌーピー。

 ❝

  9 176 19680214バレンタインカードをたくさんもらうスヌーピー - コピー.jpg

    (『完全版 ピーナッツ全集 9』p.177 1968年2月14日発表)


 そのまま椅子のように彼に座って、ガールフレンドたちからの宛名を確認するという、むごい真似を平気でする(でもかわいい)。

  ❝

  9 177 19680215バレンタインカードを読み上げるスヌーピー - コピー - コピー.jpg

    (『完全版 ピーナッツ全集 9』p.177 1968年2月15日発表)






2、カードを渡せない悲しみ

 チャーリー・ブラウンは「赤毛の女の子」に片思いをしているが、ろくに話しかけたこともない(だから彼女のほうは彼の存在を認識していない)。


 「ちょっと好きだなと思っている」子にも気軽にカードを渡せるバレンタインは、仲良くなる絶好のきっかけなのだけれど、本心は「ちょっと好き」どころではない彼は、激しく煩悶する。


「バレンタイン、おめでとう!」

通りがかりに、笑顔でハートのカードを差し出す。

……から始まって、ごくさりげなく、あるいは、礼儀正しく、ウィンクとともに、男らしく、などなど、計8パターンのカードの渡し方を、一人でシミュレーションしたチャーリー・ブラウン。

9 175 19680211バレンタインカードを渡す練習 - コピー.jpg

『完全版 ピーナッツ全集 9』p.177 1968年2月14日発表)

(強気な顔も珍しいが、不器用なウィンクがとくにいじらしい)


 だが、やがて、深いため息をついた。


 「やあ、チャーリー・ブラウン…あの赤毛の女の子にバレンタイン・カードを渡したかい?」

道で会ったライナスに聞かれたチャーリー・ブラウンは、肩を落として立ち去った。

「渡せなかった…匿名で郵送したよ…」

 さんざん悩んで、無意味な(そしてちょっと不審な)アピール(?)しかできなかった年上の友達の背中を、ライナスはやるせなく見送った。

「おなじみチャーリー・ブラウン…最高にチャーリー・ブラウン的だね!」




作者、チャールズ・シュルツ氏のことば

 シュルツさんの少年時代にも、バレンタインのせつない思い出がある。

小学校1年生のとき、先生が、教室の前に「バレンタイン・ボックス」を置きました。バレンタインデイの2日前で、好きな子にわたしたいカードを持ってきて入れなさいというのです。もちろん、わたしにもほかの子よりはこの子のほうが好きだなという相手が何人かいましたが、誰の気も害したくなかったので、全員のリストを作りました。母が手伝ってくれてカードを用意し、翌日学校に持っていきました。教室は1年生にとってはかなり大きく感じられるものです。わたしの席から教室の前の箱のところまで行くには、かなり歩かなければなりませんでした。

みんなに見られている中を歩いて行って、箱の上の細い隙間からカードを入れなければならないのです。


できませんでした。わたしはカードを全部家に持ち帰りました。

(『スヌーピーの50年 世界中が愛したコミック『ピーナッツ』p.222)


(アニメに登場した「教室のバレンタイン・カード入れ」)
アニメ バレンタインカード入れ - コピー.jpg
(Image Credit:Youtube Snoopy | Be My Valentine - A Home Made Valentine | Videos for Kids | Movies for Kids)

 さんざん考えて考えて、たくさん準備して、結果(もしかしたら、その考えすぎのせいで)気持ちを伝えられない、しょんぼりとした物悲しさは、チャーリー・ブラウンもシュルツさんも似ている。(シュルツ少年のカードなら、きっととてもかわいくて、みんな喜んだはずなのに)


 シュルツさんは、チャーリー・ブラウンの行動が、いつも残念な結果になってしまうことついて、こう語っている。


なぜなら、彼(チャーリー・ブラウン)は平均的な人間を戯画化した存在だからです。わたしたちのほとんどが、成功より失敗を多く経験しています。成功するのはすばらしいことですが、おかしくはありません。ひとりの幸せな成功者の陰に100人の失敗者がいて、おもしろおかしい物語を読んで心を慰めているのです。

(同上 p.211)






(参照)

完全版 ピーナッツ全集 7: スヌーピー1963~1964 - チャールズ・M・シュルツ, 谷川俊太郎
完全版 ピーナッツ全集 7: スヌーピー1963~1964 - チャールズ・M・シュルツ, 谷川俊太郎

完全版 ピーナッツ全集 9: スヌーピー1967~1968 - チャールズ・M・シュルツ, 谷川俊太郎
完全版 ピーナッツ全集 9: スヌーピー1967~1968 - チャールズ・M・シュルツ, 谷川俊太郎

スヌーピーの50年 世界中が愛したコミック『ピーナッツ』 (朝日文庫) - チャールズ・M・シュルツ, 三川 基好, Charles M. Schulz
スヌーピーの50年 世界中が愛したコミック『ピーナッツ』 (朝日文庫) - チャールズ・M・シュルツ, 三川 基好, Charles M. Schulz


(アニメ版のチャーリー・ブラウンが赤毛の女の子にカードを贈ろうとするシーン)
Snoopy | Heart Attack | BRAND NEW Peanuts Animation | Videos for Kids | Cartoons

Snoopy | Be My Valentine - A Home Made Valentine | Videos for Kids | Movies for Kids
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2022年07月23日

ルーシーの「心の相談室」1 患者への暴言暴力 (漫画「ピーナッツ(スヌーピー)」より)

6 097 来る前より気が重い 心の相談室 - コピー - コピー.jpg
『完全版 ピーナッツ全集 6』p.97 1961年8月13日発表 チャールズ・M・シュルツ著 谷川俊太郎訳 河出書房新社 ※以下、同全集より画像引用)

 スヌーピーと子供たちが登場する漫画『ピーナッツ』。

その中で、腕力も口も圧倒的パワーを誇るのが、黒髪の女の子、ルーシーだ。

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(『完全版 ピーナッツ全集 6』p.72 1961年6月15日発表)


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(『完全版 ピーナッツ全集 4』p.3 1957年1月6日発表)

(強い〈ものすごく〉)


 作中最強とも思われる彼女には、意外な一面がある。

「心の相談室」の「医師」なのだ。

 露店のような診察コーナーで、相談者の悩みを聴き、基本料金は5セント。

 だが、たいていの場合、彼女に振り回された患者たちは「来る前より気が重い(チャーリー・ブラウン談)」という目に遭わされることになる。


チャーリー・ブラウンの場合


 ルーシーに相談中、「昨日は胃が痛くなった」という話をしたチャーリー・ブラウン。

「いろんなこと心配しすぎよ、チャーリー・ブラウン…胃が痛くなって当然よ…そんなバカげた心配はすっかりやめちゃいなさい!」

胃痛の原因は心配しすぎのせいだという分析自体は的確だったが、では、心配しすぎる癖をどうやってやめるのかを、チャーリー・ブラウンが質問したところ、

「それは自分で心配しなさい。5セントいただきます」

と、カウンセリングを打ち切られた。

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『完全版 ピーナッツ全集 9』p.183 1968年3月1日発表)

(堂々巡り+5セント支払い損)



フリーダの場合



 フリーダは、「天然カール」の髪が自慢の女の子だ。

 彼女も「専門家の助言」を求めていったのだが。

「わたしの髪が天然カールだからってだけで、きらわれてるの…みんなうらやましいのね…どうすればいい?」

彼女がしょんぼりと話している間中、眉間の皺を隠そうともしなかったルーシーはひとこと、

「現実をよく見なさいな娘さん…5セントいただきます!」

そう言って、その悩みが、ただの自意識過剰であると切り捨てた。

6 114 フリーダを追い返す 心の相談室 - コピー.jpg
『完全版 ピーナッツ全集6』p.114  1961年9月22日発表)

 ちなみに、ルーシーとフリーダの相性は、プライベートでもあまりよくない。

 フリーダの「天然カール自慢」が、同じく自信家のルーシーを逆なでするのに加えて、ルーシーが熱烈な片思いをしているピアニストの少年、シュローダーのことをフリーダも気に入っているからだ。

10 16519700118ルーシーの三角関係 - コピー.jpg

『完全版 ピーナッツ全集 10』p.165 1970年1月18日発表)


 しかし、悩み相談に行っているところをみると、フリーダのほうはルーシーと自分との間の火種に今一つ気づいていないようだ。

(多分、彼女のそういう図太さが、余計ルーシーをイラつかせている)



ルーシーの弟、ライナスの場合



 「じぶんの家族を診察するのってむずかしくない?」

相談室を訪れたライナスは、先にそう質問した。

 ルーシーはきっぱりと答えた。

「ナンセンス!わたしは完全に客観的になるよう訓練されているのよ…。一度この席につけば個人的偏見は一切忘れるわ!」

「それは大変ご立派なことだね」

 ルーシーは弟、いや「患者」を優しく席に座らせた。

「あなたの困っていることを話してごらんなさい。怖がらずに心の中にあるものをぜんぶ吐き出すのよ」

 ライナスは話し始めた。たいていの場合、自分は幸福だと思っている。

「ぼくのただひとつの問題はぼくの姉さんのことなの…彼女は…」

続きは医師の個人的偏見によるパンチ一撃で封じられ、椅子から転げ落ちたライナスの「問題」がそれ以上語られることはなかった。

6 097 ルーシーの相談をして殴られる 心の相談室 - コピー.jpg

『完全版 ピーナッツ全集 6』p.97 1961年8月13日発表

(読者には彼の「問題」がどういうものであるかよくわかった)


 完全に主観的な鉄拳制裁も気の毒だが、もっと悪質な形でメンタルを削られたケースもある。



チャーリー・ブラウンの場合2(←何故通う)


 チャーリー・ブラウンが人生に行き詰まりを感じて相談に訪れた時。

患者席に座っていた彼が空を見上げて立ち上がった。

飛行機が飛んでいる。

どこかへ行こうとしている人がたくさんいる。

自分もどこかへ行って、新しい人生をはじめたい。

「やめときなさい、チャーリー・ブラウン…飛行機を降りても、あなたはもとのあなたのままよ」

「でも、新しい土地へ着いたら、新しい人たちから、もっと好かれるかもしれない」

「あなたという人を知るまではね、チャーリー・ブラウンあとはもとの木阿弥…」

11 137 19711114もとの黙阿弥 心の相談室 - コピー.jpg

『完全版 ピーナッツ全集 11』p.137 1971年11月14日発表

(洗練されたシルエットのコマで、悪魔のような予言を囁く医師)


「でも、新しい人たちはもっと理解があるかもしれない」

「人間は人間よ、チャーリー・ブラウン…」

そのあとも何度か食い下がろうとし、やがて悲しげに口ごもった患者に、医師は言った。

「5セントいただきます」


 この血も凍るカウンセリング(?)はただ、

「食いついた患者は釣り上げなきゃ」

という常連失客阻止のためになされたものだった。

11 137 19711114食いついた患者は釣り上げなきゃ 心の相談室 - コピー.jpg

『完全版 ピーナッツ全集 11』p.137 1971年11月14日発表

(今日も大人社会のどこかでつぶやかれていそうなセリフが恐ろしい)



時には名言も



 もちろんルーシーも、5セント巻き上げて患者に暴言暴力を振るっているだけではない。

(結構な確率でそんな感じだけど)

 プロフェッショナルとして、深い洞察に裏打ちされた、見事な一言を発することもある。


 悩めるチャーリー・ブラウンに対して彼女が言った、

「人類史上もっとも大きな害は「いいことしたつもりだった」と考えた人々によってなされてきた」

 という言葉は、全人類が心臓に刻むべきだろう。


11 139 1118人類最大の害いいことしたつもりだった - コピー.jpg

『完全版 ピーナッツ全集 11』p.139 1971年11月18日発表

(特に権力者こそ、このコマを執務室のデスクに貼っておいてほしいくらいだ)


 ただ問題は、そのときチャーリー・ブラウンが相談した悩みが

「ライナスが肌身離さず大切にしている毛布を失って苦しんでいるから、新しいものをプレゼントしたら、ちょうどライナスが毛布依存を克服したタイミングで、『やっと毛布無しで暮らせるようになったのに』と嘆かれてしまった」

というもので、ルーシーの名言が、患者にとって何のなぐさめにもならなかったというか、とどめになっているところだが。


 このような診療方針でも、ルーシーの心の相談室には患者が訪れ続けた(とくにチャーリー・ブラウンが)。

 次回記事では、相談室の、なぜか意外と悪くない評判を物語る、「口コミ」と「代診」エピソードについてご紹介させていただく。






(記事画像引用本一覧)






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当ブログのスヌーピー(漫画『ピーナッツ』)関連記事一覧と主な参考文献



・スヌーピーの名言「配られたトランプで勝負するっきゃないのさ」(漫画『ピーナッツ』と『いつかティファニーで朝食を』)2022年01月19日

スヌーピーの話を思い出す - コピー - コピー.jpg


・スヌーピーと雪だるま あらすじご紹介(少しせつない友情物語)2020年10月24日

溶かさないでくれ! - コピー.png


・NHK「アナザーストーリーズ」でスヌーピーの特集番組放送(2021年03月21日)

シュルツさん写真 - コピー.jpg

PEANUTS生誕70年記念 スペシャルインタビュー 谷川俊太郎さんが語るPEANUTSの魅力




(主な参考文献)








posted by pawlu at 14:52| スヌーピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年01月19日

スヌーピーの名言「配られたトランプで勝負するっきゃないのさ」(漫画『ピーナッツ』と『いつかティファニーで朝食を』)

スヌーピーの話を思い出す - コピー - コピー.jpg

(失恋で愚痴っぽくなった友人へのアドバイス)※『いつかティファニーで朝食を』2巻SCENE8より


 『いつかティファニーで朝食を』は、主人公麻里と彼女の友人たちが、美味しい朝食で自分を励ましながら、仕事や生き方に試行錯誤する物語だ。

しかし、この回は、麻里の元恋人の創太郎が主役。

いつかティファニーで朝食を 2巻 (バンチコミックス) - マキヒロチ
いつかティファニーで朝食を 2巻 (バンチコミックス) - マキヒロチ

 創太郎は麻里と長年同棲していたが、気のゆるみが原因で麻里に振られてしまう。

 失恋から半年経っても立ち直れず、「女なんてもう沢山だ!会社も人間もやめてやる!」と酔って人生全般に愚痴を言う「面倒くさい奴」になってしまった創太郎に、彼とルームシェアをしている友人の一人が、漫画『ピーナッツ』の中のスヌーピーとルーシーのやりとりを教えてくれる。


「俺はそういうやってらんない時、スヌーピーの話を思い出すよ。

 スヌーピーがルーシーに言われんだよ。

『時々あなたはどうして犬なんかでいられるのかと思うわ…』って」


 創太郎と一緒に飲んでいたもう一人のルームメイトが苦笑いする。

「うわ、ルーシーきっつー」


「そうしたら、スヌーピーがこう答えんの

『配られたトランプで勝負するっきゃないのさ…』」


 酔いと鬱屈で完全に座っていた創太郎の目が少しだけ開いていた。


「かーっ、さすがスヌーピー!わかってる!」

「まぁ、谷川俊太郎訳が秀逸っていうのもあんだけどねー」

「配られたトランプ」いつかティファニーで朝食を - コピー - コピー.jpg

 ルームメイトたちの会話を聞きながら、創太郎は、また、酔いと、すっかりうまくいかなくなった人生のあれこれに思いを巡らせ、やがて寝落ちしてしまう。




 酔って愚痴ってるとき、スヌーピーの話をしてくれる友達と、「さすがスヌーピー!」と言う友達がいるのは、なかなか素敵なことではないかと思うが、それはともかく、これが実際のスヌーピーとルーシーのやりとりだ。

(『スヌーピーのもっと気楽に 2』、『ピーナッツ全集21巻』収録 ※友人が引用しているのは『もっと気楽に 2』の訳)

配られたカードで勝負するしかない - コピー.jpg

スヌーピーのもっと気楽に (2) のんびりがいい (朝日文庫) - チャールズ・M・シュルツ, 河合隼雄, 谷川俊太郎
スヌーピーのもっと気楽に (2) のんびりがいい (朝日文庫) - チャールズ・M・シュルツ, 河合隼雄, 谷川俊太郎


  本当は、スヌーピーもありのままの自分以外の何かになりたいと思うことがしょっちゅうある。

サングラスが似合うスタイリッシュな大学生「ジョー・クール」だったり、戦闘機のエースパイロットだったり、恐るべきハゲタカだったり。

そして、よく、空想の中で、違う自分になったつもりの時間を楽しんでいる。

(ハゲタカスヌーピー。冷酷な目つきがとてもかわいい)※『ピーナッツ全集』10巻より

ハゲタカスヌーピー - コピー - コピー.jpg

 でも、スヌーピーは今の自分でも十分に幸せだとも思っていて、犬である自分を受け入れている。

この点、勝利や賞賛を切望して落ち込み通しの彼の飼い主チャーリー・ブラウンよりはるかに達観しているし、生き方上手だ。

 だからルーシーに、存在のそのものを見くびられるような失礼なことを言われても、その達観でさらりと受け流している。


 創太郎が友人からスヌーピーの話を聞いてすぐに元気になるわけではない。

仕事と恋への後悔とむなしさ、おいしい朝食と雨上がりの青空。

彼自身の人生の苦いことも嬉しいことも通過して、彼はやっと、前を向こうと思う。

そして、そのとき、スヌーピーのことばを思い出す。

「配られたトランプで勝負するっきゃないのさ」



 漫画『ピーナッツ』には、こういう「やってらんない時」心に残り、あとからゆっくりと胸に広がっていく、不思議な味わいの話がたくさんある。

 飼い主より生き方上手なスヌーピーだけでなく、ため息続きのチャーリー・ブラウンや、毒舌だが、ときにその率直さが、いっそすがすがしいルーシーも、ほかの子どもたちも、それぞれ印象的なことばを持っている。

 人は、落ち込んでいるとき、そうしたほうがいいとわかっていても、いきなりは前向きになれないことがある。

 訳者の谷川俊太郎さんは、『ピーナッツ』の世界を「明るい悲哀」と言い表している。(『ピーナッツ全集』25巻p.315より)

 これ以上暗くなりたくない、でも、すぐには元気にはなれない、そういうとき、この「明るい悲哀」の世界の彼らのことばは、正論で叱咤激励されるより、しっくりくる。

 つらくてどうにも片付かない気持ちのとき、いきなり無理やり笑ってポジティブになる前に、一度こういう世界に触れて、自分の心の「しっくり」を探してみる。

それは、本当に立ち上がるためには、必要な時間なのではないだろうか。

  いくつになっても「やってらんない時」思い出すと、「かーっ、さすが!わかってる!」とつくづく思う。

読んですぐではないかもしれないが、読めばいつかきっと、そんなふうに、笑いの向こうからそっと助けてくれることがある。

『ピーナッツ』はそういう作品なのだ。







(出典)

スヌーピーのもっと気楽に (2) のんびりがいい (朝日文庫) - チャールズ・M・シュルツ, 河合隼雄, 谷川俊太郎
スヌーピーのもっと気楽に (2) のんびりがいい (朝日文庫) - チャールズ・M・シュルツ, 河合隼雄, 谷川俊太郎


いつかティファニーで朝食を 2巻 (バンチコミックス) - マキヒロチ
いつかティファニーで朝食を 2巻 (バンチコミックス) - マキヒロチ


いつかティファニーで朝食を 1巻 (バンチコミックス) - マキヒロチ
いつかティファニーで朝食を 1巻 (バンチコミックス) - マキヒロチ


完全版 ピーナッツ全集 21 スヌーピー1991〜1992 - チャールズ・M・シュルツ, 谷川俊太郎
完全版 ピーナッツ全集 21 スヌーピー1991〜1992 - チャールズ・M・シュルツ, 谷川俊太郎

完全版 ピーナッツ全集 10 スヌーピー1969〜1970 - チャールズ・M・シュルツ, 谷川俊太郎
完全版 ピーナッツ全集 10 スヌーピー1969〜1970 - チャールズ・M・シュルツ, 谷川俊太郎

完全版 ピーナッツ全集 25 スヌーピー1999〜2000 - チャールズ・M・シュルツ, 谷川俊太郎
完全版 ピーナッツ全集 25 スヌーピー1999〜2000 - チャールズ・M・シュルツ, 谷川俊太郎






ラベル:名言・名場面
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2022年01月13日

「スヌーピーの作者 シュルツ」作品と作者に寄せられたことばたち

(スヌーピーの登場する漫画「ピーナッツ(PEANUTS)」の作者、チャールズ・M・シュルツ氏)

シュルツさん写真 - コピー.jpg

完全版 ピーナッツ全集 1 スヌーピー1950〜1952 - チャールズ・M・シュルツ, 谷川俊太郎
完全版 ピーナッツ全集 1 スヌーピー1950〜1952 - チャールズ・M・シュルツ, 谷川俊太郎




 (紹介番組放送予定) 

 NHKドキュメンタリー番組「ザ・プロファイラー〜夢と野望の人生」「スヌーピーの作者 シュルツ」

放送予定: [NHKBSプレミアム] 2022年1月13日 午後9:00 〜 午後10:00 (60) 再放送 1月18日午後11時45分〜午前0:45分

 (番組HP情報はこちら

「スヌーピーの作者シュルツは、チャーリーブラウンそっくり?漫画「ピーナッツ」はいかにして全米の心をとらえたのか?少年の頃のつらい思い出、漫画家デビュー時の失恋「漫画は私の人生そのもの」と語るシュルツ。クスリと笑えるセリフの中に漂う哀愁。そして、5人の子供たちからルーシーやライナスやシュローダーが生まれる!最終回を自らの訃報と共に終えたシュルツの生涯。(番組紹介文より)」


 世界中で愛される漫画「ピーナッツ」を描いたチャールズ・シュルツ氏(1922〜2000)。

 今回はこの作品と作者シュルツ氏に寄せられたことばを、(主に『ピーナッツ』全集25巻から)引用して、ご紹介させていただく。

完全版 ピーナッツ全集 25 スヌーピー1999〜2000 - チャールズ・M・シュルツ, 谷川俊太郎
完全版 ピーナッツ全集 25 スヌーピー1999〜2000 - チャールズ・M・シュルツ, 谷川俊太郎


 (「序 バラク・オバマ大統領」より)

幾多のわがアメリカ人同胞と同様、私は『ピーナッツ』と共に成長した。が、いまなおその卒業生となるには至っていない。

(中略)

彼(シュルツ氏)が描く子どもの世界には、本来そこに流露している複雑な悲しみや優しさがすべて盛り込まれている。

(中略)

子どもたちの胸をよぎるあらゆる感情の波紋を、彼は生き生きと甦らせた。自分もかつてはそうだったのだと思いつくまで、我々がつい忘れがちな、子どもたちに特有の感情を、彼は洩れなく掘り起こして見せたのである。希望。疑い。報われぬ愛の甘美な苦痛。自分が自分である意味を何とか見つけようとする試み。(中略)

過去数十年にわたって、『ピーナッツ』はわれわれの日ごとの“安心毛布”だった。それゆえにこそ『ピーナッツ』はアメリカの至宝なのだ。

(『ピーナッツ』全集25巻 xi)

 ブログ筆者補:2016年アメリカ版『ピーナッツ全集』に寄せられた序文、当時は現役の大統領だった。


(「チャールズ・M・シュルツ 1922〜2000 ゲイリー・グロス」より)

 シュルツの活動した50年を通じて(中略)作者本人の内面的な危機を描いたコミック、であり続けた。(中略)人間である以上逃れられない問題を直視するこの謙虚な姿勢、それあってこそ『ピーナッツ』はいまも変わらず普遍的な感動をもたらしてくれるのだ。
 癌と診断されたシュルツは、1999年末に『ピーナッツ』から引退した。そして2000年2月12日に他界。それはくしくも彼の最期の作品が掲載される前日(であり、バレンタインデーの2日前)のことだった。シュルツは生涯を通じ、平日版と日曜版をあわせて、1万7897編を描いたことになるのだが、その一編一編がすべて彼自身の手によって下書きされ、ペン入れされ、セリフが書き込まれたものだった──コミックの世界ではまず比類のない壮挙だったと言えよう。
(『ピーナッツ全集25巻』 p.317) 
 Gary Groth 1954年生まれ。漫画編集者。ファンタグラフィックス社の共同創業者 

(ブログ筆者補:同氏は全集1巻掲載の「チャールズ・M・シュルツへのインタビュー」の聞き手も担当されている(p.305〜337))

(「訳者あとがき」谷川俊太郎 より)

翻訳をはじめて間もない頃から、『ピーナッツ』に大人が登場しないのはどうしてか考えると、実は彼らが子どもにひそむ大人であると同時に、大人にひそむ子供として描かれているからだと私は気づいていました。シュルツさんの描くみんなの顔かたちと姿は1950年代からどんどん変化し洗練されていきますが、フキダシの中の台詞に現れる内面は、はじめから大人のそれだったと私は考えています。
 私が『ピーナッツ』の翻訳に疲れることはあっても、飽きることがなかったのは、彼らの外面と内面の絶妙なバランスとアンバランスのおかげだと言えるかもしれません。シュルツさんが彼らを操り人形のように動かすことはありませんでした。そこにはいつも子供にも通じる大人のユーモアと明るい悲哀が存在していました。登場人物の数はそんなに多くないし、その行動範囲も(スヌーピーの破天荒な空想を除いては)限られているのですが、『ピーナッツ』の時空が読者の時空とシンクロして、ひろびろと感じられるのは、その時空が作者であるシュルツさんの心の大きさそのものであるからでしょう。

 (『ピーナッツ全集25巻』 p.317)
 (ブログ筆者補:谷川俊太郎 詩人 50年以上にわたり『ピーナッツ』の翻訳をご担当、名訳で知られる。)

(PEANUTS生誕70年記念 スペシャルインタビュー 谷川俊太郎さんが語るPEANUTSの魅力)

 この、作品とシュルツ氏への敬意に溢れる見事なことばたちは、それぞれの形で、『ピーナッツ』の一番大切な部分に触れている。

 この作品が、人の心の、深く繊細で、あらゆる世代、立場、時代を超えた普遍的な部分を描いているということだ。

 「希望。疑い。報われぬ愛の甘美な苦痛。自分が自分である意味を何とか見つけようとする試み」
 「内面的な危機」
 「人間である以上逃れられない問題」
 「子どもにひそむ大人であると同時に、大人にひそむ子供」

 それは、本当は一生、誰の胸の内にもある。

 大人になって、それに、熱く心揺さぶられることも、人生を脅かされるほど苦しめられることも、抑圧することも、多忙や強烈な娯楽に紛れて無かったことにすることもあるが、本当は、いつ、誰の心にもある。
 どんな世代、立場の人にも、自分にも、他人にも。

 そのことを知っている人は、『ピーナッツ』の子どもたちが抱くあらゆる感情に触れた時、自分が、読者としても、その感情の持ち主としても「いまなおその卒業生となるには至っていない」と感じる。

 作品の魅力について、オバマ氏は「安心毛布」、谷川氏は「ひろびろとした時空」ということばで表現しているが、これは、読めばすぐに、温かな絶対的安心感や、さわやかでのびのびした気持ちを得られるという意味ではない。

 彼らは人生の「勝ち組」になる秘訣を教えてくれるわけではない。

 チャーリー・ブラウンの片思いは永遠に片思いだし、野球は連戦連敗、ルーシーは彼の蹴りたいフットボールを引っ込め続ける。
ボールを引っ込められるチャーリー・ブラウン - コピー.jpg


 そこを「うまいことやる」コツはこの作品の中にはない。だからわかりやすい安心感や爽快感は無い。

 ただ、自分と同じようなことで、悩んだり困ったりしながら、どうにか人生と折り合いをつけて、つんのめりつつ生きている愛すべき友達が、本を開けばそこにいる感じだ。

 だが、「勝つこと」「成功すること」が求められる世の中、それを自分でも切望しながら、どうにもできなかったとき。

 自分と似たような凸凹でつまづいた愛すべき友達の、同じような痛みを抱えて漏らした、ときにため息、ときに達観が入り混じる小さな一言。

 それが、どんな肌触りの良い毛布よりも凍り付いた心を落ち着かせ、どこまでも広がる青空よりも、息詰まる心に風を通してくれることがある。

 読者のせつない心に、登場人(犬)物の心がこまやかに響き合うからだ。

 しかも彼らは、こちらが見ていてほっとするようなかわいい姿をして、物語の中の自分たちがどんな状況でも、読んでいる私たちには「笑い」をくれるのだ。
(「明るい悲哀」とはそのことだろう)

 シュルツ氏は、漫画家として世界の誰よりも成功したと言える人物だが、悩み深い性格の持ち主で、生涯それと戦わなければならなかった。

 そんなシュルツ氏にとって、『ピーナッツ』の世界を描き続けることは、高い地位よりも、莫大な財産よりも、彼にとって必要なことだった。

 彼をよく知る人々は、シュルツには引退などありえないことを知っている。
「だって父は何をすればいいの?」。そう問い返すのは娘のエイミーだ。「漫画は彼の人生そのものなのよ。漫画もまた彼そのものなんですもの」

『スヌーピーと生きる』「四コマ漫画こそわが命」p.370

 1981年、心臓手術を受けたシュルツ氏は、手に震えがでるようになったが、それでも彼は『ピーナッツ』を描き続けた。

 (その震えが影響した独特の線が、その後の作品のふんわりとしたやわらかい味わいを生み出した)

 引退についてマスコミに尋ねられた時のシュルツ氏の言葉を、妻のジーニーさんは覚えている。

「この手で描きたいと思う限り、腕が震えてもやめたくない」

マンガは彼にとってかげがえのないものだったの

(「スヌーピー最後のメッセージ 〜連載50年 作者の秘めた思い〜」インタビューより 初回放送日: 2021年3月23日


 手の震えが、もしも、腕まで来たしても、『ピーナッツ』への思いがある限りは描き続けたい。

 それが、シュルツ氏の願いだった。

 だが、1999年、体調が悪化し、ついに連載を終了する日がやってきた。

 その日が近づいていることを悟ったシュルツ氏は、インタビューの中でこう語っている。

チャーリー・ブラウン。ここまで入れ込んで描いた友はいなかった。

最終回の原稿に自分の名前をサインするときには泣いてしまうかもしれない。

チャーリー・ブラウン

ライナス……

もうチャーリー・ブラウンが二度とフットボールを蹴ることはないんだ。

(「アナザーストーリー」内インタビュー映像より)


 どこかチャーリー・ブラウンに似た黄色いシャツを着た、柔らかい声で話す、大きな眼鏡と銀髪の紳士、そのシュルツ氏の顔に、泣き笑いが浮かんでいた。

 シュルツ氏は、2000年2月12日、眠っている間に、世を去った。

 そして、その数時間後、『ピーナッツ』最終回の日曜版が掲載された。

 シュルツ氏のお別れのメッセージを添えた最終回は、それまでの『ピーナッツ』の名場面を組み合わせたもので、そのデザインは、アシスタントのペイジ・ブラドックさんたちが担当した。

 新聞が発売される前に、ペイジさんは早刷りを手に入れ、シュルツ氏に見せた。彼はとても喜んでいたという。
「わたしは、面白いものを描いてきたんだな」
(「アナザーストーリー」ペイジさんのインタビューより)
 どんなものが掲載されるかは見届け、だが、それが読者の目に触れる前に、本当に『ピーナッツ』が終わってしまう前に、自分は目を閉じる。

 そんな風に、シュルツ氏は人生の幕を下ろした。

  病める時も健やかなるときも、シュルツの伴侶は漫画だった。死が両者を別つまで。
 『スヌーピーと生きる』p.379

 これは、彼の生前(1989年)の公式伝記『スヌーピーと生きる』に記された一文だ。

 まるで予言のように、シュルツ氏はこの言葉通りの人生をやり遂げた。

 彼は生涯、悩み多い自分の性格に苦しめられたが、その悩みの中で『ピーナッツ』という世界、チャーリー・ブラウンたちという、シュルツ氏と世界中の読者にとっての大切な友達が生まれた。

 シュルツの不幸こそが、世界の利益なのだ。彼がいらいらと気難しく。すぐに落ち込む性格の持ち主であるからこそ、『ピーナッツ』が生まれたのである。ガミガミ屋ルーシー、夢想家スヌーピー、思慮深いライナス、そして、かしこさあふれるがゆえに悲しいチャーリー・ブラウン。すべてシュルツの不幸な性格の産物である。

『スヌーピーと生きる』p.414

 私たち読者は、シュルツ氏の不幸な性格から生まれた『ピーナッツ』に、たくさんの楽しい時間、ウィットに富んだ台詞を貰った。

 苦しさから『ピーナッツ』を描き、だが一方で、50年、たゆまずずっと描き続けることにも、やはり大変な苦労や葛藤があっただろう。

 それでも、シュルツ氏自身も、泣き笑いを浮かべるほどに、彼らを描けないことを惜しみ、『ピーナッツ』のお別れとともにこの世を去っていった。 

 『ピーナッツ』は読者を力づけてくれた。そして、誰よりも、シュルツ氏自身が、苦しみながらも、チャーリー・ブラウンたちを大切な友達として、描き、支え合って共に生きてきたのだ。

 自分の心や人生のやるせなさと向き合ってきたシュルツ氏が、文字通り生涯を賭けて描き続けた名作『ピーナッツ』。

「『ピーナッツ』と共に成長した。が、いまなおその卒業生となるには至っていない」
「子どもにひそむ大人であると同時に、大人にひそむ子供」

 『ピーナッツ』を読めば、誰でも自分の中にその心を見出す。

 そして、人生に行き詰まったとき、どうにも片付かない気持ちを抱え、途方に暮れたとき、その気持ちを知っている、自分はどんなに悩んでいても、読んでいる人のことは笑わせてくれる、シュルツ氏によく似たチャーリー・ブラウン達と、その気持ちを分かち合うのだ。



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(シュルツ氏についての当ブログのおもな参考文献)







posted by pawlu at 09:51| スヌーピー | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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