2017年03月21日

画鬼河鍋暁斎達人伝

 本日は現在東京で開催中の展覧会「これぞ暁斎!」にちなみ、河鍋暁斎の絵師としての達人ぶりを物語るエピソードをご紹介させていただきます。

公式HP http://www.bunkamura.co.jp/museum/exhibition/17_kyosai/



 産み出す作品そのままに、ぶっ飛んだ人物です。

 資料として、「暁斎画談」(暁斎の語りと絵手本をまとめた書。暁斎本人が挿し絵を手掛けている。)と、イギリス人建築家で暁斎の愛弟子ジョサイア・コンドル(コンダー)の「河鍋暁斎」を使わせていただきました。

暁斎画談 外篇巻之上 -
暁斎画談 外篇巻之上 -

河鍋暁斎 (岩波文庫) -
河鍋暁斎 (岩波文庫) -


 達人伝1、暁斎八才、生首を拾い写生する
 
   物心ついたときから絵が好きだった暁斎は、ある日、神田川に水の流れを写生しに行きました。

 水辺に寄ったときに、何やら毛のなびく物が足元近くに流れ着き、これが簔亀(※1)というものかと喜んで拾い上げたところ、男の生首でした。(※2)

 (※1)甲羅に長く藻の生えた亀。縁起が良いとされる。
 (※2)近くの処刑場から流れてきたと思われる。

 驚いて捨てて逃げようと思ったものの、考えてみれば、名人の生人形(※3)の生首を写生したことはあったけれども、本物の生首を見たことはなかった。怖いからといって、描かずに捨てて逃げるのは惜しい。と、思い直し、むき出しで運ぶわけにもいかないので、家に走って風呂敷を持参し、包んで家に持ち帰りました。

 (※3)本物そっくりに作られた人形のこと。見世物小屋などで展示された。
 当時暁斎の家の近くに、生人形の名手、泉目吉の作業場があり、暁斎はしばしば作業場を訪ねて、作り物の生首などを写生していた。(そもそもそこからしてどうかと思う。)

 物置に隠して、隙を見て写生しようと思っていたところ、手伝いの女性が、薪をとりに物置に行って生首を見つけてしまい、悲鳴を上げて飛び出してきたので、暁斎の父母も駆けつけ、大いに驚きました。
(そりゃ人生これほどびっくりすることはそうないでしょう。)

 騒ぎを聞き付けた少年暁斎は、写生をするために拾ってきたと正直に打ち明け、生首と暁斎の絵にかける熱意との両方に驚いた両親は、しばし怒ることもできずにいましたが、なおも写生をしたいと言い張る暁斎に対し、人に見られたらどう申し開きするつもりだと父が厳しく言い聞かせ、「すぐ川に戻してこい。元あった場所に捨ててこい」と叱ったそうです。(※4)

 (※4)ジョサイア・コンドル「河鍋暁斎」より。(捨て猫拾ってきちゃったみたいな発言……)。

 しぶしぶ言われたとおり首を薦に包んで河原に戻ってきた暁斎でしたが、やはり惜しいと河原に座って急いで写生を始めたところ、見物人が山を為したものの、幸い咎められることはありませんでした。

 (コンドルの書では、人気の無いところで描いたとありますが、暁斎画談ではめっちゃ人が集まって見てます。〈しかもなんか、裸足で駆けてくサザエさんを見てる級にみんなが笑ってる。幼児もガン見てる。大丈夫なのかコレ…。〉)

「暁斎画談」挿絵、(上部は幼い暁斎が水辺から生首を拾っている様子。)

暁斎画談.png

 その後、首を川に流して水葬とし、この件はおさまりました。

 子供のしたことだからと警察も不問に処したようで、人々は十才にもならない暁斎の、絵に対する熱意と豪胆とを誉めそやしたそうです。

 江戸時代には人通りに罪人の首をさらすことが普通にあったそうですが、そのせいか、今からみると、異様に死体に免疫がある人々の反応と、暁斎の「真の生首は得難い物(←…)なのに、怖いからと写生しないのは残念」という、天性の絵描きというか、もう絵描きになるよりほか無いだろうこの人と思わされる発想が印象的です。


 達人伝2、暁斎15才、自分の家に火の手が迫っても写生に没頭する

 1846年正月、小石川から上がった火の手が、暁斎の住む佃島までせまり、人々は避難と家財の運び出しに追われました。

 このとき、ある裕福な家の主人が、飼っていた鳥たちが焼け死なないようにと、急ぎ籠を開けて鳥を空に放ちましたが、混乱していたのか、一度高く飛び立った鳥たちが、火の輝きに向かって戻ってきてしまいました。

 翼の内側が火に照らされて輝く様は「花と紅葉撒き散らしたるが如く」、特に孔雀は凄絶な美麗さだったそうです。

 この哀れにして稀有な光景を目の当たりにした暁斎は、家に帰ると、既に火の手が迫り、家の人間たちが家財の運び出しに駆け回っている中、紙と筆と硯だけを持って火事場に向かい、鳥たちの飛ぶ姿と屋敷の燃える様を写していたところ、親族に見咎められ、「他人ですら荷運びを手伝ってくれているのに、独り安閑と絵を描いているとは何事か」と厳しく叱責されました。

 慌てて家に戻り、作業を手伝ったものの、その目はなお、火や煙の立つ様、火消しの人間の駆ける姿を観察し続けたそうです。

 教科書にも取り上げられた「絵仏師良秀(宇治拾遺物語)」(※5)や、「地獄変(「絵仏師良秀」を下書きとした芥川龍之介の短編小説)」を彷彿とさせるエピソードですが、先の生首事件同様、芸術家の目の「物凄さ」が伺えます。


 (※5)絵仏師良秀の家が火災に見舞われた際、火の手に包まれる家を前に笑っている良秀を見た人々は、気がふれたのだと思ったが、彼は、
苦心していた不動明王像の背後の火焔が、これでようやくうまく描けると言い放ったという話。

 芥川は、この話をもとに、権力者に地獄絵図を描くよう命じられた良秀が、地獄のあらゆる場面を再現して彼に見せることを請い、牛車の中で火に包まれているのが自分の娘だと気づいても、なお、その有様に見入り、絵を仕上げたのち命を絶つという物語を描いた。


 芸術家が火を前にしたとき、「焼け出された人がいる」とか、「混乱して火に飛び込む鳥の哀れさ」といった、一般人なら感じるであろう恐怖や同情よりも先に、「目の前に見たこともない光と色に包まれた非日常的な光景がある」ということに心を奪われてしまい、火の手が自分や家族に迫るかもしれないという危機感すら麻痺して、ただ「見て、それを描く者」として見入ってしまう。

 この若き暁斎の逸話は、どこかユーモラスな語り口ではあるものの、そうした、芸術家の、一般人には想像の及ばない、ある種の魔性と危うさが見てとれます。

 (余談ですが、こうした恐ろしい超然の観察者の眼差しは、物書きである江戸川乱歩も持っており、空襲の時、空の火を美しいと思ってしまったと語り、その光景を短編「防空壕」に記しています。)

「防空壕」収録の江戸川乱歩全集19巻『十字路』
十字路〜江戸川乱歩全集第19巻〜 (光文社文庫) -
十字路〜江戸川乱歩全集第19巻〜 (光文社文庫) -

 作品に負けず劣らず不世出の個性を持っていた暁斎。
 
 あるいはこの人物だからあれほどの作品を次々とものにしたとも言えますが、このほかにもまるで物語の登場人物のようなエピソードがいくつもあります。

 暁斎画談は、国会図書館蔵のものが著作権フリーで公開(Kindleでも閲覧可能)されており、(書体が古くて読むのが大変ですが、絵は面白いです。)ジョサイア・コンドルの「河鍋暁斎」は文庫化されているので、ご覧になってみてはいかがでしょうか。

 国会図書館デジタルコレクション『暁斎画談』外扁 巻之上
 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/850342

 当ブログでも、もう少し暁斎についてご紹介させていただきますので、よろしければお立ち寄りください。

 読んでくださってありがとうございました。



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2017年03月19日

「ゴールドマン コレクション これぞ暁斎!世界が認めたその画力」ご紹介1

 2017年2月23日〜4月16日まで、渋谷Bunkamuraミュージアムで開催中の「ゴールドマン コレクション これぞ暁斎!世界が認めたその画力」についてご紹介させていただきます。

公式HPはコチラ

http://www.bunkamura.co.jp/museum/exhibition/17_kyosai/
http://www.bunkamura.co.jp/museum/exhibition/17_kyosai/about.html
(河鍋暁斎の説明ページ)
http://www.bunkamura.co.jp/museum/exhibition/17_kyosai/introduction.html
(展示解説ページ)

・カッコいい宣伝動画

]

・ビジュアルツアー



河鍋暁斎は幕末から明治という激動の時代の中、卓越した画力で、ユーモラスな戯画、風刺画から、渾身の美人画、仏画まで縦横無尽に描き上げ、「画鬼」と呼ばれた画家です。

(奇抜な画題や確かな筆さばきにより、海外では葛飾北斎の弟子と勘違いされたこともあったそうですが、直接のつながりはありません。)

彼の絵はフランスやイギリスなどでいち早く高く評価され、その腕前に感動した、当時来日中の建築家、ジョサイア・コンダー(コンドル)が彼に弟子入りし、暁斎の臨終まで看取る深い師弟の絆を結んだことでも知られています。

(二人の関係にちなんで「画鬼・暁斎 幕末明治のスター絵師と弟子コンドル」という展覧会も2015年に三菱一号館美術館〈コンドルの設計建物を復刻させた場所〉で開かれましたが、そのときの、
「狂ってたのは、俺か、時代か?」という、非常にイカしたキャッチコピーが忘れられない。)

 幽霊、妖怪など、荒唐無稽な題材の作品も数多く描いたためか、没後は長らく日本画壇の傍流扱いを受けていた暁斎ですが、近年再評価が進んでおり、今回、イギリスの暁斎コレクター、イスラエル・ゴールドマン氏のコレクションが、日本に里帰りを果たしました。

 どんなテーマを、どんなタッチで描いても、生き生きとした線が、小気味いいほど、ぴたりぴたりと、或るべき空間に決まり、見る者の目を強く引き付ける暁斎の作品。

 踊る骸骨や、にゃんこやカエルなど、特に予備知識なく観に行っても楽しめる絵もたくさんあるそうですし(個人的にはゴールドマン氏最初のコレクションだという象とたぬきの絵が非常に可愛くて好きです)、イヤホンガイドのナビゲーションが春風亭昇太、展覧会テーマソングが和楽器バンドなど、エンタメ性の高いイベントになっているので、お出かけになってみてはいかがでしょうか。
(東京展終了後は高知、京都、石川に巡回するそうです。)

 当ブログでも、開催中にもう少し暁斎についてご紹介させていただきますのでよろしければお立ち寄りください。

 読んでくださってありがとうございました。

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2017年03月07日

英雄になった贋作師ハン・ファン・メーヘレン


 先日(2017年2月26日〈日〉)、テレビ番組「林先生が驚く初耳学」で、贋作師ファン・メーヘレンが紹介されていたので、事件をとりあつかったノン・フィクション「フェルメールになれなかった男」(フランク・ウイン作、ちくま文庫)をもとに、この人物についてご紹介させていただこうと思います。


フェルメールになれなかった男: 20世紀最大の贋作事件 (ちくま文庫) -
フェルメールになれなかった男: 20世紀最大の贋作事件 (ちくま文庫) -

 ハン・ファン・メーヘレン(ウィキペディアより。背後にあるのは、彼が贋作を証明するために描いた「フェルメール風」の作品「神殿で教えを受ける幼いキリスト」)Photographer Koos Raucamp - GaHetNa (Nationaal Archief NL)

VanMeegeren1945.jpg

 ハン・ファン・メーヘレンはオランダの贋作師、第二次世界大戦中に「真珠の耳飾りの少女」などで日本でも人気の画家フェルメールらの贋作を売りさばき、被害総額は約70億円ともいわれています。

 しかし、莫大な被害額よりも、彼と彼の贋作が戦争によりたどった数奇な運命ゆえに、この事件は長く語り継がれています。

 メーヘレンは当初画家を志していましたが、その端正な作風は「古くさい」と当時の美術業界に一蹴されてしまいました。
(このころ、ピカソらによる新しい芸術表現キュビスムが台頭しています。)

 失意の果て、やがて芽生えた復讐心。

 彼は、彼を見下した美術業界への報復を企てます。

 オランダの至宝、フェルメールの絵画の偽物をつかませることで。

 フェルメールは17世紀に活躍した、バロック時代を代表する画家ですが、確認されている限りでは、世界にわずか三十数点しか作品が残されていません。

 メーヘレンは、画家の製作期間の空白に目をつけました。

 「フェルメールが初期に描いた未発見の宗教画」という触れ込みの贋作を産み出したのです。

 フェルメール作品がもっと世に出てくることを渇望していた美術業界は、この発見に飛び付きました。

 メーヘレンの贋作の中でも最高の出来映えとされる、キリストを描いた「エマオの食事」は、最上級の賛辞と争奪戦を経て、ボイマンス美術館に納められることとなりました。 

 「エマオの食事」の画像はこちらです。



 ちなみに、この事件について、当のボイマンス美術館が丁寧な説明動画を作っています(英語字幕つき)。 
 したたかというかオランダ独特のフリーダム感を感じさせる……。



Van Meegeren's Fake Vermeers (Museum Boijmans Van Beuningen )



(https://youtu.be/NnnkuOz08GQ)


 「エマオの食事」を観ようとにつめかける人々、メーヘレンは頻繁に展示室を訪れ、観客の反応を眺めていたそうです。

 大胆にも時には、「こんなものは贋作だ」とつぶやきすらして。

 その顔には、喜びと嘲りの入り交じった笑みが浮かんでいたのでしょうか。

 こうして、「画家にして、時折裕福な知人の所有する古い絵画(実は彼自身の贋作)を売る画商」という立場を手に入れたメーヘレン。

彼の贋フェルメールは、当時オランダを占領していたナチス軍の目にも止まり、ヒトラーの後継者とも目されていたヘルマン・ゲーリング元帥の一大絵画コレクションに加わりました。


 ヘルマン・ゲーリング(ウィキペディアより)Bundesarchiv, Bild 102-13805 / CC-BY-SA 3.0
Bundesarchiv_Bild_102-13805,_Hermann_Göring.jpg

 得た富で、豪華にして自堕落な生活を送っていたメーヘレンでしたが、司法の手は思わぬ方向から彼に伸びてきました。

 終戦後、オーストリアの岩塩坑から、ゲーリングの隠し財産として集められていた絵画が発見されたことをきっかけに、突然逮捕されたメーヘレン。

「『エマオの食事』に匹敵する国宝級のフェルメール作品」を、戦時中にゲーリング元帥に売却した、という容疑をかけられたのです。

 「国家反逆罪」。

 突きつけられた罪状を前に、獄中のメーヘレンは苦悩しました。

 このままでは死刑に処される可能性がある。
 (殺人を犯したわけでもないのに厳しすぎるようですが、戦時下の怨念に加え、終戦時の飢餓で、「チューリップの球根すら食べた」という、当時の国民の、ナチス軍協力者への怒りは非常に激しいものでした。)

 しかし、自分が贋作者であることを告白すれば、今まで売りさばいてきた全ての作品の名誉は失われる。

 常用するアルコールや薬物から切り離された禁断症状の中で、悩み抜き、結局、メーヘレンは、我が身が生き延びる道を選びました。

  ナチスにフェルメールなど売っていない。
  フェルメールなど、なかった。
  あれは、私が、ファン・メーヘレンが描いたのだ。

 衝撃の告白は、しかしにわかには捜査担当者から受け入れられませんでした。
ゲーリングの絵は、名門、ボイマンス美術館にかかる「エマオの食事」らにそっくりだったからです。

 メーヘレンは、それらの絵も自分が描いたと証言しました。

 矢継ぎ早な告白には、冷静な計算が秘められていました。

 ゲーリングはフェルメールの絵を手にいれるため、それまでオランダ国内で入手したその他の絵画約200点を売却、結果として、メーヘレンの贋作1枚が、真作絵画たちの国外流出を防ぎました。

 メーヘレンは、「エマオの食事」らの、フェルメール作品としての末長き栄光と引き換えに、「ナチスからオランダの絵画たちを救った英雄」という新たな名誉を選んだのです。

 それでも、メーヘレンの言葉を信じられずにいた捜査関係者たちに、メーヘレンは贋作を再現してみせることを提案しました。

 メーヘレンの要求に応じて揃えられた、フェルメールの時代に使われていた画材、数百年の経年を装うために絵の具に混ぜこむ薬物、そして、特別に許可された、気分を鎮めるためのモルヒネ。

記録のためのカメラと、監視人たちの前で、「フェルメール風の新作」として、メーヘレンの筆から「神殿で教えを受ける幼いキリスト」の中性的な姿が浮かび上がってきたとき、ついに人々は、メーヘレンの言葉を受け入れました。

 当時の記事によれば、自身最高のコレクションと信じていたフェルメールが贋作であったことを、ニュルンベルグの獄中で知らされたゲーリングは、「世界に悪事があることをまるではじめて知った、という様子だった」そうです。



 美術史史上の大スキャンダルは、しかし、「ゲーリングを手玉にとった男」というフレーズにより、オランダのみならず、国際的な熱狂を巻き起こしました。

 特にアメリカのベストセラー作家で脚本家のアーヴィング・ウォレスはこの話に魅了され、メーヘレンの生涯を脚色とともにラジオやテレビで放送し、それが騒ぎに拍車をかけました。

 1947年、オランダ国民と、世界中の記者がつめかけた裁判で、メーヘレンは、贋作による金銭の詐取と、自作の絵画にフェルメールらの偽りの署名をした罪に問われました。

 しかし、売却から10年が経過していた「エマオの食事」については、すでに時効を迎えており、メーヘレン逮捕のきっかけとなった、ゲーリングへの絵画売却の件も、当のゲーリングが、死刑執行を目前に自殺したために、ほとんど追求されませんでした。

 そして、メーヘレンに欺かれた美術館をはじめとする美術業界関係者も、この事件の調査が長引くこと、ひいては自分達が騙された過程が詳細に暴かれることを望んでいませんでした。

 結局、禁固1年という極めて寛大な判決が下され、それに対するオランダ王室、ウィルヘルミナ女王からの恩赦すら検討されましたが、メーヘレンが刑にも服することも、恩赦に浴することもありませんでした。

 長年のアルコールと薬物依存に蝕まれていたメーヘレンは、判決から数週間後、心臓発作でこの世を去ったのです。
 (彼が贋作に使用していた毒性のある薬品が影響していたという説もあります。)

 58歳の若さでしたが、倒れるより以前から、その風貌はいかにも芸術家らしい魅力がありながら、既に10は老けて見えたそうです。

 もしもメーヘレンが、罪をつぐなって生きながらえていたら、一転英雄となった彼は、フェルメールではなく、ファン・メーヘレン本人の名で、画家として、その後もすぐれた作品を生み、賞賛を浴びることができたかもしれません。

 (実際、彼の「エマオの食事」は、裁判の中ですら、そして現在でも、美しい作品であると評価され、依然、ボイマンス美術館に展示されています〈※ウィキペディア情報〉。)

 また、贋作師は、その高い技術、それにだまされる美術業界にはびこる権威主義、主な被害者が並外れた富裕層であることなどから、その他の犯罪者とは一線を画すとみなされ、服役後には表舞台に戻ってこられることも珍しくありません。

 (今も、ジョン・マイアットウォルフガング・ベルトラッチなどの元贋作師たちが、その経歴と才能を武器に、画家として活躍しています。)

 新たな人生を目前に世を去ったメーヘレンでしたが、残された贋作たちは、今も彼の数奇な運命を物語ります。

 そして、「フェルメールになれなかった男」がイギリスで出版されてから約5年後の2011年、イギリスBBCの人気シリーズ「Fake or Fortune」で、新たに彼の贋作が発見されました。

 作品の調査中、イギリスの有名プレゼンター、フィオナ・ブルースからインタビューを受けたメーヘレンの甥は、いまだにメーヘレンの贋作が世間を騒がせているという事実に対して、こう答えました。

 「叔父はきっと今でもそれを楽しんでいるでしょうね。アートの権威を翻弄して楽しんでいるでしょう。私にはわかります」

 「今でもそれを見て笑っていると?」

 「その通りです。間違いなく笑っているでしょう」

 仕立ての良いスーツを着た銀髪の紳士、メーヘレンの甥は、いたずらっぽく、しかし、なんのためらいもなく、笑みを浮かべ、悠々とうなずいていました。

 メーヘレンの贋作はいまだに真作として暗躍しているかもしれない。

 しかし一方で、身内をはじめとしたオランダの人々にとって、彼はいまだに、理不尽な権力の頭に足を乗せ、燦然と君臨する英雄である。

 そのことを、甥である紳士の、誇りすら感じさせる笑みが物語っていました。



 今回主に参照させていただいた「フェルメールになれなかった男」(フランク・ウィン作)、このほかにもこの事件についてのエピソードがいくつも書かれています。これを原作に映画を作ってほしいというくらい面白かったので、是非お手にとってみてください。

 当ブログでも、近々この本で印象的だった場面を、もう少し書かせていただきますので、よろしければお立ち寄りください。

 読んでくださってありがとうございました。


(主要参照URL)
 ・ウィキペディア記事「ファン・メーヘレン」(日本語)(英語
 ・同上「フェルメール
(当ブログ関連記事)
 ・(※ネタバレ)「贋作師ベルトラッチ 〜超一級のニセモノ」あらすじと感想(NHK BS世界のドキュメンタリー)
 ・イギリスの贋作師ジョン・マイアット(NHK BS世界のドキュメンタリー 「贋作師 ベルトラッチ 〜超一級のニセモノ〜」によせて) 
posted by Palum at 07:23| 美術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月24日

明治工芸とアールデコ邸宅の競演、「『並河靖之七宝展 明治七宝の誘惑―透明な黒の感性』」開催中

 東京白金台の東京都庭園美術館で、2016年1月19日〜4月9日まで、明治七宝作家、並河靖之の展覧会が開かれています。

 公式HP URLはコチラhttp://www.teien-art-museum.ne.jp/exhibition/170114-0409_namikawa.html

 並河靖之(1845〜1927年)は、近代化の波が押し寄せる明治期、皇族(久邇宮朝彦親王)に仕えていましたが、新たに収入を得るために、七宝業に乗り出したという異色の経歴の持ち主です。

 当初は、技術が不十分であるとして、契約が打ち切られるという憂き目にも遭ったものの、工房に集められた優れた技術者たちとともに、緻密かつ美しい作品を生み出すことに成功し、それらの多くは主に海外へと輸出されました。

 中でも漆黒の地に花鳥など自然の美を写実的に描いた作品は、その色彩の透明感と繊細な美しさから、並河作品の真骨頂とされています。

 作品例(ウィキペディアより、※展示作品ではありません)

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ロサンゼルスカウンティ美術館所蔵


 高い美意識を感じさせるデザインと、作品の奥行きを醸す多種多様な色彩美、そして表情豊かな描線。

 七宝の釉薬を流し込むために作られた金属の枠は、丁寧に叩かれることで厚みが調整され、筆の描線の強弱のような味わいを見せています。

(七宝の制作過程例、中央列下段に釉薬を流し込む前の金属枠が見えます。)(ウィキペディアより、※展示作品ではありません)

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 (ロサンゼルスカウンティ美術館所蔵

 今回の展覧会では、ロンドンのヴィクトリアアルバートミュージアム、清水三年坂美術館、並河靖之記念館などから美しい品々が集結していますが、最大の目玉は皇室所蔵の至宝「四季花鳥図花瓶」(展示は3月7日まで)でしょう。

 宮内庁HP内画像が見られるURLはコチラ 
 bitecho[ビテチョー]展覧会紹介記事はコチラ(四季花鳥図花瓶ほかの大きくて鮮明な画像を観ることができます)
 

 「紅葉と桜を基調とした四季折々の花草や花々が、黒地の艶やかな背景地によって浮かび上がるように配されている。本作は、並河がそれまでの文様調の構成から、写実性の高い絵画調の作風へと変貌を遂げた意欲作であり、日本画の筆意を表そうと植線に肥痩をつけるなど、新しい意匠や技術に挑んだ新機軸の作品といえる。植線には金線が用いられ、微妙に異なる多数の釉薬の使い分けによって色鮮やかな風景が広がっている(中略)1900年のパリ万国博覧会に出品され、金賞を受賞した。」
(展覧会図録「並河靖之七宝」より)

 濡れたように光る艶の奥の純粋な黒、そこにのびやかに集う、現実にはあり得ない、四季の花木と小鳥たち。

 「神の夜の庭」とでも言いたいほどの、完璧かつ神秘的な気配を漂わせています。

 並河作品はどれも非常にハイレベルなのですが、彼の作品群の中では比較的大ぶりのこの作品、その描線と色彩の豊かさ、背景の黒の純粋さゆえに、特に金色の光を帯びた桜と紅葉の枝の部分がふんわりと浮きあがり、その細かな葉がさらさらと風に揺れているように見えるのです。そして、本当に静けさの中から、花びらと葉のさざめきや、小鳥たちのさえずりや羽ばたきが聞こえてくる気がする。

 以前、NHKの番組「極上美の競演」(NHK BSプレミアム、2011年5月16日放送)の中で、現代のベテラン七宝工芸家たちが、この花瓶の一部(緑の紅葉とよりそう小鳥二羽)を拡大して再現する、という試みをしていましたが、どうしても色や描線の深みが及ばないとおっしゃっていました。

 この技術は今となっては再現不可能とすら考えられているそうです。

(非常にテレビ映えする作品で、照明をあててゆっくりと回り込んで撮られた映像は、黒から葉や桜が溢れ出してくるかのようでした。)

 個人的な思い出なのですが、イギリスで明治工芸にお詳しい方(上品な紳士)と偶然お話しした際、「皇室所蔵の七宝の花瓶を観てあまりにも素晴らしいので気絶しかけた」と、わりと真顔でおっしゃっていたのですが、間違いなくこれがその「人を気絶させる花瓶」だったのだろうと思います。冗談抜きで、並河作品にはそういう人を逆上させるほどの突出した美があります。

 今回の展示で特に面白かったのは、この至宝「四季花鳥図花瓶」と彼の初期の作品「鳳凰文食籠(ほうおうもんじきろう)」とだけが展示された部屋でした。

 「泥七宝」と呼ばれる技法で作られた「鳳凰文食籠」は、描線に真面目さや品を感じさせるものの、どうもその名のマイナスイメージどおり色全体に濁りやくすみがあり、あの「神の庭」「人を気絶させる花瓶」とは、同じ人物が手がけたとは思えないほどに全てにおいて開きがあります。

 実際、初期作品の質については、陶磁器の技術指導のために来日していたドイツ人ワグネルから、「器の質が悪く雑で、色彩も鈍く、図柄も七宝に適しておらず、京都の刺繍裁縫などを模範に勉強すべきだ」とまで言われていたそうです。(ウィキペディアより)

 ボロカスでお気の毒ですが、今回の展覧会で「おそらく並河の初期作品」とされている「菊梅図花瓶」に至っては荒んだ錆があちこちに飛んでいるようで正直きたな……(自粛)。

 ところで、この「鳳凰文食籠」、彼が最初に完成させた作品として、仕えていた久邇宮朝彦親王に献上、後に思い出の品であるため、ほかの作品と取り換えていただいたといういわくがあるそうです。

 さらに今回展覧会会場となった、東京都庭園美術館は、元々久邇宮朝彦親王の第8王子、朝香宮鳩彦王が建てられた邸宅でした。

 今回の展覧会でも、父久邇宮に仕えた並河に朝香宮が下賜された、馬の描かれた煙草入れが、ひっそりと飾られていました。
(並河は元々馬術の達人で、宮家にも手ほどきをしていたそうです。)

 東京都庭園美術館は、それ自体アール・デコ様式と朝香宮ご本人の磨き抜かれた美意識の結晶ともいえる、和洋折衷の穏やかな美しさを持つ傑作芸術です。
ルネ・ラリックのガラスレリーフ扉に始まり、暖炉や壁紙、手すりにいたるまで、どこを見回しても、品とぬくもりが調和した素晴らしい邸宅。豪邸ながらなぜか人を威圧するところがまったくなく、逆にほっとさせる優しい気配があります)

 その美しい一室(大広間)に、「鳳凰文食籠」を手前、「四季花鳥図花瓶」を奥に、一直線上に展示することで(真正面に立つと、食籠から花瓶が立ち上るような配置)、久邇宮朝彦親王によってつながる並河と朝香宮家とのゆかりとともに、あの神品にいたるまでの、並河の苦闘の道のりと、その驚くべき、絢爛たる開花を表現しているのだと思います。

(なぜ、もとは馬術の名手という、工芸とは全く関係の無い経歴を持っていた並河が、スタッフに恵まれたとはいえ、遅咲きでここまでの領域に達したかということについては、いまだ謎が多いそうです。)

 名品と名室を使って、美と運命の数奇を表現した空間、これは、この東京都庭園美術館でしか見られないものです。

 「名展覧会」と呼ぶべき優れたイベントなので、是非足を運んでみてください。

 読んでくださってありがとうございました。




(参照)
・東京都庭園美術館HP
 http://www.teien-art-museum.ne.jp/
・収蔵作品詳細 宮内庁HP「四季花鳥図花瓶(しきかちょうずかびん)」
 http://www.kunaicho.go.jp/culture/sannomaru/syuzou-18.html
・これぞ最高峰! 東京都庭園美術館で見る「並河靖之七宝」の美 bitecho[ビテチョー]
http://bitecho.me/2017/01/14_1469.html
・『並河靖之七宝展 明治七宝の誘惑 透明な黒の感性』(展覧会図録)
・Wikipedia「並河靖之
・作品リストPDF(展覧会HPより)
 http://www.teien-art-museum.ne.jp/exhibition/list_namikawa.pdf

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2016年10月19日

「贋作師ベルトラッチ」再放送のお知らせ

 取り急ぎご連絡まで。
 NHKBS1、BS世界のドキュメンタリーで、10月20日17:00より「贋作師ベルトラッチ 超一級のニセモノ」が再放送されます。


(番組トレーラー映像)

https://www.youtube.com/watch?v=TS6a3XochQU

 現代アートの精巧な贋作を次々と売りさばき、被害総額45億円以上とも言われる贋作師ベルトラッチが、服役直前に自らの贋作人生と製作風景を明かした異色のドキュメンタリーです。


 数奇な実話と編集の妙により、スタイリッシュな犯罪映画のようにしあげられた作品です。


番組公式HP情報はこちらです。
 


 当ブログでも、贋作・鑑定にまつわる記事をいくつか書かせていただいていますので、よろしければ併せてご覧ください。

「贋作師 ベルトラッチ 〜超一級のニセモノ〜 (NHK BS世界のドキュメンタリー)」 番組情報ご紹介

(※ネタバレ)「贋作師ベルトラッチ 〜超一級のニセモノ」あらすじと感想(NHK BS世界のドキュメンタリー)

イギリスの贋作師ジョン・マイアット(NHK BS世界のドキュメンタリー 「贋作師 ベルトラッチ 〜超一級のニセモノ〜」によせて) 

放送熱望!イギリス絵画鑑定番組「Fake or Fortune」


(※ネタバレ)ドラえもん「王冠コレクション」

 毎日記事更新が目標だったのですが、最近諸事情でめっきり更新が滞ってしまっていました。以後は極力頻度をあげていきたいと思っていますので、よろしければまたお立ち寄りください。
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2016年09月26日

オバマ大統領と絵画(エドワード・ホッパー、二コラ・ド・スタール、ジョルジォ・モランディ作品に注目して)


 先日、オバマ大統領の広島演説の際に、大統領と対面したお二方(坪井直さん森重昭さん)についてご紹介記事を書かせていただきましたが、今日は、オバマ大統領がホワイトハウスに飾るために選んだ絵について書かせていただきます。

 アメリカでは、新しい大統領が就任すると、国内の美術館が、ホワイトハウスに飾る絵や彫刻をレンタルするという慣習があるそうです。

 貸し出された作品の一覧は所蔵美術館名とともに公開され、美術マーケットの熱い注目を集めるとか。
(「オバマ大統領が選んだ画家」とキャッチフレーズがつけられれば、知名度がグンと上がるからですかね。)
 ・「The Guardian」掲載の貸し出し作品リスト

   https://www.theguardian.com/culture/charlottehigginsblog/2009/oct/07/art-barack-obama


 絵のほとんどはアメリカ出身、またはアメリカ国籍を取得した画家から選ばれ、また、画家の性別やルーツ、テーマが全アメリカ国民を配慮した選択であるよう心掛けられるそうです。
(男性だけとか、アメリカ人でも○○系だけ等に偏らないように注意して選ぶ。)

 「The Wall Street Journal」によると、オバマ夫妻は歴代大統領と異なり、現代アートを多く選んだことが話題になったそうです。

・出典URL

 http://www.wsj.com/articles/SB10001424052970203771904574175453455287432


 また、夫妻は、アメリカの歴史や風土がよく伝わる絵や、ルーツを感じさせるアフリカ系アメリカ人画家の絵を好まれたようです。

 ホワイトハウスのブログでは、アメリカモダンアート界の巨人、エドワード・ホッパー(都会でも郊外でも、どこか寂寥感の漂う世界観が特色)の絵が大統領執務室(Oval office)にかけられたことが話題になっていました。
(ホッパーの絵を眺めるオバマ大統領の後ろ姿という味のある写真つき。ちなみに「大統領執務室にかけられた」というステイタスは時に絵の価値を3倍にアップさせることもあったとか。〈前出The Wall Street Journalより〉)

 https://www.whitehouse.gov/blog/2014/02/10/new-additions-oval-office

 ホッパーの作品群を見られる「Wikiart」ページはこちらです
  http://www.wikiart.org/en/edward-hopper/mode/all-paintings

しかし、このような絵画のチョイスの中、二人だけ、アメリカとほとんどゆかりの無い画家の作品が選ばれました。

 一人目は、ニコラ・ド・スタール。選ばれたのは「Nice(ニース)」という作品でした。

 ・「ニューヨークタイムズ」の「Nice」紹介画像(スライドショー12枚中10枚目)

  http://www.nytimes.com/slideshow/2009/10/07/arts/design/20091007BORROW_10.html?_r=0

 二コラ・ド・スタールはロシア出身の画家で、独特の色使いで、抽象と具象のあわいのような絵を描きました。

 「ジョジョの奇妙な冒険」ファンの間では、エキセントリックな天才漫画家、岸辺露伴が、「創作のために全財産を使い果たしてもなお手元に残したのが、このスタールの画集」というエピソードにより一躍有名になりました。
(単行本「岸辺露伴は動かない」より)

岸辺露伴は動かない (ジャンプコミックス) -
岸辺露伴は動かない (ジャンプコミックス) -

 スタールの絵の魅力については、岸辺露伴が、そのとき唯一の財産である画集を開いて、担当編集に絵の説明をしていたときの台詞に尽きると思います。

岸辺露伴は動かない.png


「抽象画でありながら同時に風景画でもあって、そのぎりぎりのせめぎあいをテーマにしている。こんなに簡単な絵なのに光と奥行きがあって泣けるんだ。つまり「絵画」で心の究極に挑戦しているんだ」

 泣ける。

 なぜだかわかりませんが、確かにスタールの絵にはそのような力があります。

 独特の色遣いで厚塗りされた油絵具が、にじむようなしっとりとした質感を醸し、涙の向こうの光景のような、寂しいけれど温もりも感じられる作品です。(モノトーンで描かれた絵すらどこか温度のゆらぎがある。)

 この特異な才能と挑戦的なまなざしを持つ画家は、貧困の果てに成功をつかみましたが、1955年、「コンサート」という名の色鮮やかで伸びやかなタッチの大作を絶筆に、わずか41歳で謎の自死を遂げました。

 スタールの作品群を見られる「Wikiart」ページはこちらです

 http://www.wikiart.org/en/nicolas-de-sta-l

  ※遺作「Le concert」ほか、露伴先生が漫画の中で開いて見せている絵「Agrigente(イタリアの地名)」も観ることができます。

もう一人の外国人画家は、イタリアの抽象画の巨匠、ジョルジォ・モランディ。こちらは二枚の静物画「Still life」が選ばれました。

モランディの作風がわかる動画(The Phillips Collection紹介動画)





 実際にホワイトハウスで選ばれた静物画のひとつはこちらです。

http://www.nga.gov/content/ngaweb/Collection/art-object-page.103748.html

(なぜか貸出元のナショナル・ギャラリーではなく、国立郵便博物館のブログでどの絵か教えてくれていた……。)


 モランディはその生涯を通じイタリアからほとんど出ることがなく、独身を通し、母と妹たちと暮らしながら、主に静物画を描き続けた画家でした。

 「ひとり静かに仕事をさせてくれ」が口癖で、第二次大戦時、国内にファシズムの嵐が吹き荒れる中でも、ただひたすらに己の作風を貫き通した人です。

 アトリエに意図的に埃を積もらせ、彼の所蔵する静物の配置とともにその埃を描くことで、色のくすみや光のゆらぎを描いたという画家の作品は、寄り添うように卓上に集うボトルや箱の姿と空間の中に、物、埃、光、影、すべてを等しく見据える静まり返った心とまなざしを感じさせます。
 
 モランディの作品群が見られる、Wikiartページはこちらです。

http://www.wikiart.org/en/giorgio-morandi

 ホッパー、スタール、モランディ。

 どの絵にも共通するのは、ある対象を見つめる、静かで孤独な心が感じられるということです。
 
 それは、味方がいないという意味ではなく、ただ、他の誰の考えとも関わりなく、独り物思うような心境。
 
 こうした絵を居住エリアや執務室で眺めるために選んだオバマ大統領という方は、アメリカ大統領という、ある意味世界でも屈指の重圧と権謀術策の中に生きなければならない立場の中で、できうる限り、誰の賛辞にも奢らず、思惑にも振り回されずに、一人の人間として、自分の心がどう感じ、思うかということをとても大切にしているのではないでしょうか。

 広島演説の際に、オバマ大統領と言葉を交わした坪井直さんの「真面目な人で、人を思う心が強いのか、話をするたびにどんどん握手が強くなっていった」という印象(※)と、この静かな孤高の絵画たちは、どこか相通じているように思われます。

(※)(時事通信社記事より引用)

 オバマ大統領の政治的手腕や、アメリカの方針については、知識に乏しいため、何も意見を申し上げられないのですが、選ばれた絵の中に通底する気配から、あの方の美意識とともに、何か人としての信念を感じたような気がしたので、ご紹介させていただきました。

 読んでくださってありがとうございました。

 

(参照)
・Smithsonian’s National Postal Museum Blog(02/15/2010 Mark Haimann )
「Philatelic Musings on Art: The Obama's Art Selections on Stamps」
http://postalmuseumblog.si.edu/2010/02/philatelic-musings-on-art-the-obamas-art-selections-on-stamps.html


・The Wall Street Jornal
「Changing the Art on the White House Walls」
By AMY CHOZICK and KELLY CROW
Updated May 22, 2009 12:01 a.m. ET
http://www.wsj.com/articles/SB10001424052970203771904574175453455287432 

・The New York Times
「Whitehouse Art」
http://www.nytimes.com/slideshow/2009/10/07/arts/design/20091007BORROW_10.html?_r=0

・The Whitehouse Blog
「New Additions to the Oval Office」
https://www.whitehouse.gov/blog/2014/02/10/new-additions-oval-office

・時事通信社「Jiji.com」「核廃絶「決意感じた」=被爆者ら高い評価−オバマ氏広島訪問」 http://www.jiji.com/jc/article?k=2016052700939&g=soc

(※)一部モランディの情報については、NHK「日曜美術館」の特集「埃(ほこり)まで描いた男〜不思議な画家・モランディ〜」を参照させていただきました。
http://www4.nhk.or.jp/nichibi/x/2016-05-15/31/2185/1902680/


 
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2016年09月22日

「驚きの明治工藝」(おすすめ展示作品4 宮川香山「色絵金彩鴛鴦置物」「「菖蒲文花瓶」)

 先日概要をご紹介させていただいた上野の東京芸術大学大学美術館で開催中の「驚きの明治工芸」について、引き続き個人的におススメだった展示品について書かせていただきます。

 展覧会公式HPは以下のとおりです。
 http://www.asahi.com/event/odorokimeiji/

 初代・宮川香山(こうざん)「色絵金彩鴛鴦置物」(白磁 幅18cm 高さ11.3cm)

宮川香山 縮小版.png

 穏やかな目をしたつがいのオシドリが向かい合って寄り添う、愛らしい作品です。
 シンプルな姿のようですが、よく見ると、金で羽毛の流れが一筋一筋微細に書き込まれており、このふっくらとした質感をつくりあげています。

 宮川香山は京都の楽焼の家に生まれ、幼いころから焼き物に親しんでいましたが、のちに、輸出用陶磁器を製作するために、横浜に窯を開き、「眞葛焼(まくずやき)」を生み出しました。

 眞葛焼の特色として「金襴手(きんらんで)」と呼ばれる、彩色した陶磁器に金彩を加えた技法と、「高浮彫(たかうきぼり)」という、陶器からはみ出すように立体的な彫刻的表現があります。

 高浮彫の作例は「田邊哲人コレクション」HPで観ることができます。「渡蟹水盤」は圧巻。
 http://www.tanabetetsuhito-collection.jp/makuzu_select01.html#img_top 

 強烈な印象を残す「高浮彫」の作品は、1876年開催のフィラデルフィア万国博覧会で評判を集めましたが、一方でこのあまりにも緻密な作品は時間がかかり、焼いた際の縮みで失敗する可能性もあるという問題があったため、新たな技法として、中国清朝陶磁などに見られる「釉下彩(ゆうかさい)」技法(※下地に着彩し、上から透明な釉薬をかけて焼き上げたもの)を採り入れ、作風の幅を大きく広げ、清澄で淡く優しい色合いの作品でも高い評価を得ました。

 展覧会出品作品の中の釉下彩作品「菖蒲文花瓶」(青磁)

宮川香山 菖蒲文花瓶.jpg

 鴛鴦は、ビックリする感じの典型的高浮彫の真葛焼とは異なり、ややデフォルメしたような穏やかな曲線で作られています。
しかし、羽毛の描き方には卓越した集中力と技量が感じられ、だまし絵のようなくっきりと立体的な技巧と、釉下彩にみられるような穏やかな作風とのちょうど中間に位置するような作品です。

 当記事で参照させていただいたネット情報は以下のとおりです。

 宮川香山真葛ミュージアムHP
  http://kozan-makuzu.com/

 ウィキペディア記事
 https://ja.wikipedia.org/wiki/宮川香山

 没後百年「宮川香山」(サントリー美術館)HP
 http://www.suntory.co.jp/sma/exhibition/2016_1/index.html

 各地美術館、博物館、展覧会を紹介してくださっているHP「インターネットミュージアム」で記事とともに「驚きの明治工芸展」動画を公開してくださっていました。肉眼では細部の鑑賞が難しいほどの緻密な作品も数多くあるので、こちらでご覧になってみてください。

 インターネットミュージアム取材レポート「驚きの明治工芸展」( 取材・撮影・文:古川幹夫氏)
http://www.museum.or.jp/modules/topics/?action=view&id=863

(会場全体と陶磁器)

https://www.youtube.com/watch?v=ezWCq3mMgJw

(主に自在作品)


https://www.youtube.com/watch?v=1mT5K2D03-E

(壁掛、天鵞絨〈ビロード〉友禅)


https://www.youtube.com/watch?v=Qc5DF4z99Z0

(根付と木工)


https://www.youtube.com/watch?v=ZMIaeh0GxPA

 当ブログのこの展覧会関連ブログ記事は以下のとおりです。よろしければ併せてご覧ください。
  「驚きの明治工芸」(台湾の宋培安コレクション 東京芸術大学で開催中)

  「驚きの明治工芸」(おすすめ展示作品1 加納夏雄 「梅竹文酒燗器」)
  「驚きの明治工藝」(おすすめ展示作品2 海野勝a 「背負籠香炉」海野a乗「犬図薬缶」)
  「驚きの明治工芸」(おすすめ展示作品3 虎爪「蒔絵螺鈿芝山花瓶」、易信「蒔絵螺鈿芝山硯屏」)
 「驚きの明治工藝」(おすすめ展示作品3 宮川香山「色絵金彩鴛鴦置物」「「菖蒲文花瓶」)

 読んでくださってありがとうございました。
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2016年09月21日

「驚きの明治工芸」(おすすめ展示作品3 虎爪「蒔絵螺鈿芝山花瓶」、易信「蒔絵螺鈿芝山硯屏」)

 先日概要をご紹介させていただいた上野の東京芸術大学大学美術館で開催中の「驚きの明治工芸」について、展示作品のうち、個人的におススメだったものについて書かせていただきます。

 展覧会公式HPは以下のとおりです。
 http://www.asahi.com/event/odorokimeiji/

 今回ご紹介させていただくのは、虎爪「蒔絵螺鈿芝山花瓶」、易信「蒔絵螺鈿芝山硯屏」。

 ともに繊細にして絢爛豪華な象嵌(※)細工「芝山」の名作でした。

 (※)象嵌(ぞうがん)……象嵌、工芸技法のひとつ。
象は「かたどる」、嵌は「はめる」と言う意味がある。象嵌本来の意味は、一つの素材に異質の素材を嵌め込むと言う意味で金工象嵌、木工象嵌、陶象嵌等がある。
ウィキペディアより)


 虎爪(※)作「蒔絵螺鈿芝山花瓶」(胴径15.5p、高さ24.5cm)

(※)作者名の本当の読みがわからないのですが、一応これで「こそう」と読めるそうです。

蒔絵螺鈿芝山花瓶.png

 抑えた金色の地の花瓶に紫陽花、牡丹、菊、藤、百合、柘榴などの花や果実が活けられた姿。

 本物の花瓶の中に、鳳凰の舞う豪奢な花瓶の模様という図案の遊びも利いています。

蒔絵螺鈿芝山花瓶部分.png
 
 鳳凰の花瓶は細工のほどこされた台に乗り、そのそばにはぽってりとした茶器らしき急須。
(ちなみに本体花瓶土台は、まるっこい銀の獅子が「んあー」ってしてる顔で、上の花々の繊細な美貌とギャップ萌え)

 開いたザクロの実の粒のひとつひとつ、藤や紫陽花の小さな花びらなどが、象嵌の立体で、風に揺れて光りながら零れ落ちんばかりに緻密に描かれている。

 圧巻の技巧が、これみよがしでなくやわらかな動きを感じさせる作品です。

 私の写真では暗くてわかりにくいのですが、「驚きの明治工芸」の公式HP「みんなで作る工芸図鑑」欄に来館者の方々のツイッターがアップされていて、皆さん撮影のより鮮明な写真を観ることができます。

 以下、「芝山」について、「Google Arts&Culture 芝山象嵌」を参照しながら書かせていただきます。
出典URL:
https://www.google.com/culturalinstitute/beta/exhibit/芝山象嵌/lAIisfPbYrziIg?hl=ja
(非常に詳しくて目の保養なページです。立命館アートリサーチセンター情報提供)


「Google Arts & Culture 芝山象嵌」(制作過程と作品紹介動画)



https://www.youtube.com/watch?v=iVpUqYYowCo

 「芝山」とは、「芝山象嵌(ぞうがん)」と呼ばれる、貝(蝶貝、夜光貝、あわびなど)、サンゴ、べっ甲、象牙などで作ったモチーフを表面にはめこんで作る明治工芸のことです。

 「芝山」の名はもともと現在の千葉県の地名でした。

 江戸時代、安永年間(1772〜1881)の頃にこの地に生まれた大野木専蔵が創案した象嵌技法を、この地にちなんで「芝山」と名付け、自身の姓も「芝山」と変えたことから、この呼び方が広く使われるようになりました。

 芝山の特色は、はめこんだ模様が立体的に浮き出ていることで、この細工のみを「芝山」と呼ぶこともあります。
 
 その繊細な美は、当初裕福な武家や商人の調度品として好まれ、「大名物」と呼ばれましたが、明治に入ってからは、欧米への土産物として人気を集めました。

 特にパリ万国博覧会(1867)で日本の工芸品の超絶技巧が絶賛されるようになってからは、「東洋のモザイク」と呼ばれ、輸出品として海外向けの品が作られるようになりました。
 
 創始者「芝山専蔵」の名は代々受け継がれてきましたが、弟子たちも技術とともに「芝山」姓を受け継ぐことになり、「シバヤマ」の名はその象嵌の技法として海外にも知られるようになりました。

 (以前、明治工芸に詳しいイギリスの方と偶然お話しする機会があったのですが、綺麗な陳列品を指さして「シバヤマ」「シバヤマ」と何度も言われ、「え?シブヤマ(違った)?誰?」と思ったのでよく覚えています。ていうかその方に教えていただいてはじめて「芝山象嵌」の存在を知った。〈日本通外国人と通ジャナイ日本人あるある〉)

 ロンドンの、「ヴィクトリア&アルバート美術館」所蔵の「芝山」一覧はこちらです(展示されていない物も含む)。
http://m.vam.ac.uk/collections/search/?offset=0&limit=10&q=shibayama&commit=Search&quality=2

 非常に美しかった「Yasumasa」作の衝立にとまる鷹を描いた硯屏(けんびょう※〈英語ではシンプルに「Screen(衝立・屏風)」と呼ばれています。〉)
http://m.vam.ac.uk/collections/item/O232966/screen-yasumasa/
拡大画像
http://m.vam.ac.uk/collections/cis/enlarge/id/2006BE7281

 この写真だとちょっと明るいのですが、金色が闇をはらんだように底光りし、桃色の花散る中、柔らかい色の、少し優しい雰囲気の鷹が羽を広げ、珊瑚製と思われる紐が繊細な結び目を垂らしている、神秘的な作品でした。竹を模した象牙の彫も素晴らしかった。

 ※硯屏……硯(すずり)のそばに立てて、ちりやほこりなどを防ぐ小さな衝立(ついたて)。(コトバンクより)


 芝田易信(やすのぶ)作「蒔絵螺鈿芝山硯屏(けんびょう)」(幅13p 高さ30p)

蒔絵螺鈿柴山硯屏風2.jpg

 象牙製の枠組みの中に、上部は見開きで咲き誇る木蓮の大木と牡丹。その上で尾羽を豪奢に垂らす孔雀。

 左側の牡丹の足元には雄の孔雀の妻なのか、雌の孔雀がたたずんでいます。

蒔絵螺鈿柴山硯屏風部分2.png

蒔絵螺鈿柴山硯屏風部分3.png
 華やかな情景の中に、舞う白い蝶や大木の下に咲く菫など、つつましくで可憐なモチーフも描かれた、奥行きのあるデザインです。
 咲き初めの木蓮の、光を透かして輝く小さなつぼみとそれを支える細い枝が、ほろほろとした動きを感じさせます。

 下部では蒔絵の中に二匹の鯉が金の波紋を揺らして泳いでいます。
蒔絵螺鈿柴山硯屏風部分1.png

 (なお、裏側にもカラフルな花紋を散らした蒔絵があったのですが、暗くて撮れませんでした……)

 おそらく、この展覧会女性ウケという点では最も人気を集めそうな品。

 この豪華さと雅を感じさせるデザイン、奥行きのあるやわらかな透明感は、かつて美しさで騒然となった、大和和紀先生版源氏物語「あさきゆめみし」のイラストを思い出させました。

源氏物語 あさきゆめみし 完全版(1) (Kissコミックス) -
源氏物語 あさきゆめみし 完全版(1) (Kissコミックス) -

 どちらの写真も暗くて申し訳ないのですが、実物は金地があたたかく光る中に、かわいらしい色彩が緻密に華やかに舞う絶品です。

 是非お出かけになってその美をご覧になってみてください。

 当ブログのこの展覧会関連ブログ記事は以下のとおりです。よろしければ併せて御覧ください。
 「驚きの明治工芸」(台湾の宋培安コレクション 東京芸術大学で開催中)

 「驚きの明治工芸」(おすすめ展示作品1 加納夏雄 「梅竹文酒燗器」)
 「驚きの明治工藝」(おすすめ展示作品2 海野勝a 「背負籠香炉」海野a乗「犬図薬缶」)
 「驚きの明治工芸」(おすすめ展示作品3 虎爪「蒔絵螺鈿芝山花瓶」、易信「蒔絵螺鈿芝山硯屏」)

 読んでくださってありがとうございました。
posted by Palum at 23:55| 美術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月18日

(※ネタバレ)「贋作師ベルトラッチ 〜超一級のニセモノ」あらすじと感想(NHK BS世界のドキュメンタリー)


2016年9月15日にBS世界のドキュメンタリーで「贋作師ベルトラッチ 〜超一級のニセモノ」が放送され、当ブログご紹介記事にもアクセスをいただきました。

(番組公式HP  url:http://www6.nhk.or.jp/wdoc/backnumber/detail/?pid=160915

 現代アートの贋作を2000点、約40年間描き続け、被害総額は45億円に上るという、贋作師ウォルフガング・ベルトラッチ(Wolfgang Beltracchi)。

 2011年にささいなミスから贋作が判明し、刑務所に入る直前の彼を取材した異色のドキュメンタリーでした。
 現在はNHKオンデマンドで、配信中です。
http://www.nhk-ondemand.jp/goods/G2016072496SC000/?capid=nte001

(今のところ再放送予定が無いようなのですが、いずれまた放送されるのでは?と個人的には思っています。)

 ドキュメンタリートレイラー




 作品は50分中45分、彼の絵の腕前と騙しの手口について語られ、話題としては興味深いと思いつつ、いつも脳のどこがムズムズする感じ。

 でも最後の5分で急に雰囲気が変わり、ベルトラッチ氏自身と作品の両方の、隠されていた奥行が現れます。

 この5分を観るために、45分の脳のムズムズを我慢する価値がありました。

 実在の人物の話ですが、本人と編集の妙で、よくできたフィクションのようにきっちりと、観るものをうならせる余韻が待ち構えている作品でした。

 以下、番組の流れと観ていたときの感想です。(ネタバレなのでご注意ください)

 冒頭、贋作を制作する彼と交錯して、次々とインタビューに答える、美術市場の人々。
 彼に煮え湯を飲まされ、量刑の軽さ(※)に不満を抱くオークションハウス経営者。
 (※)懲役6年が言い渡されたが、約3年で出所
 彼は新しいものを産み出していないと指摘するアートディーラー。
  同じくもっと重い処罰を望む、彼の贋作を買ってしまった美術コレクター。
 わかっているだけでも数百万ユーロの利益を得たという彼の強欲に苦笑するギャラリー経営者。(それでも才能と感性は本物、と付け加えて。)
 彼はたった一人で美術界の第一人者を出し抜いた、凄腕のカウボーイのようだと語る美術評論家。

 妻や娘と談笑しながら贋作を仕上げていくベルトラッチ。

 フランスののみの市で古い絵を物色していたベルトラッチは、気に入った物を入手し、妻と手をつないで家に帰る。

 アトリエに戻ってきたベルトラッチ。
 必要だったのは絵ではなく時代を経たキャンバス。
 手際よくカメラマンに贋作用キャンバスの作り方を説明する彼だが、実は三日後には刑務所に入ることが決まっている。

 出所後にはドイツのアトリエで仕事を続けるつもり、彼はそう語る。

 彼の友人たちは、彼の正体には驚いたが、彼の才能は尊敬する、と、ともに食卓を囲みながら語りかける。
 笑顔でそれを聞くベルトラッチ夫妻。

 アトリエに訪ねてきた美術史家に、ベルトラッチは語る。
 独学で絵を学び、いつのまにやら贋作の世界に足を踏み入れていた。
 私に描けない絵は無い。亡き巨匠の頭の中に入って描き、本当の画家よりもすぐれた絵を描く。私の絵を本物だと喜ぶ人たちは正しい。美しい絵であることに変わりはないのだから。

 別の美術史家は贋作が発生する構造を指摘する。

 絵が市場にでるとき、売り主は無論、ほかの誰も、それを贋作だと思いたがらないことが問題だ。
 鑑定士は真贋鑑定で巨額の手数料を得、オークション会社は巨匠の絵の取引で利益を得る。買い手は巨匠の絵が市場に出てきたことを喜ぶ……。

 古い絵を塗りつぶして、画集を調べながらベルトラッチは贋作のターゲットを決める。

 本物の絵を模写することはしない。製作期間に空白があるところを見つけ、それを埋める巨匠の作風の絵を描き、未発見の作品として売りに出すのが彼の手口だ。

 そうして有名美術館に並んだ自分の作品がいくつもある。それが自分の作品だと名乗れないのがくやしくもある。そう言いながら、ベルトラッチは贋作の実演を続ける。

 妻ヘレーネは語る。
 彼の仕事については、自分が何かを言って変えられるものでは無いとわかっていた。それに贋作作りは、こう言っていいのかはわからないけれど彼の天職であり、自分はそれに魅了された、と。

 絵具を乾かしたキャンバスに、時代をつけるために埃をまぶし、裏からアイロンをかける作業をするベルトラッチ。
 時には絵の来歴の証拠として、絵を掛けた部屋を準備し、妻をモデルに白黒写真を撮ったこともある。

「あえて言うなら、絵は1万ユーロで売るより、50万ユーロで売ったほうが贋作と疑われない」
(ベルトラッチ)
「需要があるものは作られるべきです。美術商が贋作を期待しているというわけではないけれど、売れるものが見つかれば彼らはとても喜びます」
(ヘレーネ)

 彼らの詐欺行為のうち、後に最も大きな問題になったのは、現代アートの殿堂、ポンビドゥー・センターの元館長、シュピース氏を騙したことだった。

 わざわざシュピース夫妻を呼び出し、自身の贋作をマックス・エルンストの真作だと鑑定させたベルトラッチ。

 シュピース氏が、この鑑定の際に受け取った巨額の鑑定料を租税回避地の口座に入れていたことにより問題は複雑化。捜査時にこの情報のことをシュピース氏が話さなかったために、真相の解明が遅れ、贋作のいくつかが再び市場に出回るという事態に陥った。

 マックス・エルンストの贋作制作を実演しながらベルトラッチは語る。
「エルンストを天才とは思わない。それにエルンストのオリジナルより、私の贋作のほうが美しい。なぜなら、私は彼の作品に加えているから」

 尊大にも見えるベルトラッチ。
 しかし、カンペンドンクの大作を描いたときに、彼の贋作に綻びが生じた。
 その時代には存在しない絵具二色を使うというミス。これが彼の逮捕の決め手となった。

 「カンペンドンクの絵の中には迫りくる戦争の悲劇の予感と、それでも絵を描こうとする勇気がありました。その見地からすると、ベルトラッチの作品の背後には何もありませんでした」(ギャラリー経営者)

(ベルトラッチ本人は画家の霊を感じながら描いていると言っているので、これについては一言言いたいでしょうね……。そして絵にこめられた感情こそ絵の価値というのは全くそのとおりでしょうが、これは鑑定の際に証明しにくい……。)

 ベルトラッチの不動産は賠償のために差し押さえられることになった。

 屋敷の窓から庭を眺め、ベルトラッチは語る。

 「この生活がいつか破たんするとは感じていました。もうこんなことはやめようと。でも、ふと思ったんです。あと2作、あと2作だけ描いて、1000万ユーロを儲けてから終わらせるのも悪くはないんじゃないかって。ヴェネツィアに豪邸を買いたいと思ったんです。……そうこうするうちに、豪邸が独房に変わったんです。」

 序盤にも登場した美術史家が、ベルトラッチ作のエルンスト、そしてすぐそばの彼本人の大作を見ている。(※)

(※)二人とも同じ服なので、序盤のやりとりと同じ日に交わされた会話なのではと思われます。

 「みんなあなたの描くベルトラッチ・エルンストを観たがっていますよ。あなたが描いたエルンストは需要が高いでしょうね、またあなた自身の名前でどんな絵を売り出すかも問題です。オリジナルの絵より、贋作のほうが好まれることもあり得ます」
 ベルトラッチは特に気を悪くした風でもなくうなずく。
 「わたしも、そんな気がしています」
 目の前に強烈だが緻密な彼本人の絵がある。
 「情熱を注いだ絵なのに?」
 「情熱なんて注いでいませんよ。単純に楽しんで描きました。情熱は家族に注ぎます。私は現実主義者なんです」
 「芸術から距離を置いているということですか?」
 「市場から距離を置いているんです」
 市場の闇や落とし穴を知り抜いて、そこを40年泳ぎ渡ったベルトラッチは、そう言い放った。

 ベルトラッチは、自身のエルンスト風の絵に、サインを入れた。
 「ベルトラッチ」と。
 「サインしたからといって、贋作を防げるとは限らないし、偽造されるかどうかは私にはどうでもいいことです。ベルトラッチの絵は偽造してはいけないとでも?誰だって描けばいいんです。この私が、そんなことを気に
するわけないでしょう。」

 屋外で作業をするベルトラッチ。
 台車いっぱいの塗料が吹き上げられ、彼の姿が青い煙に包まれる……。

(完)


 ベルトラッチが、あと2作だけ描いて足を洗おうと思っていたと語るところから、青い煙に消えていくところまでが最後の見ごたえある5分です。

 それまでの45分間、妻に愛され、美しい子供たちがいて、贋作師と知りながら彼を尊敬すると言う友人たちに囲まれ、鼻歌交じりのようにサラサラと贋作を仕上げていく姿を見、妻の「需要があるものは作られるべきです。売るものがあれば彼らは喜びます」とか、ベルトラッチ本人の「オリジナルより足している分自分の絵のほうが美しい」を聞いている間は、「凄いけど、わかるような気もするけど、なんか脳がムズムズする……」という印象がぬぐえませんでした。

 いくらなんでも人を騙して(真作よりもっとうまいんだから良いでしょというのが言い分でしょうが、贋作と知った時点で相手を怒らせしまっている)、こんなに明るく充実した勝ち組ライフを満喫していいもんかという疑問が頭のどこかにあったのでしょう。

 ですが、最後の5分間、エルンストの真贋同様、自分の真作の評価を意に介さず、自分がさんざん裏をかいてきた市場を信じず、「これは楽しんで描いたもの。情熱は家族に注ぎます」と言い切る彼には、一般的とは言えないものの、確固たる、そしてどこか魅力もある、彼独自の流儀があったのだと気づかされます。

 彼の存在を煙に巻くようなラストシーンも、この取材内容を「作品」に仕上げていて粋な演出だと思いました。

 ムズムズを我慢して最後まで観て良かった。どんでん返しが効いていて、スタイリッシュな犯罪映画のような後味でした。

 以上、あらすじと感想でした。

 もし再放送情報を入手できたら、当ブログにてお知らせいたします。
 
 読んでくださってありがとうございました。

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2016年09月14日

イギリスの贋作師ジョン・マイアット(NHK BS世界のドキュメンタリー 「贋作師 ベルトラッチ 〜超一級のニセモノ〜」によせて) 


先日、NHK BS世界のドキュメンタリーの「贋作師ベルトラッチ 〜超一級のニセモノ」(2014年 ドイツ 原題:BELTRACCHI - THE ART OF FORGERY)2016年9月15日(木〈水曜深夜〉)午前0時00分〜0時50分放送。)という番組にちなみ、ベルトラッチ氏の周辺情報をご紹介させていただきました。

 前回ベルトラッチ氏関連の記事はコチラです。

今回は、さらに、イギリスの有名な贋作師ジョン・マイアット(John Myatt)氏について書かせていただきます。

 彼がインタビューを受けている動画はこちらです。(BOSSコーヒーのトミー・リー・ジョーンズと蟹江敬三さんを足して2で割ったみたいな風貌。この中で彼が描いているモネ風の絵は非常に丁寧で見事です。)



https://www.youtube.com/watch?v=tbfx6wbznzE

こちらがオルセー美術館所蔵のモネ作 国会議事堂(ウィキペディア Pimbrils

モネ 国会議事堂.jpg

 かつて20世紀最大とも言われた大規模な贋作事件に関わり、今はその贋作のノウハウと高い技術を、ベルトラッチ氏同様ドキュメンタリー等で堂々と披露しています。

 贋作師としての腕前のみならず、その数奇な経歴、そしてそれを経た後の彼自身の独特の個性が、一目見て印象に残る人物です。

 (彼についてはかつてNHKでも「贋作の迷宮」というハイビジョン特集で紹介していたそうです。)

 ジョン・マイアットは、1945年生まれ、もともとは美術教師だったのですが、幼い子供二人を残して家を出てしまった妻の代わりに育児をするため、退職を余儀なくされました。

 生計を立てるため、「本物の贋作(Genuine Fakes)を数万円で描く」という複製画作成の広告を出したところ、ジョン・ドリュー(John Drewe)という人物が顧客としてあらわれ、やがて、彼に複製画を本物と偽って売る詐欺を持ち掛けます。

 真贋鑑定の際、非常に重要になるのが、絵の来歴がわかる資料の存在なのですが、 ドリューの手口は大胆不敵、教授と身分を偽って名だたる美術館に寄付を持ち掛け、館内資料室に入りこむと、マイアット氏が描いた絵の来歴が記された偽造書類を資料室所蔵の資料に紛れ込ませ、あたかもその作品が過去から存在するかのように見せかけました。

 絵が本物として名門オークションハウスクリスティーズで高値がつくなど、計画は順調に進んでいましたが、ドリューの関係者が、彼の詐欺行為の証拠となる書類を発見、通報したことで二人は逮捕されました。

 マイアット氏には懲役1年の計が課されましたが、実際に刑務所に入っていたのは約4ヶ月、非常に恐ろしい経験ではあったものの、囚人に頼まれ鉛筆で似顔絵を描くなどしてコミュニケーションをとっていたそうです。

 元々子供を育てながら収入を手に入れるためにはじめてしまった詐欺行為でしたが、自分が逮捕されたことが子供にどう影響するかを思って心を痛めていたマイアット氏。

 しかし逮捕時思春期だった子供たちは、世界的美術館やオークションハウスをも翻弄した父の腕前を、「fabulously cool(非常にカッコイイ)」と思い、状況をあるがまま受け入れ、面会にも来てくれました。
(おそらくは父親の動機を理解していたのでしょう。実際利益はほとんど子供の養育に費やされていたそうですから)

 出所した彼は、自分の詐欺行為を反省し、二度と絵を描かないという誓いのもと、まったく異なる仕事(ガーデンセンター職員)を選びました。

 しかし、そんな彼に一本の電話がかかってきました。

 そして彼に再び絵筆をとるように勧めたのは、彼を逮捕したスコットランドヤードの刑事。

 刑事の家族の肖像をマイアット氏自身の作品として描いてほしいと5000ポンド(当時の価値で140万円相当)を支払ったその刑事は、さらに仕事上の関係者から次々と制作依頼を集め、マイアット氏を後押ししました。

 そして今、マイアット氏は有名画家たちのタッチをふまえた作品や、彼独自の作品が高値で売れる画家となり、彼の贋作師時代の経験や技術を生かしてテレビにも出演、また彼の数奇な運命はかつて彼が出した広告のフレーズと同じ「Genuine Fakes」というタイトルで映画化されました。

(出演作品の一部)
 ・「Fake or Fortune(BBC)」……オランダの贋作師メーヘレンの技術を再現する実験に協力(激面白)
 ・「Fame in the Frame(Sky Art)」……有名人の肖像を、フェルメールの「真珠の耳飾りの少女」やマネの「草上の昼食」等の代表作模写に紛れ込ませた絵を制作(自分が名画に入り込めるわけですから、普通にほしがる人多そうですね。)
 ・「Forgers masterclass(Sky TV)」……絵を学びたい人たちに「有名画家風」の絵を描くテクニックを、実際のモデルや風景を使いながら実技指導

 彼が制作した贋作200点のうち、押収されていない120点についてはいまだ本物として扱われているらしい。彼はそう告白していますが、司法の裁きを終え、思いもかけない刑事からの励ましや子供たちの反応を目の当たりにした彼は、いまだ眼光鋭く、笑みにどこか骨太な不敵さが漂いながらも、険のとれた、話術の巧みなチャーミングな紳士です。
(喋っているのを聞くと不思議と人を引き付けるところがある。私も「Fake or Fortune」観てすぐ、なんか味のある人だなと思いました。)

 「事実は小説より奇なり」を地で行く、不思議な人物だったので、ご紹介させていただきました。

 今回資料として使用させていただいたネット情報は以下のとおりです。


1 ウィキペディア(日本語版
 (英語版「John Myatt」)
  https://en.wikipedia.org/wiki/John_Myatt
 (英語版「John Drewe」)
  https://en.wikipedia.org/wiki/John_Drewe

2 「贋作の天才」 更生して売れっ子に 英画家 服役後、刑事の支援で再出発(「サンケイビズ」 2015年12月26日)
http://www.sankeibiz.jp/express/news/151226/exg1512260730001-n1.htm

3 英画家「日本にも贋作」 120点なお未回収
(「日本経済新聞」 2015年 10月24日)
http://www.nikkei.com/article/DGXLASDG24H4W_U5A021C1000000/

4 The talented John Myatt: Forger behind the 'biggest art fraud of 20th century' on his criminal past - and how he went straight
(「Independent」 2014年2月28日)
http://www.independent.co.uk/arts-entertainment/art/features/the-talented-john-myatt-forger-behind-the-biggest-art-fraud-of-20th-century-on-his-criminal-past-and-9889485.html

5 Celebrity frame academy: The stars as you've never seen them before
(「Dailymail」2011年1月29日)
http://www.dailymail.co.uk/home/you/article-1351004/John-Myatt--The-art-forger-using-celebrities-models-create-world-famous-masterpieces.html


6 http://www.johnmyatt.com/index.htm (マイアット氏の個人ページ、「gallery」部で彼の作品が観られます。)

 読んでくださってありがとうございました。
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2016年09月12日

「驚きの明治工藝」(おすすめ展示作品2 海野勝a 「背負籠香炉」海野a乗「犬図薬缶」)


 先日概要をご紹介させていただいた上野の東京芸術大学大学美術館で開催中の「驚きの明治工芸」について、引き続き個人的におススメだった展示品について書かせていただきます。

 展覧会公式HPは以下のとおりです。
 http://www.asahi.com/event/odorokimeiji/

 当ブログのこの展覧会関連ブログ記事は以下のとおりです。
 「驚きの明治工芸」(台湾の宋培安コレクション 東京芸術大学で開催中)

 「驚きの明治工芸」(おすすめ展示作品1 加納夏雄 「梅竹文酒燗器」)
 「驚きの明治工藝」(おすすめ展示作品2 海野勝a 「背負籠香炉」海野a乗「犬図薬缶」)
 「驚きの明治工芸」(おすすめ展示作品3 虎爪「蒔絵螺鈿芝山花瓶」、易信「蒔絵螺鈿芝山硯屏」)
 
 今回ご紹介させていただくのは、金工師 海野勝a(うんのしょうみん 1844‐1915)の「背負籠香炉」と勝aの長男海野a乗(1873-1910)の「犬図薬缶」です。

 海野勝a「背負籠香炉」

海野勝a 縮小版.png


 背負籠の姿をした銀製の香炉は、
金、四分一(しぶいち、銀一と銅三の割合で混ぜられた合金)赤銅といった様々な金属をはめこんだ「象嵌(ぞうがん)」で形作られた籠の目や上下の緻密な文様、蔓草で緊密に彩られています。

 なお、象嵌のうち、この蔓草の部分のように立体的な技法を「高肉象嵌(たかにくぞうがん)」と呼ぶそうです。

 以下のページで象嵌についての説明を読むことができます。(清水三年坂美術館「常設展 金工」説明部より)

http://www.sannenzaka-museum.co.jp/jyosetu2.html(工程の動画ダウンロードができます)

 海野勝aは彼が師事した加納夏雄同様、片切彫りの名手でもありましたが、この象嵌技法を生かした、色彩豊かで立体的な作品でも有名です。

 図録解説によると、海野勝a(1844‐1915)は水戸の生まれ、9才のころから彫金の道に進み(みんなスタート早いな…)、明治元年ごろ、東京に移住。金工師横谷宗aに勝る職人となることを志して「勝a」を名乗り、明治23年に「蘭陵王」で高い評価を得た後に、東京芸術大学に勤務。加納夏雄に師事しながら、学生の指導にあたり、のちに帝室技芸員に選ばれました。
(参照「驚きの明治工藝」図録 美術出版社)

 図録内説明にもある海野勝aの最高傑作の一つが、皇室所蔵の「蘭陵王置物」です。

 圧倒的な美貌を隠すために恐ろしい面をつけて戦いに臨んだという北斉の陵王。

 この伝説を基にして作られた雅楽「陵王」を舞う若者の姿を、床を擦る着物の波打つ襞から、取り外しのきく面に隠された美しい青年の顔に至るまで、多彩な金属で緻密に作り上げた神品です。

 昔、バクゼンと「皇室の名宝−日本美の華−」という展覧会のニュースでこの「蘭陵王」を観て「な…なにこれ……明治すご……」と目をひんむいた記憶があり、それが明治工芸に興味をもった最初だったので、個人的には恩人のような作品でもあります。
(イギリス人で明治工芸にお詳しい方が「この展覧会を見てほとんど気絶しそうになった」と話していたことがありましたが、きっとその気絶明治ビューティーパンチにこの作品が入っていたことと思われます。)

 「蘭陵王」を含む、当時の展覧会情報ページはこちらです。

  http://www.kunaicho.go.jp/20years/touhaku/touhaku.html

これほど緻密な技巧と色数ながら、過剰と感じさせず、静けさが漂う作風。

今回展示の「背負籠香炉」にもその超絶技巧の果ての静謐を見て取ることができます。

 なお、加納夏雄同様、海野勝aのブロンズ像も芸大大学敷地内にあるそうです。意思の強そうな堂々たる歌舞伎役者のようなお顔です。
http://www.geocities.jp/douzoux/tokyo/tokyo23/geidai.htm
(日本の銅像ギャラリーHP 「東京都の銅像 (台東区・東京芸大)」部 )


海野a乗「犬図薬缶」

海野a乗 縮小版.png

 前回ご紹介した加納夏雄の「梅竹文酒燗器」と並んで、今復刻版出したら普通に売れると思う僕的グッドデザイン賞な作品です。

 小ぶりの銀製薬缶の周囲に、数匹の子犬たちが、洒脱な線で彫りつけられ、ぽってりと愛嬌のある薬缶そのもののフォルムと、その曲線の中でころころの日本犬らしき仔犬たちが豊かな表情とポーズでじゃれあったり寝転んでいる展覧会屈指の萌え萌えな逸品。

 なんか頑張って怒っているっぽい顔しているのも、もふもふのお尻も、まるっこいシルエットもほのぼのする。

海野a乗 部分.png

この世にも可愛らしい仔犬たちのデザインは、幽霊画で有名な江戸の大画家円山応挙や、その弟子長沢芦雪ら、日本画の画題としての仔犬の姿を彷彿とさせます。

円山応挙 ウィキペディア.jpg
(円山応挙 「朝顔狗子図杉戸」ウィキペディア画像 Amcaja)
拡大画像はコチラ

長沢芦雪 ウィキペディア.jpg
(長沢芦雪「紅葉狗子図」 ウィキペディア画像 nAG7BCzkfCJDXA at Google Cultural Institute)
拡大画像はコチラ

 今や世界がその愛くるしさに大注目の日本犬の仔犬時代の有無を言わせぬモフコロなフォルムとあどけない表情の悩殺っぷりを、シンプルで滑らかな線と微笑み交じりのような観察眼で描いたこの独特の仔犬の姿は、a乗の絵の師、川端玉章の作品にも受け継がれています。

 a乗の作品を彷彿とさせる、日本画の萌え萌え子犬たちがネット上で見られるページは以下のとおりです。
  ・江戸時代なのに超かわいい!キュンとくる日本画まとめ(※川端玉章の「犬と水仙」が見られます)

http://matome.naver.jp/odai/2142347493265659101
  ・コロコロ、フモフモ!!江戸時代の絵師が描いたワンコたち(9選)(Artist Database)
http://plginrt-project.com/adb/?p=24839

父勝a、芸大在学時の師加納夏雄に学んだ金工の中に、絵の知識と素養を活かした可愛らしくも卓越した力量を感じさせる作品です。
(この余白の美と強弱巧みな線は今回の展示品の中ではむしろ加納夏雄に近いものを感じます。)

 a乗は優れた師に学び、勝aの跡継ぎとして頭角を現しますが、38歳の若さで父に先立ちます。

 勝aはその死に打ちひしがれましたが、三男海野清が同じく芸大で修業を積み、後に芸大教授、人間国宝として活躍しました。


 次回は日記記事ですが、その後再度この展覧会のおススメ作品について書かせていただく予定です。よろしければお立ち寄りください。

 参照書籍:『「驚きの明治工藝」展』美術出版社 2016年
 

 読んでくださってありがとうございました。
posted by Palum at 23:37| 美術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月11日

「驚きの明治工芸」(おすすめ展示作品1 加納夏雄 「梅竹文酒燗器」)


 先日概要をご紹介させていただいた上野の東京芸術大学大学美術館で開催中の「驚きの明治工芸」について、展示作品のうち、個人的におススメだったものについて書かせていただきます。

 展覧会公式HPは以下のとおりです。
 http://www.asahi.com/event/odorokimeiji/

 今回ご紹介させていただくのは、金工師 加納夏雄(1828-1898)の「梅竹文酒燗器」(銀製)


梅竹文酒燗器 縮小版.png


 すらりとした円筒形の縦長燗器で、鏡のような銀の胴の上部に、余白を大いに生かして、それぞれ細筆を用いたかのような強弱のある線で梅と竹の姿が描かれています。

 細身でシンプルな対の酒器は、遠目にも目を引く輝きながら周囲の陰影を映しこんで空間と調和し、今復刻版を出したら確実に支持を集めるであろうと思わされます。

 平たく言うと欲しい。これ対で並べてウットリ眺めながら一杯やりたいおじさん多そう。

 スッス……と描かれた水墨画のタッチのように、迷いなく気品溢れる彫りの線。

梅竹文酒燗器 部分.png

 実際はスッスじゃなくてココココ……とタガネという細い刃のついた工具を金づちで打ちながら彫っていくのですが、加納夏雄は「片切彫り」という、この独特の筆の線のように強弱巧みな彫りを得意としました。

 片切彫りについて詳しく説明してくださっているページがあったので、引用させていただきます。

< 片切り彫り >
片切り彫りは金工で言う技法です。彫刻で言うとノミにあたる「タガネ」という刃物、道具と金槌を使い、まるで筆で描いたような線を生み出していくものです。切先が鑿のような形で、彫り線の片方を浅く、他方を深く彫り込んでいく技法です。絵画の付立画法(補:濃淡をつけて一筆で描く技法)の筆勢を鑿で表現するのに適しており、筆で言えば穂先になるところを深く、腹のところを浅く一気に彫っていきます。江戸時代中期の金工師 横谷宗a(1670ー1733) の創始と言われ、幕末から明治にかけての加納夏雄はこの技法の名手でありました。 

出典: 宮本彫刻HP「彫刻の技法」より

 加納夏雄は幕末から明治期に活躍した、京都出身の金工師で、7歳で刀剣商の加納家の養子となりました。刀の鍔や鞘に魅了されて、少年時代から独学で道具を握り始めた夏雄を見た養父母の勧めで、わずか12歳で彫金師奥村庄八に師事、さらに14歳で円山四条派の絵師・中島来章のもとで写生を学び、19歳で金工師として独立。東京神田に店を構え、小柄(こづか・短剣のこと)や鍔の制作に勤しみました。

 加納夏雄の作った鍔や小柄の鞘は、非常に限られた面積ながら余白と高い画力をいかした、構図の妙と気品の光る作品となっています。


 作品画像例1(清水三年坂美術館HP 帝室技芸員シリーズW加納夏雄と海野勝aより)
  http://www.sannenzaka-museum.co.jp/kikaku_13_2_22.html
 作品画像例2(根津美術館 コレクション 金工・武具 「牡丹に蝶図鍔」)
  http://www.nezu-muse.or.jp/jp/collection/detail.php?id=80991

 そのこまやかさと余白、筆遣いのような線が持ち味であるために、私ではなかなか写真で良さをとらえるのが難しかったのですが(下手だから単にツルんとした図に撮れてしまった……)、こちらのページでより鮮明な画像を観ることができます。(その他展示作品も画像あり)

http://www.cinra.net/news/gallery/104877/11
(カルチャーサイト「CINRANET」ニュース 日本工芸の表現と技法に迫る『驚きの明治工藝』展 自在など130点)

 夏雄は明治維新後新貨幣の原型、型の制作を手掛け(型の制作はイギリスに依頼する予定だったが、あまりの技術の高さに技師が辞退し、夏雄が手掛けることとなった)、廃刀令によって同業者が廃業に追い込まれる中でも、海外も視野に入れながら、煙草入れや花瓶、置物などを作り続けることで、成功をおさめました。

 ※こちらの記事で夏雄の貨幣についてのエピソードを詳しく紹介してくださっています。

  http://www.nnn.co.jp/dainichi/rensai/naniwa/101127/20101127041.html
  (大阪日日新聞 なにわ人物伝 −光彩を放つ 造幣局の人たち(3))

 後に第一回帝室技芸員(宮内庁によってえらばれた一流の作家に与えられる身分)にも選ばれた夏雄は芸大の初代教授となり、同大助教授の金工師海野勝a(うんのしょうみん)ら後進の指導にあたりました。
(参照:ウィキペディア記事


 実は東京芸術大学大学美術館の敷地内に加納夏雄の胸像があったそうなのですが、見損ねてしまいました(米村雲海作)。これから行かれる方は探してみられてはいかがでしょうか。

 先ほどの大阪日日新聞の記事の中に「夏雄の風采(ふうさい)は中肉中背、口調は京都弁で柔らかいが、起居すこぶる謹厳であった。身を持することすこぶる倹素(けんそ)」と、加納夏雄の人となりをふりかえる文章が紹介されていますが、まさしく少年時代から生涯を金工に捧げた努力と才能の人の重厚な品が感じられる風貌をしていらしたようです。(この人が作者ですと言われるととても納得の行く御顔をしていらっしゃる。)

 加納夏雄像 文化遺産オンラインより

 http://bunka.nii.ac.jp/heritages/detail/223342

 次回は同展示のうち海野勝aの作品や、その他おすすめ作品についてご紹介させていただく予定です。

 当ブログの「驚きの明治工藝」展に関する記事は以下のとおりです。よろしければ併せてご覧ください。
 「驚きの明治工芸」(台湾の宋培安コレクション 東京芸術大学で開催中)

 「驚きの明治工芸」(おすすめ展示作品1 加納夏雄 「梅竹文酒燗器」)
「驚きの明治工藝」(おすすめ展示作品2 海野勝a 「背負籠香炉」海野a乗「犬図薬缶」)

読んでくださってありがとうございました。


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2016年09月10日

「驚きの明治工芸」(台湾の宋培安コレクション 東京芸術大学で開催中)


狸置物 縮小版.png
(狸置物 大島如雲作 銅)

 上野の東京芸術大学大学美術館で2016年9月7日(水)〜10月30日(日)まで、台湾のコレクター宋培安氏による明治工芸コレクションが公開されています。
(その後、京都 細見美術館、埼玉 川越市美術館に巡回します。)

 今回はこの展覧会の見所をご紹介させていただきます。
 公式HPは以下のとおりです。(解説が丁寧で楽しいページです)
 http://www.asahi.com/event/odorokimeiji/

 1,「自在」の一大展示

 今回の展覧会では、「自在」と呼ばれる甲冑作製技術を基とし、非常に細かな可動性のある鉄製の工芸品の一大コレクションを観ることができます。

 入るなり、全長3メートルの竜の「自在」が宙づりになってお出迎え。
 
自在竜(縮小版).jpg
(自在龍 無銘 鉄)


 ほかにも、美味しそうな緻密なイセエビや、ヤドカリ、鷹、あらゆる角度に動かせるニョロニョロヘビなどを観ることができます。
 (いかに細かく動かせるかがわかるように、体を複雑にくねらせ、首を台にちょこんと乗せた敬意ある展示も見所。)

自在蛇(縮小版).png
(自在蛇 宗義作 鉄)

 展覧会作成のセンスあふれる明珍宗春(※)作「自在蛇(明珍宗春作)」のコマ撮り動画はコチラです。(ベロも動くんですね)


https://www.youtube.com/watch?v=JEVWHf7d890

(※)「明珍」は元々甲冑師の一派の名前だそうですが、すぐれた作品を残した明珍の名を冠した職人たちの生涯については、わかっていないことが多いそうです。

 動きの滑らかさを感じさせる細やかな細工、金属の重厚感、とても緻密に作られているけれど、意外と顔は可愛かったりするギャップ、など、別に明治工芸好きでなくてもグッとくるポイントの多い美術品です。
(オモチャとかメカ好きの人も見て楽しいと思う。)

 ちなみにミュージアムショップにものすごーくよくできている、名門海洋堂さんの高級自在フィギュアが売られていました。こういう形で技術が受け継がれているのですね。

 たしかこちらの作品だったと思います。
タケヤ式自在置物 龍 鉄錆地調 ノンスケール ABS&PVC製 塗装済み可動フィギュア KT-003 -
タケヤ式自在置物 龍 鉄錆地調 ノンスケール ABS&PVC製 塗装済み可動フィギュア KT-003 -


2、個人コレクションの醍醐味

 台湾の大コレクター宋培安さんについては、あまり詳しいことがわからなかったのですが、展覧会HP情報をまとめると、「漢方の薬剤師で、健康薬品の販売や生命科学の講座を開設し、思想家カントの研究者であり、明代清代の美術品のコレクターでもある」方だそうです。
 多彩にしてミステリアスな御方……。

 ただ明清の作品は完璧という点において世界的にも屈指のものだと思うので、同じく否の打ちどころの無い高い技術と端正な美を誇る明治美術にも興味を抱いたというのは自然な流れだと思われます。
(こういっては何ですが、当時は予算のある方からすると、すでにゆるぎない評価を得ていた明清の作品に比べ明治工芸は「レベルが高いわりにお買い得」だったそうですし。)

 こうした個人コレクションの展覧会の面白さは、センスの良い個人が、欲しいから集めた品が見られるところです。

 美術館のコレクションだと、「有名な作家のもの」「珍しいもの」「歴史的に意義のあるもの」ということが重視されるだろうけれど、個人コレクションだと「カワイー、カッコイー、スキー、家ニ飾リターイ」みたいな思いで収集されるから、さほど有名な作品でなくても見てて楽しい。
(実際、今回の展示品は、見事な出来だけれど作者が不明な「無銘」のものが数多く含まれています。)

 鬼凝った超合金的な「自在」のほかにも、「超リアルな作品」や、「肉眼で見えないほどに細かい作品」、「ユーモラスで面白い作品」、「色彩を抑えた中に浮かび上がるいぶし銀の渋い作品」といった感じで、多様なコレクションを観ることができます。

(展示品の一例)

秋草鶏図花瓶 縮小版.png
(濤川惣助作 秋草鶏図花瓶 七宝)※今話題の赤坂迎賓館の「花鳥の間」を彩る七宝額を手掛けたことでも知られる世界的七宝作家です。

三猿根付写真 縮小版.png
(三猿根付 小林盛良作 金)※全長約2.5pなのですが、細かすぎて味のある表情が撮れなかったんで拡大写真写真〈?〉のほうを使わせていただきました。

猫置物 縮小版.jpg
(猫置物〈部分〉 善拙作 木)

(渋い作品は渋すぎて僕の撮影技術ではほとんど映りませんでした。残念。「月下狸図硯箱」という、池に歩み寄る可愛くてきれいな狸と朧月という非常にセンスの良い作品がありました。)

 以下WEBページで図録が販売されています。
http://shop.asahi.com/eventplus/7.1/CTB16009

 また、ご覧のとおり、写真撮影を許可してくださっている珍しい展覧会ですので(フラッシュ不可、一部撮影禁止マークのある作品は撮影不可)、そういった意味でも面白かったです。

 当ブログの「驚きの明治工藝」展に関する記事は以下のとおりです。
 「驚きの明治工芸」(台湾の宋培安コレクション 東京芸術大学で開催中)

 「驚きの明治工芸」(おすすめ展示作品1 加納夏雄 「梅竹文酒燗器」)
「驚きの明治工藝」(おすすめ展示作品2 海野勝a 「背負籠香炉」海野a乗「犬図薬缶」)

 次回記事では、展覧会作品のうち個人的に好きだと思ったものについて、少し追記させていただきますので、よろしければまたお立ち寄りください。

 読んでくださってありがとうございました。

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2014年05月08日

「超絶技巧!明治工芸の粋(すい)‐村田コレクション一挙公開‐」おススメ作品(七宝編2 濤川惣助作品「藤図花瓶」)

 東京日本橋の三井記念美術館で、「超絶技巧!明治工芸の粋」が開催されています。
 公式HPのURL
 http://www.mitsui-museum.jp/exhibition/
 明治時代、主に海外に向けて作られた工芸品の数々を集めた「村田コレクション」が、見られる展覧会です。

 今回も観てきた中で個人的に特に素敵だと思った作品群についてご紹介させていただきます。

 ●「藤図花瓶」
以下チラシURLページ内4ページ目、「七宝」部上から二番目の作品
 http://www.mitsui-museum.jp/pdf/pressrelease140419.pdf
 高さ約30p、縦長グレー地の花瓶に、青と白の藤の花房が垂れ下がる図案。「無線七宝」の名手、濤川惣助の作品。

 濤川惣助ウィキペディア記事URL
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%BF%A4%E5%B7%9D%E6%83%A3%E5%8A%A9

 青の花房は有線七宝で細い輪郭が描かれた中に水色から群青までのグラデーション、いくつかの花は花弁の内側が黄色く、涼しい色合いの中にうっすらと明るさがさす。

 背後の白い花房は無線七宝でグレー地に溶け込む雪のような淡さ。青地の花房の後ろで幻想的な奥行きを醸している。

 ……とか書かせていただいたところで、実は私、「有線七宝」「無線七宝」と聞いたときに、昔のラジオのメーカーか何かかとすら思っておりました。(だってそもそも「『シッポウ』って何」状態だったから)

 何工程にも分かれる、根気のいる緻密な作業を申し訳ないほどにかいつまんでしまうと、地に金属の枠で図案の線を作り、その枠部にガラス質の釉薬を流し込んでから焼くというのが「七宝」の原理だそうです。

 で、この金属の枠がある状態で仕上げるのが「有線七宝」。(前回記事でもご紹介した清水三年坂の七宝解説をご参照ください。)
http://www.sannenzaka-museum.co.jp/jyosetu2.html#sipo

 そして、最後の焼成前、完全に釉薬が枠と地に定着する前の、釉薬がフルフルした状態の時に、地にめぐらした枠を引っこ抜いてしまい(こう書くとなんかお菓子作りみたいですが、おそらくはピンセットで一本一本とりのぞくものすごい集中力を要する作業)、それから焼成するのが「無線七宝」
 
 結果、地に釉薬がぼやんと少しだけにじみ、パステルと水彩のあわいのような優しい味わいを醸す作品に仕上がります。

 濤川惣助はこの「無線七宝」の開発者として、「有線七宝」の並河靖之と人気を二分し、「東京の濤川、京都の並河」と並び称されたそうです。
(ちなみに別に親戚でもなんでもないらしい。)

 彼の代表作は東京赤坂にある迎賓館「花鳥の間」の壁を飾る七宝額『七宝花鳥図三十額』
 「花鳥の間」画像URL(壁の中ほどにある丸い額が惣助の作品)
http://www8.cao.go.jp/geihinkan/img/akasaka/big/bgei09-11.html
 額の一つ「矮鶏(チャボ)」
http://www8.cao.go.jp/geihinkan/img/akasaka/big/bgei09-12.html
 
 ウィキペディア記事によると靖之もこの額を手掛ける候補にあがっていたそうですが、無線七宝の味が部屋全体の雰囲気に調和するとの理由で惣助が選ばれたそうです。 
  
 確かに、靖之の作品がその緻密さと端正さで空間を凝縮したような迫力があるのに対し、惣助の作品は無線七宝のぼやけやにじみだけでなく、地の色の優しさも含めてふんわりと周囲に広がる感じで、「その他の意匠と調和しながら部屋全体を彩る」という点では向いている気がします。

 脱線が長くなってしまいましたが、「藤図花瓶」では惣助作品の典型ともいえる優しい色合いと、有線無線二つの七宝技法の味わいの違いを見ることができます。

 しかし「青の花房や葉や蔓は有線」といっても、近くで見ないとわからないほど糸のように細い線(線といっても描いているわけじゃなくその一筋一筋が金属の枠ですからね)で、おっとりと清楚な風情の中に、どうやって作ったんだ?という驚くべき技巧が秘められたミステリアスな名品です。

 当ブログ明治工芸関連記事は以下の通りです。よろしければ併せてお読みください。

極上美の饗宴 並河靖之の七宝
極上 美の饗宴 「極上美の饗宴シリーズ“世界が驚嘆した日本”七宝 幻の赤を追う」
「超絶技巧!明治工芸の粋(すい)‐村田コレクション一挙公開‐」 展覧会概要ご紹介
「超絶技巧!明治工芸の粋(すい)‐村田コレクション一挙公開‐」おススメ作品(七宝編1 並河靖之作品)


 また回を改めて展覧会の作品や明治工芸についてご紹介させていただきます。

 読んでくださってありがとうございました。

※今回の七宝ご説明については、展覧会図録「超絶技巧!明治工芸の粋」と、NHKの極上美の饗宴「色彩めぐる小宇宙 七宝家・並河靖之」を参照させていただきました。

(靖之の最高傑作「四季花鳥図花瓶」の一部を現在の職人さんが復元を試みるところとかもっそい面白かったです。ほかの回もとっても良かったんで再放送してほしい!!)。
posted by Palum at 01:43| 美術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月06日

「超絶技巧!明治工芸の粋(すい)‐村田コレクション一挙公開‐」おススメ作品(七宝編1 並河靖之作品)

 東京日本橋の三井記念美術館で、「超絶技巧!明治工芸の粋」が開催されています。
 明治時代、主に海外に向けて作られた工芸品の数々を集めた「村田コレクション」が、見られる展覧会です。

 ・公式HPのURL
http://www.mitsui-museum.jp/exhibition/index.html

 ・プレスリリースPDF(チラシ)URL
http://www.mitsui-museum.jp/pdf/pressrelease140419.pdf
 ・当ブログ過去記事はコチラ


 今回から数回に分けて、観てきた中で個人的に特に素敵だと思った作品群についてご紹介させていただきます。(一応Web上で画像を見られるものについてはURLを貼らせていただきました。)

 1,桜蝶図平皿(おうちょうずひらざら)
 緑地に桜と蝶の舞う皿。(展覧会チラシ左)

 日本の七宝の美を世界に轟かせた達人、並河靖之の作品。

 彼の作品の中で最も有名なのは黒地に写実的な花鳥の図の壺ですが、この作品のような独特の緑と大胆な装飾的構図もまた彼の持ち味でした。

 生で見ると抹茶ソーダというかなんというか、ちいさな粒子の一杯浮かんだ奥深くも華やかな緑の中に、赤茶、ターコイズ、黄色、黒などこまかな配色の羽を広げた蝶々たち、そして、つぼみの先や花びらの根もとのほんのりそまった桜の花びらと、緑から黄、赤へと色を変えるやわらかな葉があでやかに配されています。
 正直もう一さじ加減間違えば変だと思ってしまうような色合わせなんですが、感性のミリ単位の着地点をあやまたず……とでもいうか、ぴたりと色も構図もおさめてあります。現代人の頭一つ上を行く大胆さに脳が刺激されて面白い。

 ちなみに、画像では見られないんですが、「すごい色彩感覚と絶妙な装飾的構図」という点では「蝶に花の丸唐草文花瓶」という作品も素敵です。

 ほっそりしたシルエットの瓶に、黒枠でふちどられて縦長に均等に配されたモスグリーン、青、モカブラウン、クリーム(いやホワイトチョコレート色かな)の地。

 その上に紋章のような丸枠を土台に花々がぽんぽんとはみだして咲き、唐草が空間をくるくる走っています。

 隣り合った色をつなぐように散らされた蝶や花のオレンジや黄色が眼に心地よいアクセントとなっている。

 令嬢が大振袖を翻したような、はっとするほど華のある作品です。女性なら「かわいい!!」と叫ぶでしょう。
 
 個人的には今回の展覧会でどちらかというとこういう並河靖之の装飾的な作品が見られたのが面白かったです。「黒地リアル花鳥」のイメージが強かったので。

 残念ながらこの「蝶に花の丸唐草文花瓶」はチラシにも三年坂美術館にも画像が無かったので(なんでだろう……コレ絶対今回の展覧会で、蝶のお皿と並んで女性人気集めますよ。飾り映えするから三年坂でもポストカードになさればいいのに)、取材許可を得て撮影をしたという方の、画像入り展覧会記事URLを貼らせていただきます。
http://tourdefrance.blog62.fc2.com/blog-entry-2340.html

 このほか、装飾的名作というと、おそらく村田さんご自慢の品であろう(よくテレビで映る〉「蝶図瓢形花瓶」も見られます。ぽてっとした瓢箪型の花瓶に大きな蝶が舞っている作品。可愛らしい形と、地の漆黒、蝶の羽の山吹色や群青などの色合いのシックさというギャップが魅力。
(並河作品に蝶が多いのは家紋が蝶だったからだとか。)

 三年坂美術館のポストカード画像URL
http://www.sannenzaka-museum.co.jp/cart/shop.cgi?order=&class=all&keyword=%95%C0%89%CD&FF=10&price_sort=&mode=p_wide&id=6&superkey=1&popup=yes

 ちなみに展覧会内、並河「リアル花鳥」作品群のなかで、個人的に一番のおススメは「鳥に秋草図対花瓶」(画像が無いので拙文でご想像ください……)

 目録解説を見ると深い茶色だそうですが、非常に黒っぽく見える、口から底までぬめるようにしっとりとした地の細身の壺に、か細いながらも強弱のついた金線銀線でふちどられたススキ、おみなえし、牡丹、桔梗、萩などが伸び、そこに瑠璃色の羽に薄黄色いお腹のルリビタキという可愛らしい小鳥が飛んでいる、二組一対の作品。

 圧巻はススキ、暗い地に金色に細く長くついと伸び、小鳥が身をよじってその茎に留まっているので、そのささやかな重みに揺れて糸のような穂先が光っている……ように見える。

 この、しんとした暗闇の中の余韻が絶品です。

 並河の黒の最高傑作、「四季花鳥図花瓶(皇室所蔵)」が持つ魅力に一脈通じると思いました。

 日本人はなぜか描かれていない「間」にコーフンする性癖があるので、(理由はわかりませんが、自分を含めて、絵でも文学でも上述の「余韻」とか「ほのめかし」に弱い人が多いと思う)この並河の暗い地の中の花鳥はいかにも日本的な美といえます。

 清水三年坂美術館のHP内に並河靖之も手掛けた「有線七宝」の工程解説と動画がありましたので、併せてご覧になってみてください。
http://www.sannenzaka-museum.co.jp/jyosetu2.html#sipo

当ブログの明治工芸に関する記事(今回の物を含む)は以下の通りです。よろしければ併せてご覧ください

極上美の饗宴 並河靖之の七宝
極上 美の饗宴 「極上美の饗宴シリーズ“世界が驚嘆した日本”七宝 幻の赤を追う」
「超絶技巧!明治工芸の粋(すい)‐村田コレクション一挙公開‐」 展覧会概要ご紹介
「超絶技巧!明治工芸の粋(すい)‐村田コレクション一挙公開‐」おススメ作品(七宝編1 並河靖之作品)

 また何回かこちらの展覧会作品ご紹介や明治工芸にまつわる話題を書かせていただきたいと思います。

 読んでくださってありがとうございました。
posted by Palum at 11:21| 美術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年05月03日

「超絶技巧!明治工芸の粋(すい)‐村田コレクション一挙公開‐」 展覧会概要ご紹介

 東京日本橋の三井記念美術館で、「超絶技巧!明治工芸の粋」が開催されています。
 (公式ホームページURL……http://www.mitsui-museum.jp/exhibition/index.html
 「村田コレクション」とは電子部品で有名な村田製作所の元役員村田理如(まさゆき)氏が収集した約一万点の明治工芸コレクションのことです。

 普段は村田氏が館長を勤める京都の清水三年坂美術館にあるそれらの作品の一部(約160点)が、今回東京で見られることとなりました。
(清水三年坂美術館公式ホームページURL……http://www.sannenzaka-museum.co.jp/

 明治時代、幕末まで培ってきた高い美意識と技術が、怒涛のごとく押し寄せてきた西洋化の波とぶつかり合い、工芸のあらゆるジャンルにおいて、前代未聞の精緻な作品群が生まれました。

 主に海外への贈答品として制作されたために、名作のほとんどが日本から流出していた状況だったのですが、今その偉大さが見直されています。
 
 この展覧会では、以下のような作家たちの作品を見ることができます。

並河靖之(明治七宝の巨人、漆黒の地に花鳥を描いた端正な作品で有名)

濤川惣助(金属線を枠として色彩を流し込む七宝制作の工程の途中で、金属の枠を取り去る「無線七宝」を手掛けた。靖之と対照的に、淡い色彩の地に、やわらかな輪郭の作品が有名)

正阿弥勝義(しょうあみかつよし)、海野勝a(うんのしょうみん)、加納夏雄(かのうなつお)(日本近代金工の三羽烏と呼ばれた名手)
(※加納夏雄と海野勝aについての清水三年坂美術館の紹介ページURL http://www.sannenzaka-museum.co.jp/kikaku_13_2_22.html

安藤禄山(あんどうろくざん)(象牙で実物と見紛う野菜や果物を作り上げた謎の牙彫(げちょう)師)

高村光雲(たかむらこううん)(「老猿」で有名な木彫家、息子は「レモン哀歌」で知られる詩人で彫刻家の高村光太郎)

・錦光山(きんこうざん)、藪名山(やぶめいざん)(京都、大阪で技を競い合った薩摩焼の陶家。象牙色の地に金と多彩な色彩で、ときに肉眼では判別困難なほどに繊細な図案の作品を作り上げた。)

 このほか、漆芸、刺繍画、自在(金属部品を細かく組み合わせて作られた、繊細に動かすことのできる細工置物、甲冑制作技術を生かして作られた)などの作品が展示され、明治の手仕事の偉大さを総括して目の当たりにすることができます。

 ……なんか今回人名と漢字ばっかりの文になってしまいましたが、ひらたく言うと明治工芸、すごすぎて息ができなかったり逆に笑えてきたりします。

 かつてあるイギリスの方とお話した時、明治工芸を評して「生で見たとき気絶しそうになった」と極めて真顔でおっしゃっていましたが、僭越ながらわかる気がします……。

(ちなみにその方を気絶させかけたのは皇室所蔵の並河靖之作「黒地四季花鳥図花瓶」、闇の奥に小さな花や木々がさらさらと揺れて浮かび上がるような衝撃の逸品です。〈この作品について少しご紹介させていただいた当ブログ過去記事はコチラ〉)

物を見て「綺麗、ステキ」を超えてそういう感覚になるというのはなかなか無いことなので、美術鑑賞とかそういう堅苦しいことではなく、五感の体験としてお勧めしたいです。

 ちなみに、この三井記念美術館そのものの内装がクラシカルで、エレベーターの金属板とかに至るまでぬくもりのある感じでとても素敵です。当然日本橋そのものが素敵な町ですし。

 そんなわけなのでこの連休中にお出かけになってみてはいかがでしょうか。

 当ブログのこの展覧会、および明治工芸に関する記事は以下の通りです。よろしければ併せてご覧ください
極上美の饗宴 並河靖之の七宝
極上 美の饗宴 「極上美の饗宴シリーズ“世界が驚嘆した日本”七宝 幻の赤を追う」
「超絶技巧!明治工芸の粋(すい)‐村田コレクション一挙公開‐」 展覧会概要ご紹介(※今回記事)
「超絶技巧!明治工芸の粋(すい)‐村田コレクション一挙公開‐」おススメ作品(七宝編1 並河靖之作品)
 読んでくださってありがとうございました。
posted by Palum at 23:27| 美術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月25日

「ラファエル前派展」おススメ絵画フォード・マドックス・ブラウン作「ペテロの足を洗うキリスト」「よき子らの聖母」

 本日も現在開催中の「ラファエル前派展」について書かせていただきます。
(公式HPはコチラ

 当ブログこの展覧会に関する過去記事は以下の通りです。
 1,ラファエル前派展
 2,「オフィーリア」ミレイ作
 3,ミレイの「オフィーリア」と夏目漱石の『草枕』
 4,エリザベス・シダル(オフィーリアのモデル)
 5,「ラファエル前派展」混雑状況と展示の工夫
6,おススメ絵画ミレイ作「両親の家のキリスト」
7,おススメ絵画2ミレイ作「釈放令」


 今回の展覧会で初めて存在を知った画家の中にフォード・マドックス・ブラウンという方がいました。

 リアルと言う意味ではミレイ、装飾性や女性美という意味ではロセッティに及ばないかもしれませんが、逆に言えば、描写力と装飾美を均等に持ち合わせた画家と言う意味でミレイやロセッティには無い魅力ある絵画を残した人のようです。

 特に彼の使う緑がとても素敵です。「緑のブラウン」と言ってもいいような気がします(結局何色なんだ)。

フォード・マドックス・ブラウン作「ペテロの足を洗うキリスト」

ペテロの足を洗うキリスト.jpg

 逮捕の直前、最後の晩餐を前にして、弟子たちの足を洗うイエス・キリストの姿を描いた作品です。

展覧会公式HPの解説はコチラ(大きな画像が観られます。)
自分が死んだ後も、このように互いにへりくだり、助け合うようにという思いを込めて、無心に弟子の足を洗うイエスと、師の意思がわからずにあまりのことに足を洗われながらも息をつめるペテロ。

 背後ではその様子に、もしや自分のたくらみに気づいたのかと思いながらサンダルの紐を直しつつ、二人を射るようにみつめる裏切り者ユダ。

 そしてただならぬ事態に不安そうにささやき合う他の弟子たち。

 イエスの腕、ペテロの足などの肉体描写は非常にリアルに描かれ、登場人物の表情はそれぞれ思うところを明確に示している、緊張感のある画面構成ながら、画面を閉める、床やソファ、愛弟子ヨハネの衣の暖色と、イエス、ペテロそれぞれがまとう衣の青みがかった緑。イエス一人に輝く光輪の透き通った金色が静かな調和のとれた美しさを構成しています。

 テート美術館HP内の紹介ページは以下の通りです。
http://www.tate.org.uk/art/artworks/brown-jesus-washing-peters-feet-n01394


 同じくフォード・マドックス・ブラウンの「よき子らの聖母」
 テート美術館の画像つき紹介ページは以下の通りです。
http://www.tate.org.uk/art/artworks/brown-our-lady-of-good-children-n02684

 先ほど、「描写力と装飾性を均等に持ち合わせている」と描かせていただきましたが、この絵がまさしくそれです。

 幼いイエスキリストの体を洗う聖母マリアと、水を入れた容器を差しだし、それを手伝う天使。

 絵画後方では沈みゆく陽を背に、祈りをささげる幼児と、ひざまずいてその小さな手を握り締める天使がいます。

 なんでもイタリア旅行の記憶をもとに描いた作品だそうですが、そう言われて観ると、なんとなく黄昏の水辺の光の温かさが、ちょっと南方がかっています。(イギリスの景色を描いた作品の光はもう少し涼しい感じ)そしてまだぬくもりの残る風にそよぐような大木の枝がアーチ形の窓から真横に広がっています。

 この背景のリアルと比べると、人物の顔は中世の宗教画のようにある程度デフォルメされています(先述「ペテロの足を洗うキリスト」と比較するとよくわかります)。しとやかにほほ笑むマリアに手を洗われている幼いイエスの目がきょとんとしたようにくりくり丸くて愛くるしい。

 そして必見は、天使の衣の黄緑に散らされた細い金糸と髪飾りの色彩美と(珍しいことに翼も金色の光沢をもつ緑です)、その手にある水を入れた器、聖母子の背後の布の図案です。

 これ売っていたら普通に女性の心をわし掴みでしょう……高級輸入雑貨屋さんとかにありそうな感じ。布は繊細な青い柄の中にオレンジがかった薔薇がちりばめられ(この緻密な柄の中にふんわり浮かぶマリアの細く丸い光輪が神秘的)、先のとがった器は白地に金彩、内側は深みのある青です。

 数ある聖母子像の中でも、背景が黄昏である点や、こうした小道具のデザイン性の高さで異彩を放ちながら、色彩調和とぬくもりのある場面描写で温かい穏やかさを醸す、見れば見るほど目に快い名画です。

 なんか展覧会でもピックアップされてないし、ウィキペディアにも画像がアップされてないからブラウンの中で突出して評価の高い絵ではないのかもしれませんが、私は好きです。綺麗だし、夕暮れの平和な温かい空気を感じる。

 ところで、この絵、よく見ると、金色の額縁に円形の飾りメダルがついていて、そのなかにお祈りをする天使と鳩が素朴な線で描かれています。いっそう芸が細かいですね。

 一時期、イギリスの絵は他のヨーロッパ絵画に比べるとレベルが低いというような言われようだったそうですが、私は別にそんなことないと思います。

 しいて言うなら「バーン!!(擬音が旧いよ)」とドでかく濃密な筆致の壁一面の歴史大作……みたいなものが少ないかもしれませんが、かわりにこんなに繊細で美意識の高い愛すべき絵を描いている。

 おなじく芸が細かくて可愛らしいものをいつくしむ日本人からすれば、その魅力において決して劣るものではないと思います。

 展覧会ではブラウンの小さな風景画も何点か観ることができます。

 いずれも彼の色彩感覚が冴える良品ですが、特におススメは「干し草畑」

 テート美術館の画像つきページは以下の通りです。

http://www.tate.org.uk/art/artworks/brown-the-hayfield-t01920

 雨上りのたそがれ、紫の雲たなびく丘の緑と、複雑な色に陰る干し草を積む人々を描いた作品です。

 月が出ていてもまだ明るさの残っている時間帯の独特の色合いが温かく描かれていて、なにやら懐かしい気配。

 どうも画像や印刷で色が再現しにくいようですが、暖かい日の草の匂いがただよってくるような美しい色合いの絵でした。

 (余談ですが、この絵は詩人でデザイナーとしても名高いウィリアム・モリスの所有となったそうです。)


 「ラファエル前派展」にはこのほかにも美しい作品がたくさん展示されていますので、会期残りわずかとなりましたがおでかけになってみてはいかがでしょうか。(さすが六本木森ビル、ビル自体スゲーオサレなんで出かけて楽しかったですしね。)

 読んでくださってありがとうございました。

 参考資料 「ラファエル前派展」 朝日新聞社
posted by Palum at 20:05| 美術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月24日

「ラファエル前派展」おススメ絵画2ミレイ作「釈放令」

本日は引き続いて4月6日まで開催中の「ラファエル前派展」の名画について書かせていただきます。
本日は現在開催中の「ラファエル前派展」で展示中のおススメ絵画について少しご紹介させていただきます。
 この展覧会に関する当ブログ過去記事はコチラ。
 1,ラファエル前派展
 2,「オフィーリア」ミレイ作
 3,ミレイの「オフィーリア」と夏目漱石の『草枕』
 4,エリザベス・シダル(オフィーリアのモデル)
 5,「ラファエル前派展」混雑状況と展示の工夫
6,おススメ絵画ミレイ作「両親の家のキリスト」

 「オフィーリア」で有名なエヴァレット・ミレイ作「釈放令」
釈放令.jpg

 拡大画像をご覧になりたい方はコチラ(テート美術館HPより)


 戦いに敗れとらわれたスコットランド兵(スコットランドの民族衣装であるキルトをまとっています)に出された釈放令を示す紙を、彼の妻が看守に差し出し、夫が自由の身となった瞬間を描いた作品です。

 妻と、妻の腕の中で眠っている幼い子供に手を回し、長い不安から解放されて妻の肩に寄りかかる夫。
 彼を連れて帰れる喜びと誇りを秘めた厳かで力強いまなざしの妻。

 そして、家族の一員として一緒に来て、後ろ脚で立ち上がり夫に前脚をかけながら、「おかえりおかえり」と言うように、妻につながれた夫の手を舐める犬。

 この犬がホントチョーカワイイです。……生で観ると、背中のツヤツヤした毛並と、喜びにふぐふぐ鳴っていそうな鼻周りのあたたかい感じが圧巻。

 動物を描いたら天下一品と言われた同時代の画家ランドシーアの犬にもひけをとらない魅力がありました。(ただ、「鼻しっとり湿ってそう度」「あったかい鼻息聞こえてきそう度」ではやはりある意味その道を極めたランドシーアの傑作群が紙一重一枚上手ですが〈変態か〉)

 ランドシーアの傑作「老羊飼いの喪主」……(ウィキペディアより)犬が共に暮らした亡き羊飼いの棺に悲しげに顎を乗せている姿です。今気づいたんですがこれもしかして「釈放令」の犬と種類同じなんですかね。これもスコットランドの犬なのかな……。
 
ランドシーア 老羊飼いの喪主.jpg

 余談ですが、この「釈放令」の中のやわらかい顔立ちながら気丈そうなまなざしの女性のモデルは、エフィー(ユーフェミア)・ラスキン。(旧姓グレイ)
(エフィーとミレイと子供たち ウィキペディアより)

エフィーとミレイ.jpg

 元はミレイを高く評価した評論家ジョン・ラスキンの妻であった女性でした。

 エフィーとラスキンの結婚は実態をともなわない不幸なものであったらしく、ミレイに惹かれたエフィーはラスキンに対して婚姻無効を申し立て、ミレイの妻となります。

 当時ミレイを支持していたヴィクトリア女王でしたが、この出来事を機に、ミレイと疎遠になり(夫アルバート公を熱愛していた女王には妻が夫を捨てるという行為が許し難く思われたのかもしれません)、エフィーには謁見を許さなかったそうです。

 しかし、ミレイの晩年、ヴィクトリア女王は死の床にあった彼に「なにかできることは無いか」と伝言で尋ね、ミレイはそれに対し、「妻の謁見をお認めください」と言ったそうです。

 女王はそれを承諾し、ついにエフィーは女王に謁見することが叶いました。

 ミレイの死後、エフィーも1年ほどして亡くなったそうです。(ウィキペディア記事より)


 ラファエル前派は画家とモデルたちの間で複雑な愛憎劇が繰り広げられたことでも知られますが、個人的にはミレイとエフィーの話は、はじまりこそ波乱に満ちたものであったかもしれないけれど、その後については、なにかもっとひっそりと長年積み重ねられた運命の愛のたたずまいがあるような気がします。 

 イギリステート美術館HP内のこの絵に関する解説URLは以下の通りです。
http://www.tate.org.uk/art/artworks/millais-the-order-of-release-1746-n01657/text-summary

 次回記事では、この展覧会で観られる、ミレイ以外の画家のおススメ作品についてもう少し書かせていただこうと思います。

 読んでくださってありがとうございました。

 参考資料
・「ラファエル前派展」朝日新聞社
・ウィキペディア「エヴァレット・ミレイ」
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%A8%E3%83%B4%E3%82%A1%E3%83%AC%E3%83%83%E3%83%88%E3%83%BB%E3%83%9F%E3%83%AC%E3%83%BC
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2014年03月23日

ラファエル前派展おススメ絵画 ミレイ作「両親の家のキリスト」

本日は現在開催中の「ラファエル前派展」で展示中のおススメ絵画について少しご紹介させていただきます。
 この展覧会に関する当ブログ過去記事はコチラ。
 1,ラファエル前派展
 2,「オフィーリア」ミレイ作
 3,ミレイの「オフィーリア」と夏目漱石の『草枕』
 4,エリザベス・シダル(オフィーリアのモデル)
 5,「ラファエル前派展」混雑状況と展示の工夫

  ジョン・エヴァレット・ミレイ作「両親の家のキリスト」(ウィキペディアより。←大きい画像をご覧になりたい方はこちらをクリックしてください。)

両親の家のキリスト.jpg

 「オフィーリア」(こちらも展示中)で漱石をも魅了した画家ミレイ。

 ラファエル前派一と言っても良い技量(物が本当にそこに在るように描くという点ではこの人が一番だと思います)の持ち主で、美女を描いても知的ではかなげで絶品ですが(「マリアナ」というシェークスピア作品を題材にした絵も素晴らしかったです。物憂げに腰を伸ばして立ち上がる女性の額のなめらかな光沢と、ドレスの青のあざやかさが生で観ると本当に凄い!)、ほかのジャンルの作品を描いても一流なんだなというのがこの宗教画でよくわかりました。

 少年のキリストが父ヨセフの大工仕事を手伝っている際に、手を釘で傷つけてしまい、心配する母マリアに口づけをしている場面。

 傷口を洗う水を持ってきている少年はイエスのいとこヨハネです。

 イエスの、十字架に打ち付けられて処刑されるという死、ヨハネの後に洗礼者としてイエスに洗礼を施すという運命がそれぞれ暗示されている場面です。

 マリアの表情がただの怪我を見る以上に悲しく苦しそうなのは、その傷に、いずれ訪れる我が子の最期を感じ取ったからなのでしょうか。
 
 ミレイらしい卓越した質感描写(この人の絵、何を見てもとくに肌の光沢が美しいです。)と、どこか寂しげながら優しい感情表現が見られる作品です。

 ところで、この場面の奥で、羊たちが、塀のところにつめかけて様子を見ています。

「キリスト(羊飼い)に導かれる世の人間(迷える羊)」の寓意なのかもしれませんが、あるいは羊そのものとしてイエスを慕っているのかもしれません。

(漫画「聖☆おにいさん」の中で動物たちがイエスとブッダに尽くそうと必死なように……)

 
聖(セイント)☆おにいさん 1

 羊たちがみっちり顔を寄せて、いかにも異口同音に「メー」「メー」とか言ってそうな感じで鼻先を突き出したり、顎を塀にのっけたりしています。(展覧会図録解説によると肉屋から羊の頭部を貰ってきて描いたそうですが……そんな様子はおくびにも出さず〈←シャレか?〉暢気そうな穏やかな顔をしています。)

 これと、それからよく見ると背後中央のハシゴに留まっている鳩が「つむ」と押すと指が沈みそうなふっくら丸い感じで首をすくめて様子を見ているのがカワイイ。

 図録によれば梯子は磔刑(刑死者の遺骸を降ろす時に用いる)を暗示しているそうですし、鳩はおそらく父神の聖霊の寓意なのでしょうが。

 でも人を描いても美しく優しげなミレイが動物を描くと、寓意を超えて普通に可愛らしいのです。

 この絵画に関するテート・ギャラリーの解説(英文)URLは以下の通りです。
 http://www.tate.org.uk/art/artworks/millais-christ-in-the-house-of-his-parents-the-carpenters-shop-n03584/text-summary

次回の記事では同じくラファエル前派展に展示中で、人も動物も魅力的なミレイの絵画「釈放令」と、この絵にまつわる逸話を少しご紹介させていただきます。

読んでくださってありがとうございました。

 参考資料
 「ラファエル前派展」朝日新聞社
 
posted by Palum at 00:08| 美術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月22日

「ラファエル前派展」混雑状況と展示の工夫

 六本木の森アーツギャラリーで、「ラファエル前派展」が開催されています。
 19世紀イギリスで生まれた、「ラファエル前派」の芸術家たちは、丹念な自然描写と奔放で幻想的な画面表現で、ラファエル以降に形作られた美術の概念を打ち破ろうとしました。

 彼らの作品の典型として最も名高いのは、美しく謎めいた女性たちの、主に詩や伝説を題材としたロマンチックな絵画です。

 当ブログでも、過去記事でこのラファエル前派屈指の女神(ミューズ)とも呼ぶべき女性、エリザベス・シダルを描いた傑作絵画「オフィーリア」および「ベアタ・ベアトリクス」(どちらもこの展覧会で観ることができます。)と彼女の生涯についてご紹介させていただきました。

 今回は実際に会場に行ってみての印象と、その他のおススメ絵画について少し補足させていただきたいと思います。

 @混雑状況
 公式HPには、比較的余裕を持って鑑賞可能というようなことが書いてありましたが、いえ……結構混んでます。

 10時台に入場したのですが、既に第一室「歴史」の絵のまわりは結構ぎうぎうでした。後ろの方は程よい感じでしたが。

(入口部にはアーサー・ヒューズの「4月の恋」という少女の絵が一枚のみ。背景がガラスで描いたように透明な光沢のあるこちらも綺麗な絵でした。)

 というのも、ここに先ほどご紹介した、ラファエル前派展の至宝「オフィーリア」があるからです。

 ・ラファエル前派の中で最も高い技術を誇るミレイの最高傑作
・モデルはラファエル前派絵画のスターにしてロセッティの妻、エリザベス・シダル
・「ハムレット」のオフィーリアの死の場面(当ブログ関連記事はコチラ
・夏目漱石も「草枕」でその美を絶賛(当ブログ関連記事はコチラ
・というか普通に「花に囲まれ、透き通った水を流れていく美しい女の人と緑の水辺」というとても不思議な綺麗な絵

……という数々の理由で人目を集めるので、ここでどうしても人が溜まってしまうのです。
そもそも、ラファエル前派の絵は、たいてい非常に描写が緻密で、なにか物語の一場面であったりするため、絵の中にそれを示す小道具がたくさん書いてあったり、傍の解説文も内容が濃かったりで、一枚一枚観るのに時間がかかります。

 なかには双眼鏡やモノキュラーなるスコープで細部を鑑賞していらっしゃる方もいらっしゃいました。この展覧会の場合、確実に役に立ったことでしょう。

 しかし、こういうときあまり最初から律儀に観ると疲れてしまうタイプなので、「オフィーリア」に後ろ髪をひかれつつ、まずはこの部屋を通過してしまうことにしました。(後で戻る戦法。これでなんとかまんべんなく堪能できました。)

 A展示の工夫

 この後は「宗教絵画」「風景画」「近代絵画」「詩的な絵画」「美」「象徴主義」とテーマごとに区切られて展示されていたのですが、この展覧会で見せ方として特に面白いと思ったのが、この「美」の前の一部屋でした。

 通路部のところに、画家たちの肖像画や略歴があり、非常に入り組んでいた画家とモデルの人間関係がきちんと説明されていたのです。

 なかでも、ラファエル前派をある意味象徴するとも言える、ロセッティ、妻シダル、ジェイン(ロセッティの友人モリスの妻)、モリスの四角関係と、ロセッティとの冷え切った夫婦関係に悩んだシダルの死について、通りすがりに大きな人間関係相関図でしっかり学んだ後に、「美」の間に進んで、ロセッティがシダル、ジェインそれぞれを描いた傑作「ベアタ・ベアトリクス」と「プロセルピナ」が並んでいるのを見るという作りになっていたのです。

「ベアタ・ベアトリクス」
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「プロセルピナ」
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 一枚の絵それだけでも非常に美しい、時代を作った傑作なのですが、夜明けの光にとどめるすべもなく消えてゆく金色の靄のような「ベアタ・ベアトリクス」と、謎を秘めた強い瞳に血と薔薇を含んだような唇で、見る者の瞳に食い込むような存在感を放つ「プロセルピナ」、二枚並ぶとそこに描かれた女性と絵画そのものの美のコントラストに圧倒されます。

 そして、この2枚の絵の陰に秘められたドラマも。

 こういう、「いきさつを知ってから見る」ように組まれた順路や絵の配置というのは、大美術館の常設展示ではなかなかできないことなので、今後日本で展覧会が開かれる際には踏襲されてゆく展示テクニックとなるような気がしました。

 この展覧会、この有名な美女たちの絵画以外にも「ラファエル前派の人って何でも描けたんだなあ」と思わされる、風景画、宗教画、小品等の名作揃いでしたので、とてもおススメです。

 最後に、とりあえず、上記の絵以外に特にこりゃスゲーと思った作品を一つ。

 バーン・ジョーンズの「愛に導かれる巡礼」
 ラファエル前派展HPの画像はコチラ http://prb2014.jp/archives/artworks/artworks_14/
 ラファエル前派後期の画家バーン・ジョーンズが20年もの間格闘し続けたという大作(約150cm×300p)で、「薔薇物語」という寓意詩の一場面を描いた作品です。
 夢の中である「薔薇」に恋をした詩人が、薔薇を追い求めるという内容で、絵の中では若い詩人が翼を持ち、薔薇の冠を被った「愛」に手を引かれて、いばらの道を進んでいます。
 色が暗いので、チラシなどではあまり良さがわからなかったのですが、実際に見ると「大きくてとてもきれいだ」とすごく素直に感動しました。
 バーン・ジョーンズの持ち味である、非常に丁寧で静かで神秘的な世界。ひんやりとした霧を醸すような画面。
 等身大の人間が描かれていると巻き込まれるようで圧倒されます。
 また中性的な華やかな顔立ちの「愛」の美しさは一目見てすぐわかりますが、大きなフードの陰になってほとんど見えない「巡礼(詩人)」もひたむきで透明感のある目をした青年でした。ギャレス・マローンさんとかセント・オブ・ウーマンのチャーリーをまじめそうで賢そうできれえな青年だなあと思う人は感動すると思います。

 展覧会の結びを飾っているのでご注目ください。

 会期があとわずかとなってしまいましたが、今後もこのブログで展覧会の名画を少しご紹介させていただきたいと思います

 読んでくださってありがとうございました。

 参考文献「ラファエル前派展」朝日新聞社
posted by Palum at 15:23| 美術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年02月09日

エリザベス・シダル(「ラファエル前派展」「オフィーリア」と「ベアタ・ベアトリクス」について)

先日、現在開催中の「ラファエル前派展」で来日中の絵画「オフィーリア」についてご紹介させていただきました。
公式HPはコチラ

今回はこの絵のモデルとなったエリザベス・シダルと、彼女を描いたもうひとつの傑作で、同展覧会展示中の「ベアタ・ベアトリクス」(ロセッティ作)の逸話について簡単にご紹介させていただきます。
 エリザベス・シダル(ウィキペディアより)

477px-Siddal-photo.jpg

 エリザベス・シダルはラファエル前派の女神(ミューズ)の一人で、数々の絵のモデルになりました。

 ラファエル前派の絵を観るたびに、「こんな女性がこの世にいるものだろうか」と思うものですが、写真を見るに確かにシダルは美しく、しかもどこか現実離れしたはかなげなたたずまいの女性です。

 豊かな髪に細い顎、端正な顔立ちにもの憂げな目、後に彼女を妻にしたガブリエル・ロセッティの弟ウィリアム・ロセッティ(詩人)は彼女のことを「甘さと威厳のはざまの気配をまとうこの世で最も美しい生物」と形容しています。

 写真ではわかりませんが、義弟ウィリアムの形容いわく、背が高く、銅色がかった金髪に緑とも青ともつかない瞳だったとも語られています。

 シダルは帽子屋の店員をしていたときにその美を見出され、ラファエル前派の画家たちのモデルを勤めるようになりました。

オフィーリア.jpg
 そしてあのミレイの傑作、「オフィーリア」に描かれることとなるのですが、この絵についてはこんな逸話が残されています。

 このときシダルは浴槽に浮く形でポーズをとり、ミレイは彼女が寒くないようにと浴槽をランプで温めながら描いていたのですが、いつのまにかランプの灯が消えてしまい、水温はまたたくまに下がっていきました。

 しかし、あまりにも集中して絵を描いていたミレイを気遣ってそのことを言い出せなかったシダルが我慢してポーズをとりつづけた結果、肺炎寸前の酷い風邪をひいてしまい、シダルの父は怒ってミレイに治療費を請求したそうです。

 漱石をも感動させたオフィーリアの美の陰に、こんなリアルな苦労と後日談があったのですね。

 この話を聞く限り、はかなげな風情のわりに根性のある女性だと思うのですが、しかし、この生真面目さが後にあだとなってしまいます。

 シダルは同じくラファエル前派の代表的な画家、ロセッティと恋愛関係になり、やがて婚約しますが、ロセッティにはもう一人、ジェイン・バーデン(モリス)という想い人ができてしまいます。

 このジェインを描いたロセッティの代表作「プロセルピナ」もこの展覧会で観ることができます(というか展覧会ポスターでメインはっています)。複雑な……。しかし確かにこの人も美しいです。唇が真紅の薔薇の花びらのようで、夢見る瞳のシダルと異なり、もっと射るような強い瞳をしています。

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 一度はシダルを選ぶことを決意したロセッティですが、ジェインが友人であるウィリアム・モリスの妻となった後も、彼女を想い続け、さらに、この複雑な関係に悩んだ挙句か、同じくモデルを勤めていたファニー・コンフォースという女性とも恋仲になってしまいます(ファニーの存在をシダルが知っていたかどうかは明らかになっていないそうです。)

 こうした夫との関係や、子供を死産したことを苦にしたシダルは、思いつめるあまり次第に健康を害し、意図的になのか事故なのか、アヘンチンキ(当時は鎮痛剤として容易に手に入れることができた)を大量にあおって32歳の若さで死んでしまいます。

 当時自殺者は教会に埋葬されないしきたりでしたので、シダルの死は事故ということにされ、自責の念に駆られたロセッティは、弔いのために自分の詩の原稿を彼女の棺に納めました。

 そしてシダルの死後、8年の月日をかけてロセッティが描いたのが「ベアタ・ベアトリクス」です。

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 「神曲」の作者ダンテ(ロセッティと同じ名)の永遠の想い人ベアトリーチェが死を迎える場面を象徴的に描いた作品で、透明な神々しさの中に恍惚をただよわせた美しい女性はロセッティの記憶の中のシダル。

 苦悩にやつれ、孤独の淵に沈み、天国に行くことができるか不安に思いながら死んだであろうシダルを、金色の光に包んで静かに召されていく姿で描くこと、また描く自分で居続けること。

 それによって妻の魂の平安と、自分の罪の赦しを得たかったのかもしれません。

 それほど大きな絵ではないのですが、内側から光と影が同時に放射されているようで、ベアトリーチェ(シダル)のなにか祈りをささやくような唇と閉ざされたまぶたのやわらかな曲線の美が心に焼き付きます。

 「オフィーリア」がイギリスの自然と幻想の美を端正な調和のもとに描いた作品だとすれば、これは、まだ神が側にいた時代のイコン(聖画)の素朴な金色と、底知れぬ不吉を溶き混ぜて描いたような混沌の美をもつ作品です。

 亡きシダルの絵を描きながら、一度は画家としての成功を手にしたロセッティでしたが、やがて酒や薬物に溺れ、自身の視力に不安を覚えるようになり、詩人として生きていく道を模索するようになります。

 そして、そのとき彼の脳裏に恐ろしい考えがよぎります。
 シダルの棺におさめたあの草稿。
 あれがあれば……。

 精神的に追い詰められたロセッティはとうとう妻の墓を暴いてしまいます。

 実際に棺を開けた人物の話によれば、棺の中のシダルは(おそらくはアヘンのために)おどろくほど生前の美しさをたもっており、あの豊かな銅色がかった髪が死後も伸び続けたかのように棺を満たしていたそうです。
 
 しかし、そうまでして発表したロセッティの詩集は良い評価を得ることができませんでした。

 そして、妻の死に加え、棺を暴いたことに対する罪悪感も増し加わってしまったロセッティは、ますます酒と薬物が手放せなくなり、53歳で朽ち果てるように世を去りました。

 この上なく美しい、幻想や浪漫に彩られたラファエル前派の作品たち。

 しかし、そこに描かれた美しい女性たちと、彼女らを描いて新しい美を世に放とうとした芸術家たちの間には、甘やかな夢にたゆたうわけにはいかない、苦しく激しい愛憎がありました。

 ラファエル前派の傑作群には、その画面に、確かに観る者をただ美に耽溺させる以外の迫力があります。

 最上の美を描き出そうとする画家の緻密な筆致と執念(そしてそれに応えるモデルの存在)、しかし、永遠の美を夢見ながら、ついに死や悔恨や苦悩から逃れることのできない人々の憐れ。

 それが華やかな美を誇る絵の奥底でゆらぎや陰影を成し、今この時代になっても、同じように現実を超越した美に憧れながら、苦悩や悲哀の鎖につながれた人々の心を奪うのかもしれません。

 読んでくださってありがとうございました。

主要資料
ウィキペディア「エリザベス・シダル」(英語版のみ)「ガブリエル・ロセッティ」(日本語版)(英語版

当ブログラファエル前派展に関係する過去記事はコチラです。よろしければ併せてお読みください。
「オフィーリア」(ミレイ作)
ミレイの「オフィーリア」と夏目漱石の『草枕』
posted by Palum at 17:51| 美術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年02月05日

「オフィーリア」(ミレイ作)(「ラファエル前派展」より)

 今回は、先日ご紹介させていただいた「ラファエル前派展」の目玉作品ジョン・エヴァレット・ミレイ作「オフィーリア」について書かせていただきます。

(ウィキペディアより)

オフィーリア.jpg

(拡大画像をご覧になりたい方はコチラ

「オフィーリア」とはシェイクスピアの戯曲「ハムレット」の中に登場するハムレットの婚約者の名前です。

 叔父が父を殺して王位についたということを知らされたハムレットの数奇な復讐劇の中で、愛するハムレットが自分を突き放し、父を殺したという衝撃に耐えられなかった彼女は、精神を病み、自殺とも知れない形で川に落ちて命を落とすという悲劇的な死を迎えます。

 さまよいながら花を摘み、水に落ちた後は、歌いたゆたい、やがて人魚のように沈んでいったという彼女の姿は、その情景と語りの不幸な美しさから様々な芸術家の創作意欲を刺激し、絵画の世界でも数々の名作が生まれました。

ドラクロア作「オフィーリア」(ウィキペディアより)

ポール・アルベール・ステック作「オフィーリア」(ウィキペディアより)

 その中でももっとも有名なのがこのミレイのオフィーリアです。

 イギリス独特の、奥底は渦巻きながら、流れの筋や飛沫のうかがい知れない、水面と緑の岸との境目の曖昧な川に、虚ろな、あるいは夢見る瞳の美しい娘が、水草とからまりあうような長い髪を広げ、色の失せた唇に歌をたたえ、とりどりの花々に彩られ、命の終わりへとゆるやかに押し流されています。

 個人的には同時代の画家ウォーターハウス作「シャーロットの女(※1)」と双璧を成す、ヴィクトリア朝時代の最も美しい絵だと思います。(ウィキペディアより)

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(拡大画像がご覧になりたい方はコチラ


(この作品が展覧会に入っているかどうかは不明です。ウォーターハウスはラファエル前派ではないという位置づけもあるそうなので残念ですが来てないかも。)

(※1)塔から出ては生きられない運命のままはたを織るシャーロット姫が、ある日、魔法の鏡に映った騎士ランスロットに心を奪われ、彼に会うために小舟に乗って川を下る途中で命を落とすという物語(テニスン作の詩)を描いた作品。

 死を間近に、悲しい恋にうかされ、歌を口ずさんで水に流れてゆく乙女というモチーフも、緻密な描写力も、イギリスの湿気をふくんだ自然が小さな草花に至るまで描かれている点もよく似ています。

この「オフィーリア」の幻想的で寂しげながら、完璧な端正によって構築された美は、似通う個性を持つ漱石の心をとらえ、漱石の名作のひとつ「草枕」の中で大きく取り上げられます。

 次回は、「草枕」の中での「オフィーリア」の描かれ方をご紹介したいと思います。

 公式HP内の「オフィーリア」の解説はコチラです。

(補足)ウォーターハウスについては過去記事でも少々書かせていただいたのでよろしければ御参照ください。(過去記事はコチラ

読んでくださってありがとうございました。
posted by Palum at 19:26| 美術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年02月04日

「ラファエル前派展」1

本日は取り急ぎご連絡まで。

ただいま(2014年1月25日〜4月6日まで)、東京六本木の森アーツセンターギャラリーで「ラファエル前派展」が開催中です。

公式HPはコチラ

ラファエル前派とはヴィクトリア朝時代のイギリスで開花した芸術の一グループの名前で、ルネサンスの画家 ラファエロより前の時代にあった、中世や初期ルネサンス美術にみられる題材、描法をとりいれているのが特色……とのことです。
 
 しかし、とりあえず素人の目から見ると異様に美しく緻密で、色彩とロマンに溢れる画風といったところでしょうか。

ファンタジー漫画を実写にしたみたいな感じの非日常的ながら描写は非常にリアルな作品が見られ、日本人にはとてもとっつきやすい感じです。

ひらたく言ってこんなに上手で(既にさまざまな技法が出来上がった後の時代の産物だから)こんなに丁寧でこんなに耽美華麗な絵は、なかなか見られるものではありません。

 個人的には「 『ポーの一族』時代の萩尾さんの作品が実写になったみたい。いや、やっぱり絵だけど(どっちだ)」といつも思います。


ポーの一族   1

で、この展覧会、イギリスのテートギャラリーから作品が出張してきているのですが、「今テートに行ったラファエル前派ファンの人は怒るのでは(あれもこれも出払っちゃって)」というくらい惜しげもなく、時代を代表する名作を派遣してくれています。

よろしければ、足を運ばれてみてはいかがでしょうか。

次回は、この展覧会にくるなかでも、ラファエル前派の最高傑作のひとつであり、そして、日本人からすると文豪夏目漱石にインスピレーションを与えたということでも知られる名作ジョン・エヴァレット・ミレイ作「オフィーリア」について補足情報をご紹介させていただきます。

読んでくださってありがとうございました。
posted by Palum at 23:38| 美術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月18日

ターナー「金枝」とターナー作品ご紹介(夏目漱石の美術世界展2)

Aターナー「金枝」
 ローマの詩「アエイネス」の一場面と実在のイタリアの風景を混在させた作品。だそうです。(図録受け売り)
湖のほとりに踊る白い肌の女神たち、背高く佇み、細い枝の上方にだけ緑を真横に広げた松、幻想的な風景がけむるような靄と光の中に広がっています。
 この絵の画家、ウィリアム・ターナーは、柔らかい光と潤った空気の漂う独特な画風が有名で、後にその奔放な色彩表現がモネなどフランスの印象派に影響を与えたとも言われています。

漱石作品と絵のかかわりの中で最も有名なのが、「坊っちゃん」に登場する「ターナー島」でしょう。
「坊っちゃん」は東京生まれの若者が、四国松山に中学校の教師として赴任して過ごした日々を描いた作品です。
その中に、行きたくもないのに教頭の「赤シャツ」と美術教師の「野だ」といういけすかない先輩たちに釣りに誘われた「坊っちゃん」が、船の上でこんなやり取りを耳にするという場面があります。(以下仮名遣いを直してご紹介)
(赤シャツ)あの(島の)松を見給え、幹が真っ直ぐで、上が傘のように開いてターナーの絵にありそうだね。
(野だ)全くターナーですね。あの曲がり具合ったらありませんね。ターナーそっくりですよ。(中略)どうです教頭、これからあの島をターナー島と名付けようじゃありませんか。
(赤シャツ)そいつは面白い。我々はこれからそう言おう。
 このやり取りを読んだだけでも、実にいけ好かない、くだらない、かたや威張り、かたや媚びる、本当は仲が良くない人々であろうことがよく伝わってきますが。加えて人として卑劣なので、このときは「(ターナー島などと勝手に名づける)その『我々』に俺も入っているなら迷惑だ」と、ただヒヤヤカに聞き流していた坊っちゃんにその後ボコボコにされることとなります。
私は子供の時に「坊っちゃん」を読み(いや、学校で読まされ)、このときはじめてターナーの名を知りました。
子供心にもどうも感じの良くないおじさんたちだと思ったので、どうせこんな人たちが好きなら、そのターナーとやらの絵もどうということはないのだろうと思っていましたが、実はターナーに罪は無く、きれいだったので、あれと思った記憶があります。松もすっきりと優しげなたたずまいで、濁った性根の人々の目にも焼付くだけのことはあります(酷い言いぐさ)。
 ところで、ターナーと言えば、「画面全体ボワンボワンしてどこに何があるのか、どこまで地面でどっから空だかすらわかりゃしない、そもそもこれで出来上がりなのと言ってしまえばそんな感じの作品」が多いのですが(今回展示されている「金枝」はそうでもないです。ですがこんなのが有名。)、実は様々な画風を駆使することができる人で、あるときは重厚な作品、あるときは緻密で端正な作品といった感じで実に多彩です。
中でも唯一無二の個性として花開いたのが、その眩しく柔らかい幻想的な作品だったけれど、別にそのほかの作風も手掛けられるだけの技量を持っていた方だったようです。
 また、多彩なだけでなく、地道な観察者でもあり、どこまで本当かわかりませんが、ウィキペディア記事いわく、船のマストに自分を括り付けて荒れ狂う波を観察したなんて逸話があるそうです。
 それであの行き着いた先があのボワボワなのかとか素人は考えたくなりますが、言われてみればあのボワボワの中には「昔、こんな景色を見たことがある気がする。そして、とてもきれいだと目を細めたような……」という手ごたえがあります。本当は、こんな不思議なものをこの眼球が目にしたことは、生涯一度も無いはずなのですが。
あの霧と光を噴き付けただけのような絵の中にそうした具体的な印象を込めようとしたら、まず一度必死で現物を見ないといけないのかもしれません。(ピカソも本当は物凄くリアルに描くことができたそうですし)。
 また、研究熱心な人でもあり、チラ見しただけで私の脳は理解を断念するというくらいにややこしい図式のようなものを書き連ねたものの残されています。
こうした彼の圧倒的な技量と努力が、正確で清楚という点では既に数多くの名作が生まれていた風景画の世界を、より鮮烈で奥行きあるものとし、絵画表現の新しい領域を切り開いたとすら言えるのではないでしょうか。
 つい最近まで個人的には「イギリスの中では有名な人」としか思っていなかったのですが、「ビフォアターナー」「アフターターナー」と形容してもいいくらいに、全世界規模で、絵画芸術に大きな変革を起こした人ではという気がしてきました。
 
まあ、そんな大仰な話はともかく、彼の作品のいくつかは、なんかちょっと見てると泣けてくる感じです
(彼の代表作のひとつ「Norham Castle, Sunrise」イギリス、テートギャラリーの記事はコチラ)
その眩しさと揺らぎが、胸の奥底まで染み渡り、遠い昔の思い出や夢をそっと撫でていくような。
 完全なる素人考えですが、「現実にあるものの造形を緻密に描くより、それを見ている人間の印象を再現するような風景画」という点は共通していても、モネピサロスーラといった人たちの風景画は「人間の眼が現実の色彩をどう認識するか」ということを追及し、ターナーの絵はそれよりも「人間の心が現実の風景の何を覚え、何を美しいと感じるか」というところに重点を置いて描いたものが多い気がします。
 上記の画家たちの絵が「眼が見た風景」で、ターナーの絵が「心が覚えた、あるいは夢見た風景」と言ったところでしょうか。勿論どちらにも互いの要素が含まれているわけですが。(フランス印象派の中でも、ルノアールは人の記憶や心理の感触を風景に取り入れた画家だと思います。)
 それにしても、ターナーってこんなに斬新で巧くてあからさまにきれえなのに、それこそ「『坊っちゃん』で感じの悪い人々が感じ悪く喋っているセリフに出てくる人」という以外には日本での知名度がさほどでもない(モネ・ゴッホ・ダヴィンチ的にカレンダーとかで勝手に目に入るみたいな感じではない)のは、生きているうちに名声を得て、イギリスのお金持ちが買って国外に出さなかったからとかかな……。
とか、描いていたら、日本で10月に「ターナー展」が大々的に開催されるという情報を入手いたしました。
 HPを見る限り、美しく、また彼の才能の幅がうかがえる多彩な作品が数多く来日するようなので、ぜひお出かけになってみてください。(個人的にはこのきれいな虹の絵を観るのが楽しみです)

次回記事では漱石作品自体に目を移し、「吾輩は猫である」「坊ちゃん」のご紹介をさせていただこうと思います。よろしければご覧ください。
posted by Palum at 07:01| 美術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月09日

朝倉文夫「つるされた猫」(「夏目漱石の美術世界展」【上野の東京芸術大学美術館】展示作品)

「夏目漱石の美術世界展」(上野の東京芸術大学美術館・5月14日〜7月7日)に行ってきましたので、今回から何度かに分けて、展示作品の中で個人的におすすめのものと、漱石作品のご紹介を少し書かせていただきます。この展覧会について以前ご紹介させていただいた記事はコチラです。

「つるされた猫」(1909年〈明治42年〉)ブロンズ
 垂直に伸びたほぼ実物大の手から、首根っこをつかまれた猫がぶらさがっているというユーモラスな作品です。画像はコチラ(東京芸術大学大学美術館収蔵品ページ)。
 まだあどけない感じの細身の猫は、目をきゅうっと細めて少し口を開き、「にゃあ……」とか言ってそうな感じ。
 なにか悪さをしたところでつかまったのでしょうか。手の主の仕事の邪魔でもしたのでしょうか。猫は嬉しそうではありませんが、手は腕のしなりも曲げられた指の先のしぐさもどことなくゆったりとして、「こらっ!」ではなく、「これこれ」とでも苦笑いしていそうな感じが伝わってきます。
 猫の顔も全身も、観念はしているようですがふにゃーんとして緊張感はありません。
 初めて存在を知った時、昔の彫刻でもこんなに可愛くて面白いものがあるのかと意外に思った作品でした。
 この作品と漱石の直接の関係は定かではありませんが(それなのに展示したという遊びゴゴロがステキですね。)、漱石好きなら必ず「吾輩は猫である」を思い出すことでしょう。
 もっとも「吾輩は……」の猫は家人にとって「追い出しても×2入ってくるから置いている」だけの存在なので(というわけで名前が無いから「吾輩は猫である」と名乗っている)、手の主のほうが、つるしていてすらこの猫を可愛がっていそうですが。
 文字通り猫っ可愛がりはしていないけど、人も猫も、遠慮も緊張感も無いという風情が似ているのかもしれません。
 補足ですが、朝倉文夫のもう一つの代表作に「墓守」があります。(これは展示されていません。好きなので脱線させてください。)
 長いひげに広い額の年配男性が、手を後ろに組み、うつむいて静かにほほ笑んでいるという作品です。
 画像はコチラです。(文化遺産オンラインより。※拡大してみてください。実に味わいがあって素敵です。)
 モデルは実在の墓守の方で、日本人だそうですが、なぜかその背中に、どこか北の異国の秋と、まだ日のぬくもりをのこした黄昏のような気配を漂わせています。
 まあ、秋冬に見えるのは、この男性の服装がそうだからと言えばそれまでなのですが、後ろに何も彫られていないのに、どうしても真昼間に見えないのは、考えてみれば不思議な話です。
 「つるされた猫」もそうですが、「墓守」も、見ていると、彫ってある作品の後ろになんとなくなにかを思い浮かべたくなります。彫られたものの確かな線が、空間に背景を創り、温かみのある質感が、流れる時を醸すとでもいうのでしょうか……。
 なんでも、この墓守の方が、将棋をしている人たちの傍に立ち、対局を眺めていた一瞬をとらえた作品だそうですが、見る者に黄昏を思わせ、やがて、胸中に寂しさと安らぎが同時に湧き上がってくるような不思議な魅力があります。

 次回は「坊ちゃん」に登場するイギリスの画家ターナーについてご紹介させていただきます。
posted by Palum at 20:43| 美術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2013年06月01日

「夏目漱石の美術世界展」(東京芸術大学美術館)と「絵で読み解く漱石」(新日曜美術館)のお知らせ

取り急ぎご連絡まで。
5月14日〜7月7日まで、上野の東京芸術大学美術館で「夏目漱石の美術世界展」が開催されています。
(展覧会公式HPはコチラです。)
 文豪夏目漱石、彼の作品の優れた点を挙げると日が暮れるほどに見事な作家です。
緻密な構成力、鋭敏な観察力、冷静な知性、繊細な美意識、軽妙なユーモア、そして、たぐいまれなる誠実……芸術が人を感動させる全ての要素を兼ね備えているという点では、古今東西最強の作家と思っております。無いものが何も無い。
今回の展覧会では、この稀代の作家の、「文字で綴られた映像美」とでも呼ぶべき魅力に注目し、彼の作品に影響を与えたであろうイギリス・日本両国の名画や、漱石作品の美しい装丁、漱石本人の書いた絵や書、同時代の芸術家の作品を目にすることができます。(彼の作品に登場する絵を現代作家さんが再現した新作という面白い試みも観られます。)
で、明日(6月2日【日】午前9時〜10時まで)NHKの「新日曜美術館」でこの上野の展覧会にちなんで「絵で読み解く漱石」という特集があります。(番組ページはコチラです。)
番組で紹介されるであろう中に、イギリスの画家ウォーターハウスの人魚の絵があり、漱石を抜きにしても映像として非常に美しいので是非ご覧になってみてください。(代表作『三四郎』にこの絵が登場しているのだそうです。)
個人的にウォーターハウスが好きだったので、以前記事にさせていただいたことがあります。そのとき、彼の描く女の人や場面は漱石作品に似ているなあと思っていたのですが(質感はすごくあるのにとても神秘的なんですよ、そこに独特のはりつめた美がある。)、ずばり漱石のお気に入りだったのですね。やった、当たった。(て、言うのか?)。
よろしければ過去記事も併せてお読みいただけると嬉しいです。(過去記事はコチラです。)
近々、漱石作品についても記事をアップさせていただきますので、よろしければまた見にいらしてください。
(もういくつかは書いてあります。ほめる要素がありすぎて終わらないだけです【なんか読み物としてウザそげだな……。】)
posted by Palum at 06:06| 美術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年06月07日

ルーシー・リー展


(はじめに)

 以前、「テート・セントアイヴス」という記事の中で、少しご紹介したルーシー・リー(陶芸家。第二次大戦直前からイギリスで活動)の展覧会、東京は6月21日(2010年)までとなりました。
(以後各地を巡回します。展覧会概要はコチラ

 彼女の作品はとても魅力的なので、改めてご紹介させていただきます。
 
 ルーシー・リー展の公式HPはコチラ



(ルーシー・リーの作品)

 どことなく朝鮮李朝の器を思わせる、白や薄い緑のシンプルな作品。

 赤、青、黄、緑、ピンクなど、とりどりに豊かな色彩と、焦げ茶やくすんだ金色のしっとりと調和した作品。

 太古の時代のうつわのような、素朴な線や模様のついた、茶色、白などの作品。


 実にさまざまな作品があるのですが、共通しているのは、そのかたちの落ちついたたたずまい。

 ぱっと見、簡素なので、こと色彩が地味なものについては、どこででも手に入りそうかな、と思うのですが、一度、そのフォルムや厚み、肌合いをじっくりと目でなぞると、こちらの心も次第に穏やかに、軽やかになっていく。そういう作品たちです。


 ルーシー・リー展のHPはかなり綿密に彼女の作品を紹介しているので、ぜひご覧ください。(「円熟期」の作品紹介HPはコチラ

 画面越しにも、その華奢さや、ほんのりとよぎる艶、それでいて凛とした気品に魅了されます。

(彼女の作品には、あらゆる賛辞が贈られますが「凛とした」というのは、とくに誰もが思う形容みたいです。)


 以前、セントアイヴス(イギリス南部の町)のテート・ギャラリーで彼女の作品を観たことがあります。
(常設展じゃなかったらしいと気づきました。ラッキーだったなあ……)。


 いわゆるルーシー作品の特徴のひとつでもある「掻き落とし(※1)」だったのか、器の表面に、細い線が放射線状に走ったものの前にきたときのことでした。
 
 少し首をかしげて、観る角度を変えた私の動きに合わせ、照明の下で、その無数の線が、さあっと、光の中の雨のように輝いたのです。

 線の中に走る、柔らかな、ためらいのない力。

 あれ以来、写真を通してでも、彼女の作品を観たとき、わたしは、その、すっきりと細やかに引かれた線に、明るい雨を、器の薄くまろやかなフォルムに、通り過ぎる風を感じるようになりました。

 
 この、自然の息吹に似た気配は、そのまま、確かな技術に裏打ちされた、製作時のルーシー・リーの、もの静かな集中力を思わせます。

 かつてNHK「新日曜美術館『陶器のボタンの贈り物 三宅一生と陶芸家ルーシー・リー』」で紹介されていた、ルーシー・リーの製作風景。

 小柄でチャーミングな銀髪の彼女が、ろくろをまわし、まるで何かと語らっているように、かすかにうなずくようなしぐさをしながら成型し、小さな体が転げ落ちてしまいそうになりながらも、窯に身を乗り出してひとつひとつ作品を取り出していくルーシー。

「窯を開ける時はいつも驚きの連続なのよ(※2)」という陶芸に対する変わらぬ熱意と、みずみずしい感性。

 その穏やかで芯の通った心が、熟練の手を通じて、ひとつ、またひとつとすぐれた器を生み出していったように感じられるのです。


 そんな器をつぶさに(本当に、色、形、線の全てを、じいっと、じいぃっと)見つめていると、「全身是迷いと邪念と鬱屈まみれ」のわたしですら、いつしか雑念が失せて、背筋がすっと伸びる心地がします。
 
 華やかで、燦然と人を魅了する美ではなく、観る者の心を洗い、しなやかな生命力をともす。
 ルーシー・リーの作品にはそんな力があるようです。


(※1)「掻き落とし」……陶器の肌に細い線を引っ掻いて描く技法。
展覧会の「掻き落とし」作品例はコチラ

(※2)ルーシー・リー展公式HP「ルーシー・リーについて」から引用させていただきました。



(補足)ルーシー・リーとデヴィッド・アッテンボロー氏

 「新日曜美術館」で、紹介されていた、ルーシー・リーのうつわ製作風景。

 取材に行かれているのは(NHKの映像ではほんの少ししか観られませんが……)、デヴィッド・アッテンボロー氏です。
 
 
 過去記事「自然番組製作者 デヴィッド・アッテンボロー氏」(さらに続記事はコチラ)に書かせていただきましたが、イギリス人から非常に尊敬されている、素晴らしい御方なんですよ……。

(BBCで彼の特集ページを見つけました。よろしければコチラをクリックなさってください。)


 現在八十代ですが、今も、優れた番組の製作やナレーションでご活躍です。
 
 有能で、知的で、朗らかで、謙虚。ルーシー・リーとは違った意味で「チャーミング」。
 
 基本、お仕事は自然番組にまつわるものなのですが(NHKでは「動物学者」と紹介されています。ちなみにケンブリッジ大卒)、もともと、その他にも多様な番組をお作りになっておいでですし、なによりご本人がルーシー・リー作品のコレクターということで、取材に行かれたようです。


 個人的な思い出話ですが、わたしがイギリス滞在時、最初にきちんと観られたテレビ番組は、このアッテンボロー氏がナレーションなさっているものでした。

 くっきりとして力強く品のある語り口で、初心者にも抜群に聞き取りやすかったですし、なんとなく聞いていると心が落ち着いたから(苦笑)。

 その優れたナレーションと番組群(知人がアッテンボロー氏の番組のファンで、何本かDVDを貸してくれた)、イギリスの人々十人中十二人から伝え聞く

「あの人は本当に素晴らしい人だ」

という噂に、よそながら非常に憧れておりました。


 そうしたら、日本の陶芸に詳しい友人からの、

「イギリスにいるなら、機会があったら、図録ででもルーシー・リーの作品を観るべきだ」

 というメールで、「ダレソレ」と思いつつ、ぽやんと観に行った私の心をしっかり捉えた彼女の作品と、アッテンボロー氏がリンクして、なんとなく嬉しかったです。


 この素晴らしく魅力的な二人が観られる、ルーシー・リーのうつわ製作風景映像が、展覧会で上映されているそうです。

 展覧会に行かれた方は、ぜひルーシー・リーとともに、彼女と対話なさっている男性にもご注目ください。

 イギリスのテレビ界の巨人であり、今も、その知性とお人柄で、人々を魅了し続けている最高の紳士が、彼女と作品への敬愛をこめてお話なさっておいでです。



(さらに補足)

「新日曜美術館」でデザイナーの三宅一生さんが紹介されていた「ルーシー・リーのボタン」(彼のコレクションではないようですが)も展覧会に来ています。

 色も形もとりどりで、とてもきれいで可愛らしいです。ボタンの画像はコチラ

(この「ボタン」にちなんだ記事も、いずれ書かせていただきたいです)

 三宅一生氏が企画・監修、アッテンボロー氏が寄稿されたルーシー・リーの本が発売されています。



ルゥーシー・リィー 現代イギリス陶芸家

ルゥーシー・リィー 現代イギリス陶芸家

  • 作者: ルゥーシー・リィー
  • 出版社/メーカー: 求龍堂
  • 発売日: 2009/02/14
  • メディア: 単行本(ソフトカバー)



posted by Palum at 07:56| 美術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする