2017年02月19日

ミュージカル 「SINGIN' IN THE RAIN 〜雨に唄えば〜」アダム・クーパー特別来日 日本公演 情報



 1950年代の名作映画「雨に唄えば」でもおなじみの傑作ミュージカルが今年の春に東京の東急シアターオーブ(渋谷ヒカリエ11階)に帰ってきます。
[上演期間:2017/4/3(月)〜4/30(日)]


(LION presents「SINGIN' IN THE RAIN〜雨に唄えば〜」2017年4月日本特別公演決定!)

https://www.youtube.com/watch?v=IGPX6EO3A2A

 公式HP情報はコチラ
 ・http://www.singinintherain.jp/(ミュージカル情報) 
 ・http://theatre-orb.com/lineup/17_rain/(劇場情報)

 1920年代、映画がサイレント(無声)からトーキー(有声)へと移り変わるときに映画業界に起きた騒動と、それを解決しようと試行錯誤する映画人たちの奔走、そして彼らの恋や友情を軽やかに描いた作品です。

 見せ場の一つは、恋に落ちた映画スター、ドンが降りしきる雨の中、水しぶきをまき散らしてエレガントかつダイナミックに歌い踊るシーン。


 (2011年イギリスの「ロイヤルバラエティーパフォーマンス」より>)

 https://www.youtube.com/watch?v=-f-CqwYsyQc

 国際的バレエ・ダンサー、アダム・クーパーが2014年来日時に引き続いて主役を務めるこの舞台。
 
 私は2014年版を観に行ったのですが、アダム・クーパー演じるドン、彼が恋に落ちる新人映画女優キャシー、ドンの親友コズモの三人で歌い踊る「Good Morning」の場面では、ダンスが終わって三人が倒れこんだ時、観客の拍手があまりにも長い間鳴りやまず、アダム・クーパーが寝転がったままクスクスと笑いだすという一コマもありました。


(LION presents「SINGIN' IN THE RAIN〜雨に唄えば〜」アダム・クーパー コメントmovie)


https://www.youtube.com/watch?v=c-vDuuvm05U

 

 なお、このアダム・クーパーという方は、イギリスの名作映画(本当に名作!!)「リトル・ダンサー(原題:Billy Elliot)」の心揺さぶるラストシーンにも登場。

リトル・ダンサー [DVD] -
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 彼の姿が映るのはほんの数分なのですが、その鍛え上げられた肉体と仕草がストーリーの盛り上がりと完璧に調和し、「なんという美しい人類だ…」と、何度でも感動させられます。

 (なお、2017年夏には日本版「Billy Elliot」が上演されるそうなので、そちらにご興味がある方も、映画と舞台で彼の名演をご覧になってみてはいかがでしょうか。)

 「SINGIN' IN THE RAIN 〜雨に唄えば〜」関連のテレビ番組情報は以下の通りです。

 
 ◆3月4日(土)午後3時30分から TBSにて放送 
 「天海祐希が嫉妬した12トンの雨が降る!?ミュージカル「雨に唄えば」公開直前SP」

 ◆2月19日(日)午後2時30分から BS-TBSにて放送 大ヒットミュージカル!
「雨に唄えば」の魅力 舞台裏徹底レポート

 ◆TBS「アカデミーナイトG」放送予定 2月21日(火)深夜3時09分から

 読んでくださってありがとうございました。
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2014年08月23日

War horseウォーホース(戦火の馬)日本公演 感想3 結末部(ネタバレ注意)

 いよいよ2014年8月24日千秋楽となってしまいましたが、今回も東京シアターオーブで上演中の舞台「War horse ウォーホース(戦火の馬)」について、今回は最大の見どころを書かせていただきます。
シアターオーブの公式情報はコチラです。


 第一次大戦期、軍馬(ウォーホース)としてイギリスからフランスへと徴用された馬ジョーイと、彼を追って戦場へ向かった少年アルバートを中心に描かれる、戦争に翻弄された人と馬の物語です。



ロンドン公演のものですが、あらすじ等の情報はよろしければ以下過去記事をご参照ください。
ロンドンの舞台「War horse」@ あらすじと見どころご紹介
ロンドンの舞台「War horse」A ある名場面と、その他のおすすめ作品

最大の見どころ=結末部ネタバレなので、今後日本でも他国でも観に行こうと思って居る人は絶っっっ対に!!!お読みにならないでください。勿体ないから。

(「だいじょーぶ、映画観たから終わり方知っている」と思われるかもしれませんが、映画と舞台は相当味が違います。)

 この場面も、原作小説、映画、舞台それぞれ少しずつ描き方が違っていて、私は舞台版が一番好きです。

 






……では、既にご覧になった方のみ以下概要をどうぞ。(おおまかな場面描写なので、あらかじめご了承ください)

【見どころシーンその@】ジョーイが鉄条網に脚をとられる場面

イギリス軍の軍馬としてフランスに渡ったジョーイ、しかし、戦局の中で、彼と相棒の黒馬トプソンはドイツ軍の所有となり、大砲やけが人を運ぶために過酷な労働を強いられる。

その後、イギリス軍戦車からの攻撃を受け、孤立したジョーイは、銃弾飛び交い、ぬかるむ戦地をやみくもに走り、馬にとって最大の脅威である鉄条網に突っ込んでしまう。

鉄条網から逃れようと暴れ、からみついたとげを歯ではがそうとするジョーイ。しかし、もがけばもがくほど、鉄条網はジョーイに食い込んでいく。

 繰り返される悲鳴のいななき。
 やがて、ジョーイは力尽きて、どうっとその場膝を降り、倒れこんでしまう。
 全身を襲う激しい疲労と痛み。
 もう、動けない。
 動けない。
 荒かった鼻息も次第に小さくなっていく……。

【舞台としての見どころ】
 美しい等身大のパペットジョーイが、恐怖におびえるいななきと激しい息をつき(パペット操作の役者が声帯模写)激しい砲弾音と音楽と光の中、舞台を駆け回ります。

 このとき、数名の役者が鉄条網を手に舞台に駆け出てきて、暴れまわるジョーイに鉄条網を絡め、後ろ足で立ち上がるジョーイを中心に、銀色のとげが、舞台四隅に、大きなXの形に広がります。(ジョーイが鉄条網にとらわれてしまったという表現)

「上演中に人間が舞台装置を運ぶ」、「音楽のクライマックスと共に舞台全体を一枚絵のように固定する」という表現方法は、ともに歌舞伎によく観られるものです。
(舞台装置を運ぶ人間を「黒子」と呼び、この一枚絵のような瞬間、役者は音に合せて「見栄(大きくポーズをとること)」を切り、舞台の構図を完成させます。)
 この舞台の文楽の影響は明言されていますが、歌舞伎も参考にされているのかもしれません。
 痛切ながら視界に焼付く表現でした。

【見どころシーンそのA】倒れたジョーイを見つけたイギリス兵とドイツ兵のやりとり

 鉄条網に絡め取られ、動かなくなったジョーイを、塹壕に潜んでいたイギリス軍兵士が見つける。

 「中立地帯に馬が……」

 時を同じくして、中立地帯を挟んだ先のドイツ軍側もジョーイに気づく。
 
 汚れた白い布を巻き付け、一時停戦の合図の旗としてひらひらと振ると、両軍から兵士が一人ずつおそるおそる這い出してくる。

 状況を知らない兵がドイツ側に発砲、撃ち合いを避けるために、イギリス兵が叫ぶ。
「やめろ!」

 まだ息のあったジョーイを、イギリス兵もドイツ兵も「よしよし、いい子だ。」と互いの言葉でなだめ、ジョーイの脚を持ち、巻き付いた鉄条網を切っていく。
 
「医者に見せないと」
「出血がひどい」
 両軍の兵はそれぞれに呟きつつ、やがてどうにか鉄条網を外す。

 戦争において馬は大切な動力だ。放っておいて敵側に渡すわけにはいかない。

 そう思って塹壕を這い出てきたのだが、お互い身振り手振りで共同作業をすることになってしまった二人の間に、さて、ことが済むと、なんとも言えない沈黙が流れる。

「……この馬はこちらでもらう」
「我が軍の陣地にいたのだから(そう?)こっちのものだ」
 と、声高に主張し合っても、いかんせん言葉が通じない。

 らちが明かないので、ドイツ兵が硬貨を取り出す。
「コイントスで決めよう。表(頭)か裏(尾)か選べ(※)」
(※コインの「裏か表」を、「頭か尾か」と呼ぶ)
「……何?」
「だから!」
 ドイツ兵は自分のヘルメットを叩き、ドイツ語で、
「頭!(Kopf)」
 それから、イギリス兵に突き出したお尻をペチペチ叩き、
「尾!(Zahl)」
「あっ、『Head or tail』か!」

「この皇帝の顔が描いてあるのが『尾(裏)』だ。で、逆が『頭(表)』」
 イギリス兵にコインの裏表の図柄を確認させた後、ドイツ兵の投げたコインが宙を舞う。
 イギリス兵は「頭!」とコールする。
 ドイツ兵は抑えたコインを抑えた手のひらを開くと、イギリス兵にそれを見せた。
 仏頂面で、イギリス兵にジョーイの手綱を渡すドイツ兵。
 と、同時に、への字口のまま、ばっ!と突きつけるように差し出された、ドイツ兵の右手。
 あっけにとられ、一瞬ためらったが、イギリス兵はそれを握りしめ、互いに、不器用だが固い握手を交わし、二人は互いの陣地へと戻っていった……。

【舞台としての見どころ】
 名場面中の名場面です。

 過去記事で、「映画『西部戦線異状なし』主人公(ドイツ兵)と彼が刺したフランス兵とが一対一で塹壕に取り残される場面」や「大岡昇平作『俘虜記』で日本兵の『私』が部隊からはぐれた際に、若いアメリカ兵を発見し、しかし、彼のあまりの無防備さと若さに撃つことができなかった場面」を思い出させる、と、書かせていただきましたが、この「War horse」の兵士二人は、言葉の違う敵同士ながら、身ぶり手ぶりを加えてなんとか相手とコミュニケーションをとろうとしています。

 しかもさっきまで互いに撃ちあっていたのに、ジョーイを助けた後に流れる「……ええっと……」みたいなビミョーな空気感や、「ワタシエイゴワカリマセン!(憮然)」や、お尻ペチペチ。

 この(言葉はほとんど通じていないけれど)対話と、ユーモアは、傑作の誉れ高い上記2作にすら描かれていない、「War horse」だけが到達した高みです。

 戦局の変化でジョーイと行動をともにすることとなったドイツ兵フリードリヒが、主人公アルバートと双璧をなすほどに丁寧に描かれている点と、このジョーイを助けるためにイギリス兵とドイツ兵が協力する場面があること。

 それを、「馬」という国を超えた存在を中心に据えることで自然に表現したこと。

 それがこの舞台「War horse」の最も偉大なところだと思います。

 以前も書かせていただきましたが、この場面、小説ではドイツ兵が片言ながらかなりの英語を話します(児童向け小説にドイツ語が出てきても、単なる嫌がらせになってしまうので小説表現としてはこれでいいのでしょうが)。

 また映画版でも若いインテリ風のドイツ兵士が出てきて、やはり主たるやりとりは英語です。

 お尻ペチペチとぶっきらぼうな握手の味わいは舞台版だけのもので、「笑いながら胸が熱くなる」というとても不思議な感動があります。
 

 以下、いよいよ究極のネタバレとなってしまいますが、書かせていただきます。


【見どころシーンそのB】ジョーイとアルバートの再会

 負傷したジョーイが連れてこられた病院。

 そこには、毒ガスで一時的に目が見えなくなっていたアルバートも運び込まれていた。

 地獄のような戦闘の中、無二の親友デイビットを失い、もはやジョーイも生きてはいまいと無気力に座り込んだアルバート。

 その近くで、治療を受けるジョーイ、しかし、傷は思いのほか深く、この場で完治させることは不可能と判断されたジョーイは、安楽死させられることになる。

 「助からない馬が銃殺される」
 今までに何度もそんな場面にでくわしてきた。
 アルバートは肩を落としたまま、ジョーイの思い出をかみしめる。
 そして、両手を口で覆う独特の口笛をそっと吹く。
 フクロウの鳴き声のような音。
 幼いころからジョーイに聴かせてきた。
「この音を聴いたら、それは僕だ。僕のところに来てくれ」
 そう言って。そしてジョーイはいつも嬉しそうに駆け寄ってきてくれていた。
 
 アルバートの背後が騒がしくなる。

 傷ついて大人しかった馬が急に暴れている。それを聞いたアルバートは激しい胸騒ぎを覚える。
 まさか………。
「ジョーイ、お前なのか?」
 周囲の制止を振り切ってジョーイのもとに駆けつけるアルバート。
「待ってください!」
 抑えられながらも身をよじっていななく馬に、もう一度力の限りあの口笛を吹くアルバート。
 やがて、膝をついて息を飲むアルバートに、よろよろと近づいてくる足音。
 立ち止まる蹄の音。
 アルバートは、おそるおそる、その鼻面に「ふうーっ」と息を吹きかけた。
 その馬は首を少しひっこめた後、アルバートにそっと顔を近づけ、「ふうーっ」と鼻息を返した。
 ジョーイの挨拶。
 それは、お互いのために生まれてきたジョーイとアルバートが、長年お互いだけで交わしてきたやりとりだった……。

【舞台としてのみどころ】
 この再会シーン、小説版でも映画版でも、「泥にまみれたジョーイを奇麗にすると、ジョーイの額にあった星の模様が出てきてジョーイだとわかる」という展開なのですが、クローズアップができない舞台上では、代わりに口笛が使われています。
 
 ロンドン初演版では、口笛を吹くアルバートに、人の手を離れたジョーイがいななきながら駆け寄って、鼻ヅラでドチーンとぶつかるというちょっと荒っぽい再会シーンでした。

 そして今回はひっそりと優しい鼻息語。

 どっちもいいですねえ、味が違うけれど甲乙つけがたい。

 というのも、家族との再会のときには大喜びでわりとブレーキかけずにぶつかっていく、のも鼻息を言葉代わりにするというのも、我が愛犬がよくやっていたもので……(個人的感慨〈前者は勢い良すぎて目から星が出た〉)
 
 人を愛する哺乳動物の情の濃さや感情表現の豊かさが良く出た名場面した。

 以上、ネタバレ編でした。ご覧になった方たちが舞台を振り返る一助になれば幸いです。

当ブログ「ウォーホース」関連の記事は以下の通りです。
ロンドンの舞台「War horse(ウォーホース)戦火の馬)」@ あらすじと見どころご紹介
ロンドンの舞台「War horse(ウォーホース)戦火の馬)」A ある名場面と、その他のおすすめ作品。
「War horse(ウォーホース)戦火の馬」 日本公演決定
「War horse(ウォーホース)戦火の馬)」日本公演 感想1見どころとお客さんの反応
「War horse(ウォーホース)戦火の馬)」日本公演 感想2ロンドン初演版との違い
「War horse(ウォーホース)戦火の馬)」日本公演 感想3結末部(ネタバレ注意)
「史実 戦火の馬」(ドキュメンタリー番組)

 読んでくださってありがとうございました。
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2014年08月22日

War horseウォーホース(戦火の馬)日本公演 感想2 ロンドン初演版との違い

 残念ながら公演日も残りわずかとなってしまいましたが(2014年8月24日千秋楽)、今回も東京シアターオーブで上演中の舞台「War horse ウォーホース(戦火の馬)」について、感想を簡単に書かせていただきます。

シアターオーブの公式情報はコチラです。


 第一次大戦期、軍馬(ウォーホース)としてイギリスからフランスへと徴用された馬ジョーイと、彼を追って戦場へ向かった少年アルバートを中心に描かれる、戦争に翻弄された人と馬の物語です。



ロンドン公演のものですが、あらすじ等の情報はよろしければ以下過去記事をご参照ください。
ロンドンの舞台「War horse」@ あらすじと見どころご紹介
ロンドンの舞台「War horse」A ある名場面と、その他のおすすめ作品
今回は、私が初演時にロンドンで観たヴァージョン(およびスピルバーグ監督の映画「戦火の馬」)と今回の日本版の違いについて書かせていただきます。

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ただ、この公演観に行くたびに場面が少しずつ変わっているので(超好き、自分史上屈指に感動した舞台なんで何度も観に行っています。)、その改変が日本公演を意識して変えたものなのか、今はロンドン版もこうなのかはちょっとわかりません、推測で分析してしまうのでその点予めご了承ください。あと観に行ったのは数年前、かつ僕のリスニングなんで記憶違いもありえますのでその点もご容赦ください(汗)。

あ、あと、結構ネタバレです。書いといてなんですが、これから観に行く方は後で読んでいただきたいです……。

@主人公アルバートと父テッドの確執

初演版では、ジョーイを魂の片割れとして深く愛するアルバートと、裕福な兄アーサーにコンプレックスを抱き、ジョーイを金銭に換算しようとするテッドとの確執がかなりはっきり描かれていましたが、今回の公演ではそこが少しゆるやかになっていました。

ただ兄アーサーへの対抗心から、農耕馬としての訓練を受けていない(ジョーイはハンターという競走馬の血を半分引いていて、体格的にそういう作業に向いていない)ジョーイに鋤(すき)を引かせるという無茶な駆けをしてしまったテッドが、言うことを聞かないジョーイにつらくあたったシーンで、アルバートが、「今度ジョーイにあんな真似をしたら許さない」というニュアンスの発言をして、「そんなことをしたらあたしがあんたを許さない」と母ローズに厳しく叱責されるという場面が、ロンドン初演版ではあったと思うのですが、そこはカットされていました。

この父と思春期の息子の対立、さらにそれを押しとどめようとする母の、夫と息子に対する大きな愛が描かれている場面が印象的だったのですが、もし、これが日本版用の改変だとすると、スピルバーグ監督の映画版「戦火の馬」を観て舞台に来た方に対する配慮だと思います。

映画では父テッドとアルバートの対立はだいぶゆるやかで、テッドがジョーイを軍馬として売り渡すのも、嵐で作物が駄目になり、借金を返せなければ路頭に迷う……というやむにやまれぬ状況ゆえであり、それをわかっていたアルバートは父にそれほど反発していません。(ロンドン初演版だと結構シンプルに、酔った勢いと大金目当て。)

え……映画あの父子の関係泣けたのに、舞台だと仲悪い……(ドン引)とならないためかな……と。

私は別に、親子だからというただそれだけの理由で無条件になにがなんでもわかりあわないとダメとは思わないので(特に父と息子には成長につれ、根底に愛があったとしても、大きな断絶があっても不思議ではないと思う)、ロンドン初演版の関係性でも不満はなかったのですが。

 この他に、記憶違いかもしれませんが、ロンドン初演版では今回日本公演で明言されている「テッドが兄と自分の農地を守るためにボーア戦争に行かなかった」という設定がなかった気がします。(映画版では戦争に行っていますし、それが同じく戦地に赴いたアルバートが父に歩み寄るきっかけとなっています。)

 Aアルバートの従兄弟ビリーの徴兵時の様子
 ロンドン初演版にではビリーを含め、村の男たちが、第一次大戦の知らせを聞いて、日本人の目からは驚くほどに、意気揚々と従軍志願をしていました。

 しかし、今回の日本公演版では、ビリーがはっきりと父アーサーに「行きたくない」と躊躇と不安を漏らしています。

 結局アーサーに、祖父も自分も従軍経験がある、お前も一族の男なら行って来いと諭され、お守りとして祖父の代からのナイフを渡されて、志願の列に加わりますが、そうやって息子を戦地に送りだしてしまったアーサーも、後に、第一次大戦からはじめて戦争に登場したマシンガンの存在を知り、息子がどれほどの危険にさらされているかを思い知らされます。

 おそらく初演版のほうが、当時のイギリス志願兵たちの感覚に近かったのではないかと思います。

 マシンガンや戦車、毒ガスや鉄条網などが登場する以前、とても極端な言い方をすれば、従軍は「危機を潜り抜けて国に貢献し、男を見せてくる」という機会としてとらえられていた部分があったのではないでしょうか(でなければ、自身も従軍経験のある人間が、訓練をしている生粋の軍人一族でもないのに我が子を率先して送り出さないと思います)。

 (※)このような「戦況を知らなかったために、率先して従軍してしまい、想像を絶する事態に直面する」という悲劇をドイツ側から描いたのが、映画『西部戦線異状なし』です。大人たちに「英雄たれ」と煽られて、理想に燃えて戦いに赴いた若者たちが生命や魂を失っていく姿が痛ましい。

西部戦線異状なし(Blu−ray Disc) 

 前回記事でも描かせていただきましたが、「自分は生きて帰れる」と信じて疑わなかった人が多かった、しかし、近代戦が幕を開けてしまったあとの現実はそうではなかった、という恐ろしさが、ロンドン初演版のほうが浮き出ていたと思います。

 もしこれが日本版に向けての改変だとすると、日本の観客のほとんどが、第二次大戦時の赤紙徴兵と、その後の戦地での地獄というイメージを持っており、あの進んで従軍する姿に違和感を覚えるだろうという配慮があったのではないかと思います。

 Bドイツ兵フリードリヒとフランス人少女エミリーとの関係

 私がこの舞台版「War horse(ウォーホース)」を是非観ていただきたいと再三再四猛プッシュするのは、舞台版でのみ、このドイツ兵フリードリヒというキャラクターが、主人公アルバート級にクローズアップされているからです。この設定は小説にも映画にも無い。というか、私の知る限り、これほど対立する国同士の人間を公平に描いた作品がそもそも無い(なんで舞台後に作られた映画版でもフリードリヒを削ったんだということについては非常に残念に思っています。あの偉大な存在を……)

 このフリードリヒは、国に妻子を持つ、既に若くはない兵士で、偶然ドイツ軍の所有となったジョーイと、ジョーイの友で、歴戦を潜り抜けてきた名馬トプソンをとても丁重に扱います。

 そして、戦地フランスでエミリーを見つけたとき、自分の娘を思い出して愛情を注ぎます。

 舞台版でのエミリーもまた、なんらかの理由で父親が不在で、フリードリヒに次第に心を許していきます。

 まず、映画版と舞台版の違いですが、映画版のエミリーは祖父と暮らしており、この祖父が結末部で重要な役割を果たしますが、舞台版の彼女は母親と暮らしています。

 次に、ロンドン初演版と日本公演版との違いですが、ロンドン初演版では、フリードリヒが、仲間の遺体から写真を見つけ出し、その兵士の子どもの数を数えて涙を流すという場面がありました。

 今回はそのシーンの代わりに、エミリーと出会ったときのフリードリヒが、怯えるエミリーを落ち着かせようと、自分の懐から娘の写真を取り出して見せ、一生懸命彼女を傷つける気はないことを伝えようとする場面がありました。

 この「エミリーの祖父の不在」さらに「フリードリヒが娘の写真を見せる」という場面で、日本公演版では、フリードリヒの「父性」がより強調されています。(さらに言ってしまえば、映画版にあるようなアルバートとテッドの和解を描かないこともまた、フリードリヒの父としての温かみを際立たせる効果を生み出しています。)

 イギリスと敵対しているドイツにも優しい父親がいて、彼もまた、望んでいないのに戦争に来なければならなかった。
 
 この戦争の悲劇、そして確かな現実を、舞台版の「War horse」だけが明確にしているのです。
この舞台版「War horse」はドイツのベルリンでも上演されているのですが、フリードリヒの存在と内面描写なくしては決して実現しなかったことだと思います(芸術の偉大さを象徴するエピソードだとつくづく思います。この作品を作ったイギリスの人々も、ドイツで上演しようとした人々も素晴らしい。)。

 日本公演版のフリードリヒは、特にエミリーたちからの信頼が厚く、彼が戦線から逃亡して、エミリーたちの農場でつかの間の平和をかみしめていたときに、エミリーの母ポーレットに促され、馬や彼女たちと一緒に戦火の及ばない地まで避難しようとします。

 Cドイツ語、フランス語の省略

 ロンドン初演版「War horse」では、かなりの部分でドイツ語とフランス語はそのまま使われていました(ドイツ兵同士のやりとりは基本ドイツ語ですし、フリードリヒとエミリーも、互いにほとんど自国の言葉でしゃべっている。〈というわけで、ある意味びっくりするくらいわかりにくい舞台でした〉)が、日本版では、大部分英語に統一されています。

 これは、日本人の観客の耳からすれば、どれもみんな外国語で、3ヶ国語を混在させてもややこしくなるだけだからでしょう。

 その結果、ロンドン版であったこの2つの場面は削られることとなりました。
 1,フリードリヒがジョーイたちにわかるようにと英語で話しかけ、それを味方に苦々しく思われる場面。
 2,エミリーがフリードリヒに教わった「Calm down(落ち着いて)」という英語で、ジョーイとトプソンの興奮を鎮める場面。

 ロンドン公演版では、この、「フリードリヒがイギリスの馬のために英語を使う、そしてそれをフランス人であるエミリーにも教えてあげる」という優しさが仇となり、ドイツ兵がエミリーたちの農場に来た際、エミリーが口走った「Calm down」という単語によって、かつての部下にフリードリヒの身元が割れてしまいます。

 日本公演版では、フリードリヒと一緒に避難しようとしていたエミリーが、ドイツ兵との遭遇時に思わず彼の名前を読んでしまうという展開に変更されていました。

 しかし、舞台版「War horse」で最も大切な場面では、日本公演版でも「ドイツ人はほとんど英語を話せない」ということがとても重要な役割を果たします。小説版にも映画版にも無い部分で、そこは多少わかりにくかろうとも英語に直さないでいてくれたことを私は心から感謝しています。(この場面については回をあらためさせていただきます)

 次回記事では、ネタバレとなりますが結末部の見どころについて書かせていただきます。
 今もし週末あの舞台を観に行こうかどうか検討していらっしゃるなら、保証します、間違いなく名作ですから是非ご覧になってみてください。

 その後で、次回のネタバレ編を読んで余韻にひたっていただければこの上ない光栄です。

当ブログ「ウォーホース」関連の記事は以下の通りです。
ロンドンの舞台「War horse(ウォーホース)戦火の馬)」@ あらすじと見どころご紹介
ロンドンの舞台「War horse(ウォーホース)戦火の馬)」A ある名場面と、その他のおすすめ作品。
「War horse(ウォーホース)戦火の馬」 日本公演決定
「War horse(ウォーホース)戦火の馬)」日本公演 感想1見どころとお客さんの反応
「War horse(ウォーホース)戦火の馬)」日本公演 感想2ロンドン初演版との違い
「War horse(ウォーホース)戦火の馬)」日本公演 感想3結末部(ネタバレ注意)
「史実 戦火の馬」(ドキュメンタリー番組)


 読んでくださってありがとうございました。
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2014年08月20日

War horse ウォーホース(戦火の馬)日本公演 感想1 見どころとお客さんの反応


 残念ながら公演日も残りわずかとなってしまいましたが、東京シアターオーブで上演中の舞台「War horse(戦火の馬)」について、感想を簡単に書かせていただきます。
シアターオーブの公式情報はコチラです。
 第一次大戦期、軍馬としてイギリスからフランスへと徴用された馬ジョーイと、彼を追って戦場へ向かった少年アルバートを中心に描かれる、戦争に翻弄された人と馬の物語です。



ロンドン公演のものですが、あらすじ等の情報はよろしければ以下過去記事をご参照ください。
ロンドンの舞台「War horse」@ あらすじと見どころご紹介
ロンドンの舞台「War horse」A ある名場面と、その他のおすすめ作品

日本公演についてですが、わざわざ外国まで来たからか、約1か月と期限があるためか、役者さんが非常に気合を入れて演じてくれているのがわかって、練れた感じのロンドン公演(ロンドンではもう何年間も上演している作品なので)とは別の熱気があって非常に良かったです。

ロンドン版も勿論熱演ですが、既に高い評価を受けている地元でコンスタントに演じ続けるロンドン版の安定感に比べ、日本版は「とどけこの思い!!一球入魂!!おりゃあああ!!」的な気迫があった

今回はフンパツして良い席で観たので、出て来たときと挨拶のときの役者さんたちの顔がとても晴れがましい感じだったところからもそれを感じました。

ちなみにあまり混まないであろう時期のものに行ったのですが、席はみっちり埋まっていました。そして、お客さんの反応も笑って泣いての波がちゃんとあってやはりこの作品の感動は万国共通で伝わるのだと再認識しました。

あえて少しだけ難を挙げると、舞台両脇に出る台詞の字幕がたまに一部省略されたりタイミングが遅かったときがありましたね。あれがお客さんが読める速度に合わせたぎりぎりの線だったのかもしれませんが……。

それから、この作品、第一部がすごい緊迫感のある場面(ジョーイたちが銃撃を受けながら、敵陣へ突っ込んでいく)で終わるのですが、その直後に休憩のアナウンスが入って突如現実に引き戻されてしまうところがあったので、もう少し間が欲しかったです。静かに明るくなってしばらくしてから……くらいがキボウ。

あとは、この作品音楽が哀切胸に染みる感じで非常に!素晴らしいのですが(大好き、聴いているだけで泣けてくる。勿論持ってますが僕的宝物CDベスト3に入る)、輸入盤そのままで、劇場で売っているCDに日本語訳がついていないのが残念でした。上演中はちゃんと字幕が出ていたのであれをつけてもらえるとありがたかったです。

しかしまあ、そんなのは全て些細なことで、もしかしたら日本人にわかりやすいように工夫しているのかなと思わせる場面も多々あり(この作品、観るたびに細かい場面や台詞が違います。今はロンドン版もそうなのかな……とにかく最初に観たのよりわかりやすくなっていました。好き好きたと思いますが)、トータルでは大変すばらしかったです。私だけでなく終演で明るくなった際にはたくさんの人がしっとりしたハンカチ握りしめてましたよ。(どこが違ったのかは追って次回記事で書かせていただきます。)

最後に印象的だった瞬間をひとつ。

というわけで、役者さんの気合と日本のお客さんの感動が相まって、その日の舞台は大成功。カーテンコールでは役者さんたちが、ロンドン公演時の劇場の3倍はあろうかという客席を埋め尽くす人々の拍手を浴びて「うんうん」みたいな満足げな笑顔であいさつをしていました。

そしてみんなが舞台袖にもどったときのことです。

カラになった舞台に向けて拍手が降り注ぎ続けました。

駆け戻ってきたアルバートとジョーイ役(3人でパペットを動かしている)の二人、それに続いてばらばらと役者さんが集まり、もう一度、少し驚いた、しかし嬉しそうな顔で深々と頭を下げました。

あの、「時間差戻り」と役者さんたちの一連の表情について考えてみるに、おそらくあのとき、役者さんたちはお客さんの感動度合を「とりあえず日本のお客さんにも十分気に入ってもらえたようだ」くらいに思っていたのではないでしょうか。だから最初の笑顔にはなんとなく「安堵」がただよっていました。

というのも「ブラボー!!」とか口笛とかスタンディングオベーションとかがあるロンドンや欧米の反応と比べると、「拍手だけ」というのはそんなに「アツイ」反応に見えないからです。
でも日本人の、特にああいう一般的な舞台に来るお客さんはまだそういう派手なアクションをとる習慣が無いので、拍手をやめないことでなんとか自分たちが受けた「いやもう『気に入った』レベルじゃなくって、とぉっても良かったですって!!」という感動を表そうとした。

それに気づいてまず二人、慌てて戻ってきて、みんなも「おい!行こう!」となったんじゃないかなと思います。

 あの止まない拍手と、駆け戻ってきた役者さんたちの驚いたような嬉しそうな笑顔は、「確かにこの作品が、文化の違う日本でも大きな感動を与えたのだ」という事実を象徴しているようで、舞台そのものとはまた別のすがすがしい感動がありました。

 心に染みるストーリーと、美しい音楽、パペットの馬の圧倒的な質感と勇壮な美。

 どれをとってもイギリス舞台芸術の至宝と呼ぶべき名作ですので、もし迷っている方は今からでもご検討下さい。(十分混んでると思ったけど、一応チケット入手できる回もある模様)

 よくぞ来てくださった。そして、日本にまた戻ってきて欲しい。心からそう思わされる素晴らしい舞台です。
当ブログ「ウォーホース」関連の記事は以下の通りです。
ロンドンの舞台「War horse(ウォーホース)戦火の馬)」@ あらすじと見どころご紹介
ロンドンの舞台「War horse(ウォーホース)戦火の馬)」A ある名場面と、その他のおすすめ作品。
「War horse(ウォーホース)戦火の馬」 日本公演決定
「War horse(ウォーホース)戦火の馬)」日本公演 感想1見どころとお客さんの反応
「War horse(ウォーホース)戦火の馬)」日本公演 感想2ロンドン初演版との違い
「War horse(ウォーホース)戦火の馬)」日本公演 感想3結末部(ネタバレ注意)
「史実 戦火の馬」(ドキュメンタリー番組)

 次回、もう少しこの日本公演について追記いたします。

読んでくださってありがとうございました。
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2014年02月18日

「War horse(ウォーホース)戦火の馬」 日本公演決定

 今日はちょっとコーフンしております。

 残念ながらどうも東京限定みたいですが、ついに!ついに!イギリスの舞台「War horse (ウォーホース)戦火の馬」が日本に来ます!!!
(……もしかしてウマ年にちなんで今年来日??)

舞台の宣伝動画をご覧ください(コレ美しくて大好きなんです……)



【上演期間】
2014年7月30日(水)〜8月24日(日)
・会場=東急シアターオーブ
・一般前売=3月16日(日)開始
・料金=S席13,000円/A席10,000円/B席8,000円
シアターオーブの公式情報はコチラです。

 どなたか知らないけれど連れてきてくださる方に心からお礼を申し上げたいです!!LION提供みたいなのでこちらにも大感謝、次歯磨き粉切れたらLIONのにします(非常に地味な感謝法)。

 第一次世界大戦中、軍馬(War horse)として連れて行かれてしまった馬ジョーイ、ジョーイを探して戦場に行った少年アルバート、そして、戦地でジョーイと出会ったドイツ兵フリードリヒらの、戦争に翻弄された数奇な運命を描いた作品です。

 戦争の悲惨さと、人と馬の心の交流を描いた心に染みる物語、日本の文楽のように3人遣いの等身大パペットが演じる馬の迫力と美しさと雄弁でカワイイ鼻息(どこに食いついているんだ)、イングランド南部デボンの土の匂いと風を感じさせる美しい音楽(これを機にロンドン舞台版サントラのCD発売されるといいのですが……。本当にいい音楽なんです〈私が持っている版はアコーディオン演奏ですが、公演、演者によって違い、ヴァイオリンのこともありました。〉)、どれをとってもイギリス舞台芸術の金字塔といっても過言ではありません。これ観て「イギリスすげえええ!!!!」と本気で思いました。私の知る限り、こんなストーリー構成を持つ、戦争を題材とした作品は他にありません。

 正直に申し上げてしまえば、映画版よりこちらのが好きです。以下、舞台でしか堪能できない見どころを一部書かせていただきますと……。

1,馬らしさ 

映画のが本当の馬を使っているのにと言われそうですが、パペットだからこそできる細かい演技というのがあって、それが「人と暮らしている馬らしさ」をすごく醸しているのです。
 不思議に思うと耳がひょきっと動くとか、恐縮すると体が斜めになっちゃうとか、鼻及び鼻息で人と会話するとか……人間と密にコミュニケーションがとれる哺乳動物固有の動きというのがありますが、それは本物の馬に演技させるのは難しいようです(少なくとも映画版にそういう場面はほとんどない)が、舞台では堪能できます。(いななきや鼻息もパペット遣いの人たちが担当)
 ああいう仕草からジョーイの優しくて人懐こい性格や、アルバートとの絆が見て取れて、「性格も耳ひょきひょきと鼻息で喋るとこもうちの犬ソックリ……」と冒頭から目頭が熱くなってしまいました。

2,音楽

 上記のとおりです。動画で一部お聴きになれますが、ノスタルジーに胸騒ぐ、イギリス独特の音楽が場面展開中に何度も使われています。

3,ガチョウ

 これは映画にも少し出てきていますが、カワイイのがいるんです。
舞台では足の部分が車輪、首が棒で操れるようになっているパペット。
アルバートの家で飼われていて、普段はわりと大人しく、クワクワ泣きながらカカカ……と地面の餌をついばんでいますが、ドアが開くと、家の中に入ってやろうと首を低くして突進していき、しかし、いつも鼻先、いやくちばし先でドアを閉められてしまい、「ガッカリ……」みたいにさびしく去っていくのが。シリアスな場面の多いこの作品の中で数少ないお笑い担当としていい味出してます。
カワイかったので、思わず「ほしいなー」と思ってしまいましたが(まあ、家で大の大人が畳の上で車輪キコキコ走らせて、首の棒動かして、くちばしカカカ……とかやって遊ぶのかと客観的に考えるとナシなんですが)、同じこと考えた人多かったらしく、ロンドンの劇場ではレプリカ売ってました。しかし、今日調べたら価格2500ポンド(約42万5千円)、高!「きれいなジャイアン」のフィギュア四十体分です(何に換算しているんだ)。劇場ではもっとオモチャっぽい廉価版売ってたと思ったんですが記憶違いかな……(汗)

 なお、馬やガチョウのほか、カラスや一部人間もパペットで表現されており、こちらもそれぞれ見ものです。

4,ドイツ兵フリードリヒ

「フリードリヒのいないWar horseはWar horseではない」
正直、そんな気さえします。

このブログではあまり不満を書かないようにしようと思っていますが、これだけは書かせていただきます。映画は映画で美しいし、舞台とは違う見どころもあるのですが、映画にはジョーイと、同じくイギリス軍馬トプソンと戦場で出会い、彼らを連れて故郷へ逃げようとする中年ドイツ兵フリードリヒが登場せず、私はそれがとても残念でした。

 ジョーイたちに乗って逃げようとする若い兄弟兵や、ジョーイたちの面倒を見る兵士が登場し、彼らがフリードリヒのポジションを分割して担っているようですが、舞台のフリードリヒはアルバートと対を成すといえるほど存在感があるのです。

 フランスの人々を描くために、フランス人少女エミリーや彼女の祖父を描くことにかなりの時間を割いていることも、フリードリヒ的存在をかすませる一因となっています。(舞台だとエミリーはフリードリヒと交流を持っているのですが、それもありません。)
 
私がこの舞台を観て一番感動したのは「馬を大切にする人の心を描くことによって、『イギリスもドイツも、敵味方も無く、本当は人間は分かり合える存在なのだ』ということを表現している」という点でした。

 こういうふうに、戦争中の敵味方に分かれていた人間たちを双方平等に描けた作品というのは私の知る限り非常に少ないのです(第二次大戦中の日米それぞれの人間ドラマを丁寧に描いたイーストウッド監督ですら「父親たちの星条旗(アメリカ側)」と「硫黄島からの手紙(日本側)」と二作品に分割しています)。そして、そこが「War horse」の画期的なところなのです。

 戦死した兵士の懐にあった家族の写真を見て涙し、フランスの少女エミリーを自分の娘に似ていると思って可愛がり、ジョーイたちはイギリスの馬だからと一生懸命英語で話しかけ、彼らの危機には両腕を広げて守ろうとする一人の優しい男フリードリヒがいてこそ、この作品は他に類を見ない名作となりえたのであり、アルバートと同じくらい彼の人物像が描けていないのなら、その偉大さの多くが失われてしまう。私はそう思ってしまうのです。

 実際、舞台版の「War horse」はロンドンでの成功を受けて、ベルリンでも上演されるようになりました。(War horseベルリン公演情報はコチラ)これはフリードリヒの存在あってこそ実現したことだと思います。

そして、「イギリスが作品の中で心温かなドイツ兵を描き、その作品をドイツが上演するようになった」というこの事実が、戦後、本当にイギリスとドイツが互いの心の傷を乗り越えて歩み寄ったということなのではないかと思います。

 真面目な話、公演地に「Berlin」と書いてあるのに気づいたとき、なんかよそながら泣きそうになりました……。これが真の「和解」というものなのではないかと……。

 ちなみに原作小説にはフリードリヒという名の兵士が登場しますが、こちらも舞台ほど登場していません。
 「アルバートと同じくらい重要な存在としてのフリードリヒ」は、舞台版で初めて現れ、今のところ舞台版でしか見ることができないのです。
 
 彼を通じてドイツ側の人の心を描いたことで、作品内でのある非常に重要な場面(これは映画でも観られます。ネタバレになってしまいますが、いずれ書かせていただきたいです)がより観客の心の奥深くに届くような作りになっています。私はフリードリヒの存在と、この場面の舞台での描かれ方を観て、イギリスの舞台芸術の偉大さを思い知りました。

 「『戦火の馬』なら映画を観たから知っている」とお思いになる方もいらっしゃるかもしれませんが、是非このフリードリヒというキャラクターを観に行っていただきたいと思います。

 このように、優れた人物描写、人と動物の絆と戦争の愚かしさというテーマ、文楽に似たパペット、音楽などなど、日本人の心の琴線に触れるであろう要素がたくさんあるので、是非ご覧になっていただきたいです(歌舞伎公演みたいにNHKで舞台放映されないかな……)。

 できればこれを機に「レ・ミゼラブル」みたいに日本版もやるとか、何年かに1度は来日とかして、日本に定着していただきたいと心から思います。世の中にはこんなに偉大な作品がある、そしてそれに感動する人たちがこんなにいる。イギリスでこれを観たとき、わたしはそう思って随分勇気づけられました。一人でも多くの日本の方に、この作品を知っていただきたい。そのために今後もこのブログで舞台版「ウォーホース」については繰り返してご紹介せていただく予定です。

 当ブログ「War horse(戦火の馬)」関連過去記事は下記の通りです(※一部内容が今回の記事と重複しております。)
ロンドンの舞台「War horse(ウォーホース)戦火の馬)」@ あらすじと見どころご紹介
ロンドンの舞台「War horse(ウォーホース)戦火の馬)」A ある名場面と、その他のおすすめ作品。
「War horse(ウォーホース)戦火の馬」 日本公演決定
「War horse(ウォーホース)戦火の馬)」日本公演 感想1見どころとお客さんの反応
「War horse(ウォーホース)戦火の馬)」日本公演 感想2ロンドン初演版との違い
「War horse(ウォーホース)戦火の馬)」日本公演 感想3結末部(ネタバレ注意)
「史実 戦火の馬」(ドキュメンタリー番組)
(余談)
 ところでなんで本日この公演情報に気づけたかと申しますと、当ブログアクセス解析を見ていて、なんか最近「War horse」で検索かけてきてくださってる方が増えているな……、今ボクの記事、検索サイトで何ページ目にきてるのかしらウフ。

 とかなんとか思って、まあ、ちょっとみみっちいようですが、「War horse」で検索かけてみたらこの情報を入手して、ギャー(喜)!となったわけです(あ、そういやコーフンのあまり、自分の記事何ページ目か確認するの忘れてここまで書き進めてました。まあいいか……)。ですからこのブログを見てくださった方のおかげですね……。

(さらに余談)この流れで(どの?)「Billy Elliot(映画「リトルダンサー」のミュージカル版)」ロンドン版の日本公演も実現してほしいなあ(あれは、主役が少年で労働時間が限られるとか、セットが大きいとかがネックなのかなあ……同じくイギリスの凄さが詰まった名作なんですが)。

 読んでくださってありがとうございました。
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2011年03月03日

ヨセフ・アンド・ザ・アメージング・テクニカラードリームコート


 東京限定の話で残念なのですが、件名のミュージカルが本日から(2011年3月3日〜14日)観られるそうです。

 ホリプロのHPはコチラ。
 ちけっとぴあの情報ページはコチラです。

 旧約聖書のヨセフ(英語ではJoseph、発音としては「ジョゼフ」に近いです。)の不思議な波乱万丈の人生を題材に、1960年末~1970独特の原色とナンデモアリ感覚が良い意味で爆発した、最高に面白い作品です。

 今回はアメリカのキャストの来日ですが、元々この作品は、作曲家アンドリュー・ロイド・ウェバー氏と、作詞家ティム・ライス氏というイギリスのミュージカルのゴールデンコンビ(※)が最初にタッグを組んだ記念すべき作品です。

(※その後、同じく聖書を題材に作られた「ジーザス・クライスト・スーパースター」は世界的大ヒットに。)

 旧約聖書のエジプトの牢獄の場面なのに、七色の光とともにアフロや超ミニのハデハデな人が、突如あふれ出てきて「Go Go  Go Joseph !Sha la la Jopseph、you’re still in your prime!(行け行けヨセフ!シャララ、ヨセフ、君は今も最高~!」と踊りまくるのを素直に「うわあ、た~のし~い!!」と思える方には非常にオススメいたします。

(というか、映画版だと、その中に、ふさふさとお花のレイを沢山かけた、長い衣に派手なサングラスのおじいさんがどさくさまぎれに一緒に踊ってるんですが、まさか…神様……?)

 逆に、「ミュージカルってなんで突然歌いだすの」的な人は、事前に頭を相当ほぐしておく必要があります。ノリにびっくりするから……本作の映画と、「ジーザス」はご覧になっておくといいかもしれません。

 しかし、たまには堅苦しい日常を離れ、度肝抜かれるのって、すごく気分いいですよ……。

(あらすじ)

 基本的には旧約聖書ヨセフの物語に忠実です。(場面の崩し方はハンパないですが)

 ヨセフは一族の長であるヤコブ(英語ではJacob「ジェイコブ」と発音しています)の息子。ヤコブは十二人の息子に恵まれましたが、今は亡き最愛の妻の面差しを継いだ、美青年のヨセフをことのほか可愛がっていました。ヨセフにだけ特別な晴れ着を作ってあげるなど、その差は誰の目にも明らか。

 (これがミュージカルでは色鮮やかな総天然色のコートになり、作品の題名にされています。)

 しかし、これが他の兄弟の嫉妬を招き、兄弟たちはヨセフを殺してしまおうとします。(聖書内では、長男ルベンは彼を助けるつもりだったと書かれています)

 いったんは穴に投げ込まれるも、命をとるのは思いとどまった兄弟たちは、通りかかった商人に彼を売り飛ばし、ヨセフはエジプトに連れて行かれてしまいます。兄弟たちは、山羊の血をつけたヨセフの晴れ着を、父ヤコブに見せて、彼は野獣に食い殺されたと嘘をつきました。
 
 ヨセフは宮廷の役人ポティファルの奴隷になり、その聡明さを買われて良い待遇を受けますが、ポティファルの妻が彼の美青年ぶりに目をつけ、誘惑してきます。

 ヨセフは応じませんが、ポティファルの妻は逆に彼を陥れ、ヨセフが自分に言いよって来たと、夫に嘘を言います。

 恩を仇で返されたとポティファルは激怒、ヨセフを牢獄に入れてしまいます。

 絶望的な状況、しかし、ヨセフには、人のみた夢から、未来を読み解くという不思議な力があり、これによって、彼の運命は大きく変化していきます。

最大の注目ポイントは聖書の超大胆アレンジです。

 この作品と「ジーザス」には、1970年前後の破天荒が、良い意味でぎうぎうに詰まっています。

 しかし、この聖書を題材にしておきながら、ノリがドタバタなミュージカルが、生誕から約40年経った今、ようやく日本に来た遠因に、アノ衝撃の最聖ぬくぬく漫画「聖☆おにいさん」(※イエス・キリストとブッダが立川のアパートでルームシェアして有給休暇を過ごすという、物凄いコンセプトの傑作ギャグ漫画。)の大ヒットがからんでいるのではとひそかに思っています。日本人もこの手のシャレがわかる(どころか大好き)と実証したわけですから。

 「ジーザス」にある、ユダの苦悩やイエスとの悲劇的な対立とは異なり、「ヨセフ」は原色カラフルで大人から子供まで無心に楽しめる展開です。

(ちなみに、ロンドン版ミュージカルでは、七色の服を着た子供たちがヨセフたちの活躍を見守っています。【ポティファルのセクシー妻が、ヨセフになんか言ってる最中はちゃんと退場している(笑)】)

 しかし、単にファミリー向け、ではなく、目を疑うほど燦然と斬新です。色あせないというか、ある意味、21世紀には生み出せないキョーレツさ……。




 例を挙げると、
(注、以下少しネタバレです。大丈夫な方だけお読みください)






  @エジプトのファラオがあの王の頭巾(ネメスというそうです)をとると、なぜかプレスリー風だ。

  A兄たちがジャマイカ風など、時代も国もまるっと超越した音楽で歌って踊っている。

  B人の生き死にに関わる話題で、わりとあっさりギャグが挟まる。

 次回、アノ独特の雰囲気について、もう少しくわしくご紹介させていただきます。

(映画「英国王のスピーチ」についても近々書かせていただきます
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2010年09月06日

ロンドンの舞台「War horse」A ある名場面と、その他のおすすめ作品。


 (要約文) 

 前回記事に引き続いて、ロンドンの舞台「War horse(ウォーホース【軍馬】)」について書かせていただきます。
 
 舞台全体の特徴とあらすじについては前回の記事「ロンドンの舞台『War horse』@」をご覧ください。


 今回は「War horse」のなかの、ある大切な場面と、それを彷彿とさせる映画「西部戦線異状なし」と、大岡昇平さんの小説「俘虜記」の一場面をあわせてご紹介させていただきます。

 三作品に共通するのは、死が当たり前になってしまった戦場と、そこで、ふと、平和だったときの「いつもの自分」の感覚に戻った人たちの姿

 その強烈なコントラストから、戦争が、そこに巻き込まれてしまった人ひとりひとりの心を、どれだけ押しつぶしてしまっているかが明らかになります。

 これらの場面に、目で観て驚く派手さはありませんが、どれも、心の深い部分に語りかけてくる力を持っています。

 

(本文)


 ※今回は記事全体を通じて、上記三作品のネタバレが多いので、すみませんが、大丈夫な方だけお読みください。




 @「War horse(ウォーホース)」の重要場面

 第一次大戦下のイギリスの軍馬と、彼らを取り巻くイギリス・ドイツ双方の人々のドラマを描いた舞台「War horse」

 ある場面で馬をきっかけに、イギリスとドイツの兵士がやりとりをする場面があります。

 これは、表向き、わりと笑いも入るのですが、わたしには大変象徴的な場面に見えました。


 詳しくは申し上げませんが、ある馬を見つけ、イギリス兵とドイツ兵が戦闘をやめ、馬に向かって行くという形で、文字通りお互いに歩み寄っていくのです。

 もとはどちらの国の馬であろうと、連れ帰れば自軍の利益になるという背景もあるのですが、このときの彼らは、そんな計算もあるとはいえ、よりシンプルに

「あの馬、なんとかしてやらないと」

という気持ちを抱いて行動しているのが、彼らのしぐさや口調から感じ取れます。

 とりあえず、馬のために一緒に作業し、それが済んだ後、イギリス兵もドイツ兵も、気まずいともなんとも言えない沈黙が流れ、ちょっと咳払いしてみたりなんかします。


 その後の展開は伏せさせていただきますが、彼らは自分たちの国の言葉でやりとりし、当然通じないので、お互いに身ぶり手ぶりを交えて、言いたいことを伝え合い、とりあえず「オー、オー」みたいに言いながら、実はよくわかっていない(わからない話をされたときに、大人がやりがちな、その場取り繕いリアクション)、という状況ながら、なんとか話をまとめています。

 あのビミョーな沈黙シーンや、既に戦いに消耗した雰囲気の兵士同士が「だからさ、ああで、こうでさ、わかる?」みたいに、手足をあちこち振り回して相手にわからせようとする仕草はとてもユーモラスです。


 ちなみに原作小説と読み比べてみると、この場面、ドイツ兵側がカタコト英語を使ってやりとりをしています。そして舞台よりもう一声はっきりと、互いの台詞が友好的なもので締めくくられています。

 文の場合、英語に純然たるドイツ語の台詞が混じっていてはわかりづらいでしょうから、これはこれで「文学向き」な選択ですが(この小説は一応児童向けのようですし)、演劇であることを活かして、役者たちの間合いや全身を使った演技で、

「ことばが完全には通じなくても気持ちを伝えあえる」

ということ描いている点は、舞台独自の良さだと思います。 

 それに、実は英語とドイツ語は似た語も多いですから、お互いが相手の言語を聞いて

「え?何?あ、あーあー、あれね、うん、俺もそう思う」

みたいに、戦っている国同士の言葉が、案外根っこは同じな、親戚のようだというところを浮き彫りにもしています。

 というわけで、ぷっと笑わされてしまうのですが、その笑いの奥で、

「この人たち、さっきまでお互いを撃ち合っていたんだ。でもこうして、戦いの手を止めて、ひとりの人間同士として顔を合わせてみると、お互いを『死ね』と思う理由の無い人たちなんだ」  

ということが思い出されて、とてもやるせない気持ちにさせられます。


 顔も名前も知らず、ある特定の人物としては憎む理由が無い(なぜならばお互いを知らない)人に武器を向け続けなければならないというのは、とても異常な事態ですが、彼らはそれをすることを強制されています。

(少なくとも「ある特定の人物を恨んでの暴力」と、戦争中、戦闘を強制された人たちの状況や心理は、きちんと分けて考える必要があると思うのです。)

 戦争の悲劇とは、単にたくさん人が死ぬというところに留まらず、この状況下で、「いつも(平和な時)の自分」を次第に奪い取られてしまうというところにもあるのではないでしょうか。


 戦争という圧力が、普段の自分は望まない暴力に、いやおうなく人を巻き込み、自分や自分の大切な人が殺されるかもしれないという恐怖に日々さらされたとき、多くの場合、ひとはそれまでの暮らしでは当たり前だった感覚から引き離されていきます。

(たとえば、他人【とくに敵方の人間】の痛みに対する同情。この感覚を、戦場で普段と同じだけ持ってしまっていたら、その人は、おそらく戦場で生きていくことができません) 


 
 「War horse」のイギリスとドイツの兵士は「あの馬、なんとかしてやらないと」という気持ちが、双方を「いつもの自分」に戻し、戦争から離れた、人と人としてのやりとりが成立したわけですが、「西部戦線異状なし」と「俘虜記」にもそれぞれ、奇妙なめぐり合わせで、こうした「いつもの自分」に近い気持ちなった人が描かれています。


 A映画「西部戦線異状なし(All Quiet on the Western front)」







 日本語版ウィキペディア記事はコチラ、英語版はコチラです。


 これは、同名のドイツの小説が原作で、第一次大戦下のドイツ軍の青年が、愛国の理想に燃え、英雄となることに憧れて(学校が美辞麗句をならべたてて、生徒たちに戦争参加を勧めるのです。)軍隊に加わった後、過酷な戦場の現実に直面させられるという物語です。

 戦闘で兵士が目の当たりにする恐怖、冷酷な規律、塹壕での暮らし、仲間の死、戦争が日常になってしまった人々の心の変化などがつぶさに描かれています。

 彼らの交わす台詞のひとつひとつが、(ときに、やや大仰なところはあるとはいえ)戦争の本質をしっかりとえぐっています。

 なんと1930年のアメリカ映画。しかし、今でも戦争映画の最高峰と言って間違いはないでしょう。

 この映画のあとに、第二次大戦が起こったというのが悲しい話ですが。

 
 この中で、主人公の青年ポール(ドイツ語読みなら「パウル」)が、彼に気付いたフランス兵を、反射的にナイフで刺すシーンがあります。

 地形の関係で、彼らの動きに気付かずに、両軍の兵士はその周辺からいなくなり、死にゆくフランス兵と、彼だけが取り残されます。

 一対一でフランス兵と向き合ったポールは、混乱しながらも、彼を助けたいと思うようになり、一晩彼を励まし、水を飲ませるなど必死で介抱します。

 しかし、その甲斐も無く、フランス兵は死亡します。

 顔をゆがめたような、しかし、ほほえんでいるようにも見える、不思議な遠いまなざしのまま、この世を去ったフランス兵の足元にすがりつき、ポールは自分のしたことの許しを請います。

「銃と軍服を脱いだら友達になれたのに」

 ポールは、自分たちがなぜこんな目に遭わなければならないのかを、神に問いかけます。

 死んだフランス兵も不幸ですが、初めて自分の手で人を刺し殺すという経験をしてしまったポールもまた、心に深い傷を負ったのです。

 すでに銃での実戦経験は持っていた兵士でも、ナイフでは心に受けるダメージが違うという点や、一晩、相手と一対一で向き合ったために、その死が胸に堪えたという展開は印象的です。

 戦場では「襲いかかってくる敵」としか見えない存在も、血の通った人間である。

 ポールは(もしかしたら生き延びるために意図的に)考えずにいたこの事実に無理やり向き合わされ、うちひしがれるのです。


「All quiet(異状なし)」 。

 これだけの悲惨な状況で、人の命と身体と心が破壊される日々が、「異状なし」。

 この、ものの考え方こそが、戦争の恐ろしさなのではないでしょうか。

 「白黒」や「昔の作品」という要素に躊躇せずに、あらゆる世代の人に一度は観ていただきたい映画です。

 と、思っていたら、なんとこの映画、「ハリー・ポッター」のダニエル ラドクリフ君主演でリメイクされる予定なのですね……。(MSNエンタメの記事はコチラ

 ぜひ、若い人々にも、この作品の凄さを通して、戦争の本質を伝えていただきたいと思います。


 

 B「俘虜記」(大岡昇平 著)


俘虜記 (新潮文庫)

俘虜記 (新潮文庫)

  • 作者: 大岡 昇平
  • 出版社/メーカー: 新潮社
  • 発売日: 1967/08
  • メディア: 文庫




 第二次大戦中、召集されてフィリピンのミンドロ島にいた大岡氏が、アメリカ軍の捕虜となり、収容所を経て、日本に帰還するまでを記した連作小説です。

 この中で非常に有名なのが「捉まるまで」という冒頭部。

 
 米軍の攻撃が近づいてきたため、退避し始めた日本軍の中で、マラリアが回復しきっていないために、取り残され、結局ひとりでジャングルをさまよわなければならなかった大岡氏。

 彼は、すでに死を覚悟し、いつでも手榴弾でも自殺するつもりでした。その場で死ななかったのは、ただ渇きを癒す水を探していたからです。


 このとき、彼はアメリカ兵を発見し、自然に銃の安全装置を外します。しかし、結局撃ちませんでした。

 彼に気付かないまま、アメリカ兵は向きを変えて去っていき、大岡氏は、

「さて俺はこれでどっかのアメリカの母親に感謝されてもいいわけだ」

と、呟きます。

 なぜ撃たなかったのか。

 自分自身の呟きの意味まで含めて、大岡氏はのちに、あのときの心の動きを振り返っています。


 まず、アメリカ兵に遭遇する前に、彼は、もう敵に遭っても「殺さない」という決意をしていました。

 なぜなら、あの時点でアメリカ兵を撃っても撃たなくても、日本軍の敗北は動かせないものであり、自分ももうじき死ぬ。つまり、もう「殺されるよりは殺す」という考えは成立しようがなかったからだと、大岡氏は説明しています。


 しかし、「殺さない」という気持ちを、彼が実行に移したのは、この事前の決意によるものではなく、アメリカ兵を目にした彼の中に湧き出た、別の感情のためでした。

 実際にアメリカ兵と遭遇した時、相手は大岡氏に気付いておらず、彼は一方的に、このアメリカ兵の不用心さ、頬の薔薇色と、二十にもならないような若さを見ました。

 すでに人の親になっていた大岡氏は、まだ幼さの残るアメリカ人青年を見て、ある種の感慨を覚え、彼を撃ちたくないと感じた。つまり、「父親の感情が私に撃つことを禁じたという仮定は(中略)これを信じざるをえない」と記しています。

 それしか、あとで「アメリカの母親」のことを呟いた理由が見つからなかったからです。

 
 こんなふうに簡単にまとめてしまって恐縮なのですが、大岡氏は、強い緊張による記憶の空白と戦いながら、そのときの自分の行為と心理の深層を、非常に冷静に、容赦なく追及しています。

 自分の心の謎を、突き詰めて、突き詰めぬいて、それでも、理由として否定できなかったものが「父親の感情」であると、発見しているのです。

 想像を絶する極限状態の、複雑な心のうねりから現れ出たにもかかわらず、その理由は、第三者から見ると、意外なほどシンプルでありふれています。

 しかし、ここで大切なのは、彼が、このシンプルでありふれた「父親の感情」を、「戦場」で「アメリカ兵に対し」、抱いたということです。

 「父親の感情」というのは、本来は彼が「いつもの暮らし」の中で、我が子や、子を思わせる若い年代の人に抱くものであり、この感情が、「敵を撃つ」という戦場では当たり前の、というより、味方からすれば「しなければならない」動作をやめさせたというなら、もうこのとき、ジャングルは彼にとって「戦場」ではなく、若いアメリカ兵は「敵」ではなかったということになります。

 大岡氏は、「射たない」という決意の源である、「他人を殺したくない」という嫌悪感について、このように述べています。

「この嫌悪は平和時の感覚であり、私がこの時既に兵士でなかったことを示す。それは私がこの時独りであったからである。戦争とは集団をもってする暴力行為であり、各人の行為は集団の意識によって制約乃至(ないし)鼓舞される。もしこの時僚友が一人でも隣にいたら、私は私自身の生命のいかんに拘わらず、猶予なく射っていたろう。」

 実際、彼はアメリカ兵を撃たなかったことについて、後で、このアメリカ兵が戦闘に加わり、それだけ自軍の負担が増したと気付いて、つらい思いをしています。


 彼一人のこととしては「殺したくない」と思っても、戦争中の味方のことを考えると「殺さなければ」と思ってしまうわけです。

 これは、敵ばかりか、自分自身の命も同じことだったようです。

 その後、彼がアメリカ軍に捉えられ、手当てを受けて「お前はいつか国に帰れるだろう」と言われたとき、茫然としていた彼が、日本軍の遺品の中に、自分の知り合いの持ち物を見つけたとき、彼は、

「殺せ、すぐ射ってくれ、僚友がみんな死んだのに私一人生きているわけにいかない」

と、叫んでいます。

 内心では冷静に戦況を見極め、仲間の「こんな戦場で死んじゃつまらない」ということばに同意して、一緒に脱走計画すら練っていた彼がそんな気持ちになり、アメリカ兵の前に、胸をあけて、自分を撃つように懇願しているのです。

 (※大岡氏のこの、生きていることへの罪悪感は、その後もしばらく続きますが、彼はこれを

「私の存在の真実に根拠を持たない贋(にせ)の衝動」

 と形容しています【「サンホセ野戦病院」の章より】。そんなふうには思いたくなくても、自分が所属していた集団を思うと、勝手にこの衝動を感じざるをえなかったのです。)

 戦争の中の「集団」では、「個人」の感情や命というものは、自分も他人も関係なく、まったく重みや運命が変わってしまうということが、ここからはっきりと読み取れます。


 たしかに、「西部戦線」のポールも、敵味方という「集団」が去って、自分とフランス兵だけになったときに、自分がしてしまったことの恐ろしさに気付いています。

 この「戦争のせいで起きてしまった、いのちや心の逆転」が、たくさんの混乱を生み、平和な環境にいる我々には「なぜこんなおそろしいことに」と思わされるような、死と暴力が積み重なっていってしまったのでしょう。


(それにしても、自分の、喉をかきむしるような渇きや、幻聴や、死の覚悟さえも、まるで研究対象のように、できるかぎり論理的に整理し、分析した大岡昇平とは、ほんとうに恐るべき人だと思います。

 彼は、この機械のような冷静さとともに、戦いに行く前の「いつもの暮らし」の感情やものの考え方をある程度残していて【それを戦場で持っているということは、とても危険ともいえるのですが】、その視点から、「人が、平和な環境から、戦場に連れて行かれた時、その命と心がどうなってしまうのか」を、戦争を知らない世代にも具体的に伝わる文を書き記しました。
 
 この、一連の文章は、ことばだけができる、戦場という極限状態での、人の心の緻密な記録として、他に例を見ないような息詰まる迫力と、大きな意義を持っています。)
 

「助かった」ことを知った時の

「常に死を控えてきたこれまでの生活が、いかに奇怪なものであったかを思い当った」

という大岡氏の実感と、 「西部戦線異状なし」というタイトルはくっきりと対立しています。

 「死にたくないのに死に、殺したくないのに殺す」のも、それを「異常なし」とまとめてしまうことも「奇怪」なのです。

「A generation of men who, even though they may have escaped its shells, were destroyed by the war.」

(意訳 戦争の砲弾からは逃れたかもしれないが、戦争によって破壊された世代の男たち)

「西部戦線異状なし」の冒頭の文は、見事に戦争の悲劇をとらえています。

 この戦争の「奇怪」さが、敵味方関係なく人を破壊し、生き残っても、長い間その心と体を苦しめたという事実を、わたしたちは戦争による膨大な死者、負傷者の数値や、戦争をとらえた作品の奥に、見据える必要があるのではないでしょうか。


 C「War horse」の特徴

 戦闘から「いつもの自分」に、ふっと戻った人々。

 そのときの彼らと、「戦争中」の彼らのギャップは、彼らひとりひとりの「命と気持ち」を押しつぶす、戦争の想像を絶する重圧と、そこから逃れられない人々の苦しみをわたしたちに実感させます。

 まるで、重たい岩の下で、冷たく麻痺しつつあった体から、一瞬重みが取り除かれ、一気に温かな血が通ったかのような手ごたえで。

 「西部戦線異状なし」にも「俘虜記」にも、その手ごたえがありますが、「War horse」だけが持つ凄さというものもあります。


 それは、敵同士である兵士たちの「やりとり」

 ことばはほとんど通じていませんが、お互いの考えを伝え合っています。

 「俘虜記」は大岡氏の側だけが、アメリカ兵に気付いていますし、「西部戦線異状なし」のポールとフランス兵は、相手が瀕死の重傷を負っているために、はっきりとしたことばを交わすことはありません。

 「War horse」だけが、戦いをやめ、お互いに「ワカル?ワカル?」と、ことばと全身を使ってやりとりをしているのです。

 この瞬間は、馬という中立の存在が(あるいは、馬を思いやるひとの気持が)もたらしてくれたものです 

 そして、人間同士がわかりあおうと努力しているうちは、戦いなどしなくていいのだということが、ここに象徴されています

 この場面を観ている間、それは「さっきまで撃ち合っていた敵同士が、一生懸命身振り手振り」という、外見はユーモラスな場面なので、笑ってはいましたが、笑いながら、心が震えるという、とても奇妙な経験をしました。

 @ こんな人たちに殺し合いをさせる戦争の恐ろしさ。

 A 「わかりあおうとすること」が平和につながるという大切な事実。

 B 笑いを通じて、重要なメッセージをサラリと巧みに伝えてしまう、イギリス演劇の底知れなさ。

 C 戦後何十年も経って、ようやくこういう形で、国籍を超えて戦争と平和を教える作品が完成したのだという感慨。


 この4点がスクラム組んで、ゲラゲラにまぎれ、わたしの心臓に一気になだれ込んできたのだなと、今にして思います。

 そして、わたしは、ものすごいものを目の当たりにできたのだと、つくづく思うのです。


 ……以上、つたないご紹介ですが、この偉大な三作品について、そのすごさを少しでもお伝えできていたら幸いです。

 また、これと対照的ながら、同じくイギリスの芸術の底知れぬ懐の広さを感じさせる 「Dad's Army」 の記事も併せてお読みいただけると幸いです。戦争コメディとでも言うか、嘘みたいなコンセプトの話ですが、これまたスゴイのです。
 
 ですが、この感覚が、「War horse」のあの名場面に、一脈通じるような気もするのです。

 そして、「War horse」と「Dad's Army」の両方が愛されるところが、イギリスの「真面目だけど押しつけがましくなく、したたか」という素晴らしい強みのような気がします。


当ブログ「ウォーホース」関連の記事は以下の通りです。
ロンドンの舞台「War horse(ウォーホース)戦火の馬)」@ あらすじと見どころご紹介
ロンドンの舞台「War horse(ウォーホース)戦火の馬)」A ある名場面と、その他のおすすめ作品。
「War horse(ウォーホース)戦火の馬」 日本公演決定
「War horse(ウォーホース)戦火の馬)」日本公演 感想1見どころとお客さんの反応
「War horse(ウォーホース)戦火の馬)」日本公演 感想2ロンドン初演版との違い
「War horse(ウォーホース)戦火の馬)」日本公演 感想3結末部(ネタバレ注意)
「史実 戦火の馬」(ドキュメンタリー番組)

 今回は、無い集中力を振り絞って書かせていただいた記事ですが、それでも仕上がりが遅くなってしまいました……(汗)。

 しばらくは、ガラッと話題を変えて、イギリスで体験した、日常生活の出来事などを、短めの文でいくつか書かせていただこうかと思っております。

(「War horse」つながりで、一部に戦争の場面が含まれたロシアのアニメーション「話の話」や、こうの史代さんの傑作漫画「この世界の片隅で」も、近々ご紹介させていただきたいのですが。)

 よろしければ、またご覧になってみてください。


posted by Palum. at 07:29| 舞台 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月29日

ロンドンの舞台「War horse」@ あらすじと見どころご紹介

画像 War horseの2009年度上演劇場「New London Theatre」

war horse.JPG

(2010年8月現在も同じ劇場で上演中のようですが、くれぐれも上演場所をご確認の上お出かけください
(※)


 ※と、いうのも、この芝居、私が行った時には(今も)、「National Theatreがお送りする舞台『War horse』がNew London Theatreで上演中」というちょっとややこしい状況で、まあ、完全にわたしの不注意なんですが、ノコノコNational Theatreに行ってチケットを出し、職員さんに「ここではやっていません……」と大変申し訳なさそうに言われたという苦い記憶があります。

(その後、「!?緊急新倫敦!?我、馬!?鹿!?」みたいになっていた私をなだめて、チケットを差し出させ、無事開演前にNew London Theatreにつれていってくださったタクシーの運転手さんありがとう……)

 ※2011年12月11追加情報。

 第一次大戦下の軍馬と彼の飼い主の少年の運命を描いたロンドンの傑作舞台「War horse」が、スピルバーグ監督の映画「戦火の馬」として、2012年3月2日から、ついに日本で上映されるそうです。

 舞台の凄味がどれくらい映画に乗り移っているか……。楽しみというか、祈るような気持ちで待っております。

 これにともないこの記事を「War horse あらすじ」でGoogle検索してくださる人が増えているので(本当にありがとうございます。この上ない光栄です。)映画の公式HPと、舞台公式HPの紹介動画リンクを貼らせていただきます。

 


映画、「戦火の馬」の公式HP 



>ロンドンの舞台 「War horse」の公式HP内動画



(※後者は、私の目頭をパブロフの犬級に一瞬で熱くします。主人公アルバートと馬のジョーイが、ゆっくりと心の距離を近づけていく描写、パペットとは思えない馬の疾走、軍馬として連れて行かれるまでが見られます。のびやかな音楽に重なり合う勇敢にして悲痛な戦闘の突撃の声と、主人公が馬の顔に両手をあて、必ずまた一緒にいられるようになる、と誓う場面に、胸が締め付けられる。本当に、すごい舞台でした……) 


 (要約文)

 今回は、現在ロンドンで上演中のお芝居「War Horse」についてご紹介させていただきます。

 第一次大戦下、軍に徴用された愛馬を追って兵士となった少年と彼の馬を描いた作品(著名な小説家Michael Morpurgo【マイケル・モーパーゴ】の児童小説が原作)で、スピルバーグ監督が、ハリウッドでの映画化を発表したことでも有名です(2011年8月公開予定)映画キャストについて描かれた「ガーディアン」紙の記事はコチラ


 原作小説の画像(舞台の脚本と表紙がソックリなので、ご購入前にご確認ください)


War Horse

War Horse

  • 作者: Michael Morpurgo
  • 出版社/メーカー: Egmont Books Ltd
  • 発売日: 2007/08/06
  • メディア: ペーパーバック




 
 ロンドンのWar horseの舞台公式HPはコチラです。
 
 ミュージカルと違って歌や踊りの華やかな見せ場が無い上に、作品前半の舞台であるデボン地方のアクセントでの台詞を聴きとるのはかなり大変で、追い打ちのように、ドイツ語やフランス語のやりとりのシーンも結構長いので、ある意味「イギリスで観た中で最も聴き取りのハードルが高い舞台」(※)でしたが、それでも、本当に観に行って良かったと思った作品でした。
 
 この舞台でとくに印象的なのは、つぎの2点。

 @ 数人がかりで動かす、等身大の馬のパペットの造形と演技

 A 馬とのかかわりの中で、ごく自然に、公平に描かれた、イギリスと敵国ドイツの兵士たち両方の心の動き。また、それによって、戦争のおそろしさを観客に気付かせるという、さりげないながら忘れがたい物語の語り口。


 動物たちのパペットや、力強く哀愁ある音楽に魅了されつつ、人と動物の絆、国籍を問わず戦争により過酷な運命に追いやられた人々のドラマに心が締め付けられました。

 映画も楽しみだけど、芝居自体、かなうならば日本に来てほしいです。

 この作品で描かれた人と馬、人と人の精神性は、必ず日本人にマッチするはずですし、文楽(人形浄瑠璃)の伝統になじんだ日本人は、あの馬のパペットの美しさに素直に魅了されると思うからです。


(※)前回記事でご紹介したミュージカル「ビリーエリオット」が「半ベソかくほど(ダーラムアクセントが)難しい」と申し上げましたが、それでいくと「War horse」は全ベソかきます(無いよそんな日本語)。それでもなお名舞台でした。


 今回の記事は、

「あらかじめ物語の筋をふまえないと、ミュージカルでない英語のお芝居は楽しみにくいなあ」

と思っている方の一助になればと思って書かせていただいておりますので、前半部のネタバレが多いです。そして、例によって例のごとく「わたしの英語力を経由したあてにならない意訳」なので、大丈夫な方だけ読み進めてください。

@ 前半の舞台と登場人物

   【時代と場所】

 1912年~1914年、デボン地方(イギリス南部、【余談ですが、イギリスの代表的なお菓子、スコーンにつける濃厚なクリーム「クロテッドクリーム」の産地として有名な地方です】)

  【主要登場人物(と馬)】

 アルバート・ナラコット……主人公の少年。

 ジョーイ……アルバートの馬。
 (ジョーイの血筋は、サラブレッド【狩猟や乗馬向き】と、draft【荷車馬車向き】のハーフ、この性質も話の展開に関わってきます)

 テッド……アルバートの父で農家を営んでいる。大酒飲みで気難しいため、村人たちからは軽んじられている。

 ローズ……アルバートの母。気が強く、夫や息子も容赦なく叱り飛ばすが、芯は温かい女性。

 アーサー……アルバートの伯父。テッドよりも裕福で、彼を馬鹿にしている。

 ビリー……アーサーの息子。父親たちの確執の影響で、やはりアルバートたちと仲が悪い。


 【あらすじ】

(※台詞は脚本をもとに描かせていただいております。実際の舞台では変更されているかもしれません)

 主人公の少年アルバートとともに、家畜の競り市に来ていた父親テッドは、当初、牛を買うつもりだったが、仲の悪い親戚のアーサーが、息子ビリーのためにオスの仔馬(ジョーイ)を買おうとしているのを見て、アルバートの制止を振り切って、仔馬の競りに参加。アーサーと競り合った挙句、高値で仔馬を買ってしまいます。


 いりもしない仔馬を買ってきた夫テッドにローズは激怒しますが、仕方なしにアルバートに仔馬の世話を命じます。
 ジョーイは農耕馬(farm horse)に向かず、買ってしまった以上は育て上げて、乗馬用の馬として売りに出すよりほかに、損を取り戻せなかったからです。

 
 ちなみに、このとき、母ローズは、
「(意訳)もしも、家の中から何か妙な音がしても心配しないで、わたしがあんたのお父さんをブッ殺している音だから If ya(=you)hear strange noises from the house,don’t worry,it’s me killin’yer vather(=killing your father)」
と、夫に一歩も引かない勝気さを見せています(笑)。


 さらに、余談ですが、アルバートの家のシーンでは、パペットのガチョウ(車輪付きで、役者さんが操っている【「クワ、クワ」みたいな声も役者さんがつける】)がよく出てきます。

 首を、にょにょ、と動かし、餌をコツコツついばんだり、すきあらば家の中に入ろうとして駆けよったりする(けど、クチバシ先でドアを閉められ、哀愁のある風情で、しばしたたずむ)姿が、人間同士の重要なやり取りの合間に出てきて、いい息抜きになっています。
(なので、カーテンコールでは結構熱烈な拍手を受けていました)。

 かわいいなあ、あれ欲しいなあ(遊ぶ気か)。


 仔馬が飼えることになったアルバートは大喜びで、彼をジョーイと名付けます。最初は怯えていたジョーイでしたが、次第に彼になつき、ともに過ごすうちに、美しくたくましい若馬に成長します。

 アルバートに大切にされ、仲良く遊び、走り回っていたジョーイが、堂々たるいななきとともに、舞台中央から、(仔馬と入れ替わる形で)、成長した姿で現れる瞬間の、勇壮な美しさは必見です。 


 ジョーイがアルバートの家に来てから約2年後の、1914年の夏、ジョーイが素晴らしい馬になったことが、アーサーとビリーには面白くありません。

 一方、ローズはジョーイの成長ぶりに大満足、そろそろ彼を売る時期だと考えます。ジョーイと離れたくないアルバートは、彼を売らずにすむ方法を必死で考えています。


 ところがある日、酔ったテッドが突然「ジョーイに鋤を引けるようにしつける」と言いだします。実は、テッドはアーサーの挑発に乗り、一週間以内にそれができるようにならなければ、ジョーイをアーサーに譲る、もしできれば、アーサーがテッドに金を払うという賭けをしてしまっていたのです。

 しかし、今まで一度も農耕馬としての訓練をしたことの無いジョーイは、馬具を身につけさせることさえ難しく、強引に従わせようとするテッドを蹴ろうとする有様、一週間で鋤を引くなど、ほとんど不可能な話でした。

 アルバートはテッドに猛反発しますが、鋤を引けなければ、ジョーイを殺しかねないテッドの態度に、結局は言うとおりにするほかありませんでした。

 
 怒りの治まらないアルバートがローズに
「こんど僕かジョーイに父さんが手を上げたら……」
と言うと、ローズは
「お前がお父さんを殴ったら、お前が想像するよりももっとずっと強く、わたしがお前を殴り返すよ!」
と、夫をかばいます。

 アルバートはローズがいつもテッドの肩を持つことに不満を持ちますが、このときローズは、彼らの周囲(特にアーサー)の反対を押し切って二人が一緒になったこと、自分たち母子はなにがあろうが彼を愛し、支えるべきだということをアルバートに言い聞かせます。

 アルバートは母に従いますが、鋤を引くことに成功したら、ジョーイを売らずに家に置いてくれるようにと母に頼みます。また一方でアルバートは、もう二度と人を蹴ってはいけないと、ジョーイにきつく諭します。


 アルバートの必死の思いが通じ、ジョーイは見事鋤を引けるようになります。

 これでずっと一緒にいられるようになる。

 アルバートはそう思っていましたが、ちょうどそのとき、戦争の波がアルバートたちの村にも押し寄せます。

 アーサーの息子ビリーは、自ら志願して兵隊に加わり、軍馬として馬を差し出せば、高いお金が手に入ると聞いたテッドは、アルバートに断りも無く、ジョーイを軍に引き渡してしまいます。


 話を聞きつけ、ジョーイを連れ戻そうと必死に追いすがるアルバート、しかし、ジョーイを預かったニコルス大尉は、もうこの馬を返すことはできないとアルバートを諭します。

 ならば、自分もジョーイと一緒に行きたいとアルバートは頼みますが、彼はまだ十六歳、当時の兵役年齢(十七歳)には達していませんでした。

 実は、ニコルス大尉は以前、ジョーイに乗って駆けるアルバートを見ており、彼らの姿をスケッチしていました。

 ジョーイとアルバートの深い絆を知っていたニコルス大尉は、自分がこの馬に乗り、大切に扱うこと、きっとジョーイが戦場に出る前に戦争は終わるだろうということ、そのときは、彼をアルバートのもとに返すことを約束します。

 ニコルス大尉のことばに、アルバートはジョーイをニコルス大尉に託します
 
 別れ際、ジョーイを抱きしめ、

「必ずまた一緒にいられるようになる」

と誓って。


 しかし、クリスマスになっても、ジョーイは帰ってきません。代わりに、アルバートのもとに、ニコルス大尉がジョーイを描いたスケッチブックと、「ある知らせ」が届きました。

 それを読んだアルバートは、決意を固め、スケッチブックから、ジョーイが描かれた絵を破り取って、家を出て行きます……。

                                
                                   (前半部あらすじ終わり)

 ジョーイが軍馬になってしまうシーンで印象的なのは、当時のイギリス(おそらくはドイツも)国民の、第一次大戦に対する予測のありようです。

 「きっとすぐに終わる。自分は生きて帰れる」

 多くの人が、そう信じていたのだとわかりました。

 まだ、近代戦というものが始まる前のイメージしかなかったために、このような誤算のもと、多くの兵士が、あまりためらわずに戦争に参加してしまったように描かれています。

 アーサーもまた、自分も、自分の父も従軍経験があるのだから、息子を戦争に出しても無事に帰ってこれるだろうと、ビリーを送り出してしまいますが、この大戦から初めて登場したマシンガンの存在を知ったあとで、はじめて息子がどれだけ危険な状況にあるかに気付いています。

(ちなみに、同じく第一次大戦から使われるようになった兵器である毒ガスも、後半の展開に大きく関わってきます。)
 
 アルバートも、この戦争で何が起こるかを知っていたら、絶対にジョーイを引き渡そうとはしなかったでしょう。

 戦争それ自体も恐ろしいですが、ニコルス大尉のような軍人さえも状況を見誤ったまま、泥沼のような戦争に巻き込まれていったのだと思うと、この直前の人々の姿も、我々の目には非常に悲劇的に映ります。


A 舞台の見どころ

  【イギリスとドイツ、双方が描かれた物語展開】

 後半のあらすじをくわしくご紹介することは避けますが、とりあえずお伝えしておきたいのは、後半はアルバートたちと交互に、馬たちとドイツ側の軍人フリードリヒの物語が展開するということです。

 冷酷な軍人もいる中で、フリードリヒは落ち着いた人柄で、もとイギリス軍のものだった馬たちには英語で話しかけるなど丁寧に接し、戦死した仲間の遺体から、家族の写真を見つけて涙するという、温かみある人物です。

 彼は既に若くはなく、生きて妻と娘のもとに帰りたいと切望しており、戦闘に巻き込まれて自分だけが生き残って以後、自分の立場を救護兵と偽って、馬たちとともに戦闘から外れようとします。

 このように、ひとつの物語の中で、対立国双方の兵士の内面が描かれるというのは、今まで、あるようで無かった気がします。

(イーストウッド監督が「父親たちの星条旗」「硫黄島からの手紙」と二作に分けて、アメリカと日本それぞれの兵士の姿を描いたのも、非常に画期的だったと思いますが)

 
 このような描写がごく自然にできるのは、この作品の主軸が馬だからです。

(残念ながら対立国の人間同士では、戦場でこのようなやりとりをすることは難しいでしょう。)

 フリードリヒにもジークフリートという愛馬がいましたが、既に戦闘で失っていたため、イギリス側から連れてこられた馬たちを大切にし、理不尽な扱いをしようとするほかの軍人たちから、体を張ってでも守ろうとします。

 「馬にはドイツもイギリスもなく、獲った側が、軍の財産として自由に使える」
という戦場での状況が、奇しくも

「馬を可愛がる気持ちに、ドイツもイギリスもない。人の心はどこの国でもそんなに変わるものではない」

という事実を浮き彫りにします。

 そして、馬たちを思いやり、自分の故郷に連れ帰ろうとするフリードリヒを見ているうちに、観客であるわれわれの心に湧き出てくる、

「では、なぜ彼らは殺し合わなければならなかったのだろう」

という解けない疑問が、戦争に対する怒りや悲しみや恐怖となって、ずっしりと残されるのです。

 この疑問を最も痛烈に(しかし表向きは軽く)投げかける、非常に印象的な場面があるのですが、これは「よりネタバレ」になってしまいますし、その他の作品とも比較しながらご説明したいので、次回記事であらためて書かせていただきたいと思います。


 【馬のパペットの魅力】 (※大量の個人的思い入れ付き)

 この馬は、全体的な輪郭は籐製で、ジョーゼットという透ける布が皮膚、脚は木製のようです。(関節など可動部には金属も使われ、革製の部分もあるそうです)

 ジョーイとトプソンという、作品のメインキャラクターは三人で動かしていて、頭部を棒で操る人は、馬のいななきや鼻息も声帯模写で演じます。

 War horseのパペットについて紹介した「テレグラフ」紙の記事は下記URLです。
 http://www.telegraph.co.uk/culture/theatre/3559969/War-Horse-puppets-Whinnying-formula.html

 パペット使いの人(Puppeteer)の人の姿が透けて見える(ちなみに服装は釣りズボンにシャツ、あるいは当時の農家の人にいそうな普段着姿など)つくりなのですが、馬のしぐさが事細かに再現され、その歩く姿など、馬独特の、引きしまった筋肉が、力強く、しかし軽やかに揺れ動く様子までが感じられて、なんとも美しいです。優雅な蹄の音も耳に心地よい。

 止まっていれば現代アート風、しかし動くとそれはとても生き物の質感のある馬になる。

 多分、外見的なリアルを追求するより、繊細な動きと、観客の記憶の中にある馬のイメージが合わさることで完成する馬なのでしょう。

 これは、ちょうど、文楽で、主遣い(おもづかい【人形のかしら(首)を操る】)の人が、紋付き袴の正装ではっきり姿をあらわして、その技術の高さと、人形の生命感を同時に観客に魅せるのと似たような、複雑な表現方法です。

 なので、まさに文楽を観るときのように、「操る人は、いるけどいない」と、半分意識から外した鑑賞の仕方でご覧になることをお勧めいたします。

 わたしは、ジョーイが仔馬姿で登場した当初から、ジーンとしっぱなしでした(早いよ)。

 ものすごく見事に馬なのですが、一方で、我が家に昔いた犬に似ていたからです。(←「かわいくておもしろくて性格が良さそう」と思うと、馬でもアザラシでもインコでもその犬に似ていると思う人【乱暴な愛】)

 いえホント、びっくりすると耳が、ひょきひょき、と立ったり、恐縮して頭を低くしたり、脚がむずカユイのか、なにかのはずみで、あぎあぎ……とかるく噛んでみたり、おっかなびっくり歩くときの足取り、関心を引きたいときは、どちんと割り込んでくる遠慮のなさ、そして鼻息で「ンブルルル……」とか、「ブシュヒヒン」とか、いろいろ言って、人と意志の疎通ができるところなどは、うちの犬によく似ていたのです。


 うちの犬が、すごくうれしいと「ぶしゃん!ぅぶっし!(本当にこんな音)」と、なんかやけに力強くうなずくように鼻を鳴らし、憮然としたときは「ふんっ!!」「……ふっ(鼻ため息)」とか言っていたのを思い出して、とても懐かしかったです。
(というか、犬に鼻でため息つかれるって、何しでかしたの)


 そんなわけで(?)、美しいのだけれど、いかにも生きものらしく、優しく愛嬌もあるジョーイにお客さんたちも完全に感情移入し、ジョーイがピンチになった時など、ざわざわしたり、はっきり「オオ…」とか「ノー」と思わず言ってしまう人も続出でした。

  【音楽とアニメーション】

(音楽)
 公式HPで一部聴けますが、この舞台は場面の節目で男声の歌が入ります。

 これがとてもおすすめです、イギリスの野をめぐる季節、土や動物たちとともに働く人々の日々を歌い、生命力と郷愁を感じさせます。CDが発売されていますが、ご購入する価値が十分にあると思います。

 映画化の際、この音楽を取り入れてくれたら、とても良い味になると思うのですが、無理でも、この空気は入っていてほしいと思います。

 戦争が題材のドラマや映画では、「とにかく泣け」みたいな重圧がある、怖いか悲しいかの空気だけがずっしり充満している作品が、結構あるのですが、この作品のように、むしろ力強く命の摂理を歌いあげた音楽が入っていると、作品世界に厚みがでるし、これが本当は我々が選ぶべき道だと、観客が感じられると思うのですが。


(アニメーション)

 ロンドン公演の舞台では、上方に、裂け目のような形の白いスクリーンがかかっています。

 これは、実は「アルバートがスケッチブックから破り取ったジョーイの絵の切れ端」の姿をしているのですが、場面によりデボンの風景や、戦場(そこに照準器からの標的がこまかく描きこまれていたりする)、戦闘シーンなどのアニメーションが映し出されます。

 鉛筆画の味わいで描かれた戦争の悲劇、倒れてゆく兵士の姿などは、詩的で象徴的で、生々しさはありませんが、この舞台の空気感には相応しく、非常に大きな効果を挙げています。

 全体的にモノクロのこの画面に、少しだけ色がさすことがあります。

 それは深紅のひなげし(Poppy)の花の絵。

 ひなげしは戦没者への追悼を象徴する花であり、この映像の中でも、ひなげしから血が涙のように流れてゆきます。

 

 以上、作品のあらすじと見どころについて、ご紹介させていただきました。

 次回記事「War horse」Aでは、わたしにとって、この作品の中で最も印象深かった、あるシーンについて、同じく戦争を描いた傑作映画「西部戦線異状なし」、文学「俘虜記(大岡昇平作)」の一場面とともにご紹介させていただきたいと思います。

 「よりネタバレ」なので(できるだけぼかしますが)大丈夫な方だけ、よろしければ次回もお読みください。

当ブログ「ウォーホース」関連の記事は以下の通りです。
ロンドンの舞台「War horse(ウォーホース)戦火の馬)」@ あらすじと見どころご紹介
ロンドンの舞台「War horse(ウォーホース)戦火の馬)」A ある名場面と、その他のおすすめ作品。
「War horse(ウォーホース)戦火の馬」 日本公演決定
「War horse(ウォーホース)戦火の馬)」日本公演 感想1見どころとお客さんの反応
「War horse(ウォーホース)戦火の馬)」日本公演 感想2ロンドン初演版との違い
「War horse(ウォーホース)戦火の馬)」日本公演 感想3結末部(ネタバレ注意)
「史実 戦火の馬」(ドキュメンタリー番組)

 読んでくださってありがとうございました。 
posted by Palum. at 22:37| 舞台 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2010年08月25日

ミュージカル「ビリーエリオット」Aロンドン公演紹介



(ビリーエリオットの劇場Victoria Palace Theatre)
ビリーエリオット劇場夕方

※【訂正】一時「上にあるのは、チュチュを着て踊るビリーの像」と書かせていただきましたが、実は有名なバレリーナ、アンナ・パヴロワだったそうです。大変失礼いたしました。(※1)

(2009年度に撮影した劇場の看板、この、のびのびとしたパワフルさが、イギリスの年若い役者さんたちの魅力です)
ビリーエリオット看板

 
 本日は、以前の記事に引き続き、ロンドンのミュージカル「ビリー・エリオット(Billy Elliot the musical)」について(ようやく)ご紹介させていただきます。


(※最近、「あっ?いい番組が放映される!」と直前に気付いて、違う記事をバタバタ間に挟んでしまっていたので、お恥ずかしいことに、予告させていただいたのに、更新がとても遅くなってしまいました……)

  炭鉱ストライキ中のダーラムという町で、「男がバレエなんて」という父や兄の反対に遭いながらも、バレエダンサーを目指す少年、ビリー・エリオットの物語です。

 同名映画(邦題は「リトルダンサー」)が原作ですが、映画に一歩も引かない、しかし、違った魅力もたくさんある傑作です。



(※御手数ですが、まだ、あらすじや原作映画をご存じで無い方は、先にコチラ、ミュージカル「ビリーエリオット」@あらすじと原作映画紹介をお読みください。)



 社会問題や人間ドラマなどが、とても「イギリスらしい」味わいの作品ですが、アメリカにも渡り、2009年度トニー賞を十部門で受賞するなど、大成功を収めました。(※2)


 確かに「世の理不尽と、それに立ち向かう人々の結束、芸術の力」というのは、イギリスだろうがアメリカだろうが、人を感動させるテーマですよね。

 日本で舞台化しても、多くの人々の心を動かすと思います。

 一言で申し上げると、「映画と『良さ』の根っこは一緒だけれども、ミュージカルの特性を活かし、全体的にはよりコミカルで明るい作品」です。

 ロンドンに行かれる方には、是非ご覧になっていただきたい作品のひとつです。

 ミュージカル「Billy Elliot the musical」のロンドン公演の公式HPはコチラ
です。(アメリカの公演情報と合同になっているトップページはコチラ)。

 ※チケットご購入の際には、公演場所をお間違えないようにくれぐれもご注意ください!

2010年度時点で「Billy Elliot」が観られるVictoria Palace Theatreの公式HPはコチラです。


 動画がたくさん観られる公式HPの「VIDEO」ページはコチラです。
 (単にわたしのパソコンの問題なのか、呼び出しにずいぶん時間がかかってしまう動画もあるのですが……)

 超オススメ!ミュージカルの名場面をまとめた、公式HPの3分動画はコチラです。

(※1)アンナ・パヴロワ (Anna Pavlova 1881生~1931没) ロシア出身のバレリーナ、1911年よりロンドンに活動拠点を移し、1922年には来日も果たした(西洋舞踏を初めて日本に知らしめ「日本バレエ界の恩人」といわれる)。「瀕死の白鳥」が非常に有名。
 Victoria Palace Theatreのパヴロワの像は第二次大戦の際には戦火を避けて取り外されたが、その際に紛失、2006年からはオリジナルのレプリカが据えられている。
(参照 ウィキペディア「アンナ・パヴロワ」、「Victoria Palace Theatre」)
 
 ……調べてみると、かなり有名な像のようなのに、見間違えてしまいました。本当にすみません……。Queenの曲が元になっている「We Will Rock You」が上演されているロンドンのDominion Theatreには、巨大なフレディ・マーキュリーの金色の像があるので、先入観が見誤らせてしまったようです……。

(※2)公式HPの動画ページで「Billy Elliot Sweeps Tony Awards」とあり、「sweep」は、「ほうきで掃除する」の意味だと思っていたわたしは「??」となりましたが、「~を席巻する」という意味もあるそうです。ひとつ学んだ……。 


(本文)

(注!今回は筋のネタバレも少しあるのですが【ぼかしているつもりですが】、こういう場面がある、というバレが結構あります。大丈夫な方だけお読みください)
 
 以前、人気映画「Sister Act(邦題 天使にラブソングを)」の同名ミュージカルをご紹介した記事でも申し上げましたが、この作品でも「よくあれだけの名作映画を原作に、ひけをとらない感動を与える作品を作れるものだ」と感服いたしました。
(元ネタを違う芸術に引っ越しさせると、見劣りしてしまうケースが多いので)

 これらの作品の成功の秘訣は「作品のテーマはしっかり押さえつつ、どんなに映画で名シーンでも舞台に向かないものは削り、代わりに舞台ならではの面白さを加える」という、大胆な取捨選択にあると思います。

 というわけで、今回はミュージカルならではと思われる登場人物のキャラクターやシーンの特徴をご紹介いたします。


 【ビリー・エリオット】

 「ダンスに情熱を燃やし、家族思いで、だけど家族や社会の理不尽に苛立つ若者」
という基本的な部分は映画と同じです。

 しかし、映画の、ときおり眉間にしわを寄せつつ、わりと寡黙にダンスや家族の世話にいそしむという、やや大人びた風情の代わりに、もう少し喋り方や感情表現がはっきりしていて、若い感じがします。

(いや、若いも何も11歳の設定なんですが……)

 もちろん役者さんにより、演技は違うのでしょうが、わたしが観た回のビリーの素晴らしかった点は、

「ダンスも歌も演技も、高い技術を持ちながら、そこに感情のほとばしりがしっかり感じられる」

というところでした。

 難しいことをするとき、その「すごい技」をやりきることで、いっぱいいっぱいになってしまうというのは、大人でもよくあることだと思うのですが、多彩なダンスや、伸びやかできれいな声量の歌から「ビリーの怒り、ビリーの喜び」がひしひしと伝わってくるのです。


 前半で圧巻だったのは、ビリーが炭坑ストを制圧するために、ダーラムに結集した警官隊の前で、猛烈なタップダンスを踊るシーン。
(映画にも類似シーンはあります)


 警官隊たちの、舞台一面にズラリと並んで立ちはだかる盾は、そのまま、ダーラムとビリーの未来を容赦なく阻む壁であり、経済事情や偏見ゆえにダンサーになることを禁じられたビリーは、何度も頭を抱え、叫びながら、激しい音楽に合わせて、電光石火のパワフルなステップを踏み、行き場の無い怒りを、そのタップの響きや、鮮やかな跳躍に託します。

 それは、彼が少年であろうとなかろうと、ごく自然で正当な怒り。
 
 しかし、彼にはまだそれを打ち砕く力も、説得する手段もなく、ただ、彼の無限の可能性を持つはずの才能が、壁の前で繰り返し爆発します。

 ……というようなことを、息を飲みながら考えるほど、このシーンは迫力があります。

 映画のビリーもそうですが、「カワイイ芸達者なコドモ」的なイメージで観たら、はっきり言って火傷します。

 「強靭な意志と、確かな技術、世間や人の心に対する本質を突いた洞察力、そして鮮やかな心の動き」
が、イギリスの若い芸能人たちからはきっちり伝わってくるのです。


 個人的な話としては、ミュージカル「ビリー・エリオット」を観たのは、イギリス滞在時の結構後になってからでした。

 というのも、前回記事でも触れましたが、わたしはどーも、「子どもという種族はみんな、素直でか弱くてカワイイ」というひとくくりが苦手で(……なぜって、自分が性悪で計算高かったのをきちんと覚えているから)、その手のイメージを前面に出した作品になっていたら、なんかモヤモヤするだろうなあと思っていましたから。

 しかし、「イギリスの若いタレントの活躍はそこにとどまっていない」ということも徐々にわかってきましたし、映画のビリーの名演を引き継いでいるなら、ミュージカルでも魅力的なビリーを観られるだろうと行ってみて、そしてこのとおりミュージカルにも夢中になったわけです。


 もうひとつ、忘れがたかったのは、ある非常に大切な場面で、ビリーが自分のバレエに対する宿命的な思いを、歌いながら一気に踊り上げるシーンです。

 この場面でのダンスは映画には無く(現実には、あの状況で踊ることは無いので)、ミュージカルだから成立した場面なのですが、このシーンがあることによって、観客はその後の展開に、映画以上の説得力を感じます。

 わたしが観にいった日、この場面で、鮮やかにアクロバティックなダンスを見せたビリーに、物語の途中ながら、観客の称賛の拍手はなかなか鳴り止まず、ぴしっと綺麗にポーズを決めたままの彼が、ほんの一瞬だけ、ニコッと笑いました。

 それは、きっと、たった一秒だけ、お客さんと、自分の血のにじむような努力のためにかいま見せた、役者としての喜びの笑顔。

 その、若く屈託なく、しかし、それだけではなく、大事な瞬間を、見事にやり遂げた人だけが浮かべることができる、顔いっぱい喜びにあふれた表情が、いまでも忘れられません。

 わたしも、いつか、人生で一度くらい、あんな風に笑うことができるだろうか。いや少なくともそれを目指したいと思いました。


  【マイケル】

 マイケルはビリーのクラスメートの少年で、実はビリーに思いを寄せています。

 映画での、ビリーをアンニュイなまなざしで見つめていたり、彼に対する好意をつぶやくように漏らすマイケルも非常にいいのですが、ミュージカルのマイケルはわりとあっけらかんとしていて、作品内で最もキャラクターが異なっています。

(例)ビリーが、本当は女の子の格好をするのが好きなマイケルに、誰もいないレッスン場で、フワフワのバレエチュチュをこっそり貸してあげるシーンでは、「ひゃっほーう!!」みたいな感じで、そそくさと服の上から着込む。

 そして、ビリーを演じた役者さんと違った意味で、「イギリスの若い役者さん凄い」と思いました。

 「大人顔負けの技術がある」というより、さらに、若いゆえの大胆さや、観客巻き込み力があるんだな、と。


 ビリーがマイケルを訪ねた際に、マイケルがお姉ちゃんのタンスをいじくってオシャレやお化粧をしているシーンがあるのですが、映画では、その後、わりと静かに二人が話し合うこの場面が、思いっきり派手にドレスアップして、一緒に踊りまくるシーンに変わっています。

(彼らと一緒に「何か」も踊ります。すごく元気でカラフル。ちなみにこの場面にいたる舞台装置の転換も独特で面白いので、ご注目ください)

 そして、その日は、既に大笑いで手拍子をしているお客さんに対して、ちょいポチャなマイケル少年が、ドレス姿で踊りながら舞台の最前部に立ち、アドリブなのでしょうが、お客さんに向かって身をかがめ、  「ホラホラ、もっと拍手カモ~ン!」 みたいに両手でクイクイ手招きをしていました。

 凄い舞台度胸です。そして、この舞台に立つプレッシャーとか、特訓とか大変だろうけれどしかし、絶対今、すごく楽しいのだろうなということも伝わってきて、こちらもワクワクしました。 


  【ビリーのお父さん】

 映画でも、最初はひたすらピリピリおっかない、しかし後に「父親」の温かさがバスンと感じられる、少し古風なビリーのお父さん。

 ミュージカル全体の雰囲気に合わせて、ややコミカルな感じに変わっています。

 がっちりした体つきにコワモテなのに、着けると「グラマービキニのおねいさん」に変わってしまうジョーク柄のエプロンで料理を作っていたり(このエプロンは映画でも登場するのですが、より登場シーンが長いです。ちなみにビリーの兄さんと共用【笑】)ある場面でビリーと一緒にいるときは、その場ではやや浮いてしまう「マッチョ男オーラ」を委縮させて、生真面目に応対する姿などに、なぜか笑わされてしまいます。
 

 一方、映画でも山場の一つである、ビリーの兄さんとの対立シーン(これは映画でも舞台でも、本当にせつない……)での歌「He Could Be A Star」や、ミュージカル独自の、仲間たちとのクリスマスパーティーのシーンで、炭坑に人生を捧げたお父さんそのものを思わせる歌「Deep Into The Ground」 を歌うシーンでは、じんわりとよく響く、しかし哀愁のこもった歌声を披露してくれています

  【ミセス・ウィルキンソン】
 
 ビリーのバレエの先生です。

 淡々としているようで、夢を追うビリーのことを、ときにビリーのお父さんとやりあってまでサポートしてくれる、芯が強く懐の深い女性です。

 基本的な口調やビリーに対する態度は共通していますが、異なるのはバレエの生徒たちとのレッスンシーン。

 ショーのように、大きなダチョウの羽を持ってユーモラスなダンスを披露する女の子の間で、ゴージャスな声と仕草で踊ったり、ビリーと、レッスンピアニストの男性とダンスの特訓に励むシーンは面白いです。

(この男性も映画と違い、舞台では意外にポップな味を出しています)

 踊ることの楽しさを教えるというところを、より強調したキャラクターになっているようです。


 ちなみに、映画では、単に彼女と不仲で酒浸りという位置づけの旦那さんが、それだけでは終わらない人として舞台には登場していて、ごく短いながら、ほっとさせるところもあります


 【ビリーのおばあさん】

 マイケルと並んで、映画とはキャラクターが違います。

 やや物忘れが多くなった感じで、ビリーを時々心配させますが、ビリーがバレエという夢を追い始めたとき、家族で唯一、ビリーの夢に最初から理解を示してくてた人。

 舞台ではこの設定に「すごく元気」というのが加わります(笑)。

(ミュージカル「Sister Act」のシスター・マリー・ラザルスもそうなのですが、若い人以上にはっちゃけたおばあちゃんというのは、舞台キャラとして、かなりイイとこ持ってきます)


 亡くなった夫(ビリーのおじいさん)を思い出し、彼との甘いダンス、しかし結構コンニャロだった、古い時代の結婚生活を振り返って、当時の美しい青年たちをバックダンサーに、やけっぱちのような声でビリーに歌って聞かせるシーンなどがあります。

 このミュージカルは、カーテンコールのシーンが大変賑やかなのですが、そこでのおばあちゃんのダンスも楽しいです。


  【ビリーのお母さん】

 既にこの世を去っているのですが、映画より登場している時間が長いです。

 ちょうど、わたしも「ふるさと」についてしんみりしていた時期だったので、彼女が笑顔で登場し、やわらかな優しい声で歌うシーンでは目頭が熱くなりました。

 とてもいいシーンなので、ご覧になる方はご注目ください。


  【炭坑の人々】

 もちろん映画でも重要な要素として描かれていますが、政府に反抗して、困難な道を選びながら、堅い絆で結ばれた人々が、このミュージカルの確かなバックグラウンドになっています。

 楽曲として胸にガンガン響いてくるのは、この炭坑の人々のパワフルで、重層的な歌の数々です。

 このため基本的な筋は一緒なのですが、映画より舞台のほうが「ダーラムという場所」について、希望を感じさせる印象にまとまっていると思います。

 とくにすぐれているのは、ある大切な場面で、彼らが一丸となってビリーに向かって歌うシーンです。

 (先ほどご紹介した3分動画で一部ご覧になれます。わたしは、その数秒でもう泣けてきます(←ほとんど「パブロフの犬【※】」状態))

 たくさんのやるせなさを秘めながらも、誇り高く結束した人々から、若きダーラムの一員である、ビリーへの力強いメッセージとなっています。

 これは、映画には無く(というか不可能)、複数の場面をひとつの場所に盛り込める舞台の特性をうまく活かしていて、非常に象徴的です。


(※ パブロフの犬……ソ連の生理学者パブロフが行った実験。犬にある音を聞かせてから、エサをあげることを繰り返した結果、犬は音を聞いただけで唾液を出すようになった。この現象がのちに「条件反射」と呼ばれるようになる。【参照 ウィキペディアの記事「条件反射」】)


 (余談1)サッチャー元首相へのメッセージ

 とにかくダーラムの人々からすると、炭坑を縮小して仕事場を奪おうとする鬼ですので、扱いが容赦ないです。

 クリスマスに彼女をからかって歌うシーン、日本人は度肝をぬかれます。
(実在で、しかも存命中の著名人をあそこまで皮肉るって、日本ではあまりやらないですから……)

 王室もギャグにしてしまうイギリス人には、このくらい朝飯前のようですが


 (余談2)空耳アワー(タモリ倶楽部風)
 
 炭坑町の人々が警官隊と衝突しながら歌う「Solidarity(団結,結束,連帯意識)」というタイトルのものがあります。

 すごく強い言葉で警官隊をののしりながらも、

「All for one, one for all (みんなはひとりのために、ひとりはみんなのために)」
「We’re proud to be working class (意訳 労働者階級であることを誇りに思う)」

 と、炭坑で働く人間の気概を歌いあげていて、観客を盛り上げるのですが、彼らの
「Solidarity, solidarity」
という繰り返しが、わたしには最初
「それなりに!それなりに~!(日本語)」
と聞こえてしまい「??」となりました。

(お陰さまで今となってはこの単語を二度と忘れない自信がありますが)

 ちなみに、わたし以外に、複数の日本人の知人も同じことを言っていましたね……。


(余談3)ダーラムアクセント

 というわけで、このミュージカル「ビリーエリオット」、皆さんに強くお勧めしたい名作なのですが、ひとつ気をつけていただきたいのが、彼らの話すダーラムアクセントの台詞。

 半ベソかくほど難しいです……(汗)。

 これについては、いずれ単独で記事を書かせていただこうかと思いますが、日本人が普段英語教材で耳にする英語と言うのは、たとえて言うならNHKのアナウンサーの標準語での話し方。

 日本がそうであるように、イギリスにも地方アクセントというのが存在し、さらにここに「十代特有の砕けた喋り方」「炭鉱男のオッスな感じの喋り方」が混ざってきますから、そりゃもう大変です。(略語、俗語も多いですし)

 ミュージカルですから、大事なシーンを「感じる」ことはできますが、すべての台詞を理解しようとなると、結構大変です。

 少なくとも、「相手の配慮に頼りつつ、日常生活のやりとりならなんとか……」という状態のうちは(わたしのことですが)、リアルタイムで彼らの言っていることを正確に把握するというのは、かな~り難しいですので、やはり事前に映画をご覧になることをお勧めいたします……。



 以上です。このほかのミュージカルについて簡単にご紹介した記事(2009年度情報)もありますので、よろしければお読みください。

 次回は、スティーブン・スピルバーグ監督による映画化も決定した舞台「War horse」についてご紹介させていただく予定です。

 一応、日曜日くらいには更新できるように、が……がんばります……(←独りプレッシャー)。

 (補足)
 
 ここ数日、以前より多くの方にこのブログに来ていただきました。

(多分、いや間違いなく、イギリスのカリスマ合唱団指揮者ギャレス・マローンさんの番組のおかげかと……)

 新しく遊びに来て下さった方、そして、以前から、この更新がワヤワヤなブログを見放しもせず、繰り返し来てくださっていた方々、本当にありがとうございます。

 相変わらず、バタバタしておりますが、引き続き(できればもう少し頻繁に←今回の件で懲りた)、皆様のお役に立てるような記事を書かせていただきたいと思いますので、これからもお読みいただけると幸いです。


posted by Palum. at 12:16| 舞台 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年09月05日

まさしく「GLORIOUS FUN!」  「Sister Act」ミュージカル。

※glorious=輝かしい(キリスト教の賛美歌で、神様を讃えるときに良く使う言葉です) fun=面白いこと

※ロンドンの地下鉄駅構内にあった、このミュージカルのポスターのキャッチコピー、激しく同意です。

「Sister act」のポストカード
シスターアクト、カード.JPG

(要約文)
「Sister act」は、日本では「天使にラブソングを」という題名で知られる、ウーピー.ゴールドバーグ主演映画です。

ギャングから命を狙われ、修道院に逃げ込んだクラブ歌手が、修道院の聖歌隊を大変身させるというストーリー。
この映画が、2009年初夏からロンドンでミュージカル化されました。
名作である映画に見劣りせず、ミュージカルにはミュージカルの魅力がある、ということをフルに示した作品です。

巨大マリア像を背に、舞台一杯のステンドグラスのセットの中で、ノリノリ修道女さんたちが、ラインダンスを踊るシーンは、最高に楽しいです。


(本文)
「Sister Act」上演中のロンドンPALLADIUMシアターの写真。
(2009年七月撮影)
PALLADIUM シアター.JPG


※一部ネタばれがあります。ご了承ください。

まずは映画のあらすじから。

デロリス(ウーピー ゴールドバーグ)はクラブの歌手で、クラブ経営者(実はギャング)の愛人。
しかし、彼が部下を始末したのを目撃してしまったために、命を狙われることに。

警察に逃げ込んだデロリスが、裁判の証言台に立つまで、身を隠す場所として選ばれたのは、閉鎖の危機に瀕した女子修道院でした。

奔放なデロリスと、厳格な修道院長は対立しますが、デロリスが、歌のレッスンを手掛けて、ポップにアレンジした聖歌隊は、大評判になります。そして……。


思えば、今まで実現しなかったのが不思議なくらい、ミュージカル舞台化向きの作品ですよね。

ウーピー ゴールドバーグご本人が、製作を支援したというこの作品は、明るく楽しく暖かく、映画を好きな人々にも、満足の行く仕上がりです。


Sheila Hancock(シエラ ハンコック)さんという、イギリス人なら誰もが知っているという名女優が、しっかり者ながら、デロリスに振り回される修道院長を、結構おいしいとこ持って行きながら、可愛らしく演じていらっしゃいます。
(でも、ベテラン女優さんなのに、主役を立てるところは、立てていらっしゃるのも良い)

イギリスの演劇界の、すごいなあと思う点は、既に名声を得た人が、テレビや映画にとどまらずに、生の反応を体感できる舞台に、果敢に乗り込んでくるところです。

大作映画で十二分に知名度のある、美男俳優ジュード ロウ(舞台『ハムレット』)、ジョシュ ハートネット(舞台『レインマン』※彼自身はアメリカ国籍です)。
『ミスター ビーン』でおなじみ、イギリスコメディ界の至宝、イギリスの志村けん(個人的形容)、ローアン アトキンソン(ミュージカル『オリバー!』)など、この一年だけでも、そうそうたる顔触れの舞台出演がありました。

それにしても、シエラ ハンコックさん、本当は七十代だそうですが、舞台にいらっしゃるときは、お肌と背筋がきれいで、四十代くらいに見えました。
女優さんってすごい。

そして、名女優ウーピー ゴールドバーグの当たり役を引き継ぐという、大役を背負ったPatina Miller(パティナ ミラー)さん。
ウーピー.ゴールドバーグを向こうにしても、かすまない、別の魅力を力強く放射していました。

たくましいというか、ガサツというか……でも情が濃くて、みんなをグイグイ引っ張って行く、ウーピー版デロリスの温かさをふまえつつ、もう少し可愛い、やんちゃなお姉ちゃんの雰囲気。

張りのあるナイスバディに、確かで朗らかな歌声と、元気一杯の動き。
大きな目をくるんと動かして、白い歯をのぞかせ、二カッと笑うと、周りを引き込むような力がある。

某箇所で、そういう、気さくな魅力とはまた別に、
「やるときゃやるわよ、女優だから」
と言わんばかりの、ゴージャス美女っぷりで魅せる瞬間がありますが、お客さんたち、
「っおーーーっ!!」
と、湧いていました(わたしも)。
老若男女の心をまんべんなく掴める、すごく素敵な女優さんだと思います。


無理やり難をつけると、正直、映画があまりにも素晴らしいので、
「ああ……あの場面、あの歌無いのか……好きだったんだけどな」
という思う部分も、少しだけあります。

ですが、代わりに、音楽も場面もキャラクターも、映画には無い良さをちゃんと沢山足してあります。

ただ、元ネタである映画を、そっくりコピーするのではなく、ミュージカルが、映画という芸術表現より有利なところを強く打ち出し、逆に不向きなところは思い切って削る。

この取捨選択が、「名作映画にひけをとらないミュージカル」を生み出したのだと思います。

(※『見事な取捨選択で生み出された、名作映画にひけをとらない
感動ミュージカル』というと、ほかに『Billy Elliot(ビリー.エリオット)』があります。
【日本語の映画のタイトルは『リトル.ダンサー』。】
これも激オススメです。)

この『Sister act』のとても良いところは、脇役の人にも、それぞれの愛嬌と歌を披露する場が、きちんと用意されているところだと思います。


映画の中でも、頑固ながらお茶目で、いい味出していたシスター、マリー ラザルス
(デロリスが来るまで、こっぴどい聖歌隊を指揮していたおばあちゃん)
が、面白キュートな声で、豪快に歌って、酒ビン持って(笑)、好き勝手に大暴れしたり、

デロリスの命を狙うシャンク(映画での名前は「ヴィンス」)の部下である三人組が(映画では二人でしたよね)、あまり切れ者とは言えないボスの命令に振り回されながら、ドタバタギャグと良い喉を披露したり。

映画のヴィンスも、とても面白かったですが、ミュージカルでシャンクを演じた役者さん(Chris Jarmanさん)は、重低音の、ものすごく技量のある、ほれぼれするような歌い方でした。

強そうだしワルだけど、ややおマヌケさんなキャラと、その歌唱力のギャップが魅力的。

映画との最大の違いは、デロリスが駆け込んだ際、彼女に修道院を紹介する、刑事エディのキャラクターです。

映画のエディは、ガッチリとして、声も渋く、「現場たたき上げ」の頼もしさ満点の、男らしいキャラでしたが、ミュージカルのエディは、優しくて真面目なんだけれど、うぶで度胸が無くて、デロリスのパワーに圧倒されっぱなしです。

でもいつか、たのもしくてかっこいい男になりたい。

そんな気持ちを、そっと見せる場面が、映画には無い良さでした。

個人的に、すごく好きな場面なのですが、ご覧になるかたのために、ここまでにさせていただきます。

このエディ役のAko Mitchellさんも、いかにも観客が応援したくなる感じを、上手に演じていらして、お客さんの喝采を浴びていました。

そして……実は、このミュージカルの中で、シエラ ハンコック扮する修道院長とともに、教会を切り盛りしている神父様がIan lavender(イアン ラヴェンダー)さんでした。

以前「イギリスの怪物番組『Dad's Army』」という記事で、ご紹介した、1970年代の大人気コメディの登場人物、パイク青年を演じた役者さんです。
すっかり貫禄あるロマンスグレーになられていてびっくりしました。

(イアン ラヴェンダーさんの『Sister Act』内の紹介ページ)
http://www.sisteractthemusical.com/cast/ian-lavender.php

でも相変わらずコミカルな演技がお上手で、あのお仕事についている方々にとって、超超超重要ゲストが、シスターたちの歌を聴きにいらっしゃるというニュースを告げる際、その超超超重要ゲストの役職名、うれしすぎて最後まで発音できないのです(笑)。

ちなみに、この超超超重要ゲストの登場シーンも面白いです。



内容的なところで少し違いがあるかな、と思ったのはデロリスの成長の方向です。

映画は、デロリスが、キリスト教的な、社会奉仕の精神に目覚めていく雰囲気がありますが、ミュージカルではどちらかというと、修道院の女性たちへの姉、妹に対するような、家族的な愛情と絆の方が、より多く表現されていたように感じられました。

もちろん、映画もミュージカルも、この二つの気持ちを、それぞれちゃんと描いていますが、さじ加減が少し違うかなという感じです。


なにはともあれ、名作ぞろいのロンドンウェストエンドミュージカルに、新しい傑作が加わったのは間違いありません。

とりあえず2009年十二月十八日までのロンドン公演は確定しているようですが、是非さらなるロングランになって、皆を幸せにしてほしいと思わせる作品です。



シスターアクトの公式ホームページは、以下のアドレスです。



http://www.sisteractthemusical.com/home.php

公式ホームページ内に、音楽を視聴できるページがあったので添付させていただきます。
(オモシロオバちゃんな、シスター、マリー.ラザルスは「Raise Your Voice」という歌の中ではピアノを演奏していらっしゃいますので、ご注目ください)


http://www.sisteractthemusical.com/music/take-me-to-heaven.php

http://www.sisteractthemusical.com/music/raise-your-voice.php


テレビ出演画像がご覧になれるのは下記のアドレスです。
http://www.sisteractthemusical.com/tvappearances/

(余談)
このミュージカルのグッズは、女性にプレゼントしたら喜ばれそうな、ポップな良いセンスしてます。
しかも、なぜかパーティーグッズらしき、シスターのかぶるヴェールまで売っていて、売店の人が、普通に被って接客していらっしゃいました(笑)。


posted by Palum. at 08:00| 舞台 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月22日

2009年夏、イギリスのミュージカル、舞台リスト(主にロンドン)

(序文)
わたしの遅筆にまかせた記事の更新状況では、夏のお出かけ情報として、お役に立てないと気づきました。

いまさらですが、「これは行って良かった!」と思ったイギリス(一部をのぞき、ロンドン)のミュージカルや、その他の舞台で現在(2009年八月)観られるものについて、HPアドレスと、簡単な紹介文をまとめて書かせていただきましたので、よろしければご参照ください。

(当然ですが、『残念ながら行けなかった名作』も多々あります。あくまで一助になさってください……)

ここに紹介させていただいた作品は、いずれ個別の記事でも書かせていただく予定です。

ミュージカルに行かない方でも、最近の舞台HPは、動画があったりしてとても面白いので、よろしければ覗いてみてください。

例によって紹介文が長くなってしまったので、とりあえずHPリストを先に掲載させていただきます。


【ミュージカルリスト】※順不同
●The Lion King
(ライオン キング)
http://www2.disney.co.uk/MusicalTheatre/TheLionKing/home/index.jsp

●The phantom of the opera
(オペラ座の怪人)
http://www.thephantomoftheopera.com/london/

●Billy Elliot
(ビリー.エリオット)
http://www.billyelliotthemusical.com/home.php

●Joseph and the Amazing Technicolor Dreamcoat
(ジョセフと不思議なテクニカラードリームコート)
http://www.josephthemusical.com/
※この作品はロンドンでの上演が終了して、イギリス国内ツアー中のようです。詳しくは下記のアドレスをご覧ください。
http://www.kenwright.com/default.asp?contentID=638

●Oliver!
(オリバー!)
http://www.oliverthemusical.com/

●Sister Act
(シスター アクト)
http://www.sisteractthemusical.com/home.php

●WE WILL ROCK YOU
(ウィー ウィル ロック ユー)
http://www.wewillrockyou.co.uk/

●Les Miserables
(レ ミゼラブル)
http://www.lesmis.com/index.php

【ミュージカル以外の作品】
●War Horse
(ウォー ホース)
(※演劇)
http://www.nationaltheatre.org.uk/warhorse
※HPにはNational theatreの名前が大きく記載されていますが、現在(2009年八月)この作品を上演している劇場は、New London Theatreです。

●Thriller Live
(スリラー ライブ)
(※歌とダンスのパフォーマンス)
http://www.thrillerlive.com/



(注)1
下記の作品には、アメリカや、ほかの国でも上演されているものがあります。
くれぐれもロンドンにいらっしゃるのに、よその国のチケットをとってしまった、あるいは、劇場情報を集めてしまったなどということのないように、ホームページの内容をよくご確認ください。
(わたしは危うく間違えるところだったのです……)


(注)2
夜の部のパフォーマンスに行かれる場合、概して、終了時間は午後十時以降になります。周辺の治安をよくご確認なさった上、くれぐれもお気をつけてお帰りください。

お金はかかりますが、たいてい劇場外にタクシーが大挙して待っているので、これを利用するか、劇場前まで、行き帰り送ってくれるバスツアーをご利用なさるのも、よろしいかと思います。
昼の部(マチネ)に行かれるのもひとつの手です。

※ケンブリッジからロンドンに観劇に行って、当日帰ってくるかたたちは、このバスツアーか、昼の部を利用しているようです。



(本文)
【行って良かった2009年夏にイギリス(主にロンドン)で見られるミュージカルリスト】 (順不同)

The Lion King
(ライオン キング)


http://www2.disney.co.uk/MusicalTheatre/TheLionKing/home/index.jsp
前回記事「ミュージカル『ライオン キング』」で紹介させていただいています。
アフリカの動物たちの王国を舞台にした、ライオン、シンバの成長の物語です。勇壮な音楽と父子の絆が魅力なので、親子連れ、ミュージカルにまだ興味が無い男性にとくにおすすめいたします。


The phantom of the opera
(オペラ座の怪人)


http://www.thephantomoftheopera.com/london/
オペラ座地下に住む、謎の「怪人」が、美しい歌声を持つクリスティーヌに恋をしたことから始まる事件の数々。
ロイド.ウェバー氏の荘重な音楽に、鳥肌が立ちます。

ほぼ、この舞台に忠実なミュージカル映画を、DVDで観られるので、リスニングに自信が無いかたは、予習なさって行かれると楽しめると思います。
(わたしはそうしました。反則のようですが、とくにこの作品は怪人が神出鬼没なので、筋がわかっていたほうがよろしいかと)

劇場である、Her Majesty’s Theatreの歴史ある建物の美しさも必見です。

この作品は「オペラ座」を舞台にしているので、おなじく古風で豪奢なこの劇場で観ると、作品の中に紛れ込めたような気になれます。
(上階の席も、怪人が舞台上方を移動するのを、比較的間近に観られたりするので、下の階とは違った楽しみかたができます)


Billy Elliot
(ビリー.エリオット)


http://www.billyelliotthemusical.com/home.php

日本では『リトルダンサー』の名前で知られる名作映画をミュージカル化した作品。

イギリスの炭鉱町の少年ビリーが、バレーダンサーを目指す物語。

ビリーの父や兄の「男がバレエなんて」という、かつてのイギリス男性の旧弊な偏見、サッチャー政権時代の政策により、苦境に立たされる炭鉱町の現実、イギリスに根強く残る、階級社会の理不尽なども、背景として描かれ、イギリスをより奥深く知ることができました。

一方で、家族愛と、芸術の素晴らしさを、あますところなく描いている作品でもあります。

しかし、映画と違い、コメディ要素もかなり含まれているので、肩肘はらずに「笑えてホロリとさせられて」、という仕上がりです。

「もっともイギリスらしい」ものを観たいということでしたら、この作品を一番にお勧めします。
ストーリーもパフォーマンスも、申し分ない傑作です。

(ですが、この作品、イギリスでしかウケないだろうと思われていたのが、アメリカでも大成功、2009年度トニー賞で10部門を獲得したそうです。)

もちろん、主人公のビリーら、子役たちの演技力、歌、ダンス!そのパワフルさは圧巻です。


Joseph and the Amazing Technicolor Dreamcoat
(ジョセフと不思議なテクニカラードリームコート)


http://www.josephthemusical.com/

※この作品はロンドンでの上演が終了して、国内ツアー中のようです。詳しくは下記のアドレスをご覧ください。
http://www.kenwright.com/default.asp?contentID=638

旧約聖書の登場人物ヨセフ(英語読みジョセフ)の物語を、70年代風に(※製作自体は1960年代末から開始しています)カラフルに、破天荒にアレンジしたコメディ作品です。

聡明で、気立ても良く、美青年で、父ヤコブの愛を一身に集めるジョセフ。

しかし、というか、だからというか、兄弟ウケが非常に悪く、ある日、兄弟に陥れられ、エジプトの奴隷商人に売り渡されてしまいます。(父ヤコブには、ジョセフは事故で死んだと、嘘の報告がいくことに)

エジプトでも苦労の連続ですが、持ち前の知性と、人の見た夢を読み解く不思議な力が、彼の運命を大きく変えていきます。

作詞家ティム.ライス氏、作曲家アンドリュー.ロイド.ウェバー氏が、最初にタッグを組んだ作品です。
この二人が組んで、聖書を70年代風にアレンジ、といえば、傑作「ジーザス クライスト スーパースター」がありますが、「ジョセフ」は元は子供向けということで、七色の色彩に満ち、素直に笑って楽しめる、明るい作品です。

ユーモアも面白いし、エネルギッシュに、しかし、とても朗らかに、歌って踊る役者さんたちが素晴らしかったです。

Oliver!
(オリバー!)


http://www.oliverthemusical.com/

チャールズ.ディケンズの小説「オリバーツイスト」を基にしたミュージカル。
孤児のオリバーが、大人たちに冷遇され、やがて少年スリ団に仲間入り。

スリ団をまとめる(というか上前をはねる)男フェイギン(セコイけどミュージカルのなかでは面白い人)、少年たちを暖かく世話する女性ナンシーなどと出会いますが、思いもかけない事件が起こります。そして……。

ヴィクトリア朝時代の、あまりにも歴然とした階級社会や、貧しい人々や子供たちに、全てのしわ寄せが行った社会矛盾も描かれていて、人々の活気の影に、悲しい時代の苦さもある話です。

ナンシーを演じるJodie Prengerさんは、テレビオーディションで選ばれました。

見るからに姉御肌な、彼女の気丈で温かなキャラクターと、力強いけれど哀愁のある歌声は見事です。
※ただし、彼女が出演する日としない日が、時期によって異なるようです。どうしても彼女が観たい!というかたは、現時点(2009年八月)での情報が載っているページがあったので、ご参照ください。

http://www.oliverthemusical.com/times_and_prices/


個人的には、オリバーをスカウトする、スリ団のリーダー的存在の少年、ドジャーの芸達者ぶりに目を見張りました。

子役は、数人交代で演じることになっています(子供の労働時間を超過させないため)が、テレビでパフォーマンスの一部を見せた少年も、わたしが劇場で拝見した少年も、生き生きとして、したたかなドジャーを素晴らしく演じていました。


Sister Act
(シスター アクト)


http://www.sisteractthemusical.com/home.php
日本では「天使にラブソングを」で知られるウーピー ゴールドバーグ主演映画のミュージカル化。

クラブの歌手デロリスが、殺人を目撃してしまったために、裁判の証言台に立つ日まで、身元を偽って、修道院に身を隠すことに。

デロリスの指導のお陰で、修道院のこっぴどい聖歌隊は、素晴らしく楽しいパフォーマンスができるようになり、大評判になります。しかし……。


粒揃いの舞台作品がひしめくロンドンに、新しい傑作が燦然と加わったと、断言できる作品です。

あれほどの名作映画を向こうに、映画の根底にある温かな人間観はそのままに、新たに華やかで楽しい作品に仕上げられています。

可愛らしい感じなので、とくに女性がお好きかと思いますが、舞台一面に広がるステンドグラスと、巨大マリア像を背に、元気いっぱい歌って踊るシスターたちのラインダンスは、誰がご覧になっても、最高に楽しいです。




※以下二作は、過去(今回のイギリス滞在ではないとき)に観た作品なのですが、面白かったのでご紹介させていただきます。

WE WILL ROCK YOU
(ウィー ウィル ロック ユー)


http://www.wewillrockyou.co.uk/
クィーンの楽曲を土台に展開する作品。

大人たちに管理され、自由と、「本当の音楽(=ロック)」の存在すら知らなかった若者たちが、ロックの魂に突き動かされ、自分たちの本当の音楽を探す旅に出る物語。

……厳格なストーリー性はありませんが、当然ながら、曲がものすごくカッコ良く、台詞も笑いが利いてます。
(実は、以前に日本で観ました。ですから確かです【苦笑】)

どちらかというと男性向きかもしれません。
友人たちはロンドンで観たそうですが、最後はお客さん一丸となって非常に盛り上がって、とても楽しかったそうです。
(イギリスのお客さんのノリの良さは、この国でミュージカルを観る意義のひとつだと思います。)


Les Miserables
(レ ミゼラブル)


http://www.lesmis.com/index.php

フランスの文豪、ヴィクトル.ユーゴーの同名小説が原作。

貧しさに耐えかね、パンを盗んだ罪で、19年も過酷な牢獄生活に耐えなければならなかった男、ジャン.バルジャン。

1815年に、ようやく仮出獄をするも、長い牢獄生活と、世間の冷ややかなまなざしに、彼の心はますます荒み、彼に温かな宿を与えてくれた神父の家から、銀食器を盗み出してしまいます。

しかし、彼が捕らえられた際、神父は、それは彼にあげたもので、燭台もあげたのに忘れていった、と言って、彼に自分の大切な銀の燭台を渡します。

この出来事に衝撃を受けたジャン.バルジャンは、善人として世の人の役に立ちたいという思いから、牢獄には帰らずに、身元を偽って生きることにします。

このほか、なりゆきで娼婦となった女性フォンティーヌ、彼女の愛娘コゼット、コゼットの世話をする(という名目のもとフォンティーヌから搾り取れるだけ搾り取る)強欲なテナルディエ夫妻、ジャン.バルジャンの脱走の罪を許さず、執拗に彼を追い続ける警部ジャベール、など、さまざまな人間たちのドラマが、やがて、七月革命期のパリの混乱の渦に巻き込まれていきます。

昔、イギリスに来たときに観た作品なのですが、とにかくストーリー的には、一番見ごたえのある作品だと思います。
(ちなみに、当時、話が細部までわかったのは、詳しい友人に話を聞かせてもらっていたからです)

もちろん、原作小説も非常に面白いです。当時の社会の様子やジャン.バルジャンの魂の葛藤がとてもよく描かれています。
(ただ、超個人的意見を言わせていただくと、結末のトーンは、ミュージカルのほうが好きです。)

楽曲も物語も重厚なので、どちらかというと大人向けの作品かと。

今年、わたしと同年代の友人たちが観に行ったのですが、
「今まで観たミュージカルのなかでベストだった」
とのことでした。

そうおっしゃる方も多いだろうと、思わされるだけの力を持っている作品です。

【補足】

イギリスのオーディション番組「ブリテンズゴットタレント」(この番組についても、いずれご紹介できたらと思っております)で世界的に有名になった女性、スーザン ボイルさんが、大センセーションを巻き起こした第一次審査で歌っていたのは、このミュージカルの、フォンティーヌの歌「I Dreamed A Dream」です。

ミュージカル内の「I Dreamed A Dream」が聴けるページのアドレス。

http://www.lesmis.com/pages/sights_sounds/music.htm

スーザン ボイルさんの第一次審査の様子(ダイジェスト)が観られる動画のアドレス。
(注、最初はCMです、お待ちいただくとパフォーマンスが始まります。ちなみにこのHPでは、この番組の、そのほかの名珍場面も観られます)

http://talent.itv.com/videos/playlist/id_40.htm


(画像)「レ ミゼラブル」劇場外の巨大な広告看板
※革命の闘士アンジョルラスの後姿がモチーフかと。個人的には現在(2009年夏)、あまたあるロンドンの劇場ポスターの中で、最もカッコイイと思っております。

レミゼラブルの巨大看板.JPG


【ミュージカル以外のパフォーマンス】

War Horse
(ウォー ホース)
(※演劇)
http://www.nationaltheatre.org.uk/warhorse

※HPにはNational theatreの名前が大きく記載されていますが、現在(2009年八月)この作品を上演している劇場は、New London Theatreです。

軍馬として戦場につれていかれてしまった、自分の馬を探すため、年齢を偽って従軍する少年と、彼の愛馬の数奇な運命を描いた作品。

馬は、文楽のように、三人がかりでパペットで演じられるのですが、その動きが信じられないほど精巧で美しいです。
(ホームページにアクセスしていただくと、動画で馬のパペットがご覧になれます。)
少年の故郷である、デボン地方のアクセントの聞き取りに、やや苦戦させられましたが、これほど、舞台を観て感動することが、一生に何度あるだろうかというほど、心に染みました。

完全なる素人考えですが、この作品は、非常に日本人の共感を呼ぶと思うので、字幕と一緒に来日してくださればいいのにと、真剣に思います。


Thriller Live
(スリラー ライブ)
(※歌とダンスのパフォーマンス)
http://www.thrillerlive.com/

マイケル.ジャクソンの、ジャクソン5時代からの音楽を歌とダンスで魅せる作品です。ファンのかたならとても楽しいと思います。

既に紹介記事を書かせていただいてあるので、よろしければ併せてお読みください。

紹介記事「あらためて、天才を偲ぶ。『THRILLER live』Featuring the hit songs of MICHAEL JACKSON and JACKSON 5」

以上です、皆様、どうぞ引き続き、楽しい夏をお過ごしください。

posted by Palum. at 01:42| 舞台 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年08月02日

ミュージカル『ライオンキング』

『ライオンキング』を上演しているロンドンのLyceum Theatre(ライシアムシアター)
ライシアムシアター.JPG


(要約文)
昨年夏(2008年八月)ロンドンのミュージカル「ライオンキング」に行ってきました。
あらゆる意味で鮮やかで、生命への賛歌に溢れた作品でした。

ご家族連れ、あるいは、男性がグループに含まれている際の観劇に、特にオススメいたします。



本文)

※ある程度ネタバレなので、この点ご了承ください。

※以下の感想は2008年八月のものを土台にしています。
今以上に英語力が怪しく、表面的な理解になってしまっていますが、ミュージカル選びの一助にしていただけたらと思います。



踊るアフリカ彫刻、劇場いっぱいのおもちゃ箱。この作品はそんな感じの魅力がありました。

このミュージカルの特色は、登場動物の表現手法です。

役者さんと動物の体を一体化させ、糸や、役者さん自身の手足で動物の動きを見せるのですが、パペットがほぼ等身大だったり、役者さんがパペットの影に徹さずに、観客に操る側の姿と動きを見せている点は、日本の文楽に似ています。

他にも、東南アジア風の影絵が、場面展開に使われていたりしました。

もちろん最大の魅力は、アフリカの流れを汲む、力強い音楽と、ひるがえる原色の色彩美です。

このときはフンパツして、一階(日本でいうところの『一階』です。イギリス英語ならGround floor)通路側の席をとりました。

この条件の席だと、動物の扮装をした役者さんたちが、舞台に向かって、駆け抜けていくのを目の当たりにできるかもしれません。わたしは観ることができました。

ものすごい声量、エネルギー、工夫された衣装……の疾風を浴びられる、素敵な席でした。


あらすじは、動物たちの王として君臨していた、父ライオンであるムファサを、王位を狙う叔父スカーに殺された少年シンバが、たくましく成長して、父の遺志を継いで王となるために、スカーに戦いを挑む……というものです。

当然シンバがメインの話ですが、まだ子供のシンバ(少年が演じるのですが、生き生きとしてとても可愛い。もちろん歌も上手です!)を大切に育て、命がけで守る父王ムファサの、威厳があるけれど、温かな愛情にもぐっときました。

ムファサも、すべての命も、新しい世代である、シンバの命の中に生きているということを、シンバに力強く教える「He lives in you」という歌を聴いていたとき、連れの我が父(日本から来ていた)も静かに泣いていました。


とにかく、序盤、この王国の呪術師である、ヒヒのラフィキが、生き物の命の永遠性をテーマにした「Circle of life」を、一声、驚くほど大きく朗々と歌い始め、ほかの動物たちの声が、吸い寄せられるように、重なり合って調和する瞬間には、もう鳥肌が立ちます。

その歌声に乗せて、動物の仕掛けと一体化した役者さんたちが、悠々と、動物の動きで集まってくる場面がまた美しい。

青年シンバを演じた役者さんは、健やかで雄雄しい王者の輝きという意味で、大英博物館で見た、エジプトの王ラムセス二世(古代エジプト最強の王と言われた方)の胸像に似ていました。

ラムセス二世の像をご覧になりたいかたは、こちらにアクセスしてください。大英博物館の所蔵品紹介ページです。

http://www.britishmuseum.org/explore/highlights/highlight_objects/aes/c/colossal_bust_of_ramesses_ii.aspx



※でも個人的には、このページの写真は、あの、巨大な展示室で、自然光を浴びてすっと胸を張っている美しい姿が、あまりよくわからないと思いました……。
実物は、大きくて迫力があって、素敵ですよ!

胸像を見たときには、こんなに、たくましくきれいな人が、ホントにいるものかねと思いましたが、わりと近い場所で、生きて歌って踊っていらっしゃいました。

ところで、ストーリー上は悪役である、叔父スカーの役者さんも、すごくいい声でした。
裏切り者の孤独まで、きちんと演じられていて味がある。

しかし、お客さんは、カーテンコールで彼が出てきたら、ブーイングしていました。
(※こちらでのブーイングは、その役者さんが出てくると、本当に「ブーーーー」とみんなで長く言うのが一般的みたいです)

「ええっ?すごく良かったのに!?」
と、びっくりしてしまったのですが、これはこういうものみたいです。
どんなにいい声で、いい演技しても、悪いことした役だからブーイング、ということかと。

後にミュージカル「オリバー!」(これも良かったです!いずれご紹介させてください)を観にいったときも、
「あんた、ソレホントにひどいよ……」
……という所業の男、ビルを演じた役者さんは、ブーブー言われながら、ふてぶてしく両手を上げていました。
(個人的には、スカーは、ビルより、悲哀のあるキャラクターだと思うのですがね。)



以前NHKで
「国際共同制作 華麗なるミュージカル  ブロードウェーの100年」
という番組を観たのですが、それによると、このミュージカル「ライオンキング」の、アメリカでの成功が、アフリカ系アメリカ人の方々が、自分たちのルーツに誇りを持つきっかけとなったそうです。

お気持ちわかります。音楽も衣装の色や形も、黒人の役者さんたちの凛々しさも、全部素晴らしい。

ご家族連れにもオススメですが、特にその勇壮さ、父性愛、少年の成長物語という観点からは、男性にも強く訴えかけるものがある作品です。

※もちろん女性も楽しめます、でも、
「ミュージカルって、いままであんまり興味なくて……」
みたいな男性がいらっしゃる場合は、まずコレをご覧になるとよろしいのではないかなという意味です。

劇場であるライシアムシアターの外装、内装の美しさも魅力です。

ライオンキングの公式HPのアドレスは以下の通りです。

※このホームページ、すごく充実していて、「あなたがこの席に座ると、こんな眺め」みたいなシミュレーションが出来るコーナーもあります。

ご覧になると、いかにライシアムシアターの内装が壮麗かもわかっていただけるので、オススメです。

http://www2.disney.co.uk/MusicalTheatre/TheLionKing/home/index.jsp


同じホームページ内に、作品内の主要な歌を視聴できるページがあったので、アドレスを貼らせていただきます。

http://www2.disney.co.uk/MusicalTheatre/TheLionKing/music_player/index.jsp

※ ちょっと宣伝。
前の記事で、この「ライオンキング」の作詞家である、ティム.ライス氏を目の当たりにさせていただいたという内容のものを掲載いたしました。
ご興味を持ってくださったらここ(→)「ティム.ライス氏の対談会」をクリックしてください。
素晴らしいかたで、わたしのイギリス滞在における、屈指のゴールデンタイムでした。


※ さらに余談
以前、劇団四季の「ライオンキング」に参加したナイナイの岡村さんが、この作品の敵役である、ハイエナ達のダンスを踊っていたのを、テレビで観たことがあります。
上手カッコ良かったですよ。
posted by Palum. at 19:49| 舞台 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2009年07月14日

あらためて、天才を偲ぶ。 「THRILLER live」 Featuring the hit songs of MICHAEL JACKSON and JACKSON 5

(前置き)
薄々感づいていましたが、わたしの文章は無駄に長いです。
しかも日本的文章の典型で、結論が最後に来る。

友人、知人へのメールも悪名高く、受け取った人から、
「……で?(薄怒)」
とか、
「(メールが来ると)『あ〜はいはい』と思う」
とか、
「いい加減にしないと読み流す」
とか言われた過去があります。

今回ブログ画面を見て、なるほど、これは確かにまずいなと思いました。

今回から、とにかくすばやく情報を集めたいという方のために、先に要約文をおつけします。
お読みになってみて、くわしく知りたい、と思ってくださった方は、どうぞ続きをご覧ください。

(要約文)
マイケル・ジャクソンの歌と踊りを題材にしたライブパフォーマンス、「THRILLER live」が現在(2009年七月情報)ロンドンのLyric theatreで上演中です。
わたしも行ってきましたが、マイケル・ジャクソンの作品がお好きな方なら、行って損は無い、力強いパフォーマンスです。
マイケルの作品を愛する、ノリの良いイギリスのお客さんと一緒に盛り上がれるのが、もうひとつの大きな魅力でした。


(本文)
「THRILLER live」は、マイケル・ジャクソンが、まだ子供だった、ジャクソン5時代から、最近(そして残念ながら最後)までの曲を題材にした、歌とダンスのオマージュ作品です。


このパフォーマンスは、彼が亡くなるより、ずっと前からはじまっていました。
(ロンドンのLyric theatreでは2009年一月からのようですが、2007年には既に各地でツアーをしています。2008年にケンブリッジにも来ていました。)


学生時代、おそろしく怠惰だったわたしが(いまもだけど、もっとひどかった)、英語を嫌いにならず、聞き耳だけは人並になれたのは、当時のアメリカ映画&ドラマと、彼の歌のお陰です。
ビデオテープよれよれになるまで、ウォークマンガタガタになるまで(時代)、彼の歌と踊りに没頭しました。

だから、当然このライブは、存在に気づいた当初から気になっていましたが、

「でも、わたしは、マイケルのあの声が好きだからな、いくら上手でも、違う人たちの歌とダンスってどうなんだろう……」
と、二の足を踏んでいました。

しかし、今回、彼が亡くなったあと、ロンドンに行く用事があったとき、ふと思い立って、Lyric theatre劇場前に足を伸ばしてみました。

その日は、まだ彼のお葬式の済む前で、上演前の、扉の閉まった劇場前には、マイケルへの、積み重なるほどの花束、彼のポスター、カード、ぬいぐるみ。

劇場の壁には、添え書きをするための大きな紙が貼られ、真剣な表情で彼への追悼のメッセージを書いている人たちがいました


マイケル・ジャクソンへの追悼の品々。
in front of the Lyric theater 2.JPG

それを観たとき、なんだか、自分も、このまま漠然と、彼の死という出来事について、何もしないまま、やりすごしてはいけない気がして、この「THRILLER live」に行くことにしたのです。

Lyric theatreは比較的小さな劇場、ですが、桟敷席や天井は金塗りのレリーフやクラシックな明かりで飾られ、ゴージャスな感じです。
(イギリスの劇場と、パフォーマンスがいかにすばらしいかについては、また改めて書かせていただきたいと思います)


Lyric theatreの看板。
signboard of lyric theatre 2.JPG


ステージの赤い垂れ幕には、トレードマークの帽子をまぶかに被り、白いシャツ、黒いジャケットにパンツの、おなじみマイケルスタイルをした役者さんの姿が、ドーンとプリントされています。
(画像の看板と同じものです)
知らなければ皆が「マイケル・ジャクソンのポスター」と思う感じで。

おお、すっげかっこいい、写真撮りたい、と思うのがここに来た全観客の心理ですが、この劇場が、今まで行ったどの劇場よりも、写真撮影に厳しく、開始前だろうが、幕間だろうが撮っちゃダメです、と入り口であらかじめ念を押されます。
なにか大人の事情でもあるのでしょうかね。

ステージは、ジャクソン5時代の、マイケル少年に扮した子と(こちらの子役の歌唱力、踊りのすさまじさについても、またいずれ書かせていただきたいと思います)、五人の人種も性別も異なる役者さんとが、それぞれマイケルの歌と、彼の振り付けを取り入れたパフォーマンスを展開します。


最初に、まんまるアフロのマイケル少年役の子が出てきて、ジャクソン5として、朗らかに歌い始めたとき、心の底からしんみりしました。

このステージ観て、泣く観客のかたがいるかもしれないなあと思っていましたが、まさか、自分がその一員になるとは思っていなかったです(しかもしょっぱなから)。
素晴らしく、楽しそうであればあるほど、胸に迫りました。

しかし、まあ、始まるなり、はらはらと涙したのは、わたし一人では無かったので一安心です(?)。

お客さんは、わりと中年〜年配の方の比率も高かったです。

銀髪の紳士が、目に光るものを溜めて、組んだ足に肘をつき、なにか祈るようなポーズで、名曲『ABC』を、微笑んで聴いていらした姿が、印象に残りました。

1970年代のはじまりに、きっと沢山の愛着のあるかただったのでしょう。
歌それ自体にも、その時代の自分自身の日々にも。

ステージそれ自体、とてもパワフルで良かったのですが、改めて、マイケル・ジャクソンって凄かったんだなあと思います

だって、その「THRILLER live」では、役者さんたちが個性を活かし、太く温かみのある声、女性の高くパンチの聞いた声、男性の激しいシャウト、哀切なバラード、そして、あの切れのあるダンスを披露してくれるわけですが、マイケルは確かに、このすべての要素を持っていたのですから。
まさしく音楽の化身。

(同じことは、『QUEEN』の音楽を題材にしたミュージカル、『WE WILL ROCK YOU』を観ても思いましたね。性別年代混成の役者さんたちの歌を聞きながら、フレディー・マーキュリーの声の層の厚さを、つくづくと思い出しました)

どの役者さんのパフォーマンスも、それぞれの良さがあるので、甲乙はつけたくありませんが、John Moabiさんという方の声質は、あの、不思議な余韻のある、中性的に澄んだマイケル独特の声に似通うものがあり(ものすごい音域)、わたしとしては、はっとさせられました。

Ricko Bairdさんという方は、細身のハンサムさんで、スタイルは一番マイケル的な役者さんです(看板は、彼の写真かと)。

この方がマイケルと同じデザインの衣装を着て、他のダンサーの方々とともに、かのムーンウォークや、『Smooth Criminal』で、
(白い帽子、白いスーツ、『アニー、大丈夫か!?』という鋭いリフレインが、なんともカッコイイ)
人々をあっと言わせた「直立のまま斜め四十五度に体を傾け、また滑らかに戻る動き」などを見せたとき、お客さんは、ワーワーキャーキャーと大喜びでした(わたしも)。

個人的には最愛の『Man in the mirror』の際に、
(Ben Forsterさんのパフォーマンス。これまた魂こもった歌声で良かったですよ……)、ステージ後方の電光掲示板に、
「Michael Jackson 1958〜2009」
と出たのが、せつなかったです。
ロンドンでこのパフォーマンスが始まったときには、無かったはずのものですから。

それでも、
「マイケルの作品とメッセージは生き続ける」
そのことを、来た人全員に感じさせるステージでした。

というわけで、マイケル・ジャクソンの歌とダンスがお好きな方なら、行って損は無いと思います。今行くと、わたしのように、自分が予想している以上に、思うところが溢れてくるかもしれません。

ただし、イギリスの劇場パフォーマンスは、お客さんの参加を要求することがままあり、これもそのひとつ。

ただ、じっと座って観ていたいんだ。指示に応じて立つとか、手拍子とか、返事とか、そういうの全部めんどくさいんだ。
……という人の場合、ちょっと居心地の悪い思いをする部分があるかもしれません。
(ずっと何かしろとは言われません、普通に観ていればいいところが大部分。でも一部そういうところも。)

ここは、マイケルのパフォーマンスを愛するノリの良い人々に合わせて、一緒に感動と思い出を分け合うことをお勧めいたしします。

確かに日本人には少し気恥ずかしいけれど、そのほうがずっと楽しいと思います。
 
「THRILLER Live」 のHPは下記のアドレスです。

http://www.thrillerlive.com

posted by Palum. at 01:57| 舞台 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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