2020年05月13日

大長編ドラえもん のび太の魔界大冒険 あらすじご紹介

もしもボックス - コピー.png


 『のび太の魔界大冒険』は、「もしもボックス」(※)を使い、魔法が使える世界を作り出したのび太たちが、そこで出会った少女美夜子とともに、地球侵略を企む魔物と戦う大長編漫画です。


大長編ドラえもん5 のび太の魔界大冒険 (てんとう虫コミックス) - 藤子・F・不二雄
大長編ドラえもん5 のび太の魔界大冒険 (てんとう虫コミックス) - 藤子・F・不二雄


(2020年5月14日AM10時まで、ドラえもん公式サイト「ドラえもんちゃんねる」で作品全ページ無料公開中、その後、大長編シリーズからさらに4作が公開予定)

 https://dora-world.com/daichohen2020sp


(※)「もしもボックス」……「もしも〜だったら」というフレーズで、現実を試しに変えてみる道具。「もとの世界に戻れ」と電話をかけなおすと状況を解除できる。電話ボックス型であることに時代を感じさせる。




【あらすじ】


 相変わらず、勉強でも運動でもぱっとしない毎日を送っていたのび太。


 もしも、科学ではなく魔法が発達している世の中なら、何でもできて楽しいのに。


 のび太がそんな空想を抱きはじめた頃、なぜか、のび太とドラえもんにそっくりな石像が近所で相次いで見つかります。


謎の石像 - コピー.png


 放っておくわけにもいかないので、家に持ち帰りましたが、その石像がうめき声を上げたり、夜中に家に侵入してきたりと怪現象が起きました。


 パパとママに言ってもとりあってもらえず、翌朝には石像自体が消えていました。


 不思議に思いつつも、「もしもボックス」を使い、魔法の世界を呼び出すことに成功したのび太とドラえもんは、石像のことを忘れてしまいます。


 これで苦労をしなくなる……と喜んでいたのび太でしたが、魔法を使うにも学校で勉強をしたり、高価な道具を買わなければいけないと知り、がっかり。


 魔法を習ったことが無いので、ますます学校で落ちこぼれたのび太が、しずかちゃんとほうきに乗って飛ぶ練習をしているときに、山の中の屋敷に住む魔学研究家、満月博士と娘の美夜子さんに出会います。


(満月博士)

満月博士 - コピー.png


(美夜子さん)

美夜子 - コピー.png



 満月博士は、「悪魔は実は異星人であり、300年前に一度は地球から去ったものの、再び地球侵略を企て、今まさに接近しつつある」という「魔界接近説」を唱え、周囲から変人扱いされていました。

魔物の接近 - コピー.png



 しかし、博士が「魔物たちが接近している予兆」だと言っていたとおりに、超大型台風が発生し、地震もたびたび起こるようになります。


 気になったドラえもんたちが、もう一度満月博士を訪ねてみると、博士の屋敷ごと消えてしまっていました。


 美夜子さんもいない。


 困惑するドラえもんたちの前に、不思議な猫が姿を現し、家まで追いかけてきます。


謎の猫 - コピー.png



 とりあえず、部屋に猫を隠しましたが、その夜、月の光を浴びた猫が煙につつまれ、美夜子さんが姿を現しました。


 魔物の企みを見抜いていた満月博士は魔物にさらわれ、自分は猫にされてしまった。


 このままでは地球が滅びてしまう。一緒に魔界に行って魔王を倒してほしい。


 そう言って、美代子さんは予言の水晶玉を二人に見せました。


 そこには、「魔王を倒す勇士たち」として、のび太、ドラえもん、しずかちゃん、ジャイアン、スネ夫の5人の姿がはっきりと映し出されていました。




【見どころ1】パラレルワールドを取り入れた展開(ややネタバレ)


 「もしもボックス」と「タイムマシン」が重要な役割を果たし、「魔法が使える世界」と「そうなる以前の元の世界」が交錯する、おそらく大長編シリーズの中で一番複雑な展開の作品です。

 しかし、ミステリアスな伏線を張りながら、すらすらと読めてしまう構成はさすがドラえもん。


 この作品で「パラレルワールド(=並行世界。今自分が生きている世界とは異なった世界が何階層も存在しているという理論。SF作品でよく見られる)」という概念を知った子供たちも多かったのではないでしょうか。


(ちなみに途中で、ママが「邪魔だったから」という理由で、のび太の部屋にあった「もしもボックス」を勝手に捨ててしまったことから、のび太たちは元の世界に戻れなくなります。近頃よく家庭内トラブルの原因となる「家族による無断断捨離」の最悪の例。)


もしもボックスが捨てられた - コピー.png


 魔法が使える世界を出したから、こんな危険なことになってしまったと後悔したのび太とドラえもんは、一度はこの世界ごと取り消そうとしますが、それでは魔法の世界にいる美夜子さんたちを置き去りにすることになると気づいて、戦うことを選びます。


 その事実に気づく直前の「のび太の魔界大冒険 おわり」(仮)のコマが秀逸。

おわり? - コピー.png 


 こうした二人のピンチにドラミちゃんが助けに来てくれるのも大長編では珍しい展開です。


 (それにしても、大人になってから改めて見ると、ドラミちゃんかわいい。猫の美夜子さんといい、藤子F先生のデザインセンスは本当に素晴らしいです。)




【見どころ2】(逆)奇跡の歌声ジャイアンの活躍


 魔界に乗り込んだのび太たちは、魔王の城を目指す途中、タケコプターで海を渡ることになります。


 この海には人魚が住む小島があり、近くには、「大怪魔肉食ツノクジラ」が潜んでいます。


 島を避けて飛ぼうとしても、人魚が美しい歌声で歌うのを聞くと、誰もがそれに誘われて島へ向かってしまうのです。


(この、「海に住む美しくも恐ろしい歌声の人魚たち」の物語は、古代ギリシャの長編叙事詩「オデュッセイア(ユリシーズ)」に登場する「セイレーン」に基づいていますが、先程のパラレルワールド同様、おそらく日本の子供のほとんどが先に、この「魔界大冒険」で彼女たちの存在を知ったことでしょう。ドラえもんは古今東西の物語をふまえた骨太な世界観を持っていて、それが数十年色あせない魅力を支えています。)


876px-Draper-Ulysses_and_Sirens - コピー.jpg

(「ユリシーズ(オデュッセイア)とセイレーンたち」セイレーンの歌を聞いても命を落とさないようにマストに体を縛り付けたユリシーズと、耳栓をして船を漕ぐ船員たちの姿 ハーバード・ジェームズ・ドレイパー作 画像出典:Wikipedia



 ドラえもんたちは、「耳バン」を貼って、音が聞こえないようにして海を越えようとします。


お〜おれは元気だぞ - コピー.png

 (どさくさに紛れて、スネ夫が「ジャイアンのバカ」と、ここぞとばかりに笑顔で暴言を吐きますが、ジャイアンが「おー、おれは元気だぞ」と明るく返事をするくらい高性能。)


 しかし、その耳バンさえも突き抜けて、美しい歌声が響いてきました。


 逃げようにも、体が勝手に島へ向かってしまう。


 残酷な笑みを浮かべてドラえもんたちを呼び寄せる人魚たちの住む島が見えてきたとき、どう猛な牙をむき出しにした、おぞましい姿のツノクジラが波間から姿を現しました。


 あれがクジラ!?


 しかし、ドラえもんたちの恐怖も、人魚たちの歌声が溶かしてしまいます。


 もうどうなってもいい。

 あんな美しい歌声を聴きながら死ねるんなら、それもいいんじゃないの。


 恍惚と死の淵にいざなわれゆくドラえもんたちの中で、ただ独り、自分を見失わなかった男がいました。


 「なんでえ、あんな歌。俺のほうがよっぽどうまいぞ!!」


 ホゲーーー!!!!


 誇り高きボーカリスト、ジャイアンの(逆)奇跡の歌声が響き渡りました。


ジャイアンの歌 - コピー.png


魔物もめげる歌声 - コピー.png


 驚いた人魚たちはポチャポチャと海に飛び込んで退散、ツノクジラまで「オエ〜!!」とクルクルと身をよじってのたうちまわっているうちに、ドラえもんたちは正気に返り、その場を逃げ去ることに成功します。


「ジャイアンの歌には魔物もめげるんだなあ」


「さすがジャイアン!!」


 みんなからの感謝賞賛の言葉に、ジャイアンは

「そんなほめ方うれしくないぞ!!」

 と、憤慨していました。


 ゴキブリ、ネズミも根こそぎ退散させ、「ジャイアンの歌にはしびれる、しびれて気が遠くなって熱が出る。ジャイアンの歌を聴いていて一番うれしいのは終わった時だ」というホットなファンレターを贈られたこともあるジャイアンの歌声が、本当に役に立った数少ない瞬間です。


 余談ですが、昨年、カナダで「犬と一緒に森を散策中、ピューマに後を付けられた女性が、ヘビメタ界のレジェンド「メタリカ」の曲をスマホの大音量で流したところ、ピューマが退散した」というニュースがありました。


 ジャイアンが聞いたら「俺の歌はメタリカ級」と喜んだことでしょう(違うけど)。





 奇抜なギャグ、巧みなストーリー展開、重厚な世界観、可愛いキャラクター、感動。たくさんの魅力が詰まった大長編ドラえもん。


 コロナウィルスの影響で疲れてしまっている今、是非、お子さんも、昔子供だった大人の方々も読んで、心を冒険の旅に遊ばせていただきたいと思います。


「たしかに今ぼくらはこまった状況にある。しかし、二人で力をあわせれば、きっと道はひらけるよ」

(「のび太の魔界大冒険」の中のドラえもんの言葉)


力を合わせればきっと道は開ける - コピー.png


【参照URL】

ドラえもんチャンネル

https://dora-world.com/

posted by pawlu at 00:41| ドラえもん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月01日

ドラえもん「ぞうとおじさん」(戦時下の動物園で起きた悲劇をもとに描かれた感動作)

ぞうとおじさん1 -.png




 ドラえもんの名作「ぞうとおじさん」(てんとう虫コミックス5巻収録 1973年8月「小学三年生」掲載)。



 第二次大戦中、空襲で檻が壊れて猛獣が逃げ出すことが懸念されたために、動物園で多くの生き物が殺処分されました。

 上野動物園では、注射や毒の餌を受け付けなかったゾウたちを餓死させることになり、この悲劇は、後に絵本「かわいそうなぞう」で広く知られるようになりました。




 「ぞうとおじさん」は、この上野動物園の出来事を下敷きにした話で、叔父さんからゾウの殺処分について聞かされたのび太とドラえもんが、タイムマシンでゾウを助けに行くというお話です。



(あらすじ)※結末まで書いているので、ご了解ください。(一部仮名遣いを改めてあります。)



 物語は、のび太の父方の叔父「のび郎おじさん」が、インドから仕事で帰ってきたところからはじまります。


 おじさんは、のび太とおとうさんに、「不思議な話」をしてくれます。




 少年時代、おじさんは象の「ハナ夫」が大好きで、動物園に足しげく通っていました。


ぞうとおじさん2 -.png


 時代は第二次大戦下、戦火が激しくなり、おじさんは田舎に疎開することになります。


 会えない間もハナ夫を気にかけていたおじさんは、終戦で東京に帰るなり、動物園に駆けつけました。


 しかし、戦争中にハナ夫は殺処分されてしまったと聞かされ、おじさんは一晩中泣きあかしました。



 ここまで聞いたところで、のび太とドラえもんはゾウに対する仕打ちに激怒。


 「しかたなかったんだよ」というおとうさんに、「しかたがないとはなんですか!」と、二人は話を最後まで聞かずに出て行ってしまいます。


 「助けよう!」


 タイムマシンに乗った二人は戦時中の動物園へ。


 ふたりが駆けつけたとき、ハナ夫はすでに餌をもらえずにやせ衰えています。


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 それでも、飼育員さんが入ってくると、目をぱっちりと開き、「プオーッ」と檻の向こうから鼻を伸ばしてえさをねだります。


 飼育員さんは、目に涙を浮かべ


 「おなかがすいたか?よしよし、今らくにしてやるぞ。」


 と、ふるえる手で、その鼻先にジャガイモをさしだします。


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 「だめだ!わしにはやれん。」


 ジャガイモをひっこめてしまった飼育員さん。


 物陰に隠れていたのび太とドラえもんはたまらず飛び出し、


 「おなかを空かせているのにかわいそうじゃないか!」


 と、あっけにとられている飼育員さんからジャガイモ入りのバケツを取り上げ、ハナ夫の檻にジャガイモを投げ込んでしまいます。


 「そ、それは毒のえさだぞ!!」


 飼育員さんは青ざめますが、ハナ夫は異変に気付いて鼻でジャガイモを放り出しました。


 胸をなでおろす飼育員さんとドラえもんたち。


 それにしても、なんで毒を食べさせようとするのか。


 二人に問い詰められた飼育員さんは、動物園に下された命令について話します。


 爆弾が落ちて動物が町で暴れたら大変なことになるから、その前に殺せと言われてしまった。


 でも。


 「誰が殺せるもんか。子供みたいに可愛がってきたのに……」


 飼育員さんは檻越しに伸びてくるハナ夫の鼻を抱きしめ、涙ながらにさすります。


ぞうとおじさん6 -.png


 動物園の人たちの苦しい胸の内を知り、言葉を失くすのび太とドラえもん。





 一方、園長室では、軍人が園長に詰め寄っていました。


 何度も命令を出したのに、何故まだゾウを生かしているのか。


 この非常時、大勢の兵隊も必死で頑張っているのに、動物の命など問題ではない。いや、たとえ動物でも、お国のために喜んで命を捧げるべきだ。


 園長は動物園としても対応に苦慮していることを説明します。


 ハナ夫の皮膚は分厚いので注射で毒を注入することもできない。仕方がないので、今日毒入りジャガイモを食べさせることになっている。


 しかし、そこにハナ夫の飼育員さんが入ってきて、ハナ夫が毒餌を食べなかったことを報告します。


 怒った軍人が、ハナ夫を撃ち殺そうと飛び出したため、飼育員さんがその膝にすがりついて止めます。


 「待ってください!やめてください!」


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 「じゃまするとただではおかんぞ!」


 飼育員さんに拳銃を向ける軍人に「まあ、まあ」と、割って入るドラえもん。


 「そうかっかしないで相談しましょうよ」


 ドラえもんを指さしながら、園長に向き直る軍人。


 「園長、気をつけなさい。タヌキが檻を出てる」


 カッとするドラえもん(←笑)。


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 のび太が軍人に提案します。


 何も殺さなくても、疎開させるなり、インドに送り返すなり、他に方法があるのでは。


 今はそれどころではない、と、突っぱねる軍人にのび太とドラえもんは笑って言いました。


 「戦争なら大丈夫。もうすぐ終わります。」


 「日本が負けるの。」


 当時、絶対に言ってはいけない台詞第一位。


ぞうとおじさん8 -.png


 「きさまたち敵のスパイだな!!」


 軍刀を振り回され、逃げ惑うのび太とドラえもんでしたが、サイレンの音とともに、軍人たちは二人を置いてその場を離れます。


 直後に上空に飛行機が見えたかと思うと、二人が飛び上がるほどの轟音と煙。


 空襲が始まりました。


 振り返ると、飛んでくるがれきや爆風にはばまれながら、飼育員さんが走っていきます。


 こんな危険な状況でどこに行くのか。呼び止めようとする二人に、飼育員さんは、「ぞうの檻の方に爆弾が落ちたんだ」と言います。


 「あっ!無事だったか」


 檻が壊され、ほこりだらけになりながらも、ハナ夫が厩舎から出てきていました。


 久しぶりの自由に、鼻を持ち上げ、嬉しそうにいななくハナ夫。


 「よしよし、絶対にお前を殺させたりしないからな」


 ハナ夫を固く抱きしめる飼育員さん。


 一緒に山奥に逃げようとしますが、軍人たちが園を一斉に封鎖、見つけ次第射殺するべく園内を捜索しはじめます。


 連れて逃げるのは難しい。インドへ送り返してやるのがいちばんいいのでは。


 ドラえもんたちの言葉に、飼育員さんは、途方に暮れて泣き出します。


 「そんな出来もしないことを言って……ああ、ぼくはどうしたらいいんだろう」


 ドラえもんがスモールライトを取り出して、ハナ夫の体を掌に乗るほどに縮めました。


 続いて、小さなポスト型の「郵便ロケット」を取り出し、ハナ夫を入れると、ポストに「インドのジャングル」と宛先を書いて、ロケットを発射させました。


 「元気で行けよう」


 飼育員さんが呆然と見上げる中、ロケットは青空の向こうに消えていきました。


 宛先へついたら、元通り大きくなるから、もう安心ですよ。


 そう言うドラえもんに、飼育員さんは、君たちは一体……と、言ったきり、言葉を失って膝をつきました。


 「じゃあね、バイバイ」


 笑顔で去って行くドラえもんとのび太。とめどなく流れる熱い涙に頬を濡らし、飼育員さんは二人を見送りました。


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 タイムマシンで現代に戻ってきた二人。


 送り返せたけれど、ハナ夫はその後どうなったか。


 そう思いながら、茶の間のお父さんとのび郎おじさんのところに戻ると、おじさんが「ふしぎな話」について話し続けていました。




 仕事でインドの山奥に行ったのび郎おじさんは、仲間とはぐれ、ジャングルで遭難してしまいました。


 何日もさまよい、食料も尽きて、とうとう歩けなくなってしまったとき。


 倒れたおじさんの脳裏に、生まれてからの思い出が走馬灯のようによみがえってきました。


 両親の顔、疎開していた田舎の家、登って遊んだ柿の木……。


 暗がりの中にぼんやりうかびあがる、長い鼻、ふわりとなびく耳……。


 おじさんのかすれた視界に、ハナ夫の顔が見えました。


 倒れているおじさんに歩み寄ってくるハナ夫。


 「ハナ夫」


 おじさんは名前を呼んでみました。


 ハナ夫は、懐かしそうにおじさんを見ていました。


 その優しい目を見ながら、おじさんは次第に気が遠くなっていきました。


ぞうとおじさん10 -.png


 それから、もうろうとする意識の中で、ハナ夫の背に揺られていたような気がしました。


 おじさんが気が付いたとき、おじさんはふもとの村に倒れていて、無事救助されました。





 おじさんの話を聞いたお父さんは、腕組みをしたまま、考え込みました。


 「ううん……たしかに不思議な話だがね」


 それは夢だろう。死んだはずのハナ夫が、インドにいたなんて。


 おじさんは、ぼくもそう思うんだけどね、と、言いつつ、あの不思議な時間に思いを馳せ、しみじみと目を細めました。


 「夢でもうれしかったなあ……」


 ドラえもんとのび太は顔を見合わせました。


 ハナ夫は無事にインドに着いて、今でも元気に暮らしている。


 「わあい、よかったよかった!!」


 お父さんとのび郎おじさんが不思議そうに見ている中、二人は泣きながら手をとって喜び合いました。



(完)




 のび郎おじさんのハナ夫に対する思いが、めぐりめぐってハナ夫を救い、そして生きながらえたハナ夫がおじさんを助けてくれたという、「タイムマシン」が登場する作品の中でも異色の心温まるお話です。


 読み返してみると、飼育員さんとハナ夫の絆も丁寧に描かれ、(やせ衰えながらも、まだ飼育員さんを信じているハナ夫の目や笑顔、飼育員さんの、軍人や空襲からハナ夫を守ろうする姿、ハナ夫の鼻を全身で抱きしめ、ほおずりして流す涙など。)殺処分をしなければならなかった人々の無念がしのばれます。


 突然現れた風変わりな神様であるドラえもんたちを、地面に膝をつき、涙しながら見送る飼育員さんの姿から、藤子F先生の、現実には悲劇から逃れられなかった戦時下の動物たちと人々を、作品の中でだけでも救ってあげたかったという、優しい気持ちが伝わってきます。


 数奇で感動的なストーリー(なのにドラえもんの「タヌキが檻を」など、ギャグもきちんと挟まれている)、藤子F先生のあたたかなタッチで描かれた動物の姿(透き通ったつぶらな瞳の可愛らしく優しいまなざしや、鼻の繊細な動きなど)など、何度読んでも心に染みる名作です。

(戦後、上野動物園にやって来たゾウのインディラと飼育員の落合さんの絆をご紹介した、当ブログ記事「象のインディラと落合さん(中川志郎作『もどれ インディラ!」より ※結末部あり)」もご覧いただければ幸いです)


「ぞうとおじさん」の一部試し読み








(補足)当ブログの象にまつわる記事






posted by pawlu at 13:20| ドラえもん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月20日

ジャイアンの心の友(ジャイアン、レコード「乙女の愛の夢」をリリース)

心の友 レコード販売 -.png

 「ジャイアンの心の友」は、ジャイアンの暴力に苦しめられていたのび太が、関係改善のためジャイアンのレコードをリリースするお話。(てんとう虫コミックス11巻収録)



(※以下、ネタバレご注意。一部仮名遣いを改めてあります。)




 「ドラえも〜ん」

 傷だらけで泣きながら帰ってきたのび太。


 「ばくだんをくれ!」

 あっけにとられるドラえもん。


 「ジャイアンにぶっつけてぼくも死ぬ!」


心の友 ジャイアンにぶっつけてぼくも死ぬ -.png


 ドラえもんがどうにかなだめて話を聞くと、またしてもジャイアンにいじめられたとのこと。

(なお、この児童向け漫画らしからぬ激しい悲嘆ほとばしる台詞は、別の巻でも「スネ夫を殺してぼくも死ぬ」という類似フレーズで再登場します。〈単行本14巻「ラジコン大海戦」より〉)


 悔しい気持ちはわかるが仕返しは仕返しを呼ぶだけだ。それより、意地悪されるたびに親切にしたらどうだろう。そのうちには真心が通じるはずだ。


 そう提案したドラえもんは、のび太にある道具を貸してあげます。


 ドラえもんの言うような誠実な関係性が気付けるかは甚だ疑問に思いつつ、それを持ってジャイアンの家を訪ねるのび太。


 「さっきのことで文句でもあるのかっ!!」

 戸を開けるなりけんか腰のジャイアン。


 なんとか部屋に入れてもらうと、ドラえもんから借りた機械を取り出します。


 「きみはいまに歌手になりたいって言ってたよね」


 それはレコード製作機(正式なひみつ道具名不明)でした。


 レコードを出すのが夢だったジャイアン、大喜びでさっそく「ホゲ〜(※ジャイアンの歌声を示す定番擬音、この他「ボエ〜」がある)」と歌を録音。(機械操作しつつ耐えるのび太)


 出てきたレコードは「乙女の愛の夢(発売元:ノビタレコード)」(笑)


(昭和ムード歌謡を彷彿とさせるロゴデザインが泣かせる。) 

心の友 ノビタレコード -.png



 このややくどい曲名が、リストの名曲「愛の夢」へのオマージュであるかどうかは謎です。 


 テレビでは「俺はジャイアン、ガキ大将(曲名:「おれはジャイアン様だ!」)」と、男性的な歌を歌うことが多いジャイアンですが、原作ではこの歌のように恋愛をモチーフにしたセンチメンタルで中性的な歌詞のほうが主流です。

 (なお、「おいらの心の胸はお空の月の星の涙よ(※)」など、歌声のみならず、歌詞も壊滅的なセンス(※単行本16巻「シンガーソングライター」より))


 出来立てのレコードをさっそく試聴し、「おれの歌はなんど聴いても胸にせまる。」と自画自賛するジャイアン。(耐えるのび太2)


 機械はレコードだけでなくジャケット作成機能もついています。


 ジャケットは、ステンドグラス窓を背景に、ジャイアンがまつ毛長めの夢見る瞳でウィンクをしつつ、握りしめたバラに頬を寄せているという、非常に……ロマンチックなデザイン。


心の友 乙女の愛の夢 -.png


 ジャイアンはのび太の両手を強く握りしめます。


 「今からおまえは、おれの親友だ!心の友だ!」

 「剛田くん!」(希少な呼び方)


心の友 初登場 -.png



 有名な「心の友(ジャイアンに大いなる利益をもたらす人物に贈られる称号)」という単語が誕生した瞬間です。


 (情報出典:「遠足新報」HP「意外とレア! ジャイアン「心の友」認定者リスト」ドラえもんの様々な現象を全巻通じて集計、データ・一覧表化した名サイトです。)





 これで安心して暮らせる、と、笑顔で帰宅したのび太。


 一方ジャイアンは家の前に露店を構え、さっそくレコード販売を開始しました。


 自作とおぼしきポスターに踊るキャッチコピー。


 「大型新人あらわる!!『乙女の愛の夢』剛田武があまくせつなくうたいあげて…ヒット中!!」



 ポスターにはバラが散り、やはりまつげの長いジャイアンが、乙女の愛の夢を見るように小首をかしげて目を閉じ、両手を合わせてほほに寄せています。これも実に……ロマンチック。




 「そっちへ行かないほうがいいよ」

 スネ夫がしずかちゃんを呼び止めました。



 ジャイアンの家の前でレコードが販売されていると聞かされた友人たち、「そんなものを買わされてたまるか」と全員が迂回します。


心の友 人通りがなくなる -.png


 「ばったりと人どおりがなくなったのは、どういうわけだ」(←笑)


 唇を「3」に尖らせたジャイアンが、辺りの様子を見に行くと、「当分近寄らないほうがいい」と、少年たちが危険情報を共有している最中でした。


 「やいこらっ!!」




 ジャイアンの露店に集まってくるスネ夫たち。


 「レコード出したんだって、なぜ早く教えてくれないんだよ」

 心にもないことを言うスネ夫。

 「悪い悪い、この次からちゃんと電話するよ」


 店に集まるときは笑顔ですが、レコードを手に去っていく少年少女たちの顔には、一様に苦渋がにじみ出ています。


心の友 義務購入 -.png



 爆発的売れ行きに目頭を熱くし、これで当分町中から「乙女の愛の夢」が流れるはずだと期待していたジャイアンでしたが、おもてを歩いていても一向に聞こえてきません。



 出くわしたスネ夫に、レコードを聴いたか尋ねてみました。


「聴いたとも!レコードがすり切れるほど繰り返し繰り返し……」

「じゃあ、はじめのとこちょっと歌ってみろ」

「え〜(汗)」


心の友 レコードが擦り切れる -.png


 思い切り殴り倒されたスネ夫、傷だらけあざだらけ、前髪もヨレヨレの痛ましい姿で、「乙女の愛の夢」の「ホゲ〜〜」を再生させられます。

「もっとボリューム上げろ」

 窓の外から満足げに指示するジャイアン。


心の友 ボリュームあげろ -.png




 「おお、大ヒットしている」

 スネ夫の惨劇が知れ渡ったのか、家々から「ホゲ〜」と流れてくるジャイアンの歌声。

 流れてくる自分の歌声に、ジャイアンは喜びをかみしめます。


心の友 大ヒット -.png




 「心の友よ、きょうだいよ。このぶんならNHKの紅白出場も夢じゃない」


 道で会ったジャイアンに眼に涙を浮かべて感謝されたのび太、親切にして良かったと思いましたが、家への道すがら、子供たちに遭遇します。


 「やあ、みんな。ど、どうしたの、怖い顔して……」




 「ドラえもん、爆弾を二十個出してくれえ」

 レコード被害に遭った子供たちから、元凶として制裁を加えられたのび太が、傷だらけで泣きながら帰宅し、提案が裏目に出て浮かない顔をするドラえもんに出迎えられました。


(完)




 「復讐は復讐を呼ぶだけ、悪意に親切を返せばいつか真心は通じる」


 ドラえもんの美しい理想主義は、ジャイアンの歌の破壊力と、子供たちの間にあった厳然たる序列の前に無残に敗れ去りました。


 親切なだけでは生き残れない世間のままならなさの縮図のような、哀しい作品です。(笑えるけど)




 「乙女の愛の夢(ノビタレコード)」と販促ポスターの絵的インパクトと、「ばったりと人どおりがなくなったのはどういうわけだ」というジャイアンの「3」唇、レコードを買わされた少年少女たちの表情、聴いていないことをごまかそうとしたスネ夫に起きた惨劇が秀逸な回です。


 コミックス11巻は、この他にも「Yロウ作戦」「からだの部品とりかえっこ」などウィットに富んだ名作が読めます。


 また、ジャイアンの歌の悪夢について、詳しく学びたい方には、小学館が公式にドラえもん情報を網羅した、『ド・ラ・カルト』がおすすめです。(ウィットに富んだ文章と原作コマ引用の両方が楽しめる名著)
(p.196〜201「ジャイアン その愛と夢とロマン」部)



posted by pawlu at 18:35| ドラえもん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年02月14日

「ポカリ=百円」(「イシャ料しはらい機」でジャイアンから取り立て)


ポカリ=百円2.png

 今回は漫画『ドラえもん』の名作、「ポカリ=百円」(てんとうむしコミックス28巻)のあらすじをご紹介させていただきます。

ドラえもん (28) (てんとう虫コミックス) -
ドラえもん (28) (てんとう虫コミックス) -

(ネタバレですので、未読の方は先にコミックをお読みください。)  

 
日頃ジャイアンの暴力に泣かされているのび太たちが、「イシャ料(慰謝料)しはらい機」を使い、ジャイアンからお金を取り立てようとするお話です。


 (あらすじ)※セリフ部、一部仮名遣いを改めています。

 頭にタンコブをのせ、力なく部屋に帰ってきたのび太。

 ジャイアンにぶたれた。

 泣きべそで報告するのび太に、ドラえもんは一言。

 「あ、そう。」

 内容が非常に気になる本、『ドラヤキ百科』から目も上げません。

 「ぼくがなぐられても平気なの!?」

 「しょっちゅうだもの。いちいち気にしてられないよ!」(シビア)
 
 「それもそうか」

 泣き言が引っ込んでしまったのび太。寝転がり、これからもずっと殴られ続けるであろう運命をかみしめます。

 さすがに気の毒になったドラえもんが、ポケットから取り出したのは「イシャ料しはらい機」。

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 ジャイアンになぐられるたび百円ずつとろう。

 ドラえもんの提案に、のび太は、ジャイアンはお金を持っていないと指摘しますが、ドラえもんは機械を持って、のび太と空き地に向かいます。

 土管に腰掛けるジャイアンにアンテナを向けて、徴収設定完了。

 試しにジャイアンの前に出てみたところ、すぐにジャイアンに呼び止められたのび太。

 「むしゃくしゃしてたとこだ。一発殴らせろ」(ひどい)
 
 ゴツン!! 

 「さっそく殴られた」

 「よかったね」

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 とても暖かい笑みを浮かべたドラえもん、「げんこつ一発百円」と慰謝料金額を設定し、被害者であるのび太にボタンを押させます。

 支払い口から百円が出てきて喜ぶのび太。

 あと、二、三百円欲しいので殴られに行こうして、わざとはダメだとドラえもんに引き留められます。

(ちなみに、ジャイアンが現金を持っていなくても、持ち物から百円分何かが消えることで支払われる仕組みです。)



 のび太は、スネ夫たちに、「これからは殴られても損はしないよ」と、支払機の存在を教えてあげます。

 スネ夫たちからの指摘を受け、暴力の強度や種類に応じ、より詳細な料金設定をした上で、のび太の庭に支払機が設置されました。



 含み笑いを浮かべ、さっそく空き地のジャイアンの側にたむろする少年たち。

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 不審がるジャイアンに、まず、スネ夫が行動を起こしました。

 「ジャイアン。こないだぼくからとってったまんが返せよ」

 カッしたジャイアン。

 「とったんじゃない。借りたんだぞ。いつ返すかきめてないだけだ。ドロボーみたいに言うなっ!」

ポカリ=百円12.png

 後に読者の間で「ジャイアニズム」(※)という新語を生んだ、ジャイアン本人以外誰も納得できない主張とともに、スネ夫にゲンコツを落とし、空き地を出ていきました。

 殴られてもドヤ顔のスネ夫にやり方を学んだはる夫と安雄(サブキャラとしてよく二人一緒に出てくる少年たち。ぽっちゃりめのほうがはる夫、野球帽をかぶっている方が安雄。)も、ジャイアンを追いかけます。

 「ぼくらのまんがも返せ!」

 「すぐ返せ!」

 「ワ〜〜イ。」 

 青あざとコブを作り、朗らかに去っていく二人。(シュール)

 
 憤慨したまま家に戻ったジャイアン。

 「こういう不愉快な日は、心静かに読書しよう。」

 友人たちに(無許可無期限で)借りた漫画をごっそり押し入れから取り出し、「ムヒョヒョ。ウヒョヒョ」と「読書」を開始。

ポカリ=百円7.png

 一方、殴られたスネ夫はさっそくイシャ料支払機のもとへ。

 「たった七十円」

 殴られ方が弱かったため、「並」の料金しか出ずにガッカリ。

 「やややっ!」

 時を同じくして、「読書」中のジャイアンは、漫画の結末部が突然五分の一ほど消失したのに気づきます。

 さらに、はる夫と安雄がのび太家にやってきて、イシャ料支払機のボタンを押します。

 「ぼくらはうんと殴られたもんね」

 二人合計で1340円の支払い。

 「ム!?」

 まだ読んでない漫画が四冊も消え、ジャイアンは「どうなってんだ!?」と飛び上がりました。


 もっと殴られて儲けようとするスネ夫たちを、「負けてたまるか」と追いかけようとしたのび太でしたが、ママにつかまり勉強させられてしまいます。

 「ぼくがこうしているあいだにもみんなはせっせと殴られて、お金をかせいでいるんだ」
 
 机に向かいつつ、うらやましがるのび太。

 (のび太達を静観しているドラえもんのフラットな表情が味わい深い。)

ポカリ=百円6.png



 「おもしろくない!!誰かぶん殴ってやろう。」

 「読書」を中断して出かけたジャイアンに、もろ手をあげてアピールするスネ夫たち。

 「殴りたければ僕を。」

 「いや、僕を。」

ポカリ=百円1.png


 「ワ〜〜イ」

 再びあざとコブを作って喜んで去っていきます。(シュール2)


 スネ夫たちがイシャ料しはらい機のもとに戻ってくる賑わいを、机に乗って「いいなあ」と、うらやましく見下ろすのび太。

 「だから早く勉強すませな。」

 ドラえもんが冷静にのび太を椅子に戻らせている間、庭のスネ夫は勝手にしはらい機の金額設定ダイヤルをいじっていました。

 「ゲンコツ一発千円にしよう」

 

 「なんで次から次へと……腹立つなあ。」

 その頃、噂を聞きつけた少年たちが、イラつくジャイアンの前にワルイ顔で長蛇の列を作り、笑顔で殴られては去っていっていました。(シュール3)

ポカリ=百円8.png

 「もう殴るの飽きた」

 逃げ出したジャイアンでしたが、急に靴が消えて立ち止まります。

 「お!?お!?……」

 みるみるうちにズボンが短くなり、上着まで消えていきます。

 「ワ、ワワ!!なんだ、なんだ!?」



 「やっと終わった!」

 勉強を済ませ、心置きなくジャイアンに殴られに行こうとしたのび太とドラえもんの前を、全裸で赤面したジャイアンが、両手で前を隠して一目散に走っていきました。

 「ジャイアンが全財産を無くしたらしいから、もうおしまい」
 
 目を丸くしながらも説明するドラえもん。のび太はがっかりして、一糸まとわぬジャイアンを見送りました。

ポカリ=百円9.png


 「きれいなジャイアン」のような、絵的インパクトは無いものの、ウィットを感じさせる佳作回です。

 「むしゃくしゃしていたところだ、一発殴らせろ」 
 「とったんじゃない。借りたんだぞ。いつ返すかきめてないだけだ。ドロボーみたいにいうなっ!」

 という突っ込みどころの多いジャイアンの台詞や、小遣い稼ぎのために率先して殴られに行く少年たちのシュールな情景(特に殴られようとワルイ顔で列を成すコマが秀逸)、あたかも労働の成果物を受け取るかのように明るくイシャ料支払機の前に集う姿には、今なお大人たちも惹きつけてやまない、『ドラえもん』独自の深みがあります。
(あとやはり『ドラヤキ百科』の芸の細かさも忘れ難い。)

 まったくの余談ですが、「こういう不愉快な日は、心静かに読書しよう。」とジャイアンが友人たちからいつ返すか決めずに借りた(?)漫画を読んでいる「ムヒョヒョ。ウヒョヒョ。」なコマが、私自身が「こういう不愉快な日は、動物の生態を鑑賞してストレスを軽減しよう」とか思ってYouTubeの犬とか猫とかの動画を観ている姿に非常に似ているので、ここも個人的に好きです。

ポカリ=百円10.png

 コミックス28巻は「新種図鑑で有名になろう」(のび太が新種を見つけようとしてモンシロチョウを追いかけたりする)や、「のび太航空」(のび太がドラえもんの懸念をよそに国際線のパイロットを目指す)など、名作が多いので、是非ご覧になってみてください。

 読んでくださってありがとうございました。



(※)
「ジャイアニズム」

「お前の物は俺の物、俺の物も俺の物」というフレーズ(出典:単行本33巻「横取りジャイアンをこらしめよう」)で名高い思想。


ジャイアニズム例.png

ドラえもん (33) (てんとう虫コミックス) -
ドラえもん (33) (てんとう虫コミックス) -

 ウィキペディアの説明が素晴らしかったので一部引用させていただきます。

「ジャイアニズム(和製英語: Gianism)(←笑)または剛田主義(←笑2)」
 (中略)
 「自らの所有物(占有物)については当然に自分の所有権を主張しつつ、他者の所有物に対してさえも全く法的な根拠なしにその他者所有権を否定し、所有権が自分に属することを暴力的に主張するという、極端に利己主義、独占主義的な思想を指す」


 こんな法律書のような格調高き説明文が作成されているのも驚きですが、同ウィキペディア情報によれば、2006年「国語辞典に載せたい言葉」を公募、収録した「みんなで国語辞典!―これも、日本語」にも選ばれるほどその思想は広く浸透している模様。


posted by pawlu at 21:25| ドラえもん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月13日

(※ネタバレ)「ヘソリンガスでしあわせに」(『ドラえもん』)


ヘソリンガスで幸せに この世は天国.png



 今回は、漫画『ドラえもん』の、おそらく全巻通じて最も危険なエピソードについてご紹介させていただきます。


(ネタバレですので、未読の方は先にコミックをお読みください。)



 「ヘソリンガスでしあわせに」(小学館てんとうむしコミックス25巻収録)



 落ち込んでいたのび太に、ドラえもんが出してくれた、30分だけ幸せな気持ちになれる「ヘソリンガス」を注入できるスタンドが、またたくまに周囲の子供たちに広まり、危機的状況に陥るというお話です。




(あらすじ)※セリフの仮名遣いを一部改めてあります。



 その日、のび太に、いろいろな災難がまとまってやってきました。


 先生に叱られ、しずかちゃんが出木杉君と仲良く帰るのを見て、野球の試合では三振をしてジャイアンとスネ夫に殴られ、隠していた0点の答案を見つけたママに、帰ってくるなりこっぴどく叱られる……。


 それぞれ、のび太にとってはお決まりのストレスでしたが、さすがに一日で束になって降りかかることは珍しく、部屋に戻ってきたのび太は、グッタリとうなだれていました。


 「それはこたえただろうね」


 同情したドラえもんが四次元ポケットに手を入れ、のび太は何か出してもらえるのかと身を乗り出しますが、ドラえもんは少し考えこんで、「なんでもない」と、はぐらかします。


 どうしてやめるの。世の中真っ暗だ。いますぐ世界の終わりがくれば良い。


 のび太の激しい悲嘆に押し切られ、ドラえもんがしぶしぶ出したのは、「ヘソリンスタンド」。


ヘソリンガスで幸せに ヘソリンスタンド.png


 ガソリンスタンドの給油機に似た機械で、へそから、心や体の痛みを消す「ヘソリンガス」を注入するというものです。


 のび太が試してみると、目の前が徐々にバラ色に見えてきて、幸せな気持ちに包まれました。




 より効果を実感させるために、のび太の手をひいてママのところへ連れて行ったドラえもん。


 0点の答案をもう一枚隠していたことをバラし、ママは再び激怒してお説教を始めますが、のび太は全く恐怖を感じず、何を言われても気にならない、と、笑顔でママの前に正座し続けました。

(のび太もだけど、それを見守るドラえもんの目の暖かさもどうかと思う。)


ヘソリンガスで幸せに 何を言われても気にならない.png


 怒り疲れたママから解放されて廊下を歩くのび太の前に、ドラえもんがボールを転がし、派手に転んでも、その痛みすら感じません。


 ガスの効き目が30分続くことを教えてもらったのび太は、すがすがしい笑顔で表に出ていきました。


 「ヘソリンをすえば、この世は天国」

 (「ソリ」を「ロイ」に変えると大問題になる台詞。)



 そこで、ジャイアンがスネ夫をいじめている場面に出くわします。


 「痛い!許して!」


 自分たちのトラブルを、のび太がやたら朗らかな表情で見つめていることに気付いた二人。


 とくに殴られていた側のスネ夫は面白くなく、八つ当たりで思い切りのび太の脛を蹴りますが、のび太が笑顔のままなのに驚き、「どうなってるんだ?」と、互いの確執はどこへやら、二人がかりでのび太を殴ります。

 しかし、ボロボロになってもまだニコニコしてるのび太。

なぐられても笑顔ののび太 - コピー.png






 のび太がこんなに我慢強いはずない、と、不審に思った二人は、あとをつけてみます。


 出会いがしらに野良犬に噛まれても笑顔、車に跳ねられ、地面にたたきつけられても笑顔(事件では)。

ヘソリンガスで幸せに ニコニコ.png


 「どうしてそんなに強くなったんだ、教えてくれ」


 二人はのび太に頼み込み、いっそ腕ずくでもと思いますが、殴っても無駄なので、引き続きついていくと、ふいにのび太が真顔になりました。


 「いたた……あちこち痛くなってきた。」


 慌てて家に戻ると、ドラえもんが不在だったので、自分でガスを注入し、また「しあわせ……」と笑顔になるのび太。


 部屋まで追ってきたジャイアンとスネ夫、一部始終を見て、そんないいものを独り占めするなんて。ちょっと貸せと、ヘソリンスタンドを空き地にもっていってしまいます。





 「ほんとだ!すご〜く幸せな気持ち!!」


 「しょうがないなあ、勝手に使って」(笑顔)


 のび太の一応の困り顔を全く意に介さず、バラ色の気分を味わう二人。


ヘソリンガスで幸せに かってに使って.png


 試しにと、バッドで互いを殴りますが、スネ夫にいたっては、気絶して白目をむいても笑っています。

気絶しても笑顔のスネ夫 - コピー.png


 「いやあ、ぜ〜んぜん痛くない」


 気が付いたスネ夫の感想に、すげえききめ、と、喜ぶジャイアン。


 「みんなに見せてやろう」


 と、笑顔で互いの頭をバッドで殴り合いながら、空き地を出ていきます。(シュール)


ヘソリンガスで幸せに みんなにみせてやろう.png


 それを笑顔で見送ったのび太は、このすきにヘソリンスタンドを持ち帰ろうとしますが、元気の無いしずかちゃんを見て、声をかけます。


 歯が痛いの。そう、しょんぼり答えたしずかちゃんに、ヘソリンを注入すれば大丈夫だから、と、すかさずおへそを出してもらおうとします。


 のび太のたくらみにはひっかからず、自分でやるわ、と、背中を向けて、スカートの陰から、ヘソリンを注入したしずかちゃん。


 (のび太、笑顔で残念そう。)


 うそのように歯の痛みが消えて、喜んで帰っていきます。




 そうこうするうちに、空き地に子供たちが集まってきました。


 「うわさを聞いて、ヘソリンガスを入れたいという者がこんなに大勢!!」


 あちこちで宣伝してきた(=笑いながらバッドで殴り合う様を見せてきた)ジャイアンとスネ夫は、子供たちを整列させ、一回10円の料金を徴収します。


 「お金をとるの?」


 「おまえにもわけてやるから」


 ジャイアンに言いくるめられたのび太は、ヘソリンスタンドを空き地に置いて、笑って帰ってきてしまいました。




 ヘソリンスタンドを貸してやっただって!?なんてことを!!


 スタンドがないことに気付いて、のび太に事情を尋ねたドラえもんは顔面蒼白になり、「あれは、おそろしいガスなんだぞ!!」と、叫びました。


 「痛がるってことは、大事なことなんだ。危険を知らせる信号なんだ。


 たとえば火の熱さに平気だったらやけどする。ひどい病気にかかっても死ぬまで気が付かない。


 心の痛みだってそうだぞ。叱られても笑われても平気なら、どんな悪いことでも……。」


痛みは大切なこと - コピー.png


 ドラえもんは必死で諭しますが、のび太は、「それがどうした」と、笑顔で昼寝を続けます。


 肩を落としたドラえもんは、


 「……弱ったなあ、どうしたらいいんだろう……」


 と、頭を抱えて部屋を出ていこうとしますが、次の瞬間、のび太がドラえもんにしがみつきました。


 「そ、そ、そんなおそろしいガスとは思わなかった。ど、ど、ど、どうしよう……」


 ようやくガスが切れて、事の重大さに気付いたのでした。




 とにかくヘソリンスタンドを取り上げないと、と、急いで空き地に向かう二人。


 道すがら、ことごとく朗らかな笑みをたたえた子供たちのこんな声が聞こえてきます。


 「ひかり号にはねられても痛くないよな」


 「東京タワーから飛び降りても平気だよ」


 「三十分おきに10円でしょ。大変よ」(しずかちゃん)


 「ママの財布もって来ちゃった」


しずかちゃんまで - コピー.png



 なんの屈託もなく破滅的言動をする少年少女たちに恐怖を感じながら、空き地に駆け込むと、スネ夫とジャイアンが、スカートを平気でめくりあげてヘソと下着を見せる女の子にヘソリンガスを注入していました。


 「見えた、見えた」


 「見えたらどうだっていうのよ」


見えたらどうだっていうのよ - コピー.png




 「それは恐ろしい機械で!!」


 「はやく返したほうが……」


 慌てて駆け寄る二人に、容赦なく飛んでくるバットの一撃。


 「ゴシャゴシャ言うな!!」




 「手のつけようがない」


 「でもほっとけば大変なことになる。」



 いったん退却した二人は、ジャイアンとスネ夫の苦手に頼もう、と、それぞれの母親と先生を連れてきます。


 ところが、ヘソリンガスの効果持続中の二人に苦手なものなど無く、どれだけガミガミ言われようが、おしりをたたかれようが、ヘラヘラしながらヘソリンスタンドにしがみつくだけでした。


ヘソリンガス 苦手なんかないんだ.png


 三人があきれて帰ってしまい、万策尽きたと思った時、ヘソリンを注入しようとしたジャイアンが、ガス欠に気付きました。


 「ガスが無くなったぞ、入れろ」


 ここで、なぜか言われたとおりにするドラえもん。




 二人を置いて空き地を後にするドラえもんに、のび太は苦言を呈しました。


 「いれてやらなきゃよかったのに」


 すると、ドラえもんから意外な答えが返ってきました。


 「別のガスを入れたんだ」


 そこに、ポツポツと振り出した雨。


 「痛い!痛い!雨の粒が痛い!」


 頭を抱え、泣き叫びながら走っていくジャイアンとスネ夫。


 「大げさに感じるガスなんだ」


 と、ドラえもんが言いました。




(完)




 ドラえもんのエピソードの中で最も恐ろしいものとして「どくさいスイッチ」(スイッチを押すと、その人物を消してしまう道具)を挙げる人が多いかもしれませんが、個人的には、この話が一番怖いです。
 だって完全に例のアレの風刺だし(名前だってアレに寄せてるし)、それによって、通常の感覚や倫理観が失われていく姿も同じだから。

 (薬状のものや注射から遠ざけて、ガソリンスタンド型にしたところに巧みな配慮を感じますが。)



 のび太が笑いながら車に跳ね飛ばされ、ジャイアンとスネ夫も笑いながらバッドで頭を殴り合って走っていき、保護者たちの叱責にもヘラヘラしながらスタンドにしがみつくという、なんかもうギリギリな場面が満載。

(いつも思うけれど、「地球破壊爆弾」など、未来デパートの市販可能ラインがよくわからない。)



 飲酒に似た作用をもたらす「ホンワカキャップ」の回もそうですが、実際のアルコールや薬物のように、臓器や脳に物理的な害が無かったとしても、強烈な快楽は、それだけで人の心にとって既に危険であると教えている、過激な笑いの奥に、重要な警告を含む回でもあります。

 特に、「痛がるってことは、大事なことなんだ。危険を知らせる信号なんだ。」というドラえもんの台詞は、あらゆる快楽の問題に対する、非常に鋭い、核心を突いた指摘です。

 「快楽そのものが『毒』でなかったとしても、快楽で心身の痛みを麻痺させ続けていると、自分をむしばむ危険から、身を守れなくなってしまう。」

 この恐ろしい落とし穴に対する指摘は、意外と少ない。しかし、一番忘れてはいけない事実だと思います。


 この回が、感動作「のび太の結婚前夜」(※)と同じ時期に描かれているということも考えあわせると、ドラえもんの世界観の奥深さに圧倒されずにはいられません。

(※同25巻収録)


 是非、コミックスをお手にとって、このシリーズ最高(最悪)レベルの危険な笑いを直にご覧になってみてください。


 読んでくださってありがとうございました。



posted by pawlu at 00:13| ドラえもん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年10月07日

(※ネタバレ)「ふつうの男の子に戻らない」(ドラえもん)



ふつうの男の子に戻らない ジャイアンの決心.png


  今回は漫画『ドラえもん』のうち、ジャイアンの歌手活動引退エピソードについてご紹介させていただきます。  

(ネタバレですので、未読の方は先にコミックをお読みください。)     

 「ふつうの男の子に戻らない」(小学館てんとうむしコミックス40 巻収録) 


ドラえもん (40) (てんとう虫コミックス) -
ドラえもん (40) (てんとう虫コミックス) -

    歌手としての不人気をうすうす気づいていたジャイアンが引退を決意、しかしそこには恐るべき計算が秘められており、ジャイアンの真意を知ったドラえもんたちが、どうにか引退を実現させようと必死で奔走するというお話です。


 なお、「ふつうの男の子に戻らない」というフレーズは、キャンディーズが人気絶頂で解散を決意した時の「ふつうの女の子に戻ります」という名台詞をふまえたものです。



(あらすじ)

 「ほ、ほんとかい!?」

 のび太とドラえもんは、家を訪ねてきたジャイアンから、衝撃的な告白を聞かされました。

 「芸能界からすっぱり足を洗って、ふつうの男の子に戻りたい?」

 ジャイアンは苦渋の面持ちでうなずきました。

 本当は、デリケートな自分にはわかっていた。

 自分のコンサートが不人気であること。いやそれは、自分の歌が大衆に理解されにくいということだが。

 みんながいやいや来ているんじゃないかと、ちらっと思ってしまう。

 「へー、よくわかってんじゃない。」

 率直すぎるのび太の口を、「シッ!バカ!」と素早く塞ぐと、よく決心したねぇ、と、ドラえもんは、無難な対応をしました。

 内心、歓喜に打ち震えながら。



「ワーイ!!」

 両手を挙げて、嬉し泣きに泣きながら、走っていく二人。

 骨川邸に駆け込むと、スネ夫に、ジャイアンが、本日の引退コンサートをもって普通の男の子に戻ることを報告しました。

 ところが、スネ夫は、この明るい大ニュースに懐疑的でした。

 「ジャイアンがあれだけ夢見ていた歌手への道をそう簡単にあきらめると思う?」

 スネ夫の言う通りだと気付いたドラえもんは、タケコプターで上空からジャイアンに近づき、「ホンネ吸出しポンプ」で、ジャイアンの後頭部から本音を吸い出してきました。

 骨川邸に戻ったドラえもんが、吸い出した本音をポンプから放出してみると、ジャイアンの心の声が噴き出してきました。

 ……俺のコンサートは、どうも人気が盛り上がらない。

 このへんでもうやめたと言ったらどうだろう。

 みんな大慌てするに違いない。今更のように俺の歌の良さを思い出して、「おしい」「やめないで」と、みんな口々に叫ぶ。

 そこで、俺はしぶしぶカムバック宣言をする。……


 「こんなことだと思った!!」

 何か裏があるに違いないとは思っていたものの、ジャイアンの勘違いも甚だしい計画に、三人は震えあがりました。


 慌てて、三方に散ると、聴衆となる近所の子供たちに警告します。

 3時からジャイアンの「さよならコンサート」があるが、絶対に、「おしい」とか「やめないで」とか言ってはいけない。

 拍手も熱狂的にしてはいけない。いかにもお義理みたいにパラパラと……。


 
 3時前、コンサート会場となる空き地に、集合する少年少女たち。
(補足:ジャイアンのコンサートは常に暗黙の了解で全員参加〈コンサートチラシに「参加しない奴はぶんなぐる」と明記されているケースもある。〉)

 木箱を寄せ集めて作ったステージの上に、ドラえもんが立っています。

「ぜひ練習の必要があると思って早めに集まってもらった。じゃあね、ドラえもんをジャイアンだと思って拍手してみよう」 
スネ夫の合図で巻き起こる、力強い拍手。

 そんな勢いで叩いたらジャイアンに自信をつけさせちゃうぞ!

 スネ夫の言うことはみんなよくわかっていました。

 でも、もうあの歌を聴かないで済むと思うと、うれしくてつい力がこもってしまうし、気の無い拍手をしてジャイアンににらまれても怖い。

 自分だって、いざその時になったら力いっぱい叩くんだろ。

 のび太からの指摘に、返す言葉の無いスネ夫。

 そこで、ドラえもんは「拍手水増しマイク」を取り出しました。

 不景気なコンサートでこれを使うとまばらな拍手も嵐のようにとどろくというもので、マイナススイッチを押せば、逆に大きな拍手もまばらにすることができます。

 マイナス設定したマイクを、空き缶に活けたステージ上の花束に隠すと、ほどなくしてジャイアンがやってきました。

 開演前から満席で、自分の歌を待ちかねてくれていたファンのために涙するジャイアン。
(「いや、そんなわけでも……。」と、そっとつぶやくスネ夫とドラえもん。)



 司会進行担当のドラえもんが、先にステージに上がりました。

「長い間、ぼくらを苦しめ…いや、楽しませてくれたジャイアンコンサートもこれが最後。まことにうれし…いや残念…というほどでもない。……こともない。」

 「なにがいいたいんだ。」 

 どうしても口をついて出る本心を、何度も打ち消しながら、汗をかきかき、残念がっている風を装うドラえもんを、唇を「3」に尖らせたジャイアンが怪訝そうに見つめました。

(進行補佐としてステージ前に立ち、ドラえもんのだだもれする本心に、気付かないふりしつつ共感している様子のスネ夫〈珍しい正面向き〉が味わい深い。)


ふつうの男の子に戻らない なにがいいたいんだ.png

 次に、ジャイアン本人がステージに立ちました。

「ま、そんなわけで、もう二度と俺の歌は聞けないわけだ。みんな寂しいだろな」

 沈黙。

「やめないで、という声もあるだろうが」

 沈黙。

 話しながらも間をとって、チラチラと観客の反応をうかがうジャイアンでしたが、水を打ったように静まり返っています。

 観客側は内心必死でした。

「こたえるな!ここがしんぼうのしどころだぞ。ジャイアンと目をあわせないように」

 のび太の密かな指令に同調し、じっとうつむいて、冷や汗を流しながらも決して目を上げない観客たち。


ふつうの男の子に戻らない こたえるな!.png

 「そうかよ!じゃあ、これから二時間半、おれのヒットナンバーをメドレーで」

 すっかり鼻白んだ様子のジャイアン、いつどこで「ヒット」したのかは謎の歌を歌い始めます。

ふつうの男の子に戻らない ヒットナンバーメドレー.png

 (メドレーで二時間半とは凄い曲数。それをすべて聞かされてきた、これまでののび太達の苦労がしのばれます。)

 「それからの二時間半は、まさにごうもんであった。みんなは、『これが最後!』『くじけるな!!』と励ましあってたえぬいたのだ。」

 「ヒットナンバー」のメドレーが、住宅街を揺るがす光景の中、浮かび上がるナレーション。


ふつうの男の子に戻らない まさにごうもん.png
 (『ドラえもん』は基本的に登場人物同士のやりとりで話が進みますが、たまに出てくるこういうナレーションが、妙に真顔感を醸していて面白いです。)



 「ジャイアンコンサート、めでたく歌い収めです!!」

 ドラえもんの言葉とともに、別の感動の涙を流した観客たちが、一斉に拍手しました。

 パラパラ……ポチポチ……。

 雨だれ程度の拍手に驚いたジャイアンが、観客を見回しますが、みんな力いっぱい叩いている様子です。
(だって満面の笑みで泣いてすらいる。)

 すっきりしないものを感じたジャイアンは、アンコールを強行しようとし、ドラえもんは、思わず「えーっ!!」と叫んでしまいます。

 「このままもえつきたほうがいいのでは……」と、おしとどめようとするスネ夫と、「一分間時間をください。やめるように説得します」と、完全に目が泳いでいるドラえもん。


ふつうの男の子に戻らない このままもえつきたほうがいいのでは.png

 引退コンサートにあるまじき言動の二人に激怒したジャイアンは、「おまえら!!」と、怒鳴って、足元の空き缶入り花束を踏みつけました。

 はずみで「拍手水増しマイク」のスイッチがプラスに切り替わり、ジャイアンに向けて鳴り響く、怒涛のごとき拍手。

「ありがとう、ありがとう。おれ、もう二度とやめるなんて言わない。ジャイアンの歌は永遠です。」

 ジャイアンは、熱い涙と感謝とともに、生涯歌い続けることをファンに固く誓いました。



 後日。

 道を歩くのび太とドラえもんに振り返り、または見送る、スネ夫やしずかちゃんら、近所の子供たち。

 「かなり長い間。のび太とドラえもんは、みんなの冷たい視線に耐えなければならなかったのである。」
 (真顔ナレーション)


(完)


 その歌声で、人を気絶させ、ゴキブリやネズミを駆除し、大長編では、お化けクジラすら吐き気を催して退散するという、(マイナス方面に)圧倒的歌唱力持ち主であるジャイアン。

 その(ある種の)実力に(残念なことに)陰りは見えないものの、自身の目指す芸術と大衆の理解との齟齬に悩んだ挙句、大衆の心をつかむべく一世一代の賭け(別名「引退するする詐欺」)に出て、(ドラえもんたちの奔走にも関わらず)、それに勝利しました。(拍手を水増しされただけだけど。)

 不人気は薄々察しながら、自身の歌には何ら疑いを抱かないジャイアンの思考回路と、引退撤回を何が何でも阻止するべく、開始前に全員集合して、シミュレーションまでする、のび太たちの結束力、何よりも、ジャイアンに「何が言いたいんだ(「3」唇)」と、言わせたドラえもんのしどろもどろな名司会が印象に残る回です。

 先日、安室奈美恵さんの人気実力頂点での1年後引退宣言が大きな話題になり、それとは真逆の現象(観客側が引退させようと必死)として、思い出したので、ご紹介させていただきました。

 ジャイアンの歌関連では、まだまだ名作が多いです。

 是非、原作をお手に取ってみて、その活躍をお楽しみください。

 読んでくださってありがとうございました。
 

posted by pawlu at 12:58| ドラえもん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年09月27日

(※ネタバレ)「ひょうろんロボット」(『ドラえもん』)



ひょうろんロボット 意見にさからえるものはいない.png



「ロボットがほめれば…」(小学館てんとう虫コミックス8巻収録)は、絵を誉められたい(けれど実力が伴わない)のび太が、どんな絵でも褒めてくれて、皆もそれに影響されてしまうという「ひょうろんロボット」を出してもらうというお話です。





 (以下、ネタバレですので、未読の方は先にコミックをお読みください。)




(あらすじ)※セリフの仮名遣いを一部改めてあります。



 しずかちゃんの家で、美術評論家のおじさんを紹介してもらう、のび太、ジャイアン、スネ夫。


 みんなの絵を見てもらうことになりました。


 しずかちゃんとジャイアンの絵の構図や色遣いについてアドバイスをしてくれていたおじさんが、恥ずかしがりながら差し出されたスネ夫の絵を見た瞬間、真剣な表情になりました。


「いわゆるうまい絵ではないが……、ひらめきのようなものが感じられる」


 君には素質があるよ、伸ばし方次第ではかなりのものになるだろう、と、絵を返され、スネ夫は目を輝かせました。


 言われてみれば良い絵だ、と、しずかちゃんとジャイアンがスネ夫の絵に感心している間に、のび太もいそいそと絵を差し出しました。


 「どう?なんかひらめきますか?」


 のび太の期待をよそに、「あん?」と声を発した後は、「+ +」目になっていたおじさんは、


 「これ、幼稚園のころ描いたの?」


 と、昨日描いた絵に、残酷な質問をしてきました。

 (小学生相手に忌憚が無さすぎる。)





 いたたまれずに逃げ帰り、「よ、よ、よ……」と、古風にドラえもんに泣きつくのび太。


ひょうろんロボット よ、よ、よ…….png


 「もう泣くな、君のくやしさはよぉくわかる」


 つまり君も、ほめられれば文句は無いわけだ、と、確認し、のび太が、そうなんだよ!と、強くうなずくと、


 「うそでもいいから」


 「ひとこと多い!」


 唇を「3」にとがらせるのび太をよそに、穏やかな笑みを浮かべて、ポケットからひみつ道具を取り出すドラえもん。


ひょうろんロボット ひとこと多い!.png


 「ひょうろんロボット」


 ベレー帽をかぶり、髭をはやした、2頭身のおじさん型ミニロボット。



ひょうろんロボット 登場.png


(ドラえもんのひみつ道具の中でも屈指のゆるかわデザイン。フィギュア化もされています。未来デパート製〈笑〉)




 「かならずほめてくれる。ロボットがほめればみんながほめる」


  のび太に「なるべくひどい絵」描いてもらい、実験してみることに。


  出来上がったのは、プリミティブなタッチの、太陽の下に立つ動物の絵(種類は不明)


 「こりゃひどい」(失礼)


ひょうろんロボット こりゃひどい.png


 (個人的意見ですが、のび太画伯の作品の中では、可愛いしおしゃれなほうだと思う。〈他の回でもっと線が死んでる感じの絵がある。〉)




 「何らかの動物の絵」を手に、まずはママに感想を聞くことに。


 「絵を見て感想を述べてくれですって?よしましょう!うそはつきたくないし、ほんとのことを言えばあんたが傷つくし」


 言ったも同然の態度で、批判の明言を避けようとするママに対し、のび太、苦々しい顔でひょうろんロボットを作動。


 画伯作「何らかの動物の絵」を、ママに見せながら、ひょうろんロボットのスイッチ(ベレー帽部)をオン。


 ひょうろんロボットがジーっと絵を見た後、ママに向かって「イーイー!」と叫びだすと、ママの表情が一変します。


ひょうろんロボット イーイー.png


 「いい絵だわ!これほんとにのびちゃんが描いたの!?」


 持っていたバケツを取り落とし、スケッチブックを手にパパのところに走っていきます。


 「のび太の絵なら見たくない!うそはつきたくないし、ほんとのことを言うと」


 「イーイー!」


 「……天才としかいいようがない」


 じんわりと熱い涙を浮かべるパパ。


 「僕は画家になるのが夢だったが……のび太がその夢を実現してくれそうだ」




 「『ひょうろんロボット』の意見にさからえるものはいない」


  実験結果と、ドラえもんの太鼓判に、すっかり安心したのび太は、家を飛び出していきます。


 「人の絵を幼稚園だなんて!みてろ!」


 ところが、勇んで歩いているうちに、ポケットからひょうろんロボットが落ちてしまいます。


 コロンコ、コロンコ、と、坂道を転がり落ちるひょうろんロボット。(かわいい)




 行きついた先で、看板職人のおじさんが、パンの絵を描いていました。


 どうも、パンのふっくらとした感じが出ない……。



 首をひねった末、「もういやになった!」と、筆を投げ出してしまいます。


 それが偶然、ひょうろんロボットのスイッチにぶつかりました。


 「イーイー!!」


 プロの仕事のためか、ひときわ高らかに、パンの看板絵をほめたたえるひょうろんロボット。


 そこに、しずかちゃんのおじさんが通りかかりました。


ひょうろんロボット イーイー2.png




 一方、ジャイアンとスネ夫に絵を見せにいったのび太。


 「ふうん、また絵を描いたの」


 「見せろ、笑ってやるから」(酷い)


 今見せてやる、驚くな、と、ロボットを出そうとしたのび太は、ようやく、ロボットを落としたことに気付きます。 


 「わあ、勝手に見ちゃだめ!!」


 「何らかの動物の絵」を二人に大爆笑され、慌ててロボットを探しに行くことに。





  のび太が、もと来た道を戻っていくと、道端に人だかりが。


 「おお、この感動!これぞ真の芸術です!モナリザなんか問題にならん!」


 「ふかふかパン」の看板の前で、感動のあまり膝をついて、むせび泣く評論家のおじさんと、迷惑がっている看板職人さんの前に、列をなす人々。(おじさん同様涙を流す人多数。)


 「立ち止まらないで!一人三分で見てください!」


 どこから来たのか、警備の人まで動員され、詰めかける人々を誘導していました。 


ひょうろんロボット これぞ、真の芸術です!.png




 (完)



 「ひょうろんロボット」の意見には逆らえない。という、ちょっと怖い、しかし、大人になると結構思い当たるフシが出てくるシニカルな実態と(本当は自分では良いかどうかわからないアート作品では、こういう不確かな鑑賞の仕方結構する)、人気作品の前でしばしば発生する、人だかりのすきまから時間限定で鑑賞するという現象を、7ページに可愛く凝縮している名作です。


 タイトルページもひど面白い(笑)


ひょうろんロボット タイトルページ.png



 是非、漫画で、テンポの良さとともにこのウィットをお楽しみください。


 読んでくださってありがとうございました。




当ブログ関連記事

(※ネタバレ)「あとからアルバム」(『ドラえもん』あらすじご紹介)

宿題で写生をすることになったのび太が、過去の出来事を写真で出してくれるひみつ道具「あとからアルバム」を使って絵を描こうとするお話
スネ夫たちのコレクションをうらやむのび太を見たドラえもんが、「流行性ネコシャクシビールス」を使ってビンのふたの「王かん(のび太が昔なんとなく集めていた)」のコレクションを大流行させるお話


posted by pawlu at 22:42| ドラえもん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

(※ネタバレ)「あとからアルバム」(『ドラえもん』あらすじご紹介)


あとからアルバム モデルがよくない.png

 今回は漫画『ドラえもん』のうち、芸術の秋にぴったりの(ような気がする)エピソードについてご紹介させていただきます。

(結末までネタバレですので、未読の方は先にコミックをお読みください。)



 「あとからアルバム」(小学館てんとうむしコミックス31巻収録)

ドラえもん (31) (てんとう虫コミックス) -
ドラえもん (31) (てんとう虫コミックス) -

 宿題で友だちの絵を描くことになったのび太が、撮っていない写真を出せるひみつ道具「あとからアルバム」を使った時のお話です。




(あらすじ)※セリフの仮名遣いを一部改めてあります。

 「うまく描けないなあ……」

 部屋で昼寝をしているドラえもんを水彩絵具でスケッチしているのび太。

 スケッチブックには、水底に沈んでいるような、力無いタッチのドラえもんがふにゃふにゃと広がっている。

あとからアルバム のび太画伯.png

 うんざりしまい、ドラえもんの寝顔に、絵具で落書きメイク(変なアイシャドウとチークに、ぼってりおちょぼ口紅)をしているところを見つけるパパ。

 「不思議だなあ、どうしてのび太は絵が下手なのかね」
(変な化粧で眠るドラえもんについてはノーコメント。)

 いやいや描いているんだろ。という指摘に、のび太は、宿題だから仕方なく、と、素直に認めました。

 「絵は心だ!何かを見て、美しいなとかかわいいなとか心に感じたら、それを表現するのが芸術だ」

 パパが熱をこめて語るのにはわけがありました。

 パパは絵が好きで、小学生の頃、全国図画コンクールで金賞を獲ったことがあったのです。

 パパの受賞を信じようとしないのび太に、パパは、記念写真を見せようとしましたが、戦時中、空襲で焼けてしまったことを思い出し、惜しいことをした、と、残念がりながら、のび太の部屋を出ていきました。



 一方、のび太は、パパの子なら自分の中にも絵の才能が眠っているはずだ、と、にわかに目を輝かせてやる気になると、眠るドラえもん(変な化粧済)を指さし、

 「モデルがよくない。美しくもかわいくもない!」

と、言い放ちます。(酷)

 「美しくかわいいモデルといえば、しずちゃんに決まっている」

 そう考え、寝ているドラえもんを残して出かけていきました。



 しずかちゃんの家を訪ねて行ったのび太は、才能を呼び覚ますためにぜひ、と、頼み込んで、椅子に座るしずかちゃんを描きはじめます。



 そうとは知らないドラえもんは、熟睡からさわやかに目覚め、「『ぼくの親友』というテーマの宿題はできたのかな?」と、変な化粧に彩られた笑顔で部屋を出ていきます。

あとからアルバム 「ぼくの親友」.png

 そこで、ママが、ドラえもんを見かけて大笑いし、ようやくのび太のいたずらに気付きました。

あとからアルバム ママ爆笑.png



 一方、のび太は、頼み込んだモデルなのに、しずかちゃんが少し動いただ、まばたきをしただ、巨匠ばりに厳しく文句をつけたので、とうとうしずかちゃんからモデルを断られてしまいました。



 「せっかく花咲こうとした才能が、またしぼんでしまった。」

 しずかちゃんの家からしぶい顔で出てきたのび太は、怒ってのび太を探していたドラえもんに出くわします。

 しらばっくれた挙句、証拠もなしに犯人にするな!と、言い返すのび太に、「あとからアルバム」を出すドラえもん。

 「対象となる人物の氏名」と「過去の日時」を書き込み、閉じて、3分後に開くと、その人物の指定日時の姿が写真で見られるという道具です。

 ……と、いうわけで、アルバムに現れた、ドラえもんの顔に変な化粧を施すのび太の証拠写真。

あとからアルバム 証拠写真.png

 素直に恐れ入った後、過去、自分が何をしていたか見てみたい、と、アルバムを手にしたのび太。

 「昨日」「一週間前」「一ケ月前」「一年前」を指定して写真を出してみたところ、「空き地で昼寝するのび太」、「部屋で座布団を枕に昼寝するのび太」「机にうつぶせて昼寝するのび太」「部屋で座布団を枕に昼寝するのび太(二枚目)」と、ろくな写真がありませんでした。

 「一年間ほとんどごろごろしてたってことさ」

 ドラえもんが、冷静に指摘する一方で、のび太は「そうだ!これを使えば……。」と、あることを思いつきます。

 これ以上無駄遣いしちゃだめ、と、アルバムを取り返そうとするドラえもんに、のび太は、芸術のためだぞ、と、それを奪い返して、空き地に向かいました。



 しずかちゃんの写真をモデルに絵を描く。

 と、アルバムに情報を書き込んで、開くと、

 「ヒャア……。」

 出てきたのは、お風呂上がりのしずかちゃんの写真。

 「宿題にヌードはまずいんじゃないの。」

 アルバムを手に苦笑いするドラえもん(←……)と、やはりねえ、と、笑顔で頭をかくのび太。

あとからアルバム 宿題にヌード.png

 たくさん写せば、なかには、いいのが……、と、写真を出し続けます。

 「困るなあ、いつもおフロに入っている」

 「時間をみはからって指定してるくせに」

 (次々出てくるしずかちゃんの入浴シーン写真)

 「どれもこれもまずいなあ。」

 「じつにまずい、もっとだせ」

 足元に写真を敷き詰めて、二人揃ってこぼれんばかりの笑顔で、写真選別(の名を借りたのぞき)をしていると、「なにがまずいの?」と、通りかかったしずかちゃんが声をかけてきました。

あとからアルバム 実にまずい、もっと出せ.png

 「全部とりあげられた」

 全身あざだらけ、のび太のシャツはほころび、ドラえもんは全ての髭が曲がりくねるまで制裁を加えられた二人。



 「何を貸してもろくなことに使わない!!」

 家に帰りながら、のび太を叱るドラえもんと、返す言葉がないのび太。
 (ドラえもんも「じつにまずい、もっとだせ」と言っていたが。)


 部屋でそっぽを向いて座ってしまったドラえもんに、のび太は、もう一度アルバムを出してくれるよう頼みます。

 「最後に一枚だけ、いいことに使うから」



 「コンクールで金賞をとったとき?あれはたしか……」

 パパから日時を聞き出したのび太は、一枚の写真を作り、パパの机にそれを隠しました。



 その夜。

 「のび太!!写真が見つかったぞ!!」

 おじいちゃんとおばあちゃんと並んで、笑顔で賞状を手にする、小学生の頃のパパの、金賞受賞記念写真。

 「すっかりあきらめていたのに」

 驚きながら喜ぶパパに、やってきたのび太とドラえもんも、笑顔になりました。



(完)

 のび太画伯のマイナス方面に卓越した画力、ドラえもんの変な化粧(本人は気付いていないがゆえの素の笑顔や真顔が笑いを誘う)、「宿題にヌードはまずいんじゃないの?」「どれもこれもまずいなあ」「実にまずい、もっと出せ」(withものすごい笑顔)など、見どころの多い回です。

(のび太のエロに引きずられ、大人ドラえもんファンの間では名高い、ドラえもんのダークな一面がいかんなく発揮されている点でも名作回。)

 厳しいママに対しては裏をかくために道具を駆使するのび太が、パパに対しては結構親孝行であることが垣間見えるエピソードでもあります。



 個人的な話なのですが、最近、現代アートの巨匠である、ジャコメッティアンドリュー・ワイエスの本を読んでいたら、芸術家が特定の人物に魅了され、モデルとして追い続け、相手も忍耐強くポーズをとって画家の情熱に応えるという話が、何度も出てきました。

 芸術家に才能があっても、モデルに魅力がないと誕生しない名作があるのだと学ぶと同時に、「モデルがよくない。美しくもかわいくもない!」というこの回のコマ(変な化粧のドラえもんと酷いのび太)の記憶が鮮明に蘇ったので(何で)、ご紹介させていただきました。



 次回も、芸術の秋にピッタリの(ような気がする)ドラえもんのエピソードをご紹介させていただきますので、よろしければお立ち寄りください。

 読んでくださってありがとうございました。


posted by pawlu at 19:20| ドラえもん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月30日

ドラえもん「王冠コレクション」補足情報


 前回ご紹介の「王冠コレクション」(ドラえもんがふざけて「ジュースの王冠のコレクションがはやる」という作用のあるウィルス(ネコシャクシビールス〈笑〉)をばらまいた結果、効き目が強すぎて、大の大人が200万出してでも買おうとする事態になってしまうというお話。)に関連して補足情報(というかこぼれ話)を書かせていただきます。




【1】印刷ズレについて

 スネ夫が自分のレア物コレクションとして、王冠のふたからラベルの印刷がずれているものを見せていましたが、これに近いエラー品プレミアというものが実際に切手の世界であるそうです。


王冠コレクション1.png


 「何でも鑑定団」(テレビ東京)でも、印刷ミスの切手が何度か出ていました。

 番組公式HP情報はコチラ。


 ・http://www.tv-tokyo.co.jp/kantei/kaiun_db/otakara/20150728/03.html(ニ色刷り切手が一色刷りで出回ってしまった珍品で、800万!)


 この他にも、切手の場合だと、パンチ穴が空いていないなどというのが価値のあるものだそうです。

(ウィキペディア記事はコチラ)



 【2】王冠コレクションについて


 実際にネットオークション等で出回っているそうです。

 「1日眺めていても飽きないわ(ビールス保菌中のしずかちゃん談)」……とまで思うかはさておき、確かに色もデザインもさまざまで、改めて見てみるとなかなか面白いものなので、売り物になるのわかる気がします。

 コレクターズポイントとして以下のようなものがあるそうです(ちなみに英語では王冠のことをシンプルに「bottle cap」と言っている模様。)


 1、純粋にコインや切手のノリで珍しいものを集める人と、アクセサリーやキーホルダーなど創作品の材料としてまとめ買いする人がいる。

 2、価格は(上記材料としての袋買いを除くと)1個100円〜500円程度。

 3、人気があるのは以下のような条件のもの。

 ・時代が古いもの

 (なかには戦前の飲み物のキャップなどもありました。)

 ・外国の物

 (たとえばメキシコとか、東南アジアとか、購入者のいる国からすると入手が難しい国の飲み物。

  実際カラフルだったり文字がエキゾチックだったりして味があります。)

 ・未使用のもの

 (実際には瓶にとりつけられたことがないままにデッドストックとして市場に出回ったものがけっこうあるみたいです。当然無傷なので評価が高い)

 ・スターウォーズ、スーパーカーなど、デザイン自体に人気があるもののシリーズをひととおり揃えたもの

  (これはメンコとかミニカーみたいな、わかりやすいノスタルジックな魅力があります。)

 ・くじつきのもの、さらにそれが未開封のもの

  (王冠の裏側に封がされているデザインではがすと、10円分のコインがわりになるとか、キャラクターが描いてあるなどの特典があった。これがさらにはがされていない状態だとそれはそれで評価が高い。)


 のび太が集めていたものはおそらく1970年代初期のものでしょうから、今となるとものによっては1個100円くらいにはなっているかもしれません。

 (数百円台は1960年代以前のものが多いので、たぶんバクゼンと集めていたのび太は持っていない。)

 それでも箱一杯持っているから、立派なへそくりになりそうですね。

 参照URL 

ヤフオク(コカ・コーラグッズ)




 なお、少し違いますが、シャンパンの王冠(ミュズレ)のコレクションはよりメジャーで、こんな専門グッズも販売されています。





 【3】王冠より瓶


 コカ・コーラの空き瓶、あるいは中身入りのものは、王冠以上に高値で取引されています。ものによっては数万円するものも。

 確かにレトロな味があるかんじなので、個人コレクターのほか、お店の人が飾りとして買っていくのかもしれません。


 ・参照 E-beyコカ・コーラボトルオークション情報 



 以上、ドラえもん「王冠コレクション」補足情報でした。


 こうやって周辺情報を集めてみると、あの短編の面白いのは、王冠が、「まじまじ見るとコレクションアイテムとして結構そそる」という絶妙なラインを突いていたからかもしれません。スネ夫たちの暴走をなにやってんだかと思う一方で、ちょっと引きずり込まれそうな……。

 そしてこんな感じで実際に似たような売買が成り立っていました(笑)。


 なお、九月になったので、「芸術の秋」ということで、ドラえもん作品の中からアート・鑑定に関わる作品をもう少しご紹介させていただく予定です。よろしければお立ち寄りください。


 読んでくださってありがとうございました。







posted by pawlu at 23:58| ドラえもん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2016年09月29日

(※ネタバレ)ドラえもん「王かんコレクション」あらすじ

物の値打ち - コピー.jpg


 本日は「ドラえもん」より、「王かんコレクション」をご紹介させていただきます。


 コミックス9巻収録。
(「ツチノコ見つけた!」「トレーサーバッジ」「世の中うそだらけ」などの名作も収録されている巻。)


 物の価値について意外とシニカルな目を持つドラえもん。


 周囲のコレクション熱に振り回されるのび太を見て、ちょっとしたいたずらを思いつくというお話です。


 以下あらすじです。結末までネタバレなので、あらかじめご了解ください。

  


 「ありがたぁくおがめよ」

 スネ夫の切手用ピンセットの先で燦然と輝くプレミア切手、「月に雁」(※)


(※)歌川広重の浮世絵を元にした800円切手。希少性から切手ブームのこの頃(1970年代)、価格が高騰した(購入価格1万8千円〈スネ夫談〉)。2016年現在でも状態の良いものは1万円近いプレミアがついている。


 目を丸くするのび太たちの前で、

 「切手マニアならこの程度のものをひとつくらい持ちたいもんだねえ」

 と、自慢を兼ねて感慨にふけるスネ夫。(たまに言動が妙に中年じみる)


 パパは骨董品、ママは宝石。道は違えど、うちの家族に共通しているのは一級品しか相手にしないってことだね。


 それを聞いたしずかちゃんとジャイアンは、それぞれシールとコインのコレクションなら自信がある、と、胸を張りました。


 のび太一人うかない顔をして家に帰り、切手を集めたいとママに資金援助を願い出るが、どうせあきるんだから無駄なことだ(一度挫折しているから)と、見事な正論で却下されてしまいます。

 「こういうわからないことを言うんだよ!」
 愚痴るのび太に対し、ママに完全同意するドラえもんでしたが、自慢できるコレクションがなくて肩身がせまい、としょんぼりする姿を見て、君だってすごいコレクション持ってるじゃないの、と、押し入れから段ボール箱を出してきます。


 中にぎっしりはいっていたのは飲み物の王冠。
 (昔、特に意味もなく集めていたモノ)


 こんなもん持ち出して僕をバカにしてるの!?と怒るのび太を、笑ってなだめるドラえもん。

 「そもそも物のねうちってなんだろう。けっきょくみんながほしがるかどうかで、きまるんじゃないか。そもそも、切手だって宝石だって、だれもほしがらなければ、ただの紙切れや石ころにすぎない」

誰もほしがらなければ紙切れや石ころ - コピー.jpg

 おそるべき達観を披露して終わりかと思いきや、「だからなんだっての?」とちっとも納得していない様子ののび太に対し、「ちょっとしたイタズラをやろうっての」と部屋を出ていくドラえもん。


 取り出したのは「流行性ネコシャクシビールス」。


 ウィットに富んだ名を持つこのひみつ道具、流行させたいものをビールスに言い聞かせて培養し、空中散布すると、感染した周辺の人々にブームを巻き起こすことができます。


(インフルエンサードラえもん)
流行性ネコシャクシビールスをばらまく - コピー.jpg




 ドラえもんが何をしていたか知らないのび太が外出すると、ジャイアン、しずかちゃん、スネ夫が王冠コレクションを見せあっていました。


  中でもスネ夫の1ダースものコレクション (専用ケース入〈笑〉)には、印刷ズレの珍品があり、二人の羨望を集めます。

印刷がずれてて値打ちもの - コピー.jpg

 なんにするのこんなもん集めて

 と、勝手にレア物王冠を手に取り、スネ夫に派手に叱り飛ばされるのび太。

 「ピンセットで扱うもんだぞ。錆がついたらどうする!」


 さっぱり状況が飲み込めずにいると、三人が「遅れてる」のび太に口々に説明します。


 切手やコインなんて時代遅れ、この一日眺めていても飽きない形の美しさ。
 面白さ、王冠コレクションはすぐに世界的ブームになる。  



 それを聞いたのび太が、3人に自宅の箱一杯のコレクションを披露すると、三人は「いつのまに!?」と言葉を失います。

 「いやあ、たいしたことないよ。ちょっとばかりしょくんと目のつけどころがちがっていただけさ」

 のび太くんは進んでいるからね。と、ブーム仕掛人のドラえもんもさりげなく煽ります。

目の付け所が違っていた - コピー.jpg

 完敗を認めるも羨ましくてならない3人は、家に駆け戻り、

 「3食おやつも全部コーラにして、とママに一生のお願いとして懇願(しずかちゃん)」

 「コーラ10本一気のみして、ザブンザブンのお腹を抱え、サイダーを買いに行く(ジャイアン)」

 「親のビールを6本一気に開栓(スネ夫)」

 と、暴走をはじめます。


 町の子供達が数を競う中、悠々と登場した名コレクターのび太は、数が少ないものにこそ値打ちがあるんだよ、と、「王冠コレクション道」を説きます。


 そしてドラえもんがピンセットで(笑)とりだしたのは、「8月12日三河屋で売れたコラコーラ」。

 この日三河屋で売れたコラコーラはこれ一本!世界中探してもこれしかないんだ。

 10万円だしても、100万円だしても手に入らないんだよ。と、熱弁をふるうと、素直に瞠目する子供達。


王冠コレクション2.png


 ああおもしろい。

 密かに笑う二人でしたが、ママから、「駅前の切手屋が王冠屋になった」と聞かされたり、パパが「5月7日にスーパーで売れたスポライト」を2000円もしたんだぞ!と、達成感ある笑顔で買って帰ってきたのを見て、ビールスが予想以上に広範囲に広まってしまったことに気づき、にわかに恐怖を覚えます。


 はやく効き目が消えないかな……と、落ち着かない気持ちの二人。


 そこへ、恰幅と身なりのよい紳士が訪ねてきます。


 「わたくし、王冠のコレクションをやってるものです」

 のび太に丁重に名刺を差し出した紳士。

(困惑するドラえもんの表情が味わい深い)
王冠コレクション3.png


 「素晴らしい王冠をお持ちだとか……是非、8月12日の三河屋の王冠を200万円で売ってください」

 金額にあっけにとられ、あんなもの売るわけには!と言う二人に、ぜひほしいのです!と札束を差し出して粘る紳士。


 「おねがい!おねがい!」

 畳に手をついて懇願する紳士を前に、顔を見合わせる二人。


王冠コレクション5.png


 「いいのかなあ……」

 我が物となった三河屋のコラコーラ王冠をピンセットでとり、歓喜の面持ちで眺めていた紳士。

 しかし、急に「!?」と真顔になると、

 「なんでこんなもの、ほしがったんだろう」

 と、首をかしげて、王冠をポイ捨て、札束を手に帰っていきます。


 あとには「ビールスのききめが、消えたらしい」と、ほっとしたの2割、残念8割みたいな顔をしたのび太とドラえもんが残されました。


王冠コレクション6.png


(完)



 わからない人間には、まさしく王冠をつまむのび太のごとく「なんにするの、こんなもん集めて」と思うものの価格が高騰したり、熱狂的コレクターがつくことがありますが、そういう現象をさりげなく戯画化した名作です。

何にするのこんなもの集めて - コピー.jpg



 なお、この「流行性ネコシャクシビールス」は、過去にもファッションの流行に一石を投じるというイタズラで登場しており(てんとう虫コミックス6巻)、「ドラえもん」という作品それ自体は圧倒的クオリティと知名度を誇りながら、流行や物の価値評価については一定の距離をおいていることがわかります。

みんなと同じじゃないと安心できない - コピー.jpg

ほんとのおしゃれといきなおけしょう - コピー.jpg



 「そもそも物のねうちってなんだろう。けっきょくみんながほしがるかどうかで、きまるんじゃないか」
「なんでこんなもの、ほしがったんだろう(ポイ)」
というドラえもんの洞察と、コレクター熱が冷めた紳士の姿、

 「とにかくこれが流行となると、われもわれもと飛びついて……」
「みんなと同じにしていないと安心できないんだよ」
というドラえもんとのび太の、困惑交じりの会話。

 どちらも、「みんな」という名の外部からの情報に強烈に影響され、翻弄される現代人の姿を、非常に的確に捉えています。

 現在、世の中の流行に強い影響力を持つ人物は「インフルエンサー(影響者)」と呼ばれ、この言葉は「インフルエンザ」と同じルーツを持っている(※ラテン語の「影響(influentia)」が語源)という現象を考えると、ウィルスの流行と世の中の流行をかけて、ドラえもんが風に乗せてビールスをばらまく姿も、おそろしいほどウィットに富んでいる。

(そして、ほんの軽いいたずらのつもりで流行らせた王冠熱が予想外に広まったと気づいてうろたえる姿や、200万円を手に入れ損ねた時の複雑な表情に、お人よしと金銭欲の両方があるのび太とドラえもんの性格がにじみでている。)


 こういう奥深い世界観だからこそ、40年経過した今も、流行を超え、伝説として生き延びているのかもしれません。


 先日、贋作師の人々のお話をいくつかご紹介させていただきましたが、ああいう事件は、

 「『形の美しさ面白さ』が好きなら、ご希望に沿うものを作ってあげたでしょ、だから買ったんでしょ。たしかに『8月12日三河屋でただ一本売れた』という話は嘘だけど、それは作品の美とは関係ないでしょ?美じゃないところの価値ってそんなに重要?」
 という(屁)理屈のもと、あの200万の紳士みたいな人の財布を開かせるのだろうなと考えさせられました。


 よろしければ当ブログ以下の記事を併せてご覧になってみてください。



【当ブログ関連記事】

※参照:養命酒HP「月間元気通信」健康の雑学 >  【2018年12月号】 インフルエンザの雑学


posted by pawlu at 23:57| ドラえもん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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