『のび太の魔界大冒険』は、「もしもボックス」(※)を使い、魔法が使える世界を作り出したのび太たちが、そこで出会った少女美夜子とともに、地球侵略を企む魔物と戦う大長編漫画です。
大長編ドラえもん5 のび太の魔界大冒険 (てんとう虫コミックス) - 藤子・F・不二雄
(2020年5月14日AM10時まで、ドラえもん公式サイト「ドラえもんちゃんねる」で作品全ページ無料公開中、その後、大長編シリーズからさらに4作が公開予定)
https://dora-world.com/daichohen2020sp
(※)「もしもボックス」……「もしも〜だったら」というフレーズで、現実を試しに変えてみる道具。「もとの世界に戻れ」と電話をかけなおすと状況を解除できる。電話ボックス型であることに時代を感じさせる。
【あらすじ】
相変わらず、勉強でも運動でもぱっとしない毎日を送っていたのび太。
もしも、科学ではなく魔法が発達している世の中なら、何でもできて楽しいのに。
のび太がそんな空想を抱きはじめた頃、なぜか、のび太とドラえもんにそっくりな石像が近所で相次いで見つかります。
放っておくわけにもいかないので、家に持ち帰りましたが、その石像がうめき声を上げたり、夜中に家に侵入してきたりと怪現象が起きました。
パパとママに言ってもとりあってもらえず、翌朝には石像自体が消えていました。
不思議に思いつつも、「もしもボックス」を使い、魔法の世界を呼び出すことに成功したのび太とドラえもんは、石像のことを忘れてしまいます。
これで苦労をしなくなる……と喜んでいたのび太でしたが、魔法を使うにも学校で勉強をしたり、高価な道具を買わなければいけないと知り、がっかり。
魔法を習ったことが無いので、ますます学校で落ちこぼれたのび太が、しずかちゃんとほうきに乗って飛ぶ練習をしているときに、山の中の屋敷に住む魔学研究家、満月博士と娘の美夜子さんに出会います。
(満月博士)
(美夜子さん)
満月博士は、「悪魔は実は異星人であり、300年前に一度は地球から去ったものの、再び地球侵略を企て、今まさに接近しつつある」という「魔界接近説」を唱え、周囲から変人扱いされていました。
しかし、博士が「魔物たちが接近している予兆」だと言っていたとおりに、超大型台風が発生し、地震もたびたび起こるようになります。
気になったドラえもんたちが、もう一度満月博士を訪ねてみると、博士の屋敷ごと消えてしまっていました。
美夜子さんもいない。
困惑するドラえもんたちの前に、不思議な猫が姿を現し、家まで追いかけてきます。
とりあえず、部屋に猫を隠しましたが、その夜、月の光を浴びた猫が煙につつまれ、美夜子さんが姿を現しました。
魔物の企みを見抜いていた満月博士は魔物にさらわれ、自分は猫にされてしまった。
このままでは地球が滅びてしまう。一緒に魔界に行って魔王を倒してほしい。
そう言って、美代子さんは予言の水晶玉を二人に見せました。
そこには、「魔王を倒す勇士たち」として、のび太、ドラえもん、しずかちゃん、ジャイアン、スネ夫の5人の姿がはっきりと映し出されていました。
【見どころ1】パラレルワールドを取り入れた展開(ややネタバレ)
「もしもボックス」と「タイムマシン」が重要な役割を果たし、「魔法が使える世界」と「そうなる以前の元の世界」が交錯する、おそらく大長編シリーズの中で一番複雑な展開の作品です。
しかし、ミステリアスな伏線を張りながら、すらすらと読めてしまう構成はさすがドラえもん。
この作品で「パラレルワールド(=並行世界。今自分が生きている世界とは異なった世界が何階層も存在しているという理論。SF作品でよく見られる)」という概念を知った子供たちも多かったのではないでしょうか。
(ちなみに途中で、ママが「邪魔だったから」という理由で、のび太の部屋にあった「もしもボックス」を勝手に捨ててしまったことから、のび太たちは元の世界に戻れなくなります。近頃よく家庭内トラブルの原因となる「家族による無断断捨離」の最悪の例。)
魔法が使える世界を出したから、こんな危険なことになってしまったと後悔したのび太とドラえもんは、一度はこの世界ごと取り消そうとしますが、それでは魔法の世界にいる美夜子さんたちを置き去りにすることになると気づいて、戦うことを選びます。
その事実に気づく直前の「のび太の魔界大冒険 おわり」(仮)のコマが秀逸。
こうした二人のピンチにドラミちゃんが助けに来てくれるのも大長編では珍しい展開です。
(それにしても、大人になってから改めて見ると、ドラミちゃんかわいい。猫の美夜子さんといい、藤子F先生のデザインセンスは本当に素晴らしいです。)
【見どころ2】(逆)奇跡の歌声ジャイアンの活躍
魔界に乗り込んだのび太たちは、魔王の城を目指す途中、タケコプターで海を渡ることになります。
この海には人魚が住む小島があり、近くには、「大怪魔肉食ツノクジラ」が潜んでいます。
島を避けて飛ぼうとしても、人魚が美しい歌声で歌うのを聞くと、誰もがそれに誘われて島へ向かってしまうのです。
(この、「海に住む美しくも恐ろしい歌声の人魚たち」の物語は、古代ギリシャの長編叙事詩「オデュッセイア(ユリシーズ)」に登場する「セイレーン」に基づいていますが、先程のパラレルワールド同様、おそらく日本の子供のほとんどが先に、この「魔界大冒険」で彼女たちの存在を知ったことでしょう。ドラえもんは古今東西の物語をふまえた骨太な世界観を持っていて、それが数十年色あせない魅力を支えています。)
(「ユリシーズ(オデュッセイア)とセイレーンたち」セイレーンの歌を聞いても命を落とさないようにマストに体を縛り付けたユリシーズと、耳栓をして船を漕ぐ船員たちの姿 ハーバード・ジェームズ・ドレイパー作 画像出典:Wikipedia)
ドラえもんたちは、「耳バン」を貼って、音が聞こえないようにして海を越えようとします。
(どさくさに紛れて、スネ夫が「ジャイアンのバカ」と、ここぞとばかりに笑顔で暴言を吐きますが、ジャイアンが「おー、おれは元気だぞ」と明るく返事をするくらい高性能。)
しかし、その耳バンさえも突き抜けて、美しい歌声が響いてきました。
逃げようにも、体が勝手に島へ向かってしまう。
残酷な笑みを浮かべてドラえもんたちを呼び寄せる人魚たちの住む島が見えてきたとき、どう猛な牙をむき出しにした、おぞましい姿のツノクジラが波間から姿を現しました。
あれがクジラ!?
しかし、ドラえもんたちの恐怖も、人魚たちの歌声が溶かしてしまいます。
もうどうなってもいい。
あんな美しい歌声を聴きながら死ねるんなら、それもいいんじゃないの。
恍惚と死の淵にいざなわれゆくドラえもんたちの中で、ただ独り、自分を見失わなかった男がいました。
「なんでえ、あんな歌。俺のほうがよっぽどうまいぞ!!」
ホゲーーー!!!!
誇り高きボーカリスト、ジャイアンの(逆)奇跡の歌声が響き渡りました。
驚いた人魚たちはポチャポチャと海に飛び込んで退散、ツノクジラまで「オエ〜!!」とクルクルと身をよじってのたうちまわっているうちに、ドラえもんたちは正気に返り、その場を逃げ去ることに成功します。
「ジャイアンの歌には魔物もめげるんだなあ」
「さすがジャイアン!!」
みんなからの感謝賞賛の言葉に、ジャイアンは
「そんなほめ方うれしくないぞ!!」
と、憤慨していました。
ゴキブリ、ネズミも根こそぎ退散させ、「ジャイアンの歌にはしびれる、しびれて気が遠くなって熱が出る。ジャイアンの歌を聴いていて一番うれしいのは終わった時だ」というホットなファンレターを贈られたこともあるジャイアンの歌声が、本当に役に立った数少ない瞬間です。
余談ですが、昨年、カナダで「犬と一緒に森を散策中、ピューマに後を付けられた女性が、ヘビメタ界のレジェンド「メタリカ」の曲をスマホの大音量で流したところ、ピューマが退散した」というニュースがありました。
ジャイアンが聞いたら「俺の歌はメタリカ級」と喜んだことでしょう(違うけど)。
奇抜なギャグ、巧みなストーリー展開、重厚な世界観、可愛いキャラクター、感動。たくさんの魅力が詰まった大長編ドラえもん。
コロナウィルスの影響で疲れてしまっている今、是非、お子さんも、昔子供だった大人の方々も読んで、心を冒険の旅に遊ばせていただきたいと思います。
「たしかに今ぼくらはこまった状況にある。しかし、二人で力をあわせれば、きっと道はひらけるよ」
(「のび太の魔界大冒険」の中のドラえもんの言葉)
【参照URL】
ドラえもんチャンネル