2024年02月23日

ドラえもん「のら犬イチの国」のび太と野良犬イチの心温まる物語

一緒に遊ぶイチ - コピー.jpg

 「のら犬イチの国」はのび太が自分になついた野良犬「イチ」を、動物ぎらいのママに隠れてこっそり飼おうとするお話。
ドラえもんの協力があっても、エサや散歩など、生き物の世話を秘密でするのは大変で、のび太はイチを守るのに苦労する。
同じころ、ニュースでは、それまで知られていた人類の文明より、はるか昔の遺跡が発見された話題で持ち切りだった。

 意外な結末の名作、とくに最後の一コマがすばらしい。

 そして、イチがとてもかわいい。
待ってた - コピー.jpg

ラブラドール・レトリバーの血をひいているような、大きい犬ならではの頼もしい温かみもあり、優しく聡明な瞳は、犬という生き物の魅力に溢れている。

(のび太をジャイアンから守ってくれるイチ)
ジャイアンから守ってくれたイチ - コピー.jpg


 イチとのび太の絆が描かれたシーンを読めば、犬の親友がいる人は、きっと自分の大事な犬を思い出すだろう。



【あらすじ】

 一度エサをあげたことがきっかけで、のら犬になつかれたのび太。
本当は飼いたいけれど、ママが極度の動物嫌いで、とても許してくれそうにない。

 それでも、庭のかげの「壁掛け犬小屋」でこっそり飼うことに。
鳴き声の「ワン」にちなんで「イチ」という「国際的な名前」をつけ、犬と絆を深めるのび太。

 しかし、隠れて犬を飼うのはやはり大変だった。

見えすいた言い訳 - コピー.jpg
(冷蔵庫からよく食べ物が消えることについてママに詰問され、「夜中に勉強してるとお腹が空いて」とごまかしたものの、直後に「ちょっと見えすいた言い訳だった」と悔やむのび太〈「ちょっと」……?〉)

 しかも、優しいイチが、捨て猫を「一緒に飼ってほしい」と頼んできたので、状況はますます厳しくなってしまう。
ネコが心配 - コピー.jpg

一緒に飼ってほしい - コピー.jpg

(最近はSNSや動画で、種類の違う生き物にも優しい動物の話題が見られるので、イチの性格にリアリティを感じて、いっそう染みる。〈猫もとてもかわいい。そして元は飼い猫だったことをうかがわせる首のリボンがせつない〉)
断られて悲しむイチと猫 - コピー.jpg
見つかってしまったイチと猫 - コピー.jpg

 ついにママに見つかり、追い出されたイチと猫を、せめて彼らが自力で暮らせそうな山奥に連れて行くのび太とドラえもん。

 ところが、そこには、保健所の檻が壊れて逃げ出した犬猫が、すでにたくさんいた。

これだけの生き物が食べるものが山にあるとは思えない、ゆくゆくは人里に食べ物を探しにきて、トラブルになってしまうかもしれない。

 見捨てることができずに、みんなをスモールライトで小さくして連れ帰ったふたり。

 途方にくれたドラえもんは、小箱の中の犬猫の鳴き声を聞きながら、ポロリと泣いた。
せっかく生まれてきて住むところもないなんて - コピー.jpg

「かわいそうなもんだなあ。せっかく生まれてきて、住むところもないなんて」

のび太もくやしがった。

「無責任に犬やネコを捨てる人間が悪いんだ!!」

「そうなんだ。だいたい人間は自分かってな生き物…。」
人間は自分勝手な生き物 - コピー.jpg

そのとき、ドラえもんは、解決策をひらめいた。



(ご注意:以下、結末部内容)



 ふたりは、タイムマシンで、人間がいない昔に、動物たちを連れて行ってあげることにした。

 まだ恐竜もいない、三億年前、ここなら犬猫たちは安全に暮らせる。

 「進化放射線源」で進化したイチが、「無料ハンバーガー製造機」(クロレラを培養して人工肉を作る機械)を操作できるようになったのを見届けると、のび太は、別れ際にイチに言い聞かせた。

「きみは勇気もあるし、りっぱなリーダーになれるよ」

 こうして現代に戻ってきたのび太とドラえもん。

 テレビでは相変わらず、「三億年前の謎の文明」が話題になっていた。

 「ひょっとして!」

何かに気づいたドラえもんはのび太を連れて、イチたちと別れたときから千年後に行ってみた。

 そこには、洗練された高層建築が整然と立ち並ぶ大都市が広がっていた。

 犬猫たちは、残された「進化放射線源」でさらに進化していたのだ。「謎の文明」を創り上げたのは、人間ではなく彼らだった。

 しかし今は町に誰もいない。

 いや、ただひとり、鞄を持って、二本足で歩いてきたのは……。

「イチ!!」

のび太たちに声をかけられた、イチそっくりの若い犬は足を止めた。その名前には聞き覚えがあった。

「ご先祖にそんな名前の方がいました。遠い昔です。我が国の初代大統領です」

 今、この町に誰もいないのは、気候変動が予測され、みんなすでにほかの星に移住したからだった。

忘れ物をとりに来たイチの子孫は、そのことをのび太たちに教えてくれたあと、UFOのような乗り物で去って行った。


 いつの日か、どこかの星で、イチの子孫とのび太たちの子孫が会える日がくるかもしれない。

 現代に帰ってきたのび太とドラえもんは、そんな未来に思いをはせた。


 また別の日、近所の空き地で、子供たちが「謎の文明」の本を見ていた。

本の遺跡写真を見せている指の主は、おそらく出木杉君だろう。

神殿の神様 - コピー.jpg

「寺院跡から出てきた神さまの彫刻が、ほら!野比くんそっくり!!」

 遺跡の神像は堂々たる翼と獣の体を持ち、頭に大きな光輪を戴きながら、その顔はまさにのび太そのもの。
三億年の年月にも朽ちることなかった「神さまのび太」は、丸い眼鏡の奥の瞳で天を見据え、超然と座していた。

「アハハ!けっさくだ」

ジャイアンとスネ夫は、神像の「神々しい姿」と「のび太に激似の顔」のギャップに大笑いしていた。

 ちょうどそこにのび太とドラえもんが通りかかったが、空き地の会話には、気が付かなかった。


  ―(完)―



 子供のころにこの作品を読んだときには、ジャイアンたちと一緒にオチの「のび太神像」に笑っていたが、今回再読して、やっぱり一度は笑い、でも、そのあとじんわり感動が湧いてきた。

 一緒に暮せた時間は短かったけれど、深い愛情を注ぎ、自分と猫たちのために一生懸命になってくれたのび太のことを、イチは初代大統領となった後も、「神さま」と思っていたのだ。

 そして、立派な神殿を建ててのび太の像を据え、その思いを後世にまで遺した。

 ジャイアンたちと我々読者は、普段ののび太のイメージのせいで、つい笑ってしまうけれど、イチには、おかしくもなんともない、彼の透んだ瞳に映るのび太は、「神さま」の像そのままの、世界で一番立派で素晴らしい存在だったのだろう。

さびしかったの? - コピー.jpg

神様のび太 - コピー.jpg

 イチの、のび太への深く純粋な感謝の気持ちが、あの「神さま」の像に、こめられていたのだ。




『ドラえもん』てんとう虫コミックス22巻には、このほかに、

・田舎から出てきたおばあちゃんを「迷信深い」と馬鹿にするスネ夫に、ドラえもんが「科学がすべてではない!」と思い知らせる「しつけキャンディー」

・ジャイ子がのび太に恋をしていると思ったジャイアンが、脅迫とともに仲をとりもとうとする「ジャイ子の恋人=のび太?」

・子供たちの間で税金を徴収して、経済格差を是正しようとする「税金鳥」

・のび太が悪魔から「小銭300円と身長1oを交換するカード」を受け取ってしまう「デビルカード」

などの名作が収録されている。



【補足1】

 大長編ドラえもん『のび太の大魔境』(1981年8月連載、1982年映画公開)は、犬のペコが活躍し、アフリカの奥地にある大魔境を探検する物語。

 「一度エサをあげた犬がのび太についてきたので、こっそり飼おうとする」、「アフリカ奥地に秘められた文明」などの設定は、「のら犬イチの国」がもとになっているのかもしれない。こちらも感動的な名作。
(イチとペコの、黒目がちな瞳のイケワンぶりにも共通点がある)



【補足2】

 今回「ドラえもんチャンネル」HPで「のら犬イチの国」とともに2024年2月27日昼まで公開予定の作品「恋するドラえもん」「名画(?)と鬼ババ(エスパー魔美)」「メフィスト惨歌」はいずれも名作ぞろい。

 とくに「名画(?)と鬼ババ」は『エスパー魔美』屈指の傑作なのでお見逃しなく。

(「名画(?)と鬼ババ」収録巻 魔美のパパが描いた穏やかな田舎の風景画を、血も涙もないような高利貸しの女性がもぎ取ろうとする話)

(「恋するドラえもん」収録巻、ドラえもんが好きになる上品なペルシャ猫さんがほんとうにかわいい)

(「メフィスト惨歌」収録巻、NHKで実写ドラマ化もされた(又吉直樹さん・遠藤憲一さん主演)。藤子F先生はシニカルな大人向け作品にも秀作が多い)



posted by pawlu at 11:22| ドラえもん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年07月05日

「あべこべ惑星」あらすじ(のび太がお星さまに捧げた痛切な祈りとドラえもんの反応)


?あべこべ惑星 - コピー.jpg

 「あべこべ惑星」はのび太とドラえもんが、宇宙を忠実に再現した「天球儀」の中にある、なにもかもが地球とあべこべの星を訪れる話。(てんとう虫コミックス17巻 1979年7月『小学六年生』掲載

 「天球儀」が登場したあまりにも哀しいいきさつと、オチがみどころだ。



【あらすじ】(ネタバレご注意)


 「?」

のび太が机の上に座って、空を見上げながら釣り竿を掲げている。

 「そんなところで何をつってるの?」

 ドラえもんに声をかけられて飛びあがったのび太は、なんでもない!と釣り竿を隠そうとするが、そこにひらりと一枚の縦長の紙が吊り下げられていた。

「りこうになりたい」

 紙には、ひらがなでただ一文、そう記されていた。

なんだこりゃ - コピー.jpg
(鋭く緻密な集中線がまるっこい字と言葉の素朴さを際立たせる


 ドラえもんは「なんだ、こりゃ」と思わず言ったが、それは七夕の短冊だった。

「なに、なに」

 のび太が、ぽろぽろと涙を流しながら語るところによれば、

ばかだばかだと言われるから - コピー.jpg

「いつもみんなにバカだバカだといわれるから、

 りこうになれるよう星にねがいをかけるため、七夕かざりをつくろうとしたが、

 竹がなかったのでつりざおに短冊をつるしていのりをささげていたのね」

 涙どころか鼻水までとめどないのび太の話を手短に整理したあと、
「あほらしいというか、いじらしいというか……」
半ば呆然としつつも、ドラえもんはのび太をなぐさめた。
「よしよし、お星さまはきっと聞いてくださるよ」

 のび太はドラえもんのまんまるい手をぎゅっと両手でにぎりしめてむせび泣いた。
「わかってくれるのはドラえもんだけだ!」

お星さまはきっときいてくださるよ - コピー.jpg
(のび太が言うほど本質的な意味で「わかって」くれているのかは微妙)

 ドラえもんの優しい言葉に気持ちが落ち着いたのび太は、自分が祈った「七夕さま」の星が、どこにあるのか知りたくなった。

 ドラえもんは夜空を見上げて「こと座」「わし座」と、星座を使って丁寧に教えてくれたが、ちっともピンと来ず、「むかいの家のアンテナから上へ数えて何番目か」と聞いてきた。

 途中まで数えかけたあと、ドラえもんは渋い顔をした。

「かぞえられるわけないだろ、バカだなあ」

「あ〜〜っ、バカといった、ぼくのことまたバカにした!」

ドラえもんはポケットに手を入れた。

またぼくのことをバカにした - コピー.jpg
(泣きわめき散らかすのび太と、さっさと黙らせるために道具を出すドラえもんの無機質な表情のコントラスト)


「天球儀」

 満天の星空の球体模型が、台座の上にふわふわと浮かび、台座には星の位置を表示するコントローラーがついている。

天球儀登場 - コピー.jpg
(ふつうにオブジェとしても美しい)

 矢印アイコンで「おり姫」「ひこ星」の星を見せてもらったのび太は
「よくできてるなあ、本当に星がうかんでるみたい」と感心した。
「ほんとうに浮いてるよ」
天球儀の中には本物そっくりのミクロコピーの星があり、生物のいる星には極超ミニロボットがおいてある。

天球儀 - コピー.jpg

 ドラえもんはさらりと未来の超絶技巧を説明した。

 「天体けんび鏡」で、のび太にひとしきり「地球から見た宇宙」の観測をさせてあげたあと、ためしに地球型惑星を探してみたドラえもんは、思わずすっとんきょうな声を上げた。

なんと、ある星に「左右あべこべだけれど日本そっくり」な列島が。

 「反世界」

地球そっくりだけどなにもかもあべこべの世界。
SFまんがでは見たことがあるけれど、この星がまさしくそれなんだ。

 興奮したドラえもんとのび太は、極小化できる宇宙船で、天球儀の中の「あべこべの星」へ旅立った。


 夜のあべこべ日本へ降り立ってみると、のび太の住む町にそっくりだった。
あまりにも似ている、というか、どの家も知っている。
でも、地球から見た宇宙なのだから、地球ではありえない。

 のび太が自宅のある場所に向かうと、そっくりの家があったが、作りが左右あべこべだった。

「するとこの中に…、あべこべのぼくがすんでいるのか」


 太陽が西からあがり、夜が明けた。みんなが家から出てくる時間だ。
どんな人たちがいるのか、屋根の上に隠れて見てみることにすると……。

「あれえ〜〜」

 怯えた様子で必死に走る、膝上丈スカートのジャイちゃん。

彼女のノースリーブの水玉シャツの襟首を、むんずとつかまえる手。

「あんた!宿題を見せてくれる約束よ!」

 スネちゃんがジャイちゃんを脅していた。

「だってできなかったのよぉ」

あべこべ- コピー.jpg

 キャラどころか、力関係も成績もあべこべらしい。

はかなげなジャイちゃんがスカートの裾でしおしおと涙をぬぐっているのを見て、しずかくんが駆け寄った。

「いじめるのよせよ、むずかしい宿題でぼくもできなかったんだ」

いじめるのよせよ - コピー.jpg

 まさしくあべこべの星。

 のび太たちが屋根の上から目を丸くして見ていると、「あ、天才がきたぞ」という声がした。

「おしえてよ天才」

「天才たすけて」

「世界一の天才」

子供たちがほめたたえながらいっせいに駆け寄る先に、はにかみながらやって来る「のび子ちゃん」がいた。

「しつこく天才天才というな!」

 屋根の上から泣き叫ぶのび太を、ドラえもんは苦笑いしながらなだめた。

世界一の天才 - コピー.jpg


   ―(完)―




 「みんなにバカだバカだと言われるから、りこうになりたい」

そう願ったのび太が、のび子ちゃん経由で「みんなに天才天才と言われる」結末。

ドラえもんのなぐさめどおり、「あべこべの星」は、彼が釣り竿で掲げた痛切な祈りを聞き届けてくれた。

あべこべじゃなきゃよかったんだけど。



 「天球儀」の中にはミニチュアの星が浮いていて、その星では極小ロボットたちが、はるかかなたの住人と同じ暮らしを営んでいる。

 神の御業の結晶のような天球儀と、そこを極小ロケットで旅するシーンは美しいのに、冒頭ののび太の七夕さまへの祈りの捧げ方と、「あれえ〜」と、スネちゃんから逃げ惑うジャイちゃん、天才のび子ちゃんのはにかみ笑いの衝撃が、平気でそれを上回る。

 作品表現としては、つりざおの代用七夕飾りについて、その経緯が、泣きじゃくるのび太本人ではなく、ドラえもんの冷静な語りで説明されるシーンの、省略センスが素晴らしい。
竹がなかった - コピー.jpg
(こんなに悲しそうに、一生懸命話しているのに、痛々しい姿に「〜のね。」と端的なまとめのフキダシがかぶさる)

 七夕の季節になるたび、このお話の、「釣り竿に『りこうになりたい』の短冊」のシンプルにして強烈な絵面と、呆れを押し殺したドラえもんの「よしよし、お星さまはきっと聞いてくださるよ」という優しくもせつないはげましを思い出す。



 『ドラえもん』てんとう虫コミックス17巻には、このほか、コワカワイイ宇宙人ハルバルさんが野比家を訪問する「未知とのそうぐう機」、くりまんじゅうが大惨事を引き起こす「バイバイン」(※試し読み)、ジャイアンの歌声が害虫害獣駆除に大活躍する「驚音波発生機」などの名作が収録されている。

posted by pawlu at 18:29| ドラえもん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2023年06月07日

藤子・F・不二雄の名作SF短編「イヤなイヤなイヤな奴」NHKで実写ドラマ放送

(ドラマ版ミズモリ〈増田貴久〉と原作漫画のミズモリ)
ドラマミズモリ - コピー.jpg
画像出典: NHK HP

マンガミズモリの笑い - コピー.jpg


 ドラえもんの作者、藤子・F・不二雄の短編「イヤなイヤなイヤな奴」がNHKで実写ドラマ化される。


 物資輸送の宇宙船という密室で、次第に張りつめていく人間関係。みんなの嫌われ者のミズモリの行動が引き金となり、全員の怒りがついに爆発。
 だがその後、事態はいがみあっていた乗組員たち同士も予想しなかった危機的状況を迎える。

タイトルページ - コピー.jpg

原作漫画の発表は1973年4月(ビックコミックス掲載)。

 子供たちを夢中にさせたドラえもんに、ひそかに紛れ込むシビアで不気味な影のように、世の中や人間の現実を見抜いていた藤子F先生の洞察が閃く。
(ちょうど50年前の作品だが、その洞察の鋭さは、1970年代の延長線上に発展しながら、次々問題が噴出している今、いっそうの冴えを見せている)
25 円ピツ少しはこらしめなきゃコマ.jpg

藤子・F・不二雄先生 
藤子F不二雄先生写真 - コピー (2).jpg

 藤子F先生の長女の匡美さんは、「父は真面目で丁寧で、優しく、悲しませるわけにはいかない人だった」(※)と、思い出を振り返っていらっしゃるし、そのお人柄が作品にもお顔にも表れているけれど、こうしたシニカルな世界観の作品にも、数多くの名作がある。

(前編)
宇宙船が任務を終え、船長ツキシマ(竹中直人)と5名の船員を乗せて地球へと帰還中。長い航行で船員たちのストレスも限界。血気盛んな機関主任ヒノ(萩原聖人)は航宙士キヤマ(野間口徹)がポーカーでいかさまをしたと激高。通信士のキンダイチ(飯島寛騎)と機関助手ドイ(浅利陽介)がなだめようとするが乱闘騒ぎになりかける。様子を見ていた整備士ミズモリ(増田貴久)は、賭け事は服務規程違反と知りつつ船長に告げ口し…

 宇宙船という逃げ場のない空間で、ストレスをためてゆく乗務員たち。人間関係の悪化は、「悲劇」と呼ばれるほど深刻な事態を引き起こす。
(そしてそれは「長距離宇宙船につきものみたいになってる」というほど頻発する)
マンガ閉ざされた空間の精神状態  - コピー.jpg
 ミズモリたちが乗る「レビアタン号」(※)も、地球への帰還を間近にしながら殺気立ち始め、全員からまんべんなく嫌われているミズモリ、そしてそれ以外の乗員同士の関係も、一触即発状態になっていく。

(激情型のヒノにおもねるドイ)
気に食わない奴が多すぎる - コピー.jpg

(ヒノとキヤマのにらみ合い〈地球の自然を仮想体験する「実体感映画」の「環境浴」も、彼らのストレスを解消しきれない〉)
マンガ対立、いやらしい笑い方 - コピー.jpg

 実写ドラマ版のミズモリを演じる増田貴久は、容姿だけ見ると原作にまったく似ていないのだが、普段の好青年な雰囲気を反転させて、得体のしれない男の不気味な笑みを浮かべている。

(「ミズモリの笑い方は原作通り「フェーヘッヘッ」とやりたいなと思って」練習したそうだ。ミズモリの逆チャームポイントが実写だとどうなっているだろうか)※出演者コメントより

ドラマ前編ミズモリ - コピー.jpg
画像出典: NHK HP 予告動画

 鋭いストーリーの中で、竹中直人ら演技巧者たちのキャラクターと対立する、すこぶるつきの「イヤな奴」を演じるのは、やりがいのある大仕事だろう。
ドラマヒノ船長キヤマ - コピー.jpg
画像出典: NHK HP

(乗組員のキンダイチが可愛がっている「アルタイル犬」のムックも実写版に登場。藤子F先生のデザインを忠実に再現しつつ、原作よりモコモコ度が増していてかわいい〈彼の鳴き声が他の乗組員を逆なですると、ミズモリが「アルタイル犬の試食会を開こう」と不穏なことを言う〉)
ドラマムック - コピー.jpg
画像出典: NHK HP

 原作は、幕切れが鮮やかで、スリリングだけれど、気力が削られるようなストーリーではなく、繰り返し楽しめる。

 個性の違う乗組員6名の、対立と結託の人間模様は、舞台劇にも似ていて実写向きだと思うし、ドラマ版も全員の演技力の見せどころが多い作品になっているはずだ。
イヤなイヤなイヤな奴番組情報 (2) - コピー.jpg
画像出典: NHK HP

ドラマ銃を向けるミズモリ - コピー.jpg
画像出典: NHK HP

(ドラマ出演者全員が、優れたストーリーと共演者の顔ぶれを喜び、演じていて楽しかったと語っていらした出演者コメントより


【Twitter情報】








【補足】ミズモリたちの宇宙船の名前、「レビアタン(別名リヴァイアサン)」は、旧約聖書に登場する海中の聖獣、または悪魔の名前。渦を巻いて船を飲み込む生き物とも言われている。
哲学者トマス・ホッブスの国家の政治哲学を解く著書「リヴァイアサン」のタイトルにもなっている。(Wikipediaより

(原作「イヤなイヤなイヤな奴」収録単行本)
大人向け作品代表作のひとつ「ミノタウロスの皿」も収録されている。
(前出の匡美さんのエッセイも併録。藤子F先生のお人柄や生活が家族の目から語られた魅力的な文章だった)

(その他の画像出典)
(楽して大金持ちになろうとするのび太にドラえもんが冷酷な笑みを浮かべて鉄槌を下す「円ピツで大金持ち」のほか、感動の最高傑作「のび太の結婚前夜」と恐怖の最高傑作「ヘソリンガスで幸せに」が収録された、ドラえもんファン必携の一冊)


【参照】

(NHKドラマシリーズのYoutubeドラマ予告)


(ドラマ関連情報)
【NHK HP情報】

【ドラえもんちゃんねる】

※Youtube概要欄より
【見逃し配信】
「ドラマ本編が見たい」と思った方には、見逃し配信がございます。放送から1週間、NHKプラスで何度でもご覧いただけます!
夜ドラ公式Instagramアカウント
NHKドラマ公式Twitterアカウント


posted by pawlu at 22:55| ドラえもん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年05月03日

(名場面)パピの愛犬ロコロコ、寝込むスネ夫の「話相手」になる(大長編ドラえもん『のび太の宇宙小戦争』より)

(スネ夫の話相手になることを引き受けるロコロコ〈かわいい〉)
p103話相手を引き受けるロコロコ - コピー.jpg

 「大長編 のび太の宇宙小戦争」は、ドラえもんたちと、小さな宇宙人が住むピリカ星の少年大統領「パピ」が、独裁者に支配されたピリカ星の自由を取り戻すため戦う物語。


大長編ドラえもん6 のび太の宇宙小戦争 (てんとう虫コミックス) - 藤子・F・不二雄
大長編ドラえもん6 のび太の宇宙小戦争 (てんとう虫コミックス) - 藤子・F・不二雄

(※2022年5月現在、リメイク映画公開中。世界情勢の問題にリンクしているとして「どくさいスイッチ」とともに話題を集めている)

(リメイク映画紹介動画)

『映画ドラえもん のび太の宇宙小戦争 2021』リトルスターニュース キャラクター紹介篇【大ヒット上映中!】

 今回はこの漫画の名場面をご紹介。

(当ブログの作品あらすじご紹介記事はこちら)


この場面までのあらすじ

 ピリカ星でクーデターが発生し、パピを守る人々によって、強引に地球に逃がされた大統領パピ。

 しかし、ピリカ星を乗っ取った独裁者ギルモア将軍の側近ドラコルル(諜報機関PCIAの長官)は、再びパピを捕え、見せしめの処刑のためにピリカ星へ連行する。

 パピと友達になっていたドラえもんたちは、パピの愛犬「ロコロコ」に、パピがPCIAにつかまったことを知らされる。

 ロコロコは、ギルモアに反抗するピリカの人々とともに戦うために、パピを迎えにきた密使だった。

 パピをかくまっていた秘密基地で話し合うドラえもんたち。

(この時、ドラえもんたちは、スモールライトでパピと同じ大きさになっていたが、ドラコルルにライトを奪われてしまい、元の大きさに戻れなくなっている)

 しずかちゃんは、パピはドラコルルの人質になった自分を解放するために、身代わりで捕まったと話し、泣き出してしまう。

「泣いてもはじまらない。問題はこれからどうするかということだ」

「どうするかだって!?きまっているじゃないか!!」

ドラえもんの言葉に、ジャイアンはこぶしを振り上げて立ち上がった。

「ピリカ星へなぐりこみよ!!ギル……なんとか将軍をぶっとばして、パピをかっさらってくるんだ!!」

 スネ夫は青くなった。相手は軍隊だ。見たことも聞いたこともない星の。

「ぼくらが宇宙戦争なんかはじめて勝てるわけない!」

「やるっきゃないんだよ!」

勝てるわけない、やるっきゃないんだよ - コピー.jpg

 やらなければ、パピが殺される。

 持ち去られたスモールライトを取り戻すことに望みを賭けて、ドラえもんたちはパピの残したロケットでピリカ星を目指すことにした。


ロコロコ、「話相手」になる(ジャイアンとスネ夫のロケット内での行動)


 ピリカ星へ向かうロケットの中。

 ドラえもんとのび太がみんなの様子を見に行くと、ジャイアンはジョギングに励んでいた。

「ピリカについたらはげしい戦いが待ってるんだ。体をきたえておかなくちゃ。ファイト!ファイト!」

p.101体を鍛えるジャイアン - コピー.jpg

 一方、スネ夫。

さすがに、留守番するとは言えなかったのか、一緒に来てはいたものの、個室のベッドで寝込んでいた。

「うまくいくわけないんだよ。かならずつかまるよ、パピと一緒に死刑にされちゃうんだ、わかってんだ」

「なにもそうなるときまったわけじゃなし……」 

「い〜や、そうなる!ぜったいに!!」

二人がなだめても再び布団をかぶって心を閉ざしてしまう。

p.102ネガティブなスネ夫 - コピー.jpg

「一人でボヤっとしてるから、クヨクヨろくでもないこと考える」

p103クヨクヨろくでもないこと考える - コピー.jpg


 のび太とドラえもんはロコロコに頼んだ。

「話し相手になってやって」

「ひきうけました」

ちょうど航路も軌道に乗り、ロケットを自動操縦に切り替えたところだったロコロコは、操縦席を離れてスネ夫のところに向かった。


 このロコロコ、大統領のファーストドッグなだけあって、かわいくて飼い主思いなだけでなく、人の言葉をしゃべり、密使を務め、ロケット操縦もこなすとても聡明な犬だ。

(前脚のかわりに長い垂れ耳が発達していて、翼のように広げて空を飛ぶことも、人の手のように細かい作業をすることもできるし、危険を感じたときは耳で全身を包んで身を守ることもできる〈そうすると、そら豆そっくりになる〉)

 ただ、このかわいくて優秀なロコロコ、一つ欠点があり、それは前にパピからも注意されていた。

「大統領がある日おっしゃいました。

「ロコロコよ、おまえはいい犬だが、ほんの少し口数が多すぎる」

ぼくはハッと反省したんです。

それからというものよけいなおしゃべりをつつしみ、むだ口をきかず、必要なこと以外ワンともスンとも……」

 自分がなぜ口数の少ない犬になったかということを、ものすごい口数で振り返るロコロコ。

スネ夫は「++」目で耳をふさいでげんなりしていた。

p.103ロコロコのおしゃべり - コピー.jpg

 スネ夫の心のケアをした(?)とはいえ、本当はのび太も不安だった。

「スネ夫の予感……あたるかな」

「楽観はできないと思うよ、はっきりいって」

ドラえもんの表情も重苦しかった。

p.103楽観はできない - コピー.jpg

「でも逃げることはゆるされない。がんばるしかないじゃないか」


 ワープした小さなロケットは、超空間に入っていた。

 ドラえもんたちは、星の見えない不透明な空間を進み、ピリカ星を目指す。


ドラえもんとジャイアン、それぞれのリーダーシップ

 小さな体のまま、未知の星の軍隊に立ち向かうことになったドラえもんたち。

スネ夫が泣いて嫌がるのも当然の、圧倒的に不利な状況。

 ドラえもんの言葉も表情も、「ふしぎなポッケ」でなんでも叶えてくれるいつもの明るいキャラクターとは違う、現実を見つめたうえで、みんなと一緒に考え、ともに戦うリーダーのものになっている。

「泣いてもはじまらない、問題はこれからどうするかということだ」

p.98泣いてもはじまらない - コピー.jpg

「楽観はできないと思うよ、はっきりいって。でも逃げることはゆるされない。がんばるしかないじゃないか」


 そして、ジャイアンも優れたリーダーシップを発揮する。

「どうするだって?決まってるじゃないか!ピリカ星へ殴り込みよ!」

力強くパピ救出を訴えるジャイアンの言動には、みんなを鼓舞し、引っ張っていくパワーがある。

p.98どうするだって(かっこいいジャイアン)一コマ.jpg

 ファンの間では有名な話だが、ジャイアンは大長編になると、友達のためなら命を惜しまない、腹の座った立派な一面を見せる。

 ロケットに乗り込んだあとも「はげしい戦い」に備えて体を鍛え、後に危険な場所に乗り込むときにも、のび太を心配するしずかちゃんに、「俺がついてるよ」と、彼を守ることを約束する。

p.120おれがついてるよ - コピー.jpg

「むしゃくしゃしていたところだ、一発殴らせろ」なんて間違っても言わない(普段は言うけど)。

(普段のジャイアン)

p.47ポカリ=百円 一発なぐらせろ - コピー.jpg

 ドラえもんとは別のタイプの、立派なリーダーだ。

  

ロコロコのおしゃべりの意味

 ジャイアンと真逆なのがスネ夫だ。布団をかぶって寝込んでしまっている。


「一人でボヤっとしてるから、クヨクヨろくでもないこと考える」

他人のことには的確に分析できるのび太は、これ以上スネ夫がネガティブにならないようにロコロコに「話相手」になってくれるよう頼む。


 落ち込んだときには誰かと話をすることで心が軽くなるというのもよく知られるところだ。

ロコロコは気立てがよくてかわいいので、アニマルセラピーの役目も果たせるだろう。

 唯一の問題は、ロコロコが「話相手」だと、スネ夫側が「話す」隙が全く無いところだが、スネ夫の脳をおしゃべりで埋め尽くし「クヨクヨろくでもないことばっかり考える」ことを阻止したので、この点ロコロコは良い仕事をした(多分)。


 ところで、ロコロコのおしゃべりは、これから先、いくつかの重要シーンに関わってくる。

p141ロコロコの演説 - コピー.jpg

 もしかしたら、ロコロコというキャラクターは、常に監視され、発言が弾圧される息苦しい独裁政権と対照的な「好きなことを好きなだけ言える」言論の自由の象徴なのかもしれない。

(そのわりに、スネ夫をはじめとして、聞き手がまあまあ迷惑しているが)

口を閉じられてしまうロコロコ - コピー.jpg


その後のジャイアンとスネ夫(かっこいい)

 はじめから腹をくくっていたジャイアンは、独裁政権に抵抗する人々「自由連盟」の秘密基地にたどり着いた後も、持ち前の度胸で活躍する。

「地下組織との連絡係は俺たちに任せてください!」 

パピ救出を目指して首都ピリポリスの地下に潜む「自由連盟」の同志たちのところへ向かう任務。

 だが、既にピリポリスはギルモア将軍の軍隊によって徹底的に監視されている。

 「自由連盟」のリーダーで、元大臣のゲンブは、ジャイアンたちを危険にさらすことをためらうが、ジャイアンは、「だれかがいかなきゃどうにもならないんでしょ!?」

と、たたみかける。

「だったらまかせてよ!!それともほかに方法があるの?」

 ゲンブを説き伏せ、ドラえもんとのび太、そしてジャイアンが、ピリポリス潜入チームを結成する。

(かっこいい)

p.119一コマ だったらまかせてよ - コピー.jpg


 一方スネ夫。

ロコロコと話をして(?)気がまぎれた(?)とはいえ、まだ不安を抱えていた。

 しかし「自由連盟」の秘密基地到着直前、ギルモア軍の無人戦闘艇を、自作のラジコン戦車で撃破したことをきっかけに、少しずつ勇気が湧いてくる。

 寝る間も惜しんで熱心に整備点検した戦車とともに、その後、ある重要な局面を乗り切ったスネ夫は、「自由連盟」の人々の立てた計画が行き詰ったとき、ジャイアンたち以上に危険な任務に自ら志願する。

「ぼくがひとっぱしり行って見てきましょうか」

ゲンブは今度こそ強い口調で止めた。

「いかん!これ以上のぎせいをだすことはぜったいにさけなくては」

「だって時間がないんでしょ!イチかばちかやってみようよ!」

最初はラジコン戦車を「ほんのオモチャ」と謙遜していたが、その強さとそれを創り上げた自分自身を信じることができるようになったスネ夫は、それまでとは別人のように力強く言った。

(かっこいい)
p.166イチかバチか かっこいいスネ夫 - コピー.jpg

 旅立つ前の気持ちは「勝てるわけない!」「やるっきゃないんだよ!」と、真逆だったジャイアンとスネ夫。

しかし、物語が進むにつれ、二人とも、勇気ある行動を選択する。

 大人で「自由連盟」リーダーのゲンブを、逆に力づけるように、危険な役目に志願する二人のことばも表情も、それぞれにかっこいい。

(いやこういう意味ではなく)

p.168きこりの泉 もっときたないの - コピー.jpg

かっこいいスネ夫 1コマ - コピー.jpg

 日ごろの理不尽ないじめっ子ぶりとは大違いの、頼もしく友達思いなジャイアンもいいが、自分のラジコン戦車がみんなを守ったことを通じて、自分にしかできないことを見つけ、恐怖を乗り越えていくスネ夫の姿にはとくに胸が熱くなる。


 ロケット内で、体を鍛えるジャイアンとストレスで寝込んでいたスネ夫。

ギャグシーンでもあるが、「戦いを前にした人」のリアルな行動が描かれ、その後の重要な展開につながる「ロコロコのおしゃべり」と、二人の勇気ある行動の伏線にもなっている。

ぜひ注目していただきたい名場面だ。




当ブログ関連記事:

(戦争、社会の問題が描かれたドラえもん作品のご紹介記事)















(宇宙人が登場するドラえもん作品のご紹介記事)






(画像出典)※引用順






posted by pawlu at 12:53| ドラえもん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年04月11日

ドラえもん「どくさいスイッチ」藤子F先生が単行本収録時に書き足した内容(※Twitterご指摘情報引用)


じゃまものはけしてしまえ - コピー.jpg

空き地に立つのび太の後ろ姿 - コピー - コピー.jpg

独りで歩くのび太のコマ - コピー - コピー.jpg


 2022年4月現在、その物語の深さが話題になっている、『ドラえもん』史上最も危険なひみつ道具「どくさいスイッチ」(「じゃまもの」の存在を消せるスイッチ)の、雑誌掲載時と単行本収録時の内容の違いについて、 Twitter上で次のようなご指摘があったので引用させていただきます。


 当ブログでも、


で、作品あらすじをご紹介させていただきました。

よろしければ併せてご覧ください。

(アニメ版予告編〈2022年4月9日放送時のもの〉)


(「どくさいスイッチ」収録のてんとう虫コミックス15巻〈「階級ワッペン」「ポータブル国会」「ゆめのチャンネル」「こっそりカメラ」など、名作ぞろいの巻〉)

posted by pawlu at 18:52| ドラえもん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年04月08日

ドラえもん「どくさいスイッチ」あらすじ(かっとなるとつい押したくなる、「じゃまもの」を消すスイッチ)


じゃまものはけしてしまえ - コピー.jpg

 「どくさいスイッチ」は、スイッチを押すと、消したい存在を消せる道具。

(てんとう虫コミックス15巻収録、初出『小学四年生』1977年6月号)

ドラえもん(15) (てんとう虫コミックス) - 藤子・F・不二雄
ドラえもん(15) (てんとう虫コミックス) - 藤子・F・不二雄


 スイッチを手にしたのび太が、ジャイアンを消してしまったことを皮切りに、恐ろしい事態を引き起こしてしまう。

 「ドラえもん」史上最も危険なひみつ道具であり、ちりばめられた台詞の不気味さと深さが、人間の心と社会への警鐘となってたことに、改めて気づかされる。


(アニメ版の放送予告編 「どくさいスイッチ」は0:21から)
TVアニメ「ドラえもん」 2022年4月9日放送Youtube情報


毎週土曜日ごご5時からは、「ドラえもん」! 2022年4月9日(土)は「いただき小ばん」と「どくさいスイッチ」を放送します! https://www.tv-asahi.co.jp/doraemon/



(あらすじ) (※ネタバレご注意)



 野球で18対2という惨敗を喫したのび太たちのチーム。

 監督のジャイアンはもろもろ換算した結果、のび太に20点分の過失があるとして、「20発殴ってやる!」と追いかけてくる(昭和鬼監督的制裁)。


 逃走中、すでにある程度殴られたらしく、でこぼこ頭になったのび太は、帰宅後、どうしてこんなめにあわなきゃならないんだ、と、悔し泣きする。


 「そりゃやっぱり、きみがへたくそだからさ」

 そんな目に遭わないように練習しよう、と、力づけるドラえもんに、いや、問題はジャイアンだ、あいつさえいなければこんな目に……と、ふて寝をしてしまうのび太。


「ふうん……。そんなふうに考えるの……。」


そんなふうに考えるの - コピー.jpg

 じゃ、やってみる?

 ひどくあっさりと、ドラえもんは「どくさいスイッチ」という、ただスイッチを押すだけの見た目のひみつ道具を取り出す。


 未来の独裁者(自分一人の考えで世の中を動かそうとする人)が、自分に反対する者、邪魔になる者を、次々に消していくときに使った道具だ。

独裁者とは - コピー.jpg

反対者を消していく - コピー.jpg


 「けすって…。どういうふうに?」

 「いなくなっちゃうんだよ。あとかたもなく」

 「3」唇に似つかわしくない冷酷な台詞とともに、近くを飛んでいたハエを見て、スイッチを押すドラえもん。


 ハエは空間から消滅し、スイッチをポン、ポン、と、お手玉のように軽く投げたドラえもんは、ウィンクしながらのび太にささやきかける。

 「な、かんたんだろ。じゃまものはけしてしまえ。すみごごちのいい世界にしようじゃないか」


 スイッチを渡されたのび太はさすがに躊躇する。

 しかし……。人一人消すというのは……、おそろしいことだ。しばらく考えてみたい。

「どうぞどうぞ。ごゆっくり」

 ちょっと予算オーバーの買い物に迷う客を送り出すがごとく、部屋を出ていくのび太を笑顔で見送るドラえもん。

人ひとりけすというのはおそろしい - コピー.jpg


 ジャイアンはにくたらしい奴だけど、消しちゃうってのはかわいそうだよな。

 そう考えながら家を出たのび太の後頭部に、バットの一撃が降りかかる。

 ジャイアンが殴り残しの七発を食らわせようと待ち構えていた。


 殴られつつ追いかけられたのび太は思わずスイッチを押してしまう。

「わあ、ジャイアン消えろ!」

 のび太の目の前で、きょとんとした顔のジャイアンが、空間から「スッ」と消失した。

ジャイアンきえろ - コピー.jpg


 たいへんなことをしてしまった。

 青ざめるのび太に、通りすがりのしずかちゃんが声をかける。

 ジャイアンを消してしまったと正直に告白するのび太に、しずかちゃんは首をかしげる。

 「それだれのこと?」

 その後、先生やジャイアンのかあちゃんに聞いても、そんな子は知らないと言われる。


 「きえるというよりも、はじめからいなかったことになるらしい」

 人を消しておいて、隠ぺいの必要すらない。

そのあまりの手軽さに、逆に背筋が寒くなるのび太。


 ところが、恐怖もつかの間、またしてもバッドの一撃が頭に振り下ろされた。

「きょうのゲームはおめえのせいで負けたんだ!」

ジャイアンのいない世界ではスネ夫が監督だった。


 ジャイアンと全く同じ体罰指導方針で20発殴られそうになり、「スネ夫きえろ!」と、スイッチを押してしまうのび太。

 スネ夫の振り上げていたバットだけが、「コロン」、と道に落ちた。

スネ夫きえろ - コピー.jpg

 「またやった…。ぼ、ぼくが悪いんじゃないぞ」

 もう二度と使わない、ドラえもんに返そう、決意して家に戻ろうとしたのび太を、ほかのチームメイトたちが追いかけてきた。

「のび太!負けたのはきみのせいだぞ」

 いいかげんにしないとみんなけしちゃうぞ。騒ぎ立てる少年たちに背をむけて家に駆け込んだら、のび太のママが待ち構えていた。

 説教を始めようとするママに必死で叫ぶのび太。

「おねがいだからぼくをおこらせないで!!」



 消えた二人をまた出してくれって?

のび太の希望にドラえもんは「3」唇になった。

無理言うな、これは手品じゃないんだから。

「わすれろ」


 のび太は、部屋でひとり、畳に置いたどくさいスイッチをみつめながら、苦しそうにつぶやいた。

「おそろしいスイッチだなあ…。かっとなるとつい………。おしたくなるもんな。しんけいがくたびれちゃうよ」

かっとなると押したくなる - コピー.jpg


 すっかり消耗して、いつのまにかうたたねしたのび太。

 夢の中ではみんながのび太の敵だった。

あざわらうしずかちゃん。のび太を責めるチームメイト、お小言を言うママ。

 スイッチを使いたくない!耳をふさいで逃げ出したのび太に、ドラえもんまで特大のあかんべえを見せて馬鹿にしてきた。


「みんなでよってたかってぼくのことを。だれもかれもきえちまえ!!」

 うなされてもがいた手が、どくさいスイッチの上に振り下ろされた。


 目が覚めると、いやに静かだった。


 ママも、ドラえもんもいない家。


 外に出てみても誰もいない、空き地も静まりかえっている。

 しずかちゃんの家を訪ねて行って、ノックをしたが、返事がない。


 真っ青になったのび太はそこらじゅうの家のドアを叩いた。

「こんにちは!こんにちは、こんにちは!」


 公衆電話からパパの会社に電話をしても、つながらない。


 タケコプターで空から見た町は、見渡す限り、建物を残し、人々が忽然と消えた沈黙の世界だった。

 世界中の人間を消してしまった。

 屋根に降りてきたのび太は、自分のしたことの重さに、へなへなと崩れ落ちた。


 だが、なんとか立ち上がった。

「ものは考えようさ」

もう、馬鹿にされることもいじめられることもない、叱られることもない。


「いつどこでなにをしてもかってなんだ。この地球がまるごとぼくのものになったんだ。ぼくはどくさい者だ、ばんざい!」

 誰もいない町で、両手を振り上げて意気揚々と歩く。

ぼくは独裁者だ - コピー.jpg


「それにしても…。ドラえもん一人くらいのこしといてもよかったな」

 いつの間にか、その歩みが、手を後ろに組んでうつむいた姿に変わり、とぼとぼと長く伸びた影を引きずっていたことに、のび太は気づかなかった。


 テレビをつけても、当たり前だが何もやっていない。

「いつでもなんでもできるとなると……。べつにしたいことなんてないなあ。」

 誰もいない店から食べ物やおもちゃをもらって、好き放題食べたり遊んだりしても、その気持ちは結局晴れなかった。


 日が暮れて、自分の家しか明かりが点いていない中、家じゅうの電灯をつけて眠りにつく。

と、思ったら、それすらも消えてしまった。

暗闇で、停電を直してもらおうとしても、どこにもつながらない。


 「でてきてよう……。誰でもいい。ジャイアンでもいいからでてきてくれえ!」

のび太はわずかな月明かりをたよりに、屋根に出て、身を縮こまらせて泣いた。

「一人でなんて…。生きていけないよ…。」


「気に入らないからってつぎつぎにけしていけば、きりのないことになるんだよ。わかった?」

「うん、わかった」


気に入らないからって消せばきりがない - コピー.jpg

 ドラえもんが部屋の窓から顔を出して笑っていた。

「じつはこれ、どくさい者をこらしめるための発明だったんだ。もとへもどそう」


 翌日、空き地でキャッチボールをしているのび太とドラえもんを、スネ夫とジャイアンがからかってきた。


 「やあい、へたくそが練習してる」

「こんどはなぐられないようにがんばれよへたくそ」


 のび太は苦笑いした。

「まわりがうるさいってことはたのしいね」

 ドラえもんはにっこり笑って大きく振りかぶった。


(完)



 人は、人を消せる力を持ったとき、「かっとなるとつい」消したくなる。

しかし、「気に入らないからってつぎつぎにけしていけば、きりのないことになる」。


 スイッチを手にしてしまったのび太は、お願いだから僕を怒らせないでと叫んだ。

 それは、のび太らしい他者への良心と、彼に不似合いな、圧倒的な暴力への衝動の狭間で、引き裂かれそうになっている心の悲鳴だ。

 そんなのび太だからこそ、その日のうちに、「一人でなんて生きていけない」と、痛感することができた。

 大切なことに気づけたのび太を見つめるドラえもんの目は、とても優しい。

(おひさまのような笑顔)
ドラえもんの笑顔 - コピー.jpg

 ひどく簡単にスイッチを渡したのは、きっとのび太ならすぐに、この結論にたどり着くことができるとわかっていたからなのだろう。


 この話の見事なのは、「普通の人」代表のようなのび太が「人を消せる人」になった物語を通じて、わたしたち読者に、「もしも独裁者になったら」を、追体験させているところだ。

 誰でも他人に腹を立てることも、いなくなってほしいと思うこともあるだろう。

 だが、それが本当に自由に実行できてしまう立場は、「普通の人」の感覚なら、決して楽しくも幸せでもない。

 のび太は二人消してしまった後、スイッチの威力と、スイッチを押したくなってしまう自分に「おそろしい」、「しんけいがくたびれちゃう」と怯えている。

おそろしいスイッチ - コピー.jpg

 その後、のび太は、誰もいなくなった世界で「地球まるごと」を手に入れるが、二度描かれた、沈黙の世界での後ろ姿には、不安と寂しさが漂っている。


(すっきりと整理された、丸っこくてあたたかみのある絵柄だけに、インパクトが強い)
誰もいない空き地 - コピー.jpg


独りで歩くのび太 - コピー.jpg

 そして、これから先、地球上のどこで何をしてもいいはずののび太は、「いつでもなんでもできるとなると、べつにしたいことなんてない」と、ただ、家でぼんやりと天井を見上げている。

べつにしたいことなんてない - コピー.jpg

 さらに、停電になっても助けてくれる人がいないことで、のび太は自分の間違いを完全に思い知るのだが、それより前に、「人を消せる力があること」で消耗する精神や、ドラえもんのような信頼できる味方がいない孤独、「いつでもなんでもできる」退屈で、既に独裁者は幸福ではないのだということがわかる。


(現実の独裁者はこれに加えて「敵」と「被害者」が存在し、攻撃と復讐がある)

 アニメ版では、反省したのび太の前に現れたドラえもんが「どくさいスイッチ」を解除すると、光の波紋が広がり、無人で真っ暗だった町の家々に次々と明かりが灯る。

 その暖かな美しさに涙を浮かべるのび太に、ドラえもんは「独裁者になんてなるもんじゃないだろう?」と声をかける。

 沈黙の後ろ姿の表現は漫画ならではだが、この町の明かりが広がるシーンは、アニメの良さを活かした名場面だった。



 2022年4月現在、リメイク映画公開中の『大長編ドラえもん6 のび太の宇宙小戦争(リトルスターウォーズ)』も、独裁者の思考と、それに支配された世界が描かれている。


p.47 情報機関PCIA - コピー - コピー.jpg

独裁者の人間不信 - コピー.jpg

 現実社会の問題に通じる名作だ。

(当ブログ『のび太の宇宙小戦争』あらすじと見どころご紹介記事)


『映画ドラえもん のび太の宇宙小戦争 2021』新予告【2022年3月4日(金)公開】



※「どくさいスイッチ」の雑誌掲載時と単行本収録時の違いについてのご指摘ツイートを引用させていただいた記事




補足: おすすめ作品『のび太の海底鬼岩城』と『階級ワッペン』



 「どくさいスイッチ」を読まれた方には、こちらの作品もおすすめだ。


 『大長編ドラえもん4 のび太の海底鬼岩城』



 夏休みに海底にキャンプに行ったドラえもんたちが、海底国「ムー」の人々に出会い、はるか昔に滅亡した国「アトランチス」が遺したロボット軍団と、世界を滅ぼす力を持つ「鬼角弾」の暴走を止めるため、戦いを挑むストーリー。

 古代アトランチスとムーの二大国の対立と、「鬼角弾」の威力で他国を支配しようとする展開は、東西冷戦時代の緊張感がモデル。

鬼角弾 - コピー.jpg

 海底人「エル」が語る、ボタン一つで世界中に無数の鬼角弾が飛ぶよう配備され、攻撃を受ければそれが作動する「自動報復システム」は、核ミサイルが存在する現実社会でも、脅威となっている。

自動報復システム 海底鬼岩城 - コピー.jpg

 (次に「大長編ドラえもん」のリメイク映画が製作されるとしたら、この作品だと思う〈ぜひ今のお子さんたちにも観ていただきたい〉)

 重い世界観だが、神秘的な海底の世界や、のび太たちの友情、ロボット頭脳を持つ車「バギー」のしずかちゃんへの思いなどが描かれた、感動的な作品だ。



 「階級ワッペン」(てんとう虫コミックス15巻収録)


 軍隊の階級章がモデルのワッペン。

 貼り付けられた人は、上の階級のワッペンを貼った人間に絶対に逆らえなくなる。

 友人たちの間でも、家でも「いばる順番」でビリであることに鬱屈をためたのび太が「大将」になり、命令する側の快感を味わった挙句、「こんなにいばったことは生まれてはじめてだもの」と、笑顔で暴走して、部下に設定した友人たちに「さあ、だれもかれも町内五十周!」と号令をかけて、無駄に走り回らせる。

こんなにいばったことは生まれてはじめて - コピー.png

 逆らえずに息切れを起こしながら走る友人たちの

「昔の軍隊は、こんなふうにむちゃな命令で、むちゃな戦争をはじめたんだね」

 という言葉が重い。

むちゃな命令でむちゃな戦争 - コピー.jpg


(ちなみに、この、のび太の暴走は、その後、ワッペンの威力を無効にする方法に気づいたジャイアンたちが、のび太の家を取り囲むというクーデターで終わりを迎える)

 「階級ワッペン」と「どくさいスイッチ」は、どちらもてんとう虫コミックス15巻収録で、前者は1977年4月、後者は6月に発表されている。

 この時期の藤子F先生にとって、「暴走する権力者の心理」が一つのテーマだったのかもしれない。



 誕生50周年を超え、今、さらにその奥深さが注目されているドラえもん。

 当ブログでも、ドラえもんの(とくに大人が読んで圧倒される鋭さがある)作品のいくつかをご紹介させていただいている。

 併せてご覧いただければ幸いだ。


(「どくさいスイッチ」収録のてんとう虫コミックス15巻〈「階級ワッペン」「ポータブル国会」「ゆめのチャンネル」「こっそりカメラ」など、名作ぞろいの巻〉)




当ブログ関連記事:

(戦争、社会の問題が描かれたドラえもん作品のご紹介記事)













(宇宙人が登場するドラえもん作品のご紹介記事)





(大長編「ドラえもん」ご紹介記事)





(そのほかの戦争や社会の問題に関連した話題のご紹介記事)









posted by pawlu at 19:49| ドラえもん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2022年03月03日

大長編『のび太の宇宙小戦争(リトルスターウォーズ)』独裁者によって自由と平和を奪われた世界の戦いを描いた、今、読むべき作品

かなうわけないだろ - コピー.jpg

きっと帰ってきてね - コピー.jpg

 『のび太の宇宙小戦争(リトルスターウォーズ)』は、小さな人々が住むピリカ星の少年大統領パピを助けたのび太たちが、恐怖政治を敷く独裁者に戦いを挑む物語だ。



 リメイク映画が2021年に公開される予定だったが、コロナ禍により長い間公開が延期され、2022年3月4日より、ついに映画館で公開されることになった。


『映画ドラえもん のび太の宇宙小戦争 2021』スペシャルPV【2022年3月4日(金) 公開】

 そして、このたび重なる延期で、奇しくも作品の世界観と世界情勢の緊張感がリンクした。

 既に実現可能な監視技術や、独裁者によって自由を奪われた人々の苦しみと戦いが描かれた、今観るべき作品だ。

 普段はこずるい奴のイメージがあるスネ夫が、プラモデル制作のスキルや、勇気を見せるシーンも見どころになっている。

(※注、今回の記事は一部原作漫画のネタバレを含みます)


あらすじ



 ある星で反乱が起き、大統領が、彼を守る人々によって、ロケットで強制的に宇宙へ避難させられた。

 そのころ、スネ夫とジャイアンと一緒に特撮SF映画を撮影していたのび太は、ドジを踏んで撮影から外されてしまう。

p.6映画撮影 - コピー.jpg

 悔しがって、今度はしずかちゃんとドラえもんと特撮映画を撮り始めていた時、偶然撮影場所で小さなおもちゃのロケットを見つけ、撮影に使えそうだからと家に持ち帰る。

p.20小さなロケット - コピー.jpg

 しかし、そのロケットはおもちゃではなかった。

 それは、のび太の手のひらに乗るほど小さな宇宙人たちの住む、ピリカ星のロケットで、乗っていたのはその星の少年大統領パピだった。

p.29ピリカ星から来たパピ - コピー.jpg

 パピはロケットを持ち帰ったのび太たちの前に姿を現し、自分は恐ろしい敵に狙われていると、切れ切れに事情を話す。

(補足)

おそらくこの「ピリカ星」の名前は、「美しい」「豊か」という意味を示すアイヌ語「ピリカ」がもとになっている。

美しく豊かなピリカ - コピー.jpg


 パピの住むピリカ星は、反乱者ギルモア将軍に乗っ取られ、ギルモア配下の情報機関PCIA(ピシア)の長官ドラコルルが、地球にたどり着いたパピの行方を捜していた。

 ギルモアとドラコルルは、既に彼らに逆らう人々を大勢殺害している恐ろしい人物だった。

p.47 情報機関PCIA - コピー - コピー.jpg


 一方、のび太を外して出木杉君をブレインに特撮映画を撮影していたスネ夫とジャイアンは、突然現れた謎のクジラ型宇宙船の攻撃を受ける。

クジラ型宇宙船の攻撃 - コピー.jpg


 のび太とドラえもんの嫌がらせと思い込んで、野比家に殴りこんだ二人は、そこでパピに出会い、あのクジラ型宇宙船がドラコルル長官のものだと聞かされる。

 パピの危険を知ったジャイアンとスネ夫はのび太たちと一緒に、ドラコルル長官からパピを守ることを約束した。


 その後、パピの行方を捜すドラコルル長官は、超小型探査球(スパイボタル)でドラえもんたちを監視し始める。

 昼夜を問わず付きまとうホタルにいら立つジャイアンに、「気にしたらきりがないよ。かんじんなところさえみせなけりゃいいのさ」と、冷静に言い聞かせるスネ夫。

スパイボタルp.64 - コピー.jpg

 しかし小さなスパイボタルはジャイアンのポケットに忍び込み、大統領パピの居場所(しずかちゃんの家にドラえもんが設置した「かべ紙秘密基地」の中)が明らかになってしまう。


 一方、そのことに気付いていないドラえもんたちも、スパイボタルの命令電波を逆探知して、ドラコルルのクジラ型宇宙船が裏山に隠れていることを突き止めていた。

 スモールライトでパピと同じ大きさまで小さくなり、武装したスネ夫のラジコン戦車で、ドラコルルをつかまえ、そのままピリカ星に乗り込もうとする。

 急いでいるからと、そのとき留守だったしずかちゃんには何も言わないで。

 しかし、そのせいで、帰宅後、小さくなってパピを尋ねていったしずかちゃんが、パピを捕らえに来たドラコルルたちに見つかり、人質にされてしまう。

 ドラコルルたちを見つけられずに戻ってきたのび太たちは、しずかちゃんがつかまったことを知り、元の大きさに戻ろうとするが、基地に置いてあったスモールライトは、ドラコルルたちに奪われてしまっていた。


(補足)

このピンチについて、「ビッグライト(照らしたものを大きくするライト)は?」と思う人もいるかもしれない。

実はドラえもんのひみつ道具は使い捨てが多く、いつも同じものを持っているとは限らないのだ。

(てんとう虫コミックス『ドラえもん』45巻「四次元くずかご」より)

ドラえもんの道具は使い捨て - コピー.jpg


 パピは自分の身柄とひきかえにしずかちゃんを助けようとして、ひそかに姿を消す。

 夜の公園で、ドラコルルとの駆け引きの末にしずかちゃんを解放させ、代わりに拘束されたパピ。

 なぜ助かったのかわからないしずかちゃんが、クジラ型宇宙船から逃げ出して振り返ると、彼女を解放した宇宙船が飛び立った。

 そして、それを必死で追いかけるそら豆大の犬が、悲しげな遠吠えとともに叫んだ。

「せっかくはるばるとピリカから来たのに〜〜〜〜!!」

p.93ロコロコ - コピー.jpg

 そら豆大の犬の名前はロコロコ。

 ギルモア将軍に反抗し、秘密基地に潜む人々とともに決戦に挑むために、パピを探しにきた、パピの愛犬だった。


 ピリカ星に連行されたパピに待つのは、形式だけの裁判と、ギルモア反対派を完全に抑え込むための死刑。

 パピに助けられたしずかちゃんと、正義感に燃えるジャイアンは、パピを助けだそうと訴える。

 「ぼくらが宇宙戦争なんてはじめて勝てるわけない!」

制止するスネ夫。

 ドラえもんは口を開く。

「勝てるとしたら……道はひとつ。ピリカ星へ行って、スモールライトをとりかえすことだ」

ピリカ星へ行く方法はある。パピが乗ってきた大統領のロケットが、まだ残されていた。


 ドラえもんたちはロコロコの案内で、ピリカ星を取り囲む小衛星群の中に隠された「自由同盟」の基地へと向かう。



注目ポイント1 スネ夫の活躍(プラモデル制作スキルと勇気)



(※以下、ややネタバレ)

 この「宇宙小戦争」は、「スネ夫回」と言えるほど、スネ夫の活躍が光る作品になっている。

 スネ夫といえば鼻持ちならないお坊ちゃんのイメージだが、実はプラモデル製作の優れた技術を持っている。

(プラモに関しては、名人であるいとこからの厳しい指導も甘んじて受ける努力家だ。〈てんとう虫コミックス『ドラえもん』32巻「超リアル・ジオラマ作戦「より〉)

32 p.49いとこのプラモ指導 - コピー.jpg

 そんなスネ夫は、自作の高性能のプラモで、PCIAからパピを守ろうとする。

p.53 スネ夫のプラモ制作スキル - コピー.jpg

 (その出来栄えは、スパイボタルのカメラで彼の「プラモ軍団」を観たドラコルルたちが、「恐るべき軍備だ。あの少年は地球の兵器製造大臣に違いない」と脅威を感じるほど)


 一方で、他の大長編では、ピンチになると誰よりも怯え、この作品でも、ぎりぎりまで戦いに参加したがらないスネ夫。

勝てるわけない - コピー.jpg


(『大長編1のび太の恐竜』より)

ピー助を引き渡す - コピー.jpg

(『大長編7 のび太と鉄人兵団』より)
鉄人兵団に怯えるスネ夫 - コピー.jpg

 (敵は星全体に恐怖政治を敷く独裁者、そして他の回でも、肉食恐竜とそれを狩る密猟組織や、地球を攻め滅ぼそうとするロボット軍団が相手なのだから、臆病と言うより、現実を見ているだけなのだが)


 しかし、ドラえもんたちの留守中に「自由同盟」本部が無人戦闘機の一団に攻撃され、しずかちゃんが彼が作ったラジコン戦車で立ち向かおうとしたとき、ついにスネ夫も勇気を振り絞る。

 しずかちゃんをラジコン戦車で追いかけてきたスネ夫のつぶやき。

しずかちゃんを追いかけてきたスネ夫 - コピー.jpg

「しかたないじゃない……女の子一人で危険な目に……いくらぼくだって……」


 彼の心根の優しさが、諦め混じりにでも恐怖に勝ったことが伝わる名台詞だ。

(言葉にも表情にも、「ふつうの人」らしさがにじんでいるからこそ、心に響く)



注目ポイント2 科学技術の悪用と暴君の人間不信


 独裁者ギルモアと、彼の地位を守るために暗躍するPCIA。

彼らが、反対勢力の動きを探るために、さまざまな科学技術が使われている。


 対象を追跡する、カメラ付きの超小型探査球スパイボタル。

ポケットに侵入していたホタルp.67 - コピー.jpg


 敵の兵器に付着する小型発信機(盗聴機能付き)

なぞの部品 - コピー.jpg

盗聴と位置情報把握 - コピー.jpg


 町中に掲げられたギルモア将軍の肖像に仕込まれた、監視カメラ。

監視肖像 - コピー.jpg

 この作品が発表された1985年時点の読者にとっては、SFの世界のことだったが、現在は全てほぼ実現可能な(そしておそらくもうある程度稼働しているだろう)技術だ。

 これらによって、ドラえもんたちはたびたび危険に見舞われる。


 そして、パピ側の人々「自由同盟」の潜入先を探す、無人戦闘艇(シャチ型)。

無人戦闘艇 - コピー.jpg

 自動で敵を追跡して攻撃、最後には自爆で敵を巻き込む上、破壊されたときには盗聴機能付き小型発信機をばらまくという恐ろしい機能を持っている。

 ただ、この兵器は、結果としてギルモア将軍の弱点にもなった。

 ドラえもんたちと「自由同盟」の人々の潜入先に、無人戦闘艇の大群が迫ったとき、そこにいたしずかちゃんがためらわずに戦車で迎撃したのは、それが無人と知っていたからだ。

 人間が乗っていたら、いくらパピを助け出すためでも、しずかちゃんには撃墜できなかったかもしれない。

 ギルモア将軍がテレビ電話でドラコルルに無人戦闘艇の出撃命令を出したとき、ドラコルルは「空軍の主力をさしむけたほうが……」と言うが、ギルモアは「人間は信用ならん」と一蹴する。

 指示を受けたドラコルルは、ギルモアに背中を向けた時、

「なるほど、反乱を恐れているのか、自分の不人気をよ〜〜くごぞんじだ」

と、ひそかに冷笑している。

独裁者の人間不信 - コピー.jpg

 恐怖で人を支配する独裁者が、歴史上繰り返してきたことなのだろう。

 だが、『ドラえもん』に、こうした独裁者の内部の人間への不信感や、直属の部下も本当の意味では味方ではないことまでしっかりと描かれていることに、いまさらながら驚かされる。



注目ポイント3 戦いに向かう人々


 
 ピリカを取り巻く小衛星の中にある秘密基地にたどり着いた後、首都にとらわれたパピを助けにいくためのメンバーを選ぶドラえもん。

「ぼくと、のび太と……ジャイアン来てくれるかい?」

「おいていくなんていってみろ、ぶんなぐるぞ!!」

ジャイアンらしいせりふで、ドラえもんの頭をぐりぐり撫でながら快諾するジャイアン。ロコロコも勇んで加わった。

p.120置いていくなんて言ったらぶん殴る - コピー.jpg


「どうしてあたしが行っちゃいけないの?」

「るすを守ることも大事なんだ」

ドラえもんになだめられたしずかちゃんは、涙を浮かべてのび太の両手を握りしめた。

「気をつけてね。きっと帰ってきてね」

優しく笑うのび太。

ジャイアンが「おれがついてるよ」と請け合った。

p.120きっと帰ってきてね - コピー.jpg


 だが、ドラえもんたちが基地を出発したあと、前の戦闘でスネ夫のラジコン戦車に付着した小型発信機からの信号を受け、無人戦闘艇の大群が基地を襲撃する。

 わずか11機の戦闘機で迎撃にむかうピリカの人々。

 警報のサイレンが鳴り響く中、しずかちゃんはスネ夫を探す。


 スネ夫は薄暗い倉庫の片隅で息をひそめていた。

しずかちゃんに、今こそ戦車が役に立つ時だ、と言われたスネ夫は泣きだした。

「敵は何百、何千だよ、かなうわけないだろ!だからこんな星にくるのはいやだったんだぁ!」


 しずかちゃんは黙って倉庫から出て行った。スネ夫の制止を背中に聞いて。

 そして、スネ夫から操縦を教わったばかりのラジコン戦車に乗り込んだ。

「そりゃあ、わたしだってこわいわよ……。でもこのまま独裁者に負けちゃうなんて、あんまりみじめじゃない!!やれるだけのことを、やるしかないんだわ」


戦車に乗り込むしずかちゃん - コピー.jpg

 このしずかちゃんの覚悟が、スネ夫も動かすことになる。

 以前読んだときは、ただ、「名場面」だと思っていた彼らの言葉や行動が、今はより重みを感じさせる。



注目ポイント4 恐怖政治下の世の中と国民



(※注、作品重要シーンネタバレあり)

 ギルモアのクーデター前は人々でにぎわっていたピリカの首都、ピリポリス。

 今は、ギルモアの肖像についた監視カメラがいたるところで光り、町は静まり返っている。

 息を殺すようにして暮らしながら、いつどこにいてもPCIAに見張られている人々。

(すでに将軍に反対した大勢の人間が消されている)


 「自由同盟」のメンバーは約600人、対するギルモア軍は80万人。

 数の上では圧倒的に不利な状況だが、元治安大臣でパピをサポートするゲンブは、勝機はあると考えていた。

「ピリカ一千万人の国民のほとんどが、ギルモアをおそれ、憎んでいる。だから……自由同盟が火の手をあげれば……。みんなわれもわれもと立ち上がって、大暴動になる可能性がある。われわれはそこに賭けているのです」

国民の怒りに賭ける - コピー.jpg

 ゲンブがドラえもんにそう語っているころ、裁判で死刑を言い渡されたパピは、鎖につながれた両手を上げて毅然と告げる。

「ひとつだけいっておこう。こんな無法がゆるされる日も永くはないぞ。やがては国民の怒りがピリカの空に燃え上がり、独裁者を焼き尽くすことになるだろう!」


無法が許される日も長くない - コピー.jpg


 そして、ついにピリカの人々が立ち上がる。

立ち上がったピリカの人々 - コピー.jpg




【補足】 もうひとつの名作『のび太と鉄人兵団』



 『のび太の宇宙小戦争』1985年の発表から約40年。

 作品に描かれた世界が、今ほど読者に響いたことはなかっただろう。

 この作品を観ること、あるいは読むことを通じて、自由と平和の大切さ、科学を正しく利用することなどについて、保護者の方とお子さんでぜひ話し合ってみていただきたい。

(今の時代に新しいドラえもんの映画が上映されることは素晴らしいことだが、原作も本当におすすめだ。第二次大戦を知っている世代の藤子F先生だからこその実感や洞察がある。)

 また、この作品に続く大長編7の『のび太と鉄人兵団』も読んでいただきたい。

大長編ドラえもん (Vol.7) のび太と鉄人兵団 (てんとう虫コミックス) - 藤子・F・ 不二雄
大長編ドラえもん (Vol.7) のび太と鉄人兵団 (てんとう虫コミックス) - 藤子・F・ 不二雄

 こちらは、ロボットだけが住むメカトピア星から、ロボット軍団が人間を奴隷にするために地球に攻めてくる物語だ。

 彼らのスパイで人間そっくりのロボット少女リルルは、最初、「人間みたいな下等生物が支配者(ロボット)のために働くのは当たり前じゃない」と言い、自分たちの行動が正しいことだと信じている。

支配者のために働くのはあたりまえ - コピー.jpg

 また、あるキャラクターは、行き過ぎた競争精神の危険について語っている。

「自分の利益のためには他人をおしのけてもという……。弱い者を踏みつけにして強い者だけが栄える、弱肉強食の世界になる」

 自由と平和を奪われた社会を描いた『宇宙小戦争』に対し、『鉄人兵団』は、なぜ他人を踏みつけにし、戦争を起こしてもいいと思うようになるのか、その心の内側を描いている作品だ。

 両方読むと、自由と平和、そして思いやりの心が、きれいごとではなく、この世界に確かに必要なのだと、より深く実感できる。


 そして、この言葉も、今こそ、現在を生きるあらゆる世代、立場の方に読んでいただきたい。

 大人になって、のび太と結婚することになったしずかちゃんの結婚前夜、彼女のお父さんが贈った言葉だ。

(『ドラえもん』25「のび太の結婚前夜」(てんとう虫コミックス)より)

「のび太君を選んだきみの判断は正しかったと思うよ。あの青年は人のしあわせを願い、人の不幸を悲しむことのできる人だ。それがいちばん人間にとってだいじなことなんだからね」


いちばん人間にとってだいじなこと - コピー.jpg





大長編ドラえもん6 のび太の宇宙小戦争 (てんとう虫コミックス) - 藤子・F・不二雄
大長編ドラえもん6 のび太の宇宙小戦争 (てんとう虫コミックス) - 藤子・F・不二雄

大長編ドラえもん (Vol.7) のび太と鉄人兵団 (てんとう虫コミックス) - 藤子・F・ 不二雄
大長編ドラえもん (Vol.7) のび太と鉄人兵団 (てんとう虫コミックス) - 藤子・F・ 不二雄

ドラえもん (25) (てんとう虫コミックス) - 藤子・F・ 不二雄
ドラえもん (25) (てんとう虫コミックス) - 藤子・F・ 不二雄


当ブログ関連記事:

(戦争、社会の問題が描かれたドラえもん作品のご紹介記事)












(宇宙人が登場するドラえもん作品のご紹介記事)





(大長編「ドラえもん」ご紹介記事)





(そのほかの戦争や社会の問題に関連した話題のご紹介記事)







posted by pawlu at 18:50| ドラえもん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年11月23日

ドラえもん「ぐうたらの日」(「誰も働いちゃいけない日」の光と影)(※ネタバレあり)


日本人は遊ぶことにさえ必死になる - コピー.jpg


 「ぐうたらの日」は、6月に一日も祝日が無いことを嘆いたのび太が、「日本標準カレンダー」で、祝日「ぐうたらの日(6月2日)」を制定する話。

(てんとう虫コミックス14巻収録)

ドラえもん(14) (てんとう虫コミックス) - 藤子・F・不二雄
ドラえもん(14) (てんとう虫コミックス) - 藤子・F・不二雄

 「だれもはたらいちゃいけない日」として、全国民のぐうたらが法律で義務化されたことにより、思わぬ事態が起こる。


(あらすじ)※ネタバレご注意


 「ついに今年もきたか、ああ……」

カレンダーをむなしく見つめるのび太。

 6月、一年を通じてもっとも不愉快な月。 

6月には国民の祝日が一日も無い。日曜のほか一日も休めない。こんなつまんない月があるか。

「ああ、ゆううつ……」

ドラえもんに一通り6月への愚痴をこぼすと、ぐったりと寝そべる。


 「そんなに休みたきゃ休日を作ればいい」

ドラえもんが出したのは「日本標準カレンダー」

ごくシンプルなデザインのカレンダーだが、日本中のカレンダーを変えることができる。

休日を作るには、その日にちに日の丸マークシールを貼ればいい。

そう聞いたのび太は喜んで休日を作ろうとするが、

「しかし……日本中に影響するとなるとちょっと……」

「休みがふえておこる人がいるかい。みんながよろこぶならいいことだろ」

「やるか!」

「やろう!」

ふたりともごく軽いノリで、6月2日を祝日に制定。

「勤労感謝の日」があるのだから、この日は「ぐうたら感謝の日」。

「だれもはたらいちゃいけない日!法律でそう決まったの!」

ぐうたらの日制定 - コピー.jpg


 翌日。

寝坊した、学校に遅刻する!と焦るのび太。

しかし、パパもママも「ぐうたら感謝の日を忘れるなんて」と、そんなのび太を笑って、のんびりしている。

外に出れば、どの家も国旗をかかげて「ぐうたら感謝の日」を祝っている。

「底抜けに遊ぼう」

のび太とドラえもんは、喜び勇んで空き地に行ったが、意外にも誰もいない。


 家で何かしているのかな、と、訪ねて行ってみると、

「べつになにもしてないわ。一日ごろごろするつもり」

 窓に肘をついて、とろんとした目で答えるしずかちゃん。

「いっしょうけんめい遊ぶなんて、ぐうたら精神にそむくことになるんだぞ」

ぐうたらを中断されたのか、「++」目で唇を「3」にとがらせて、のび太たちをたしなめるジャイアン。

ぐうたら精神にそむくことになる - コピー.jpg

 「言われてみればもっともだ。ぼくらもダラーっとして過ごそう」

ぐうたらの意味をはき違えていたことを反省し、家に戻ってテレビを観ることにする。


 「とかく日本人は遊ぶことにさえ必死になりますからねえ。こういう日が定められたことはとてもいいことですな」

ブラウン管の中では、評論家とアナウンサーが、二つ折りにした座布団に片肘を突いて寝っ転がり、グダグダな空気を醸しながら適当なことを話していた。

(ちなみに事前収録されたものをコンピューターで自動放映している)


 ぐうたらしていてもお腹は空く、腹の虫が鳴いて、朝ご飯を食べていないことに気づいたのび太とドラえもん。

 しかしママは、はたらいちゃいけない日だから、食事のしたくなんかしませんよ、と言った。

 そ、そんな!

 顔面蒼白になる二人に、

「一日ぐらいたべなくても死なないわよ」

「法律は守らんといかん」

と、冷静に諭すパパとママ。

一日ぐらい食べなくても死なない - コピー.jpg

 ラーメンの出前を頼もうとすると、

「きょうがなんの日か知ってるの?ラーメンくいたきゃ自分で作りな!」

とガチャ切りされるが、家には食料が何も無い。


 ないとわかったらなおさら飢餓感が増し、ドラえもんは「ぐうたらの日が終わるまでスイッチ切っておこう」としっぽを引っ張って自ら機能停止してしまう。

しっぽのスイッチを切る - コピー.jpg


 「ずるいずるい!」

苦しみを共有できるはずだった友に離脱され、

「ううう、目が回って死にそうだ。なんでもいいからたべたい」

と、よだれをたらしながら食料を探しに外に出るのび太。


 偶然家から魚を盗んで飛び出した猫に出くわし、激しい格闘の末、魚を奪い取ることに成功。

「ゴロニャン!」

ボロボロになりながらも、四つん這いで魚をくわえて鳴くのび太。

猫の魚を奪い取るのび太 - コピー.jpg

 空き地で焼いて食べようとしていたところ、

「おれによこせ!よこさねえと……」

今度は飢えで目が「##」になったジャイアンが乱入し、いきなりのび太に火をつける。

「火事だ。どろぼうだ。110番。119番」

のび太に火を放つジャイアン - コピー.jpg

しかし、どこも休みだ。

(警察にかかった「本日休業」の札のなげやりな字体が怖い〈あとのび太のお尻まだ燃えてる〉)

警察も休み - コピー.jpg

 限界を感じたのび太は、ドラえもんのしっぽを引っ張って再起動する。

「なんとかしてくれ」

目を覚ましたドラえもんは、ためらいがちにつぶやく。

「シールをはがせば、もとにもどるけど……」

「もどそう!」

シールをはがすと事態は急変。


 「けさから私たちは、何をかんちがいしていたのでしょう」

 ねぐせをなでつけきれないまま、ニュースデスクのアナウンサーも、何が起きているのかわからないようす。

「どうして、今日が休みだなんて思いこんだんだろう」

スーツの袖に腕を通しながら家から飛び出すパパ。

のび太を含めた人々が、大慌てで平日行くべき場所に走っていくのを見ながら、ドラえもんは、

「みんなにめいわくかけたな」

と、「3」唇でつぶやいた。


(完)


 全国民がぐうたらする日、働いちゃいけない日、とは、何も食べられず、安全も健康も守られない日のことだった。

 結果、のび太は猫が盗んだ魚を「ゴロニャン!」と四つん這いで鼻息荒く奪い取り、ジャイアンはついさっき予定を聞きに来た友人に火を放つという、人間性を見失った行為に走る。

(せいぜい朝昼抜き程度なのに、我の忘れ方が早すぎる&強烈すぎる気もするが)



 「いっしょうけんめい遊ぶなんて、ぐうたら精神にそむくことになるんだぞ」

「とかく日本人は遊ぶことにさえ必死になりますからねえ。こういう日が定められたことはとてもいいことですな」

「ぐうたらの日」の意義を説くこの二つの台詞は、何かとせわしない現代人の胸を突く、名言のような気もするのだが、度が過ぎると、「勤労感謝の日」以上に、日ごろは見落としがちな他者の勤労に痛烈に感謝することになる、意義深くも全然ぐうたらできない日となってしまうようだ。


(出典)

 (このほかに「人食いハウス」「からだの皮をはぐ話」「ムード盛り上げ楽団登場!」「無人島へ家出」「すてきなミイちゃん」などの名作も収録されている)


posted by pawlu at 14:14| ドラえもん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年10月09日

名言「だれにもじゃまされず、いねむりできる勉強べやがほしいなあ」(のび太「人食いハウス」より)



ドラえもん14「人食いハウス」 誰にもじゃまされず居眠りできる勉強部屋 - -.jpg

「『勉強』べや」の概念を根底から覆す名言。

(場面紹介)

 部屋にカギをつけてほしいとママに頼み込んだのび太、「一日中、ひるねする気でしょう!」と一蹴され、「どうしてわかったの?」と驚いた後(たいていわかる)、すごすごと自室に戻る途中で、不満そうに漏らしたひとこと。

 「だれにもじゃまされず、いねむりできる勉強部屋」の陰に隠れているが、何気に「一日中、ひるね」も、「『ひるね』とはなにか」について考えさせられる。


(作品紹介)

『ドラえもん』てんとう虫コミックス14巻「人食いハウス」(19778月号『小学三年生』掲載)の台詞。

ドラえもん (14) (てんとう虫コミックス) - 藤子・F・ 不二雄
ドラえもん (14) (てんとう虫コミックス) - 藤子・F・ 不二雄


 名言を発した直後、のび太が部屋にもどると、大きな組み立て式の家が床に放置されている。

 「ドラえもんよ。口にださなくても、きみにはぼくの心がわかるんだねえ…。ありがとう、ありがとう」

ドラえもん14「人食いハウス」   君にはぼくの心がわかる - コピー.jpg

 のび太はドラえもんのこまやかな思いやりに涙し、勝手に空き地に組み立てハウスを持って行ってしまう。

 仮にドラえもんがのび太の「いねむりできる勉強べや」が欲しい心を察したとして、そんな怠惰助長設備を出しておいてくれるのかという読者の疑問どおり、ドラえもんにそんな気はさらさらないし、置いてあったのは、ただの組み立てハウスではない。

 のび太が空き地に組み立てハウスを建てたあと、しずかちゃんを招待しようとそこを離れた間に、ジャイアンやスネ夫ら、家を見かけた人たちが次々と家の中に入ったきり出てこなくなる。

(家を見た人は、なぜか、そこに入らずにはいられなくなる)

ドラえもん14「人食いハウス」 入った者が出てこない家 - コピー.jpg

 白昼、人々を飲み込んで沈黙する、小さなかわいらしい家。

 一方、のび太から招待を受けたしずかちゃんは、ついこの間観に行った「不思議な家の映画」の話をする。

「こわあいの。おばけみたいな家よ」

ドラえもん14「人食いハウス」  おばけみたいな家 - コピー.jpg

 入った人を食べてしまう家。


 同じ頃、部屋に戻ったドラえもんは、「あの組み立てハウス」が無いことに気づく。

まさか、のび太が……。

「たいへんだ!」

 動転したドラえもんは、急いでのび太を探しに行く……。



※元ネタは、大林宜彦監督の、カルト的人気を誇るホラー映画、「HOUSE(ハウス)」(1977年公開)と思われる。

 HOUSE (ハウス) - 池上季実子, 神保美喜, 大場久美子, 松原愛, 南田洋子, 大林宣彦, 桂千穂
HOUSE (ハウス) - 池上季実子, 神保美喜, 大場久美子, 松原愛, 南田洋子, 大林宣彦, 桂千穂

親戚の女性の家を訪ねた女子高生たちが次々と姿を消していく物語。

ファンタジック・ホラーと呼ばれているらしいが、今観てもかなり不気味。

(この時代特有の、サイケデリックな映像や音楽と俳優達の存在感による、精神的不協和音をかきたてる世界観は、今の作品とは別の迫力がある)。

しずかちゃんがわざわざ映画館に観に行ったというのは意外だ。


 「組み立て式の」「なぜか入らずにはいられなくなる」謎の家。

家の中に吸い寄せられた人々が迎えた、恐ろしい結末とは……。(笑)


 14巻には、「からだの皮をはぐ話」「ムード盛り上げ楽団登場!」「無人島へ家出」「すてきなミイちゃん」「ぐうたらの日」などの名作も収録されている。

ドラえもん (14) (てんとう虫コミックス) - 藤子・F・ 不二雄
ドラえもん (14) (てんとう虫コミックス) - 藤子・F・ 不二雄


ごきぶりホイホイ+デコボコシート [5セット入x2個パック]
ごきぶりホイホイ+デコボコシート [5セット入x2個パック]




ラベル:名言・名場面
posted by pawlu at 22:01| ドラえもん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2021年07月14日

ドラえもん「こっそりカメラ」(隠し撮りと野次馬たちへのブーメラン)

いつだれに見られても恥ずかしくない生活 - コピー.jpg


 「こっそりカメラ」は、スネ夫にビデオカメラで私生活を隠し撮りされて大恥をかいたのび太が、復讐のために未来のビデオカメラで、スネ夫を撮影しようとするお話。(てんとう虫コミックス15巻収録)

 (この巻には「ゆめのチャンネル」「階級ワッペン」「どくさいスイッチ」などの名作も収録されている。)

 スネ夫の盗撮行為をいさめずに、一緒になってのび太を笑いものにした友人たちも、思わぬ事態に巻き込まれていく。


 


あらすじ(ネタバレご注意)


 道を歩いていても、家で昼寝をしていても。

「へんだなあ、この二、三日、誰かに付け回されている気がする」

のび太が目を向けるたび、誰かがすばやく隠れるような気配がするのだ。

誰かにつけ回されている気がする - コピー.jpg

 気のせいでなかったことは、わりとすぐに判明した。

 「苦労したよ、気づかれないようにとるんだからね。」

 ビデオカメラを片手に、「ありのままのすがたがとれたよ。」と得意がるスネ夫に、おもしろそうだな、見せろよ。と、ジャイアンたちがニヤついて立ち話をしていた。

ありのままのすがたがとれた - コピー.jpg


 「ぼくにも見せて!」

のび太が混ざろうとしたら、スネ夫は、「のび太は見ない方がいいのに」と、妙にそっけなかった。


 おもしろいものならぼくも見たい!と、食い下がって、上映会に参加するのび太。

(このほかに、ジャイアン、少年二人(はる夫と安雄〈よく登場する脇役友人、野球帽の少年が安雄、丸顔のほうがはる夫〉)、しずかちゃんが参加。)

 野鳥か昆虫の観察記録なのかと期待していたら、

「のび太のしっぱい日記」

失礼なタイトルと、スネ夫の解説とともに次々と映し出される、のび太の「ありのままのすがた」。

のび太の失敗日記 - コピー.jpg

 「女の子に見とれているところ。」

そして、水たまりに足をつっこむのび太。(観客〈ジャイアンたち〉から笑い声が上がる)

「おい、へんなところとるなよ。」


「いいところを見せようと思って。」

道で遊ぶ小さな子に、けん玉を借りてお手本を見せようとしたものの、繰り返し失敗してこぶだらけになり、笑われながら立ち去るのび太。


「おひるね。あどけないお顔。」

鼻ちょうちんにヨダレを垂らし、熟睡するのび太。

「おやつのあとは、おさらもきれいにペロペロ。」

「もういいよ、やめろよ」

電柱に用を足そうとして立ち止まったら、その足めがけて犬に用を足されるのび太。

「やめろってば!!」


 猛抗議するのび太に、「だから見ないほうがいいと言ったろ」と、スネ夫はニヤつき、ジャイアンも「怒ることないだろ」とヘラヘラのび太を制止した。

「ほんとにおまえがやったことばかりだろ」

安雄とはる夫も、ジャイアンに同意した。

「たとえばさ、かがみにうつした顔がみにくいからって、かがみにおこるのはまちがいだよ。」

と、はる夫。

「ようするにいつだれに見られてもはずかしくないように、生活してればいいんだ」

と、安雄。

「イエース」

スネ夫がなぜか英語でとどめを刺した。

かがみにおこるのはまちがい - コピー.jpg



 「フーン……、みんなりっぱなこというなあ」

帰ってきて悔しさにむせび泣くのび太の話を聞いたドラえもんは、冷ややかな目にへの字口をとんがらせた、もの言いたげな顔で腕組みをしていた。

みんなりっぱなこというなあ - コピー.jpg


 もちろん、この残酷な仕打ちを許す気は無い。

復讐として、スネ夫を撮影し返すために、未来のビデオカメラを取り出すドラえもん。

撮影機は昔ながらの8ミリビデオカメラに似ているが、「電送レンズ」は、小豆粒くらいに小さい。


 機能を説明するために、通りすがりのママに、その小さな電送レンズを投げてくっつけた。

「うつさないの。行っちゃうよ」

「いまうつしてる」

ドラえもんはカメラを床に転がしたまま、のんびりねそべっていた。


 そろそろいいか。

ビデオカメラの時間を戻すと、カメラがそのまま映写機になって、壁に映像が映し出された。

映像の中では、一階に降りたママが、鏡台に向かっていた。

鏡の前で少し不満そうなママ。

「ふしぎねえ……。だれにもいわれたことがないわ。こうしてニーッとわらうと……。池内淳子そっくりだと、思うんだけどな。」

池内淳子そっくり - コピー.jpg

(池内淳子 上品な色香漂う美人女優。『男はつらいよ』8作目「寅次郎恋歌」でマドンナを演じた。)


 この映像を観たのび太とドラえもんはお腹を抱えて笑いながらやってきて、

「ママは池内淳子ににてるなあ」と、言ってあげた。

そして、な、なによ突然、と赤面するママから、ひそかにレンズを回収。


 「ぼくはこそこそぬすみどりなんかしない。どうどうと予告する!」

カメラを手に表に出たのび太は、スネ夫たちを前に高らかに言った。

「スネ夫のありのままのすがたをとって、今夜大公開する!」

「ぼくの!?」

おもしろそうだな。必ず見にいくぜ。

さっきはのび太を笑っていたジャイアンたちが、また無責任に面白がっていた。

スネ夫のありのままのすがたを大公開する - コピー.jpg


とれるものなら、とってみろ!

走り去ろうとするスネ夫の背中に、のび太は電送レンズを投げた。

しかし、このとき風が吹いて、小さなレンズはスネ夫のそばを歩いていた猫にくっついた。

のび太もドラえもんもこれに気づかず、家に帰ってしまう。


 夕方、みんなに見せる前に試写をしてみたところ……。

猫の歩いている姿が映った。

続いて、しずかちゃんが両手で口を左右に広げ、目を上下にぎょろぎょろさせながら、あかんべーをしている顔。

「顔の美容体操ってほんとにきくのかしら。ベロベロバー。」

しずかちゃんの家の中を通り道にしているらしき猫が、しずかちゃんの変顔美容体操を見ながら廊下を歩いて行った。

しずかちゃんの美顔体操 - コピー.jpg




 「電送レンズをネコにくっつけたな!」

 ふたりはようやく失敗に気づいたが、猫の行く先々が映し出されたその映像を「すごい記録映画になるぞ」と見続けた。

すごい記録映画になる - コピー.jpg

 「きょうは塾へ行くのをさぼって、ゆっくりとマンガを立ち読みしよう」

 本屋に入りびたり、サボり時間を堪能する安雄。(幸せそうに読んでいるのは『オバQ』)

塾をさぼる - コピー.jpg

 「ひそかにためたハナクソがこんなボールになった。」

野球ボールを二回りほど大きくしたようなキングサイズハナクソを前に、嬉しそうに鼻をほじって引き続いての増量にいそしむはる夫。

鼻くそボール - コピー.jpg

 窓の向こうで気持ちよさそうにお風呂に入るジャイアン。

湯に浮いてきた大きなあぶくにすかさず定規をかざすと、もろ手を挙げて満面の笑みとともに叫んだ。

「やったあ!!ついに直径五センチのおならアブクをつくったぞ」

おならのあぶく - コピー.jpg

 そして、スネ夫。

ママのお使いも断り、カーテンも閉め切って隠れていたが、ついにママに引きずり出された。

「どうしておもらしするまで、おしいれにこもっていたざますか!」


 夜、スネ夫以外の四人が野比家を訪ねてきた。

「スネ夫はきたくないって。」

「ぼくたちだけにみせてよ。」


 のび太の部屋で待つ四人を前に、のび太とドラえもんは小声で話し合った。

「これうつしたらおこるだろうね。」

「……だろうね。」

「もったいぶらずにさっさとうつせよ」

「スネ夫のありのままのすがた」「だけ」を観られると思い込んでいるジャイアンはのび太たちをせかし、ほかの三人もそう信じて、ニコニコと笑っていた。


(完) 

(結末部に、記録再生後、忍び足で去るドラえもんとのび太のカットが添えられている。)







注目ポイント1 凄腕潜入カメラニャン


入浴中のジャイアン - コピー.jpg

 ネコは、家々の塀を越え、窓際を歩いても、家によっては勝手に上がり込んでも気に留められない。

 そしてターゲットは、ネコに見られたからといって、逃げたり見栄を張ったりする必要がないと思い込んでいるので、「ありのままのすがた」をさらしてしまう。

 2017、8年頃から、アメリカやイギリスの自然番組で、小型カメラを野生動物自身に取り付ける、または、動物や雪の塊や卵などにそっくりの姿をしたカメラ付きロボットで撮影する手法が登場した。


(小型カメラを装着したチーター)

カメラを着けたチーター - コピー.jpg

Image Credit: Yotube

(ウミガメ型のロボットカメラ)

ウミガメ型ロボットカメラ - コピー.jpg

Image Credit: Yotube

(NATURE | Animals with Cameras, Episode 2: Official Trailer | PBS)


Best of Wild Animals Caught on Spy Cam | BBC Earth

 こうした自然番組の「見えていても、気に留められない存在」のカメラは、警戒されずにターゲットのテリトリーに潜入し、至近距離から動物たちの「ありのままの姿」を記録している。

(家族にふざけて顔面パンチするチーター)

家族にパンチをしてふざけるチーター - コピー - コピー.jpg

Image Credit: Yotube


(海水で薄めたフグ毒でハイになろうと、つかまえたフグを口にくわえて悪い笑みを浮かべるイルカ)

フグでハイになるイルカを撮った映像 - コピー (2) - コピー.jpg
Image Credit: Yotube

 「こっそりカメラ」のかわいいカメラニャンは、このアイディアを1970年代前半(197310月発表)に実行して、衝撃映像をものにしているのだ。

レンズはネコについた - コピー.jpg

頭に小型カメラをつけたチーター - コピー.jpg

Image Credit: Yotube


 すぐにその価値に気づいて「すごい記録映画になるぞ」と言ったのび太も鋭い。

(マナーとしてはアウトだが。でもまあ、最初に盗撮されたのび太をバカにしたのはジャイアンたちだし……。)

 そして、カメラが、スネ夫ではなく、人々のテリトリーの越境者である猫についたことで、盗撮を肯定し、他人のプライバシーを笑っていた友人たちの秘密も等しく暴かれていくことになる。



注目ポイント2 友人たちの発言とドラえもんのまなざし


 「いつ誰に見られても恥ずかしくない生活をすればいいんだよ」

 ゴシップとプライバシーの問題はいつもぶつかり合い、人の私生活の秘密を暴く側とそれを娯楽にする側の理屈は、安雄のこの台詞によく似ている。

しかし、彼らがのび太に投げたブーメランは、のび太を傷つけた後、見事に自分たちに戻ってきた。

 いつ誰に見られても恥ずかしくない生活を24時間365日続けるなんて誰にもできない。

ドラえもんの「ふーん、みんなりっぱなこと言うなあ……」と言った時の、全然同意していない表情が、それを物語っている。

(ドラえもんの表情の中でも名作の一つだろう。「のび太の痛みに思いをはせながら、人生の幾山谷を越えた長老のような、世の中の裏表を知り抜いているような冷めた達観を漂わせ、相変わらずかわいくておもしろい」顔をしている)

みんなりっぱなこというなあ2 - コピー.jpg

 きっとドラえもんは、自分だってそんな生活は無理だと自覚している。どら焼きがかかると意地汚いし、ネズミを見れば地球破壊爆弾を出そうとするし。

 だから、ドラえもんは即座に「よしっ、きみも8ミリでスネ夫を撮れ!」と言う。

堂々と宣言して撮っても、プライベートを追い回せば、「イエース」と小憎らしい顔で笑っていたスネ夫だって、必ずどこかでボロを出すとドラえもんにはわかっていたのだ。

(そして案の定スネ夫は〈よっぽど身に覚えがあるのか〉即座にうろたえ、ありのままの姿で暮らすどころかトイレにもいかずに籠城してしまう。)

 しかし、この作品でより印象深いのは、ストレートに復讐されたスネ夫よりも、自分たちだけは品行方正なつもりで面白がろうとしていたジャイアンたちのほうだ。

 彼らは、自分が現在進行形で行っている「見られたら恥ずかしい」ことをきれいさっぱり忘れてのび太を嘲笑し「かがみにおこるのは、まちがいだよ」だなんて追い打ちをかけている。

そんな「りっぱなこと」を言う前に、ほんのちょっとも、塾カバンを下げたまま立ち読みする本屋、机の中のキングハナクソ、おなら計測用の定規が頭をよぎらなかったのか。

発言と秘密 安雄 - コピー.jpg

発言と秘密 はるお - コピー.jpg

発言と秘密 ジャイアン - コピー.jpg

 よぎればスネ夫にやめろと言えたかもしれないし、少なくともあんなかっこいいがゆえにかっこ悪い台詞を言わずに済んだし、そうすればのび太は復讐を思いとどまり、まわりまわって自分たちの秘密を暴かれずに済んだのに。

 しかし、人が人をあざ笑っているときの脳内は、そんなものなのかもしれない。

 腕組みしたドラえもんの冷めた目は、彼らの「(ご)りっぱな」言葉が棚上げしたものを見つめているようだ。



注目ポイント3 のび太のために怒るドラえもん


 泣いているのび太の話を静かに聞いた後、どこに隠れようが全てを映し出してしまう恐ろしいビデオカメラを取り出すドラえもん。

 確かにのび太はだらしないし、落ち度もあるが、そこを付け込まれ、みんなの笑い者にされて泣くのび太に、教育と世間体ありきの大人のように、そのタイミングで説教をしたりしない。

※(もちろん、ふだんのドラえもんは、のび太の生活態度を何度も注意している)(例:コミックス23巻「ぼくのまもり紙」)

ドラえもんのお説教 そこがきみの悪いところなんだ - コピー.jpg

 そして、付け込んできた相手のことは許さない。

「のび太くんをばかにするということは、ぼくをばかにするということだ、ゆるせぬ!」(4巻「のろいのカメラ」より)

のび太君をばかにするということはぼくをばかにするころだ - コピー.jpg

 そんなふうに、まず、のび太の悔し涙に寄り添い、残酷なことをした加害者に対して一緒に腹を立ててくれるドラえもん。

 味方としては理想的だが、ひみつ道具できっちり「目には目を」的な復讐をするので、敵にまわすと非常に恐ろしい存在でもある。

ふくしゅうはおわった - コピー.jpg




 時代を40年以上先取りしたかわいい潜入カメラニャン。

 正論風のことを言いながら他人のプライバシーを娯楽にする人々自身が棚上げしているもの。

 そしてドラえもんの冷めた達観と、味方としての頼もしさ、復讐者としての容赦無さ。

 『ドラえもん』の奥深い魅力が凝縮された一作だ。






posted by pawlu at 20:27| ドラえもん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
カテゴリ