2014年01月01日

「中宮寺弥勒菩薩の膝に猫」msn産経ニュースより

 新年あけましておめでとうございます。

 今年が皆様にとって楽しい一年でありますように。

 本年はブログをマメにアップする!を一年の目標のひとつにしておりますので(他にも英語とか運動とか心がけたいことはあるのですが、具体的に書くのが恥ずかしいので、もし結果が出せたらそのときだけご報告させてください。)、よろしければ観にいらしてください。

 今日も英語ともイギリスとも関係ありませんがネットで見つけたお話をご紹介させていただきます。ちょっとお正月っぽいかな?とも思ったので。

 中宮寺弥勒菩薩(菩薩半跏像)。
 奈良斑鳩の中宮寺(尼寺)にある、飛鳥時代(592〜710〈または593〜694〉)の木製の仏像で、国宝。

 片方の足を膝にかけた、「半跏」という姿勢で、人々の救済について思索をされている弥勒菩薩の御姿を彫ったものです。

 その美しさから、同じ姿の「広隆寺半跏思惟像」と並び称され、この時代の仏像の傑作とされています。

 わたしは残念ながら広隆寺の仏様しか見たことがないのですが、あの衝撃は忘れられません。

 視界がその御姿の優美な線によって完璧に違うものになり、1000年をはるかに超えて祈りをささげられ続けたたたずまいの神秘・神聖というのが確かにしんと周囲に放射されていました。

 理由はわかりませんが、飛鳥時代の仏像彫刻というのは、世界にも類を見ないほどにすぐれたものが多く、高い技術と深い精神性が結実した傑作ぞろいです。

 随分モメた時代だし、流行やまいで人がバタバタ亡くなったりしているんですが、逆にだからなのでしょうか、この世を超えた存在をこの世のもので形作ってしまうことができていたのです。

 中宮寺の菩薩様は私が拝観した広隆寺の仏様よりも、ややまろやかなまるみを帯びて、やわらかい懐かしいような御姿をしておいでです。

 別にアンケートをとったわけではないのですが、「日本の素晴らしい仏像ベスト10」とかいうのがあったら、間違いなく二像ともに入って来るであろう、日本美術界の至宝中の至宝です。

 ……と、いう弥勒菩薩様の御膝ににゃんこちゃんが乗っていたという出来事があったそうです。(お寺のご本尊でガラスケースとかには入っていらっしゃらなかったのですね)

 約20年前のこと、80代になられた今もお寺を守る門跡(住職)がおつとめをしようと、夕方、菩薩像の前にいらしたとき、

 ふと見ると、お寺で飼っている猫のタマちゃんが菩薩様のお膝にちょこんと乗っていてそうです。
 
 びっくりした門跡は、あわててカメラを取り出し、その姿を撮影なさいました。

 記事によると、門跡は

「文化庁には叱られるかもしれないけれど、猫であればこそ。私も抱っこしてほしいと思う」

と、当時を思い返して笑っていらしたそうです。

 タマちゃんは本来とてもお行儀がよかったようで、2001年に亡くなるまでの間、菩薩様のお膝に乗ったのはこれが一度きりだったということです。

 それにしても、この記事を読むにつけ、ふたつのことを思って笑ってしまいます。

 ひとつは、菩薩様のお膝に猫がいると気づいたとき、あわてて、「そして写真撮影をした」という門跡様のご反応。

 さきほど書きましたが、中宮寺の弥勒菩薩といえば、至宝中の至宝なのです。

 その御姿の魅力も、1300年前から現代まで守り継がれてきたという価値も、さっき書いたくらいでは全然足りませんし、美術品としてだけでも国際的な位置づけはすさまじい。

 かつてフランスのシラク大統領(当時)が、「法隆寺百済観音(同じく飛鳥時代の仏像の傑作)を貸してくだされば、ドラクロワの『民衆を導く自由の女神』を日本にお貸しいたしましょう」という文化交流ラブコールをしたことがありますが、もし中宮寺の菩薩様が海外に出られるとなれば、百済観音様のときと同じように、相手の国は、自分の国を象徴するような宝をためらうことなく派遣するでしょう。

 ……という仏様のお膝ににゃんこ。

 爪とぎ大好きにゃんこ。

「ぎぃやあああああああああああ!?!?!?!?!(ムンクの叫びみたいな顔で背景に嵐と雷と地割れとかつけて)」

 となるのが一般的反応です。

 なのに、見つけた次の瞬間には、カメラをとりだして撮った門跡様。

 おおらかだなーと思います……。

 タマちゃんはそんなことしない。

 いつも一緒にお寺を守ってくれているタマちゃんは、あの仏様がいかに大切な方かちゃんとわかっているから仏様を傷つけたりしない。

 ごくごくあたりまえのこととして、そう、タマちゃんのことを信じていらしたのでしょう。

 ただ、もし私が第三者としてその場にいた場合(そして、はた気絶〈ナニソレ〉していなかった場合)、ゼッタイ、サザエさんのこの4コマを思い出しただろうなーとも思います。
(すみません以下うろおぼえですがご紹介します)

「波平さんが屋根(平屋)の修理中に足を滑らして落っこちそうになり、慌ててその場を離れるサザエさんとカツオ君」

「必死で屋根のヘリをつかんで足をバタつかせる波平さんのところに走って戻ってきた二人の手には、それぞれカメラがあって、『あんたハシゴ持ってきたんじゃないの?』『ねえさんこそ』と、片膝ついてカメラをかまえつつ顔を見合わせる」

「(最後のコマ)部屋の向こうで、頭に包帯を巻いてご立腹の様子の波平さん(ふりむいてくれない)に、襖の側で、ふたりが正座してしょげている」
という話を……。

 また、もうひとつ、たまちゃんが、なぜその日に限って弥勒菩薩様の膝に乗っていたのかと思うと、別の想像がふくらみます。

 弥勒菩薩様のほうが、たまちゃんを呼ばれたのではないかな……と。

 私もそんな猫を知っているのですが、お寺にいる猫の中には働き者がいて、よくお坊さんについて歩き、お勤めのときは静かに傍にいて、お参りにきた人は顔を覚えて挨拶をするという「お勤め」をまじめにこなしているものなのです。

 門跡様とお寺のために頑張っているたまちゃんが、その夕方、ご本尊である弥勒菩薩様の前を通りかかった時、ふと

「あなたはよくがんばってくれていますね。いつも感心だから、ちょっとこちらにいらっしゃい」

 と、いうような菩薩様の招く声を聞いたのではないかな……と。

 もう、写真をみてしまうと、はじめからそのためにあるかのような、やわらかで優しい菩薩様のお膝元で、ちんまりふんわりくつろぐたまちゃんの姿は、私にそんなやりとりを想像させてくれます。

 そして、私が一番好きな俳句をたまちゃんに聞いてほしくなります。

「くすぐったいぞ円空仏に子猫の手」(加藤楸邨

 円空は江戸時代の僧侶で仏師、庶民の生活に溶け込むような温かなお顔の仏様を数多く作りました。
 
 その仏様、昔は子供が遊び道具にして、持ち歩くだ川でつかまって遊んだりしていたそうです。

 しかし、現代人である楸邨氏にはもはや文字通り手の届かない存在。

 そこになぜかちょんと子猫がふれた。(現実か空想かはわかりません)

 円空仏のあたたかな笑顔が、くすぐったがっているように見えた、そして、円空仏は触れることのできない貴重な存在だと思っている人もまた、無心にそれに触れてしまう子猫に、自分にはしたくても出来ないことをしているものを見る、くすぐったさを感じた。

 そのような句ではないかなと思っております。

 タマちゃんのこの写真を見ると、とても似ていると思うのです。

 お読みいただきありがとうございました。

 今回ご紹介した仏様について、記事にウィキペディア画像をリンクで貼らせていただきましたので、どうぞご覧ください。とても美しいです。

 あらためて、今年もどうぞよろしくお願いいたします。
posted by Palum. at 23:34| 日本美術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする