(くしゃみが止まらないコロンボに、半強制的にくしゃみ止めの水を飲ませる看護師マーシャ)
c 1972 Universal City Studios LLLP. All Rights Reserved.
刑事コロンボの「溶ける糸(原題:A Stitch in Crime〈1973年2月〉)」は、心臓外科医メイフィールドが犯人。共同研究者であるハイデマン博士を手術中の細工で亡き者にしようとした際、それに気づいた看護師シャロンをも口封じで殺害する。
※2025年8月現在、動画配信サイトhuluで、新旧「刑事コロンボ」シリーズが視聴可能
まるで手術のように、人の命そのものをこの世から切り離してしまうメイフィールドを、名優レナード・ニモイが演じ、非常に知的で洗練された空気をまとう犯人像が、冷酷な犯行を不気味に際立たせている。
(無表情でシャロンを撲殺するメイフィールド)
(ハイデマン博士への犯行の隠ぺい工作として、薬を入れ替える姿にもまったく動揺が見られない)
このシリーズ屈指の名作、メイフィールドの底知れない存在感とは真逆の、ずいぶんコミカルなシーンが、効果的に挿入されている。
・被害者シャロンのルームメイト、マーシャ
捜査でシャロンの自宅に行ったコロンボ。シャロンは同じく看護師のマーシャとルームシェアをしていたので事情を尋ねてみたが、どうもマーシャの話は、親友が死んで動揺しているということを除いても、相当わかりにくかった。
シャロンに人に恨まれるような事情があったかという意味で、シャロンの性格を聞いてみたのだけれど、
「私は内部思考型でシャロンは外部思考型だったのよ。わかるでしょ?」
「私は職業上の必要から、彼女は他人の願望によって…わかる?私は利己的な目的を持ち、シャロンは人間性に献身してたの、わかる?」
「ええ、どうやらわかりかけてはきたようですが…」
(そんなにはわかっていなさそうなコロンボ)
「ええ、でもシャロンは治療に全力を注いで病院に勤め続け、私はビバリーヒルズの美容整形病院に移ったの、上流社会の中にいることに利己的な喜びを見出したの…!でも私の勤め先じゃ独身の男性に出会うことなんて…!」
婚活用の自己分析が煮詰まりすぎて、こんなしゃべり方になったのかなというところで、どうにかマーシャの脱線を食い止めたコロンボは、とにかくシャロンは人に恨まれるような人ではなかったという証言を得る。
一方コロンボの疑いの目が自分に向いていることに気づいていたメイフィールドは、マーシャを呼び出し、シャロンが以前交際していたベトナム帰還兵のハリーの存在を、コロンボに話すように彼女を誘導して、疑惑の目をハリーに向けさせようとする。
メイフィールドが自分の親友を殺したと知らないマーシャの目に映る彼は、「評判の高い心臓外科医、高身長、高収入、スマートな容姿」と諸々そろった「ウルトラ超絶優良物件」にしか見えないので、なんとかその後の展開につなげようとするが、ハリーのことをコロンボに話すという結論に到達した(させられた)時点で、メイフィールドにすみやかに家に送り返されてしまう。
(メイフィールドの邸宅の一部。プールがあり眺めもよく、数十人単位のパーティを自宅で開ける広さがある)
不発に終わったアプローチにモヤモヤしていたところにコロンボが待ち構えていて、聞き込みをしようとしたものの、メイフィールドの邸宅パーティで食べた高級オードブルが体質に合わなかったのか花粉症なのか、くしゃみが止まらなくなってしまう。
コロンボをアパートに招き入れたマーシャは、「秘伝のくしゃみ止めがあるの」とコロンボに水を渡す。
「7口飲んで息を4秒止める」という「水飲み息止めくしゃみ止めメソッド」を「さあはじめてごらんなさい!」と、コロンボの遠慮を押し切ってスタート。
逆らえずに水を飲み始めたコロンボに、ちゃんとごっくんするようにコップの底を押さえて、数を数えて、と、問答無用ながらテキパキ処置したマーシャ。
飲み終わって、まだくしゃみをしそうになったコロンボに、ハンドバッグからティッシュを差し出してあげたが。それは不要だった。
「ぴったり治った。奇跡のごとしだ……」
コロンボの様子をじっと見ていたマーシャは、くしゃみが止まったのを確認してから、お礼の言葉ににっこり笑った。
入り組んだ心理学的自己分析とか、「優良物件探し」に血眼になるのではなく、そういうあったかい笑顔と面倒見のいいところでシンプルに勝負したら、コロンボみたいな実のある男性といいご縁があるから、そうしたほうがいいですよと言いたくなる。
この「コロンボがくしゃみ止めの水を問答無用で飲まされる」場面は、事件の捜査にはほとんど関係がないのに、とても丁寧に描かれていて、登場時はなんだかめんどくさいキャラだったマーシャの、濃すぎるお化粧の奥の人柄の良さがよくわかる。
マーシャを演じたニタ・タルボットのコメディ演技の見せ場であるだけでなく、コロンボが彼女に勝てずに、小さい子のようにおとなしく水を飲まされたり、ティッシュをもらおうとするほほえましいシーンは、ストーリーの重い展開を効果的に和らげている。
この後、ベトナム帰還兵でトラウマから一度麻薬中毒になった過去があるハリーがメイフィールドに襲撃され、ハイデマン博士の死も迫ってくる。コロンボはこの事態にメイフィールドに強い怒りを見せて宣戦布告する。
被害者が「殺人を阻止しようとした女性」、「ベトナム帰還兵」、「犯人を信頼している人格温厚な患者」であり、犯人のメイフィールドはなんら良心の呵責を感じていないという状況を、そのまま見続けていると、いくらニモイの洗練された演技に魅力があるといっても、観る側の感情まで麻痺して無機質になってしまう。
そして、視聴者の心が、血の通った人間の温度を失ってしまったら、ドラマの繊細な奥行に気づけなくなる(そうなるとスリルとショッキングな展開にしか目が行かなくなるかもしれない)
しかし、この後のドラマ最高の見せ場である、コロンボとメイフィールドの手術中の静かな対決は、メイフィールドは手術室、コロンボは見学エリアに居る状況で、窓に隔てられ、セリフの応酬がまったく無いので、その迫力を目に焼き付けるには、視聴者側も、感情を研ぎ澄ませた状態で臨む必要があるのだ。
(ハイデマン博士の手術をするメイフィールドを見張るコロンボ。本来は血を見るのが苦手なコロンボが、メイフィールドの犯罪を暴くべく、手術の一挙一動を凝視している。その突き刺さるような視線を知りつつも、メイフィールドは依然として冷静に「死の仕掛け」を解除していく)
こうした緊迫した展開の前に、コロンボとマーシャのコミカルで温かみのあるシーンが視聴者に一息つかせ、その後のコロンボの激昂の凄みや最後の対決の迫力も際立たせる役割を果たしている。
コロンボもマーシャもそれぞれカワイイし、それだけでなく、視聴者に人間味のある感情を維持させたまま、ドラマに惹き付ける役割を果たした、陰の名場面と言えるだろう。
※2025年8月現在、動画配信サイトhuluで、新旧「刑事コロンボ」シリーズが視聴可能
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【参照動画】※英語音声
(メイフィールドのシャロン殺害シーン)
A Doctor's Ingenious Plan For Murder | Columbo
(メイフィールドの邸宅が映るシーン)
Columbo - "Everyone's A Suspect In My Eyes" | Columbo
(「溶ける糸」12分間のあらすじ動画)※結末部ネタバレ
'A Stitch in Crime' in 12 Minutes | Recap - S02 EP06 | Columbo
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