2023年08月02日

2つの監獄実験 人は簡単に悪魔になるのか(NHK「ダークサイドミステリー」番組情報と実験のもとになったハンナ・アーレントの考察とミルグラムの実験について)

NHK第二の監獄実験 - コピー.jpg

 NHK「ダークサイドミステリー」(BSプレミアム・BS4K)で、「封印解除!禁断の2つの監獄実験〜人は簡単に悪魔になるのか?〜」が放送される。

NHK HP番組紹介より

普通の学生がみるみる残虐に…。精神に危険として封印された「監獄実験」は実は2つあった!どちらも結果は恐ろしいものに。人はなぜ悪になるのか?人間の闇の正体に迫る。

NHK人は環境によって悪魔になる - コピー.jpg

監獄に響く怒りの命令。泣きわめく悲鳴。おとなしい大学生たちがみるみる残虐になる!「スタンフォード監獄実験」。看守役と囚人役の学生を疑似監獄に入れ変化を見る心理学実験は、虐待の発生など倫理的な理由で封印された…はずだった!実は第2の実験が存在する。「BBC監獄実験」。そこではさらに恐ろしい結果が!人が人を管理する環境で、なぜ虐待が起きるのか?何が原因で悪へと変わるのか?2つの実験から人間の闇に迫る。

NHK集団はなぜ残酷になるのか - コピー.jpg

  ・2023年8月3日(木) 午後9時〜午後10時
  ・2023年8月7日(月) 午後11時〜午前10時(再放送)
  ・2023年8月8日(火) 午後5時〜午後6時(再放送) 

(※「スタンフォード大学監獄実験」は、2018年に、その実験結果の正確さを疑う意見が出て問題となったのだが、それでもNHKがこの実験を紹介するのは、現実の世の中が「人は簡単に悪魔になる」ことを実証し続けているからだろうか)


(1971年ジンバルド−博士が実施した「スタンフォード監獄実験」の映画トレイラー)
The Stanford Prison Experiment - Official Trailer I HD I IFC Films

(2002年、スタンフォード監獄実験の問題点を改善し、BBCが実験に協力して実施された「BBC監獄実験」の解説動画)
実験 - 批判的社会心理学 (3/30)(The Experiment - Critical Social Psychology (3/30))
(※英語音声、「設定(歯車マーク)」から「自動翻訳」で日本語字幕表示ができる)


監獄実験のきっかけとなった「アイヒマン裁判」(ハンナ・アーレントの「悪の陳腐さ」と「ミルグラム実験」


彼は愚かではなかった。まったく思考していないこと−−これは愚かさとは決して同じではない−−、それが彼があの時代の最大の犯罪者の一人になる素因だったのだ。

アイヒマン 命令に従っただけです - コピー.jpg
(元ナチス親衛隊アイヒマンの裁判証言〈映画『ハンナ・アーレント』で使われた実際の裁判映像〉)(Image Credit:Youtube)

殺害するかは命令次第だった - コピー.jpg
(アイヒマン裁判を傍聴するユダヤ人哲学者ハンナ・アーレント〈映画より〉)(Image Credit:Youtube)

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(映画『アイヒマンの後継者 ミルグラム博士の恐るべき告発』の一場面、実験参加者のそばに、隣の部屋の人に電気ショックを与える装置がある)(Image Credit:Youtube)


 「スタンフォード監獄実験」(1971年)は「ミルグラム実験(別名アイヒマン実験)」(1961年実施、63年発表)の影響を受けて実施された。


 アドルフ・アイヒマン(1906〜1962)は、第二次大戦時のホロコーストで、強制収容所へのユダヤ人移送を指揮、戦後は南米に潜伏していた。

 彼の逮捕のきっかけは、妻への結婚記念日の花束だった。

 偽名を使っていたアイヒマンが花を買った日が、アイヒマンの結婚記念日と一致していたことが決定打となったのだ。

 1961年、彼は裁判にかけられたが、「命令に従っただけだ」と、無罪を主張し続けた。

 この「アイヒマン裁判」を、雑誌特派員として傍聴したユダヤ人哲学者ハンナ・アーレント(自身も強制収容所を脱出してアメリカに亡命した)は、「アイヒマンは思考不能だった」「ただの役人だった」と指摘し、それは、彼を血に飢えた天性の悪魔だと信じていた人々に衝撃を与えた。
(彼女の考察は1963年に著書『エルサレムのアイヒマン 悪の陳腐さについての報告』にまとめられた)

アーレントの「アイヒマン裁判」傍聴を題材にした映画『ハンナ・アーレント』のトレイラー
映画『ハンナ・アーレント』予告編


 アーレントの考察のように、人間は本当に(結婚記念日に妻に花を買う心をもったまま)、あれほど恐ろしい行動を「命令」に従って実行してしまうのかを確かめようとしたのが、スタンレー・ミルグラム(ユダヤ人の両親を持つ心理学者)だった。

「ミルグラム実験」を題材にした映画トレイラー
アイヒマン実験、人はどこまで残酷になれるのか。/映画『アイヒマンの後継者 ミルグラム博士の恐るべき告発』予告編

 「ミルグラム実験」(アイヒマンの裁判と同年の1961年8月から開始)は、表向き「実験参加者が「教師」と「生徒」の役割を与えられたのち、「教師」役の人が、研究者に依頼され、ガラスの向こうの部屋にいる「生徒」役の人が記憶力テストでミスをしたら、罰として電気ショックを与える」というものだった。

 しかし、実際の研究対象は、ボタンを押して電気ショックを与える「教師役」の人々のほうで、電気ショックを与えられている「生徒」役の人たちは、痛がる演技をしている。

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実験の略図。被験者である「教師」Tは、解答を間違える度に別室の「生徒」Lに与える電気ショックを次第に強くしていくよう、実験者Eから指示される。だが「生徒」Lは実験者Eと結託しており、電気ショックで苦しむさまを演じているにすぎない。

 この実験で、ほとんどの「教師」は、研究者役の人間に「これは命令です」と言われれば、どれほどガラスの向こうの「生徒」が苦痛に泣き叫ぼうとも、電流の最大出力まで、ボタンを押し続け、アーレントの考察を科学的に実証する結果となった。

続けてください - コピー.jpg
(Image Credit:Youtube)

(実験結果に衝撃を受けるミルグラム 〈映画の一場面〉)
なぜほとんどの被験者が最後までスイッチを入れるのか - コピー.jpg
Image Credit:Youtube)

 ミルグラムはアイヒマン裁判と同じ年に行動を起こし、1963年には実験結果を発表したが、それを書籍『服従の心理』として出版したのはそれから10年以上経った1974年だった。

 この間、1965年よりベトナム戦争が激化、アメリカ国内で反戦運動が起きている。

 ミルグラムは『服従の心理』の中で、実験の結果のほか、ベトナム戦争時、無抵抗の村人504人を射殺した「ソンミ村虐殺事件」に関わったアメリカ軍兵士の証言(1969年11月ニューヨークタイムズ誌に掲載)を引用している。

 家に帰れば誰かの夫であり父である人物が、命乞いする母親とその赤ん坊まで、「そうするよう命令されたと思ったから」撃ち殺した事件について、ミルグラムは「病的に攻撃的な人間が、権力の座を無慈悲に濫用しているわけでもない。単に与えられた仕事をこなしているだけで、自分の仕事に有能であるという印象を作ろうと頑張っている職員がいるだけ」だった点において、アイヒマンの犯罪とこの虐殺行為は共通していると分析している。(「第15章 エピローグ」より)

 そしてミルグラムは『エルサレムのアイヒマン』に言及しながら、「わたしは「悪の陳腐さ」というアーレントの発想が、想像もつかないほど真実に近いと結論せざるをえない」と、はっきり彼女の分析を支持している。(「第一章 服従のジレンマ」より)

 これは推測だが、アメリカがベトナム戦争で「当事者」として直面した数々の惨事がきっかけとなって、アーレントやミルグラムの意見が、誤解や誹謗から解放され、彼らの警告が正しかったことが、ようやく広く認められたのではないだろうか。
(だとしたら本当に皮肉な話だ。もっと早くに「自分にも、自分の国にも起こりうること」と真剣に恐れていれば、惨事は起きなかったかもしれない)



 このミルグラムの実験を、より大がかりにしたのが「スタンフォード監獄実験」だった。

 「スタンフォード監獄実験」は、危険性、正確性の両面から、今もその意義が疑問視されている。

 確かに、あらかじめ「実験」とわかっている被験者と指導者が、いつでも誰でも「実験」であることを忘れて「役割」にのめりこむかは、はっきりしない。

 ただ、「だから人間は大丈夫」ということではなく、「現実」なら「役割」と「命令」が、どれだけ人の思考をマヒさせるか、「その人がただ一人で真剣に考え、判断したなら、選ばなかったはずの悪」の話は、歴史から、世界情勢から、今日のニュースから、いくらでも思い当たる。

 確実に言えるのは、「普通の人間」は、自分で信じているより、はるかに簡単に、「状況」と「命令」に流されるということだ。

 そして「実験」ではなく「現実」なら、悪意の有無とは関係なく、誰かに対して「悪魔」であったことの報いは、必ず追いかけてくる。

(映画『ハンナ・アーレント』の中で、アーレントはアイヒマンを「ただの役人」と考えつつ、死刑の知らせを聞いて「当然よ」と冷ややかに言っている)

 アーレントもミルグラムも、アイヒマンに対して冷静でいられる立場ではなかったのに、激しい批判を浴びながらも、アイヒマンに限らず「人は誰でも簡単に悪魔になる」ことを人々に伝えた。

 アイヒマンを許すためではなく、「普通の人間が命令を受けて思考しないまま、大きな悪を引き起こす」悲劇を繰り返さないためだ。

 彼らが教えてくれた「自分の行動について、自分自身で考える」ことの意味は、今、この世界で重みを増し、それなのに、危うさも増している。

 現在は、氾濫する情報に翻弄されながら、できるだけ多くの他人に評価されることを求めてしまう時代だけれど、それでも、私たちは、どうにかして、この嵐の中でも、自分の行動の「思考」のための時間と気力を、自分の中に持ち続けなければならない。

知らず知らずのうちに「悪魔」にならないために。

本当の悪は平凡な人間が行う悪 - コピー.jpg
(画像出典:映画『ハンナ・アーレント』)(Image Credit:Youtube)

「大きな悪」の歯車にならないために。

人は選べるはず - コピー.jpg
(画像出典:映画『アイヒマンの後継者 ミルグラム博士の恐るべき告発』(Image Credit:Youtube))



(ジンバルドー博士のTEDトーク「スタンフォード監獄実験」とミルグラムの実験、アブグレイブ刑務所での虐待行為、集団自殺事件などに触れ、「人が悪魔になる構造」を解説している)※注、ショッキングな内容や映像が含まれています
フィリップ・ジンバルド:普通の人が どうやって怪物や英雄に変貌するか


【当ブログ関連記事】










【参照】


(ウィキペディア)
The Experiment(BBC監獄実験ドキュメンタリー)※英語記事

(Buzzfeed news)
(Karapaia)
(英文記事)
(2002年の監獄実験解説サイト)

(Dailymail)

posted by pawlu at 19:02| おすすめ動画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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