「あべこべ惑星」はのび太とドラえもんが、宇宙を忠実に再現した「天球儀」の中にある、なにもかもが地球とあべこべの星を訪れる話。(てんとう虫コミックス17巻 1979年7月『小学六年生』掲載)
「天球儀」が登場したあまりにも哀しいいきさつと、オチがみどころだ。
【あらすじ】(ネタバレご注意)
「?」
のび太が机の上に座って、空を見上げながら釣り竿を掲げている。
「そんなところで何をつってるの?」
ドラえもんに声をかけられて飛びあがったのび太は、なんでもない!と釣り竿を隠そうとするが、そこにひらりと一枚の縦長の紙が吊り下げられていた。
「りこうになりたい」
紙には、ひらがなでただ一文、そう記されていた。
(鋭く緻密な集中線がまるっこい字と言葉の素朴さを際立たせる)
ドラえもんは「なんだ、こりゃ」と思わず言ったが、それは七夕の短冊だった。
「なに、なに」
のび太が、ぽろぽろと涙を流しながら語るところによれば、
「いつもみんなにバカだバカだといわれるから、
りこうになれるよう星にねがいをかけるため、七夕かざりをつくろうとしたが、
竹がなかったのでつりざおに短冊をつるしていのりをささげていたのね」
涙どころか鼻水までとめどないのび太の話を手短に整理したあと、
「あほらしいというか、いじらしいというか……」
半ば呆然としつつも、ドラえもんはのび太をなぐさめた。
「よしよし、お星さまはきっと聞いてくださるよ」
のび太はドラえもんのまんまるい手をぎゅっと両手でにぎりしめてむせび泣いた。
「わかってくれるのはドラえもんだけだ!」
(のび太が言うほど本質的な意味で「わかって」くれているのかは微妙)
ドラえもんの優しい言葉に気持ちが落ち着いたのび太は、自分が祈った「七夕さま」の星が、どこにあるのか知りたくなった。
ドラえもんは夜空を見上げて「こと座」「わし座」と、星座を使って丁寧に教えてくれたが、ちっともピンと来ず、「むかいの家のアンテナから上へ数えて何番目か」と聞いてきた。
途中まで数えかけたあと、ドラえもんは渋い顔をした。
「かぞえられるわけないだろ、バカだなあ」
「あ〜〜っ、バカといった、ぼくのことまたバカにした!」
ドラえもんはポケットに手を入れた。
(泣きわめき散らかすのび太と、さっさと黙らせるために道具を出すドラえもんの無機質な表情のコントラスト)
「天球儀」
満天の星空の球体模型が、台座の上にふわふわと浮かび、台座には星の位置を表示するコントローラーがついている。
(ふつうにオブジェとしても美しい)
矢印アイコンで「おり姫」「ひこ星」の星を見せてもらったのび太は
「よくできてるなあ、本当に星がうかんでるみたい」と感心した。
「ほんとうに浮いてるよ」
天球儀の中には本物そっくりのミクロコピーの星があり、生物のいる星には極超ミニロボットがおいてある。
ドラえもんはさらりと未来の超絶技巧を説明した。
「天体けんび鏡」で、のび太にひとしきり「地球から見た宇宙」の観測をさせてあげたあと、ためしに地球型惑星を探してみたドラえもんは、思わずすっとんきょうな声を上げた。
なんと、ある星に「左右あべこべだけれど日本そっくり」な列島が。
「反世界」
地球そっくりだけどなにもかもあべこべの世界。
SFまんがでは見たことがあるけれど、この星がまさしくそれなんだ。
興奮したドラえもんとのび太は、極小化できる宇宙船で、天球儀の中の「あべこべの星」へ旅立った。
夜のあべこべ日本へ降り立ってみると、のび太の住む町にそっくりだった。
あまりにも似ている、というか、どの家も知っている。
でも、地球から見た宇宙なのだから、地球ではありえない。
のび太が自宅のある場所に向かうと、そっくりの家があったが、作りが左右あべこべだった。
「するとこの中に…、あべこべのぼくがすんでいるのか」
太陽が西からあがり、夜が明けた。みんなが家から出てくる時間だ。
どんな人たちがいるのか、屋根の上に隠れて見てみることにすると……。
「あれえ〜〜」
怯えた様子で必死に走る、膝上丈スカートのジャイちゃん。
彼女のノースリーブの水玉シャツの襟首を、むんずとつかまえる手。
「あんた!宿題を見せてくれる約束よ!」
スネちゃんがジャイちゃんを脅していた。
「だってできなかったのよぉ」
キャラどころか、力関係も成績もあべこべらしい。
はかなげなジャイちゃんがスカートの裾でしおしおと涙をぬぐっているのを見て、しずかくんが駆け寄った。
「いじめるのよせよ、むずかしい宿題でぼくもできなかったんだ」
まさしくあべこべの星。
のび太たちが屋根の上から目を丸くして見ていると、「あ、天才がきたぞ」という声がした。
「おしえてよ天才」
「天才たすけて」
「世界一の天才」
子供たちがほめたたえながらいっせいに駆け寄る先に、はにかみながらやって来る「のび子ちゃん」がいた。
「しつこく天才天才というな!」
屋根の上から泣き叫ぶのび太を、ドラえもんは苦笑いしながらなだめた。
―(完)―
「みんなにバカだバカだと言われるから、りこうになりたい」
そう願ったのび太が、のび子ちゃん経由で「みんなに天才天才と言われる」結末。
ドラえもんのなぐさめどおり、「あべこべの星」は、彼が釣り竿で掲げた痛切な祈りを聞き届けてくれた。
あべこべじゃなきゃよかったんだけど。
「天球儀」の中にはミニチュアの星が浮いていて、その星では極小ロボットたちが、はるかかなたの住人と同じ暮らしを営んでいる。
神の御業の結晶のような天球儀と、そこを極小ロケットで旅するシーンは美しいのに、冒頭ののび太の七夕さまへの祈りの捧げ方と、「あれえ〜」と、スネちゃんから逃げ惑うジャイちゃん、天才のび子ちゃんのはにかみ笑いの衝撃が、平気でそれを上回る。
作品表現としては、つりざおの代用七夕飾りについて、その経緯が、泣きじゃくるのび太本人ではなく、ドラえもんの冷静な語りで説明されるシーンの、省略センスが素晴らしい。
七夕の季節になるたび、このお話の、「釣り竿に『りこうになりたい』の短冊」のシンプルにして強烈な絵面と、呆れを押し殺したドラえもんの「よしよし、お星さまはきっと聞いてくださるよ」という優しくもせつないはげましを思い出す。
『ドラえもん』てんとう虫コミックス17巻には、このほか、コワカワイイ宇宙人ハルバルさんが野比家を訪問する「未知とのそうぐう機」、くりまんじゅうが大惨事を引き起こす「バイバイン」(※試し読み)、ジャイアンの歌声が害虫害獣駆除に大活躍する「驚音波発生機」などの名作が収録されている。
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