「どくさいスイッチ」は、スイッチを押すと、消したい存在を消せる道具。
(てんとう虫コミックス15巻収録、初出『小学四年生』1977年6月号)
ドラえもん(15) (てんとう虫コミックス) - 藤子・F・不二雄
スイッチを手にしたのび太が、ジャイアンを消してしまったことを皮切りに、恐ろしい事態を引き起こしてしまう。
「ドラえもん」史上最も危険なひみつ道具であり、ちりばめられた台詞の不気味さと深さが、人間の心と社会への警鐘となってたことに、改めて気づかされる。
❝毎週土曜日ごご5時からは、「ドラえもん」! 2022年4月9日(土)は「いただき小ばん」と「どくさいスイッチ」を放送します! https://www.tv-asahi.co.jp/doraemon/
(あらすじ) (※ネタバレご注意)
野球で18対2という惨敗を喫したのび太たちのチーム。
監督のジャイアンはもろもろ換算した結果、のび太に20点分の過失があるとして、「20発殴ってやる!」と追いかけてくる(昭和鬼監督的制裁)。
逃走中、すでにある程度殴られたらしく、でこぼこ頭になったのび太は、帰宅後、どうしてこんなめにあわなきゃならないんだ、と、悔し泣きする。
そんな目に遭わないように練習しよう、と、力づけるドラえもんに、いや、問題はジャイアンだ、あいつさえいなければこんな目に……と、ふて寝をしてしまうのび太。
「ふうん……。そんなふうに考えるの……。」
じゃ、やってみる?
ひどくあっさりと、ドラえもんは「どくさいスイッチ」という、ただスイッチを押すだけの見た目のひみつ道具を取り出す。
未来の独裁者(自分一人の考えで世の中を動かそうとする人)が、自分に反対する者、邪魔になる者を、次々に消していくときに使った道具だ。
「けすって…。どういうふうに?」
「いなくなっちゃうんだよ。あとかたもなく」
「3」唇に似つかわしくない冷酷な台詞とともに、近くを飛んでいたハエを見て、スイッチを押すドラえもん。
ハエは空間から消滅し、スイッチをポン、ポン、と、お手玉のように軽く投げたドラえもんは、ウィンクしながらのび太にささやきかける。
「な、かんたんだろ。じゃまものはけしてしまえ。すみごごちのいい世界にしようじゃないか」
スイッチを渡されたのび太はさすがに躊躇する。
しかし……。人一人消すというのは……、おそろしいことだ。しばらく考えてみたい。
「どうぞどうぞ。ごゆっくり」
ちょっと予算オーバーの買い物に迷う客を送り出すがごとく、部屋を出ていくのび太を笑顔で見送るドラえもん。
ジャイアンはにくたらしい奴だけど、消しちゃうってのはかわいそうだよな。
そう考えながら家を出たのび太の後頭部に、バットの一撃が降りかかる。
ジャイアンが殴り残しの七発を食らわせようと待ち構えていた。
殴られつつ追いかけられたのび太は思わずスイッチを押してしまう。
「わあ、ジャイアン消えろ!」
のび太の目の前で、きょとんとした顔のジャイアンが、空間から「スッ」と消失した。
たいへんなことをしてしまった。
青ざめるのび太に、通りすがりのしずかちゃんが声をかける。
ジャイアンを消してしまったと正直に告白するのび太に、しずかちゃんは首をかしげる。
「それだれのこと?」
その後、先生やジャイアンのかあちゃんに聞いても、そんな子は知らないと言われる。
「きえるというよりも、はじめからいなかったことになるらしい」
人を消しておいて、隠ぺいの必要すらない。
そのあまりの手軽さに、逆に背筋が寒くなるのび太。
ところが、恐怖もつかの間、またしてもバッドの一撃が頭に振り下ろされた。
「きょうのゲームはおめえのせいで負けたんだ!」
ジャイアンのいない世界ではスネ夫が監督だった。
ジャイアンと全く同じ体罰指導方針で20発殴られそうになり、「スネ夫きえろ!」と、スイッチを押してしまうのび太。
スネ夫の振り上げていたバットだけが、「コロン」、と道に落ちた。
「またやった…。ぼ、ぼくが悪いんじゃないぞ」
もう二度と使わない、ドラえもんに返そう、決意して家に戻ろうとしたのび太を、ほかのチームメイトたちが追いかけてきた。
「のび太!負けたのはきみのせいだぞ」
いいかげんにしないとみんなけしちゃうぞ。騒ぎ立てる少年たちに背をむけて家に駆け込んだら、のび太のママが待ち構えていた。
説教を始めようとするママに必死で叫ぶのび太。
「おねがいだからぼくをおこらせないで!!」
消えた二人をまた出してくれって?
のび太の希望にドラえもんは「3」唇になった。
無理言うな、これは手品じゃないんだから。
「わすれろ」
のび太は、部屋でひとり、畳に置いたどくさいスイッチをみつめながら、苦しそうにつぶやいた。
「おそろしいスイッチだなあ…。かっとなるとつい………。おしたくなるもんな。しんけいがくたびれちゃうよ」
すっかり消耗して、いつのまにかうたたねしたのび太。
夢の中ではみんながのび太の敵だった。
あざわらうしずかちゃん。のび太を責めるチームメイト、お小言を言うママ。
スイッチを使いたくない!耳をふさいで逃げ出したのび太に、ドラえもんまで特大のあかんべえを見せて馬鹿にしてきた。
「みんなでよってたかってぼくのことを。だれもかれもきえちまえ!!」
うなされてもがいた手が、どくさいスイッチの上に振り下ろされた。
目が覚めると、いやに静かだった。
ママも、ドラえもんもいない家。
外に出てみても誰もいない、空き地も静まりかえっている。
しずかちゃんの家を訪ねて行って、ノックをしたが、返事がない。
真っ青になったのび太はそこらじゅうの家のドアを叩いた。
「こんにちは!こんにちは、こんにちは!」
公衆電話からパパの会社に電話をしても、つながらない。
タケコプターで空から見た町は、見渡す限り、建物を残し、人々が忽然と消えた沈黙の世界だった。
世界中の人間を消してしまった。
屋根に降りてきたのび太は、自分のしたことの重さに、へなへなと崩れ落ちた。
だが、なんとか立ち上がった。
「ものは考えようさ」
もう、馬鹿にされることもいじめられることもない、叱られることもない。
「いつどこでなにをしてもかってなんだ。この地球がまるごとぼくのものになったんだ。ぼくはどくさい者だ、ばんざい!」
誰もいない町で、両手を振り上げて意気揚々と歩く。
「それにしても…。ドラえもん一人くらいのこしといてもよかったな」
いつの間にか、その歩みが、手を後ろに組んでうつむいた姿に変わり、とぼとぼと長く伸びた影を引きずっていたことに、のび太は気づかなかった。
テレビをつけても、当たり前だが何もやっていない。
「いつでもなんでもできるとなると……。べつにしたいことなんてないなあ。」
誰もいない店から食べ物やおもちゃをもらって、好き放題食べたり遊んだりしても、その気持ちは結局晴れなかった。
日が暮れて、自分の家しか明かりが点いていない中、家じゅうの電灯をつけて眠りにつく。
と、思ったら、それすらも消えてしまった。
暗闇で、停電を直してもらおうとしても、どこにもつながらない。
「でてきてよう……。誰でもいい。ジャイアンでもいいからでてきてくれえ!」
のび太はわずかな月明かりをたよりに、屋根に出て、身を縮こまらせて泣いた。
「一人でなんて…。生きていけないよ…。」
「気に入らないからってつぎつぎにけしていけば、きりのないことになるんだよ。わかった?」
「うん、わかった」
ドラえもんが部屋の窓から顔を出して笑っていた。
「じつはこれ、どくさい者をこらしめるための発明だったんだ。もとへもどそう」
翌日、空き地でキャッチボールをしているのび太とドラえもんを、スネ夫とジャイアンがからかってきた。
「やあい、へたくそが練習してる」
「こんどはなぐられないようにがんばれよへたくそ」
のび太は苦笑いした。
「まわりがうるさいってことはたのしいね」
ドラえもんはにっこり笑って大きく振りかぶった。
(完)
(当ブログ『のび太の宇宙小戦争』あらすじと見どころご紹介記事)
※「どくさいスイッチ」の雑誌掲載時と単行本収録時の違いについてのご指摘ツイートを引用させていただいた記事
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