2022年04月08日

ドラえもん「どくさいスイッチ」あらすじ(かっとなるとつい押したくなる、「じゃまもの」を消すスイッチ)


じゃまものはけしてしまえ - コピー.jpg

 「どくさいスイッチ」は、スイッチを押すと、消したい存在を消せる道具。

(てんとう虫コミックス15巻収録、初出『小学四年生』1977年6月号)

ドラえもん(15) (てんとう虫コミックス) - 藤子・F・不二雄
ドラえもん(15) (てんとう虫コミックス) - 藤子・F・不二雄


 スイッチを手にしたのび太が、ジャイアンを消してしまったことを皮切りに、恐ろしい事態を引き起こしてしまう。

 「ドラえもん」史上最も危険なひみつ道具であり、ちりばめられた台詞の不気味さと深さが、人間の心と社会への警鐘となってたことに、改めて気づかされる。


(アニメ版の放送予告編 「どくさいスイッチ」は0:21から)
TVアニメ「ドラえもん」 2022年4月9日放送Youtube情報


毎週土曜日ごご5時からは、「ドラえもん」! 2022年4月9日(土)は「いただき小ばん」と「どくさいスイッチ」を放送します! https://www.tv-asahi.co.jp/doraemon/



(あらすじ) (※ネタバレご注意)



 野球で18対2という惨敗を喫したのび太たちのチーム。

 監督のジャイアンはもろもろ換算した結果、のび太に20点分の過失があるとして、「20発殴ってやる!」と追いかけてくる(昭和鬼監督的制裁)。


 逃走中、すでにある程度殴られたらしく、でこぼこ頭になったのび太は、帰宅後、どうしてこんなめにあわなきゃならないんだ、と、悔し泣きする。


 「そりゃやっぱり、きみがへたくそだからさ」

 そんな目に遭わないように練習しよう、と、力づけるドラえもんに、いや、問題はジャイアンだ、あいつさえいなければこんな目に……と、ふて寝をしてしまうのび太。


「ふうん……。そんなふうに考えるの……。」


そんなふうに考えるの - コピー.jpg

 じゃ、やってみる?

 ひどくあっさりと、ドラえもんは「どくさいスイッチ」という、ただスイッチを押すだけの見た目のひみつ道具を取り出す。


 未来の独裁者(自分一人の考えで世の中を動かそうとする人)が、自分に反対する者、邪魔になる者を、次々に消していくときに使った道具だ。

独裁者とは - コピー.jpg

反対者を消していく - コピー.jpg


 「けすって…。どういうふうに?」

 「いなくなっちゃうんだよ。あとかたもなく」

 「3」唇に似つかわしくない冷酷な台詞とともに、近くを飛んでいたハエを見て、スイッチを押すドラえもん。


 ハエは空間から消滅し、スイッチをポン、ポン、と、お手玉のように軽く投げたドラえもんは、ウィンクしながらのび太にささやきかける。

 「な、かんたんだろ。じゃまものはけしてしまえ。すみごごちのいい世界にしようじゃないか」


 スイッチを渡されたのび太はさすがに躊躇する。

 しかし……。人一人消すというのは……、おそろしいことだ。しばらく考えてみたい。

「どうぞどうぞ。ごゆっくり」

 ちょっと予算オーバーの買い物に迷う客を送り出すがごとく、部屋を出ていくのび太を笑顔で見送るドラえもん。

人ひとりけすというのはおそろしい - コピー.jpg


 ジャイアンはにくたらしい奴だけど、消しちゃうってのはかわいそうだよな。

 そう考えながら家を出たのび太の後頭部に、バットの一撃が降りかかる。

 ジャイアンが殴り残しの七発を食らわせようと待ち構えていた。


 殴られつつ追いかけられたのび太は思わずスイッチを押してしまう。

「わあ、ジャイアン消えろ!」

 のび太の目の前で、きょとんとした顔のジャイアンが、空間から「スッ」と消失した。

ジャイアンきえろ - コピー.jpg


 たいへんなことをしてしまった。

 青ざめるのび太に、通りすがりのしずかちゃんが声をかける。

 ジャイアンを消してしまったと正直に告白するのび太に、しずかちゃんは首をかしげる。

 「それだれのこと?」

 その後、先生やジャイアンのかあちゃんに聞いても、そんな子は知らないと言われる。


 「きえるというよりも、はじめからいなかったことになるらしい」

 人を消しておいて、隠ぺいの必要すらない。

そのあまりの手軽さに、逆に背筋が寒くなるのび太。


 ところが、恐怖もつかの間、またしてもバッドの一撃が頭に振り下ろされた。

「きょうのゲームはおめえのせいで負けたんだ!」

ジャイアンのいない世界ではスネ夫が監督だった。


 ジャイアンと全く同じ体罰指導方針で20発殴られそうになり、「スネ夫きえろ!」と、スイッチを押してしまうのび太。

 スネ夫の振り上げていたバットだけが、「コロン」、と道に落ちた。

スネ夫きえろ - コピー.jpg

 「またやった…。ぼ、ぼくが悪いんじゃないぞ」

 もう二度と使わない、ドラえもんに返そう、決意して家に戻ろうとしたのび太を、ほかのチームメイトたちが追いかけてきた。

「のび太!負けたのはきみのせいだぞ」

 いいかげんにしないとみんなけしちゃうぞ。騒ぎ立てる少年たちに背をむけて家に駆け込んだら、のび太のママが待ち構えていた。

 説教を始めようとするママに必死で叫ぶのび太。

「おねがいだからぼくをおこらせないで!!」



 消えた二人をまた出してくれって?

のび太の希望にドラえもんは「3」唇になった。

無理言うな、これは手品じゃないんだから。

「わすれろ」


 のび太は、部屋でひとり、畳に置いたどくさいスイッチをみつめながら、苦しそうにつぶやいた。

「おそろしいスイッチだなあ…。かっとなるとつい………。おしたくなるもんな。しんけいがくたびれちゃうよ」

かっとなると押したくなる - コピー.jpg


 すっかり消耗して、いつのまにかうたたねしたのび太。

 夢の中ではみんながのび太の敵だった。

あざわらうしずかちゃん。のび太を責めるチームメイト、お小言を言うママ。

 スイッチを使いたくない!耳をふさいで逃げ出したのび太に、ドラえもんまで特大のあかんべえを見せて馬鹿にしてきた。


「みんなでよってたかってぼくのことを。だれもかれもきえちまえ!!」

 うなされてもがいた手が、どくさいスイッチの上に振り下ろされた。


 目が覚めると、いやに静かだった。


 ママも、ドラえもんもいない家。


 外に出てみても誰もいない、空き地も静まりかえっている。

 しずかちゃんの家を訪ねて行って、ノックをしたが、返事がない。


 真っ青になったのび太はそこらじゅうの家のドアを叩いた。

「こんにちは!こんにちは、こんにちは!」


 公衆電話からパパの会社に電話をしても、つながらない。


 タケコプターで空から見た町は、見渡す限り、建物を残し、人々が忽然と消えた沈黙の世界だった。

 世界中の人間を消してしまった。

 屋根に降りてきたのび太は、自分のしたことの重さに、へなへなと崩れ落ちた。


 だが、なんとか立ち上がった。

「ものは考えようさ」

もう、馬鹿にされることもいじめられることもない、叱られることもない。


「いつどこでなにをしてもかってなんだ。この地球がまるごとぼくのものになったんだ。ぼくはどくさい者だ、ばんざい!」

 誰もいない町で、両手を振り上げて意気揚々と歩く。

ぼくは独裁者だ - コピー.jpg


「それにしても…。ドラえもん一人くらいのこしといてもよかったな」

 いつの間にか、その歩みが、手を後ろに組んでうつむいた姿に変わり、とぼとぼと長く伸びた影を引きずっていたことに、のび太は気づかなかった。


 テレビをつけても、当たり前だが何もやっていない。

「いつでもなんでもできるとなると……。べつにしたいことなんてないなあ。」

 誰もいない店から食べ物やおもちゃをもらって、好き放題食べたり遊んだりしても、その気持ちは結局晴れなかった。


 日が暮れて、自分の家しか明かりが点いていない中、家じゅうの電灯をつけて眠りにつく。

と、思ったら、それすらも消えてしまった。

暗闇で、停電を直してもらおうとしても、どこにもつながらない。


 「でてきてよう……。誰でもいい。ジャイアンでもいいからでてきてくれえ!」

のび太はわずかな月明かりをたよりに、屋根に出て、身を縮こまらせて泣いた。

「一人でなんて…。生きていけないよ…。」


「気に入らないからってつぎつぎにけしていけば、きりのないことになるんだよ。わかった?」

「うん、わかった」


気に入らないからって消せばきりがない - コピー.jpg

 ドラえもんが部屋の窓から顔を出して笑っていた。

「じつはこれ、どくさい者をこらしめるための発明だったんだ。もとへもどそう」


 翌日、空き地でキャッチボールをしているのび太とドラえもんを、スネ夫とジャイアンがからかってきた。


 「やあい、へたくそが練習してる」

「こんどはなぐられないようにがんばれよへたくそ」


 のび太は苦笑いした。

「まわりがうるさいってことはたのしいね」

 ドラえもんはにっこり笑って大きく振りかぶった。


(完)



 人は、人を消せる力を持ったとき、「かっとなるとつい」消したくなる。

しかし、「気に入らないからってつぎつぎにけしていけば、きりのないことになる」。


 スイッチを手にしてしまったのび太は、お願いだから僕を怒らせないでと叫んだ。

 それは、のび太らしい他者への良心と、彼に不似合いな、圧倒的な暴力への衝動の狭間で、引き裂かれそうになっている心の悲鳴だ。

 そんなのび太だからこそ、その日のうちに、「一人でなんて生きていけない」と、痛感することができた。

 大切なことに気づけたのび太を見つめるドラえもんの目は、とても優しい。

(おひさまのような笑顔)
ドラえもんの笑顔 - コピー.jpg

 ひどく簡単にスイッチを渡したのは、きっとのび太ならすぐに、この結論にたどり着くことができるとわかっていたからなのだろう。


 この話の見事なのは、「普通の人」代表のようなのび太が「人を消せる人」になった物語を通じて、わたしたち読者に、「もしも独裁者になったら」を、追体験させているところだ。

 誰でも他人に腹を立てることも、いなくなってほしいと思うこともあるだろう。

 だが、それが本当に自由に実行できてしまう立場は、「普通の人」の感覚なら、決して楽しくも幸せでもない。

 のび太は二人消してしまった後、スイッチの威力と、スイッチを押したくなってしまう自分に「おそろしい」、「しんけいがくたびれちゃう」と怯えている。

おそろしいスイッチ - コピー.jpg

 その後、のび太は、誰もいなくなった世界で「地球まるごと」を手に入れるが、二度描かれた、沈黙の世界での後ろ姿には、不安と寂しさが漂っている。


(すっきりと整理された、丸っこくてあたたかみのある絵柄だけに、インパクトが強い)
誰もいない空き地 - コピー.jpg


独りで歩くのび太 - コピー.jpg

 そして、これから先、地球上のどこで何をしてもいいはずののび太は、「いつでもなんでもできるとなると、べつにしたいことなんてない」と、ただ、家でぼんやりと天井を見上げている。

べつにしたいことなんてない - コピー.jpg

 さらに、停電になっても助けてくれる人がいないことで、のび太は自分の間違いを完全に思い知るのだが、それより前に、「人を消せる力があること」で消耗する精神や、ドラえもんのような信頼できる味方がいない孤独、「いつでもなんでもできる」退屈で、既に独裁者は幸福ではないのだということがわかる。


(現実の独裁者はこれに加えて「敵」と「被害者」が存在し、攻撃と復讐がある)

 アニメ版では、反省したのび太の前に現れたドラえもんが「どくさいスイッチ」を解除すると、光の波紋が広がり、無人で真っ暗だった町の家々に次々と明かりが灯る。

 その暖かな美しさに涙を浮かべるのび太に、ドラえもんは「独裁者になんてなるもんじゃないだろう?」と声をかける。

 沈黙の後ろ姿の表現は漫画ならではだが、この町の明かりが広がるシーンは、アニメの良さを活かした名場面だった。



 2022年4月現在、リメイク映画公開中の『大長編ドラえもん6 のび太の宇宙小戦争(リトルスターウォーズ)』も、独裁者の思考と、それに支配された世界が描かれている。


p.47 情報機関PCIA - コピー - コピー.jpg

独裁者の人間不信 - コピー.jpg

 現実社会の問題に通じる名作だ。

(当ブログ『のび太の宇宙小戦争』あらすじと見どころご紹介記事)


『映画ドラえもん のび太の宇宙小戦争 2021』新予告【2022年3月4日(金)公開】



※「どくさいスイッチ」の雑誌掲載時と単行本収録時の違いについてのご指摘ツイートを引用させていただいた記事




補足: おすすめ作品『のび太の海底鬼岩城』と『階級ワッペン』



 「どくさいスイッチ」を読まれた方には、こちらの作品もおすすめだ。


 『大長編ドラえもん4 のび太の海底鬼岩城』



 夏休みに海底にキャンプに行ったドラえもんたちが、海底国「ムー」の人々に出会い、はるか昔に滅亡した国「アトランチス」が遺したロボット軍団と、世界を滅ぼす力を持つ「鬼角弾」の暴走を止めるため、戦いを挑むストーリー。

 古代アトランチスとムーの二大国の対立と、「鬼角弾」の威力で他国を支配しようとする展開は、東西冷戦時代の緊張感がモデル。

鬼角弾 - コピー.jpg

 海底人「エル」が語る、ボタン一つで世界中に無数の鬼角弾が飛ぶよう配備され、攻撃を受ければそれが作動する「自動報復システム」は、核ミサイルが存在する現実社会でも、脅威となっている。

自動報復システム 海底鬼岩城 - コピー.jpg

 (次に「大長編ドラえもん」のリメイク映画が製作されるとしたら、この作品だと思う〈ぜひ今のお子さんたちにも観ていただきたい〉)

 重い世界観だが、神秘的な海底の世界や、のび太たちの友情、ロボット頭脳を持つ車「バギー」のしずかちゃんへの思いなどが描かれた、感動的な作品だ。



 「階級ワッペン」(てんとう虫コミックス15巻収録)


 軍隊の階級章がモデルのワッペン。

 貼り付けられた人は、上の階級のワッペンを貼った人間に絶対に逆らえなくなる。

 友人たちの間でも、家でも「いばる順番」でビリであることに鬱屈をためたのび太が「大将」になり、命令する側の快感を味わった挙句、「こんなにいばったことは生まれてはじめてだもの」と、笑顔で暴走して、部下に設定した友人たちに「さあ、だれもかれも町内五十周!」と号令をかけて、無駄に走り回らせる。

こんなにいばったことは生まれてはじめて - コピー.png

 逆らえずに息切れを起こしながら走る友人たちの

「昔の軍隊は、こんなふうにむちゃな命令で、むちゃな戦争をはじめたんだね」

 という言葉が重い。

むちゃな命令でむちゃな戦争 - コピー.jpg


(ちなみに、この、のび太の暴走は、その後、ワッペンの威力を無効にする方法に気づいたジャイアンたちが、のび太の家を取り囲むというクーデターで終わりを迎える)

 「階級ワッペン」と「どくさいスイッチ」は、どちらもてんとう虫コミックス15巻収録で、前者は1977年4月、後者は6月に発表されている。

 この時期の藤子F先生にとって、「暴走する権力者の心理」が一つのテーマだったのかもしれない。



 誕生50周年を超え、今、さらにその奥深さが注目されているドラえもん。

 当ブログでも、ドラえもんの(とくに大人が読んで圧倒される鋭さがある)作品のいくつかをご紹介させていただいている。

 併せてご覧いただければ幸いだ。


(「どくさいスイッチ」収録のてんとう虫コミックス15巻〈「階級ワッペン」「ポータブル国会」「ゆめのチャンネル」「こっそりカメラ」など、名作ぞろいの巻〉)




当ブログ関連記事:

(戦争、社会の問題が描かれたドラえもん作品のご紹介記事)













(宇宙人が登場するドラえもん作品のご紹介記事)





(大長編「ドラえもん」ご紹介記事)





(そのほかの戦争や社会の問題に関連した話題のご紹介記事)









posted by pawlu at 19:49| ドラえもん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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