『のび太の宇宙小戦争(リトルスターウォーズ)』は、小さな人々が住むピリカ星の少年大統領パピを助けたのび太たちが、恐怖政治を敷く独裁者に戦いを挑む物語だ。
『映画ドラえもん のび太の宇宙小戦争 2021』スペシャルPV【2022年3月4日(金) 公開】
そして、このたび重なる延期で、奇しくも作品の世界観と世界情勢の緊張感がリンクした。
既に実現可能な監視技術や、独裁者によって自由を奪われた人々の苦しみと戦いが描かれた、今観るべき作品だ。
普段はこずるい奴のイメージがあるスネ夫が、プラモデル制作のスキルや、勇気を見せるシーンも見どころになっている。
(※注、今回の記事は一部原作漫画のネタバレを含みます)
目次
あらすじ
ある星で反乱が起き、大統領が、彼を守る人々によって、ロケットで強制的に宇宙へ避難させられた。
そのころ、スネ夫とジャイアンと一緒に特撮SF映画を撮影していたのび太は、ドジを踏んで撮影から外されてしまう。
悔しがって、今度はしずかちゃんとドラえもんと特撮映画を撮り始めていた時、偶然撮影場所で小さなおもちゃのロケットを見つけ、撮影に使えそうだからと家に持ち帰る。
しかし、そのロケットはおもちゃではなかった。
それは、のび太の手のひらに乗るほど小さな宇宙人たちの住む、ピリカ星のロケットで、乗っていたのはその星の少年大統領パピだった。
パピはロケットを持ち帰ったのび太たちの前に姿を現し、自分は恐ろしい敵に狙われていると、切れ切れに事情を話す。
(補足)
おそらくこの「ピリカ星」の名前は、「美しい」「豊か」という意味を示すアイヌ語「ピリカ」がもとになっている。
パピの住むピリカ星は、反乱者ギルモア将軍に乗っ取られ、ギルモア配下の情報機関PCIA(ピシア)の長官ドラコルルが、地球にたどり着いたパピの行方を捜していた。
ギルモアとドラコルルは、既に彼らに逆らう人々を大勢殺害している恐ろしい人物だった。
一方、のび太を外して出木杉君をブレインに特撮映画を撮影していたスネ夫とジャイアンは、突然現れた謎のクジラ型宇宙船の攻撃を受ける。
のび太とドラえもんの嫌がらせと思い込んで、野比家に殴りこんだ二人は、そこでパピに出会い、あのクジラ型宇宙船がドラコルル長官のものだと聞かされる。
パピの危険を知ったジャイアンとスネ夫はのび太たちと一緒に、ドラコルル長官からパピを守ることを約束した。
その後、パピの行方を捜すドラコルル長官は、超小型探査球(スパイボタル)でドラえもんたちを監視し始める。
昼夜を問わず付きまとうホタルにいら立つジャイアンに、「気にしたらきりがないよ。かんじんなところさえみせなけりゃいいのさ」と、冷静に言い聞かせるスネ夫。
しかし小さなスパイボタルはジャイアンのポケットに忍び込み、大統領パピの居場所(しずかちゃんの家にドラえもんが設置した「かべ紙秘密基地」の中)が明らかになってしまう。
一方、そのことに気付いていないドラえもんたちも、スパイボタルの命令電波を逆探知して、ドラコルルのクジラ型宇宙船が裏山に隠れていることを突き止めていた。
スモールライトでパピと同じ大きさまで小さくなり、武装したスネ夫のラジコン戦車で、ドラコルルをつかまえ、そのままピリカ星に乗り込もうとする。
急いでいるからと、そのとき留守だったしずかちゃんには何も言わないで。
しかし、そのせいで、帰宅後、小さくなってパピを尋ねていったしずかちゃんが、パピを捕らえに来たドラコルルたちに見つかり、人質にされてしまう。
ドラコルルたちを見つけられずに戻ってきたのび太たちは、しずかちゃんがつかまったことを知り、元の大きさに戻ろうとするが、基地に置いてあったスモールライトは、ドラコルルたちに奪われてしまっていた。
(補足)
このピンチについて、「ビッグライト(照らしたものを大きくするライト)は?」と思う人もいるかもしれない。
実はドラえもんのひみつ道具は使い捨てが多く、いつも同じものを持っているとは限らないのだ。
(てんとう虫コミックス『ドラえもん』45巻「四次元くずかご」より)
パピは自分の身柄とひきかえにしずかちゃんを助けようとして、ひそかに姿を消す。
夜の公園で、ドラコルルとの駆け引きの末にしずかちゃんを解放させ、代わりに拘束されたパピ。
なぜ助かったのかわからないしずかちゃんが、クジラ型宇宙船から逃げ出して振り返ると、彼女を解放した宇宙船が飛び立った。
そして、それを必死で追いかけるそら豆大の犬が、悲しげな遠吠えとともに叫んだ。
「せっかくはるばるとピリカから来たのに〜〜〜〜!!」
そら豆大の犬の名前はロコロコ。
ギルモア将軍に反抗し、秘密基地に潜む人々とともに決戦に挑むために、パピを探しにきた、パピの愛犬だった。
ピリカ星に連行されたパピに待つのは、形式だけの裁判と、ギルモア反対派を完全に抑え込むための死刑。
パピに助けられたしずかちゃんと、正義感に燃えるジャイアンは、パピを助けだそうと訴える。
「ぼくらが宇宙戦争なんてはじめて勝てるわけない!」
制止するスネ夫。
ドラえもんは口を開く。
「勝てるとしたら……道はひとつ。ピリカ星へ行って、スモールライトをとりかえすことだ」
ピリカ星へ行く方法はある。パピが乗ってきた大統領のロケットが、まだ残されていた。
ドラえもんたちはロコロコの案内で、ピリカ星を取り囲む小衛星群の中に隠された「自由同盟」の基地へと向かう。
注目ポイント1 スネ夫の活躍(プラモデル制作スキルと勇気)
スネ夫といえば鼻持ちならないお坊ちゃんのイメージだが、実はプラモデル製作の優れた技術を持っている。
(プラモに関しては、名人であるいとこからの厳しい指導も甘んじて受ける努力家だ。〈てんとう虫コミックス『ドラえもん』32巻「超リアル・ジオラマ作戦「より〉)
そんなスネ夫は、自作の高性能のプラモで、PCIAからパピを守ろうとする。
(その出来栄えは、スパイボタルのカメラで彼の「プラモ軍団」を観たドラコルルたちが、「恐るべき軍備だ。あの少年は地球の兵器製造大臣に違いない」と脅威を感じるほど)
一方で、他の大長編では、ピンチになると誰よりも怯え、この作品でも、ぎりぎりまで戦いに参加したがらないスネ夫。
(『大長編1のび太の恐竜』より)
(敵は星全体に恐怖政治を敷く独裁者、そして他の回でも、肉食恐竜とそれを狩る密猟組織や、地球を攻め滅ぼそうとするロボット軍団が相手なのだから、臆病と言うより、現実を見ているだけなのだが)
しかし、ドラえもんたちの留守中に「自由同盟」本部が無人戦闘機の一団に攻撃され、しずかちゃんが彼が作ったラジコン戦車で立ち向かおうとしたとき、ついにスネ夫も勇気を振り絞る。
しずかちゃんをラジコン戦車で追いかけてきたスネ夫のつぶやき。
「しかたないじゃない……女の子一人で危険な目に……いくらぼくだって……」
彼の心根の優しさが、諦め混じりにでも恐怖に勝ったことが伝わる名台詞だ。
(言葉にも表情にも、「ふつうの人」らしさがにじんでいるからこそ、心に響く)
注目ポイント2 科学技術の悪用と暴君の人間不信
彼らが、反対勢力の動きを探るために、さまざまな科学技術が使われている。
対象を追跡する、カメラ付きの超小型探査球スパイボタル。
敵の兵器に付着する小型発信機(盗聴機能付き)
町中に掲げられたギルモア将軍の肖像に仕込まれた、監視カメラ。
この作品が発表された1985年時点の読者にとっては、SFの世界のことだったが、現在は全てほぼ実現可能な(そしておそらくもうある程度稼働しているだろう)技術だ。
これらによって、ドラえもんたちはたびたび危険に見舞われる。
そして、パピ側の人々「自由同盟」の潜入先を探す、無人戦闘艇(シャチ型)。
自動で敵を追跡して攻撃、最後には自爆で敵を巻き込む上、破壊されたときには盗聴機能付き小型発信機をばらまくという恐ろしい機能を持っている。
ただ、この兵器は、結果としてギルモア将軍の弱点にもなった。
ドラえもんたちと「自由同盟」の人々の潜入先に、無人戦闘艇の大群が迫ったとき、そこにいたしずかちゃんがためらわずに戦車で迎撃したのは、それが無人と知っていたからだ。
人間が乗っていたら、いくらパピを助け出すためでも、しずかちゃんには撃墜できなかったかもしれない。
ギルモア将軍がテレビ電話でドラコルルに無人戦闘艇の出撃命令を出したとき、ドラコルルは「空軍の主力をさしむけたほうが……」と言うが、ギルモアは「人間は信用ならん」と一蹴する。
指示を受けたドラコルルは、ギルモアに背中を向けた時、
「なるほど、反乱を恐れているのか、自分の不人気をよ〜〜くごぞんじだ」
と、ひそかに冷笑している。
恐怖で人を支配する独裁者が、歴史上繰り返してきたことなのだろう。
だが、『ドラえもん』に、こうした独裁者の内部の人間への不信感や、直属の部下も本当の意味では味方ではないことまでしっかりと描かれていることに、いまさらながら驚かされる。
注目ポイント3 戦いに向かう人々
「おいていくなんていってみろ、ぶんなぐるぞ!!」
ジャイアンらしいせりふで、ドラえもんの頭をぐりぐり撫でながら快諾するジャイアン。ロコロコも勇んで加わった。
「どうしてあたしが行っちゃいけないの?」
「るすを守ることも大事なんだ」
ドラえもんになだめられたしずかちゃんは、涙を浮かべてのび太の両手を握りしめた。
「気をつけてね。きっと帰ってきてね」
優しく笑うのび太。
ジャイアンが「おれがついてるよ」と請け合った。
だが、ドラえもんたちが基地を出発したあと、前の戦闘でスネ夫のラジコン戦車に付着した小型発信機からの信号を受け、無人戦闘艇の大群が基地を襲撃する。
わずか11機の戦闘機で迎撃にむかうピリカの人々。
警報のサイレンが鳴り響く中、しずかちゃんはスネ夫を探す。
スネ夫は薄暗い倉庫の片隅で息をひそめていた。
しずかちゃんに、今こそ戦車が役に立つ時だ、と言われたスネ夫は泣きだした。
「敵は何百、何千だよ、かなうわけないだろ!だからこんな星にくるのはいやだったんだぁ!」
しずかちゃんは黙って倉庫から出て行った。スネ夫の制止を背中に聞いて。
そして、スネ夫から操縦を教わったばかりのラジコン戦車に乗り込んだ。
「そりゃあ、わたしだってこわいわよ……。でもこのまま独裁者に負けちゃうなんて、あんまりみじめじゃない!!やれるだけのことを、やるしかないんだわ」
このしずかちゃんの覚悟が、スネ夫も動かすことになる。
以前読んだときは、ただ、「名場面」だと思っていた彼らの言葉や行動が、今はより重みを感じさせる。
注目ポイント4 恐怖政治下の世の中と国民
今は、ギルモアの肖像についた監視カメラがいたるところで光り、町は静まり返っている。
息を殺すようにして暮らしながら、いつどこにいてもPCIAに見張られている人々。
(すでに将軍に反対した大勢の人間が消されている)
「自由同盟」のメンバーは約600人、対するギルモア軍は80万人。
数の上では圧倒的に不利な状況だが、元治安大臣でパピをサポートするゲンブは、勝機はあると考えていた。
「ピリカ一千万人の国民のほとんどが、ギルモアをおそれ、憎んでいる。だから……自由同盟が火の手をあげれば……。みんなわれもわれもと立ち上がって、大暴動になる可能性がある。われわれはそこに賭けているのです」
ゲンブがドラえもんにそう語っているころ、裁判で死刑を言い渡されたパピは、鎖につながれた両手を上げて毅然と告げる。
「ひとつだけいっておこう。こんな無法がゆるされる日も永くはないぞ。やがては国民の怒りがピリカの空に燃え上がり、独裁者を焼き尽くすことになるだろう!」
【補足】 もうひとつの名作『のび太と鉄人兵団』
作品に描かれた世界が、今ほど読者に響いたことはなかっただろう。
この作品を観ること、あるいは読むことを通じて、自由と平和の大切さ、科学を正しく利用することなどについて、保護者の方とお子さんでぜひ話し合ってみていただきたい。
(今の時代に新しいドラえもんの映画が上映されることは素晴らしいことだが、原作も本当におすすめだ。第二次大戦を知っている世代の藤子F先生だからこその実感や洞察がある。)
また、この作品に続く大長編7の『のび太と鉄人兵団』も読んでいただきたい。
大長編ドラえもん (Vol.7) のび太と鉄人兵団 (てんとう虫コミックス) - 藤子・F・ 不二雄
こちらは、ロボットだけが住むメカトピア星から、ロボット軍団が人間を奴隷にするために地球に攻めてくる物語だ。
彼らのスパイで人間そっくりのロボット少女リルルは、最初、「人間みたいな下等生物が支配者(ロボット)のために働くのは当たり前じゃない」と言い、自分たちの行動が正しいことだと信じている。
また、あるキャラクターは、行き過ぎた競争精神の危険について語っている。
「自分の利益のためには他人をおしのけてもという……。弱い者を踏みつけにして強い者だけが栄える、弱肉強食の世界になる」
自由と平和を奪われた社会を描いた『宇宙小戦争』に対し、『鉄人兵団』は、なぜ他人を踏みつけにし、戦争を起こしてもいいと思うようになるのか、その心の内側を描いている作品だ。
両方読むと、自由と平和、そして思いやりの心が、きれいごとではなく、この世界に確かに必要なのだと、より深く実感できる。
そして、この言葉も、今こそ、現在を生きるあらゆる世代、立場の方に読んでいただきたい。
大人になって、のび太と結婚することになったしずかちゃんの結婚前夜、彼女のお父さんが贈った言葉だ。
(『ドラえもん』25「のび太の結婚前夜」(てんとう虫コミックス)より)
「のび太君を選んだきみの判断は正しかったと思うよ。あの青年は人のしあわせを願い、人の不幸を悲しむことのできる人だ。それがいちばん人間にとってだいじなことなんだからね」
大長編ドラえもん6 のび太の宇宙小戦争 (てんとう虫コミックス) - 藤子・F・不二雄
大長編ドラえもん (Vol.7) のび太と鉄人兵団 (てんとう虫コミックス) - 藤子・F・ 不二雄
ドラえもん (25) (てんとう虫コミックス) - 藤子・F・ 不二雄
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