(コロンボと、犯人クレイトン〈ローレンス・ハーヴェイ〉)
(Image Credit:Youtube)
「断たれた音」(1973年)はチェスのチャンピオン、クレイトンが、彼と対戦するためにカムバックした往年の名選手の殺害を企てるストーリー。
イギリスの舞台出身で、本作完成後に45歳の若さで世を去ったローレンス・ハーヴェイが、耳の聴こえない犯人クレイトンを演じた。
※2022年1月現在、動画配信サイトhuluで、新旧「刑事コロンボ」シリーズが視聴可能
❝(NHK HP内あらすじ)BSプレミアム2022年1月8日16:16放送
何度見ても新しい!ミステリードラマの金字塔。現役チェス・チャンピオンがかつての名人を殺害!冒頭に登場するチェスをモチーフにした犯人の悪夢のシーンが印象的。
チェスの世界でチャンピオンとして名をはせるクレイトンは、かつてのチャンピオン、デューデックとの世紀の対決を控えていた。試合前夜、二人だけで行った勝負の結果は、クレイトンの惨敗。追い詰められたクレイトンは、デューデックを地下のゴミ粉砕機に突き落とし、彼が試合におじけづいて逃げたように工作する。しかしデューデックは一命を取りとめ入院。クレイトンは彼の息の根を止めるため、再度犯行に及ぶ
見どころ1 クレイトンの悪夢と時代背景
オープニング、クレイトンは自分がチェスの盤上に立ち、巨大なチェスの駒にじわじわと取り囲まれる悪夢を見る。
自分を追い詰めるキングの駒の顔が、対戦者デューデックに重なり、声にならない叫びをあげるクレイトン。
この強烈な幕開けには、ドラマが制作された1970年代のチェスの時代背景がある。
当時、アメリカとソ連は冷戦下にあり、長年チェスの世界大会で勝利を独占していたソ連の牙城をどう崩すか、どう死守するか、それは、選手個人の勝敗を超え、国家間のプライドを賭けた戦いになっていた。
(当時、チェスの世界大会は「知の代理戦争」とまで言われていた。)
1972年、無敗のソ連にアメリカのボビー・フィッシャーが勝利したことは、全米で大ニュースになった。
(ボビー・フィッシャーのドキュメンタリーと映画)
(※補足:「名探偵ポアロ」にもロシアのチェスの名手が登場する『ビッグ4』という作品がある)
「断たれた音」はこの出来事の後(1973年3月)に放送されたドラマだ。
クレイトンの対戦相手デューデックの出身国は、ソ連ではなく架空の国に置き換えられているが、当時の視聴者は、ボビー・フィッシャーの勝利を覚えていただろう。
(一瞬だが、クレイトンの試合時、アメリカの国旗と向き合う形で、対戦者デューデックの架空の祖国の赤い旗が見える。当時の視聴者ならそこにソビエトの国旗をイメージしたはずだ)
クレイトンが、試合前に多くの記者に囲まれていたこと、デューデックのコーチ、ベロスキー(ロシア的な響きの名前)が、デューデックの一挙一動に神経を尖らせ、彼に異変が起きた時、即座にコロンボたち警察、FBI、自国大使館にまで連絡をとっていることも、チェスの世界戦が国家の威信を賭けたものだったからだ。
クレイトンが極端に敗北を恐れ、彼に温かく接した、偉大な前王者デューデックを葬ろうとした動機も、おそらくここにある。
彼の勝敗は、アメリカ中の関心事だったのだ。
(クレイトンの犯行は、彼の精神状態を心配して駆けつけたデューデックの同情を逆手に取った悪質なもので、彼の元恋人リンダが言う通り、彼の「卑劣な」性格が起こしたものだが、この「チェスの東西冷戦下の意味」も、彼を追い詰めていたのだろう。)
(クレイトンを落ち着かせようとするデューデック)
(Image Credit:Youtube)
見どころ2 『溶ける糸』との類似点と相違点
コロンボファン必携の名著『刑事コロンボ完全捜査ブック』には、「断たれた音」(1973年3月4日放送)のひとつ前に放送された第15話「溶ける糸」(1973年2月11日放送)との関係についてのこんな指摘がある。
2つの前例(「悪の温室」と「溶ける糸」)が、どちらもゲストスタッフによる優れた工夫であったことを考えると、今回(ブログ筆者補「断たれた音」)のそれはレヴィンソン、リンク、ギリス(補、原案、脚本を担当した当時の「刑事コロンボ」シリーズの功労者たち)というメインスタッフから彼等への感謝と挑戦が半々のアンサーだったとも思えるのである。
その仮説に立って比較してみると、前作「溶ける糸」との関連は興味深い。
(中略)
自信家でどこまでも冷静な「溶ける糸」のメイフィールド医師に対し、ローレンス・ハーヴェイ(名演!)は、その知性と傲慢さの裏に強度のコンプレックスが見て取れる点で個性的である。
逆に類似点も、例えば、犯人が入院中の被害者の薬に細工をして容体を急変させるという、隣り合ったエピソードとしては異例なほど似たシークエンスがあること、どちらも被害者と親しく犯人を嫌っている女性が登場することなど、偶然とは思い難いものを数えることができる。
(『刑事コロンボ完全捜査ブック』EPISODE16「断たれた音」p.65)
「刑事コロンボ」シリーズは、メインの制作者以外に、ゲストの脚本家や監督が携わることがあった。
「溶ける糸」はゲストの作品、「断たれた音」は従来のメンバーの作品。
「断たれた音」は「溶ける糸」のポイントを敢えて踏まえ、違う魅力のある作品を生み出したのではないか、という指摘だ。
「溶ける糸」の犯人は心臓外科医、「断たれた音」はチェスチャンピオンと、境遇は異なるが、確かに二作品には共通点が多い。
・人格温厚で優秀な先輩に自分の成功を阻まれそうになったために殺すという動機
・女性が被害者を慕っている一方、周囲からは評価の高い犯人の本性を見抜いて嫌っている
・被害者が一度入院し、その生死の行方がドラマに緊張感を添えている
こうしたドラマの筋立てだけでなく、犯人、被害者、被害者をサポートする女性の背格好まで似ている。
・犯人は長身でスマート、ダークヘアで知的な顔立ち
(「溶ける糸」の心臓外科医、メイフィールド〈レナード・ニモイ〉)
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(「断たれた音」の、クレイトン)
・女性は生真面目な雰囲気で金髪の美人
(「溶ける糸」のシャロン)
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(「断たれた音」のリンダ)
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・被害者はやや長めの銀髪に口ひげの、温厚さがにじみでた風貌
(「溶ける糸」のメイフィールドの台詞)君は立派な刑事だ。知性もあり、勘も鋭い。そして粘り強い。だが証拠がないのが惜しいなあLuitenant Columbo,you're remarkable.You have intelligence.You have perception.You have great tenacity.You've got everything except proof.
(「断たれた音」のクレイトンの台詞)コロンボ君。君は愛想のいい男だ。よく働くし、その熱心さは尊敬に値する。だが芝居だけはやめてくれ。Luteinant, you're plesant enough man.You work hard and I respect your motivations,but please stop this pretense.
一方、『完全捜査ブック』の指摘にある通り、数多くの類似点を持ちながら、犯人の性格は真逆といえるほど異なっている。
計画外の事態が起きても、粛々と障害(他人)を排除する、悪魔と機械の狭間のような「溶ける糸」のメイフィールドと、犯行の前から、悪夢にうなされるほどデューデックを恐れるクレイトン。
(そして、前者は並外れた冷静さが、後者は精神的な脆さが、犯行の綻びとなった)
二つの作品は、コロンボ(ピーター・フォーク)VS犯人(を演じる俳優)の対決なだけではなく、犯人役のレナード・ニモイとローレンス・ハーヴェイの対決にもなっている。
この試みは、もしも二人に実力差があったら、(容姿に共通点があり、どちらの脚本も優れているだけに)それが際立つ残酷な結果になっただろうが、二人の名演技は、特に犯行とコロンボへの敗北の瞬間の表情に、鮮烈なコントラストを生み出した。
日本の和歌の世界にも、同じ題を出された歌人たちが、作品の優劣を競う「歌合」という遊びがある。
これと同じように、「溶ける糸」と「断たれた音」は、共通のテーマを盛り込みながら、どこまで特色が出せるかという競演だったのではないだろうか。
(「溶ける糸」側のゲスト製作者や両作品の俳優たちが事前にそれを了解していたかはわからないが、チーム・コロンボの人々は、それを狙い、レナード・ニモイとローレンス・ハーヴェイの実力が、この不思議な対決を見事に完成させた)
それぞれ単独で名作として成立しているが、一対の作品として観ると、また違う面白さがにじみ出てくる、豪華で大胆な知的遊戯。
だが、一般家庭に録画機器が無かった時代、この試みは、スタッフと、熱狂的なファン以外には伝わらない、ひそやかな仕掛けでしかなかっただろう。
(コロンボ自身「黒のエチュード」(1972年9月放送)の中で、テレビの再放送を見て「録画があった!」とようやく気付くシーンがある。)
現代の視聴者である私たちは、録画、ディスク、ネット配信と、様々な方法で、二つの作品を気軽に楽しむことができる。
この贅沢な知的遊戯を是非見比べてみていただきたい。
「あともう一つだけ」 獣医ベンソン先生
「断たれた音」には、「黒のエチュード」に続き、コロンボのバセットハウンドと獣医のベンソン先生が再登場する。
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ベンソン先生、コロンボとうまが合うらしく、今回は治療後、犬の麻酔が切れるまで、コロンボとチェッカーというゲームに興じている。
(ちなみに治療は「耳に入ったエノコログサをとってもらった」というもの)
大きな眼鏡がよく似合う、上品でいかにも頼りになりそうな先生を演じたのはマイケル・フォックス。
(Image Credit:Youtube)
法廷弁護士ドラマ「ペリー・メイスン」シリーズの検死官役のほか、医者の役をよく演じていた。
(『刑事コロンボ完全捜査ブック』p・64より)
映画「バック・トゥ・ザ・フューチャー」で日本でも大人気となったマイケル・J・フォックスは、このベンソン先生役のマイケル・フォックスを意識して、芸名に「J」を付け加えたそうだ。
【当ブログ「溶ける糸」ご紹介記事】「あたしゃねぇ!あんたがシャロンを殺したと思ってる!!」(刑事コロンボ「溶ける糸」より)コロンボ激怒の瞬間
【画像引用動画】※2022年1月時点公開のもの 英語音声 作品の重要シーンや結末部を含む(断たれた音)(犯行)
(事件発生直後のクレイトンとコロンボ)
(デューデックの入院している病院で話すコロンボとクレイトン)(事件直前のデューデックについて尋ねるコロンボ)(結末部)(※ネタバレ注意)(溶ける糸)(メイフィールドがハイデマン博士に最初の手術をするシーンから、メイフィールドの犯罪に気付いたシャロンが殺害されるまでのダイジェスト)
(メイフィールドを追及するコロンボ、ハイデマンの二度目の手術から結末までのダイジェスト)(※ネタバレ注意)(「断たれた音」でベンソン先生とチェスをするコロンボ)
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