刑事コロンボの「死の方程式」は、素行の悪い甥が、会社での地位を狙って、社長である叔父を、葉巻に仕掛けた時限式爆弾で殺害するストーリー
名優ロディ・マクドウォールが演じた犯人ロジャーの、知能は高いがどこまでも軽薄なキャラクターと、断崖絶壁をゆくロープウェイでの、コロンボとロジャーの緊迫の会話シーンが見どころだ。
(事件現場へ向かうロープウェイ)
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(コロンボの「高い所苦手顔」も味わい深い)
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ロジャーの吹替は、数々の名優、名キャラクターを演じた野沢那智。
粋な声で、ひねりの効いた台詞が際立つ。
ジャズやディスコなどの70年代のスタイリッシュな音楽がふんだんに使われ、耳でも楽しめる作品だ。
父が築いた大会社の御曹子であるロジャーは、現社長の叔父に過去の悪事を調べられ、会社を辞めるよう勧告される。その上、叔父は会社を売ろうともくろんでいた。ロジャーは叔父の殺害を決意し、手製の爆弾を愛用の葉巻に仕掛ける。叔父は山荘に向かう車の中で葉巻ケースを開け、車は爆発炎上・・・。その後コロンボは、ロジャーのささいな行動から彼に目をつけるロジャー役のロディ・マクドウォールは、映画『猿の惑星』『フライトナイト』シリーズで人気を得た。同役吹き替えの野沢那智は、アラン・ドロン、アル・パチーノ、ブルース・ウィリスなど数多くの吹き替えを担当した。
・ロジャーのキャラクター
犯人のロジャーは、女好きで陽気、奔放な言動に派手なファッションと、どこか「ルパン三世」に似ている。
しかし、似ているのはあくまで上辺だけ。
愛嬌と知能以外のルパンの長所(盗みの美学や、仲間との絆、女性に鼻の下を伸ばすが基本的には優しいところなど)が、ロジャーにはかけらもない。
それどころか、少年の面影を残す童顔と、お調子者のキャラクターを最大限悪用して、鼻歌交じりに爆弾を作り、人々を陥れる「悪党」だ。
(自分のオフィスの暗室で手際よく爆弾を作るロジャー)
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※ちなみに、野沢那智氏はパイロット版のルパン三世を演じたことがある。また長年ルパン三世を演じた山田康夫氏も、ロディ・マクドウォールの声を何度か担当している(『猿の惑星』の、猿の学者コーネリアス役など)。
ロジャーの叔母のドリス(ロジャーの父の妹、現会社社長の叔父バックナーは彼女の夫)と秘書の女性ビショップは、ロジャーを憎めない男と思い、苦笑混じりに愛情を注いでいるが、ロジャーの目に映る彼女たちは、「利用できる道具」。
そしてロジャーを軽蔑し、会社の売却を機に追い出そうとしている叔父バックナーと、叔父をサポートする運転手クインシーは「取り除くべき障害」だった。
元警官のクインシーが調べ上げたロジャーの素行をネタに、会社から去るように叔父から脅されたロジャー。
(叔父バックナー〈左〉と運転手でロジャーの素行の調査役だったクインシー〈右〉)
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すでに雲行きを察してか、葉巻爆弾を作り終えていた彼は、「負けました」とあっさり引き下がるふりをし、社長室から出ていこうとするが、ふと踵を返して、叔父の頬をぴたぴたと叩く。
「おやすみ、おじさん」
ロジャーが交渉に応じたことに気をよくしていたバックナーは、ロジャーのいつものおちゃらけと思って、ただ苦笑いして流す。
経営者としてはしたたかで、きっちりロジャーの弱みも握っていたバックナーだが、さすがの彼にも読めなかった。
それが自分の人生に向けられた最後のあいさつであること。
彼がまさに見下していた、ロジャーの軽薄無反省な性格は、殺人さえためらわないほど危険なものであったことを。
(この、社長室でのロジャー、バックナー、クインシーのやりとり、三者三様の感情が透ける演技が見事だ。)
・ロディ・マクドウォールの緻密な演技
他人に対して平気で残酷なことをやってのけるロジャー。
しかし、それは何かの鬱屈や、加虐心からではなく、とにかく他人については、自分の利害以外、全く何も考えていないから。
その無思考ぶりを、ロディ・マクドウォールが見事に表現している。
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1、爆弾を仕掛けるシーン
時限爆弾入りの葉巻の箱を、叔父の車に仕掛けようとするロジャー。
叔父の車の整備係に、自分の車の様子がおかしいから見てほしいと頼み、その隙に車にあった葉巻の箱を、爆弾入りのものとすり替え、確実に箱を開けるよう、ダッシュボードにあった葉巻も抜き取る。
それが整備係にも、会社から出てくる叔父と運転手のクインシーにも見つからないようにと、目をくばるロジャー。
しかし、その、「彼なりには緊張しているのかもしれない顔」、ベロを出した半笑いのような、奇妙なしかめっ面には、彼が、自分の犯行について、「小学生が嫌いな先生の持ち物にカエルのおもちゃをしのびこませる」程度の意識しか持っていないことがありありと出ている。
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権力欲しさに二人の人間(しかも一人は雇い主の指示を受けて動いただけの人物)を爆死させるというのに。
その後、叔父の乗せた車が出発したのを見届けると、ロジャーは葉巻に火をつけ、大きく煙を吐き出す。
確実に叔父とクインシーを葬るために、車のダッシュボードから盗んだ葉巻のうちの一本を。
(この時の表情がまた酷い)
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ロジャーはこの葉巻を、ビショップとのデートでディスコに行くときも持参している。
退廃的なディスコと、雷鳴の中、山道を走る叔父たちの乗る車内の光景が交錯する。
(ロジャーが盗んだために)どこにも葉巻がなかったので、クインシーに渡された葉巻の箱を開ける叔父。
ビショップにしなだれかかられながら、セクシーなダンサーによそ見をした後、そろそろ爆発する頃合いかと、ビショップの肩に回した腕の時計に、さりげなく目をやるロジャー。
そして、ロジャーが暗室の秒数計で実験した通り、開けてから60秒が経過した葉巻の箱から火花が散り、車が爆発で砕け散った。
ディスコの煽情的な音と光、暗い山道の雷鳴と爆発がオーバーラップするこの場面は不遜で、ロジャーの人間性を象徴している。
2、電話の録音音声を聴くシーン。
叔母のドリスは行方不明になった夫を心配して、警察に電話。そして、「えりぬきの刑事」としてコロンボが屋敷にやって来る。
ロジャーは、叔父さんたちはどこかに寄っているだけだ、と、取り乱す叔母をなだめるが、コロンボは、そんな簡単なことではないと考えていた。車中から電話があった直後、連絡がとれなくなったからだ。
その時の叔父の声は、留守番電話に録音されている。
それを聞いたロジャーの顔から、笑みが引いた。
録音を再生するコロンボたち。
録音の中で、叔父は叔母に伝言を残しながら、葉巻の箱を開けている。
車中の会話でそれがわかったロジャーの視線が、録音機とコロンボ達、そして暗室での起爆実験の記憶の間で、せわしなくさまよう。
爆発まであと数十秒、それまでに電話が終わらなかったら……。
ロジャーは無意識に袖をめくって時計を見た。
録音を聴いていたコロンボは、ロジャーの動きに気づいた。
が、何も言わずに、彼の様子を時折さりげなく盗み見る。
爆発より前に、叔父は電話を切った。
帰り際、コロンボはふと、ドアの前で彼を見送るロジャーに尋ねた。
「時計が狂うんですか?」
葉巻のことがばれずに済んだロジャーは、いつもの態度を取り戻していた。きょとんとした顔で、コンコン、と時計をつついて、耳に近づけた後、「いや、狂ってないよ、どうして?」と聞き返す。
「どうしてってこともないけれど、さっき、ちょくちょく覗いてたでしょ」
「何かと思えば……癖ですよ、よくあるでしょう」
「ああ……それもそうですな、どうも……じゃ、おやすみ」
「おやすみ」
これが、対決のはじまりだった。
叔父が葉巻を探し、箱を開けるちょうどそのときに電話をして、車中の状況が事細かに録音されている。そしてそれを聴いているロジャーがつい時計を見てしまう。
コロンボに大ヒントが与えられるこの場面、推理ドラマとしては、少し強引かもしれない。
しかし、優れた演技を見られるという点では名場面だ。
録音、コロンボと叔母の視線、起爆実験の記憶、時計の秒針の四つに気をとられているロジャーの表情。
お調子者の陽気さはぬぐったように消え失せ、押し殺してもなお、皮膚の下にのたうつ焦りと冷たい凶暴が、視線、左右の眉、頬、口元の小刻みな、ときに痙攣のような動きに閃く。
顔の上下左右各パーツに感情を乗せて、コンマ、ミリ単位で、自在に動く、ロディ・マクドウォールの表情演技。
もちろん、コロンボ役のピーター・フォークも負けていない。額をかく手の陰から、左右に流れる視線のはざまから、さりげなくロジャーの異変を観察している。
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(試しに録音を聴く場面で、動画速度を最も遅くして再生してロディ・マクドウォールとピーター・フォークの顔を観ていただきたい〈画面右下にある歯車マークの右クリックで指定可能〉。0.25%にしても、視線と表情筋が一瞬で自在に動いている。こういう繊細な技を、数十秒間台詞無しのアップで見せてくれる映像作品には、なかなか出会えない。)
(ロディ・マクドウィールとピーター・フォークの表情演技)
3、肖像を伏せる手
犯行後、ロジャーはクインシーの調査を捏造するために、彼が住んでいた部屋に忍び込む。
クインシーの机に偽の調査結果を置いたロジャーは、ふと机に飾られた写真に目をやる。
そしてそのフレームをポンポンと叩いた。
気軽に知り合いの肩を叩くように。
写真の中のクインシーは、美しい女性とくつろいだ様子で地面に腰を下ろし、幸せそうに笑っていた。
この時の工作のおかげで、叔母の信頼を得て、社長となるロジャー。
社長室の椅子に腰を下ろし、座り心地よさげにくるくると回ると、ふんぞりかえって足を机に投げだす。
叔父のものだった机に。
そこにはまだ叔父の小さな肖像画が立てられていた。
ロジャーは、これを伏せて、また、ポンポンとやった。
ぐずる子供を寝かしつけるように。
そこへコロンボと副社長のローガンが入ってくる。
ロジャーとローガンのやりとりの間、コロンボは伏せられた肖像画を手に取り、しげしげと眺めた後、
「えと、倒れたんですかね、こりゃあ」
トン、と、音をたて、再びロジャーと向き合わせた。
それまでローガン相手に調子よく喋っていたロジャーが言葉を失う。
「ねえ、刑事さん……取り立てて要件が無いんでしたら、帰ってもらえませんか」
ロジャーは目を伏せ、肖像画から顔をそむけていた。
自分が殺した人間の写真と肖像画をぽんぽんと叩くロジャー。
彼は、自分が相手の人生を奪ったことも、与えた恐怖や苦痛もまるで考えていない、だから、恐ろしいことが平気でできる。
一方、すでにロジャーを疑っているコロンボは、彼が伏せた叔父の肖像画を、「倒れたんですかね」と、とぼけつつ、トン、と鳴らして立て直し、ロジャーを、「故人」と「殺人」に、向き合わせる。
故人の肖像を扱う、ロジャーとコロンボ、それぞれの小さなしぐさが示す、二人の思考。
そして、叔父とクインシーの人生を、軽々しく無かったことにしようとしたロジャーは、この後、自分がしたことの意味を思い知らされる。
爆弾を作る知能はあっても「他者の痛みへの想像力」はいっさい持ち合わせていない。
そんな彼にも、いやというほどわかる形で。
この「死の方程式」という作品、TV局のごり押しで急遽制作が決定し、脚本の練り上げに時間が足りなかったという裏事情があったそうだ。
このため、「いくつもの名シーンがあるのに細部での詰めの甘さが散見される」、「じつにもったいない」作品と言われている。(町田暁雄『刑事コロンボ完全捜査ブック』p.48〜49より)
確かにこの作品に「緻密な構成のミステリードラマ」を期待して観ると、裏切られてしまうかもしれない。
だが、「想像力の欠如ゆえの無意味な残酷」という現代に通じるテーマ、それでいて、そんな危険な人物を、ドラマの中の悪役キャラクターとしては、ある種の愛嬌と哀れのある人物として演じきったロディ・マクドウォール(そして吹替の野沢那智)の演技力と、それを丁寧に追った場面。
(とくに、何かにつけて賑やかなロジャーがしゃべらないときのしぐさや表情に、彼の本性が垣間見える瞬間、そしてそういう人間が無残に敗北する結末は凄みがある。)
演技力の見せ場が多いということと、キャラクターの味という点では、コロンボシリーズの中でも屈指の見ごたえのある作品だ。
【参考文献】
【参照動画】※英語音声、作品の重要場面を含む(爆弾準備から殺人までのダイジェスト)The Look Of A Murderer Who THINKS He Got Away | Columbo(犯人ロジャーとコロンボの対面)Suspects Are NEVER Ready To Meet Columbo | Columbo(叔父の電話音声を聴くロジャーと、彼の態度に不信感を抱くコロンボ)Observations Of A Killer | Columbo(ロープウェイで現場に向かうコロンボ)COLUMBO... Is Not A Fan Of Heights | Columbo(工場で捜査をするコロンボと協力するふりをするロジャー)The Missing Clue | Columbo
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