「こっそりカメラ」は、スネ夫にビデオカメラで私生活を隠し撮りされて大恥をかいたのび太が、復讐のために未来のビデオカメラで、スネ夫を撮影しようとするお話。(てんとう虫コミックス15巻収録)
(この巻には「ゆめのチャンネル」「階級ワッペン」「どくさいスイッチ」などの名作も収録されている。)
スネ夫の盗撮行為をいさめずに、一緒になってのび太を笑いものにした友人たちも、思わぬ事態に巻き込まれていく。
あらすじ(ネタバレご注意)
道を歩いていても、家で昼寝をしていても。
「へんだなあ、この二、三日、誰かに付け回されている気がする」
のび太が目を向けるたび、誰かがすばやく隠れるような気配がするのだ。
気のせいでなかったことは、わりとすぐに判明した。
「苦労したよ、気づかれないようにとるんだからね。」
ビデオカメラを片手に、「ありのままのすがたがとれたよ。」と得意がるスネ夫に、おもしろそうだな、見せろよ。と、ジャイアンたちがニヤついて立ち話をしていた。
「ぼくにも見せて!」
のび太が混ざろうとしたら、スネ夫は、「のび太は見ない方がいいのに」と、妙にそっけなかった。
おもしろいものならぼくも見たい!と、食い下がって、上映会に参加するのび太。
(このほかに、ジャイアン、少年二人(はる夫と安雄〈よく登場する脇役友人、野球帽の少年が安雄、丸顔のほうがはる夫〉)、しずかちゃんが参加。)
野鳥か昆虫の観察記録なのかと期待していたら、
「のび太のしっぱい日記」
失礼なタイトルと、スネ夫の解説とともに次々と映し出される、のび太の「ありのままのすがた」。
「女の子に見とれているところ。」
そして、水たまりに足をつっこむのび太。(観客〈ジャイアンたち〉から笑い声が上がる)
「おい、へんなところとるなよ。」
「いいところを見せようと思って。」
道で遊ぶ小さな子に、けん玉を借りてお手本を見せようとしたものの、繰り返し失敗してこぶだらけになり、笑われながら立ち去るのび太。
「おひるね。あどけないお顔。」
鼻ちょうちんにヨダレを垂らし、熟睡するのび太。
「おやつのあとは、おさらもきれいにペロペロ。」
「もういいよ、やめろよ」
電柱に用を足そうとして立ち止まったら、その足めがけて犬に用を足されるのび太。
「やめろってば!!」
猛抗議するのび太に、「だから見ないほうがいいと言ったろ」と、スネ夫はニヤつき、ジャイアンも「怒ることないだろ」とヘラヘラのび太を制止した。
「ほんとにおまえがやったことばかりだろ」
安雄とはる夫も、ジャイアンに同意した。
「たとえばさ、かがみにうつした顔がみにくいからって、かがみにおこるのはまちがいだよ。」
と、はる夫。
「ようするにいつだれに見られてもはずかしくないように、生活してればいいんだ」
と、安雄。
「イエース」
スネ夫がなぜか英語でとどめを刺した。
「フーン……、みんなりっぱなこというなあ」
帰ってきて悔しさにむせび泣くのび太の話を聞いたドラえもんは、冷ややかな目にへの字口をとんがらせた、もの言いたげな顔で腕組みをしていた。
もちろん、この残酷な仕打ちを許す気は無い。
復讐として、スネ夫を撮影し返すために、未来のビデオカメラを取り出すドラえもん。
撮影機は昔ながらの8ミリビデオカメラに似ているが、「電送レンズ」は、小豆粒くらいに小さい。
機能を説明するために、通りすがりのママに、その小さな電送レンズを投げてくっつけた。
「うつさないの。行っちゃうよ」
「いまうつしてる」
ドラえもんはカメラを床に転がしたまま、のんびりねそべっていた。
そろそろいいか。
ビデオカメラの時間を戻すと、カメラがそのまま映写機になって、壁に映像が映し出された。
映像の中では、一階に降りたママが、鏡台に向かっていた。
鏡の前で少し不満そうなママ。
「ふしぎねえ……。だれにもいわれたことがないわ。こうしてニーッとわらうと……。池内淳子そっくりだと、思うんだけどな。」
(池内淳子 上品な色香漂う美人女優。『男はつらいよ』8作目「寅次郎恋歌」でマドンナを演じた。)
この映像を観たのび太とドラえもんはお腹を抱えて笑いながらやってきて、
「ママは池内淳子ににてるなあ」と、言ってあげた。
そして、な、なによ突然、と赤面するママから、ひそかにレンズを回収。
「ぼくはこそこそぬすみどりなんかしない。どうどうと予告する!」
カメラを手に表に出たのび太は、スネ夫たちを前に高らかに言った。
「スネ夫のありのままのすがたをとって、今夜大公開する!」
「ぼくの!?」
おもしろそうだな。必ず見にいくぜ。
さっきはのび太を笑っていたジャイアンたちが、また無責任に面白がっていた。
とれるものなら、とってみろ!
走り去ろうとするスネ夫の背中に、のび太は電送レンズを投げた。
しかし、このとき風が吹いて、小さなレンズはスネ夫のそばを歩いていた猫にくっついた。
のび太もドラえもんもこれに気づかず、家に帰ってしまう。
夕方、みんなに見せる前に試写をしてみたところ……。
猫の歩いている姿が映った。
続いて、しずかちゃんが両手で口を左右に広げ、目を上下にぎょろぎょろさせながら、あかんべーをしている顔。
「顔の美容体操ってほんとにきくのかしら。ベロベロバー。」
しずかちゃんの家の中を通り道にしているらしき猫が、しずかちゃんの変顔美容体操を見ながら廊下を歩いて行った。
「電送レンズをネコにくっつけたな!」
ふたりはようやく失敗に気づいたが、猫の行く先々が映し出されたその映像を「すごい記録映画になるぞ」と見続けた。
「きょうは塾へ行くのをさぼって、ゆっくりとマンガを立ち読みしよう」
本屋に入りびたり、サボり時間を堪能する安雄。(幸せそうに読んでいるのは『オバQ』)
「ひそかにためたハナクソがこんなボールになった。」
野球ボールを二回りほど大きくしたようなキングサイズハナクソを前に、嬉しそうに鼻をほじって引き続いての増量にいそしむはる夫。
窓の向こうで気持ちよさそうにお風呂に入るジャイアン。
湯に浮いてきた大きなあぶくにすかさず定規をかざすと、もろ手を挙げて満面の笑みとともに叫んだ。
「やったあ!!ついに直径五センチのおならアブクをつくったぞ」
そして、スネ夫。
ママのお使いも断り、カーテンも閉め切って隠れていたが、ついにママに引きずり出された。
「どうしておもらしするまで、おしいれにこもっていたざますか!」
夜、スネ夫以外の四人が野比家を訪ねてきた。
「スネ夫はきたくないって。」
「ぼくたちだけにみせてよ。」
のび太の部屋で待つ四人を前に、のび太とドラえもんは小声で話し合った。
「これうつしたらおこるだろうね。」
「……だろうね。」
「もったいぶらずにさっさとうつせよ」
「スネ夫のありのままのすがた」「だけ」を観られると思い込んでいるジャイアンはのび太たちをせかし、ほかの三人もそう信じて、ニコニコと笑っていた。
(完)
(結末部に、記録再生後、忍び足で去るドラえもんとのび太のカットが添えられている。)
注目ポイント1 凄腕潜入カメラニャン
ネコは、家々の塀を越え、窓際を歩いても、家によっては勝手に上がり込んでも気に留められない。
そしてターゲットは、ネコに見られたからといって、逃げたり見栄を張ったりする必要がないと思い込んでいるので、「ありのままのすがた」をさらしてしまう。
2017、8年頃から、アメリカやイギリスの自然番組で、小型カメラを野生動物自身に取り付ける、または、動物や雪の塊や卵などにそっくりの姿をしたカメラ付きロボットで撮影する手法が登場した。
(小型カメラを装着したチーター)
Image Credit: Yotube
(ウミガメ型のロボットカメラ)
Image Credit: Yotube
(NATURE | Animals with Cameras, Episode 2: Official Trailer | PBS)
こうした自然番組の「見えていても、気に留められない存在」のカメラは、警戒されずにターゲットのテリトリーに潜入し、至近距離から動物たちの「ありのままの姿」を記録している。
(家族にふざけて顔面パンチするチーター)
Image Credit: Yotube
(海水で薄めたフグ毒でハイになろうと、つかまえたフグを口にくわえて悪い笑みを浮かべるイルカ)
「こっそりカメラ」のかわいいカメラニャンは、このアイディアを1970年代前半(1973年10月発表)に実行して、衝撃映像をものにしているのだ。
Image Credit: Yotube
すぐにその価値に気づいて「すごい記録映画になるぞ」と言ったのび太も鋭い。
(マナーとしてはアウトだが。でもまあ、最初に盗撮されたのび太をバカにしたのはジャイアンたちだし……。)
そして、カメラが、スネ夫ではなく、人々のテリトリーの越境者である猫についたことで、盗撮を肯定し、他人のプライバシーを笑っていた友人たちの秘密も等しく暴かれていくことになる。
注目ポイント2 友人たちの発言とドラえもんのまなざし
「いつ誰に見られても恥ずかしくない生活をすればいいんだよ」
ゴシップとプライバシーの問題はいつもぶつかり合い、人の私生活の秘密を暴く側とそれを娯楽にする側の理屈は、安雄のこの台詞によく似ている。
しかし、彼らがのび太に投げたブーメランは、のび太を傷つけた後、見事に自分たちに戻ってきた。
いつ誰に見られても恥ずかしくない生活を24時間365日続けるなんて誰にもできない。
ドラえもんの「ふーん、みんなりっぱなこと言うなあ……」と言った時の、全然同意していない表情が、それを物語っている。
(ドラえもんの表情の中でも名作の一つだろう。「のび太の痛みに思いをはせながら、人生の幾山谷を越えた長老のような、世の中の裏表を知り抜いているような冷めた達観を漂わせ、相変わらずかわいくておもしろい」顔をしている)
きっとドラえもんは、自分だってそんな生活は無理だと自覚している。どら焼きがかかると意地汚いし、ネズミを見れば地球破壊爆弾を出そうとするし。
だから、ドラえもんは即座に「よしっ、きみも8ミリでスネ夫を撮れ!」と言う。
堂々と宣言して撮っても、プライベートを追い回せば、「イエース」と小憎らしい顔で笑っていたスネ夫だって、必ずどこかでボロを出すとドラえもんにはわかっていたのだ。
(そして案の定スネ夫は〈よっぽど身に覚えがあるのか〉即座にうろたえ、ありのままの姿で暮らすどころかトイレにもいかずに籠城してしまう。)
しかし、この作品でより印象深いのは、ストレートに復讐されたスネ夫よりも、自分たちだけは品行方正なつもりで面白がろうとしていたジャイアンたちのほうだ。
彼らは、自分が現在進行形で行っている「見られたら恥ずかしい」ことをきれいさっぱり忘れてのび太を嘲笑し「かがみにおこるのは、まちがいだよ」だなんて追い打ちをかけている。
そんな「りっぱなこと」を言う前に、ほんのちょっとも、塾カバンを下げたまま立ち読みする本屋、机の中のキングハナクソ、おなら計測用の定規が頭をよぎらなかったのか。
よぎればスネ夫にやめろと言えたかもしれないし、少なくともあんなかっこいいがゆえにかっこ悪い台詞を言わずに済んだし、そうすればのび太は復讐を思いとどまり、まわりまわって自分たちの秘密を暴かれずに済んだのに。
しかし、人が人をあざ笑っているときの脳内は、そんなものなのかもしれない。
腕組みしたドラえもんの冷めた目は、彼らの「(ご)りっぱな」言葉が棚上げしたものを見つめているようだ。
注目ポイント3 のび太のために怒るドラえもん
泣いているのび太の話を静かに聞いた後、どこに隠れようが全てを映し出してしまう恐ろしいビデオカメラを取り出すドラえもん。
確かにのび太はだらしないし、落ち度もあるが、そこを付け込まれ、みんなの笑い者にされて泣くのび太に、教育と世間体ありきの大人のように、そのタイミングで説教をしたりしない。
※(もちろん、ふだんのドラえもんは、のび太の生活態度を何度も注意している)(例:コミックス23巻「ぼくのまもり紙」)
そして、付け込んできた相手のことは許さない。
「のび太くんをばかにするということは、ぼくをばかにするということだ、ゆるせぬ!」(4巻「のろいのカメラ」より)
そんなふうに、まず、のび太の悔し涙に寄り添い、残酷なことをした加害者に対して一緒に腹を立ててくれるドラえもん。
味方としては理想的だが、ひみつ道具できっちり「目には目を」的な復讐をするので、敵にまわすと非常に恐ろしい存在でもある。
時代を40年以上先取りしたかわいい潜入カメラニャン。
正論風のことを言いながら他人のプライバシーを娯楽にする人々自身が棚上げしているもの。
そしてドラえもんの冷めた達観と、味方としての頼もしさ、復讐者としての容赦無さ。
『ドラえもん』の奥深い魅力が凝縮された一作だ。
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