2020年10月29日、アメリカの大統領選挙キャンペーン中、ロックグループ、ヴィレッジピープルのボーカル、ヴィクター・ウィリス氏が、BBCのニュースページでこんなコメントを出していた。
わたしたちはトランプ大統領を支持しないし、我々の曲、「YMCA」をトランプ大統領の選挙戦で使うことはやめてほしい。
「時事ドットコムニュース」によればトランプ大統領は、演説集会の時などに「YMCA」を流しているが、これを受けてトランプ大統領が使用をとりやめるかどうかは定かではないそうだ。
この話、日本の選挙のイメージからすると、二つのことが意外に感じられる。
1、演説集会で、候補者が有名な曲を使える。
2、使用にあたり、製作者たちの許可はいらないし、製作者たちが嫌だと言っても、法的に使用を止める権利はない。
アメリカ大統領選という国家的一大イベントの力は、作者の意向をしのぐらしい。
この「選挙での楽曲使用」の問題は連綿と続いていて、過去にはロナルド・レーガン大統領がブルース・スプリング・スティーン氏の「Born in The U.S.A」を使用し、ブルース・スプリング・スティーンが不快感を示したという話もある。
実は、前回2016年の選挙戦でも、この問題が話題になっていた。
このとき、当時候補者だったトランプ氏が使用したのはヘヴィ・メタルグループTwisted Sister(トゥイスティッド・シスター)の「We’re not gonna take it(それを受け入れるつもりはない)」。
1980年代、若者から自由を奪う大人や既存の権力に反抗する思いを、パワフルに、どこかユーモラスに歌ったこの曲は、当時の「アングリー・ティーンエイジャー(怒れる10代)」から熱狂的に支持された。
曲が大ヒットしたために、大人たちから「青少年に相応しくない暴力的な曲」とみなされ、ボーカルのディー・スナイダー(Dee Snider)氏が音楽倫理団体PMRC(ペアレンツ・ミュージック・リソース・センター)の公聴会に呼び出されたという逸話まである。
(その時のディーは、当時のトレードマークだった派手な髪形にサングラスとジーンズといういでたちで登場したが、まるで裁判所の被告人のように扱われながら、冷静に、理路整然と、彼らの曲に対する批判に反論した。)
この曲は、今も「エネルギーに満ち溢れた80年代」や「青春」の象徴のようにアメリカで愛されていて、人気ドラマ「スクールオブロック」や「コブラ会」でも使われている。
(「コブラ会」のある重要な場面では、ディーご本人のコンサートパフォーマンスも登場する)
前回、選挙の投票を前にして、ディー・スナイダー氏は対談番組で説明を求められた。ディーは曲の使用を事前に認めてしまっていたからだ。
ディーは、使用を認めた経緯を次のように語っている。
・自分は以前、トランプの番組の出演者で(就任前は大成功したビジネスマンだったので、自身が提供する番組を持っていた)、彼と友人だった
・友人との交際で、マナーとして政治や宗教の話はしない。だから彼がどんな政治的意見を持っているかは知らなかった
・そもそも選挙戦での曲の使用は候補者の自由で、わざわざ許可をとらないのが普通なので、当時は、むしろ彼を礼儀正しいと感じた
しかし、ディーは、自分の祖父は迫害を逃れてアメリカに亡命してきたロシア系ユダヤ人であり、多様な人々を受け入れるのがアメリカの偉大さだと思っている。だから、後日トランプの差別的政策を知って、曲の使用をとりやめてもらうよう連絡した(以後、トランプ陣営は曲を使わなかった。)、今回の選挙では(当時の対立候補である)ヒラリー氏に投票する、と、語っている。
1980年代、自分たちの音楽をやみくもに「暴力的」と見なした人々には毅然と立ち向かったディーも、「曲を使わせてほしいと言った、仕事上の付き合いがあった友人」の、「後で表に出た、相容れない信条」には対応に苦慮したようだ。
(おそらくこのトラブルがあったから、ヴィクター・ウィリス氏は、「YMCA」の使用をとりやめてほしいと公言したのだろう。)
強調しておきたいのだが、ディー・スナイダー氏ご本人は、(そのファッションや楽曲から一見過激な人物に見えるが、)知的で、人柄も実力も兼ね備えた、アメリカでは非常に尊敬されている人物だ。
イメージに反し、教会の聖歌隊から歌をスタートさせたという経歴の持ち主で、30歳で公聴会に出た当時は、ドラッグはもちろん、タバコもアルコールもやらないと語っており、愛妻家で、ボランティア活動にも熱心に取り組んでいて、2016年時点、60代で分厚い胸板と6つに割れた腹筋の持ち主だ。(情報が多い)。
画像出典:Wikipedia(投稿者Frank Schwichtenberg)
彼本人のストイックな内面は、心をゆさぶる声(歌い方は変わっているが、パワフルな声量はそのままに、いぶし銀の魅力が増し加わっている)と、年齢を感じさせない肉体にもあらわれている。
若いころはド派手な衣装と女装メイクがトレードマークだったが、今のディー氏は、長い銀髪をなびかせ、長身の存在感溢れる立ち姿は 『ジョジョの奇妙な冒険(特に「スティール・ボール・ラン」)』に出てきそうなスタイリッシュさだ。
(画像出典:Youtube)
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STEEL BALL RUN スティール・ボール・ラン 4 (ジャンプコミックス) - 荒木 飛呂彦
(私の知る限り、最も美しく年齢を重ねたアーティストの一人だと思う。誘惑の多いアメリカの音楽界で、ここまで自分を創り上げるには、本当に強靭な精神力が必要だっただろう。)
ただ、曲とディーご本人が魅力的である分、彼の代表曲が選挙のBGMにされると、どうしても人々は、その候補者に無意識に好意的なイメージを上乗せしてしまうだろう。
(正直、私自身、トランプ大統領(陣営)の曲選びのセンスそれ自体はとても良いと思った。)
超大国アメリカもこれから内外で非常に難しい舵取りが必要になる。
投票者が、イメージではなく、実際の政治的手腕を公平に判断するために、今後は、曲の使用許可について、少なくとも製作者の意向を事前に確認し、ディー氏のように使用中止を求めれば、それが確実に認められるルール作りが必要かもしれない。
最後に、2016年に作られた「We’re not gonna take it(Strip down version〈元々の曲と異なりバックバンドなどの大掛かりな演奏がない版という意味〉)」の動画をご紹介させていただく。
小児がん治療の啓蒙活動のために作られたこの作品は、ラスベガスの砂漠に立つディーと若いピアニストの演奏、そして、病と闘う幼い子供たちと、彼らの闘病中のウィッグのために髪を切り落とす女性の映像で構成されている。
「We’re not gonna take it(それを受け入れるつもりはない)」という言葉は、ここでは、彼らが病と闘う子供たちとともにあり、その戦いが苦しいものであっても、我々は決して屈服しないという意味に変わっている。
ディーの力強い魂そのもののような歌声と、立ち向かう歩みのようなまっすぐなピアノの音色、アメリカの雄大な風景、苦しみの中でも希望と愛を失わない人々の姿が響きあう、感動的な作品だ。
参照URL・Youtubeチャンネル DeeSniderOfficial当ブログ 関連記事
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