『のび太と鉄人兵団』は、のび太たちが、他の惑星から襲来するロボットの軍団と戦う大長編漫画です。
全地球人の未来がかかった戦いが繰り広げられるシリアスな物語で、作品に登場する美少女「リルル」は、大長編シリーズの中でも最も印象深いキャラクターの一人。多くファンが、大長編ドラえもん屈指の感動作として挙げるであろう名作です。
(※2020年8月2日現在、「ドラえもんチャンネル」で、大長編『のび太の恐竜』が全編無料公開中です。是非ご覧ください。)
【あらすじ】
夏のある日、スネ夫に、子供の背丈ほどもあるラジコンロボット「ミクロス」を見せびらかされたのび太は、「ビルみたいにでっかいロボットを出して」と、ドラえもんに泣きつきました
「きがるにいってくれるなぁ……」
無茶な頼みごとをするのび太に、暑さも手伝い、苛立ちをあらわにするドラえもん。
(コロコロして可愛らしい国民的キャラクターが垣間見せた狂暴な表情)
「そんなでっかいロボットが、いったいいくらすると思ってんだ!?」
非常に現実的な理由を言い捨て、涼みに行く、と、どこでもドアで北極に行ってしまいました。
ドラえもんを探しに行ったのび太は、氷の大地に、光り、音を発する不思議な球体が転がっているのを見つけます。
見上げると、空間が、水の波紋のようにゆらぎ、そこから、謎の大きな金属製の物体が、ゆっくりと姿を現し、地面に落ちてきました。
何がなんだかわからないまま、「ドラえもんならわかるかも。」と、北極からその物体を部屋に持ち帰ったのび太。
いつのまにか物体とともに部屋についてきていた球体が、ふたたび音と光を発すると、今度は家の庭に、別の形の物体が落下しました。
二つを組み合わせるとロボットの脚の形になることに気づいたのび太は、この球体はロボットの部品を呼び寄せる道具で、ドラえもんが巨大ロボットを買ってくれたのだ、と、喜びますが、北極から帰ってきたドラえもんは、そんなものは知らないと言います。
不思議がるドラえもんをよそに、ロボットを完成させたいと言い張ったのび太は、組み立てて操縦するための場所として「鏡面世界(鏡の中にある別世界、建物や物はあるが、生物は存在しない)」をドラえもんに出してもらいます。
なぜか頭の中のコンピューターだけが見つからなかったので、未来製のロボットコントローラーで動かせるようにして完成させたロボット「ザンタクロス」(北極から来たのでサンタクロースにちなんで命名)。
しずかちゃんにも声をかけ、誰もいない鏡面世界で好きに操縦して楽しみますが、ふと操縦室にあったボタンを押すと、ザンダクロスから胴体部分から光線が放たれ、目の前にあったビルが、一瞬にして粉々になりました。
おもちゃのおもちゃのつもりで、とんでもない物を作ってしまった。
もしこれが、元の、人の居る世界で暴れたりしたら……。
誰が何のために北極に送り込んだかはわからないけれど、もう、ザンタクロスは鏡面世界に置き去りにして、誰にも秘密にしよう。
三人はそう約束し合いました。
その頃、町に見知らぬ美少女が現れ、スネ夫とジャイアンに声をかけてきます。
「このへんで大きなロボットを見かけませんでしたか」
やがて少女「リルル」にロボットを持っていたことを突き止められたのび太は、ザンタクロスを返すために、彼女を鏡面世界に連れていきます。
鏡面世界の出入り口である「おざしき釣り堀(広げると川や海などの水面につながる機械、家にいながら釣りをするときに使う道具だが、この時は釣り堀の水面を大きな鏡代わりに使っていた)」をリルルに貸すことと、今日のあったことは誰にも言わないことを条件に、ロボットを持ち去ったことを許してもらったのび太。
しかし。
リルルは、ザンタクロス(本当の名前はジュド)のことを、兵器ではなく建築用の工作機械だと言っていたが、あれを使って、誰もいない鏡面世界で何をするつもりなのか。
そもそも、リルルは一体何者なのか。
もしかして宇宙人で、何かをたくらんでいるのではないか。
気になってしかたがなかったのび太が、ぼんやり窓から夜空を眺めていると、うら山に流星のような光が繰り返し落ちているのに気づきました。
行ってみると、リルルに貸したおざしき釣り堀が山に置かれ、何かが光を放ちながらそこを通って鏡面世界に送り込まれていました。
のび太の様子がおかしいので後をつけてきたドラえもんと合流し、こっそり鏡面世界の様子をさぐってみると、実世界と同じのはずの町の景色は一変していました。
まるでSF映画のような建物が立ち並ぶ世界。
ロボットたちがたえまなく建築作業を進める中、ザンタクロス(ジュド)の肩に乗ったリルルが、彼らを指揮していました。
一日でも基地を完成させなければ。
祖国、メカトピアからやってくる「鉄人兵団」のために。地球での戦いのために。
「地球人捕獲作戦を成功させるために!!」
リルルの恐ろしいことばを聞いて、思わず叫び声をあげてしまったのび太。
のび太に気づいたリルルは、鉄人兵団を迎えるために、鏡面世界への入り口を広げてくれれば、のび太だけは地球人の中で特別扱いをしてあげると言いますが、のび太たちは急いで釣り堀からもとの世界へと逃げていきます。
彼らを追いかけたリルルは、ジュドの腕をおざしき釣り堀にねじこみ、そのまま力づくで二つの世界の入り口を広げようとしました。
二つの世界に同時に湧き上がる地響きと、空間に散る火花。
「危ない!逃げろ!」
ドラえもんは、のび太の腕を引き、走りました。
直後に、激しい爆発。
隕石が落ちたように地面が窪み、「おざしき釣り堀」もジュドの腕も消えていました。
無理やり空間をこじ開けようとしたために起きた「次元震」によって、鏡面世界とのつながりが断ち切られたのです。
あのロボットたちは、もうこちらの世界に来ることはできない。
二人は胸をなでおろしました。
しかし、事態は既に動き出していました……。
以下、作品の重要な場面のご紹介です。(※ややネタバレです。)
【1】戦いの中ののび太たち
実際の戦争を思わせるシリアスな物語なだけに、大人になってから読んだほうがより印象的なシーンがいくつかあります。
大人たちに鉄人兵団の存在を信じてもらえなかったのび太たちは、自分たちだけでロボット兵たちと戦うことになり、ひみつ道具を駆使して、数万の鉄人兵団から地球を守ろうとしますが、やはり、次第に追い詰められていきます。
ロボット軍との直接対決前夜、隠れ家でそわそわと歩き回るスネ夫。
ジャイアンは「落ち着けよ!」と叱りますが、スネ夫は泣きながら言い返します。
「落ち着いていられる!?こんな時に!!もうすぐ鉄人兵団の総攻撃があるってのに!しかも結果が見えてるってのに!!」
のび太はぼんやりと天井を見上げながら、スネ夫の言葉にうなずきます。
「わかる!こんな気持ち、何度か経験したからね。0点しかとれないのをわかっていて、テストを受ける時の気持ちだよ。」
実にのび太らしいことばですが、「もうどうしようもないと思いながら、絶望的事態が来るのを、ただ待っているしかできない時の人の気持ち」を、とても的確に言い表しています。
(のび太という人は、学校の成績こそ悪いけれど、非常に鋭いところもあるのです。)
諦めの空気が充満する中、ドラえもんが檄を飛ばします。
「よけいなこと考えずに、全力を尽くすんだ!!思いがけない道が開けることもある!!」
どんなに苦しい状況でも、逃げられないとわかっているなら、全力で立ち向かうしかない。
立ち向かえば、余計なことを考えて泣いていたときの自分には思いもかけない形で、道は開けるかもしれない。
のび太も深いけれど、ドラえもんも深い。
そして、深い諦観を、ユーモラスだけれど的確に表したのび太の台詞があるからこそ、ドラえもんの言葉が、きれいごとではなく、生きています。
今、この時代にこそ、心に刻みたい場面です。
【2】争いの種
大長編ドラえもんシリーズの多くは、「別世界の住人と友達になったのび太たちが、力を合わせてピンチに立ち向かう」という展開ですが、リルルは地球人捕獲作戦を企てる「鉄人兵団」側の存在として登場するため、物語には序盤から不穏な空気が漂っています。
地球人を捕獲して奴隷にしようとするまでのメカトピアの歴史は、強い者が弱い者を道具として利用し、ふみにじる、人類の歴史そのものでした。
ロボットたちが(そして人間たちが)、強い者は弱い者をふみにじっていいと思うようになったのはなぜなのか。
物語の中で、あるキャラクターが語っています。
競争本能。
「他人よりも少しでもすぐれた者になろうとする心だよ。
みんなが競い合えばそれにつれて社会も発展していく。ただし、ひとつまちがえると……。
自分の利益のためには他人をおしのけてもという……。
弱い者を踏みつけにして強い者だけが栄える、弱肉強食の世界になる。」
競争本能は、社会の発展に役立つものだけれど、一歩間違えば、世界を残酷なものにしてしまう。
踏みとどまり、全ての者にとっての幸せな世の中を作るには、「他人を思いやるあたたかい心」が必要だ。
この作品は、私たちに、そう伝えています。
ドラえもんの大長編シリーズのうち、世界が危機的状況に直面する作品として、このほかに『のび太の大魔境』『のび太の魔界大冒険』、『のび太の海底鬼岩城』などがあります。
大長編ドラえもん3 のび太の大魔境 (てんとう虫コミックス) - 藤子・F・不二雄
大長編ドラえもん4 のび太の海底鬼岩城 (てんとう虫コミックス) - 藤子・F・不二雄
大長編ドラえもん (Vol.5) のび太の魔界大冒険 (てんとう虫コミックス) - 藤子・F・不二雄
どれも名作なのですが、この『のび太の鉄人兵団』は、誰の心にもある競争本能が争いを生んだと語られる場面を通し、「争いは(戦争でなかったとしても、相手がロボットでなくても)いつでも現実に起こりうる。今、現在起きている」という真実を、読者に示しています。
【3】リルルの心の変化
ロボットだけが暮らす祖国「メカトピア」に忠誠を誓うリルルは、最初、地球人を奴隷にすることに何の疑問も持っていませんでした。
「ロボットは神の子、宇宙はロボットのためにあるの。」
「人間みたいな下等生物が支配者(ロボット)のために働くのは当たり前じゃない。」
そう言い放つリルル。
国からそれが正義だと教えられ、ためらいもなく残酷な任務に就いたリルルは、正体を知ったしずかちゃんを殺そうとさえします。
しかし、次元震で大けがをしていたリルルは、スネ夫のロボット「ミクロス」の邪魔もあって、これを果たせず、逆に、のび太たちとしばらく一緒に暮らすことになりました。
リルルに殺されかけたのに、「ときどき理屈に合わないことをするのが人間なのよ。」と、笑ってリルルの治療をするしずかちゃん。
ロボット軍に戻ろうとするリルルを撃てないのび太。
人間のすることってわからない。
人間など、ゴミのようなものだと思っていたのに、私たち(ロボット)と同じように、それ以上に、複雑な心を持っていた。
その行動の意味を、完全にわかることはできないけれど、相手にも、心がある。
それに気づいたとき、リルルの心に迷いがうまれました。
自分と違う相手を、違うから、弱いからと、ふみにじるのではく、相手を知り、相手の心について考える。
それが、「他人を思いやるあたたかい思いやりの心」の種となり、リルルを変えていきます。
【4】ドラえもんの真面目な一言(※ネタバレです)
地球の運命をかけた戦いは、「思いがけない道」をたどることになりました。
のび太たちにとっても、ロボットたちにとっても無傷ではなかった結末。
メカトピアと、地球のために、リルルがした選択。
地球が平和を取り戻したあと、リルルのことが忘れられなかったのび太は、ドラえもんに尋ねます。
メカトピアは、リルルが願ったような、みんなが幸せに暮らせる星になったのだろうか。
ドラえもんは、笑顔で答えます。
「そりゃあ、素晴らしい星に…、天国みたいになっているだろうよ」
リルルは、今、幸せなのだろうか。
のび太の問いに、ドラえもんの顔から、笑顔が消えます。
「たぶん…。」
そして、その真面目な顔のまま、ドラえもんはのび太に言いました。
「そう信じようよ。」
大人になって、もう一度ドラえもんのこの台詞と表情を読み返したとき、ふいに、子供のころの気持ちを思い出しました。
ポケットもひみつ道具も持っていなくても、ドラえもんと一緒に暮らしたい。
見た目がコロコロして可愛らしいとか、持っているポケットやひみつ道具が便利とか、そんなことを別にして、ドラえもんの性格がとても好きで、いつも一緒にいて、話ができたらいいのにと、思っていた、と。
ドラえもんはポケットの中のひみつ道具で、のび太たちの色々な夢をかなえ、ピンチを助けてくれますが、必ずしも万能ではありません。
(特にこの「鉄人兵団」の物語で、ドラえもんの道具にできたことはわずかでした。)
ドラえもんは、地球とメカトピアのためにリルルがしてくれたことは、きっと現実に実を結んでいると信じていたから、メカトピアの今を聞かれた時には、すぐに笑顔で答えられましたが、リルルのことは、ドラえもんにも本当のことはわかりませんでした。
それは、神様の領域のことだったからです。
でも、のび太と同じように、とても知りたいけれどわからないことに、わりきれない思いを抱きながら、のび太より少しだけ前向きに、のび太を力づける言葉を言ってくれ、のび太の願うことを、一緒に心から願ってくれる。
ドラえもんのそういう性格が、この「たぶん…。そう信じようよ。」という、真面目な言葉と表情に現れています。
こういう家族が、友達がいてくれたらいいなと、子供のころ、思っていた。
そして、大人になると、ドラえもんのこの言葉が、子供だましの無責任な気休めではなく、共感と控えめな励ましであることが、余計に心に響きます。
未来のロボットであることも、不思議な道具の力も関係なく。
ただ、のび太を思いやる家族として、たくさんの感情を共有する友達として、「そう信じようよ」と、言ってくれている。
この言葉、この真面目な顔が、もしかしたら、全ての作品の中のドラえもんの台詞や行動の中で、一番優しく、一番温かく、のび太が(そして読者も)、悲しいこと、わりきれないことがあっても、その痛みを胸に、それでも生きていかなければならないときに、必要なものなのかもしれません。
ラストシーンは、二人の願いを受けた、余韻に溢れたもので、感動的です。
私たちみんなの心の中にある、「競争本能」の危険性と、その競争本能を、争いではなく、みんなが幸せに生きられる社会を生み出す力に変える、「思いやり」の価値。
それを理解したリルルの心の変化と、選択。
そして、ドラえもんの真面目な言葉と、美しいラストシーン。
大長編シリーズの中でも、屈指の名作です。ぜひお読みになってみてください。
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