2018年04月01日

ドラえもん「ぞうとおじさん」(戦時下の動物園で起きた悲劇をもとに描かれた感動作)

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 ドラえもんの名作「ぞうとおじさん」(てんとう虫コミックス5巻収録 1973年8月「小学三年生」掲載)。



 第二次大戦中、空襲で檻が壊れて猛獣が逃げ出すことが懸念されたために、動物園で多くの生き物が殺処分されました。

 上野動物園では、注射や毒の餌を受け付けなかったゾウたちを餓死させることになり、この悲劇は、後に絵本「かわいそうなぞう」で広く知られるようになりました。




 「ぞうとおじさん」は、この上野動物園の出来事を下敷きにした話で、叔父さんからゾウの殺処分について聞かされたのび太とドラえもんが、タイムマシンでゾウを助けに行くというお話です。



(あらすじ)※結末まで書いているので、ご了解ください。(一部仮名遣いを改めてあります。)



 物語は、のび太の父方の叔父「のび郎おじさん」が、インドから仕事で帰ってきたところからはじまります。


 おじさんは、のび太とおとうさんに、「不思議な話」をしてくれます。




 少年時代、おじさんは象の「ハナ夫」が大好きで、動物園に足しげく通っていました。


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 時代は第二次大戦下、戦火が激しくなり、おじさんは田舎に疎開することになります。


 会えない間もハナ夫を気にかけていたおじさんは、終戦で東京に帰るなり、動物園に駆けつけました。


 しかし、戦争中にハナ夫は殺処分されてしまったと聞かされ、おじさんは一晩中泣きあかしました。



 ここまで聞いたところで、のび太とドラえもんはゾウに対する仕打ちに激怒。


 「しかたなかったんだよ」というおとうさんに、「しかたがないとはなんですか!」と、二人は話を最後まで聞かずに出て行ってしまいます。


 「助けよう!」


 タイムマシンに乗った二人は戦時中の動物園へ。


 ふたりが駆けつけたとき、ハナ夫はすでに餌をもらえずにやせ衰えています。


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 それでも、飼育員さんが入ってくると、目をぱっちりと開き、「プオーッ」と檻の向こうから鼻を伸ばしてえさをねだります。


 飼育員さんは、目に涙を浮かべ


 「おなかがすいたか?よしよし、今らくにしてやるぞ。」


 と、ふるえる手で、その鼻先にジャガイモをさしだします。


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 「だめだ!わしにはやれん。」


 ジャガイモをひっこめてしまった飼育員さん。


 物陰に隠れていたのび太とドラえもんはたまらず飛び出し、


 「おなかを空かせているのにかわいそうじゃないか!」


 と、あっけにとられている飼育員さんからジャガイモ入りのバケツを取り上げ、ハナ夫の檻にジャガイモを投げ込んでしまいます。


 「そ、それは毒のえさだぞ!!」


 飼育員さんは青ざめますが、ハナ夫は異変に気付いて鼻でジャガイモを放り出しました。


 胸をなでおろす飼育員さんとドラえもんたち。


 それにしても、なんで毒を食べさせようとするのか。


 二人に問い詰められた飼育員さんは、動物園に下された命令について話します。


 爆弾が落ちて動物が町で暴れたら大変なことになるから、その前に殺せと言われてしまった。


 でも。


 「誰が殺せるもんか。子供みたいに可愛がってきたのに……」


 飼育員さんは檻越しに伸びてくるハナ夫の鼻を抱きしめ、涙ながらにさすります。


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 動物園の人たちの苦しい胸の内を知り、言葉を失くすのび太とドラえもん。





 一方、園長室では、軍人が園長に詰め寄っていました。


 何度も命令を出したのに、何故まだゾウを生かしているのか。


 この非常時、大勢の兵隊も必死で頑張っているのに、動物の命など問題ではない。いや、たとえ動物でも、お国のために喜んで命を捧げるべきだ。


 園長は動物園としても対応に苦慮していることを説明します。


 ハナ夫の皮膚は分厚いので注射で毒を注入することもできない。仕方がないので、今日毒入りジャガイモを食べさせることになっている。


 しかし、そこにハナ夫の飼育員さんが入ってきて、ハナ夫が毒餌を食べなかったことを報告します。


 怒った軍人が、ハナ夫を撃ち殺そうと飛び出したため、飼育員さんがその膝にすがりついて止めます。


 「待ってください!やめてください!」


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 「じゃまするとただではおかんぞ!」


 飼育員さんに拳銃を向ける軍人に「まあ、まあ」と、割って入るドラえもん。


 「そうかっかしないで相談しましょうよ」


 ドラえもんを指さしながら、園長に向き直る軍人。


 「園長、気をつけなさい。タヌキが檻を出てる」


 カッとするドラえもん(←笑)。


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 のび太が軍人に提案します。


 何も殺さなくても、疎開させるなり、インドに送り返すなり、他に方法があるのでは。


 今はそれどころではない、と、突っぱねる軍人にのび太とドラえもんは笑って言いました。


 「戦争なら大丈夫。もうすぐ終わります。」


 「日本が負けるの。」


 当時、絶対に言ってはいけない台詞第一位。


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 「きさまたち敵のスパイだな!!」


 軍刀を振り回され、逃げ惑うのび太とドラえもんでしたが、サイレンの音とともに、軍人たちは二人を置いてその場を離れます。


 直後に上空に飛行機が見えたかと思うと、二人が飛び上がるほどの轟音と煙。


 空襲が始まりました。


 振り返ると、飛んでくるがれきや爆風にはばまれながら、飼育員さんが走っていきます。


 こんな危険な状況でどこに行くのか。呼び止めようとする二人に、飼育員さんは、「ぞうの檻の方に爆弾が落ちたんだ」と言います。


 「あっ!無事だったか」


 檻が壊され、ほこりだらけになりながらも、ハナ夫が厩舎から出てきていました。


 久しぶりの自由に、鼻を持ち上げ、嬉しそうにいななくハナ夫。


 「よしよし、絶対にお前を殺させたりしないからな」


 ハナ夫を固く抱きしめる飼育員さん。


 一緒に山奥に逃げようとしますが、軍人たちが園を一斉に封鎖、見つけ次第射殺するべく園内を捜索しはじめます。


 連れて逃げるのは難しい。インドへ送り返してやるのがいちばんいいのでは。


 ドラえもんたちの言葉に、飼育員さんは、途方に暮れて泣き出します。


 「そんな出来もしないことを言って……ああ、ぼくはどうしたらいいんだろう」


 ドラえもんがスモールライトを取り出して、ハナ夫の体を掌に乗るほどに縮めました。


 続いて、小さなポスト型の「郵便ロケット」を取り出し、ハナ夫を入れると、ポストに「インドのジャングル」と宛先を書いて、ロケットを発射させました。


 「元気で行けよう」


 飼育員さんが呆然と見上げる中、ロケットは青空の向こうに消えていきました。


 宛先へついたら、元通り大きくなるから、もう安心ですよ。


 そう言うドラえもんに、飼育員さんは、君たちは一体……と、言ったきり、言葉を失って膝をつきました。


 「じゃあね、バイバイ」


 笑顔で去って行くドラえもんとのび太。とめどなく流れる熱い涙に頬を濡らし、飼育員さんは二人を見送りました。


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 タイムマシンで現代に戻ってきた二人。


 送り返せたけれど、ハナ夫はその後どうなったか。


 そう思いながら、茶の間のお父さんとのび郎おじさんのところに戻ると、おじさんが「ふしぎな話」について話し続けていました。




 仕事でインドの山奥に行ったのび郎おじさんは、仲間とはぐれ、ジャングルで遭難してしまいました。


 何日もさまよい、食料も尽きて、とうとう歩けなくなってしまったとき。


 倒れたおじさんの脳裏に、生まれてからの思い出が走馬灯のようによみがえってきました。


 両親の顔、疎開していた田舎の家、登って遊んだ柿の木……。


 暗がりの中にぼんやりうかびあがる、長い鼻、ふわりとなびく耳……。


 おじさんのかすれた視界に、ハナ夫の顔が見えました。


 倒れているおじさんに歩み寄ってくるハナ夫。


 「ハナ夫」


 おじさんは名前を呼んでみました。


 ハナ夫は、懐かしそうにおじさんを見ていました。


 その優しい目を見ながら、おじさんは次第に気が遠くなっていきました。


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 それから、もうろうとする意識の中で、ハナ夫の背に揺られていたような気がしました。


 おじさんが気が付いたとき、おじさんはふもとの村に倒れていて、無事救助されました。





 おじさんの話を聞いたお父さんは、腕組みをしたまま、考え込みました。


 「ううん……たしかに不思議な話だがね」


 それは夢だろう。死んだはずのハナ夫が、インドにいたなんて。


 おじさんは、ぼくもそう思うんだけどね、と、言いつつ、あの不思議な時間に思いを馳せ、しみじみと目を細めました。


 「夢でもうれしかったなあ……」


 ドラえもんとのび太は顔を見合わせました。


 ハナ夫は無事にインドに着いて、今でも元気に暮らしている。


 「わあい、よかったよかった!!」


 お父さんとのび郎おじさんが不思議そうに見ている中、二人は泣きながら手をとって喜び合いました。



(完)




 のび郎おじさんのハナ夫に対する思いが、めぐりめぐってハナ夫を救い、そして生きながらえたハナ夫がおじさんを助けてくれたという、「タイムマシン」が登場する作品の中でも異色の心温まるお話です。


 読み返してみると、飼育員さんとハナ夫の絆も丁寧に描かれ、(やせ衰えながらも、まだ飼育員さんを信じているハナ夫の目や笑顔、飼育員さんの、軍人や空襲からハナ夫を守ろうする姿、ハナ夫の鼻を全身で抱きしめ、ほおずりして流す涙など。)殺処分をしなければならなかった人々の無念がしのばれます。


 突然現れた風変わりな神様であるドラえもんたちを、地面に膝をつき、涙しながら見送る飼育員さんの姿から、藤子F先生の、現実には悲劇から逃れられなかった戦時下の動物たちと人々を、作品の中でだけでも救ってあげたかったという、優しい気持ちが伝わってきます。


 数奇で感動的なストーリー(なのにドラえもんの「タヌキが檻を」など、ギャグもきちんと挟まれている)、藤子F先生のあたたかなタッチで描かれた動物の姿(透き通ったつぶらな瞳の可愛らしく優しいまなざしや、鼻の繊細な動きなど)など、何度読んでも心に染みる名作です。

(戦後、上野動物園にやって来たゾウのインディラと飼育員の落合さんの絆をご紹介した、当ブログ記事「象のインディラと落合さん(中川志郎作『もどれ インディラ!」より ※結末部あり)」もご覧いただければ幸いです)


「ぞうとおじさん」の一部試し読み








(補足)当ブログの象にまつわる記事






posted by pawlu at 13:20| ドラえもん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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