
トーマの心臓 (小学館文庫) -
本日は、萩尾望都先生の漫画『トーマの心臓』についてご紹介させていただきます。
『トーマの心臓』(1974年連載)は、ドイツのギムナジウム(中等教育学校〈日本の中高一貫教育に該当〉)の寄宿舎で生活する少年たちの愛を描いた作品で、その繊細な心理描写と抒情性で、同じく萩尾望都先生の『ポーの一族』と並び、日本の少女漫画を芸術の域に高めた作品です。
(序盤あらすじ)
雪解けの頃、シュロッターベッツギムナジウムの生徒、トーマ・ヴェルナーが陸橋から落ちて死んだ。
「ユーリ……ユリスモール!」
同じ学校のある少年を思いながら。
ユリスモール・バイハンは、朝、同級生たちからトーマ・ヴェルナーの死の知らせを聞いた。
陸橋から足を滑らせて落ちた。事故だった。
そう聞かされたユーリだったが、前日、自分宛に届いていたトーマからの手紙を開封して息をのんだ。
「ユリスモールへ、さいごに。これがぼくの愛、これがぼくの心臓の音。君にはわかっているはず」
それは遺書であり、トーマの死は自殺だった。
以前、トーマがユーリに好意を寄せていたことは周知の事実で、優等生のユーリが、人気者のトーマの気持ちに応えるか、学校中が注目していた。
しかし、ユーリはトーマが遊びで自分に近づいていると感じ、皆の前で、彼をはねつけていた。
周囲は好奇心で行く末を見守っていたトーマの思いは、実は、死に至るほど真剣なものだった。
ユーリはその事実と、遺書の謎めいた言葉を受け止めきれずにいた。
ユーリと同室で、共に遺書を読んだオスカーは、ユーリの精神状態を案じていた。
しばらくは、何事もなかったように冷静にふるまっていたユーリだったが、ある日、トーマが落ちてくる悪夢を見、目覚めた後も、トーマの幻影に怯えて気を失う。
オスカーの対処で事なきを得たが、翌日、ユーリはトーマの遺書を手に、彼の墓に向かう。
そして、墓碑の前で遺書を破り捨てた。
「これがぼくの返事だ!きみなどに支配されやしない!」
彼の死も遺書の言葉も謎のまま、トーマを心から消し去ろうとしたユーリ。
しかし、墓地を出ようとしたそのとき、鉄柵の向こうを歩く少年の姿が目に入った。
その顔はトーマに生き写しだった。
ユーリは我を忘れて少年を呼び止めた。
少年の名はエーリク・フリューリンク。
シュロッターベッツへの転入生として、ユーリと同じクラスにやってきた。
自分を見た時の周囲の反応に苛立つエーリクだったが、彼に校長室の場所を教えてくれたオスカーの反応は彼らとは違った。
去り際、オスカーはもっと重要なことをエーリクに告げた。
「ユーリに近づくな。殺されたって知らないぞ」
オスカーは、ユーリの異変に気付いていた。
エーリクを見てから、ユーリの周囲にあった、あの圧された空気が消えている。
エーリクはトーマではない。
ユーリはエーリクをどうするつもりなのか……。
(主要登場人物)
トーマ・ヴェルナー
物語冒頭で謎の遺書を残し、自ら命を絶った少年。
金髪に青い瞳で「フロイライン(お嬢さん)」とあだ名され、容姿の美しさだけでなく、ものやわらかな性格で、周囲の人々から愛されていた。
上級生のユーリに恋心を抱いていて、拒絶された後も自殺するまで彼を気にかけていた。
ユリスモール・バイハン(ユーリ)
成績優秀な優等生として周囲に一目置かれる少年。
エキゾチックな黒い髪と瞳も少年たちに憧れられていたが、ドイツにあって南の血を感じさせる容姿は言われない差別の対象にもなっていた。
以前は控えめながら面倒見の良い温かな性格の持ち主だったが、ある事件をきっかけに、深い心の傷と自責の念に苦しめられ、それをひた隠しながら生きていた。
自分を慕ってくるトーマには複雑な感情を抱いていたが、彼の死後、生き写しのエーリクにトーマを投影し、トーマの幻影ごとエーリクを消し去りたいという衝動に駆られるようになる。
エーリク・フリューリンク
トーマの死から半月後にシュロッターベッツに転入してきた少年。
茶色の巻き毛に瞳。しかしそれ以外はトーマに生き写しの容姿をしている。
性格はトーマと正反対に勝ち気で率直。ユーリが自分に攻撃的だと感じとり、真っ向から対立する。
裕福な家の出らしく、それまでは家庭教師に学んでおり、集団生活を知らなかった。
美しく恋多き母親を熱愛しており、彼女の再婚のあてつけに、寄宿舎学校に行くことを選んだ。
オスカー・ライザー
ユーリと同室の少年。学校に来る前に父親と放浪生活を経験しており、同級生の中では少し年上。
大人びた態度で、授業に出ない、隠れて飲酒や喫煙をするなど問題行動もあるが、いざというときは統率力がある。
母は父の猟銃暴発事故で死に、父はオスカーを連れて家を出、やがて、友人であるシュロッターベッツの校長に彼を託して姿を消した。
母の死と自身の出生に秘密があり、オスカー本人はそれを知っている。
(※学校に来る前のオスカーについては短編集「訪問者」に描かれています。)

訪問者 (小学館文庫) -
(見どころ)
美少年同士の耽美的な恋の話として捉えられることもある本作品ですが、登場人物それぞれが心に痛みを抱えており、それでも人を痛切に愛し、葛藤する姿を描いていて、「恋」を超越した愛の姿が深く心に刻まれる傑作です。
「この少年の時としての愛が性もなく正体もわからないなにか透明なものに向かって投げ出されるということも知っている」
トーマがひっそりと書き残した詩の言葉通り、彼らの中に一対の恋人同士になるという意識は希薄で、その愛は憧憬と友情と献身が入り混じる独特のものです。
以前、この本を読んだ知人が、(おそらくは困惑と共に)「この世の話ではない」と言っていましたが、確かに現実世界にこれほど無私の深い愛が存在し、なおかつ一つの場所で交錯することはありえないかもしれません。
確かに「この世」にはありえないかもしれない、しかし、もしどこかに在ってくれれば……。
そんなことを、むしろ大人になって「この世」を知るにつれ考えさせられます。
一見読み手を選ぶようですが、人生で傷を負った、あるいは、愛に苦しんだことのある人間なら、誰しも心に響くものをもった傑作です。
是非、ご覧になってみてください。
読んでくださってありがとうございました。
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