2017年10月13日

(※ネタバレ)「ヘソリンガスでしあわせに」(『ドラえもん』)


ヘソリンガスで幸せに この世は天国.png



 今回は、漫画『ドラえもん』の、おそらく全巻通じて最も危険なエピソードについてご紹介させていただきます。


(ネタバレですので、未読の方は先にコミックをお読みください。)



 「ヘソリンガスでしあわせに」(小学館てんとうむしコミックス25巻収録)



 落ち込んでいたのび太に、ドラえもんが出してくれた、30分だけ幸せな気持ちになれる「ヘソリンガス」を注入できるスタンドが、またたくまに周囲の子供たちに広まり、危機的状況に陥るというお話です。




(あらすじ)※セリフの仮名遣いを一部改めてあります。



 その日、のび太に、いろいろな災難がまとまってやってきました。


 先生に叱られ、しずかちゃんが出木杉君と仲良く帰るのを見て、野球の試合では三振をしてジャイアンとスネ夫に殴られ、隠していた0点の答案を見つけたママに、帰ってくるなりこっぴどく叱られる……。


 それぞれ、のび太にとってはお決まりのストレスでしたが、さすがに一日で束になって降りかかることは珍しく、部屋に戻ってきたのび太は、グッタリとうなだれていました。


 「それはこたえただろうね」


 同情したドラえもんが四次元ポケットに手を入れ、のび太は何か出してもらえるのかと身を乗り出しますが、ドラえもんは少し考えこんで、「なんでもない」と、はぐらかします。


 どうしてやめるの。世の中真っ暗だ。いますぐ世界の終わりがくれば良い。


 のび太の激しい悲嘆に押し切られ、ドラえもんがしぶしぶ出したのは、「ヘソリンスタンド」。


ヘソリンガスで幸せに ヘソリンスタンド.png


 ガソリンスタンドの給油機に似た機械で、へそから、心や体の痛みを消す「ヘソリンガス」を注入するというものです。


 のび太が試してみると、目の前が徐々にバラ色に見えてきて、幸せな気持ちに包まれました。




 より効果を実感させるために、のび太の手をひいてママのところへ連れて行ったドラえもん。


 0点の答案をもう一枚隠していたことをバラし、ママは再び激怒してお説教を始めますが、のび太は全く恐怖を感じず、何を言われても気にならない、と、笑顔でママの前に正座し続けました。

(のび太もだけど、それを見守るドラえもんの目の暖かさもどうかと思う。)


ヘソリンガスで幸せに 何を言われても気にならない.png


 怒り疲れたママから解放されて廊下を歩くのび太の前に、ドラえもんがボールを転がし、派手に転んでも、その痛みすら感じません。


 ガスの効き目が30分続くことを教えてもらったのび太は、すがすがしい笑顔で表に出ていきました。


 「ヘソリンをすえば、この世は天国」

 (「ソリ」を「ロイ」に変えると大問題になる台詞。)



 そこで、ジャイアンがスネ夫をいじめている場面に出くわします。


 「痛い!許して!」


 自分たちのトラブルを、のび太がやたら朗らかな表情で見つめていることに気付いた二人。


 とくに殴られていた側のスネ夫は面白くなく、八つ当たりで思い切りのび太の脛を蹴りますが、のび太が笑顔のままなのに驚き、「どうなってるんだ?」と、互いの確執はどこへやら、二人がかりでのび太を殴ります。

 しかし、ボロボロになってもまだニコニコしてるのび太。

なぐられても笑顔ののび太 - コピー.png






 のび太がこんなに我慢強いはずない、と、不審に思った二人は、あとをつけてみます。


 出会いがしらに野良犬に噛まれても笑顔、車に跳ねられ、地面にたたきつけられても笑顔(事件では)。

ヘソリンガスで幸せに ニコニコ.png


 「どうしてそんなに強くなったんだ、教えてくれ」


 二人はのび太に頼み込み、いっそ腕ずくでもと思いますが、殴っても無駄なので、引き続きついていくと、ふいにのび太が真顔になりました。


 「いたた……あちこち痛くなってきた。」


 慌てて家に戻ると、ドラえもんが不在だったので、自分でガスを注入し、また「しあわせ……」と笑顔になるのび太。


 部屋まで追ってきたジャイアンとスネ夫、一部始終を見て、そんないいものを独り占めするなんて。ちょっと貸せと、ヘソリンスタンドを空き地にもっていってしまいます。





 「ほんとだ!すご〜く幸せな気持ち!!」


 「しょうがないなあ、勝手に使って」(笑顔)


 のび太の一応の困り顔を全く意に介さず、バラ色の気分を味わう二人。


ヘソリンガスで幸せに かってに使って.png


 試しにと、バッドで互いを殴りますが、スネ夫にいたっては、気絶して白目をむいても笑っています。

気絶しても笑顔のスネ夫 - コピー.png


 「いやあ、ぜ〜んぜん痛くない」


 気が付いたスネ夫の感想に、すげえききめ、と、喜ぶジャイアン。


 「みんなに見せてやろう」


 と、笑顔で互いの頭をバッドで殴り合いながら、空き地を出ていきます。(シュール)


ヘソリンガスで幸せに みんなにみせてやろう.png


 それを笑顔で見送ったのび太は、このすきにヘソリンスタンドを持ち帰ろうとしますが、元気の無いしずかちゃんを見て、声をかけます。


 歯が痛いの。そう、しょんぼり答えたしずかちゃんに、ヘソリンを注入すれば大丈夫だから、と、すかさずおへそを出してもらおうとします。


 のび太のたくらみにはひっかからず、自分でやるわ、と、背中を向けて、スカートの陰から、ヘソリンを注入したしずかちゃん。


 (のび太、笑顔で残念そう。)


 うそのように歯の痛みが消えて、喜んで帰っていきます。




 そうこうするうちに、空き地に子供たちが集まってきました。


 「うわさを聞いて、ヘソリンガスを入れたいという者がこんなに大勢!!」


 あちこちで宣伝してきた(=笑いながらバッドで殴り合う様を見せてきた)ジャイアンとスネ夫は、子供たちを整列させ、一回10円の料金を徴収します。


 「お金をとるの?」


 「おまえにもわけてやるから」


 ジャイアンに言いくるめられたのび太は、ヘソリンスタンドを空き地に置いて、笑って帰ってきてしまいました。




 ヘソリンスタンドを貸してやっただって!?なんてことを!!


 スタンドがないことに気付いて、のび太に事情を尋ねたドラえもんは顔面蒼白になり、「あれは、おそろしいガスなんだぞ!!」と、叫びました。


 「痛がるってことは、大事なことなんだ。危険を知らせる信号なんだ。


 たとえば火の熱さに平気だったらやけどする。ひどい病気にかかっても死ぬまで気が付かない。


 心の痛みだってそうだぞ。叱られても笑われても平気なら、どんな悪いことでも……。」


痛みは大切なこと - コピー.png


 ドラえもんは必死で諭しますが、のび太は、「それがどうした」と、笑顔で昼寝を続けます。


 肩を落としたドラえもんは、


 「……弱ったなあ、どうしたらいいんだろう……」


 と、頭を抱えて部屋を出ていこうとしますが、次の瞬間、のび太がドラえもんにしがみつきました。


 「そ、そ、そんなおそろしいガスとは思わなかった。ど、ど、ど、どうしよう……」


 ようやくガスが切れて、事の重大さに気付いたのでした。




 とにかくヘソリンスタンドを取り上げないと、と、急いで空き地に向かう二人。


 道すがら、ことごとく朗らかな笑みをたたえた子供たちのこんな声が聞こえてきます。


 「ひかり号にはねられても痛くないよな」


 「東京タワーから飛び降りても平気だよ」


 「三十分おきに10円でしょ。大変よ」(しずかちゃん)


 「ママの財布もって来ちゃった」


しずかちゃんまで - コピー.png



 なんの屈託もなく破滅的言動をする少年少女たちに恐怖を感じながら、空き地に駆け込むと、スネ夫とジャイアンが、スカートを平気でめくりあげてヘソと下着を見せる女の子にヘソリンガスを注入していました。


 「見えた、見えた」


 「見えたらどうだっていうのよ」


見えたらどうだっていうのよ - コピー.png




 「それは恐ろしい機械で!!」


 「はやく返したほうが……」


 慌てて駆け寄る二人に、容赦なく飛んでくるバットの一撃。


 「ゴシャゴシャ言うな!!」




 「手のつけようがない」


 「でもほっとけば大変なことになる。」



 いったん退却した二人は、ジャイアンとスネ夫の苦手に頼もう、と、それぞれの母親と先生を連れてきます。


 ところが、ヘソリンガスの効果持続中の二人に苦手なものなど無く、どれだけガミガミ言われようが、おしりをたたかれようが、ヘラヘラしながらヘソリンスタンドにしがみつくだけでした。


ヘソリンガス 苦手なんかないんだ.png


 三人があきれて帰ってしまい、万策尽きたと思った時、ヘソリンを注入しようとしたジャイアンが、ガス欠に気付きました。


 「ガスが無くなったぞ、入れろ」


 ここで、なぜか言われたとおりにするドラえもん。




 二人を置いて空き地を後にするドラえもんに、のび太は苦言を呈しました。


 「いれてやらなきゃよかったのに」


 すると、ドラえもんから意外な答えが返ってきました。


 「別のガスを入れたんだ」


 そこに、ポツポツと振り出した雨。


 「痛い!痛い!雨の粒が痛い!」


 頭を抱え、泣き叫びながら走っていくジャイアンとスネ夫。


 「大げさに感じるガスなんだ」


 と、ドラえもんが言いました。




(完)




 ドラえもんのエピソードの中で最も恐ろしいものとして「どくさいスイッチ」(スイッチを押すと、その人物を消してしまう道具)を挙げる人が多いかもしれませんが、個人的には、この話が一番怖いです。
 だって完全に例のアレの風刺だし(名前だってアレに寄せてるし)、それによって、通常の感覚や倫理観が失われていく姿も同じだから。

 (薬状のものや注射から遠ざけて、ガソリンスタンド型にしたところに巧みな配慮を感じますが。)



 のび太が笑いながら車に跳ね飛ばされ、ジャイアンとスネ夫も笑いながらバッドで頭を殴り合って走っていき、保護者たちの叱責にもヘラヘラしながらスタンドにしがみつくという、なんかもうギリギリな場面が満載。

(いつも思うけれど、「地球破壊爆弾」など、未来デパートの市販可能ラインがよくわからない。)



 飲酒に似た作用をもたらす「ホンワカキャップ」の回もそうですが、実際のアルコールや薬物のように、臓器や脳に物理的な害が無かったとしても、強烈な快楽は、それだけで人の心にとって既に危険であると教えている、過激な笑いの奥に、重要な警告を含む回でもあります。

 特に、「痛がるってことは、大事なことなんだ。危険を知らせる信号なんだ。」というドラえもんの台詞は、あらゆる快楽の問題に対する、非常に鋭い、核心を突いた指摘です。

 「快楽そのものが『毒』でなかったとしても、快楽で心身の痛みを麻痺させ続けていると、自分をむしばむ危険から、身を守れなくなってしまう。」

 この恐ろしい落とし穴に対する指摘は、意外と少ない。しかし、一番忘れてはいけない事実だと思います。


 この回が、感動作「のび太の結婚前夜」(※)と同じ時期に描かれているということも考えあわせると、ドラえもんの世界観の奥深さに圧倒されずにはいられません。

(※同25巻収録)


 是非、コミックスをお手にとって、このシリーズ最高(最悪)レベルの危険な笑いを直にご覧になってみてください。


 読んでくださってありがとうございました。



posted by pawlu at 00:13| ドラえもん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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