(絵を精査するモウルド氏 画像出典:NHK HP番組紹介「スリーパー・眠れる名画を探せ」より)
高い価値がありながら、忘れ去られ、うずもれていった「スリーパー」と呼ばれる名画。
美術ドキュメンタリー「スリーパー・眠れる名画を探せ」は、優れた目利きで「スリーパー」を発見し、「イギリス美術界のシャーロック・ホームズ」と呼ばれるフィリップ・モウルド(Philip Mould)氏の活動と、スリーパーとなった絵画の数奇な運命を紹介した番組です。(日本では2004年に初回放送)
スリーパー・眠れる名画を探せ(2004年)ハイビジョン特集 スリーパー・眠れる名画を探せ 〜イギリス美術界のシャーロック・ホームズ〜(2004年)イギリス貴族文化の象徴でもある肖像画だが、行方不明や正体不明となった名画も少なくない。“スリーパー”と呼ばれるそうした絵画を独特の感性と知識で探し出す画商がフィリップ・モウルド氏だ。高価な名画を掘り出すだけでなく、埋もれた歴史をも再発見していく伝説の画商の活躍を追った密着ドキュメンタリー。
番組の冒頭部動画が観られる「NHKアーカイブス」ページはこちら
フィリップ・モウルド氏はイギリスの美術番組では非常に有名な人物で(日本の中島誠之助さんのようなポジション)、「なんでも鑑定団」のモデルになったと思われるイギリスの長寿番組「Antique Road Show」の鑑定師の一人として登場したり、絵画の真贋鑑定をめぐるスリリングなドキュメンタリー(本当に面白い)「Fake or Fortune?」のメインプレゼンターの一人としても活躍しています。
(BBCの美術ドキュメンタリーシリーズ「Fake or Fortune?」トレーラーのモウルド氏)
Image Credit:Youtube Copyright c 2022 BBC.
安値で売りに出された絵が、実は歴史的価値のある名画で、価値が大きく跳ね上がるという展開も、数々のくすんだ絵から、豊富な知識と第六感で、それを見つけ出すという画商たちの鑑定眼にも惹きつけられますが、そうしたドラマに絡む、美術界と絵画の歴史の裏事情も非常に面白いです。
(画像出典:NHK HP)
彼の著作「スリーパー 眠れる名画を競り落とせ」にも、そうした逸話が紹介されていました。
本の中でモウルド氏は次のようなエピソードを語っていらっしゃいました。
(いくつかはテレビの中でも紹介されると思います。)
1、オークション前に展示される絵のうち、時代を経てほこりなどで汚れてしまった作品のオリジナルの色をみるために、指につばをつけて目立たない場所をこすることが黙認されている
(絵に触れるモウルド氏 画像出典:NHK HP)
→ものによっては数百年の月日の間に醤油で煮しめたかというほど汚れる作品もある。つばでこすると、濡れている間だけ、レンズの役割を果たし、もとの色彩が垣間見えるそうです。
このため、もしやこの絵は名画なのでは?と思わせる作品ほど、複数のオークション参加者がこっそり文字通り「つばをつけて」確認する事があるそうです。
2、名門オークション会社(サザビーズ、クリスティーズなど)といえども、数多く寄せられる作品が、本当に名のある作者のものかを、オークション開始前に見極められるとは限らない
→ゆえに価値があいまいな作品の説明には「〜とされる(Attributed to)」とか「〜派の(School of)」「〜工房の(〜 Studio)」などというぼやかした表現が使われ、ときには、作者の名前の一部をイニシャルにすることで、それが確実ではないことを示すそうです。
(オークション会社の説明書きで「ジョン・コンスタブル作」と書いてあれば確実性が高く、「J・コンスタブル作」だとそれより確率が下がるんだとか〈難しい……〉)
3、昔の人は平気で絵をいじる
→これぞ「スリーパー」が生まれる原因の一つ。
我々の感覚では完成した絵画はもはや第三者が手を加えてはならない存在ですが、飾るにあたってサイズが大きすぎるとか、もっと好みの絵にしたいとかいう理由で、わりと気軽に絵を切ったり継ぎ足したり、上から違う背景や衣装を描いたりしたそうです。
4、オークション会社は、オークションで作品が落札された後、その会社の見立てと実際の絵の出自が大きく異なることが判明した場合、作品の出品者の申し立てを受け、ある程度の補償金を支払うことがある
→オークション会社が「名もなき絵画」と鑑定し、そうした評価で安値で売りさばいた絵が、モウルド氏のような人物によって、改めて分析され、スリーパーとして莫大な利益をもたらしたとき、このようなやりとりがありうる。
(短時間に大量の絵画を鑑定する中で、絵画を精査するのは物理的に難しいから、このリスクは避けられないとのことです。)
5、絵の汚れや後世の書き足しを「洗浄」してオリジナルの姿を取り戻す際に用いる薬品の中には、兵器レベルの毒性を持つものがある
→修復士がその薬品を使ったがために、(防毒マスクをしていたのに)後日アレルギー性の皮膚の腫れに何日も悩まされたということがあったそうです。
このように「スリーパー」の真の姿を見出すまでには、多くの手間と時間を費やし、しかも結果たいしたものが出てこなかった場合、書き足しがあった元の絵以下の価値に成り下がるのですから、いろいろな意味で危険があるといえます。
(そんなことをする手間は省けないから、オークション会社は絵の価値を追求しきれないのでしょう。)
モウルドさんたちは己の見立てを信じて絵を競り落として持ち帰り、数々の調査や洗浄作業で時間とお金を費やすというリスクを冒して、賭けに出るわけです。
歴史の流れと大金に翻弄されながら、真の姿を現す名画と、それを追う人々の姿を知ることができる本と番組です。是非ご覧になってみてください。
【補足】アメリカのデトロイト美術館(Detroit Institute of Arts)のYoutubeチャンネルが、モウルドさんもプレゼンターとして登場するBBCドキュメンタリー「Fake or Fortune」に登場した回を公開中です。スリルと気品ある番組、本当に面白いです(※2022年8月時点情報、英語音声)
フィリップ・モウルド氏のギャラリーのYoutubeチャンネル
(フィリップ・モウルド氏のギャラリーと活動紹介動画)
(2020年、ステイホーム期間中のモウルド氏の暮らしとコレクションを紹介した動画〈犬もかわいい〉)
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