本日は「ドラえもん」より、「王かんコレクション」をご紹介させていただきます。
コミックス9巻収録。
物の価値について意外とシニカルな目を持つドラえもん。
周囲のコレクション熱に振り回されるのび太を見て、ちょっとしたいたずらを思いつくというお話です。
以下あらすじです。結末までネタバレなので、あらかじめご了解ください。
「ありがたぁくおがめよ」
スネ夫の切手用ピンセットの先で燦然と輝くプレミア切手、「月に雁」(※)
(※)歌川広重の浮世絵を元にした800円切手。希少性から切手ブームのこの頃(1970年代)、価格が高騰した(購入価格1万8千円〈スネ夫談〉)。2016年現在でも状態の良いものは1万円近いプレミアがついている。
目を丸くするのび太たちの前で、
「切手マニアならこの程度のものをひとつくらい持ちたいもんだねえ」
と、自慢を兼ねて感慨にふけるスネ夫。(たまに言動が妙に中年じみる)
パパは骨董品、ママは宝石。道は違えど、うちの家族に共通しているのは一級品しか相手にしないってことだね。
それを聞いたしずかちゃんとジャイアンは、それぞれシールとコインのコレクションなら自信がある、と、胸を張りました。
のび太一人うかない顔をして家に帰り、切手を集めたいとママに資金援助を願い出るが、どうせあきるんだから無駄なことだ(一度挫折しているから)と、見事な正論で却下されてしまいます。
「こういうわからないことを言うんだよ!」
愚痴るのび太に対し、ママに完全同意するドラえもんでしたが、自慢できるコレクションがなくて肩身がせまい、としょんぼりする姿を見て、君だってすごいコレクション持ってるじゃないの、と、押し入れから段ボール箱を出してきます。
中にぎっしりはいっていたのは飲み物の王冠。
(昔、特に意味もなく集めていたモノ)
こんなもん持ち出して僕をバカにしてるの!?と怒るのび太を、笑ってなだめるドラえもん。
「そもそも物のねうちってなんだろう。けっきょくみんながほしがるかどうかで、きまるんじゃないか。そもそも、切手だって宝石だって、だれもほしがらなければ、ただの紙切れや石ころにすぎない」
おそるべき達観を披露して終わりかと思いきや、「だからなんだっての?」とちっとも納得していない様子ののび太に対し、「ちょっとしたイタズラをやろうっての」と部屋を出ていくドラえもん。
取り出したのは「流行性ネコシャクシビールス」。
ウィットに富んだ名を持つこのひみつ道具、流行させたいものをビールスに言い聞かせて培養し、空中散布すると、感染した周辺の人々にブームを巻き起こすことができます。
(インフルエンサードラえもん)
ドラえもんが何をしていたか知らないのび太が外出すると、ジャイアン、しずかちゃん、スネ夫が王冠コレクションを見せあっていました。
中でもスネ夫の1ダースものコレクション (専用ケース入〈笑〉)には、印刷ズレの珍品があり、二人の羨望を集めます。
なんにするのこんなもん集めて
と、勝手にレア物王冠を手に取り、スネ夫に派手に叱り飛ばされるのび太。
「ピンセットで扱うもんだぞ。錆がついたらどうする!」
さっぱり状況が飲み込めずにいると、三人が「遅れてる」のび太に口々に説明します。
切手やコインなんて時代遅れ、この一日眺めていても飽きない形の美しさ。
面白さ、王冠コレクションはすぐに世界的ブームになる。
それを聞いたのび太が、3人に自宅の箱一杯のコレクションを披露すると、三人は「いつのまに!?」と言葉を失います。
「いやあ、たいしたことないよ。ちょっとばかりしょくんと目のつけどころがちがっていただけさ」
のび太くんは進んでいるからね。と、ブーム仕掛人のドラえもんもさりげなく煽ります。
完敗を認めるも羨ましくてならない3人は、家に駆け戻り、
「3食おやつも全部コーラにして、とママに一生のお願いとして懇願(しずかちゃん)」
「コーラ10本一気のみして、ザブンザブンのお腹を抱え、サイダーを買いに行く(ジャイアン)」
「親のビールを6本一気に開栓(スネ夫)」
と、暴走をはじめます。
町の子供達が数を競う中、悠々と登場した名コレクターのび太は、数が少ないものにこそ値打ちがあるんだよ、と、「王冠コレクション道」を説きます。
そしてドラえもんがピンセットで(笑)とりだしたのは、「8月12日三河屋で売れたコラコーラ」。
この日三河屋で売れたコラコーラはこれ一本!世界中探してもこれしかないんだ。
10万円だしても、100万円だしても手に入らないんだよ。と、熱弁をふるうと、素直に瞠目する子供達。
ああおもしろい。
密かに笑う二人でしたが、ママから、「駅前の切手屋が王冠屋になった」と聞かされたり、パパが「5月7日にスーパーで売れたスポライト」を2000円もしたんだぞ!と、達成感ある笑顔で買って帰ってきたのを見て、ビールスが予想以上に広範囲に広まってしまったことに気づき、にわかに恐怖を覚えます。
はやく効き目が消えないかな……と、落ち着かない気持ちの二人。
そこへ、恰幅と身なりのよい紳士が訪ねてきます。
「わたくし、王冠のコレクションをやってるものです」
のび太に丁重に名刺を差し出した紳士。
(困惑するドラえもんの表情が味わい深い)
「素晴らしい王冠をお持ちだとか……是非、8月12日の三河屋の王冠を200万円で売ってください」
金額にあっけにとられ、あんなもの売るわけには!と言う二人に、ぜひほしいのです!と札束を差し出して粘る紳士。
「おねがい!おねがい!」
畳に手をついて懇願する紳士を前に、顔を見合わせる二人。
「いいのかなあ……」
我が物となった三河屋のコラコーラ王冠をピンセットでとり、歓喜の面持ちで眺めていた紳士。
しかし、急に「!?」と真顔になると、
「なんでこんなもの、ほしがったんだろう」
と、首をかしげて、王冠をポイ捨て、札束を手に帰っていきます。
あとには「ビールスのききめが、消えたらしい」と、ほっとしたの2割、残念8割みたいな顔をしたのび太とドラえもんが残されました。
(完)
わからない人間には、まさしく王冠をつまむのび太のごとく「なんにするの、こんなもん集めて」と思うものの価格が高騰したり、熱狂的コレクターがつくことがありますが、そういう現象をさりげなく戯画化した名作です。
なお、この「流行性ネコシャクシビールス」は、過去にもファッションの流行に一石を投じるというイタズラで登場しており(てんとう虫コミックス6巻)、「ドラえもん」という作品それ自体は圧倒的クオリティと知名度を誇りながら、流行や物の価値評価については一定の距離をおいていることがわかります。
「そもそも物のねうちってなんだろう。けっきょくみんながほしがるかどうかで、きまるんじゃないか」
「なんでこんなもの、ほしがったんだろう(ポイ)」
というドラえもんの洞察と、コレクター熱が冷めた紳士の姿、
「とにかくこれが流行となると、われもわれもと飛びついて……」
「みんなと同じにしていないと安心できないんだよ」
というドラえもんとのび太の、困惑交じりの会話。
どちらも、「みんな」という名の外部からの情報に強烈に影響され、翻弄される現代人の姿を、非常に的確に捉えています。
現在、世の中の流行に強い影響力を持つ人物は「インフルエンサー(影響者)」と呼ばれ、この言葉は「インフルエンザ」と同じルーツを持っている(※ラテン語の「影響(influentia)」が語源)という現象を考えると、ウィルスの流行と世の中の流行をかけて、ドラえもんが風に乗せてビールスをばらまく姿も、おそろしいほどウィットに富んでいる。
(そして、ほんの軽いいたずらのつもりで流行らせた王冠熱が予想外に広まったと気づいてうろたえる姿や、200万円を手に入れ損ねた時の複雑な表情に、お人よしと金銭欲の両方があるのび太とドラえもんの性格がにじみでている。)
こういう奥深い世界観だからこそ、40年経過した今も、流行を超え、伝説として生き延びているのかもしれません。
先日、贋作師の人々のお話をいくつかご紹介させていただきましたが、ああいう事件は、
「『形の美しさ面白さ』が好きなら、ご希望に沿うものを作ってあげたでしょ、だから買ったんでしょ。たしかに『8月12日三河屋でただ一本売れた』という話は嘘だけど、それは作品の美とは関係ないでしょ?美じゃないところの価値ってそんなに重要?」
という(屁)理屈のもと、あの200万の紳士みたいな人の財布を開かせるのだろうなと考えさせられました。
よろしければ当ブログ以下の記事を併せてご覧になってみてください。
※参照:養命酒HP「月間元気通信」健康の雑学 > 【2018年12月号】 インフルエンザの雑学
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