(大統領執務室でエドワード・ホッパーの絵を眺めるオバマ大統領の後ろ姿)
先日、オバマ大統領の広島演説の際に、大統領と対面したお二方(坪井直さん、森重昭さん)についてご紹介記事を書かせていただきましたが、今日は、オバマ大統領がホワイトハウスに飾るために選んだ絵について書かせていただきます。
アメリカでは、新しい大統領が就任すると、国内の美術館が、ホワイトハウスに飾る絵や彫刻をレンタルするという慣習があるそうです。
貸し出された作品の一覧は所蔵美術館名とともに公開され、美術マーケットの熱い注目を集めるとか。
(「オバマ大統領が選んだ画家」とキャッチフレーズがつけられれば、知名度がグンと上がるからですかね。)
・「The Guardian」掲載の貸し出し作品リスト
絵のほとんどはアメリカ出身、またはアメリカ国籍を取得した画家から選ばれ、また、画家の性別やルーツ、テーマが全アメリカ国民を配慮した選択であるよう心掛けられるそうです。
(男性だけとか、アメリカ人でも○○系だけ等に偏らないように注意して選ぶ。)
「The Wall Street Journal」によると、オバマ夫妻は歴代大統領と異なり、現代アートを多く選んだことが話題になったそうです。
・出典URL
また、夫妻は、アメリカの歴史や風土がよく伝わる絵や、ルーツを感じさせるアフリカ系アメリカ人画家の絵を好まれたようです。
ホワイトハウスのブログでは、アメリカモダンアート界の巨人、エドワード・ホッパー(1882〜1967)(都会でも郊外でも、どこか寂寥感の漂う世界観が特色)の絵が大統領執務室(Oval office)にかけられたことが話題になっていました。
(エドワード・ホッパー「自画像」)
(ちなみに「大統領執務室にかけられた」というステイタスは時に絵の価値を3倍にアップさせることもあったとか。〈前出The Wall Street Journalより〉)
ホッパーの作品群を見られる「Wikiart」ページはこちら。
しかし、このような絵画セレクトの中、二人だけ、アメリカとほとんどゆかりの無い画家の作品が選ばれました。
一人目は、ニコラ・ド・スタール(1914〜1955)。選ばれたのは「Nice(ニース)」という作品でした。
Image Credit :Wikiart Nicolas de Staël
(ハッシュホーン美術館〈スミソニアン博物館の一部〉所蔵「Nice」画像と美術館の解説はこちら)
二コラ・ド・スタールはロシア出身の画家で、独特の色使いで、抽象と具象のあわいのような絵を描きました。
「ジョジョの奇妙な冒険」ファンの間では、エキセントリックな天才漫画家、岸辺露伴が、「創作のために全財産を使い果たしてもなお手元に残したのが、このスタールの画集」というエピソードで知られています。
(単行本「岸辺露伴は動かない」より)
スタールの絵の魅力については、岸辺露伴が、そのとき唯一の財産である画集を開いて、担当編集に絵の説明をしていたときの台詞に尽きると思います。
「抽象画でありながら同時に風景画でもあって、そのぎりぎりのせめぎあいをテーマにしている。こんなに簡単な絵なのに光と奥行きがあって泣けるんだ。つまり「絵画」で心の究極に挑戦しているんだ」
泣ける。
なぜだかわかりませんが、確かにスタールの絵にはそのような力があります。
独特の色遣いで厚塗りされた油絵具が、にじむようなしっとりとした質感を醸し、涙の向こうの光景のような、寂しいけれど温もりも感じられる作品です。(モノトーンで描かれた絵すらどこか温度のゆらぎがある。)
この特異な才能と挑戦的なまなざしを持つ画家は、貧困の果てに成功をつかみましたが、1955年、「コンサート」という名の色鮮やかで伸びやかなタッチの大作を絶筆に、わずか41歳で謎の自死を遂げました。
スタールの作品群を見られる「Wikiart」ページはこちら。
※遺作「Le concert」ほか、露伴先生が漫画の中で開いて見せている絵「Agrigente(イタリアの地名)」も観ることができます。
もう一人の外国人画家は、イタリアの抽象画の巨匠、ジョルジォ・モランディ(1890~1964)。
Image Credit :Wikiart Giorgio Morandi
こちらは二枚の静物画「Still life」が選ばれました。
(ホワイトハウスに飾られたモランディの静物画2枚)
モランディの作風がわかる動画(The Phillips Collection紹介動画)
Morandi: Master of Modern Still Life, The Phillips Collection (February 21-May 24, 2009)
モランディはその生涯を通じイタリアからほとんど出ることがなく、独身を通し、母と妹たちと暮らしながら、主に静物画を描き続けた画家でした。
「ひとり静かに仕事をさせてくれ」が口癖で、第二次大戦時、国内にファシズムの嵐が吹き荒れる中でも、ただひたすらに己の作風を貫き通した人です。
アトリエに意図的に埃を積もらせ、彼の所蔵する静物の配置とともにその埃を描くことで、色のくすみや光のゆらぎを描いたという画家の作品は、寄り添うように卓上に集うボトルや箱の姿と空間の中に、物、埃、光、影、すべてを等しく見据える静まり返った心とまなざしを感じさせます。
モランディの作品群が見られる、Wikiartページはこちらです。
ホッパー、スタール、モランディ。
彼らの絵に共通するのは、ある対象を見つめる、静かで孤独な心が感じられるということです。
それは、味方がいないという意味ではなく、ただ、他の誰の考えとも関わりなく、独り物思うような心境。
こうした絵を居住エリアや執務室で眺めるために選んだオバマ大統領という方は、アメリカ大統領という、ある意味世界でも屈指の重圧と権謀術策の中に生きなければならない立場の中で、できうる限り、誰の賛辞にも奢らず、思惑にも振り回されずに、一人の人間として、自分の心がどう感じ、思うかということをとても大切にしているのではないでしょうか。
広島演説の際に、オバマ大統領と言葉を交わした坪井直さんの「真面目な人で、人を思う心が強いのか、話をするたびにどんどん握手が強くなっていった」という印象(※)と、この静かな孤高の絵画たちは、どこか相通じているように思われます。
(※)(時事通信社記事より引用)
オバマ大統領の政治的手腕や、アメリカの方針については、知識に乏しいため、何も申し上げられないのですが、選ばれた絵の中に通底する気配から、あの方の美意識とともに、何か人としての信念を感じたような気がします。
(参照)・Smithsonian’s National Postal Museum Blog(02/15/2010 Mark Haimann )「Philatelic Musings on Art: The Obama's Art Selections on Stamps」・The Wall Street Jornal「Changing the Art on the White House Walls」By AMY CHOZICK and KELLY CROWUpdated May 22, 2009 12:01 a.m. ET・The Whitehouse Blog「New Additions to the Oval Office」・時事通信社「Jiji.com」「核廃絶「決意感じた」=被爆者ら高い評価−オバマ氏広島訪問」(※)一部モランディの情報については、NHK「日曜美術館」の特集「埃(ほこり)まで描いた男〜不思議な画家・モランディ〜」を参照させていただきました。
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