2016年08月14日

映画「ピエロの赤い鼻」(第二次大戦下のフランスを舞台にした心優しいピエロの物語)

ピエロの赤い鼻 フライヤー - コピー.jpg

(画像引用:映画ナタリー

 『ピエロの赤い鼻』は、第二次大戦時フランスで、親友の男二人が、駐留ドイツ軍に反抗したために、命の危険にさらされた時に出会った、心優しいドイツ兵との交流を描いた作品です。(2003年、フランス)

ピエロの赤い鼻 日本語版予告

(※2024年追記:予告編や2005年当時のDVDの解説では「スピルバーグ監督がリメイク権を獲得した」とありますが、まだ映画化はされていないようです。今の時代にこそリメイクを作り、そこからオリジナルの素晴らしさも改めて知られてほしい作品です)


(名作なのに今はDVD新品が売っていない……個人的には生涯ベスト10に入る映画だと思っているので残念です)

一部あらすじを書いた記事はコチラです。


今回は結末までネタバレなので、どうか中古またはレンタルででも一度ご覧になってからお読みください。色彩の限られた、展開も地味な作品ですが、本当に素晴らしい作品です。


以下、あらすじです。



小学校教師ジャックは美しい妻と二人の子供を持つ中年男。


お祭りのときはいつも古びた赤い鼻をつけてピエロ姿で演技をするが、息子のリュシアンは毎度父親が笑われるのにうんざりしている。


リュシアンの気持ちに気づいたジャックの親友アンドレは、ジャックがピエロになる理由を話し始める……。



大戦時、名士だったアンドレの屋敷はドイツ軍に接収され、ホテルで暮らしていた。


アンドレが足しげく通うレストランにいたのは美しいウェイトレスのルイーズ。ジャックもその店の常連で、実は、二人ともルイーズ目当て。


ルイーズにいいところを見せたかった二人は、抵抗を呼びかけるラジオにあおられ、ドイツ軍の物資輸送に使われる線路の信号所を爆破した。


しかし、二人が無人と思っていた信号所の小屋には、村人のフェリクス老人がいて、爆破によって重傷をおってしまう。


ショックを受ける二人だったが、さらにその夜のうち、事件の首謀者が名乗り出るまでの人質として、とらわれた村人4人の中に、当のジャックとアンドレが入れられてしまった。


24時間以内に首謀者が名乗り出なければ、見せしめに処刑する。


ドイツ軍にそう宣告され、雨の中、村はずれの水浸しの穴の中に放り込まれるジャックたち。


覚悟を決めて、自分たち二人が犯人だと名乗り出ようとしても、他の村人二人にすら信用されずに、一緒に処刑を待つ身となってしまう。


しかし、穴の底の彼らを見下ろし、冷酷に運命を言い渡す兵士たちの中に、もの言いたげに彼らを見つめる下級の中年ドイツ兵がいた。


他の兵士が軍靴の音高く立ち去る中、その男は一度振り向いて、メガネの奥の穏やかな目を彼らに向けた


駐屯地に戻ると、脇にかかえたヘルメットにそうっとリンゴとパンを隠し入れるドイツ兵。


4人が飢えと寒さに震えていると、いつのまにか、穴の上に足を投げ出すようにして、その中年のドイツ兵が腰かけていた。


ふいに、きゅっと寄り目になり、舌を出したおどけ顔をするドイツ兵


馬鹿にされているのかと泥を投げつけてののしる4人。


慌てたドイツ兵が穴に落とした銃を彼に向けて「動くな、はしごを持ってこい!」と叫ぶが、考えてみると戻ってくるわけがない。


どうにもならずに黙り込む4人に向けて、ドイツ兵が手品のしぐさでパッと顔を覆ったハンカチをどかすと、その顔には、薄暗がりにもはっきりわかる真っ赤なピエロの丸い鼻がついていた。


そのままナチスを揶揄したおかしなしぐさで歩き回るドイツ兵に、死の恐怖も忘れて笑い出した4人。


穴の上で曲芸を見せていたドイツ兵の手から、やがてパンとリンゴが4人に向かって投げ渡された。


「生きている限り希望はある」


そう、うやうやしいフランス語で語りかけたドイツ兵。


昔、パリでピエロをやっていたというその男の名前はベルント。またの名をピエロのゾゾ。


また明日。そう4人を励まして、戻ろうとしたベルントをジャックが慌てて呼び止めた。


「ベルント、銃を!」


穴から銃が投げ渡された。


苦笑いして、銃を手にふざけ歩きで帰っていくベルント。


しかし、穴から離れてから振り向いたその顔には、重苦しい表情が浮かんでいた。


変な番兵だな。……天使かな。


リンゴをほおばりながら、つぶやくアンドレ。


油断するな、というもう一人の村人に、いいやつだよ、笑わせようとしてくれた、と首を横に振るジャック。


気を紛らわすことのできたジャックたちは、生きて戻れたら、好きな女にプロポーズをしよう、生まれ変わったら何になろうと、軽口を話して時間を過ごす。しかし、刻々と迫る死を前に、穴の底の空気は次第に重くなっていった。




一方、重傷を負ったフェリクス老人は、病室で、思いつめた目をして妻に声をかけた。


「ドイツ軍に言ってくれ、犯人は俺だと」


俺はもう助からない。ほかのみんなが助かるにはこれしかない。


そんなことを頼むなんて、私に恨みでもあるの!?と、涙する妻のマリーに、フェリクスは言った。


「お前には心から感謝しているよ。ひとつひとつお礼を言っている時間はないけど……」


頼む、そう、繰り返す夫に、マリーは、絶対に嫌よ!!と引きつった声で叫んだ。





「朝飯だよ」


少しだけ白んだ空を背に、ベルントが酒瓶を投げてきた。


冷え切った体で身を寄せ合って眠り込んでいた4人は、火のつくような酒をわけあって飲み、人心地つくとベルントに尋ねた。


「命令は?処刑するって?」


腰を下ろして彼らを見守っていたベルントから笑顔が消えた。


「……ルイーズに……」

自分たちの運命を悟ったジャックとアンドレは、そうつぶやいて酒を飲み交わした。


ベルントはカバンから掌に乗るような小さなアコーディオンを出し、他のドイツ兵たちに聞こえないように、そっとささやくような音と声で、フランスの歌を歌いだした。


心が弾む

こんにちは こんにちは ツバメたち

屋根の上に広がる空は 喜びに輝く

路地には太陽が降り注ぎ 心も明るく

ベルントを見上げる彼らの震える唇からも、かすかに同じ歌が漏れ始めた。

いつも僕の胸は ときめき揺れ動く

何かを連れてやってくるのは愛

それは愛 こんにちは こんにちは お嬢さん

世界は喜びに包まれている……



同じころ、司令部にいた銀髪のドイツ軍少佐のもとに、二人の訪問者があった。


一人は、見せしめとして早急な処刑命令を要求する、冷たい目をした若い大尉。

その必要があるのかと難色を示す上官に、そのような甘い態度には承服しかねます、と、冷笑を浮かべて部屋を出て行ってしまう。


入れ違いに入ってきたのは、フェリクスの妻、マリー。

「爆破の犯人は夫です」

夫の意思でここに来ました。夫は嘘などつきません。

その声は震えていたが、涙の光る瞳は覚悟に大きく見開かれていた。


すこし酔って、ベルントと言葉遊びをしていた4人。

そのやりとりは、大尉たちの足音に断ち切られた。


命令を受け、穴を取り囲むと、銃を構えるドイツ兵たち。

最期の時がきた、と、互いに抱き合うジャックとアンドレ。

しかし、ベルントが、銃を構えず、だらりと両手をさげたまま、彼らを見ていた。


「命令だぞ、銃を構えろ!!」

大尉の言葉に、ゆっくりと銃を向けたベルント。

その目に映る、つい先ほどまで一緒に笑って話していた4人。

ベルントは黙って銃を地面に落とした。

そして、カバンから何かを取り出すと、それを鼻にあて、大尉をまっすぐに見つめた。

ピエロの赤い鼻。

大尉がベルントの眉間に拳銃を向けた。

「やめろぉぉぉ!!!」

ジャックの絶叫に銃声が重なった。

その直後、フェリクス老人の自白を受け、処刑を中止する知らせが大尉に届いた。


穴の周囲から立ち去るドイツ兵たち。

何が起こったのかわからない。ただ、ひとつ確かなことがある。

白い泥に長く筋を残して流れたベルントの血。

その先に転がり落ちていたピエロの赤い鼻を、ジャックの震える手が拾い上げた。


「証言は真実だと?」

おそらくそうではないと気づきながら、銀髪のドイツ軍少佐はマリーに問いかけた。

「はい」

「すべて覚悟の上で?」

一度息をのみ、それでもマリーはうなずいた。


病室で、両手を組み合わせて天井を見つめていたフェリクス。

数人の兵が乱暴に入ってくると、傷だらけの彼を椅子に乗せて運び出した。

「これでいいんだマリー、もう何も心配はない」

夫の連行を見ていた妻に、そう静かに声をかけると、フェリクスは病院の庭へと連れていかれた。

開け放たれた窓から響く処刑の銃声。マリーが震える唇にハンカチを押し当て悲鳴を呑みこんだ。



後日、ルイーズの口から、何故自分たちが解放されたのかを教えられたジャックとアンドレ。

「俺たちは彼の人生を奪った……」

言葉を失う二人。

そしてこの事件をきっかけに亡くなったのはフェリクスだけではない。



翌朝、穴の側に戻ってきた二人。

しかし、ベルントの埋葬された場所を見つけることはできなかった。

解放された日、自分たちに向かって降ろされたロープのすぐ側についていたベルントの血の跡も、すでに黒ずんで消えかけていた。


彼の名前しか知らない。

ベルント。

ゾゾ。

しゃがみこんだジャックは、小石を拾って不器用にお手玉の真似をした。


この日、ジャックは生涯ピエロを演じることを決めた。

ユーモアと人間味に溢れた男を称えて。




フランスが終戦に湧く中、重い足取りで、マリーの家に向かう二人。


真実を告げられたマリーの態度は、思いのほか静かで毅然としていた。


「夫は勇気ある行動をした。それだけが真実」


それは忘れないで。


マリーは二人にきっぱりと言った。




その後、ジャックはアンドレの橋渡しでルイーズにプロポーズをし、結婚をした。




「私にはわかっていたんだ。君のママは、僕より君のパパが好きだったと」

アンドレはジャックの息子、リュシアンの肩を抱き、そう物語をしめくくった。


とうにふてくされ顔は消えたリュシアンの頬に、涙がつたっていた。


アンドレにうながされ、ジャックのショーのフィナーレに戻るリュシアン。


喝采の中、アンドレとともにショーを見つめるリュシアンも大きな声を上げた。

「ブラボー!!パパ!!」


今はジャックの妻となったルイーズの隣にマリーもいた。


カーテンコールに現れたジャックは、小さなアコーディオンを取り出し、歌い始めた。


心が弾む

こんにちは こんにちは ツバメたち

屋根の上に広がる空は 喜びに輝く……。


今は誰を恐れるでもなく高らかに歌えるこの歌。


明るく合唱をする観客たちの中で、アンドレとリュシアンは、ジャックがこの歌を歌う意味に思いをはせながら、舞台を見つめていた。


(完)


のどかな村で、恋と友情に生きていた二人の男。

戦争の中にあっても明るさのあった日々。


しかし、二人が深く考えずにとった行動をきっかけとして、彼らを救うために、ベルントとフェリクスというこの上なく優しい人たちが命を落としました。

戦火のただ中でなくても、戦争がいかに無意味にあっけなく人の命を奪うかが伝わる話です。


一方で、そのようなすさんだ世の中であっても、最後まで優しさを失わなかったベルントとフェリクス。

「天使かな」とアンドレはつぶやきますが、私は、もし天使という存在があるとすれば、まさにベルントのように、決して人をねじふせる力があるわけではない、人生の苦労や理不尽を知り抜いて、少し老いた優しい目をしているのではないかと思います。


自分の身に何が起こるかわかっていながら、それでも、彼らを撃つことを拒否したベルント。

赤い鼻をつけた彼の表情は、静かで優しく、そして誇り高さを感じさせます。


一方、悪気はなかったとはいえ、ベルントとフェリクスの死に関わってしまったジャックとアンドレ。


ジャックはベルントが生きていれば続けたであろうピエロの道を生きることを決め、アンドレはおそらくルイーズをジャックに譲ることを償いの一つとしたのでしょう。

(実はルイーズはむしろ最初はアンドレのほうが好きだったのではと思わせる二人きりのやりとりがあり、結末部でリュシアンとアンドレを見つめるルイーズの表情にも、どことなく含みがあります)


痛みや悔いを秘め、それでも生き残った者として歩みを続けるそれぞれの人生がそこにあります。


最後に、構成について触れさせていただきます。


残念ながらこの映画があまり有名でないのは、物語のほとんどが、雨にぬかるんだ暗い穴の中と外のやりとりという地味なものだからかもしれません。


しかし、実はこれは意図的に色彩を絞った構成なのだと思います。


暗い穴の底という、まさしく絶望的な状況に突き落とされた4人の男。

そこにかすかに光のこもった空を背負って現れたベルント。


4人を励まそうとおどけるベルントのピエロの赤い鼻、そして彼らに投げられたリンゴの赤が、ほとんど青灰色に占められた画面の中で、彼のいたわりに溢れた優しさそのもののように際立ちます。

そして4人の代わりに撃たれたベルントの血は穴の中に流れ落ち、その赤が、彼らが生きて外へ出ていく道筋を示しました。


ピエロの赤い鼻を受け継いだジャックは、平和が訪れた村で、今は画面いっぱいに広がる、温かな赤のカーテンを背に、ベルントが自分たちのために歌ってくれた歌を歌います。


色彩を丁寧に抑制することで、最後には人の心の温かさがせつなく胸に残る、非常にすぐれた作品です。


是非ご覧になってみてください。


読んでくださってありがとうございました。


(ベルントが歌い、後にジャックがピエロとして舞台に立った時にかかった曲)
Y'a d'la joie(喜びあり)シャルル・トレネ(1936) 

※フランス語版予告編


【参照】
posted by pawlu at 06:40| おすすめ映画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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