2016年08月04日

蚊の話(椎名誠「わしらは怪しい探検隊」より)

蚊に刺されました。

酒飲みすぎて、あーもー僕的ノルマのブログ更新とか洗い終わった洗濯物干すとか、なんかやることやってないけどいったん寝ちゃうかあ、みたいになって寝たら、両足がかゆくて目が覚めた。
(ところで、数日前わたなべぽんさんを見習って減酒するとか言ってなかったか。)

しかも、足裏とか足の甲の皮膚がぐにぐにして掻いても痒みがとれないエリアとかを重点的に。

あったあ(頭)きたんで、今PCの脇にキンチョール置いて、今や我が血(含アルコール)をぱんぱんに吸って動きが鈍くなっている奴を仕留めてやろうと待機しながらこのブログを書きはじめました。洗濯物は干し終わりました。ギリ臭くなってない(刺されて良かったんじゃ……)。

かつて箏曲家宮城道雄さんは「蚊の羽音は篳篥(ひちりき)の音のようだ」と書いていましたが、その研ぎ澄まされて風流な感性を美しいと思っても、今はアノ音がしたらバーローンナロー(ジャイアン調)で臨戦態勢に入る予定です。

大体人様の血を吸っておいてカユクするとは何事か、お前ら足裏の角質を食べてくれるドクターフィッシュを見習えブツクサブツクサ……。


愚痴はこの辺にしておいて、せっかくなので(?)蚊にまつわる名文をご紹介したいと思います。

「わしらは怪しい探検隊」(椎名誠)
エッセイスト椎名誠さんが、友人たちで結成した「怪しい探検隊(正式名称 東日本何でもケトばす会〈←?〉)」とともに離れ島へ行きキャンプをしたときの顛末を主に描いた、アウトドアエッセイの傑作です。

わしらは怪しい探険隊 (角川文庫) -
わしらは怪しい探険隊 (角川文庫) -

独特のイラストは、東ケト会(略称)の一員でイラストレーターの沢野ひとしさん。

男たち特有のたくましくもいい意味で馬鹿馬鹿しいノリと、美しかったり恐ろしかったりする島の自然描写が素晴らしい(この本では「恐ろしい」優位)。

「水曜どうでしょう」(大泉洋の出世作番組)の旅シリーズ好きな方には特にお勧めです。

ちなみにこの本のアマゾンの紹介文に

「“おれわあいくぞう ドバドバだぞお…”潮騒うずまく伊良湖の沖に、やって来ました「東日本なんでもケトばす会」ご一行。ドタバタ、ハチャメチャ、珍騒動の連日連夜。男だけのおもしろ世界。」

とあり、なんと簡にして要を得て、しかもインパクトある名文だろう、と思ったら、書かれたのが、ご本人東ケト会の一員で「本の雑誌」の発行人だった目黒考二さんでした。

(「おれわあいくぞう」のくだりは、椎名さんが作った旅のしおり〈笑〉に添えられた歌の歌詞。〈確か〉目黒さんが解説文で「あまりに馬鹿馬鹿しくて誰も歌わなかった」と冷静に報告していらっしゃいました〈手持ちの電子書籍版ではこの解説文が見当たらなかったので、後日もう一度確認いたします。〉)

この作品の中に、椎名さんたちが、キャンプをしていた夜、「蚊柱(かばしら)」という、聞いただけでもカユクなる、それこそ椎名さん流に言うなら、おまーら柱なんか形成するんじゃないよ!なものに襲撃されるというエピソードがあります。

椎名さんいわく、テントの外でうなりをあげる音(怖)から察するに、その数数百万匹とも思われる大群で、実際にこれに襲われたら弱っている人やら馬やらが死んでしまうということもあるという、本当に危険な事態だったのですが、椎名さんの文はその恐怖と緊迫感を余すことなく描きながら、独特すぎる比喩表現と脱線を繰り広げていきます。

以下一部原文と内容をご紹介させていただきます。

「惨劇はこうして(補:みんなでたき火を囲んでしこたま飲んで騒いでテントに転がり込んで)全員が眠り込み、焚火がすっかり消えた午前一時頃、突然襲ってきた。」

蚊柱の襲来です。

「蚊といってもただの「カ」ではない。こういうふうにふだんあまり人類がやってこないような海辺と山村の境界あたりにいる蚊というのは同じ蚊といってもその蚊としての実力がまるっきり違っているのである。」

椎名さん曰く、我々が知っている蚊は、生ごみやらなま温かい排水やらに恵まれた環境(?)に生まれ育ち、獲物(ヒト)は飛べばぶつかるような過密状態。言うなればヘロヘロブロイラータイプの軽薄蚊でしかないのに対し、野生の蚊は「荒地の水たまりで冷たい寒風にさらされ、ゲンゴロウに追い回され、トンボのヤゴにケトばされながらもなんとかようよう日暮れに羽化し、初めて中空に飛び立ったときからすでにきびしくまなじりつりあげ、悲しい怒りを身の内にいっぱい秘めている」ので、都会の蚊とはまるで別格なのだそうです。

その攻撃スタイルにおいても、都会の蚊と野生の蚊は大きく異なり、都会の蚊が鴨居などに身を潜めていて人が寝静まったら血を吸いに来る、言うなれば「様子をうかがって、あとでどうかしたら襲っちゃう」というふうな「イヤラシ的態度および姿勢」なのに対し、野生の蚊は「獲物と見るや直進してきてズバッ、どぴゅう!とばかりに体当たりしつつ刺していくのである」。

その姿は若造テロリストが短刀腰だめにして「でえりゃあおおおう!!」と突進、玉砕していくのとよく似ている。……とのことです。


とにかく、その悲しい怒りに思いつめた「でえりゃあおおう!!」が数百万匹、椎名さんたちのテントにうなりをあげて突っ込んできて、テントの布地にコツンコツンとぶつかってくる音がいたるところから聞こえてくる。という事態が発生。

その時、全員がヒッチコック監督の映画「鳥」(ある日、突然鳥の大群が人間に襲い掛かるという不条理恐怖映画)を思い出して戦慄し、家の壁をたくさんの鳥が一斉にくちばしでつついて、壁が穴だらけになる、というあの場面のように、蚊がテントを突き破るということはまさかあるまいな、と話し合ってしまったそうです。

そして、さすがにそれは無かったけれど、わずかな隙間から突撃してくる蚊が後を絶たず、蚊取り線香の煙を充満させて、暗闇に懐中電灯をあてて蚊を探し出し、敵機の所在をつかんだものが叩き潰して撃墜、という、恐怖と痒さと汗と煙にまみれた戦いが深夜たっぷり二時間続きました。

激闘の果てにようやく蚊柱が去った翌朝、仲間の一人である「陰気な小安(凄い通称)」さんが行方不明になっており、ショックで自殺したのでは、いや人質にとられたのでは(←……)、と、ざわめきつつ、本当にいなくなったのなら探さなければいけないが、めしも食いたい、問題は小安とめしのどちらを優先させるかだが、そりゃめしだ、との結論に達した一同(酷い)でしたが、少し離れたところで、蚊取りの煙を避けて、ツェルト(簡易テント)に潜り込んで苦しそうに寝ている小安さんを発見、何故か全員でツェルトを取り囲んで念仏を唱え合唱したのち、炊事班長の沢野さんがテントにまわしげり(酷すぎる)、崩れ落ちるツェルトとともに、蚊柱事件は幕を降ろしました。

手短にまとめてさせていただいてしまいましたが、本当はこの事件だけでも、約30ページにわたり稀代の名文が堪能できます。そのほかのエピソードも本当に面白いので是非是非実際にお手に取ってみてください。
(椎名さんと沢野さんが遠泳に行った際の騒動も、いずれご紹介させていただきたいです。)

当ブログで椎名誠さんの「砂の海」をご紹介させていただいた記事はコチラです。

また、同じく蚊にちなんだ名文としてご紹介させていただいた太宰治の「哀蚊(あわれが)」の記事はコチラです。蚊柱事件とはまるで違う、東北の豪家の影を描いた物悲しい作品です。(※)

よろしければ併せてご覧ください。

(※)ちなみに椎名さんはかつてその才能を吉本隆明に「自殺しなかった太宰治」と形容されたことがあります。「太宰はなかなかいい男で、しかもめったやたらと女にもてたらしいからなあ」と喜ぶ椎名さんに、後の東ケト会員である友人たちは「それはあまり関係ないんじゃないか」と冷淡に指摘していました。
(『哀愁の街に霧が降るのだ』より。椎名さんたちが友人同士でボロアパートに暮らした日々を描いた作品。これまた傑作です。)

哀愁の町に霧が降るのだ 上 (小学館文庫) -
哀愁の町に霧が降るのだ 上 (小学館文庫) -


読んでくださってありがとうございました。
(ところでウチの蚊まだ出てこないな……〈困〉)





posted by Palum. at 02:44| 椎名誠 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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