2014年03月15日

(ネタバレ編)刑事コロンボ「忘れられたスター」

2014年3月15日(土)15:30〜17:08 BSプレミアムで刑事コロンボの「忘れられたスター」が放映されました。(先日15:00からと書いてしまい大変失礼いたしました。)

往年のミュージカル女優グレース(ジャネット・リー〈サスペンス映画「サイコ」でシャワールームで殺害される美女マリオンを演じたことで有名〉)が、自身の再起をかけた舞台への出資を断った富豪の夫ヘンリーを殺害するという筋立てです。

本日はこの作品の見どころであるラストシーンについてご紹介させていただきます。(というわけでネタバレなので、一度ご覧になった方だけお読みください)




グレースは自分が若かりし頃出演した映画のフィルムを所蔵、自宅の映写機を使い、それを毎日のように観るのが習慣でしたが、犯行の日は、この映画の上演中に抜け出してヘンリーを拳銃自殺に見せかけて殺害。

そして、「フィルムの準備」、「フィルムへの交換」、「片づけ」の数回戻ってくる執事に、映画を観ている自分を目撃させることで「旦那様が亡くなった時刻には、奥様はずっと映画を観ていた」と証言させました。

しかしコロンボは、執事の証言から、本来1時間45分の上演時間のはずの映画が、終わりまでに2時間かかったことに気づきます。

 この空白の15分に何があったのか。

 おそらく、老朽化していたフィルムが上演中に1度切れてしまったのだ。

 しかし、何度もフィルムを観ていたグレースなら、自分でフィルムの修復をするのに4分程度しかかからない。

 最後に執事が来るまでの残りの11分はなおも空白。

 その間、グレースは何をしていたのか。

 11分間、続きの映らない白いスクリーンを見つめてから、やがて、切れたフィルムを直しに映写機のところへ行った?

 いや、それは不自然すぎる。

 グレースは11分間、フィルムが切れたことに気づかなかったのだ。

 その場にいなかったから。

 ヘンリーを殺しに行っていたから。

 この、状況の不自然さをあぶりだして逮捕で終わりなら、普段のコロンボですが、この作品はふた味違います。

 グレースは事件直後、コロンボ(と彼の「カミさん」)が自分の作品の熱烈なファンであると聞いて、自宅でのフィルム上演にコロンボ夫妻を招きます。

 しかし、上演会の日、なぜか「カミさん」を連れてこず、かつて自分のミュージカル映画のパートナーであったネッドと一緒に来たコロンボ。

 コロンボの妻が来なかったことを残念がりながらもコロンボのリクエストした映画「ウォーキングマイベイビー」(犯行の日にもグレースが観ていたもの)の上演を始めるグレース。

 ですが、そのフィルムが途中で切れてしまいます。

 必要以上にイライラしながら映写機に駆け寄るグレース。

 実はフィルムはコロンボが途中で切れるように細工をしていたものでした。

 それを知る由もないグレースはあっという間にフィルムを直します。

 あまりにも無心に。

 自ら、犯行時11分間の空白があったことを証明してしまう手際の良さで。

 コロンボは既に気づいていました。

 昔のことは鮮明に覚えているのに、最近のことはすぐに忘れてしまうグレースの異変に。

 そして、医者であったヘンリーが、ひそかに「ローズメリー」という女性のカルテを書いていたことも。

 「ローズメリー」は脳に重い病気を抱えており、この病気では記憶に障害が出、激しい運動をすれば死ぬ危険がある。

 安静にしていても余命は長くてふた月。

「再起のステージに立つなどという夢は忘れて、一緒にクルーズの旅にでも出ないか?」

 殺される直前、ヘンリーがグレースに言っていたこと。

 「ローズメリー」

 ロージー。

 それは、かつてグレースが演じた役の名前。

 余命いくばくもないグレースが、ステージに立てば命取りになることを知っていたヘンリーは、彼女の復帰を反対した。

 そうとは知らないグレースは、自分の夢を阻む夫に怒りを覚え、おそらくは症状のひとつとして、感情のコントロールが利かなくなって彼を殺害した。

 しかし、今となってはそのことを覚えているか……。

 そう、ネッドに話しているコロンボに対し、映写室から出てきて話の断片を聞きつけたグレースは、「あなたはまだ夫が誰かに殺されたとおっしゃるつもり!?この家の人間がヘンリーを殺すなんてありえないわ!!」と詰め寄ります。

 やはりもう記憶は無いのだ。

(二度観するとわかりますが、執事が最後に様子を見に来る直前、グレースは怪訝な顔で額を押さえており、おそらくこの時点で自分の犯行を忘れています。)

 真相を話そうとするコロンボに、ネッドが割って入ります。

「もうたくさんだ。ヘンリーを殺したのは私だ」

 それを聞いたグレースは、ネッドにすがりついて悲痛な声で叫びます。

「あなたが!?嘘よ、そんなこと嘘!!なんでそんなことを!?」

「君のためだ。ヘンリーが君の復帰を阻んだからだ。」

 かつて想いを告げることができず、しかし本当は今も愛しているグレースの魂を守るため、ネッドは彼の胸で泣きじゃくるグレースにそう言います。

「あなたなしじゃ私何もできない。私待っている。あなたが帰ってくるまで復帰はやめて休暇を取るわ……」

 涙ながらに力弱くそう言うグレース。

ネッドはその折れそうに細い両肩を抱くと、グレースをソファに座らせます。

「それがいい。さあ、いい子だ。座ってロージーを観ていなさい」

 君の大好きなロージーを。

 腰かけたグレースの頬に、そっと口づけをするネッド。

「あんたの自白なんてすぐひっくり返されますよ?」

 そう言いながら玄関の扉を開けるコロンボ。

「頑張って見せる。ふた月間は」

 シルエット帽をすこしかしげた形でかぶり、真面目な顔で答えるネッド。

 その、覚悟を秘めたまっすぐな目に、しばし、言葉を失ったあと、目を伏せ、コロンボはうなずきます。

「そう……それがいいね……」

 コロンボを追い越して屋敷を出るネッド。

 扉を閉めようとしたコロンボは、残されたグレースの後ろ姿を見ます。

 ソファに腰かけ、コロンボたちに振り向きもせず。

 若く、完璧な美を誇る自分の、軽やかな歌声とダンスの光を浴びるグレース。

 彼女を守るつもりだったとも知らず彼女自身が殺した男。

 彼女のために汚名を被ることを決意した男

 彼女の残り2か月のために、愛を捧げた二人の男の存在すらも忘れてしまったように、その顔に笑みが広がり……。

 そして、幸せに満ち溢れたため息のような歌声と音楽が、物語の幕切れを告げます。

(完)

 個人的コロンボ3大名作の一つと思うこの作品。
(あとは「祝砲の挽歌」と「別れのワイン」が好きです)

 何が素晴らしいって犯人およびその周辺のキャラクターと、このラストです。

 栄光を忘れかねるかつてのスターの悲哀と言えば、前回ご紹介させていただいた「サンセット大通り」、それから最近ではアカデミー賞受賞作「アーティスト」がありますが、それぞれ名声を博したこの2作に一歩も譲らぬ見事なラストです。


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 何度も観たくなる余情と言う点では、個人的には3作中「忘れられたスター」が一番好みです。(全部好きですが。)

 というのも、この作品は古きよきアメリカ映画の美と、それを見る者の哀愁をとても上手に作品の味付けに使っているからです。

 ちなみにこのとき、グレースが観ている「ウォーキングマイベイビー(原題Walking my baby back home)(1953年)」という映画は実際にジャネット・リーが主演した映画だそうです。


 当ブログでは「1950年代の映画は美しさという点では最高だが、1980年代後半〜1990年代のアメリカ映像作品が人生の哀歓をとらえているという意味で最も素晴らしい」とよく書かせていただいています。

 アメリカの1950年代以前の作品(とくにミュージカル作品)はあまりにも美しい。

 ストーリーは幸せと明るさに彩られ、あらゆる意味で技術が高く、登場する人々は軽やかで善良。

 それは一抹の陰すらささない光の美しさです。

 こういう作品、当時はどう受け取られたか定かではありませんが、今の我々が観ると感動しつつ、なぜか曇天の向こうにこの世ならぬものを垣間見たように胸しめつけられます。

 このため、後々の名作の中で「現実との哀しい落差」を示すものとして、引用されることとなりました。(それこそ1990年代の映画の中で)

 以前ご紹介した「レオン(1994年)」の中でも、殺し屋レオンが、人の少ない映画館で、ジーンケリーが歌いながらローラースケートで街中を滑る場面のある「いつも上天気(1955年)」という作品に目をキラキラさせて魅入る場面があります。
(この作品にはすでに現実のほろ苦さが含まれだしているようですが)

レオン/完全版(Blu−ray Disc)

 また、観てる作品の時代はだいぶ下りますが、同じように「美しい映画に見とれる現実の人」という場面で最も印象深いのは「グリーンマイル(1999年)」で最悪の犯罪の冤罪を被ることとなった癒しの人コーフィーが、フレッド・アステアの「トップハット(1935年)」を観る場面でしょう。


グリーンマイル


トップ・ハット


 雨の公園のあずまやで恋の芽生えたフレッド・アステアとジンジャー・ロジャースが優雅にダンスを踊る場面。

 コーフィーは、暗がりの中に映画の光を受けて目をきらめかせ、思わず「この二人は天使だ」と呟きます。

 余談ですが「トップハット」のミュージカルは今イギリスで全国ツアー中です。

 宣伝のために初演時のキャストがテレビに出てきた素敵な映像があったのでよろしければご覧ください。なんかホントなぜか泣けてくる……。



 「なにもかも無くしても、世界が不条理でも、バレエだけは美しかった。あそこには幸福の青い鳥がいた」

 大好きな萩尾望都さんのバレエ漫画「青い鳥」の名台詞ですが、アメリカの古き良き美しいミュージカル映画には、この幸福の青い鳥が宿っています。

(「青い鳥」収録の文庫本「ローマへの道」名作です)

ローマへの道

 その中に生き、そしてそこから出られなかった人間の哀しみと罪。

 そして永遠に夢を見るその人の苦しい無垢をいたわり愛する周囲の人々。

 おそらくは昔、彼女にとても美しい夢をみさせてもらった。その思い出ゆえに。

 「忘れられたスター」の中では、彼女の舞台上のパートナーネッドや、夫ヘンリーだけでなく、執事夫妻もグレースのそういう一面を愛しています。

 映画を観るグレースへの執事の目や、彼女のドレスアップを手伝う妻の態度がとても優しい。

 そして、ある意味結局罪を追求しきれなかったコロンボもその一員かもしれません。

 こういう情や、現実と美との哀しい落差が、温もりの残る複雑な陰影を成し、すぐれた余韻となっています。

 陰の無い世界は現実には無い。

 でも、そこが温かく眩しいということは何故かもう知っていて、憧れる。

 多分そこに立ったことは一度も無いし、絶対にたどり着けないことはもう知っているのに。

 そういう、私たち全員の知っている胸かきむしられる感覚が、罪を犯しながらそれすら忘れて夢に魅入るグレースの涙混じりの微笑に重なる。

「忘れられたスター」はそういう味わいを持つ作品です。

 犯人との頭脳戦という点ではほかにも名作がたくさんありますが、こういう抒情はコロンボの中でも突出しているので、是非繰り返しご覧になってみてください。

 読んでくださってありがとうございました。

 (近々このラストシーンでの英語の台詞についてご紹介させていただきますのでよろしければ併せてお読みください)
posted by Palum. at 20:15| 刑事コロンボ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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