2013年06月09日

朝倉文夫「つるされた猫」(「夏目漱石の美術世界展」【上野の東京芸術大学美術館】展示作品)

「夏目漱石の美術世界展」(上野の東京芸術大学美術館・5月14日〜7月7日)に行ってきましたので、今回から何度かに分けて、展示作品の中で個人的におすすめのものと、漱石作品のご紹介を少し書かせていただきます。この展覧会について以前ご紹介させていただいた記事はコチラです。

「つるされた猫」(1909年〈明治42年〉)ブロンズ
 垂直に伸びたほぼ実物大の手から、首根っこをつかまれた猫がぶらさがっているというユーモラスな作品です。画像はコチラ(東京芸術大学大学美術館収蔵品ページ)。
 まだあどけない感じの細身の猫は、目をきゅうっと細めて少し口を開き、「にゃあ……」とか言ってそうな感じ。
 なにか悪さをしたところでつかまったのでしょうか。手の主の仕事の邪魔でもしたのでしょうか。猫は嬉しそうではありませんが、手は腕のしなりも曲げられた指の先のしぐさもどことなくゆったりとして、「こらっ!」ではなく、「これこれ」とでも苦笑いしていそうな感じが伝わってきます。
 猫の顔も全身も、観念はしているようですがふにゃーんとして緊張感はありません。
 初めて存在を知った時、昔の彫刻でもこんなに可愛くて面白いものがあるのかと意外に思った作品でした。
 この作品と漱石の直接の関係は定かではありませんが(それなのに展示したという遊びゴゴロがステキですね。)、漱石好きなら必ず「吾輩は猫である」を思い出すことでしょう。
 もっとも「吾輩は……」の猫は家人にとって「追い出しても×2入ってくるから置いている」だけの存在なので(というわけで名前が無いから「吾輩は猫である」と名乗っている)、手の主のほうが、つるしていてすらこの猫を可愛がっていそうですが。
 文字通り猫っ可愛がりはしていないけど、人も猫も、遠慮も緊張感も無いという風情が似ているのかもしれません。
 補足ですが、朝倉文夫のもう一つの代表作に「墓守」があります。(これは展示されていません。好きなので脱線させてください。)
 長いひげに広い額の年配男性が、手を後ろに組み、うつむいて静かにほほ笑んでいるという作品です。
 画像はコチラです。(文化遺産オンラインより。※拡大してみてください。実に味わいがあって素敵です。)
 モデルは実在の墓守の方で、日本人だそうですが、なぜかその背中に、どこか北の異国の秋と、まだ日のぬくもりをのこした黄昏のような気配を漂わせています。
 まあ、秋冬に見えるのは、この男性の服装がそうだからと言えばそれまでなのですが、後ろに何も彫られていないのに、どうしても真昼間に見えないのは、考えてみれば不思議な話です。
 「つるされた猫」もそうですが、「墓守」も、見ていると、彫ってある作品の後ろになんとなくなにかを思い浮かべたくなります。彫られたものの確かな線が、空間に背景を創り、温かみのある質感が、流れる時を醸すとでもいうのでしょうか……。
 なんでも、この墓守の方が、将棋をしている人たちの傍に立ち、対局を眺めていた一瞬をとらえた作品だそうですが、見る者に黄昏を思わせ、やがて、胸中に寂しさと安らぎが同時に湧き上がってくるような不思議な魅力があります。

 次回は「坊ちゃん」に登場するイギリスの画家ターナーについてご紹介させていただきます。
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posted by Palum at 20:43| 美術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする