引き続き『怪談』で有名な小泉八雲のオススメ作品をご紹介させていただきます。
(今回もダイジェストですが結末までしっかり書いてしまっていますので、悪しからずご了承ください。)
「停車場にて」は、八雲が熊本の停車場で目撃した、殺人犯の護送の場面を描いたもので、文庫版で6ページと大変短い作品です。
被害者はその地の巡査で、慕われていた人物でしたが、強盗を捕らえて警察につれてゆく途中で、犯人にサーベルを奪われて殺されました。
巡査を殺して逃亡した犯人は、その後別件で逮捕され、巡査殺害から四年間、決してその顔を忘れなかった刑事によって、過去の殺人が明らかにされます。
人望ある巡査を殺し、四年間逃亡していた犯人を一目見ようと、熊本の群集は停車場に集まっていました。八雲は彼らが暴動を起したりしないかと心配します。
やがて、改札口に、両手を後ろ手に縛られた、凶悪な人相の犯人と、彼を連れた刑事が姿を現しました。
そして、刑事は、ある女性の名前を大きな声で呼びました。
呼ばれて人ごみから、子供をおぶった女性が出てきました。
彼女は殺された巡査の妻で、おぶっていたのは、当時まだ彼女のお腹の中にいた子でした。
後ずさりし、息を呑んで静まり返る群集の前で、加害者と被害者が向き合います。
刑事は、彼女にではなく、彼女の背中の子に、こう語り掛けました。
この男が、坊やの父親を殺した男で、今、坊やを可愛がってくれるお父さんがいないのは、この男の仕業なのだと。
そして、刑事は犯人のあごをしゃくりあげ、その子と犯人の目を正面からむき合わせます。つらいかもしれないが、この男をしっかり見ることが、坊やの勤めだと言い聞かせながら。
犯人はすくみ、母親の肩越しに、彼を見つめる子供の目から、涙があふれますが、それでも、子供は言われたとおりに犯人を見つめ続けます。
やがて、犯人の顔がゆがみ、地べたにひれ伏すと、顔を擦り付けて、うめくように叫びます。
坊や、許してくれ、憎くてやったことじゃない、怖くて、逃げたくてしてしまった。本当にすまないことを坊やにしてしまった。罪滅ぼしに死ぬ、喜んで死ぬから、坊や、どうぞ堪忍しておくれ、と。
子供は黙ったまま、涙を流し、刑事はわななく犯人を起しました。
二人のために道をあけた群集から、突然、いっせいにすすりなく声がもれ、八雲は、刑事の日に焼けた顔が自分のすぐそばを通ったとき、かつて彼が一度も目にしたことのないものを見ました。
刑事の目にも、涙が浮かんでいたのです。
遺された子供と真正面から向き合わせることによって、犯人にその罪の結果をこれ以上ないほど明確に悟らせた、容赦ない、しかし慈愛ある刑事の裁き。
死を前にして身を投げ出して許しを請う、犯人の悔恨。
そして、すべてを理解し、人生の難しさ、人間の弱さにすすり泣いた熊本の人たちの思い。
人々が去った後も、停車場に残った八雲は、それらすべてについて、深く想いをめぐらせずにはいられませんでした。
わずかの間の出来事の中に、罪と罰と慈悲、後悔とそれに対する共感が凝縮された文章です。
(私の記憶が間違っていなければ、確か、作家の浅田次郎さんがかつて新聞で名作として紹介していらっしゃいました)
「停車場にて」は『日本の心』講談社学術文庫に収録されています。(今回の作品紹介もこちらから引用させていただきました。)。
次回は、八雲がなくなった日の出来事について、彼の妻の小泉節子さんと、息子さんの一雄さんの文章をご紹介させていただきます。あまり知られていないようですが、どちらも本当に人を愛することを知っていた人の哀切が凝縮された名文です。よろしければ、またいらしてください。
当ブログ小泉八雲関連の記事は以下の通りです。よろしければ併せてご覧ください。
@小泉八雲(ラフカディオ・ハーン) ※「生神様」をご紹介しています。
A小泉八雲(ラフカディオ・ハーン) おすすめ作品2「草ひばり」
B小泉八雲(ラフカディオ・ハーン) おすすめ作品3「停車場にて」
「思ひ出の記」(小泉八雲【ラフカディオ・ハーン】の妻節子さんの本)
「父『八雲』を憶ふ(おもう)」(小泉八雲【ラフカディオ・ハーン】の息子一雄さんの本)
読んでくださってありがとうございました。
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