2010年01月20日

エドガー・アラン・ポーのオススメ作品(1)

黒猫と酒


前回の記事で、作家エドガー・アラン・ポーのご紹介をさせていただいたのに引き続き、オススメのポーの小説を、二回に分けて紹介させていただきます。


※かなりのネタバレなので、作品をこれからお読みになりたい方は、今回と次回の記事はご覧にならないでください……。


「黒猫」(The Black Cat)

わたしが子どものころ図書館で読んだ、最初のポー作品。

酒で身を持ち崩した男が、次第に暴力的になり、まず飼っていた黒い猫を殺害。

後悔から新しく飼うことにした黒猫をも殺そうとして、猫をかばった妻を殺害してしまいます。

それまで、おとなしく優しかったはずの男が、すっかり豹変し、計算高く妻の死体を隠しますが、あと一歩で完全犯罪になったはずの罪は、ささいなきっかけで暴かれてゆきます。

この話、タイトルは「黒猫」ですが、別に殺された猫や、二番目の猫が、化けて出て復讐するわけではありません。

猫に殺意を抱くのも、恐怖を覚えるのも、すべて酒の魔力に溺れてしまった男自身の心がなせる業。

そして、妻の死体の在り処を明らかにしてしまったのも、自分の大胆さに酔った男が、警官たちの前で自らとった、ある行動によるもの。

彼は誰にも襲われていないのに、彼に訪れるのは破滅。

男のひとり語りの、怯え、湿った声の響きが耳に残る心地がします。


と……いうわけで、何度読んでもうなる傑作なのですが、子どもには、奥さんの死体の挿絵と、猫の、長く尾をひく鳴き声の描写があまりにもおそろしく、その後、長きにわたり、ポーはむしろ、「読まないほうがいい本」となりました。



「メエルシュトレエムの底へ」(A Descent into the Maelström)

海の大渦巻に巻き込まれた漁船の人々の運命を描いた作品です。

大渦巻の底に、船が徐々に滑り落ちて飲まれるまで、刻々と迫る死を前にした人間の心の動き。

大渦巻きは、咆哮を上げながらも、月光と虹に彩られ、滑らかな黒檀に似たものとして描かれます。

もう、助かる望みは無いと思い切ったとき、恐ろしさを突き抜けた主人公は、その圧倒的な自然の壮麗さにうたれ、また強烈な好奇心が沸き起こって、飲み込まれていく物たちの姿を、冷静に分析するのです。

ポーは、どうも、酒に溺れたすさんだ生涯をおくったという伝説ばかり注目されてしまうのですが、作家としての彼は、人間と自然に対する、徹底的に研ぎ澄まされたまなざしの持ち主に思われます。

余談ですが、「恐怖のあまり一晩で髪が真っ白に」という、よく聞くエピソードを最初に読んだ作品でもありました。



「アモンティリャアドの酒樽」(The Cask of Amontillado)

主人公の男は、とある裕福な友人に殺意を抱きます。

そして、謝肉祭の賑わいの最中、希少な名酒「アモンティリャアド」を手に入れたと偽って、泥酔した友人を自邸の地下の酒蔵に誘い込み、閉じ込めて殺害します。

なぜ、そこまで友人が憎かったのかの理由の描写は、ほとんどありません。

どうも、主人公はもともとは名家の主人で、没落してしまったようですが、それについて、友人に責任があるわけでもなさそうです。

ただ、その友人から侮辱を受けたと書いてあるだけです。

描写は、殺意を抱くまでではなく、それを実行している人間の姿に集中しています。

友人を鎖で縛り、壁の向こうのくぼみに閉じ込めるために、石を積み上げ続ける男と、酔いがさめて、生き埋めにされつつある事態に気づいた友人の、鎖の音と呪いの声が、暗闇にうごめく作品です。

スプラッタな場面はないのですが、マイ人生史上最恐小説となっております……。

それでいて、ポーの作家としての描写力、構成力には感嘆せざるを得ない。

ところで、昔、西欧では富裕な旧家の場合、邸宅の地下に一族の墓所を持ち、その側にワイン蔵があることについては、特に珍しくなかったんでしょうか。

何度読んでも、酒蔵の先に、人骨が並んでいるエリアがあるように読み取れ、しかも被害者となる友人も、泥酔しているとはいえ、それを認識しながら先に進んでいるので、当時は別に普通だったのかなと不思議なのです……。

この家で、「下からお酒、持ってきて」と、頼まれたら……。



今回と次回の記事の参考文献は以下のとおりです。

(次回は「天邪鬼」「告げ口心臓」をご紹介させていただきます。)

【参考文献】 
●『ポオ小説全集4』(創元推理文庫)丸谷才一訳 

「黒猫」・「アモンティリャアドの酒樽」・「天邪鬼」(次回紹介)収録

※江戸川乱歩による「探偵作家としてのエドガー・ポオ」という作家論も収録されています。

●『黒猫』(集英社文庫) 富士川義之訳

「黒猫」・「メエルシュトレエムの底へ」収録

●『黒猫 モルグ街の殺人事件 他五編』(岩波文庫)中野好夫訳。



ポオ小説全集 4 (創元推理文庫 522-4)

ポオ小説全集 4 (創元推理文庫 522-4)

  • 作者: エドガー・アラン・ポオ
  • 出版社/メーカー: 東京創元社
  • 発売日: 1974/09/27
  • メディア: 文庫




黒猫 (集英社文庫)

黒猫 (集英社文庫)

  • 作者: エドガー・アラン ポー
  • 出版社/メーカー: 集英社
  • 発売日: 1992/05
  • メディア: 文庫




黒猫・モルグ街の殺人事件 他5編 (岩波文庫 赤 306-1)

黒猫・モルグ街の殺人事件 他5編 (岩波文庫 赤 306-1)

  • 作者: ポオ
  • 出版社/メーカー: 岩波書店
  • 発売日: 1978/12
  • メディア: 文庫



posted by Palum. at 14:41| おすすめ本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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