2024年09月17日

星新一原作のNHKドラマ「処刑」(原作を忠実に再現しつつ新たな視点を示した作品)


「処刑」男と銀の装置 - コピー.jpg
(Image credit NHK/youtube)

星新一作「処刑」は、罪を犯した「男」が、荒れ果てた星に、ある機能を持つ銀の玉とともに放置される物語。

罪への罰として「生きて地球へ帰る道」を完全に奪われた男は、ゆるやかに死へと追い詰められていく。



(前編)総合 2024年9月18日(水) 午後10:45〜午後11:00
(後編)総合 2024年9月19日(木) 午後10:45〜午後11:00




【「処刑」あらすじ】

機械化が進んだ地球の文明に適応できなかった男が、衝動的に犯した殺人。

めまぐるしい日常の中で、自分の苛立ちも他人の命も認識できなくなっていた男は、水の無い処刑の星に送られて、はじめて自分の命の残り時間を凝視する。

「処刑」赤い星の大地 - コピー.jpg
(Image credit NHK/youtube)

銀の玉は、その星で唯一、男に水を与えてくれる装置。

だが水を産み出すボタンは、同時に銀の玉を爆発させるランダムな起爆スイッチだった。
銀の玉は、「その時」がいつかはわからないことで、水と引き換えに恐怖を与え続ける、残酷な処刑装置だったのだ。

(誰かの銀の玉が爆発した瞬間を見る男)
「処刑」爆発 - コピー.jpg
(Image credit NHK/youtube)

男は、水を手にして今この瞬間を生き延びるために、自分を爆死させる処刑ボタンを押し続けることになる。

「処刑」ボタン - コピー.jpg
(Image credit NHK/youtube)



(小説版「処刑」より)
(罪を犯した理由について)説明はできなくても、原因はあった。それは衝動とでも呼ぶべきものだった。
 朝から晩まで単調なキーの音を聞き、明滅するランプを見つめているような仕事。それの集った一週間。それの集った一か月。その一か月が集った一年。その一年で成り立つ、一生。
 しかし、それに対して、不満をいだきはじめたら、もう最後なのだ。逃げようとしても、行き場はない。機械はそのうち、そのような反抗心を持った人間を見抜き、片づけてしまう。片づけるといっても、機械が直接に手を下すわけではない。その人間に、犯罪を犯させるのだ。
 いらいらしたものは、少しずつそんな人間のなかにたまる。酒やセックスでまぎらせるうちは、まだいい。麻薬に走るものもでる。麻薬を手にいれることのできないものは、どうにも処理しようのない内心を押さえ切れなくなって、ちょっとしたことで爆発させる。
   (略)
裁判所の機械は冷静に動き、決して誤審のない、正確きわまる判決を下す。脳波測定器、自白薬の霧、最新式のうそ発見器は、組み合わされた一連の動きをおこなって、たちまちのうちに、事実を再現してしまうのだから。

(ドラマの中の処刑を宣告される瞬間。「男」の額に自動裁判のための装置がつけられている)
「処刑」判決の瞬間 - コピー.jpg
(Image credit NHK/youtube)

ちくしょう。地球め。彼は地球を、彼をこんな羽目においやった文明を、心の底からのろい、なんの役に立たなくても、あの青い星めがけて憎悪の念を集中してやろうと思った。しかし、青は、すぐ水を連想させ、雨、雪、霧、しぶき、流れ、あらゆる種類の豊富な水に連想が飛び、それはできないのだった。
(「処刑」同上)

機械文明が人間性を蝕んでいき、そしてついに、既になけなしとなった人間性を、衝動的に放棄する人々。

その者たちの罪を、正確無比の「組み合わされた一連の動き」で暴き、裁く機械。

ほころびから零れ落ちていく人間を冷笑し、より苦痛の多い刑罰を望む、今はまだ、機械文明の網に絡まることができている人々。

1959年に、こうした社会の実像をとらえた作家星新一の、冷たいメスの刃のようなまなざしは、この作品では、人間の心と肉体からほとばしる、生き延びたいという文字通りの渇望にも注がれている

そのまなざしが、破滅へと背中を押し続ける文明の、そびえたつ無限の無言の壁のような硬質と、後戻りを許されない人間のあがきのたうち、それぞれを、克明に追う。

そして、その息詰まる時間の先に、そこをくぐりぬけた果ての世界が広がる。


ドラマ版では、原作にある、星をさまよう男の、詳細な心の呟きは省略されているが、物語の道筋となる言葉と、孤立した男の心によぎる、銀の玉からのささやきは、ほぼ原作通り。

そして、少しだけ描写の角度を変え、原作の世界観が秘めていた新たな側面を、浮かび上がらせている。

それは、地球から切り離された男が思い描く、美しい女性。

(「男」が、美しい女(SUMIRE)と、夢の中でよりそう場面は、原作には無い静けさがある)
「処刑」美しい女 - コピー.jpg

そして、結末の男のしぐさと、ことば。

これらが、既に原作を読み、その鋭さと結末を「名作」として記憶している者にも、少しだけ違う感触を残す。

この「少しだけ」が、両方の作品に触れた人に、そのはざまで、もう一度、物語の意味を考えさせるのだ。



ドラマ版では、この「男」の怒りと虚無の渦巻くあやうさを、窪塚洋介が完璧に再現。

処刑「前編」サムネ - コピー.jpg

「処刑」男の表情 - コピー.jpg
(Image credit NHK/youtube)

同じ星に輸送されるさなか、錯乱と怯えにうかされながら、銀の玉の恐ろしさを語る囚人をROLLY、
処刑 囚人の表情リサイズ - コピー.jpg

一切の感情も同情もなく、銀の玉を「男」に渡す職員を野間口徹が演じた。
処刑 職員の表情2リサイズ - コピー.jpg
(ごく短いシーンを名脇役が固め、それぞれの表情が、これからはじまる処刑の、絶対的閉塞感を伝える)



原作に忠実な場面も、実写の圧でその意味に気づかされ、1959年から現代までの間に、描かれた息苦しい未来がほぼ現実となり、これからますますそこに近づいていくだろうという、観る者自身の実感が、ドラマの引力と融合していく。

ドラマを観た人は原作に、原作を読んだ人はドラマに、手を伸ばしてほしい。



【「処刑」収録のDVD】



出演:窪塚洋介 / ROLLY SUMIRE 野間口徹 / 島本須美
【脚本・演出・撮影】柿本ケンサク【プロデューサー】乗富巌、伊藤嵩【助監督】秋山真二【制作担当】佐野裕哉、加藤勇人【照明】森寺テツ【録音】中野雄一【美術】延賀亮【ドローン】西尾隆【劇用車】河村章夫【衣装】タカハシエイジ【メイク】内藤歩【記録】丹羽春乃【編集】久保雅之【映像技術】辻高廣【カラーグレーディング】西田賢幸【CG】山内太【音楽】Akeboshi、山田勝也【サウンドデザイン・MA】渡辺寛志



(後編の予告動画)



星新一の不思議な不思議な短編ドラマ PR動画


星新一の珠玉の作品を映像化したシリーズ [星新一の不思議な不思議な短編ドラマ] | 夜ドラで8/26 (月) 放送スタート!| NHK







(デンマークの画家ハマスホイの室内画と、星新一の短編をご紹介した記事)
欲望の城挿絵 - コピー.jpgInterior,_Sunlight_on_the_Floor - コピー.jpg



(参照URL)
・星新一公式サイト

・星新一作品一覧「ホシヅル図書館」

1、ショート・ショートタイトル一覧と、どの作品集に収録されているかがわかるページ

2、刊行順全著作リスト

3、作品の初出情報がわかるページ


「処刑」を収録した文庫本(その他の作品も読みごたえがありおすすめ)

【星新一を紹介した書籍】
最相葉月『星新一 −一〇〇一話をつくった人』
 星新一の生涯と作品の関係を詳しく紹介した名著。手塚治虫、江戸川乱歩、小松左京、筒井康隆らと星新一の交友関係も知ることができる。

(ハードカバー版)
(文庫版 上下巻)


posted by pawlu at 20:32| おすすめ本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2024年09月10日

映画「フィールドオブドリームス」の作家テレンス・マンのことば(追悼 名優 ジェームズ・アール・ジョーンズ氏)


みんなやってくるよ - コピー.jpg


アメリカ不朽の名作映画「フィールド・オブ・ドリームス」(1987年)で、作家テレンス・マンを演じた名優、ジェームズ・アール・ジョーンズ氏が、2024年9月9日に93歳でこの世を去った。

世界的な人気映画「スター・ウォーズ」のシリーズで、主人公の宿敵、ダース・ベイダー役の声を演じたことなどで知られるアメリカの俳優、ジェームズ・アール・ジョーンズさんが亡くなりました。93歳でした。

ジェームズ・アール・ジョーンズさんは、アメリカ南部ミシシッピ州の生まれで、長年にわたって映画やテレビドラマ、ブロードウェイの舞台など幅広い分野で活躍してきました。

中でも、世界中に熱狂的なファンを持つ「スター・ウォーズ」のシリーズで主人公の宿敵、ダース・ベイダー役の声や「ライオン・キング」で主人公の父親「ムファサ」役の声を演じ、その特徴的な重厚感のある声で多くのファンに親しまれました。

また、「レッド・オクトーバーを追え!」や「フィールド・オブ・ドリームス」など数多くの話題作に出演し、アメリカで、優れたテレビ番組などに贈られるエミー賞や、演劇界で最高の栄誉とされるトニー賞、それに映画のアカデミー名誉賞を受賞しています。

複数のアメリカメディアによりますと、ジョーンズさんは9日、東部ニューヨーク州の自宅で、家族にみとられながら息を引き取ったということです。

フィールド・オブ・ドリームス」は、不思議な声に導かれてトウモロコシ畑に野球場を作った男レイ(ケビン・コスナー)と、そこに天国から訪れる亡き野球選手たちの物語。

(畑で謎の声を聴くレイ)
それを作れば彼はやって来る - コピー.jpg
(トウモロコシ畑の野球場にやってきた選手たち)
やって来た選手たち - コピー.jpg

アール・ジョーンズ氏は、レイに頼まれて野球場を見に来た、引退した往年の作家「テレンス・マン」を演じていた。

1960年代に平和と自由を求めて活動していたテレンス・マンは、やがて変わってしまった時代と人々に失望して、長年表舞台から姿を消していた。

60年代に帰れ - コピー.jpg

当初、訪ねてきたレイにも非常に冷淡な態度をとっていたが、レイに懇願されて行動をともにするうちに、少しずつ心境に変化が訪れる。

レイと一緒に悲運の野球選手「ムーンライト・グラハム」を探し、地元の人たちから、既に亡くなっていたグラハムの思い出話を聞くときや、レイが疎遠なまま死に別れてしまった父親に抱く思いに接したときの静かな表情と声。

アール・ジョーンズ氏がテレンス・マンを演じてくださったから、映画の感動が、より深くなった。

(野球選手を引退したあとの「ムーンライト・グラハム」は、医者になり、生涯町に尽くした。グラハムの人柄を懐かしむ町の人に、温かい微笑みを浮かべるテレンス・マン)
グラハムの思い出を語る町の人 - コピー.jpg
町の人の話を聞くテレンス・マン - コピー.jpg

(旅の途中、レイが父にひどいことを言ってしまって後悔していると聞かされたテレンス・マンは、父の英雄だった選手たちの野球場のために奔走しているレイに「これがその罰だよ」と、そっと言う。「罰」という言葉に責める響きはなく、柔らかないたわりがある)
親父は戻らない - コピー.jpg
これがその罰だよ - コピー.jpg


彼の見事な演技は、ほかの数々の名作とともに、「『フィールド・オブ・ドリームス』のテレンス・マン」として、映画に心を打たれた私たちの思い出の中に、生き続ける。

感動を下さったことへの、心からのお礼として、テレンス・マンがレイに語り掛けたことばをご紹介させていただく。


【場面紹介】(※注:作品後半部重要シーン)

トウモロコシ畑を野球場にしたことで破産の危機に直面したレイは、義兄マークに畑を売り渡すよう、書類にサインを迫られる。

マークには、今、目の前で野球を楽しむ天国からきた選手たちの姿が見えない。売り渡せば野球場は潰される。

その時、レイの娘のカレンが言った。
畑を売ることはない。
「皆が、来るわ」

アメリカ中からここに人が集まってくる。そしてお金を払って、天国から来た選手たちの野球を観る。
だから畑を売らなくても大丈夫。

マークはカレンの話を聞こうとしなかったが、テレンス・マンも言った。

「レイ、皆、やって来るよ」

(テレンス・マンの言葉)
Field of Dreams (5/9) Movie CLIP - People Will Come (1989) HD

何かにひかれてアイオワに来る。
なぜかわからず君の家を目指し、
無心な子供に立ち返って、過去を懐かしむ。

君は言う「遠慮せず、どうぞごゆっくり」
一人、20ドル。
皆、当たり前のように払うよ。

金はあるが、心の平和がないのだ。

彼らはここに座る。
素晴らしい天気の午後、シャツ姿で…。
そして…ベースラインの近くに席があることを思い出す。
子供のころ、そこから自分たちの英雄たちを応援した。
そして試合を観る。
魔法の水に身を浸している気分でね。
手で払いのけるほど濃い思い出が甦る。

皆、やって来るよ、レイ。

長い年月、変わらなかったのは野球だけだ。
アメリカは驀進する。
スチーム・ローラー。
すべてが崩れ、再建され、また崩れる。
だが野球はその中で踏みこたえた。
野球のグラウンドとゲームは、
この国の歴史の一部だ。

失われた善が再び甦る可能性を、
示してくれている。

皆、やって来るよ。
間違いなく、やって来る。

驀進するアメリカの中で、それでも踏みこたえた野球のように、時代の波の中で失われかけた善もよみがえる。

それを必要としている人たちがいて、それを探し求めて、皆、やってくる。

失われた善、金と引き換えにした心の平和、それを思い出すために。

テレンス・マンは、レイとの旅、そしてトウモロコシ畑の中の野球場を見たことを通じて、一度は心から消し去ろうとした、アメリカという国と、そこに生きる人々への信頼を取り戻していた。

この国には「皆」がいる。
この野球場の価値を、「善」と「心の平和」の大切さを、わかってくれる「皆」が。

集まってきた選手たちの存在を背中に感じながら、テレンス・マンの声は、彼個人を超え、より大いなるものからの呼びかけのように、低く静かに、だが、力強く、レイに語り掛けた。

「皆、やって来るよ。間違いなく、やって来る」

アメリカは驀進する - コピー.jpg
金はあるが心の平和がないのだ - コピー.jpg
テレンス・マンと選手たち - コピー.jpg
間違いなくやって来る - コピー.jpg





【アール・ジョーンズ氏のもうひとつの名作映画「輝きの大地」(1995年 アメリカ・南アフリカ)】


(白人の大地主ジャービス(リチャード・ハリス)と神父クマロ(アール・ジョーンズ))
輝きの大地1995 - コピー.jpg

「輝きの大地」は人種差別に翻弄された1946年南アフリカが舞台。

強盗殺人事件の加害者と被害者、それぞれの父親の苦悩の果ての対話を描いた作品。

アール・ジョーンズ氏は、加害者の父、クマロ神父を演じた。

映画「輝きの大地(Cry, The Beloved Country) 」の英語版トレイラー(BGMはEnyaの「Exile」
Cry, The Beloved Country (1995) Trailer


【映画あらすじ】

ヨハネスブルクに出て消息不明になった息子が強盗殺人の犯人として逮捕されたという知らせを受け、刑務所に駆けつけたクマロ神父。
被害者は白人の社会福祉家で、黒人の貧困を救済しようと尽力していた人物だった。
一方、被害者の父親ジャービス(リチャード・ハリス)は、人種差別に疑問を持たない大地主だったが、事件をきっかけに、平等な社会を目指していた息子の思いを知ることになる。

クマロ神父が、ジャービスと偶然出会って激しく動揺する場面と、その後の二人の会話が忘れ難い。

差別による社会の荒廃がなければ起こらなかったはずの事件を裁く場面は、観ていて息が苦しくなるが、雄大な風景と、そこを吹き渡る風のような美しい音楽、名優二人の渾身の演技に心揺さぶられる。

そして、緑の大地で独り祈るジョーンズ氏の声が、一音一音、心臓に響く。

(南アフリカのTV放送局「SABC」で映画が放送されたときの予告編動画)

日本ではDVD化されていないのか、今は入手困難、レンタルでもなかなか出会えない作品だが、ぜひもう一度観たい。NHKで放送していただけたらと思う。



【海外の訃報ニュース】

ジョーンズ氏の映画代表作のほか舞台での演技も観られる。

(悲しいのに、こんな時でも「なんて存在感のある演技と良い声だろう」と、見とれ聴き惚れる)
New York City remembers the legendary James Earl Jones


【当ブログ関連記事】

映画「フィールド・オブ・ドリームス」(1989年アメリカ映画)あらすじと2021年メジャーリーグゲームの動画ご紹介

(映画トレイラー)

映画のあらすじと、映画撮影のために作られたトウモロコシ畑の野球場を、実際にMLBの公式戦で使用した2021年「フィールドオブドリームスゲーム」についてご紹介した記事(※一部内容重複)


【参照】
'#RIP dad': Mark Hamill honors James Earl Jones with Darth Vader reference(TODAY News Sept. 10, 2024, 8:01 AM GMT+9 / Source: TODAY By Liz Calvario)



posted by pawlu at 16:03| おすすめ動画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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