映画の中で「クイーン」のボーカル、フレディ・マーキュリーが一度は決裂したメンバーのもとに戻り、ウェンブリー・スタジアムで開催される一大チャリティーライブ「ライブ・エイド」への出演に向けて練習をしている場面。
ここで、フレディはメンバーに自分がエイズに感染したことを明かす。
このシーンのロケ地は、ロンドンの有名レコーディングスタジオ「エア・スタジオズ・リンドハースト・ホール AIR Studios Lyndhurst Hall」だ。
そして、この場所が使われたことが、物語の大切なメッセージにもなっている。
(※以下、物語後半重要シーン)
(場面のあらすじ)
スタジオでリハーサルするフレディ。しかしその声は、以前とは程遠かった。
声が出ないのは、ブランクと今までの無軌道な生活のせいだけではなかった。
フレディは、練習を終わらせようとした三人を呼び止めた。
そして告げた、自分がエイズに感染したことを。
当時は進行を抑える有効な治療法がなかった。
言葉を失ったあと、どうにか何かを言おうとしたメンバーを、フレディは押しとどめた。同情は時間の無駄だ。
❝残された時間で音楽を創る。それが俺の望みだ。
エイズに侵された悲劇の主人公でいるつもりはない。
俺が何者かは俺が決める。
俺が生まれた理由、それはパフォーマーだ。
皆に望むものを与える
最高の天国を
フレディは天を指さしていた。
フレディの覚悟を聞いた三人は、それぞれに泣かないようにしながら、ただ、うなずいた。
フレディは誓った。
声は本番までにきっと取り戻して見せる。そしてみんなで最高の音楽を演奏して。
「ウェンブリーの屋根に穴を開けてやろう」
ジョン・ディーコンがぽつりと言った。
「ウェンブリーに屋根はないよ」
4人みんな、少しだけ笑った。
「なら空に穴を開ける」
フレディはこぶしを突き上げた。
そして、4人は互いの背中に手を回した。
昔、アルバムがはじめてアメリカでチャートインして、みんなで抱き合って喜んだ時のように。
フレディは三人に言った。
「泣いてもいいぞ。愛してる」
それからメンバーは、いつもの練習終わりのように、みんなで飲みに行くことにした。
細長く背の高い窓、優しい空色のアーチ状の天井、そして大きなパイプオルガン。
イギリスの名門スタジオ「AIR」内にある「リンドハースト・ホール」は1883年に建てられた教会を、スタジオに改装している。
設計者はロンドンの自然史博物館も手掛けたアルフレッド・ウォーターハウス。
教会建築の音響の良さを活かすためか、スタジオになった後もあまり構造が変わっていない。
【補足】
映画にも登場する、クイーンのメンバーが「We Will Rock You」の足踏みでリズムを刻むパートも、使われていない教会で録音された。(註1)
QUEEN -「We Will Rock You」あの“ドンドンパン"誕生秘話 | ボヘミアン・ラプソディ | Netflix Japan
映画の中では、この「リンドハースト・ホール」の美しさ、とくに光が、この場面で映画が伝えたいことを、言葉の代わりに表現している。
窓からの光を浴び、苦しみを背負いながら、人々のために自分の命をかけて音楽を捧げる覚悟のフレディに、教会のキリスト像を思いだす人もいるだろう。
このスタジオでの告白の前に、病院で病を知ったフレディは、廊下の待合席に座っていた若者と、歌声を交わし合っている。
通り過ぎる、サングラスをかけたフレディを観た若者は、かすかな声で歌った。
「……エーオ」
フレディがライブで観客を呼ぶときの声。
蒼白の若者は、彼がフレディだと気づいていた。
振り返ったフレディは、若者に小さく応えた。
「エオ……」
フレディの声を聞いた若者の顔に、微笑みが広がり、お互いそれ以上なにも言わず、フレディは光差す扉を開いて病院を出て行った。
彼の歌は冷えきった心臓にも熱を蘇らせる、そして喜びを生み出す。
フレディはこの瞬間、自分の残された時間をどう使うかを、決めたのだろう。
病院ではまだおぼろげだった光は、スタジオでは、彼の決意の後の心そのもののように、明るく澄んでいる。
(実際の「ライブ・エイド」の映像 フレディと観客の歌声の応酬)
Queen Live Aid 1985 - EEEEEOOOOOO
「リンドハースト・ホール」がスタジオとして使われはじめたのは、ライヴ・エイド(1985年)の約7年後で、映画のこの場面は、事実とは異なっている。(註2)
それでもここをロケ地としたのは、人生の痛みに立ち向かう者に、生命を超えた勝利がきっと存在すること、そして戦う人と支える人々を照らす光と、彼ら自身が放つ輝きを、物語の中に示したかったからではないだろうか。
互いを励まし合ったあと、飲みに向かう四人に、「Somebody to Love」のピアノ演奏が重なり、スタジオのピアノの上に、かつて教会だったスタジオの、細長く伸びた窓からの光が、くっきりと反射している。
音楽は人に力を与える。音楽に人生を捧げる「パフォーマー」は、そういう形で人の魂を救う。
ピアノに映りこむ、この世を超えた神聖さを感じさせる光は、そのことを観る人たちにそっと伝えている。
【当ブログ関連記事】
(註1)Queen's Brian May Rocks Out To Physics, Photography
(註2)Bohemian Rhapsody | 2018(Movie Locations.com)
【参照】
・Lyndhurst Hall, Air Recording Studios / Congregational Church Date:22 May 2005
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