2017年08月06日

(※ネタバレあり)漫画、こうの史代作『夕凪の街 桜の国』ご紹介

『夕凪の街 桜の国』は『この世界の片隅に』で、日本中に感動を与えた、こうの史代さんの、戦争にまつまるもうひとつの傑作漫画です。

夕凪の街 桜の国 (アクションコミックス) -
夕凪の街 桜の国 (アクションコミックス) -

この世界の片隅に 上 (アクションコミックス) -
この世界の片隅に 上 (アクションコミックス) -

 この作品は、原爆投下から10年後の広島に住む皆美を描いた「夕凪の街」と、皆美の姪、七波から見た、家族たちの人生を描いた「桜の国」の、二部構成になっています。

 今回は前半の「夕凪の街」について少しご紹介させていただきます。
(ネタバレですので、あらかじめご了承ください。)





(「夕凪の街」あらすじ)

夕凪の街1.png

 「あの日」から10年後、皆美は、原爆で父、妹、姉を失い、母と二人で暮らしていた。
 
 皆美の家は、原爆で家を失った人たちが身を寄せ合って暮らす粗末な小屋だが、10年の月日を経て、皆美もまわりの人々も、かつてのように仕事や暮らしに勤しみ、日常を取り戻したかのように見えた。



 だが、皆美には、今でもわからない。

 「あれ」は、いったい何だったのか。

 確かなことは、誰かに自分が「死ねばいい」と思われたこと。

 そして、「あの日」以来、自分がそう思われても仕方の無い人間になったと、自分で思うようになってしまったこと。

 「あの日」、惨状の中で、がれきに押しつぶされた級友や、助けを求める人たちを数えきれないほど見殺しにし、死体に心を麻痺させて生き延びた自分。

 働き、家事をすることはできても、美しい服を自分のために縫い上げること、同僚の男性、打越の優しい手をとること、幸せになることが、皆美にはできなかった。


 10年前にあったことを話させて下さい。うちはこの世におってええんじゃと教えて下さい。

 打越の好意を受け止められないでいる皆美は、打越にそう、胸の内を話した。

 自身は原爆の被害には遭わなかったが、伯母を亡くしていた打越は、皆美の心に沈む思いをすでに感じ取っていた。

 「生きとってくれてありがとうな」

 皆美とつないだ打越の手を、皆美はやっと笑顔で見つめることができた。



 皆美が心の重荷をおろした日の晩、体に力が入らなくなった。

 医者に見せても原因がわからないまま、どんどん全身がだるくなっていく。

 横になったまま、皆美は姉を思い出した。

 姉は、火に焼かれて死んだのではない。

 あの日から二か月後、倒れて寝込み、紫の染みを体に散らして、皆美に殴りかかったり、叫んだりしながら死んでいった。

 皆美が倒れてから、母は姉の話をしなくなった……。



(結末部の画面とセリフ)
 
 次第に衰弱していく皆美は、やがて視力を失い、そこから先は、真っ白なコマと、皆美の心の中の独白だけになってゆきます。


夕凪の街2.png


 自分の喉から吐き出されるものは、もう、たぶん血ではなく、内臓の破片。

 髪が抜けているのかもしれないけれど、触れて確かめる力もない。



 真っ白な空間に、ぽつりと落ちた言葉。

 「嬉しい?」

 「10年経ったけれど、原爆を落とした人はわたしを見て、『やった!また一人殺せた』とちゃんと思うてくれとる?」


 「ひどいなあ、てっきりわたしは死なずに済んだ人かと思ったのに」




 作者のこうのさんは、『この世界の片隅に』で、呉を舞台に、広島で起きたことを描きました。

 『この世界の片隅に』でも『夕凪の街 桜の国』でも、読者の視界を惨状で覆うことはせず、セリフや間接的な描写で、読者の胸の内に当事者の思いを託すという表現方法がとられています。

 そうして、「戦争という遠い昔の悲劇」ではなく、そこに生きた人々の思いを、身近なものとして、読者の心に永く息づかせている。



 この場面描写力に加え、「夕凪の街」で、強く心に残るのは、原爆の後遺症に突如襲われた、皆美の思いです。

「10年経ったけれど、原爆を落とした人はわたしを見て、『やった!また一人殺せた』とちゃんと思うてくれとる?」

 この言葉は、原爆という兵器の持つ残酷さを、今までにない角度でえぐり出しています。

 一瞬でそこにいたあらゆる人々を炎に包み、そして、生き残り、敗戦の中で新しい人生を歩もうとしていた人たちまで、後遺症で蝕まれてゆく。

 「そんなつもりはなかった」という言葉すらかけられず、自分の顔も死も知られないまま、殺されていく。

 それまでに無い、戦争、そして原爆だから起こった残酷と、それに巻き込まれた人の無念がにじみ出た言葉です。



 原爆投下の判断を下した人々は、一体、この後遺症についてどこまで理解していたのか。

 深くは知らなかったのか。

 知った上で、それでも投下するべきだと思ったのか。

 このことについて、我々はほとんど事実を知らされていません。

 しかし、皆美のように、周囲の人の死や、葛藤の中でもがきながら、ようやく生きる意味を見出したときに、なぜ死ななければならないかもわからずに、命を落としていった人がいるということを、この作品を通じて心に刻み付ける必要があると思います。



 「夕凪の街」は、抑制された語りながら、やはり重いものが残りますが、「桜の国」は、その後の人々の、苦しみの中から芽生えた愛情を描き、心に灯のともるような読後感の作品です。

 どちらも名作であり、一つの家族の物語として、併せて読むことにより、いっそう互いの深みが増す構成になっているので、是非ご覧ください。

 

 読んでくださってありがとうございました。


(補足)
 当ブログ こうの史代さん関連のその他の記事です。

(※ネタバレあり)この世界の片隅に 映画で語られなかった場面(1)ノートの切れ端とリンドウのお茶碗
(※ネタバレあり)「この世界の片隅に」映画で語られなかった場面(2) 雪に描かれた絵と、桜の花びらの舞い降りた紅



posted by Palum. at 09:40| おすすめ漫画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月30日

(一部ネタバレあり)わたなべぽんさん 『もっと、やめてみた。』ご紹介 


 今日は35kgのダイエットで話題となった漫画家わたなべ ぽんさんの最新エッセイ漫画、『もっと、やめてみた。』をご紹介させていただきます。

もっと、やめてみた。 「こうあるべき」に囚われなくなる 暮らし方・考え方 (幻冬舎単行本) -
もっと、やめてみた。 「こうあるべき」に囚われなくなる 暮らし方・考え方 (幻冬舎単行本) -


 (※一部ネタバレありなのでご注意ください)


 昨年発売の『やめてみた』同様、ぽんさんがなんとなく続けてきたけれど、実は今の自分には合わなくなっていた生活習慣や、物の考え方を、やめてみた、というお話です。

やめてみた。 本当に必要なものが見えてくる暮らし方・考え方 -
やめてみた。 本当に必要なものが見えてくる暮らし方・考え方 -

 幻冬舎PlusのHPで一話試し読みができます。(コチラ

 「もっと、やめてみた」の内容は次のようなものです。(目次より引用、カッコ内筆者補)
 
 ・ビニール傘の巻
  (ついつい増えてしまう出先で買う傘のお話〈ワカル!!〉)
 ・プチプラアクセの巻
  (※500円くらいで買えるアクセサリーについて)
 ・観葉植物の巻
  (大好きだけどお世話が得意じゃなかったそうです)
 ・髪型の巻
 ・ボディソープの巻
 ・居酒屋の巻
  (深夜、多忙な時、つい飲みに行ってしまうこと)
 ・友達作りの巻
 ・イベントブルーの巻
  (イベントが近づくと、当日の自分の振る舞いに不安を感じて、気乗りしなくなってしまうというクセ)
 ・人見知りの巻
 ・センスの問題の巻
  (自分のセンスに自信が持てない……と、思うこと)
 ・いつから旅行好きに?の巻
  (大好きな旅行で感じる解放感から気づいた、日常の思い癖)
 ・生まれ直しの巻
  (3年にわたる歯科治療が終わったときに見えてきたこと)

 前作『やめてみた』もそうですが、今作も「今のぽんさんの気持ちや暮らしに合わなかったからやめてみた」ものの紹介です。(ご自身でもそう前置きされています。)

 また、大きな話題となった「スリ真似(スリム美人のメンタルや生活習慣を真似する)」ダイエット本三作や、汚部屋脱出本「ダメな自分を認めたら、部屋がキレイになりました」(コンプレックスから物を増やしてしまい、そんな自分を納得させて減らしていくまでの心理を描き切った名著)に比べると、習慣を変えることの苦労や、そのためのコツの描写は少なめです。

スリム美人の生活習慣を真似したら 1年間で30キロ痩せました (メディアファクトリーのコミックエッセイ) -
スリム美人の生活習慣を真似したら 1年間で30キロ痩せました (メディアファクトリーのコミックエッセイ) -

ダメな自分を認めたら 部屋がキレイになりました (コミックエッセイ) -
ダメな自分を認めたら 部屋がキレイになりました (コミックエッセイ) -

 今回の見どころは、前回の「やめてみた」でも描かれていた
 「この習慣は、こういう理由で、自分には合わないと思った」
 「やめたら、こういう暮らしや気持ちの変化があった」
 という要素に加え

 「やめてみたから、新しく楽しいことや素敵な物をとりいれられた」
 という一面が紹介されているところです。
 (ぽんさん曰く「やめてみたら始まったこと」。)

 (例)
 肌に合わない、洗浄力の強すぎるボディーソープをやめてみた。
       ↓
 思い切って、手作り石鹸にチャレンジしてみたら、肌質に合っていたし、作るのも楽しかった。

 というわけで、丁寧に居心地よく暮らし始めた人の和やかなお話……のようにも読めるのですが、随所に、「それまで自分の苦手に気づけなかった、あるいは悪い癖をやめられなかった理由」も描かれています。

 人柄が良くて、今はお仕事も順調、優しい夫さんと、良いお友達に恵まれ、おまけにダイエットと片付けに成功して美部屋美人、な、はずのぽんさんですが、子供のころから、体重を含めた身の回りのケアや、人付き合いに多くの苦手をかかえて、コンプレックスに苦しんでいらっしゃったようです。
(クリエイターさんなのに、自分のセンスに自信を持てないでいた、とか、気配りにいそしむ裏で、周囲が抱く印象を非常におそれていたという箇所などから、それが読み取れます。)



 ぽんさんの苦しかった気持ちが一番はっきりあらわれているのが、「生まれ直しの巻」です。
※以下ネタバレになります。)


 内容は、子供のころから30代後半にいたるまで、まともに治療していなかった歯を、3年の通院で完治させたというものですが、この回では、そこまで歯を放置してしまった経緯として、

 「ぽんさんが幼いころ、お母さんが歯磨きのしつけを丁寧にできず、代わりに時々ぽんさんの虫歯を力づくで磨くので、以来、歯のことを親に隠すようになってしまった」

 という出来事が描かれています。

 前作『やめてみた』でも、整理整頓やスケジュール管理が苦手だった子供のころのぽんさんが、失敗するたびに、おかあさんに厳しく叱られるので、ますます自信を喪失してしまったというエピソードがあり、この時期、ぽんさん母子の間にわだかまりがあったことがうかがえます。

(今ならネットや本で、日常生活の苦手と付き合っていくコツをたくさん情報収集できますが〈ぽんさんの本自体がそういうものですし〉、当時は「本人がなまけてる」か、「親のしつけがなってない」でひとくくりにされてしまいがちでしたから、お互い大変だったと思います……。)

 「子供時代、家族との間にあったトラウマが今に悪影響を及ぼしている」という分析は、昨今数多く見られます。

もっと、やめてみた。1.png


 ですが、この作品はそうした分析で話を終わらせず、さらに「トラウマとの別れ」を描いており、そこが、この本一番の名場面でした。



 大人になって、とうとう歯の痛みが気絶するほど強くなってしまったぽんさんは、ようやく病院に駆け込み、症状の重さに驚いたお医者さんから、「どうしてここまでほったらかしたんですか!?」と、言われてしまいました。

 子供のころの歯にまつわるお母さんの思い出や、一人暮らしをはじめても、お金がなくて治療ができなかったことなど、つらい記憶が、歯の痛みとともに蘇ってきて、胸がいっぱいになってしまったぽんさんは、思わず、

「母が歯みがきのしつけをちゃんとしてくれなかったんです。」

 と、漏らしてしまいます。

 しかし、それを聞いた、歯医者さんは、

「なーに言ってんのそんな昔のこと。おかあさんはどうあれ、今のあなたは自分でなんでもできる立派な大人じゃないの」

 と、笑顔で、さばさばと言いました。

もっと、やめてみた。2.png

 この言葉に、

 「すっかり母のせいにして、自分でできることすらほったらかしにしていたのかも(中略)いい歳して、人前ですごく幼稚な言い訳をしてしまった」

 と、猛烈に恥ずかしくなったぽんさんは、

 「もう、誰かのせいにしてなまけたり、自分を正当化するのはやめるんだ」

と、決意して、この歯医者さんに通って完治を目指すことにします。
 
もっと、やめてみた。3.png



 ……ぽんさん本の大きな魅力は、人の言葉を素直に受け取るぽんさんのお人柄だ、と、前々から思っていましたが、この、歯医者さんの言葉に一瞬で猛烈に反省するシーンは、彼女のキャラクターの長所が最もくっきり表れています。

 「大人で、病気で体が動かないわけではないんだから、自分の口の中は自分で面倒見るべき」と、いうのは、動作の手間から言えばまったく正論なのですが、心に傷を抱えている人からすれば、そんなに簡単な話ではありません。

 「するべきなのはわかっているけれど、どうしてもそういう気持ちになれない、健康なはずの体も動かせない」

 痛む歯すらそのままにしてしまうほど、気持ちのあちこちにおもりがついている。そして、そのおもりは、昔のつらい記憶が姿を変えたもので、なかなか振り払うことができない……。

 そんな経緯があると、「前向きな正論」が素直に受け入れられないことがあると思います。

(たとえば「こっちの事情も知らないで!!」と怒ってしまう、とか。)



 でも、ぽんさんは、歯医者さんの言葉を、自分のつらい記憶は脇に置いて正面から受け止め、自分に足りなかった部分を反省している。

 なかなかできないことだと思います。

 先生の言い方がさっぱりとあたたかかったのも良かったのでしょうね。

 (良いお医者さんって、こんなふうに、変に深刻にならずに、苦しかった気持ちまで含めて軽やかにしてくれますよね。)

 怒るどころか、このお医者さんについていくことにしたというのも心温まります。

 ぽんさんもお医者さんも素敵な方だと思いました。



 余談ですが、過去本と見比べてみると、この歯医者さんとのやりとりは、部屋の掃除を終わらせ、ダイエットを開始している頃と前後している出来事と思われます。
(ダイエット本の中で「ダイエットと並行して歯を治したい」と、目標を書いていらした。)

 すでにぽんさん自身の中で、もっと前向きに暮らしていきたいという、その他の頑張りも進められていた時期だからこそ、素直に先生の言葉を受け止められたのかもしれません。



 そして、夫さんに歯の完治を報告したぽんさん。

 歯がキレイになったのは嬉しいけれど、もっと早くに気持ちを入れ替えてケアをしていれば、時間もお金も使わずに済んだのだけれど……、と、残念に思うぽんさんに、夫さんは、うーん、と考えこんでから言います。

「それはそうだけど、できなかったんだから仕方がないじゃない」

 考えを変えるのは、きっとそれくらい時間が必要だったんだよ。その分これからはうんと歯を大切にすればいいさ。

もっと、やめてみた。4.png

もっと、やめてみた。5.png

良いこと言うなぁ……。

 読んでてすごく染みました。

 ぽんさんの夫さんって、苦手の多かった過去のぽんさんを責めるわけでもなく、でも、自分が余計な重荷を背負うでもない、それでいてぽんさんの努力の成果を一緒に喜んでくれる、というキャラクターで、パートナーとしての距離感が絶妙だと思っていましたが、(全作通じて、夫さんがぽんさんを叱ったのは、ぽんさんの良い性格がネットゴシップ閲覧で損ねられたときだけ。〈『やめてみた』より〉)これは夫さんの数々の味わい深いお言葉の中でもとくに名セリフです。

 現実的だけど穏やかで優しい。

 こういう言葉を誰か(とくに自分にとって大切な人)に言ってもらえると、わだかまっていた気持ちがはやくほどけていくと思います。



 「自分が生きやすいように、楽しく丁寧に暮らす」という、読んで気持ちが軽やかになれるテーマの奥に、心の傷と向き合うという深いテーマや、人との良い出会いが描かれた素敵な一冊でした。是非お手にとってみてください。

 読んでくださってありがとうございました。

(補足)
・ 幻冬舎HPに、前作『やめてみた』の太っ腹試し読みページがあるので貼らせていただきます。併せてごらんください。

http://www.gentosha.jp/category/yametemita

・当ブログ、わたなべぽんさん作品ご紹介記事は以下のとおりです。
「やめてみた」(わたなべ ぽん作 コミックエッセイ)ご紹介
『ダメな自分を認めたら部屋がきれいになりました』(わたなべぽんさん作 お片付けコミックエッセイ)
減酒への道 (わたなべぽんさん「やめてみた」参照)
posted by Palum. at 13:04| おすすめ漫画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月21日

清水三年坂美術館の村田理如館長と、ロンドンの大富豪ナセル・ハリリ氏(明治工芸の名コレクターたち)

 京都の清水寺近くに、日本が誇る明治工芸の殿堂、清水三年坂美術館があります。

 先日(2017年6月末〜7月初旬)BS7の『極上お宝サロン』で、4週にわたり、京都清水三年坂美術館が特集され、その素晴らしい収蔵品の数々が紹介されました。

・番組内、清水三年坂美術館と村田館長についての記事はコチラです。


 清水三年坂美術館は、村田製作所の役員だった村田理如(まさゆき)氏が、明治工芸の美に魅せられ、1980年代後半から、20数年かけて収集したものです。(※)

 村田理如館長の、美術館設立にまつわるお話がよめるページはコチラです。
 http://www.sannenzaka-museum.co.jp/abut.html

(村田理如館長の著作の一部)
清水三年坂美術館 村田理如コレクション 明治工芸入門 -
清水三年坂美術館 村田理如コレクション 明治工芸入門 -

幕末・明治の工芸―世界を魅了した日本の技と美 -
幕末・明治の工芸―世界を魅了した日本の技と美 -

 もともと主に海外への輸出品として作られ、世界中に散逸していた明治工芸の作品群を買い集めて、里帰りさせてくださった、村田さん。


 この方無くしては、現在「超絶技巧」と讃えられ、もはや再現不可能とすら言われる圧巻の美が、国内で再評価されることは無かったかもしれません。

(※)この「村田コレクション」は、京都のほか、他美術館にも貸し出しされ、現在、北海道函館美術館で8月20日まで、東京では三井記念美術館で、今年9月16日〜12月3日にかけて観ることができるそうです。



 そんな日本明治工芸界の大功労者の村田館長ですが、村田館長よりも初期に、恐るべき質量の明治工芸を収集した、もう一人の名コレクターがいらっしゃいます。

David_portrait.jpg


 ナセル・D・ハリリ氏。(Nasser Khalili)
(画像出典:Wikipedia 提供者:Malkalior )



 ロンドン在住のイラン系大富豪であるこの人物は、巨万の富と審美眼を武器に、明治工芸の一大コレクションを築き上げました。


 かつてNHKのドキュメンタリー番組の中で、「(ハリリ氏より収集が)10年遅かった……」と、村田さんの温厚なお顔を実に悔しそうに曇らせ、唇を噛ませた人物です。


 ナセル・D・ハリリ氏は彼がまだ20代だった1970年代から、イスラム系の美術品や細密画(細やかに装飾された文字や挿絵の入った絵画や文書)を収集し始め、やがて、同じく高い技術と細やかな装飾性を持つ明治美術に目を向けます。


 当時、明治工芸は、海外への土産物として量産された粗悪品が多い、というイメージで、江戸美術よりはるかに劣るものとされていました。

(実際、細かいけどゴテゴテしているだけでオーラが無い作品がある。)


 しかし、こと明治初期には、ウィーン万国博覧会(1873年)をはじめとして、ヨーロッパの富裕層を瞠目させた、数多くの名作があり、ハリリ氏は己の美意識を信じて次々とそれらを収集しました。



 NHKのドキュメンタリー番組に出演されたときのお話によると、美術品売買を営む家に生まれ、子供のときから既に「ほしいものを手に入れるためなら昼食代を犠牲にした(確か切手収集)」そうで、物心つくなり己の美意識と執念を磨きぬいた、「天才コレクター」とも形容すべき人物です。

(日本では忘れ去られていた作品を一気に収集し、価値の再発見への道をつないだという点では、今や大スターとなった伊藤若冲のコレクター、ジョー・プライス氏を彷彿とさせます。日本美術界の恩人と呼ぶべき方だと思います。<村田さん的には火花バチバチのライバルでしょうけれど。>)



 このハリリ氏は、過去NHKの番組に何度か出演し、その圧巻の逸品を垣間見させてくださっています。


 「七宝、幻の赤を追え」で、ハリリ氏のオフィスに飾ってあった実に見事な安藤重兵衛の赤七宝の壺を手に取り、チュッとキスしていたのがすごく印象的でした。


 あと、いかにも「抜け目ない知的なビジネスマンにして紳士」という感じなのに、優れた作品を前にすると、ニタアッと笑っていたのが面白かった。


 先述の村田さんのホントに悔しそうな顔と並び、名士たちなのに「マニアの熱」がある。

 この方たちの審美眼と執念、そしてわかりやすい表情と物に対する熱愛は、人気漫画「へうげもの」で、名物(美術品)を我が手にと奔走した武人、茶人たちを思い出させます。

へうげもの(1) (モーニングコミックス) -
へうげもの(1) (モーニングコミックス) -

 ハリリ氏のコレクションは、残念ながらまだ来日したことが無いようです(本当に残念……)が、彼の作品は、書籍『ハリリ・コレクション』ほか、公式HP(英文)でも高画質で観ることができます。

ナセル・D・ハリリコレクション―海を渡った日本の美術 (第1巻) -
http://www.khalilicollections.org/all-collections/japanese-art-of-the-meiji-period/

(※下部「LOAD MORE」をクリックすると次の作品群が表示され、画像をクリックすると拡大写真と説明が表示されます。)

(明治工芸がネットで観られるページとして、今まで、清水三年坂美術館、ヴィクトリア&アルバート美術館、ウィキペディア<主にロサンゼルスの美術館lacmaの所蔵品>を見つけましたが、画質の良さと掲載品数はこちらのページが一番だと思います。<一方、清水三年坂は工程動画があるので勉強になります。>)

 過去NHKの番組で紹介された作品の一つはおそらくコチラです。
象の香炉)


 個人的に素敵だと思った作品はコチラです。

対の七宝花瓶(赤坂迎賓館の壁面装飾を担当した明治七宝の名手、濤川惣助作)

 ・飾り棚(一部、濤川惣助作と考えられる品)


 ハリリ氏は明治工芸、イスラム美術ほか、日本の着物やスペインの工芸品など、8部門のコレクションをしており(計約3万点〈ぴんとこない……〉)それらも一部HP上で公開されていますが、いずれも逸品そろい。本当に卓越したセンスです。

 是非ご覧になってみてください。

 公式HP内、8部門のコレクション目次ページはこちらです。
 http://www.nasserdkhalili.com/the-eight-collections/

 読んでくださってありがとうございました。


posted by Palum. at 06:17| 美術・展覧会 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月20日

イギリスの名庭園、ダルメインへの交通アクセス(ロンドン発の場合)

 今回は、イギリス湖水地方の名庭園、ダルメインへのロンドンからの行き方についてご紹介させていただきます。
(※2017年5月時点、筆者が知る限りの情報です。イギリスの電車情報はめまぐるしく変わるので、必ずご自身で公式情報をご確認ください。)

庭から見たダルメインの邸宅.jpg

 当ブログ、ダルメインについての記事は、コチラコチラをご参照ください。

ダルメイン公式HPのアクセス情報はこちらです。(道路情報とペンリス駅、アルス湖〈Ullswater〉との位置関係が見られます。)
 https://www.dalemain.com/how-to-find-us/

 Rome2rioという交通アクセス情報ページで検索したルートは以下のとおりです。
 https://www.rome2rio.com/s/London/Dalemain

なお、NHKのスタッフの方は「車で約6時間」と書かれています

 初心者なので、「ロンドンユーストン駅より電車で約3〜4時間でペンリス駅に行き、そこからタクシーで約20分」というルートを選びました。

 ところで、さきほどのrome2rioでは「Penrith駅から6分ほどバスに乗り、Station Town End Farmから30分ほど歩く」という案が出ていましたが、

 1,バスは1日四回のみ
 2,郊外の道は歩道が無いことも多く、どの車も歩行者などこの世に存在しないかのようにスピード出している

 ……という難点があるので、慣れていないと危険かもしれません。


今回は「電車+タクシー」ルートを一例としてご説明させていただきます。



(チケット購入方法)

ロンドンユーストン駅→ペンリス駅は、グラスゴーセントラル方面の電車に乗り、直通、または一回乗り換えです。
(乗り換えの有無、途中停車駅の数などで乗車時間がだいぶ変わります。)

当日、駅で切符を買うこともできますが、イギリスは「出発時間(通勤時間帯かそうでないか)」や「時間が決まっている切符か当日何時でも乗れる切符か」、「予約時期」、「往復か片道か」など様々な条件で、切符の価格が大きく変動します。
(到着が一時間遅いのに値段が数千円高いとかありえます。)

スケジュールが確定した時点で、すぐにネット予約をすると割引価格になるかもしれません。

(スゴイ例だと、3倍以上になることもあるのですが、2カ月先の安い時間帯を予約した場合、往復大人料金で70〜100ポンド程度のようです。※約3ヶ月前からネット予約できるようです。)

チケットはVirgin train〈ロンドンユーストン↔ペンリス間の列車を運行している企業〉、または、Nationalrail〈英国鉄道〉HPから予約できます。


 筆者が使ったチケットのおおまかな入手手順は以下のとおりです。

1,英国鉄道HP「nationalrail.co.uk」にアクセス
(またはVirgin train社HPに直接アクセス)

2,出発駅、到着駅、行き先、日時、人数、普通車、一等車などを選択(往復の場合は「return」にチェックを入れてこちらも日時入力)

3,候補の経路を選ぶ
※「change(chg)0」と書いてあれば乗り換え不要。「change 1」とあれば一回乗り換えです。
(ロンドン↔ペンリス間で乗り換えがある場合、「Preston」という駅での乗り換えが多いようです。)

※ここで他の時間帯の乗車時間と価格を比較してみることをお勧めします。「Earlier train(より早い時間の列車)」「Later train(より遅い時間帯列車)」をそれぞれクリックすると情報が出てきます。

4,この路線はVirgin train社担当だったので、Virgin train HPで氏名、チケット情報を受信するメールアドレスなどの情報登録
※クレジットカード情報保存の有無、メールマガジン送付希望の有無などにお気を付けください。

5,席の希望を入力
(進行方向向きの席か、通路側か窓側か、電源つきか、テーブル席かなどを選べます。 )

6,チケット取得方法のうち「Eチケットをメールで受け取り、プリントアウトして持参」する方法を選択してカードで購入

※駅で受け取るとか、端末に保存するとか、ほかにも方法があったようなのですが、当日一番アタフタしない方法にしました。

7,「登録のお知らせ(welcome to virgin train)」「予約確認(your booking confirmation)」というメールの後に「Your e-ticket to Penrith」という添付ファイルつきメールが届いたので、ダウンロードして印刷
(往復で予約した場合 、「行き」「帰り」×人数分のファイルが届くので全て印刷する)

 このとおり、チケットを選ぶのも買うのもかなりメンドクサイです。

(イギリスの鉄道事情のややこしさは、問題になっており、労働党は「鉄道を再度国有化し、システムを簡略化する」というマニフェストを掲げているそうです。)

 でも、タクシーを使うしかなかったので、ここで執念を燃やして少しでも安いチケットをとってタクシー代に回しました……。



(ロンドン・ユーストン駅での乗車)

イギリスの電車は到着ホームが出発30分前くらいに表示されることが多いです。
(事前にうかがっても「待ってれば出てくるから」みたいな返事しかもらえなかったです。)

駅中央に電光掲示板があるので、表示を待ちます。
 (さらに、電光掲示板左奥には、待合室があり、ここのテレビでも表示を見られます。)
ロンドンユーストン駅.png


駅構内にVirgin trainの専用カウンターがあり、案内係のスタッフさんも待機していらしたので、そのほかのわからないことは、ここでうかがうと良いと思います。
(ファーストクラスだとVirgin専用のラウンジがあるそうなので、ここで場所を確認されては。)

チケットを準備したあと、表示が出たら、ホームに行きます。

ユーストン駅2.jpg

 ホーム前にいる駅員さんに、チケットを提示してください。
(ボールペンでくるりんと印をつけられました。)

 乗車後も、何度か車内検札があるので、チケットはすぐに出るところにしまっておいてください。

 (補足)Virigin Trainの列車、乗り心地はとてもよかったのですが、荷物置きが小さめでした。急いで場所を確保し、後のお客さんとの兼ね合いを考えて荷物を積むことをお勧めします。



(ペンリス駅)

ペンリス駅.jpg

 ロンドンより4度ほど寒いです。(交通情報じゃない。)

 5月なのに、曇りだったせいもあって、着いて早々「寒い!!」と叫びました。

 5月で12度ほどだったでしょうか。でも風が冷たかった。空気がきれいなのも影響しているかもしれません。

 なので、涼しい時期には一枚羽織れるように準備しておいたほうがいいと思います。

 駅を出てすぐの場所がタクシーの発着地点となっています。

(ただ何台も待機している感じではなく、少し待ちました。それでも比較的すぐに車が来てくれたのですが、運が良かったかもしれません。)

 ペンリス駅から、ダルメインに直行した場合、料金は片道で約12〜13ポンドです。
(タクシー料金の概算を検索できるサイトがあったのでご確認ください。https://yourtaximeter.com/

 なお、帰りもバスなどはないので、帰る時間をお伝えして、戻ってきてもらうように事前に交渉したほうがいいかもしれません。

(我々がお願いした運転手さんは、幸い、待機時間の料金は取らずにいてくださったので、往復の距離運賃だけでした。)

 ダルメインの滞在時間は少なく見積もっても3〜4時間は必要だと思います。
 
(邸内見学ツアーと庭の散策でそれぞれ1時間強、ティールームでお茶40分くらい。〈ティールームは込み合うこともあり、また周辺の道や村もきれいなので、そこも歩きたければもっと時間が必要〉)

  ダルメインのある、アルスウォーター(Ullswater)周辺は、「イギリスで最も美しい」と称えられたアルス湖があり、蒸気船で湖を遊覧できるほか、周辺の谷川の散策も楽しめ、山と湖を背負う野原のあちこちに羊たちがくつろいでいるという、大変風光明媚なところです。

アルス湖 - コピー.jpg


(イギリス人の英語の先生から、湖水地方に行くならあそこだと勧められた。〈そしてダルメインに近いので即決した。〉あと、住んでいる方たちが総じて穏やかで、ご飯がおいしくて、なぜか犬をよく見かけるところも個人的にはポイント高かったです。)

 お時間の許す方は、是非宿泊をして、ダルメイン以外のところにも足を延ばしてみてください。
(いずれ、ダルメイン以外のアルス湖周辺の様子もご紹介させていただきます。)


 以上、ダルメイン交通情報でした。

 読んでくださってありがとうございます。


(補足)
(当ブログダルメイン関係記事)
ダルメイン訪問記1 (NHK BSプレミアム「魔法の庭・ダルメイン〜イギリス湖水地方の田園ライフ・秋冬そして春」によせて。)
「魔法の庭 ダルメイン」(NHK BSプレミアム)続編と再放送のお知らせ

(NHKダルメイン紹介番組記事)
 ・http://www4.nhk.or.jp/P4110/x/2017-05-31/10/22670/2393129/
 (魔法の庭 ダルメイン〜秋冬 そして 春〜)※続編番組情報
 ・http://www.nhk.or.jp/docudocu/program/92393/2393099/
 (もっとNHKドキュメンタリー「魔法の庭 ダルメイン」)※初回番組情報

(The Dalemain Estateのホームページ)
 ・http://www.dalemain.com/index.php
 ・https://www.dalemain.com/japanese
 ・https://www.dalemain.com/日本語/
 (同HP日本語紹介ページ〈二種類〉)
 ・https://www.dalemain.com/house-and-garden/whats-in-flower/
(同HPガーデン情報ホームページ)

posted by Palum. at 21:36| イギリスの旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年07月19日

おそうじ漫画『ネコちゃんのスパルタおそうじ塾』

 可愛いおそうじ漫画があったのでご紹介させていただきます。

『ネコちゃんのスパルタおそうじ塾』。

ネコちゃんのスパルタおそうじ塾 -
ネコちゃんのスパルタおそうじ塾 -

 現在もブログやウェブ連載で大人気の飼い猫エッセイ漫画、「うちの猫がまた変なことしている」の作者卵山玉子さんが作画をご担当した、「汚部屋(※)ではないけどどうも散らかっている……。」レベルの人向けのお掃除指南漫画です。

うちの猫がまた変なことしてる。 (コミックエッセイ) -
うちの猫がまた変なことしてる。 (コミックエッセイ) -

(※汚部屋……ゴミが散乱し、足の踏み場も無いほど散らかった部屋のこと。こちらの脱出本としては、「片付けられない女の、今度こそ片付ける技術!」(池田暁子さん著)や、「まさか汚部屋を脱出できるとは」(ブロガー、ややこさん著)などがあります。)

片づけられない女のためのこんどこそ!片づける技術 -
片づけられない女のためのこんどこそ!片づける技術 -

まさか、汚部屋を卒業できるとは。 -
まさか、汚部屋を卒業できるとは。 -

 アドバイザーとコラムご担当は、伊藤勇司先生。

 コミック『部屋は心を映す鏡でした』でもアドバイザーをなさっており、部屋が散らかる原因とその解決策を、住人の心理分析とともに説明されています。

部屋は自分の心を映す鏡でした。 -
部屋は自分の心を映す鏡でした。 -


(あらすじ)

 トモエさんは、優しい夫のケンスケさんと、飼い猫の「ネコちゃん」と暮らす、お掃除がちょっと苦手な女性。

 床や収納がどうもスッキリしないことは気になっているけれど、どうすればいいのかよくわからない……。

 そんなふうに思っていたとき、膝の上のネコちゃんが一言。

 「まずは視界に入る物品数を減らしてみてはどうかな(人語)」。

 トモエさんを見かねて、Eテレで人語を学んだ(←笑)ネコちゃんによる、「インテリア雑誌に出るほどじゃないけれど片付いた部屋」を目指す、熱血スパルタ猫の手貸し指導がはじまります。



 (見どころ)

 とにかくネコちゃんがカワイイ……。

 卵山さん特有の、もっちりふっくら丸っこい線で描かれたつぶらな瞳のネコちゃん。

 癒やし系な外見に似合わず、指導者としては某昭和のラグビー部先生級に厳しく、怠惰なトモエさんの性根を、時に鉄拳制裁でたたき直します。

 もぺーん!(ビンタ音)

ネコちゃんのスパルタおそうじ塾1.png

 「痛いかッ!ネコちゃんのココロはもっといたいぞ!」

 「いや……肉球がプニプニだった……。」

ネコちゃんのスパルタおそうじ塾4.png

 ……羨ましさしかない……。
 (あとスパルタなのに自分を「ネコちゃん」って呼ぶところがもう……)

 別バージョンではトモエさんがネコちゃんヒップアタックを食らってましたが、こちらも、「いや……お尻がモフモフだった……」とのことでした。

ネコちゃんのスパルタおそうじ塾3.png

 本屋でこの本に出会ったとき、特に掃除に悩んでいたわけではなかったのですが、この「もぺーん!」に勝てずに気づいたら購入していました……。
 
 よく子供向け学習漫画にドラえもんやコナン君が登場して、勉強に対する心理的ハードルを下げていますが、この本も、大人の掃除めんどくさい心をネコちゃんの可愛さで強制的に和らげる嬉し卑怯な構成になっています。


 ……というか、掃除終わっても、ウヒョヒョムヒョヒョと読んじゃう……。

 この素敵なキャラクターデザインは、浴室の赤カビ「ロドトルラ」にまで及んでいます(RPGのモンスターみたいな名前だからとトモエさんがイメージした姿)。

ネコちゃんのスパルタおそうじ塾7.png

 ピンクのフンワリしたフォルムに角が生えた姿で、ネコちゃん同様のぷっくりと可愛い目鼻立ち、むしろ栽培して、末永く一緒に住もうと言いたくなる。

 あとがきの、ネコちゃんとご夫婦が挨拶しているコマにもさりげなくロドトルラが紛れ込んでいたので、卵山さん的にもお気に入りのキャラと思われます。

ネコちゃんのスパルタおそうじ塾8.png



(掃除のポイント)

 「リビング」「キッチン」「浴室」など、エリア別にお掃除が進んでいきますが、どこも次のような流れで片付けられていきます。

「いらないものを手放す」
「物を収納場所に収める」
「乱雑に配置された物を整える」
「ホコリ・汚れを落とす」

 「いらないものを手放す」については、「断捨離」「ミニマリスト」など、徹底した不要品の処分を目指す本も数多く出ていますが、この本は、そこまで厳密ではありません。
(伊藤先生は、「捨てない片付け」も提案されている方なので。)

片づけは「捨てない」ほうがうまくいく -
片づけは「捨てない」ほうがうまくいく -


 この本の中で「ものを手放す」のは、あくまで普段使う物の「帰る場所(収納スペース)」を確保するためです。

 ただし、収納や掃除を阻害する量の物については情け容赦ありません。
(ネコちゃんのバイオレンスは主にトモエさんが不要品をとっておこうとしたときに発動。)

 なお、トモエさんがとっておこうとする品は、「逆にアート」「みうらじゅん氏にさしあげたら、大事にしていただけるのでは」と思わされる、斬新なセンスに満ちあふれています。

 (例)ネコちゃんが「これけっこう好きだよ」と救い出したマッチョベア。
ネコちゃんのスパルタおそうじ塾5.png

 いらないような魅惑的なような品々(特におっさんヒヨコが気になる)。

ネコちゃんのスパルタおそうじ塾6.png


 不用品を選り分けた後には、しまう場所や、今後お掃除しやすい仕組み作り(コード配線をまとめる、小物は箱に入れておく、など)をします。

 そして、仕上げに汚れ落とし。
(この作業描写が「ドアノブや取っ手も拭く」など細部に及んでいて実用的)

 「一応汚部屋ではない」というレベルを想定しているので、掃除用洗剤は、重曹とクエン酸といった、毎日使っても肌にも環境にも優しいものを主に使用しています。

 個人的に目からウロコだったのは、「お風呂の天井は(持ち手を短くした)フロアワイパーで拭く」でした。

 今までしたたる水滴と戦いながらブラシとペーパーでやってた(ゴーグルつけたりしてた)から、その手があったかと……。

 その他「ベッドマットの掃除機のかけ方」や、「ベランダ掃除法(しめらせてちぎった新聞紙をまいて掃き、細かい砂埃を吸着するのだそう)」など、家のあちこちのお掃除方法が紹介されています。

 ネコちゃんに萌えながら、一通り片付けたい、という方にピッタリの名作。とてもオススメです。

(先述の、ネコちゃんのむしろ羨ましい肉球制裁とか、トモエさんの私物のセンスとか、ロドトルラとか、全体的に淡くて優しい色使いとか、漫画として読んでて幸せになる作品。)


 ネコちゃんには逆らえねえ的勢いで作業が進められた後には、伊藤先生の心理カウンセリング的分析コラムをご覧ください。

 伊藤先生のあとがきには、「片付けの本質は部屋を改善していくことではなく。「部屋が片付かなくなる状況を招いた“自分”を改善すること」」と、書かれていました。

 よくお掃除をすると運気が上がると言いますが、つまりこうして冷静に自己分析をして、より謙虚で積極的に動ける自分になることで、良い流れを自らつかみ取っていけるようになるのだと思います。



 このほかにも、結構な数のお掃除本を読破してきたので(おかげでまあ、一応、清潔度普通)、以後もお世話になってきたお勧め本を今後もご紹介させていただきたいと思います。

 よろしければお立ち寄りください。

 読んでくださってありがとうございました。

posted by Palum. at 08:46| おすすめ漫画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月31日

ダルメイン訪問記1 (NHK BSプレミアム「魔法の庭・ダルメイン〜イギリス湖水地方の田園ライフ・秋冬そして春」によせて。)

今日(2017年5月31日)、21時〜22時半、BSプレミアムで「魔法の庭・ダルメイン〜イギリス湖水地方の田園ライフ・秋冬そして春」が放送されました。

番組URL http://www4.nhk.or.jp/P4110/x/2017-05-31/10/22670/2393129/
ダルメイン公式URL http://www.dalemain.com/index.php

(この他の番組、ダルメインの公式HPのURLを引用させていただいた前回記事はコチラです。アクセス情報はコチラです。)
2016年に放送された番組の続編なのですが、本日は、私がこの番組に感動して、今年、ダルメインにお邪魔した際の出来事を書かせていただきます。


その日はあいにくの小雨だったのですが、番組でも紹介されていたマーマレードが食べたくて、ティールームに行きました。

 ティールームは石を積み重ねた壁に、鉄製の重厚な照明、木彫りの家具も時代を感じさせ、中世の居間のような雰囲気。

 磨き抜かれたレジ台には、カバー付きのお皿にのったいかにも手作り風のお菓子の数々、棚にはマーマレードが一杯。

 肌寒かったので、暖炉に火がともり、薪の燃えるシュワシュワという音と外のいぶされた匂いが良い風情。

家族と、憧れの!マーマレードスコーン、ナッツごろごろクリームチーズのせキャロットケーキ、卵サンドをシェアしました。

全部すごく美味しかったです。特に苦みと酸味がほどよく効いたマーマレードの奥深い甘さと、にんじんケーキのしっとりと香ばしさのハーモニーは忘れられません。


あいにくのお天気なのに、この味と雰囲気を求めてなのか、お客さんが次々と入ってきて、売り場前はかなりの混み具合。

食べ終わったので、人をすりぬけるようにしてドアに向かうと、黒ジャンパーにジーンズ姿の女性がドアを開けてくださいました。

ここの職員さんは皆さん丁寧で親切な方ばかりだなあと思いながら、サンキューと、顔をあげると、笑顔でハローと挨拶してくださった女性。

聡明さのにじみでた、淡く透き通った大きな瞳と丸い額、柔らかいグレイブラウンの、ふんわりと結い上げて、後れ毛をたゆたわせた、独特のまとめ髪。

…………(←目の前の情報と、テレビの記憶が一致するまでの空白。)

ダルメインのご当主夫人で、庭造りをなさっているジェーン・ヘイゼル・マコッシュさんご本人(が、ドアを開けてくださっている)!!

  あ…あ…!(←声にならないアタフタ)

「こ、こんにちは!お、お会いできて光栄です」

「ようこそ(Nice to meet you.)」
ジェーンさんから手を差し出され、私たちに握手をしてくださいました。

 以下、もともと怪しい語学力なのと、舞い上がりすぎで、聞き間違えもあるかもしれませんが、ジェーンさんのお言葉(の、おおよその意味〈汗〉)を書きこませていただきます。

(いやあ、「はあ、なんて素敵なお庭と暮らしぶり、センスもお人柄も素敵なお人だ……」とぽわ〜んとテレビで観ていた方が、急に目の前にいらしたら、ホント、テンパってしまいました。)

「お天気があいにくで残念です。5月31日にNHKの続編でこの庭のクリスマスの模様が放送されるのでよろしければご覧くださいね。」

(この番組ですね、たぶんここで私が〈頭の中花火になりながら〉「前回の番組を観て、伺いました。たくさんの日本の方たちが、『このお庭に感動した』、とNHKのホームページに感想を寄せています」と〈ものすごいカタコトで〉お伝えしました。)

「NHKの方たちは本当に丁寧に取材をしてくださって。しかもなぜかいつも晴れだったので良かったです。」
 (ジャンパーにジーンズ、長靴という、完全作業仕様のお姿でも、微笑から漂う気品。)

  ここで、「お急ぎではないですか?日本語のパンフレットができたので、よろしければ差し上げます」と、急いで奥に取りに行ってくださるジェーンさん。

 うわわ……となっているうちに、ジェーンさんが戻ってきて、パンフレットを手渡してくださいました。

「もしお時間があるようでしたら、ここの裏から、デイカー村というところに行く道を歩くのもお勧めです。ヘイゼル家ゆかりの教会とステンドグラスが観られます」

 そう言いながら、ジェーンさんは、小雨の降る中、外に出て、デイカー村への方角を指し示してくださり、さらに、大きな中庭の向こうにある、敷地内最古の建物「Barn House」を指さし、

「あそこには、テレビにも出ていたツバメの巣があります。ジミー(敷地内にお住まいの職員さん、手からツバメにエサをあげるという絵本の中の人のようなことをなさる)を見かけたら遠慮なく声をかけてくださいね。」
と、教えてくださいました。

「ありがとうございます!あ、私はハリネズミの場面も大好きです(的なカタコト)」

 (前編で、夫でご当主のロバートさんが、ハリネズミを見つけて、葉につく害虫を食べてもらうべく、だっこして別の場所へ連れて行かれるという場面があった。上品な紳士に丁寧に両手で抱えられ、なんとなくおねむねむそうなはりねずみが完全無抵抗で運ばれてゆく〈その前をスラリとした白黒ぶちワンコが嬉しそうに一緒に歩いて行く〉という、これまた現実の光景なのかというほどの、ほのぼの映像でした。)

「あれはミラクルでした。しばらくハリネズミを見かけなかったのだけれど、取材中に出てきてくれたので。夫はテレビに映って、少し照れくさかったみたいですが(笑)」

そう語るジェーンさんの声には、黄昏時の小鳥のさえずりのような、独特のほろほろとした優美さと落ち着いた余韻があり、この声と、控えめながら熱意と気品のある話し方が、楽しく美しい話の内容をいっそう引き立てていました。

この感動をうまくお伝えできないのがもどかしかったのですが、とにかく一生懸命お礼を申し上げて、見送ってくださるジェーンさんにお別れしました。
いただいたパンフレットは記念に大切に持っています(前回記事で一部抜粋引用をさせていただきました)。

ダルメインの庭は、自然の力を活かすことにより、あの沸き上がるような、とりどりの美が生まれ育っている。

その生き生きとして伸びやかな姿に心打たれて、あの場所を訪ねましたが、そこには、その自然を愛し、日々本当に丁寧に、手間暇をかけてこの場所を守る方たちがいる。
(みなさんそれぞれの持ち場でせっせと動き、目が合えば笑顔、話しかけると色々教えてくださる。)

ジェーンさんとお話する前から、そのことを感じていましたが、その方々のリーダーであるジェーンさんら、ヘイゼル家の方たちも、実際に作業に携わり、こまやかに目配りをして、訪れた人々にも暖かく接してくださいました。

(想像なのですが、ティールームが混雑していたので、様子を見にいらしたのではないかと思います。)

本当に尊敬を集めて、上に立つ人の凄さを目の当たりにしたと思います。

庭と邸宅とともに、こうした人々の誠実な熱意が、訪れる人を感動させる。それがダルメインという場所でした。

  もしも、テレビをご覧になって「行こうかな」と思われたのなら(交通アクセスがちょっと大変ですが)、行く価値は間違いなくあります。
(あの地域自体がまた素晴らしいのです。)

当ブログでも引き続き、情報を紹介させていただきますので、よろしければご覧ください。

読んでくださってありがとうございました。
posted by Palum. at 22:11| 日本の海外テレビ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年05月28日

「魔法の庭ダルメイン」関連記事加筆修正のお知らせ。

以前書かせて頂いたBSプレミアムのイギリス湖水地方の名庭園を紹介したドキュメンタリー、「魔法の庭ダルメイン」についての記事を大幅に加筆修正いたしました。コチラです

5月30日 再放送、31日に続編放送があるそうなのでどうぞお見逃しなく。
(番組情 URL)
http://www4.nhk.or.jp/P4110/x/2017-05-31/10/22670/2393129/
http://www.nhk.or.jp/docudocu/program/92393/2393099/

当ブログでも、実際にお邪魔したダルメインの魅力をお伝えする記事をしばらく書かせていただく予定です。よろしければ併せてお読みください。
posted by Palum. at 04:32| 日本の海外テレビ | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月17日

漫画「へうげもの」ご紹介(展覧会「茶の湯」と「茶碗の中の宇宙」によせて)

2017年4月11日から、上野の国立博物館で「特別展 茶の湯展」が開かれています。
(公式HP http://chanoyu2017.jp/


(動画)【日本ニュース】あすから「茶の湯」の名品集め特別展 上野・国立博物館(2017/04/10)


https://www.youtube.com/watch?v=JC7UFcSVyZs

 既に3月から、竹橋の東京国立近代美術館で、千利休が愛した楽焼の名椀が見られる展覧会「茶碗の中の宇宙 樂家一子相伝の芸術」が開かれており、茶道具の名品が都内に集結する貴重な機会となっています。
(公式HP http://raku2016-17.jp/

 これにちなみ、今回は、二つの展覧会の茶道具が登場する人気漫画「へうげもの」についてご紹介させていただきます。

へうげもの(1) (モーニングコミックス) -
へうげもの(1) (モーニングコミックス) -

 「へうげもの(ひょうげもの)」とは「ひょうげ(剽げ)」た者のことで、「おどけた者、ひょうきんな者」というような意味で、この作品では、戦国から江戸時代の幕開けを生きた主人公、古田織部(ふるたおりべ)のことです。


(古田織部)
『へうげもの』古田織部.png


 茶道具を熱愛し、自身もすぐれた作品を作り上げようと、悪戦苦闘する古田織部と、彼の師であり、越え難い壁ともなった、天才茶人、千利休。そして信長、秀吉、家康ら、名だたる戦国武将たちを描き、重厚な人間ドラマと奇抜な笑いの入り混じる異色の歴史漫画です。

 『へうげもの』公式ビデオクリップ 〜MEGYUWAZO〜


 https://www.youtube.com/watch?v=E38EzmTB4Sc

 『へうげもの』公式ビデオクリップ 〜ISETOYAN〜


 https://www.youtube.com/watch?v=d28ZWTqZeR4

 【概要】
  戦国時代、武人たちにとって、優れた茶道具は、ときに城一つにも匹敵する価値を持ち、「大名物(おおめいぶつ)」と呼ばれる稀有な来歴を持つ美しい茶道具は、それを手にする者の絶大な富と権力の象徴となっていた。
 
 織田信長に仕えていた古田織部(左介)は、数奇の道(美や趣)に心を奪われながらも、武人として武功でのしあがるか、新しい美を世に送り出す数奇者となるかを模索していたが、大茶人、千利休に出会い、次第に茶人として頭角を表し、茶器や庭建物まで、独自の美を切り開いていく。

 一方、数奇を求める武人たちの間で崇敬を集める千利休は、己の美である「わび」を極めようとしていた。

(千利休)
『へうげもの』千利休.png


 黒を最上のものとし、簡素静寂を求める「わび」の世界。

 それは、自身もその美意識も圧倒的絢爛豪華である織田信長と完全に対立していた。

(織田信長)
『へうげもの』織田信長.png


 「数奇」と「武力」、茶人と武人、それぞれの理想と欲望は、戦乱の世で、ときに面白く、ときに残酷に、ぶつかり合うことになる。


【見所】

  茶道具や、「わび」「数奇」といった、敷居の高そうな世界を、主人公、古田織部をはじめとする、非常に個性豊かな登場人物たちの人間ドラマに絡め、わかりやすく、しかも、かつてないインパクトで描いている作品です。

 古田織部は、「織部焼」と呼ばれる、現代まで愛される、独自の歪みと味を持つ焼き物を作り出した人物です。

 傑出した才人であり、作中でも利休の後継者として、周囲の尊敬を集めることとなるのですが、愛妻家で、常に茶器の収集や製作の資金繰りに四苦八苦するという、平凡な一面も描かれています。

 しかし、「へうげもの」の古田織部最大の特徴は、優れた茶道具を見ると、コマ一杯に変顔をして、ときに股間まで反応させるというところです。

(お茶碗見てこの表情……)
『へうげもの』古田織部2.png

 実写版なら若き日のカトちゃんが良いのではという顔で、茶道具の名や賛辞を叫ぶのが作品の定番。

(織部ほど頻繁ではないものの、他の登場人物も表情が濃ゆく、普段重々しい分、利休の驚愕顔が最もパンチが効いている。)

 今回の二つの展覧会は、「へうげもの」ファンなら、「あの場面のあれもこれも来ている!」というくらいの豪華ラインナップなのですが、作品上特に重要な役割を果たした茶道具としては、「肩衝茶入 初花(かたつきちゃいれ はつはな)」と「黒楽(くろらく)茶碗の数々」が必見です

 〇「肩衝茶入 初花」

 「初花」は、一見地味な色調の小さな蓋付の壺(茶入)ですが、作中では、「大名物」と言われる神品で、特別展「茶の湯」の目玉作品の一つです。


 特別展「茶の湯」作品リスト

http://www.tnm.jp/modules/r_exhibition/index.php?controller=item&id=4959#1


『へうげもの』三肩衝.png


 「初花」「新田」「楢柴」の三肩衝を掌握した者こそが、天下人となる。


 天皇家の皇位継承に必要な「三種の神器」のような威力を持つ品として位置付けられているのです。


 作中では、この三肩衝の行方が、持ち主の運命とともに目まぐるしく動いて行きます。



 〇「黒楽茶碗」


『へうげもの』利休と黒茶碗.png


 それまで、中国、朝鮮の陶工たちの作品を最上のものとしてきた茶碗の世界で、千利休が新しい、頂点の美として世に放ったのが、黒の茶碗でした。


 楽家の名工、長次郎と協力して作り上げた、夜を練り上げたような茶碗。


 黒一色で、飾り気の無い作品ですが、実は微妙な色合いや形が異なり、織部ら武人だけでなく、数奇を好むあらゆる人々の羨望の的となりました。


 東京国立近代美術館の「茶碗の中の宇宙」展で、初代楽長次郎の黒茶碗の数々を観ることができます。
「茶碗の中の宇宙」見どころ ページ


 作中で「世のあらゆる物にすぐれています」と、黒茶碗を讃えた利休は、この「わび数奇の美」で世を覆おうとしますが、彼の壮絶な業(ごう)が信長、秀吉、そして利休自身の運命も狂わせていきます。


(豊臣秀吉)

『へうげもの』豊臣秀吉.png

 


 一方、利休というあまりにも大きな師を持った織部は、時に手痛い失敗を繰り返しながらも、やがて独自の美意識をつくりあげていきます。


 「へうげもの」は2017年4月現在も連載中ですが、いよいよ物語は完結に向けて動きだしている模様です。


 展覧会で漫画に登場する茶道具をじかに眺め、その美しさを通じ、これらを作り、愛した人々の息吹や、戦国から江戸にかけての時代のうねりに思いを馳せてみてはいかがでしょうか。


 次回は「へうげもの」の名場面と、展覧会で観ることのできる名品についてご紹介させていただきます。



 読んでくださってありがとうございました。


posted by Palum. at 00:36| おすすめ漫画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月15日

(終了間際)展覧会「これぞ暁斎!」おすすめ作品


 本日も、幕末明治の絵師、河鍋暁斎の展覧会「これぞ暁斎!」についてご紹介させていただきます。

 渋谷bunkamura公式HPはこちらです。
 http://www.bunkamura.co.jp/museum/exhibition/17_kyosai/



 残念ながら東京での会期は今週末まで(2017年4月16日)となってしまいましたが、盛況で、しかも絵それ自体と春風亭昇太さんのナビのため、あちこちの人だかりの背中から、「ふっ」「ふっ」と忍び笑いが聞こえてくる、独特な空気感となっていました。

 展示作品で、個人的に好きだと思った絵は、一見暁斎作品の中では、地味なようで、でも味わい深い次の二作品です。

1、「蓬莱七福神図」

 緻密なタッチで描かれた深山と川、この風光明媚な風景の中のあちこちに七福神がくつろいでいるという楽しい絵です。

 中でもほほえましいのは川べりの様子。

 今、船着き場についたのは布袋様と大黒様の小舟。

蓬莱七福神図(部分)布袋様と大黒天様.png
(蓬莱七福神図〈部分〉布袋様と大黒様)

 大黒様は「お持ちしましたぞ」というように、高々ととっくりをかかげています。

 その視線の先には福禄寿様。

蓬莱七福神図(部分)福禄寿様.png
(「蓬莱七福神図」〈部分〉福禄寿様)

 「待っておったぞーい!」
とでも話されているのか、両手を広げ、白髪をなびかせ嬉しそうに駆けてきます。

よく見ると福禄寿様の背後の建物では、毘沙門天様が酒杯を手にしており、福禄寿と杯を交わしていたことがうかがえます。

 そろそろお酒が切れる……。というタイミングで、大黒天様達が酒を調達してくれたという場面のようです。

 そんなやりとりを背中に聞きながら、恵比寿様は光る水しぶきの見えるような勢いの良い清流に釣糸を垂れています。

 掛け軸の上下に広がる空間に、抜けるように広がる、楽しげでせいせいとした雰囲気。

 目の前にかけて、眺めながら一杯やりたいような気分にさせられる作品です。



2「閻魔の前の鵜飼」


 能の「鵜飼」を元にした作品です。
(なんか暁斎って絵以外は雑そうなイメージを持っていましたが、能に精通しており、自身の舞の腕前も中々のものだったそうです。〈「暁斎画談」より〉)

 裁きの席につく閻魔大王、地面には白装束の老いた男が正座をしており、青ざめた顔で節くれだった手を合わせ、必死に許しをこうているようです。

 閻魔の側には死者の生前の行いを映すという鏡。

 丸く大きな鏡の表には、月夜に細く漁り火がたなびき、靄の漂うような茫様の中に、小舟に乗って鵜たちの綱を引く、生前の鵜飼の輪郭をほのかに浮かび上がらせています。

 能の「鵜飼」は、鵜飼は漁で殺生をした罪を負い、成仏できず幽霊となって、僧に供養してもらうという筋立てですが、この絵には暁斎独自の解釈がなされています。

 おののいて、閻魔大王をひたすらに拝む老鵜飼の周囲に、鵜たちが彼をかばうように集まっているのです。

閻魔の前の鵜飼(部分).png
(「閻魔の前の鵜飼」〈部分〉)

 鵜飼の震える膝、曲がった背中にとまる者、細い首をくるりと鵜飼の身にまわし、長いくちばしをすりつける者。

 今駆けつけたというように、鵜飼めがけて飛んで来る者。

 出来る限り鵜飼の身を自分たちの身や羽で囲み包もうとしている一羽一羽の姿からは、彼がいかにこの鳥たちを可愛がり、丁重に扱っていたかがうかがえます。

炎のような顔と巌のように大きく重々しい姿の閻魔大王と、青ざめてうつむく老いた鵜飼の痩せた体、彼をかばい、閻魔大王にとりなそうとするような鵜たちの黒くほっそりとした姿は、画面で対称をなし、罪と罰という直線的倫理を超えたあわれを醸します。

 暁斎といえば卓越した画力と奔放な想像力とで、人の目に飛び込んでくる鮮烈大胆な絵の印象が強かったのですが、この二作のような、覗きこんだ者の目と心にじんわり染み込んでくるような作品があるというのを、今回の展覧会で知りました。

 非常に繊細な絵なので、是非お出かけになって直接ご覧になってみてください。強烈な絵、ユーモラスな絵の間で意外な妙味を感じ、ますますこの画家の奥行きに魅せられると思います。

 読んでくださってありがとうございました




(参考文献)
・「暁斎画談(外篇巻之下)」
・「これが暁斎だ!」展覧会図録
posted by Palum. at 01:07| 美術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年04月10日

河鍋暁斎こぼれ話(展覧会「これぞ暁斎!!ゴールドマンコレクション」によせて)



 東京での会期終了間際(2017年4月16日まで)となってしまいましたが、前回に引き続き、東京で開催中の展覧会「これぞ暁斎!!ゴールドマンコレクション」にちなんで、幕末、明治に活躍した絵師河鍋暁斎のエピソードをご紹介させていただきます。


展覧会公式HP http://www.bunkamura.co.jp/museum/exhibition/17_kyosai/


1、河鍋暁斎と歌川国芳

 物心ついたときから絵が好きだった暁斎は、数え年七才(現在の6歳)のときに、浮世絵師歌川国芳の画塾に弟子入りし、絵を学び始めました。

 歌川国芳は、勇壮な武者絵や反骨とユーモアに満ちた風刺画など、多様な作品を産み出しましたが、一方で無類の猫好きとして、沢山の猫を飼い、猫にちなんだ可愛らしく楽しい絵も数多く描きました。

 暁斎本人が挿し絵を描いた本、『暁斎画談(外篇巻之上)』にはこのときの国芳の画塾の様子が生き生きと描かれています。

(挿絵部分 暁斎に手本を描いてみせる国芳〈部分〉)

国芳画塾.png

 塾といっても非常に賑やかな様子で、子供の弟子たちは絵を描いているかと思えば、床を転げ回って取っ組み合い、師匠の国芳は、それを一向叱るでもなく、猫をコロンと懐に入れ、その猫と、国芳の机にお腹を出して寝そべる猫とが、ちょいちょいと前足を伸ばしてじゃれあっています。

 さらに国芳の膝元でも、ある猫は、お尻を畳についてペロペロと毛繕い、ある猫は背中に子猫をじゃれつかせ……。

 計5匹の猫を周囲で好きにさせながら、腕をひょいと伸ばした国芳が、幼い暁斎と思われる少年に一筆で手本を描いてみせています。

(授業風景……)

国芳画塾2.png

 ニャーニャーとかギャーギャーとかあちこちから聞こえてきそうな部屋の中、国芳の隣に、やさしげな女性が座り、自分も絵を描いているのか、国芳を手伝っているのか、紙を広げ、少し困ったように眉を八の字にしながらも、微笑んで、この賑わいを見ています。

 絵の側に「よし玉女」と読めるので、国芳の女弟子の「歌川芳玉(芳玉女とも号した)」のようです。
(ちなみに、国芳の二人の娘も父に師事して絵師になったそうです。)

 年齢性別どころか人猫の別もなく皆が好きなことをしている、自由奔放(過ぎ)で活気に満ちた空気が伝わる挿し絵です。

 国芳は才能ある暁斎を大変可愛り、彼に絵描きの心がけとして、武者絵を描くときに役立つから、人を投げ飛ばすとか組み伏せるとかいう場面に出くわしたらよく観察しておくように、と、教えてくれ、暁斎は師の教えに忠実に、喧嘩があれば見物に駆けつけ、夫婦喧嘩を捜し歩いて叱られたこともあったそうです。

 しかし、暁斎はわずか二年ほどで国芳の画塾を辞めてしまいました。

 どうして暁斎は国芳の塾を辞めたのか。

 はっきりしたことはわかりませんが、一説には父親が国芳の素行の悪さを心配したからと言われているそうです。
(「これぞ暁斎!」図録「河鍋暁斎年譜」より)

 確かに、暁斎が望んで辞めたということは無さそうです。

 国芳は暁斎に優しかったそうですし、暁斎が国芳を慕い、画塾も楽しんでいたことは、この挿絵から明らかです。

 暁斎が画塾に通っている最中か、辞めた後かはわかりませんが、暁斎は8歳のときに、処刑された罪人の生首を川から拾ってきて写生するという騒動を起こしています

 児童の年齢ですでに「絵のためなら何でもやる」暁斎を、子供相手に「喧嘩があったら、よく見ておきなさい」と真顔でアドバイスする国芳のところに通わせ続けたら、相当マズイことになりそうだ、と、親が心配したのではないでしょうか。
(実際喧嘩を捜し歩いて叱られるとか、既にやらかしてたし。)

 縦横無尽な画才と、破天荒な性格(あと猫好き)という、相通ずる魅力を持った師匠と弟子の交流が、短い間に途絶えてしまったのは残念なことですが、この後、狩野派に弟子入りしなおした暁斎は、あらゆる画風を会得し、浮世絵にとどまらず、様々な名作を世に送り出すこととなります。

2、百円烏と栄太郎飴

 今回の展覧会では、たくさんのカラスの絵を見ることができます。

 奇抜な絵ばかり描いているようにも見える暁斎ですが、実は非常に厳格に写生をする人で(やりすぎて生首とか家に迫る火事まで描くとも言える)、鳥を描くにあたっては、以下のような方法をとっていたそうです。

「私は作品として描き始める前に、鳥の特有な姿勢を観察する。そこでその場を離れ、記憶に残った鳥の特有な姿勢をできるだけ多く書き留める。記憶が途切れた時点で手を止める。これを繰り返すことで最後には鳥の姿はいとも鮮明に私の記憶として脳裏に焼き付き、それを反復して完全に再現することを可能にする」
(ゴールドマンコレクション展覧会図録「これぞ暁斎」及川茂より引用)

 「暁斎画談」には、この写生の手法を会得するべく、暁斎の飼う動物や草木をしげしげと眺めて写生にいそしむ弟子たちの姿が描かれています。
(どさくさまぎれに弟子がお猿に髪をひっぱられたりしている)
暁斎弟子たちの写生風景.png

 かくして、いざ絵に描くときには一気呵成の勢いのある線で、多様なポーズのカラスを描いた暁斎は、明治十四年(1881)、内閣勧業博覧会に「枯木寒烏図(こぼくかんあず)」という作品を出品、自ら百円の値をつけました。(通常の十数倍の価格。)

 高すぎるのではという声に対し、これは烏一羽の値ではなく、長年の苦学への対価であると主張した暁斎の心意気に感じ入り、和菓子屋「榮太郎本舗」の主人が彼の言い値でその絵を買いました。

 これによりその絵は「百円烏」と呼ばれ、暁斎の名を広く知らしめたそうです。

 http://tokuhain.chuo-kanko.or.jp/2016/07/post-3425.html
(「枯木寒烏図」掲載 「中央区観光協会特派員ブログ 榮太郎本舗C日本橋本店の見どころ〜所蔵美術品等等」)


 実は暁斎にはこれより約10年前に、政府高官を風刺した絵を描いた罪で、牢屋に入れられたという前科があり、絵が百円で売れたということは、彼の悪評の払拭ともなりました。

逮捕された暁斎.png

(「暁斎画談(外篇巻之下」収録、逮捕された暁斎〈部分〉周囲に大いに飲まされて調子に乗って描いたところを逮捕されたので、つかまってすぐはろくに話もできなかったそうです。)

 余談ですが、このとき暁斎が残した留置所の絵(逮捕にしょげても描くものは描く)は当時を記録した貴重な資料となっているそうです。
(ぎっしりつめこまれ、ひどい環境だった模様。)

 なお、太っ腹な榮太郎本舗は、今回の展覧会で暁斎の絵のラベルがついた飴を販売し、過去の百円を回収中です(笑)。

http://www.bunkamura.co.jp/museum/exhibition/17_kyosai/goods.html(榮太郎飴も見られる展覧会グッズ紹介ページ)

暁斎画談内烏の挿絵.png
(「暁斎画談」外篇巻之下で挿絵として暁斎が描いた烏の絵)

 次回の記事では、今回の展覧会で、個人的に好きだった作品をご紹介させていただきます。併せてご覧いただけたら幸いです。

 読んでくださってありがとうございました。 


(参考資料)
「暁斎画談(外篇巻之上、下)」
暁斎画談 外篇巻之上 -
暁斎画談 外篇巻之上 -

暁斎画談 巻之下 -
暁斎画談 巻之下 -

※「河鍋暁斎記念美術館」より現代語訳つきの文庫本も出版されています(1620円)

「ゴールドマンコレクション展覧会図録「これぞ暁斎」」
posted by Palum. at 01:54| 美術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月29日

室生犀星と猫のカメチョロ

 先日、金沢出身の文豪室生犀星と、火鉢に手をかざす猫ジイノについてご紹介しましたが、引き続いて、犀星の娘朝子さんが書かれたエッセイ「うち猫、そと猫」より、犀星と彼が最も愛した猫カメチョロのエピソードを少し書かせていただきます。

 『室生犀星作品集・57作品⇒1冊』 -
『室生犀星作品集・57作品⇒1冊』 -

うち猫そと猫 (1982年) -
うち猫そと猫 (1982年) -


「ふるさとは遠くにありて思うもの」という詩で有名な室生犀星は、小説や詩で名を成してから、東京大田区の馬込と軽井沢に家を持ち、行き来をしましたが、その縁で、ある猫と出会いました。

軽井沢の家を建てた大工の棟梁が、避暑に訪れた犀星に、自宅の三毛が産んだ子猫を「夏の間寂しいでしょうからこの猫と遊んでください」と連れてきたのが、犀星と猫のカメチョロの出会いでした。

カメチョロはその日の午後にはもう犀星に懐き、軽井沢の家を、生まれながらの自宅のようにゆったりと歩き回り、犀星が庭に出れば後をついて歩いたそうです。

犀星は家や庭に、自身の高い美意識を反映させた人でしたが、この子猫には、彼が顔が映り込むほどに磨き上げた紫檀の仕事机の上や、手づから世話をする庭を歩くのを許したそうです。

(ちなみにカメチョロという不思議な名前は、信州の言葉で「トカゲ」を意味し、この子猫が庭を好きに飛び回る姿が、同じく庭を闊歩する、美しく銀青色に光るトカゲに似ているからという理由で名づけられたそうです。)

こうして、1年目は避暑の間だけ犀星と過ごしたカメチョロは、2年目の犀星の軽井沢訪問時も彼をよく覚えていて、大工さんがカメチョロを入れていた箱を飛び出すと、すぐに犀星に身をこすりつけて懐き、夏が終わるころ、ついに犀星の猫となって東京に連れてこられました。

カメチョロは母に似ず、大きくなってからはペルシャ猫の血を引くことを感じさせる雉虎柄の長毛で、目が大きく、犀星好みの長くふさふさとした尾を持つ雄猫でした。

「うち猫そと猫」にはカメチョロの写真がありますが、畳に優雅にねそべるカメチョロは、黒目がちで、モノクロの写真であっても、淡いピンクであったのではと思わせる愛嬌のある口元が、微笑んでいるようにふんわりと上がった、大変可愛らしく美しい猫です。

個人的には、一目見て、手塚治虫の描く、まつ毛の長い大きな目の、情深く妖艶ですらある美猫を思い出しました(カメチョロは男の子ですが、ブラックジャックの名作「猫と庄三と」の牝猫にちょっと似てる。)。

ブラック・ジャック 7 -
ブラック・ジャック 7 -


美貌でゆったりとした性格のカメチョロは、犀星に「わしの猫だからわしが世話をする」と宣言させた、おそらく数多くいた室生家の猫の中でも、犀星に最も素直になつき、犀星も溺愛した猫であったようです。

 「うち猫、そと猫」の中には、帽子をかぶり羽織姿の背筋の伸びた犀星を、笹の垣根づたいに追い、やがて寂しそうに見送るカメチョロや、犀星が丁寧に掃き清めて世話をする庭を悠々と歩くカメチョロと、自身はしゃがみこんでせっせと庭の手入れをしながらも、そういうカメチョロを好きにさせている犀星の写真が載せられています。

 朝子さんによると、犀星はブラシ代わりに軍手をはめて撫でることで、長毛のカメチョロの毛並みを整えてやっていたそうで、はじめはいやがっていたカメチョロもすぐに犀星の意を汲み、天気の良い日に犀星が軍手を持って出てくると、「犀星より先に縁台にとびのり、ごろりと寝るようになっていた」そうです。

しかし、このカメチョロは、冬のある日、伝染病にかかり、急死してしまいました。

その夜、犀星の部屋には遅くまで灯りがともっていたそうです。

朝子さんは他の飼っていた動物たちのように、カメチョロをお寺に葬るつもりでしたが、犀星は、「カメチョロをそんな遠くに葬るわけにはいかないよ。庭の杏の木の下に埋めなさい」と、朝子さんに頼みました。

 朝子さんたちが、埋葬の穴を掘っていた時、犀星はふいに庭に出てきて、彼女にカメチョロの遺髪を切ってほしい、と言いました。

 朝子さんにとっても非常につらい作業でしたが、犀星はカメチョロの埋葬を見ることすらできなかったようで、書斎にこもってしまい、朝子さんが持ってきた遺髪を黙って受け取ったそうです。

  東京に連れてこなければ、空気のきれいな軽井沢にいれば、カメチョロがこんなに早く死ぬことはなかったかもしれない。そう思ったのか、犀星は「ほんとに可哀想なことをした」と、悲しそうに言っていたそうです。

 カメチョロの死んだ前年の昭和34年に、長く療養していた妻のとみ子さんを亡くした犀星は、軽井沢に自分で「室生犀星文学碑」を建て、奥さんの遺骨の一部を、文学碑の傍らに置いた俑人(死者とともに副葬する人形)の下に埋葬していました。

(参照、「避暑地の散歩道 室生犀星文学碑&俑人像」軽井沢life http://karuizawa-style.net/kyukaruizawa/muroosaisei/)

 そして、朝子さんを連れて、散歩で文学碑を訪れたとき、なにげないふうに、
「わしが死んだら、ここに骨を埋めてほしい、そのために穴も大きく作っておいたからね」と、言いました。

 昭和37年3月26日、72歳で犀星は世を去りました。

 色々な片付けが済んだころ、朝子さんは、犀星が手元にのこしていたはずのカメチョロの毛を探しましたが、几帳面に整理されていた引き出しのどこからも見つかりませんでした。

 その年の夏、犀星の遺言に沿って、朝子さんは、犀星の分骨を携え、軽井沢の文学碑へと赴きました。

 大工の棟梁(最初にカメチョロを連れてきた人)に手伝ってもらい納骨を終えた朝子さんは、俑人の後ろに植えられたかんぞうの葉陰に、石燈籠の宝珠がおかれているのに気づきました。

 本当なら灯篭の一番上に置かれている石が……、と不思議がる朝子さんに、棟梁が、
「去年、先生があそこになにかを埋めて、その目印のためにあの石を置いたのですよ。先生はいったい何を埋められたのでしょうね」と、言いました。

「犀星が埋めたものは、あれほど軽井沢に返してやればよかったと言っていた、カメチョロの遺髪だったのだ。誰にも言わずに、わざわざ目印に宝珠まで置いたのは、愛した小さな生命に対しての、犀星の最大の供養だったのである。」

 朝子さんは見つからなかったカメチョロの遺髪と、棟梁の話とを結び合わせて、そう父の思いを振り返っていました。

 複雑な生い立ち、幼い我が子の死、愛妻の病など、波乱の多い人生を送り、厳格で気性の激しいところもありながら、年代を問わず多くの才能ある詩人たちとその家族に慕われ、心のこもった交流をしていた犀星。

 彼の文章からは、類まれな美意識や観察眼だけでなく、こうした人柄の奥行きがありありと感じられます。

 なぜこう強靭で、それでいて優しいのか。

数多くの文学者が鋭敏さと引き換えに傷つきやすく生きづらい精神を持っていたのに比べると、圧巻の文才と、優しさと、率直さの全てを持っていた犀星の存在は謎ですらあります。

 どうして苦労の連続ながら、それにのまれずに、人としても文学者としてもこういう境地に辿り着いただろうか、その過程を、私は、まだよく知りませんが、愛妻の死後、妻と自分が眠る場所を静かに整え、カメチョロの魂の一部も、カメチョロのふるさとであり、やがて犀星も眠る場所へ連れて行ったという話は、まさにこうした犀星の強靭さと優しさを物語っていると思いました。

 ジイノとカメチョロの話のおかげで、もともと稀代の名文家と思っていた犀星をますます好きになりましたので、また折をみて、彼の作品についてもご紹介させていただきたいと思います。

 読んでくださってありがとうございました。

posted by Palum. at 22:31| おすすめ本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月22日

室生犀星と猫のジイノ

 金沢を代表する文学者、室生犀星の命日、「犀星忌(3月26日)」にちなみ、 雑誌『サライ』2017年3月号に載っていた室生犀星の記事をご紹介させていただきます。

 3月号の『サライ』のテーマは「日本は猫の国」。

サライ 2017年 03 月号 [雑誌] -
サライ 2017年 03 月号 [雑誌] -

 絵画や文学、漫画に登場する猫や、芸術家たちと暮らした実在の猫たちの様々なエピソードが紹介されていますが(例えば、「漱石はよく猫を背中に載せたまま寝そべって新聞を読んでいた」らしい〈萌〉。)、なかでも微笑ましかったのが、室生犀星と愛猫ジイノの写真です。


  「ふるさとは遠きにありて思ふもの そして悲しくうたふもの」(『抒情小曲集』より)という詩で有名な室生犀星は、随筆、小説でも数多くの優れた作品を残しました。


室生犀星詩集 (新潮文庫 (む-2-6)) -
室生犀星詩集 (新潮文庫 (む-2-6)) -

 お勧めは『月に吠える』の萩原朔太郎、『風立ちぬ』の堀辰雄など、そうそうたる文学者たちの作品と、彼らとの交流を描いたエッセイ、『我が愛する詩人の伝記』です。

我が愛する詩人の伝記 (講談社文芸文庫) -
我が愛する詩人の伝記 (講談社文芸文庫) -

 犀星の鋭い観察眼と、控えめながら深い他者への情、詩で磨かれた言葉の美が冴えわたり、一言一句、冬の日溜まりのような切ないぬくもりと、宝石の一粒一粒のような輝きを併せ持つ作品です。
(一瞬の隙もなく言葉が優れて胸に迫るという点では、自分の読書歴の頂点に立ち続ける作品です。〈小説なら漱石ですが、いずれにせよ甲乙つけがたい。〉)

 文章の一例として、『我が愛する詩人の伝記』内、堀辰雄の妻、たえ子さんの回想と、堀辰雄の文学の批評部分を少し引用させていただきます。

 「病床十年を切り抜けたところで夫の死を見た彼女は、烈婦のカガミのような人であった。カガミはいまは辰雄の小説の中から美しい嫉妬をほじくり出して、それを唇にくわえて遊泳していた。カガミはカガミに映る自分を見て笑い、毎月墓地にかかさずせっせと通うていた。石にお詣りするということはどういう事なのであろう、私にはこの古い日本のしきたりが余りに美の行事であるため、却って奇異のはかなさに思われた。
 堀辰雄は生涯を通じてたった数篇の詩をのこしただけであるが、その小説をほぐして見ると詩がキラキラに光って、こぼれた。こぼれたものを列べてみると、それはみな詩の行に移り、よどみない立ちどころの数篇の詩を盛りあげていた。小説や物語の女達の言葉や行いが、人間の性情にあるときは詩というものが、こんなふうのものかと、そう思われる優柔感をそなえてみせた。」

 亡き婚約者の面影(※)を文学にしたためた夫を愛し、彼の闘病と執筆を支え続けた妻と、堀辰雄の文学の魅力を、それぞれ的確かつ誇張なく美しく描いた名文です。

(※)『風立ちぬ』で主人公の「私」が病床に付き添う「節子」は、堀辰雄の死別した婚約者、矢野綾子がモデル。 

 このように突出した言葉の才を持つ犀星は、その気骨や美意識の裏返しなのか、気むずかしく癇癪持ちなところもあったようですが、(親友の朔太郎が他の作家にからまれていると思って、出版記念会で椅子を振り回したこともあったらしい。)ご家族ともども動物好きで、娘の朝子さんの猫、ジイノ(アンジェリーノという華やかな名前だったのがジイノになったのだとか〈※〉)は、犀星の書斎に平気で入り込んできたそうです。

 (※)朝日新聞デジタル「3:室生犀星の愛した「ジイノ」」より

 そんなジイノが、火鉢のふちにちょこんと両前脚をかけ、火鉢を挟んで座る犀星が笑ってその様子を見ているという写真が、『サライ』に掲載されています。

 参照:室生犀星記念館のHPで公開されている犀星とジイノの写真。(H番)
 http://www.kanazawa-museum.jp/saisei/outline/picture.html

 (HPの写真では、もう、おねむみたいで、顔を体に埋めるようにしていて、犀星が火箸で火加減に気を配っている様子〈やさしい〉ですが、サライでは、お目目ぱっちりおすまし顔のジイノと、ニコッと笑っている犀星の写真が観られます。犀星は基本的には写真嫌いだったそうですが、猫と撮られるのは平気だったとか。)

(追記、サライのものと同じ写真を表紙に使った電子書籍作品集が発売されていました。)
『室生犀星作品集・57作品⇒1冊』 -
『室生犀星作品集・57作品⇒1冊』 -

 ジイノがこのポーズをとるようになったのには、こんなきっかけがあったそうです。

 「ある日(ジイノが)、犀星の横にあった火鉢に二本の手(前脚)を揃えて座り、居眠りをはじめた。それに気づいた犀星は、もう少し火鉢に近づけてやろうとそっと尻を押す、するとジイノの両手が火鉢にかかり、火にかざしているような格好になった。翌日からジイノは犀星の書斎に行くと、火鉢に両手をかけて眠るようになった(『サライ』3月号より)」
 
 犬飼ってたんでわかりますが、毛足の長い生き物は、畳などでお尻を押すと、ツーと、押されてる側も驚くほど摩擦なく滑ります。

 偉大な、やや厳格な雰囲気の文学者にお尻を押されて、ツーと畳を滑って、ツルンと火鉢の縁に両手のかかってしまったジイノが、火鉢の内側のホカホカに気づいて「こりゃいいニャ」と、落ち着いてしまった様が目に浮かびます。

 犀星の書斎は、家具から飾られている陶磁器に至るまで、素人目にも品の良いものばかりで、ジイノが手をかける火鉢も、金属製なのか重々しく黒光りする高価なものに見えます。

 犀星は火鉢がジイノの脂で汚れるからこまめに拭かなければならないと迷惑そうに語っていますが、実はこのポーズを気に入っており、来客があるたびに、ジイノを連れてきて、可愛らしい仕草を披露していたそうです。
(参照、室生犀星記念館2014年3月12日ブログ

 あの美しい文を書いていた方が、猫をいそいそ火鉢の前に連れてくる姿を想像するとギャップ萌えます。

 ジイノの可愛い火鉢ポーズは、2014年に、彫刻家で金沢美術工芸大学非常勤講師の渡辺秀亮(ひであき)さんにより再現され、犀星記念館入り口でオリジナルキャラクターとして来館者をお出迎え、この場所では撮影が可能だそうです。

 犀星記念館では、ジイノほか、室生家の猫たちの写真が犀星の詩と併せてポストカードになっているのですが、さらに、ジイノはあの火鉢にお手手ちょこんの姿で切り抜かれてしおりになっていたり(本に手をかけているみたいに見える)、犀星と一緒に可愛い似顔絵ストラップになっていたりします。ほしいー。

(犀星記念館のグッズは、その他にも犀星の愛猫たちの箸置きとか、なんかズルいセンスのものが目白押しです。)

 ちなみにそのストラップのもう一面は、中年以降は品と風格のある容姿ながら、若い頃はあまりイケメンとは言えない犀星の奇跡の一枚(失礼)をモチーフにしています。
(その写真だけ綾野剛に少し似ている。上掲写真館ページのAの写真かと、)

(参照、室生犀星記念館2014年3月16日ブログ

 グッズといい、入り口のジイノといい、全体的に素敵な場所のようなので、立ち寄られてはいかがでしょうか。(北陸新幹線のお供には『我が愛する詩人の伝記』を是非。)

 『サライ』はこの他、赤塚不二夫や大仏次郎など、様々な人たちの猫との関わりと心暖まる写真が観られます。素敵な一冊でしたので、こちらもお手にとってみてください。
(よろしければ当ブログ続編記事「室生犀星と猫のカメチョロ」も併せてご一読ください。)

 読んでくださってありがとうございました。


(参照)
・室生犀星記念館HP http://www.kanazawa-museum.jp/saisei/
・朝日新聞デジタル「私のこだわり【猫 比名祥子記者】3:室生犀星の愛した「ジイノ」」http://www.asahi.com/area/ishikawa/articles/MTW20160122180750001.html
posted by Palum. at 16:37| おすすめ本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月21日

画鬼河鍋暁斎達人伝

 本日は現在東京で開催中の展覧会「これぞ暁斎!」にちなみ、河鍋暁斎の絵師としての達人ぶりを物語るエピソードをご紹介させていただきます。

公式HP http://www.bunkamura.co.jp/museum/exhibition/17_kyosai/



 産み出す作品そのままに、ぶっ飛んだ人物です。

 資料として、「暁斎画談」(暁斎の語りと絵手本をまとめた書。暁斎本人が挿し絵を手掛けている。)と、イギリス人建築家で暁斎の愛弟子ジョサイア・コンドル(コンダー)の「河鍋暁斎」を使わせていただきました。

暁斎画談 外篇巻之上 -
暁斎画談 外篇巻之上 -

河鍋暁斎 (岩波文庫) -
河鍋暁斎 (岩波文庫) -


 達人伝1、暁斎八才、生首を拾い写生する
 
   物心ついたときから絵が好きだった暁斎は、ある日、神田川に水の流れを写生しに行きました。

 水辺に寄ったときに、何やら毛のなびく物が足元近くに流れ着き、これが簔亀(※1)というものかと喜んで拾い上げたところ、男の生首でした。(※2)

 (※1)甲羅に長く藻の生えた亀。縁起が良いとされる。
 (※2)近くの処刑場から流れてきたと思われる。

 驚いて捨てて逃げようと思ったものの、考えてみれば、名人の生人形(※3)の生首を写生したことはあったけれども、本物の生首を見たことはなかった。怖いからといって、描かずに捨てて逃げるのは惜しい。と、思い直し、むき出しで運ぶわけにもいかないので、家に走って風呂敷を持参し、包んで家に持ち帰りました。

 (※3)本物そっくりに作られた人形のこと。見世物小屋などで展示された。
 当時暁斎の家の近くに、生人形の名手、泉目吉の作業場があり、暁斎はしばしば作業場を訪ねて、作り物の生首などを写生していた。(そもそもそこからしてどうかと思う。)

 物置に隠して、隙を見て写生しようと思っていたところ、手伝いの女性が、薪をとりに物置に行って生首を見つけてしまい、悲鳴を上げて飛び出してきたので、暁斎の父母も駆けつけ、大いに驚きました。
(そりゃ人生これほどびっくりすることはそうないでしょう。)

 騒ぎを聞き付けた少年暁斎は、写生をするために拾ってきたと正直に打ち明け、生首と暁斎の絵にかける熱意との両方に驚いた両親は、しばし怒ることもできずにいましたが、なおも写生をしたいと言い張る暁斎に対し、人に見られたらどう申し開きするつもりだと父が厳しく言い聞かせ、「すぐ川に戻してこい。元あった場所に捨ててこい」と叱ったそうです。(※4)

 (※4)ジョサイア・コンドル「河鍋暁斎」より。(捨て猫拾ってきちゃったみたいな発言……)。

 しぶしぶ言われたとおり首を薦に包んで河原に戻ってきた暁斎でしたが、やはり惜しいと河原に座って急いで写生を始めたところ、見物人が山を為したものの、幸い咎められることはありませんでした。

 (コンドルの書では、人気の無いところで描いたとありますが、暁斎画談ではめっちゃ人が集まって見てます。〈しかもなんか、裸足で駆けてくサザエさんを見てる級にみんなが笑ってる。幼児もガン見てる。大丈夫なのかコレ…。〉)

「暁斎画談」挿絵、(上部は幼い暁斎が水辺から生首を拾っている様子。)

暁斎画談.png

 その後、首を川に流して水葬とし、この件はおさまりました。

 子供のしたことだからと警察も不問に処したようで、人々は十才にもならない暁斎の、絵に対する熱意と豪胆とを誉めそやしたそうです。

 江戸時代には人通りに罪人の首をさらすことが普通にあったそうですが、そのせいか、今からみると、異様に死体に免疫がある人々の反応と、暁斎の「真の生首は得難い物(←…)なのに、怖いからと写生しないのは残念」という、天性の絵描きというか、もう絵描きになるよりほか無いだろうこの人と思わされる発想が印象的です。


 達人伝2、暁斎15才、自分の家に火の手が迫っても写生に没頭する

 1846年正月、小石川から上がった火の手が、暁斎の住む佃島までせまり、人々は避難と家財の運び出しに追われました。

 このとき、ある裕福な家の主人が、飼っていた鳥たちが焼け死なないようにと、急ぎ籠を開けて鳥を空に放ちましたが、混乱していたのか、一度高く飛び立った鳥たちが、火の輝きに向かって戻ってきてしまいました。

 翼の内側が火に照らされて輝く様は「花と紅葉撒き散らしたるが如く」、特に孔雀は凄絶な美麗さだったそうです。

 この哀れにして稀有な光景を目の当たりにした暁斎は、家に帰ると、既に火の手が迫り、家の人間たちが家財の運び出しに駆け回っている中、紙と筆と硯だけを持って火事場に向かい、鳥たちの飛ぶ姿と屋敷の燃える様を写していたところ、親族に見咎められ、「他人ですら荷運びを手伝ってくれているのに、独り安閑と絵を描いているとは何事か」と厳しく叱責されました。

 慌てて家に戻り、作業を手伝ったものの、その目はなお、火や煙の立つ様、火消しの人間の駆ける姿を観察し続けたそうです。

 教科書にも取り上げられた「絵仏師良秀(宇治拾遺物語)」(※5)や、「地獄変(「絵仏師良秀」を下書きとした芥川龍之介の短編小説)」を彷彿とさせるエピソードですが、先の生首事件同様、芸術家の目の「物凄さ」が伺えます。


 (※5)絵仏師良秀の家が火災に見舞われた際、火の手に包まれる家を前に笑っている良秀を見た人々は、気がふれたのだと思ったが、彼は、
苦心していた不動明王像の背後の火焔が、これでようやくうまく描けると言い放ったという話。

 芥川は、この話をもとに、権力者に地獄絵図を描くよう命じられた良秀が、地獄のあらゆる場面を再現して彼に見せることを請い、牛車の中で火に包まれているのが自分の娘だと気づいても、なお、その有様に見入り、絵を仕上げたのち命を絶つという物語を描いた。


 芸術家が火を前にしたとき、「焼け出された人がいる」とか、「混乱して火に飛び込む鳥の哀れさ」といった、一般人なら感じるであろう恐怖や同情よりも先に、「目の前に見たこともない光と色に包まれた非日常的な光景がある」ということに心を奪われてしまい、火の手が自分や家族に迫るかもしれないという危機感すら麻痺して、ただ「見て、それを描く者」として見入ってしまう。

 この若き暁斎の逸話は、どこかユーモラスな語り口ではあるものの、そうした、芸術家の、一般人には想像の及ばない、ある種の魔性と危うさが見てとれます。

 (余談ですが、こうした恐ろしい超然の観察者の眼差しは、物書きである江戸川乱歩も持っており、空襲の時、空の火を美しいと思ってしまったと語り、その光景を短編「防空壕」に記しています。)

「防空壕」収録の江戸川乱歩全集19巻『十字路』
十字路〜江戸川乱歩全集第19巻〜 (光文社文庫) -
十字路〜江戸川乱歩全集第19巻〜 (光文社文庫) -

 作品に負けず劣らず不世出の個性を持っていた暁斎。
 
 あるいはこの人物だからあれほどの作品を次々とものにしたとも言えますが、このほかにもまるで物語の登場人物のようなエピソードがいくつもあります。

 暁斎画談は、国会図書館蔵のものが著作権フリーで公開(Kindleでも閲覧可能)されており、(書体が古くて読むのが大変ですが、絵は面白いです。)ジョサイア・コンドルの「河鍋暁斎」は文庫化されているので、ご覧になってみてはいかがでしょうか。

 国会図書館デジタルコレクション『暁斎画談』外扁 巻之上
 http://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/850342

 当ブログでも、もう少し暁斎についてご紹介させていただきますので、よろしければお立ち寄りください。

 読んでくださってありがとうございました。



posted by Palum. at 21:18| 美術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月19日

「ゴールドマン コレクション これぞ暁斎!世界が認めたその画力」ご紹介1

 2017年2月23日〜4月16日まで、渋谷Bunkamuraミュージアムで開催中の「ゴールドマン コレクション これぞ暁斎!世界が認めたその画力」についてご紹介させていただきます。

公式HPはコチラ

http://www.bunkamura.co.jp/museum/exhibition/17_kyosai/
http://www.bunkamura.co.jp/museum/exhibition/17_kyosai/about.html
(河鍋暁斎の説明ページ)
http://www.bunkamura.co.jp/museum/exhibition/17_kyosai/introduction.html
(展示解説ページ)

・カッコいい宣伝動画

]

・ビジュアルツアー



河鍋暁斎は幕末から明治という激動の時代の中、卓越した画力で、ユーモラスな戯画、風刺画から、渾身の美人画、仏画まで縦横無尽に描き上げ、「画鬼」と呼ばれた画家です。

(奇抜な画題や確かな筆さばきにより、海外では葛飾北斎の弟子と勘違いされたこともあったそうですが、直接のつながりはありません。)

彼の絵はフランスやイギリスなどでいち早く高く評価され、その腕前に感動した、当時来日中の建築家、ジョサイア・コンダー(コンドル)が彼に弟子入りし、暁斎の臨終まで看取る深い師弟の絆を結んだことでも知られています。

(二人の関係にちなんで「画鬼・暁斎 幕末明治のスター絵師と弟子コンドル」という展覧会も2015年に三菱一号館美術館〈コンドルの設計建物を復刻させた場所〉で開かれましたが、そのときの、
「狂ってたのは、俺か、時代か?」という、非常にイカしたキャッチコピーが忘れられない。)

 幽霊、妖怪など、荒唐無稽な題材の作品も数多く描いたためか、没後は長らく日本画壇の傍流扱いを受けていた暁斎ですが、近年再評価が進んでおり、今回、イギリスの暁斎コレクター、イスラエル・ゴールドマン氏のコレクションが、日本に里帰りを果たしました。

 どんなテーマを、どんなタッチで描いても、生き生きとした線が、小気味いいほど、ぴたりぴたりと、或るべき空間に決まり、見る者の目を強く引き付ける暁斎の作品。

 踊る骸骨や、にゃんこやカエルなど、特に予備知識なく観に行っても楽しめる絵もたくさんあるそうですし(個人的にはゴールドマン氏最初のコレクションだという象とたぬきの絵が非常に可愛くて好きです)、イヤホンガイドのナビゲーションが春風亭昇太、展覧会テーマソングが和楽器バンドなど、エンタメ性の高いイベントになっているので、お出かけになってみてはいかがでしょうか。
(東京展終了後は高知、京都、石川に巡回するそうです。)

 当ブログでも、開催中にもう少し暁斎についてご紹介させていただきますのでよろしければお立ち寄りください。

 読んでくださってありがとうございました。

posted by Palum. at 20:41| 美術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月18日

「この世界の片隅に」映画と漫画の補足情報(漫画の一コマとクリスマスカード)




 先日、映画も大ヒットした名作漫画「この世界の片隅に」のご紹介記事を書かせていただいたのですが、今日は漫画と映画それぞれの補足情報を書かせていただきます。

 過去記事は以下のとおりです。
 ・(※ネタバレあり)「この世界の片隅に」映画で語られなかった場面(2) 雪に描かれた絵と、桜の花びらの舞い降りた紅
 ・(※ネタバレあり)この世界の片隅に 映画で語られなかった場面(1)ノートの切れ端とリンドウのお茶碗


この世界の片隅に 上 (アクションコミックス) -
この世界の片隅に 上 (アクションコミックス) -

この世界の片隅に 中 (アクションコミックス) -
この世界の片隅に 中 (アクションコミックス) -

この世界の片隅に 下 (アクションコミックス) -
この世界の片隅に 下 (アクションコミックス) -

 1,髪をとかすリンさん(漫画)

 漫画のみの描写なのですが、主要キャラのリンさんが、髪をとかしている絵があります。

この世界の片隅に 髪を梳くリンさん.png

 ストーリーに直結しているコマというより、章のはじまりのカットのような箇所で、長い髪を片手で束にしてまとめて高く持ち上げ、もう片方の手で櫛をかざし、髪をまとめる紐を、微笑む唇に軽くくわえているというポーズです。

 こうの史代さんの描く女性の、比較的大きく描かれた手とほっそりした全身のしぐさの、曲線を成すたおやかさには、大正時代の画家竹久夢二の美人画に似た情緒が感じられるのですが、この絵はそうした女性らしさに加え、大きく上げた腕と長く横に引いた艶やかで豊かな髪から、颯爽とした動きと、しなやかな色気を感じられ、涼しいまなざしにリンさんの個性がうかがえる名作だと思います。

 竹久夢二「秋」(出典:ウィキペディア、「竹久夢二展」図録、毎日新聞社、1992年)(拡大画像はコチラ

TakehisaYumeji-MiddleTaishō-Autumn.png

 なお、長く豊かな髪をすく美しい女性というのは、古くより、ほのかで神秘的な色香を漂わせる画題として愛されており、ラファエル前派の画家ロセッティや、夏目漱石に支持された装丁作家、橋口五葉らも、それぞれに名作を残しています。

 ダンテ・ゲイブリエル・ロセッティ「レディ・リリス」(出典:ウィキペディア、Delaware Art Museum)(拡大画像はコチラ

Lady-Lilith.jpg

 橋口五葉「髪梳ける女」(出典:ウィキペディア、The Trustees of the British Museum The British Museum Images)(拡大画像はコチラ
 
Goyo_Kamisuki.jpg

 物思いにふけるような目でゆるやかに髪を梳く、ロセッティと五葉の絵の静けさと比べ、肌襦袢に細袴(ズボンのような下着)姿で、大きな動きをしているリンさんからは、これから髪を結い、着付けをして、場に出てゆく生身の女性の勢いや生活感が感じられ、既に歴史にその名を刻まれた画家たちの絵に勝るとも劣らない魅力があると思います。

 この後、漫画の展開としては、彼女がこの美しい髪を日本髪に結って、花見に出掛けており、そこは、非常に印象深い名場面となっています。(その場面をご紹介した記事はコチラです。)

 2、「この世界の片隅に」のクリスマスカード

 2016年12月下旬、映画の大ヒットを記念して、来場者に作品の主要キャラクターが描かれたクリスマスカードが配られたそうです。

 クリスマスカードの画像が見られるニュースURLはコチラ
 出典:「この世界の片隅に」第2弾来場者プレゼント12月23日から配布、すずがサンタに」
 (「映画ナタリー」、2016年12月22日http://natalie.mu/eiga/news/214405

 周作さん、すずさん、リンさん、水原さんの4人が、サンタの格好をして並び、前の人の肩に手を置いた電車ごっこのようなポーズでこちらを向いて笑っているというデザインです。

 少しデフォルメされて頭身が縮み、顔もまるっこく、映画の中よりもあどけない感じが可愛らしいのですが、この姿でサンタ服を着ている彼らを見ると、急に、「ああ、そうだ、この人たちまだ20代なんだな……」と思って、(そういう意図でデザインされたのではないでしょうが)急速に切なくなりました。

 今の時代を生きていれば、クリスマスなら、どんなデートをしようとか、プレゼントがほしいとか、そんなことを考えていられる年頃に、戦争に巻き込まれ、リンさんはもっと幼いころに親に売られて苦労して、水原さんは軍人になって……という人生を送っていたのか……と……。

 そして、彼らが今の時代に生きていれば、たぶんこの4人の関係性は変わっていたんだなとも思いました。

 貧しさのあまり親に売られるとか、結婚の自由がないとか、戦争で明日の命もわからないとか、そういう時代でなければ。

 たぶん作品の中でむつまじく生きているすずさんと周作さんは夫婦になることはなく、水原さんとリンさんがそれぞれの伴侶になっていたかもしれない。

 そして、そうなったら、それはそれで、きっと相性の良い幸せな夫婦だっただろうと思います。

 作中の彼らは、それぞれに恋する人や友達に対して暖かく接し、自分の人生を誠実に生きている人たちですが、彼らはそれを「選んで生きた」わけではなかった、時代と戦争が彼らからその他の人生を無言で奪っていたのです。

 現代もせちがらく、先が見えず、快適にはほど遠い世の中だとは思いますが、それでも、彼らが生きていた環境よりは、平和であり、自由であり、そういった意味では、確かに今を生きているということは幸運なのだと、この一枚のほんわかと可愛らしいカードを見ながらしみじみと考えさせられました。




 しばらく記事更新の間隔が開いてしまっていましたが、これからはもう少しペースアップする予定です。よろしければまたお立ち寄りください。

 読んでくださってありがとうございました。
posted by Palum. at 23:36| おすすめ漫画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月17日

(※ネタバレあり)「この世界の片隅に」映画で語られなかった場面(2) 雪に描かれた絵と、桜の花びらの舞い降りた紅


先日の記事に引き続き、映画「この世界の片隅に」では語られなかった、原作漫画のエピソードをご紹介させていただきます。(ややネタバレなのでご了承ください。)

1, 雪に描かれた南の島の絵

 主人公すずさんの夫、周作さんは、かつて娼婦のリンさんという女性を愛し、真剣に結婚を考えていましたが、おそらくは周囲の反対のために、それがかないませんでした。

 偶然リンさんと知り合ったすずさんは、さまざまなきっかけを経て、リンさんと周作さんがかつて愛し合っていたということに気づいてしまいます。

 すずさんはリンさんのとの過去を、周作さんに問いませんでしたが、自分はりんさんにの代用品のように嫁に来た女なのかという思いはつきまといました。

 それでも、家事をこなす日々や、初恋の男性で、今は海軍兵となった水原さんとの再会という出来事を経て、 自分の人生や、周作さんへの愛情を見つめなおしたすずさん。


 雪のつもったある日、すずさんは、リンドウの柄のお茶碗を持って、リンさんに会いに行きました。

 その美しいお茶碗は、周作さんがかつてリンさんにあげようと思って買ったものであり、すずさんが、周作さんとリンさんの過去に気づくきっかけとなった品でした。

 リンさんを探すすずさんに、リンさんはまだ、泊りの将校さんについている。赤毛の若い女性が、遊郭の窓のむこうから、そう教えてくれました。

 あどけなさの残る素朴な優しい表情で、ふるさとが南であることを感じさせる言葉遣い。

 しかし、その言葉が、ひどくせき込んで途切れたため、すずさんは、お茶碗に雪を盛って彼女に渡します。

 熱っぽい顔で微笑んで、雪を口にふくむ女性に、すずさんはそのまま茶碗を託すことにしました。

「リンさんによう似合うてじゃけえあげます、言うて伝えてください」

 様々な思いを自分なりに消化した様子で、すずさんは、お茶碗を差し出します。

 「よかよ!きれいかお茶碗たい」
 茶碗を受けとってくれた女性の細い両手首には、包帯が巻かれていました。

「好きっちゃ好き、知らんちゃ知らん人」だった若い水兵に手をくくられ、一緒に川に飛び込んだ。

 こともなげにそう話した女性。

 飛び込む前から、あんな小さな川で死ねるわけはないと、うすうすわかっていた。

 やっぱり自分もあの人も死ねなかった。もともと自分は、死にたかったわけでもない。ただ、
 「なんや切羽つまって気の毒やったと」

 せめて夏なら川の水も気持ちよかったのに、暖かな外地に渡ればよかった……。

 そんな話を聞き、すずさんは杖がわりに持ってきた竹槍で、雪に絵を描きました。

 椰子の木のある砂浜、そこをのんびりと歩くカニ。水平線の上の入道雲とカモメ、波間を跳ねるイルカ。

 「ああ!そげん感じ。そげん南の島がよか!」
 
この世界の片隅に 雪の上の絵.png

 さて、夜までに風邪を治さないと、と、気を取り直した女性。

 ほいじゃお大事に、と窓を閉めて立ち去るすずさんの背中越しに、まだ絵を見ている女性の、「よかねー」という楽しげな声が、聞こえてきました。



 雪道の南国の絵に下駄あとを少し残し、遊郭をあとにするすずさん。

 このカーテンの閉じられた建物のどこかで、まだ客とともに過ごしているリンさん。
 
 格子窓の向こうから、すずさんの絵を眺める、好きとも知らぬともつかない男と身をなげた赤毛の人。

 おそらくは売られ、それでも微笑んで日々ここで働いて生きる女性たち。

 (「すず、お前べっぴんになったで。」)

 初恋の水原さんにかけてもらった言葉。

 けれど、いまだに苦い。

「周作さん、うちは何ひとつ、リンさんにかなわん気がするよ」

 降る雪に目を上げ、すずさんはぽつりとつぶやきました。




2、桜の花びらの舞い降りた紅

 満開の桜の頃になり、すずさんは、周作さんと義実家の人々と一緒に、公園に花見に訪れました。

 春のはじめに呉にも空襲があり、誰の心にも、これが最後の花見になるかもしれないという思いがよぎるのか、いつもにもまして人の多い公園。

 周作さんたちと手分けをして場所を探していたすずさんの腕が、ふいと引かれました。

 「ひさしぶり、すずさん」

 リンさんが、立っていました。

 額脇の髪を一筋長くたらした日本髪、リンドウの柄の着物を、胸元をくつろげて着付け、良い帯と、華やかな帯留めで細く締めた立ち姿の、しっとりとした風情。 

 お客さんに連れられて、皆で遊びに来た。そう話してくれているのに、頭から爪先までつくづくと見とれているすずさんに、リンさんは「聞いとるん?」と、顔をのぞきこんできます。

 「あ、あの、うちも家族と来とるん」
 そう、言いかけましたが、リンさんと周作さんが再会したら……と、はっとしたすずさんの頭の中に、そのときの二人の様子がぐるぐると回り、どうしよう……、と、固まってしまいます。

 「すずさんも登って来…、ありゃ、また聞いとらん!」
 頭上から声がして振り向くと、すずさんがぐるぐるしていた間も、「この格好でも細袴を履いているから非常時も木登りも大丈夫」、と、おしゃべりしていたリンさんが、いつのまにか桜の枝に腰をかけていました。

 「お茶碗くれたんすずさんじゃろ、雪に描いた絵見てわかったわ。ありがとうね」

 らんまんと咲き誇り、ほのかなそよぎに花びらをたゆたわせる桜の上、リンさんは、やってきたすずさんに言いました。

 少し言葉を探した後、すずさんはおずおずと口を開きました。
 「お……夫が昔買うたお茶碗なん、あれ……なんかリンさんに似合う気がしたけえ……」

 そう言って、桜の枝ごしに、そっとリンさんの様子をうかがいましたが、白いうなじを見せてうつむくリンさんからは、何の言葉も返ってきません。

 「ほらー、知らん顔されたらいやじゃろ!?」
 にっこり笑って振り向いたリンさんが、ぽん!とすずさんの背中を叩きました。

 それで、それ以上この話をできなくなったすずさんは、お茶碗を預かってくれた、赤毛の女性はどうしているかを尋ねました。

 「ああ、テルちゃんね」

 テルちゃんは死んだよ、あの後肺炎を起こして。
 雪も解けんうちよ。
 ずーっと笑っとったよ。すずさんの絵を見て。

 そう言うと、リンさんは蓋つきの小さな器を取り出しました。
 「会えて良かった。すずさんこれ使うたって」

 テルちゃんの口紅。

 リンさんは、掌の器の紅を、薬指につけると、言葉を失っているすずさんの唇に、塗り始めました。

 皆言うとる、空襲に遭うたら、きれいな死体から早う片付けてもらえるそうな。
 いつのまにか死が珍しいものではなくなってしまった、この町の人々の噂話をして。

 「……ありがとう」
 脳裏に、瓦礫に押し潰され、野ざらしとなっていた人の背中がよぎり、すずさんは、そうつぶやいていました。
 でも、まだ、ほかに伝えたいこと、聞きたいことが、心のどこかをさ迷っている目をして。

 「ねえ、すずさん、人が死んだら、記憶も消えて無うなる」
 長いまつげをふせ、口紅を指でなぞるリンさん。

 「秘密も無かったことになる。」
 すずさんの唇にそっと押し当てられた、紅の染まった白い指。

 すずさんの瞳をのぞきこみ、リンさんは、穏やかに笑っていました。


この世界の片隅に 紅を塗るリンさん.png


 「それはそれでゼイタクなことかも知れんよ。自分専用のお茶碗と同じくらいにね」

 そして、ただ、すずさんの手に紅の器を置くと、リンさんは桜の木を降り、すずさんを見上げました。

「さて、もう、行かんと!逃げた思われるわい」

 すずさんは木の上から、ええ、またね、と、答えました。

 枝の影から垣間見える日本髪のリンさんの後ろ姿。

 開いた器の中の紅。

 病床でも、楽しそうに笑っていた、テルさんの顔。

さらさらと流れてゆく桜の花びら。

 すずさんの掌の紅。

 桜の枝の陰に、遠ざかりつつあったリンドウ柄のすその足元が、ふっと動きを止め。

 すぐそばに、ゲートルを巻いた男の足。

 二人の姿を覆って秘める、満開の桜の花。

 向かい合う足先から、二つ延びた人影。

 すずさんの掌の紅に、流れてきた花びら。

 こちらに向かってくる、男の足先。

 ひとひらの花びらが、紅の中心にふわりと舞い降り。
 
 すずさんは、音もなく漂う花びらの中、目を上げ。

 やがて包み込むように、紅の蓋を閉じました。

 桜を内に秘めたまま。
 


 「すずさん、そこにおったんか」

 周作さんがすずさんを見上げていました。

 友達を見つけたもので。

 そう、はぐれた理由を話したすずさん。

 やっぱり、みんな今生の別れかと思って花見にくるんかのう、と、桜を眺めながら歩き出した周作さん。

 「おかげでわしもさっき知り合いに会うた」

 笑うとったんで安心した。

 「……なんじゃ?」

 すずさんが、周作さんの顔を見つめていました。

 「……うちも、周作さんが笑っとって安心しました」

 そう言うすずさんの目も、やわらかに笑っていました。 



 周作さんが、リンさんを妻にするつもりで買ったお茶碗を、彼女に届けたすずさん。

 すずさんが周作さんの妻であることに、すでに気づいていたリンさん。

 リンさんはお茶碗を受けとりましたが、それ以上何も聞かず、何も話そうとせず、すずさんの唇に、紅を塗るしぐさで、指をあてました。

 人が死んだら記憶も消えて無うなる。
 秘密はなかったことになる。
 それはそれでゼイタクなことかもしれんよ。
 自分専用のお茶碗と同じくらいにね。

 好きだった人に真剣に好かれ、自分だけの物をその人が選んでくれていたこと。
 その記憶を自分だけのものとして、胸に秘めて生きて死んでいくこと。
 それで十分、贅沢だと感じられる。
 だから、好きだった人にも、その人の妻にも、もう、何も話さないし、求めない。
 でも、好きだった人の妻になった人が、自分も好きだと思える人で良かった。
 好きだった人のためにも。自分のためにも。
 
 いつ、町が焼かれるかもしれない時代、貧しさゆえに売られ、娼婦として生きる人生。

 同じ立場にいた人は、他人の死の不安によりそって、死にたいとも思わないうちに死んだ。

 そういう日々を送りながら、それでも、自分の人生を「居場所がある」と思って生きることのできるリンさんは、周作さんがお茶碗を贈りたいと思ってくれたこと、周作さんの妻であるすずさんが、そのお茶碗を届けてくれたことが、お茶碗そのもののように、美しくなめらかな、ぬくもりのあるものに思えたのでしょう。

 そして、すずさんは、周作さんとすずさんのこれからに立ち入ろうとしないリンさんの笑顔を見て、自分も周作さんとリンさんのこれまでを、ただ、二人の秘密として閉じ、それを懐に、周作さんを愛していこうと思えたのでしょう。

 セリフもなく、桜の上にいるすずさんの見つめるものだけで、すずさんが、胸に切なさを感じながらも、周作さんとリンさんの過去を受け入れていく心理を描いているシーンは特に印象的です。


この世界の片隅に 桜の舞い降りた紅.png


 周作さんとリンさんが互いに気づいた瞬間、二人がどんな表情をしたのか、何かを語ったのかは、満開の桜の枝に覆われ、すずさんの位置からは見えません。ただ、垣間見える二人の足元と影が、二人が向き合ったことをほのめかすだけです。

 二人を覆い隠した桜は、その美しさやはかなさとともに、この場面では周作さんとリンさんの「秘密」の象徴となり、すずさんは、行き遭った二人の姿を見ようとせず、逆に視線をあげて、桜の花びらという「秘密」が舞い降りた紅の蓋を、そのまま閉じて、「秘密」を封じ込めます。

 この仕草が、すずさんが二人の過去を「秘密」のまま、二人のどちらにも問わずに自分の心におさめるという思いを表しているのだと思われます。
(蓋を閉じるときの、包み込むような手の動きだけで、それが、自分は触れることができないけれど大切なものだと思っているすずさんの内面を描く、作者こうのさんの画力が見事です。)
 
 そして周作さんの「(リンさんが)笑っとったんで安心した」という言葉。

 リンさんの笑みは桜に隠され、すずさん同様、我々読者にも見えませんが、その笑顔は目に浮かぶような気がします。

 今も周作さんと、彼との思い出を愛し、そして周作さんの妻がすずさんだからこそ、リンさんは笑うことができたのでしょう。


 すずさんにとって、この紅に降りた、「秘密」を意味する桜の花びらは大切な意味を持っていたようで、すずさんはその後も、桜の花びらを収めたまま、その紅を使っています。

 この紅とはなびらは、この年の夏(1945年7月)、すずさんが機銃掃射に狙われたときに、初恋の人、水原さんにもらった水鳥の羽と共に、ずたずたに撃ち抜かれて失われます。

 これより前、すずさんは空襲で落ちた時限爆弾により、心身深く傷ついており、実家の広島に戻ることすら考えているのですが、ここで、羽と花びらの入った紅がすずさんから消えるという展開は、様々なことを読者に想像させます。

 すずさんは周作さんのもとを去る気持ちになっていましたが、この機銃掃射からすずさんを救ったのは、他ならぬ周作さんであり、二人それぞれの恋の過去が飛散する中、すずさんに覆い被さって彼女を守る周作さんの姿は、これより先、すずさんと共に生きていくのはこの人である。あるいは、すずさんにとって周作さんは諦められる人ではないという印象を読者に与えます。

 また一方で、紅と羽が銃弾に吹き飛ばされる姿は、この、呉への徹底的な攻撃があった時期に、水原さんとリンさんが命を落としたことを暗示しているのかもしれません。
(以後、二人は登場せず、水原さんの所属していた戦艦青葉と、リンさんのいた二葉館の戦後の姿が描かれるのみです。) 

 現実には銃弾によって失われてしまった紅でしたが、すずさんの心にはその存在が留まり、物語の後半部では、幻の中で、すずさんの手が、吹き飛ばされたはずの紅から、桜の花びらをそっとよけ、指に染めた紅で、リンさんの語ることのなかった幼い日からの人生、そして、周作さんとの「秘密」をついに描き出します。

 かすれた温かみのある線で描かれて、優しい風情がありますが、リンさんの苦労の多かった人生や、彼女のその後を暗示させる、胸に迫る場面です。

 こうしたリンさんとの関係は映画ではあまり描かれていませんが(紅で描かれた場面は、エンドロールで一部観ることができます。) 特に桜の木の上の場面は、前回ご紹介した、リンドウのお茶碗とノートの切れはしから、すずさんが真相に気づく場面と並んで、多くの感情を秘めながら、抑制で語られた圧巻の名場面だと思います。

(映画には映画の素晴らしさがあるのですが、本当にいい場面だと思うので、これだけ作品がヒットしたのだから、たとえばディスク発売の際に完全版ということで付け加えることはできないのかな……と考えてしまうほどに。)

 このほかあらゆる場面に情緒があり、漫画ならではの多彩な表現も読みごたえがあるので、是非原作もご覧になってください。

 読んでくださってありがとうございました。

posted by Palum. at 18:00| おすすめ漫画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月07日

英雄になった贋作師ハン・ファン・メーヘレン


 先日(2017年2月26日〈日〉)、テレビ番組「林先生が驚く初耳学」で、贋作師ファン・メーヘレンが紹介されていたので、事件をとりあつかったノン・フィクション「フェルメールになれなかった男」(フランク・ウイン作、ちくま文庫)をもとに、この人物についてご紹介させていただこうと思います。


フェルメールになれなかった男: 20世紀最大の贋作事件 (ちくま文庫) -
フェルメールになれなかった男: 20世紀最大の贋作事件 (ちくま文庫) -

 ハン・ファン・メーヘレン(ウィキペディアより。背後にあるのは、彼が贋作を証明するために描いた「フェルメール風」の作品「神殿で教えを受ける幼いキリスト」)Photographer Koos Raucamp - GaHetNa (Nationaal Archief NL)

VanMeegeren1945.jpg

 ハン・ファン・メーヘレンはオランダの贋作師、第二次世界大戦中に「真珠の耳飾りの少女」などで日本でも人気の画家フェルメールらの贋作を売りさばき、被害総額は約70億円ともいわれています。

 しかし、莫大な被害額よりも、彼と彼の贋作が戦争によりたどった数奇な運命ゆえに、この事件は長く語り継がれています。

 メーヘレンは当初画家を志していましたが、その端正な作風は「古くさい」と当時の美術業界に一蹴されてしまいました。
(このころ、ピカソらによる新しい芸術表現キュビスムが台頭しています。)

 失意の果て、やがて芽生えた復讐心。

 彼は、彼を見下した美術業界への報復を企てます。

 オランダの至宝、フェルメールの絵画の偽物をつかませることで。

 フェルメールは17世紀に活躍した、バロック時代を代表する画家ですが、確認されている限りでは、世界にわずか三十数点しか作品が残されていません。

 メーヘレンは、画家の製作期間の空白に目をつけました。

 「フェルメールが初期に描いた未発見の宗教画」という触れ込みの贋作を産み出したのです。

 フェルメール作品がもっと世に出てくることを渇望していた美術業界は、この発見に飛び付きました。

 メーヘレンの贋作の中でも最高の出来映えとされる、キリストを描いた「エマオの食事」は、最上級の賛辞と争奪戦を経て、ボイマンス美術館に納められることとなりました。 

 「エマオの食事」の画像はこちらです。



 ちなみに、この事件について、当のボイマンス美術館が丁寧な説明動画を作っています(英語字幕つき)。 
 したたかというかオランダ独特のフリーダム感を感じさせる……。



Van Meegeren's Fake Vermeers (Museum Boijmans Van Beuningen )



(https://youtu.be/NnnkuOz08GQ)


 「エマオの食事」を観ようとにつめかける人々、メーヘレンは頻繁に展示室を訪れ、観客の反応を眺めていたそうです。

 大胆にも時には、「こんなものは贋作だ」とつぶやきすらして。

 その顔には、喜びと嘲りの入り交じった笑みが浮かんでいたのでしょうか。

 こうして、「画家にして、時折裕福な知人の所有する古い絵画(実は彼自身の贋作)を売る画商」という立場を手に入れたメーヘレン。

彼の贋フェルメールは、当時オランダを占領していたナチス軍の目にも止まり、ヒトラーの後継者とも目されていたヘルマン・ゲーリング元帥の一大絵画コレクションに加わりました。


 ヘルマン・ゲーリング(ウィキペディアより)Bundesarchiv, Bild 102-13805 / CC-BY-SA 3.0
Bundesarchiv_Bild_102-13805,_Hermann_Göring.jpg

 得た富で、豪華にして自堕落な生活を送っていたメーヘレンでしたが、司法の手は思わぬ方向から彼に伸びてきました。

 終戦後、オーストリアの岩塩坑から、ゲーリングの隠し財産として集められていた絵画が発見されたことをきっかけに、突然逮捕されたメーヘレン。

「『エマオの食事』に匹敵する国宝級のフェルメール作品」を、戦時中にゲーリング元帥に売却した、という容疑をかけられたのです。

 「国家反逆罪」。

 突きつけられた罪状を前に、獄中のメーヘレンは苦悩しました。

 このままでは死刑に処される可能性がある。
 (殺人を犯したわけでもないのに厳しすぎるようですが、戦時下の怨念に加え、終戦時の飢餓で、「チューリップの球根すら食べた」という、当時の国民の、ナチス軍協力者への怒りは非常に激しいものでした。)

 しかし、自分が贋作者であることを告白すれば、今まで売りさばいてきた全ての作品の名誉は失われる。

 常用するアルコールや薬物から切り離された禁断症状の中で、悩み抜き、結局、メーヘレンは、我が身が生き延びる道を選びました。

  ナチスにフェルメールなど売っていない。
  フェルメールなど、なかった。
  あれは、私が、ファン・メーヘレンが描いたのだ。

 衝撃の告白は、しかしにわかには捜査担当者から受け入れられませんでした。
ゲーリングの絵は、名門、ボイマンス美術館にかかる「エマオの食事」らにそっくりだったからです。

 メーヘレンは、それらの絵も自分が描いたと証言しました。

 矢継ぎ早な告白には、冷静な計算が秘められていました。

 ゲーリングはフェルメールの絵を手にいれるため、それまでオランダ国内で入手したその他の絵画約200点を売却、結果として、メーヘレンの贋作1枚が、真作絵画たちの国外流出を防ぎました。

 メーヘレンは、「エマオの食事」らの、フェルメール作品としての末長き栄光と引き換えに、「ナチスからオランダの絵画たちを救った英雄」という新たな名誉を選んだのです。

 それでも、メーヘレンの言葉を信じられずにいた捜査関係者たちに、メーヘレンは贋作を再現してみせることを提案しました。

 メーヘレンの要求に応じて揃えられた、フェルメールの時代に使われていた画材、数百年の経年を装うために絵の具に混ぜこむ薬物、そして、特別に許可された、気分を鎮めるためのモルヒネ。

記録のためのカメラと、監視人たちの前で、「フェルメール風の新作」として、メーヘレンの筆から「神殿で教えを受ける幼いキリスト」の中性的な姿が浮かび上がってきたとき、ついに人々は、メーヘレンの言葉を受け入れました。

 当時の記事によれば、自身最高のコレクションと信じていたフェルメールが贋作であったことを、ニュルンベルグの獄中で知らされたゲーリングは、「世界に悪事があることをまるではじめて知った、という様子だった」そうです。



 美術史史上の大スキャンダルは、しかし、「ゲーリングを手玉にとった男」というフレーズにより、オランダのみならず、国際的な熱狂を巻き起こしました。

 特にアメリカのベストセラー作家で脚本家のアーヴィング・ウォレスはこの話に魅了され、メーヘレンの生涯を脚色とともにラジオやテレビで放送し、それが騒ぎに拍車をかけました。

 1947年、オランダ国民と、世界中の記者がつめかけた裁判で、メーヘレンは、贋作による金銭の詐取と、自作の絵画にフェルメールらの偽りの署名をした罪に問われました。

 しかし、売却から10年が経過していた「エマオの食事」については、すでに時効を迎えており、メーヘレン逮捕のきっかけとなった、ゲーリングへの絵画売却の件も、当のゲーリングが、死刑執行を目前に自殺したために、ほとんど追求されませんでした。

 そして、メーヘレンに欺かれた美術館をはじめとする美術業界関係者も、この事件の調査が長引くこと、ひいては自分達が騙された過程が詳細に暴かれることを望んでいませんでした。

 結局、禁固1年という極めて寛大な判決が下され、それに対するオランダ王室、ウィルヘルミナ女王からの恩赦すら検討されましたが、メーヘレンが刑にも服することも、恩赦に浴することもありませんでした。

 長年のアルコールと薬物依存に蝕まれていたメーヘレンは、判決から数週間後、心臓発作でこの世を去ったのです。
 (彼が贋作に使用していた毒性のある薬品が影響していたという説もあります。)

 58歳の若さでしたが、倒れるより以前から、その風貌はいかにも芸術家らしい魅力がありながら、既に10は老けて見えたそうです。

 もしもメーヘレンが、罪をつぐなって生きながらえていたら、一転英雄となった彼は、フェルメールではなく、ファン・メーヘレン本人の名で、画家として、その後もすぐれた作品を生み、賞賛を浴びることができたかもしれません。

 (実際、彼の「エマオの食事」は、裁判の中ですら、そして現在でも、美しい作品であると評価され、依然、ボイマンス美術館に展示されています〈※ウィキペディア情報〉。)

 また、贋作師は、その高い技術、それにだまされる美術業界にはびこる権威主義、主な被害者が並外れた富裕層であることなどから、その他の犯罪者とは一線を画すとみなされ、服役後には表舞台に戻ってこられることも珍しくありません。

 (今も、ジョン・マイアットウォルフガング・ベルトラッチなどの元贋作師たちが、その経歴と才能を武器に、画家として活躍しています。)

 新たな人生を目前に世を去ったメーヘレンでしたが、残された贋作たちは、今も彼の数奇な運命を物語ります。

 そして、「フェルメールになれなかった男」がイギリスで出版されてから約5年後の2011年、イギリスBBCの人気シリーズ「Fake or Fortune」で、新たに彼の贋作が発見されました。

 作品の調査中、イギリスの有名プレゼンター、フィオナ・ブルースからインタビューを受けたメーヘレンの甥は、いまだにメーヘレンの贋作が世間を騒がせているという事実に対して、こう答えました。

 「叔父はきっと今でもそれを楽しんでいるでしょうね。アートの権威を翻弄して楽しんでいるでしょう。私にはわかります」

 「今でもそれを見て笑っていると?」

 「その通りです。間違いなく笑っているでしょう」

 仕立ての良いスーツを着た銀髪の紳士、メーヘレンの甥は、いたずらっぽく、しかし、なんのためらいもなく、笑みを浮かべ、悠々とうなずいていました。

 メーヘレンの贋作はいまだに真作として暗躍しているかもしれない。

 しかし一方で、身内をはじめとしたオランダの人々にとって、彼はいまだに、理不尽な権力の頭に足を乗せ、燦然と君臨する英雄である。

 そのことを、甥である紳士の、誇りすら感じさせる笑みが物語っていました。



 今回主に参照させていただいた「フェルメールになれなかった男」(フランク・ウィン作)、このほかにもこの事件についてのエピソードがいくつも書かれています。これを原作に映画を作ってほしいというくらい面白かったので、是非お手にとってみてください。

 当ブログでも、近々この本で印象的だった場面を、もう少し書かせていただきますので、よろしければお立ち寄りください。

 読んでくださってありがとうございました。


(主要参照URL)
 ・ウィキペディア記事「ファン・メーヘレン」(日本語)(英語
 ・同上「フェルメール
(当ブログ関連記事)
 ・(※ネタバレ)「贋作師ベルトラッチ 〜超一級のニセモノ」あらすじと感想(NHK BS世界のドキュメンタリー)
 ・イギリスの贋作師ジョン・マイアット(NHK BS世界のドキュメンタリー 「贋作師 ベルトラッチ 〜超一級のニセモノ〜」によせて) 
posted by Palum. at 07:23| 美術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月24日

明治工芸とアールデコ邸宅の競演、「『並河靖之七宝展 明治七宝の誘惑―透明な黒の感性』」開催中

 東京白金台の東京都庭園美術館で、2016年1月19日〜4月9日まで、明治七宝作家、並河靖之の展覧会が開かれています。

 公式HP URLはコチラhttp://www.teien-art-museum.ne.jp/exhibition/170114-0409_namikawa.html

 並河靖之(1845〜1927年)は、近代化の波が押し寄せる明治期、皇族(久邇宮朝彦親王)に仕えていましたが、新たに収入を得るために、七宝業に乗り出したという異色の経歴の持ち主です。

 当初は、技術が不十分であるとして、契約が打ち切られるという憂き目にも遭ったものの、工房に集められた優れた技術者たちとともに、緻密かつ美しい作品を生み出すことに成功し、それらの多くは主に海外へと輸出されました。

 中でも漆黒の地に花鳥など自然の美を写実的に描いた作品は、その色彩の透明感と繊細な美しさから、並河作品の真骨頂とされています。

 作品例(ウィキペディアより、※展示作品ではありません)

Vase_LACMA_M.91.251.1_(1_of_2) (1).jpg

ロサンゼルスカウンティ美術館所蔵


 高い美意識を感じさせるデザインと、作品の奥行きを醸す多種多様な色彩美、そして表情豊かな描線。

 七宝の釉薬を流し込むために作られた金属の枠は、丁寧に叩かれることで厚みが調整され、筆の描線の強弱のような味わいを見せています。

(七宝の制作過程例、中央列下段に釉薬を流し込む前の金属枠が見えます。)(ウィキペディアより、※展示作品ではありません)

1920px-Demonstration_Set_of_Cloisonne_Technique_LACMA_M.91.251.3a-f.jpg

 (ロサンゼルスカウンティ美術館所蔵

 今回の展覧会では、ロンドンのヴィクトリアアルバートミュージアム、清水三年坂美術館、並河靖之記念館などから美しい品々が集結していますが、最大の目玉は皇室所蔵の至宝「四季花鳥図花瓶」(展示は3月7日まで)でしょう。

 宮内庁HP内画像が見られるURLはコチラ 
 bitecho[ビテチョー]展覧会紹介記事はコチラ(四季花鳥図花瓶ほかの大きくて鮮明な画像を観ることができます)
 

 「紅葉と桜を基調とした四季折々の花草や花々が、黒地の艶やかな背景地によって浮かび上がるように配されている。本作は、並河がそれまでの文様調の構成から、写実性の高い絵画調の作風へと変貌を遂げた意欲作であり、日本画の筆意を表そうと植線に肥痩をつけるなど、新しい意匠や技術に挑んだ新機軸の作品といえる。植線には金線が用いられ、微妙に異なる多数の釉薬の使い分けによって色鮮やかな風景が広がっている(中略)1900年のパリ万国博覧会に出品され、金賞を受賞した。」
(展覧会図録「並河靖之七宝」より)

 濡れたように光る艶の奥の純粋な黒、そこにのびやかに集う、現実にはあり得ない、四季の花木と小鳥たち。

 「神の夜の庭」とでも言いたいほどの、完璧かつ神秘的な気配を漂わせています。

 並河作品はどれも非常にハイレベルなのですが、彼の作品群の中では比較的大ぶりのこの作品、その描線と色彩の豊かさ、背景の黒の純粋さゆえに、特に金色の光を帯びた桜と紅葉の枝の部分がふんわりと浮きあがり、その細かな葉がさらさらと風に揺れているように見えるのです。そして、本当に静けさの中から、花びらと葉のさざめきや、小鳥たちのさえずりや羽ばたきが聞こえてくる気がする。

 以前、NHKの番組「極上美の競演」(NHK BSプレミアム、2011年5月16日放送)の中で、現代のベテラン七宝工芸家たちが、この花瓶の一部(緑の紅葉とよりそう小鳥二羽)を拡大して再現する、という試みをしていましたが、どうしても色や描線の深みが及ばないとおっしゃっていました。

 この技術は今となっては再現不可能とすら考えられているそうです。

(非常にテレビ映えする作品で、照明をあててゆっくりと回り込んで撮られた映像は、黒から葉や桜が溢れ出してくるかのようでした。)

 個人的な思い出なのですが、イギリスで明治工芸にお詳しい方(上品な紳士)と偶然お話しした際、「皇室所蔵の七宝の花瓶を観てあまりにも素晴らしいので気絶しかけた」と、わりと真顔でおっしゃっていたのですが、間違いなくこれがその「人を気絶させる花瓶」だったのだろうと思います。冗談抜きで、並河作品にはそういう人を逆上させるほどの突出した美があります。

 今回の展示で特に面白かったのは、この至宝「四季花鳥図花瓶」と彼の初期の作品「鳳凰文食籠(ほうおうもんじきろう)」とだけが展示された部屋でした。

 「泥七宝」と呼ばれる技法で作られた「鳳凰文食籠」は、描線に真面目さや品を感じさせるものの、どうもその名のマイナスイメージどおり色全体に濁りやくすみがあり、あの「神の庭」「人を気絶させる花瓶」とは、同じ人物が手がけたとは思えないほどに全てにおいて開きがあります。

 実際、初期作品の質については、陶磁器の技術指導のために来日していたドイツ人ワグネルから、「器の質が悪く雑で、色彩も鈍く、図柄も七宝に適しておらず、京都の刺繍裁縫などを模範に勉強すべきだ」とまで言われていたそうです。(ウィキペディアより)

 ボロカスでお気の毒ですが、今回の展覧会で「おそらく並河の初期作品」とされている「菊梅図花瓶」に至っては荒んだ錆があちこちに飛んでいるようで正直きたな……(自粛)。

 ところで、この「鳳凰文食籠」、彼が最初に完成させた作品として、仕えていた久邇宮朝彦親王に献上、後に思い出の品であるため、ほかの作品と取り換えていただいたといういわくがあるそうです。

 さらに今回展覧会会場となった、東京都庭園美術館は、元々久邇宮朝彦親王の第8王子、朝香宮鳩彦王が建てられた邸宅でした。

 今回の展覧会でも、父久邇宮に仕えた並河に朝香宮が下賜された、馬の描かれた煙草入れが、ひっそりと飾られていました。
(並河は元々馬術の達人で、宮家にも手ほどきをしていたそうです。)

 東京都庭園美術館は、それ自体アール・デコ様式と朝香宮ご本人の磨き抜かれた美意識の結晶ともいえる、和洋折衷の穏やかな美しさを持つ傑作芸術です。
ルネ・ラリックのガラスレリーフ扉に始まり、暖炉や壁紙、手すりにいたるまで、どこを見回しても、品とぬくもりが調和した素晴らしい邸宅。豪邸ながらなぜか人を威圧するところがまったくなく、逆にほっとさせる優しい気配があります)

 その美しい一室(大広間)に、「鳳凰文食籠」を手前、「四季花鳥図花瓶」を奥に、一直線上に展示することで(真正面に立つと、食籠から花瓶が立ち上るような配置)、久邇宮朝彦親王によってつながる並河と朝香宮家とのゆかりとともに、あの神品にいたるまでの、並河の苦闘の道のりと、その驚くべき、絢爛たる開花を表現しているのだと思います。

(なぜ、もとは馬術の名手という、工芸とは全く関係の無い経歴を持っていた並河が、スタッフに恵まれたとはいえ、遅咲きでここまでの領域に達したかということについては、いまだ謎が多いそうです。)

 名品と名室を使って、美と運命の数奇を表現した空間、これは、この東京都庭園美術館でしか見られないものです。

 「名展覧会」と呼ぶべき優れたイベントなので、是非足を運んでみてください。

 読んでくださってありがとうございました。




(参照)
・東京都庭園美術館HP
 http://www.teien-art-museum.ne.jp/
・収蔵作品詳細 宮内庁HP「四季花鳥図花瓶(しきかちょうずかびん)」
 http://www.kunaicho.go.jp/culture/sannomaru/syuzou-18.html
・これぞ最高峰! 東京都庭園美術館で見る「並河靖之七宝」の美 bitecho[ビテチョー]
http://bitecho.me/2017/01/14_1469.html
・『並河靖之七宝展 明治七宝の誘惑 透明な黒の感性』(展覧会図録)
・Wikipedia「並河靖之
・作品リストPDF(展覧会HPより)
 http://www.teien-art-museum.ne.jp/exhibition/list_namikawa.pdf

posted by Palum. at 08:23| 美術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年02月19日

ミュージカル 「SINGIN' IN THE RAIN 〜雨に唄えば〜」アダム・クーパー特別来日 日本公演 情報



 1950年代の名作映画「雨に唄えば」でもおなじみの傑作ミュージカルが今年の春に東京の東急シアターオーブ(渋谷ヒカリエ11階)に帰ってきます。
[上演期間:2017/4/3(月)〜4/30(日)]


(LION presents「SINGIN' IN THE RAIN〜雨に唄えば〜」2017年4月日本特別公演決定!)

https://www.youtube.com/watch?v=IGPX6EO3A2A

 公式HP情報はコチラ
 ・http://www.singinintherain.jp/(ミュージカル情報) 
 ・http://theatre-orb.com/lineup/17_rain/(劇場情報)

 1920年代、映画がサイレント(無声)からトーキー(有声)へと移り変わるときに映画業界に起きた騒動と、それを解決しようと試行錯誤する映画人たちの奔走、そして彼らの恋や友情を軽やかに描いた作品です。

 見せ場の一つは、恋に落ちた映画スター、ドンが降りしきる雨の中、水しぶきをまき散らしてエレガントかつダイナミックに歌い踊るシーン。


 (2011年イギリスの「ロイヤルバラエティーパフォーマンス」より>)

 https://www.youtube.com/watch?v=-f-CqwYsyQc

 国際的バレエ・ダンサー、アダム・クーパーが2014年来日時に引き続いて主役を務めるこの舞台。
 
 私は2014年版を観に行ったのですが、アダム・クーパー演じるドン、彼が恋に落ちる新人映画女優キャシー、ドンの親友コズモの三人で歌い踊る「Good Morning」の場面では、ダンスが終わって三人が倒れこんだ時、観客の拍手があまりにも長い間鳴りやまず、アダム・クーパーが寝転がったままクスクスと笑いだすという一コマもありました。


(LION presents「SINGIN' IN THE RAIN〜雨に唄えば〜」アダム・クーパー コメントmovie)


https://www.youtube.com/watch?v=c-vDuuvm05U

 

 なお、このアダム・クーパーという方は、イギリスの名作映画(本当に名作!!)「リトル・ダンサー(原題:Billy Elliot)」の心揺さぶるラストシーンにも登場。

リトル・ダンサー [DVD] -
リトル・ダンサー [DVD] -

 彼の姿が映るのはほんの数分なのですが、その鍛え上げられた肉体と仕草がストーリーの盛り上がりと完璧に調和し、「なんという美しい人類だ…」と、何度でも感動させられます。

 (なお、2017年夏には日本版「Billy Elliot」が上演されるそうなので、そちらにご興味がある方も、映画と舞台で彼の名演をご覧になってみてはいかがでしょうか。)

 「SINGIN' IN THE RAIN 〜雨に唄えば〜」関連のテレビ番組情報は以下の通りです。

 
 ◆3月4日(土)午後3時30分から TBSにて放送 
 「天海祐希が嫉妬した12トンの雨が降る!?ミュージカル「雨に唄えば」公開直前SP」

 ◆2月19日(日)午後2時30分から BS-TBSにて放送 大ヒットミュージカル!
「雨に唄えば」の魅力 舞台裏徹底レポート

 ◆TBS「アカデミーナイトG」放送予定 2月21日(火)深夜3時09分から

 読んでくださってありがとうございました。
posted by Palum. at 15:17| 舞台 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年01月31日

(※ネタバレあり)この世界の片隅に 映画で語られなかった場面(1)ノートの切れ端とリンドウのお茶碗

 アニメ映画「この世界の片隅に」が高い評価を受け(※)、各地で上演が拡大されているそうです。

 (同じくアニメ映画の「君の名は」が歴史的メガヒットを飛ばした中ですから、この地道な作りの戦争映画がここまで支持されているのは大変な偉業と言っていいのではないでしょうか。)

 (※)『キネマ旬報』2016年日本映画作品賞受賞
(参照:ハフィントンポスト記事 URL http://www.huffingtonpost.jp/2017/01/10/konosekai_n_14074146.html

 映画「この世界の片隅に」公式HP URL http://konosekai.jp/


 戦時中、広島から呉に嫁いだ、絵を描くほかは不器用だけれど、素直な人柄の女性、すずさん。彼女の夫になった周作さんや二人の家族、そして、すずさんの友人となった遊郭の女性リンさんたちの物語です。

 原作はこうの史代さんの同名漫画。

この世界の片隅に 上 (アクションコミックス) -
この世界の片隅に 上 (アクションコミックス) -

この世界の片隅に 中 (アクションコミックス) -
この世界の片隅に 中 (アクションコミックス) -

この世界の片隅に 下 (アクションコミックス) -
この世界の片隅に 下 (アクションコミックス) -

 戦争の被害のみを描くのではなく、当時の人々の暮らしが、こうのさん独特のぬくもりある絵柄で丁寧に描かれています。

 映画も、原作を丁寧に踏襲し、また、膨大な資料から、呉や広島の街並み、すずさんの故郷である江波の海辺の景色などが、さらに色彩豊かで広がりのある画面で再現されています。

 (観にいってきたのですが、映画の幕開け、柔らかい音楽とともに、この街並みと海の景色が姿を現したとき、もう、わけのわからない涙が目の奥にツンときました。ああ、きれいだな、と思い、たしかに人がここに暮らしていたんだなと思い、だけど、ここに爆弾は落ちたんだなと思ったのかもしれません。)

 ちなみに声優初挑戦というのんさん(能年玲奈さん)の声はおっとりとして可愛らしく、ちょっと天然なすずさんによく合っていました。(個人的には周作さんの声も、イメージまんまでびっくりしました。)

 原作ファンとしても、映画に感動しましたし、是非できるだけ多くの人に観ていただきたいと思います。
(色が付き、日々の暮らしにも爆撃にも音があり、等身大のように思わされる大画面だからこそ伝わる空気感がある。)

 ですが、一方で、色々な事情で映画では描かれなかった名場面が原作にあるので、今回から何回かに分けてその場面について書かせていただきます。

(注)かなりネタバレなので、先に原作をお読みの上、ご覧ください。この場面以外にも映画とは別の良さがあり、コマの隅々まで行き届いた傑作中の傑作です。

 漫画にあって、映画ではほとんど触れられていないもの、それは、遊郭の女性リンさんの存在です。



 すずさんは闇市に行った帰りに、遊郭が立ち並ぶ界隈に迷い込んでしまいます。

 お白粉の匂いのする女性たちの誰に聞いても道がわからず、途方に暮れてしゃがみこんで絵を描いていたすずさんを、店前の掃除に出てきた美しい女性、リンさんが助けてくれました。

すずさんとリンさん.png

 皆が道を知らないのは、よそからきた(売られた)後は、ここ(遊郭内)からめったに出ないから。リンさんにそう聞かされて、ようやく事情のわかったすずさんは、リンさんに頼まれ、彼女の好きな食べ物(アイスクリームや果物など)をお礼に描いてあげる約束をしました。

 ここまでが映画でも描かれている部分です。そして、ここからが原作にだけ存在するお話。

(※)以下ネタバレになります。

 客になりそうな男を追うために、絵を描いてもらう途中で、別れを告げたリンさん。

 すずさんは彼女にお礼をするため、後日、絵を仕上げてリンさんを訪ねていきます。

 スイカ、はっか糖、わらび餅、アイスクリーム。

 すずさんは描いた物に名前を書き添えていましたが、貧しさのため小学校を途中でやめたリンさんは、ほとんど字が読めませんでした。

 それじゃ、名札を書くのもヤネコイ(困る)でしょう、そう聞いたすずさんに、リンさんは、そりゃ大丈夫、と、胸元から首に下げた小さな袋を出して、中の紙切れを見せます。

 それは大学ノートの裏表紙の切れ端に書かれた、彼女の名前と住所。

リンさんの身許票.png

 「白木リン 二葉館従業員 呉市朝日町朝日遊郭内 A型』

 漢字一字一字に、丁寧にカタカナでフリガナをふってあるその紙をすずさんに見せ、「ええお客さんが書いてくれんさった、これ写しゃええん」と、リンさんは笑います。

 では、自分も自己紹介を、と、すずさんは、道に絵を描きます。
 「鳴くフクロウ(ホー)」「鍵(ジョー)」「鈴(スズ)」
 
 謎かけ絵をといたリンさんは、「ありがとうすずさん」と、貰った絵を嬉しそうに胸元の袋にしまいます。

 そんな彼女にふと打ち明け話をしたくなったすずさん。

 今日は、妊娠したかと思って病院にいった帰りだったのだけれど、ただ、栄養不足で月のものが止まっただけだった、と、つぶやきます。

 羨ましいわー、と、生理用品の不足をあっけらかんと嘆くリンさんに、たしかに……と口ごもったすずさんは、でも、周作さんも楽しみにしていたのに、と、やはりしょんぼりします。

 「……周作さん……?」

 夫です。

 それを聞いたあとの、リンさんのしばしの沈黙に、すずさんは気づきませんでした。

 やがて、口を開いたリンさん。

 産み、生まれれば、母にも子にも、人生ままならないことがある。そして子を産んで育てる以外にも、生きていく道はある。

 リンさんの、かすかに今までの人生を感じさせる言葉。

 「子供でも売られてもそれなりに生きとる。誰でも何かが足らんくらいで、この世界に居場所はそうそう無くなりゃせんよ。すずさん。」
 そう、リンさんは彼女を励まします。

リンさんの言葉.png

 この言葉は後々まですずさんの支えになりますが、深々と頭を下げて戻るすずさんを、笑って見送ったあと、リンさんはゆるくまとめた黒髪を風になびかせ、「いいお客さん」の描いた名札と、すずさんの絵の入った小さな袋を、そっと握りしめ、胸元に押し当てます。

 自分の心臓に言い聞かせるように。



 それから一月後、周作さんの伯母夫婦が、家の家財を空襲から守るために、すずさんたちの家を頼って尋ねてきます。

 伯母夫婦の家財をおさめるために、納屋を整理していたすずさんは、その片隅に、布にくるまれ無造作に転がされていたお茶碗を見つけます。

 リンドウの花が描かれたきれいなお茶碗。

 誰のものか、縁側で小休止していた、姑、義姉、伯母に聞いてもわからず、むしろ、すずさんのお嫁道具のひとつでは?と言われて、自分のぼんやりをはにかみ笑うすずさんを見て、周作さんの伯母は、すずさんは明るくてええ嫁じゃね、と、ほめたあと、こんな言葉を漏らします。

 「好き嫌いと、合う合わんは別じゃけえね、一時の気の迷いで、変な子に決めんでほんまに良かった」

 姑も、ふだん、すずさんにすかさず憎まれ口を言う義姉も、なぜか黙り込みます。

 しかし、すずさんはこの沈黙にも気づかず、照れながら、屋根に干した布団を裏返しに上がります。

 そこに周作さんがいました。

 自分の話をされていると気づいて、降りられなくなった。

 そう語る周作さんは、その茶碗がリンドウの柄であることを確かめると、それは嫁に来てくれる人にあげようと思って自分が買ったものだから、すずさんにやる、と、彼女の顔を見ずに言います。

 勿体ないみたいだからしまっておいていいですか?そう聞いたすずさんに、周作さんは、そうしてくれ、と、屋根の上に寝そべります。
 「どうも見るにたえん」



 それからしばらくしたある日、すずさんは義理の姪の晴美さんと一緒に、竹を切りに行きます。

 藪のすみにひっそりと咲いたリンドウを、きれいなねえ、と見とれながら、鉈で小枝を落とす、すずさん。

 リンさんの着物のすそにも、名前にちなんでか、リンドウの柄が咲いていたことを思い出します。

 そして、この間、周作さんからもらった、お茶碗にも。

 嫁に来てくれる人にやろうと思って、昔、買った。

 リンさんの懐に入っていた、「いいお客さん」がノートの切れ端に書いた彼女の名札。

 周作さんが忘れたノートを仕事場に届けに行った日、橋からの風景を見ながら、周作さんが言っていたこと。

 「過ぎたこと、選ばんかった道」

 身を起こし、カバンからノートを取り出す、若い男の背中。

 彼のぬくもりが残る床の中で肘をつき、そのしぐさを淡く微笑んで見つめるリンさん。

 ノートの裏表紙に、何かを書こうとして止まった手が、きつく鉛筆をにぎりしめ、毛入りの紙に、字より先に、ぽつりと落ちた、涙。

 「みな、醒めた夢と変わりやせんな」

 橋のたもとに足をかけ、そう言っていたときの周作さんの、少し遠い目。

 晴美さんが手をのばすと、ふっと空へ飛び去って行くとんぼ。

 『白木リン 二葉館従業員 呉市朝日町朝日遊郭内 A型』
 
 リンさんの手元にのこされた、ノートの裏表紙のきれはし。

 すずさんの、竹を切る手が止まります。

 ばらばらの記憶が一つになり、現れた、事実の姿。

 家に戻り、そっと、周作さんの机の引き出しをあけると、中にあったのは、すずさんが周作さんにとどけたあのノート。

 裏表紙の片隅の、切り取られた。

周作さんのノート.png

 すずさんは、ノートを手に、ぼうぜんと立ちすくみました。



 「…………そりゃあ、もともと知らん人じゃし、四つも上じゃし、色々あってもおかしゅうない。ほいでもなんで、知らんでええことかどうかは、知ってしまうまで判らんのかね」

 自分は周作さんを好きで、周作さんはすずさんを大切にしてしてくれ、過去はもう取り返しがつかない。

 わかっていても、苦い。リンさんの美しさや人柄を知っているから、なおさら。



 ……これが、映画では語られることのなかった場面の一つです。

 この場面では「絵」と「コマ割り」という、漫画の表現形式の特色を活かし、縦横に12等分に配置された正方形の中で、「すずさんが見た周作さんとリンさんの回想」、「すずさんは見ていないけれど想像しうる過去の出来事」に挟まれる形で、「現在労働をするすずさん」の姿が展開していきます。

この世界の片隅に りんどうのお茶碗.png

 そして、すずさんが、ノートの裏表紙に身許票が書かれたときを想像し、ノートの切れ端に書かれたリンさんの身許票と、周作さんのノートの欠けが指し示す事実に気づいた瞬間。

この世界の片隅に 身許表.png

 横に三分割されたコマに描かれた「涙の落ちたノートの裏表紙(想像しうる過去)」、「飛び去るとんぼ(現在〈そして掴めなかった過去の隠喩〉)」、「リンさんの身許票(回想)」が、横長ひとつのコマの中の、手を止め、眼を見開いたすずさんの姿に収束します。

 日本の漫画は、コマ割りの仕方によって、原則右から左、上から下に展開し、どちらに読み進めるべきかは、コマ割りの大小や配置によって作者によって誘導されますが、このシーンでは、コマを均等に割ることで、意図的にその誘導があいまいなものにされており、さらに、どう読み進めるかがはっきりしないために、読者の視点がコマだけでなく、ページ全体に広がっていく構成になっています。

 一場面を例にとると、

 (右から左に読み進めた場合)

りんどうの茶碗 横.png

 「リンドウのお茶碗」→「竹を切るすずさん」→「身許票を懐から出すリンさん」、



 (上から下に読み進めた場合)

りんどうのお茶碗 縦4コマ.png
 「リンドウのお茶碗」
   ↓
 「茶碗を未来の妻のために真面目な顔で手にする周作さん」
   ↓
 「すずさんが持ってきたノートを笑顔でカバンにしまう周作さん(橋のたもとで周作さんがつぶやいた「過ぎたこと」というセリフが重なる)」
   ↓
 「屋根の上に寝そべっていた真顔で空を見ていた周作さん」

(ページ全体の印象)
 「(右端縦4コマ)周作さん」「(中央縦4コマ)すずさん」「(左端4コマ)リンさん」
 (つながりあった三人の関係性)

 ……という印象を与える画面構成になっています。

 しかも、この均等なコマ割り、上記のような効果を含みつつ、同時に、どう読み進めるべきかがあいまいであるために、「働きながら、リンドウをきっかけに、とりとめなく回想や想像をしている」というすずさんの思考の流れのあいまいさや、「もはや未来へ積み重なることはできずに、リンさんと周作さんの過去は、ただ、過去として、つかみどころなくたゆたっている」といった空気感も醸しています。

 そしてそれゆえに、際立つ、すずさんが二人の過去に気づいた時の表情(上3コマを明確に受け止めて広がる横長のコマ)への動き。

二人の過去に気づいたすずさん.png

 あいまいにさまよっていた読者の視点がこのコマに着地するという流れと、回想や想像が過去を浮かび上がらせるというすずさんの思考の流れが一致して、読者にすずさんの動揺を追体験させる構成になっています。

 この作品には、数々の名場面がありますが、漫画という表現形式を極限まで活かしたという点では、この見開きの二ページが圧巻だと思います。

 そして内容それ自体も印象的です。

 リンさんは「ええお客さんが書いてくれんさった」と、さらりと見せている身許票。

 周作さんがそれを書いているとき、どんな思いだったか。

 『二葉館従業員 呉市朝日町朝日遊郭内』

 そう記したとき、周作さんは、リンさんを妻にして、ともに暮らすことができないという失恋の痛みと、貧しさゆえに売られ、娼婦となった彼女を、愛する人を、遊郭から連れ出すことができないという、二重の無念を抱えていたことでしょう。

 彼を責めることなく、ただ微笑んで、身許票を書く周作さんを見つめているリンさん。

 しかし、ただ、きっと周作さんの若い熱情が周囲の人間から許されることはないだろうと、諦めていただけではなく、彼女もまた、そういう周作さんを愛していたことは、すずさんを見送った後、身許票をじっとにぎりしめるしぐさにあらわれています。

リンさん.png

 映画ではほとんど描かれることのなかった要素(※)ですが、この漫画を傑作とした重要な場面のひとつなので、是非原作も改めてご鑑賞いただきたいと思います。

(※)映画でも周作さんのノートの裏表紙が欠けていることと、リンさんの幼い頃から娼婦としての生活が描かれています(後者はエンドロールの一部として展開)。

 おそらくは「娼婦であるために、周囲に反対されて周作さんの妻になれなかった」という要素が、青少年向けでなかったために削らざるをえなかったのでしょうが、映画としてのわかりやすさを犠牲にしても、これらを盛り込んだことに、原作と原作ファンに対する誠意を感じました。リンさんの登場シーンが少ないのは残念ですが、こういう誠実さが作品作りの根底にあるからこそ、映画もまた、これほど多くの人の心をゆさぶったのだと思います。

 次回も、この漫画の重要な場面について、ご紹介させていただく予定ですので、よろしければまたご覧ください。

 読んでくださってありがとうございました。


posted by Palum. at 21:40| おすすめ漫画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする