2018年01月14日

(おすすめ動画)カモ、落ち込んでいる犬を慰める(あるいは「カモ・天使の詩(うた)」)

 不思議な動画をご紹介させていただきます。

(こちらから情報をいただきました。コモンポストムービー「元気がない犬を必死に慰める世話焼きなカモが優しすぎる!!」 投稿日: 2017年12月19日 作成者: キルロイ http://commonpost.boo.jp/?p=84228

「Duck comforts Sad Dog - 976821」RM Videos


 片隅で伏せている犬の頭に、ぐるりと長い首を添わせてじっとしているカモ。

 犬が頭をあげると、小さめの声でグワグワ言いながら、カカカ…と、くちばしを小刻みに動かして犬に毛づくろいをします。

 犬の顎下にぐいぐいくちばしを潜り込ませたり、唇のまわりまで、優しくついばむ様子は、まるで、

 「ほら、顔上げて、笑って」

 と、言っているようです。

 それでもまだ犬が元気のない目をしていると、また、犬のおでこに首を回し、顔をのせてじっとするカモ。

 長い首を器用に動かしての、犬の頭をスリスリと撫でるような動きと、その静かな「首ハグ」を交互に繰り返して、犬を元気づけていました。



 水鳥は、首をまるで人の掌や腕のように使って愛情を示すということを、この動画で初めて知りました。

 この犬とカモがどういう間柄なのかは情報がありませんが、普段からよほど信頼関係があるのでしょう。

 おそらく犬はピットブル。顔があどけなく、この犬種としては小柄なので、まだ子供と思われますが、元闘犬だった種類で、鋭い牙と戦闘力を秘めています。

 その犬の口元をぐにぐについばんで、思い切り喉笛をさらして鼻づらに首を巻き付けている。

 仲が良くなければできないことだと思います。

 過去記事でも、「一緒に暮らしていた犬を亡くしてふさぎ込む犬のもとに、謎の迷いアヒルがやってきて友達になった」という話をご紹介させていただきましたが、このカモも犬がしょんぼりしているのを感じ取り、元気づけたいと思っているようです。

 丁寧な毛づくろいも控えめなグワグワも、このカモの気立ての良さを感じさせますが、何より滲みるのは、犬の頭に首を回してじっとするしぐさです。

 ぴったりと身を寄せることで、気持ちを温めてあげようとしているのか、痛みを吸い取ってあげようとしているのか、わかりませんが、その優しい沈黙は、映画「ベルリン・天使の詩」の天使たちを思い出させます。

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 「ベルリン・天使の詩(Wings of Desire)」は、人々の悲しみをやわらげるために生きる、天使たちの物語です。

 未だ「ベルリンの壁」が東西を隔てていたころのベルリンに、悲しみを知る目をした中年男性の姿の天使たちが舞い降り、人々の心の声を聴きながらさまよいます。

 大人たちには彼らの姿は見えませんが、天使たちは苦しんでいる人を見つけると、側に来て、その心を癒そうとします。

 やがて天使の一人が、美しい空中ブランコ乗りの女性に恋をし、彼の運命は移り変わってゆきます。

 映像詩に近い静かな作品で、モノクロームの世界の中、独り悲しみ苦しむ人の心の呟きをとらえた天使たちが、彼らに頭を寄せ、心の呟きから痛みが消えるまで、黙って寄り添う姿が、印象的でした。

 (余談ですが、「刑事コロンボ」のピーター・フォークが意外な役どころで出ています。)
 
 (NYタイムズの映画評 1:03〜1:18頃に、天使たちが人々を癒そうとする姿が出てきます。〈※2:00以降結末部のネタバレ映像があるのでご注意ください
 

 持つ力は万能ではないけれど、相手の痛みを感じ取り、少しでも心が軽くなるように寄り添う。
 
 そうした天使たちの姿に、あの、首を回してじっとしているカモの姿が重なりました。

 近日中にも、動物関連のおすすめ動画をご紹介させていただく予定ですので、よろしければまたお立ち寄りください。
 
 読んでくださってありがとうございました。
【関連する記事】
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2018年01月13日

「生きるよろこび 熊谷守一」展

(熊谷守一自伝 表紙は守一の代表作「猫」とても面白い本でした。)
へたも絵のうち (平凡社ライブラリー) -
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 只今(2017年12月1日〜2018年3月21日)、東京国立近代美術館で「生きるよろこび 熊谷守一」展が開かれています。

 公式HP:http://kumagai2017.exhn.jp/
 開催概要・チケット情報:http://kumagai2017.exhn.jp/outline/

(【イベント】没後40年 熊谷守一 生きるよろこび(TV東京))


https://www.youtube.com/watch?v=JbXHMEP1qus

(色と形の科学者 熊谷守一の画業をたどる 日本経済新聞)




 身近な生き物や草花、水の動きなどを、くっきりとした独特の色づかいと輪郭線でシンプルに描いた作品で親しまれている熊谷守一。
(公式HP内「作品解説」)


(仏像写真家 藤森武氏が熊谷守一を撮影した作品集)
独楽―熊谷守一の世界 -
独楽―熊谷守一の世界 -


 97才で没するまでの約30年間は自宅からほとんど出ずに、家と庭の中のものを描いたという風変わりな生活と、長く髭をたくわえた独特の風貌で、「仙人」と呼ばれた人物でした。

 描けない時は、どれだけ貧乏をしても絵を描かず、逆に評価が高まっても、人が集まりすぎて奥さんが忙しくなるのは困るからと、文化勲章すら辞退した守一。

 とことん我が道を貫いた守一の、若い頃から晩年に至るまでの作品が一堂に会した展覧会です。

 観る者の心を和ませる素朴な絵に到達するまでに経た、暗く重苦しい色使いの時代の絵画、そこからの劇的な脱皮も目の当たりにすることができます。

 部屋を進むうちに、変色もあって目をこらさなければ見えないほど暗く茫洋とした作品群が、みるみるうちに明快になっていく様は、まるでトンネルをぬけていくようで、いわゆる「守一作品」に埋め尽くされた部屋にたどり着いた時は天窓まで開いたような解放感がありました。

(公式HP内、作風の変遷解説「展覧会の構成」http://kumagai2017.exhn.jp/exhibition/

 一人の画家人生が結集したからこそのパワー。生の作品群に囲まれる意味を実感できる展覧会です。

 守一の作品でも人気の高い猫を描いた作品が集結していているので、猫好きには特におススメ。


(※ 守一の絵の猫グッズも多数売られていて、チケットが無くても購入エリアに入場できます。)

 守一の作品と人柄にほれ込んだ俳優の山崎努さん(自身が守一を演じた映画「モリのいる世界」が2018年5月に公開)は、俗世を超越した仙人と呼ばれた守一を「激しい人だったんじゃないかな、内面は」と語っていました。
(テレビ東京「美の巨人たち」2017年12月9日放送内インタビューより)

  確かに複雑な生い立ちや戦争に翻弄されても、貧しさの中で我が子が病に倒れ、亡くなっても、お金や地位を求めなかった守一は、好き好んで仙人と呼ばれる超越した心理になったわけではなく、ただ、どうしても他の人生を選べなかった、強烈な「己」の持ち主だとも考えられます。

 そして、彼の一見シンプルで愛らしいような絵を見ていると、彼の身じろぎしないまなざしを追体験し、一般人がさらされている社会の不協和音から隔絶した感覚を得ることができます。

 ある種、瞑想のような絵。

 展覧会では、守一が凝視した世界を描くにあたり、彼がむしろ科学者のように冷静に画風を追求したことについても解説がなされており、それまでの「和む絵を描く、仙人のような好々爺」というイメージを超えた守一について知ることができます。

 実際に足を運ぶ価値が高い展覧会でした。お近くの方は是非ご覧になってみてください。

 当ブログでは、熊谷守一の言葉や逸話について、もう少し紹介させていただく予定です。よろしければまたお立ち寄りください。

 読んでくださってありがとうございました。
 


参照URL:テレビ東京「美の巨人たち」雨滴
http://www.tv-tokyo.co.jp/kyojin/data/100130/ 


参考文献:『別冊太陽 気ままに絵の道 熊谷守一』 守一の絵と人物についてわかりやすくまとめられています。
別冊太陽 気ままに絵のみち 熊谷守一 -
別冊太陽 気ままに絵のみち 熊谷守一 -
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2018年01月12日

(おすすめ本)幕末維新懐古談4 高村光雲と石川光明の出会い

清水三年坂美術館の特別展図録「高村光雲と石川光明」※表紙作品は高村光雲作「聖観音像」

高村光雲と石川光明.jpg

 本日は、昨年に引き続き、明治木彫工芸の達人、高村光雲の名著、『幕末維新懐古談』の一部あらすじを、ご紹介させていただきます。

『高村光雲・高村光太郎全集・112作品⇒1冊』 -
『高村光雲・高村光太郎全集・112作品⇒1冊』 -

幕末維新懐古談 (岩波文庫) -
幕末維新懐古談 (岩波文庫) -


 名仏師東雲の片腕として修行したのち、独立して仕事場を構えた光雲でしたが、廃仏毀釈(はいぶつきしゃく=明治初期に起こった、神道と仏教を分離し、寺院や仏像を破壊する運動)のあおりを受け、仏師としての注文が激減、さらに、木彫それ自体が、牙彫(げちょう=象牙彫刻)に圧倒され、仕事が全くない状態に陥ってしまいました。


 達人の腕を持ちながら、不遇の日々を送る光雲。

 しかし、この時期、のちに光雲と並び称される彫刻家、石川光明(いしかわこうめい)と出会うことになりました。

 今回はこの光雲の苦難と、二人の友情について書かれた箇所をご紹介させていただきます。


(木彫衰退の理由と光雲の意地)


 幕末維新懐古談「象牙彫り全盛の話」によると、木彫り衰退の最大の理由は、顧客の変化にありました。

 かつての注文主であった日本の富裕層(武家、商人、寺院など)は、木彫の仏像などを好んで注文しましたが、先述の世相の変動もあってこうした注文が減り、代わって工芸品は海外への輸出品として発展することになりました。

 外国人は、信仰の対象や縁起物ではなく、装飾品となる作品を求めたため、美麗、新奇な題材に合う、美しい色を持ち、精工な細工ができる象牙がもてはやされることとなりました。

 「彫刻の世界は象牙で真っ白になってしまった」

 取り残された光雲は、当時の世相をそう形容しました。

 明治十四年になると、博覧会に出品された彫刻は全部象牙。

 「象牙にあらずんば彫刻にあらず」というほどの勢いの中、木彫の名人たちも牙彫に流れていきました。

 牙彫の世界では旭玉山(あさひぎょくざん〈皇室所蔵の「官女置物」や骸骨の彫刻で有名〉)などが多くの弟子を持ち、作品が飛ぶように売れていく。

 それに引き換え、木彫に固執しているのは、東京では、ほぼ自分独りという有様。

(※後に東京の彫刻家たちが「東京彫工会」を結成した際、光雲のほかは全員牙彫師だったため、当初は会名に「牙」の字を入れる案があったのを、光雲が阻止したというエピソードがあるほどです。〈「会の名のことなど」より〉)

 象牙が優れた材であることはわかっているけれど、自分は、師匠から受け継いだ木彫の道を捨てる気にはどうしてもなれない。

 旧知の貿易商が、木彫では売れず、腕前に見合った手間賃をお支払いできないからと、わざわざ立派な象牙を一本持ち込んで、差し上げるから試し彫りにでも使ってくださいと勧めたことさえありましたが、その気持ちに感謝しつつも、光雲は木彫に拘り続けました。
(「牙彫りを廃し木彫りに固執したはなし」より)

 「木で彫るものならなんでも彫る」

 この覚悟の下、頼まれれば傘の柄まで手掛けて、生計を立てていた光雲。

 (息子で詩人の光太郎によれば、日用品の注文はとぎれなかったものの、光雲は全く手抜きのできない性格で、時間をかけてしまうので、やはりあまり儲からなかったそうです。)


 しかし、そんな日々にようやく新しい風が吹き込んできました。

 往来に面した場所にささやかな工房を構え、仕事にいそしんでいた光雲は、ある日、道に立つ一人の紳士が、自分の仕事をじっと見つめていることに気がつきました。

 「その人というのは小柄な人で、ひげをちょいと生やし、うち見たところお医師(いしゃ)か、詩人か、そうでなければ書家画家といったような風体で、至極人品のよい人である。格子の外から熱心に覗いて見ている。私も熱心に仕事をしているのだが、どうかしてちょっと頭を上げてその人の方を見ると、その人は面伏(おもぶせ:恥ずかしがって顔を伏せること)のような顔をしてふいと去ってしまう。」

 そういうことが何度も続き、時には朝晩二回いることもあるので、光雲もその人の顔を覚えてしまいました。

 風采から察するに風流人で、彫刻を見るのが珍しいのだろう。

 そう思っていた光雲でしたが、ある夏、知人の鋳物師(いものし:金属を溶かして作品を作る作家)である牧光弘氏から、こんな話を聞かされました。

 「高村さん、あなたに大変こがれている人があるんだが、一つその人に逢ってやりませんか。先方では是非一度逢いたいもんだといって大変逢いたがっているんですよ」

 すっかり少数派となった木彫作家の自分にわざわざ会いたいと言ってくる人がいるとは、と、珍しく思った光雲が、相手の名前を聞いたところ、牧氏は、その人は石川光明という牙彫家だと教えてくれました。

 石川光明といえば、牙彫の名人として有名で、光雲も博覧会で彼の作品を目にしたときから「今の世にどうも恐ろしい人があるもんだ」とその腕前に深く感じ入っていた人物でした。

 石川さんなら、こちらからお目にかかりに行きたい。案内してくれますか。と、牧氏に頼んだところ、向こうが引き合わせてくれと頼んできたんだから、私がお宅にお連れするのが順序というものです、と言った牧氏は、恐縮する光雲を残して、近所だという光明の家に、彼を呼びに行きました。

 戻ってきた牧氏が連れてきた人物。

 それは、あの、熱心に光雲の仕事を見つめては、顔を伏せて去っていった紳士でした。

 「あなたでしたか」

 「ええ、どうも……」

 互いにほほえみ合った二人。

 目が合うときまり悪くて、その場を離れてしまったけれど、本当はきちんとお会いしたかったという光明と、いつもお見舞いしてくだされた方が、かねてよりお仕事を拝見して、さぞ立派な方であろうと思っていたあなただったとは光栄です、と、喜んだ光雲は、たちまち打ち解けて、話し込みました。

 石川光明は、既に流行作家で、邸宅を構え、何人も弟子を抱えていましたが、言葉遣い、物腰の謙虚な、おごり高ぶりのない人物でした。

 実は光明は、光雲が師匠の店で働いていたころから、自身の仕事場へ通う道すがら、店の前を通って光雲の仕事ぶりを見ていたそうで、あの時のあなたは西行法師(平安時代の歌人)を一週間ほどで彫り上げていらした、と、言われた光雲は、光明の真面目な観察力に驚きました。

 これ以後、二人は「兄弟もただならぬ仲」になり、同じ「光」の字を持っていたこともあり、他の人からも兄弟弟子と勘違いされるほど、親しく行き来するようになったそうです。

 自身も木彫りをやってみたくて仕方がなかったという光明は、光雲が美術協会に入会できるよう口利きをしたり、展覧会への出品を強く勧めたりして、光雲の名が広まるよう尽力しました。

 東京の彫刻界で孤立していた光雲が、後に木彫の名工として、東京芸術大学の教授にまで選ばれたのは、自身の努力のほか、こうした光明の橋渡しがあったためと思われます。

 二人の友情が見て取れる作品があります。

 (高村光雲 石川光明 合作 木彫狗児図円額 出典:東京文化財研究所データベース

高村光雲石川光明 木彫狗児図円額.png

 丸山応挙の絵を彷彿とさせる、ふっくらコロコロとした日本犬の子犬が、片方は前を向き、片方はお尻と小さな巻き尾を見せて、ちょこんと座っています。

 (よく見ると左右にそれぞれ四角く銘らしきものが彫られており、光雲と光明のどちらが正面犬とお尻犬を彫ったかを示しているようです。)

 うーん、かわいい(私情)。
高村光雲石川光明 木彫狗児図円額拡大.png


 (光明の作品について)

 2017年10月〜11月下旬、東京芸術大学で、「皇室の彩」展が開催され、高村光雲と石川光明の作品が、同じ部屋に並ぶことになりました。

 つがいの鹿を彫った光雲作「鹿置物」の神々しくもむつまじげな風情は、木彫彫刻の究極と思われましたが、その側にあった、光明作「軍鶏(しゃも)置物」の、身をひねって立ち、トカゲを踏みつける、その立ち姿と眼光の迫力は、「鳥の祖先は恐竜」という話を思い出させるほどで、こちらも圧巻の傑作でした。

 (おそらく、同作品と思われる作品の画像が東京文化財研究所HP内の画像データベースで公開されていたので貼付させていただきます。)

石川光明 木彫鶤雉置物.png

 重なり合う鋭い羽先の隙間までも彫りこまれ、そこから軍鶏の全身にみなぎる力が噴出してくるような姿。

 そのとき展覧会会場にいらした観客の誰かが呟いた「どうしてこんなことができるんだ?」という感想に深く同意いたします。



(補足:光明の顔)

 光雲が、きわめて人品が良いと称えた光明の容姿。
 
 写真はほとんど出回っていないようですが、幕末の画家、河鍋暁斉の「暁斉絵日記」(すごく面白い〈私情2〉)に、彼の姿が残されていました。
(暁斎の息子が光明のもとで修行していたという縁があったようです。)

河鍋暁斎絵日記: 江戸っ子絵師の活写生活 (コロナ・ブックス) -
河鍋暁斎絵日記: 江戸っ子絵師の活写生活 (コロナ・ブックス) -

 「石川光明先生が「ヨウカン」を持って、やってくる。」

 という文のそばに描かれた、ヨウカンを差し出して正座する、髭を生やした紳士。
河鍋暁斎画 石川光明.png

 単純化された線ながら、優しい笑顔、頭を低くし、膝にきちんと両手を揃えて正座する様子から、光明の人柄がほのぼのとうかがえます。

(※古書くまねこ堂さんのブログ情報を参照させていただきました。https://www.kumanekodou.com/tayori/24122/「河鍋暁斎が残した絵日記」)

 また、東京芸大キャンパスには、ブロンズ彫刻の名手、朝倉文夫が手掛けた石川光明の胸像があるそうです。
芸大マップに画像がありました。(※Mの胸像、拡大ができます。ちなみにNは光太郎作の光雲像)
https://www.geidai.ac.jp/wp-content/uploads/2013/10/10_P12-13.pdf

 彫りの深い顔立ち、強い意志とともに品と穏やかさが漂うまなざしは、確かに光雲が語ったとおりの紳士です。
  
 不遇にあっても、愚直に我が道を貫いた光明。
 
 成功に奢らず、木彫りに憧れ、光雲に敬意を払った光明。

 こつこつと作品を彫り進める光雲と、それを控えめながら真剣に見つめていた光明の姿から、二人の彫刻に対する情熱がうかがい知れ、『幕末維新懐古談』の中でも、最も感動的な場面です。

 是非、原文の素晴らしい語りで、天才たちの出会いをご覧ください。


 今回ご紹介したエピソードが読める「青空文庫」ページは以下のとおりです。

 ・「象牙彫り全盛時代のはなし」
 ・「牙彫りを廃し木彫りに固執したはなし」
 ・「石川光明氏と心安くなったはなし」


 当ブログでは今年も「幕末維新懐古談」の名場面をご紹介させていただく予定です。よろしければまたお立ち寄りください。

 読んでくださってありがとうございました。


 (補足)当ブログ「幕末維新懐古談」関連記事
 ・幕末維新懐古談1 祖父と父の人生、仏師になったきっかけ、浅草の大火
 ・幕末維新懐古談2 修行時代のエピソード(猫と鼠のはなし)
 ・幕末維新回顧談3 観音像を救い出したときのこと
 ・幕末維新懐古談4 高村光雲と石川光明の出会い

(参考文献)「高村光雲と石川光明」清水三年坂美術館 (意外と少ない二人の作品集。価格も比較的リーズナブルで非常に美しくお勧めです。)
posted by Palum. at 23:39| 美術 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年01月11日

「恋は雨上がりのように」アニメ放送開始 

恋は雨上がりのように(1) (ビッグコミックス) -
恋は雨上がりのように(1) (ビッグコミックス) -

 取り急ぎお知らせまで。

 本日(2018年1月11日)深夜24:55からフジテレビで、「恋は雨上がりのように」のアニメが放送されます。
 公式HP:http://www.koiame-anime.com/
 オンエア、ネット配信情報
  http://news.noitamina.tv/after-the-rain/onair/
 

 本予告PV


https://www.youtube.com/watch?v=3FvIUcLGOsI

 女子高生橘あきらと、彼女が片思いする45才のファミレス店長近藤。

 二人の微妙な距離感と、それぞれが抱える諦めきれない夢への思いが描かれた作品です。

 透明感溢れる絵と、古き良き文学の世界を彷彿とさせる、ゆったりとした時間の流れや、心の動きと連動するこまやかな情景描写。

 現在9巻まで出ていますが、あきらと近藤のほか、彼らをとりまく登場人物たちの恋や友情の、暖かくもどかしい人間模様も織りなされ、派手な事件は少ないものの、読者の心を惹きつけ続けています。

 予告編動画を観たところ、絵、声優さんの演技、主題歌、すべて、原作に誠実に作り上げられた良作のようです。

 是非、アニメと原作どちらもご覧になってみてください。

 読んでくださってありがとうございました。


恋は雨上がりのように(2) (ビッグコミックス) -
恋は雨上がりのように(2) (ビッグコミックス) -

恋は雨上がりのように(3) (ビッグコミックス) -
恋は雨上がりのように(3) (ビッグコミックス) -

恋は雨上がりのように(4) (ビッグコミックス) -
恋は雨上がりのように(4) (ビッグコミックス) -

恋は雨上がりのように(5) (ビッグコミックス) -
恋は雨上がりのように(5) (ビッグコミックス) -

恋は雨上がりのように(6) (ビッグコミックス) -
恋は雨上がりのように(6) (ビッグコミックス) -

恋は雨上がりのように(7) (ビッグコミックス) -
恋は雨上がりのように(7) (ビッグコミックス) -

恋は雨上がりのように(8) (ビッグコミックス) -
恋は雨上がりのように(8) (ビッグコミックス) -

恋は雨上がりのように(9) (ビッグコミックス) -
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2018年01月10日

デイビッド・アッテンボローさん、鳥に邪魔される

 イギリスBBCのレジェンド、自然番組プロデューサーにして、動物学者で名ナレーターのデイビッド・アッテンボローさん。

 ニューギニアに住むオオフウチョウ(「ゴクラクチョウ」の通称でも知られる熱帯の鳥の一種)を前にして、いつもの生き生きとした語りで、この鳥の解説をしようとしたところ、何を思ったか、アッテンボローさんがしゃべるたびに、鳥がテンション高く歌い踊り、何回もNGを出させてしまうという珍事がありました。


https://www.youtube.com/watch?time_continue=9&v=2TJaNDBI87s

 金色フワフワの尾羽を立て、両羽を広げた気合満点ポーズで、枝をぴょんぴょん飛び、「クワクワクワクワ!!オー!オー!」とか「フェフェ、フェフェ」などの不思議な声を上げるゴクラクチョウ。

 アッテンボローさんに「ホホー、ホホー」と言う鳥に、口をすぼめて、「ホホー、ホホー」と返したり、枝にかけたアッテンボローさんの手の周りで歌い踊り続ける鳥に「Very Well(素晴らしい〈歌とダンス〉)」と、言ってあげるアッテンボローさん。(やさしい。)

 鳴き声の激しさは威嚇のようにも思えますが、この鳥は途中、アッテンボローさんの手に留まったり、お腹をこちょこちょされたりしてもおとなしくしているので、怒っているわけではなさそうです。

 むしろ、南国の鳥がメスに自分の魅力をアピールするときに見せる歌とダンスに近い。


 この微笑ましい動画が、各地の動物情報を紹介するページ、「マランダー」(非常に癒されるので凹んだ時におすすめ)に掲載され、こんなコメントが寄せられていました。

「完全に同族と思われて求愛されてるwwww」
「歓迎のダンスwww」
「ヘイ、ハニー俺のダンスを見て歌を聞いておくれ!」

 私も皆さまの「アッテンボローさんに熱烈アッピール!説」に一票です。

(「遠方からの客人に捧ぐ歓迎の舞」か、「ヘイ、ハニー」かは、ちょっとわからないけれど。)


(出典:「えっと、どうしたら喋らせてもらえるのかな」鳥に解説の邪魔をされるアッテンボローさん http://marandr.com/23221147 edited by ruichan 2018年01月02日)

 より詳しい動画解説自体は、「マランダー」内の楽しい文章にお任せするとして、少し補足情報を書かせていただきます。



 (英名「Bird-of-paradise」の名前の由来)

 アッテンボローさんの(邪魔されながらの)解説でも言及されていますが、16世紀、フウチョウの剥製がパプアニューギニアからヨーロッパに送られてきたとき、長期保存のため足は切り落とされた状態でした。

 このため、もともと脚の無い鳥と誤解され、「Paradisaea apoda(楽園の脚の無い鳥〈bird paradise without legs〉)」と名付けられたそうです。

(当時の絵)
ゴクラクチョウの絵.jpg
The dried skin of a lesser bird of paradise | Joris or Jacob Hoefnagel, c.1600 | National Library of Austria, Vienna

 (参照、画像出典:Painting paradise: Art meets nature in Papua New Guinea http://www.bbc.co.uk/programmes/articles/4kHd24tndfhtq7MJw48gtYj/painting-paradise-art-meets-nature-in-papua-new-guinea

 「脚の無い鳥」の伝説は、「欲望という名の電車」でも知られる、アメリカの戯曲家テネシー・ウィリアムスのインスピレーションを刺激し、「地獄のオルフェウス」で、台詞として取り上げられました。

 さらに、この台詞を元にした独り語りが、香港映画の巨匠ウォン・カーウァイ監督作「欲望の翼」で、象徴的に登場します。(参照:ウィキペディア

 欲望の翼 [DVD] -
欲望の翼 [DVD] -

 脚のない鳥がいるそうだ。
 脚のない鳥は飛び続け、
 疲れたら風の中で眠り、
 一生に一度だけ地上に降りる。
 それが最後の時。

 この映画は、愛を信じられない者と、その者を愛し、愛を得られない者たちの寂寥感が漂う群像劇で、「脚の無い鳥」は、愛に安らげずにさすらう登場人物を象徴しています。

 私が、最初に「脚の無い鳥」という言葉を聞いたのは、この「欲望の翼」で、物語の世界観とともに、幻の、もの哀しい生き物だという印象を持ちました。

 まさか自然番組を観ている最中に、その話が生まれたいわれを知り、伝説の元となった鳥が、アッテンボローさんに我が魅力をアピールするべく、ぴょんぴょん跳ねて激しく歌い踊る姿を見るとは思わなかった。

 元気そうで何よりです。



(デイビッド・アッテンボローさんについて)

 デイビッド・アッテンボローさんは、自然番組プロデューサーとして、キャリア60年の大ベテラン、この番組は、2015年のものなので、およそ88才ごろの映像のようです。

 アッテンボローさん90歳のお誕生日を祝うBBCニュース映像。
(お若い頃も素敵。マツコさん風に言うと「あら、いい男」〈何故マツコさん風〉)

https://www.youtube.com/watch?v=JSy9X1FrLgg

 力強い声の響きと、少年のような瞳の輝きは今も健在で、2017年12月には、ヨーロッパの動物園に初めてやってきた象「ジャンボ(※ディズニー映画「ダンボ」のモデル)」の波乱に満ちた生涯についてのドキュメンタリー「Attenborough and Giant Elephant」で、各地を飛び回っていらっしゃいました。

https://www.youtube.com/watch?v=reULMrZWp8w

 一度、肉眼でこの方を観たことがあるのですが、「ナレーションの上手い人」という雑な予備知識でサイン会にまぎれこんだ当時の私ですら、あまりのオーラに自動的に眼がうるんでしまいました。(本当)

 勘の鋭い野生動物なら、このオーラと良い声に惹かれて歌い踊りたくなるわけです。

 聖者フランチェスコが語ると、小鳥が集まってきて耳を傾けたという伝説すら彷彿とさせる。

(ジオット作「小鳥への説教」(部分))
ジオット作 「小鳥への説教」(部分).png

 アッテンボローさんが「動物に好かれるエピソード」は他にもあって、ゴリラの側で声を潜めて解説をしていたはずが、気を許されて、いつのまにやら大人ゴリラと子供ゴリラに挟まれて横たわっている動画も有名です。


https://www.youtube.com/watch?v=NeaAZ1On-w8


 この方の番組は、よくNHKで放送されるので、是非チェックしてみてください。

 このブログでもまた、この方の番組についてご紹介させていただく予定です。よろしければお立ち寄りください。

 読んでくださってありがとうございました。


 (当ブログ、ディビッド・アッテンボローさん関連記事)
 アッテンボローさんのサイン会

 (参照URL)「Attenborough’s Paradise Birds」番組ページ
 http://www.bbc.co.uk/programmes/p023wbh0

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2018年01月03日

(※閲覧注意)ホラー漫画の鬼才、伊藤潤二アニメ「コレクション」放送開始


伊藤潤二『コレクション』 完全版DVD 上巻 -
伊藤潤二『コレクション』 完全版DVD 上巻 -

 本日2018年1月7日(日)22時より、東京MXテレビで、ホラー漫画家伊藤潤二の短編アニメシリーズ「コレクション」がはじまります。(全8話)

【公式】TVアニメ「伊藤潤二『コレクション』」PV【2018年1月より放送開始】(smiral animation)



 公式HP(※かなりエグイです、大画面で淵さん〈※〉のドアップが見られてしまう。)

 ・http://itojunji-anime.com/

(※)淵……ファッションモデル。人間離れした容姿、サメのような歯を持つ。
 冨樫義博作『HUNTER×HUNTER』の人気キャラ「ヒソカ」のパロディシーンでも有名。
 
HUNTER×HUNTER モノクロ版 4 (ジャンプコミックスDIGITAL) -
HUNTER×HUNTER モノクロ版 4 (ジャンプコミックスDIGITAL) -

 なお、以下のチャンネルでも視聴できます。
 ・WOWWOW 1月12日22時〜
  http://www.wowow.co.jp/detail/112040

 ・AT-X 1月10日23時30分〜
  http://www.at-x.com/program/detail/9204

 ・その他、ネット配信情報
  http://itojunji-anime.com/onair/

 ホラー漫画界の鬼才として、あらゆるタイプの恐怖作品を世に送り出している伊藤潤二先生。

伊藤潤二傑作集(1) 富江(上) (朝日コミックス) -
伊藤潤二傑作集(1) 富江(上) (朝日コミックス) -

伊藤潤二傑作集 3 双一の勝手な呪い (ASAHI COMICS) -
伊藤潤二傑作集 3 双一の勝手な呪い (ASAHI COMICS) -

伊藤潤二傑作集 7 首のない彫刻 (ASAHI COMICS) -
伊藤潤二傑作集 7 首のない彫刻 (ASAHI COMICS) -
 
 不条理な世界を巧みな構成と高い画力で紡ぎ出し、現在も太宰治の『人間失格』を独自の解釈で描くなど、活躍を続け、海外でも高い評価を得ています。

人間失格
人間失格(1) (ビッグコミックス) -
人間失格(1) (ビッグコミックス) -

 そんな、伊藤先生の傑作の数々が、アニメ化、今回選ばれた作品のほとんどが、約20年前に発表されたものです。その魅力はまさに不滅。

 実はホラーが苦手なのですが、友人に勧められて読んで以来、恐怖を超えたあまりの作品の完成度の高さにくぎ付けになり、以来、目が離せません。

(でも、アニメ化でカラー&動くとなると、最後まで観られないかもしれません。〈どっちだ〉)

 「朝日ソノラマ」のHPで、一部短編の試し読みができます。正統派ホラーから笑いまで網羅するストーリーの多様性や、不気味な世界に佇む登場人物たちの美しさ(※除「十人並み」の双一)をご覧になってみてください。

 ソノラマPlus「伊藤潤二傑作集」
 http://sonorama.asahi.com/series/ito-junji.html

 その他傑作の魅力についても、当ブログでご紹介させていただく予定です。よろしければお立ち寄りください。

 読んでくださってありがとうございました。





posted by Palum. at 21:57| おすすめ漫画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

「猫年の女房」(女優、沢村貞子著『私の浅草』より)

 新年あけましておめでとうございます。

 お正月なので、今回は干支にちなんだお話をご紹介させていただきます。

 黒柳徹子さんに「かあさん」と慕われた名脇役女優、沢村貞子さん。
わたしの脇役人生 (ちくま文庫) -
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 エッセイストとしても活躍した彼女が、自身の生まれ育った浅草の思い出をつづった『私の浅草』の中に、こんなお話がありました。

 私の浅草 (暮しの手帖エッセイライブラリー) -
私の浅草 (暮しの手帖エッセイライブラリー) -


 沢村さんが16才ごろのこと、近所に「おすがさん」という女性が住んでいました。

 沢村さんよりひとまわり年上の、申年(さるどし)の28才。

 やせ型で、髪を無造作にひっつめて結い上げ、地味な着物に化粧ッ気のない顔。

 大きな目と形の良い口元で、沢村さんのお母さんに言わせれば十人並みの器量でしたが、その年齢まで浮いた話がまったくない人でした。

 というのも、おすがさんの父親が、浅草男の悪い癖で、さんざん遊んで家族を泣かせた挙句に早死、母親もあとを追うように死んでしまい、まだ十五、六のおすがさんが、弟二人の面倒を見ることになったからでした。

 同情した沢村さんのお母さんのつてで、お母さんの姉が営む仕立て屋の仕事につき、弟たちの仕事の目途もついた頃には、当時の婚期を過ぎていました。

 もう今更お嫁に行く気なんてありません。一生仕立て物をして暮らしていきます。

 不運と戦ってきたために、そんなふうに言い切る表情にも口調にも愛想が無く、男たちの間で話題にもならないおすがさん。

 沢村さんのお母さんは、どうにかいいご縁を見つけられないものかとはがゆがっていました。

 「まあ、無理だな。年齢もなんだが、あの子は色気がなさすぎるよ。年中ギクシャクして、うっかりさわると、カランカランと音がしそうだ。」

 いい男だと芸者衆にもてはやされ、おすがさんの父より輪をかけて道楽者の沢村さんのお父さんは、女を見る目には自信があるとばかりにばっさりと切り捨てていました。



 ところが、ある日、お父さんは、ほおずき市で、おすがさんと大工の仁吉さんが寄り添って歩いていたのを見かけ、目を丸くしました。

 「……はじめは人違いかと思ったよ。銀杏返し(いちょうがえし:日本髪の一種)に結っちゃって……。声をかけたら振り向いて真っ赤になって、仁吉のかげにかくれたりして……色気があるんだよ、これが、――どうなってるんだい。」

 夕飯時のお父さんのそんな噂話に、お母さんは真面目な顔で向き直りました。

 仁吉さんは、無口だけど気のいい働き者で、栗の実のような丸顔と小さな目が人懐っこく、親方からも可愛がられている人でした。



 仁吉さんをおすがさんに引き合わせたのはお母さんでした。

 沢村家の台所の修繕に来ていた仁吉さんと、たまたま家に訪ねてきたおすがさんに、一緒にお茶を飲んでいくように勧めたお母さん。

 弟と同じ年頃、同じ大工という仁吉さんに、おすがさんも珍しく気を許し、仁吉さんの仕事話を熱心に聞き入っていました。

 仁吉さんは、その場でおすがさんに浴衣の仕立てをお願いし、それを仁吉さんの家に届けにいったおすがさんが、震災で身寄りを失くし、一人暮らしだった仁吉さんの部屋を掃除してあげたことから、仁吉さんの好意が深まったようでした。

 「あんまり汚いんで見かねたんでしょう。優しい人ですね。年令は……私より二つ三つ上ですかね。」

 台所修繕の合間に、おすがさんの話をする仁吉さんに、五つ上と言いだしかねて、お母さんは、さあね、いくつになったかしらと空とぼけていました。



 「ちょっとお話が……」

 ほおずき市のすぐ後、見違えるほど優しい風情になったおすがさんが、しかし、思いつめた様子で、沢村さん母娘を訪ねてきました。

 「……仁吉さんのことかい?」

 うつむいてもじもじしているおすがさんに、お母さんがそう促すと、

 「……実は、あの人と一緒になりたいんですけど……」

 消え入りそうに絞り出した声にも、それまでにない甘さがありました。

 「けっこうじゃないか。あの子は働き者で人間もしっかりしてる。お前さんさえその気なら、いくらでも力を貸すよ」

 おすがさんは急に顔を上げました。

 「おかみさん。お願いですから、あの人にきかれても、私の本当のとしを言わないでください。お貞ちゃんより、ひとまわり上の申だなんて――」

 一緒になろうと申し込まれたとき、仁吉さんに、つい「あなたより一つ上の子(ね)年なのに、それでもいいの」と、言ってしまい、今更引っ込みがつかなくなってしまったそうです。

 あんたの弟さんも子年なのに……。そもそも仁吉さんは、年上なのは承知なのだから、そんなに気にしなくても……。と、お母さんがいくらなだめすかしても、

 「五つも年上だなんてわかったら、あの人がっかりします。私だってきまりがわるくて――そんなこと知れたら死んでしまう……」

 果ては、泣き出してしまいました。

 仕方がないので、弟さんにも二つさばをよんで、寅年ということしてもらおう、ということに。

 でも、区役所の届でわかってしまう。

 はっとしたお母さんに、届なんか出さなくったっていい、子供も産みませんと、きっぱり言い切るところに、昔のおすがさんの名残が見えました。

 そのくせ、お願いです、このことは言わないで……と、女っぽいしぐさで、沢村さんたちをおがみ、おすがさんは帰っていきました。



 約10日後、仁吉さんが、あいさつに来ました。

 式の前に届を出してくると聞いて、お母さんは慌てましたが、仁吉さんはその様子に気付き、笑って首をすくめました。

 「あの人がいくつだっていいんです。わたしは学もないし、ああいうしっかりした姉さん女房が好きなんです。ねずみだの申だのってオタオタ言ってるから、いっそのこと、猫年の女房ってことにしようって、ゆうべよく言いましたから……」


 秋になり、赤ちゃんができたらしい、と、報告に来たおすがさん。

 若妻らしく、丸髷(まるまげ:既婚女性の結う日本髪)に結い上げた髪を、淡い桃色の手絡(てがら:結った髪に添える布)で飾り、

 「でも、五つ上っていっても、私は十二月末だし、うちの人は一月の十日だもの、正味、四つと十五日しか違わないんですよ」

 明るく笑うおすがさんの、口元にもっていった左手の薬指に、指輪が光っていました。


(完)


 ちょうど、先日再放送していた大ヒットドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」で、主人公みくりの叔母、「百合ちゃん(石田ゆり子)」と、十七歳下(※)の風見さん(大谷亮平)の恋の行方が話題になりました。
(※原作漫画では二十五歳差)
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※原作の「百合ちゃん」
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 今も年上女性が、好きな人にアプローチされても引け目を感じるという話があるわけですが、沢村さんが少女時代(戦前、1920年代半ば)は、もっと厳しかったようで、今の読者からすれば、そこまで気がねしなくてもと思う状況でも、本人は泣くほど悩んでいます。

(伊藤左千夫の小説「野菊の墓」〈1906年〉では、女性が二才上という理由で、想い合う従姉弟同士が、血縁者たちに引き裂かれてしまいます。)

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 そんな、今なお女性を閉じ込める、見えない檻から、苦労人の朴訥誠実な青年が「猫年の女房ってことにしよう」と、柔らかく連れ出してくれている、心温まるエピソードです。

 『私の浅草』ではこのほかにも、浅草の人々の暮らしや悲喜こもごもが、歯切れよく情緒ある文で綴られていて、とても魅力的なエッセイ集です。

 (花森安治さん編集の「暮らしの手帖」から刊行されていて、花森さんの温かな挿絵やカラフルな装丁も味わい深いです。)

 是非、お手にとってみてください。
 (このブログでもいずれもう少しこの本の内容や、そのほかの沢村貞子さんのエッセイをご紹介させていただく予定です。)

 読んでくださってありがとうございました。

posted by Palum. at 18:29| おすすめ本 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月21日

フィールドオブドリームス(1989年アメリカ映画)


NHKBSプレミアムで、明日12月22日(金)午後1:00〜午後2:47に、ケビン・コスナー主演の映画「フィールドオブドリームス」が放送されます。

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(トレイラー)




〇序盤あらすじ

 ある日の黄昏時、自分のトウモロコシ畑で謎の声を聞いた農夫レイ(ケビン・コスナー)。

「それを作れば、彼はやってくる」

(「謎の声」のシーン)


 声の正体は?

 「それ」とは?

 「彼」とは?

 戸惑っていたレイだが、やがて再び彼の目に浮かんだ光景。

 それは、トウモロコシ畑の中の野球場。そして、そこに佇む、白いユニフォームの男。

 かつて、八百長試合に加担したとして、球界を追われた「シューレス(裸足の)・ジョー」。

 男手一つで自分を育ててくれた、今は亡き父の英雄だった選手。

 自分のトウモロコシ畑に野球場を作れば、あの世からシューレス・ジョーがやってくる。

 そう感じたレイは、自分でもほとんどわけがわからないまま、予感に導かれ、野球場を作る。

 どうかしているという隣人たちの目をよそに、畑を半分潰して作り上げた、空の野球場。

(野球場を作る)




 きっと何か起こる。

 そう信じて待つレイと、彼の願いを聞いて、野球場作りを後押しした妻のアニー。

 しかし、季節が移り替わっても、何も起こらず、収穫が減ったために、レイの農園は経営難に陥る。

 野球場はおろか、家を手放さなければいけなくなるかもしれない。

 ある夜、帳簿を前に苛立つレイに、幼い娘のカレンがふいに声をかけた。

 「野球場に誰かいるわ」 

 窓の向こう、トウモロコシ畑にを背にした野球場に、男が立っていた。

 暗がりにもほの白く光るユニフォームの、シューレス・ジョー。

 興奮を抑え、球場に出ていったレイ。

 ジョーは、レイが彼のために、この野球場を作ったと聞くと、自分と同じように、八百長事件で球界を追われたまま世を去った選手たちを連れてきて、野球の練習をしたいと言った。

 そして、野球場を去るとき、振り向いてレイに言った。

 「ここは天国か?」

 「いいや、アイオワだ」

 レイたちに見送られ、トウモロコシ畑に入って行くシューレス・ジョー。

 その姿が、人よりも背の高い、青々としたトウモロコシの列に透けて、消えていった。

 
 これで、予言を果たした。

 亡き選手たちがトウモロコシ畑の野球場で練習に興じる様に、目を細めていたレイだったが、その彼に、再び「声」が語り掛けてくる。

 「彼の苦痛を癒せ」 

 いったい何のことなのか、「声」に問い返しても、返事は無い。

 レイのなすべきことは、まだ終わっていなかった……。



〇見どころ
※中盤の一部ネタバレ動画が含まれています。
 
 現実を超越した展開の中に、果てしなく広がるトウモロコシ畑の緑、アメリカと共にありつづけた野球の力、夫婦、親子の情愛と絆が織り込まれた、1980年代アメリカ映画の最高傑作です。

 主演のケビン・コスナーが、いつもの男性的な魅力を抑えて、普通の生活を送る中年農夫を好演、また、エイミー・マディガンも、レイの突拍子もない夢を、多くを聞かずに支えるアニーの懐深さを自然に演じています。
(中盤、町の会合に出た彼女が、レイを変人扱いした女性を舌戦で叩きのめす場面は見ものです。)


 さらに、レイが聞いた第二の「声」の後、登場する作家テレンス・マン(『ライ麦畑で捕まえて』のサリンジャーがモデル)役にジェームス・アール・ジョーンズ(※)、たった一イニングしか試合に出られなかった「ムーンライト・グラハム」の、引退後の姿をバート・ランカスターが演じるなど、演技派俳優たちが脇を固めており、その豊かな表現力(そしてそれを丁寧にカメラに収めた構成)が感動を後押しします。

(テレンス・マンとの観戦)


(※)NHKのシネマコラムによると、このアール・ジョーンズはダース・ベイダーの声を演じているそうです。確かに非常に独特の響きで、ある場面での彼の語りは、映画の山場の一つとなっています。

 バート・ランカスターは、当初「ここより永遠(とわ)に」(1953)などの、ワイルドな役で成功をつかみましたが、やがて重厚な演技派へと転身し、ヴィスコンティ監督作の「山猫」では、没落貴族の誇りと悲哀を演じきった伝説的名優です。

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 「フィールド・オブ・ドリームス」は、彼の最後の劇場映画出演作となってしまいましたが、ただ歩き、佇み、微笑み、振り向くだけで、場面に暖かくせつない情感が広がる、その圧倒的魅力と演技力に目を見張ります。

(ムーンライトグラハムとの出会い)



(個人的な思い出なのですが、彼がこの翌年出演したテレビ映画「オペラ座の怪人」での彼の名演技に、はじめて「映画を観て泣く」という体験をし、その後「フィールド・オブ・ドリームス」を観て、完全に「映画好き」になったので、自分にとって特別な存在の役者さんです。)

 生きることの苦さや後悔を知りながら、人生に輝きとぬくもりを見出す、この時期のアメリカ映画特有の世界観が、優れたストーリー展開や、演技、音楽、映像美に結実した名作です。結末部は、「アメリカ映画史上最も心打たれる場面」と言っても過言では無いと思います。ぜひご覧ください。

 読んでくださってありがとうございました。

(参照)NHKシネマコラム「豪華名優が集結!ダース・ベイダーの声の人も! フィールド・オブ・ドリームス」坂本朋彦 
http://www6.nhk.or.jp/nhkpr/post/original.html?i=12743

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2017年12月01日

(※ネタバレ)漫画、『ポーの一族』「はるかな国の夢や小鳥」見どころご紹介

 前回記事で、吸血鬼の少年エドガーを主人公とした『ポーの一族』の「はるかな国の夢や小鳥」のあらすじを書かせていただきました。


 薔薇の咲く庭の女主人であるエルゼリに出会ったエドガーが、現実と向き合わない彼女を案じ、一方で心惹かれながら、やがて、町を去るまでを描いた短編です。

 今回は引き続いて、この作品の見どころをご紹介いたします


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(ネタバレですので、あらかじめご了承ください。)


(作品のみどころ1)新作『春の夢』との関係性

 『春の夢』は、第二次大戦中、イギリス・ウェールズ地方にやってきたエドガーとアランが、ナチスから逃れ、親戚のもとに身を寄せるユダヤ人姉弟と出会うという物語です。

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 この作品では、「はるかな国の花や小鳥」同様、放浪の中で出会う人とエドガーの交流と、エドガーの彼らに対するほのかな好意が描かれています。

 また、どちらの作品でも、エドガーが他者に関心を示すことに孤独感を覚えるアランの心理にも光があてられています。

 エドガーの心には、いつも亡き妹のメリーベルがいる。

 エドガーはその思い出越しにしか現実と接することができず、アランはそういうエドガーに、もどかしさを感じている。

はるかな国の花や小鳥10.png

 『春の夢』内の二人それぞれの心理的葛藤や、互いの間にある絆と裏返しの緊張感が、この「はるかな国の夢や小鳥」でも描かれているので、新作の前にこの作品を読み返しておくと、二人の関係性がよりわかりやすくなります。


(作品の見どころ2)不滅の愛

 「ポーの一族」の魅力の一つに、登場人物たちが抱く愛情の深さがあります。

 エドガーはメリーベルを死後何年経っても愛しており、彼がエルゼリに心惹かれたのは、彼女の夢見る少女のような魂と、髪の色にメリーベルの面影をみたからでした。

はるかな国の花や小鳥2.png

 一方で、ひと夏の恋人であったハロルド・リーを思い続けるエルゼリは、妹を忘れられないエドガー自身にも重なる人でした。

 エドガーが旅に生きる中で、優しさを見せた人物はほかにもいますが(数年間一緒に旅をした少女リデル、いつかはバンパネラとして仲間に加えるつもりだった少年ロビン・カーなど。)、妹を亡くした悲しみを打ち明け、作中自ら精神的に深く関わったのはエルゼリだけです。

 それは彼女が、メリーベルや、自身の喪失感を思い出させる人だったからでしょう。

はるかな国の花や小鳥4.png

 ただ、ハロルド・リーは、根本的には善良ながら、エルゼリに対しては、別れも告げず、その存在を忘れ去っていました。

 その男を、自分を覚えていようがいまいが愛している。

 それは、エドガーが、生前深い絆で結ばれていたメリーベルを忘れられない以上に、不合理な感情であり、エドガーは、エルゼリに、現実を見るべきだと告げました。

はるかな国の花や小鳥11.png


 エルゼリは、エドガーの真剣な言葉を、静かに拒絶します。

 エルゼリにとって、ハロルド・リーを愛さないということは、そのまま失恋の苦しみや悲しみにつながり、それを受け入れて現実に生きるよりも、(もうハロルド・リーはエルゼリの名前ごと忘れた)彼と夜の森をさまよい、城の幻を見たときに感じた愛と幸福に生きることを選びます。

 すぐそばに、自分を深く愛している、誠実な男性がいるのに。

 ただ、エルゼリの幸福には、ハロルド・リーがこの世に生きているということが必要でした。

 彼の死によって、彼女の幸福は終わりを告げ、後を追おうとして果たせなかったエルゼリは、独り静かにもの思いにふけり、冬を迎えた花のように、世を去りました。



 エドガーは、エルゼリが一命をとりとめたとき、彼女に思いを寄せるヒルス医師に、エルゼリの、ハロルド・リーにまつわる大切な思い出である、「お城の話」を託します。

 彼女の口からその話を聞き、ハロルド・リーとの思い出ごと、彼女を受け止めて幸せにしてあげてほしい。

 ヒルスはそれができるほど、エルゼリを愛していることを、エドガーはわかっていました。

 もう、昔の恋人のことなんか忘れて、ヒルス先生と結婚すればいい。

 合唱団の少年がそう言ったとき、エドガーはうなずきましたが、やがて悲しい顔をします。

はるかな国の花や小鳥6.png



 そして、すぐに町を出たエドガー。

 列車の中で、エドガーは涙し、アランに理由を尋ねられても、涙を抑えられませんでした。

はるかな国の花や小鳥7.png

 本当は、わかっている。

 できない。

 その愛が、どれほど不合理なものであっても。

 ハロルド・リーがもうこの世にいなくても。

 ヒルスの愛が、ハロルド・リーの思い出を受け入れてくれるほど、深く暖かいものであっても。

 この愛に、もはや幻想としての幸福すらなくても。

 愛さないことは、できない。
 
 はるか昔に世を去ったメリーベルを愛し、エルゼリに、メリーベルの面影と、自分の愛の両方を重ね合わせたエドガーには、エルゼリの気持ちがわかっていました。


 エドガーたちが、そうしてほしいと願っていても、エルゼリがヒルスの手をとり、現実の中で幸福になる姿を見ることは無いだろうとわかっていたから、エドガーは、振り返らずに、町を出ていったのでしょう。

 どうすれば現実で幸福になれるか知っている。でも、愛しているから、自分が生涯そういう生き方をできないこともわかっている。

 エルゼリはヒルス先生と結婚すればいいと言った少年に同意しながら、やがてうつむいたエドガーの悲しい顔からは、そうした二つの思いに、胸が引き裂かれるような(しかし、それでも愛が勝ってしまうような)思いがにじみ出ています。

 「ポーの一族」を名作たらしめた、こういうもの哀しい不滅の愛は、しっかりと構成された物語に、霧のような、ほのかな美を常にただよわせており、この作品の、咲き誇るバラの花や、エルゼリの透ける後れ毛に、メリーベルの気配を感じる描写は特に印象的です。

 同じ時期に描かれた萩尾望都さんのもう一つの傑作、「トーマの心臓」の中でも、冒頭、ユリスモールへの愛を抱きながら命を絶つトーマの死が、物語を形作っていきます。



 こうした、ときに現実的な幸福とは相いれないほどの強烈な不滅の愛は、この時期の萩尾作品の持ち味であり、その後、どんな分野の芸術においても、これほど鮮やかに、こうした感情を描いた作品はなかったように思われます。

トーマの心臓 (小学館文庫) -
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(見どころ3)空間に漂う言葉

 この作品のもうひとつの見どころは、空間に配置された言葉の複雑な味わいです。

 台詞のフキダシやナレーション用の枠に区切られることなく、描かれた情景の中に浮かぶ言葉の数々。

 それらは、話者、現実と想像、現在と回想などの定義があいまいなまま、描かれた情景と重なりあって、作品世界に独特の奥行を作りあげています。

 実際にコマの中で、この「漂う言葉」が、どのように作用しているか、ご紹介します。

 (エドガーが、エルゼリにメリーベルの話をして、庭を去りつつある場面。)
はるかな国の花や小鳥8.png

 エルゼリのバラに重なる、メリーベルの笑顔

 咲くバラに重なる、「エドガー エドガー」という、メリーベルの言葉。

 (補足ですが、この、「メリーベルがエドガーの名前を二回呼ぶ」という描写は、兄への愛情と同時に、彼女の最期の場面も思いださせます。)

 庭に立つエルゼリに振り返るエドガー。

 景色に浮かぶ「エドガー兄さん…」「ここは遠い国、はるかな庭……」という二つの言葉。

 この、絵としては描き込みの抑制された画面に浮かび上がる言葉が、一場面に様々な要素を重ねています。

  1,現実にエドガーがいるエルゼリの庭 
  2,エドガーのメリーベルへの追憶(バラに浮かぶ笑顔)
  3,エドガーの記憶の中のメリーベルの声
   (「エドガー、エドガー」「エドガー兄さん」)
  4,メリーベルに重なるエルゼリへのエドガーの思い。
   (かつてメリーベルがエドガーに言った、「永遠に子供である自分たちは、いつまでも『はるかな国』の夢を見ていていい」という言葉を回想し、メリーベル同様に少女の魂を持つエルゼリの生き方に思いを馳せている。)

 「現実」、「亡き人への愛」、「亡き人との記憶」、「現実に自分が言葉を交わした人」への感情が複雑に交錯しながら、そよ風のようなゆらぎしか感じさせない。

 物語に流れる空気の静けさが、線の省略された画面と、漂うような言葉によって生み出されています。



 この、「漂う言葉」がさらに重層的になっているのが結末部です。

 (エドガーが去ったあとのエルゼリを描いている場面)
はるかな国の花や小鳥9.png

 「その人は、それから三年の後、病気で亡くなったと聞きます」という、誰かに語り掛ける声。

 語り手は(エドガーであるはずですが)あいまいにされ、その知らせを誰からどんな風に受けたかも定かではありません。

 ヒルスに「お城」のことを聞かれても微笑むだけで答えなかったエルゼリ、窓辺で物思うエルゼリ。

 この場面を誰が目にしたのか、あるいは、エドガーの想像であるのかもわかりません。

 やがて、語り手のエルゼリへの思いと、エルゼリがかつて抱いた思いを示す言葉が重なり合いながら、物語は結ばれます。

 エルゼリのいない部屋に浮かぶ「あの人は人間にはなりえなかったのでした。」という語り手の言葉。

 バラの花に浮かぶ「わたしが住むのはバラの庭」というエルゼリの思い。
(実際にエルゼリがエドガーにそう語ったことがあったかはわからない言葉)

 エルゼリの微笑、花びらに触れる指先と重なる二つの言葉。
 「たぶん、生まれながらの妖精だったのです」(語り手の思い)
 「くちずさむのは愛の歌」(エルゼリの思い)

 花園に立つ、エルゼリの淡い姿と、二つの言葉。
 「日々おもうのはやさしい人」(エルゼリの思い)
 「あの人は、夢に浮かぶはるかな国の住人だったのでした」(語り手の思い)



 この場面では、「語り手の思い」、「誰かから伝えられた話」、「語り手の想像」、「エルゼリの思い」、「幻想的情景」が、その境目があいまいなまま、結末に向かって流れています。
 
 エルゼリの死や、エドガーがその知らせに何を思ったかなど、大きな動きがあったであろう場面がすべて省略され、ただ、語り手とエルゼリの言葉が、次第におぼろげになっていく情景に響き合いながら、霧に溶けていくように物語が終わる。

 重層的ながら、まるで過剰さがなく、語られない空白が、読者の心に余韻を残す。

 この場面構成がどれだけ巧みであり、漫画にしかできない複雑な表現に成功しているかは、この記事の、文字だけで書き起こした場面とご比較いただけば明白です。

(思い切った抑制や、漫画の特長を生かし切った表現は、こうの史代さんの『この世界の片隅に』と並んで、漫画表現の頂点にあると思います。)

この世界の片隅に : 上 (アクションコミックス) -
この世界の片隅に : 上 (アクションコミックス) -

 「漂う言葉」は、萩尾作品に欠かせないものであり、様々な作品で見ることができますが、それが最も複雑かつ印象的なのは、この「はるかな国の夢や小鳥」です。


 短編ながら、今も不朽の名作として語り継がれる『ポーの一族』の魅力が凝縮された作品です。ぜひ、ご覧になってください。


 読んでくださってありがとうございました。


(補足1)当ブログ、萩尾望都作品ご紹介記事
(ネタバレ)「ポーの一族」(1972年)あらすじご紹介(『ポーの一族』40年ぶりの続篇発表によせて)

(※ネタバレ)漫画、『ポーの一族』「はるかな国の花や小鳥」あらすじご紹介

・(※ネタバレ)漫画、『ポーの一族』「はるかな国の夢や小鳥」見どころご紹介


(補足2)当ブログ、こうの史代作品ご紹介記事(※漫画表現を考察した回)
(※ネタバレあり)この世界の片隅に 映画で語られなかった場面(1)ノートの切れ端とリンドウのお茶碗

(※ネタバレあり)「この世界の片隅に」映画で語られなかった場面(2) 雪に描かれた絵と、桜の花びらの舞い降りた紅

(※ネタバレあり)漫画、こうの史代作『夕凪の街 桜の国』ご紹介
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2017年11月30日

(※ネタバレ)『ポーの一族』「はるかな国の花や小鳥」あらすじご紹介


 今年、萩尾望都さんの傑作漫画『ポーの一族』の40年ぶりの新作『春の夢』が発売され、話題となりました。

ポーの一族 ~春の夢~ (フラワーコミックススペシャル) -
ポーの一族 ~春の夢~ (フラワーコミックススペシャル) -

 この作品は、「ポー」と呼ばれる吸血鬼(バンパネラ)として、少年のまま不老不死を生きることとなったエドガーを主人公とする連作漫画です。

 今回は、新作『春の夢』の読み込みに役立つ、過去の短編「はるかな国の花や小鳥」のあらすじをご紹介させていただきます。

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(ネタバレですので、あらかじめご了承ください。)

 

(あらすじ)

 不老不死の吸血鬼(バンパネラ)、エドガーは、かつて自分が仲間に加えた友人アランとともに、町から町へと移り住む日々を送っている。

 ある日、エドガーは、バンパネラの命をつなぐバラが咲き誇る庭を見つけ、その庭の女主人、エルゼリと言葉を交わす。

はるかな国の花や小鳥1.png


 バラが欲しければ切ってあげましょう、と、微笑んでエドガーの手を引き、庭に招き入れるエルゼリ。

 エルゼリが近所の少年たちを集めてやっている合唱隊に誘われたエドガーは、しばし、この幸せそうに笑う、美しい女性のもとに通うことにする。

 エルゼリは、育ての親である伯母亡き後、手伝いの女性と、二人暮らしをしていた。

 少年たちと歌い、伯母の遺したバラの庭を愛するエルゼリ。

「なにもかも好きでたのしくて幸せそう」

 エドガーの言葉に、エルゼリはいつものように微笑む。

 エドガーと一緒にバラの庭を歩くエルゼリの、結いあげた髪に漂う後れ毛が、陽を透かして銀色に輝いていた。

 そのうなじの淡い光に、エドガーの亡き妹、メリーベルの面影がよぎった。

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 合唱団に加わっている地元の少年たちは、よそもののエドガーが、エルゼリと親しくなることが気に入らず、ある日、通りすがりのエドガーにからんできた。

 エドガーが、少しも動じず、少年たちの乗っていた自転車を蹴り倒すと、騒ぎを聞きつけ、町医者のヒルスと、エルゼリが仲裁に入る。

 エルゼリに頼まれたから休戦しよう。でもエルゼリになれなれしくするな、と、後で、少年に釘を刺されたエドガーは、ヒルスが毎日エルゼリの庭をとおりかかることを思い出し、あの二人、お似合いかもね、と、微笑んで言った。

 少年の声が荒くなった。

 「これだからよそもんは……エルゼリはだれとも結婚しやしないよ!」

 10年以上前、ハロルド・リーという恋人が、エルゼリを捨てて、裕福な商家の娘と結婚してしまった。

 だから、エルゼリはもう、誰とも結婚しない。



 幸せそうに微笑んでいたエルゼリの、過去。

 思い出のにおいのする人。

 ある雨の日、物思いにふけっていたエドガーは、一人でエルゼリのもとに出かけた。

 こんな天気でも、自分をおいてエルゼリに会いに行くエドガーを、アランは複雑な表情で見送った。




 ヒルスに何度もプロポーズされているのに、恋人に捨てられた腹いせに、独身でいるって本当?

 向かい合ってお茶を飲むエドガーに、そう尋ねられたエルゼリは、いつものように微笑み、促されるままに、思い出話をした。

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 別の町から来た、ハロルド・リーと出会ったのは、夏。

 彼は貧しく、婚約者は裕福。

 でも、彼は、婚約を破棄して戻ってくると、エルゼリに言った。

 エルゼリは、自分の伯母が言うように、彼がもう戻ってこないだろうと、気づいていた。

 彼が町に戻らなければいけない前の夜、二人であてどもなく、夜の森をさまよった。

 崖の下に、城が見えた。

 「お城が見えるわ」

 そう言ってから、エルゼリはすぐに、それが月明かりに照らされた木立だと気づいた。

 だが、ハロルドは、エルゼリの手を握り締めたまま、答えた。

 「ああ、本当だ。お城だね」

 それだけ。

 そう答えたあの人が、世界で一番好きだった。



 それきりハロルドには会えず、手紙も来なかった。

 風のうわさに結婚したということも聞いた。

 今、エルゼリはひとりで薔薇の庭に立ち、でも、

 今も、とても幸せ。




 昔、メリーベルが言っていた。

 にいさん、わたしたちはいつまでも子どもでいられるの。だからいつまでも、はるかな国の、花や小鳥の夢をみていていいのね。



 エドガーから、エルゼリの恋の話を聞かされたアランは冷ややかだった。

 変なんだよ。その女のひと。昔の恋人だって、彼女のことを忘れているに決まっている。

 でも、ずっと愛しているんだよ。

 そう言って、再びエルゼリのところへ行こうとするエドガーに対し、アランは叫んだ。

 「ぼくのことなんてどうだっていいんだ。どうせ、メリーベルのかわりだものね!」

 アランの頬を叩いてしまったエドガー。

 「アラン、ごめん」

 アランはベッドに顔をうずめたまま振り向かなかった。



 その日、エドガーは、合唱団を休み、少年たちに自転車を借りて、ハロルド・リーの住む町に行った。



 「ハロルド・リー?」

 カフェにいた、端正な顔に口ひげをたくわえた紳士が顔を上げた。

 「そうだが、きみは?」

 エドガーは、ただ、言った。

 「エルゼリを知ってる?」

 しばしの間の後、ハロルド・リーは、無心に問い返した。

「エルゼリ…?誰のことだね?」

 自転車に飛び乗ったエドガーは、ハロルド・リーの制止を聞きもせずにその場を走り去った。

 覚えてなかった。

 無理もない。10年も昔の、ひと夏だけの恋人のことなんて。



 夜、エドガーは、庭に立つエルゼリのもとにやってきた。

 ハロルド・リーに会ってきた。あの人は、あなたのこと。

 勢い込んで言おうとした一言は、エルゼリの不思議そうな表情の前で、音を変えた。

 「……覚えてたよ……」

 エルゼリは、いつもの笑みで、ただ、彼がどうしていたか訪ねてきた。

 もしかしたら、彼の記憶に自分がいるかどうかは、エルゼリにとって関係のないことなのかもしれない。

 捨てられ、忘れ去られても、愛していられる。

 悲しみや、憎しみという現実を置き去りにして。

「目をさましたら、あなたは夢を見ているんだ」

 エドガーは、思い切ってエルゼリに言った。

 みんな現実に直面して、悩んだり憎んだり悲しんだりしている。

「はるかな国はどこにもないよ。そんな国に人は住めないよ。エルゼリ」

「でも、憎むのはいや。悲しむのも」

 そんな行き場のない感情には、私は耐えられない。

 あの人を愛し続けていれば、その愛に包まれた世界で、生きていける。

 私が住むのはバラの庭。
 口ずさむのは愛の歌。
 日々思うのはやさしい人。

 「なぜそう幸せでいられる?」

 「なぜ幸せでいられないの?」

 たとえば妹がいない。

 思いおこすだけで幸せになれない。

「どこに行ったんだろう。また生まれてくる?」

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 エルゼリは尋ねた。

「バラを摘んだのは妹さんのためだったの?」

 あれは友人に。でも彼は妹じゃない。

 「…これが愛でね、手を伸ばせば届くの」

 エルゼリの白い手が、バラに触れた。

 「あなたの愛。あなたの妹への愛」

 バラを摘んだエルゼリは、エドガーにそれを手渡した。

 「行き場があるのはいいわ。バラを受け取ってくれる人がいるのはいいわ」

 手の中のバラに、メリーベルの笑顔が淡く広がった。

 ……エドガー、エドガー

 エドガー兄さん…。

 エドガーは、遠ざかりながら、庭に立つ美しい人に振り向いた。

 ここは遠い国…はるかな庭。



 ドアの開く音。

 駆け寄ってきたアランに、エドガーはバラを手渡した。

 「ごめん」

 謝るエドガーに寄り添い、バラの香りをかぐアラン。

 自分には、思い出から帰っても、バラを渡せる人がいる。

 でも、エルゼリには、だれもいない。思いしかない。

 いつか、あの人は夢から覚めることがあるのだろうか。
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 ハロルド・リーは、妻に見送られて家を出た。

 エルゼリ。誰のことだったろう。

 考え込んでいたハロルド・リーの目に、あの自転車に乗った少年が映った。

 「きみ!!」

 急に声をかけられ、驚いて振り向いたのはエドガーではなかった。

 バランスを崩して転んだ少年に迫る馬車。

 ハロルド・リーは、少年に手を伸ばした。



 合唱団の少年たちのために、エルゼリがパイにナイフをあてかけたとき、ばあやが息を切らして駆け込んできた。

「お嬢様、いましがたね、グラッセの奥さんが、ハロルド・リーの葬式にいらしたって」

 エルゼリの手が、止まった。

 振り向いたエルゼリの横顔を、窓から差し込む日が照らす。

 ハロルド・リーは、少年をかばい、自分は馬車の下敷きになったという。

 エルゼリは、ただ、日差しに目を細めていた。

 さっきまで、この世界。わたしのものだったのに。

 「今日はこれでおしまい。もうオルガンが弾けないわ。ごめんなさい。」

 少年たちにそう告げると、エルゼリは自室に戻ってしまった。


 憎しみはいや、悲しみも。早くねむってしまおう。

 ベッドに横たわったエルゼリ。その手には、ナイフがにぎられていた。

 ねむってしまおう。はやく。

 エルゼリは、目を閉じたまま、手首にナイフをあてた。

 もう目覚めまい。明日からは。

 庭のバラは枯れてしまう。明日までには。



 エルゼリの家に向かっていたエドガーは、合唱団の少年に行き会った。

 今日は、合唱の練習は無い。

 ハロルド・リーが死んだから。

 それを聞いた、エドガーは目を見張り、すぐに、駆け出した。

「エルゼリ!!」

 ばあやの制止を振り切って、エルゼリを呼び続け、体当たりでドアを開けたエドガー。

 ベッドに横たわったエルゼリ。

 その手首から血が流れ、エルゼリの懐を赤く染めていた。

 ばあやの悲鳴を背に、エドガーはエルゼリを抱き起して叫んだ。
 
「エルゼリ、目を覚まして!起きて!エルゼリ!!」

 夢の園にただよう少女の魂を、エドガーは呼び続けた。



 もう大丈夫ですよ。発見が早くてよかった。

 処置を済ませたヒルスは、泣きじゃくるばあやさんをなぐさめ、自分も、眼鏡の奥の善良な目から流れる涙を、そっとぬぐった。

 「まったく……あの人は……」



 バラの庭にいたエドガーが、ヒルスを呼びとめた

 「あの人の目が覚めたら、お城の話をしてごらん。」

 目覚めて人間にもどったら。

「あの人にはあなたが必要だよ。今こそ」

 ヒルスにそう言い残し、エドガーは、エルゼリの家をあとにした。



 「助かってよかった。あの人はもう恋人のことなんか忘れてさぁ、ヒルス先生と結婚すりゃいいんだよ!本当に」

 エドガーと並んで歩く少年の言葉に、エドガーは応えた。

「うん、ほんとうに…」

 ほんと……。

 その顔が、哀しげに、陰った。

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「この町を出よう!今すぐだよ!」

 エドガーの急な言葉に戸惑いながら、アランは一緒に列車に乗り込んだ。

「あの庭の女の人にさよなら言ってきた?」

 エドガーは車窓に顔を向けたまま、答えなかった。

「…なにか、おこっているの?」

 アランは、言葉を切った。

 車窓に頬杖をつき、外を眺めていると思ったエドガーが、涙を流していた。

「エドガー、どうして、ねえ、なぜさ」

 肩に手を置き、顔を覗きこむアラン。

 握りしめた拳で目をおおう。

 エドガーの指の隙間を、涙が伝い続けた。

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 …… その人は、それから3年の後、病気で亡くなったと聞きます

 お城のことを聞いた医師に、ほほえむだけで、なにも言わなかったと聞きます

 それからは、合唱団もやめ、黙って花を見、物思う毎日だったと

 あの人は人間にはなりえなかったのでした ……

  わたしが住むのはバラの庭

 ……たぶん、生まれながらの妖精だったのです。……

 くちずさむのは、愛の歌

 日々思うのは、やさしいひと

 ……あの人は、夢に浮かぶはるかな国の住人だったのでした……



(完)

 
 
 「はるかな国の花や小鳥」のあらすじをご紹介させていただきました。
 
 不老不死のバンパネラであるエドガーは、正体を知られないために、普段、人間とあまり関わりを持ちませんが、その彼が、エルゼリに亡き妹の面影を重ねて心惹かれ、悲しみを打ち明けており、そのほかの作品に比べ、エドガーの内面をより深く知ることができる作品です。

 また、絵と台詞の詩情、独特の流れるような場面展開も、名作ぞろいの「ポーの一族」シリーズでもとくに優れています。

 漫画という表現でなければ醸せない味わいに溢れた作品なので、是非お読みになってみてください。

 次回は、作品の見どころをご紹介させていただきます。併せてごらんいただければ幸いです。

 読んでくださってありがとうございました。


(補足)当ブログ、萩尾望都作品ご紹介記事
(ネタバレ)「ポーの一族」(1972年)あらすじご紹介(『ポーの一族』40年ぶりの続篇発表によせて)

(※ネタバレ)漫画、『ポーの一族』「はるかな国の花や小鳥」あらすじご紹介

・(※ネタバレ)漫画、『ポーの一族』「はるかな国の夢や小鳥」見どころご紹介

posted by Palum. at 19:23| おすすめ漫画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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