2018年06月22日

熊谷守一と『人間失格(太宰治)』の大庭葉蔵  (第四回) 守一と葉蔵の「拒否」、「顔」、「人生」

 画家、熊谷守一と太宰治作『人間失格』の主人公、大庭葉蔵。



 裕福な実家で抱いた人間不信と、画家になる夢という共通点を持っていた、実在の画家と架空の青年。


  偶然、似た境遇だった二人は、いくつかの分岐点を経て、やがて大きく隔たった人生を送ることになります。


 最終回の第四回は、守一と葉蔵、それぞれの「拒否」の意識と、彼らの「顔」、そして、自身の人生に対する思いをご紹介させていただきます。







 (守一の拒否〈文化勲章辞退〉)



 五十代後半から、ようやく絵で生計を立てられるようになった守一。


 次第に人気が高まり、1967年、守一が八十七歳のとき、守一に文化勲章授与内定の知らせが入りました。


 しかし、守一はこれを辞退してしまいます。



「お国のためにしたことはないから」


「これ以上、人が来るようになっては困る」


「もう歩けないから」


「袴がきらいだから」(※1)



 後に守一は様々な言い方で辞退の理由を語っていますが、受賞内定の報告に訪れた中津海茂氏によると、氏が自宅を訪問し、内定の旨を伝えた際、守一は、「即座に無言で席を立って、奥に引きこもり、絶対的な拒否の態度を示した」そうです。


 翌日、氏が改めて自宅を訪ねたところ、秀子夫人が応対し、「昨晩いろいろ話し合ったところ、お前(秀子夫人)がもらえというなら、という話にもなったが、やはり本人がいやがっているのはよくわかるので、断ってほしい」と言われたそうです。(※2)


 守一自身が語った辞退の理由は、いかにも守一のイメージ通りの、おおらかさや型破りな人柄をうかがわせるものですが、無言でいなくなって、二度と自分からは返事をしなかったという態度には、守一のもっと激しい思いがうかがえます。


 裕福な家に育ち、権力を持つ者とその下にいる者の裏表を見てしまったこと。


 実家の破産とともに赤貧の日々を送り、子供を守れなかったこと。


 青木繁長谷川利行ら、生きているうちに認められず、若くして世を去った才能ある画家たちの絵が、死後高値で売られ、彼らはその富を享受することができなかったこと。


 病人まで兵士として駆り出す、戦争という狂気の時代を経験したこと。


 当時成功していた画家たちが、戦意高揚のための戦争画を描くようにしむけられたこと。そして、戦後、世間がその罪を画家個人に負わせたこと。


 (守一の友人である藤田嗣治が、戦争画を描いたために戦後非難を浴びたことについて、守一は「おれは目立たなかったからそれで(描かずに)済んだが、藤田は目立ったから戦争画をかかないわけにはいかなかった」と語っています。(※3)


 こうしたことのどれか、あるいは少しずつ全てが、守一の内面に、世間から与えられる「名誉」をかたくなに嫌う気持ちを形作ったのかもしれません。


 一見ユーモラスな、「袴が嫌いだから」という理由も、幼い守一が、父の妾である養母に着飾らされた上等の着物や袴を、わざと転んで汚したという話(※4)と重ね合わせると、根の深いものを感じさせます。


袴姿の熊谷守一少年 -.png







(大庭葉蔵の拒否〈モルヒネと注射器〉)


 内縁の妻ヨシ子との関係が破綻し、ますます酒におぼれるようになった葉蔵は、喀血したことをきっかけに、酒を断つつもりで始めたモルヒネの中毒になってしまいます。


 膨れ上がる借金に追い詰められ、助けが無ければ身投げする覚悟で、父に窮状を訴える長い手紙を書いた葉蔵。


 そして、堀木とヒラメ(父の指示で葉蔵の後見人になっていた人物のあだ名)がやってきました。


 今までと違い、ひどく静かな優しい様子で、ヨシ子も付き添わせ、葉蔵を遠く離れた森の中の病院に連れていく二人。


 葉蔵は、そこをサナトリウム(結核患者などが長期療養する病院)と信じ、堀木たちのように優しげな医師に言われるままに、そこに入院することにしました。


 葉蔵に着替えを渡したヨシ子は、一緒に注射器とモルヒネを葉蔵に差し出そうとしました。

(葉蔵はヨシ子にはそれを栄養剤と偽って打っていた。)


 出会ったころのように、葉蔵の嘘を信じ切っている様子のヨシ子に、葉蔵は言いました。


「いや、もう要らない」


薬物を差し出すヨシ子 -.png



拒絶する葉蔵 -.png


実に、珍らしい事でした。すすめられて、それを拒否したのは、自分のそれまでの生涯に於いて、その時ただ一度、といっても過言でないくらいなのです。自分の不幸は、拒否の能力の無い者の不幸でした。すすめられて拒否すると、相手の心にも自分の心にも、永遠に修繕し得ない白々しいひび割れが出来るような恐怖におびやかされているのでした。けれども、自分はその時、あれほど半狂乱になって求めていたモルヒネを、実に自然に拒否しました。ヨシ子の謂わば「神の如き無智」に撃たれたのでしょうか。自分はあの瞬間、すでに中毒ではなくなっていたのではないでしょうか。


 しかし、葉蔵は、優しいはにかみ笑いを浮かべる医師に、ある病棟に連れていかれ、冷たく鍵をおろされました。


 自分が脳病院に入院させられたことに気づいた葉蔵は、自分は断じて狂ってはいなかった。ただ、堀木たちの優しい微笑に欺かれ、判断も抵抗も忘れてここに来ることになってしまったと思いながら、手記にこう記しました。


人間、失格。


もはや、自分は、完全に、人間ではなくなりました。


 葉蔵がようやく「拒否」を獲得したとき、彼は鉄格子の向こうに連れていかれ、その打撃により、彼の心から、(もとよりとても微弱だった)「人間」の世界で生きていく力が、消えていきました。





(守一の顔、葉蔵の顔)




土門拳 熊谷守一 -.jpg


(藤森武氏撮影の熊谷守一写真集『獨樂』)


 熊谷守一は、彫りの深い立派な顔立ちをしていながら、自分の容姿に全く頓着せず、床屋に行きたくないからと、若い頃からひげを伸ばし、着心地のみにこだわった独特の服装をしていました。


 そんな彼自身に被写体としての魅力を感じた写真家の土門拳と弟子の藤森武は、それぞれに彼を写真におさめました。


 守一九十四歳のころから約三年間、毎日のように自宅を訪れ、守一を撮影していた藤森武氏は、守一の印象をこう語っています。



「モナ・リザが女性肖像画のナンバーワンなら、男性肖像写真の世界一は守一先生だと、私は常に思っている。(中略)お会いしたときから、先生の人柄のとりこになってしまった。風貌がそのまんま芸術であった。何としても、この全身からにじみでてくる人間味を写真に捉えたいという強い欲望にかられたのである。」


「気負いもなく、さりげなく、淡々としていて心地よい。普通の生き方で決して誰も真似のできない生き方。あんなにも人間を生きる喜びを謳歌した人は他にはいない。」(※5)



(補足:『モリカズさんと私』でも藤森武氏と熊谷守一との思い出が語られています。)

モリカズさんと私
モリカズさんと私



 守一の風貌を形作った、守一の人生。


 裕福だが劣悪な環境だった幼年時代、極貧の中年時代を生きた守一にとって、人生は楽しいばかりのものではなかったはずですが、認められようが、認められまいが絵を描き、我が道を生き抜いてきた守一の顔は、いつしか他の誰にも無い不思議な輝きを帯びるようになっていました。


 守一は二人の写真家を、「重いものを持って仕事に来た仲間」と思って、彼らの希望にそうように時間を費やしましたが、かしこまらないのはいつもどおりで、土門拳に撮られた写真では、息子のお古の襟のほころびた剣道着を着ており(※6)、また、熱心にアングルを変えて撮影する藤森氏に対しては、「写真屋さんは犬みたいだ。上から見たり、かがみこんで下から狙う。腹ばいになって撮る。撮られている私は、それを見ているのがおかしい。」と無心に言いました。(※7)


この言葉を聞いた藤森氏は、以後「素晴らしい被写体に小細工はいらない」と思い、カメラを水平に構え、守一と対峙する形で撮影したそうです。(※8)






(大庭葉蔵の顔)


 『人間失格』は、次のような文章から始まります。


 私は、その男の写真を三葉見たことがある。

 以前、大庭葉蔵と交際していたバーの「マダム」から、彼の写真と手記を託された、物書きの男「私」は、それぞれの写真について、このように形容します。


 一枚目は、葉蔵が十歳頃の写真。


 袴姿で、親族らしき女性たちに囲まれ、池のほとりで笑っている姿。


 一見可愛い少年のようにも見えるその写真に「私」は、不自然なものを感じます。


葉蔵 一枚目の写真 -.png


 少年、葉蔵が両こぶしを固く握り、顔に無理やり皺を寄せて作った「醜い」「猿の笑顔」。


 本当は少しも笑っていない顔。


 「いささかでも、美醜に就いての訓練を経て来たひと」なら、すぐに、この「奇妙な、そうして、どこかけがらわしく、へんにひとをムカムカさせる表情」に気づくはずだ。


 「私」は、そう感じました。


 二枚目の写真は、学生服の葉蔵が、ポーズをつけて籐椅子に座って微笑を浮かべている写真。


 おそろしいほどの美貌で、少年時代よりよほど巧みに笑っている。


「しかし、人間の笑いと、どこやら違う。血の重さ、とでも言おうか、生命(いのち)の渋さ、とでも言おうか、そのような充実感は少しも無く(中略)一から十まで造り物の感じなのである。」


 そして、「私」は、少年時代の写真と同様、その美貌の青年の笑顔にも「怪談じみた気味の悪いもの」を感じます。


 最後の写真は、「脳病院」に入れられた後、田舎に連れ戻された葉蔵らしき、白髪交じりの男の姿を写したものでした。


 「こんどは笑っていない。どんな表情も無い。謂わば、坐って火鉢に両手をかざしながら、自然に死んでいるような、まことにいまわしい、不吉なにおいのする写真であった。」


 そして、その写真には、男の顔の造形が明確に映っているにも関わらず、顔の部位すべてが「平凡」で、「印象」も「特徴」も見いだせず、目を閉じたらもう、思い出せないようなものでした。


 「画にならない顔である。漫画にも何もならない顔である。」


「所謂(いわゆる)「死相」というものにだって、もっと何か表情なり印象なりがあるものだろうに、人間のからだに駄馬の首でもくっつけたなら、こんな感じのものになるであろうか。」


 物書きの「私」は、その写真にも強い嫌悪感を覚え、同時にそのあまりの奇妙さに強く心ひかれたために、「マダム」から手記を預かることにしました。


 おそらく、葉蔵の手記は、「私」の手を経て、いずれ出版されるであろうことがほのめかされ、作品は幕を閉じています。


 葉蔵の「道化」ではない心の内が、「作品」として世に出ていく。


 しかし、それは葉蔵が願った「絵画」という形ではありませんでした。


  人間への恐怖から道化を演じ続けた葉蔵は、画家になるという夢も、一度だけ真剣に描いた自画像も隠し、彼が人間社会から隔絶したとき、道化の仮面とともに、画家としての未来と自分の顔そのものを、完全に失ったのでした。




 「俺は俺だと思っていた」守一は、父の反対を押し切って画家になり、やがて、写真家の藤森武氏に「風貌がそのまんま芸術」と言われた。


 「自分は無だ、風だ、空だ」と思いながら道化であり続けた葉蔵は、父に画家になりたいと言い出すことすらできず、転落の道を辿った挙句に、「画にならない顔である。漫画にも何もならない顔である。」と、「美醜に就いての訓練を経て来た」物書きの「私」に断じられた。


 熊谷守一という実在の画家と、大庭葉蔵という物語の登場人物に、偶然在った一致と差異。


 それは、人が自分の人生を生き、作品を生み出すために、何が必要であるか、そしてそれがどれだけ困難なものであるかを物語っています。


 裕福で裏表の激しい家に育ち、人間を信じられなくなった少年。


 守一は葉蔵のように、葉蔵は守一のように。


 いくつかの選択が違えば、その人生は変わっていたかもしれません。


 葉蔵と比べ、常に守一が勝者だったとは限りません。


 守一に、葉蔵のように依頼された仕事を選ばずにこなす器用さがあれば、家族と共に極貧を経験せずに済んだかもしれません。


   また、守一は、葉蔵と同じように、人間に利用され、彼らを嫌悪したために、極力人間との争いを避けて生きてきた人でもありました。


「父の仕事を通していろんなものが見えました(中略)人の裏をかき、人をおしのけて、したり顔のやりとりを見ているうちに、商売のこつをのみこんでいく代わりに、わたしはどうしたら争いのない生き方ができるだろうという考えにとりつかれていったのかも知れません」(※


「すべてに心掛けがわるいのです。なるべく無理をしない、無理をしないとやってきたのです。気に入らぬことがあってもそれに逆らわず、退き退きして生きてきました」(※10


 葉蔵のように人に絶望し、時に葉蔵よりはるかに不器用で、時に葉蔵と同じように何度も争いから逃げた守一と、葉蔵の差異が、(画力以外にあったとすれば、それは)なんだったのか。


  それは、他者への恐れを超えて闘う力だったのではないでしょうか。


 様々な人間の闇を見ながら、画家になりたい、と、絶対的な権力を持つ父に切り出す力。


 世間から名誉を与えられかけたとき、「いらない」と思えば、その場を去る力。


 友人から、海外に行って絵を学ばないかと言われたとき、「好きな人がいるから行かない」という力。


 その場しのぎの道化ではなく、自分の描きたいものを描く力。


 自分の本心を外へ放つ力。


 人間に失望し、何度も争いを避け、時に利用されながら、絵を描くことと、誰と生きるかについては最後まで己を貫いた守一。


 やがて、その作品が、唯一無二のものとして、多くの人に感動を与えるようになりました。


 不思議なことに、人一倍であったはずの、彼の複雑な人生や、生きづらさを感じさせない、余計なものをすべてそぎ落としたシンプルでくっきりとした画面に、何物にも揺るがされない静けさを宿して。


もっと知りたい熊谷守一 ―生涯と作品 (アート・ビギナーズ・コレクション)
もっと知りたい熊谷守一 ―生涯と作品 (アート・ビギナーズ・コレクション)



熊谷守一 画家と小さな生きものたち
熊谷守一 画家と小さな生きものたち


 そして、そういう絵を描くために、対象を一心に見つめ、絵筆を丹念に動かしていた守一その人の姿も、絵に似た気配を醸すようになっていきました。




 人が自分の人生を生き、作品を生み出すためには、(逃げてもいい時は何度逃げても良い、しかし、)少なくとも「ここだけは譲れない」という思いがある時だけは、恐れを超えて、時に非常に残酷な他者の世界へ、自分の本心を出していくしかない。


(たとえそれが戦いとなったとしても。)


 それができない者は、自分を失っていくしかない。


 そして、そういう人間は、身を守る力が無いがために、往々にして、破滅のさなかに、それまで自分を愛してくれていたのかもしれない人たちを巻き添えにする。


 熊谷守一と大庭葉蔵の合わせ鏡のような人生は、そのことを物語っているような気がします。




 葉蔵と守一が、それぞれ己の人生について振り返っている言葉があります。


 やがて自分に訪れる「悲惨な死」の予感を常に抱いていた葉蔵は、人生に行き詰るたびに自殺未遂を繰り返し、ついに薬物中毒になったときに、こう思いました。


 死にたい、いっそ、死にたい、もう取返しがつかないんだ、どんな事をしても、何をしても、駄目になるだけなんだ、恥の上塗りをするだけなんだ、自転車で青葉の滝など、自分には望むべくも無いんだ、ただけがらわしい罪にあさましい罪が重なり、苦悩が増大し強烈になるだけなんだ、死にたい、死ななければならぬ、生きているのが罪の種なのだ。



 そして、父からの助けが来なければ今度こそ自殺するつもりでいたときに、欺かれて病院へと連れていかれ、「人間、失格」の思いとともに、余生を生きていくことになりました。




 一方、熊谷守一の親友で作曲家の、信時潔は、あるとき、守一にこう尋ねました。


「もう一回人生を繰り返すことが出来るとしたら、君はどうかね。ぼくはもうこりごりだが」


 守一は答えました。


「いや、おれは何度でも生きるよ」(※11







                                                  (完)










【出典】

(※1)『別冊太陽 気ままに絵のみち 熊谷守一』(平凡社 20057月発行)p.114115

別冊太陽 気ままに絵のみち 熊谷守一
別冊太陽 気ままに絵のみち 熊谷守一

(※2)同上

(※3)『モリはモリ、カヤはカヤ』(熊谷榧著新日本出版社 1990p5354

モリはモリ、カヤはカヤ―父・熊谷守一と私 (榧・画文集)
モリはモリ、カヤはカヤ―父・熊谷守一と私 (榧・画文集)


(※4)『へたも絵のうち』(熊谷守一著 日本経済新聞社 197111月発行)p.28

へたも絵のうち (1971年)
へたも絵のうち (1971年)

(※5)上掲『別冊太陽』「画家と写真家」p126

(※6)新装改定版 蒼蠅』(熊谷守一著 求龍堂 200412月発行)p.152153

(※7)『新装改定版 蒼蠅』p.152153

(※8)『別冊太陽』藤森武「画家と写真家」p.126

(※9)『新装改定版 蒼蠅』p.144)(※8

(※10)同上 p.22

(※11)『モリはモリ、カヤはカヤ』p69

ラベル:太宰治
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2018年06月21日

熊谷守一と『人間失格(太宰治)』の大庭葉蔵 (第三回)「貧困と創作」


画家熊谷守一と、太宰治作『人間失格』の主人公大庭葉蔵。




その淡々とした生きざまから「仙人」と呼ばれ、九十代まで明快な絵を描いた守一と、画家になる夢から遠ざかり、陰惨な生涯を送った大庭葉蔵には、実はその人生に多くの共通点、そして彼らのその後を分けた相違点がありました。




 第三回は、守一と葉蔵が実家の裕福さから切り離された際の、貧困との向き合い方と、この時期の創作活動についてご紹介させていただきます。


【記事一覧】※記事名クリックで該当記事にジャンプします





(大庭葉蔵の貧困)


 大庭葉蔵は、父の仕事の都合で、それまで住んでいた父の別荘から、下宿屋に引っ越すことになり、父のつけではなく、決まった額の仕送りで月々暮らさなければいけなくなった途端、貧乏に直面しました。

(女と酒に散財を重ね、ときに友人の堀木の分まで支払いを持っていたため。)


 堀木に質屋通いなど、その場しのぎの方法は教わりますが、次第に暮らしに困るようになり、軽い気持ちで参加していた非合法活動(父が議員で、その富で暮らしていたにも関わらず、堀木に誘われ遊び半分で手を出していた)も負担になっていた葉蔵は、精神的に追い詰められ、この時期に、カフェの女給(酒を出す店で客を接待する女性)ツネ子と心中未遂を起こします。


 不幸な人生に疲れたツネ子から心中を持ち掛けられたとき、同意しつつも「遊び」の気分が混じっていた葉蔵が、自殺を明確に意識したのは、自身の財布にもう小銭しか残っていないという事実に打ちのめされた瞬間でした。


 「袂からがま口を出し、ひらくと、銅銭が三枚、羞恥より凄惨の思いに襲われ、たちまち脳裏に浮かぶものは、仙遊館(下宿)の自分の部屋、制服と蒲団だけが残されてあるきりで、あとはもう、質草になりそうなものの一つも無い荒涼たる部屋、他には、自分のいま着て歩いている絣の着物と、マント、これが自分の現実なのだ、生きていけない、とはっきり思い知りました。」



下宿で困窮する葉蔵 -.png


 そして、一緒にいたツネ子に、財布の中身を覗かれ、「たったそれだけ?」と無心に聞かれた葉蔵は、その屈辱に、「みずからすすんでも死のうと、実感として決意したのです。」と語っています。


 心中事件後、一人だけ生き残ってしまった葉蔵は、女性たちに半ば寄生しながら、ただ自分の酒と煙草(のちには薬物)代を得るために、三流雑誌への漫画や春画描きをするようになり、二度と画家への道を歩むことはありませんでした。


(酒と煙草代のために猥画を描く葉蔵)
三流雑誌に猥画を描く葉蔵 -.png




(熊谷守一の貧困、息子陽の死)


 熊谷守一が美術学校に在学中(守一二十二歳、卒業まで二年半となった頃)、父が亡くなり、守一の家は事実上破産、守一にも50万円(現在の数億円に該当)の借金が負わされました。


 守一からその話を聞いたクラスメートは、


「おれだったら、首をくくるところだ。おまえ、よく平気でいられるな」と言ったそうです。(※1)


 当然、守一のところに借金取りが押しかけましたが、子供のころから裕福な暮らしに愛想が尽きていた守一は、着るものにも住む場所にもまるで頓着しない習慣が出来上がっており、そんな彼の暮らしぶりを見て、借金取りがあきれて帰ってしまったという話もあったそうです。(※2)


 守一はこの状況下でも「たとえ乞食をしても絵かきになろう」と考え、長兄や、美校の裕福な友人たちからの援助を受けつつ、画家としての活動を続けていきます。


 (娘の榧〈かや〉さんは彼の覚悟が「たとえ飢え死んでも」ではないところに、守一らしさを見ています。)


 守一には裕福で面倒見の良い友人が幾人かおり、彼らからの援助については、「やろうか」「くれ」というような適当なもので、学友だった斎藤豊作からは、厚意に甘えて月ぎめで5年間もお金を受け取っていたそうです。(※3)


 しかし、守一は、非常に寡作な画家で、夫人に懇願されてもなかなか絵を描くことができませんでした。


 そして、貧しさゆえに、子供たちが病気になってもすぐに医者に見せることができなかった時期、幼い息子の陽がわずか三歳で急死するという悲劇に見舞われています。


 「熊谷さんは、あんなに子供をかわいがっているのに、どうして子供のために絵を描いて金をかせごうという気にならないのでしょう」(※4) 


と、周囲にもいぶかしがられた守一は、当時を振り返ってこう語っています。


「仕事をしたくともできないときもあります。(中略)子供が高い熱を出して苦しんでいるのに絵を描く気など起こりようはありません」(※5) 


 子供が心配だからこそ絵が手につかなかった守一。


 美大首席の技量があれば、創作意欲に基づく仕事でなかったとしても(例えば依頼された似顔でもイラストでも)、絵をお金にすることはできたはずですが、どれほど技術があっても、貧しさが極まっても、売り絵は全く描けない人でした。




 陽の容体が急変し、死が近いと悟った守一は、添い寝をし、子守歌を歌いました。


 陽が逝き、幼い陽の亡骸を前に、彼がこの世に残すものが何もないことに気づいた守一は、その死に顔を描きはじめますが、描いているうちに、絵を描くことに没頭している自分に気づき、いやになって止めたそうです。(※6)


 未完のまま残された油絵「陽の死んだ日」は、慟哭のうねるような激しい筆致と重苦しい色彩の中に、色を失い静かに目を閉じた子供の顔が沈み、その死に顔を毛布の深紅がとりかこんでいます。



熊谷守一 陽の死んだ日 -.png


  

 守一の血を吐くような悲しみを思わせる鮮烈さで。


 我が子が死んでようやく筆が動き、未完ながら圧倒的迫力を持つ絵が生まれたという悲しい事実。


 この出来事は、天衣無縫な仙人というイメージのある守一の、繊細すぎる心理と、画家としての不器用な一面(ストレスに左右される、売り絵を描けない)を顕著に物語っています。


 陽の顔立ちは守一によく似ていて、生まれてきた彼を見た守一は、


「この子がまともな考え方をするようになったら、俺に似てさぞ生きにくいだろう」

 と、身につまされたそうです。(※7) 


 幼いころから平穏とは無縁の人生を歩み、それでも、自分を貫き通してきた守一。


 しかし、好きでその道を選んだわけではなく、守一という人は、どうしても、そういう生き方しかできなかったのかもしれません。


 それゆえに感じていた自身の生きにくさを、赤子の陽に透かし見ていた守一。


「私の二番目の子供(陽)が生まれてすぐ死んだころは、外からみればわが家の暮らしはひどいものだったのでしょうが、どうすればよかったか、どうしたらそうはならなかったか、などはひとつも考えたことはありません。」(※8)


 この強烈な響きを持つ言葉も、決して描けなかった当時の自分を肯定しているわけではなく、内面には激しい葛藤を抱えつつもあの頃の自分には「どうすれば」「どうしたら」という手段がなく、ただ、「どうしてもできなかった」という結末が、陽の死という動かせない事実とともに既に在り、それを受け入れざるを得なかったために発されたのではないでしょうか。




 最終回の第四回では守一と葉蔵の「拒否」と「顔」そして彼らが語った自身の「人生」について比較します。








【出典】

(※1)『モリはモリ、カヤはカヤ』(熊谷榧著 新日本出版社 1990)p.19

モリはモリ、カヤはカヤ―父・熊谷守一と私 (榧・画文集)
モリはモリ、カヤはカヤ―父・熊谷守一と私 (榧・画文集)

(※2)同上 p20

(※3)『へたも絵のうち』(熊谷守一著 日本経済新聞社 1971年11月発行)p104

へたも絵のうち (1971年)
へたも絵のうち (1971年)

(※4)同上 p115

(※5)同上 同著p38

(※6)新装改定版 蒼蠅』(熊谷守一著 求龍堂 2004年12月発行)p21

(※7)『モリはモリ、カヤはカヤ』p.38

(※8)『へたも絵のうち』p40



ラベル:太宰治
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熊谷守一と『人間失格(太宰治)』の大庭葉蔵 (第二回)「画家になる夢と女性」

 画家、熊谷守一と、太宰治作『人間失格』の主人公、大庭葉蔵の人生には、偶然にも「裕福な生家」、「絶大な権力を持つ父と影の薄い母」、「幼少期に芽生えた人間不信」、「画家になる夢」という、多くの共通点がありました。







 二人の少年時代を比較した前回記事に引き続き、第二回は、画家を目指した思春期以降の守一と葉蔵の人生についてご紹介させていただきます。








(画家になる夢を隠した大庭葉蔵)


 『人間失格』の大庭葉蔵は、中学生の頃、ゴッホの自画像に、「人間に対する恐怖を、お道化などでごまかさず、正面から表現した絵」と感銘を受けて以来、画家になる夢を抱いていました。


 しかし、人間を恐れるあまり、自己表現をしないまま、思春期を迎えていた大庭葉蔵は、ゴッホに倣って描いた自画像を、周囲に馬鹿にされていた同級生の「竹一」以外、誰にも見せずにしまい込み、やがて紛失してしまいます。


 さらに、葉蔵の夢を知る由もなかった父親から、官吏(国家公務員)になるように言い渡された葉蔵は、それに逆らえず、高等学校に通いながらひそかに画塾に通いました。


父に逆らえなかった葉蔵 -.png


 そして、ここで出会った堀木という男から、酒や女を教えられ、葉蔵の人生の転落が加速します。


人間失格 堀木 -.png




(画家への道を突き進んだ熊谷守一)


青年期の熊谷守一 -.png

 一方、守一は、十七歳ごろのとき、父に正面切って絵描きになりたいと申し出ます。

 守一の父は画家という職業をまるで信用していなかったようで、そんなにやりたければ道楽でやればいいと、反対してきました。


 反対されるほど「本式にやりたい」と思い、食い下がってきた守一の執念に、父はうっかり、「慶応(の中等部)に一ヶ月だけ通ったら、お前の好きなことをしてもいい」と口をすべらせてしまいます。(※1)


 そうすれば画家になりたいという夢など忘れてしまうだろうというのが父の目論見だったようですが、守一はすかさず約束をとりつけ、慶応に一ヶ月真面目に通った後、すぐに辞めて、画塾に通い始めました。


 その後、上野の美術学校(現在の東京芸大)に合格した守一は、風変わりな早逝の天才、青木繁らとともに絵画を学び、同校洋画科を首席で卒業しました。


(青木繁)

青木繁 ウィキペディア -.jpg

画像出典 Wikipedia





(大庭葉蔵にとっての女性)


 堀木と交際するようになり、絵よりも様々な享楽に没頭しはじめた頃、たぐいまれな美青年に成長した葉蔵のもとには、次々と女性が寄ってきました。


 もとより、女は男以上に難解で恐ろしいと思っていた葉蔵は、遊びで付き合える娼婦以外の女性には、いつものお道化でその場を取り繕っていました。


 中には、お道化で覆われた、彼の暗さに気づきながら、本心から彼と生きようとした女性たちがいたらしき描写もあるのですが(『人間失格』は葉蔵の一人語りで展開するので確かなことはわかりません)、葉蔵はほとんどその気持ちに気づくことはなく、また、確固たる愛を築くこともできずに、人間への恐怖と、酒と薬物への依存に溺れていきます。


(葉蔵とツネ子 バーの女給で服役中の夫がいた。後に葉蔵とともに入水自殺をし、葉蔵だけが生き残った。)
葉蔵とツネ子 -.png

 そして、葉蔵の荒れた生活が引き金となり、当時内縁関係にあった女性ヨシ子との関係が崩壊したあと、自殺未遂をした葉蔵は、「僕は女のいないところへ行くんだ」と口走ります。


 この言葉は、後に、男しかいない「脳病院(現在の精神科病院)」に強制入院させられるという形で実現し、その後、実家の手配で、田舎で療養生活をはじめた葉蔵は、醜い老女中に世話をされながら、余生を過ごすことになります。





(熊谷守一の妻、秀子夫人)


 熊谷守一は四十二歳のとき、画学生だった秀子(二十四歳)と、1922年(大正十一)に結婚します。


 守一の二女榧(かや)さん(現熊谷守一美術館館長)によれば、以前、守一を金銭的に援助していた斎藤豊作がフランスに一緒に絵を学びに行かないか、と、誘った際、守一は秀子さんのことを思い「好きな人がいるから行かない」と言って断ったそうです。(※2)


 夫人は涼しい切れ長の目をして、年をとってもすっきりとした顔立ちの人でした。

 (守一は結婚前の彼女の姿を「某夫人像」として残しており、美しい人であったことがうかがえます。)

熊谷守一「某夫人像」 -.png

そして人柄は、守一に負けず劣らず、正直そのものだったそうです。(※3)

 実家の裕福な暮らしに馴染まず、絵を描いていたという共通点があった夫人は、貧しさの中でも「かあちゃん」「モリ」と呼び合ってむつまじく暮らしました。


 秀子夫人はいつまでも守一を熱愛しており、娘の榧さんが、守一と話し込んでいても、機嫌が悪くなって邪魔しにくることさえあったそうです。(※4)



 後年、高い評価を得るようになった守一の家には、ファンや画商らが絶え間なく訪れ、夫婦はその応対に追われるようになりますが、そんな中、守一は「かあちゃんがつかれるのが一番困る。もっと放っておいて長生きさしてくれっていうのが正直なわたしの気持ち」と、語っています。(※5)


 年をとってからは、夫婦で碁を打つのが日課だったそうで、守一と秀子夫人が碁に興じる姿が写真に収められています。

(心得のある人から見たら見るにたえないほど下手な勝負だったようですが。(※6)

碁を楽しむ熊谷夫妻 - -.png


 一方で、秀子夫人は、他者に対する守一の複雑な思いを理解していました。


 「主人はとても人好きですので、子供はかわいがりますし、お友達は多かったようですが、大事に思うことがあまりに人と違っているので、一応のお付き合いで、それ以上のふれ合いには(家族も含めて)なりにくいと思います」(※7)


 「オレだって普通の家に育っていたら、もっとかわいらしくなっていたはずだ」と、秀子夫人には自分の子供時代の鬱屈を漏らしていた守一。


 夫人は、子供時代の経験から、守一が人との深い付き合いを避けてしまうことに気づいており、しかし、そんな守一に寄り添い続けました。


 守一は九十歳を過ぎてからこんな言葉を残しています。


「私はだから、誰が相手にしてくれなくとも、石ころ一つとでも十分暮らせます。石ころをじっとながめているだけで、何日も何月も暮らせます。監獄にはいって、いちばん楽々と生きていける人間は、広い世の中で、この私かもしれません」(※8


 仙人と呼ばれた守一らしい、孤高を感じさせる言葉ですが、実際には、守一には、彼が恐ろしく貧しいときも、名声を得た時も、変わらず共に生きた秀子夫人という人がいました。


 この言葉も、彼を愛し支えてくれていた秀子夫人がいたからこそ、口にできた言葉だったのかもしれません。


 第三回では、守一と葉蔵の「貧しさ」と「絵」についての意識を比較します。




【出典】

(※1)『へたも絵のうち』(熊谷守一著 日本経済新聞社 1971年11月発行)p.50

へたも絵のうち (1971年)
へたも絵のうち (1971年)

(※2)PDF「館長Q&A『榧さんに聞いてみよう!』 http://kumagai-morikazu.jp/q&a.pdf

(※3)『別冊太陽 気ままに絵のみち 熊谷守一』(平凡社 2005年7月発行)p.114

別冊太陽 気ままに絵のみち 熊谷守一
別冊太陽 気ままに絵のみち 熊谷守一

(※4)『モリはモリ、カヤはカヤ』(熊谷榧著 新日本出版社 1990)p.66

モリはモリ、カヤはカヤ―父・熊谷守一と私 (榧・画文集)
モリはモリ、カヤはカヤ―父・熊谷守一と私 (榧・画文集)

(※5)新装改定版 蒼蠅』(熊谷守一著 求龍堂 2004年12月発行)p.159

(※6)『へたも絵のうち』p.8〜9

(※7)『新装改定版 蒼蠅』p.225

(※8)『へたも絵のうち』p.147


ラベル:太宰治
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2018年06月20日

熊谷守一と『人間失格(太宰治)』の大庭葉蔵 (第一回)「守一と葉蔵の少年時代」

 2018年5月19日より、画家、熊谷守一を題材にした映画「モリのいる場所」(山崎努主演)が公開されています。

 (公式HP http://mori-movie.com/sp/







 明るくくっきりとした色彩の絵と、飄々とした人柄で、今も人々に愛される熊谷守一。

独楽―熊谷守一の世界
独楽―熊谷守一の世界

 しかし、彼の生い立ちは、後に知られる彼の「仙人のような天衣無縫の好々爺」というイメージとは真逆の複雑なものでした。


 地方の裕福な家と、重苦しく裏表の激しい人間関係。


 そこで生きるうちに芽生えた人間不信。


 そして、画家になるという夢。


 それは、太宰治が自身の生涯をモデルにして描いた小説『人間失格』の世界に驚くほど似通っています。




 太宰治と熊谷守一は同時代人ながら交友は無かったようですが、「地方の、周囲からずば抜けて裕福な家、その家の下の方の子(※)」という境遇も、熊谷守一と太宰治、ひいては『人間失格』の主人公、大庭葉蔵と一致しています。

(守一は第七子、太宰は六男で、大庭葉蔵は末子の設定)


 そして、熊谷守一の生涯と『人間失格』の大庭葉蔵を比較すると、その境遇が似ているがゆえに、彼らのたどる道とその結末の差異が、鮮やかに浮かび上がってきます。


 当ブログでは、熊谷守一と『人間失格』の主人公大庭葉蔵の生涯について、その類似点と差異をご紹介させていただきます。(全四回)





(熊谷守一の生家)


(小学生の頃の熊谷守一)
袴姿の熊谷守一少年 -.png

 熊谷守一は岐阜の山間部に位置する付知(つけち)で、七人兄弟の末子として生まれました。


 生家は大地主の上、さらに製糸工場など様々な事業を手掛けた実業家一族で、守一の父は岐阜市長を経て衆議院議員まで務めた人物でした。



熊谷守一の父 - -.png


 守一はこうした実家と父の成功を、

「地主でありながら、じっと手をこまねいてはおれなかったらしいのです。何もしないでじっとしていることがいちばんだと考えている私とは大違いの性分です。」(※1)


 と、いかにも守一らしく、まるで他人事のように語っています。



 この父は、東京に出かけたり、会合に出席したりと、多忙ゆえに不在がちで、守一は幼い頃めったに父の顔を見なかったそうです。




(『人間失格』大庭葉蔵の生家)


(大庭葉蔵の記念写真〈中央の作り笑いの少年が葉蔵〉)
葉蔵一枚目の写真 -.png

 『人間失格』の主人公、大庭葉蔵の生家も、地主で、父親は後に議員を務めており、葉蔵にとって、馴染みの薄い人物でした。

(父親が東京に頻繁に出かけて滅多に会わないというところも共通しています。)


 なお、『人間失格』では、不在がちで普段子供たちに親しまない父が、東京土産を買ってこようと、子供たちに欲しいものを聞く場面があります。


 葉蔵は、このとき、父の聞きたいであろう答え(おもちゃの獅子舞)を言い損ねたことを、「父を怒らせた、復讐される」と極端に恐れ、持ち前の取り繕ったお道化で、父の機嫌を直すことに成功していますが、この場面には、葉蔵の父に対する緊張感や恐怖心があらわれています。


人間失格 獅子舞 -.png




 父の地位がもたらす富。


 しかし、それにつらなる人間の闇が、幼い子供である守一と葉蔵の前に繰り広げられ、彼らはそれぞれに深い人間不信の念を抱くようになりました。




 (熊谷守一が生家から受けた影響)


「のちになって妻などに、よく冗談めかして「オレだって普通の家に育っていたら、もっとかわいらしくなっていたはずだ」などといったものですが、これは本音に近いのです。」(※2)


 「おふくろなんかから生まれて来ずに、木の股から生まれてくればよかった。」(※3)



 守一は四歳の頃、実の父母が住む付知の家から、「岐阜の家」と呼ばれる父親の別宅に移されました。


 父が経営する製糸工場の側にあったその家には、大勢の人々が住んでいましたが、その内実は非常に複雑なものでした。


「はっきり記憶にありません。ともかく、父の妾が二人いました。そしてその子供たち。つまり私の異母兄弟に当たる人が数人。さらに妾の姉妹だとか、はっきりしない係累がごちゃごちゃとたくさんいました」(※4)

                        

 実母とも、彼を可愛がってくれた祖母とも引き離され、守一は、二人の妾のうちの一人を「おかあさん」と呼ばされることになりました。


熊谷守一の少年時代 -.png

 子供たちにはそれぞれ個別の家庭教師や乳母がつき、彼らが、自分の面倒をみている子供ばかりひいきするので、さらに家の空気は険悪になっていきます。


 加えて、父の工場の従業員たちから流れてくる、生々しく悲惨な男女の話。


 幼いうちに人間関係の裏表をすっかり目の当たりにしてしまった守一は、こんな考えを持つにいたります。


 「そんなことで、私はもう小さい時から、おとなのすることはいっさい信用できないと、子供心に決めてしまったフシがあります。子供といっても、何でも理解して確信をもって判断してしまうものです。


 今風にいうと、私は自分のカラの中に閉じこもったわけです。「守一さんはいい子だけれど、ちょっとわからんところがある」という家の中の評言は、よく私の耳にも入ってきました。」(※5)



 一方、大庭葉蔵も、周囲の人間が、父にはお追従を言いながら、葉蔵の目の前で父の陰口を言う姿を何度も見て育ちました。


 そしてその裏表の激しさから、葉蔵もまた「所詮、人間に訴えるのは、無駄である」と、深い不信と諦観に沈んでいきます。




(お道化る葉蔵と反抗する守一)


 しかし、ここで、熊谷守一と、「大庭葉蔵」はそれぞれ違う生き方を選びました。


 大庭葉蔵は、この陰鬱な状況下、「怒らせては、怖い」という、人間に対する恐怖感と、それでも彼らに立ち混じりたいという微かな情を抱え、「道化」を演じることにします。


葉蔵の道化 -.png

 美少年で、頭はいいけれどおっちょこちょい、いつもにこにこして、おどけたことをして、人を笑わせている。


 そういうキャラクターを演じ、両親や周囲の人(特に女性)に好かれることで、身の安全と居場所を確保することに終始し、それを自身の終生の生き方とすることにしました。

(そして、それは後に無意識のうちに破綻していきます。)


 「自分は無だ、風だ、空だ、というような思いばかりが募り、自分はお道化に依って家族を笑わせ、また、家族よりも、もっと不可解でおそろしい下男や下女にまで、必死のお道化のサーヴィスをしたのです。」


 こうして、葉蔵は誰にも口答えをしない、そして、何一つ本当のことを言わない人間へと成長していきました。



 一方、守一は、こうした大人に対し、自分の殻に立ち入らせないようにしながらも、不信を隠さず、猛烈に抵抗します。


 まず、「おかあさん」と呼ばされた女性に対しては、理不尽に威張っているからと、あらゆる反抗をし、また、裕福な家の子供らしく着飾らされたときは、怒って道を転げまわり、美しい着物を無茶苦茶にしました。(※6)


 また、守一は、葉蔵とは真逆に、人を信じないがために、人に嫌われることを恐れませんでした。


「私は子供のころから、こわいものはほとんどありませんでした。人に媚びたり、逆に人を押しのけて前に出ることもしなかったから、こわいと思う人などいなかったのです。」(※7)


 また、守一は、(おそらく父親に見込まれている守一を味方につけようと)様々な人間から他人の愚痴を聞かされたときも、どちら側にも加担しなかったそうです。


「俺は俺だと思っていたんですよ。そんな小さいときからね」(※8)




(守一と大庭葉蔵から見た実母)


 守一は離れて暮らすことになってしまった実母に愛情を抱くことができず、守一三十歳のころ実母が亡くなったとき、「少しもおふくろという気がしないのは妙な具合でした」と語っています。(※9)


 そして、自分が母の死にほぼ無感動であったことが、母が亡くなったことそれ自体より悲しかったそうです。




 守一と同じく、大庭葉蔵も実母に対する念が薄い人物でした。


『人間失格』内には葉蔵の実母に対する感情が全く語られておらず、父の話し相手や、父のもとに葉蔵を連れていく人間として描かれるにとどまっています。


(一方、葉蔵から見た父は、愛と許しではなく、裁きだけをもたらす古の神のような存在として常に彼の頭上に君臨し続けており、その存在感に歴然の差があります。)




 守一も葉蔵も、絶大な権力を持つ父の陰に隠れていた実母が、一人の人間として何を思っていたかを知らず、生涯を通じ、その存在に愛を感じることができませんでした。





(熊谷守一が愛した人々)



 実母とさえ縁が薄かった守一でしたが、誰にも心を許せなかった葉蔵と違い、彼は二人の人物に家族の情を抱いていました。


 一人は、守一の次兄、「梨の木の兄」でした。


 春になると庭の梨の木をさすり、幹がしっとりと柔らかくなってきたから、春が近い、と言う人で、このため、守一はこの兄のことを「梨の木の兄」と呼んでいました。


 後に家を継ぐ長兄とは違い、優しすぎるほど優しく、成績は悪くないけれど、逞しさは無い、涙もろい人だったそうです。


 ゆえに馬鹿にされもしたようですが、守一はこの兄とは親しく、後に上京しても一緒に暮らしていました。


 (この兄は、父が破産した後、なすすべくなく苦労をして、後に心を病んで早死にしたそうです。)(※10)




 もう一人は、「威張っていないほうの妾の妹」だった人でした。


 この女性は守一をよくかばってくれ、彼女になついた守一は、一緒に小川にエビや小魚をとりに行くのを楽しみにしていました。


 しかし、守一が中学生になったころ、彼女はまだ幼い我が子を残し、結核で亡くなってしまいました。


 守一を事実上の跡継ぎと思っていたのか、病の床で、少年だった守一に、「子供をお願いします」と、何度も言いながら世を去ったそうです。


 その後父は破産し、赤貧の画家となった守一には何の力も無く、守一が40才のころ、この女性の子供が、はたちくらいで亡くなってしまったと知った守一は、彼女の頼みを聞けなかった申し訳なさと、優しかった彼女の記憶がこみあげ、涙があふれて止まらなかったそうです。


「あれほど悲しく残念な思いをしたのは、生涯そう数はありません。」


守一はこの女性の子供の死について、そう振り返っています。(※11)


(余談ですが、太宰治は、彼の自伝的作品で、美貌ながら不器用な性格だった四番目の兄と親しく、また心温かな乳母の女性を慕っていたことを振り返っており、守一と似た状況であったことがわかります。〈兄との話は短編「兄たち」(新潮文庫『新樹の言葉』収録)、乳母の話は中編『津軽』で読むことができます。いずれも心に染みる名作です。〉)





 少年時代に人間不信に沈んだ熊谷守一と大庭葉蔵。


 葉蔵は道化を演じ、守一は誰にも与さず、時に反抗的な態度をとり(しかし一握りの人には親愛の情を抱きながら)成長しました。


 二人の生き方は、その後、画家という目標を前にさらに大きく隔たっていきます。

 第二回では、守一と葉蔵の「画家になる夢」と「女性」についてご紹介させていただきます。







【出典】

(※1)『へたも絵のうち』(熊谷守一著 日本経済新聞社 1971年11月発行)p.19

へたも絵のうち (1971年)
へたも絵のうち (1971年)

(※2)同上、p.24

(※3)『モリはモリ、カヤはカヤ』(熊谷榧著 新日本出版社 1990)p.8

モリはモリ、カヤはカヤ―父・熊谷守一と私 (榧・画文集)
モリはモリ、カヤはカヤ―父・熊谷守一と私 (榧・画文集)

(※4)『へたも絵のうち』p.22

(※5)同上、p.24

(※6)同上、p.28

(※7)同上、p.31

(※8)『新装改定版 蒼蠅』(熊谷守一著 求龍堂 2004年12月発行)p.99

(※9)『へたも絵のうち』p8687

(※10)『新装改定版 蒼蠅』p111

(※11)『へたも絵のうち』p25

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2018年04月26日

(オススメ漫画)動物のお医者さん





ハムテルと漆原教授 -.png


  今回は佐々木倫子さん作の大ヒット漫画「動物のお医者さん」をご紹介させていただきます。


 (あらすじ)

 大学受験を控えた西根公輝(まさき〈あだ名はハムテル〉)は、偶然出会ったH大のエキセントリックな獣医学部教授漆原に、「君は将来獣医になる」という予言とともに、ハスキー犬の子犬を押しつけられる。

 後にH大に合格したハムテルは、親友の二階堂とともに、獣医学部にすすみ、そこで漆原教授のほか、個性的な人や動物との日々を過ごしながら、獣医への道を歩むことになる。



 (登場人物紹介)


(ハムテル(西根公輝))

ハムテル -.png

 獣医を目指すことになった青年。幼いころから比較的無心な性格(「じいさんっぽい落ち着き」漆原教授談)。

 漆原教授にチョビを診察してもらった際、(ちっとも頼りにならないので)自分で治療したほうが早いし安上がりだと気づき、獣医を目指すようになる。

 彼と真逆の自己主張の激しい祖母と、かなりの豪邸で二人暮らしをしている。
 (ただし、古い上に使うところ以外は埃だらけなので、時折廃屋と誤解される。)

 あだなは「公=ハム」「輝=テル」から来ている。(二階堂命名)

 周囲からよく厄介ごとを持ち込まれるが、達観した性格でなんとか乗り切っている。





 (二階堂昭夫)

二階堂 -.png

 ハムテルの高校時代からの親友でチョビの名付け親(適当に呼んでいたら定着してしまった)。

 ハムテルに影響を受けて、獣医学部に進む。ネズミが苦手という獣医にとっては致命的な弱点がある。

 ハムテルとは学内外で行動を共にしており、西根家で昼寝をしたり、おばあさんに呼び捨てにされた上、家事を手伝わされたりするなど非常に馴染んでいる。

 落ち着いたハムテルとは対照的に、ネズミ以外でも物に動じやすく、お人よしも手伝ってか、ハムテル以上にトラブルをもろに被る傾向がある。





 (チョビ)


 ハスキー犬の女の子。黒地に白い毛、ブルーの瞳。

 当時はハスキー犬がメジャーでなかったため、しょっちゅう「怖い顔」と周囲に引かれていた。
 (補:この作品のヒットにより第一次ハスキーブームが巻き起こった)

 陽気でやんちゃというハスキー犬の一般的なイメージと違い、飼い主の影響か、控えめで穏やかな性格。控えめすぎて、理不尽なことをされても怒るタイミングが掴めないことすらある。





 (漆原教授)

漆原教授2 -.png

 H大獣医学部教授。学生指導と並行して、大学の動物病院で診療も行っている。

 肩書から言えば優秀な人物のはずだが、思考や行動が極めて雑で、動物を逃がす、物を壊す、部屋を散らかす、他大教授とつかみ合いの喧嘩をするなど、年中周りの人間に迷惑をかけている(が、まるで気にしていない。)

 アフリカンアートをこよなく愛し、しばしば白衣にアフリカの装束をあわせた奇抜な装いで大学構内を歩いている。

 友人宅で保護されたチョビを託され、ハムテルに無理やり飼わせた。






 (菱沼聖子)

菱沼さん -.png

 公衆衛生学部の院生で、ハムテルたちの先輩。話し方や動作が緩慢(ゆえに彼女の吹き出しの線だけふるえている)。

 氷水に手を付けても指が痛くならない、注射のあと血が止まらない、暑さに弱いなど、変温動物(爬虫類や両生類など)を思わせる特異体質の持ち主。

 血液に関する研究をしており、血が好きなことにかけては誰にも負けない(本人談)。

 反応が読めないせいか動物からは敬遠されがち。フクちゃんというお風呂ギライの猫の(一応)飼い主





 (ハムテルの祖母(西根タカ))

西根タカ -.png

 常に着物で銀髪を結い上げ、一見上品な夫人ながら、孫に似ず極めて勝気で自己中心的な女性。なぜかハムテルのことを「キミテル」と呼ぶ。漆原教授と一二を争う作中ヒエラルキーの上位者。

 娘時代に愛犬を雑に診察をされたとして、近所の獣医師のことを目の敵にしている。

 昔から小鳥で(×と)遊んでいたため、鳥に関する知識はかなりもの。
 知人から預かった動物のことで、しばしばハムテルをこき使う。ミケの飼い主。





 (ミケ)


 生まれも育ちも北海道なのに、なぜか猫語は関西弁の雌猫。近所の猫たちの女ボス。
 (本猫はそう形容されることを嫌っている。)

 姉御肌で、お腹を空かせた猫を西根家に連れてきて、(ハムテルやおばあさん経由で)食事を提供するなど情に厚いところもある。

 幼いチョビのしつけを担当し、大人になってからは良好な関係を築いている。

 ハムテルやチョビ相手には気ままにふるまうが、おばあさんの前では猫をかぶっている。





 (ヒヨちゃん)


 ハムテルが少年時代に飼い始めたニワトリ。伊藤若冲の描く鶏を思わせる重厚な容姿(※)と闘鶏ばりの戦闘力を併せ持つ。おばあさんとは別の意味で西根家最強。

 ヒヨちゃん巡回中に不用意に庭に立ち入った人間(主に二階堂)はもれなくヒヨちゃんの嘴と飛び蹴りの餌食になる。ハムテルだけは、長年の経験である程度攻撃を避けることができる。

 ヒヨちゃんと漆原教授の一騎打ちは、『動物のお医者さん』史上最大の死闘となった。(単行本第七巻)


 (※)『動物のお医者さん』読者は「鶏=強い(とくに蹴りが)」というイメージがあり、若冲ブーム到来時、逞しき脚と鋭い眼光の鶏たちを見て、「ヒヨちゃん」と思った(はず)。


(参考資料:伊藤若冲作「南天雄鶏図」とヒヨちゃん)
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画像出典:ウィキペディア 画像提供者:Wmpearl

伊藤若冲調ヒヨちゃん -.png




 (菅原教授)

菅原教授 -.png

 公衆衛生学部教授。英国紳士のような容貌で、馬を愛している。(「馬の悪口を言うと単位がもらえない」という噂が流れるほど。)

 上品、エリート、潔癖な性格、と、なにもかも真逆だが、漆原教授とは、学生時代からの親友。

 学生達からはその厳格さで一目置かれているものの、漆原教授と菱沼さんのマイペースぶりにはしばしば悩まされている。




 (スナネズミ)


 H大で実験用に飼われていたネズミたち。漆原教授がハムテルと二階堂にくれた(そして二階堂は逃げたため、ハムテル一人が引き取ることになった)。目が微笑んでいるようでいつも幸せそう。
 一つのケージで多頭飼いをしてしまったために、飼い主のハムテルにも一部を除き個体の識別ができておらず、一塊の幸福な群衆と化している。






 (見どころ1)動物の描き方


 実物さながらにリアルに描かれた動物たちが、フキダシ外でセリフを発し、人間とゆるくコミュニケーションをとっているという、漫画ならではの表現が見られ、可愛くも少しシュールな空気感を醸しています。


ハムテルとミケ -.png


二階堂とチョビ -.png

 そして、動物語は喋るものの、彼らの生態は擬人化されておらず、本物の動物たちの豊かな個性や感情表現を見ることができます。

(筆者も犬を飼ったことがありますが、実際チョビくらい表情に富み、思慮深く、意思の疎通が可能でした。)



 なお、言葉の表現については、「活字のナレーション部に小さく手書き文字でツッコミが入る部分」も、作者が前に出すぎず、でも鋭いという絶妙な味があり必見です。

(例)
  ナレーションと手書き文字 -.png





 (見どころ2)動物たちの実話


 創作のため、取材の他、ネタとなる動物たちのエピソードを、広く読者から募るという、異例の方法がとられた作品で、随所に実話を基にしたと思われる、興味深い動物の生態話が登場します。


 現在はネット動画などで動物たちのニュースが連日配信されていますが、そうした話題を扱った先駆け的漫画でもありました。




(例1) 飼い犬の不思議な行動


 魚屋で飼われているハスキー犬のプチ(悪魔顔)。お肉を上げると喜んで、食べ終わった後、犬小屋にしまってある鯛のお頭の骨を手に乗せてくれる。(コワカワイイ)

鯛の骨を見せてくれるプチ -.png





(例2)カラスの知能


 漆原教授に巣を繰り返し撤去されたカラス夫婦。教授との攻防の果てに憎悪が肥大し、教授と共通する銀髪に眼鏡という特徴の人物たちに攻撃対象を拡大させた。

(そして、攻撃以上に「漆原教授似と思われた」ことで被害者の心に深い傷を負わせた。)

カラスの復讐 -.png

カラスに襲われる漆原教授に似た人たち -.png





(例3)異種間に芽生える絆


 犬(チョビ)と猫(ミケ)、モズのヒナ、馬などの友情物語。

ミケとチョビ -.png



チョビとモズのポチ -.png


チョビとオオニシキ号 -.png





(例4)牧場や動物園の飼育事情


 ・動物園のチンパンジーたち、賢いがゆえに心を許す人を選び、普段世話をしてくれる飼育員さんの代理としてハムテルたちが檻に近づいた際、怒りと警戒をこめてツバをとばしてきた。


つばを飛ばす動物園のチンパンジーたち -.png


  ・牧場の馬たちは実習に来たハムテルと二階堂を「要領の悪い下っ端」と見なし、舐めて言うことを聞かなくなった。(だが復讐として二人が白衣で獣医感を醸して接近したところ、パニックに陥った)


ほかのウマには完全になめられている -.png

ウマに復讐する二階堂とハムテル -.png





 キャラクターが(人、動物ともに)魅力的で、独特のセンスのギャグとともに、動物の生態や動物にまつわる仕事の裏話も読める、奥深い面白さのある名作です。

 老若男女問わず動物好きの人ならだれでも楽しめる作品ですので、是非お手にとってみてください。


 読んでくださってありがとうございました。


 (補足)『動物のお医者さん』好きの方にお勧めな作品の当ブログ紹介記事



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2018年04月12日

象のインディラと落合さん(中川志郎作『もどれ インディラ!」より ※結末部あり)

(ゾウ舎から脱走したインディラと、駆け付けた飼育員の落合さん)

上野動物園Twitter -.png

(画像出典:上野動物園公式ツイッター2017年3月13日20:11




もどれインディラ! (いちご文学館) -
もどれインディラ! (いちご文学館) -



 本日は上野動物園にいた象のインディラと飼育員の落合さんのお話を、中川志郎さんの中高生向け書籍『もどれ インディラ!』をもとに、ご紹介させていただきます。



 象のインディラが上野動物園にやってきたのは1949年。

 日本がようやく敗戦から立ち直りはじめた時のことでした。

 戦中に、空襲で檻が壊れ、象が暴れるかもしれないという理由で、都の命令に従い、三頭の象を殺処分せざるをえなかった動物園にとって、象の来日は特別な出来事でした。
 (この戦時中の悲劇は絵本『かわいそうなぞう』や、ドラえもんの「ぞうとおじさん」の原案になりました。)

 インディラはインドのネール首相から贈られた象で、日本に来る前は材木運びをしており、穏やかで賢く、インドで縁起の良い象とされる容姿の特徴を全て備えていました。 
 (『インディラとともに』川口幸男作 p.59より)



 はるばる日本まで来てくれたインディラを、落合さんは大切にし、インディラも落合さんによくなつきました。

 インディラが重度の便秘になったときは、皆でやぐらを組んでインディラに浣腸をし、結果、苦しがるインディラのお尻を必死でおさえていた落合さんが、頭から大量のフンをかぶったことがありました。

 それでも、落合さんはその姿のまま、「良かった良かった、ホントに良かった」と、インディラに笑い、インディラは鼻で落合さんを引き寄せ、お礼のように甘えていたそうです。


「「よかったなあ、インディラ……」

 鼻をだくようにして、インディラに話しかけている落合さんの顔は、たしかに真っ黒によごれているのですけれど、でも、美しい光にみちているように見えます」

 (※『もどれ インディラ!』中川志郎作 p.37)




 この出来事以来、インディラと落合さんはさらに結びつきを強めましたが、落合さんとインディラが出会ってから約18年後、落合さんが癌をわずらい、療養のために休職することになりました。

 そして落合さんが休職してから七ヶ月後、1967年の三月に、事件が起こりました。

 一緒に暮らしていた象のジャンボとインディラが喧嘩をし、ジャンボに堀に突き落とされたインディラが、鼻で手すりを掴んで壁をよじのぼり、ゾウ舎から脱走してしまったのです。

 急いで見学者を遠ざけ、インディラの足に鎖を巻いてゾウ舎に連れ戻そうとしましたが、インディラはびくともしません。

 そのうち、騒ぎを聞きつけたマスコミのヘリコプターが上空を飛び始め、その音に驚いたインディラが興奮しはじめました。

 飼育員二十三人がかりで鎖を引きますが、インディラの力はすさまじく、全員手や膝が擦り傷だらけになって鎖をつかんでも、インディラを動かすことができませんでした。

 困り果てた動物園は、自宅で療養中だった落合さんに、どうすればインディラをなだめられるか聞くために、車を走らせました。

 ところが、その知らせを聞いた落合さんは、「よし!すぐ行く!」とベッドから飛び起きました。

 体重が四十キロほどまで減り、立ち上がってもよろけるほどでしたが、むしろ、動物園の人たちをうながすようにして、車に乗り込んでしまいました。



 インディラのもとに駆けつけた落合さん。

 寝巻着姿のままで、ひどくやせて、動物園の職員たちですら、あれが落合さんだろうかと思うほどの変わりようだったそうです。

 インディラも、歩み寄ってきた落合さんに、はじめは誰だか気づけなかったようでした。

 インディラが今にも落合さんに背を向けて、走り出しそうに見えたその時、落合さんが口を開きました。

 「インディラ、俺だよ!」

 周囲も驚くような、病人とは思えない力強い声。

 そして、インディラにとっては、いつも自分を呼んでくれた声。



 「インディラのうごきがぴたりととまりました。
 
  目をしばたくようにせわしなくうごかし、じっと落合さんをたしかめるように見ます。
 
 たちまちインディラのぜんしんからきんちょうがきえていくのがわかります。

 聞きおぼえのある声でした。

 なつかしい落合さんの声――。

 大きな耳がくずれるようにたおれ、おどろきとなつかしさがいっしょになってインディラの心をみたします。

 あの大きなからだをちぢこめるようにして落合さんのそばによっていきます。

 ぐるぐる、ぐぐぐ……。

 インディラののどのおくで不思議な音が起こりました。

 あまえ声です。

 インディラが落合さんにあまえる時、いつもだすふしぎな声でした。

 (中略)

 インディラは頭をさげ、いつもそうしていたように落合さんにほおをすりよせます。

 あまえたかったのです。

 しばらくぶりでお母さんに会った子供のようにあどけないしぐさでした。

 そのとき、落合さんの体重はわずか四十キロ、インディラの体重は四トン。

 奇妙なとりあわせでしたけれど、インディラと落合さんにとって、そんなことはぜんぜん問題ではなかったのです。

 「そうか、そうか、よしよし、かわいそうにな……」

 落合さんのやせた手がインディラの鼻をなで、そっとからだをよせてやります。

『もどれ インディラ!』再会 -.png

 じっと立ち尽くすインディラ。

 「さあ帰ろう、もどるんだインディラ、おうちにもどるんだよ、インディラ……」

 落合さんの右手がインディラの耳をとらえ、ゆっくりと歩き始めます」

 (同著p.68〜72)




 インディラが歩きました。

 二十三人の男性が、鎖で引いてもびくともしなかったインディラが、細い体の落合さんと一緒に、静かにゾウ舎に帰って行きました。

 落合さんが動物園に駆けつけてから、わずか十分足らずのできごとでした。 

 見物人、警察官、職員たちにわき起こる歓声の中、戻ってきた落合さんは、皆に頭を下げました。


 「ホントにめいわくかけちゃって!うちのむすめがこんなにめいわくかけるなんて……」


 家へ帰る車に乗り込もうとしたとき、疲れが出たのか、落合さんの体が大きくよろめきました。

 車が走り出そうとしたとき、インディラが大きな声で鳴きました。

 落合さんは少し窓を開け、目を閉じたまま、しばらくじっとその声を聞いていました。

 やがて落合さんは、両手で耳をふさぐようにして、車を出してくれるように頼みました。



 その後、インディラは元通りジャンボと仲良く暮らし始めました。

 しかし、脱走の日以来、ただひとつ、変わったことがありました。



 「午後二時ごろになると、インディラがきまってそわそわしはじめるのです。

 からだをのりだすようにのばし、じっと飼育事務所の方を見ているのです。

 目をこらし、耳をそばだてるようにしながらじっとうごかない時間をすごすのです。」

 (同著 p.83)





 インディラは、あの日、落合さんがインディラを助けにきた時間、歩いてきた方角を見つめて、落合さんを待っていたのでした。

 落合さんの後輩でゾウ係である中井さんは、インディラの思いに気づいて彼女の鼻を撫でてやりました。

 きっと落合さんはまた来てくれるから……。

 実際、動物園が脱走事件の翌日にかけたお見舞いの電話に対し、落合さんの奥さんは、落合さんは元気にしているから心配はいらないと言ってくれていました。

 その時の奥さんの明るい声と、あの日の落合さんの力強い活躍を見ていた中井さんは、その言葉を信じていました。


 
 脱走事件から八日後の朝。

 飼育事務所に入ってきた人たちは、事務所の黒板を見て、言葉を失いました。

 そこには、落合さん逝去の知らせが記されていました。

 座り込む人、涙する人、やり場のない思いに机を叩く人……。



 落合さんは、動物園からの帰宅後、もうほとんど動けなくなりながら、奥さんに頼み事をしていました。

 動物園から電話がかかってきたら、自分は元気にしていると言ってほしい。

 そう言わないと、みんなが心配するから。

 そして、みんなが心配すると、インディラにもわかってしまうから……。

 落合さんの奥さんはその気持ちを受けて、動物園からの電話に、つとめて明るい様子で落合さんの無事を伝えたのでした。



 亡くなる前、落合さんは奥さんの手を握って言いました。

「俺はしあわせ者だよ。さいごにインディラのめんどうをみてやれたもの、ほんとうにしあわせ者さ……」

 奥さんの目にも、落合さんは心から幸せそうに映ったそうです。


 「あんなにこうふんし、目を血ばしらせていたインディラが、落合さんのことばをすなおに聞き、ことばどおり部屋にもどってくれたということが、落合さんの心をとてもゆたかにしてくれていたにちがいありません。

 それは、二十年近くにわたっていっしょに生き、よろこびもくるしみも共にしてきた人と動物の、心のむすびつきが、どんなにつよいか、をよくあらわしていたからです。

 桃の花がちっていました。

 落合さんの家にある一本の桃の木の花が、かぜもないのにヒラヒラとちっています。

 ゆっくりとまいながら、大地にすいこまれるようにおちていきます。

 それは、生まれてやくめをおえ、しぜんにかえっていくいのちのすがたでした。

 その夜、いしきのうすれていく落合さんのくちびるがかすかにうごきます。

 奥さんがその口もとに耳をよせますと、かすかなつぶやきが聞こえました。

 「インディラ……」

 「インディラのやつ……」

 「ほら、こっちだよ、インディラ……」

 それが、落合さんのさいごのことばだったそうです。

 桃の花びらだけが、音もなくちりつづけています――。」


『もどれ インディラ!』結末部 -.png


  (同著p.91〜結末)




 2017年3月、上野動物園の公式Twitter上で、50年前の出来事として、このインディラの脱走事件が紹介され、インディラと落合さんの結びつきが、再び話題になりました。

 写真の中の落合さんは、時代を感じさせる着物の寝間着に草履で、痩せた体ながらしっかりとした足取りで、インディラに歩み寄っています。

 落合さんと気づいた後らしく、インディラも穏やかな目をしています。
 
 残りわずかな命となってもインディラを気遣い、最後にインディラを呼びながら世を去った落合さん。
 
 脱走後、落合さんが来てくれた時間になると、その方角を見つめて耳を澄まし、じっと落合さんを待っていたインディラ。

 離れていても、落合さんとインディラはお互いに深い絆で結ばれていました。

 そして、そんなインディラを慰める後輩飼育員の中井さんと、落合さんの気持ちを汲んで、気丈に明るく振舞った奥さん。

 インディラと落合さんには、彼らの絆に心を打たれ、支えてくれる人たちがいました。



 この、インディラの脱走事件について記された絵本、『もどれ、インディラ!』の作者、中川志郎さんは、元上野動物園園長だった方です。

 ご自身が、初来日したパンダの飼育にあたった優秀な飼育員でもあった中川さんの文章は、落合さんの飼育員としての情熱と、落合さんに心を開くインディラのしぐさを生き生きと描いています。

 専門家がその分野について、愛情を込めて記した文には、どんな物書きも及ばない特別な魅力がありますが、この『もどれ、インディラ!』も、子供向けの優しい語り口の中に、同じ飼育員経験者ならではの観察眼と、彼らへの敬愛の念がにじみ出ています。

 中川さんは、「この出来事を通じて『本当の愛情は、人と動物の垣根さえ超えさせてしまうものだ』ということを学びました。」と語っています。
 (絵本「ありがとう、インディラ」あとがき部より)

 中川さんの目を通して描かれた落合さんの、インディラのフンを全身にかぶりながら、インディラの回復を喜ぶ笑顔も、桃の花の散る季節に、インディラの名を呼びながらこの世を去る姿も、深い絆をはぐくんだ者を守り、愛した人の「美しい光」に満ちています。

 特に、生まれ、精一杯生き、死んでゆく命のめぐりを、舞い落ちる花びらに重ね合わせた、落合さんの死の場面は、静けさの中に神々しさの漂う名文です。

 ひらがなであることが、かえってやさしいたたずまいを醸す文と、温かみのあるタッチで描かれた挿絵の、思い出の中でインディラの背に揺られながら、奥さんに見守られ、微笑んで世を去る落合さんの姿が調和した、結末の見開きページには、心を打たれずにはいられません。



 名著ながら現在絶版中なのが惜しまれますが、図書館などではまだ比較的目にできると思われますので、是非ご覧ください。

 読んでくださってありがとうございました。

(補足)当ブログの象にまつわる記事

 ・(※ネタバレ)ドラえもん「ぞうとおじさん」

 ・(おすすめ動画)穴に落ちた象の赤ちゃんを助けた人々が見た心温まる瞬間(インド)
 ・ 象のインディラと落合さん(中川志郎作『もどれ インディラ!」より ※結末部あり)


 (参考文献)
・「もどれ、インディラ!」中川志郎 作・金沢佑光 絵 佼成出版社 1992年

もどれインディラ! (いちご文学館) -
もどれインディラ! (いちご文学館) -

・『ありがとう インディラ』香山美子 文・田中秀幸 絵 チャイルド本社 1999年
(『もどれ、インディラ!』を元に作られた低学年向け絵本。中川さんがあとがきを寄せている。落合さんの休職中に、寂しくてふさぎこむインディラの表情が切ない。)


・「インディラとともに」川口幸男著 大日本図書株式会社 1983年
(落合さんの後輩で、インディラの飼育係となった川口幸男さんの著書。インディラ来日時の様子や、落合さんの川口さんに対する指導、その後のインディラの生涯など、現場の話が数多く記されている。インディラは、川口さんらの手厚い飼育のもと過ごし、この本が出版される直前、四十九歳で世を去った。)

【参照WEBページ】
 (上野動物園公式ツイッター2017年3月13日〜14日記事)
  ・Twitter1
  ・Twitter2
  ・Twitter3
  ・Twitter4(※インディラと落合さんの画像付)
  ・Twitter5


FUNDO「目頭が熱くなる……50年前に上野動物園から脱走したゾウと飼育員の絆が話題に」)




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2018年04月08日

アニメ放送開始『ピアノの森』





(2018年4月現在Kindleで1〜3巻を無料で読むことができます。)

ピアノの森(1) (モーニングコミックス) -
ピアノの森(1) (モーニングコミックス) -

ピアノの森(2) (モーニングコミックス) -
ピアノの森(2) (モーニングコミックス) -

ピアノの森(3) (モーニングコミックス) -
ピアノの森(3) (モーニングコミックス) -


 一色まこと作の音楽漫画「ピアノの森」のアニメが、2018年4月8日(日)24時10分より、NHK総合で放送されます。 

アニメ公式HP:http://piano-anime.jp/


 「ピアノの森」は、森に捨てられていたピアノと共に育った少年、一ノ瀬カイが、引退したピアニスト、阿字野壮介に見いだされ、ピアニストとしての天性の才能を開花させてゆくまでを描いた長編作品です(全26巻)。

 第一話の雑誌「モーニング」公式試し読みページはコチラ
 


(あらすじ)

 偉大なピアニストを父に持つ雨宮修平は、転校した学校で、森に捨てられた不思議なピアノを弾く少年、一ノ瀬カイに出会った。

 そのピアノは、「オバケピアノ」と呼ばれ、弾いても音が出ないといわれていたが、カイだけはそれを自在に奏でることができた。

 (ピアノは半分壊れており、普通の力で弾いても音が出なくなっていたのだが、幼いころからオバケピアノで遊んでいたカイは、知らず知らずのうちに、そのピアノを弾きこなせる強靭な指の力を手に入れていた。)

 カイの住む「森の端」は、町の人々に避けられている、貧しく治安の悪い地域で、カイの母親はそこで水商売をしてカイを育てていた。

 母親のいる店の雑用を手伝いながら学校に通っていたカイにとって、ピアノの演奏は純粋に喜びであり、ピアニストになることなど思いもよらなかった。

 しかし、カイの通う学校の音楽教師である阿字野は、カイに非凡な才能があることに気づき、彼をプロのピアニストにするための指導を申し出る。

 一方、同じくカイが天才であることに気づいた雨宮は、それまでカイのようにピアノに純粋な愛情を傾けたことがなかった自分に気づき、カイをしのぐピアニストになるため練習に没頭する。

 それから数年、十七歳になったカイと雨宮は、世界最高峰を競う「ショパン国際ピアノコンクール」に挑むことになる。



 

(主要登場人物紹介)

(一ノ瀬カイ)

ピアノの森(20) (モーニングコミックス) -
ピアノの森(20) (モーニングコミックス) -

(少年時代のカイ)

ピアノの森 カイ(少年時代) -.png

 天賦のピアノの才を持つ少年。一見少女のような美しい顔立ちをしている。

 森のピアノで培った指の力と、一度聴いた曲を暗記し、一瞬の演奏ミスも聞き逃さない優れた耳を持っている。

 「森の端」に暮らしていることを理由に、小学校時代は同級生たちから繰り返しからかわれてきたが、気が強く、いじめる側を返り討ちにしていた。

 シングルマザーである母怜子や、貧しい境遇から抜け出せない人々のために、「森の端のみんなを食べさせていけるようなピアニストになる」ことを目指して、阿字野の指導を受けることになる。

 大切な人々がいる一方で、森の端の荒んだ環境にたびたび苦しめられており、カイを引きずりおろそうとする者たちからの妨害をかわすため、想像を絶する努力を重ねる。



 (阿字野壮介)

ピアノの森 阿字野 -.png

 往年の名ピアニスト。交通事故で左手を負傷したため、小学校の音楽教師になっていた。

 事故でピアニスト生命が絶たれ、同乗していた婚約者を失ったため、なぜ生き延びてしまったのかわからず空虚な思いを抱えていた。

 森のピアノをきっかけにカイの潜在能力に気づき、彼を一流のピアニストにするべく、指導を買って出る。実は森のピアノはかつて阿字野の物であった。

 負傷前は奇跡と呼ばれるほどの才能の持ち主で、その演奏は引退後でも伝説となっており、雨宮の父、洋一郎ら現役の音楽家たちの憧れであり、越えられない壁ともなっている。

 もの静かな性格で、カイに対しても指導以外では控えめな態度をとるが、絶望を経験してもなお誠実な人柄で、次第にカイと深い絆をはぐくんでいく。



(雨宮修平)

ピアノの森 雨宮 -.png

(少年時代の雨宮)

ピアノの森 雨宮(少年時代) -.png

 名ピアニスト雨宮洋一郎の一人息子。父母の願いを受けて、幼いころからピアノを弾いている。

 カイと出会い、彼の才能とピアノに対する愛に圧倒され、以後は自ら望んで、一流ピアニストを目指して練習に励むようになる。

 転校した先に阿字野がいたことに驚き、指導を望むが、阿字野から辞退されてしまう。

 長年の訓練を経て、譜面通りの正確な演奏をすることにかけてはカイ以上の力を持つようになるが、カイのように聴衆を感動させる鮮烈なピアノを弾けないことに引け目を感じ、カイに対して友情と嫉妬の入り混じる複雑な感情を抱く。

 

(一ノ瀬怜子)

ピアノの森 怜子 -.png

 カイの母親。まだ少女のころにカイを生んだ。カイからは「怜ちゃん」と呼ばれている。

 カイによく似た気丈な美しい女性で、危険な森の端で、体を張ってカイを守ってきた。カイとは親子であると同時に同志のような強い結びつきがある。

 自身は生まれ育った森の端で生きていく覚悟を決めていたが、カイにピアノという新しい人生の可能性を教えてくれた阿字野に心から感謝し、カイを森の端から送り出そうとする。




 過酷な環境で、大切な人々のために成功を目指すカイのほか、阿字野、雨宮、コンテストに挑む演奏者たちなど、それぞれに葛藤を抱える人々の内面が繊細に描かれた作品です。

 (ショパンコンクールの期間中である三週間の出来事に、全26巻中約半分の巻数が費やされる異色の構成になっています。)

 細く優しい線で描かれた、登場人物それぞれの想いをたたえたピアノ演奏シーンも必見。
 
 長さを感じさせない滑らかな展開、透明感の中に深みのある世界観で、美しく結ばれる最終回はひときわ感動的です。

 漫画史に残る名作ですので、是非アニメと併せてごらんになってください。

 読んでくださってありがとうございました。
posted by Palum. at 21:35| おすすめ漫画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年04月07日

アニメ放送開始『ゴールデンカムイ』

ゴールデンカムイ 1 (ヤングジャンプコミックスDIGITAL) -
ゴールデンカムイ 1 (ヤングジャンプコミックスDIGITAL) -  


ヤングジャンプで大人気連載中の漫画「ゴールデンカムイ」のアニメが2018年4月9日(月)より、東京MX等で放送されます。 

アニメ公式HP:http://www.kamuy-anime.com/

 「ゴールデンカムイ」は、明治時代、日露戦争直後の北海道で金塊の行方を追う人々を描いた作品です。

 それぞれの思惑を胸に、命がけで繰り広げられる金塊争奪戦を軸に、アイヌの人々の文化、北海道の過酷で美しい自然、個性豊かな登場人物達が描かれ、書店員が選考する「2016年漫画大賞」にも選ばれました。 

 「冒険、歴史浪漫、狩猟グルメ全部入りッ! 和風闇鍋ウエスタン!!」というキャッチフレーズ(※)通り、予測を多方面に飛び越えた圧巻の面白さ。

(※集英社公式S-MANGA内、七巻のコピーより)

 しかし、おそらく多くの原作ファンが、アニメ化を喜ぶよりも先に「……放送できるの……?」と思った作品でもあります。

2018年4月9日23時まで、「となりのジャンプ」で、なんと百話分無料公開されています。)



(あらすじ)

 日露戦争の帰還兵、杉本佐一(さいち)は、大金を稼ぐために北海道へ渡り、そこで、かつて、アイヌの人々が集めていた莫大な金塊の話を聞く。

 その金塊は「のっぺらぼう」と呼ばれる男に奪われ、金塊に関わったアイヌの人々は「のっぺらぼう」により全員殺害されたため、現在金塊は行方知れずになっていた。

 殺人罪で死刑囚として網走刑務所に収監された男「のっぺらぼう」は、刑務所の囚人たち24人の体に、金塊の隠し場所を示した暗号を入れ墨で彫り、彼らを脱獄させた。

 暗号は24人全員の入れ墨で一つになっており、身動きできない「のっぺらぼう」の代わりに、外にいる「のっぺらぼう」の仲間に辿り着き、金塊の在処を知らせることができた人間に、金塊の分け前をやるという話だった。

 杉本にその噂話をした男は、その後ヒグマに襲われ死亡。その死体に暗号の入れ墨が彫られていたことから、杉本は、この男が脱獄した囚人の一人であり、金塊の話が事実であることを確信する。

 囚人たちを探し出して、金塊を手に入れることにした杉本だったが、直後にヒグマに遭遇、アシㇼパという少女に救われた。

 アシㇼパの父が虐殺されたアイヌの村人の一人だと知った杉本は、父親たちの敵討ちとして、杉本と手を組んで、一緒に金塊を探してほしいと頼む。

 二人が囚人を探す旅に出たころ、既に金塊の存在を知っている二つの勢力が、それぞれ秘密裡に捜査を進めていた。

 一方は日露戦争で多くの犠牲を払いながら、賠償を受けることができなかった第七師団の軍人たち。

 もう一方は、函館戦争で中央政府に反抗し、命を落としたとされていた土方歳三たち。

 杉本たち、第七師団、土方歳三らの、三つ巴の金塊争奪戦が幕を開けた。


(主要登場人物)

(杉本佐一)

ゴールデンカムイ 10 (ヤングジャンプコミックスDIGITAL) -
ゴールデンカムイ 10 (ヤングジャンプコミックスDIGITAL) -

 日露戦争の帰還兵。どれほどの怪我を負っても鬼神のごとく戦い続けたため、戦場では「不死身の杉本」の異名をとった。

 幼馴染の梅子と相思相愛の仲だったが、佐一の除く家族全員が、当時不治の病である結核で亡くなったため身を引き、梅子を親友の寅次に譲った過去がある。

 寅次の戦死後、梅子の目の病が進行し、失明の危機にあると知って、手術代を稼ぐために、北海道に渡ってきた。

 少女のアシㇼパのことを、「アシㇼパさん」と呼び、相棒として尊重している。

 親しい人物や、世話になったアイヌの人々には義理堅さを見せる一方で、金塊を手に入れるという目的と、アシㇼパの身の安全を脅かす者たちには一切容赦しない気性の激しさも秘めている。

(アシㇼパ)

ゴールデンカムイ 2 (ヤングジャンプコミックスDIGITAL) -
ゴールデンカムイ 2 (ヤングジャンプコミックスDIGITAL) -

 アイヌの少女、年齢は十代前半と考えられる。

 狩りや薬草収集、野生の動植物の調理など、自然の中で生き抜くための豊富な知識と技術を持っている。

 幼いころ、レタラという白い狼と一緒に暮らしており、今も彼と心を通わせ、助けを借りることがある。

 青が混じった不思議な瞳を持つ聡明な美少女だが、しばしば変な顔をする、動物の動向を知るために落ちている糞を熱心に観察するなど、残念な言動が目立つ。

(アシㇼパさんの変顔一例)

ゴールデンカムイ 変顔アシリパ.png




(白石由竹)
ゴールデンカムイ 9 (ヤングジャンプコミックスDIGITAL) -
ゴールデンカムイ 9 (ヤングジャンプコミックスDIGITAL) -

 入れ墨を彫られた囚人の一人。杉本に捕らえられた後、彼らの金塊探しに加わる。

 関節を外すことができる特異体質の持ち主で、これを使い、どんな狭い隙間からでも抜け出て脱獄を重ねたため、「脱獄王」と呼ばれた。

 脱獄技以外ではうかつなところがあり、金と女に目がくらみやすいため、アシㇼパからは「役立たず」と遠慮なく見下されている。

 杉本とアシㇼパのような確固たる信頼関係を結んでいるわけではなく、あくまで金目当て、また脅しに弱いため、複雑な金塊争奪戦の中で、誰の味方かわからない行動をとることがある。

 実在した網走の脱獄囚白鳥由栄がモデル。





 (鶴見中尉)

ゴールデンカムイ 4 (ヤングジャンプコミックスDIGITAL) -
ゴールデンカムイ 4 (ヤングジャンプコミックスDIGITAL) -

 陸軍最強と呼ばれた北海道第七師団の中尉。

 冷静で勇敢、極めて優秀な軍人として、日露戦争で活躍した。

 戦中、砲撃の破片を頭に受けたため、額当をつけている、このとき前頭葉を損傷したため、激しやすい性格になったらしい。

 日露戦争時、無謀な作戦で多くの部下を失ったこと、戦後賠償金がとれず、帰還兵と亡き兵士たちの家族が未だ困窮していることに憤り、アイヌの金塊を軍資金として、政府に反旗を翻すつもりでいる。

 高い理想と凶暴な性質のため、自分に従わない者に対しては耳鼻を削ぐことも辞さない

 「たらし」と呼ばれるほどの強烈な人心掌握力があり、彼に従う若者たちの一部からは(もはや恋というほど)熱狂的に慕われている。

(鶴見中尉熱愛者の一人、鯉登〈こいと〉少尉の目に映る鶴見中尉 ポーズとケシの花が素敵。)

ゴールデンカムイ 鶴見中尉.png 

 (以前、読者さんの一人が、鯉登少尉の愛を受けて、
ネット上に「どうしてみんなそんなに鶴見中尉が好きなんだ。俺も好きだけど」と的確すぎるコメントを書き込んでいた。)





(土方歳三)

ゴールデンカムイ 3 (ヤングジャンプコミックスDIGITAL) -
ゴールデンカムイ 3 (ヤングジャンプコミックスDIGITAL) -

 函館戦争で戦死したとされる、旧幕府軍、新選組の元副長。

 生き延びて素性を隠し、一介の政治犯として網走刑務所に収監されていた。

 「のっぺらぼう」から金塊の話を聞き、囚人たちを脱獄させた張本人。

 のち、同じく元新選組の永倉新八らを仲間に加え、白石ら散り散りになった囚人の捜索を開始する。

 函館戦争で一度はついえた、北海道を独立国家とするという野望を抱き続けている。

 七十歳を超えていながら、人魚の肉を食べて不老不死になったと噂されるほど若々しい。

 「いいか小僧ども、この時代に老いぼれを見たら「生き残り」と思え」というセリフは作品屈指の名言。

ゴールデンカムイ 土方歳三.png 




(谷垣)

ゴールデンカムイ 5 (ヤングジャンプコミックスDIGITAL) -
ゴールデンカムイ 5 (ヤングジャンプコミックスDIGITAL) -

 第七師団に所属する軍人。元は東北のマタギ(猟師)だった。

 杉本とアシㇼパを追跡中、アシㇼパを守ろうとして襲い掛かってきたレタラを見て、猟師としての血が蘇り、山中で出会った猟師「二瓶鉄造」とともに彼を仕留めようとする。この狩りの中で、アイヌの狩猟用罠にかかり、逆にアシㇼパに救われた。

 事情があって故郷を捨てた身であり、戦後、兵士とマタギ、どちらが本当の自分なのかわからなくなっていたが、二瓶鉄造の生きざまと、アイヌの人々の情に触れ、かつての自分を取り戻していく。 

 二瓶鉄造の名言「猟師の魂が勃起する(手ごわい獲物に対峙し、血沸き肉躍るという意味)」に影響を受け、時折他意なく「勃起」と口にするが、地上波アニメでこのセリフが出てくるかどうかは謎。

 シャツのボタンが弾け飛ぶほどの分厚い胸板を持ち、その逞しい容姿のため、単行本のキャラクター紹介では「セクシーマタギ」と書かれている。

(セクシーマタギショット例)
ゴールデンカムイ 谷垣.png




(尾形)

ゴールデンカムイ 8 (ヤングジャンプコミックスDIGITAL) -
ゴールデンカムイ 8 (ヤングジャンプコミックスDIGITAL) -

 第七師団の狙撃手。父親は日露戦争後、指揮官としての責任を感じ切腹したといわれる花沢中将。

 鶴見中尉に完全には恭順しておらず、しばしば単独で杉本たちを追う。戦闘能力は杉本に劣らないほど高い。

 凄絶な過去を持ち、そのため元仲間でも平然と殺す酷薄さがある。

 後に第七師団を離れ、土方らの勢力につく。




 (牛山)

ゴールデンカムイ 6 (ヤングジャンプコミックスDIGITAL) -
ゴールデンカムイ 6 (ヤングジャンプコミックスDIGITAL) -  

 入れ墨を持つ囚人の一人、柔道の達人で、稽古の際についたと思われる額のハンペンのようなタコが特徴。 

 「不敗の牛山」と呼ばれ、馬も投げ飛ばすほどの腕力を誇る。のちに土方に発見され、仲間に加わる。

 素手なら間違いなく作中最強。精力が有り余っているのが唯一の弱点で、欲求不満が高じると、美女と白石の見分けもつかないほど前後不覚になる。

 登場時は自分を捕らえにきたと思った土方に、娼婦を投げつけるなど粗暴さが目立ったが、後にアシㇼパら女性に対して紳士的な一面を見せるようになる。

 アシㇼパに、将来付き合う男が紳士かどうか見分けるためには抱かせてやれ、と、問題発言をし、アシㇼパからは(そこで牛島が連呼していた言葉を受けて)尊敬の念ともに「チ〇ポ先生」と呼ばれるようになる。

 (この呼び名もアニメ化にあたって気になるところだが、書店の出版社公式POP〈広告用に本のそばに飾られる飾り〉では伏字もしないで書かれていた。)

 明治時代の柔道家牛島辰熊(鬼の牛島)がモデル。



 このほか、巻を重ねるごとに個性的な登場人物がでてくる上、既に出てきた人物の性格もいまだ底が知れず、金塊争奪戦の緊張感に、謎と笑いの両方を添えてくれます。

 (脱獄した囚人ら、脇役たちがほぼ全員何らかの形で奇抜。かつ鶴見中尉や不敗の牛山など、途中まで単に凶暴と思われたキャラクターの新たな魅力が出てきて目が離せない。〈※一方反動で、鶴見中尉の部下「月島軍曹」が作中唯一の普通の人として、マニアックな注目を集めている。〉)

 (脇役キャラの一例「江戸貝〈えどがい〉君」)
ゴールデンカムイ 江戸貝.png
 天才剥製師。クリエイティビティが過ぎて、墓地から人の遺体を掘り出し、その皮で洋服を作るなどの奇行に手を染めている。入れ墨入り人皮(にんぴ)の偽物を作り、争奪戦をより複雑にする。鶴見中尉が大好き。

 なお、このコマは彼が鶴見中尉に披露した「人皮服ファッションショー」の一部。「カワイイ!カワイイ!!」という賛辞は、彼の奇行にヒかない中尉のもの。

 (月島軍曹)

ゴールデンカムイ 月島.png 

 有能だが普通の人なので江戸貝君のファッションショーを目撃して困惑している場面。 

 暴力シーンや過激なセリフなどがあり、相当アクの強い作品ですが、単純な「善悪」を超越したキャラクターたちが己の信念のもとにぶつかり合い、思惑が入り乱れる様はスリリングで痛快。現時点の13巻まで息もつかせぬ面白さです。是非ご覧になってみてください。

 読んでくださってありがとうございました。

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2018年04月01日

(※ネタバレ)ドラえもん「ぞうとおじさん」(戦時下の動物園で起きた悲劇をもとに描かれた感動作)

ぞうとおじさん1 -.png



 本日は、ドラえもんの名作「ぞうとおじさん」について書かせていただきたいと思います。
(てんとう虫コミックス5巻収録)
ドラえもん (5) (てんとう虫コミックス) -
ドラえもん (5) (てんとう虫コミックス) -


 第二次大戦中、空襲で檻が壊れて猛獣が逃げ出すことが懸念されたために、動物園で多くの生き物が殺処分されました。

 上野動物園では、注射や毒の餌を受け付けなかったゾウたちを餓死させることになり、この悲劇は、後に絵本「かわいそうなぞう」で広く知られるようになりました。

かわいそうなぞう (おはなしノンフィクション絵本) -
かわいそうなぞう (おはなしノンフィクション絵本) -

 「ぞうとおじさん」は、この上野動物園の出来事を下敷きにした話で、叔父さんから、ゾウの殺処分について聞かされたのび太とドラえもんが、タイムマシンでゾウを助けに行くというお話です。


(あらすじ)※結末まで書いているので、ご了解ください。(一部仮名遣いを改めてあります。)
 
 物語は、のび太の父方の叔父「のび郎おじさん」が、インドから仕事で帰ってきたところからはじまります。

 おじさんは、のび太とおとうさんに、「不思議な話」をしてくれます。



 少年時代、おじさんは象の「ハナ夫」が大好きで、動物園に足しげく通っていました。

ぞうとおじさん2 -.png

 時代は第二次大戦下、戦火が激しくなり、おじさんは田舎に疎開することになります。

 会えない間もハナ夫を気にかけていたおじさんは、終戦で東京に帰るなり、動物園に駆けつけました。

 しかし、戦争中にハナ夫は殺処分されてしまったと聞かされ、おじさんは一晩中泣きあかしました。
 
 ここまで聞いたところで、のび太とドラえもんはゾウに対する仕打ちに激怒。

 「しかたなかったんだよ」というおとうさんに、「しかたがないとはなんですか!」と、二人は話を最後まで聞かずに出て行ってしまいます。

 「助けよう!」

 タイムマシンに乗った二人は戦時中の動物園へ。

 ふたりが駆けつけたとき、ハナ夫はすでに餌をもらえずにやせ衰えています。

ぞうとおじさん3 -.png

 それでも、飼育員さんが入ってくると、目をぱっちりと開き、「プオーッ」と檻の向こうから鼻を伸ばしてえさをねだります。

 飼育員さんは、目に涙を浮かべ

 「おなかがすいたか?よしよし、今らくにしてやるぞ。」

 と、ふるえる手で、その鼻先にジャガイモをさしだします。

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 「だめだ!わしにはやれん。」

 ジャガイモをひっこめてしまった飼育員さん。

 物陰に隠れていたのび太とドラえもんはたまらず飛び出し、

 「おなかを空かせているのにかわいそうじゃないか!」

 と、あっけにとられている飼育員さんからジャガイモ入りのバケツを取り上げ、ハナ夫の檻にジャガイモを投げ込んでしまいます。

 「そ、それは毒のえさだぞ!!」

 飼育員さんは青ざめますが、ハナ夫は異変に気付いて鼻でジャガイモを放り出しました。

 胸をなでおろす飼育員さんとドラえもんたち。

 それにしても、なんで毒を食べさせようとするのか。

 二人に問い詰められた飼育員さんは、動物園に下された命令について話します。

 爆弾が落ちて動物が町で暴れたら大変なことになるから、その前に殺せと言われてしまった。

 でも。

 「誰が殺せるもんか。子供みたいに可愛がってきたのに……」

 飼育員さんは檻越しに伸びてくるハナ夫の鼻を抱きしめ、涙ながらにさすります。

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 動物園の人たちの苦しい胸の内を知り、言葉を失くすのび太とドラえもん。

 

 一方、園長室では、軍人が園長に詰め寄っていました。

 何度も命令を出したのに、何故まだゾウを生かしているのか。

 この非常時、大勢の兵隊も必死で頑張っているのに、動物の命など問題ではない。いや、たとえ動物でも、お国のために喜んで命を捧げるべきだ。

 園長は動物園としても対応に苦慮していることを説明します。

 ハナ夫の皮膚は分厚いので注射で毒を注入することもできない。仕方がないので、今日毒入りジャガイモを食べさせることになっている。

 しかし、そこにハナ夫の飼育員さんが入ってきて、ハナ夫が毒餌を食べなかったことを報告します。

 怒った軍人が、ハナ夫を撃ち殺そうと飛び出したため、飼育員さんがその膝にすがりついて止めます。

 「待ってください!やめてください!」

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 「じゃまするとただではおかんぞ!」

 飼育員さんに拳銃を向ける軍人に「まあ、まあ」と、割って入るドラえもん。

 「そうかっかしないで相談しましょうよ」

 ドラえもんを指さしながら、園長に向き直る軍人。

 「園長、気をつけなさい。タヌキが檻を出てる」

 カッとするドラえもん(←笑)。

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 のび太が軍人に提案します。

 何も殺さなくても、疎開させるなり、インドに送り返すなり、他に方法があるのでは。

 今はそれどころではない、と、突っぱねる軍人にのび太とドラえもんは笑って言いました。

 「戦争なら大丈夫。もうすぐ終わります。」

 「日本が負けるの。」

 当時、絶対に言ってはいけない台詞第一位。

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 「きさまたち敵のスパイだな!!」

 軍刀を振り回され、逃げ惑うのび太とドラえもんでしたが、サイレンの音とともに、軍人たちは二人を置いてその場を離れます。

 直後に上空に飛行機が見えたかと思うと、二人が飛び上がるほどの轟音と煙。

 空襲が始まりました。

 振り返ると、飛んでくるがれきや爆風にはばまれながら、飼育員さんが走っていきます。

 こんな危険な状況でどこに行くのか。呼び止めようとする二人に、飼育員さんは、「ぞうの檻の方に爆弾が落ちたんだ」と言います。

 「あっ!無事だったか」

 檻が壊され、ほこりだらけになりながらも、ハナ夫が厩舎から出てきていました。

 久しぶりの自由に、鼻を持ち上げ、嬉しそうにいななくハナ夫。

 「よしよし、絶対にお前を殺させたりしないからな」

 ハナ夫を固く抱きしめる飼育員さん。

 一緒に山奥に逃げようとしますが、軍人たちが園を一斉に封鎖、見つけ次第射殺するべく園内を捜索しはじめます。

 連れて逃げるのは難しい。インドへ送り返してやるのがいちばんいいのでは。

 ドラえもんたちの言葉に、飼育員さんは、途方に暮れて泣き出します。

 「そんな出来もしないことを言って……ああ、ぼくはどうしたらいいんだろう」

 ドラえもんがスモールライトを取り出して、ハナ夫の体を掌に乗るほどに縮めました。

 続いて、小さなポスト型の「郵便ロケット」を取り出し、ハナ夫を入れると、ポストに「インドのジャングル」と宛先を書いて、ロケットを発射させました。

 「元気で行けよう」

 飼育員さんが呆然と見上げる中、ロケットは青空の向こうに消えていきました。

 宛先へついたら、元通り大きくなるから、もう安心ですよ。

 そう言うドラえもんに、飼育員さんは、君たちは一体……と、言ったきり、言葉を失って膝をつきました。

 「じゃあね、バイバイ」

 笑顔で去って行くドラえもんとのび太。ととめどなく流れる熱い涙に頬を濡らし、飼育員さんは二人を見送りました。

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 タイムマシンで現代に戻ってきた二人。

 送り返せたけれど、ハナ夫はその後どうなったか。

 そう思いながら、茶の間のお父さんとのび郎おじさんのところに戻ると、おじさんが「ふしぎな話」について話し続けていました。



 仕事でインドの山奥に行ったのび郎おじさんは、仲間とはぐれ、ジャングルで遭難してしまいました。

 何日もさまよい、食料も尽きて、とうとう歩けなくなってしまったとき。

 倒れたおじさんの脳裏に、生まれてからの思い出が走馬灯のようによみがえってきました。

 両親の顔、疎開していた田舎の家、登って遊んだ柿の木……。

 暗がりの中にぼんやりうかびあがる、長い鼻、ふわりとなびく耳……。

 おじさんのかすれた視界に、ハナ夫の顔が見えました。

 倒れているおじさんに歩み寄ってくるハナ夫。

 「ハナ夫」

 おじさんは名前を呼んでみました。

 ハナ夫は、懐かしそうにおじさんを見ていました。

 その優しい目を見ながら、おじさんは次第に気が遠くなっていきました。

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 それから、もうろうとする意識の中で、ハナ夫の背に揺られていたような気がしました。

 おじさんが気が付いたとき、おじさんはふもとの村に倒れていて、無事救助されました。

 

 おじさんの話を聞いたお父さんは、腕組みをしたまま、考え込みました。

 「ううん……たしかに不思議な話だがね」

 それは夢だろう。死んだはずのハナ夫が、インドにいたなんて。

 おじさんは、ぼくもそう思うんだけどね、と、言いつつ、あの不思議な時間に思いを馳せ、しみじみと目を細めました。

 「夢でもうれしかったなあ……」

 ドラえもんとのび太は顔を見合わせました。

 ハナ夫は無事にインドに着いて、今でも元気に暮らしている。

 「わあい、よかったよかった!!」

 お父さんとのび郎おじさんが不思議そうに見ている中、二人は泣きながら手をとって喜び合いました。


(完)



 のび郎おじさんのハナ夫に対する思いが、めぐりめぐってハナ夫を救い、そして生きながらえたハナ夫がおじさんを助けてくれたという、「タイムマシン」が登場する作品の中でも異色の心温まるお話です。

 読み返してみると、飼育員さんとハナ夫の絆もコマの中に丁寧に描かれ、(やせ衰えながらも、まだ飼育員さんを信じているハナ夫の目や笑顔、飼育員さんの、軍人や空襲からハナ夫を守ろうする姿、ハナ夫の鼻を全身で抱きしめ、ほおずりして流す涙など。)殺処分をしなければならなかった人々の無念がしのばれます。

 突然現れた風変わりな神であるドラえもんたちを、地面に膝をつき、涙しながら見送る飼育員さんの姿から、藤子F先生が、現実には悲劇から逃れられなかった戦時下の動物たちと人々を、作品の中でだけでも救ってあげたかったという、優しい気持ちが伝わってきます。

 数奇で感動的なストーリー(なのにドラえもんの「タヌキが檻を」など、ギャグもきちんと挟まれている)、藤子F先生のあたたかなタッチで描かれた動物の姿(透き通ったつぶらな瞳の可愛らしく優しいまなざしや、鼻の繊細な動きなど)など、何度読んでも心に染みる名作です。是非ご覧ください。

 読んでくださってありがとうございました。




(補足)当ブログの象にまつわる記事

 ・(※ネタバレ)ドラえもん「ぞうとおじさん」

 ・(おすすめ動画)穴に落ちた象の赤ちゃんを助けた人々が見た心温まる瞬間(インド)
 ・ 象のインディラと落合さん(中川志郎作『もどれ インディラ!」より ※結末部あり)


posted by Palum. at 13:20| ドラえもん | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2018年03月24日

飼い主の失神を予知する秋田犬フローラ(イギリスの動物ニュースより)

(Mail Online記事内のフローラと飼い主ロバート氏 撮影者:Richard Cannon)
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今日は、イギリスで話題となった不思議な秋田犬フローラについてご紹介させていただきます。
「Mail Online」の記事と、NHK放送のドキュメンタリー番組「犬の秘められた力(原題:Secret Life of Dogs EP 1 - Man’s Best Friend)」を参照させていただきました)

 ロンドン在住のドッグ・トレーナー、ロバート・ストゥールドリアー氏は、12年前から謎の失神症状に悩まされるようになりました。

 最初の発作が起きたのは2000年。ロバートが、ドッグショー(犬の品評会)に参加するため、飼い犬のマックスを車に乗せて会場に向かっていたときでした。

 運転中に失神したロバートが意識をとりもどすと、そこは病院でした。

 幸い、彼も犬も無事でしたが、失神の原因は病院側でもわかりませんでした。

 その後、間隔にばらつきはあるものの、失神は前触れ無く繰り返され、様々な精密検査をしても、問題が見つからず、手の施しようが無い状況に。

 ロバートは、車の運転をあきらめ、公共の交通機関を利用するようになりました。

 歩いていても突然の昏倒で怪我や骨折をし、道を渡っているとき、駅のホームにいるときなども、いつ症状が現れるかわからず、ロバートにとって不安な日々が続きました。

 しかし、秋田犬の子犬フローラが彼の生活に変化をもたらしました。

(日本でよく見る秋田犬と違い、フローラは背中から頭にかけては灰色がかった茶色、鼻面が黒く、お腹と足が白いのですが、どうやら彼女は「アメリカンアキタ」というアメリカでさらに品種改良された犬種のようです。)


 ロバートが生後五か月のフローラと訓練用のグラウンドにいたとき、再び失神の発作に見舞われました。

 ロバートが意識を取り戻したとき、フローラは、倒れたロバート氏の側を離れず、そこにいました。

 ロバートは、子犬なのにその場を離れなかったフローラを撫でて彼女に感謝しましたが、フローラの不思議な行動は、ここからさらに発展していきました。

 数週間後、ロバートがフローラを散歩させていると、ふいにフローラがロバートの進路をふさぐように立ち、彼の足を止めさせました。

 トレーナーであるロバートにきちんとしつけられていたフローラのそれまでに無い行動に、ロバートは困惑し、いつもどおり自分の脇を歩くように指示しましたが、その時のフローラは彼に従いませんでした。
 
 ロバートに立ち位置を戻されても、また、彼の前にフローラが立ちはだかった直後、ロバートの失神の発作が起きました。

 その後も、普段は非常に指示に忠実でおとなしいフローラが、ふいにロバートの前に立って、彼の足を止めさせる行動は続き、彼が歩き続けようとすると、フローラは、さらに彼の手を優しくくわえて下に引っ張り、彼を座らせようとするようになりました。

 そして、フローラがそうした直後に、必ず失神が起きていました。

 フローラはなんらかの方法で、失神の予兆をロバートより先に感じ、彼が転倒しないように、事前に立ち止まらせ、腰を下ろさせている。

 それに気づいたロバートは、以後、フローラと行動をともにし、フローラのしぐさを合図に、安全を確保できるようになりました。

 それ以来、急に倒れて怪我するような事故は起きていないそうです。

 フローラのこの不思議な能力のメカニズムについては、何年間も謎のままでしたが、2017年、ロバートの症状が「心臓性失神」と診断されて以来、ひとつの仮説が立てられるようになりました。

 ロバートの心臓が何らかの原因で一時的に動きを止め、血液が循環しなくなるために、失神が起こる。

 フローラは、心臓の動きに異変をきたしたロバートの体臭の変化から、失神を察知しているのではないか。

(個人的には、この嗅覚からの情報に加え、人の四倍といわれる聴力で、ロバートの心拍音の中断を聞き分けたのでは、とも思います。)

 犬が人間の不調を臭いで感じ取る能力については、既に研究されており、現在、人間の血液や尿、老廃物などから、糖尿病、癌などの兆候をいち早く発見する「メディカル・アシスタンス・ドッグ」も活躍し始めています。

(イギリスの「メディカル・アラート・アシスタンス・ドッグ」のHP
https://www.medicaldetectiondogs.org.uk/about-us/medical-alert-assistance-dogs/

 フローラは訓練無く(普通は半年近い専門的訓練が必要)、幼い頃からこの能力を身につけていたと考えられていますが、このような能力には、飼い主と犬との日頃の深い絆が不可欠だそうです。

「フローラは私に人生を取り戻させてくれました」

「秋田犬の姿をした守り神が側にいる人なんて、まずいないでしょうね。私は本当に幸運です」
(番組内ロバートのコメント)
 
 ロバート氏はドッグ・トレーナーとしての仕事を続けられるようになり、フローラはロバートのアシストをしながら、彼の訓練を受け、その聡明さから、テレビや映画でドッグアクターとしても活躍しているそうです。
フローラのプロフィールページ〈動物エージェント「Urban Paws UK」社HPより〉)

(イギリスの有名なドッグショー「Crufts」に登場したロバートとフローラ)


https://www.youtube.com/watch?time_continue=47&v=nmPqrji4kfk

 (参照記事・番組)
・Daily mail online
「Meet Flora, the dog ‘doctor’ who senses Rob’s blackouts that humans can’t!」
http://www.dailymail.co.uk/health/article-5273073/Meet-Flora-dog-doctor-senses-blackouts.html#ixzz57MhSNgtF

・BS世界のドキュメンタリー「犬の秘められた力(原題:Secret Life of Dogs)」2018年1月9日放送
https://www.nhk.or.jp/docudocu/program/253/2145586/index.html

posted by Palum. at 23:44| おすすめ動画 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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